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2019-04-13

anond:20190409195841

何を隠そうあの上野千鶴子先生京都大学文学部出身だ。

分野を選べば、文学部でもある程度社会実践に役立つ専門的知識を学ぶことができる。

役立たないと先入観敬遠してしまうのはもったいないことだよ。

anond:20190412100155

理解度に差があるのは知性に差があるからやで

おまえがねがってもはいれない京都大学先生はこういっておられます

http://www.pharm.kyoto-u.ac.jp/channel/social1.html 

2019-04-09

文学部に進学すべきでない理由

学問的態度が身につきづらい

文学部学問に重きを置く人が少ない。

私の出身大学京都大学)だと、大学院に進むのは1/4程度でしかない。

同じく京都大学工学部だと9割近くが院に進学することを思うと、割合が低い。

また、単位認定があまりにゆるく、出席してあとは超くだらないレポートを書けばほとんどの講義単位が出る。

4年間いて、単位で苦しんだ覚えがない。

また、卒業論文文字通りの参加賞であり、教授に1回しかも5分間ほどしか指導を受けなかったが

難なく卒業することができた。

以上のように学問を軽んじる風潮が蔓延している。

私は気を抜いて周囲に流されてしまったので学問的態度や論文の書き方が身につかず、

社会人になってから業務である分析レポートを書く際に色々と恥ずかしい思いをした。

学問するもしないも自己責任ではあるが、文学部高等教育にふさわしい教育体制を備えていなかったことも確かだと思う。

生涯年収が低い、就職が悪い

文学部は良い会社就職しづらい。

高校生にはイメージしづいかもしれないが、新卒で入った会社給与が低いと、

たとえ転職してもその低い給与基準に新しい会社給与も決まりがちなので、低賃金という状況から逃れづらい。

工学部を出てメーカーに入った友人が30台半ばで1000万円近くの年収を得ている一方、

しょうもない会社に入ってしまうと同じ年齢で500万円程度しか貰えなかった。

生涯年収では1億円以上の差が出てしまうのではないだろうか?

私の場合仕事の成績が良かったので上司特別年収アップを交渉したり、

アップしてもなお低すぎたので転職したりしたが、

いずれにせよそれなりにエネルギーを使うことになった。

また、転職すると業務内容や業務の進め方が変化するので前職で得た能力がかなり無駄になってしまった。

さらに、京大文学部場合都道府県庁市役所就職できればまずまず上出来という雰囲気があったが、

京大を出て地方小役人は悲しすぎる。

京大には多額の税金が投入されており、本人にも高い能力があるはずなのに、小役人で良いのだろうか。

私は滑り止めで出身地県庁受験し、内定を得た。京大生はあの手の試験は得意なので半月真面目に勉強すれば十分だったが、

公務員試験予備校で1年間勉強してやっと合格するレベルの人もたくさんいると聞いて、

そんな人達と一緒に仕事をするのは嫌なので内定を辞退した。

だが、それでも、文学部卒業する人にとってはまずまず上出来な就職先であり、仕方がなく小役人になる者も多い。

メリットが小さすぎる

大阪大学卒業セレモニーで金水先生が語った式辞がしばらく前に話題になった。

曰く、文学部学問本領を発揮するのは人生の苦悩に直面したときであり、その苦悩を客観的に捉えられるようになることがメリットである、といった趣旨のことだった。

https://withnews.jp/article/f0170724005qq000000000000000W00o10101qq000015619A

しかし別の分野でも同様のメリットがある。

たとえば両親が死にそうだという苦悩に関してはキューブラー=ロスが提唱した死の受容モデルを知っていれば、親の心理状況の把握や子の立場としてのメタ認知を得ることに役立つ。

他にも、心理学、ミクロ経済学などの知見も苦悩と向き合うツールになるだろう。

また、金水先生自身上記の式辞で述べている通り、

文学部学問は、例え企業就職しても、家庭に入ったとしても、一生続けることができます」。

そうであれば大学で学ぶ意義がどこにあるのか。

例えば高校教科書を引っ張り出して山月記を読むことは誰にでもできるし、アマゾンで買ったタタール人砂漠砂の女通勤電車で読むこともできる。

以上のように文学部メリットは、デメリット釣り合うほど大きくない。

負の社会的シグナルとして機能する

文学部を出た人間仕事に向いていない、専門知識を持っていない。これが事実であるか否かにかかわらず、このような考えを持っている人が社会には多い。

そうした社会の中で「大学文学部卒業しました」と言うと、上に述べた妙な先入観で見られることが多い。

文学部入学して、卒業することは、社会からシラけた目で見られることなである

それでも文学部に入って良かった理由

ここまでデメリットを並べたが、私はそれでも文学部に入って良かった。

コスパは確実に悪い。

しかし、私個人が持っていた疑問、すなわち文学とは何か? 文学の美とは何か? といった点に私なりの答えを見出すことができた。

これは社会的にはほとんど無価値問題である

しか私自身が個人的に抱いた疑問をひたすら考える4年間を得たことで、私が私自身の人生を生きているという感触を得ることができた。

けれども、繰り返すがコスパが確実に悪い。

年収が低くなるし、そうすると結婚しづらくなったり、良い医療を受けづらくなったりする。周囲から白い目で見られる。

このような現実的問題説明なしに、「文学尊い学問の一つだ! 大学就職予備校ではないのだから学びたいことを学ぶべきだ!」と無知高校生を焚きつけるのは大人社会的責任を放棄するに等しい。

から私は、基本的文学部に進学すべきではないと考えている。

私の場合世間一般よりもかなり地頭が良いので、なんとか世間並みの暮らしができているが、

普通の人にとっては文学部に入るというのは人生ハンディキャップだ。

から文学部に進学すべきでない。

2019-03-11

息子が京都大学合格した

親のひいき目で見ても勉強していない

赤本は買ったけどほとんど手を付けていない

センター試験数学時間が足りずに全部できなかったと悔しがっていたので「勉強してないからだ」と言っていたら自己採点の結果書けなかった一問以外は全部正解で197点だった

数学は六問解くつもりが五問しかできなかったと言っていた

そもそも地域のいわゆる進学校に行ってるのに模試を受けたら周りの塾や予備校に通って勉強してる友達差し置いて大抵学年上位に入っていた

なんだか釈然としない

その一方で大学へ行ってどっかでつまづいて苦労するのではないかという気もする

2019-03-09

いくら騒いだところで安倍政権の勢いはもう止まらない

~安晋の改革

2019年

国会において自分担当森羅万象であると答弁し事実上現人神であることを高らかに宣言

更に私は国家であると明言し立憲君主制に代わり古代以来の神権政治となる

満を持して新元号『安晋』が発表され新時代が始まる

2020年

東京五輪大成功に終わる それと同時に安倍晋三首相が2代目安倍晴明襲名内閣陰陽大臣称号を賜ることを発表

2022年

国号を「日本国から統一大日本君主主義鮮明連邦」(通称『晋』)に改める。

2023年

皇室廃止

2024年

メンバー一新して皇室が復活、晋王朝が発足 安倍晴明(元安倍晋三)が晋の始皇帝就任

2025年

成蹊大学東京大学京都大学吸収合併国内トップ偏差値

その後安倍政権は2051年の晋朝の滅亡まで続いた

2019-02-14

anond:20190214163606

数学における最大の謎: 望月新一と不可解な証明

日本人数学者が彼の分野で最も重要問題のうちの一つを解いたと主張している。困ったことに、彼が正しいのかどうか殆ど誰も分からないことだ。

2015年10月8日 Davide Castelvecchi

2012年8月30日の或る時、望月新一は静かに彼のウエブサイトに4つの論文ポストした。

論文は膨大(総計して500ページを超える)で密に記号が詰められており、10年以上の孤独研究絶頂だった。それらの論文はまた学界の突発的事件となる可能性を持っていた。論文の中で望月abc予想を解いたと主張した。abc予想は数論において他の誰も解決に近づかなかった27年目の問題だった。彼の証明が正しければ、今世紀で数学の最も驚異な業績となるであろうし、整数を持つ方程式研究を完全に変革するであろう。

しかし、望月自身証明について騒ぎ立てなかった。その有名な数学者は日本京都大学数理解析研究所(RIMS)で研究従事しているが、自身研究世界のどの仲間にも知らせなかった。彼はただ論文ポストして、世界が見つけるのを待っているのに過ぎなかった。

おそらく論文群を最初に注目したのはRIMSで望月の同僚である玉川安騎男だった。他の研究者達と同様に彼は望月が何年間その予想について研究していて、とうとう研究を終えたことを知った。同じ日に玉川は彼の共同研究者の一人である英国ノッティンガム大学の数論学者イヴァン・フェセンコにそのニューズ電子メールで送った。フェセンコはすぐに論文群をダウンロードし読み始めた。しかし、彼はすぐに"当惑した。それらを理解することは不可能だった"と言う。

フェセンコは数論幾何学という望月の分野の何人かのトップエキスパート電子メールした。証明の知らせは急速に拡がった。数日内に、熱のこもったおしゃべりが数学ブログオンラインフォーラムで始まった(Nature http://doi.org/725; 2012を見よ)。だが、多くの研究者達にとって証明に関する早期の意気揚々が急速に懐疑へと変わった。すべての人々(専門分野が望月のものと最も近い人々さえも)はフェセンコと全く同じように論文群に面食らった。証明を仕上げるため望月は彼の分野でも新しい分科をこしらえたが、純粋数学の水準においてさえも驚くほど抽象的なものである。"それを見れば、未来からの、または宇宙から論文を読んでいるのかも知れぬとちょっと思える"とウィスコンシン大学マディソン校の数論学者ジョーダンエレンバーグは論文出現の数日後にブログで書いた。

3年間ずっと望月証明数学的に未決定のままである。つまり、広くコミュニティによる誤りの指摘も無く、そして認められてもいない。望月は彼の研究理解出来るために数学大学院生が約10年かかるだろうと見積り、フェセンコは数論幾何学エキスパートですら約500時間かかるだろうと考えている。今のところ、証明全体を読めたと言っている数学者は4人しかいない。

これすき。

2019-02-12

anond:20171110125209

骨髄提供をした増田です。

「半角のアスタリスクをつけると見出しになる」と知ったので、今更ですがこの読みにくい記事修正しました(→ 「骨髄提供をしてみた」https://anond.hatelabo.jp/20171110125209)。たくさんのコメント等、本当にありがとうございます!この記事を書いてもう1年以上たったんですね。当時の日付で1位…まじか…ありがとう…こんなクソオタクに…

ブコメで「数年の間に複数回当たるとかそれこそ研究したほうがよさそう」とコメントがあったとおり、現在iPS細胞で…なんか…白血病を…治したいからそのドナーとして登録させてくれないかな?みたいな通知が来たんですが、証拠画像を撮っていませんでした。

詳しくは下記のリンクをどうぞ。

京都大学再生医療iPS細胞ストックについて: https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/stock.html

骨髄バンク再生医療iPS細胞ストックについて: https://www.jmdp.or.jp/qa/ips_stock/

登録されているのか、通知が来て要請があるのかわかりませんが、「登録嫌な人は期限までに返事ください」っていうのをスルーしたので、たぶん登録されてるんじゃないですかね。たぶん。

そういうわけで、私はブコメしてくださった方の予想通り「拒絶反応が起きにくいHLA型の組み合わせ」を持った人間なんでしょうね~。みんな頭いいな~~~!

今後要請されることがあったら…採血だけみたいだし、協力したいですね!でも京都は遠い!旅費よろしくお願いいたしま!!!グリーン席で!!!(強欲)

あと、ひとつだけ返事させてください。

「そんなに人の役に立ちたいのか増田は。」とコメントありましたが、

た、たちて~~~~!!!!!人の役にたちて~~~~!!!!!えっめっちゃ人の役に立ちたくない!?!?!?

以上数年が経ってすっかりアラサーになった増田でした。

2019-02-11

「2050年、日本は持続可能か」

そんな問いを立て、京都大学広井良典教授らが、日立製作所人工知能AI)を用いて、35年先までの未来シナリオ予測した。

 約2万通りの道筋が導き出された。広井教授らは10年以内に大きな分岐が来るだろうことに気づいた。(朝日新聞デジタル

https://bit.ly/2BwpLBF

2019-01-14

京都大学に受かっていれば」という風土の地

私の父母、叔父、叔母はほとんどみんな京都大学入学したいと思っていたようであるしかし、だれも合格することはなく他の大学に進学した。これは、例えば東北地方に私が生まれていれば叔父、叔母はほとんどみんな東北大学入学したいと思っていたが、だれも合格することはなく他の大学に進学したという状況と類似している。一般的に、ある地域国立大学学生はその地域学生としては最優遇されるという文化日本には存在するようである

そこで、私の場合小学校に通う頃から私がはたして京都大学入学できるかどうかが、親戚の間で微妙ニュアンスで関心の的となっていた。

ここで、父母、叔父、叔母の目線で考えてみたい。

1)もし、私が本当に京都大学入学した場合

(父母)叔父、叔母にとって良い点:自分の親戚の中で京都大学に進学したものがいることはそれとなく京都大学の影響が強い地域においては自慢できる

(父母)叔父、叔母にとって不都合な点:自分ある意味京都大学に進学するという夢を果たせなかったのに、甥が進学したということは、その甥に対して妬みの感情が生まれ可能性がある。そのようなネガティブ感情を持つことはできれば避けたい

2)もし、私が叔父、叔母と同じように京都大学合格することはなく他の大学に進学した場合

(父母)叔父、叔母にとって良い点:甥を自分同類と見ることができ、親密感を増す可能性はあるが、上記の妬み等のネガティブ感情を抱く可能性はなくなる。

(父母)叔父、叔母にとって不都合な点:とりたてて不都合な点はないように思える。

上記、2つの場合考慮すると、どうも自分親族が私が京都大学合格することを願っていないような気がする。しかも、結構関西エリア文化に属する私の親族はウェットであり、サバサバしていないので、なんとなく親族と接すること自体が嫌になってしまう。

上記の状況は、関東圏のサバサバした文化において「東京大学に受かっていれば」という場合にも当てはまるのであろうか?

このような感じ方は、とてもレベルの低い感じ方だとわかっているのにそれを乗り越えることがいまひとつできない。Is it true that time heals all wounds?

2019-01-07

東京都教育委員会学歴観について

かなり昔に都立高校生だった私が、現在の母校の位置づけを知るためにネット検索してみたらこんなのが出てきた。

概ね私が当時持っていた(学校の)レベル感とそう大きくは変わっていないんだけど、学区制がなくなって自由学校を選べるようになった結果として、ガリ勉してでも有名大学に行きたい子と、そんなに成績が悪いわけじゃないけど、受験勉強にばかり青春を捧げるのもちょっとね…という子がどの学校を選ぶかという差が出てきてるように思う。

http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/press_release/2017/release20170824_02.html

それにしても東京都教育委員会はずいぶん変わったなぁ…と思う。昔はあまり高校間のレベル差を強調しないよう、内申の比重を高くして、生徒たちを成績に応じて入れそうな高校に振り分けるのが中学校側の腕の見せ所で、いわゆる名門と言われる高校でもさほど倍率は高くなかった。が、そのことによってかつては東大等への合格者数が多かった元進学校凋落することとなった。(特に東京23区内では進学に強い私立校が増えたというのもあると思うけど。)

で、そのことに業を煮やしたと思われる都教委が出したのが「進学指導重点校」なるもの指定して学校間の競争あおり、かつての名門復活を目指す作戦だ(あくまでも私の推測だけど)。いかにもお役所っぽい書き方でごにょごにょ書いてあるけど、要するに偏差値で行くとトップが(1)進学指導重点校で、次が(2)の進学指導特別推進校で、それに続くのが(3)進学指導推進校だよね。

別に私はこのやり方が間違っているとは思わない。頭の出来が一緒でも塾に行く金や名門私立進学校に行く金のある子だけがエリート大学に行けるのではなく、安い学費でも進学に力を入れる都立高校勉強すれば名門大学に入れる…という選択肢を作ったんだからね。

そして、ここには「難関国立大学等」として「東京大学一橋大学東京工業大学京都大学国公立大学医学部医学科」というのが明記されている。関東圏の人であればだいたい納得するしかないラインナップではあるが、塾とか予備校でもここまで特定大学名を出さないのではないかと思うようなターゲットの絞りっぷりである

お金持ちの家に生まれなくても、努力すれば名門校に進学でき、将来有望職業に就くことができる」という意味では素晴らしい制度だと思う。が、比較的緩い制度時代都立高校生として青春を送った身からするとちょっとえげつないなぁ…という気もするのである

2019-01-02

京大までの受験の思い出

https://anond.hatelabo.jp/20190102063518

読んだらわたしも書きたくなったので書く。もう10年以上前の話ではある。

元増田と違い中学受験私立とは無縁で、片田舎公立中学公立高校卒業して京大入学した。

中学時代

勉強なんてほとんどしてなかったけど、テストでは常に学年トップで完全にお山の大将だった。

一方で家庭環境的にいろいろあった時期でもあり、また自分自身もいろいろ拗らしてた時期でもあったので、私立組やいわゆる英才教育を受けている人たちへの異常なコンプレックスがあった。塾なんかに頼るやつは元々馬鹿私立高に通って高いお金さないと勉強できないやつに勉強する意味はない、などと誰彼構わず吹聴していた。今思っても最悪の性格だった。

将来の展望なんてこれっぽっちも見えてなかった。大卒大人は周りに全然いなかったし、もちろん官僚なんて言葉も知らない。そんな中、ある日法事だかお盆だか正月だかで叔父に当たる人と久しぶりに会った。聞くと某地方総合大学工学部卒業し、自動車メーカで開発をしているとのこと。元々機械は好きだったので、その仕事をすごくかっこいいと思った。そしてそれ以上に、その人の身なりや車(といっても今で言うアルファードみたいな上位国産車)、余裕、羽振りの良さなど、あらゆるところに今まで自分の周りになかった、ハイクラスな何かを感じ、衝撃を受けた。今思えば(叔父には悪いが)お金持ちのモデルとしてはずいぶん控えめではあるが、それでもこの衝撃は大きかった。自分の目の前に一つの道が示されたような気がした。

そんな自分に両親はとても優しかった。自分選択意見をいつも全力で肯定し続けてくれた。今思えば自分可能性を広げるための最大限の配慮をしてくれていたのだろう。

高校入学受験勉強まで】

結局地元で2番目ぐらいの公立高校に行った。理由はいろいろあるが、自転車で通えるというのは大きかった。自宅から公共交通機関アクセスが最悪だったかである

この高校は一応進学校とは銘打っているものの、毎年東大ゼロ京大が1人いるかいないか旧帝大に数人、といった感じだった。相変わらず高校でもお山の大将だったが、高校は全国模試があるので自動的に全国の高校生と比較される。片田舎の小さなさなサル山で大将を気取っていた少年はここで初めて現実を知る。

1年生の夏、家族京都旅行に行った。古い街並みと近代的な景観が融合するこの街を、わたしはすぐに好きになった。さらに、この旅行の行程には京都大学観光が組み込まれていた。今思えば、両親がわたしのやる気を引き出すために連れて行ってくれたのかもしれない。ともあれ、権威シンボルである時計台自由象徴する立て看板鴨川百万遍の街並み、どれもが自分の心を強く打った。

ここに入ろう。自分にはその資質がある。

本気でそう思った。

そこから勉強を始めた。あんなに嫌いだった塾にも結局行った。恥を忍んで塾に行きたいと親に言ったときも、やはり親は快諾してくれた。塾は大手予備校講師OB地方でやっている個人塾だった。英語数学を教えてもらっていたが、ここの先生方には現在に至るまでお世話になっている。勉強だけでなく、自分の見識を大いに広めてくれた恩人であり、今でも頭が上がらない。

受験勉強受験まで】

高2の終わりぐらいまでは漫然と過ごした。学校の授業は地方国立MARCH関関同立といったところをターゲットにした内容であり、物足りなく思うことは頻繁にあった。しか学校の授業でつまずいているようでは京大もクソもない、という信条があったため、まずは学校の授業で習った部分は確実に押さえることを一番に考えた。

高3になると全国模試ランキング浪人生が入るので、順位や判定が一気に下がって焦った。先生方は「最初は下がるけと徐々に追いついてくる」と言っていたが、秋になっても成績は伸びずにただただ焦った。自分の立てたスケジュール通りにまったく勉強が進捗していないこともあり、更に焦った。焦りすぎてメンタル不安定になり、何度も勉強中に発狂した。振り回したシャーペンは何本も折れた。親には意味不明な理由八つ当たりを繰り返した。親はすべて受け止めてくれた。

高3の大晦日の夜、いつもどおり家の机で勉強していたのだが、うっかりそのまま寝てしまい、気づいたら新年を迎えていた。あまりの不甲斐なさに一人で泣いたのをよく覚えている。

受験勉強はチーム戦、という言葉がある。上でも書いたとおり、自分のいた高校は難関校の受験生が少ない。しかし逆にその分、似たような境遇の我々には妙に強い結束感があった。別に机を並べて一緒に勉強したりするわけではないが、模試の結果や参考書の話、志望校の話などをとりとめもなく話せる人が周りにいるというのはとても心強かった。模試の判定を見て落ち込んでいるとき不安でやる気を失いかけているとき鼓舞してくれたのは彼らであった。結果は人それぞれだったが、今でも年に一度は集まる良き友人たちだ。

試験

京大工学部センター試験の点数配分が恐ろしく低いので、気軽に受けた。特に数学足切りラインを除くと全く評価されないのでろくに対策もせず、1A2Bともに85点程度だった。ただ周りの友人が満点を連発していたので妙な焦りだけがまれた。

私立早稲田慶応を受けた。どちらも全く行きたいと思っていなかったが、練習だと思って受けた。初めての一人東京だったので異常に浮かれた。慶応試験前日、下見ついでに少し街を散策したが、これがよくなかった。壮大に風邪を引いた。熱で全く頭が回らず、とうとう英語試験の途中で医務室に運ばれた。医務室でひたすら泣いた。

京大2次試験の当日、出発前にわたしは親を呼び、これまで支えてくれたことへの感謝を伝えた。いろんな人に支えられてここまで来た。特に親の気苦労とサポートは計り知れない。そのことをどうしても当日伝たかった。わたしも親も泣いてわけがわからんことになった。

当日は自分でも驚くほど冷静に試験に取り組めた。数学試験試験官に手紙を書いているような気持ちで答案を作成した。結果的に完答できた問題はなかったのだけれども。


ところで、新年を迎えたこから自分の中のルールとして「前期試験不合格連想させるようなことは一切口に出さないし、心にも思わない」というものを設定した。「浪人したら…」「後期試験対策は…」といったことを考えることも禁止した。発言自由はおろか思想の自由まで侵害するという、今思えばドン引きするルールだ。バックアップを想定することは合理的であるが、その発想自体が心を弱くする、という根性論だった。今の自分根性論が大嫌いだけど、ともかくその時はそれが最善だと思っていた。自分なりに必死だったんだろう。

合格発表掲示開始時間には10分ほど遅れて到着した。すでに合否の熱狂から段落しているところで到着した形だった。手足が震えていた。すがるような気持ち掲示板を見た。番号があったので、また泣いてしまった。声を上げて泣いた。今までずっと無理をしてきて、辛かったんだということをその時理解した。その様子を見たアメフト部の人たちに囲まれて、胴上げされた。

【その後】

入ってから色々あったがここでは割愛する。卒業してからは某メーカで開発職をやっている。結局件の叔父と同じような道を選んだことになる。しんどいこともたくさんあるが、機械が好きなのでなんだかんだ向いていると思っている。


【さいごに】

一番お世話になった参考書の一つにチャート式があるが、この巻頭に記載されている「汗をかけ」という文章わたし世界で一番好きだ。短い詩なのでぜひ全文読んでほしい。

http://www.chart.co.jp/corp/00epitome/01what/asewokake/asewokake.html

「確実な道」を行く者は、「近道」を行く者よりも、汗をかかなくてはならないだろう。だが、その汗は、絶対無駄はらなない。君が、将来“かっこいい大人”“素敵な大人”になれるかどうか――それは、10代の時どれだけ「汗」をかいたかで決まるから

恋でもいい。グラウンドの上でもいい。

そして、エンピツを握ってでもいい。

フィールドは何であれ、思い切り「汗」をかく人であってほしい。


元増田にもあったが、受験はその構造上どうしても他者との競争の構図ができがちだ。しか自分自身の弱いところや意地悪なところや卑怯なところと徹底的に見つめ合い、自分の力で一歩一歩進むことに最大の意義がある。

すべての人に受験勉強というプロセス必要とは思わない。ただ、受験勉強を通して得られるものは決して少なくなく、ただの公式知識暗記ゲームにとどまらない、自分にとって大切なことを教わる大変よい機会だった。大学ではすっかり落ちこぼれ学生だったが、多種多様の人たちに出会い自分の見識を常に広げ続けさせてくれた京都大学には本当に感謝している。

センター試験まであと少し、全国の受験生に幸多からんことを。

2019-01-01

ワイが年末実家帰省したら職質されたやで

職業は?」って聞かれて「学生やで」って答えたら

「どこの?」って聞いてきたから「京都やで」って答えたら

京都のどこ?」って聞かれた

京都大学って意外と知名度低いのかとショックを受けたやで

2018-12-16

anond:20181216091539

文系は、研究大学とちがうところで、私立大学でやってね」

というのが今の国の考え方では。

筑波大学をはじめ、研究大学では、世界レベルでの競争予算人員も集中させろということなのだろう。

国文学研究やめたら日本語(の正統性)消滅するんだが

国文学研究大学でやっても良いが、

今の人員規模でやる必要があるのか疑問、ということなのだろう。

RU11 https://www.ru11.jp/

北海道大学東北大学東京大学早稲田大学慶應義塾大学名古屋大学京都大学大阪大学九州大学筑波大学東京工業大学

「RU11とは、研究及びこれを通じた高度な人材の育成に重点を置き、世界で激しい学術競争を続けてきている大学(Research University)による国立私立の設置形態を超えたコンソーシアムです。」

[] 話題東大生だけど

卒業大学所属企業知名度で、自分価値を決める思考は、自分評価不安定ものに変えてしまい、精神病の原因になる。

自分の実力だけで自己評価を決めれば、他者には依存しないので、安定する。

 

今の自分完璧に満足していれば、他人がゴチャゴチャ言っても、全然影響を受けない。

俺はその方が幸せな気分になれると分かったので、自分自分評価を決めることにした。

 

東大」といっても、日本国内ではブランドだけど、グローバル基準なら東大世界ランク30位とか40位とか低いからね。

そんなので満足できるようなら、ちっぽけなプライドしか持ってないという証拠だよ。

 

もしも自慢の道具、人生安全牌として学歴を使いたいなら、ハーバードケンブリッジを目指した方がいい。

ここなら外国でも自慢できるね?(実力主義の人にとっては、まったく意味のないお飾りだけど)

 

イギリス高等教育専門誌「THE(Times Higher Education)」は9月26日、15回目となる2019年の「THE世界大学ランキング」を発表、86カ国1250校以上(前回は1102校)の順位を示しました。

日本から東京大学京都大学が引き続きトップ100入りし、東京大学順位を4つ上げて42位、京都大学は9つ上げて65位でした。

2018-12-08

anond:20181207143515

中高の体育教師にそのような人が多く、運動音痴だった私は体育の授業が大嫌いだった。

大学の時のウェルネス先生運動音痴な私に対しても感じよく接してくれ、おかげで運動いから脱することができた。その先生京都大学卒業生だったとのこと。やはり、学識があるだけでこんなにも違うのだと実感した。

2018-11-15

平成30年11月9日警察への通報について — 京都大学」について

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.kyoto-u.ac.jp/ja/about/events_news/office/kyoiku-suishin-gakusei-shien/kosei/news/2018/181109_1.html

 

いつも記事に書いてあることだけを前提に直結感想書き散らしていくはてブが、この記事に関してだけ「これまでの経緯を知っている」こと前提のコメントであふれてて怖い

 

例えばこのアカ

eirun 正しい態度だと思うんだけど、こうして学校側が自己の都合で警察介入を求めたからには、今後学内不介入原則なんてことは口が裂けても言うべきじゃないよね。そのレベルでの自治放棄したわけで。

突然何言ってんだ?と思うが、「今後学内不介入原則なんてことは口が裂けても言うべきじゃないよね」あたりを深読みすると

これまでに京大学内不介入原則を盾に、学生側が呼んだ警察を追い返した過去があるからそう言ってんのかな?くらいみえてくる(そうなのかは知らん

とするとやっぱりこいつ関係者じゃん

 

車を止めた時点で監禁に当たるんだから学生擁護余地はないわけで

「経緯がよくわからないのでなんとも言えない」とか「警察を呼ぶとはチキン」とかまあなんかすごいな

京都大学について

http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/about/events_news/office/kyoiku-suishin-gakusei-shien/kosei/news/2018/181109_1.html

川添 信介(かわぞえ しんすけ、1955年 - )は、日本哲学者京都大学文学研究科教授

佐賀県まれ佐賀県立唐津東高等学校、京都大学文学部を経て、京都大学大学院文学研究科博士課程修了。大阪市立大学助教授を経て1996年より京大助教授教授西洋哲学史)。2003年西欧13世紀中葉における哲学の諸概念」で京都大学博士 (文学)。西洋中世哲学史が専門。

西洋哲学専攻で京大を出てるのに、この程度の声明文で自らの正当性世間に伝わると考えたのならもはや救いがたい。学生側の主張が何かを一切説明しないこの、外部の人間には意味不明な「説明」とやらから唯一分かることは、「話し合いを求めた学生に一切話し合いで応じていないこの人と京都大学姿勢」だけだ。

学生に殴られたなら遠慮無く通報すればよい。そんなもの自治とは関係ない。だが、これはどう見てもそういうレベル問題ではない。たかだか学生とき口先三寸で論破できない哲学教授に、最高学府看板を背負わせてはいけない。

2018-11-12

百万遍自転車事情

https://anond.hatelabo.jp/20181112183902

記事そもそも違法駐輪を取り締まられた側の文句なので実際8割方耳を貸さなくていいのだけれど、同じく百万遍自転車を止めていた身としては(ちなみに百万遍自転車を止めると言ってる以上元記事のひとは9割方京大生ですね)「言いたいことはわかるな」という気持ちにはなった。

この感覚説明するとしたら、「一般道スピード違反をした車すべてを問答無用罰金」に近いと思う。一般道路の上限速度は一応40km/h(追記:厳密には60km/hだった。雑な知識ペーパードライバーですまない…)になっているのだが、現実問題として一般道でそれを厳密に守ってない車はざらにいる。まわりがガンガン飛ばしてるなかでひとりだけ速度を守ってるとむしろ危ない、みたいな環境想像に難くなく、それらを容赦なく取り締まってたら感情的に反発するだろうなぁ、という話だ。

今回の例で言えば、百万遍は総数2万人とも言われる京都大学のお膝元であり(左京区に2万人いるのではない)、そのエリアには学生向けの飲食店が密集している。ランチどきになるとガガッとランチを食べにくる京大生の自転車でごったがえすのだ。あのエリア自転車道路歩道と一体化していて道幅が広く、交差点部分は簡単広場になっている上、飲食店以外にも利用するのにちょうどよさそうなドラッグストア存在する。立地的に違法駐輪のインセンティブが大変高い。しかしそれらの店の目の前には一切の駐輪場が用意されていないというのが現実だ。

もちろんすぐそばには京大のだだっ広いキャンパス駐輪場存在しているので、そこに自転車とめろよ、というのは正論だ。しかしたとえば1時間程度のランチタイムというのは徒歩5分の移動時間も惜しいわけで、近くに停められるのがわかっているのにキャンパス駐輪場を利用するのはめんどくさい。もちろんめんどくさがる方が悪い。そこに有料駐輪場を作って解決しようという発想は正攻法だが理不尽だ。なぜならそのすぐ横には京大キャンパスという広大な無料駐輪場が用意されていて、そこすら惜しむ人間たちには有料であること自体ギルティなのである。ついでに言えば有料駐輪場があったところで駐輪場があふれることは想像に難くなく、ここで起きると思われるのは「有料駐輪場からあぶれたひとが問答無用で取り締まられる」という地獄絵図だ。

悪いのはモラルハザードであり問答無用で取り締まって規律をただすのは正しい。俺がここで言いたいのは、擁護するのでも非難するのでもなく、違法駐輪を撤去することはなにひとつ解決策になっていない」ということである問題京都市における自転車人口が完全にパンクしていることそのもので、そのための方策キャパに見あったかたちでの駐輪スペース整備であると思われるのだが、当然ながらそんな余裕は物理的にも財政的にも京都市にはない。その結果やることが「違法駐輪の取り締まり」となった場合、構図としては「キャパオーバー自転車撤去して予算もゲット」という表層的には市民不利益を与える行動を選んでいるようには見えて、その対象となるのは帰結として百万遍ユーザーである京大生=学生がメインになる。ある一面を切り取った場合に、本来解決すべき不利益社会人ですらない学生に皺寄せとして与えている、というのは屁理屈だが一面において正しく、その辺の感情的鬱屈がああいった文章を書かせてしまったのかなぁ、と思った次第である

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