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はてなキーワード: 自然災害とは

2019-03-06

トラウマになると可愛そうだから子ども津波映像を見せるなというの

は、正しいのだろうか。

しろ津波をはじめとした自然災害人間というもの簡単死ぬものだということを身体認識させ、いざという時に生き延びることの方がずっとずっと大切なことではないかトラウマという機構生物に備わっている意味を考えてみてほしい。

転勤族なので 2011年以降日本各地で生活したが、東日本大震災に対する認識は同じ日本国内でも東と西で大きな乖離があるように感じる。地震経験した関東以北の方には考えられないことだろうと思うが、ほとんど揺れなかった地方に住む方の中には、あの大震災対岸の火事、すでに過去出来事と捉えている方々も多いように感じる。今は関西に住んでいるが、東日本大震災よりも阪神淡路大震災の方が身近な災害として強く意識されているように感じる。そしてその分、地震に対する意識比較すると津波に対する意識希薄であるように感じる。

これは動物の1種類にしか過ぎない人間にとって、しょうがないことであると思う。悲しいか人間認識能力には限界があり、普通に生きているだけでは大地震大津波危険性を正しく認識することは難しい。きっと自分大丈夫だろうというバイアスを避けられない。

人間危機認識能力なんて大したことないということを意識する必要がある。そして体験したことがない危険に対しては、強制的危険性を意識に刷り込ませることが必要ではないか

我々の大部分は残念ながら、80歳90歳まで生きなければならない。この長い生のなか、日本に住んでいる限り大規模な自然災害にあうことは避けられない。映像を見てトラウマになる確率よりも災害当事者にいずれなる確率の方が高いのだ。

今は太平洋側の海に近い町に住んでいる。自分の子どもには、少なくとも子どものうちは、自然災害必要以上に怖がってほしい。そして大きな地震がきたら高い所に逃げる、生き延びるということを心底徹底してほしいと思っている。

2019-03-03

anond:20190303195024

自然災害が多くて高温多湿だからと昔は思っていたけど今はそう思わない

単純にその場しのぎでいい加減な国民性なんだ

2019-03-01

anond:20190301071546

お前らみたいなお気持ちヤクザの機嫌と、日本国防防災とどっちが大事だと思ってんだよ。

長年続いてるってことは実際に効果があって、これで入隊する人がいて国防のため働いてくれてるってことだろ。

ならそれで結構じゃねえか。

そこに文句付けるならお前が代わりに自衛隊に入れよ。絶対入らねーんだろうけどな。

お前のせいで自衛隊に入る人が減って、自然災害に十分な支援ができなくて被災者が困っても、お前みたいなのは知らん顔なんだろ?

世の中に何一つ寄与せず、安全なところからクレームだけつけて、それで実害が出ても一切責任取らないクズマジで死ねばいいのに

2019-02-09

アベノセイダーズによるとあらゆる自然災害事件事故はアベが起こさせてるらしいか

森羅万象担当してるというのはアンチにとっても共通認識のはず

2019-01-31

事件のあった茨城県神栖市というところ

痛ましい事件舞台となってしまった茨城県神栖市がどのようなところか説明したい。

第一に、この国の最果てであり、陸の孤島である

茨城県神栖市茨城県の南東の端、利根川の河口、千葉県銚子市利根川を挟んだ対岸にある。

関東平野の端に位置し、山が全くない。

見渡す限りの地平線である。潮風が強く、冬場などは寒風が吹き荒び、一面枯れ野原が広がり、寂しい景色が広がる。

1人で浜辺を見つめていると、ここがこの国の果てなのだということを強く思わせる。

交通手段は車のみで公共交通機関は全くないと言ってよく、もちろん電車の駅などない。

観光地もなく、ここをふらっと目的もなく訪れる人はまずいない。

第二に、裕福な市である

鹿島アントラーズ鹿島神宮で有名な鹿嶋市に隣接し、世界最大級の掘り込み港をもつ鹿島臨海工業地帯形成する市の一つである

ただし、実は鹿島臨海工業地帯の大半は神栖市にあり、そこからまれる莫大な税収により、全国でも有数の裕福な自治体である

その税収は市民還元され、福祉は非常に厚いことで有名である

生活保護だろうが母子家庭だろうが、貧しい家庭への支援は手厚く、ランドセルは全員に革製の同じものを配り、給食たっぷり地元産の食材を使い、質も量も都会とは比べ物にならない。修学旅行遠足費用は全て自治体持ち。

また関東有数の農業地帯であり、海もあり、自然災害が少なく温暖なせいか物価が異様に安い。

この為に何もない地方には珍しく、未だに人口が増え続けている。

最近特に外国人が増え、技能実習生中国人ベトナム人が増えている。

夜のお店ではたらくフィリピン人タイ人などは古株で、地元学校にはハーフの子も多い。

第三に、治安が悪い。

からヤンキーが多い土地柄ではあるが、新しい住民が増えるに連れて治安ますます悪化している。交通マナーも悪い。

広く平らな空き地が多く、暗い夜道も沢山あり、夜中は危険

ヤンキーに絡まれる、変質者に出くわすなどは日常茶飯事。

また反社会的勢力も多く、銃撃事件により、小中学校では突然集団下校となることも度々である

さら工場地帯にはありがちだが、パチンコ屋、風俗店が多い。

座間バラバラ殺人事件犯人スカウトマン時代神栖市違法風俗店への斡旋逮捕されている。

このような状況にもかかわらず、警察署がないことが長年の問題であったが、最近大きな警察署ができ、犯罪の減少が期待されている。

第四に、教育レベルが極端に低い。

これはこの地域一帯に言えるが、進学校私立一校のみ、他はどれも偏差値で言えば50を下回るヤンキーである

中学生時点で決して全国では高くない茨城県平均を大きく下回る成績を叩き出す。

こんな神栖市。ぜひ一度訪れてみてください。

2019-01-19

社会全体の問題としてチンピラを考える意味はあるのか?

チンピラが行なった悪行に対してその都度処罰必要だというのはわかるが、社会問題として捉えてチンピラ存在を無くしていこう、社会浄化していこうというのはとても賛同できない。頭悪くて話が通じないどうしようもないクズなんてのはどの社会にも必ず一定存在する。

なんつーか、左翼のみなさんは潔癖症なんじゃないですかね。そいつらの存在否定してどうするよ。そいつらは天災あるいはゾンビみたいなものだ(バイオ2のリメイクすごそう)。天災に対して意味を与えすぎだ。天災に遭遇したら「やれやれ災難だったナ」と思うだけ。「このような天災が今後生じないように社会全体の意識を変えていきましょう」とか言ってる左翼のみなさんは頭がどうかしちゃってると思う。

これは男女の問題ではない。チンピラ男というゾンビ自然災害問題だ。日本社会において女性蔑視というものを完全に消滅させたところでチンピラ文明人を襲いつづけるだろう、永遠に。なぜかって? 彼らがチンピラからさ。

2019-01-15

anond:20190115104619

いや分かるよ。都心で払い終わったのならお疲れ様

ただ、自然災害と隣人ガチャ度合を見ていると、家を買うのは厳しいわ

隣家との距離がある程度離れる郊外じゃなきゃ無理

2018-12-07

政府は、相次ぐ自然災害を受け、重要インフラ機能を高める緊急対策として、今年度から3年間で計3兆円超を投じる方針を固めた。

https://www.asahi.com/articles/ASLD463FDLD4ULFA03B.html

数日前にこんなニュースがあって

そして今日通信障害

2018-11-26

anond:20181126222731

から津波党でいいじゃん

自然災害が起きても赤坂自民亭で飲んだくれて救助タイミングを遅らせればアンタの望みどおりジジババから死ぬ

お前らの大嫌いな障碍者貧困層死ぬ

よかったじゃん

anond:20181126221429

大きな自然災害が起きれば老人は避難中あるいは避難所で死ぬ

普通の日本人」が迷惑がってる障がい者医療不足で死ぬ

若くて健康な人でも家族や仲間がいない人なら困窮して死ぬかもしれない

あと運がない人もね

大地震が起きて津波が起きて弱者がのたうち回りながら死んでほしいが老人は年金が云々だから死ねの人の本音だろ

一緒に魔方陣を描いて巨大地震を呼び寄せよう

2018-11-23

anond:20181123230303

かい地震に遭遇して津波を見れば治る

かい自然災害の前では自分の悩みなんてちっぽけでどうでもいいものだと即実感する

2018-11-19

anond:20181119190147

2018-10-26

ジャーナリストがいなきゃ危険がわからない!!

こいつらアホなん?

危機回避能力もなくなったの?

普通に戦争起きてんのに危険危険じゃないか分かるでしょ

自然災害じゃないんやで

2018-10-20

デブ大麻批判

デブが薬物依存症批判してるのを見て、それって自己欺瞞じゃん、

おまえだって生命維持に必要な分をはるかに超えた栄養快楽目的だけで摂取してるじゃん、

おまえのその腹回りは日頃どれだけおまえがオナニーしてるのかをダイレクトに周囲に発信してるんだよ、

とか思ってたけど、よくよく考えてみると摂食による栄養備蓄の側面を忘れていたことに気づいた。

まり、実はデブは不意に訪れる自然災害などによる断食状態に日々備える危機管理意識の非常に高い人だったと。

そう考えるとデブ批判にも一理あるんだなあと思えるようになった。

2018-10-18

anond:20181018123005

自然災害にはなるべく近づかないのが単純かつ低コストサバイバル術なんだけど、なぜか台風の日にサーフィンに行っちゃうはいるのよね。

亡くなった女性に早く仕事辞めろと言っても聞く耳もたなかっただろうし。いずれにせよ他人コントロールするのは難しい問題だ。

2018-10-12

第三次世界大戦の勃発は個人ではどうしようもない

https://anond.hatelabo.jp/20181012171500

真面目に考えればね。

ふつーは、扇動してカネ稼ぎするだろうね。

生き残りたいなら、「我関せず」が正しいだろう。

扇動者は「お前みたいな自己中心者が戦争を引き起こす」とか宣うんだろうが、影響から言えばお前のほうがデカイよ。

歴史自然災害ほとんど変わりない。個人ができることなんてほぼない。個人の生き死にや幸不幸も飲み込んでいく。

個人ができるのはせいぜい、嵐に吹き飛ばされないように、地面に這いつくばるくらいだよ。

2018-10-02

anond:20181002001432

人事って人のことを考えて快適な労働環境を整える役割ではないの?

内定式に参加する人の目線だよね。

内定式の準備をした人、内定式を取り仕切る人、式の裏方の人、ケータリングの人のことも考えてあげてね。

延期にすると大変なんじゃないかなあ、その後の日程調整。

無理すんなって話だったし。

自然災害って色々あるよね。ガンバ

2018-09-30

日本師弟関係がなぜ理不尽暴力的になるのかについての覚え書き

身毒丸』について検索していた時に見つけた、

折口信夫への旅 第1部 ~小説身毒丸」をめぐって(歌舞伎批評家山本吉之助)

http://www.kabukisk.com/geitohito33.htm

という折口信夫身毒丸解説文の中に、日本師弟関係がなぜ理不尽暴力的になるのかについての興味深い示唆があったので、

もしかして既によく知られていることかもしれないが、自分は初めて知ったので、覚え書きとして残しておこうと思う。


日本師弟関係

最近ではそういうことはだんだんなくなって行きましたが、日本師弟関係はしきたりがやかましく、厳しい躾(しつけ)をしたものでした。まるで敵同士であるかのような気持ちで、また弟子や後輩の進歩を妬みでもしているかのようにさえ思われるほど厳しく躾していました。

例えば最も古い感情を残している文楽座人形遣いなど、少しの手落ちを咎めて、弟子を蹴飛ばしたり、三味線弾きは撥で殴りつけたりした。

そういうことは以前はよくあった。そうした躾を経ないでは一人前になれないと考えられてきたのです。

なぜ、そうした、今日の人には無理だなと思われるような教育法が行なわれてきたかということが問題になります。(中略)

それはある年齢に達した時に通らねばならない関門なのです。(中略)

子供または弟子能力を出来るだけ発揮させるための道ゆきなのです。それに耐えられなければ死んでしまえという位の厳しさでした。』

折口信夫座談会日本文化の流れ」・昭和24年12月)


■例えば…

七月に入り一座は泉州のある村の盆踊りに迎えられますが、源内法師は身毒丸の踊りに若い女たちの面貌がチラついていることを認めて、その晩、師匠身毒丸自分の部屋に引きずっていって「龍女成仏品」に一巻を渡し「芸道のため、御仏のため、心を断つ斧だと思って、血書するのだ」と厳しく命じます

しかし、出来上がったものを持っていく度に師匠はこれを引き裂きます

「人を恨むじゃないぞ。危ない傘飛びの場合を考えてみろ。もし女の姿がちょっとでもそちの目に浮かんだが最後、真っさかさまだ」と師匠は言います

身毒丸は血を流しながら一心不乱に写経を続けますが、身毒丸脳裏には彼の踊りに熱狂する若い女たちの面貌がなかなか離れません。

一心不乱に写経を続ける身毒丸の姿を見ているうちに師匠の頬にも涙が流れてきて、五度目の写経を見た時には師匠にも怒る気力は失なわれていました。


春琴の教え方は 非常に厳しく、

あかんかかん、弾けるまで夜通しかたかて遣りや」と佐助を激しく叱咤し、

時には「阿呆、何で覚えられんねん」と罵りながら撥で頭を殴り、佐助がしくしく泣き出すこともしばしばであったと云います


芸道小説としての「春琴抄」~谷崎潤一郎・「春琴抄」論

http://www.kabukisk.com/geitohito72.htm


『昔は遊芸を仕込むにも火の出るような凄じい稽古をつけ往々弟子に体刑を加えることがあったのは人のよく知る通りである

本年〔昭和八年〕二月十二日の大阪朝日新聞日曜のページに「人形浄瑠璃の血まみれ修業」と題して小倉敬二君が書いている記事を見るに、


摂津大掾亡き後の名人三代目越路太夫の眉間には大きな傷痕が三日月型に残っていた

それは師匠豊沢団七から「いつになったら覚えるのか」と撥で突き倒された記念であるという


また文楽座人形使い吉田玉次郎の後頭部にも同じような傷痕がある

玉次郎若かりし頃「阿波鳴門」で彼の師匠大名人吉玉造が捕り物の場の十郎兵衛を使い玉次郎がその人形の足を使った、

その時キット極まるべき十郎兵衛の足がいかにしても師匠玉造の気に入るように使えない

阿呆め」というなり立廻りに使っていた本身の刀でいきなり後頭部をガンとやられたその刀痕が今も消えずにいるのである


しかも玉次郎を殴った玉造もかつて師匠金四のために十郎兵衛の人形をもって頭を叩き割られ人形が血で真赤に染まった。

彼はその血だらけになって砕け飛んだ人形の足を師匠に請うて貰い受け真綿にくるみ白木の箱に収めて、時々取り出しては慈母の霊前に額ずくがごとく礼拝した

「この人形折檻がなかったら自分は一生凡々たる芸人の末で終ったかも知れない」としばしば泣いて人に語った。』

谷崎潤一郎:「春琴抄」)


日本古代の、理不尽に怒る神と無辜民衆との関係

自分にはこのような仕打ちを受ける謂われはない」という強い思いです。その場合・何に対して彼は意地を張るのかということが問題になります

世間に対して意地を張る場合もあると思いますが、あるいは神に対してという場合があるかも知れません。


ここで神に対して意地を張るということは、神に反抗するという意味ではないのです。

そのように考えるのは近代人の捉え方でして、古代人の場合には絶対者である神に対して反抗するという発想は考えられ ません。

自分に対する神の仕打ちが不当であると感じた時に、古代人は自らの清らかさを神に示すように控え入るのです。

「神よ、この清い私を見てくれ」というようにです。

まり表面 上は畏れ入っているのですが、内心には自分に対する神の仕打ちは不当であるという強い思いがあるように思えます

(中略)

神に対して自分が清い(あるいは正しい)ということを示そうという気持ちを失ってしまえばそれは不信仰ということになります

から理不尽な神の仕打ちに耐えて・彼がそれでもひたすらに生き続けることは「神よ、この清い私を見てくれ」ということになるのです。

それは神に対して意地を張るということでもあ ります


折口信夫座談会神道キリスト教」において次のようなことを語っています

折口は憤りを発することが日本の神の本質であるします。

神の憤りとは人間がいけないからその罰として神が発するものではなく、神がその憤りを発する理由がどこまでも分からない。

神がなぜ祟るのかその理由が分からない。

このことが重要である折口は言うのです。


神が憤るのは人間がいけないからだ・人間が何か悪いことをしたから神が怒ったに違いないと考えるのは、道徳倫理が完成した後の時代の人々の感じ方なのです。

既成の道徳基準があれば、人々はそれに照らし合わせて・神がこれほど怒ったのにはこんな理由があったに違いないと後で納得できる説明を付けようとします。

しかし、道徳がまだ成立していなかった古代人には照らし合わせるべき倫理基準などまだなかったのですから、人々には神が怒る理由など全然想像が付きませんでした。

古代人にとって神の怒りは唐突で・理不尽で、ただただ無慈悲ものに思えたのです。


『神の怒りに当たることと言う怖れが古代人の心を美しくした』(折口信夫・「道徳研究」・昭和29年)


古代人にとって神の怒りはただただ理不尽ものでした。

そのような理不尽な怒りを神はしばしば・しか唐突に発しました。

例えば地震台風洪水旱魃・冷害などの自然災害がそのようなものです。


このような時に古代人は神の怒りをみずからの憤りで以って受け止めたのです。

みずからの憤りを自分の内部に封じ込めて黙りました。ただひたすらに耐えたのです。

そうすることで古代の人々はみずからの心を倫理的に研ぎ澄ましていったのです。

「神よ、この清い私を見てくれ」と言うかのように。


古代人の 生活というものは、風雪災害飢饉病気など、現代人が想像するよりもずっと過酷で・辛く厳しいものであったということなのです。

そのような時に古代人は神の理不尽かつ無慈悲な怒りを強く感じたのですが、そこをグッと持ち耐えて自己を深い内省と滅却に置くことはまこと殉教者以上の経験したことになるのです。

折口はそのような過程から道徳のようなものが生まれて来ると考えました。


貴種流離譚というもの民衆に与えた印象というものは「身分の高い人が落ちぶれて哀れな姿になって・・」というものでは決してないのです。

民衆貴種流離譚に見たものは神の与えた理不尽かつ過酷な試練に従順に耐える殉教者の姿なのであり、それは過酷な生のなかに生きる民衆自身の姿と も自然に重なって来るわけです。

民衆貴種流離譚を愛したのはそれゆえなのです。


神は別に何もするわけではないのです。

しかし、神がたまらなさを感じて涙を流してくれるならば無辜贖罪者は何かしら救われることになる・ 実はそのことだけで十分なのです。

これが古代人が神に対する時の態度です。


源内法師は身毒丸無慈悲折檻を強いながら、それに抵抗することなく・懸命に師の言いつけを実行しようとする身毒丸の健気さ・ひたむきさのなかに無辜殉教者の姿を見たのです。


最近ではそういうことはだんだんなくなって行きましたが、日本師弟関係はしきたりがやかましく、厳しい躾(しつけ)をしたものでした。

まるで敵同士であるかのような気持ちで、また弟子や後輩の進歩を妬みでもしているかのようにさえ思われるほど厳しく躾していました。(中略)

子供または弟子能力を出来るだけ発揮させるための道ゆきなのです。

それに耐えられなければ死んでしまえという位の厳しさでした。』

折口信夫座談会日本文化の流れ」・昭和24年12月)


折口がこのように語る時、折口日本伝来の師弟関係なかに理不尽に怒る神と・神を信じてその仕打ちに黙々と耐える無辜民衆絶対的関係をそこに重ねて見ているのです。


神はしばしば理不尽な怒りを発して、我々に謂れのないひどい仕打ちします。

我々には神の意図することがまったく理解できません。それはただただ理不尽ものに思えます

しかし、それでも神をひたすら信じ・神の指し示す道を黙々と歩むということことです。

過酷仕打ちを受けてもなお神を信じて神に従う人を見る時、神はそのような人々に対して賜らない愛おしさを覚えるであろう。慈悲の涙を流してくれるであろう。願わくば我々を悲嘆のなかから救い上げてくれるであろうということです。

折口はそのような気持ちから道徳のようなものが生まれてくるというのです。


そこには正しいとか・間違っているという倫理基準など存在しません。

善とか悪というのは道徳が成立した以後にある基準なのです。

あるとするならばそれは「清い」とか・「清くない」という感覚的(あるいは生理的な)基準です。


源内法師と身毒丸理不尽に怒る神と無辜民衆との関係無意識のうちになぞっていることになります


まり


神の理不尽な怒り(地震台風洪水旱魃・冷害や飢饉病気など)

→「自分にはこのような仕打ちを受ける謂われはない」と思う

→それでも神をひたすら信じ・神の指し示す道を黙々と歩む

 「神よ、この清い私を見てくれ」


これが、古代の神と民衆関係であり、師弟関係はこれをなぞっていると。


なるほど、自分がそういう目にあうのはいやだけど、ドラマ物語で接するとなんとなく納得してしまうのは、そういう古代から宗教的感覚が今も心の中にあるからなのかもしれない。

準備してきたイベント自然災害で中止にしなければならない決断は、どこにも行き場のない感情との戦いなのである

2018-09-27

怖くてたまらない

シャワー中にふと、振り向いたら髪の長い女の幽霊が居たらどうしよう?なんて考えたりするけど、お化けが待ち構えてるその状況が何だか面白おかしくなって怖くない。

怖いのは、誰もいない家に帰った時、暗闇の中に誰かが潜んでいないかで、

外窓のカーテンの隙間から人間こちらをじっ…と覗き込んでいないかで、

ホームに立っている時、後ろの知らない誰かに突き落とされないかで、

街中を歩くとき通り魔に殺されないか飲酒運転の車に運悪く轢かれないかのような生身の人間が怖い。

そうでもなきゃ、

エレベーターに乗ってる時に大地震に遭って止まってしまわないか、とか、

会社にいるうちに家が燃えしまわないか、とか、

自分ではどうしようもできない自然災害が怖くてたまらないのだ。

2018-09-09

anond:20180909123921

仰ることは、判ります

然しながら、タイミング的に不適切かなとは感じてしまます

自然災害連続して起きたあとです。不安で辛い状況の方々も多い時期。

そんな折りに、自然災害被害のなかったであろう地域の方が、

このような言葉を使ってしまわれるとは迂闊ではないですか。

注意喚起のつもりで言及させていただきました。

たか言葉」の罪深さ。

anond:20180909113615

それはあり得ないな。因果応報なんて起きたことと原因の因果説明できる時だけだと思う。

普段の行いが良かった」「普段の行いが悪かった」なんて曖昧表現合理的でないし、ましてや自然災害なんて因果応報関係ない。

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