「糾弾」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 糾弾とは

2021-05-09

やっぱり弱者男性差別なんて存在しないんじゃない?

https://note.com/mefimefiapple/n/n6b712e954db8

持論



以下記事引用コメント

 同じ同性愛者でも、「女性」で「同性愛者」のレズビアンより、「男性」で「同性愛者」のゲイのほうが差別され、暴力され、殺されています(人数の違いを考えてもそうだと思います)。トランスジェンダーでも、トランス男性よりトランス女性への風当たりが強く、これは「アイディンティティ女性である」よりも、「体が男性に見えること」や「本当は男性なのではないかという疑念」が原因でしょう。

これはデータ的には真だと思うが、同性愛者の仮想敵が同性であるのに対し、トランスジェンダー場合は(肉体の性と)異性が仮想敵になるので、同列に語るのは難しい。ゲイの方が殺される、というのは仮想敵である男性女性より暴力であるだけではないだろうか。トランス男性も同様に殺されているというなら話は別だが。

 それと同じように、「男性」に「障害者」、「貧困者」、「外見が悪い」などが付くと、「女性」にそれをつけた時より状態悪化するということがあります。これが「弱者男性差別」です。

これには二つの反論がある。

女性差別男性差別弱者差別もあるけど、そのうち「男性」が「弱者」になった時の当たりが一番キツいよ!

という論調増田でも何度か見かけたが、上の理由も含め考えれば考えるほどナンセンスなのではないかと思う。何故なら、これを救済しようとした時、

すなわち、弱者男性弱者女性という属性自体は(大分ざっくりしているが)存在している一方で、これを「弱者男性差別」「弱者女性差別」と表現してしまうのはナンセンスなのである。むしろ本質的問題と離れた所で言葉意味で争うことは、本来解決すべき差別問題から人々の関心も離れてしまうし、害悪しかない(と言い切ってしまうのもちょっとヒドイかもしれないが)。

余談。

ゲイも、トランスジェンダーも、在日コリアンも、ハーフも、黒人も、障害者も、相手を「キモい」と言って正義の名のもとに糾弾する光景をあまり見ない

うーーーん、せやろか。差別されている側も生理的な拒絶で相手罵倒することくらいあると思うが。もちろん、だから許されるというわけではないが、フェミニストのみを例外的糾弾するのは無理筋では。

2021-05-08

ついに「個人利益」にダイレクトアタックを始めたというのが池江責任論本質

オリンピック選手オリンピックにでたい、飲食店営業してお金を稼ぎたい、劇場は公演をしたいし、労働者お金を稼ぐために出勤しないといけない。

みんな自分利益大事なのは当たり前。コロナ防疫が社会全体の利益だといってもその自分への分配分は放棄しなきゃいけない利益に比べたら余りにも小さい。

でもみんなが自分利益だけを求めていたら社会は成り立たないのでそれを調整するのが政治役割だ。

個人が自らの利益を求めるのは当然でしょうがないので「自粛補償はセット」のようにその利益を満たしてやる代わりに

防疫に協力させる取引を引き出すのが政府の役目で、それがうまくできない日本政府はてなにおける批判対象であったはずだ。これまでは。


ところが変異株によるかつてない感染拡大の恐怖でそんな悠長な建前はあっという間にポイ捨てにされ、もはや「個人利益」が直接攻撃対象となった。

五輪の間接的な受益者ではあるものの決定権者でも何でもない池江に「私は自らの利益なんて求めません!」と宣言しろ踏み絵を迫ってるのである

かつて自粛警察攻撃対象は「実際に営業してる店舗」であったが事態はより先に進んだ。これからはもう「出来れば営業したいという願望」すら許されない。

コロナが収まるまで喜んで営業放棄します」と宣言し店に張り紙を出さないと焼き討ちにあうのもそう遠くない。

通勤だってそうだ。「会社テレワークにしてくれないかしょうがない」なんてのはもはや甘えだ。

「なぜ会社を辞めない。そんなに自分の金が大事なのか」と糾弾される世の中までもう少しだろう。


既に飲食店劇場が池江を叩くこん棒にされてるように、そうやって屈服させた事柄を新しくこん棒にして「〇〇は我慢してるのにお前は何をしてるんだ」とあらゆることを叩いて回る。

近所のスーパーに3日に一度買い物に行くことすら批判対象になるかもしれない。人間生鮮食品がなくても保存食サプリ生命維持が可能から

池江責任論の先に待っているのはそういう世の中である

anond:20210508121352

池江は可哀想ランキング超上位だからはてなでは何とか池江姫は擁護しつつオリンピックは叩きたいの。

社員は例えベタだったかもしれないが、この増田ブクマでは涙ぐましい理論武装努力結晶が見て取れるではないか

20歳の子に重すぎる責任~」とか。(池江の権力性を一切無視しつつ、子という単語を使って責任能力意図的な軽減を狙っている。見事)

利害関係でがんじがらめ、結局は籠の鳥」とか。(いい大人である池江が、環境のせいで個人判断能力を奪われているという構図を構築。見事)

「皆が不幸だからお前も人生目標を諦めろというのは違う、真に糾弾されるべきは~」とか。(誰が言ったかもわからないセリフを使い、真の敵理論で池江への攻撃を反らす作戦。見事)

成功者社会的強者かは直接関係ない、意思決定に関する権力配分の観点~」(権力配分という定義不明の謎ワード使用し、また強者性の有無を問わず関係ないと断定して池江の権力性を漂白。見事)

いか増田くん。

繰り返すが池江は可哀想ランキング上位者からはてなでは破格な取扱で遇さなくてはならないのだよ。

彼女権力であること、強者であることはあらゆる理論を駆使して希薄化、あるいは無視しなくてはならないのだ。

ブクマをよく読んで勉強するように。

この人は、短時間で言っていることは真逆? お風呂でシャンプ‐で滑って

id:tropicaloz 2021/05/07 22:07 https://b.hatena.ne.jp/entry/4702301480650811714/comment/tropicaloz

「そうか、君らアスリート国民がどんだけ死んでも自分たち競技勝利と栄達だけが大事なんだな」ってリプつけにいかないと

https://archive.ph/wip/MzQlv

id:tropicaloz 22021/05/07 23:25 https://b.hatena.ne.jp/entry/4702301445754187170/comment/tropicaloz

自分の食い扶持のために会社に唯々諾々と従い通勤してる奴らに会社を辞めろと糾弾していかないとな

https://archive.ph/wip/BYYXQ

anond:20210508005635

オリンピック選手と言えど自分よりはるか若い人を寄って集って糾弾してる様子みてオリンピックやめようって思う人はいないよな

いるかもしれないけどそれはキチガイに絡まれたくないが故のものだし脅迫と変わらない

2021-05-07

anond:20210507101018

なぜ平日朝だと働かなければならないんですか?

GWに合わせて休みを取っているだけかもしれませんよ。

夜間勤務かもしれませんよ?

専業主夫かもしれませんよ?


弱者男性への差別構造の良い例ですね。

「平日の一般的労働時間帯に働いていない男性糾弾されなければならない。」

反省しなさい。

あなたのような人がいるか日本マチズモから抜け出せないんです。

2021-05-06

野良猫に対するスタンス

野良猫に対してどう向き合ったらいいのか分からないでいる。

猫好きなんだが、好きって言いつつ飼ってないんだ。これからも飼う予定は無い。

SNS写真とか動画とか見て可愛いなあ、飼ってみたいなあって思うだけの人間なんだ。

何で飼わないかっていうと、猫って可愛いだけじゃなくて繊細っぽいし、粗相の話とかゲロとか繊維性の家具が…とか聞くと、どうしても自分には無理だって思うんだ。話が通じない動物だしな。

で、近所に野良猫がいるんだが、別に触ったり餌をあげるわけじゃないんだ。

猫がいるなあ、可愛いなあ、撫でたいなあ…と思って通り過ぎるんだ。

野良猫に対して、餌をやったり撫でたり、写真を撮ったりするのってなんというか、罪悪感が無いか??

ボランティアもせず、寄付もせず、糞の始末もせず、野良猫を可愛がるのって、野良猫の可愛さだけを教授してて、まるで泥棒みたいに感じで押しつぶされそうになるんだ。可愛さ泥棒

この例えが合ってるか分からないが、発展途上国に行って貧乏子供に会って、可愛そうだね、大変だね、食べるものがないんだね、じゃあポケットに入ってた飴あげるよ、ばいばい、で自宅に帰ってぬくぬくと過ごす感じだ。

単純に疑問なんだが、みんな罪悪感とかないのかな。

それとも、野良猫を可愛がってるのって極少数の人だけなのか?

もちろんボランティアしてる、寄付してることが野良猫を愛でる権利と直結してるとは思ってないし、特定の誰かを批判したり、糾弾したりするつもりもない。

ただ今日野良猫を見かけたから書いてみただけ。

anond:20210506123407

弱者男性などより車いす差別改善のほうが優先だろう

大勢JR糾弾するだけで簡単にできる

2021-05-05

撮り鉄けが憎悪され、河川敷バーベキュースルー若者の川で遊泳もスルー

けっきょく顔が悪い人が何かした時だけ何か理屈をつけて糾弾しているだけ

弱い者いじめ

開き直ったほうが得だし妙なトラブルを避けるために集団行動してからまれづらくする撮り鉄合理的

anond:20210504235853

別に問題ないとは思ってないよ

だって外面と内面があるやろ?

弱者男性レッテル貼りして糾弾するのはヘイトだけど、内心の自由社会不適合者を弾きだすのは誰にも咎められることじゃない。弱者男性を追い詰めているのは差別なんかじゃなくてこっちなんじゃないかな~

2021-05-03

anond:20210503235656

あきらめて一人でえっち漫画読むことにした男を「キモい!」と糾弾したあげく、その漫画社会から葬ろうとしたりしてねえ?

2021-05-01

一部フェミニストが既婚女性に対して使う「奴隷」って言葉

そもそも既婚女性の何処が奴隷なのか分からない、独身女性の方がよっぽど経済的に貧しくて奴隷だ…と思うし

何つーか、他人への蔑称として「奴隷」という言葉を使う神経が分からない。

社畜」も割とそうだけど。

自分を含む人間がこんなに理不尽待遇を受けていて辛いですっていう、抑圧者や社会全体に対する糾弾として

自称で「奴隷」や「社畜」を用いるならば分かるんだけど

そうじゃなくて他人を叩く意味で使う人達ってどういう神経してんの。

これだから従軍慰安婦を「性奴隷」と呼ぶ事にも賛同できないんだよな…今以上に被害者叩きの方に向かうのが目に見えているから。

anond:20210430194104

えっじゃあ「強者男性と同じ原罪を背負ってんだからお前らも糾弾されて当然」ってのさえなくなれば弱者男性の辛さってなくなるの?

じゃあインターネットやってなければ弱者男性なんて存在さえしないのでは?

anond:20210501025549

いつも職場暴言吐かれて辛いだろ。

暴言吐く奴こそ糾弾せよ!!

2021-04-30

anond:20210430173620

優しくしろなんて言ってねえのに上から目線説教垂れる奴なんなの?

最初から強者男性と同じ原罪を背負ってんだからお前らも糾弾されて当然」ってのをやめろとしか言ってねえんだよ

https://togetter.com/li/1706850

エロ本の表紙が過激だとゾーニングに支障があると言って叩かれるけど、「じゃあ優しい表紙にしましょう」ってやれば今度はそれが「わいせつ」として糾弾されるようになるんだな。

から言われてたけど、こうも露骨現実化するとは。

anond:20210430062435

卑怯だろうが何だろうが、今日を生き延びなければ明日はない

リベラル雇用を作ってくれない

ブラック企業糾弾して潰しても、ホワイト職場をあてがってくれるわけじゃない

ポリコレというカスミを食って生きていけるのは実家が太い奴だけ

2021-04-29

anond:20210429232449

開催→無観客やスター選手の参加ボイコットで史上例のないショボいオリンピックになる。

中止→IOCから糾弾されてウン千億円を請求される。

どちらにせよ詰んでる。

俺なら西暦2220年まで延期して月面でやる。

2021-04-28

タイトルハイフンが含まれてると除外検索になってしまうことにも気づかない情弱がこんなに多いとなると検索汚染糾弾されるのもしょうがいか

これまでなら「自分で気付いてハイフンを消してググれよそのくらいわかるだろクソボケ」くらい言ってたけどもう情弱にはそれすら難しいんだなということがわかった。俺が悪かったよ。

2021-04-23

スナッフフィルムについて書く

 「スナッフフィルムって知ってますか?」


 そう呟いたのは多分六年前だか五年前だったかと思う。その時俺達は喫茶店で、世の中の悪が何かについて話していた。

 その場には男の先輩が一人と女の子の後輩が二人いて、先輩は「知ってる」とぽつり。女の子二人は「しらなーい」とぽつり。

 勿論、俺と先輩はその話を掘り下げたりせずに、穏当に元の話題路線へと戻り、「やっぱ世の中気を付けて生きなきゃだめよ」みたいなことを言っていた。女の子二人はケラケラと笑っていた。


 ◇


 何で今更になってこんなことを思い出したかというと、当時テーブルを囲んでいた後輩の女の子が先輩と付き合って、破綻して、今朝がたtwitterで僕を含めた当時の関係者に対しての呪詛を書き連ねていたかである


(後輩のプライバシー配慮して中略)


 多分こういうのは、よくある話なのだろう。勿論僕はその後輩に横恋慕していて、そして二人の関係とか、あるいは時折後輩の見せる刺すような発言と態度に傷を負ったりしながら生きてきたのだけれど、そんなことは些事である。一々考えるようなことじゃない。

 ともかく、今僕がこの文章を書いているのは、後輩の女の子が僕と先輩を含む当時の関係者SNS呪詛を連ねているところを見たかである

 その呪詛がどんなものだったかというと、彼女曰く、「悪を糾弾できない存在も悪だ」、とのことであった。

 全くもって僕は彼女同意する。

 そう、悪を糾弾できない存在は悪だ、と。

 つまり彼女はこう言っているわけである。当時、破壊性向を持っていた先輩のことを僕を含む関係者は止めることができなかったし、そして、物事が落ち着くべき位置に落ち着いてなお、僕を含めた関係者は先輩のことを表立って糾弾したりするでもなく、あるいは罰したりするでもなく、淡々と日々を送っているのだと。つまり、先輩が悪であると同時に、先輩を裁くことなく静観していた、僕を含めた関係者もまた悪なのだと。

 全く以てその通りだと思う。僕は悪の片棒を担いでいるのだ。物事を正しく裁こうとなど決してしなかったのである


 一応、僕は見知っている後輩らが先輩に対して好奇心なり何なりを持っているのを見咎めると、「先輩は悪人から近付かない方がいいよ」と度々言及していた。(「悪」の具体的な内容についてはここでは伏せるが)

 とは言え、一見インテリジェントで気が利いて、かつある分野において顕著な業績を収めた人物である先輩に対して、後輩たちは僕の忠告をあまり深刻には受け止めなかった。あまり僕の忠告は功を奏さなかった。後輩たちの中には、今でも先輩に連絡を取り続けている子もいるようである。まあ、それはそれで良いのだと思う。僕は別に彼女たちを悪し様に思っていないどころか、先輩にだって悪感情を持っていない。彼女たちはそれなりに幸せそうであるし、今でさえ僕は先輩と時々食事をしたり、ボードゲームに現を抜かしたりしている。


 ◇


 さて、今からするのは「悪」の話である

 そしてスナッフフィルムの話である

 スナッフフィルムについてご存知だろうか?

 それは、快楽目的とした殺人行為撮影した映像作品のことを指している。特に商業意図を以て撮影されたものを指す。スナッフという言葉は、「ロウソクを吹き消す」という意味を持つ動詞であり、同時に「殺人」のスラングでもある。

 勿論僕も現物を見たことはない。そもそも、「スナッフフィルムは単なる都市伝説で、実在しない」という論も根強い。

 ただ僕は、二十年近く前にアングラサイトで「衝撃! 少女公園殺害される映像! 購入は以下のアドレスで!」的な宣伝がされていたのを見たことはある。そのサイトによれば、外国人少女公園で刺殺され内臓を引きずり出された後に、ガソリンによって燃やされるとのことであった。そういう宣伝を実際に目撃した人間からすると、スナッフフィルム実在するという立場から主張するほかない。

 (また、中東ロシアでの拷問処刑映像も広義のスナッフフィルムとみなすことができると思う)


 スナッフフィルムにおいて撮影されるのは、主に少年少女である

 主なスナッフフィルムの内容は、少年少女麻薬を与え、性的に高揚させた後で凌辱し、その後に殺害する、といったものであるそうだ。僕もよく知らない。正直この知識既存創作物から得たものなので、信憑性においては幾分問題があるかもしれない。

 いずれにせよ、仮にスナッフフィルムが伝聞の通りに存在するのであれば、それはこの世の悪を煮詰めた存在であると思う。

 何故そんなもの存在するのだろう?

 それは、恐らくそれを求める人間存在し、また、それを供給し得る人間存在しているからだと思う。仮に、ある人物が何かを要求し、その対価としての金銭を十分に示せるとして、何者かがその要求された何かを提供できるとすれば、多くの場合そこには商業取引が実現してしまう。可能物事が、不可能であり続けることは難しいのであるマーフィーの法則を引くまでもない。

 つまり、そのような商業的なやり取りは、人の意志を超えてしまうのだ。それが可能である限りで実現してしま事柄に、人の意志関係ない。そこにはある種のシステムが構築されてしまうのである

 そのようなシステムに根差しているのは、明らかに人間欲望暴力である人間にとってのある種の欲望暴力可能である時、そこにはシステムが出来上がる。システムは、金銭欲望達成を媒介に、暴力的に成立する。そして、人の意志とは関係くそシステム自己増殖し、その体系をより確固たる存在へと変えていく。

 「人々が欲望し、かつ金銭的対価を支払える事柄は、それが不可能でない限り実現する」これが、欲望暴力システムにおける定言命法である。そこでは人の意志に関わらず淡々物事が実現する。一度実現したシステムは、当事者意志で止めることはできない。金銭媒介に、システム機能し続ける。

 というわけで、世の中にはいわゆる悪が蔓延ることになるわけである。勿論、繰り返すようにスナッフフィルム存在都市伝説に過ぎない。「スナッフ」と銘打たれて販売された商品の多くが、作り物であるとも言われる。しかし、僕は「スナッフフィルム都市伝説に過ぎない」という発言に対して、どうしても疑義を覚えてしまうのである。そう、人の意志とは関係なく機能するシステムが世の中には既に構築されており、そのシステムの内部においては、可能である事柄はすなわち実現するのである。そういった原則を振り返った時に、快楽としての殺人不可能であると断じることが僕にはできなくなってしまうのだ。

 まあいい。とにかく、世界においては、可能である限りで、そしてそこに人の欲望存在し、金銭的な対価を示せる限りで、ある種の悪や暴力必然的に実現してしまうという、悍ましいシステムができている。我々は、そのようなシステムに向き合わなければならない。そのようなシステム糾弾し、ハックしなければならない。その在り方を上手く変更せねばならない、はずだ。

 とは言えそのような決意が実現されることは稀である。何故だろう? 我々は多くの場合悪を放置し、看過するしかないのである。それが不可能であるからだろうか? 我々に内在する欲望媒介機能するシステムを、我々自身が変更し、打破しようとする行為は、そもそも自己矛盾的だからだろうか? よく分からない。

 いずれにせよ、自身欲望に根差しシステムに変更を加える行為は、決して簡単ではない。我々は、そのような欲望暴力システムをどうしても看過せざるを得ない。


 それは、スナッフフィルムに限った話ではない。ある種の極度に暴力的なコンテンツに限った話ではない。我々の身近には、その手のシステムが息づいている。我々は、日常的に、そのようなシステムに触れることになる。我々は暴力欲望に根差しシステムに、普段から関与し、触れることになる。

 例えば、不均衡なコミュニケーションもそれだ。一方の話者の力関係が他方の話者優越しすぎたコミュニケーションは、暴力的な影絵を描く。そこには権力の不均衡が生じ、そして暴力欲望充足を生じさせることになる。そのようなシステムが我々の日常では機能しているし、何なら我々はそのようなシステムに組み込まれている。

 例えばそれは企業個人の力関係においてそうであるし、あるいはある種の閉じたコミュニティにおいてもそうである。そのような力関係において、いわゆる弱者欲望充足の手段とされることは珍しくない。我々の身近に、そのようなシステムは往々にして存在している。

 我々はそれを看過しながらに生きている。あるいは、そのシステム自身の一部として受け入れながらに生きている。

 何故なのだろう?

2021-04-19

anond:20210419202202

穏健派教師ばかりが過剰に糾弾されるから学校がギラついた体育教師気質の奴ばかりになりイジメ対策しなくなる

アニメだけ不当に糾弾されている

ウォーキングデッド普通に考えたらシーズン1か2で主人公が死んでないとおかし

主人公一味の生存率は異常

anond:20210418214503

弱者男性しかり、車椅子女性しかり、架空の性悪弱者捏造されて糾弾される

教師判断多数決で決定では、イジメられている被害者悪事をやっている解釈になって精神病院や転校エンド

スクールポリスを設置しても、警察なんてリア充なんだからヤンキーの味方をしてチーズ牛丼いじめお墨付きを与える組織しかならない

2021-04-17

ゲイ痴漢された僕がゲイ嫌悪するのは正しくないのか?

僕は高校生の時に満員電車で男に痴漢されてからゲイ嫌悪していて常に警戒しているのだけど、これはどうやら正しくない態度らしい。

自分の傷を見せてもいいかなと思えるくらい親しくなって信頼した相手に、過去痴漢被害ゲイ嫌悪感情告白すると、

「そういうの表に出すのは良くないよ。ゲイへの差別を広めるから。悪いのはあなた性犯罪をした男一人だけで、ゲイ全員じゃないでしょう?」

とことごとく説教されてきた。

被害感情否認された僕は腹が立って、特に相手女性だと、

電車で男から痴漢された女性男性一般を警戒するのは別に差別でもなく普通のこととされてるよね? 女性専用車両なんてものであるんだから

女性専用車両に乗ってる女性は『男は痴漢可能性があるから警戒してます』と公に表明しているも同じだよね? 口では言ってなくても、『公共交通機関で男のいない場所を選ぶという行動で」

「僕のようなトラウマを持った人間のためにノンケ専用車両ゲイ排除車両)を是非作って欲しいと思ってるけど、この主張は差別になるのか?」

乗客の脳をスキャンして性指向を判定できる技術でも発明されなければ実現は不可能としても)

こうやってまくし立てると、返ってくる反論はだいたいが、

だって女性ほとんどみんな痴漢被害を受けてて大きな社会問題から

というものだった。

「じゃあ、ゲイから痴漢被害を受けた男は数が少ないか社会から無視されていい小さな問題なのか? 痴漢被害男性というごく少数派よりも、ゲイへの配慮の方が優先されるのか? 男性個人が犯した性犯罪男性一般問題として被害女性糾弾して良いのに、どうしてゲイ個人が犯した性犯罪ゲイ一般問題として被害者の僕が糾弾したらいけないんだ!?

と再反論まですると、相手は傷ついた顔をして黙ってしまうので、

「ゴメン、なんか言い過ぎたよ。昔辛いことがあったから聞いて欲しかっただけなんだ……」

と誤魔化して話を終わらせてきた。本心では、ただ聞いて欲しかったのではなく、「あなたゲイ嫌悪は正しい」と同意して欲しかったのだが。

毎回そうなるので、もう人には話さないようにしている。

この文章を書いた理由も、フラッシュバック的に被害にあった時の恐怖と被害告白しても他人に認めてもらえなかった(逆に加害者ゲイ擁護された)悔しさが蘇って、吐き出さずにいられなかったからだ。

女性専用車両を引き合いに出したけど、僕の言いたいことは「女性専用車両は『男性差別』だから不当だ」というものではない。

男性から性的被害を受けた女性男性一般に対して警戒や嫌悪や怒りを表明して、さら被害を受けないように社会に求めることが正当であるとされているのと同程度に、

僕のようなゲイから性的被害を受けた男性ゲイ一般に対して警戒や嫌悪や怒りを表明して、さら被害を受けないように社会に求めることが正当であると認めて欲しいということが言いたい。

私はクソコラが嫌いだ

私はクソコラが嫌いだ。

ネットに数多存在するクソコラを見て笑えていたのは過去の話だ。

笑えなくなったのは私が間接的に「される側」になったためであり、この記事にはそれに関した懺悔の思いも含まれている。

この記事はいわゆる「お気持ち」であり、二次創作への個人的価値観もあり、また、製作であるが故に匿名にせざるを得ない情けなさをないまぜにした長ったらしい愚痴である

=====

インターネットには実写、イラストわず無数のクソコラが転がっている。

まだましなもの人物を雑に切り抜いて別の背景に合成したり、当事者から許可の降りているコラージュだ。(ぼっさんなどが最たる例だと思う)

故に、私がここで明確に「嫌い」とするクソコラは全ではなく、「製作者側の許可はなく、二次創作範疇であり、且つなんらかの二次的影響を波及させるものである

正直、公式画像使用している時点で本当に二次創作範疇であると言えるのかは微妙であるが、製作側が直接注意をしないのであれば黙認の範囲なのだと思う。

以下記事内でクソコラというワードが出た場合は、このように対象限定したものであるということである

 

また、大きめの主語となるため特定などに意味はないとは思うが、大なり小なりフェイク部分を混ぜることをご容赦願いたい。

(このような稚拙一方的な狡く読みづらい文章を読む物好きがいればの話であるが)

これは例えの話である

あるアニメにおいて、至極真っ当なキャラクター存在する。

そのキャラクター作品内では比較的人気は高くなく、しかし嫌われているわけではない。

性格や設定にある程度の尖りはあれど、それは創作キャラクターにおいては大して異様な特徴ではない。しかし、その少々尖った部分がそのキャラクターに深みを与え、個として際立たせているポイントでもある。

このようなキャラクターなど無数にいると思う。むしろこちらの方が基本的には多いはずだ。

こうしたキャラクターが、時にクソコラの餌食となるのだ。

 

今まで見てきた犠牲者達のパターンはいくつかある。例を挙げると、

画像の頭部を切り抜かれ、実写や全く異なる体型の別キャラクターの頭部にすげ替えられる

身体の一部を過剰に変形させ、原型からかけ離れた骨格になる

名称の似た別のキャラクターと融合させる

二次創作で誇張されがちな尖ったキャラクター性をより強調して変態性へ改変する

etc.

しょうもな……

問題はこれらのクソコラ犠牲者達が、前述の通り「作品内では比較的人気ではない」部分にある。

もしこのクソコラ対象がその作品で最も人気のあるキャラクターで行われていたとき不快感を顕わにする人々は多くいるし、それを声明する。

しかし、往々にして比較的人気のないキャラクターの数少ないファンたちは、これらのクソコラを楽しむ「実はそのキャラクター自体はどうでもいい大勢の人々」を前に閉口することがままある。

「言っても仕方ない」、「水を差したくない」、「自分が見なければいい」くらいの気持ちであると思う。

私もそうしたいと思っている。

 

こうしたクソコラにはさらに先の問題存在する。

それは、「キャラクターイメージの改変」だ。

少し前に、二次創作におけるキャラクター改変を糾弾する文章投稿され、話題になった。

私は該当の記事の(過激言動はともかく)内容については同意できる部分が多かった側だ。

二次創作をするにあたり、元のキャラクター性を捻じ曲げる行為は、それが必要でなければすべきではない……というべきか、「二次創作である意味が無い」というべきか……

 

特定キャラクター性を捻じ曲げたり、極端に誇張したりした作品群が広く認知されたときファン間においてあまりにもあんまりだと思える状況が起こる。

『(該当キャラクター)って、〇〇(クソコラによって付与された改変)だよね』

このキャラ改変が単独同人作家によるものであれば、作家性がついて回るためある程度「二次創作である」という感覚視覚的にも制限を与えてくれる。

しかし、クソコラは“公式画像使用している”という部分があり、故に“誰が作っても視覚的な作家性が希薄になる”のだ。

 

どういうことか?

Twitter蔓延する漫画の数コマの改変コラ画像がよい例である

その改変コラ画像は、誰が作ったものであるか、パッと見て判別できるだろうか?

少なくとも私にはできない。

そしてできないからこそ、製作者以外の人間別所使用拡散するし、更にその作家性は限りなくゼロに近づいていく。

作家性がほぼ失われた二次創作であるコラ画像が高い認知を得たとき、それは一定概念となって読者やプレイヤー認識に擦り込まれしまう。

これが最大の問題だと私は思っている。

変態ではないキャラクター変態とされたり

決して筋肉質ではないキャラクターがムキムキマッチョとされたり

言ったこともない台詞がそのキャラクター代名詞とされたり

……

そしてそれらの認識ファンの間で“常識”になる。

そしてとき無能製作側がそれを逆輸入する。

そのキャラクターを好きな者、製作に関わった私からしたら、かなり“““嫌”””なのだ

もし私がこの吐き出しを行う切っ掛けになったキャラクタークソコラが、「1人1回くらい」のものであれば何も感じなかったと思う。

ここまで汚物を垂れ流しているのも、そのキャラクタークソコラを年単位で作り続けている者たちが存在するからだ。

真っ当に作ったキャラクターが、そのクソコラによって「変態キャラ」にされているからだ。

 

この感覚はおそらく、「そのキャラクター純粋に好む人」「製作側になった人」にしかからないのだと思う。

実際、そうしたクソコラを笑って楽しんでいた人物が、己の最も好きなキャラクターにその歯牙がかかった途端に不快感を顕わにしたのを見ている。

 

クソコラに愛はなく、愛あるクソコラ存在しない。

そこにあるのは自覚のない悪意だけだ。

そのキャラクターは、お前のものではない。

 

何故ここまでこれらクソコラ嫌悪するのか。

それはかつて、クソコラとは言えないが若輩の私は知り合いの創作キャラクターを改変して遊び、当事者に苦言を呈されたことがあるからだ。

そのときは戯れのつもりであった。そのとき申し訳なかったという気持ちはあった。

が、いざ、しかも全く面識のない人間の手によって「される側」に立ったとき、愚かにもようやくその苦しみを理解してしまった。

ここ数年、私はそのことについてより深く反省し、恥ずかしかったと思い、思い出す度に身悶えするような懺悔の思いに苛まれている。

おそらく当該人物はもう気にしていないとは思うが、かといって許されたわけでもないと私は独り悔やんでいる。

これは自己嫌悪と、自己投影による己かわいさの苦しみによって引き起こされている嫌悪感の吐露だ。

 

よりにもよって商業方面での製作側になったため、そのキャラクターの全権を持っているわけではなく、個人的に釘を刺すことも出来ず、Twitter愚痴るのも都合が悪く、こうして匿名に甘んじている。

 

コラージュをやめろとは言わない。言えない。

ただ願わくば本来キャラクター尊重された上で二次創作が行われるようにならんことを。

 

 

[追記4/18]

記号については私が変えればいいだけのことに思えたので消した。

 

かに何かを強要している文章ではないし、反応に対して何か返すことはしないと思っていたが、私の文章の拙さ故に明らかに読み違えられていそうなことに関してだけ補足。

「人気キャラクタークソコラされない」のではなく、「人気キャラクタークソコラに対してはキャラクターを好む人間の母数が多いため不快感を口に出す方もそれなりに現れる上、人気キャラクターであるが故にクソコラによる二次創作認識は拡がっても同時にそれが公式ではないという感覚も伝わりやすい」ため、私が嫌悪している(記事内における)クソコラ群とは少しばかり性質が異なると考えている。

あらゆる事物には例外があることも理解している。

私がここでクソコラと呼んでいるのは、あくまで「人気が無い故に歯止めの利かなくなっているコラ画像」であって、すべてのクソコラではありません。

[追記ここまで]

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