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はてなキーワード: 配列とは

2019-05-16

死兆星

ずっと仕事が忙しくてストレスから蕁麻疹出てる。

夜中に腕を掻きむしってしまったようで、ポツポツと傷ができてるのだが、

その配列北斗七星のもの

しかも、8番目のあの死兆星もしっかり傷になってて、あ、これ死ぬやつや、と

思った次第です。

2019-05-10

次に背が高いのは? の答え

https://togetter.com/li/1353321

 

Aの身長は150cm

Bの身長は155cm

Cの身長は160cm

Dの身長は165cm

Eの身長170cm

この5人の中で、Cの次に背が高い人は?

 

11の次に大きな素数は?

ちなみに素数は2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, ...と無限に続きます

 

これ

①「配列Aの中で、Xの次に{条件}なのは?」

②「配列Aの中で、Xの値の次に{大きい/小さい/次に来るもの}は?」

 

の2通りの解釈で迷ってる人が多いんだろうが、今どちらも①はねーぞ

・「背が高い人」が条件たり得ていないから②である

・「素数」は条件たり得ているが、「大きな」と言ってるからである

 

から答えはBと7

 

例えば、以下のようにすると①足り得る

 

Aの身長は150cm

Bの身長は151cm

Cの身長は180cm

Dの身長は185cm

Eの身長は190cm

 

平均身長:160cm

 

この5人の中で、Cの次に「平均身長より大きい人」は?

 

これは答えはD

「平均身長より大きい人」は大小ではなく、条件であるから②ではない

 

11の次に「5より大きい素数」は?

ちなみに素数は2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, ...と無限に続きます

 

答えは13

「5より大きい素数」は大小ではなく、条件であるから②ではない

 

答え割れるよね〜じゃねーよ

ここらへんできないと普通にセンター試験で詰むだろ

 

ちなみに、①は「前の」と言えるが②は「前の」とは言わない

ex:「次に大きい人」「前に大きい人」

 

_____

 

練習問題 

 

北海道青森秋田沖縄東京福島高知

この中で東京の次に北に位置するのは?

 

高知

 

常磐線上り

取手天王台我孫子北柏、柏、南柏北小金新松戸馬橋北松戸松戸金町亀有綾瀬北千住・・・

と停まる

このうち特快が停まるのは

取手我孫子、柏、松戸北千住・・・

である

 

1.取手から特快で出発した時、松戸の次の駅は?

2.特快が止まらない駅の中で、松戸の次に取手に近い駅は?

3.上りで見た時、松戸の前に特快が停まる駅は?

 

 

1 北千住

2 金町

3 柏

 

2019-04-27

anond:20190427234505

詳しい人ですか?

Pythonでは二次元配列(多次元配列)のあたりが他の言語と違うような気がするのですが気のせいでしょうか?

Python二次元配列(多次元配列)はどうしてあんな感じになっているのでしょう?

2019-04-20

anond:20190420002401

科学的な手続きなく結論を導いているものは、極論を言えばすべて「こじつけ

思い付きと変わりない

たとえば「個人的には、日本人は、いじめをしやす遺伝特性割合が高いという事実理解して欲しい。」とある

本を読んでいないので教えてほしいのだが、遺伝配列のどの部分がそれにあたるのか書いていたか

それが難しくとも、少なくともグラフか何かで客観的に納得できるデータはあったか

2019-04-17

anond:20190417081835

MS製品のUS配列転売しか買えないんだよな Surface Bookですら修理すると日本語下半身で返ってくるとか

2019-04-16

anond:20190416121901

あれ、Microsoftって1国1配列現地語のみのクソ規則厳守のはずだけど元増田はどうして日本で英字キーボードを持ってるの? おかしいよね

2019-04-11

https://anond.hatelabo.jp/20190411010447

まりにも哀れなので、釣りじゃないと仮定してプログラミングに関するアドバイスを多少。

こういうタイプの人は暗記ばかりで理解が全く足りてないと思っている。「これがきたらこうする」というパターンはわかっても、「なぜそうするのか」という部分に目がいってない。

そういう「なぜ」を考える訓練を普段からしてないから、いざ「なぜそうするのか」と詰まったときに「よくわからいから覚えてしまえ」となる。目の前の「わからない」をとことん放置して、とにかく今だけをやり過ごそうとしている。おそらく人生におけるすべてのありとあらゆることにおいてそのように一貫していると思う。たぶん現時点でのAIの方が賢い。

もちろん暗記が悪いというわけではない。i=i+1と書く理由は「作った人がそういう決まりにしたから」だから、それを理解しようとするとプログラミング歴史やらを漁らなくてはいけなくなる。だから暗記することは大事。でもなんでも暗記してしまう人は「なんでi=i+1をするんだ」ということはわかっていない。

一度「なぜ」というふうに考えられる思考さえ身についてしまえば、少なくとも今のそうした酷い状況には陥らないはず。

プログラミング言語は、突き詰めていうと数字を操るためのツール

人間数字を操ることでかなり多くのことができる。

それはなぜかというと、人間が多くのことを数値化できたからだ。たとえば音楽なら、ドレミファソラシは「261、293、329、349、391、440、493」のように表現できることが知られている。また、絵も、厳密な数値としての可視光の波長の組み合わせであることが知られている。絵が作れて音が鳴らせるということは、絵の連続である動画も数値で表現できる。

日本国旗を作るには「全体は白色」「真ん中は赤色」を作らなければいけないが、これをLEDを組み合わせて表現してみる。

電気がそれほど流れてないときは白色に光り、たくさん流れているとき赤色に光るLEDがあるとする。

また、白色に光らせるときは000、赤色に光らせるときは001のように数値を決める。この数値を入力するとLEDに対して電気を弱く流したり強く流したりできるような装置を作る。000のとき電気を弱く流し、001のとき電気を強く流す。

こうしたLED電気を流す装置を1万個用意する。

そうすると、コンピュータが000という数値をすべての装置入力すると、1万個のLEDはすべて白色に光りだす。001をすべての装置入力すると1万個のLEDはすべて赤色に光りだす。これがディスプレイの始まりだ。電光掲示板電卓想像してくれればいい。

日本国旗を作るには、その1万個のLEDを白色にするために、まず色000を1万個の装置入力する。この1万個のLEDは縦100x横100で並べる。それから縦30x横30のLEDから縦70x横70のLEDまでに内接する円の内部(x^2+y^2≦40)がすべて色001であれば、赤い円ができる。

このx^2+y^2≦40となるようなxとyを求めるコンピュータ内部で機能が作られているとして、この機能を使うには009という数値を使うとする。

このように定義してあげれば、これは次のようになる。

CODES = 000 100 100 009 040 001 030 030 070 070

この表現は今ぼくが適当でっちあげたものからまりからなくてもいいけど、いちばん言いたいのは、ぼくたちがコンピュータに伝えないといけないことは、最終的にはこういう数値であるということ。

なのでたとえば配列はとても重要だ。今、青を002と置いて、002が装置入力されるとめちゃくちゃ強い電気が流されて、かつ、LEDにめちゃくちゃ強い電気を流したらLEDが青く光るようにしたとする。

このとき、赤を青に変えるには、001の部分を002に変えれば良い。これをCODES[6] = 002と書く。そして次のようになる

CODES = 000 100 100 009 040 002 030 030 070 070

さらにここから白を赤に変えるには次のようにすればいい。

CODES = 001 100 100 009 040 002 030 030 070 070

ぼくたちが使っているスマホPCも、結局こういう数値がひたすらコンピュータ内部で計算されまくっている。

コンピュータ内部では数字で何もかもを表現する。文字も、小数も、画像も、音楽も、動画も、Webサイトも何もかも。

何をどのように表現するかは人間が決めている。「Aは41と表現する」のように人間が決めたので、41 41 41と別のコンピュータに伝えると、別のコンピュータで「AAA」というふうに表示してくれる。61は「a」なので、たとえば大文字から文字にしたい場合は、41 + 20とする。

結局、すべての機能はこの数字を便利に操るための道具に過ぎない。人間が数値をそのまま操るには限界があるからだ。

すべては結局数値に帰着する。

そのように考えれば、かなりシンプルになることが多い。iTunesに入っている曲をランダム再生したい場合は、まず自分が持っているiTunes音楽の個数を把握する。これが55個だったとする。ランダムにするのは難しいので、今の日時を参考にする。02:20:32だったら32秒だから32番目の曲を再生するとする。55秒以降のときは分を使い、55分以降のとき時間を使うとする。

これはたとえばこのようになる(もちろんこのままでは実用的ではない)

ItunesMusicList itunesMusicList = getItunesMusicList();
while (true) {
    Date date = getCurrentDate();
    if (date.seconds < itunesMusicList.length) {
        ItunesMusic music = itunesMusicList[date.seconds]
        music.play();
    } else if (date.minutes < itunesMusicList.length) {
        ItunesMusic music = itunesMusicList[date.minutes]
        music.play();
    } else {
        ItunesMusic music = itunesMusicList[date.hours]
        music.play();
    }
}

何も難しいことはしていない。あとは単に習熟度うんぬんの問題だと思う。正直個人的には、8年も何をしていたんだという感じだ。ぼくはプログラミング歴2年目なので。

2019-04-09

新卒で入った富士通を9ヶ月で退職しました。

前提。何を語るのか。

2018年4月入社した富士通を同年12月退職したので、順を追って経緯を説明する。

昨今さまざまな問題が浮上している企業ではあるが、大変お世話になったことに違いはないため、最大限の敬意を払いながら語りたい。

3月入社に至ったきっか

キーワードは3つだ。①新卒採用パンフレット、②メジャー感、③人の良さ。

まず、富士通新卒採用パンフレットの出来がよかった。大企業ながらも新しいことに取り組んでいく姿勢ヒューマンセントリックという標語SIer実態とはかけ離れた煌びやかさ。(当然ではあるが)新卒者が入りたいと思うような仕上がりになっていた。いま振り返ると、自分視野があまりに狭かったと反省するばかりだが、当時は純粋パンフレットを読んでワクワクしていた。

また、会社メジャー感も入社の大きな決め手となった。富士通には、大手企業ならではの採用における露出の多さや安心感があった。「最初はやっぱり大企業だよな...」社会の右も左も分からぬ中、大手企業以外の選択肢自分にはなかった。

最後に、人の良さも入社する理由となった。老婆心忠告しておくが、企業を「人の良さ」で判断するのは悪手だ。採用担当は「人が良い」に決まっているし、何より社内の人間は流動的で、いつ誰が辞めていくかもわからない。

とにかく、このような理由入社することとなったが、数ヶ月後にミスマッチだと気がつくことになる。

4月8月新人研修

富士通では、約4ヶ月にも渡り研修が行われる。自分にとっては、良くも悪くも学びの多い期間だった。

最初の数週間は、富士通という組織について学ぶ。会社歴史文化を知るだけでなく、タグラインである「shaping tomorrow with you」を、単語レベルで分解し意味咀嚼していったりもした。この研修で、自分富士通が大好きになった。というよりも、自分所属する組織に誇りを持っていたかった。事実から目を背けようとしていたところもあったかもしれない。いずれにせよ、自分は至る所で「shaping tomorrow with you」と意味もなく吹聴して回った。普通に死にたい

5月に入ると、プログラミング研修が始まった。使用する言語Javaだった。初めてのプログラミング不安もあったが、本当に楽しく学ぶことができた。「変数とは、配列とは」という基礎レベルから手取り足取り教えてくれる企業富士通くらいのものだろう。文系出身自分プログラミング第一歩を踏み出せたのは、他の何でもなくこの研修のおかげであり、いまでも本当にありがたく思っている。

そして7月プログラミング研修が終わった頃、富士通に対する不安、というよりも漠然とした恐怖感を覚えた決定的な瞬間が訪れる。新入社員全員で、社内のとある講演を聞いていたときのことだ。前後文脈は省くが、講演者の方がこのような発言をした。

「私がam I shaping tomorrow with you?と訊くので、皆さんは全員でYes! I am shaping tomorrow with you! と答えてください。am I shaping tomorrow with you?」

その後、新入社員一同が起立し、

Yes! I am shaping tomorrow with you!」

という声が響き渡った。

場内は盛り上がっていたようだが、自分は「Yes! I am shaping tomorrow with you!」と言えず挙動不審にあたりを見回していた。「shaping tomorrow with you」というタグラインはいまでも大好きだが、あまり画一的で、どこか宗教的な様子に一歩引いてしまったのだ。この瞬間から、「この会社自分に合わないのかもしれない」という確信めいた気持ちが生まれていた。

8月12月。待ちに待った配属、そして実務。

8月中旬。当然のように配属は希望通りにならず、長年運用が続くレガシーシステムに携わることとなった。使われている言語は、当然のようにCOBOLJavaアプレット新卒パンフレットとは全然違うじゃないか!とは思わなかった。その頃にはある程度SIer現実を知っていたからだ。だから、何とか楽しくやっていこうと思った。興味のない分野かつ、レガシー環境だったが、自分の周りだけでもハッピーにしていくつもりだった。それに研修でも「置かれた場所で咲きなさい」と教わった。(ある種の教え込みだったのかもしれない)

しかし、その意気込みは数週間しか保たなかった。

業務に関して詳細を語ることは控えるが、自分のメインの仕事は「コピペ」だったのだ。EXCEL方眼紙で作られた手順書の通り、文字通り、ctrl+Cとctrl+Vを交互に押していくだけの簡単お仕事。一日中コピペを繰り返していると、指が変になりそうだった。また、ディスプレイは貸し与えられないため、いくつものウィンドウを小さなラップトップで開き、何とかやりくりして捌いていた。

それが何週間にも渡って続き、9月中旬には退職を決意していた。

しかし、そんなすぐには会社を辞められるはずもなく、当面は転職のための勉強を続けながら働くことになった。

念のため言っておくと、富士通での仕事は決して悪いことばかりではなかった。メインの業務は相変わらずコピペだったが、トレーナー不憫に思ったのか、マネジメントや社内ツール作成にも携わる裁量を与えてくれた。残業ほとんどなく、毎日定時で帰ることができた。それでも自分がたったの9ヶ月で退職をしたのは、「今のままではマズイ」という本能的な危機感だった。コピペEXCEL方眼紙業務では何のスキルも身につかないし、たとえ開発に携われたとしても言語COBOLだ。自分未来果たしてどうなるのか?ひたすらに頭を捻った。自分人生について、初めて本気で真っ正面から考えた。

...可能な限り早い段階での退職。それがベストな答えだと悟った。

12月末〜。その後。

退職するに当たって、一切の問題は発生しなかった。退職の旨を伝えた際、引き止められることはあっても理不尽なことはなかった。手続きも大変スムーズであり、非常に感謝している。

自分はこれからWebエンジニアになることが決まっている。結果として、富士通での9ヶ月は「自分が本当にやりたいこと、実現したいことは何か」に気づくための期間となった。周りよりも一手遅れてしまったが、とにかく、富士通での業務自分にとって必要ステップだったのだと思う。昨今、富士通に対するネガティブ記事が数多く出回っているが、富士通をはじめとするSIerは決して悪ではない。そこにはただ「合う合わない」があるだけだ。誰もが自分に合う職場で、ハッピーに働いていければそれでいいと思う。苦い経験ではあったが、富士通での経験無くして今の自分はいないということを忘れず、これからハッピーに働いていきたい。

2019-04-07

日曜日が終わってしまうので、ここらで一発、何らかの生産的な行動をやっていきたいぞ、と思ったわけですけども、なぜかこうして増田に張り付いています

人はなぜ、このような選択をしてしまうのでしょうか。

前頭前野の敗北であり、辺縁系勝利です。勝利勝利、大勝利長良辺縁系ではありません。

なぜか私のPCデスクには知恵の輪が転がっています。なぜでしょう。お見舞いでもらった品です。なぜ知恵の輪。ボケ防止にとのことでしたが。

ところで、先程PCデスクと言いましたが、これは厳密に言うと、いえ別にそんな厳密とかじゃなくて普通に言ってそうなんですが、私が今パソコンを置いている場所は、PCデスクなどという大層な代物ではありません。

というかデスクですらありません。

私は椅子の上にディスプレイキーボードマウスを置いています

正確には、椅子の上に、ホームセンターで買った合板を乗せて、それを机とし、周辺機器を乗っけているのです。

これは案外便利です。広い、安い、手軽、収納やすい。見た目のアレさにさえ目をつむれば、非常に合理的選択であると言ってよいでしょう。

あるいは、見た目などという些事に囚われていないことが、余計に合理的選択であることを強調している、とさえ言ってもよいかもしれません。

ところで、さっきまで、やむを得ない事情により、VBAなる恐ろしい言語を使っていたのですが、これには様々な謎仕様があるようです。それらは名状しがたき恐怖で我々を戦かせます

一般的に知られていると思われる謎仕様と致しましては、例えば、配列におけるReDimなるステートメントが上げられるでしょう。

他にも、例えばマクロ高速化のための方策として、範囲配列に代入するというテクニックが紹介されることがありますが、この配列範囲との間にも謎の関係性が存在しています

この手のソフトウェアを扱うに当たり、いちいち一つずつセルに値を書き込むことはご法度、というのが定番ではありまして、私も素直にこの定石にしたがい、セル範囲二次元配列に格納したりしております

しかし、範囲配列に代入した場合、その配列の要素のインデックスは、どうも1から始まるようなのです。

なぜ1スタートなのでしょうか。VBA仕様においても、配列の添字はいちおう0から始まることになっているのですが、範囲配列に格納した場合、0行0列の要素は空となっており、Array(1,1)にRangeの始点の値が格納されております

まあたとえ1スタートであっても、言語内で仕様統一されているのであれば、まだよいのです。

しかしここが彼の言語の恐怖ポイントなのでありまして、どういうことかといいますと、

すなわち、今度は逆に配列範囲に代入、すなわち配列の各要素の値を対応する範囲セルに書き込む場合インデックスが0である要素から順に処理されるのです。

範囲配列に代入するときインデックスが1から始まるのに、配列範囲に代入するときインデックスが0から始まるのです。

Array = Range

Range = Array

とすると、一番上の行と一番左の列が、空白行、空白列になってしまうのです。

なんですかこれは。誰が考えたんですか。おかしいでしょう。私はおかしさのあまり死にました。

この理不尽さに比べれば、Collectionなる連想配列の添字が1から始まることなど些事に過ぎません。

昨日までJavaJavaしていた人は、どうやら配列なんぞには目もくれていなかった様子でしたので、この謎仕様に気づくこともなかったのでしょうが、悲しいことに、この謎仕様配列を用いた高速化テクニックはほぼ必須スキルでありますので、例の御人も、遅かれ早かれ、この罠に絡め取られていたことでしょう。

あるいは、この謎現象回避するための方策はきちんと用意されており、無知な私はそれを知らないがゆえに、このような的はずれな不満をぶちまけているのかもしれません。

しかし、上述したような単純かつ直感的な代入が上手くいかないという仕様は、やはり、なかなかの欠陥ではないかと思うわけです。

まあそんな愚痴はどうでもいいのです。変な仕様適当にハックしてやればよいのです。

でもクラスモジュールとやらのパワーは貧弱なのでそれも大変困難ではあります

標準モジュールライブラリもどきをちまちまと作っていくしかないのでしょうか。

とてもではありませんが、こんなもんを極める気にはなりませんので、そこら辺のことをいい感じにまとめてくれている知見があればよいのですけれども、しかし、まともな人間はこんなもんを相手にしたりはしない、というパラドックスがあります

https://sites.google.com/site/compositiosystemae/home/vbaworld/upper/interface はわりとよかったような気がします。システムハンガリアン使ってますけど)

こんなもんを扱わざるを得ないような環境に留まってしまっている私がおかしいという話もあります

悪いことは言いません。pythonで書かせてください。お願いします。

そんな増田の切なる願いは、社会という名の抗いがたい泥沼に絡め取られ、今日も悲しみに満ち満ちたコードを生成していくのであります

そういえば今日休日でした。休日普通楽しいものなのではないでしょうか。どうしてこんな悲しい気分になっているのでしょう。

答えは簡単でして、悲しいことを書いているからです。楽しい気分になるには、楽しいことを書く必要があります

楽しいこととは何でしょうか。例えばオナニーなどが挙げられます人生において、オナニーよりも楽しいことは、あまりありません。

よって、楽しくなるには、オナニーの話をすればよいです。

私は一時期、DLditeで同人音声を漁っておりまして、催眠に掛かるべく邁進していた時期もありました。

しかし一度も催眠に掛かれませんでした。

なぜ私は催眠に掛かれないのか。

集中力の欠如、衝動性の強さ、慢心、環境の違いなど、様々な要因が考えられますが、最も大きな原因と思われるのは、台詞めっちゃ気になることです。

おっさんが考えた可愛い二次元女の子みたいな台詞が、えらく癇に障るのです。

そのために、可愛らしい女性の声に没頭できないばかりか、声によって現実に引き戻されてしまう、という逆説に襲われるのです。

おっさんは蓮を咲かせる泥だという話もありますが、恐らく、真に良質な泥おっさんというのは、非常に稀な存在なのでしょう。

まり、いいおっさんは泥ですが、悪いおっさんゲロということです。

しかし、これもおっさんに限らず、大抵のことに言える話でありまして、良質なものはどこでも少ないものです。

生の増田を見てもそうでしょう。

ホッテントリに上がる増田しか見ないライト増田、あるいはブクマカには想像もできない世界が、生の増田には広がっています。例えばこの増田とかです。

(これは私見ですが、VIPやなんj、あるいは虹裏などと比べても、増田の毛色は違います

増田ほとんどは泥であり、ホッテントリに上がった増田は花なのです。

私も泥として、増田たちに養分供給していきたいと思います

何だかまた悲しい話になってるじゃないですか。なぜ私はいつも悲しい話をしてしまうのですか。

それは恐らく、心の通奏低音(俗用)のようなものが、悲しみに染まっているからです。

基本的に悲しんでいるので、無意識に任せて話すと、悲しい話ばかりが飛び出てくる、というわけです。

この休日も悲しいまま終わりそうです。恐ろしい恐ろしい。これも人生という感じですね。

2019-04-06

anond:20190406131516


 

緊急寄稿

「令和」から浮かび上がる大伴旅人メッセージ

品田悦一

 

 新しい年号が「令和」と定まりました。典拠文脈を精読すると、〈権力者の横暴を許せないし、忘れることもできない〉という、おそらく政府関係者には思いも寄らなかったメッセージが読み解けてきます。この点について私見を述べたいと思います。なお、この文章は「朝日新聞」の「私の視点」欄に投稿したものですが、まだ採否が決定しない時点で本誌編集長国兼秀二氏にもお目にかけたところ、緊急掲載のご提案をいただいて寄稿するものです。

 

 「令和」の典拠として安倍総理が挙げていたのは、『万葉集』巻五「梅花歌三十二首」の序でありました。天平二年(七三〇)正月十三日、大宰府長官大宰帥)だった大伴旅人が大がかりな園遊会主催し、集まった役人たちがそのとき詠んだ短歌をまとめるとともに、漢文の序を付したのです。その序に「于時初春令月、気淑風和」の句が確かにあります。〈折しも正月の佳い月であり、気候も快く風は穏やかだ〉というのです。これはこれでよいのですが、およそテキストというものは、全体の理解と部分の理解とが相互依存し合う性質を持ちます一句だけ切り出してもまともな解釈はできないということです。この場合テキストは、最低限、序文の全体と上記三二首の短歌(八一五~八四六)を含むでしょう。八四六の直後には「員外思故郷歌両首」があり(八四七・八四八)、さらに「後追和梅花歌四首」も追加されていますから(八四九~八五二)、序と三八(三二+二+四)首の短歌の全体の理解が「于時初春令月、気淑風和」の理解相互に支え合わなくてはなりません。

 

 さらに、現代文芸批評でいう「間テキスト性 intertextuality」の問題がありますしかじかのテキストが他のテキスト相互に参照されて、奥行きのある意味を発生させる関係に注目する概念です。当該「梅花歌」序は種々の漢詩文を引き込んで成り立っていますが、もっと重要かつ明確な先行テキストとして王羲之の「蘭亭集序」の名が早くから挙がっていました。この作品書道の手本として有名ですが、文芸作品としてもたいそう味わい深いもので、「梅花歌」序を書いた旅人知悉していただけでなく、読者にも知られていることを期待したと考えられます。「梅花歌」序の内容は、字面表現された限りでは〈良い季節になったから親しい者どうし一献傾けながら愉快な時を過ごそうではないか。そしてその心境を歌に表現しよう。これこそ風流というものだ〉ということに尽きます。「蘭亭集序」の語句構成を借りてそう述べるのですが、この場合、単に個々の語句を借用したのではなく、原典文脈との相互参照が期待されている、というのが間テキスト性の考え方です。「蘭亭集序」は、前半には会稽郡山陰県なる蘭亭に賢者が集うて歓楽を尽くそうとするむねを述べており、ここまでは「梅花歌」序とよく似ていますが、後半には「梅花歌」序にない内容を述べます。人の感情は時とともに移ろい、歓楽はたちまち過去のものとなってしまう。だからこそ面白いともいえる。人は老いや死を避けがたく、だからこそその時々の感激は切なく、かついとおしい。昔の人が人生の折々の感動を綴った文章を読むと、彼らの思いがひしひしと伝わってくる。私が今書いているものも後世の人にそういう思いを起こさせるのではないか……。

 

 「梅花歌」序には、人生の奥深さへの感慨は述べられていません。続く三二首の短歌も、〈春が来たら毎年こんなふうに梅を愛でて歓を尽くしたいものだ〉(八一五)やら、梅の花は今が満開だ。気の合うものどうし髪に飾ろうではないか〉(八二〇)やらと、呑気な歌ばかりが並んでいるのですが、そしてそれは、旅人大宰府役人たちの教養の程度を考慮して、「蘭亭集序」を理解したうえで作歌することまでは要求しなかったからでしょうが旅人自身は「蘭亭集序」全体の文脈をふまえて歌群を取りまとめました。その証拠に、上記「員外思故郷歌」は

  わが盛りいたくくたちぬ雲に飛ぶ薬食むともまたをちめやも(八四七)

   ……わたしの身の盛りはとうに過ぎてしまった。空飛ぶ仙薬を服用しても若返ることなどありえない。

  雲に飛ぶ薬食むよは都見ば賤しきあが身またをちぬべし(八四八)

   ……空飛ぶ仙薬を服用するより、都を見ればまた若返るに違いない。

というのです。人は老いを避けがたいという内容を引き込んでみせている。

 しかも、ここには強烈なアイロニーが発せられてもいる。旅人にとって平城京はもう都でないのも同然で、「都見ば」という仮定自体が成り立たなかったからです。

 

 都はどうなっていたか皇親勢力の重鎮として旅人が深い信頼を寄せていた左大臣長屋王――平城京内の邸宅跡から大量の木簡発見されたことでも有名な人物――が、天平元年つまり梅花宴の前年に、藤原四子(武智麻呂・房前・宇合・麻呂)の画策で濡れ衣を着せられ、聖武天皇皇太子呪い殺した廉で処刑されるという、いともショッキング事件が持ち上がったのでした。この事件は後に冤罪と判明するのですが、当時から陰謀が囁かれていたでしょう。旅人もそう強く疑ったに違いありませんが、遠い大宰府にあって切歯扼腕するよりほかなすすべがなかった。『万葉集』の巻五は作歌年月日順に歌が配列されているのですが、梅花歌群の少し前、天平元年のところには、旅人藤原房前に「梧桐日本琴」を贈ったときのやりとりが載っています事件は二月、贈答は十月から十一月ですから、明らかに事件を知ってから接触を図ったのです。〈君たちの仕業だろうと,察しはついているが、あえてその件には触れないよ〉〈黙っていてくれるつもりらしいね。贈り物。はありがたく頂戴しましょう〉と、きわどい腹の探り合いを試みている――あるいは、とても太刀打ちできないと見て膝を屈したとの見方もありえるかと思いますが、とにかく、巻五には長屋王事件痕跡が書き込まれている。

 

 巻五だけではありません。巻三所収の大宰少弐(次席次官小野老の作

  あをによし寧楽の都は咲く花のにほふが如く今盛りなり(三二八)

は、何かの用事でしばらく平城京滞在し、大宰府に帰還したときの歌でしょうが、『続日本紀』によれば老は天平元年三月、つまり長屋王事件の翌月に従五位上に昇叙されていますから、たぶんこのときは都にいて、聖武天皇から直接位を授かったのでしょう。すると、大宰府に帰った老は事件後の都の動向を旅人らに語ったと考えられる――そういうことが行間に読み取れるのです。また巻四には、長屋王の娘である賀茂女王大宰府官人だった大伴三依との交情が語られていて、三依は事件に憤慨しながら大宰府に向かったようです(五五六)。さらに巻六。歌を年月日順に配列する中で天平元年に空白を設け、直前に、長屋王嫡子事件ののさい自経した、膳王の作を配しています(九五四)。

 これらはみな、読者に長屋王事件喚起する仕掛けに相違ありません。偶然の符合にしては出来すぎている。

 

 「梅花歌」序とそれに続く一群の短歌に戻りましょう。「都見ば賤しきあが身またをちぬべし」のアイロニーは、長屋王事件を機に全権力を掌握した藤原四子に向けられていると見て間違いないでしょう。あいつらは都をさんざん蹂躙したあげく、帰りたくもない場所に変えてしまった。王羲之にとって私が後世の人であるように、今の私にとっても後世の人に当たる人々があるだろう。その人々に訴えたい。どうか私の無念をこの歌群の行間から読み取って欲しい。長屋王を亡き者にした彼らの所業が私にはどうしても許せない。権力を笠に着た者どものあの横暴は、許せないどころか、片時も忘れることができない。だが、もはやどうしようもない。私は年を取り過ぎてしまった……。

 

 これが、令和の代の人々に向けて発せられた大伴旅人メッセージなのです。テキスト全体の底に権力者への嫌悪と敵床心が潜められている。断わっておきますが、一部の字句を切り出しても全体がついて回ります。つまり「令和」の文字面は、テキスト全体を背負うことで安倍総理たちを痛烈に皮肉っている格好なのです。もう一つ断わっておきますが、「命名者にそんな意図はない」という言い分は通りません。テキストというものはその性質上、作成者意図しなかった情報を発生させることがままあるからです。

 安倍総理政府関係者は次の三点を認識すべきでしょう。一つは、新年号「令和」が〈権力者の横暴を許さないし、忘れない〉というメッセージ自分たちに突き付けてくること。二つめは、この運動は『万葉集』がこの世に存在する限り決して収まらないこと。もう一つは、よりによってこんなテキスト新年号の典拠に選んでしまった自分たちはいとも迂闊(うかつ)であって、人の上に立つ資格などないということです(「迂闊」が読めないと困るのでルビを振りました)。

 

 もう一点、総理談話に、『万葉集』には「天皇皇族貴族だけでなく、防人農民まで、幅広い階層の人々が詠んだ歌」が収められているとの一節がありました。この見方はなるほど三十年前までは日本社会の通念でしたが、今こんなことを本気で信じている人は、少なくとも専門家あいだには一人もおりません。高校国語教科書もこうした記述を避けている。かく言う私が二十年かかって批判してきたからです。安倍総理――むしろ側近の人々――は、『万葉集』を語るにはあまり不勉強だと思います。私の書いたものをすべて読めとは言いませんが、左記の文章はたった一二ページですから、ぜひお目通しいただきたいものです。東京大学教養学部主催の「高校生のための金曜特別講座」で語った内容ですから高校生なみの学力さえあればたぶん理解できるだろうと思います

 

【記】

品田悦一「万葉集はこれまでどう読まれてきたか、これからどう読まれていくだろうか。」(東京大学教養学部編『知のフィールドガイド分断された時代を生きる』二〇一七年八月、白水社

2019-04-05

プログラミング入門はこんな感じでいいのでは?

最初BASIC

まずはプログラミングがどんなものBASIC体験してみましょう。

BASICの種類は「十進BASIC」でいいでしょう。

必要情報は大抵「ヘルプ」にあります

BASICではとりあえずは以下のこと(プログラミングの基本)を理解しましょう。

このくらいなら一週間もあれば完全に理解できるようになるはずです。

次にC++

BASIC完全に理解したら次はC++です。

C++ではとりあえず「ロベールC++入門講座」を購入して読むといいでしょう。

「ロベールC++入門講座」が無理そうなら「Cの絵本」→「C++絵本」→「アルゴリズム絵本」あたりにしておきましょう。

ここまでおおむね理解したら次は好きなルートに移行しましょう。

ルート分岐

やりたいことによって必要技術は変わってきます

(ルートは下記以外にも無数にあります)

WEBルート

ゲームルート

マイコンルート

本屋に行って適当な本を買えば分かるようになると思います。たぶん。

2019-02-24

なんか値がおかしいなと思ったらエラーチェックがザルでダメデータが素通りしてた

ザル言語を好んで使ってるやつは思想からしてザルだからこういうことが起こる

配列次元のチェックくらいしろよ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

アイス食べよっと

タンパク質のコンホメーションとかやっぱりなんのこっちゃだ

一瞬分かり合えそうな気がしたけれど

なんかやっぱ難しいな

後、どうしてコンフォメーションじゃなくてコンホメーションなのかどうでもいいことが気になる。

あーーーーーーーーー

プロテインとは簡潔に言うとアミノ酸のかたまり

アミノ酸配列のことを一次構造という。アミノ酸はペプチド結合でつながってるからペプチド鎖という

炭素とO、N間の接続は若干ねじれてて、このねじれの角度がΦとΨ

2次構造とはたしかαヘリックス、βシート、みたいなので、ペプチド鎖が複数つながった構造のこと‥‥

なんだかあやふやだな、

3次構造、、は確か2次構造疎水性とかで折りたたまれ状態?=サブユニット

4次構造はこいつらが集まってできた構造???

はぁあ

勉強しよ

2019-02-19

anond:20190219191854

色彩に拘るのであれば、やはりFoveonセンサー(ベイヤー配列でない)採用SIGMA製品が良いのだろう。

あるいは方向性は違うが3軸メカニカルジンバル採用した「DJI Osmo シリーズ」はどうか?

セミセルフレジを片側にまとめるのアホだと思う

そのレジの後のサッカー台が混んでいるのが見えてないのか

普通レジと交互に配列すれば

清算済み買い物かごを遠くのサッカー台まで持っていかなくて済むのに

2019-02-17

FortranをJuliaに移植するかな

Julia では、配列の添字を 1 から数え (1-based array index)

Fortranも1から数えるはず

から移植するうえで混乱は少なそう

とりあえず1次元。ここに書いてあるのを・・・・・

http://nkl.cc.u-tokyo.ac.jp/pFEM/02-FEM1D-F.pdf

2019-02-15

処理速度が3倍

ネット上のあるjpeg関係JAVAプログラムC#にほぼベタ移植したら処理速度が1/3ほどに落ちた。

軽くSIMD対応してみたり色々やってみてるが精々10パーセント弱程度しか改善しなかったりと元のプログラムからはほど遠い。

配列メモリ配置順みたいな移植するときに陥りがちな罠とかってある?

2019-02-07

未来COBOLくらいの単純な言語覇権を握ると思う

変数スコープ概念が薄くて、データ構造配列くらいで、IFとループだけでロジックを組むみたいな。

記述が膨大で、静的型なのが欠点だけど、そこらあたりを克服したらすごいことになると思う。

オブジェクト指向言語を使ってる現場でも、オブジェクト指向らしい書き方をしてるところは皆無だし。

(世の中、イキってるWeb系の会社くらいでしかオブジェクト指向機能なんて使われてない)

オブジェクト指向やら関数型やら人類には難しすぎる。

2019-02-06

プログラミング学習でつまづくポイント環境構築でも専門用語でもポインタでも配列でもなく

まり単純化されすぎた例による説明ではないだろうか?動物クラス継承して猫と犬を作りますとか言われてもは?それどこで使うのって感じじゃない?そんなのが多い。

もっと実際の業務に近い説明できないものか?システム屋さん向けの例、Webアプリ屋さん向けの例、ゲーム屋さん向けの例などジャンル別に必要になるだろうがそれは仕方ないのでは

2019-01-26

アンケート増田毎日はてブの人気記事に上がってくるのは全はてなユーザーにとって損失である

はてなユーザーもやはり人との交流に飢えているということだろうか。もはやインテリ気取りすら存在せず、群れてわーきゃー戯れたい大衆しか残っていない。由々しき事態だと私は思う。

しかアンケート増田という安易交流手段によって手軽に孤独感を紛らわすのは気持ちがいいかもしれない。人と繋がっている気がするし、スターをもらえれば自分を認めてもらえたような気持ちになるだろう。しかしこういった行為は徐々にはてなユーザーからなけなしの知性をもぎ取っていく。ネット上で比較知的SNSというイメージのあるはてなだが、アンケート増田によって確実に知性が剥ぎ取られていっている。

アンケートの内容はどうだ。ほとんどがアニメ漫画映画ラノベアニソン等々、オタク好みの話題ばかり。まるで専門性がない。大衆にヒットするというのは非専門的であるということだが、知的SNSというスタンスはてなでこの程度のアンケートしか盛り上がらないのはどういうことなのか。「海外サイトブクマされてないはてなで今更何言ってるんだ」たしかそうかもしれないはてなにはインテリなどほとんどいない。ウィキペディア入門書新書で得た知識知ったかぶるような知的コンプレックスを持った落ちこぼればかりだ。

なぜか知的SNSはてなでもアニメ漫画ラノベに詳しい人たちが知識人として尊敬されている。専門性を持たないただ大量消費するだけのオタクがもてはやされている。彼らは専門性を持たないかネットのどこかで見たような誰かの受け売りしか語れない。サブカル知識だけは大量に吸収しているが、彼らは考えが浅い。というか考えることを完全にやめて知識を吸収することだけを続けている。物事の皮相しか捉えることができない。彼らは広大な表面で生きている。世界の深みに触れようとしない。すべては一問一答式の知識配列でどうにかなると思っている。すべてを軽く捉える。すべてを冷笑する。なけなしの知性を大量消費社会に捧げてしまった人間にとって世界に謎は存在しない。すべてが解決済みだ。だが、世界解決していない。それが真実だ。大量消費という麻薬によってオタクは考えることをやめ、現実世界から目を背けた。

アンケート意味はない。なぜならアンケートとは大衆による人気投票からだ。真の知識人と考えることをやめたオタクの一票が同じ扱いをされる世界だ。そんな世界に真の知識人がいつまでも残っているだろうか。ばかばかしくなってそんな世界からは去ってしまうだろう。結果的アンケート増田流行によって、考えることをやめたオタクけが選別され残ることになる。はてなは何も考えない空間になるだろう。「これはひどい」「炎上タグをつけて勝った気になり、世の中を冷笑してかっこつけるオタクけが残るようになるだろう。そこは考えることをやめたオタクにとって最高に居心地の良い世界だ。はてなにおいて「小説家になろう」が一定の評価を受けているのは、はてな自体が「俺TUEEE」的言論空間になっていることと相性がいいからだろう。大量のサブカル雑学摂取して、膨れ上がった脂肪を見せ合って、「俺たちすげー」をやっているわけだ。ますます考えることをやめたオタク熟成されていく。その一体感危険なのだ

アンケート増田には参加するべきではない。一歩離れて、アンケート増田に参加しているはてなユーザーを観察する側に回ってみることをおすすめする。最初は彼らの一体感に憧れを感じるかもしれない。自分もそこに混ざりたい、スターもらいたい、そう思うかもしれない。そこでぐっとこらえてしばらく安易な一体感から離れてみてほしい。そうすると見えてくるものがあるだろう。そのとききみは人間として考え始めるのだ。

2019-01-17

anond:20190117073041

元々Cがシンタックスシュガーポインタ計算配列に使い始めたのが起源。それの子孫は大体0始まり

a[0]→aのポインタ

a[1]→aから1つ分ズラしたポインタ

FortranとかCOBOLは1始まりじゃなかったかなぁ。

2019-01-10

anond:20190110163744

データ構造配列アルゴリズムリニアサーチ、これだけ知ってれば業界はわたっていける!」

SIerプログラマの9割くらいは、こういうノリだしな。

anond:20190110164501

ゆうて今サンドボックス型のアプリケーション実行環境って正に配列使いまわしに相当するんだけどな。

2019-01-03

フルキーボード配列

テンキーは左にあったほうが便利だと思う

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