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はてなキーワード: 評論とは

2018-06-19

Mを取り巻く現状

2018-06-14

はてさの皆さんのRADについての彼是

なんというか音楽評論として雑すぎる。

2018-06-13

ラブコメハーレムもの終盤の人間関係のたたみ方

「りぶねす」という漫画を6巻まで読んだ。シスコン兄とブラコン妹を軸にしたお気楽ラブコメもの

ちゃんかわいいサブヒロイン幼なじみかわいい。あとおっぱい。読んでて楽しい

 

7巻以降はAmazonレビューを見て買うのを一旦やめた。

「そうはいっても兄と妹でくっつけるのよくないよね!」とばかりに兄妹それぞれに恋仲相手をあてがって

お互い嫉妬したりなんだりのアンニュイ展開で読んでてあんまり楽しくないらしいので。

 

古来からラブコメものには「ライバル」「当て馬」「サブヒロイン呼び方はなんでもよろしい、

恋人未満の二股・三股相手はつきものだけど、楽しいラブコメで始まって終盤の身辺整理過程

主人公の誠実さを維持したままサブヒロインリストラに着手して鬱展開にハマる作品は珍しくない。

(鬱展開からまれドラマ性も否定はしないけど)

 

個人的にはポップに始まったラブコメ特にハーレムもの)は無理に決着つけずに

俺たちの戦いはこれからだ」エンドで軽く終わっても、全然いいと思うんだけど。

 

近年だと「ニセコイ」が割と事故ってた印象がある。

いちご100%」は「うそん」ってなった。(東城派)「オレンジロード」のひかるちゃん対応は割と軽かったな・・・

めぞん一刻」はどうだっただろう、「電影少女」は、「じゃじゃ馬」は、「うる星」は、「みゆき」・・・

と数多あるラブコメサブヒロインとの人間関係のたたみ方を分類・比較する論文の一つも書きたくなってきたところで、

すごいめんどくさくなって増田考えるのをやめた

 

で、タイトル回収なんですけど「ラブコメハーレムもの終盤の人間関係のたたみ方」について

比較検討してる本・評論記事ブログなどあったら教えて欲しい。

思い当たらなかったら気が向いたら書いて欲しい。タイプ別分類などされているとなお嬉しい。

「一途型」とか「クズ型」とか「自然消滅型」とか「死別型」とか分類できる気がすんだよね。

 

あと「りぶねす」7巻以降って読んだ方がいいかどうか、

既読の方がいたら◯か×か程度にご意見を伺いたい。

2018-06-12

イラストけが創作じゃない

SNS(主にtwitter)を見てると、アマチュアイラストレーター達が自分たち活動を『創作』という括りで紹介している。

そういうのがバンバン流れてきて、まるで創作イラストみたいな空気が醸成されてる、ような気がする。

瞬間的に共有しやすイラストSNSで人気になりやすいから目立っているだけだっていうのはわかる。

でも当然創作とはイラストに限ったものじゃない。

小説や詩やエッセイ評論分みたいな文芸はもちろん、作曲写真料理演劇ゲーム動画や、とにかく人の手で生み出されるもの総称して創作というわけで。

発信する側もシェアする側も、もっとイラスト以外のもの創作として認識してほしい。

オリジナルキャラクターを創ってそこに設定もりもりにして「ウチの子」とか言ってるやつも結局イラストありきだからね。

何が言いたいかっていうと、文章系の創作もっと広く親しまれるようになってほしい。

……とはいえ、「なろう」や「カクヨム」を異世界ものが席巻して、「Pixiv小説」が腐女子巣窟になってる以上、そもそもちゃんと発信できる場所がないわけだけど。

2018-06-06

anond:20180606180816

文学批評だと感想に毛が生えた評論のことを「印象批評」って悪口ぽく言ったりする。逆に素晴らしい印象批評というのもあって小林秀雄なんかがその筆頭と一般的には言われていたり。一方で蓮見重彦という人がその小林秀雄批評をこき下ろしたりと、「文学批評批評、みたいなジャンルがある。興味があるならすごく面白いよ。小難しいんだけど。

もしちょっとだけでも興味があるなら、筒井康隆が「文学部唯野教授」という小説を書いているので読んでみて。小説自体はすごいばかばかしいスラップスティックから、分からないなーと思いながらでも読み進められる。

評論とか批評とか

あらゆる分野に評論とか批評とか◯◯論とかあるけど、

個人的に「論じている」に値しないものが多すぎると思う。

何か別の呼び方をしてほしい。感想、じゃ軽すぎるか。

それか評論家の評論家でもいてくれたらいいのに。

2018-06-05

テキサス親父とは何だったのか

YouTubeにおいて人種差別民族差別ヘイトスピーチを行なっているチャンネル動画

5chハンJ民など有志らによって閉鎖やアカウント停止に追い込まれている件が局所的に話題になっている。

そんな騒動の中、ひっそりとテキサス親父チャンネルアカウント停止に追い込まれた。

これはある種のネット史上におけるマイルストーンであろうと思い、一ネット住民である名無しの感想という形でテキサス親父にまつわる思い出話を書き連ねたい。

テキサス親父は、そもそも冴えないアメリカおっさんだった。

いかにもステレオタイプ通りのアメリカ共和党支持者的、キリスト教的な言動を繰り返すだけの単なるおっさんだった。

そんな彼が日本で注目されるようになった転機はシーシェパード問題だ。

アニマルプラネットの放映する"Whale Wars(鯨戦争)"という番組アメリカにて2008年頃に大ヒットし、

シーシェパードと名乗る過激NPO捕鯨抗議活動海洋環境問題世間の耳目を集めていた。

テキサス親父はそんな潮流の中で「シーシェパードパフォーマンスに堕した差別主義者のテロリストだ」と早い段階でYouTube声明をあげた人物だ。

動画が発掘された経緯は定かではないが、これがネトウヨ層に大ヒットした。

字幕がつけられ、ニコニコ動画転載され、シーシェパード差別主義者で良識あるアメリカ人はそれを見抜いているのだと注釈をつけられ、ネットの至るところで動画拡散された。

少なくとも”Whale Wars”に端を発するシーシェパード過激傍若無人な振る舞いは日本でもある程度知られ、

その前身であるグリーンピースなどの諍いも含めて、捕鯨は当時のネトウヨ層にとって極めて重要問題だった。

そんな中でテキサス親父の力強い断言は、ネトウヨ層にとって大変感慨深いものだった。

テキサス親父は快刀乱麻を断つが如く「西洋的な価値観他民族伝統風習を野蛮だと断じるのは差別に他ならない」と論じた。この声明については今でも俺は賛成したい。

その後もテキサス親父シーシェパード批判する動画を相次いでYouTubeアップロードし続け、ネトウヨ賞賛される日々が続いた。

テキサス親父も人が良かったのだろう。ネトウヨリクエスト殺到したのか、共和党支持者らしい共産主義社会主義への批判を行うようになり、いつしか慰安婦問題にも触れ、ネトウヨ大好物の「マスコミ報道しない真実」に言及しはじめた。元々、陰謀論好きな一面も見受けられただけに必然的な流れでもあったかと思う。プロパガンダバスターが彼の二つ名だったし。

テキサス親父は一部のネトウヨに持ち上げられ続け、日本事務局なるものが発足し、

テキサス親父日本での講演会書籍出版される事になった。この頃すでに俺はテキサス親父への興味を失っていた。日本事務局幸福の科学の藤木なる人物が中心人物で、テキサス親父を取り巻く新興宗教きな臭い話を聞くようになったというのが非常に大きい。YouTube正論を言うテキサスおっさんは、そこにはもういなかった。

ハンJ板にてテキサス親父を振り返るスレッドが立ったので、別角度からの一意見としてレス転載したい。

テキサス親父ことトニー・マラーノ Tony Marano について記しておかなければいけないことがる

>あのおっさん自身は「差別主義者では無い」ということだ

>あのおっさんは、黒人の射殺に反対し、黒人教会から排除されたことに反対し

東南アジア人が災害にあって大量に死んだのを

キリスト教原理主義者が「あいつらはホモ売春ばっかやってるから天罰だ」と言ったのを反対し

フィリピンのドゥテルテ大領政策も「麻薬中毒の子供の母親気持ちになれ」と叩いてた

>もともと関心事はシーシェパード問題のほうが多くて

韓国叩きさえ、きちんと犯罪者個人国籍民族を分けて叩いていた

>じゃあ、なぜ、倒せたのか?

>他の奴もお分かりと思うが、日本スタッフのせいだ

>つまるとことろ、中国政体批判をトニーはやってるだけなのに

字幕では「支那支那!」と連呼

靖国の便所の屋根爆竹で破損させた韓国人を叩き

>トニーは「俺は韓国人全てが悪人とは言って無い」とか言ってるのに

字幕では「南朝鮮」「南鮮」とか連呼

ニダーの顔の絵や字幕を右上にもってきて「ウリたち土人から何もわかないニダー」と言わせたり

>トニーの言葉ではそこまできつくない言葉でも

字幕では「売春婦」とかなってたりな

>とにかくトニーと違い

日本スタッフ差別主義であることは明白だった

>そこに弱点があった

>トニー自身言葉ではなく、日本スタッフ字幕が俺の攻撃ポイントになった

このハンJ民は明らかにテキサス親父精通しているものテキサス親父動画通報を行なったと思われる事から

かつて愛した過去恋人の死に際を看取るような心境だったのではないかと察する。

そう。そうなのだ。かつてシーシェパード問題で先陣をきったテキサス親父は、もうどこにもいない。

パっとしないおっさん日常の延長で行なったYouTube時事問題評論極東島国特殊な層にウケて持ち上げられ、

やがては暴走して韓国人、中国差別に走り、YouTubeから動画チャンネルが削除された。それがテキサス親父歴史的経緯だ。

上記の内容を読むからテキサス親父差別主義者ではなかったという反論もあろうが、

近年は明らかに人種差別民族差別を率先して行なっていた。

その証拠はわざわざ挙げるまでもない。目を覆うようなテキサス親父差別表現を列挙するのは心苦しいし、YouTubeでのBANという事実だけで客観的評価は十分だろう。

(ちなみにテキサス親父自身個人アウカウントは今も生きている。BANされたのはあくまテキサス親父日本事務局だ。)

テキサス親父排他的で横暴、高圧的な価値観非難する良心的な一市民だった。

けれども彼はいしか排他的で横暴、高圧的な価値観を振りかざして民族差別をする側の代表になっていた。

深淵を覗く時、深淵を覗いているのだという名ゼリフとともに、テキサス親父の思い出をここに記しておきたい。

これはテキサス親父に対する個人的な弔文である

さよならテキサス親父

2018-06-03

アニメ評論がくだらないのはそもそも作品が幼稚だから。浅い哲学談義として表面的にごにょごにょすることはできても、社会において価値を認められるような生産的な行為にはならないんだよな。そもそも世間哲学不要論なわけでね。安いエンタメってのは社会性・政治性を帯びるものだけど、アニメはそのレベルにすら到達していない。少年少女心理描写がメインになってしまってる。詩としての深みもなく、安易テンプレートを組み合わせているだけのまがい物の心理。そんなもの大卒大人たちが大真面目に語ろうとする。文芸誌読んだら君の名はのくだらない考察してる東大教授がいて呆れてしまった。こういうの書けば受けるだろとか思ってるんだろうな。ラカンを出しとけばみんな黙ると思ってる。その感覚もう古いんじゃないの。よく実名でこんなもん書けるな。

そういえば村上春樹1Q84流行った時もくだらない精神分析考察書いてるセンセイがいたなあ。いまどきこんなもん書いてて恥ずかしいと思わないその感覚理解できない。

父さんな、障害年金打ち切られたから、アニメ評論で食っていこうと思うんだ

なるほど

2018-05-22

吹部出身者がリズと青い鳥が見て(ネタバレ有)

ネタバレ有なのでそれでも構わない方のみご覧下さい。






昨日レイトショーに駆け込んで観てきました。

まず初めに、私は吹奏楽におおよそ10青春を捧げた男です。担当楽器ユーフォニアムトロンボーンでした。

映画感想一言、素晴らしかった。

久しぶりにパンフレットを買いました。

吹奏楽出身者として映画を観ながら思ったことを書いてみたいと思います

まず、冒頭のシーンからずっと希美さんとみぞれさんは少しずつ演奏がズレています

音程(ピッチ)が悪いと希美さんは言っていましたが

二人で吹いていればそれとなく寄せて合わせていこうとするのが普通です。

冒頭の演奏ではそういった様子が2人からは感じられませんでしたし、

からだけでも2人は、ほんの少しだけずれた

平行線を辿っているような、

そんな印象を受けました。

吹奏楽部において人間関係不和が音に影響する、というのは良くあることでして、

ある程度歳を重ねると人間関係音楽に持ち込まない、ということが出来るようになったりもするのですが、

高校生というのはその辺りむき出しです。

感情がそのまま音に出ますし、

技量的にも不和による練習不足から

すぐにアンサンブルに支障をきたすようになります

しかし、だからこそ面白いという部分もあります

良い演奏を聴いて耳が肥えてきても

お世辞にも上手とは言えない高校生演奏に胸を打たれることがあるのは

の子たちがどういった高校生活を送って来たのか、それが演奏から透けて見えるような気がするからです。

まり上の話とは関係がないですが

冒頭のシーンを見たときに、

みぞれさんは、美人だなと思いました。

オーボエファゴットなどのダブルリードという楽器アンブシュア(吹く際の口の形)がやや特殊でどう頑張っても横顔が若干不細工になってしまうんですよね

アニメ表現ですから現実とは違う部分もあります

みぞれさんが楽器を吹く姿は美しかった。

話が逸れました。映画の話に戻ります

吹奏楽出身者として、

新山先生の件はちょっとないなと思いました。

いくら他に目にかけている生徒がいるとはいえ、

3年生の、しかフルートという花形楽器の中心人物で、コンクール自由曲でソロがあるような子の名前トレーナー先生うろ覚えだということは、まずあり得ません。

しかし逆に、あり得ない状況だからこそ、

希美さんの挫折感を更に煽る結果になったとも言えるかもしれません。

あそこまでの状況はないにせよ、

他人の才能に嫉妬する瞬間、というのは吹奏楽をやっていると感じたことがある人は多い気がします。

先輩、同級生、後輩、講師先生指揮者

この人には敵わないなと思わされた経験

私自身何度もあります

もちろん、他人との差に愕然としたとしても

その後、諦めず努力して、上手くなってやろうという気持ちはとても大事ですし、

高校生であれば追いつき、追い抜くということも不可能ではないでしょう

しかし、高3のコンクール、これで最後だというタイミングでそれを見せつけられることは

絶望です。

そして決定打になったあのオーボエソロのシーン。

希美さんの心情を考えると胸がしめつけられるような気持ちにはなりましたが、

あのシーンはただ、ただ素晴らしかった。

アニメにさほど詳しい訳ではありませんが、

後世に残る映像なのではないでしょうか。

京アニ楽器演奏シーンというとやはり思い出すのは涼宮ハルヒの憂鬱God knows…のギターソロですが、あれから10年が経ち、ここまで表現進化したのかと、圧倒されました。

みぞれさんや希美さん、その他の部員の表情だけでなく、

被写体深度が次々と移り変わり、映像がボヤけ、直接希美さんの視界を映している訳ではないのにまるで泣いているかのような表現

そして涙を堪え切れなくなった希美さんのフルートが息絶え絶えになってしまって音がかすれ、抜けてしま表現

そして何より、あのオーボエ

上手なオーボエは、

音が飛ぶんです。浮くんです。

それこそまるで鳥が飛び立ち、自由に空を舞っているような、本当にそんな音がします。

あのシーンはそれまでのみぞれさんの音にはなかったオーボエの独特な浮遊感が表現されていました。

名演としか言いようがないです。

音響の良い映画館であればオーボエの音が上から降って来るような感覚に襲われた人もいるかもしれません。正直、あの演奏聴くだけでも映画館に行く価値があると思います

あのシーンを見たとき

「音だけで、こんなにも繊細にものを語ることが出来るんだ」と、

そう思いました。

エンドロールに奏者の名前がありませんでしたが、あれはどなたが吹かれたものなんでしょうか。

あの演奏は、音で、芝居をしていました。演技をしていました。ブラボーと言わせて下さい。

最後に、

この映画ラスト差し掛かった辺りで

劇場版けいおん!!が公開された後に、宇多丸さんがラジオ評論していたのを思い出しました。

宇多丸さんは映画を観るにあたってTV版も全て視聴されたらしいです。

概ね絶賛されていましたが、一つだけ、

軽音部の面々が同じ大学に進学するという選択したことに苦言を呈していました。

というのも、軽音部は本来高校だけの期間限定、終わりがあるからこそ、儚いのだと

まぁそんなようなことをおっしゃっていたような気がします。(記憶曖昧なので大分脚色が入ってる気がします)

私も当時その通りだと思いました。

高校部活動には終わりがある。

からこそ楽しくて仕方ない一瞬一瞬が

一種の切なさを纏うのだと。

リズと青い鳥の終盤、希美さんとみぞれさんは各々別の進路選択します。

そのことがハッピーエンドなのかどうなのかというのは微妙なところだと思いますが、

この選択によって

リズと青い鳥という映画の切なさ、儚さ、美しさ、そういったものは際立ったのではないかなと

また、平行線だった2人が別々の方向を向くことで、コンクールに向けて1つに交わることが出来たんじゃないかな、と、そう思いました。

以上です。

とにかく、映画館で観ることが出来て良かった。機会があればもう一回観たい。

とりあえずサントラを買おうと思います

2018-05-21

anond:20180521154522

楽しいことがあるうちはまだ大丈夫くね?

この間、キャリコネコラムを読んでね、なんかキャリコネって、はてブについて評論する記事が多いんだけれど、大まかに説明すると「自殺するくらいなら会社辞めろって言うのは偽善者だ。会社辞めたあと復帰するまでのことを言えもしないのに、自分が一瞬いい気持ちになりたいだけで天使ぶって満足か」みたいな内容だったのね。

私は人生詰みそうになっても会社辞められなかった時期があるから、そう言ってくれて気づきを与えてくれる日を偽善者だとも思わないし、また偽善であってもかまわんと思ってるんだけれど、そのコラムニストの論に従えば増田がこれからどう復帰して生きていくかの道筋提示してあげられないか偽善者なのかもしれない。

その上であえて言うよ。

人生には休む時も必要だよ。

2018-05-14

anond:20180514180133

低能先生擁護するわけではないが「作者の意図を越えてテクスト解釈する」というのは評論ではありうる話だぞ。

2018-04-19

anond:20180419141313

BL好きでフェミニスト評論を書いたりする人って割りといて、なんか自分の都合のいい事言っているよなぁ…と思う。普通男性向けのポルノには批判的だったりするんだよ。それとBLは違うんだってさ!

2018-04-02

anond:20180402154219

今の時代は言われた側の意識けが正義なのでもう仕方がありませんね

辛いのが苦手な人に合わせてみんなでカレー王子さまを食べるしかないんですよ

そういうルールなら諦めもするんだけど。

一方では全知全能の神みたいな視点で「超何様だよ??」って極めて攻撃的で汚い表現意見をツラっとネット披露する人もいて、みんなどういう基準なんだ?とオロオロしてしまます

そのときは「オレ様のは評論芸術から…」「評論自由であり表現自由範疇から」とかそういう意識なのかな?

使い分けがよく判らん

2018-03-30

anond:20180330021658

うーん、あまりそう思わない。

ストーリー不要論大きな物語終焉などは90年代後半からゼロ年代前半に

腐る程評論議論が出ていて、当時はそういうものかなぁと思っていた。

データベース消費とかは現在アイマス艦これやその他ソーシャルゲーム構造を言い表せているとも思うし。

一方で、90年代くらいなんて、多くの若者は一切政治に関心がなかったのに

昨今のネトウヨ日本すごい系のTV番組などを見るに、個々の意見の精度はともかく

政治国体に対する関心は高まっていると思える。日本自分の同一視というか。

まり日本天皇などを巡る言説は若い人の間で一般的になっている。

これはデータベース消費を行なっているだけのオタクでは発生し得ないもの

大きな物語回帰しているんじゃないかと思える。

2018-03-25

anond:20180325132945

何度見ても素晴らしい評論です。何度見てもね。

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