はてなキーワード: 路上駐車とは
正直言って、電動アシスト自転車と電動キックボードによって、原付一種に求められてきた日常的な用途はほぼ代替できる。
そもそも原付とは、自転車に原動機を取り付けるホンダのカブから始まったものだ。自転車でよかったのだ。
日常の利用であれば電動アシスト自転車で十分だし、原動機が必要な用途も電動キックボードに代表される特定小型原付で事足りてしまう。
より速度が出したいならば、免許を受けて原付二種以上の車両に乗ればよい。
知っての通り、日本でしか走れない50ccの原付一種を作る体力はもはやメーカーにはない。
そもそもの需要が減っている上に、年々規制強化される排ガス規制に対応したエンジンを開発していくことができない。
また、規制への対応してもコストが本体価格に跳ね返り続けている。現在の原付一種は気軽に買える価格ではない。
生き残れるとしたら、郵政の需要があるスーパーカブくらいではないかと思うが、これも原付一種に留まる理由は特にないと思う。
普通二輪免許があれば原付二種モデルでよいし、免許がなければEVカブを特定小型原付とする方がよい。
車両が残る目があるとすれば、海外輸入の電動キックボードが原付一種の規格として扱われるくらいじゃないかな。
それらも免許不要な特定小型原付にダウンサイジングするか、運転しやすい小型二輪にアップサイジングしたほうが売りやすいよね。
原付一種よりより手軽な足である自転車に対しては、自転車専用通行帯の整備が行われている。これは実際よいアイディアだと思う。
実は、特定小型原付になる電動キックボードも自動車専用通行帯が通行可である。
これら二車種はエコの観点などで行政的にも推進されていくので、今後の道路整備により、もっと車道を走りやすくなっていくだろう。
現状の路上駐車がいかに迷惑かも自転車乗りたちのおかげで明確になり、社会問題化するところである。
そんな中で、原付一種は自動車専用通行帯を走ることができない。自転車専用通行帯でない車線の中の左端を走る必要がある。
そこは、自転車・電動キックボードと、原付二種・自動二輪・自動車のはざまでもっとも危険で不安定な場所だ。
だが滅びゆく車種のために割かれる予算はない。原付一種のための道路整備は今後もされていかないだろう。
30キロ制限が~とか2段階右折が~とかいう規制に関する指摘はまったく本質的ではない。
自転車と特定小型原付は常に2段階右折だし、特定小型原付は20キロ制限だが、これからも存在し続けるし道路行政上も配慮が進められている。
さっさと取り締まれ!←ちがくね?
あなた方が望んでいることは、交通事故による被害者が減ることですか?それともムカつく自転車乗りが罰金を払ってスカッとすることですか?
被害者が減ることを望んでいるなら、今の状況での青切符は反対してください。
自転車乗りに罰金を払わせたいなら止めませんが、「事故を減らすために!」とか正義のフリしないでください。胸糞悪い。
つまらない罰金を払うのが嫌になった自転車がこぞって車道を走るようになれば、車との事故が増えるのは当然。
しかも歩行者vs自転車ではなく、自転車vs自動車・バイクという事故になるので、事故の重大さは増えます。
交通ルールを守ることと、安全に走ることが必ずしも一致していないから。
その多くは路上駐車が原因。
自動車などに比べて速度の遅い自転車は、車道の中心を走ることで容易に交通の妨げとなります。
それを避けるには道路の脇を走ることが求められますが、それを駐車車両が容易に阻害します。
車にしてみれば、道路上を低速でフラフラと走る自転車はストレス以外の何物でもなく、そのストレスは簡単に人の判断力を鈍らせます。
これはあくまで確率論の話であって、倫理や道徳の話ではないです。
倫理的に考えれば、誰だって車道を走る自転車には優しくするのは当たり前だってことはわかってます。
ただし、それはあくまで自分に害をなさない存在だからこそであって、何かしらの理由で自転車側から邪魔をされた場合に、感情に負けてその正義が逆転してしまうのが人間です。
あおり運転が悪いことだと皆がわかっていてもなくならないのと同じです。
例を挙げれば、信号の前方に路上駐車する車両が止まっていることがわかっている状況であれば、あくまで左右の安全を確認した上で、信号を無視してでも自転車が先行したほうが自転車も車も安全が守られるという状況はいくらでもあります。
信号を待って自動車と同時に出発するほうが、お互いにとってストレスが高く、事故の確率が高くなるのは馬鹿でもわかることです。
その方が危険だとわかっていても、ルール側を疑わずに守らない側を咎める理由とは何でしょうか。
青切符という強制力を働かせる前に、自転車が安全に走れるための交通ルールの整備と、自転車のみならず、歩行者、自動車の運転手側にも合わせて啓蒙活動をしてからにしましょうという話です。
そうはいっても青切符は施行されるでしょうから、とりあえず予言だけしておきます。
青切符施行後、自転車被害者の自動車交通事故死者数は、歩行者と自転車の交通事故死者数とは比較にならないほど増えます。
増田で断言しても説得力がないことはわかってますが、そんなことも考えずに青切符導入を喜んだ人は、自分の苛立ちをぶつける腹いせで人が死ぬことくらいは覚えておいてください。
今の交通ルールと周知のままで自転車青切符だけを導入すれば、今より多くの人が死にます。これだけは言っておきます。
※追記
議論が進まないコメントして気持ちよくなってるやつ居るから先に釘を刺しておくよ。
・他人のためのフリはしていません。
終始、「安全のため」に青切符に賛成している偽善者に腹を立てている内容です。
今の状況での青切符は「安全のため」にはなりません。むしろ被害者が増える可能性さえあり危険です。
終始そのことしか言っていません。
「自転車乗りがムカつくから罰金を取れ」と言っている人には腹を立てていません。
そう思っているのに「安全のため」と偽善に振る舞って、青切符に賛成している人間に腹を立てています。
・理由を一切書けていなくありません。
「今の状況でルールを守ることと安全に走ることが一致していない」の一言に尽きます。
嘘だと思うなら都内の車道を交通ルールに従った上で走ってみてください。
ルールを守ることに比例して安全だと感じられなければ証明終了です。
ルールを守ることで返って危険だと感じたなら、素直に負けを認めてください。
なぜそうなるのかは要因が多すぎるので一例にとどめましたが、多くは路上駐車、つまり車側の違反行為です。
それに加えて、自転車側の交通ルールが世の中に浸透してないという状況的事実。
歩行者、同じ自転車乗り、自動車、それら全てが、ルールを守っている自転車に対する理解に不足しています。
そのような状況で、=ルールが世の中に浸透してない状況で、青切符というペナルティだけが実施されれば、ルールを理解しないで罰金を払いたくないと思考停止した自転車が車道に溢れます。
そうなれば車道上のストレス要因が増えることは必至で、それが事故増加の原因になるだろうことは誰が考えてもわかることです。
繰り返しますが、「今の状況で」青切符を導入するということは、そういう状況を招くだけだという警鐘を鳴らしているに過ぎません。
ルールをわかった上で明らかに交通を乱すような悪質な違反者については一切擁護しません。
なのであのヘイトをぶつける相手は自転車乗りではなくてバイク乗りであり、まだまだ取締りが足りてない警察です。
・その他コメントに対して
「こうしたらいいよね」の大半はそのとおりです。
だけど守っていない人が大多数なのも現実です。
もしそれが常識だとするなら、とっくにルールは浸透しています。
クソみたいなUIのソフトウェアを使えと言われても、だったら先にUIを改善しろと思うのが普通です。
・解決策
その上で、自転車を乗り始める時期の年齢から教育と周知を徹底してください。
教習所に通って免許を受け取った人が乗る自動車、バイクと違って、自転車に乗る人間の交通ルールに対する知識は与えられた環境によって差異が大きすぎます。
一番理解がないレベルに合わせて、視覚的に間違いが起こらないようなUIで道路標識を完備してください。
その後であれば青切符導入は賛成です。
・自転車に乗ったら頭が悪くなりません。
新しいわりにネガティブな話題になる某アリーナの近くに住んでいる。近隣住民として、某アリーナができて困っていることを羅列する。
規制退場をさせていたとしても歩道に広がる人には閉口する
たしかに警備員が駅までの歩道には数名配置されているが、その配備される範囲や時間は公演によるのか昨日はひどかった。また、アリーナから駅に向かう人があまりに多く、駅から帰宅する我々が交差点を渡れないこともある。
観客を迎えに来ているのか、終演に合わせたと思われる時間の路上駐車がかなりひどい
アリーナから1ブロック挟んだ先にはマンションが複数建っていて、周辺の道路は生活道路の側面もあると認識していた。しかし来場者はそうは捉えないようで、片側1車線の道路に最低限の間隔で車が停まっている。昨日のように寒いとエンジンはつけっぱなしだし、非常に迷惑
楽しい公演終わりにテンションが上がるのはわかる。が、奇声を発する人がいる
もともと、大きなバイクなどが週末に通ることもある地域なのである程度の騒音には慣れているつもりだったが人の奇声はまた種類が違うようで、夜も遅い時間に大きな声を道路で発せられると犬も驚くのか騒いでしまうし怖い
これは新しいアリーナに限らず数年前にできたアリーナに関しても言えることだが、開演前の周辺路上や商業施設内で時間をつぶすために座り込んでいる女の子たちが邪魔
そもそもなぜ開業に合わせて歩道橋を完成させなかったのか。そしてあの歩道橋が完成していたとしても、混雑はそう変わらないように思う。行政はマンションの建設も許可したのになぜあんなホールの建設も許可したのか。1ブロック挟んでるから大丈夫と判断したのか。
犯人が女性であることが(ほぼ確実に)分かっている未解決事件,という結構珍しいかもしれない事件。事件について調べてみると,迷宮入りするような事件にはあまり感じられないものの,発生からもう24年になるがいまだ解決していない。
愛知県警のページ(名古屋市西区稲生町5丁目地内における主婦殺人事件)。
https://www.pref.aichi.jp/police/anzen/sousa/houshoukin/nishi/nishi-199911.html
Wikipediaにも記事があるけど,コンパクトにまとめすぎていて却って分かりづらいかも。
https://ameblo.jp/maeba28/theme-10101274847.html
・年齢は40~50歳位(当時)
・頭髪は肩までの長さの黒色で、パーマが伸びたような感じ
犯人は左利きの可能性が高い。被害者が首の右側を刺されており,目撃証言によると左手を負傷していると見られる=左手で凶器を振るっていたと思われる。※一応,警察発表では「左右どちらかの手に怪我をしていた」とされているが,まあ目撃情報も絶対ではないし(見間違いとか),前提条件を限定しすぎると情報提供の幅が狭まっちゃうからね。
出血量から判断して手の怪我は静脈を傷つけており,自然止血はしないだろうと言われていた。おそらく治っても傷跡が残るレベル。
「左手に大けがをした(跡がある)左利きのおばちゃん(なお血液型はB型)」ってそんなにありふれた存在ではないと思うので,犯人の近所の人とかはピンときてもおかしくないと思うのだが…。
犯人の血痕が道路に点々と残っており,逃走経路が途中まで明確に分かっているというのもこの事件の珍しい点である。
犯行現場からまっすぐ最短距離で稲生公園を目指すのではなく,少しだけ遠回りしながら向かっている点が,後述する土地勘の有無について見解が分かれる一因となっているようである。
個人的には,「逃走中に進もうとした方向に人影が見えたので,別の道に進んだ」みたいな単純な理由かもしれないので,あまり土地勘の参考にはならないような気がしている。
2件の目撃情報は服の色が違っているのだが,さすがに手を大怪我して歩いている中年女性がたまたま同地域同時間帯に2人もいる可能性はほぼないと思うので,どちらかが記憶違いであって目撃されたのは同一人物なのであろう。
なお,凶器は現場に残されておらず犯人が持ち去ったとみられるが,目撃情報では「右手で左手を押さえながら歩いている」姿が目撃されており,一方でカバンを持っていたとか背負っていたという情報はない。どうやって持ち帰ったのかという感じだが,腰にウェストポーチみたいなものを身に付けていたのかもしれない。
犯人が現場アパートから徒歩で逃走したことは間違いない(血痕や目撃情報から)。分かっていない点は,近所に住んでいる犯人が家まで徒歩で帰ったのか,あるいは遠方から車で来てどこかに駐車しており,そこまで歩いて車に乗ったのかという点である。
警察は稲生公園付近で車に乗って逃走したのではないかという見方らしい。おそらく近隣住民の捜査は重点的に行ったであろうから(他に糸口も少なかっただろうし),警察がそう言うならそうかもしれない。なお公園付近の道路は路上駐車も珍しくはないらしく,車を停めていても不審ではなさそうである。
しかし車で来ているなら,公園で手を洗った後に無駄に公園をウロウロしたりしないのでは?という気もする(しばらく公園付近にいたことが分かっているらしい)。ただ,公園から協力者に電話して迎えに来てもらったという可能性はあるか(そもそも協力者がいるのか全く不明だが。いるなら2人で襲撃した方が確実に殺害できるだろというツッコミはある)。
現場に残されていた乳酸菌飲料(ミルミル)について,犯人が持ち込んだ可能性が高いと言われているが,人を殺しに行くのにわざわざミルミル持っていくやつおるんか…?という気もしてしまう。よく分からない。たまたまポケットに入れっぱなしだったんか?
ちなみにミルミルを飲んだのは犯人だとされている。なんで分かるのかと思ったが,玄関に少量のミルミルを吐き出した痕跡があったとのことなので,そこから唾液でも採取できているのかもしれない。まあミルミルが元々被害者宅に置いてあったものだとしても,なんで人を殺した後に勝手に人んちのミルミル飲んどんねん…とはなるが。
当該ミルミルの販売エリアが西三河地区限定だったことで,犯人が遠方から来た説の後押しになっているかもしれないが,個人的には,ミルミルに惑わされたせいで捜査が暗礁に乗り上げたのでは?という疑念も持っている。さすがにそんな単純ではないとも思うけど。
捜査は行き詰っているように見えるので,よほどの新情報がないと解決するのは難しそうだが,犯人のDNAは押さえられているので,急転直下で逮捕される可能性はある。まだ逮捕されていないということは余罪がないのだと思われる(実際,動機が怨恨っぽい(逆恨みや人違いも含め)ので,余罪がない可能性は高い)。
犯人が生きていれば60~70代くらいであるが,死亡している可能性ももちろんある。その場合は解決される可能性は極めて低そうである。
https://anond.hatelabo.jp/20230504221251
とか
https://anond.hatelabo.jp/20230504230548
(削除済み)
が話題だけど、そもそもなんで京都で共産党が強いか、って理由が書かれてない。
55年体制下では、非自民の最大勢力は社会党だったのは御承知かと思う。
何故かと言うと、京都では部落解放同盟(社会党の有力支持団体)への配慮(市への採用枠/生活保護・公営住宅その他公共サービスの優先需給枠/「差別だ!糾弾するぞ!」と謂えばどんな無理難題も通る風潮(特定地域の路上駐車が全く取り締まられないとか、どんなクレームでも飲まされるとかね))がいきすぎていて、その他の住民の暮らしを圧迫していたんだ。
※京都市環境局の職員(もちろん事実上無試験の採用枠)が毎年に近いくらい覚醒剤などの事件を起こして逮捕されていた時代すらあった。
それを、差別利権として真っ向から批判したのは共産党だけだったんだよね。まぁ共産党系の全解連(今の全国地域人権運動総連合)と解放同盟の仲が悪かったことが主たる理由なんだけどね。
だから、京都では共産党が普通の住民の味方って雰囲気が長く続いて、支持も広がっていっていた。ただ、こういった配慮が減るにしたがって共産党の京都での存在意義も減っていったんだよね。
京都での維新の台頭はそんな中でおきたイベントで戦後政治史の転換点のひとつになりそう。
余談だけど、更に遡れば自民党の重鎮野中広務と共産党の関係とか共産党と朝鮮労働党の関係とかまで出てくるけどそこまでは今は関係が薄いので。
更に余談だけど、30年ほど前までは公立小学校の先生から「投票は共産党に」とか電話が掛かってきた。今はさすがにないはず。
更に更に余談だけど、差別利権に切り込みまくってた共産党が現在ではそういったもの(女性差別とか)に食い込もうと頑張ってるところを見ると、当時を知る者としては真底失望する次第ですね。
ColaboがPDF文書「Colabo及び仁藤夢乃さんに対する誹謗中傷について」(以下「説明文」とする。)との文書を公表している。( https://colabo-official.net/kaiken2211/ )
一通り目を通してみたが、個人的に説明が不十分かなと感じたことを列挙してみる。
※これをもって不正不当とするのではなく、個人的にもう少し詳細な説明が欲しかったなという部分です。
※勿論、誰にも、私個人に説明する義務も義理もないので、裁判を静観します。(双方ともに明らかにしていない事実はたくさんあるでしょうし)
※暇空茜氏の告発等と見比べて、現時点で不正不当と断定する根拠は足りていないと思われます。仁藤氏とColaboの今後の活躍を期待します。
(説明文3ページ。文中のスペースは原文まま。)
都からの若年被害女性等支援事業の受託金、DV等被害者支援交付金、自主事業としての収益 が含まれる。従って、都からの事業委託を受けている関係でColaboが東京都に対して行う報告は、(1)~(6)それぞれのうち、東京都からの委託事業として行った部分についてのみである。
このとおりだとすると、Webでの活動報告は常に都への報告よりも数字が大きいか同じでないとおかしいのではないか。
実際はWebでの活動報告が大きいこともあれば、都への報告が大きいこともあるようだが、理由はなんだろうか。集計期間が微妙に違ったりするのだろうか。(年度と年とか)
(説明文14ページ)
Colaboと繋がった女性が、仁藤やスタッフとと一緒に辺野古に行ったことはあるが、それはその女性たち自身が自らの意思で参加を決めたためである。
(略)
それとも、表にはでてきていないだけで参加者の自由意思を担保する何かがあるのだろうか。
https://mobile.twitter.com/erishibata/status/1579847848740663297
仁藤夢乃さんの新刊を読んだけど、支援対象の「女の子」たちを政治活動に巻き込むのはかなりダメだと思うわ。様々な要因で追い詰められて、支援者・団体を頼らざるを得ない状況の被支援者と支援者では、権力が非対称すぎるから、きっぱりNOが言えるかかなり怪しいと思う。
また、仁藤氏の著作によると、少女のコメントとして「沖縄で、辺野古に行って、基地の問題を初めて知ったり」とある。つまり、基地問題を知らない人に対して、ろくに説明もせずに辺野古に連れていったように読める。もちろん口述なので、正確には参加前に行く場所や活動の趣旨はきちんとつたえていたのかもしれないが、ここからは読み取れないので疑念を抱かせることになっているように思う。
(説明文15-16ページ)
このデマは、「Colaboが産婦人科医に対し支援対象女性の自己負担相当額を支払い、それを東京都からの委託経費でまかない、その金額相当額を医師が寄付金として団体に寄付している」という、事実と異なる決めつけに基づいている。実際には、上記に述べた通り、連携する産婦人科医の「無料プロジェクト」対象の診療の場合には、都の委託経費は使用していない。
バズフィードの記事によると、自己負担部分を団体が負担し、同額を団体に寄付しているようだが、これはキックバックとはいえないのだろうか。
説明文では、自己負担分を「それを東京都からの委託経費でまかない」という部分しか否定できておらず、「そもそも自己負担部分の減額等は違法(療担規則違反)ではないか?」との批判に答えられてないと思うので、更に詳しい解説を聞きたい。
(できれば厚労省か地方厚生局からのお墨付きが欲しい。参入したい事業者・医療機関は多いはず。)
つまり、この説明文では「都の委託経費を不正に取得しているのではないか?」という問題には回答できていても、「そもそも医療機関からの自己負担部分の寄付は違法では?」という問題には回答できていないように思えた。
https://www.buzzfeed.com/amphtml/naokoiwanaga/free-pill-project-drsong
保険診療の場合、患者さんの自己負担部分は団体に支援していただき、後程同額を団体に寄附するという形で医療を提供しています。
(説明文19ページ)
バスは、他の車両と異なり長距離を走行していない上、夏タイヤと冬タイヤを季節ごとに交換して使用しているため摩耗が遅く、2014年製のものでも現在も十分使用できているというに過ぎない。
確かに違法ではない、が極めて危険であり安全のためにも速やかに交換した方がいいと思う。
一般に、タイヤの耐用年数は使用開始から4~5年、製造年から10年(ただし、保管環境が良好な場合。本件の場合は路上駐車なので、10年はもたない可能性が高い。)程度である。
タイヤ購入費用を計上しているのであれば、当該バスを新車で購入したとしても、まず優先的にこのタイヤから交換する必要があるのではないかと思う。
(説明文22ページ)
一般論として、車を運転していたら記憶にない傷(植え込みの木々に擦ったり)があることは珍しくない(バスなどのように大型車両なら尚更)が、「何者かが故意に車体を傷つけたことは明らか」と断定する根拠が書かれていないように感じた。
つまり、暇空茜氏の主張(昔からあった傷ではないか?)と弁護団の主張(故意に付けられた傷である)の双方が誤りの可能性を捨てきれないように思う。
(説明文35ページ)
当然毎年作成しており、現に委託事業の申請の際に毎年都に提出してきたが、公告について問題意識が乏しいままになっていた。このたび都から指摘を受け、取扱いを確認検討し、また過去の決算も点検した上で公告することとした。なお現在はホームページに掲載する電子的方法としているが、今後は合理的な公告方法のあり方も含めて検討したい。
ならば批判者による指摘は正当だったのでは?と思う。
(説明文1ページ)
弁護団は、このような、女性差別に根差す卑劣な嫌がらせを断じて許さず
(説明文5ページ)
このような支離滅裂な言説を繰り出し続けるのは、真実は何かなどには一片の関心もないまま、ただColabo及び仁藤を貶め、集団で嘲笑することに興じる、侮辱的で女性蔑視的な態度
少なくとも形式的にはColaboによる不正不当の告発の体裁を取っている相手に対して、「女性差別」「女性蔑視的」と言える根拠はなんなんだろう(説明文には入っていないが、会見では「リーガルハラスメント」「女性全員への攻撃」であるとの主張もあった。)。
法律には詳しくないが、これは名誉毀損にはならないのだろうか。その場合、暇空茜氏が行ったとする(弁護団が主張する)名誉毀損があったとして、相殺(お互いさま)になったりしないのだろうか。
仁藤氏のためにももう少し穏当な表現で事実に反するところを指摘していって欲しい。
(追記)
ここ数日、自転車が歩道に侵入せざるを得ない理由について延々と言い訳をしている人達がいて自分もちょっと考えてしまった。
小さい商店は駐車場なんて持ってないから当然のように買い物客は路駐してる。
自家用車だけじゃなくて、ガス屋・運送業者の中型~大型の車両だって要件があるからと平気な顔で路上に停めて作業してる。
あとこれに拍車をかけているのが人が乗っている状態であれば一時停車なので路駐にはならないって謎のルール。
たとえば道交法を守らせる側ではずの警察車両なんて中に人が乗っているのでセーフですって顔でネズミ捕りや張り込みの最中ず~~っと路上に居座ってるんだよね。
冷静に考えるとコレは異常な光景だよ。
日本って自動車産業が重要な内需だからって自動車業界に甘いんじゃないかな?
狭い国土に相応しくない量を売りつけるために自動車に対して過剰に甘い社会になってる。
まあ自転車も同じ問題抱えてはいるんだろうけど、アイツらはまだ大きさが小さいから許せる所がある。
自動車はマジでさ、両側に路上駐車されたらもう完全に塞がる道とかあるわけじゃん?
マジ勘弁してほしいよこの状況。
まあこれをアウトにすると警察が張り込みする時に不便だろうから一生変わらないんだろうね。
ほ~~~んま身内に甘い権力サイド共よね。
その場を離れてなければ路上駐車にならないぞ
https://twitter.com/tomiahonen/status/1502588098777079808
このへん英語までさかのぼって読んだけど結局どういうことなのか謎だった
・なぜかキエフまであとちょっとのとこにきてる補給トラック(積み荷は重い弾薬系メイン)が2週間60キロにわたって列をなして路上駐車したまま。2週間自主ひきもりはさすがに退屈なのか道からそれてそのへんの民家にこんにちわしてる民間トラックドライバーもいるらしい。で、キエフ周辺のロシア軍、弾無し状態らしい。
←なんですすまないの? 前後にけっこう戦車いるんでしょ? やっぱロシア軍に徴発された民間トラックドライバーが反抗的なの?戦場にいくとこまでは俺の仕事じゃねえよって? たんなるよくある共産的怠慢? まあ犬5匹で羊100頭ってうごかすことはできても人で人動かすのは無理なんかね…
・なぜかウクライナ側はそっちからなら必ず通るってわかりきった一本きりの国道(意訳)を待ち伏せも攻撃もしてないらしい。←一時的に橋でも落としたのかとおもったけどそういうこともないらしい。まあ人道的にはそうなんだろうし、そもそもウクライナの所有する大事な国道なんだろうな。大事な交通路を自分から壊してしまうほどおいつめられてもないし。
・なぜこれでほぼ負け確なのにますます悪行詰んでるのプーチンさん…←やぶれかぶれなんかね?
別途
RANKINGって、RANK+KINGだと思っててんだが、RANK+INGらしいな。
知ってた?
世の中にはチャリこそウゼーという者の多なれど、チャリと同じかソレ以上にウザき者ランニングマンならんや
走るのに必死で余裕がねーから周り見てないんだけどそれを走るのを頑張ってるんだから仕方ないでしょで許されようとしてる
人の行き交う大路を勝手にテメーのトレーニングコースにしておいて全力で走ってるから周りが見えないんですだと甘えるな
ジムに行け
ママチャリっぽいのに電動アシストで意外と早いのだったりカッコイイ外観のクセにジジイチャリンコ並みのスピードだったり
ふぅー!マジ最悪!
3人で歩いてるときに2・1で別れるとボッチっぽいよね~~をいくつになっても気になっちゃうのね乙女かしらん?知らんわしねえ!
まあ大学生ぐらいなら多感なお年頃、ボッチへの恐怖で多汗が落とし所。落とすべきはてめえのタマじゃけえ死ねえ!
国を守ってますよって顔して制服で歩いてやることがチンタラ並んで歩いて進路妨害とは、テメーらが守ってるのはテメーの給料とメンツだけだってよく分かるよ本当死んで
まず何が最悪ってトロイチャリとか並んで歩くとかもコイツらがやってくること
コンボか?
親が一緒だと横にズラーって並びつつ子供がそこから飛び出してくるから歩道全部その一家の当たり判定で埋まる
そういや教習所の危険予測で子供が急に飛び出すのに注意しましょうとかあるけど、あれ当たり屋じゃん
それでも子供は悪くないってことになるとか権力がヤバすぎだろ路上の天竜人かよ
マジ最悪。
これをやられると途端に道が狭くなる
狭い道でやられるともはやその道が封印されることもある
人が乗ってるから停車なのでセーフですじゃねーんだよ
お前さぁ、ウンチをちゃんとトイレでするのと同じのが、車をちゃんと駐車場に止めることなんやぞ?
お前がやってるのは結局は野グソと一緒なんじゃい
ちゃんとトイレに行ってるつもりで路上にパトカーというでっかい野グソを垂れとるんじゃ
あーあー信じられんのーこの国ではポリスが野糞しながら人を裁いとるんかいな
むしろ「障害者を批判しちゃ駄目だよだって障害者なんだもん」こそが差別やぞ
とくに鬱陶しいのが車椅子やな
横に広いし押してる人もいるから縦にも長いわスピードもトロいし最悪の場合おつきの奴らが横に広がってたりして超巨大な当たり判定を形成しとる
あと周りに変なバリア貼ってんだよなやっぱ障害者って関わりたくないからさ
単なる怪我人でも同じようなもんだわ
松葉杖ピョンピョンマンとかジャンプが若干千鳥足気味だから次の移動先が見えねーんだわ
結局コレなんだよ全ての悪意の源泉は
もしも道路がもっと広かったらいろんな奴らがもっと幸せに共存できるわけ
日本の道が狭すぎるのが悪い
そしてその未知の狭さの根幹にあるのが「路肩があるではないか。使えよ」の精神で作られていること
ランニングマンも路肩走れってなっても、それはそれでバイクとかが引っ掛けそうになるっつーかマジでランニングマン後ろ見てねーからよ
道路族の連中が適当な公共工事で少しでも沢山道を増やそうと狭い日本に必死に張り巡らせた結果がコレだよ
山ばっかの狭い国になんでこんないるの?
人間減らそうぜ
グレタだって言ってるじゃん人間が増えすぎて地球が持たない時が来てるって
あいつらそのうちアクシズ落としてくるけどバカだから説得とか無理だし
ここはこっちが折れて人口に抑制をかけていくしかねーんじゃねえかな
あー話がそれたわ
沢山書いたやで
・実名主義
80年代末まで偽名でも銀行口座が開けた。だから複数の社会的人格を持って経済活動する事ができた。
職場で旧姓を使い続けても問題無かった。1986年に米国でマネロン規制法、その後1990年までに国際的取決め、日本もそれに倣い口座の実名証明必須になり社会でも実名主義が当然になった。
MDMAが非合法化されたのは1991年頃(うろおぼえ)。クラブシーンやレイブパーティでは当たり前に使用されていた。
心臓発作を惹起する為に規制。m.o.v.e.のmotsuが所属していたMORE DEEPの曲には「エクスタシーをキメていた頃」というフレーズがある。
90年代のクラブではマリファナは普通に喫われており、自分は使わなくても中に居ると副流煙で景色がとろけてくる、肉体遊離感が起きるというのは当たり前だった。また自衛隊員も米兵経由で入手する者がおり、除隊後に北海道野生パカロロツアーとかアムステルダム飛びツアーなどを企てる人もいた。
・式場での結婚式
1970年代からブライダル産業が隆盛し一般化した。これ以前は神前式、キリスト教教会一般的。
団塊世代のロマンチックラブイデオロギーのため。この以前、地方では婚姻の自由は憲法上の絵に描いた餅であり、親が決めた相手と結婚して神前式を挙げるのが当たり前で共同体から排除されないための義務だった。
団塊世代はそこからの逃避の為にフォークソング等でキリスト教式を称揚し、そのニーズに答える産業が発展して定着した。
古い評論を読むと戦中派、戦前派が式場での披露宴に憤っている文章がよく出てくる。
1990年頃まで日本人の公共空間でのマナーは先進国ぶっちぎりで最低であり、酔って吐く、道にゴミや噛んだガムを捨てる、タンを吐くなど当たり前であった。終点近くの長距離列車車内はぶん投げたゴミだらけだった。
・外国で旅の恥をかき捨てない
かつて旅の恥はかき捨てで、特に海外での不行跡が酷く日本人旅行者(特に団体)は眉を顰められる存在だった。
遺跡に名前を彫ったり、腹巻で目抜き通りを歩いたり、コンダクターに痴漢行為をしたり、名跡で立ち小便したり、売春ツアーをしたり、現地女性に「ハウマッチ」と聞いたりもの凄かった。
これを西洋は宗教倫理の文化で日本は恥の文化、共同体の外では恥の羈束力は働かないからだ、と説明されていた。
電話には加入権というものがあり、契約時に設備負担金を払う必要があった。金額は7万円と高い。
この為に電話加入権を売買したり、質に入れるという商売があった。2003年頃から段階的に廃止された。
森内閣の「IT革命」まで自治体や省庁のホームページは夜には繋がらなかった。これは庁舎内のドメインコントローラWindowsNTサーバのIIS(インターネットインフォメーションサーバー)サービスでHPを提供していたため。
終業時間になるとサーバとルータの電源を落として帰っていた。サイトの作成は役人の趣味みたいな感じで作っていた。
1998年ごろまでLANを構築していないオフィスというのが結構あった。プリンタはパラレルポートで繋がれていたので、このパラレルケーブルを切り替える「プリンター切り替え器」というKVMのような装置が使われていた。
駅のトイレにはトイレットペーパーが無く、入口に100円の紙販売機があるのでそれを買っていた。
民営化したJRが紙の常置を始め、1990年代前半に他社も倣った。
90年代中頃まで路上駐車は当たり前に見逃されており、国道などの最左端は駐車車両で埋まっていた。駅近くでは駐車車両とタクシーの客待ちで二重駐車になっていた。
2000年頃から増える。警察が路上駐車取締強化してから10年ほど、駐車場が無いのに路上にとめると必ず検挙という無茶な状態が続いていた。
和室は必ず設定されており、末期には3畳の納戸だけが和室なんてケースもみられた。1990年代前半に無くなった風習。
家電量販店が増えて競合で出来るようになると消耗品以外の商品価格は隠され、店員と交渉で決めるという風になった。この為に店員は電卓を持ち歩き、電卓を叩いて値段を表示した。
客足が減る悪習なので1990年代頃に取りやめられた。
バブル後の都の財政難の打破を喧伝して都知事になった石原慎太郎(1999年~)は増収策として無断で道路にはみ出し設置されていた自販機と建物袖看板の道路使用料徴収を持ち出した。これまで自販機は当たり前に道路にはみ出して置かれていた。
これに対応して既存機の撤去とスリムタイプへの交換が進み、他県でもはみ出し設置にならないスリムタイプが標準となった。
以前は富士通系の親指シフト配列を好む人が居たり、電源のオンオフ、リセットなどの余計なキーが付いている配列があった(誤爆シャットダウン頻出)。
2006年ころに一世を風靡したネットブックでSSDが一般化したが、最初の数年の製品は数秒に一度ごと動作が止まるなど酷いものだった。
嘗ては電気電話水道など公共料金というのは各社の窓口か郵便局、銀行で「公共料金振込用紙」に書いて振り込むものだった。
当然平日3時までしかやっていない銀行に会社員が行けるわけがない。
そこで振り込みの為に仕事を中抜けするというのが黙認されていた。自動引落設定、コンビニ払いが一般化した1990年代後半頃に消滅。
18才は未成年で飲酒できないはずだが、大学生は成人したものと見做され飲酒は黙認されていた。
ゼミの飲み会で普通に教授も参加して飲んでいた。警察も何も言わなかった。
・線路を歩かない
都電やローカル線などでは近道の為に線路を歩いていく人が普通にいた。電車進来時に警笛を鳴らされるが線路わきに避けていればそれ以上の事は何も言われない。トンネルや鉄橋で出くわすと流石に怒鳴られるがそれだけ。ストの時は皆線路を歩いて行く。家の玄関が線路に向いている家も普通にあった。引っ越し作業は大変。
90年代中頃に写真撮影する鉄オタの事故が連続し、その後厳しくなっていった。
初代のスーパーカブの取扱説明書などには「ビールコップ一杯程度なら良いが、ウイスキーは酩酊するからダメ」と書かれている。
・小銭を所持しないで外出
1000円札の読み取り装置が一般化したのは1980年代中頃。それまでは鉄道の券売機でもバスでも小銭しか使えなかった。
この為、小銭の所持数が足りないとお金が払えないというのが当たり前だった。売店でガムなどを買って両替するのが必要だった。万券を両替する為に少額商品を買うのは喧嘩を売るのに等しく勇気が居る行為だった。常に所持している券種と小銭額の把握は必要だった。
1989年の消費税導入まで物の価格は全て10円刻みになっていて1円玉は公共料金以外殆ど使われていなかった。
・個室
和風の家の部屋割りは個室という概念が無い為、都会を除いて1960年代までの日本人はプライバシー空間というものが無い生活をしていた。個人あての手紙は親が勝手に開けて読んでいた。
・個人
家にプライバシーが無く、また会社もイエが準用される社会だった為に「社員のプライバシーに踏み込む」という感覚が余りなかった。
「会社以外の自分」も大事だと言い始めた団塊世代は「個人主義」と罵倒され、80年代世代は「新人類」と宇宙人扱いされた。
ウオークマンは街で個人的空間に浸るものだとして批判の対象になった。個人主義はそれ自体が罵倒文句だった。
全共闘運動はあらゆる権威を攻撃し、大学の知の権威というものも破壊した。この為その後大学教授というのは学生に対して尊敬されない状態が継続。やがて学生は脱政治化したが大学や学問には敬意が持たれず、特に文系では学生が誰も勉強せずレジャーランド化した。
90年前後の大学改革でICUや上智の比較文化など厳しいカリキュラムに注目が集まり、学生が勉強するという当たり前の状態が復活した。
この為に卒業年1994年頃を境に知識やモノの考え方で極端な程の違いがある。
・様々な塩製品
塩は国家専売品だったので専売公社の製造する塩以外の岩塩、ミネラル入り塩、胡椒入り塩などは製造販売禁止だった。塩の小売りには国の許可と標識の掲出が必要だった。
・「メイド喫茶」などの語
「メイド」は放送禁止用語だった。基本住込みで働く為、身分制や階級制の象徴のような職業であって、戦後の身分平等にそぐわないと見做された為。メイドは家政婦と言い換えられ、住込みでなく通勤が一般的な「雇用」となった。
一周回ってメイドの構造が過去帳入りした為に「メイド喫茶」などで使うのが問題視される事が無くなった。2005年頃。
・キャノーラ油
キャノーラ油の原料は菜種。
米国では菜種油を食用販売することが禁止されている。この菜種油の成分を調整して販売を認めさせたのがキャノーラ油。
米国で生産量が増加した後に日本に入ってきたので、一般化したのは1990年代。
過払い金などの広告が出来るようになったのは弁護士法が改正された2000年から。それまでは屋号や執務時間などの表示のみ。
1991年に大店法が改正されるまではデパートの閉店時間はPM6時、スーパーの閉店時間はPM7~8時というのが相場だった。更に定休日もあった。
基本的に地元の商工会の意見で決められていた(大店法の定めによる)。これの改正が商店街の全滅に繋がった。
・生ビール
ビールは酵母菌により発酵するが、発酵が進みすぎて飲み頃を過ぎると酸っぱくなってしまう。飲み頃に提供するのが生の地ビール。
この為ビン缶詰では熱で酵母を全て殺してから詰める必要がある。
1970年代末にサントリーがフィルターで酵母を除去する製法を開発。飲み屋への営業力を活かしてジョッキ生を広めた。この為初期は生=サントリーだった。後に各社が参入して生戦争が勃発。
だから地ビールの生はずっと昔からあったが、全国流通製品の生ビールはサントリー生が1970年代末、その他の各社は1984年ごろから。因みにサントリー生より生じゃないキリンラガーの方がずっと美味い。
バブル期の好景気期に端緒。残業上限規制が導入され36協定があっても残業上限40(80かも)時間/月の行政指導が主に大手企業に行われた。
それまで残業代はフルチャージだったが計算上打ち切るという慣行が発生。それらの会社はタダ働きしてると奇異の目で見られた。
これが平成不況時に残業代は基本支払われずに長時間労働という慣行に変化していく。当初の指導の対象外だった中小企業ではずっと残業代フルチャージだったがこれらにも悪習が伝播していった。
1990年から。1970年代にも導入が試行されたことがあるが全く普及せず直ぐに撤去された。例えば地下鉄では1974年開業の有楽町線池袋駅だけに自動改札機があり、同駅の入場だけにしか使われていなかった。これも後の1986年頃に一度撤去。札幌地下鉄などでは当初より継続して使われていたのと対照的。
1995年以降。それまでササニシキが絶大な人気だったが、冷害に弱く1993年冷夏で全国的な米の不作が発生、大騒動になった。
冷害に強いコシヒカリ系の後継種、あきたこまち、ひとめぼれが席巻するようになった。
駐車違反にバイクと車の別はないが、バイクの駐車違反は2006年まで摘発されていなかった。摘発を民間に委託してインセンティブを付加し原付まで摘発するようになると店舗に駐輪場が無い都心ではバイク移動が不可能になり、バイク市場が干上がる効果となった。
・大学生の専攻無し
学部でも一部以外では専攻は必ず取るものだったが、1990年代初頭の教育学部ゼロ免課程の流行や福祉大などの開学で専攻無しの学生が増加。1990年代後半から。