「田んぼ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 田んぼとは

2018-11-06

しあわせってなんだろう

しあわせってなんだろう。

幸せなんて主観的ものしかいから、先程の問の答えや定義は人によりけりっていうところなのだろうけど。

最近自分果たして幸せなのか?と考えることが増えた。

24歳。

周りには家庭を持っている人もいれば、学生として研究に勤しむ人もいる。働いている人も多くいるし、働き方だって様々。職種も様々。

わたしが生まれ育ったのは、とある地方都市ベッドタウン。小さなショッピングセンターはあるものの、特にそれ以外は何も無い。家がある住宅街を抜けると、田んぼと山に囲まれ田舎景色が広がっている。

子育てをするにはとても良い環境だったと思うし、実際、たくさんの子育て世代がこの住宅街に夢のマイホームを建てて移り住んでいた。

突然だが、人生とは選択連続である、という言葉がある。(byシェイクスピア)

当たり前のことではあるが、成長とともに選択肢は増える。

特にわたしたちのようや田舎で育った者にとっては、なおさらそうだろう。私立小学校中学校だなんて周りになかったし、車がないと駅にもたどり着けないような地域なので、ほとんど全員が地元幼稚園小学校中学校、と、同じルートを辿る(もちろん受験をしてみたり、別のルートを歩む人は少なからずいたが)。

わたしにとっての初めての大きな分岐点高校受験であったと思う。

田舎にちょっぴりコンプレックスを抱いていたわたしは、都市部位置するという理由だけで、この辺で1番の進学校に進んだ。

わたしは決して頭の回転がいい訳では無いが、昔から記憶力がとてもよかった。

おかげで普段は全く勉強をしない不真面目な学生だったわたしだが、テスト前の詰め込みだけでそこそこ学年でも上の方の成績を維持しており、高校受験もなんなくクリア出来た。

高校勉強漬けの日々だった。

地方進学校特有の、地元国立大学(A大学とする)を神聖視し、それはそれは宗教のように、「目指せ!A大学!」と朝から晩まで勉強に励む生徒達。

わたし多数派から外れることがとても怖かった。いつも一緒に行動していた友人達はみなA大学を志望しており、わたしも当たり前のように、なんの疑問も感じずにA大学を志望し、死ぬほど勉強した。

特に将来やりたいこともなく、母親から、「今の時代は女でも資格を持っていないと」と言われたので、特に何も考えず資格が取れる専門的な学部受験した。

死ぬほど勉強した甲斐あって、ストレート合格し、進学をすることができた。

周りの大人たち、親戚たちからは、優秀ね、親孝行ね、などといつも褒められたし、親もとてもわたしの進学を喜んでくれていた。

大学では、それなりにキャンパスライフを楽しむことができたので、専門的な学部だったため、他の学部のように授業をサボってみたり、全休作ってみたり、そんなことは一切出来なかったし、なにより実習が死ぬほどきつかった。

大学生にもなると、仲の良かった同級生たちは皆SNSをやっていた。

この頃から自分選択が正しかったのか、自分に問いかけることが増えてきた気がする。

関東私大に進学した友人はいつもオシャレなカフェインスタグラムにあげていたし、同じ大学に通いながらも全休をたくさん作って遊び呆けてる友人、地元高校勉強はあまりせずに恋愛満喫して専門学校に進学し彼氏ラブラブな友人、夜の仕事をしながら華やかな世界で生きる友人、

所詮全てSNSしか知ることは出来なかったので、切り取られたほんの1部だったのだろうが、やっぱり隣の芝生って青い。

みんなそれぞれ、たくさんの選択肢を選んできた結果として、様々な人生を歩んでいた。

大学卒業した後、わたしは今、地元公務員として働いている。

安定した職もあるし、高給取りではないけれど、実家暮らしのため、そこそこ自由に使えるお金もあり、趣味満喫している。友人もいる。誰もが注目するほどの美人ではないけれど、絶望するほどのブスでもない。

過去自分に会うことが出来て、未来から何かを伝えるという漫画みたいな経験ができるのであれば、もっといろんな選択肢があるってことに気づかせてあげたい。

子どもが欲しい。わたしも早く家庭を築きたい。もっとクワクするような仕事がしたい。素敵な彼氏ラブラブしたい。

華やかな世界に生きたい。都会に出たい。

どれも全然から選べる道だとは思う。

しかし、わたしにはこの安定したレールから脱線する勇気がない。

もっと勉強しなくて良い学校に通って毎日遊んでバイトして過ごした方が楽しかたかな?自分探しの旅に出てみてもよかったかな?たくさん男の人と遊んでたら、いい人見つけてもう結婚できてたかな?

わたしは今幸せなのかな?

もっと幸せ人生ってあったのかな?

この選択肢を選んできた自分人生以外の人生を歩むことは出来ないので、どの選択肢を選ぶのが正解だったかなんて今更わからないけれど。

今日わたしはいつも通り、実家リビングゴロゴロしながら、ツムツムのハート回復するのを待ちながら、この記事を書いた。

何が言いたいかさっぱりわからなくなったが、自分の言いたいことをつらつらと書いてみた。共感してくれる人も、贅沢なやつだと反論的な考えを持つ人もいるだろうが、暇を持て余した1人の24歳女の戯言としてさらっと流してくれたらうれしい。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

岡山用水路を塞ぎたいならお前らが金を出せ

県南だけで総延長6000kmあるんやぞこっちは

しか住宅地や通学路はほとんど柵着けて対策済み

工場地帯や離れの田んぼなんて町会で負担しようものなら数世帯で数百メートル負担せにゃあかん

うそんなところでおっ死ぬやつは死なせたほうがいいだろ。自殺だよ自殺

あと用水路は定期的に浚渫しないと機能しなくなるわけで、それは住民自分らでやってんの

本当の本当に全域に柵つけたらこれも困難だし、暗渠にしたらそもそもできねーよ

そうすると税金作業徴収する必要も出るけど、正直それくらいなら肉体労働で収めさせてほしい

ほんま他所もんは好き勝手ばっか言ってから他人事だと思いやがって

2018-10-28

anond:20181028053511

東京都民地方民を馬鹿にしているだろ?

みんな田んぼとか畑で作業していると思っているんだろう?

2018-10-17

https://anond.hatelabo.jp/20181017113734

お家の事情って逆に何よw

旧家とか名家では全然ないよ、ウチは田舎町医者よ。あん過疎地に後継ぎなんか来てくれるわけねえべww人家より田んぼのが遥かに多いんだぞwww利点は待機児童問題何それ美味しいの状態であることだけよwww

2018-10-12

anond:20181012033951

千田さんってやっぱり千の田んぼを持つ大地主だったのかな

2018-10-10

ひょんなことから田舎に来たら,自分と向き合えた話

ひょんなことから田舎にやってきた.田舎とは言っても,コンビニまでは徒歩5分,スーパーまでは徒歩10分.

もちろん人は少ないし,周りは田んぼと森の緑に満ち溢れているが,ほどよく生活には苦労しない.街道も通っているし,東京へは電車で帰れる.そんな程よい田舎


東京にいたときは,趣味が高じてものづくりをしていた.気づいてみれば大学博士進学一歩手前,研究すると覚悟を決めた矢先,とある縁でここへやってきた.


最近思うのは,「やりたいこと」と「できること」は違うってこと.「やりたい!」で飛び込んだ研究世界だったが,論文締切や学会発表は,やる気だけではどうにもならない.今更だけどつくづく感じている.

本業というのは,むしろ「やれること」で「できること」をこなしていくべきなんじゃないかと,そう思うようになったのは,こっちへやってきてひと月も経たない頃の話.


結局自分研究ではなく開発がしたかったんだろうな〜,と思っていたところに,友人がものづくりに誘ってくれた.これまた程よくモチベーションを保ってくれている.

「やりたいこと」を諦めるのではなく,「やりたいこと」は趣味として,自分のペースで続けることの楽しみを再確認できたかである

いつから「やりたいこと」を「やるべきこと」に,そして「できること」に錯覚していたのか...定かではない.


もともと周りに信頼されていないというか,「人から嫌われているんじゃないか?」という,猜疑心にも似た気持ちを心のどこかで抱えてきた.

しか自分に足りなかったのは,「成功」でも「称賛」でもなく,「自然」と「人とのふれあい」だな〜,と感じさせられる.

空が開けてとてもきれい,どこか風も心地いい.町の人たちもとても暖かく,ともすればこちらに永住したいような,そんな気にさせてくれる.(現実が許してはくれないのだが...


これと言って結論はないのだが,自然と緑に囲まれるのも悪くない,と思ったこ気持ちを,この場を借りて共有させて下さい.

2018-10-06

anond:20181006132437

別にフェミ女に興味も欲望も持ってないからなあオタク

田んぼに寄ってこようとする害虫くらいの認識だよ

2018-09-27

anond:20180927145106

米が早く取れる田んぼ大学じゃん、ダサっ

そんなんで志願者集まると本気で思ってるの?

2018-09-26

「1足す1は田んぼの田だよ」「ドラえもんはアンを取ってもどら焼きが好きなんだよ」

あと一つは?

2018-09-20

子供の頃住んでた糞田舎にいい物件があったか引っ越したい

正確には住んでたところから5駅ほど離れたところ、

それでも最寄駅の乗降客1日1000人もいないくらいの田舎

昔住んでたところは田んぼくらいしかなかったけど、引っ越し検討先は一応デパートなんかがあったりして、まあぼちぼち不自由なく暮らしていけそう。

でも住んでたのが子供の頃だから田舎暮らしデメリットイマイチ理解できてないんだよな。

2018-09-09

世の中は

Over40のKKOばっかりなんです。

MRI検査を受ける前に、タトゥーはなくても、頭に増量のふりかけをかけている人のせいで

人の英知たる精密機器MRIが壊れちゃうんですよ!薄毛のふりかけのせいで!

そんなに薄毛のふりかけが多いって事です。

気付くべきなんです、もうディストピアは来てるって事を。

美しく見える1020代も、瞼にのりをつけ、折り目を作ってます

瞳を大きく見せるためにサークルレンズを入れているのでこれもMRIで外さねばなりません

麿のような繭のアートメイクも同じらしいです。

日本は古来から農耕民族であり水田で稲を植えてそれをコメとして収穫し、

領主におさめるという年貢制度をとっていましたが、今日本の女子田んぼの稲のごとく睫毛を植えています

それはあたかも植毛のようです。同時につけま流行からまた失速してしまったようです。

恋人旅行をしてオイルクレンジングをしていないなら、田植えをしているかも知れませんね。

それでも「未加工」というハッシュタグ流行ってきているとか。

美しく装ったあと、さらに盛った加工することが流行っていましたが、これからは「未加工」だそうです。

美しい日本ですね。

2018-09-07

古田新田はどちらが優れているのか

昔ながらの場所に住み続けた古田と、新しい土地を求めて移住した新田

住むべき場所は一生ついてまわる問題といえるが、進化論的にどちらのほうが優れているのか、確かめたくなった。

その結果がこちら。

333古田 およそ64,500人

334新田 およそ64,300人

見事に肩を並べる結果に。

要するに、人間は住みたいところに住むのが良いということなのだろう。

なんだかこの結果をみてホッとしたような気持ちになった。

ところで田のつく名字で一番多い=繁栄したのは言わずと知れた田中だ。

4位 田中 およそ1,343,000人

田んぼを所有する人間よりも、中に住んでいた人間のほうが幅を利かすとはなかなかに皮肉が効いている。

ついで続く田のつく名字は以下の2つ。

11吉田 およそ835,000人

12山田 およそ819,000人

吉田に関しては良い(吉)田んぼなのは結果論だったのではないかとも思われるが、山田については山に資源豊富なことを考えると納得の行く順位とも言える。

今回の台風震災でも土砂崩れなどの実害が発生しているが、それをもってして尚、住む価値のある場所なのかと思うといろいろと複雑な気持ちになる。

豪族末裔である佐藤神事に仕えた鈴木天皇に仕えた高橋に比べると、ただ田んぼの中心に住んでいただけでこれだけのシェア築き上げたというのだから食べ物の大切さは推して知るべしと言えよう。

尚、疑問が生じてからこの結論に至るまで、もの10分程度で済んでしまうのだから便利な世の中になったものだが、もし今の時代に新しい名字登録できるとしたら一体どんな名字が将来繁栄しているのだろうか。

増田抜きでお答えください。

2018-09-04

翁長知事「戦う民意」〜「琉球独立」を促しているのは国民の無関心だ

抜粋しながら読書

野党問題

野党が支持されないわけ

左右いずれもガチガチ政治家は、いつまでもガチガチのまま、一割の支持者層で人生を終えてしまます。私は共産党の人たちにもずっと言い続けました。

政権を取るぐらいの気持ち政治をやらなければ、いつまでも一割政党でどうするのですか。これが正しい、あれが正しいと言って政権も取れず、あなた方は政党として支持者に応えているのですか。あなた方を信じて何十年も付いてきた支持者に不誠実ではないですか」 一割で正しいことを言っても、残りの九割に誰も興味を示さないのなら、政党としてやっている意味がないのではないか。 現在日本政党状況のように、「一強多弱」では政治が行き詰まってしまます。それぞれ一定程度の勢力を持ちながら勝ち負けがあるからこそ政治に緊張感が生まれ民意がそこに反映されるのです。それは政治家がいつも意識していなければならないことだと思います

9条があるから平和なのか

憲法改正派も、そうで無い人も、沖縄視点が抜け落ちているのだ

私は革新側も批判しています。「憲法九条があるから日本平和だ」と主張する人たちは、憲法埒外にあった沖縄負担のもとで、戦後日本高度経済成長平和継続があったという視点が抜け落ちています

政権の現状

この本が書かれたときも、そのあとも、民主主義は壊れ続けている

今の日本政治はまったく民意を顧みない。国権の最高機関たる国会も、行政府監視という役割果たしておらず、与党内においても異論封殺されています日本民主主義危機に直面しているのです。

「例の作家

沖縄押し付けた、沖縄基地に守られながら、「保守」を名乗り沖縄差別するという構図

そればかりか、「(普天間基地の)もとは田んぼで何もなかった」「基地地主はみんな年収千万円」と発言した有名な作家のように、自分たち日本安全保障を守ろうという気概もない人たちまでもが、実態とかけ離れた暴言を吐いています。そこには沖縄に対する無知無理解差別意識があります

独立するのか

沖縄差別しておきながら、独立を憂う矛盾、そして独立への道は"不本意"ながら舗装されつつある。沖縄への無理解の代償として

 沖縄という小さな島が、日米両国という大きな権力相手にして戦うことは困難を極めます。 そうした状況を前にして、「沖縄独立することを考えているのですか?」という問いが発せられます。 そして、そんな問いを受けるたびに、私は沖縄県民がここまで日本国民として受け止めてもらえないのか、と絶望的な気持ちになるのです。

もちろん、独立論は沖縄積極的に支持される意見ではありません。これまでは居酒屋談義とされてきました。独立論がまじめに語られ始めた原因は、むしろ本土側にあります。 基地削減を求める沖縄県民の声が無視され続け、これに対して「日本の四七分の一として認めないのなら、いっそ日本というくびきから外してほしい」「独立すれば沖縄意思基地をなくせる」という気持ちの表れとして独立論が語られます

今後、事態の成り行きによっては、独立意思を表明する人たちが、沖縄から数多く出てくるかもしれません。しかし、それ自体沖縄の不幸につながると私は思います

沖縄問題は、結局は合意形成に基づく民主主義問題帰着される

そして、沖縄独立を語る前に、日本本土覚悟を決めて、米軍基地を全国で受け入れて、しっかりとした日米同盟をつくってもらいたいと私は思っています日本国民一人ひとりが、基地問題自分のこととして考えて、そしてその集約が日本政治うごかしていくようにならなければ、真の民主主義がこの国に根付くことはないでしょう。


沖縄基地問題は、結局自治体と国の闘争という単純な話ではないのだ。基地問題に限らず、政治に関する無関心は、最終的に、大きな民主主義の傷となって日本国を蝕んでいくだろう。

ところで、この場合基地問題議論を終着させるのは誰の意見なのか?日本国民の多数決沖縄県民の多数決?まぁ、現時点ではおそらくそれのどちらでもなく、「政権多数決なのだろうな。

まぁ、「多数決」が「民主主義」と思っているような人も多いので、この国の民主主義には期待できそうにもない。(ヘーゲル弁証法や「止揚」は、現社でやったっけ?)

2018-09-02

その辺の田んぼや畑にいまだにカカシはいから、夜に人だとおもったらカカシだったはまだ全然リアリティあるし

プロパンガス全然現役だからプロパンガスを使ったアクション全然リアリティあるし

納屋から大きなダクトを出して脱穀してる様子だって普通によく見るし

都会が都会化するにつれ田舎景色常識の差が広がりすぎてもう収集がつかない気がしてくる

2018-08-28

夏が終わる

墓地から漂う線香

雨上がりのアスファルト

木々の下を歩いた時の腐葉土匂い

カブトムシを探し回った記憶

蝉の声

プール塩素

体育館バスケットボールをつく音

田んぼの中にはカブトエビ

日焼けした子供

あっという間に溶けるアイス

夏の間に鍛えられたビーチサンダルを履く足

見上げれば昼明かりの中の満月

夏が終わる

2018-08-26

anond:20180825190041

街並だけに限って言えば、日本風景は相当つまらんよね。仕事柄、全国各地に行くけどどこを見ても野山と畑、幹線道路に群がるロードサイドすき家マクドナルドラーメン店面白みのないショッピングモール、見所のない道の駅、寂れた立て看板家屋田んぼの中に急に出現するでかい工場、そんなのばかり。これをふるさと原風景として暮らす人々の事を哀れに思う。俺の事だが。

2018-08-23

禁煙者「1本だけ吸ってみよう」

大雨の中、田んぼ確認しにいく人

2018-08-19

anond:20180818205715

だよね

素直にヘクタールと言ってほしい

田んぼにしたら米が何トン撮れる面積だと言えば日本人なら誰でも分かる

2018-08-12

姉が帰ってくる。

姉の話をする

初めに、俺は姉と二人姉弟で、年齢差は3歳差だ。

俺たちは自営業の親のもとに生まれて、今は親父の仕事を俺が継いでいる(とはいえ親父もまだ現役である

田んぼに囲まれた片田舎で、通学はバス通学。

車はおろか車輪のつくものを持っていなければ街にもいけない。

近所の子供は両手に収まるくらいしかいない上に同級生は1人だけ。

そんな田舎で俺達は伸び伸びと成長した、と思う。

俺と姉は割と姉弟仲が良く、遊び相手としてはちょうど良かった。

姉はなんだかんだで弟である俺に甘く、喧嘩はすれど結局は譲ってくれることが多かった。

から俺も結構姉に甘えていたんだと思う。

ちなみに、反抗期対象は姉だった。

何かと姉の言動が鼻に付いたのだ。

姉は、弟の俺が言うのもなんだが、そんなに頭がいいわけでもなく(一緒に公文式をやっていた)、俺よりも字が汚く(同じ習字教室に通っていた)、俺よりも運動ができなかった(同じ武道をやっていた)。

言ってしまえば、姉が何かで表彰されるたびに、俺がその一段階上の賞をとってしまったり、身体能力を上回ったりした。

そして何より、姉は、ゲーム音痴だった。

から多分、当時の俺は見下していたのかもしれない。

姉の優しさに甘えて、姉の言動に一々噛み付いていた。

しかけてくる姉に、苛立ち、ドジをする姉に虫唾が走り、それでも朗らかに笑う姉にどうしようもなく腹が立った。

その頃の俺は中学生くらいで、生徒会をやったり、部活をやったりと忙しく駆け回っていた。

一方の姉はといえば、第一志望の高校に落ちて、県立の進学校へと通い、中学時代は学年10位以内をキープしていたのとは反対に、学年のワースト10から数えたほうが早いという堕落しきった学校生活だったのだ。

からそんな姉に、たぶん矛先が向いたのだろう。

そんな姉への反抗期は、俺が姉の落ちた高校に受かり、姉は短大へ進学したあたりで収まった。

気付けば、俺は高校サボりがちになり、姉は短大バイト自分で立ち上げたサークル活動と忙しく駆け回る。

まるで正反対だと思った。

姉は、本を読むのが幼い頃から好きで、小中高と多読ランキングに名を連ねており、姉が進んだ短大も、司書育成の短大だった。

そんな姉は今、東京にいる。

嫁さんをもらって、親父の仕事を継いで、地元に腰を据える俺と正反対に、独身の姉は東京派遣社員をしながら飲食店バイトをしている。

姉の部屋は色々あり、既に物理的に存在がなくなって、今は、年に一度、実家の手伝いに帰ってくる。

ばかで不器用で鈍い姉は、土産センスだけは、とても良い。

2018-07-30

ハザード地域には何を建てるべきか

災害が起きてもセーフなものだけを建てられるようにするとして、そんなものあるのだろうか

公園

駐車場

モデルルーム

田んぼ

ソーラーパネル

うーんうーんどれもピンとこないぞー

そう発想の転換……水が溢れてもセーフな……

!!!

プール

2018-07-28

関東増田民台風で危ないか田んぼの様子は見ておけよ

軽トラは注意して運転するんだぞ

2018-07-20

anond:20180609110730

平成に入ってからだと思うけれど、以前島唄という沖縄民謡作法に則って作られた歌があって、結構売れた。

内容はよくよむと反戦侵略された側のための内容だ。同じシングルB面もそんな感じ。

でもまあ、本来沖縄歌謡の人から最初沖縄出身でもないし本来沖縄民謡でもないから受け入れがたいと嫌がられたんだけどね。

 

島唄ネットの幼いおばかさんたちに分類させればサヨクの歌、愛国心がない歌と分類されるんだとおもう。

(それ以外にも1970年代フォークソングは大体反戦歌だ)

同じく、こないだのあれも愛国心のある歌、ありすぎる軍国的なウヨクの歌と分類されるだろう。

 

歌をつくる人はそんなこと思って歌詞かいちゃないよ。

歌にできる個人の思いなんてその場限りのもの、揺れ動いて当たり前のものなんだ。

「みんなの思い」なんてもの幻想にすぎない。あるのは「思惑」くらいだ。

 

歌を政治的主張自衛隊をどうするかとか憲法をどうするかとか)で

自説補強につかえる(けどそんなことはさせないゾ)というのがそもそもウヨクサヨク思い込みにすぎないよ。

愛国心なんてものはそのときレッテルにすぎない。(それをうまく歌に落とし込めてないならそれは歌としての問題にすぎない)

 

逆に目立つから自分もやもやイライラした気持ちのぶつけ先に利用できると考える、本来右翼でも左翼でもない人たちならたくさんいるけど。

歌の有無で政治が決まったりはしない。

君が代を歌ったら自衛隊が強くなるわけでもない。

(もしなるというのなら災害救助を受けている人はみんなせっせと歌うだろうね)

自衛隊なり警察なり救急車なり、国や人を守る制度を動かすのは国会で決まった予算だ。

バカバカしい話だ。

まり本当の愛国心お金だ。税金を払う人は愛国心がある、なら言ってもいい。

歌を歌ったところで「愛国心」で救われた人や村や田んぼなんかビタイチ増えないよ。

ただ歌で気持ちよくなってCDを買う人がたくさんいればアーティスト所得税をおさめて「愛国心」を証明できる、てのはあるだろう。

そのためにアーティストはだれかをなるべく気持ちよくさせるような歌をつくる。

その意味では島唄もあれもおなじ愛国的な歌だ。

それだけのことだ。

 

1000年経ったら島唄もあれも平成百人一首の中に同時期の歌の例としてならべられてる程度のものだよ。

まあ、歌としてできがよければ、の話。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん