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はてなキーワード: イギリスとは

2018-02-19

anond:20180219070454

なるべく多くの人に見てもらって情報、反応、反論等欲しかったので煽り気味に書いてるところはある。そこが気に障ったのならすまん。

まあ私の文章煽りや売り言葉に買い言葉がないとは言わないのでそこはお互い様ということで。仲良くマサカリ投げあいましょう。

あくま自分見方を紹介しているだけで理系のやることが全て正しいとも思ってない。ただ理系では日本が一流研究をしていると誇る分野が数多くある一方で、文系の多くの分野で全体としては日本学会は二流という嘆きが聞かれるのも確かだ(もちろんどんな分野にも日本人の一流研究者はいるだろうが)。

これ[要出典]ってタグ貼るべきところ? 私は最初増田anond:20180217012945)で(1つだけだけど)実例挙げたし、体験談ベースの話でよければ私の見た限りでは日本外国研究ってけっこうレベル高いと思うんだけど。外国語に訳されても遜色ないモノグラフがたくさん出てる。

理系では著書でオリジナル発見研究成果を発表する奴はまずいない。いるとしたらほぼトンデモだと思って間違いない。文系増田が挙げてる怪しい医学博士とか。

文系では違うのか。正直文系ガチ研究書は見たことがない。三浦瑠麗の著書も調べてみたが、タイトルや値段を見る限り一般向けだろう。大学書籍部や図書館を探せばあったんだろうか。ただ(博士論文出版等は除いて)著書で最新の研究を発表するというやり方は、どの部分に新規性があるのかの表明や議論双方向性等に問題がないのだろうか?新規研究成果なら第三者査読を経て論文にするのが正統なように思えるが。数学証明のように検証可能性が極めて高ければホームページで発表とかでもいいんだろうけど。

そこからか。何のために研究雑誌Book Review欄があると思ってるんだ……(和文だろうが欧文だろうがたいていのメジャー学術雑誌にはBook Review欄はあるし、場合によっては書評査読がつくよ)。ていうか普通、序章とか第1章とかで先行研究の整理をするし(一般向けも混在するレーベルだと編集に嫌がられることもあるらしいけど)、そこで自分オリジナリティについても言及するよな。

あくまで一例だけど、先日出た研究書の目次はこんな感じ→http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0871-6.html適当なUniversity PressのHPを開いて適当新刊をチョイスしただけなので、内容については何も言わないし、言えない。なぜなら私は読んでないからだ。あくまで「ちゃんと章立てに先行研究って入ってるでしょ」というサンプルとして受け取ってほしい。目次で明示されてないだけでちゃんと先行研究の整理をしている本もあるので気をつけて。それはそれとして面白そうな研究だと思うんで余裕があったら読んでみたい)。

駄目な研究は本として出版したってロクに引用されずにアカデミアから消えていくだろうし(もちろんあまりマニアックすぎて引用するひとがいないという悲しい状況も有り得るのだがそういう場合学術雑誌書評でちゃんと良い研究ですよって言われてるからな。おべっか書評がないとは言わないけど、むっちゃ辛辣書評も見かける)、まともな研究書なら議論典拠は明示してあるんだから議論双方向性に問題はないでしょ。

三浦瑠麗の著書、内容(https://www.iwanami.co.jp/book/b261983.html)を見る限りでは研究書ということでいいと思うけど。文系は割と凝ったタイトルつけるひと多いかタイトルだけで研究書じゃないと即断することはできないし(『想像の共同体――ナショナリズム起源流行』も『〈日本人〉の境界――沖縄アイヌ台湾朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』も立派な研究書です)、値段についても、うちの分野の研究書の半額くらいの値段で売れて羨ましい限りと思うけど、それが研究であることを否定する材料にはならない(ていうか一般書だとしたら3000円以上ってクソ高では)。国際政治学一般理論みたいに需要がある分野ならそれなりに廉価でも採算取れるよね。研究書は別に専業研究者けが読むものではないので、政治学者以外の教養人にも売れそうだと判断たらこのお値段になるのは別に不思議じゃない(逆にマイナー分野では……お察し下さい。売れない→高い→売れない→高いの悪循環でございます学術成果刊行助成でなんとか刊行できてる研究がたくさんあるんだよなぁ)。気が向いたら図書館で実物見てみるわ。

何度も言うけど、中身は知らない。ひょっとしたらダメダメな内容かもしれない。でもそれは、査読通ったちゃんとした学術論文でも中身がショボかったりオリジナリティ希薄だったりすることがありうるのと同じで、ダメダメから研究業績にカウントされないということにはならない。たとえそれがサラミ論文であったとしても、英語で書かれた査読つき論文だったらそれは業績としてカウントされるべきだよね。公募採用されたり学術界で優れた研究者として認知されるためには内容が優れてないといけないし、こんなサラミ論文しか書いてないやつがなんで○○大の講師なんだ! という批判はされていいと思うけど、それはあくまで内容を見た上での話であって、形式だけを見て業績じゃないと言うことはできないはず。今回の元増田批判が内容を見た上での話なら『シビリアンの戦争』を未読の私は何も言ってないし言う資格がないけど、理系増田も読んでなくて、ここではあくま形式の話をしてるんだよね。形式の話をするなら彼女学術業績としてカウントされるべき本を書いていますしか言いようがない。

一般論からすると著書はオリジナル研究業績であり得るが、逆も然りで著書は必ずしもオリジナル研究業績とはみなされないというべきなのでは。門外漢は著書数もオリジナル業績数とみなせという主張は言い過ぎだろう。

「著書はオリジナル研究業績(でありうる)」「研究書は立派なオリジナル研究成果」と私は書いてるよね? それで前段へのアンサーになってると思うし(そのうしろでちゃんと「一般向けの本」と「研究書」を分けて記述してるよな)、そもそも私は最初増田anond:20180217012945)で「新書2冊はおいといて」って書いてるので、“すべての著書”がオリジナル研究業績なんて端から主張してないってことは読めばわかってもらえると思ってたんだけど(オリジナル研究書籍化したものを「研究書」と呼ぶわけだから、“すべての研究書”はもちろんオリジナル研究業績です。一方で著書のすべてが研究書というわけではないので、“すべての著書”が研究業績というわけではありません。こう書けばわかるかな?)。

後段、著書はオリジナル学術業績とはみなされないという理系ローカルルール持ち出して他人を業績が少ないと批判する方が言い過ぎでは。いやもちろん他分野の常識に詳しくあらねばならない必然性はないけど、他人を「業績が少ない」と批判する以上は他分野の「業績」の基準も知っておくべき、って、そんな無茶な主張? 文学でも歴史学でも政治学でも社会学でも教育学でも文化人類学でも哲学でも法学でも、おおよそメジャー文系研究分野ではだいたい研究書はオリジナル研究業績としてカウントされるんだから(これは英語圏でも変わらないと思うよ。少なくとも私の専門分野や隣接分野では英語だろうがフランス語だろうがドイツ語だろうが韓国語だろうが研究書はオリジナル研究業績です)、文系からするとその常識通用しない方が非常識ですよ。理系ローカルルール勝手学術界の一般ルール敷衍するのやめてもらえます

院生だろうが単著論文を発表するのがふつうの分野の人間からすると、理系では指導教授論文の著者に名前を連ねるのか、変わった慣行だなぁ、って思うけど、それは理系慣行なんだなとして受け止めてるし、この研究者自分学生論文名前を連ねて論文数稼ぎしてる! なんて主張しないよ(もちろんギフトオーサーシップ批判されるべきだけど、理系では自分指導してる学生論文の共著者になるのはギフトオーサーシップではないんだよね? このへん詳しくないので間違ってたらごめん)。分野が違うと業績のカウントの仕方も違うんだなぁ、って受け取っておけばいいじゃない。

その上で現在日本語地位が低い分野や日本語でやる意義がまるでない分野まで、日本語で最新の論文を書いてもよい、あるいは日本語地位を高めていこうなんていう理由がよくわからない。例えば挙げてくれた西洋古代史の最新論文日本語で書くことに何の意味がある?日本全然関係ないのに?解説書や教科書は別だ。日本語で多くの人が学べることには意味がある。でも論文なのだとしたら欧米研究者が読まなければ学問進歩に乗らないんだからただの自己満足だろう。アマチュア研究者だとしたらそれでもいいんだが、大学研究者プロだろう。国から研究費貰って英語が中心の分野で日本語しか書かないのは国民が納得しないだろうから税金泥棒しか言えない。

将来英語が中心じゃなくなることもありうるだろうという論を挙げているがそれは詭弁だ。理系だってラテン語から現代語への変化やドイツ語フランス語凋落を経ているが、最新の論文を主流の言語で書かない理由はない。(欧米科学力を中国が圧倒的に上回ることは考えにくいが)将来中国語になるんだとしたらそれもいいだろう。もし仮に日本がその学問分野で覇権国家になるプランがあってそのためのリソースを投じているっていうなら別だけど、そうじゃないなら英語に圧倒的に負けてる分野はさっさと降伏して英語ベースにしたほうが世界中学者のためになるし日本人世界に認められる学問的成果をあげるためにも効率的だと思うんだけど。国際政治学についていえば英語圏研究が中心だという知識増田にもあって、反米主義だったり日本世界覇権を夢見ていたりといった特殊思想的背景があるわけでもない研究者英語論文を書かないのだとしたら、怠慢あるいは研究先進性の不足の誹りを免れないであろう。

これ最初にも書いたけど、主要国のアカデミアでは文系研究の多くの部分を自分の国の言語でやってます。たとえそれが自分たちとは縁遠い地域のことだとしてもね。日本語英語以外の言語で書かれた日本学論文なんて日本人研究者はあまり読まないんじゃないかと思うけど、たとえばポーランド人ポーランド語日本学論文書いてるし(https://ci.nii.ac.jp/naid/120006355425。ちなみに、このポーランド人みたいに、日本人外国研究者がその国の言葉日本での研究状況を紹介するっていうのは既にあちこちでやられてます)、それは日本アカデミアで読まれていないとしても日本学の発展に寄与ポーランドアカデミアを豊かにしていて、仮にポーランドで極めてオリジナリティが高い研究が出てきたら日本人日本学者も何らかの方法でそれを読まないといけないだろうと思うわけですよ(別に自分で読む必要はない。他人に読んでもらえばいいんだから翻訳ってそういうことだよね)。ポーランドアカデミアは当然ポーランド固有の問題意識を持っているし、その土壌から日本にはない新鮮な日本観が生まれてくるかもしれない、という点で、色々な国のアカデミアがそれなりに独自の発達を遂げていることは重要だと思うけれども。

当たり前だけど西洋古代史の論文日本語で書いてあっても最新の研究動向は反映されているわけ。書いてるひとは西洋諸言語読めるわけだしね。向こうがそれを読めない、または読もうとしないからといって先進性がないわけではない。読まれる/読まれないという尺度研究先進である先進的でないという尺度は別だよね? 混同すべきじゃない。そこにはちゃんと研究蓄積というもの存在しているんだよ。明治期以来、主要文系分野では日本語の分厚い研究蓄積がある。もちろんそこには西洋猿真似だったり「横のものを縦にした」だけの研究もたくさんあるかもしれないけど、それらは日本アカデミアを間違いなく豊かで質の高いものにしてきたと思う。

で、哲学の本場はドイツとかフランスとかイギリスとかだと思うけど(イメージ貧困すぎたらごめん。正直哲学のことはよくわからないんだ……)、日本人哲学者が優れた哲学書を発表すればそれはちゃんと英訳されてオックスフォード大学出版から出版されていたりするのね(https://en.wikipedia.org/wiki/Kojin_Karatani)。これは日本語圏で外国人に読まれない研究を積み上げていても、良いものを書けば「日本研究者面白いことやってんじゃん。翻訳して読んでみようぜ」ってなる実例なんじゃないかと。

根本的な話をするなら、「国際政治学」という分野の標準言語英語である必然性はどこにもないわけだよね。それは英語圏で優れた研究が積み上げられてきた帰結であって、英語圏の人が自分たち言語研究成果を積み上げた結果それが参照されるべき言語になっているだけの話。要するに彼らは先行者利益を得ているわけ。現代思想の分野でフランス語大手を振って歩いているのも、フーコーやその他の人たちがフランス語で優れた成果を書いてきて、それが受け入れられてきたか英語日本語フランス語の文献が訳されまくっているという現状がある。日本語がこの高みを目指してはいけない理由はないよね。

私はここまで書いてきたような理由日本語論文を書くのも重要営為だと思う(加えて、執筆言語自国であることは東アジア欧米の主要国の文系アカデミアとしての標準に則っているので、ことさら日本アカデミアだけが批判される謂れはないよな、とも思う)。ただ理系増田がそれにどうしても同意できないなら、それを説得する言葉を私は持たないなぁ、とも思う。私の論拠はだいたい言い尽くしたので、執筆言語問題についてこれ以上理系増田に答えようとは思わない。なんと言って終わらせればいいかからないけど、とりあえず、お互い研究頑張りましょう。

anond:20180218204936

業績については「研究者としての実績」に絞ってとりあげた。ただ文系若手研究者増田とは、「研究」の捉え方自体が随分違うようだな。

理系研究者を名乗るには必ず「まだ誰もやっていない新しいこと」を研究する必要がある。

文系でも同じですが。研究という営みの本質文系理系も変わらんでしょ。お作法がかけ離れているか相互理解が難しい局面があるだけで。一部の理系研究者の「お前ら文系研究とは何なのか正しく理解していないのかもしれないが~」みたいなナチュラル上から目線はほんと何なの?(あと、仮に百歩譲って理系文系で「研究」の本質がまるで違っていたとして、なんで問答無用理系の方が標準的であり正しいものなのだと思えるの?)

もちろん理系でもレビューや著書を書く人もいるが、それを皆がありがたく読むのはその人が最前線研究をしていることが前提だ。

いや、レビューオリジナル研究業績じゃないってのはその通りだけど、著書はオリジナル研究業績(でありうる)っしょ? 何度も言うけど三浦瑠麗論文や著書は読んでないので、どのくらいオリジナリティがあるのかは知らない。ただ文系では研究書は立派なオリジナル研究成果だ。博士論文書籍化なんてその典型。もちろん一般向けの本とかを書くひともいて、一般向けと専門向けの中間みたいなレーベル典型的には講談社選書メチエみたいなやつね。パンピー向けの概説書とガチオリジナル研究成果が混在してる)もあるから、そこにはグラデーションがあるわけだけど、著書がオリジナル研究成果じゃないというのは不当な言いがかりでは。

ひょっとして文系研究書とか見たことなくてどんなことが書いてあるかイメージ湧かない?(いや別に異分野の研究書を読んだことないのは悪いことじゃないけど、実物を知りもせずにイメージだけで語っていいんですかね、「理系」ってのはずいぶんと気楽なもんだ、と嫌味のひとつも言いたくなる)

理系から視線として、博論を除けば日本語レビュー啓蒙しか書いていない三浦瑠麗は「最先端研究者」とは見られない。

から、私そこは否定してないよね? 三浦瑠麗個人研究者としての資質をあげつらうならどうぞご自由に。私だって彼女政治学者として素晴らしいなんて微塵も思ってないし、私の知ってる(まっとうな)政治学者彼女学者として評価してる人なんて見たことない。でも和文は業績じゃないかのように扱うのはやめてね、っていうのが私の指摘の趣旨ですよ。彼女雑誌に書いた文章が全部レビューだってのは、ブコメでkyo_juさんが指摘したことであって、元増田最初和文しかない」ことを問題にしていたよね? そう言われたらそりゃ「和文でも立派な業績になりうる」と反論するに決まってるでしょ。「言語を問わずレビューしか書いてないなんて研究者はいえない!」という主張ならなんの異議もなかったよ。

いずれにせよテレビ研究者枠にはもっと実績積んでバリバリ研究している(あるいは過去にした)人を呼んだらどうかという話にはなる。

そこに関しても私はまったく否定してないよね。和文論文研究業績であり、また共著が研究業績としてカウントされないことは不当である、と言ったけど、三浦瑠麗の業績が学振PD東大講師、あるいはテレビ出演者にふさわしい立派なものである、とは一言も言ってない。あんなのを東大講師にするなら私の先輩たちに職を用意してやってくれよ、と思うし、テレビに出ずっぱりの「学者」がマトモな学者だった試しなんて滅多にないよね、とも思うけど、そんなの私や「文系」あるいは「政治学者」に言われても知らんわ。東大の人事は東大問題だし、テレビがロクに論文書いてない若手を連れてきて「社会学者」や「政治学者」としてチヤホヤするのはテレビ問題言論人として活動してる人を肩書だけ見て研究者と誤認するのは視聴者リテラシー問題でしょ。理系学位肩書がそういう怪しげなショーバイに一切利用されてないってんならともかく、現実には医学博士号を利用してニセ科学撒き散らしてるひととかいるよね。アカデミアが自由開放的性格を維持していく上では、アカデミアのハクを利用してそういうことをする人たちが出てくるのはどうしても避けられないんじゃね、って私は思うけど(まあ、アカデミアでは全然相手にされてませんよ、と表明する責務くらいはあるかもしれないけど、それはもう色んなひとがやってるよね)。

文系増田日本研究者日本語論文が読まれないことの解決策として日本語論文の良さを英語論文内の引用アピールするという案を提案しているが、理系から見たら不効率まりない。一つの研究分野に標準言語がいっぱいあったら世界中学者言語習得に苦労するだろう。

うんだから文系研究者が色んな外国語勉強してるのはそういう事情があるわけ。たとえば西洋古代史を研究するんなら、まあ英語に加えてフランス語ドイツ語研究文献を読めないと話にならんわなぁ。一つの研究分野に標準言語がいくつかあるのは文系だと割と普通で(古代中世に関する研究だと権威ある学術言語がいくつもあってどれかひとつに決められなかったりするし、複数国にまたがる地域や事例を対象にしている場合なんかは一意に定めることが不可能なのは流石にわかってくれるよね?)、その中で日本語地位が低いことをどう捉えるか、だよねぇ。

これに関して、日本語を諦めて別の言語で書くべきだ派と、日本語地位を高めていくべきだ派と、日本アカデミアを最優先に考える派(これが実のところ多数派だろうねえ)がいるんだなと私はぼんやり思ってる。私が見ている範囲では、現代日本文系研究者多様性は、アメリカイギリスほどじゃないにせよフランスドイツロシアとは肩を並べられる水準にあるんじゃないかな。日本史英文学からアフリカ人類学オセアニアの少数言語中央アジア歴史、とあちこちの分野に手を伸ばしていて、アメリカ人フランス人ドイツ人がそうできるように、自分たち言語でそれらの分野の最先端研究成果を手にすることができる。東アジア中央アジアからは、自国のことを研究するために日本に来て日本語博論を書いて自国教授になるひともいるんだよ。これは、欧米人が読めない・読もうとしないってだけで捨て去るには勿体無い環境だと私は思うけども。

もちろん、日本研究を専門としていない欧米人日本語をわざわざ読ませるのは難しいだろうけど、たとえば日本論文につけられた欧文要旨なら彼らは読めるし、和文で書いたもの翻訳して欧米人にも読めるようにしている研究者だっている。どうやら俺らには読めないがチェックすべき先行研究日本にはたくさんあるようだ、と彼らが認知すれば、いずれ彼らの側から、じゃあ日本語読めるやつに翻訳してもらおうとか、そういう話が出てくるかもしれないし、せめて「読んでないけどこういう先行研究があるらしい」と書かれるようになるかもしれない(これは重要なことだよ。「気づかれない」と「読まれない」はぜんぜん違うんだから。この辺はウンベルト・エーコが書いてたな)。地位向上って、そういう積み重ねの上に成り立つものだと思うんだよね。

こういうプロセスって、文系だけじゃなくて理系にもあるよね。たとえば、優れた魚類学の論文アメリカ人日本語翻訳してまで読みたがったとか、和文論文をチェックしなかったせいでアメリカ人が大損こいたとか(http://shinka3.exblog.jp/8059554/)。それに英語が標準言語になったのは、せいぜいがここ半世紀程度の流れにすぎない。その前はドイツ語とかフランス語とかロシア語とかも有力言語だったけど(たとえば、ちょっと前にサザエの新種記載がされたときは、18世紀フランス語の本が引用されてたよね→https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id468.html)、英語頭角を現してきて残りの言語は標準言語とは見なされなくなっただけで、別にからずっと英語が標準言語だと決まっているわけじゃないし、今後もそうなるとは誰にもいえない(数十年したら欧米人中国語で作文するようになるかもね。そうなったら英文業績しかない人が「中文論文を書いてないなんて!」と馬鹿にされたりするのかな)。日本産動物種の研究だと英語論文和文論文引用されてるのもちょくちょく見るし(網羅的にたくさん読んでるわけじゃないので、私の錯覚だったらごめん)、標準言語統一されてないとダメだ! というのは近視眼的見方だと思うけどなぁ。

いくら書いても読まれないんじゃ意味がない、という元増田感覚はわかるんだよ。というかそれは文系研究者にとっても当然のことだと思う(そりゃ全員が意識高いわけじゃないけど、それは文理問わずだよね)。繰り返すけど最近の若手研究者には外国語積極的に発信しているひとが大勢いる。ただ、日本国民1億人が最先端研究成果を自分たち言語で読めて、どんな地域研究だって自分たち言語遂行できる、という環境が、無意味なこととは私は思えない。増田は、日本にまつわるテーマなら標準言語日本語でもいいんじゃないか、と言った(これは良い感覚だと思うので大事にしてほしい)。でもたとえば、ツキノワグマ研究ホッキョクグマやマレーグマの研究と繋がっているよね。日本史研究する上で西洋史探究されてきた研究モデル概念意味を持つことだってある。国文学だって世界文学の中に位置づけられる必要があるだろう。外国政治についてなんの情報もなしに、自国政治改革ができるだろうか? 外国の失敗や成功についてしっかり学ぶためのツール必要なんじゃないか? ジャーナリスト政治家欧州統合アフリカ経済アメリカ大統領選について勉強しようと思ったときに、日本EU研究者アフリカ研究者アメリカ政治研究者がみんな英語論文を書いていて、日本語にはあっさりした概説書しかない、というんじゃ、不便じゃないのかな。そういう意味で、日本語による研究発表は、世界で読まれていないのだとしても、社会貢献としての意義はけして小さくない、と私は信じてるよ。

2018-02-18

何故あの手の男達は自らを黒人に、女を白人に喩えるのか

からしてみるとどう考えても逆なのに。

男女をアメリカ南アフリカなどにおける人種問題で喩えるならば、どう考えても女=黒人、男=白人だ。差別する側とされる側、社会において優位にある者と劣位にある者という明白な差があるのだから

単純に黒人の方が体力がある、粗暴であるという偏見がある、あるいは肌の色が濃い事は「男性的」に見えるなどという理由からだろうか?

いや、見た目に違いのある白人黒人の喩えには限らないからやっぱり違うかもしれない。「日本における日本人在日韓国朝鮮人」でもいい。この場合も喩えるならば男=日本人、女=在日韓国朝鮮人、が妥当であると思われる。

しかし何故か女性専用車両に反対する男は「在日犯罪率が高いか在日隔離するのと同じだ」なる喩えも用いていた。こっちからすると完全に逆。

置き換えるならば「在特会攻撃から身を守るために在日専用車両作りました」だ。まあ、これがもし実現された場合には、「在日差別」の文脈話題になるだろう。何故在特会から攻撃さらされている、何の罪もない人々を隔離し自ら閉じ籠る事を強いるのかという文脈で語られる筈だ。

女性専用車両も完全に同じだ。そこに差別があるとしたら、差別者の側を規制して差別を解消するのではなく被差別者の方を隔離するという安易手段を取った事にある女性への差別である男性への差別ではない。

ハフィントンポスト記事イギリスから問題視されたというのもこの理由からだろう。


何故男はこの社会において優位者・権力者であるにも関わらず、虐げられる側の人種に自らを喩えるのか。

これって認知の歪みとして研究されてもいい事案だと思うんだが。

アメリカにおけるWASP日本で置き換えるならば平均的な収入の高さ、経営者政治家に占める割合、どれをとっても「日本人男性」になる筈なのに、何故かそう思わない認知の歪み。

この手の男性痴漢をはじめとする性犯罪が、単に数の問題ではなく、まさに「男ならでは」の、女に対する差別意識に端を発したまさにヘイトクライムである事に思い至らないのだろうか。

特定人種民族の例のように、統計犯罪率が高い(または、そういう偏見に晒されている)から問題にされているのとは、根本的に違う。

優位者にある人種民族が、その優位性ゆえに劣位にあるものをいとも気軽に、遊び半分で加害する。それが差別でありヘイトクライムだ。

痴漢根底にあるものは、KKK黒人に対するリンチと同じだ。

単に経済的劣位や教育の不足を原因とする事が多い、「特定人種犯罪率の高さ」などというものとは全く性質が異なるのに。

こっちからしてみれば痴漢というものは「朝鮮人が毒に井戸を入れたので虐殺した」と同じだ。それは社会的強者から弱者への、見下しを元にした加害であり、そこに「あいつらは恵まれている」「自分達こそが抑圧されている、真の弱者だ」という意識があるところも似ている。


満員電車問題?勿論、痴漢は別として満員電車が解消されるのはいい事だろう。でも痴漢はすいてる電車でもいるからな。満員電車を解消しようというのは根本的な解決にはならないと思うよ。

ちなみに自分が一番よく痴漢にあったのは電車ではなく本屋だ。

周りに全然人がいない場所でも痴漢は現れる。

冬季オリンピックって国ごとにお家芸がはっきりと別れてるんだな

日本オールラウンドに弱い(強い)から他所もそんな感じなのかと思ってたけれど、国ごとにお家芸がはっきりと別れてるんだな。夏季だと日本柔道で荒稼ぎしてるからなんだかずるい気がしていたが、それが普通なのかも。

国別メダル数と主なメダル獲得競技占有率(競技メダル数/国のメダル数)

2018年2月17日までの獲得数

  1. ノルウェー 22個
    1. クロスカントリースキー 10個 45%
  2. ドイツ 17
    1. リュージュ 6個 35%
    2. バイアスロン 5個 29%
  3. カナダ 15個
    1. まんべんなく
  4. オランダ 13個
    1. スピードスケート 11個 85%
  5. アメリカ 9個
    1. スノーボード 5個 56%
  6. オーストリア 9個
    1. アルペンスキー 4個 44%
    2. リュージュ 3個 33%
  7. 日本 9個
    1. スピードスケート 3個 33%
  8. OAR 9個
    1. クロスカントリー 4個 44%
  9. スウェーデン 7個
    1. クロスカントリースキー 4個 57%
  10. フランス 7個
    1. まんべんなく
  11. スイス 7個
    1. アルペンスキー 3個 43%
  12. イタリア 6個
    1. まんべんなく
  13. 韓国 5個
    1. ショートトラックスケート 3個 60%
  14. チェコ 5個
    1. バイアスロン 2個 40%
  15. 中国 5個
    1. フリースタイルスキー 2個 40%
  16. イギリス 4個
    1. スケルトン 3個 75%

痴漢 / 痴漢冤罪対策についての整理・まとめ

なんか最近新規にはてぶに入ってきた人とかもいるみたいであまりわかってない人もいるようなのでざっくり。


痴漢/痴漢冤罪総数を減少させる方法

これはもう、何回もエントリーで出てて、結論としては


満員電車の解消

監視カメラの設置


以外にはない(両方やらないと駄目で片方だと片手落ち

ただし、事実上実行不可能なので議論がここで止まってる段階。

あと他の犯罪と同じように0にすることは不可能なのでそこはあしからず

この策は監視カメラも設置するので痴漢も減るし痴漢冤罪も減る可能性が大きい。


痴漢を見分ける方法教えて

一部のブコメ馬鹿な事言ってる人がいるけど

「現状そんなものありません」

で終了です。

将来的には中国でやってるような

機械学習画像認識の複合で可能になるかもしれないけど人権問題とか色々あるのでだいぶ先だと思う。

日本に住んでる黒人男性女性のこの類の行動に差別的って言ってる人は結構いるみたい。

 男性への警戒感と黒人への警戒感が合わさってるせいか行動がかなりエスカレートしてるっぽくて黒人男性と目があっただけでビビってめっちゃ逃げてる人がたくさんいるようだ。

 誰か黒人男性の知り合いでにた経験している人いたら、まぁ日本人男性も似たような経験してる人いるから気にすんなとは言っといて。


女性専用車両合法

実は明治時代に作られた鉄道営業法34条2号に

女性専用車両に男は妄り(みだり)にはいんな」

って項目があるんだけど、今の時代適用すると明らかに憲法違反っぽいので鉄道会社側が適用を避けた。

「今の女性専用車鉄道営業法34条2号でいってる女性専用車じゃなくて、お願いしてるだけのマナー車両っす」

ってのが判例で認められてる。

ってのが鉄道会社側の見解っぽい。

ちょっと怪しいので修正ときます。つーか意外とでかいかもしれん。鉄道会社がめんどくさくて適当ごまかしてる雰囲気が。

これはつまり

・今の女性専用車合理的区別なので合法

・ただし、法的な排除不可能なので単なるお願いです

ってのが結論

なので女性専用車両合法だし、男性が乗っても別にいい。

優先席に座ってる人と同じようなもん。

ちょっとマナー悪いよねーって鼻白まれるよね。


電車を停止させたのは悪手だったね。

アレが常態化すれば毎日電車止められるのがわかっちゃうんで。

女性専用車に乗ってくる男性に対してはお願いする以外に正しい方法論はありません。

なのでお願いして駄目だったら諦めよう。

反対派も女性専用車両をなくすのは無理なんで諦めな。

あ、でも24時間女性専用車(つまりラッシュ以外も)にするのは法律ラインギリギリっぽいので全国のどっかにあるのであればそれは抗議すれば減るかもね。

あくまで減る可能性です。私は保証しません。


女性専用車両って痴漢対策効果あんの?

不明

調査が少なすぎて結論が出ていない。

あるところでは減ったっぽいけど、あるところでは増えてるって調査もあったと思う。

しかも数を見てるだけで他の要因にほとんどノータッチぽいのであまり意味がない。

外国でも女性専用車は例がほぼないので日本で集める以外に方法がないんだけど・・・

イスラム圏も、男女共用から男女別にしたわけではなく最初から男女別だったと思うし。


電車痴漢日本だけ?

これは最近注目が集まってきてて

実はイギリスとかフランスでも電車痴漢する人が大量にいることが判明しつつある。

閉鎖的空間かつ車内で密着しがちなので痴漢行為を誘発する環境要因があるのは間違いないようだ。

アジア圏で今、鉄道とかで盛り上がってるけど将来的に同じ問題が起きるようになると思う。

まぁ別の技術解決するかもしれないけどね。


※追記

痴漢する男性は既婚で裕福な人も多いし、おとなしい女性の方が狙われる

これも調査でわかってることだけど、どんなタイプ男性でも痴漢可能性はあります

痴漢する人は性欲じゃなくて支配欲で痴漢する人も多いらしくて犯行時に別に勃起していない人も多いってのもよく言われる。

あと、派手派手な服装してる女性は狙われづらくて、おとなしい女性の方が狙われやすいってのも調査でわかってます

これは支配欲を満たしたい人は派手派手な人より、おとなしい女性痴漢したほうが容易だろうなって思うのはまぁ想像できますよね。


以上っす。

参考になったかな?

アジア復興

アジア蹂躙した欧米列強

中国の弱体化とともに、アジア欧米列強蹂躙された。

イギリスフランスアメリカアジアの各地を植民地にした。

日本軍アジア進出して、欧米列強アジアから撤退させた。(大日本帝国は、アジア豊富資源を欲していた)

太平洋戦争日本軍が負けて、頭を押さえつけていた重石が除去された。その結果、アジア各国は独立を勝ち得た。

 

漁夫の利

アジアの結束を分断して、再びアジア支配下に置きたい欧米エスタブリッシュメントたちは、アジアの各国同士を敵対させ、戦争させる姦計を練っている。

アジア人が愚かであれば、まんまと引っかかり、アジア人同士で戦争することになるだろう。

人種差別主義者たちは、アジア各国を分断し、弱体化させることで、漁夫の利を狙っている。

 

黒龍会の残党

戦後日本人3S政策によって骨抜きにされ、オナニーにふける馬鹿ばかりになってしまった。

黒龍会の残党は「和僑」となって世界中へ散って行った。南米ではラストバタリオンと協力して戦後復興に邁進した。

チャイナセブンロシアアジア戦争回避する方向で動いている。(利益よりも損失の方が大きいと計算

 

30億人に膨れ上がったセム的一神教ユダヤキリストイスラム

アジア破壊の導火線に使われようとしている日本人が哀れだ。原爆投下の教訓をすっかり忘れてしまっている。

再び、日本は「滅びに至る民族」の汚名を着せられるのか? それとも、世界平和リーダーシップを発揮できるのか?

その答は、日本人ユダヤ末裔セムの人々)を説得することができるかどうかにかかっている。

 

大和民族が失われた10支族の1つなら、セムの人々との対話可能である

しかし、カバラタルムードトーラー意味説明できる日本人は、果たしてどれほど残っているのだろうか?(現状の神道では皆無に等しいのではないか?)

 

anond:20180217235829

2018-02-17

anond:20180216231257

慰謝料財産分与のことは分からないが、アメリカでは養育費強制徴収制度が整備されている。

給料差し押さえはもちろんのこと、養育費を踏み倒せばクレカの信用にも関わるし、「養育費踏み倒してる奴」リストにも名前が載る。

イギリスもこの20年ぐらいで養育費の取り立てにかなり国家が関与するようになってきた。

両者の共通点は「まず当事者間で何とかしろ、国は残余的にしか福祉を与えない」というスタンス

日本場合にも、養育費徴収制度を作ろうとする動きがあったはずだが、自民党の一部の反対で潰れた。

自民党民法研究会野党か、発案元は失念してしまったが。

はてブ女性専用車両に対する知見に頭がクラクラした

ふだん差別人権にうるさいはてブ民が、女性専用車両には賛成一辺倒で頭がクラクラした。

かに乗り込んでくる運動家はマトモじゃない。なんせ一刻一秒を争うサラリーマン様の通勤車両を12分も遅延させたんだ。よりによってなんで俺らがこんな目に……殺意を覚えるのも無理はない。

しかし、彼ら運動家否定できる倫理的根拠を、はたして我々は持っているのだろうか?

実のところ、今回の運動家に対して寄せられた批判を見るにつけ、賛成派は大した説得力を持っていないのではないかと改めて確信させられた。

以下は、ハフィントンポスト記事に対してスターを集めていた上位2つ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.huffingtonpost.jp/2018/02/15/woc-chiyoda_a_23363098/

1.これが女性専用車でなくプロレスラー専用車だったら絶対やらないだろう。所詮その程度の連中だよ。

そりゃ、プロレスラー専用車なら今回の事件が起きる確率は低いだろう。なぜならば、有無を言わさず力で排除される可能性が目に見えているからだ。しかし、これは明らかな論点のすり替えである。具体的には、運動家の主張の是非ではなく、「力の強弱にアタリをつけ、威圧行動を取っているのでないか」という行為道徳性が疑問とされている。

そもそも、この運動代替の効かない公共機関における、特定属性を押しやる「専用車」それ自体問題になっているのであって、なにも「女性専用であることが問題となっているわけではない。今回のような示威行動が起きる確率は低くなるとはいえ、プロレスラー専用車でもやはり大きく問題になり、運動家は出てくるだろう。その場合、どのようにケチをつけるのだろう。今度は「殺人犯専用車だったら絶対やらないだろう。所詮その程度の連中だよ」とでも言うのだろうか?

また、仮に「力の強弱にアタリをつけ、威圧行動を取っている」としても、それは運動価値毀損するものではない。声を通せる場で声を通すことが重要からだ。

2.女性専用車必要性裏付けられる悲しい話。

この言説は本当に悪質で、「Aを利用している人間不安に駆られる状況こそ、Aが必要証拠である」と言っているに過ぎない。つまり、利用している人間不安に駆られていなければ(満足していれば)、Aの必要性証明されているし、不安に駆られていれば(満足していなければ)、なおさらAの必要性証明されている、というわけ。一切の批判を許さないので、イデオロギーに近い。これは「共産主義に異議が唱えられ、圧力を受けている。同志の生活が脅かされている。これこそまさに共産主義必要であることの証拠なのだ」という議論を考えてみれば分かる。どう思いますか?

賢いリベラルの集うはてブですら、こんなブコメスターを集めてるのだから、まったくもって酷い有様だ。

ただ、浅薄ロジックはさておき、問題意識理解できる。以上の2つはともに、女性専用車両とは「弱い者のための暴力からの隠れ家」であるとの認識に立っているからだ。ここでは、関係性は暴力の関係として解釈されている。ゆえに「より強い暴力を誇示できるプロレスラー」に、“ただの暴力”は萎縮するだろうし、「異邦者の闖入」という暴力が起きることこそが、暴力からの隠れ家の必要性裏付けている、というわけだ。

この「弱い者にとって『暴力からの隠れ家』が必要なのではないか」という問題意識自体は真っ当だと思う。3つ目にスターを集めていた「痴漢被害によるPTSD抱えてる人でも乗れる交通機関必要」というのは、優先席と同じで傾聴されていい。しかし、これを認めると、1つの帰結にたどり着く。

なぜ、女性けが「暴力からの隠れ家」の恩恵あやかるのだろうか?暴力に怯える人間なら、誰であろうと招かれてしかるべきだ。

まり女性は「暴力に支配された弱い者」なのか?そして、一般成人男性排除することは、一般成人男性それ自体潜在的な暴力の行使であることを前提としているのではないか

なお、女性専用車両に対し、「女性が『暴力に支配された弱い者』であることを認めるのか」というフェミニズム的な指摘は、欧米でも盛んに巻き起こっている。

例えば、英メディア紙The GuardianTelegraphでは、女性記者が率直に「女性専用車両は負けを認めることだ」と述べている。彼女によれば、「女性専用車両の導入は、性的暴行所与とする(normalise)ものであり、あたかも原因が私達にあるかのように、状況平等志向から女性を取り除く(remove from the equation)ことが解決策だ、と世界に向けて言っているようなものだ」とのこと。そこでは日本が、メキシコタイイランインドブラジルと同格の“人権後進国”として引き合いに出され、イギリスは導入することでそんな国、つまり欧米流行りのディストピアドラマ「The Handmaid's Tale」の世界のような、女性をモノのように扱う国と同じ方向には向かうべきではない、といったようなことが語られている。

  • Women-only train carriages: Keeping women 'safe' by separating them from men is Handmaid's Tale territory

http://www.telegraph.co.uk/women/life/women-only-train-carriages-keeping-women-safe-separating-men

女性トイレレディースデイはどうなのか」という賛成派の反論についても、女性専用車両正当化には繋がらないことを提示したいがキリがないのでヤメておく。とりあえず、リソースの適切な配分(特定属性けが特定の扱いを受け、それ以外の属性が不平等負担を強いられるべきではない)、代替選択肢存在(「イヤならそこを使わなければいい」が可能か)、その施策が成り立つ前提の倫理的妥当性(女性専用車両なら「女性潜在的な暴力被害者であり、男性潜在的な暴力行使である」という前提)において、質が異なる問題ですよ、とだけ。ちなみに、スウェーデンでは、属性によって分けるトイレから「個室トイレ」に向かっていっているらしい。

はてブの皆さん、差別人権にうるさい皆さん、本当にこれでいいんですか?皆さんの大好きな世界標準から馬鹿にされてますけどいいんですか?「日本人男性世界標準以下の性欲アニマルから仕方ない」で開き直っていいんですか?

余談だがロケットニュースでは、ニュースタイトルが「【キモイ】今朝の東京メトロ千代田線の遅延理由が「頭おかしすぎる」と話題 / 男性複数人があえて女性車両に乗り込み……」となっている。この記事にも「然り!」のブコメが沢山ついていた。

https://rocketnews24.com/2018/02/16/1021546/

キモイ」「イケテナイ」「ダサイ」「カッコワルイ」。こんな調子で、本当にいいんですか?ネット最後良心だと思っていたはてブがこんな調子では、私は一体どこへ行けばいいんだ。


追記:

はてブにも良心があって安心しました。捨てたもんじゃないですね。ひとまず、Twitterブコメで寄せられた、いくつかの重要質問に答えます。

  

手段が低コストであることが、その手段正統性付与するわけではありません。あくまでもその手段で影響を受ける人間利害関係によって調整されるべきです。これは極端な例ですが、麻薬犯罪を無くすために犯罪者中毒者はその場で殺害、あるいは火事を鎮火させるために周囲の家を片っ端から打ち壊し。ともに「ラク解決手段」ですが、 適切ではないのは明らかですね。

マシなものがないのではなく、マシなもの鉄道会社選択されないから、そう思うだけです。これは上の「低コストで予防できるんだからいいじゃん」とも関係しています。ただ、監視カメラ警備員の配置、満員電車の解消、あるいはより良いシステムの構築に向けた過度的なものなら悪くはないですね。

これは確かに一理あるのですが、この話をしだすと論点がズレるか、あるいは論点先取になっています(女性専用車両痴漢対策だ。痴漢こそが対策されるべき問題である。よって女性専用車両必要である)。かつて、盗聴法の成立時に「法の是非を問うより、盗聴されるような行為をするヤツをまずは問題しろよ」という議論があったのにも似ています。もちろん、諸悪の根源痴漢です。しかし、ここでは対策方法がもたらす帰結(あるいは、そもそもその対策方法妥当か)が問題になっているのです。

また、「痴漢を撲滅することの難しさが女性専用車両を生んだ」というのは「犯罪者を撲滅することの難しさが、(犯罪者の多くはAという属性を持つので)Aという属性お断りの○○を生んだ」と言っているのと同じですが、これに何も疑問を覚えないのでしょうか?それでも特定属性を「潜在的犯罪者」として括りたいのであれば、もう私からは何も言えません。入れ墨外人温泉入浴問題と同じですね。どうぞ、ファシズムに突き進んでください。

その存在を「暴力からの隠れ家」として否定していないことには注意してください。

もちろん、特定の状況下における「合理的区別」は合法でしょうし、鉄道会社営業自由一定度は認められてしかるべきでしょう。すでに社会的認知されていることをもって、女性専用車両存在を「公知の事実」とする判例も出ています。しかし、ここで私が問題にしているのは、法律ではなく、倫理です(「まず痴漢倫理問題しろよ」という方は、上記の3を参照してください。「いや、それでも合法から正しいんだ」という方に対しては、これ以上私からは何も言えません)。

ちなみに、「障害者専用車両みたいなもの」という意見は、はてブ民が大好きな欧米リベラルフェミニズムから相当な反発を食らいそうですね。深くは立ち入りませんが、この例えを安易に使うならせめて「骨折患者専用の障害者専用車両」に限定した方がいいかと思います。

アファーマティブアクションがいい例ですね。非対称性権力勾配の是正措置自体は、それが段階的な解消を狙いとした施策であればアリでしょう。

ただし、代替手段のない公共サービス鉄道、それも日本通勤電車で、はたして導入されるべきなのか。また、そもそも車内における男性女性関係において、暴力的非対称性一般的存在しているのかにも注目する必要があります。この存在を認めると「女性庇護されるべき対象」となりますが、ここから先はカトリーヌ・ドヌーヴ議論にも通じるものがあるかも知れませんね。

それから、私が「逆差別だ」とは一言も言っていないことには注意してください。あくまでも、ここで私が問題にしたいのは、賛成派とされるはてブ民のくだらなさ、何よりも“潜在的な何か”を理由にした排除の論理は、新たな権力構造を生むだけではないか、ということです(女子トイレなどとの比較は、別のホテントリにお任せします)。

しっかりと読んでいただければ分かるかと思いますが、私は「暴力からの隠れ家」として特別枠が設けられることには、否定的ではありませんし、優先席も公正な資源配分観点から注目すべきだとは思っています(廃止すべきだ、という議論を完全に否定ではできませんが)。

これはシンプルな代案ですが、「ケア車両」はどうでしょう。暴力に怯える人は誰でも入ればいいじゃないですか。その代わりその車両には、監視員監視カメラガンガンに配置する(もちろん通常車両なおざりにして良いワケではありません)。監視の目が行き届くよう、乗車の人数制限も設ける。

これである程度は、無関係人間による車両乗車への抑止力が働くでしょう。それでも「傍若無人なオッサン」が闖入してくる可能性はありますが、実のところ彼を排除する合理的理由はどこにもないでしょう。

女性専用車両よりもコストがかかる」というツッコミがあるかもしれませんし、「じゃあ早速オマエが鉄道会社に直訴してこいよ(笑)」という揶揄もあるかもしれません。しかし、コストがかる&直訴されて突っ返される可能性が高いからといって、この歪な構造、そして痴漢犯罪が「女性専用車両(あるいはケア車両)」を免罪符にして放置されていいことにはならないのです。

いろんな意見があるかと思いますが、これについては私のスタンス勘違いされるのも野暮なので、ハッキリ言っておきます。対抗して男性専用車両を作るのは、個人的にはトラブルを増やすだけだと思っています(総量を男女比に応じて適切配分するのはアリかもしれませんが、はたしてそんな前近代的ディストピアの到来を望みますか?それで賛成派の皆さんがいうところの「非対称性」は解消されますか?)。そもそもトイレ風呂と違って、ジェンダープライバシーが密接に関わり合うようなものでもありません。

しか男性専用車両を望む男性の皆さん、男性専用車両があるなかで一般車両に乗ってしまい、冤罪に遭った時のことを想像してみてください。もう、どうなるか分かりますよね。ちなみに、同じことが女性にもすでに起きています。こういうの、警察(「なんで一般車両に乗ったの?」)と鉄道会社(「専用車両を用意したじゃないですか」)が笑うだけなんですよ。男や女に対する排除の論理ではなく、上で挙げた「ケア車両」のような“包摂”の論理対策を考えませんか、と私は思うんです。そもそも鉄道会社が誰かをケアする義務を負うのか、という根本的な問題はありますが。

これは、以前Twitter流行った「『告発を無力化する話法』として無力化する話法」ですね。特定集団が抱えている痛み・苦しみが、特定属性排除を許すわけではありません。もちろん、何度も述べているように被害者の痛みに寄り添うことは大切だと思います。ただ、そうであるならば「痛み・苦しみを抱える人」は、男女関係なく包摂されるべきではないですか?もしかして、その有無・大小を性差しかも外見上の特徴)で見分けるのですか?

特定研究者を叩くのはいいけど他の研究者への流れ弾はやめてほしい

当方文系若手研究者

https://anond.hatelabo.jp/20180215032409

英語論文出してない「国際政治学者」って大丈夫か?

それとも日本で言うところの国際政治学ってやつはあくま国内政治の一研究分野なのか?

国際分野なのに英語論文発表してないことが最大の違和感。必ずしも三浦瑠麗を叩きたいわけじゃなくて、日本国際政治学全体のレベルが低い?あるいは政治学者仕事世界に向けた学術研究発表よりも国内政治ご意見番をすることのほうが重要っていう認識業界一般的になってるならそれも受け入れる。

著書「シビリアンの戦争」は博論出版したものって理解でよいか文系博論は分厚くて書くのが大変とは聞く。でもグローバルな表題なのに世界では通用しない研究(少なくとも英語でないので読んでもらえない)って考えると悲しい。


こういうの勘弁してほしい。三浦瑠麗を叩くならどんどんやればいいと思うしやってほしいけど、叩く対象限定してくれ。

文系では和文でも立派な研究業績になる。最近の若手研究者積極的外国語論文書くようになってるし、私だって欧文論文の1本や2本あるけど、仮に査読論文和文しかなくても質が高いものを書いていて博士号もらってれば立派な西洋史研究者英文学者/アメリカ政治研究者etc.だよ。そういう世界なんだ……。

「ちゃんとした雑誌に載せてる論文が3つしかない」っていうのもどうかと思う。業績リスト見たら、まあ新書2冊はおいといて、それなりに専門的っぽい本を分担執筆してるよね。その本を読んでないから何ともいえないけど、雑誌じゃなくて本(アカデミック論文集)の1章として学術論文を発表することはあるし、それはふつう業績としてカウントするよな。繰り返すけど中身は見てない。中身はメチャクチャレベルが低いのかもしれないし、その場合「この程度の論文しか書いてないじゃないか!」っていう批判は正当だと思う。けど共著を業績にカウントせずに「業績が3本しかない!」っていうのはやめてあげて。

私も、さすがに学振PD持ってて日本Ph.D.獲ってるのにこの業績数はショボいだろ……と思うけど、博士号取得に際して論文数の要件がなければ(少なくとも私の出身大学院では存在しない)、とりあえず雑誌投稿とかしないでひたすら博論執筆するっていう研究スタイルもアリだと思うし、一概にそれが駄目とはいえない(単に茨の道ってだけで、制度不可能ではない)。あと一部の国では「博論に既発表論文を大幅に組み込むのは禁止(=博論は書き下ろせ。既発表論文切り貼りは不可)」っていうルールがあったりするから、そういう国に留学してた人は博士課程のあいだに出した論文数がどうしても少なくなっちゃう。

和文で書いてればレベルが低いっていうのは誤解。そりゃレベル低い和文論文もたくさんあるだろうけど、質の高い研究はたくさんある。もう15年以上前のことだけど、日本西洋史研究者研究対象の国のひとたちと論文集を出した時は、日本参加者レベルの高さが評価されたりしてたし(https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/39022/1/50-013.pdf)、それらは「外国研究者から読んでもらえない」かもしれないけど「レベルが低い」わけじゃない。

何が言いたいかっていうと、三浦瑠麗の言説の酷さは都度指摘すればいいし、彼女研究問題があるなら存分に批判すればいいと思うんだけど、業績リストだけを見て和文しかないとか批判しだすのは他の文系研究者に流れ弾あたってるからやめやがれください。ていうかやめて(自分の業績リストを泣きながら握りしめる)

『シビリアンの戦争』は、彼女博論タイトルそのまんまだから博論書籍化という理解でいいと思う(https://ci.nii.ac.jp/naid/500000550395)。私はどちらも読んでないので違ってたらごめん。博論書いてそれを本として出版するのは、文系研究者としてはよくあること。

せっかく質が高い研究してても読んでもらえないのは悲しいってのはその通りで、日本語文献が読むべき先行研究として通用してる分野は日本東アジアにかかわる研究くらいかアメリカ人でも前近代中国史やってたら日本語読むことを要求されると思う。中東研究する日本人フランス語要求されるみたいな感じで)。これの解決は難しいけど、欧文で和文文献のレビューをするとか、欧文で良い論文書いてその中で和文文献引用しまくるとかして、「日本では面白そうな研究をやってるんだなぁ」と認知してもらうことがまず必要なんじゃないかと思ってるんだけどこれは三浦瑠麗とは関係ないので措いておく。

ていうか、欧米日本学だって英語仏語独語日本についての博論書いてるんだから日本人イギリスフランスドイツに関する研究日本語で発表してもいいよね。日本だけじゃなくて、ある程度歴史と規模のあるアカデミアがある国では、文系博論論文自分らの言葉で書くことは結構あると思うんだ。

あとこれな。

https://twitter.com/chutoislam/status/963834829723729920

https://twitter.com/chutoislam/status/963834833360248832

これも、一般人デイリーメールを端から信用しないのは処世術としてはいいんだろうけど、時にはそういうソース依拠することが必要なこともある研究者もいるんだから、「デイリーメール引用してる」って理由だけで叩くのはやめて、って話だと私は理解した。余計なところに流れ弾を飛ばされると「それは違うでしょ」と三浦瑠麗弁護みたいな立ち位置にならざるを得なくなるというか。私だってこんな記事書いたけど三浦瑠麗学者としての資質は相当疑っている。ただ流れ弾を撒き散らさないでほしいだけなんだ……

追記

vkgofboston 査読の有無は和文英文に関わらず業績として見なす上で肝だと思うが、それに関しての考えを聞きたいね

三浦瑠麗が書いた雑誌のうち、『レヴァイアサン』は知らないけど『年報戦略研究』は査読あるよ→http://jsss.sakura.ne.jp/PDF/jsss-1507-tokokiteiyoko.pdf(当時もあったのかは知らん。『国家学会雑誌』はどうなんだろ。あってもなくても不思議じゃない。でもあそこ連載論文とか載せるからないのかなぁ)。ていうか和文の主要な研究雑誌にもそりゃ査読はあるし、だれも査読重要性は否定してないんですけど……(ただ、査読がなくても良い論文なら業績として扱っていいんじゃない、とは思う。査読つきの良い業績を積み上げてる人が一番評価されるべきなのは当然として、いちおう査読はされてるけどクソつまら研究と、査読されてないけど面白い研究だったら、一概に前者の方が業績として立派とはいえないんじゃない? 当たり前だけど公募では業績を提出させるわけで。まあわたし査読無しの媒体にはあまり書きたくないけどね)。

ソビエト連邦ってそびえ立ってる感あるよね

イギリスはいきり立ってる感あるよね

2018-02-15

フランス少子化改善について知ってることを書いていく

ソースは見失ってるのも多いのであくまで噂話程度と思って下さい。

トータルで考えると、世間で一人前と認められるようになるためにパックス使って一緒に住みはじめて、セックスしてたら子どもが出来て、とりあえずの権利保証はしておきましょうっつってパックス組んで、色んなことを二人で経験して乗り越えて心の絆が深くなってはじめて結婚する。っていう流れで出生率改善している。知ってる人は知ってると思うが、スウェーデンも大差ない。

こうやって考えると、フランスでの出生率改善日本じゃ全く参考にならない。参考になるのはイギリスくらいなのがなんとも言えぬ絶望感。

anond:20180215194342

北朝鮮中国が作った国だ。=北朝鮮中国の舎弟。

欧米によるアジア分断工作に対して、チャイナセブン青幇は下手を打たないように超限戦を慎重に進めている。

 

アジア欧米凌駕するための準備が着々と進んでいる。

日本は、欧米中国とは違う独自路線を進むべきだろう。

地政学的には、イギリス日本は似た島国といえる。地の利を活かすべきである

結婚生活というものは、屁理窟世界ではないのである思想が違うから、とか、人種が違うから、とか、そういう一般論では割りきれないもので、男女二人の関係は、いつの世に限らず、男女二人だけの独特の世界だ。

坂口安吾 安吾巷談 天光光女史の場合

婦人が、一般論として男子差別のない参政権を求めたときイギリス婦人たちに参政権を与えたのは、保守党であった。

宮本百合子 戦争はわたしたちからすべてを奪う

軍艦三笠」にせよ「錆びた銃弾」にせよ、共に特殊主題ではあるが、これを一般論化して、象徴的意義に解することも出来る。

豊島与志雄 書かれざる作品

そしてその夜、銀座裏のバーで酔っぱらいながら、異民族間の距ては如何ともしがたいなどと、梅子のことについてではなく、一般論として言いだした。それから更に、日本人は全体として中国人蔑視してるとまで言った。

豊島与志雄 秦の憂愁

以上、一般論は終りだ。どうも僕は、こんなわかり切ったような概念論は、不得手なのだ。どんな、つまらない本にだって、そんな事は、ちゃんと書かれてあるんだからね。なるべくなら僕は、清潔な、強い、明るい、なんてそんな形容詞を使いたくないんだ。自分からだに傷をつけて、そこから噴き出た言葉だけで言いたい。下手くそでもいい、自分の血肉を削った言葉だけを、どもりながら言いたい。どうも、一般論は、てれくさい。演説は、これでやめる。

太宰治 乞食学生

よき文章家には、必ず隠そうとして隠し切れないであろう特色が、自らその文章に浮び出るものである。要は明快であることだ。だが、これは一般論であって、その小説から文章だけを切り放して、内容と別個のものとして論じることは不可能なことである。以下、私は各論はいるのであるが、そこで各種類の中に、内容と文章とを合せて詳論したいと思っているから、ここではこれ位に止めることにしよう。

直木三十五 大衆文芸作法

さあ以上から一般論」の意味をみんなで考えてみよう。

2018-02-13

anond:20180213162933

そもそもお前の意見に論なんかないだろ(笑)

ソースがお粗末なのは学者かと疑うが、じゃあ北朝鮮国外向けラジオ放送暗号として利用してないのかといえば違う

お前自分で調べずはてなトップブコメの焼きまし言ってて恥ずかしくないのか?

そもそもイギリスデイリーメールなんて読んだことも無けりゃ、知らなかっただろ(笑)

日本経営者奇跡的に無能なんです。

2月12日放送プライムニュース『総検証「働き方改革」 “高プロ”と成果主義裁量労働制対象

出演 デービッド・アトキンソン小西美術工藝社 社長)、橋元 岳(自民党厚生労働部会長)、長妻 昭(立憲民主党代表代行

日本が1人当たりGDPが192カ国中27位であることに関して

デービッド・アトキンソン                                                                                

「なぜこうなるかというと、金利が低い、インフレも無い、ものスゴイ安い値段で質の高い人材調達できる(日本人材の質は国連ワールドエコノミックスの調査世界4位であると述べる)、尚且つ(労働に関する)法律悪用することもできる、過労死をさせるとか、株価も上がらないので株主の言うことも聞かない、政府の言うことも聞かない、それでも世界23位の生産性しか出せない、要するに奇跡的に無能経営者なんです。」

日本必要なのは経営者改革なんです。働き方改革裁量労働制はそのための道具に過ぎない。道具ももちろん必要です。でも道具を経営者に使わせないと何も変わらない。」


アトキンソンさんから提言

 ・最低賃金1300円にする

   ⇒経営者生産性労働環境等の改善を迫るためと商品を適切な価格で売り、適切な価格消費者に買ってもらことで労働者所得を増やすため

 ・企業の数を半分に減らす

   ⇒これから人口がどんどん減る状況で企業の数が減らないと供給過剰でデフレマインドが強くなる

 ・霞が関の半分を女性

   ⇒女性活躍同一労働同一賃金生産性相関関係77%、政府が主導でできるので民間に言う前に政府がやれ、イギリスは高官39%、日本は3%

2018-02-12

各国のスパイ情報に対する日本国民の反応

北朝鮮スパイ日本にいるんですよ」国民「怖い!嫌だ!炙り出せ!殺せ!」

中国スパイ日本にいるんですよ」国民「許せない!追い出せ!日本守ろう!」

ロシアスパイ日本にいるんですよ」国民バレバレwwwおそロシアwwwwww」

イギリススパイ日本にいるんですよ」国民「かっこいい!ステキ!抱いて!」

アメリカスパイ日本にいるんですよ」国民「ふーん、日本を守ってくれてるアメリカ批判するお前はどこのスパイだ?」

イスラエルスパイ日本にいるんですよ」国民「……(知らないふりしとこ)」

日本はとっくに中韓に負けてる!←これ

例えばイギリスドイツはここ数十年とっくに日本に負けてたわけだが

すみません日本様!負けてました!」なんて言ってたか

てか中国なんて有史以来ずっと日本見下してんじゃん

なんで自国民自国を「負けてます」なんて認める必要があるんだアホか

2018-02-07

文化勲章サブカルチャー勲章をあげ損ねた感がある

内閣府ホームページを見ると文化勲章は「文化の発達に関し特に顕著な功績のある方」に与えられるらしいけど、いまやサブカルチャー大国として海外に広く知られている日本で、漫画家ゲームクリエイターアニメ制作者・ミュージシャンなどに与えられないのはおかしい。

サブカルチャー文化ではないとでも?アホか!むしろいまの日本文化形成してるのは大部分がサブカルチャーだっつーの!

完全にあげ損なったよね。あーミスったなあ、って内閣府は思ってるよ絶対

手塚やら水木やら宮本やら宮崎やら高畑やら、いまからでもいいからあげればいいのに。

イギリスだとポール・マッカートニーミック・ジャガーなどのミュージシャンナイト称号を与えているのに比べたら、文化勲章はなんて後進的なんだろう。

2018-02-06

退職届を出してからのこの気持ちがわからない

私は今年度で退職をする。

円満退職であるしかし今とてつもない不安感と罪悪感と劣等感で頭がいっぱいだ。

退職届を出す前は絶対に辞める、辞めたらやりたいことをやるんだと意気込んでいた。それがなぜなのだろうか。今では辞めなければよかったのではないかという言葉が頭の中をぐるぐる回っている。

そもそも退職理由としては

仕事精神的にキツかった

留学がしたかった

の二点だ。

①に関しては、介護職なため利用者対応に追われていた。支援楽しいし好きな仕事だったが、同じくらい精神的にきつい仕事だった。いつかカッとした瞬間利用者に手を上げてしまうのではないか不安になることも少なくなく、少し生きづらい環境だった。体にも少しずつ影響が出てしまい、逆流性食道炎になったこともあった。また、事務作業過酷一年前までは全く残業代がつかないというブラックぷり(現在改善されているがいつ元に戻るかわからないと言われた)。

留学

イギリスワーホリを使って留学をするのが夢だ。そのために仕事をしてきたといっても過言ではない。

他の人から見ればこんな理由で?となるかもしれないが一応動機はある。退職届を出すまでは本当にこの動機で満足していたのである

ではなぜこんなにも気持ちが落ち込んでいるのだろうか。少し考えた

留学が決まらなかった

正確にはイギリスワーホリビザを取得することができなかった。

収入不安

辞めたことにより暫く収入が激減する。そのことへはかなり不安がある

繋ぎ仕事への不安

イギリスワーホリビザを取得できない場合9月を期限に他国ワーホリに挑戦するつもりでいる。しかし、その9月までの間に何の仕事ができるのか?そもそも仕事がしたいのか?

現実を目の当たりにした

お気付きの通り私はかなり計画性がない。辞める=自由 という方程式ばかりに目がいっていた。急に今まであまり良い印象を持っていなかった『無職フリーター』が間近に迫って現実味が増してしまったのではないか

おそらく他にもあるだろうが、なんとなく上記理由もやもやの原因と思われる。

しかしこれらの理由が私の中では腑に落ちない。

少し気をぬくと、今辞めるべきじゃなかった…今後どうすれば…という気持ちでいっぱいになる。なにをしても面白く感じることができず、挙げ句の果てには夢であったワーホリでさえ本当に行きたかったの?と懐疑的になってしまっている。

今すぐに絶対動かなくてはいけないことがあるはずなのに、悪い考えばかりが頭を巡らしてしまう。どうしよう。ほんと、どうすりゃいいんだ。以前のがんばればどうにかなるよ私!みたいか考えを持っていた頃の自分になりたい。答えを自力で探すなんて状況に陥ることがあまりいから、ついはてな投稿してしまったとさ…。

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