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はてなキーワード: 現象とは

2017-09-21

anond:20170921200906

宇宙種子をばらまくよりもばらまく先の星で勝手生命誕生するのを待った方が圧倒的に楽だろ

宇宙からしたら無限時間があるんだぞ

第一宇宙種子ばらまいたところで何の意味があるんだよ

光年先で地球とソックリ同じ星があるからってそれで何か不思議現象でも巻き起こんのかっていう

地球上で誕生した生命が最も尊いという考え方は人間ならそう思うのが自然だが

宇宙スケールでみたら、あ、別に人類じゃなくても次の奇跡を待てばいいだけなので…って話だぞ

生命の謎を考えるのならまずDNA目的多様性を保持しながら情報遺伝させていること

それ自体目的を解き明かさない限りは宇宙種子をばらまくことに意義があるかどうかも分からん話だ

技術的特異点を迎えて宇宙法則を解き明かし、宇宙法則バックドアを見つけるということが目的だったとしたら

地球を飲み込む前にそこまで到達すれば済むことになる

あー話はそれたな、なんだったか

2017-09-20

誰も教えてくれない

公式ファンが身内で遊んでるところに乗り込んでシラケちゃう現象って英語でなんていうの?

明日早起きしなきゃ

なかなか寝付けない→このまま徹夜するか→なんか急に眠くなってきたぞ→寝坊

この現象名前ある?

たまにはてブがすっっっごくキモくなる

大概政治民族あたりが絡むとキモくなる

何でかって、スター順に並ぶから

から10まで同じ意見が並ぶのよ

薄ら寒いと言ったら無い

まるで夜中に宗教儀式を目撃したような

恐ろしいものを見て叫び出したくなるような感情に襲われる

ヤフーニュースでも同様の現象が起こるからスターソート問題なんだと思う

しかソートきっかけに過ぎない

まるで世間話をしていた隣人が宗教の話になると途端に目の色を変えるかのように

偏った意見をまくし立てられたときの恐怖に似ている

ただし叫ぶことはできない、オカシイだろと叫ぶと皆がこちらをギョロリと見るかもしれない

天安門事件って書くと

トラックバックが減るという現象

なぜなのか。

2017-09-19

anond:20170918134146

公式ファンが身内で遊んでるところに乗り込んでシラケちゃう現象って英語でなんていうの?

二次創作は公開手段によっては悪であるダイジェスト版)

この記事は以前投稿したものから3000文字ほど取り除いたものなので、読みやすくはなったがやや偏った内容になっている。主張自体は同じなのでもし納得いかない部分があったらこちらで補完しているかもしれないので参照してほしい。

https://anond.hatelabo.jp/20170918045955

この記事では主に「ダウンロード販売専売(CG集など)」「月額制限定公開(entyやfantia、patreonなど)」この2つに触れている。

なお最初に断っておくが、私は二次創作文化投げ銭文化否定するわけではない。両方とも更に発展してほしいと思っている。ただそれと月額制で限定公開すること、ダウンロード販売だけで売ることには大きな差があると思っている。

なぜ二次創作が許されてきたか

創作物の対価をもらうことの何が悪いのか?データなんだから全て無料公開しろかいバカか?近頃よく見る気がする論調だ。

それが一次創作ならば、私も賛成である

まず私の考えとして二次創作ファン活動以上でも以下でもないというものがある。そしてそのファン活動によってコンテンツは盛り上がり更に発展する。権利者側にも利益があったからこそ二次創作は見逃してもらえてきた。

だがダウンロード販売専売、EntyやFantiaに代表される月額制限定公開、これらは権利者にとってどのような存在だろうか?

閉じたコミュニティをもたらす存在

二次創作とはファン活動だ。必ずしもコンテンツ利益をもたらす存在である必要はない。「コンテンツ利益をもたらさな二次創作不要論」なんてものが出てきたら真っ先に弱い者いじめが起こるのは目に見えている。だが、少なくとも「コンテンツにもたらすもの利益よりも損害のほうが大きい存在」であってはならないだろう。ここで「この作品の内容はクソなのでコンテンツに与える損害が大きい!」などと言う奴は知らない。内容の是非の話はここではしていない。

ダウンロード販売や月額制限定公開、これらがコンテンツに損害をもたらす存在と言われてもピンと来ない人もいるはずだ。なのであまり使いたくない手だが極論で説明する。

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ある1人がAというコンテンツでEnty限定で絵の公開を始めた。その人は月額500円のサービス100人程度に買ってもらい、月に5万円の小遣いを稼ぐようになった。小遣い稼ぎを羨ましく思った人たちが我も我もとEnty限定公開を始めた。やがてAコンテンツにはEnty限定公開をする人しかいなくなった。

そこに別のコンテンツからフラッとやってきた人がいた。その人はあるキャラを好きになり、二次創作絵を探すためpixivを訪れた。すると検索した先にあったのはEnty限定公開の絵を宣伝するために絵の一部を抜き出したものばかりだった。その人はAコンテンツに対して他のコンテンツよりも高い壁を感じた。そうしている内にその人はBコンテンツで好きなキャラを見つけ、pixivでそのキャラの絵を見つけておおいに満足した。その人はまた別のコンテンツ移住したが、少なくともAコンテンツよりも壁の低かったBコンテンツに長く滞在していた。

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別の例もある。

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別のコンテンツからフラッとやってきた人がいた。Enty限定公開作品から一部分だけを抜き取った宣伝絵を見てとても全体を見たいと思った。しかし500円かあ、と彼は何の気なしに呟いた。すると突然やってきた人に「500円も払えないの?(笑)見たいなら払えばいいだけ!」と言われた。排他的雰囲気を感じた彼はそのコンテンツに大した思い入れもないのでさっさと出ていってしまった。

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以上閉じたコミュニティになる極論だった。実際にはこのような現象はあまり起こらないだろう。依然として良識ある二次創作者のほうが圧倒的に多いからだ。つまりその全員から良識が消え去りうるならば、すなわちこの悲劇も起こりうるということである。ちなみにEnty限定公開をダウンロード販売に置き換えても通じるはずだ。ただこれを紙の同人誌に置き換えても通じてしまうが、同人誌頒布否定していない。

じゃあ他のコンテンツ二次創作者も全員一気にEnty限定公開に移っちゃえば問題解決じゃん!壁の高さは同じになるんだから!という意見があるかもしれない。

正直それは興味がある。全ての二次創作者の心から元のコンテンツへの愛が薄れ、いか他人よりも儲けるかを重視するようになった世界というのはそれはそれで魅力的だ。なってほしいとは思わないが。

よく見る言い分

「これ作る時間があればいくら稼げると思ってる」

まずファン活動に「この時間があればいくら稼げた」という概念を持ち出すな。絵を書くのもライブサイリウム振るのも同じファン活動だ。この記事で一番の綺麗事を言うならば、ファン活動は同じファンからの見返りを求めてやるものではない。コンテンツに関するもの応援して盛り上げ、コンテンツ関係者のやる気がブーストされた結果ますます発展していくという遠回しな見返りを求めてすることだ。

それでも何かわかりやすい見返りがなければ二次創作活動できないという人は(そういう人がほとんどだと思うが)せめて義務押し付けるな。権利を与えるだけにしろ。「感想を送ると約束しなければ見せない」なんて知らない人に言われたら何だこいつと思うだろう。

モチベを上げるためにお金支援してもらって何が悪いの?」

それ自体は悪くはない。だがその支援を「義務」にするな。あくまでそれは「権利であるべきだ。ダウンロード販売専売のものを見るためには、お金を払わなければならないという義務が発生する。義務という存在は壁になり新規を遠ざけ、コミュニティを閉じる原因となるのでやめろ。

印刷費が欲しいor生活がかかってるんだ!」

アホか。

投げ銭文化には発展してほしい

ここまでの主張と矛盾するようだが恐らくしていないはずだ。ここでの投げ銭というのは、作品ではなく作者にお金を投げる行為のことだ。これに関しては大賛成だ。

何が違うのかだが、まず「作品オープン場所に公開されているため、新規の人も作品自由に見ることができる」という点だ。知らん相手に金を払うという壁を超えなくても見られるので新規の人にも優しい。更に「どうしてもあの人を支援したい!」という人がいた場合、その望みも投げ銭という形で叶う。二次創作者はわざわざお金を払ってでも支援したいと思ってくれている人の存在に喜ぶ。そして公式新規の人が増えたことに喜ぶ。全員が喜ぶWIN-WIN-WIN-WIN関係だ。

ではEnty限定公開はどうなのかと言うと、コミュニティの全員がそればかりするようになったと仮定して話すが「作品を見るのに壁があるため、まだそこまで興味のない新規の人は敬遠して去っていく」、投げ銭したい人は変化なし、二次創作者も変化なし、公式新規の人が増えなくて落ち込む。LOSE-WIN-WIN-LOSE関係だ。閉じたコミュニティ内で喜んでいるだけだし、コンテンツに対しても損害を与えている。

私は二次創作者を支援したいという人を批判するつもりはない。コンテンツ迷惑かけるわけでもないので自由意志尊重する。ただ、コンテンツ迷惑をかけることだけはやめろ。

最後

まとめると「もし営利目的二次創作をするなら、せめてコンテンツに対して迷惑をかけるようなことはするな。ダウンロード販売専売やEnty限定公開には反対」ということだ。自分一人なら大丈夫、じゃない。

二次創作者が元のコンテンツのことをもっと大切に想ってくれることを願っている。

余談

ミリオンライブでEnty限定公開して閉じたコミュニティ作ってる奴らはダッフィー企画批判する前に自分を見つめ直せ。

2017-09-18

憂鬱フリーズ現象

憂鬱になってくると何もせずに時間が過ぎている現象をどうにかして回避したい

引っ越しブルーかい制御できない感情

去年ぐらいか引っ越しを考えている。今年に入ってから頻繁にWeb上で賃貸を探したり実際に物件を見に行ったりしている。

だが決まらない。いや、決まらないのではなく決まってから不安気持ちが強くなってしまってやめてしまっているのだ。

どうしてこんなことになってしまったのだろう。東京都内引っ越してきてから4年、その生活から脱却できないでいる。

引っ越しを考えるようになったキッカケはマンションでの騒音だ。実はそれが原因で既に都内で一度引っ越し経験している。

騒音という苦痛から逃げた先で待っていたのはまた騒音だった。もう心と体が保たない。

都内おかしいやつとのエンカウント率が高すぎる。安息の地は都外にあるのでは…。」

ヒトが多い分トラブルも増える。以前住んでいた川崎名古屋では出会わなかったトラブルに相次いで遭遇し、都内はもう無理だと悟った。

そう思って都外で探し始めるとなんといい物件の多いことか。最上階角部屋という騒音エンカウント率を下げられる位置で探しても賃料は今と同等かそれ以下。

しかも今のワンルームと違って1DK,1LDK,2DKまで選択肢が広がる。

クワクしながら内見を申し込み、また別の物件も併せて検討して実際に契約の直前までいく。

いくのだが…。

直前になって途端に不安が押し寄せる。ずっとドキドキしてしまって仕事も手に付かなくなる。なんだこれは。

結局いいと思って決めた物件キャンセルを入れる。申し訳なさそうにキャンセル理由を話すと渋々了承され…。自分でもひどいと思うのだが、今年に入ってからこれを4回繰り返した。

意味がわからない。自分これはいいと思って、今のストレスから開放されると思って契約を進めているのになぜ反故にしてしまうのか?

今の生活が変わってしまうことを恐れているのか?いやそれはおかしい。だって今の生活が嫌だから引っ越しをするのに…。

もちろん繰り返すうちにこの不安が押し寄せることも分かって「今回こそは大丈夫」と思うのだが、「大丈夫」と思っている時は不安に思っていないときで、不安が押し寄せると大丈夫じゃなくなるのだ。

意味が分からないとは言うけど、実は不安の原因は分かってる。分からないのはその不安を払拭したと思ったのに再来するその現象だ。

都内を離れることによるデメリットはもちろんいくつかあるのだけど、それはトレードオフだと思ってメリットに活路を見出すのだけど、一旦は許容できたデメリット契約を目前にして許容できなくなる。

「今のほうがいいじゃん」

そんなはずはないのだけど…。この不安に押しつぶされて4度の失敗。家にいるとき時間があれば賃貸を漁る生活。失っている時間があまりももったいない。

精神的に参ってきていると感じる。絶対に引っ越すべきときなのに。

ちなみにこの現象を他にも感じるヒトがいるのかと思って検索すると「引っ越しブルー」というキーワードが引っかかる。どうやら自分けが陥る現象ではないらしい。

ただ、そのキーワードで出てくる事例は大体夫婦で、田舎←→都会に引っ越しとき人間関係子育てに関する話で、一人暮らし仕事が変わるわけでもない自分とは状況がかけ離れている。

当然出てくる精神的な対策無意味ものが多く、共感できるものが見つからなくて途方に暮れている。やはりこれは自分けが陥っているのではないか精神が病んでいるのではないか…。

今まではとりあえず行動すれば不安は払拭されるだろうととにかく賃貸を探して内見して決める、ということを繰り返してきた。

4度目の失敗を繰り返して3連休を終えようとしている今日、やはりこれではダメだと思って今まで誰にも相談したことないこの話を増田にしたためてみた。

文章に書き起こせば考えがまとまるとかよく言うけど、もちろん書き終えようとしている今も整理はついていない。

無意味と思いながらも今また引っ越しメリットデメリットを挙げてみている。あ~、デメリット意外と多いなぁ~…。本当はメリットのほうが圧倒的に大きいはずなんだけどなぁ…。

本当は不安に思っているその時に誰でもいい、誰かから「いいじゃん!」と共感してもらいたいただそれだけなのかもしれない。

なんて脆弱な心なんだろう。たか引っ越しなのになんでこんな苦痛なのだろう。挙句都内に引っ越すことを決めたあの頃の自分を攻め出す始末。

いっそ外部から不可抗力がかかって引っ越しを余儀なくされればいいのに。

苦悶の日々はまだ続く。

男は彼女にすることを最終目的としない限り女友達を作ろうとしない

ちょっと前の漫画で「男に性欲が無くなったら女性に親切にしない」とあってが、

それを改変して見るなら「男は彼女になることを最終目的にしないなら女友達は作らない」だ。

「まずはお友達から…」という言葉があるじゃあないですか。

男は彼女にすることを最終目的としないと、女友達を作ろうとせんのですよ。

いや主語デケーと思われるだろうが、補足はある。

女友達彼氏持ちか既婚」の場合に関して異性の友達が成立しやすい、というのはあると思う。

彼氏いるってことにしとけば恋愛関係にハッテンせず友達でいられる」と言うのは

非常に有用手法に見える。

だがここで大欠陥が発生するのだ。

それは「女性積極的にならなければならない」から、だ。

いや、これは言い過ぎだが、

少なくとも男が誘う比率:女が誘う比率=5:5くらいでなくてはならない。

じゃあ一方で「(男のほうが)最終目的彼女にすること目的とした友達関係」はどうだ?

「男が積極的になっている」のだ。

何せ「最終的に彼女にすること」を目的とするからだ。

男が誘う比率:女が誘う比率=9:1くらい

これは女性にとってはとても楽に思える。エスコートしてくれるからだ。

だが、そこが結局「友達関係のままで固定して状態とはならない」のだ。残念ながら。

では「異性の友達を作るにはどうすればいい?」という解に関しては

女性積極的に遊びに誘う」しかない、と私は思うわけである

ただ、これも問題があって「そもそもそこまで積極的になりたい男がいるのであろうか?」ということである

いやリア充界隈ならともかく、陰キャの多いオタクやら理系界隈とかだとさあ。

もうここまで書けば何となく分かるだろうが、以上に書いてあることは

恋愛偏差値の低いコミュニティに現れやす現象であり、

リア充や陽キャになるほどカンケイなくなる話であります

名探偵コナンで「犯人」というマスコットキャラクターがいつの間にか生まれている件

犯人の正体を秘匿するために老若男女体格を問わずあの黒塗りのシルエットをイメージとして出したら、

つのまにかそのシルエットが「犯人」というマスコットとして劇中と無関係に人気が出てしまった現象すげー面白いと思う

笑わない数学者」著:森博嗣

これの感想で「犯人途中で分かっちゃった~♪」というのを見るたびに

「いや…お前…ちょっと…待ってくれ…分かってない…その本のトリック分かってない…」ってコメントリプライ飛ばしたくなる現象

なにか名前を付けたい

二次創作は公開手段によっては悪である(完全版)

※この記事は6000文字ほどあるので長いと思った方は3000文字ほど削ったこちらを参照してください。

https://anond.hatelabo.jp/20170919070400

この記事では主に「ダウンロード販売専売(CG集など)」、「月額制限定公開(entyやfantia、patreonなど)」、この2つに触れています

なお最初に断っておきますが、私は二次創作文化投げ銭文化否定するわけではありません。両方とも更に発展してほしいと思っています。ただそれと月額制で限定公開すること、ダウンロード販売だけで売ることには大きな差があると思っています

なぜ二次創作が許されてきたか

創作物の対価をもらうことの何が悪いのか?データなんだから全て無料公開しろかいバカか?近頃よく見る気がする論調です。

はい。私も賛成です。

それが一次創作ならば。

まず私の考えとして二次創作ファン活動以上でも以下でもなく、「許可されていて非営利目的であれば白(グレー?)」「許可されておらず非営利目的であればグレー(見逃されているだけの黒?)」「許可されていようがいまいが営利目的であれば(※方法によっては)黒」というものがあります

では何故許可されていなくても非営利目的ならグレーと思うのかと言うと、私が考えるところでは「コンテンツを発展させるものから」、「ファン活動から」、この2点があると思います。恐らくもっとあると思います

この2点があったからこそ、これまで権利者と二次創作者は仲良くしてこれたのだと思っています。ですがダウンロード販売、EntyやFantiaに代表される月額制限定公開、これらは権利者との仲を良くするものでしょうか?

閉じたコミュニティをもたらす存在

二次創作とはファン活動です。必ずしもコンテンツ利益をもたらす存在である必要はないと思っています。「コンテンツ利益をもたらさな二次創作不要論」なんてものが出てきたら真っ先に弱い者いじめが起こるのは目に見えていますから。ですが、少なくとも「コンテンツにもたらすもの利益よりも損害のほうが大きい存在」であってはならないと思います

ダウンロード販売や月額制限定公開、これらがコンテンツに損害をもたらす存在と言われてもピンと来ない人もいると思います。なのであまり使いたくないのですが、極論で説明します。

ある1人がAというコンテンツでEnty限定で絵の公開を始めました。その人は月額500円のサービス100人程度に買ってもらい、月に5万円のお小遣いを稼ぐようになりました。お小遣い稼ぎを羨ましく思った人たちが我も我もとEnty限定公開を始めました。やがてAコンテンツにはEnty限定公開をする人しかいなくなりました。

そこに別のコンテンツからフラッとやってきた人がいました。その人はあるキャラを好きになり、二次創作絵を探すためpixivを訪れました。すると検索した先にあったのはEnty限定公開の絵を宣伝するために絵の一部を抜き出したものばかりでした。その人はAコンテンツに対して他のコンテンツよりも高い壁を感じました。そうしている内にその人はBコンテンツで好きなキャラを見つけ、pixivでそのキャラの絵を見つけておおいに満足しました。その人はまた別のコンテンツ移住しましたが、少なくともAコンテンツよりも壁の低かったBコンテンツに長く滞在していました。

別の例もあります

別のコンテンツからフラッとやってきた人がいました。Enty限定公開作品から一部分だけを抜き取った宣伝絵を見てとても全体を見たいと思いました。しかし500円かあ、と彼は何の気なしに呟きました。すると突然やってきた人に「500円も払えないの?(笑)見たいなら払えばいいだけ!」と言われました。排他的雰囲気を感じた彼はそのコンテンツに大した思い入れもないのでさっさと出ていってしまいました。

以上閉じたコミュニティになる極論でした。実際にはこのような現象はあまり起こらないとは思っています。依然として良識ある二次創作者のほうが圧倒的に多いからです。つまりその全員から良識が消え去りうるならば、すなわちこの悲劇も起こりうるということです。ちなみにEnty限定公開をダウンロード販売に置き換えても通じると思います。ただこれを紙の同人誌に置き換えても通じてしまうのですが、その件については後述しています

じゃあ他のコンテンツ二次創作者も全員一気にEnty限定公開に移っちゃえば問題解決じゃん!壁の高さは同じになるんだから!という意見があるかもしれません。正直それは興味があります。全ての二次創作者の心から元のコンテンツへの愛が薄れ、いか他人よりも儲けるかを重視するようになった世界というのはそれはそれで魅力的です。なってほしいとは思いませんが。

「ある程度」の営利目的なら許されるべき?

あるコンテンツ二次創作ガイドラインを見たところ「過度な営利目的としたものでなければいい」といったことが書いてありました。これを決めた方は性善説を信じている素晴らしい方なのだと思います。では私はどうなのかと言いますと、性善説は信じられないので「過度な」という曖昧基準に反対の立場を取ります

過度な、というだけではどのような方法を用いても良いという風に取れます。たとえばダウンロード販売で月に100万稼いだとしても本人が「これが過度だったなんて知りませんでした」などと言えば一度は逃れることができます抜け道というのは存在すれば必ず使う人間が現れると思っています。なので、私としては値段ではなく「ダウンロード販売は禁ずる」などやり方で基準を作るほうが良いと思いました。

番外:ゲーム実況広告収入を得るのは?

正直他人コンテンツお小遣いを稼いでいるというところは被っているので微妙気持ちになりますが、動画自体無料公開されているので誰でも自由に見ることができますし、何よりゲーム実況者全員が広告収入を得始めてもコンテンツに対する損害はあまりなく利益が上回るため、まあいいのではないかという立場を取っています

よく見る言い分

「これ作る時間があればいくら稼げると思ってる」

まずファン活動に「この時間があればいくら稼げた」という概念を持ち出すのをやめてください。絵を書くのもライブサイリウム振るのも同じファン活動です。この記事で一番の綺麗事を言うならば、ファン活動は同じファンからの見返りを求めてやるものではありません。コンテンツに関するもの応援して盛り上げ、コンテンツ関係者のやる気がブーストされた結果ますます発展していくという遠回しな見返りを求めてすることです。

それでも何かわかりやすい見返りがなければ二次創作活動できないという人は、せめてお小遣いという見返りを求めるのをやめてください。評判、名声で満足してください。そしてそれをおおっぴらに言わないでください。正直「同人誌感想欲しい」アピールファン活動という点においてはあまり良くない気がしています(これはオフレコですが私もとても欲しいです)、「サイリウムこんなに振ったからみんな感想ちょうだい」と言っている人がいたらなんだお前となるでしょう。

たださすがにこれは綺麗事すぎると私自身思っていますし、感想欲しいアピールはたとえ全員がし始めてもコンテンツ迷惑はかからないので、まあいいのかなと思っています。これが「感想を送ると確約しないと作品を見せない」とかになるとまた別問題ですが。権利義務かの違いですかね。

モチベを上げるためにお金支援してもらって何が悪いの?」

それ自体は悪くはないと思っています。ですが、その支援を「義務」にしないでください。あくまでそれは「権利であるべきです。ダウンロード販売専売のものを見るためには、お金を払わなければならないという義務が発生します。義務という存在は壁になり、コミュニティを閉じる原因となるのでやめてください。

印刷費が欲しい」

わざわざ不特定多数から集めなくても知人にお金貸してもらってはいかがですか?というかそれクラウドファンディングと同じですよね。二次創作クラウドファンディングとか響きだけで危ない臭いがプンプンしますね。

生活がかかってるんだ!」

アホか。

紙の同人誌に消えてほしいわけではない

ここまで主張してきましたが、だからといって紙の同人誌文化も消えろ全て無料で見られるようになれ、と言いたいわけではありません。電子書籍の流れで見られるように「紙に印刷したものが見たい」という欲求が多くの人の中にあると思いますし、何よりお祭りです。しかしいざ二次創作者が印刷したものを出そうとすると、スペース代、印刷費、家と会場の距離が遠ければ遠征費、etc……非常にお金がかかります。更に別のサークルが出している本も欲しいとなれば大変です。

そこで物々交換です。自分同人誌を渡す代わりに相手同人誌を貰う、まさにWIN-WINです(相手こちらの同人誌に興味がない可能性については考えないものします)。ですが中には「自分同人誌じゃ明らかに釣り合わないし」といった方や「二次創作したことないんですけど」といった方もいると思います。そういった方に残された選択肢が「お金を払う」です。

「私は同人誌が作れないので、代わりにお金を払うのでその同人誌をください」

優しい世界ですね。買う側は同人誌が作れなくても誰かの同人誌を読める、頒布する側は1冊分の価値を手に入れられる。値段が頒布する側の良心に委ねられるという点が懸念事項ですが、私には何も解決策が浮かびません。

このように「物々交換の代わり」という建前があり、頒布する側にも赤字リスクがあるので、紙の同人文化別にいかなと思っているわけです。まだ人気がなくて赤字確定だけど作品出すサークルなんてどう考えても非営利目的ですしね。同人ゴロとかはまた別問題ですが、その辺りの説明は多分もう誰かがしてるでしょう。

そこで悪い人はダウンロード販売も本当は物々交換のつもりなどと悪知恵を働かせるかもしれません。本当にそんなこと言う奴がいたら鼻っ柱叩き折ってやりたいんですが、一応反論するならば「あまりにも営利目的色が濃すぎる」という点に尽きます

投げ銭文化には発展してほしい

言ってること違くない?って感じですね。ここでの投げ銭というのは、作品ではなく作者にお金を投げる行為のことです。これに関しては大賛成という立場を取っています

何が違うのかですが、まず「作品オープン場所に公開されているため、新規の人も作品自由に見ることができる」という点です。お金を払うという壁を超えなくても見られるので新規の人にも優しいですね。更に「どうしてもあの人を支援したい!」という人がいた場合、その望みも投げ銭という形で叶います二次創作者はわざわざお金を払ってでも支援したいと思ってくれている人の存在に喜びます。そして公式新規の人が増えたことに喜びます。全員が喜ぶWIN-WIN-WIN-WIN関係ですね。

ではEnty限定公開はどうなのかと言いますと、コミュニティの全員がそればかりするようになったと仮定して話しますが「作品を見るのに壁があるため、まだそこまで興味のない新規の人は敬遠して去っていく」、投げ銭したい人は変化なし、二次創作者も変化なし、公式新規の人が増えなくて落ち込む。LOSE-WIN-WIN-LOSE関係ですね。閉じたコミュニティ内で喜んでいるだけです。

私は二次創作者を支援したいという人を批判するつもりはありません。その分の金を公式に回せと発狂するつもりもないです。コンテンツ迷惑かけるわけでもないので自由意志尊重します。ただ、コンテンツ迷惑をかけることだけはやめてください。

pixivには投げ銭システムを導入してほしいです)

広告収入型の二次創作

私は意外とこれはありなのではないかと思っています広告収入と聞くとどうしても悪しきアフィブログ(俺的ゲーム速報とかはちまとか)などが浮かんでしまって嫌な感じがしますが、要はゲーム実況と同じですね。

先ほどの「直接的な見返りを求めるな」と矛盾しますが、あれは一片の曇りもない綺麗事として言いました。綺麗事過ぎて実行できる人はかなり少ないでしょう。なので感想欲しいアピールは良いと言いました。そこから更に一歩進んだものがこの提案です。

見るために壁を超えなければいけないわけではなく新規も増やせるので公式に損害を与えるわけでもない、全員がやり始めてもコミュニティが閉じるわけでもない、なのでまあ良いのではないかなと思っています。新しい形の二次創作としてどうですか、どなたかやってみませんか。責任は取れませんが。

最後

まとめると「もし営利目的二次創作をするなら、せめてコンテンツに対して迷惑をかけるようなことはするな。ダウンロード販売専売やEnty限定公開には反対」ということです。自分一人なら大丈夫、じゃないんです。

これはついでですが、権利者側ももっと強い態度を取ってほしいです。自分たちコミュニティに影響を与えることを危惧して日和見を決め込んでいるのかもしれませんが(面倒くさいだけかもしれませんが)、その結果コミュニティが閉じてコンテンツが衰退したんじゃ何の意味もありません。

二次創作者がコンテンツのことをもっと大切に想ってくれることを願っています

余談

この記事二次創作界隈全体に向けて書いたものではありますが、その中でも特にアイドルマスターミリオンライブというただでさえ閉じ傾向のあるコンテンツ最近はシアターデイズの登場でその傾向も薄まった気がしますが)で閉じたコミュニティを作ってる人たちに対して書きました。

ミリオンライブというコンテンツ自体は好きですが、閉じたコミュニティを作っている人たちとその取り巻きからは「自分たちさえ良ければコンテンツはどうでもよし」という思考が透けて見えるので嫌いです。その人たちへの怒りがこれを書くに至った原動力です。

ダッフィー企画(わからない人は検索してください)リンチしてストレス発散する前に自分自身を見つめ直してください。

2017-09-17

文化剥奪文化の盗用についてのメモ

ブログに書こうと思ったんだけど、どうもよく理解できないので、メモのままここに残しておく。将来利用するかどうかはわからない。


文化」とは、社会に共有された生活様式。この場合社会とは、コミュニティであったり地域であったり、場合によっては国家支配する領域であったりする。生活様式には、言語伝承なども含まれる。

文化的同一性」とは、その社会の成員がその社会に属しているものとして自覚できる文化社会に共有されたものであると同時にその個人のものでもあるため、所有意識が生まれる。

「所有」とは、他者排除して占有する権利のこと。権利であるがゆえに社会的に定まるものであり、社会的に定まるがゆえに社会によってその範囲は異なる。また、抽象的な存在に対する占有可能にするためには、何らかの概念が共有されている必要がある。例えば著作物に対する所有は、複製や営利に関する一定概念が共有されなければ無意味になる。

剥奪」とは、社会的強者社会的弱者権利を奪うこと。奪われる権利が物品財貨の所有権である場合搾取となる。

文化剥奪」とは、ある社会集団所属するひとの文化的同一性を保持する権利を奪うことである。例えば狩猟社会において狩猟禁止することや伝統的に行われてきた祭祀禁止することなど、旧来の生活様式禁止することは文化剥奪にあたる。創氏改名文化剥奪典型である

文化の盗用」(cultural appropriation)とは、社会的強者社会的弱者文化をあたか自分のものであるかのように占有する現象


文化の盗用が問題になるのは、盗用によって本来のその文化の保持者の文化的同一性が脅かされるからである。すなわち、自分自身所属する社会集団文化が他の社会集団のものとされることにより、自分自身同一性を脅かされる。すなわち、文化の盗用問題は、文化剥奪問題一種であるということができる。

文化の盗用問題に対する抗議が文化的標識(例えば特定民話伝承)の使用権問題として表面化するのは、弱者強者に対抗する論拠がそこに求めやすいからでしかない。実際の問題は、使用権にではなく、社会的支配・被支配関係にある。


文化剥奪問題は、弱者側の自主的同化を伴うため、外見上、単なる時代変化と線を引きにくいものになる。たとえば明治日本欧化政策は、軍事的経済的政治的に圧倒的強者であった西欧世界による日本文化剥奪であったが、それが日本社会の側から強者に対する弱者の対抗策として実施された主体的ものであったことも事実である。その際に、「和魂洋才」といった文化的同一性保持のための辻褄合わせが提唱されたことなど、分析すべき点は多い。

朝鮮人に対する創氏改名は強権的な文化剥奪であり、戦後在日朝鮮人韓国人通称使用第一の原因であるが、在日側の日本国内在住のための利便性からの選好という側面があったことも否定はできない。そのような姿勢経済的社会的権力関係が強い影響を与えたことも事実である。このあたりは非常に重層的で、軽々しく断じることができない。


いずれにせよ、文化剥奪強者弱者に対して行うものであり、このような議論が昨今日本人から発せられているという点は、社会集団の力関係の変化を考察する上で興味深い出発点になるかもしれない。

批判的な人への対処法とは?ブログに対する誹謗中傷コメント対策3選

私ほどの一流のブロガーとなれば月間10PVに届くまでになります


月間10PV以上になってくると、コメント欄批判的なことを書き込む人が増えていきます

そんな批判的な人への対処法と、ブログに対する誹謗中傷コメント対策を考えてみました。

私の運営するブログには、コメント欄をあえて「無記名・メールアドレスなし」で開放しているので、毎日のようにコメントが書かれます

感想3割・批判的なコメント3割・誹謗中傷コメント4割くらいでしょうか。


うそんなくだらない誹謗中傷コメントは慣れましたが、承認制にしているのであまりにも酷いコメントスパム認定します。

これが私なりの1番の対策ですが、精神から対策対処法は以下の通りです。



批判的な人への対処法と誹謗中傷コメント対策




批判的な人の誹謗中傷コメントに慣れていない人は、初めての誹謗中傷コメントは心をえぐられる気持ちになるでしょう。

私も最初の頃は気にしていましたが、今となっては貴重なご意見として受け入れています



批判的な人への対処法①ブログネタ勉強になると受け入れる





まりにも酷い内容は完全に無視しますが、痛いところを突かれているときは「これはいい勉強」と受け入れます


そして、すかさずブログネタしましょう。



情報として正しいことを書くのは当然ですが、自分意見を曲げる必要はありません。

発信内容で批判されているのなら、じっくり読んで頂いたことに感謝し、今後も宜しくお願いします的な感じで余裕を見せます

中には「もう2度とこのブログにはきません!」とわざわざコメントをしてくる人もいます

それはそれで、一件落着で嬉しいことです。



勉強になるところは勉強し、つまらない誹謗中傷コメントは数あるブログネタ程度に考えましょう。



批判的な人への対処法②攻撃的な返信をしない





批判的な人への対処法としては、まず攻撃的な返信はしてはいけません。


こちら側も同じような批判的な人になると、同じレベルになりますからね。

そんなくだらない誹謗中傷コメントで、あなたレベルを下げる必要はありません。



批判的な人は、ストレス解消で書いていることがほとんど。本気でブログ内容に関してコメントしている人なんていません。



もし本気で批判しているとしたら、相当なファンみたいなもの



ある意味、「ブログで影響力を与える」ということに関しては、すでに成功しているといってもいいでしょう。



まらない人間にならないためにも、同じような誹謗中傷コメントはしないことです。



批判的な人への対処法③基本的無視&忘れる




ブログ誹謗中傷コメントなどをする批判的な人への対処法としては、基本的無視するか、忘れること。



「それがなかなかできない」と悩む人もいるでしょう。



しかし、そんなつまらない批判的な人へのために、あなたの貴重な時間を費やすことほどもったいないことはありません。



確かに無視できることはできても、内容によっては忘れにくいこともあります

それでも無理にでも忘れるべき。

楽しいブログ継続していくためには、誰にでも起こる現象ですし、避けては通れない壁です。



ブログに影響力がついてきた証拠でもあるので、その辺を重点的に考えながら、ブログの成長を喜びましょう。



批判的な人への対処法とは?ブログに対する誹謗中傷コメント対策3選のまとめ







ブログ誹謗中傷コメントを書き込んだり、批判的な人のほとんどは暇な人です。

日頃のストレス発散と、自分のつまらない人生にたいしての不満の表れ。

ある意味では人助けと思って、このブログで未然に犯罪を防いでいる手助けをしているとポジティブに考えるのもいいですね。

そんな批判的な人へのために、ブログを辞める必要は全くありません。

どうしても誹謗中傷コメントを見たくないのであれば、コメント欄をなくせばいいだけです。

批判的な人への対処法としては、基本的に気にしないことと、究極は慣れるしかありませんね。

批判的な人への対処法とは?ブログに対する誹謗中傷コメント対策3選

私ほどの一流のブロガーとなれば月間10PVに届くまでになります


月間10PV以上になってくると、コメント欄批判的なことを書き込む人が増えていきます

そんな批判的な人への対処法と、ブログに対する誹謗中傷コメント対策を考えてみました。

私の運営するブログには、コメント欄をあえて「無記名・メールアドレスなし」で開放しているので、毎日のようにコメントが書かれます

感想3割・批判的なコメント3割・誹謗中傷コメント4割くらいでしょうか。


うそんなくだらない誹謗中傷コメントは慣れましたが、承認制にしているのであまりにも酷いコメントスパム認定します。

これが私なりの1番の対策ですが、精神から対策対処法は以下の通りです。



批判的な人への対処法と誹謗中傷コメント対策




批判的な人の誹謗中傷コメントに慣れていない人は、初めての誹謗中傷コメントは心をえぐられる気持ちになるでしょう。

私も最初の頃は気にしていましたが、今となっては貴重なご意見として受け入れています



批判的な人への対処法①ブログネタ勉強になると受け入れる




まりにも酷い内容は完全に無視しますが、痛いところを突かれているときは「これはいい勉強」と受け入れます


そして、すかさずブログネタしましょう。



情報として正しいことを書くのは当然ですが、自分意見を曲げる必要はありません。

発信内容で批判されているのなら、じっくり読んで頂いたことに感謝し、今後も宜しくお願いします的な感じで余裕を見せます

中には「もう2度とこのブログにはきません!」とわざわざコメントをしてくる人もいます

それはそれで、一件落着で嬉しいことです。



勉強になるところは勉強し、つまらない誹謗中傷コメントは数あるブログネタ程度に考えましょう。



批判的な人への対処法②攻撃的な返信をしない




批判的な人への対処法としては、まず攻撃的な返信はしてはいけません。


こちら側も同じような批判的な人になると、同じレベルになりますからね。

そんなくだらない誹謗中傷コメントで、あなたレベルを下げる必要はありません。



批判的な人は、ストレス解消で書いていることがほとんど。本気でブログ内容に関してコメントしている人なんていません。



もし本気で批判しているとしたら、相当なファンみたいなもの



ある意味、「ブログで影響力を与える」ということに関しては、すでに成功しているといってもいいでしょう。



まらない人間にならないためにも、同じような誹謗中傷コメントはしないことです。



批判的な人への対処法③基本的無視&忘れる




ブログ誹謗中傷コメントなどをする批判的な人への対処法としては、基本的無視するか、忘れること。



「それがなかなかできない」と悩む人もいるでしょう。



しかし、そんなつまらない批判的な人へのために、あなたの貴重な時間を費やすことほどもったいないことはありません。



確かに無視できることはできても、内容によっては忘れにくいこともあります

それでも無理にでも忘れるべき。

楽しいブログ継続していくためには、誰にでも起こる現象ですし、避けては通れない壁です。



ブログに影響力がついてきた証拠でもあるので、その辺を重点的に考えながら、ブログの成長を喜びましょう。



批判的な人への対処法とは?ブログに対する誹謗中傷コメント対策3選のまとめ







ブログ誹謗中傷コメントを書き込んだり、批判的な人のほとんどは暇な人です。

日頃のストレス発散と、自分のつまらない人生にたいしての不満の表れ。

ある意味では人助けと思って、このブログで未然に犯罪を防いでいる手助けをしているとポジティブに考えるのもいいですね。

そんな批判的な人へのために、ブログを辞める必要は全くありません。

どうしても誹謗中傷コメントを見たくないのであれば、コメント欄をなくせばいいだけです。

批判的な人への対処法としては、基本的に気にしないことと、究極は慣れるしかありませんね。

風邪の治りかけの時に気持ちが前向きになる現象

これって一体なんなの?

いつもネガティブ感情に包まれてるのに

年に2、3度風邪を引いてそれが治りかけた時だけは前向きな気持ちになれる

何か脳内ホルモンバランスの影響があると思うんだが、知識のない自分には全く検討もつかない

なんでそうなるか分かるやつおる?

2017-09-16

自分本音じゃ同じこと考えてるのに、人に言われるとなぜか腹が立つ

現象をもう少し短く表現したい

ゲームを10本しかやる時間のない人間ゲームソフトを1000本積むと

買うのに費やした時間によってやれるゲームの数が5本ぐらいになる。

この現象って何か名前ついてる?

俺は蒐集症候群って呼んでる

2017-09-15

昔のまんがのまんがライクな物理現象

吸い取り式の掃除機みたいなので

宝石やお宝などの目的物だけを都合よく吸い込む

anond:20170915164712

実際には短慮で横暴なだけなんだけど馬鹿にはそれが豪気で痛快に見える。トランプ現象

2017-09-14

あなたの近くにいます

「決して離れません」

あなたは私に恋し」

「忌み嫌い」

「逃げ惑い」

しか最後には私はあなたから逃げられない

「また、来ます

「私はただの現象に過ぎませんが、あなたの救いでもあります

クンダリーニ覚醒してみたい

巷で言われる”tantra masturbation”とか”エナジーオーガズム”と現象自体は同じだと思わる。

一定世界中体験者がいることから人間の体に共通しておこる現象みたいだし、めっぽう気持ちが良いらしいのでぜひとも体験したいのだが、なかなか自身には訪れてくれない。

anond:20170914013131

進化という現象にはどのような目的も一切存在しません。

空中での高圧放電によって稲妻が現れるという現象に何らかの目的があると思いますか?

  

さらに「進化多様性に向かう」というのも必ずしも正しくありません。そのような方向もあればそうでない方向もあります

進化メカニズムひとつが有名な自然選択ですが、自然選択は当然、遺伝変異表現変異の一意的な増加にはつながりません。

  

ようするに、進化というのは常に経験的事実であり、そこには目的もあらかじめ決められた方向もないということです。

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