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2019-05-21

anond:20190520042248

自動車や、それを用いた交通の仕組みって、想像していた以上に性善説というか、

運転する人間良識や適切な注意力にゆだねらているんだと思って正直ゾッとした』

交通ルール事情をいままで知らなかっただけでそもそもこの世の中自体良識と注意力に委ねられているだろう。



『ましてやもらい事故、不意な飛び出しなんかに至っては、どんなに気をつけていても回避不可能運ゲーに近い

それを解決する手段が「かもしれない運転」って、なんというか個人の注意力や能力や時々の運にゆだね過ぎじゃない?みたいな』

・急に強盗に入られるのも一緒。自分に落ち度なくても運が悪いのはそりゃどうしようもない。



地方郊外に住むとなったら、もう「乗らない」っていう選択肢自体存在しない 社会インフラが車前提に整備されてるもんね

おとなもおじいちゃんもおねーさんも、好むと好まざるとにかかわらず運転することを「強いられているんだ」って感じ』

・人は皆生まれてくるところを選ぶことはできないから生きていくところを選べるようになるしかないよ



『そういう「運転しない自由」「自動車社会に参入しない自由」が実質的に与えられてないよね

ましては最近公共交通が衰退して、街の中心部の店が潰れ郊外ショッピングモールに集約、みたいにどんどん流れがそっちに行ってる

高齢運転問題もそうだけど、車前提でインフラ制度設計しておいて

他方で「能力覚悟が足らないやつは運転するな」っていうのは、それはそれで「死ね」って言ってるのに近くない?』

・残念ながら口にしないだけで社会死ねって言ってると考えていいでしょう。でもその現状は資本主義に基づいた合理化効率化の結果なので不満があるなら違う環境うつるか、自分環境を変えられるようになるしかいかと。



『「お前は車の恩恵を受けていないのか?荷物配送バスタクシーも使うなよ」

→それはプロドライバー仕事じゃん。運転技量がある(大型なり二種免許をとっているような)人達が、業として行ってるわけで

例えば飛行機運行プロパイロットだけに許されているように、自動車運転プロのみに許されていれば、

状況はまたちょっと違うことになっていたと思う』

・違う環境になれば違う結果を呼ぶのは当たり前。あともしも運転プロドライバーけがすればいいと考えたなら人類には早すぎるではなくてヘタクソは運転するな、になるわけで。



『もちろん、現状の自動車社会をすぐに転換することは現実的には不可能だと思う

から上記記事などにも指摘されているように、現在技術でできる限りの安全装備やシステムをどんどん義務付けてしまったり、

交通システムも、性善説でなく安全側に倒したもの

(具体的には信号の右直分離・歩車分離の徹底や、エンジン起動時の免許ドライバー状態のチェック、など)に変えて、

可能タイミングがきたら、一気に完全自動運転社会に転換してしまったほうが良い』

・車の安全装備の高水準化、交通整備システムの徹底などに関しては全面的同意関係ないけど完全自動運転って事故が起きたとき誰が悪いのかで揉めそうで実現すんのかなぁと思う。



『そういう極めてスポーティかつハイリスク行為公共インフラとして存置させてくのはどうなのよ

エンタメは、サーキット有料道路の中でやってくれよ、という感じ

免許取り立ての若者から80代の爺さんまで参入する「交通社会」に持ち込むべきものではないよね』

自動運転技術成熟した未来がきたらもしかしたら自分で操縦するという行為安全性の観点から任意趣味しか行えなくなるかもしれないが、当然今の社会にはまだまだ運転技術必要なシーンは多くそして適切に運転している人々からすれば危惧されるのは心外しかないと思う。





とりあえずタイトル違和感があった。

元増田安全安心自動運転要望しているのだろうけど

自動運転故障などの理由事故は完全にはなくならないだろうし

問題視されるべきなのは過失事故を起こす人間の愚かさのはず。

あ、全国の危険道路の整備なんかは早急に行うべきだとは思うよ。

2019-05-20

まだ信号黄色なのに止まるやつ

お前みたいなやつが車で人を殺してるんだよ

車の運転人類には早すぎる

車の運転って難しすぎない? なんで社会で許されてるの? - 拝徳

http://tokunoriben.hatenablog.com/entry/2019/05/18/211416

最近必要かられて免許を取ったんだけど、まさに同じようなことを感じた

自動車や、それを用いた交通の仕組みって、想像していた以上に性善説というか、

運転する人間良識や適切な注意力にゆだねらているんだと思って正直ゾッとした

ハンドルちょっと切れば、アクセルちょっと踏み込めば、すぐに死ねるし簡単に人を殺せる、

そこにシステムとして、フェイルセーフほとんど効いていない感じがある

最近ようやく普及してきた自動ブレーキや車線逸脱防止システムで、多少フォローが入るようになったけど)

皆が教習所で習うように、常に適切な注意と判断と譲り合いの心を持って運用すればまだしも

現実は「制限速度+10kmがちょうどいい」だとか、あんまり道交法をしっかり守る人ほとんどいないし

いくら安全運転意識があっても、運転ちょっと注意を失えば即大事リスク

さらに、ネットに上がるドラレコ映像を見ていても、路上には一定数の割合でヤベー奴がいるし、

ましてやもらい事故、不意な飛び出しなんかに至っては、どんなに気をつけていても回避不可能運ゲーに近い

それを解決する手段が「かもしれない運転」って、なんというか個人の注意力や能力や時々の運にゆだね過ぎじゃない?みたいな

そんで、こういった怖さ/リスクは都会に住んでいる限りは「乗らない」って選択肢を取ることで多少回避できるけど、

地方郊外に住むとなったら、もう「乗らない」っていう選択肢自体存在しない 社会インフラが車前提に整備されてるもんね

おとなもおじいちゃんもおねーさんも、好むと好まざるとにかかわらず運転することを「強いられているんだ」って感じ

あとこのたぐいの議論で、ブコメなんかで出てくる反論がいくつかあるけど、

なんかどうもピントを外してるなと思う。いくつか例に出すと

①「そういう怖がりな(or 運転技量がない)奴は運転しないでくれ」

→じぶん個人的には極力そうするつもりだけど、上に書いたように日本の大部分の地域では

そういう「運転しない自由」「自動車社会に参入しない自由」が実質的に与えられてないよね

ましては最近公共交通が衰退して、街の中心部の店が潰れ郊外ショッピングモールに集約、みたいにどんどん流れがそっちに行ってる

高齢運転問題もそうだけど、車前提でインフラ制度設計しておいて

他方で「能力覚悟が足らないやつは運転するな」っていうのは、それはそれで「死ね」って言ってるのに近くない?

②「お前は車の恩恵を受けていないのか?荷物配送バスタクシーも使うなよ」

→それはプロドライバー仕事じゃん。運転技量がある(大型なり二種免許をとっているような)人達が、業として行ってるわけで

例えば飛行機運行プロパイロットだけに許されているように、自動車運転プロのみに許されていれば、

状況はまたちょっと違うことになっていたと思う

もちろん、現状の自動車社会をすぐに転換することは現実的には不可能だと思う

から上記記事などにも指摘されているように、現在技術でできる限りの安全装備やシステムをどんどん義務付けてしまったり、

交通システムも、性善説でなく安全側に倒したもの

(具体的には信号の右直分離・歩車分離の徹底や、エンジン起動時の免許ドライバー状態のチェック、など)に変えて、

可能タイミングがきたら、一気に完全自動運転社会に転換してしまったほうが良い

でも、おそらくそういうものには一定感情的な反発があるだろうし、そううまく運ばない気もする

結局のところ、「車は、身体拡張し、自由を与えてくれる装置である

みたいな原始的ロマンティシズムを手放せないんだと思う

自動車を操る楽しさ」「走る歓び」とかそういうやつ

そのロマン自体はわからないでもないけど、

そういう極めてスポーティかつハイリスク行為公共インフラとして存置させてくのはどうなのよ

エンタメは、サーキット有料道路の中でやってくれよ、という感じ

免許取り立ての若者から80代の爺さんまで参入する「交通社会」に持ち込むべきものではないよね

なんかアメリカ人が、あれだけ乱射事件を起こしながら「銃を持つ自由」を手放さない、みたいなとこに近いのかもなあ

一度権利として与えられたものは手放せないというか

もちろんこういう状況は日本だけではないんだろうけど

2019-05-19

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 3

https://anond.hatelabo.jp/20190519202053 の続き

指導教員の業績を調べる

端的に言って、業績のない研究室はいかない方がよい。テーマがどれだけ合っても、研究論文を発表していない人間研究者を辞めているのと変わらない。指導者としては絶対に選んではいけない。

研究業績は概ね研究室ウェブページに載っているが、ウェブページがなかったり、更新が止まっている場合は、以下のサイトが役に立つだろう

Google Scholar:author: “hogehoge” で検索すればhogehogeさんという著者名検索ができる

https://scholar.google.co.jp/

Researchmap (再掲):研究者のFacebook的なやつだ。

https://researchmap.jp/

ResearchGate:研究者のFacebook的なやつ (こちらは国際的) だ。

https://www.researchgate.net/

まず注目すべきなのはコンスタント論文が出ているかだ。例えば、最後論文が出たのが10年前であれば、それがその研究者の寿命だったわけだ。分野がどれだけドンピシャでも、そのような研究者の下で研究するのは勧めない。

・業績の質を吟味する

コンスタントにその研究室から論文が出ているなら、どのような論文が出ているのかを精査すべきだ。インパクトのある研究をしているのかというものもちろん大切なのだが、あくま過去研究過去研究だ。これまでの研究履歴を見て、その研究室あなた自身キャリア寄与してくれるような研究状況にあるのかを見定めることが大切だ。

例えば、「過去研究の焼き増しを続けているだけではないのか」という点に注目しよう。残念ながら、教員自身大学院生時代の頃のテーマを引きずって、代わり映えのしない研究20、30年と続けているケースは実在する。もちろん、長年の苦労の末、大発見をするというケースもあるのだろうが、大半は単に最新の研究インプットをしなくてなって久しいだけだ。つまり研究者として賞味期限が切れてしまっている。そういう人のところに行くと、あなたは間違いなく腐る。なぜなら、その手の教員は「新しいもの」が嫌いだからだ。なので、あなた面白いと思って見つけた新手法現象アイデアを持ってきても、気の無い返事をされるだけだ。

国際誌に論文を発表するのが当たり前な分野で、和文誌の論文でのみ書いている場合、完全に赤信号だ。論外なので、その研究室博士課程には絶対に上がってはならない。そこに進学しても大した業績もなく博士生活を終えるだろう。28無職爆誕の時である

科学研究の過度の業績偏重主義自体は、これはこれで問題であるのは私も思うところだ。しかし、博士院生が育つのはやはり、研究立案遂行、発表、そして論文化の一連のプロセスの中にあると思う。従って「院生に業績を出させる」能力があるのは、指導者として必須資質なのだ

まとめると、結局は主観的な言い方になるのだが、その研究室論文を読んで「革新的だ」「分野を前進させている」「意欲的な研究をしている」とあなた自身が感じるかどうか、再三自問した方がよいということだ。

指導教員の業績がそこの院生から出ているのかを調べる

研究論文が出ていても、それが学外の共同研究者との研究ばかりで、そこの院生研究でない場合もあるので注意した方がよい。この状況が生じるのはやや特殊だが、「教員本人は優秀だが学生がいない」あるいは酷い場合指導があまりできていない」といったことが考えられる。研究室ウェブページには、概ね「メンバー」の欄があり、そこには所属している学生ポスドク名前が書いてある。彼ら/彼女らの名前が「業績」欄に載っているのかはチェックした方がよいだろう。それを見たら、概ねどれくらいのペースで各学生論文を書いているのかも確認することができる。

指導教員の年齢

かいところだが、これも一応確認しておきたい。指導教員の年齢が定年間近の場合修士までは受けれ入れられても博士では指導できないこともある。また、そうでなくとも、学位をとって独り立ちをした後も、元指導教員は一研究者としてもっとあなた理解してくれる人間であるはずだ。そんなかけがえのない存在が、あとどれくらい研究世界に残るのかは知っておいた方がよいだろう。

私の例だと、新進気鋭の研究者を選んだが、大御所を選ぶのはそれはそれで正しい。どちらが自分の合っているのかは自分で考える部分だ。結局はケースバイケースであるため、個別にきちんと候補研究室吟味した方がよいのだが、一般論としては

比較的若手の場合

メリット

デメリット

大御所研究室場合上記メリットデメリットを反転させて考えればよい。

最後に、ここまで注意深く研究室を選んでも、失敗することは十分にありうる。

そういうときはどうすべきか。答えは一つ、すぐにでも脱出してほしい。

脱出先は、就職活動でもいいし、研究を諦めたくなければ他の大学院を受け直すのでも構わないと思う。

劣悪な研究室に長く滞在すると、人はゾンビ化する。学会に行けば、ゾンビ化した院生は必ずいるので、研究者諸氏には実感があると思う。

ゾンビ化した院生には

といった特徴がある。

あの手この手で止めてくる

劣悪な研究室では「ここで逃げても何も得られないよ」「ここでダメならどこにいってもダメ」「とにかく手を動かせばいつかは報われるよ」「未来のことは考えるな、目の前のことに集中しろ」と、さながらブラック企業上司のようなセリフを吐いてくるらしい。

当然、全力で無視した方がよい。

・他大学教員との繋がりを保とう

「あれ?私ゾンビ化している!?」と自分で気づくことができるのは稀だ。大抵、他の大学院人間と会話する中で「もしかして、今の状況はおかしいのかもしれない」と感じる。

従って、他大学人間と繋がりを持っておくのはとても重要だ。悪い教員は外との交流を持たせたがらない傾向がある。学会での懇親会や、研究会には積極的に出よう。それならば、教員としても止めようがない。とにかく、サードオピニオンを得る機会を作ろう。

随分長くなってしまったが、これで終わりだ。

この記事で読んで、良い指導者に巡り会える人が一人でも増えたら嬉しく思う。それと同時に、全ての研究室健全化が進み、このような記事不要になる未来を願う。

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 2

https://anond.hatelabo.jp/20190519190721 の続き

・その研究室院生と会話をする

首尾よくそこの院生を紹介してもらえたら、教員には聞きづらい研究室生活リアルを存分に聞こう。就活で「残業」について聞くと嫌われるらしいが、研究室見学でこの手のことを聞いても印象が悪くなることはまずないと思う。むしろ、心象を悪くしているようだったら、今すぐ、そこから逃げた方がよい・・・

具体的には次のようなことを聞けばどういう生活になるのか、見当がつくだろう。

(i) 教員とのやりとり

指導教員とはどれくらいの頻度でディスカッションをしていますか」

研究室によっては完全放置というであることがあるため、自分に合ったペースで面談をしているのかを確認しよう。個人的には、二週に一度個別面談、半期に一度くらいに研究室メンバー全員への進捗報告があるとペースがよく感じる。ただし、分野、研究内容、個人性格で変わる部分なので、どの程度がよいペースなのはその人次第だ。まだ研究のペースについてよくわからなければ、「それくらいでちょうどいいですか?まだその辺りよくわかっていないので」と先輩に聞いてしまえばいい。

(ii) 研究の決め方

研究テーマはどうやって決めていますか」

指導教員からかなりトップダウンで降りてくる場合もあるし、ある程度裁量がある場合もあるだろう。これに関しては何が正解というわけではない。私の経験したパターン後者で「まず自分が知りたいことを見つけてこい」と放り出されたところから始まった。あなたにとって納得できる方針であるかを確認しよう。これは教員本人にも聞いた方がよい。

(iii) 労働時間

「平均して何時頃に来て、何時頃に帰っていますか」

「土日はどれくらいの頻度で来ていますか」

ラボコアタイム (必ずいなくてはいけない時間) はありますか」

働きすぎは人生の毒だ。必ず確認しよう。コアタイムが長い (例えば8時間) 研究室であれば、警戒した方がよい。

ただし、8時間研究室にいること自体不思議であるとは思わないし、実験が佳境であったり学会前にはそれ以上いることだってざらだ。大学院生になる以上、それは覚悟しておく必要がある。あくま懸念事項は、「平常時から8時間強要している」という点にある。私が知っているケースだと、就職活動コアタイム中これなくなったことに苦言を呈されるという事態を見たことがある。これはいくら何でも無茶苦茶だ。

どれだけ長く滞在しているのかを誇っている様子だと、やや注意した方がよい。もちろんあなたが、大学院に入ったら研究以外全てを投げ打って働きたいというのなら、それはそれで構わない。しかし、多くの人間にとって研究人生の一部である人生ではない。「これは奴隷の鎖自慢なのでは?」と一歩引いた目で見るようにしておいてほしい。

(iv) 所属メンバー

博士学生ポスドクはいますか」

博士学生ポスドクがいたら、自分よりはるかノウハウがある先輩がいるわけなので、入学後大きな助けになる可能性がある。いる場合、「博士学生ポスドクとは議論したり、一緒に研究をしたりしていますか」と聞いてみるとよいだろう。

(v) 学会出張などへのサポート体制

学会などへの出張費はきちんとカバーしてくれていますか」

信じられないことに、自費で海外学会に行かせる研究室もあるのだ。博士学振研究員に採択されているのならともかく、多くの学生にとっては経済的にこれはかなりきつい。

人件費をどれだけ重視しているのかは教員によってかなり落差があるので、聞いておいた方がよい。

(vi) 学位取得の要件

学位の取得状況はどうですか (博士号は3年で概ね取れているのか)」

学位要件は、実際のところどの程度要求されていますか」

「隠れた要件はあるのか (要綱には書いてないが、実質的要求されること)」

これまた信じられないことに、博士号を頑なに出さな教員というのは実在する。理由は様々だが、中には目を覆うような酷い話もある。だが、理由など知らなくてよい。あなたがすべきなのは人生を棒に振らないためにも学位取得状況は早い段階で知っておくことだ。これは教員本人にも聞いておくとよい。「その人次第」としか返ってこなかったら、黄色信号だ。その人次第な部分が大きいのはその通りなのだが、これでは答えになっていないからだ。

上記にあげた質問に、先輩の博士院生教員が明快に回答できなかったら、要注意だ。

(vii) 学生生活

学生間の仲はどうですか」

「同じ研究科他の研究室との関係は良好ですか」

研究室でのduty (研究以外での義務、例えば掃除) はどれくらいありますか」

快適に研究室ライフを過ごせるかどうかはこの辺にかなり左右される。ただしdutyがあること自体普通なので「あるからダメ」と言いたいわけではない。あなたにとって適切な量と内容なのかが重要なのだ

(viii) 大学院試についての相談

見学して好感度が高い場合、具体的に院試を受ける際の助言も聞いておいた方がよい。どの教科書を使って勉強するのか、講義資料院試過去問はもらえるかといった点だ。

さて、首尾よく研究室見学ができたとする。「もうここしかない」と思うかもしれないし、決めかねて迷っているしれない。が、どちらの場合にせよ、即決するのは性急だ。最終決定するにはまだまだやることがある。

複数大学院見学する

一つだけ見て、そこに決めるのは危険だ。できれば複数研究室見学しよう。

複数研究室比較することで「実はあそこは環境が悪い/良い」ということに改めて気付けるかもしれない。

劣悪な環境研究している院生は、本人たちは「大学院はこういうもの」と思い込んでいることが多い。奴隷はいしか自身を縛る鎖に安心感を抱くものなのだ。そうならないためにも、早い段階で多様な研究者と話すことで、研究に対する価値観養生していった方がよい。

・話せる大学教員研究者にその研究室評価を聞く

「授業を受けていた」程度の間柄でも構わない。「大学院進学をしたくて、○○研究室を考えています」と言えば、よほど酷い人格の持ち主でない限りは何らかの返答はしてくれるだろう。「そこは素晴らしい」だとか、逆に「正直お勧めしない」だとか。もちろん、研究者も人間なので、その人一個人見解だ。なので、全て鵜呑みにする必要はない。例えば、私は知り合いの研究者に「君、そこに進むと厳しいよ?」と諌められたが、(今のところは) 生き延びている。あくまで、考える材料として聞いてみるとよい。

指導教員研究費を取れているかを調べる

研究には金がかかる。指導教員研究費を取れているのかは、自身の学び、研究の質、量、そこから生じる心理的幸福全てに絶大な影響を及ぼす。どのようなテーマ資金を獲得しているのかは、研究室ウェブページに書いてあることもあるし、そうでなくても調べようはある。

科研費データベース

https://kaken.nii.ac.jp/ja/

このウェブページには、 日本学術振興会提供する科学研究補助金 (科研費) の採択リストが載ってある。研究室教員名前を打ち込めば、その人がキャリアを通じて獲得した科研費を全て知ることができる。もちろん、科研費限定なので民間助成金は載っていないが、大きい額の研究資金は概ね科研費なので、これを見ておけば大体の資金獲得状況はわかるだろう。

Researchmap

https://researchmap.jp/

これは、雑に例えると「研究者のFacebook」だ。研究費の獲得歴を記載してある人が多い。自分の興味のある教員名前を打ち込んでみよう。

資金自分入学時も継続している場合は、どのようなテーマ教員資金を得ているのかが、自分研究テーマにも直結するため、必ずチェックしよう。

博士号取得者のその後

その研究室学位を取った人のその後のキャリアを追ってみよう。人によっては研究室ウェブページ掲載している。そうでなくとも、博士取得したであろう過去院生名前検索したり、その後の業績を追いかけるとよい。著者名での論文の調べ方がわからなければ、「Google Scholar 著者名」で検索してみよう。

学振DCPDの採択実績

学振DC、あるいは学振PDとは、日本学術振興会特別研究員という制度だ。簡単に言えば博士課程や、その後のポスドクでもらえる給料研究制度だ。博士課程を希望していてこれを知らないのはもったいないので、知らなければすぐに調べたらよい。

博士に進む場合は、学振採用されることはかなり重要だ。色々問題ある制度であることは否めないが、例えばDC1に採択されれば少なくとも3年間の生活保障されるので、狙わない手はない。

学振に通る研究室は、大体固定化される傾向にある。「結局は知名度」と言われる意見散見されるが、私はそうは思わない。学振に毎年のように通る研究室は、先輩が後輩の申請書を添削したり、後輩が採択された先輩の申請書を丹念に分析して執筆しているものだ。

従って、進学先の研究室の先輩が学振に採択されているのかはしっかりと見ておいた方がよい。学振に通っているのかは、研究室ウェブページ掲載されていることが多い。そうでなくても、学振ウェブページに採択者一覧が載っているので、教員名前で調べるとよいだろう。

https://www.jsps.go.jp/j-pd/pd_saiyoichiran.html

学振に通らなくても研究者として成功している人が大勢いるので、学振に通ることと研究者として成功することはイコール関係ではない。だが、ある程度博士課程学生がいるのに、誰一人通ってない研究室というのは、やや危険かもしれない。個人的にはやめておいた方がよいと思う。学振が通っている研究室は、申請書を見せ合う文化がある。往々にしてそのような環境の方が、平時から学生同士が活発に議論したり、お互い批判的に語りあえる仲であることが多い。

少なくとも、学振が全く通っていない研究室では、質の良い申請書を書くノウハウ指導してもらえることはあまり期待できないだろう。

https://anond.hatelabo.jp/20190519202206 に続く

2019-05-17

女の信号停止時にスマホ見てる率は異常

車を運転していて赤信号で停まるたびにスマホ見てる。

それか化粧してる。

それか助手席においたカバンごそごそしてる。

本当に毎回止まるたびに見てる。まぁ学生とかもそうだけど。

2019-05-15

anond:20190515195140

この間信号を立ち止まって待ってたら、後ろから来た保育園散歩用のデカイカゴみたいなベビーカーがぶち当たってきたけど、何も言われなかったわ。

イラッと来たけど、子供満載だったから何も言えなかった。

信号で渡る → 老人の車が突っ込んできて死ぬ

信号が青になるまで車道から離れて歩道の端で待つ → 老人の車が歩道に突っ込んできて死ぬ

公園内の柵に囲まれ砂場で遊ぶ → 老人の車が突っ込んできて怪我するnew

交通事故のどうしようもなさはわかってるけど、こんなんどうやって回避しろっていう

2019-05-14

ナクヤムパンリエッタ『泥舟鈍行死体蹴り』へのデッカいありがとう

ナクヤムパンリエッタさんがコミティア128で出した『泥舟鈍行死体蹴り』を読んだ。コミティア128自体には行けなかったので待ちに待ってたDL版を今さっき買って読んだ。

そしたらもうウォ〜ウァ〜ってなって大粒のやつがぼろぼろ目から出ちゃって、本当に心にこの漫画へのデッカいありがとうポップアップしてどうしようもなくなったから、本当にどうしようないファンレターをここに書き殴る。本当にどうしようない書き殴りのファンレターから何もかもめちゃくちゃだと思うけど勘弁してください。

普段ブログはやってないしTwitterだって情報収集するための鍵垢しか持ってないか世間にこのデッカいありがとうを発表する場所本来なくて、でもこのデッカいありがとうを、誰かに伝えたいとかそういうんじゃなくて、ただただ世界のどこかにさないと心がポップアップしたデッカいありがとうで破裂しそうだから、ここに放流する。

ナクヤムパンリエッタさんのことは元々すごく好きで、今まで出されてて買えるやつは全部買ってるしオモコロとかの漫画も何度も何度も読んだ。Twitter舐めるように見てる。ナクヤムパンリエッタさんの言語化の仕方が本当に好き。言語化できないやつをパワーで言語化して、言語化してるのに読んでるこっちにくるのはそのパワーだからわかんないけどウワッ!!そうなんだ!!!って漫画表現されてる色々が流れ込んでくる。漫画を読むという行為でありながらなんかもう感情体験感情体験って何だ?)。そういうナクヤムパンリエッタさんの言語感覚が本当に好きで、今回の泥舟もまたそういうのを味わうんだろうなとドキドキババクソワソワで購入した。

そしたらサンプルの時点でもまぁわかってたんですけど、そこに言語化されてたのはいつも戦ってる〝アイツ〟じゃん。もうどうしようもなくなっちゃって奇声をあげながらボロボロになって泣いちゃった。

すごいんですよ。こう、心とか、脳味噌とか、世界とか、ぐちゃぐちゃになっちゃう時が、あるじゃないですか。そういう時のやつがさ、そういう言語化できないやつがさ、いつものナクヤムパンリエッタさんのパワーで言語化されて、そして私の中に流れ込んでくるのはそのパワーみたいな感じでブワーッって流れ込んでくる。もちろん自分とナクヤムパンリエッタさんのぐちゃぐちゃになっちゃった時の世界とか自分とかって全く同じってわけじゃないんだけど、でもいつも戦ってる、ヌボーってやってくる最悪なアイツが、全部だめになっちゃってぐちゃぐちゃになっちゃった時のあの世界が、そこにはあって。そういうぐちゃぐちゃを表現された時にこんなに気づいたらボロボロ泣いちゃうんだなって自分もびっくりした。

なんていうか、救いだった。陳腐表現だと思うけど。うまく言えないけど、やっぱり多分救いってやつなんだと思う。

世界が死推しになるという表現、本当に本当にそれで、そうかあれは世界が死推しになってたんだなってわかった。楽しいことも楽しみなこともいっぱいあって、やりたいゲームも読みたい本も漫画も観たい映画もいっぱいあって、そう、愛する美しい女性に顔向けできねぇのに、なのに世界が死推しなっちまう。死のう死のうって、死ななきゃいけないって。毒槍が刺してくるんだ。私は一番やられてた時は気づいたら駅のホームで落ちるギリギリだったり横断歩道で赤信号なのに足が勝手に進もうとしてハッと気づいてウォッてなったし、味もわかんなくて何でか玄米ブランだけ義務感で食べてでも味がわかんなくて美味しいとかなくてめそめそ泣いてた(そのせいで今は二度と玄米ブラン食べたくない)。漫画にあった通り、まさに世界に1人なんだなって音がなくて耳がキーンってした。そういう諸々が、泥舟鈍行死体蹴りが、本当に凄まじい言語感覚言語化され、絵として文字として漫画としてそこにあった。

今はその時よりはずいぶんマシになったけど、でもまだふとした瞬間に心にアイツはやってくる。

ヌボーっとして、ベッタリした、いや〜なアイツが心臓の裏にベチャベチャくっついて離れてくれなくなる。心臓の裏にくっついてるもんだから剥がしたいのに剥がせなくて(私は心臓の裏に手が届かないので)、エンエン泣き出したくて、でもベッタリしたアイツのせいで泣くこともできなくて、離れてくれ〜去ってくれ〜帰ってくれ〜頼むよ〜って祈りながら横たわるしかできない。

実を言うと『泥舟鈍行死体蹴り』を読む直前もかなりそんな感じだった。なーんか全部だめになっちゃった。

から、本当にデッカいありがとうでいっぱいになったんだ。

泣き出せもしなくてウェ〜ンってするだけだったけど、この漫画を読んでボロボロ泣いて、別にベッタリがサヨナラ!つってあっさり帰ってくれたわけじゃなくてアイツはまだはりついてやがるんだけど、でもボロボロ泣いたおかげで少しだけ息ができるようになった。その少しだけは本当に大きかった。今もボロボロ泣きながらこれを書いてる。

あのぐちゃぐちゃを、素晴らしい言語感覚表現してくれて本当にありがとう。私にはこのデッカいありがとうをとにかくここに不器用に書き連ねることしかできないけど、でも、本当にありがとう

この漫画を読めて本当に良かった。本当に、本当に。

さっきまでもう無理オバケと頑張らなきゃオバケが戦っててそれも辛かったけど、この漫画のおかげで、とりあえず、明日もっとだめにならないようにおやすみしようって踏ん切りがついた。私にとってはそれだけでも本当にありがたかったです。明日っていうかこの文章一回泥舟じゃなくて泥船って書いて投稿してて後から気づいてだめだめな自分にモ〜〜!!!ってなっちゃって、嫌になって消して再投稿したのがこれで、だからもう今日なんだけど。そして再投稿にあたってもう一回読んでまたダバダバ泣いてた。

何度も書くけど、本当にありがとうございます、この漫画に、ナクヤムパンリエッタさんに、世界に。

世界が滅亡しますようにしか感謝します、ありがとう。」

anond:20190514134748

識別信号を発しながら飛行しないといきなり撃墜されても文句は言えない法制度にすればいい

anond:20190514011114

この世は夢だとひできちもいってたろ

全部お前の脳内信号しかない

2019-05-13

anond:20190513174425

私女だよ。女性経験が無い男性馬鹿にしてるようだけど、おっさんに金で身体売ってる方が馬鹿だろ。売女

本当の私を愛して欲しいの!とか、使い古された安い話を本気で書く奴なんかいると思わないだろ?円光社会問題だった頃の三文小説ってこんなのばっかりだ。釣りじゃなきゃ今時こんなの書かない。

増田が全部事実だとしても、自分で体売っといて繊細で傷ついた不幸なあたしごっこか?16歳にもなって赤信号渡って引かれても自業自得だろ。自分で売ったんでしょ?

売女を一番軽蔑してるのって同性だと思うよ。普通売ろうと思わないもの

まあ、貴方のような馬鹿が不幸になってよかった。

2019-05-12

信号無視する自転車を取り締まれ

東京での話だが、車道歩道側に自転車のレーンの印が増えてきて、そこを走る自転車も増えてきた。

それに伴って、信号無視をする自転車が急増してる気がする。

歩行者として、横断歩道を青信号で渡るとき、横から自転車結構スピードで横切ってきて、とってもあぶない。

車道信号自体を見てなさい感じで、歩道感覚で走っているように見える。

自転車レーンの整備もいいけど、法的になんとかしないと、死亡事故とか多発するぞ。

2019-05-10

anond:20190510052837

もう15年以上も前の話ですが、僕の身内(兄弟)も信号停車中にトラックに追突されたことがあります

不幸中の幸いで死ぬことは無かったけど手帳持ち(障害者)になるほどの後遺症を伴った大怪我をさせられました。

事故の直後加害者トラック運転手救急車手配どころかトラック捨てて逃げようとしてたらしく、周囲の目撃者に取り押さえられたんだそうです。

それでもこの加害者逮捕されなかったし、田舎交通事故で死人も出てないからチラっとニュースになったくらいで名前すら出ませんでした。

ただのトラック運転手であり上級国民ではなかったのですけどね。

世間の目というかワイドショー的には確かに次ぎの「話題」かもしれません。

でも「池袋」でググれば未だに事故話題TOPに出てくるしそれはしばらく続くでしょう。それに上級国民の氏名も晒されてます

まあ、当の本人は先の短い老人だけど、家族は一生ビクビクして生きて行かなければならないわけです。

これだけの事故を起こしてしまった以上、恐らくどのような権力を使ってもインターネットから加害者汚名を消すことは不可能でしょう。

それはそれでひとつ報復になっているとは思います

大津事故マスコミ

マスコミ記者悪者に仕立て上げることは、マスコミ記者保育園関係者糾弾することと構造が同じではないか。真に糾弾すべきものは、人では図らずも結果として事故を起こした運転者であるのかもしれないし、人以外のものでは不十分な安全対策、進まない法整備安全対策の現状への間違った認識などであるのかもしれない。にも関わらずそちらの方へ話が向かっていないのであれば、保育園関係者を愚かに糾弾するように見えるマスコミ記者と変わりはしない。糾弾すべき方向が完全に間違っている。

事故のはなし

今回の事故に明確な悪者はいない。保育士は最善を尽くしていた。運転者にも悪意はなささそうだ。行政もできる範囲で注意を払っていた。警察救急ちゃん機能していた。強いて言うなら悪者は、歩行者安全社会環境を作ってこれなかった過去の俺らだ。なれば今回の悪者は人ではない。悪者は無形で目にはさやかに見えないもので、整備されていない車両用防護柵や、法整備が追いついていない現状や、日本社会歩行者優先でドライバー側も歩行者安全をいつも気にかける世界一交通マナーの素晴らしい国であるという俺らの間違ったセルフイメージなどではないのか。

そして俺らは子供じゃないが、今回のように信号待ちをしているときに車が高速で突っ込んできたとしたら、誰がよけて無傷でいられると言えるのだろう。信号を待つとき大抵の俺らは、ぼーっとしているかスマホをいじっているかのどちらかだ。はたして突っ込んでくる車に対応できるだろうか。

明日の俺らが歩く道に、ガードポールのない交差点があったとしたら、明日は俺らが死ぬのかもしれない。

メディアのはなし

かに今回の会見の酷さは凄まじく、メディア取材姿勢について問題にすべきではある。あれはクソだ。判断能力のある人間が発すべき言葉じゃないものが多々あった。しかメディア糾弾したところで事故は無くならないわけですよ。事故の発生とメディアにはなんの関わりもない。

またメディアの態度は受け手の態度でもある。逆説的に、もし今回の会見がこれほど酷いものでなければ、これほどに拡散することはあっただろうか。購読料金を払う新聞と違い、テレビ視聴者数が広告収入に直結する。すなわちテレビ話題になる画を撮ることが善なのだ。それが何十年と続き今回のような記者会見の空気が醸成されてきた。責任は俺らにもあるんだ。現に今回の記者会見で騒いでしまった。今回騒いだことにより、感情的で印象的な画が撮れれば視聴率が上がることを再び証明してしまったんだ。

残念だが方法は二つしかない。口を出したいような記者会見があったとしても見て視聴率を上げることをせず、絶対に中継で見ることをせず、そして過去のことになってから声を上げてあれはダメだったと指摘すること。メディアを形作ってきたのと同じくらいの時間メディアをこれから形づくるためには必要かもしれない。長い長い戦いをしなければならない。

PS:日本における子供交通事故での死者数は、減少を続けている。しかし負傷者数は人口の減少にも関わらず増加している。

http://www.itarda.or.jp/itardainfomation/info54.pdf

PPS: ここまで書いといてなんだが、全編を映した動画を探したけど見つからないので実は見れてない

泉佐野市が叩かれてる意味がわからない

ふるさと納税制度のものが、皆が利用するほど日本全体の税収が減る制度でじゃん。

しかし、それを認識しつつも、自治体間の競争を促すことを目的としていたわけで。

税収が奪われて自治体間で不公平が出るとか言うくらいなら、最初からそんな制度やんなきゃいいわけで。

どの自治体も公平に振興策って建前が重要なら「プレミアム商品券」が大正義だとでもいうのか?

プレミアム商品券」なんかで「地方創生」とか、アタマ大丈夫

地方創生」と、「どの自治体も公平に」は成り立たなくないですかね?

まだ高度経済成長時代感覚が抜けてないんですかね?

発展どころか衰退真っ最中、衰退ってか破綻黄色信号出てるとこばっかなわけですよ。

泉佐野市って財政破綻寸前だったじゃん。

ふるさと納税の前は、なり振り構わず財政再建で有名になってたとこでしょ?

市長減給して、公務員減らしまくって、ついには市の名前命名権売ろうとしてまで。

汚い金集めするくらいなら、潔く破綻しろって言ってるんですかね?

2019-05-09

anond:20190509223015

地中化はあんまり技術根拠ないんだよね。「カッコ悪い」「欧米では」「景観」ってずっと言ってて、

最近は「レジリエンスが」「歩行者保護」とか言い出した。でも全部後付け感ある。

停電後の復旧も切れた線が見えている空中架線のほうが早い。水トリーなんかも起こりにくい。

地震後に倒れた電柱・・・かいうけど電柱撤去なんか簡単だし、電柱が倒れているような大地震だと看板とか倒壊した建物とか

交通信号とか街路灯とかいろんなものが倒れているはずで、電柱だけどけても意味ない。そんな大地震だと地中管が破裂して陥没したりいろんなことが

起こっているはずなので幹線道路普通車で移動したいという考え自体おかしい。「全部電線地中化したら見た目すっきりするっしょ!」

っていう思い込みから発生してるからいろいろ無理があると思う。

地域ITSとか自動運転化向けの無線ビーコン局とか電柱あった方がたぶん設置しやすい。

地中化は土建屋さんのおねだりなんだろうなと思っている。意味がない。

交通事故でいつも思うけど

運転者故意は流石に論外としても、プロが作った道路問題があったのでは?と言う議論になりにくいのはなんでなんだろう?

仕事で、誰かが過失で怪我したりしたら、本人の不注意とかより危険状態だったのではないか?と問題をアライさん出して、改善して対策するのが通常のフローだけど。

地元信号のない交差点で毎年の様に死亡を含む事故が何度も起きてたけど、普通に信号が付いたらほとんど起きなくなったよ?

anond:20190508173144

川崎駅付近に関するイメージをバズらせてくれてありがとう

この勢いで、川崎市麻生区新百合ヶ丘近くに住んでいて川崎市まれ川崎市育ちである増田の俺が、川崎市全体について紹介する。

川崎市について、まずWikipediaを見て欲しい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%B4%8E%E5%B8%82

と言っても、みんな見ないので、簡単川崎について紹介する。

川崎は、政令指定都市であり、川崎区、幸区中原区高津区宮前区多摩区麻生区の全7区ある。

Wikipediaなんかより、川崎市本家が紹介してるページの方が分かりやすいね

http://www.city.kawasaki.jp/miryoku/category/63-1-0-0-0-0-0-0-0-0.html

川崎市全体の人口は、約150万人。

ちなみに、150万人のうち、半数近くが武蔵小杉に住んでいると言われているほど、最近武蔵小杉にタワマンが増殖して、町内会に加入しないといったコミュニティ問題が深刻化している。

川崎市全体については、自分は上手く表現できない。というか、川崎市は3つくらいに分割化されるべきであり、川崎市という括りに違和感がある。

川崎区は、増田が紹介したとおりのイメージでいいと思う。

幸区中原区高津区宮前区は知らん。どこかに上記言及した武蔵小杉があって、あと溝の口とかあるけど、割とどうでも良い。知らん。治安民度は割と良いと認識している。

さて、多摩区麻生区について。

まず、多摩区から多摩区は、小田急線南部線が交わる登戸を中心に、昔は向ヶ丘遊園遊園地があって栄えていた。

今は、登戸小田急線快速急行が止まるようになり、ドラえもんといったら登戸でしょ!というくらい、登戸が強くなっていて、向ヶ丘遊園は弱体化しつつも、小田急線始発駅、千代田線から小田急線の直通電車の大半の到着駅が向ヶ丘遊園である

最近は、シェアサイクリングが整備されて、昔より良くなっているが、登戸駅前に居座っている居酒屋どもは今すぐ失せろ。区画整理問題が発生している。

治安は良い方というか、夜は人が誰も歩いていない、車が走っていないのに信号機エネルギー無駄遣いとなっている。石垣島を参考に、赤信号点滅方式政府は今すぐしろ

さて、最後麻生区。俺の地元。はっきり言って、小田急空き地の大半を握っていて、市が思った通りに関与できない見捨てられた町ではあるが、新百合ヶ丘あたりは最近発展しつつあって、感動している。新百合ヶ丘最後底力が発揮されている。

数年後、横浜市営地下鉄乗り入れてくるのは歓迎するが、線路幅といった物理的な問題直通運転は実現不可の模様。乗り換えのスムーズさや料金によっては、誰も利用しない。というか、わざわざ横浜へ行く用事がない。彼女観光に行く時に使うかな。期待0。

多摩区以上に、麻生区の夜は人が居ない。誰とも会わない。治安も何もない。本当に人が居るの?というくらいで、アメリカマイナーな町に例えると、レッドウッドシティと例えられる。なぜ俺がレッドウッドシティと例えるのか、宿題だ。

以上が、川崎市全体についてだ。

川崎川崎市全体のイメージ認識する野郎は、相手にしてられない。

ただ、川崎は、川崎イメージではない川崎に住んでいる人が多い。

anond:20190509134348

制限速度以内の時速40キロ程度で走行中でも、園児との距離が近すぎるので急ブレーキ踏んで制動距離ギリギリ自動ブレーキがついていて発動しても間に合うかどうか。

通常のカーブならもっと減速するが、これは直進中前方右側にあてられて進行方向が大きくずらされているので、システム対応できるのか疑問だ。

あてられて前輪は浮いた可能性もあるしそれでは車のコントロールは難しかたかもしれない。

また解析から縁石にもふれていないので横断歩道部分から突っ込んでいることはわかっている。

事故後の写真を見てもおそらくそうだっただろうということはわかる。

ガードレールがあっても無意味だったはずだ。

この状況、直進車側をコントロールするのはかなり難しい。

さらにここの信号は矢印信号がついているので右折車は待てばよかったのだ。

右折を禁止すれば世の中の大半の交通事故は無くなる

今回大津で起こった痛ましい事故を見てて改めて思うことは、”右折”は悪だということ。

都会っ子集団はてなー連中は「よく確認してから曲がるべき」だの「余裕を持って運転しなきゃ」だの言う意見があるが、日常運転してる人であれば車における右折がいかに難しいか分かるはず。

無理な右折はもちろんNGだが、十分な余裕のある(対向車の車間が十分の)タイミングまで待っていれば、いつ曲がれるかわからない。更には後続の車への迷惑もついつい考えてしまう。

混雑時、右折専用車線も右折信号もない交差点では、最後の1台しか右折できない事もザラだ。

直進車の間隙を縫い、対向車の到達前に急アクセルで右折しきるという行為は、おそらく悪魔城ドラキュラ天井から尖った柵みたいのが次々と上下する中を一気に駆け抜けるそれと似ている。

そう、つまりはてなー的な表現を借りるのであれば、”右折”というアクションのものバグがあるのだ。

自動車事故の多くがこの”右折”である事実から鑑みれば、はてなーリアクションを借りるのであれば「いっそ右折を禁止すべき」も一考だろうし、これについて私も同感だ。

要は、左折を3回すれば良い。少し遠回りだろうが、皆がこれをするだけで悲惨事故の多くがなくなると思えば安い代償ではないだろうか?

右折がなくなるだけで自動車運転ハードルもぐんと下がるんで高齢者運転できる期間も長くなるかもしれない。右折専用レーンも右折信号不要からインフラコストも浮く。このように様々な経済的社会的メリットを我々は享受できる。

はてブでもこうした意見は見かけなかったから、やっぱりはてなーって都会っ子なんだなぁと改めて思ってしまったが。

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