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はてなキーワード: 言い訳とは

2018-06-22

anond:20180622150420

同じく横だが、それは加害者が「自分セクハラと考えなかった」と言い訳しがちなのに対して

セクハラかどうかは被害者が決めるんだよ!」って意味で言ってるんだろ…

民事裁判だのになれば、勿論客観的な基準があるわけだし。

anond:20180622100141

まあ女というのは言い訳を欲しがる生き物ですから

自分の好みじゃない」と主張するより「向こうの人格問題がある」とした方が楽というだけの話でしょう

anond:20180622094411

喧嘩の原因が子供というのは両者が傷つかない言い訳だぞ?

まり、例の熊は高プロに賛成してるってことでいいのかな?

釈明、弁明、言い訳、なんでもいいから何かしらコメントしてくれないと「全面的高プロに賛成するのでパソナの提灯持ちになりました」って方向に結論が固まっちゃうと思いますよ。

anond:20180622005450

真面目に投票すれば投票率がどうこうのってよく聞くやつ

あれ頭悪いか

頑張りたくない言い訳だと思うよ

 

若者意見政治に通して欲しけりゃ

自分たち擁立しないとダメ

そんなのやりたくないだろうけど

 

なんで既存政党投票すればなんとかなるみたいな

都合のいい考えしてんのかほんと不思議

駄目人間

 能力の低い人ほど自己評価が高い傾向にあること。この現象に「ダニング=クルーガー効果」という名前が付いていること。これらは最近知ったことだ。私の人間としての欠陥が、一般人誤差の範囲内では収まらないことを決定的に(薄々勘ぐってはいた)悟ったのはここ1.2年なので、実に20前後、私は自分の事を過大評価していたことになる。ダニング=クルーガー効果というやつを身をもって体験したわけだ。

自分の欠陥にどうして気が付かなかったのだ?」

 能力の高い人はこんな疑問を持つかもしれない。勿論、いわゆる「しでかした」ことは数多くあるし、その出来事自体言い訳をし続けてきたわけではない、とは思う。でも、それだけで自分を見限ることはできなかった。中学でも高校でも、それを「天然」だとか、「ボケ」だとか、そんな言葉に置き換えてどうにかやってきた。だけど、今はそうはいかない。

「人は、変えられるもの未来だけだと思い込んでいる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすものじゃないですか?」

 これは、平野啓一郎氏の「マチネの終わりに」の一説であり、またこ小説テーマでもある。その通りだと今は思っている。友人と笑い合った学生時代、私の一言・行動で笑ってくれたと思っていた私は、実は笑われていただけだったのではないだろうか。笑いながらなんとなく言われた一言が、今はずっと、頭の片隅でリフレインする。お前、頭おかしいんじゃねえの……。

 ダニング=クルーガー効果というやつは実に厄介だ。能力の低いもの自分をよく見がちであるというのは事実だし、研究というのはそういうものなので文句のつけようはない。だが、ただ残酷である自分能力を高く見積もっていたものが、その実ずっと低かったことを知った時、その人はどうしたらいいのだろう。自覚ができたのだったら改善のための努力をすればいいじゃない、と言うのは簡単だ。だって、その自覚が今までの過去全否定するのだから、直ぐに切り替えて良い方向に迎える人はそれほど多くないのではないか、と私は思う。どのくらいの時間がかかるのかはわからないけど、自分を受け止めてやるだけの時間必要だ。……と、こんなことを考えているんだからそりゃ能力も低いわけだ。

 自覚を持ってから自分の活力のない生活の中、私は高校の時のクラスメイトを思い出した。彼は人気者になりたがっていたが、会話の中で人を弄るのが下手くそだったし、(こんな自分が言っても説得力はないだろうが)空気が読めない人間だった。彼は多分、人付き合いと言う観点から自分の事を過大評価していたのだ。そのことに気が付いたのは何時だったのか今となってはわからない。知らぬうち、彼の口数は驚くほど減っていた。大声を張り上げることもなくなっていたし、休み時間に誰かにしかけるのも見かけなくなって、自習やら読書やら、独りで時間を過ごすのを見ることが多くなった。正直に言って、彼が苦手だった私はそれがありがたくもあり、また少し申し訳なかった。自分も多分、状況は多少違えど同じような状態になっている。そう思うと、私が彼に向けていた視線現在自分に突き刺さっているのである

 

 はぁ~どうすりゃいいんだろうねほんと。

 

 

 

2018-06-21

anond:20180621162708

確信犯だろうけど、子供不可賃貸と言えどもそれは「新たに引っ越してくる子供不可」というだけで

その家で生まれ子供居住拒否する事も、子供が生まれる事を理由居住者を追い出す事も違法なので

別に子供が生まれからと言って引っ越す義務もそれを大家言い訳する義務もない、んだよね。

anond:20180621141609

それが「いつもの言い訳」であり証明する手段がなんらない場合には偽とみなすっていう本増田の暗黙的な規約適用されているのでな。

じゃあ君が「今日仕事休みであるエヴィデンスを提示願おうか。

私は無言の文化の住人

ネットである記事を見てたら「無言の文化の住人は不誠実であり、駆逐されるべき存在」みたいに書かれていた。

かく言う私は無言の文化の住人である。でも、批判する人の言い分はわかる。1を知って10を知ることを他人要求するな。自分がやっていることは当然他人もやるべき、という仕事のやり方は間違っている。本当にその通りだと思うし、身につまされる。そうならないように努力はしたいと常々思っている。でも、心根までは変えられない。

無言の文化の住人というのは、才能ある人であれば芸術だったりサブカルチャーの分野で花開く可能性は大いにあると思う。ただ、現代的な経済活動の場に身を置くのであれば致命的に向いていない人材であろう。

なぜ私は無言の文化の住人になってしまったのだろう。もとを辿れば、やはり私が臆病で、卑怯性格からだろう。こちから口を出して、反発されたり、批判されるのが怖い。だから口をつぐむ。トラブルがあって責められたとしても、「だって私は◯◯してくれとか言ってないし」と、言い訳ができる。

日本人には特に無言の文化蔓延していると言われる。その背景には、日本人に、自己肯定感が低い人の割合が多いことがあるのではないかと思う。無言の文化駆逐するというのはすなわち日本人全体の自己肯定感を高めるということなのかもしれない。だとすれば大いに結構なことだし、応援したいという気にもなる。

それでも、今いる無言の住人が消えてなくなることは決してない。察してとは言わない。理解してくれとも。ただ、こういう人間も世の中にはいるってことは、たまに思い出してほしいとは思う。

読み直してて思ったけど、言語化文化の住人から見たら、こういうところが気持ち悪いんだろな〜、きっと。

2018-06-20

幸色のワンルーム批判記事に含まれる二つの誤認

「幸色のワンルーム」は許されるのか~誰が彼女を監禁しているのか? - レインボーフラッグは誰のもの

漫画の内容は実際の誘拐事件とぜんぜん違うし、むしろ誘拐ですらないし、事件作品の発表時期もズレてるけど、誘拐犯は私たちひとりひとりの心の中にいるから恐ろしいね」みたいな主張をしていて、最初に読んだとき漫画擁護しているのかと思ったくらいだが、どうやらこれで批判をしているつもりらしい。

この記事には二つの誤認がある。

一つ。

悪く言えば紋切型であり、ラフ画に近い素人作品がこれほどまでに話題となったのは、実際の事件と人々の無責任憶測追い風になったと言われている。

どこで言われているのだろうか。

この漫画Twitter投稿されたあとの数日で1.7万RTされるほどの話題になっている。

https://twitter.com/koukakunopandor/status/778664647121448960

その最初期(2016年9月中)に作者へ寄せられた300件以上のリプライのなかで「実際の事件モチーフにしているのでは?」という点に触れているのは数名(自分が数えたかぎりでは4名)だけで、もちろんそれは「作品から事件を想起する人がいる」ことの傍証ではあるけれども、「事件を想起させるから話題になった」とは言い難い。

作家瀬川深が「実在事件元ネタにしている」と批判をして(反論されて下手な言い訳をして逃げて)バズったのは年が明けて2017年1月

このときには既に書籍化が決まっていた。

https://togetter.com/li/1070377

瀬川深のツイートを受けて書かれたこちらの批判記事1月であるはてブでバズったのは3月だが)。

http://blog.livedoor.jp/kudan9/archives/50445222.html

というわけで「実際の事件追い風になった」は誤りであろう。

二つ。

この作品事件に似ているのではなく、事件揶揄した数多くの人々の無責任発言に似ている、のである

あるいは、公判責任逃れをする寺内被告言葉と「逃避行ドラマ」は似ている。

記事の核心部分である

さて漫画の内容は、「事件揶揄した無責任発言」に、「寺内被告責任逃れ」に、本当に似ているのだろうか?

当時、寺内被告に同情的な言説で圧倒的に多かったのは、「家出少女寺内被告の家に転がり込んだが喧嘩別れして誘拐犯の汚名を擦りつけた」という邪推であった。

https://wadainews.hatenablog.com/entry/2016/03/31/230041

要するに「ストレス解消で痴漢冤罪を被せるクソ女」に似た妄想であって、幸色のワンルームで描かれる「誘拐犯と被害者は本当は愛し合っていたんだ」というラブロマンスとは随分と毛色が違う。

寺内被告供述についてもミスリードがある。

被害者に「君は家族から見放されている」と言い聞かせたのは、両親に助けを求めないように仕向ける洗脳であると同時に、両親から隔離」させるための処置だったと見るべきで、寺内被告被害者共感していたり、被害者を助け出したと思っていたというようなものではない。

自分と同じく社会から隔離された人間を観察したかった」といった供述は、「誘拐して社会から隔離した女性がどうなるかを観察したかった」というサイコ文脈であり、「誘拐から被害者社会から隔離されていた」と思っていたわけではない。

女子中学生女子高校生誘拐監禁して社会から隔離し、その変化を観察したい」

冒頭陳述などによると、寺内被告は遅くとも平成24年2月ごろからそう考えるようになり、過去誘拐監禁事件洗脳に関する記事書籍を読み、犯行イメージを膨らませていった。

https://www.sankei.com/affairs/news/160927/afr1609270019-n2.html

「昔から誘拐願望があった」と素直に認めているし、「被害者と面識があったわけではない」とも言っている。

寺内被告脳内では誘拐ではなく自己再生ドラマだったかもしれない」などというのは明らかに邪推のたぐいだ。

事件後に寄せられた被害者バッシングのコメントや身勝手な人々の妄想寺内被告の弁明を寄せ集めれば、確実に「幸色のワンルーム」的なドラマひとつ出来上がるということである

まり事件への揶揄寺内被告供述繋ぎ合わせても、「女性拉致監禁したいと思っている危ない男の部屋に家出娘が転がり込んでさんざん世話になった挙句犯罪者として通報する」という殺伐とした話になるだけで、幸色のワンルームは決して出来上がらないのだ。

わざとじゃないダジャレ言い訳はなんといえばいいか

わざとじゃないのに自然ダジャレになってしまものあるでしょ?

逃れられない罠にはまったときになんといえばいいか

anond:20180620171358

パートパン職とかの楽な仕事をして、育児保育園任せ、が一番楽だと思うけど。

うーん、そう?

小学生かになれば、パートとか仕事ないほうが楽だと思うんだけど。

仕事子供言い訳適当にやって面倒な事は同僚に押し付け育児仕事言い訳適当にやって面倒な事は保育士押し付け、ができるから

いや、そういう事するやつの性根疑うよね。

そういう行動とる奴は、育児やるときも何かしらの手段使うよ。

専業主婦言い訳がきかないか育児を手抜きできないし、誰にも押し付けられないし、24時間365日休みもない。

育児に本気……育児に手抜き……。

手抜きって何? お昼はカップラーメンとか?よく分からない。

anond:20180620164251

パートパン職とかの楽な仕事をして、育児保育園任せ、が一番楽だと思うけど。

仕事子供言い訳適当にやって面倒な事は同僚に押し付け育児仕事言い訳適当にやって面倒な事は保育士押し付け、ができるから

専業主婦言い訳がきかないか育児を手抜きできないし、誰にも押し付けられないし、24時間365日休みもない。

私的大阪地震ドキュメント6.18

大阪市北区住まい一人暮らし

ドゥンという突き上げで目が覚めて飛び起きる。ドコドコ上下に波打ち揺れてて呆然、寝起きで悪夢みたい。これはあかんやろな、死ぬかもという考えが一瞬のうちによぎるが体は動かず。遅れて携帯緊急速報が鳴る。とっさの時って何もできないね

窓開けると小学生が驚きながらも普通に登校してる、大丈夫か?部屋の中と見える周囲に被害なし。

NHKつける、市内は被害なさそう。津波ないと知って、取り敢えず外に出られる格好とお手製非常袋出してまたしばらく寝る。会社から安否確認メールが来てたが寝無視していてしばらく安否不明者になっていた。ごめん。

温水で顔洗う、ガスと水道大丈夫やな、出勤。マンションエレベーター止まっていた。利用してる地下鉄は遅延しつつも動いていた。混み具合意外と普通睡眠パフォーマンスと機嫌に直結するんで…と自主的早め出勤の立派な心がけの同僚を見て心で言い訳

営業系も仕事行けず皆テレビにかじりついてる。上町断層帯ていうのを教えてもらう、知らなんだ、真上に住んでるやん!

昼過ぎにはだんだん状況明らかになってくる、テレビ見過ぎて3.11思い出してだんだんメンタルが削られるのを感じたのでそこからはあまり見ないようにする。あの時は東京支社の社食津波にのまれ軽トラリアルタイムで見ていた。あっああーって、あの時の無力感とヘリからカメラがその瞬間映さないように回転したのも忘れられない。

兄弟大阪以外の友人が心配メールをくれている。ありがとう

高槻の人が車で出勤してきてて家は置いといて取り敢えず出たと言ってて偉すぎるが、こんな時出社せえでもええんやぞ?

飯に出たらホワイティ店子が全部閉まってる。仕事開店休業、もう帰れとのお触れで帰る。街に人が溢れている。タクシーもいっぱい。うちに泊めてあげられたらええんやけど。

スーパー寄ったら水がない、大小ペットボトル、無糖の炭酸水もない。トマトジュース冷凍チャーハン買って帰る。冷凍チャーハン初めて食べたけどうまいフライパンに残った脂すごい。はてブホッテントリ思い出す、いや頭にあったから買ったんかも。

気持ち落ち着かないまま寝る。いつも非・当事者だったと思う、阪神東日本も今回のも。単に運の問題でお前はラッキーなだけ、また一方でそれはある一人の人間のたどった場所、いくつかは自分意志で住んだ場所、と天災運命とのマッチングだったと思う。これも非・当事者のたわ言かん。南海トラフ来そうとか言いつつも誰も非・当事者の気分じゃなかったか?起こらないと動かない、というのが、起こって分かるほどに動いていなかったのだった。悼みを忘れてはいけないと思う、まずそれからおやすみ

2018-06-19

anond:20180619224130

なに言い訳してんだ

今更びびってんじゃねえよ

沖縄お笑い米軍基地14を見てきた話

沖縄で生まれ沖縄で育ち、沖縄で働いている純ウチナーンチュである身として、一度は教養としてみておくか、と思い、宜野湾市民会館で上演された、沖縄お笑い米軍基地14を見に行った。

沖縄ローカルラジオテレビではひっぱりだこで、県内に知らない人は(たぶん)いない芸人さん、小波津正光さんことまーちゃんさんが座長として企画脚本演出を行っているコントショーが、この「お笑い米軍基地である

今回で14回目を数えるこの公演は、沖縄では非常に人気が高く、私が見に行く旨を人に話す度「あい!いいはず~感想聞かせてね~」という反応はあれど「なにそれ?」という人は誰もいなかった。実際、1200人キャパの会場はほぼ席が埋まり、私が行った公演以外にもあと何回か沖縄県内各地で上演されるということであるそもそも毎年上演し、今回で14回を数える辺り、企画側の熱量とそれを受け止めるだけの県民の人気があるんだなあと感じる。

コンセプトは「基地を笑え!」。沖縄県の面積の内およそ10パーセント以上を占めており、沖縄県について語られるときに必ず問題の一つとして触れられる米軍基地だが、ぶっちゃけ県民の(主に若者の)大半は「反対運動とかが激しいのってあれでしょ、本土から来た人とか政治団体とかそういう人たちなんじゃない?…わかんないけど…まあなんか窓とかヘリとか飛行機とか色々落ちてるし、戦闘機はうるさいからまあ、なくなるならもちろんそのほうがいいけど、わざわざ座り込みとか行くのは違うかな~左翼とか右翼とかよくわかんないし…」などと言う人がほとんどである。(あくまで私の体感ではあるが)

若者政治参加主体意識が足りない!と言われてしまうとほんとその通りではあるのだけど、恥ずかしながら私もそういったその他大勢のひとりである。正直基地がどうとか言う前に、政治してる人たちは生活に密着した問題からどうにかしてくれ、と思う。子ども貧困とか。いや、その辺とも繋がってたりするから根深いのか?よくわかっていない。

山積みになっている沖縄県の問題のど真ん中にドン居座り続けている「基地問題」。そこをどう笑いに落とし込むのか。前評判は良すぎるほど良かった。期待半分不安半分で会場に足を踏み入れた。

そして観終わった感想だが、「100点!最高!面白かった!」とは正直まったく思えなかった。

なお、細かい内容は「SNSには書かないでください」というアナウンスがあったので割愛する。

まず、全体を通して(「米軍基地」という「沖縄県民しかからないあるある」を扱っている以上、前提がそうなので当たり前ではあるのだが)めっちゃくちゃ内輪ノリがすごい。

そこがハマると面白いのかもしれないけど、沖縄県は究極の「ムラ社会」の文化なので、各地域文化の隔絶もすごい。なので県民でも「いや、わかんねーし…」が結構多く、ハマらないとむしろ見続けるのが非常にしんどくなる。最後辺りには完全に「業界内輪ネタなんだな」とわかるものだけでひとネタ作られているものもあり、関係者席らしきところから爆笑すら聞こえたが、業界人でもローカルテレビ大好きマンでも何でもない私は正直置いてけぼりだった。

沖縄県にはM-1グランプリならぬ「O-1グランプリ」という番組がある。お正月時期に放送される、名前の通り沖縄芸人の1番を決めるという番組だ。そのネタを見てもらえばわかるが、沖縄芸人は「沖縄らしさ」を前面に出したコント漫才、つまり「内輪のあるあるネタ」を組み込んだものを作ることが圧倒的に多く、またレースにおいてもそのほうが有利である。その番組にはもちろん今回の「お笑い米軍基地」に参加しているFEC(沖縄にある芸能事務所演芸集団FEC」)の芸人さんも数多く出場しているので、その流れを汲んでいるのも当然といえば当然である

そして、気になったのは「お笑いから」「俺たちはバカから」という言葉を盾にした、差別やいろんな権利侵害の嵐だった。もちろんすべては洒落であり、まじめに取り合うほうがアホであるというのはわかるのだけど、正直現代の「ボーダーレス」な風潮からは相当遅れた認識があるんだなということは感じた。

個人として特に興味があって学んだこともある界隈の問題だったのもあって、過剰反応してしまったところはあるが「いや、ダメでしょ…」と引いてしまうような描写演出が非常に多かった。

違和感の何よりの原因は、前説座長が「所詮俺たち三流芸人の言うことなのだから怒ったりしないで聞き流してほしい」という旨の発言をしていたことだったと思う。

私たち無意識差別をしてしまものだし、気づかずにだれかを傷つけてしまうのは仕方のないことではあるが「差別?いやいやネタから。何マジになってんの?」という言い訳を用意してしまうのは、ちょっと違うなあと感じた。この公演に誇りをもってやっているのなら「差別的な表現かもしれないが、より伝わると思って選択した」と言い切ってほしいな、と思った。イジりとイジメ境界線あいまいだが、「強者権力を笑うのがお笑い」だというならば、自分たちが本当に強者としての力を持っていないか?というのも常に問い続けてほしい。

また、全体を通して「左」より「右」を笑うことが多かった、というのも違和感ひとつとしてあった。どっちも滑稽な部分はあるのだからもう少し両方を笑ってくれたらよかったのかな、と思う。あと「右」を揶揄するネタの時に、笑いどころでもなく盛り上がりどころでもないセリフで「よくいった」というようなかけ声や拍手があがっていたのは驚いた。どちらでもないフラット状態で見に来たつもりなのに、いつの間にか政権批判団体集会に参加させられていた、みたいな気まずさがあった。怖い。

以上のように全体的に右寄りかつ品がなく沖縄県民県民性の悪い部分を煮詰めたような「内輪に甘い」感が強く、正直全体を通して「また行きたい!」とは全く一ミリも思わなかった。私は特にスクールカースト下層だったタイプ人間なので、沖縄芸能界蔓延する「スクールカースト上層部っぽいノリ」(ウェイ感とでも言うのか)にはついていけなかった。この辺はたぶん好みの問題なのだろうと思う。

ただ、ここまでゲロカス批判してきたが、この公演を見たあと、文句を言いながらも私は「じゃあ右や左のそれぞれの主張ってどうだったけ?」「ほんとうにこの芸人さんたちが言っていたことは正しいのか?」「自分は偏っていないのか?」ということをいつの間にか考えていた。

まーちゃんさんの著作図書館で借り、基地問題についてネット自主的に調べ、右翼左翼についても少し勉強した。

そうして、ハッと、こうして主体的に考えているこの行為自体が、この公演のねらいである「基地について、何かひっかかりを感じて考えてほしい」というところにばっちりハマってしまっていることに気が付いた。

なるほど、ならば。この公演は私にとって意味があったのだなと納得できた。してやられてしまったな、と思った。チケット代2000円もったいねえことしたわ、だったのが、安いじゃん、になった。

エンディングで歌われたFECの社歌の中に「とにかくやることを大事にしている」というような歌詞があった。沖縄県民は先ほども言った通り「内輪に甘い」。そして変化を嫌う。そんな中で新しいこと、前に進むようなことをするのは、本当に難しいことだと思う。勇気がいることだと思う。「まじめ」をバカにする風潮のある沖縄で、「まじめ」にバカをやるというのも、ほんとは難しかったんじゃないかなと思う。その勇気に敬意を表して、私はこの感想を書こうと筆をとった。「とにかくやる」そしてやることで誰かを動かす、それはほんとうにすごいことだ。と、何もできない私は思った。

でも、個人的におもしろくなかったのは事実なので、沖縄芸人さん各位にはマジでもっとがんばってほしい。笑いどころを説明してしまう癖があって全体的に冗長だと思う。言葉選びが雑。オチツッコミワード説明的で長すぎる。「金の斧銀の斧」のいさお名護支部さんのくだりと、タイワンオオカブトの幼虫のくだりは勢いがあって好きだった。

以上。お笑い米軍基地感想でした。

ネット書き込みの言うことなのだから怒ったりしないで聞き流してほしいナ♡

おしまい

来世はAZARASHIの世界観アザラシになって褒められて暮らしたい

お前らセックス飽きたらどうしてる?

俺は女に甘えるタイプでこれを受け入れるどころか楽しんで甘やかせてくれる女は多分この先一生現れない

絶対結婚したい

しかし、いかんせんセックスが飽きた

色々試したが飽きた

下手と言うことではない、むしろ技術的には上手い

けど、同じ人とのセックスに飽きてしまったんだ

どうにかセックスだけ他で済ますという訳にはいかないんだろうか?

セックスが楽しめない人生があまりにも苦痛

いうなら大好きなパートナーにだけEDという最も不幸な状態

立ちにくい言い訳をする為に、飲めないアルコールに手を出したりしてるくらい

しかし、その彼女のことはずっとくっついてたいくらい好きなんだよ

一体全体どうやってこの苦悩を脱出したらいいんだ?

謝ると炎上する

批判したつもりはなかったのだが紛らわしい発言だった、撤回する」なんて対応じゃ双方納得しませんよ

言われた側は「あれは誤解ではなく本心であり炎上たか言い訳してるだけだ」って受け取り

言った側は「ちゃんと謝ったのになかったことにされてる、話し合いしたいのではなく単に叩きたいだけでは?」ってなって双方の溝がマリアナ海溝ですよ

anond:20180619041344

一番タチ悪いのが、何年も前に童貞卒業だけして、そこからまったくしてない状態なんだよなあ。

童貞なのに、「童貞から」という言い訳もできない、痛い立ち位置

anond:20180618203225

「何で○○するんだ?」という疑問を相手に投げかけておきながら理由を言われると「言い訳するな!」とヒステリーを起こす人があまりにも多すぎるからだよ。

そういう人は原因究明や改善目的じゃなくて相手を謝らせて自分がすっきりしたいだけだから質問を投げては癇癪を起すんだよね。

接客業不特定多数相手にする仕事から段々と自衛の為に「すみません」や「ごめんなさい」しか答えなくなっていくんだ。

2018-06-18

ボツ語録

  「別の商品の売り上げからにしてもらえない?」

  • 「180度違うことじゃなくて、90度くらい違うことを言うのがコツだ」
  • しゃらくさい食い方をしてるなあ。
  • 「このご時世、“出来た親”でいることは大変なんだろう」

  「“出来た親の子供”でいるよりは楽だと思うけどな」

  • 「まあ、いいんじゃないか。恋に恋してようが、恋をしていることには変わりないんだし」
  • 人生”という名の“自分”をそのまま切り売りし続ければ、いずれ身を滅ぼすのは目に見えているだろうに。
  • 本当にどうでもいいと思っているのなら無視するんだが、『どうでもいい』ってことを周りにわざわざ表明したい程度にはどうでもよくはなかったんだろうな。
  • 「ほら、もー。前提が共有できてない、前提が共有できてないよ~」

  「でも、その表現失礼じゃない? 本当に帰宅部とか自宅警備員やってる人たちに」

  • 「『やめたい』と言ってやめられるのなら、既にやめてるっつーの」

  「当初は『影の薄い、繋ぎ内閣総理大臣オールスター』っていうスタンダップコメディやろうとしたんだよな」

  • 「さあ、粗探しだ!」
  • 「確かに、いい話だ。お前がそれを、いい話と思って話していることを除けばだが」
  • 禅問答の真似事して煙に巻いているだけだ、アレは。

舐めてるんだろうけど

故意だろうが事故だろうがやり返すからな?

馬鹿言い訳にならないか

二度と質問に答えないし尻拭いもしない、絶対

物語主人公正義であり、善である

そんな事は誰も言ってないのに何故か世の中にはそう思い込んで作品を鑑賞するバカがどこにでもいやがるから困っちまうぜ

国語の授業ってのはそういうバカを躾けるためにあるんじゃねえのか?

主人公がど悪党最後には死刑にされて世間的にはハッピーエンドだけど主人公けがいつまでもグチグチ言い訳言い続けて不幸と言い張るようなクソ胸糞悪い話でも毎年2作品ずつ読ませりゃ少しはマシになりそうなもんだがな

そういう事をちゃんとやれよな

教育ってのはよお

バカ人間に変えるためのものだぜ

人間優等生に変えるのなんざ二の次なんだよ

少なくとも初等教育ってのはそういうもんだよ

スポーツ応援って温くなったよね

勝ったら歓喜で絶叫して

負けたら馬鹿野郎と絶叫していた昭和スタイルいいとも言わないけど

 

選手は皆頑張ってるんだから応援してあげようよ

負けても過ぎたことは云々、信じて上げよう

応援する自身に対しても負けても大したことじゃないよって内心で言い訳するスタイルも好きじゃない

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