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はてなキーワード: 脚本とは

2018-10-19

anond:20181019105307

脚本じゃなくてゲームで出てくる文字が読めてないってこと

初見リアクション大事からロケテはしない

逆転裁判で「もろちん、尋問する」ってあるけど9割の人間は正しく読めないっしょ

anond:20181019105654

脚本作るvtuber組織化されてる)はそう多くないだろうゆう話や。

2018-10-18

anond:20181018212446

本当に本気で嫌がってる脚本だったらだめかも…。大抵の脚本では、怖がりつつも感じてるように見えるから興奮できる。

ピンふり偉人名言

まだノベライズ買ってない(そのうち買う)からしかしたらそちらにはきちんと収録されているのかもしれない(ノベライズ担当原作者令丈ヒロ子は内容を大幅に変えてしまったと脚本吉田玲子に謝ったらしいので入ってないかもしれない)が、みんなピンふりピンふり言う割に名言ネットに残していない。名言好きっていう属性は事前告知チラシにもピンふりのプロフィールとして載っているが映画若おかみは小学生!」でピンふりは4つしか偉人名言を喋っていない。

「私はこの社会に いやこの宇宙に衝撃を与えたいの」by スティーブ・ジョブズ

「習わしは万物の王」 byロトドス

「汝の心に聞くな 心に教えろ」by トルストイ

「夢見ることができれば、それは実現できる」by ウォルト・ディズニー

この中で世の中(≒ネット)にある言葉そのままなのは一番最後ディズニーのものだけである。ヘロトドスのものは若干言い回しが違う。トルストイはこの名言のものがあまり広まっていない(≒検索しても見つからない)。スティーブ・ジョブズ名言も前半はジョブ自身が言ってるわけではなさそうだ。ただそれだけに、ピンふり本人は自分言葉を言いながら偉人名言を思い出しているのではないかとも思われる。ちなみに4つの名言のうちヘロトドスを除く3つまでがおっこに対して使われた言葉であり、もてなしに行くおっこを送った際に励ましに使ったディズニーのものを除く2つは学校教室で話している言葉である。「わたし普通ってものに埋もれたくない」と言って「時と場所にふさわしい衣装」なるもの否定した割にはTPOには敏感とも言える。なお「普通」という言葉に関しては関峰子もまた「普通なんて曖昧ものさしでお客様を計ってはいけない」と否定している。花の湯温泉でおかみとして働くには「普通」に反するこだわりは必須のものなのだろう。

追記:

家に帰る途中で青い鳥文庫ノベライズ買ってきた。挙げられてる名言全部あった。

「我の心に聞くな 心に教えろ」by トルストイについてははてブで指摘あった通り「汝」の聞き間違いだったのでそこ直した。あとは少々違うところとか、実はこの人の名言じゃないよとか書かれたとことかあるけどノベライズ=脚本でもないしそのままにしとく。気になる人はノベライズをどうぞ。

2018-10-17

2.5次元コンテンツ燃えさかっている話

引用抜粋お断りしますリンクタイトル貼付は可です

※ふわりと批判も書きましたが、新キャストに期待していますし新作公演も観に行く予定の人間が書いた記事です

燃えている燃えさかってるよねこれは燃えているよね燃えていますね。

2.5次元コンテンツ、つまりあんステあんさんぶるスターズ! オン・ステージ)」のことです。「あんステ」はアプリゲームあんさんぶるスターズ!」がメディアミックスして生まれ2.5次元舞台シリーズ総称。これまでに4作舞台公演があったほか、2018年9月に「あんステフェスティバル」として初のライブ公演がありました。

アプリゲーム略称は「あんスタ」、そのメディアミックス2.5次元舞台シリーズ略称が「あんステ」です。ちなみにキャラクターバーチャルモデルが踊り声優さんが声をつけたライブイベントは「スタライ」、声優さんが登壇してのライブイベントは「スタステ」です。

今回燃えているのは「あんステ」です。主に運営キャスト変更に関する部分への苦言が目立ちます

本題の前の基礎知識として、あんステ原作であるあんスタは夢ノ咲学院舞台としたアイドル育成ゲームであり、舞台に登場するのはアイドル達です。アイドルは数名でユニットを組み、主人公位置の「Trickstar」、学院王者fine」、次点に君臨する「紅月」などのユニットがあります

燃料その一として、9月あんステフェスをもって「fine」と「紅月」の初代キャスト卒業という発表がありました。あんステはそれまでに事務所都合や引退等、事情事情でのキャスト変更はあったものの、まだまだ演じ続けられるという意志のあるキャストを交代させるということはありませんでした。しかし、卒業という形を取るというのはそれがシリーズ方針になるのだろうということで、ひとまず納得がいきました。ただ卒業キャストの人たちの言葉の端々から運営から卒業の打診や説明について十分になされていないのではないかという印象を抱きました。

fineフェス前にキャス変があり、弓弦役が野嵜さんから渡邊さんに変わっています。彼は続投です

つづいて燃料その二として、あんステフェス公演後の応援上映会(東京京都で各複数回実施)のプログラムがあります。これは、大千秋楽映像での応援上映後、キャストトークがあるというプログラムでした。当初はその二本立てだった予定なのですが、ここにキャラクター扮装をした新キャストのお披露目の時間が追加されました。この辺りで運営の采配の悪さにいらいらしてきた人が多かったと思います卒業キャストトーク回もあるにもかかわらず、まだなじんでいないキャラクター扮装で客前に立たなければならないというのは、新キャストにとってもかなりのプレッシャーではなかったかと思います。実際観に行ったときはかなり皆さん緊張されていて差し出されたマイクにも気づかないくらいかちんこちんになっていましたし、客席も卒業公演の応援上映で大洪水になった顔と卒業キャストトークでめちゃくちゃつらくなった頭を抱えて、(そうか次はこの人たちか)と寂しさと不安を抱えて力なく舞台を見つめることしかできなかった人が多かったのではと察します。最高の状態キャラクターを演じてくださった卒業キャスト最後の最高のパフォーマンスを見た後で、どうしてキャラクター扮装の新キャストを見なくてはならないのか、ということに腹を立てた人もいたようです。

わたし東京の新キャスト披露初回と、京都の土曜昼の回に行きましたが、新キャストさんは緊張されながらもコメントされていて、悪い印象は抱きませんでした。どの方も緊張への対処コメントの仕方を考えられたと思いますし、内容が回毎で違っていたか、同じだったか、どんな様子で話したか、などは、緊張しているだろうけど、がんばってほしいなあと思うくらいで、批判対象として言及するまでもない程度に感じました。

個人的には新しい解釈キャラクターを見るのが楽しみな気持ちでいますし、卒業キャストの全員が原作キャラクター生き写しだったわけでもありません。卒業キャストそれぞれが自分の演じるキャラクターと向き合い、自分なりに最大限表現した結果が私たちに受け入れられているというだけの話です。だけの話といっても、そこが何より大切な部分であり、卒業キャストの素晴らしかった点であるのですが……。新キャストさんにはぜひ自分なりのキャラクター解釈を見つけていってほしいと思うのです。

さて、第三の燃料です。応援上映会がすべて終わり、翌日に新作のキャスト発表が行われました。新作の登場ユニットは「fine」、「紅月」、「Ra*bits」、「Valkyrie」の4ユニット総勢13名。fine、紅月からは弓弦(渡邊さん)が続投&6人代替わりで新キャスト(うち渡邊さん演じる弓弦はフェスからのキャス変)、Valkyrieは初登場のユニットなので2人が新キャスト、そしてRa*bitsは4人が続投(うち奥井さん演じる光はフェスからのキャス変)と思われていました。しかし、そこでもう1人キャス変がありました。Ra*bitsの創(櫻井さん)がそのとき初めてあんステ卒業と明かされたのです。正確にはあんステ運営ツイートだけでは新作のみの代役か、キャス変かが判断できませんでした。しかし同日投稿された櫻井さんのブログにて、あんステを実質卒業することが綴られていたのです。

あんステフェスという大きな舞台で、fineと紅月はユニット卒業という発表を受け、そうした脚本演出で演じ、新曲パフォーマンスをすることができました。私たちは会場で、彼らがこの曲を歌うのはこれで最後なんだ、と思って聴くことができましたし、彼らも最後という立場で歌ってくれていると想像することができました。しかし、Ra*bitsの創に関してはそうではありませんでした。櫻井さん演じる彼が、この次もRa*bitsの1人として舞台に立ってくれると信じて、これからもっと楽しみだなと幸せRa*bitsの演技やパフォーマンスを見ていました。

他の多くの2.5次元舞台キャスト変更は、そうしたサイレントものが大半なのかもしれません。しかし今回の場合卒業という制度があり、その対象となる役者キャラクタークローズアップされた演目となっていました。それだけに、櫻井さん演じる創のサイレントキャスト変更に対して、ファンは不意を突かれたものと感じたのです。運営はなぜもっと早く発表して、ユニット単位での卒業演出は難しかったとしても、せめて彼のフェス出演をわたしたちに「これが最後なんだ」という特別な目で見させてくれなかったのか、と。

そんな中、ある新キャストの方のツイートが悪い意味で注目されてしまったのは、不運かつ、ご本人の良くない手だったなと思います

この話題の前提として、わたし応援上映会での彼のあいさつを聞いて、新キャストさんのなかでもえんぴつみたいに(※)緊張せずにゆったりあいさつしてくれる方がいてこちらもほっとするな、と感じていました。

※(緊張した自分たちが)えんぴつみたい、というのは新キャストさんの1人がツイッターで呟かれていた内容。かわいいです。好きです

会の後、レポなどを検索していて毎回同じ内容だったというのを知っても、あ、緊張していなかったわけではなくて、もしかしたら緊張ゆえにああして話すことを決めて板の上で口ごもることのないように「演じて」いたのかなとも思いました。個人的には、そんなに悪い印象ではなかったのです。

しかしながら、ツイッターでは悪い印象がそこそこ広まっていました。実際に行って聞かれた方が不満などを呟くのは自由だと思いますしかし、ただでさえここまで書いてきたような内容で敏感になっていたあんステファンはその不満を拡散させ、ご本人の耳に届くようになってしまいました。ご本人がここでそういう意見もあると受け止め、無言をつらぬいて公演で示すか、あるいはツイッターでひとこと、意見を受け止め稽古に励む旨コメントすればよかったのではなかったか、と今では思いますが、実際には後者を選んだようでいて、その文末で荒っぽい表現を使うことを彼は選びました。彼に対して悪い印象のなかったわたしでも、あの表現を目にしたときは、なんでこんなことを言われなくてはならないんだろう、とぞっとして傷つきました。それだけ多方面暴力的に伝わってしま表現であると考えます。本当に良くない手を使われたと感じました。

こうしたあたりが、燃えさかりの理由であったり、経緯であったり、心情であったりするかと思います燃えるのはわたしとしては理解できます。ただし、いまだにご本人に悪罵を投げつけているアカウントが多いのは、それはまた悪質であると感じます。傷ついたから、間違っているか相手を無闇に無制限に殴っていいというのは大きな間違いです。それに彼の発言に訂正や謝罪を得たいならば、彼自身ではなく、事務所姿勢推し量る方が優先されると思います悪罵ではなくあくまで冷静に問い合わせることで、あのツイートファンやお客さんに向けたものとして適切であったか、ご本人や事務所に考えていただけたらいいなと思います

この頃炎上をよく目にしますが、叩けると思った相手に群がる匿名アカウント疲弊させられることは本当に恐ろしいなと思います。少し話がずれますが、正直あんスタ公式スカウト予告やイベント予告にぶらさがるツイートもかなり程度が低いですよね。恐怖です。

散漫な文章になってしまいましたが、わたしMoM、観に行きます仙台千秋楽良席をつかみに行きます。初回公演も絶対とってやります。演じるうちにみるみるうちに変容していくキャストさんが観たいからです。わたしフェス横浜初公演で初めて渡邊さんの弓弦くんの歌を聴いて、がんばれ! なんとか歌いきってくれ! と思ったド緊張転校生だったのですが、応援上映神戸千秋楽の彼の歌を聴いて、本当にすばらしく声が伸びるようになっていて感動したのです。そういうキャストさんが観たいのです。それにマリオネットは私の推しの友也(宮崎さん)が大活躍なはずです。絶対観に行きます

まだまだサイレントキャス変の恐れのある舞台に震えていますが、ひとまず自分の考えをまとめられて落ち着きました。なんとかMoM、いい公演に成ってくれたらいいなと思います(誤字ではありません。今は不安要素が多すぎるので)。日程・キャパが予定されていた刀ステからの流用という噂は本当なのでしょうか…… たしかにそれっぽいけど……

本当に散漫になってきましたが、新キャストさんたちが演じるキャラクタースカウトで出しているのを見るのが本当に好きです。にこにこしてしまます。でも課金はほどほどにして、無理せずキャラクターを好きになってもらえたら嬉しいなと思います。色々な解釈で演じられるキャラクターが好きです。新作、とても楽しみにしていますチケット無事とれますように……!

虚言美容垢がバズるということ

世の中の男を虜にし続けている西野七瀬や1000年に1度の逸材の橋本環奈に似ていると自称するアカウントが量産され、泡のように消えてはまた増える。

晒される、バズる自演する、垢を消す、別名義に逃げる。

もはや見慣れた光景となってしまった。

このようなイタチごっこは、所詮嘘つきの心を満たすだけなのだが、連鎖は止まらない。

嘘松」や「虚言垢」と称される前からネットには数多の虚言癖が存在するが、ここでは、私のかつての友人であった、虚言癖のAちゃんの話をしようと思う。

Aちゃんとは小学生から友達だった。

スタイルが良くて、ピアノが弾けて、足も速くて、真面目で優しいAちゃん。なんでもできる子だなと思っていた。

中学生で隣のクラスながらも同じ学級委員会に入り、関わる機会は少なくなかった。

ある日の放課後、Aちゃんに泣きながら「いじめられていて死にたい相談された。

詳しく聞くと、私のクラスメイトに殴られたり、暴言を浴びせられたそうだ。

当時、責任感の人一倍強かった私は、Aの異変に気づけなかったことやクラスメイトによるいじめを見抜けなかったことを非常に悔いた。

「私も守れなくてごめんねAちゃん

そう泣きながら告げると、彼女日記を渡してきた。どうやら日記をつけることが日課のようで、いじめのことが事細かに書いてあった。

他にも、同じ部活のBくんに告白されて付き合っていること。大好きな祖母が亡くなったこと。祖母が亡くなった上にいじめられて死にたいこと。Bくんには相談できないこと。たくさんのことがAちゃんの細くて綺麗な、いかにも習字を習っている人の字で綴られていた。

先生は動かないだろうと思った私は、自分証拠を集めることにした。いじめを認め、謝らせることが先決である。まずいじめ主犯格の子から問い詰めてみた。

当然「何も知らない」と言っていた。しかし、その子暴力を振るったとする日に最初から最後まで部活に出ている証言。Aちゃんが殴られた現場を見た人はいないどころか、殴られたらしい教室には人が何人か残っていたという証言

嫌な予感がした。辻褄が合わない。でもAちゃんはそんな嘘をつく子ではない…

証拠探しに励む中、Aちゃん普通の子ではないと気付いてしまった事件が起きた。

不要検査中、Aちゃんロッカーから私が見せられたのと同じ内容の日記複数冊出てきたのだ。別の日記ではなく、同じ内容の、祖母の死から恋、いじめまで綴られた同じ日付と内容の日記が何冊も、だ。

凡そ常人のすることではない。理解ができず恐怖した。不要検査をしていた風紀委員は、化け物に怯えるような声と顔で話してくれた。

事の顛末。Aちゃんの虚言癖が発覚し、私はAちゃんと縁を切った。騙されていたのが嫌だったのよりも、普通の子ではなかったAちゃんが怖くて仕方なかった。

彼女は息をするように嘘を吐いていたことになるが、泣きながら相談したAちゃんも演技には見えなかった。

まり彼女の中では日記は全て真実なのだ祖母が本当に亡くなっていたかは定かではなかったが、BくんはAちゃん告白された側で、虚言のことを伝えると「付き合って1ヶ月しないで別れてよかった」 Bくんは震えながらそう言った。Aちゃんの中ではまだ続いていることになっていたことは追い討ちをかけるようで言えなかった。

Aちゃんに「嘘だったんだね」と告げた時、「みんなに私を見て欲しかったの」

そう言っていた。

「私を見て欲しいから」という理由で嘘をつくのはAちゃん嘘松さんも大量の西野七瀬美白透明感爆発ブルベ美少女たちも同じであろう。

虚言垢をキャッキャと楽しんでいる人は、周りに虚言癖を持たない素敵な友人達を持った人なんだなと思う。

私はもう虚言癖に振り回されるのはごめんだが、ついついバズる虚言垢達を見ずにはいられない。怖いもの見たさなである

ただ一つ加えるとすれば、彼女達への「嘘乙!」「はい論破」は、煽ってる側からすれば顔を真っ赤にしている姿を思い浮かべるが、実際は火に油で、彼女達は悲劇のヒロイン脚本通りに進められてご満悦なのである

「虚言癖」が笑いとして消費される日が来ようとは、Aちゃんに恐怖したあの時の私は一切思わなかっただろう。

宇宙で一番嫌いな漫画

「……お前の描いてる、この漫画の主役たちってさあ。正直なところ、仕事仲間の寄り合いって感じが強くて、まったく魅力を感じないんだよ」

私の手に掴まれている手紙の文面は、そのような書き出しから始まった。目を背けたくなるのが道理だろうに、私の視線は縫いつけられたようにその文字列の上から動かせなくなった。

今朝、私はまだ日も昇らないうちに目覚めてしまった。仕方がないので新聞を取りに行こうとしたら、一緒にこの手紙発見したというわけだ。差出人の名は無く、私の名前けが封筒の表に大きく書かれていた。怪文書の類かもしれない、私は疑ったが、一応持って行っておいてもいいだろうと軽く考えてしまった。あの場でゴミ箱に入れてしまえばよかったのだ。

 私はこれでもそれなりに名の売れている漫画家だ。その中でも、今描いている漫画は私の描いた中でも最高だと自負している。そう思ってはいてもこれまでに批判を浴びたことは度々あった、だがこのような、よりにもよって、……キャラクター描写について指摘を受けるということなど、ただの一度も無かったのだ。

 「これまでは前作の手前、こいつらにも魅力はあるんだって思い込もうとしてたさ、でも、もう限界だ。無理だね。あのコミュニティ間に熱狂するのは不可能だ。なんだあの、殺伐とした主役校Iは」

 これはただの偏執的な、妄想に頭をやられた人間の世迷言だ。こんなものは一刻も早く捨ててしまうべきだ。私が作っている世界完璧だ。批判が溢れるはずのインターネット書き込み上ですら、私は私の作品の、ストーリー登場人物に対する表立った批判など見たことがない。

私に対する罵倒はいつも決まっている、やれ「絵が下手」だの「画面が地味」だの、描画に対する文句ばかりだ。そんなことは自分でも分かっているから、より上を目指すために甘んじて受け入れる。しかし、こんなことを書かれたのは初めてだ。

私は手紙丸めしまおうとして、止めた。読んだ上での批判であるなら、受ける義務はあるのではないか。たとえそれがまるで理屈が通っていないにしろ、一意見には違いないのだ。私は皺の寄った手紙をもう一度指で広げた。

 「見ていてもギスギスしすぎだし、個人の功を焦ってるし、チームワークも話の都合上身に着けただけだ。ベタベタして欲しいって言ってるんじゃない。かけがえのなさを仲間の内に見出せよ。形だけの、ハイタッチするとか、頭を撫でるとか、そんなのを求めてるんじゃない。そういうところを描けばみんな喜ぶだろう、と狙ってんのかどうかは知らないが、響いてこないんだ、そういうのは」

 そんなはずはない。この、指摘されている箇所、この描写に該当する話は特に読者の受けが良かった。ここで私は閃いた。この手紙を書いた人間は、相当ひねくれている。あるいは単純に、私に嫉妬しているだけだ。気付いてしまえば、どうということもない手紙だ。とりあえず最後まで流し読みをして、後はシュレッダーにでも掛けてしまおう。

 「お前、描けていたじゃねえか。こういう過程を経たからこういう結果になるっていう機械的論理だけじゃなかった。前作では、人間自然とこうなるって有様をしっかりと描いていたじゃないか

 首に冷や汗が伝った。天井を見た。床を凝視した、ベッドの下も覗き込んだ。なんだ、なんなんだこいつは。何故私が、捨てたことを、切り離したことを勘付いているのか。他の誰にも、読者だけじゃない、編集にも、アシスタントにも告げていないし気づかれてもいないことなのに。

 そんなことが、どうして分かる。お前に何が分かるというんだ。私が、どういう気持ちで今の漫画を描いているのか、知っているとでも言うのか。

しかもさあ、別にそんな、わざとらしいボディタッチとかやられてもさあ。お前らいつからそんなに距離が近くなったんだ? 馴れ馴れしくなったんだ? って白けるだろう。描けよ。そこをサボってどうする。こいつらが放課後にわいわいやってる姿がまるで浮かばないのはどうしてなんだ? 試合しかしてないのが問題なんじゃねえ。そこまでする思いやりの理由そいつが見えないからいけないんだ」

 違う。私のせいじゃない。硬派な方が受けるんだ。尚且つ、要所では触れ合いを多くしておいた方が、読者の反応も上がる。たとえ、そこに至るまでの経緯が見えなくても読者は気にしない。そんな細かいことに反応するような読み手は居ないんだ。だから、そんなことはしなくていいんだ。

 「前作は良かった」

手紙を握る、指の力が抜けそうになった。足もよろけて、背後にあった机で腰を打った。

あいつらの任侠じみた繋がり方は確かに良かった、ああいうのは特殊だ、というのを差し引いてもな。お前こうやって、まともな高校生の仲の良さを描けるだろう。描いていただろう。何がしたいんだ?」

 お前なんかに! 私は喉元まで出かかった叫び必死に呑み込んだ。呑みきれずに、一部はうめき声となって口から漏れ出た。私以外の人間に、分かるものか。







 前作の「あの人のために」、は良かった。あいつらは自分を見失わなかった。なんだあの連中の体たらく。まともなのは主人公だけだ。あとはみんな動機丸投げしやがって、自分が情けなくないのか、ええ!

 

 あいつらをあの作者の漫画キャラだと思いたくない。ストーリーのためのコマじゃねえかあれじゃ。なんのために話書いてんだよ、キャラのために描けるだろうが。お前はそれが出来るのに何でやらないんだよ。 全部薄っぺらいんだよ。演出が下手くそすぎってのもあるが、脚本があれだけよく出来てるのにこんなに胸に響いて来ないのは異常だ。話を良くするために他を全部ダメにするなんて馬鹿じゃねえの。

 なんでこんなに感情移入出来ない奴らしか居ないんだってことだ。回想だのもっともらしい理由づけだの、そういうのじゃねえよ。それが出来る腕を見せびらかしたいのか。違うだろう、あいつらは何がしたい、何を求めてる、そういうのは全部個人が決めるものだ。

 あいつの後悔なんてさ、あれはあんなに都合のいい話は無いと思ったね。「コレがこうしてああなった因果であって、コレがこのように作用してこうなりました」なんてのはいらないよ。元々やってたぐらいでいいんだ。矛盾なんてものを吹き飛ばせるだけの熱が確かにあったはずだ。一切合切なくしたなんてありえない。 失望してる。こいつだけは後悔するようなことはしないと思ったのに。違う。完璧ストーリーなんかいらない。わがままキャラが見たいんだ。自分意志で動く奴らが見たいんだ。アレは違う。認めるもんか、あんなのはお前が書いたキャラじゃない。

 面白さなんていらないと思った。漫画に要るのはそういうんじゃない。作者の持つ欲求であり、キャラの我だ。動いてくれればそれでいいんだ。何をはき違えたんだお前。そんなものは誰も求めてない、そんなもので人は揺さぶられない。それは計算つくしたお涙ちょうだいだ。配分を読み切った作品だ。そんなものは読みたくなかった。文学に任せろ、そんなもん。お前の漫画にそれは絶対必要なかった! 主人公校だけが舞台装置として完全にキャラが死に切ってるのは不幸すぎた。主人公がまともに見えるのは、おそらく自己投影しているから。もうそれでもいいなんでもいいかキャラが生きていると実感させてくれ。お人形遊びに付き合わすのはもうやめろ。

 お前は自分が持ってた才能を全部捨てたんだ。ネームを描く力も、絵の魅力も、そこに人が居て生きている、と思わせてくれる熱も、全部無くした。

 話なんかどうでもいいんだよ。少なくとも、あれだけやれれば。お前は何がしたかったんだ。お前はそれらを引き換えに、完璧な話を作りたかったのか。イレギュラーの起こりえない絶対的なものを。なら捨てろ。そんな才能は捨ててしまえ。物語に拘泥して動けなくなるようなら、もう漫画なんて描くな! パッとしないのは絵のせいじゃねえよ。あんな話の出来だけいいもん見せられたって何とも思わないよ。面白ものはああ面白かった、と消化されて終わる。矛盾だらけの継ぎ接ぎ脚本でも、キャラクターが動き、演出で心を惹きつけ、見ているだけで楽しいものは忘れられない。

 お前は特化する方向を間違えたんだ。出来ることをやってりゃよかったんだ。お前、これからどうするつもりだ。もう漫画は描けないはずだ。描くんなら軽蔑するね。何もできなくなったくせにまだしがみつくのかって。

 漫画ってのは総合芸術だよ。絵もコマ割りもトーンワーク視線誘導もセリフ回しもなにもかも含めた画面作り、その中を動き回るキャラ、話。漫画は生き物だ。ハリボテなんかじゃない。どうしてそれを忘れたんだ。知ってただろ。やってたんだ。どうして出来なくなった、道を間違えた……。 

この漫画は嫌いだ。もうダメだ。これから良くなるんだったら手のひらいくらでも返すが、無理だ。こんなもの見るためにお前の漫画読んでたんじゃねえよ。

 仕切りなおしていろんなもんを無かったことにするぐらいしか方法が見えない。ここまで人間味の感じられない漫画になるとは思わなかった。シナリオの書き方、セリフが導かれる論拠、ともに完璧。それがどうしたぜんぜん面白くない。

 何回読んでも印象に残らねーのはそのせいだ。オレの記憶力じゃねえ、一回こっきりしか読んでねえのだってもうちょっとマトモに覚えてるぜ。 

ダメだ。話題を目にしただけで吐きそう。もうこの漫画に関わりあいたくない。

 どうしてこんなになるまで入れ込んでしまったんだろう。どうして普通に好きでいられなかったんだろう。

 答えは出ている。前作を読まなければ、存在に気づかなければよかった。

 初めて手に取った時、かけらも期待していなかった。読み終わった後土下座した。

 なんて面白漫画なんだろう、なんて完成された非の打ちどころのない脚本だろう。キャラクター舞台の中で生き生きとその生きざまをこちらに伝えてくる。なんて感動的な話なんだ。すばらしい。

 そこで終わっておけばよかった。

 あの漫画面白い。今に至るまで何も変わらない。それでも受け入れられなくなった。拒絶するしかなくなった。

 全部前作の焼き直し。パッチワーク。いいとこどり。リテイク、もしくはリメイク。それも、そういうものとして見た場合、非常に出来が悪い。

 知らなかったら良かった。単品で見たらこんなに面白漫画は今の日本にはほとんどない。前作を下敷きにしていると気づかなかったら誰もが熱狂する。

 他の作品に似ているところやなんかはね、メッキだよ。中にあるものを隠すための見せかけだ。読んだ奴みんな引っかかった。自分以外誰一人として気づいちゃいない気づくはずがない。妄想じゃないんだよもしそうだったらあんな配置にしない。

 他の作品酷似している、設定だけは! 結局あいつがやりたかったのはそんなんじゃない。バラバラでめちゃくちゃに終わらせてしまった何よりも愛しているあの世界をより完璧にするためだけの踏み台あいつらの生に意味を与えるための儀式

 前作のあいつらは徹底的ムラ社会で怖いというか陰湿だったけどそこが驚異の連帯感に繋がっていてなおかつちょっとイカれてるぐらいの精神面に直結してるという奇跡みたいなバランスだったというかこういうのを書かないんだったらまっとうなコミュニティ勝負するべきだった。

 今作も強豪かやや強いぐらいの高校でよかったはずなんだけどねえ。前作と色を変えるならこっちは根っから個人主義で前半はそれぞれ意地張り合ってなかなかうまく行かないとか、それでよかった。

 ちぐはぐすぎるんだよ。殺伐としたままで書きたいなら全体的に性格を歪ませるべきだし、いい人だらけにするなら融和はもっと初期に来ないとおかしい。

 試合展開も無慈悲なだけでリアルかと言われるとどうかと思う。

 なんもかんも薄っぺらい。抑揚がない。緩急をつけられてない。メリハリに欠ける。ただだらーっと緊迫したようなシリアスらしき雰囲気淡々と垂れ流し続けているだけ。

 現実味も全くない。そう言われるのは容赦がないから。ただそれだけ。本当にそれだけ。そこ以外に何一つとして肉感が感じ取れない。漫画っぽい、フィクション香りがする。

 おかしいよ。前作で出来ていたはずのことが何一つ出来なくなっている。終始しみったれた湿っぽい鬱々とした話が延々と続いている、カタルシスの欠片もない。

 ネームは前作中盤から怪しくなり、冗長病もその頃発症。絵柄はせっかく良くなったのにどんどん悪くなって今じゃやる気あんのかと問いたくなる。それでも話とキャラの芯だけは捉えていたのだ。だから最後まで好きだったし読んでいられた。

 なんでこんなに辛気臭いんだよ。暗いのとただうっとうしいのは別物だ。

 確かに前作の脚本は作りが甘かった。穴もあちこちにあった。終盤はSのことを抜きにしてもやりすぎた。全体として全くバランスが取れていない。出来はいいとは言い難い。

 だからどうした。あっちには陰と陽が確かにはっきりと存在していた。コントラストが美しかった。日が暮れてもまた必ず夜は明けるのだと感じられた。大切なのはそこだろうがよ。

 完全なる穴のない脚本からってそれがずーっと日の当たらないじめめしたところをいつまでも這ってるような話だったら意味がない。

 最後に今までが嘘だったかのように明るくなるんだろうどうせ、しかし遅い。遅すぎる。いつまでやってる気だ。

 バランス感覚がおかしいんだよ。根本的に存在してないんだよ。前作はそれが萌え駄目として表出したが今回はなんだこれ、完璧なる脚本萌えか? 破綻がなくてもこれは失敗っていうんだよアホが!

 前作は明るかったから何があっても相殺されてたと痛感する。今作のあいつらをあん意味もなく馴れ合わない関係にしたのはどう考えても間違っていた。ストーリーラインが暗いのにメインまで暗かったらそれはただの胸糞悪い話だ。

 

 今から仲が良くなっても都合だとしか思えない。もともと顔見知りの連中はかろうじて許そう。それ以外は何故このタイミング唐突に実はオレたち元からこんな関係ですみたいな顔をするんだ? 何を考えたらこんな描写が出来るんだ? 読者を舐め腐ってるんじゃないのか? 何故大多数の読者は頭空っぽにしてちょーかんどー泣けるーかっこいーしか言わない? おかしいだろ? 気づけってんだよ! てめえらがそんなんだからなにも変わらなかったんじゃねえか!!

前作のSはなんで人気が出なかったんだろう。あんなにバカ丁寧に描写して、一番力を入れていたのに。

 いやまあ分かるよ。あん内面感情移入できるような気グルはそう居ない。Sは狂っていた。治ったのかどうかも怪しい。というか性根は治ってない。あんなのを可哀想とかがんばれとか応援できる方がどうかしてる。

 今作のキャラにはそこまで思い入れがあるのか怪しさすらある。あんな作者じゃなかったんだけどなあ。客観性重要さは覚えたけどいくらなんでもキャラから遠ざかりすぎっていうか、その割に主人公がゴテゴテしてるのはまあ、趣味なんだろうけど。

 主人公だけ趣味に走るというのは悪くない。悪くないけど作者の趣味世間の99%の人間からかけ離れているのが問題だった。

 うん、前作みたいに趣味の要素を散らした方がよかったね。主人公より好きなキャラが出来て自制が効かなくなりそうならもう諦めてそいつ視点にすりゃいいし。それやっても破たんさせないだけの能力があるんだからやってもよかったよね。

 この作者の趣味って結局これ「人間欠点」だからな。欠点萌えからな。Sの性格視野狭窄強迫神経症とかOのスランプ通り越してイップスとか前作主人公エゴイストなとことかYの結局自分楽しいからやってただけってとことかKの子供っぽいとことかあいつのプライドが高くて足元が見えて無さそうなところとか。

 そんなん一キャラにつっこんだらどうなるかぐらい予想してよ。欠点と言えばコミュ障のIが居るが前作にコミュ障が居ないのであれはただの欠点だし、臆病とか自身の無さはなんだろう……前作だと開き直ってたからやっぱあれもただの演出なんだな。好きな欠点とそうでもないのがあって好きな方を全部主人公に入れたのか……アホだろ! 

 普通の読者にはそんな趣味はないからね。みんな強くて頼りになって優しい人が好きだからね。人間の弱さになんて興味持たないからね。俺ツエー嫌いとかいう奴居るけどウジウジやってるのも嫌うんだろそいつら。バカじゃねえのと思う。

 本気で人間の弱いところ欠けているところ一般的に好かれないようなところに魅力を感じて、気が狂っているような思考回路がかっこよくて、追い詰められて何も見えなくなって死にそうになっている人間燃えるなんて奴は狂人だよ。みんなそんなのはファッションで持て囃すだけで、本当に好きなのはまともな人間だけだよ。作者が狂っていたから、狂っているくせに「まともでカッコいい人間」を誰よりも完璧に書けるからいけなかった。

 あんなの誰が愛すんだよ。お前と一部の物好きだけだろ。主人公になら愛を偏らせても物語はそうそうぶっ壊れない、だけどあんなのが主人公になったらダメだろう。最後に全部持ってっちゃダメだろう。それで納得する奴なんか、お前と俺しか居ないだろ。

 

 …………ああやっぱりそれでも俺だけは、この世で俺だけはそれを望む。人の苦痛を、悩む姿を、まともな脳の構造ならそもそも問題にもしないようなところで必死にもがいて息が出来ないとうめいているところを、やっとのことでそこから這い上がって人の優しさに涙するところが見たいんだ。

 Sは性格が歪んで神経症だったりして狂っていた。主人公は生まれときから狂っていた。狂人葛藤し悶絶し一度は絶望希望見出し覚醒するなんて展開はね、受けないんですよ。受けるわけないでしょう。だってこの世にいらっしゃるほぼすべての人間正気なんですからね。狂人の苦しみなんか分かる訳がないんですよ。そんなの見せられたってピンと来ないしつまらないんですよ。

 だから好きだった。他の誰も描けない漫画だった。お前が一番誇っていい個性だった。でもそれは大多数にとっていらない才能だった。しょうがいか迎合した。そちらの方面でもたぐいまれなる才能を持ってたからなんとかなった。俺は悲しい。理由が分かっているから悲しい。

 俺だけは好きだった。あの狂気が一番好きだった。気が狂っている人間たちの美しさが好きだったんだ。

日本テレビ番組あるある

なかでも過剰だと思うところを挙げていく

・過剰な笑い声

誰かがなんか面白げなこと言ったらワハハ

面白くなくてもワハハ

とりあえず笑い声を入れておけの精神

効果音でもいいから賑やかそうの精神

・過剰な字幕

いわゆるテロップ

常に画面内に存在する

出演者のどうでもいいコメントもでっかく表示される

色分けや強調もしてフォントも変えて演出にもこだわるの精神

YouTubeでもみんなテレビみたいな字幕入れててうんざり

でも耳が遠いおばあちゃんは字がでかくて助かるわといっていたので

高齢者聴覚障害者にとっては必須かもしれない

・過剰な小窓

いわゆるワイプ

常に画面内に存在する

出演者のどうでもいいリアクションをしっかり見せてくれる

別にそんなもん映さなくていいしいちいちワイプ用の顔作んなくていいよ

これも字幕と合わせてYouTuberにしっかり継承されている

日守秋星

・過剰な情報量

色んな情報が常に画面に詰め込まれている

朝の情報番組とか特にすごい

時間、天気、番組名、放送局名、コーナー名、ワイプ字幕、その他もろもろ

まさに情報番組

・過剰な背景セット

出演者の背景にあって出演者より目立つこと多数

空いたスペースは寂しいので物で埋めておこうの精神によって

わけのわからん謎のオブジェクトや小物が隅々まで配置されている

番組ジャンル放送局関係なくこれは共通しており

どのチャンネルに合わせても背景はだいたいゴチャゴチャしている

シンプルな背景の番組希少種

バラエテイ番組ではキラキラギラギラした素材のやつと小さい電球が必ず登場する

・過剰な人員

背景と同じく画面が人で埋まってりゃ映えるの精神によって

とりあえず各方面から人が集められ配置される

そして金をかけた番組ほどひな祭りになる

そうでない番組でも横一列にズラッと人を並ばせる

テレビ局の偉い人間はとにかく人を並ばせるのが好き

朝のニュース番組ですら例外ではない

なんでなんだよ

・過剰なまでにお馴染みの面々

どのチャンネル吉本ジャニーズ秋元康あたりで回っている

こいつらばっかりも退屈なんで他勢力がぶち壊してほしい

そして同じ歴史を繰り返してほしい

がんばれ孫権

・過剰なリアクション

出川哲朗

・過剰に煽るナレーション

立木文彦

・過剰な日本賛美

外国人日本のここがすごいと言わせる系のアレ

褒められて気持ちよくなるための自慰番組

今はもうだいぶ下火になったが何年も続いた人気コンテンツ

あるとき親父がアレをみてニヤついてて寒気がした

ハバネロボスの頃ですらアレだと思っていたのに

ネットの後追いでテレビでも段々やるようになって

各局横並びでそういうのばかりになってしまった

悪い意味でいくとこまでいってしまった例

・過剰な非現実感

ドラマ吹き替えを見ていると演技や脚本台詞回しが

日常で見ているものと全く違って見えるという怪奇現象がよく起きる

現実にはありえないような口調で喋る人間大勢出てくる

・過剰な番組

とりあえず番組を増やして賑やかそう儲けようの精神によって

朝早くから夜遅くまで放送したり三ヶ月で大量の番組を入れ替えたりしている

そんなだからブラックなんだろテレビ局はもっと休めよと言いたい

そしてドラマもっと数減らして予算かけていいもの作れんのかと

アイアムアヒーローは長期ドラマやれんのか

映画版が良かっただけにウォーキングデッドだわ

あとアニメも毎期毎期なんやかんやで作り過ぎなんだわ

ここまで挙げてみて意外と自分テレビ見てんのなと思った

あとちんこは言っていいけどまんこ絶対言っちゃダメ感も過剰だと思った

2018-10-16

anond:20181016150643

敏樹と靖子にゃん脚本以外の作品適当な順番で先に見せてから

だんだん厳しい方へ持って行け。

最後龍騎でいいぞ。

そのあとアマゾンズ見ろって言う。

anond:20181016142652

ならない。なぜなら無印ガンダム作画も粗いし脚本的に結構スカスカな部分もあるから。(特に中盤戦位)

後半戦の圧縮された展開なんかは今でも結構クるものはあるが、それでもガンタンクxザクレロみたいな話的に無駄な部分も山ほどある。

無印TVガンダムは、今見直させるのはそこそこきついぞ。ガンダム仕事するんじゃなきゃ劇場版3部作でおk

2018-10-15

anond:20181015114630

感想が見つからないんだよ。演技はともかく、脚本について。

スティーブキング原作映画はだいたいどれも話からして面白いのに、何でこれだけ面白くない(のに評価されてる)んだろうと。

大映画でのイキり方

「感動作みても面白くなかった~」

「作り手として見てるから脚本が気になって映画に没入できなかった」

あとひとつは?

2018年秋の連ドラの第1話をいろいろ見ていく

まだ未消化のや未放送のが多いがひとまず。

あくま1話感想なんで、2話以降どうなってるかは関係なし。

特に気に入ったのは◎、まあまあ気に入ったのは○。

 

まんぷく

<あらすじ>

インスタントラーメン発明するらしい。

感想

15分では特に良いとも悪いとも。

アラサー安藤サクラは役柄の18歳に見えるとまでは言わないにせよ年齢不詳な感じに頑張っているが、姉のアラフォー内田有紀は素で下手すると安藤サクラより年下に見えるくらい年齢不詳なので、なんだか不思議な感じになっている。

 

警視庁捜査資料管理室(仮)』

<あらすじ>

捜査資料データ化する男が安楽椅子探偵……ごっこ?

感想

一人芝居の分量が多い分、説明ナレーションを多用したり、主人公推理の酷さを本編内でツッコまず予告でメタ的にツッコんだり、かと言って一人芝居を貫くわけでもなく……ならずっと二人芝居にした方が無理がなかったんじゃ。

 

PRINCE OF LEGEND』○

<あらすじ>

王子キャラの男達が伝説王子の座を競う現代逆ハーレムものってことでいいのか?

感想

逆ハーレムに興味なくても楽しめる程度にきちんと馬鹿馬鹿しい。

1話のメインの王子の、死んだ母親から酷い夫の代わりに理想王子として育てられたという設定はグロテスク呪いに思えたが、作り手は自覚的っぽく、ヒロインについて心酔する母の生まれ変わりかもなどと多くの女性が引くであろう台詞まで彼に言わせてるあたり興味深い。

14人の王子ドミノ倒しみたいな壁ドンアイキャッチは絵的には面白いが、王子の、延いては女性の好みの多様性否定に思える。

 

『天 天和通りの快男児

<あらすじ>

ざわざわ賭け麻雀

感想

麻雀がわからないとやっぱりもどかしさがあるのと、人生を賭けたドキドキとかべつに味わいたくないなぁというのと。古川雄輝の役も、思い上がった若者鼻っ柱を折られてスッキリという役割なのだろうがあまり酷い目にあってほしくない。おかやまはじめの追い詰められた小市民役はハマっていたが。

 

ブラックスキャンダル

<あらすじ>

木村多江の次は山口紗弥加復讐するよ。

感想

下世話な面白さは『ブラックリベンジ』同様。夏恋(字面込みで憶えやすい役名だ)って女優スキャンダルの餌食にならなかったのは都合が良すぎだが。整形前のヒロイン松本まりかの熱演もいいが、悪役平岩紙の「しろなんて言ってないよぉ」「夏恋、頑張って」の言い方がツボ。

 

このマンガがすごい!

<あらすじ>

このマンガキャラを演じたい!

感想

出来あがった実写作品(とあれで言えるかはわからないが)よりも制作過程のアレコレがメインで、テレ東一連の人気役者を使ったドキュメンタリードラマっぽいな。……このシリーズ、わざとらしくて苦手。

ガラスの仮面』でキャストにド素人集めて上手くいく話があったけど、やっぱり素人素人だと思った。

 

結婚相手抽選で』

<あらすじ>

オトナ高校』や『恋と嘘』のシリアス版。

感想

主題歌が『オトナ高校』と同じ高橋優っていいのだろうか。こちらの暗さの方が彼に合っているかもしれんが。

シリアスな分、非現実的な設定が飲み込みづらい。いや、現実にあの法案が通ることはなくても、本音では肯定ちゃうような政治家結構いそうではあるが。

主人公に真面目に申し上げておくと、恋愛できなくても欠陥品ではないし、合コンの女は酷いが、劣等感を埋める為に結婚を強いられる社会を望むのは相手のことを考えてなくてアウト。

 

深夜のダメ恋図鑑

<あらすじ>

だめんずぶったぎってすっきり。

感想

うーむ、原作から大きな改変はないけど、原作面白さが再現されてるかは微妙な感じがする。「もうちょっと聞いて貰えます?」って、ほんと、何故もうちょっと聞かずに話の流れを止めたのだろう。あと現実感がないとすっきり感も薄れるという点で、コメディ的な誇張も注意が必要だと思った。

 

『SUITS/スーツ

<あらすじ>

弁護士織田裕二が、ちょっと悪どいけど勝つ。

感想

原作海外ドラマは知らない。織田裕二が少々ダーティなのだが、準主役的な子分中島裕翔もぶっとんだ設定かつ強かさも気の毒さも欠いた微妙問題児で、感情移入のやり場に困った。

 

『過ちスクランブル

<あらすじ>

社員社長と客の三角関係

感想

仕事能力が低いからといって恋を成熟させる資格がないわけではないが、しかヒロイン応援したくなる要素が恋敵が悪女であることくらいしかないのはつらい。

 

『僕らは奇跡でできている』○

<あらすじ>

一風変わった動物行動学の先生

感想

やたら地味な企画だが、『ざんねんないきもの事典』のヒットあたりから企画だろうか。まったりと楽しくはある。あの宿題は調べるなと言われてもみんなネットで調べちゃうだろうと思ったが。あと動物行動学+人間ドラマって自然主義誤謬っぽくなりそうと思っていたが、1話童話うさぎと亀って動物行動学と関係なかった。

 

中学聖日記

<あらすじ>

高校じゃなく中学教師と生徒と恋愛もの……って今までにあったっけ?

感想

センセーショナルに思われそうな題材だが、パスワードが盗まれたりとかボヤ騒ぎが起きたりとか、高尚ぶらず普通にセンセーショナルな作りであった。

夏川結衣池谷のぶえと紛らわしい感じになっているのは役作りだろうか(年相応なだけではあるが)。

 

『GAKUYA~開場は開演の30分前です~』

<あらすじ>

演劇開演前のドタバタ

感想

会話劇としてクスリとくるところはあったもの脚本の妙を感じるまでには至らず。男二人の髪型被りに意味はなかったんだな。

 

『獣になれない私たち』◎

<あらすじ>

恋人社長も同僚も営業先も両親もみんないっぺん母ちゃんの腹の中からやり直してきな!!とぶち切れられない理性の人。

感想

いや父親は死んでるし母親は縁切ってるし会社最後に少し救いが見えたが、それにしてもヒロイン境遇のしんどさに震える。救いが見えたと言ってもタイトルからしてどこまでヒロインが戦えるかわからんし。ぐいぐい引き込まれたのはさすがの野木脚本で、今クール本命だろうという予想はクオリティ的には全く裏切られてないけど、次回以降の視聴率大丈夫か。いやここで脱落する方が後味悪いからみんな見続けようぜ。

 

リーガルV ~元弁護士小鳥翔子~』

<あらすじ>

鉄オタの元弁護士弱者を救って金儲け。

感想

主人公珍名を付けようと思いながら小鳥遊というド定番を選ぶ思考回路の謎。

初回の題材が痴漢冤罪なのはいいとしても、自称被害者は真面目な女子大生「と見せかけて実は」ホステスで金目当ての狂言でしたって世間バイアスに全乗っかりだな。次回予告でもハニートラップなんて文字が踊ってたのはまあ、次回を見てからコメントすべきかもしれないが。

 

『大恋愛~僕を忘れる君と』

<あらすじ>

Pure Soul』とその韓国リメイクの『私の頭の中の消しゴム』は憶えてるがその日本リメイクの『私の頭の中の消しゴム』というのが思い出せないが本作はべつにリメイクじゃない。

感想

合理主義的な松岡昌宏婚約する戸田恵梨香合理主義っぽいが、癒し系ムロツヨシにほだされていくのかな……と思いきやムロツヨシは捻くれてて、なのによくわからんけど戸田恵梨香が菊地・獣・凛子もびっくりの理性のなさでムロツヨシに突っ走ってて理解不能だったのだが、あれはひょっとしてアルツハイマーの症状として理解不能な感じなの? それとも単に大石脚本ヒロインから理解不能なの?(『コントレール』の肉食系で済ませられないヒロインを思い出した)

 

忘却のサチコ

<あらすじ>

大変旨~私は忘れる君を。

感想

婚約破棄、小説家長谷川朝晴、そして忘却……って紛らわしいけどアルツハイマーものではなく、グルメものというあまり興味のないジャンルだが、たしかに美味しそうだし、グルメ以外のパートコミカル演出も効いている。

2018-10-14

初めて2.5次元ミュージカルを観た話

チラ裏

半年以上昔の話だし、フェイクも入ってる。

決していい話ではない。


今年の頭に、初めて2.5次元舞台を見に行った。主演キャラを変えながら、定期的に続いてる舞台だ。

原作ジャンル自体はずっと応援していたけれど、2次元キャラが目の前で動いてるのを観る、というのがプレッシャーイメージと違ったらどうしようとか、脚本とか演出が合わなくても退席できないぞ、とか考えていたのだ。余計な心配だったけど)で、舞台の方はずっとスルーしていた。

しかしそうも言ってられない事情ができた。

次の主演に抜擢されたのは、私の推しだったのだ。

私の推し個性が薄いというか、濃すぎるキャラたちの中に放り込まれ普通の子、みたいなタイプで、狂言回し的な出番があったとしてもメインに回るような感じではなかった。なのに主演。

今後もずっと濃いキャラで回していくと思ってた舞台センターに、推しが立つ。

まじかよ。

すぐにスケジュール確認した。2週間ほどの上演期間中、都合がつけられそうなのはたった1日、夜公演の1回だけだ。

祈るような気持ちチケットを取った。

結論から言って舞台は最高だった。

私の推しはもちろんのこと、あらゆる全てのキャラクターが全力で歌って踊って生きていた。

今までの公演を観なかったことよりも、たった一度の今回の公演を観られたことを神さまに感謝したい気持ちだった。舞台を作り上げた方々や、これまでの公演に通いシリーズを支えた先人たち一人一人にお礼を伝えたいと思った。

でもひとつだけ後悔がある。

メインキャスト最後挨拶コール&レスポンスを決めよう!となった時のことだ。

初めての観劇だった私は戸惑った。

ミュージカルでコーレス

お客さん参加型の曲は1つもなかったのに??

でもそれ以上に困ったことがある。

私の推し、地味で特徴ないのに、どうしよう。

いや特徴はある、あるんだけど、推しと言えばー?○○ー!!の、○○に入る決定的な言葉が見当たらない。他のお客さんたちと揃う気がしない。

どうしよう。

まごついているうちにキャストさんが声をあげた。

「△△と言えばー?」

●●ー!と応えるお客さんの声は、決して大きくなかった。

●●に入る言葉も、誰もが納得のいく的確なものではなかった。

だって推しは地味で、他に比べて個性が薄いのだ。

私以外のお客さんたちも、同じように戸惑って、何とか応えようとしたのだろう空気を感じたが、そもそも声を出すことすらできなかった私にどうこう言う資格はない。

ないのだけれど、でも、もっと他にいい言葉があった。

その言葉を瞬時に見つけられなかった。

推し申し訳ない。

恥ずかしい。

申し訳ない。

しかし、繰り返しになるが、舞台は本当に最高だった。

後悔することはあるけれど、今度はもっと推しのことを考えて、これ!というワードを見つけておけばいい。

から今回は楽しかった感想だけを呟こうとTwitterを開いた。

最初に目に入ったのは、件のコーレスについての連続ツイートだった。

以下、覚えている限りの内容を書く。

-----------

何で推しのコーレスがああなったの

もっと他にいい言葉あったよ

△△を推してない人が多かったってこと?

私はこの舞台にたくさん通ってたのに、どうして私が行けない日にコーレスを決めるの

私が居ればこんなことにさせなかった

昔鍛えてたから声の大きさに自信ある、何十人分もの声を出すのに

キャラクターの大事なことが、ファン投票とかアンケートとかではなく、声の大きさだけで決まるってこと?

秋のライブミュージカルナンバーを歌うライブ公演があるらしいことを、無知な私はこの時知った)でもこのコーレスやるの?

耐えられない

この後の公演でもこのコーレス強制される?

推しのこと呼んであげたいけど無理。地蔵になるしかない

ほんとに何でこんなことになったの

何で

----------

読み終えてすぐTwitterを閉じた。

舞台なんか行かなければ良かった、と思った。

私が行かなければ、連続ツイートの方のような、あるいはもっと熱い気持ち推しに持っている方に席が当たったかもしれないのに。

あのキャラ推しだと言いながら、推しに掛ける言葉がない私よりも、もっとふさわしい人が公演を観るべきだったのに。

シリーズを支えて、追い続けているファンの方々に、感謝よりも先にお詫びをしなければならないと思った。

本当に、申し訳ない。ごめんなさい。

2週間ほどの公演期間中、唯一行ける日が、どうしてコーレスを決める日だったのだろう。

どうして1日だけ都合がついてしまったのだろう。

私のスケジュールもっと詰まっていれば、観に行こうなんて思わなかったのに。

チケットが取れなければ良かったのに。

結局、そのジャンルについてのTwitterアカウントは削除した。

ここまでが、今年の頭にあったことだ。

今この文章を書く気になったのは、現在使っている雑多なアカウントフォロワーづてに、かの舞台ライブ公演が無事に終わったことを知ったからだ。

気合いの入ったフラワースタンドが飾られていたことと、連続ツイートの方も参加したらしいことも同時に知った。

おめでとう。最高の舞台が素敵な閉じかたをしてくれたのなら、本当に良かった。

来年予定されている新作公演も、盛り上がりますように。

でも、私はもう、二度と行けない。

2018-10-13

小説家になるには

https://anond.hatelabo.jp/20181012144629

この手の話については業界内で共有されてる名著がいくつもあるので、それらを読んだら良いです。

まず手塚治虫マンガの描き方―似顔絵から長編まで』という本があるので読みましょう。漫画対象に書いた本ですが、小説にも重なる点が多いです。何より分かりやすい。

(ちなみに『寄生獣』の岩明均はこの本読んで漫画を描き始めたそうな)

小説プロパーで言うと三島由紀夫小説読本』の中に小説の書き方を書いた一節があります上記手塚著と重なるところが多いですが、アプローチが違うので比較して読むと得るところが多いです。

仁義なき戦い』の脚本家笠原和夫の本(確か『「仁義なき戦い調査取材録集成』かな?)の中にも脚本の書き方を書いた一節があります。やっぱり手塚著と被ってきますが、すぐ読めるのでお勧め

最近の本だと荒木飛呂彦荒木飛呂彦漫画術』という本があります。これも手塚著とかなり被りますがより詳細で良いです。

小説物語)の書き方を書いた本はこれの他にも沢山ありますが、言っていることの大筋は大して変わりません。数冊読んだ上で実践するのが一番でしょう。

若おかみは小学生! を観に行ってないのが許されるのは中学生までだよね (感想)

若おかみは小学生を見てきた

両親が交通事故で亡くなっておばあちゃん経営する温泉旅館〈春の屋〉で小学生のおっこが若おかみ修行をするっていうあらすじからしてもう年寄りの涙腺が崩壊確定。

まだ観ていない人のために私から伝えられるのは

おっこが!!!かわいい!!!!!!!!!

以上だ。

これより下はネタバレ含む感想垂れ流し文章から未鑑賞の方は今すぐブラウザバックしてその足でお近くの映画館に行くがいい。















開始五分で両親がおっこに花の湯温泉ドグマを受け渡し、交通事故で両親が退場するスピード感。もうここでメンタルがギッタンギッタンに引き裂かれた。ここから後この娘子はどれだけの心労と苦労とを重ねなければならないのかが容易に想像されて、もういいから早く!!!!!!の子幸せにしてあげて!!!!!ハッピーエンドを我々は所望する!!!!!わからんのか!!!!!!スタッフ!!!!!!!!と残りの80分弱叫び続けていた。もうね、家族3人で住んでいたアパートを一人でランドセルを背負ってキャリーケースを引きながら電車に乗るおっこがかわいそうでかわいそうでもうおばちゃん心がしんどかったわ・・・。隣のボックス席には父親母親に構ってもらえる子供の様子が見えてるしさ・・・。もうおっこ(と我々)の心にダメージを与えるのはやめて脚本・・・

部屋にいるとき旅館掃除をしているとき、布団で寝ているとき、あえて現実に重ねる形であり得たはずの両親とおっこの一家団欒が描かれていて、おっこがまだ両親の死を受容できていないのが本当にクるんですけどやっぱり少女が受け止めきれない喪失感世界観を歪めてまで自分を保とうとする姿って生命力に満ち溢れていて萌えますよねわかりませんか?がっこうぐらしでも使われた技法だけど刺さる人には刺さる死ネタなんやなぁ。

本作を語る上で絶対に外せないのはやはり同級生ピンクフリフリラバル旅館百合と謎多き占いお姉さん年の差百合ですよねわかりまぁす(ねっとり)。

二人ともいい女なんですよね~~~~~~~~かっこいい、めちゃくちゃかっこいい。自分ポジションをわきまえているからこそ身振り手振り一挙手一投足に宿るオーラが半端じゃない。

真月は膨大な資金ブランド力で高級路線の大旅館の、おっこは小さいながらも一人一人のお客の望む宿泊体験を少数精鋭の従業員提供する家族経営の小旅館の跡取り。大資本対小規模経営対立構造ではなく、花の湯温泉を共に活性化させていく温泉ギルドの仲間として二人が互いを「バカおかみ」「ピンふり」と罵り合いながらも最善のホスピタリティを目指すのがさいっっっっっっこうに百合なんですね。真月を高飛車無能かませ犬ポジションに置くのではなく、小学生ながらホモデウスを読み過去偉人金言にも精通した超絶努力家としているのが本当にうまい鯉のぼりの大群を山から見える風景構成するのに端に行けば行くほど小さい鯉のぼりを置いたり、イルミネーション庭園の監修をするなどのデザインセンスに長けたキャラクター性が打ち出されている。自分に課せられたブランドを損ねることが他の旅館観光業の人々に与える甚大な影響を知っているから、己の才能と太い実家にあぐらをかくことな研鑽を止めない。その姿を周りも見ているから、ピンフリと影で呼びこそすれども同級生は憧れ、尊敬の目を向けている。広くない土地の近い業界ギルド全員がうまくやっていくための信頼と協力の労働が成り立っている世界観に輝きを感じた。そう、描かれてるのはあくまでも温泉ギルドを中心とするおもてなしの心であって、だからこそ他人利益気持ちを損なうような不純物や明確な悪意を持った悪役が一切出てこない。お客さんも全員多少の難はあるけれど本質的に善人で、それぞれが日常で傷ついた心を非日常の春の屋で癒されて帰っていく。おっこの心情にフォーカスすれば不運な境遇女の子過去と決別する映画であるが、若おかみとしての言動努力フォーカスすれば、使えるもの幽霊でも鬼でもなんでも使う美味しんぼテイストプロジェクトX。二つの成長譚が重層的に織り込まれてながら進んでいく構成、なんて素晴らしい脚本なんだ...。そしてこの界面に現れ出てくるのがグローリー・水領、年上クールビューティお姉さん。若おかみの顧客でありながらよき理解者でおっこの知らない世界を見せてあげられる唯一の人物。どうしたらそんな属性を一人にガン積みさせられるんだよ百合絶対殺すマン???失恋の傷心を癒しに春の屋にきたカリスマ占い師のグローリーが、おっことの溌溂としたやりとりと露天風呂生気を取り戻しそのままおっこと買い物デートに行くんですけどこの展開のスピード感がかっこよすぎて、なんでお姉さん一気に距離を詰めるの???惚れた。まぁ大方の予想通り高速道路でおっこの交通事故トラウマフラッシュバァァァックしてしまうんですが。過呼吸のシーンも大変よかった。よかった…。ここで帰宅するんじゃなくて、おっこにはウリ坊とみよがいて見守ってくれているんだよという心の弛緩が入りつつ、ジンカンバンジージャンプを爆音でかけて買い物シーンに突入する転換が最高にハイってやつでしたね。超絶高まるオタクと化した。超かっこいい曲だったから早く配信するんだ公式ジンカン人間音読みで世間意味だととるなら、人の世の中にたった一人で飛び込まされた小学生女の子人生の艱難辛苦と悲喜こもごもを一気に駆け抜けながら感じる世界観を歌った疾走感溢れるキラーチューンだと言えよう。そしてウリ坊やみよちゃん鈴鬼含む人ならざるものグローリーあかねといったお客、真月やクラスメイトやおばあちゃんに親戚、周りの人々との繋がりが縒り合わされてできた命綱彼女の足にくくりつけられている。だから彼女一人ぼっちじゃないんだ。それはそれとして買い物シーンでグローリー姉さんの衣装着せ替えがクッッッソスタイル良くて眼福。おっこの衣装激カワ。あの一瞬をもう一度と言わず何度でも見たい。(パンフレットでおっこの衣装が見れたが、目に感情が宿ってなくて泣いた。映画館でみた光景は偽物だったのか?)

この勢いだと登場人物と起きたイベント全てに言及ちゃうマンになりそうなんだが行けるところまで行ってみよう。おっこが旅館についてウリ坊登場してからずっとマジウリ坊UZEEEEEEEって思ってたしそんなに峰子ちゃん鼻くそLOVEなのかよしかも死因ダサ過ぎるとか台詞回しストーリー進行にやや無理あるでしょまぁ児童書だしそういうもんかって思ってたんですけどね、最後オチでやられた…。ネタバレしていい?12文字後にネタバレするんだけどさ、おっこの両親を車で轢き殺した男の家族を鈴鬼が呼び寄せたのホント鈴鬼何やってんのおい鈴鬼。なんでよりによってその客呼んじゃうのさ・・・。男の方もさ、知らなかったんだよね、あんたが泊まりに来た宿の若おかみがあの娘だって自分が今まさにおもてなしをした男が両親の仇だって気づいてしまった瞬間、両親がもうこの世にいないんだって気づいてしまった瞬間のおっこの表情が、真実にたどり着いてしまった時の涙でくしゃくしゃの表情がとてもよかった…。こんときのね、みよちゃんとウリ坊も本当に辛そうなんだよ。もうお前らが泣いていたのも含めて、完璧世界がそこに形成されていたんだ。ありがとうありがとう、本当にありがとう。ウザいとか言って本当に申し訳なかった。この映画ジブリ系譜を受け継いでいるのか、水の描き方が本当に美しい。温泉流れる湯の一滴一滴を視認できるくらい緻密に描写された変態作画が、何物にも変えがたい純粋少女性を保持した涙を生み出した。感動ポルノ精神リョナや安っぽいカタルシスなんかではない、もっと上位の美しさが、耽美があった。もう一度この目で確かめたい。誰か一緒に観に行きませんか?お前以外でお願いします。あ〜〜〜〜〜〜思い出した、グローリーがね、虫の知らせか女の勘か、早く誰かおっこの心を埋めてあげてくれっていうタイミングで車を走らせておっこを抱きしめてくれるんですよ。ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜最高。真月もアフターケアに動いてくれるしできる女って感じですよね〜〜〜〜〜〜。一応のクライマックスは、一人の少女としてのおっこと、若おかみとしてのおっこ、どちらの立場を取るべきかという課題に向き合うシーンになるのだが、両親と峰子ちゃん祖母から受け継いだ「花の湯温泉のお湯は誰も拒まない すべてを受け入れて癒してくれる」というドグマに従い、自分から両親を奪った相手を赦すことで、孤独のおっこから若おかみのおっこへのメタモルフォーゼは完遂される。

それにしてもおっこはマジでえらいんだよな。きちんと謝罪ができるし。自分なんかおっこの年の頃ちゃんと謝れた覚えないしむしろ今の方がまともに頭下げらんねぇもんな。一旦は怒りを爆発させても最後はきちんと頭を下げることができて、おっちょこちょいでも誠心誠意心からお客様に喜んで欲しいという気持ちが一本芯を貫いているのが本当に魅力的で人徳を感じさせる。これは個人的性癖の話なんですが、おっこが蛾とかカナヘビを見て叫ぶ声の演技が思ったよりリアルだったのも高評価でしたね。

我はオタクなので唐突自分語りしたくなっちゃうんですけど、自分父親を亡くしていて、うっかりおっこに感情移入してしまったせいでかなり心情的にもキツいものがありましたね〜。我は突然謎の病気消滅したパターンでかなりの割合記憶がないのだけれども、親戚から伝え聞くには、我が両親のお通夜の晩に「お父さんどこなの?」とタンスや押入れを開ける行動がみられていたらしく、おっこの両親の喪失を受け入れられないのも真実味があるな〜と思いました。パンフレットによると監督体験が反映されてるとのことで、リアリティがあるのも頷けました。

まとめると、若おかみは小学生ダークナイトだって散々言われてたせいで逆にダークナイトネタバレ食らったのほんまにtwitterオタク許さんからな。

あと私が観に行った回、5人ほどの男性オタクしかいませんでした。

おわり

2018-10-12

anond:20181012141523

クソとか言っちゃったけど作画めっちゃ良いよ

ただ脚本がひどすぎてファンでもクソと思うレベルなだけで

anond:20181012094032

ドラマでどれだけ方言指導を充実させても関西人から見て変に感じる理由が書かれている。上っ面だけ関西弁セリフにして脚本を書いても、関西人気質理解していなければ、それは関西人セリフありえないってことね。現代では地方若者気質東京化してきてるとはいえ昭和ドラマ登場人物を同じように全国均一化した気質脚本書いたらまずいわな。

2018-10-11

anond:20181010212539

「昔から思ってたよ。こんなにも至る所に愉快なことが仕込まれまくってる世界ってヤツは、出来すぎてるぐらいな代物だって

 ちょっと見方を変えれば気づく、知恵を巡らしゃ探し出せる伏線が満載だ。

 いざ本気で楽しもうと思ったら、この世界に勝るほどのエンターテインメントは他にねぇよ。

 きっと誰かが書いてんだよ。脚本を。登場人物五〇億人の大河小説を書いてるエンターテイナーがいるんだよ。

 ……そんなやつについて語ろうと思ったら、こりゃあもう、神様しか呼びようがねぇ」


「この世界シナリオを、何千年だか何万年だか、ずっと休まず書き続けてるんだとしたら、そりゃ愛がなきゃやってられねぇでしょ。

 うん。きっともうノリノリで書いてんだと思うよ。自分自分作品を楽しみながら。

 愛とか勇気かに感動してさ、愁嘆場にはボロボロ泣いて、んでもって恐怖とか絶望かにハァハァ目ぇ剥いていきり勃ってるわけさ」


神様勇気とか希望かいった人間賛歌が大好きだし、それと同じくらいに血飛沫やら悲鳴やら絶望だって大好きなのさ。

 でなけりゃぁ――生き物のハラワタが、あんなにも色鮮やかなわけがない。

 だから旦那、きっとこの世界神様の愛に満ちてるよ」

2018-10-10

[]若おかみは小学生!

若おかみは小学生!』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。またこ作品書籍漫画版アニメ版あるけれど、それらは横に置いといて映画の話します。

総評

これは120点っすな。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、「見れて大満足! もうちょいお布施したい」でした。

演出とは裏腹に内容的にはかなりヘビー(というのを見越して爽やかで明るい演出を用いていた)なので、児童文学原作でお子様向け痛快娯楽活劇とは言い切れないんですが、個人的にはクオリティさえ伴えば子供を思いテーマや悲しい作品でぶん殴ってもええやないか、いてもうたれ、子供ってのは子供なりに受け取るんだ派なので、クオリティでぶん殴ればいいと思いますふるぼっこドン

この映画に関してはTwitter児童労働がどうのこうのという話もちらりと耳にした程度で事前情報収集もなく見に行ったんですが、そういう物語じゃなかったですよ。

喪失を乗り越えるという話

じゃあ、どういう物語だったかといいますと、大きく2つの柱が絡み合うストーリーでした。それは大きなテーマで言えば「喪失を乗り越える」と「自分自身と居場所を見つける」という話。

初っ端から重いですが、主人公である女子小学生・関織子(通称おっこ)は、本作冒頭の交通事故において両親を失います。もうこの時点で軽い話になりようがないわけですよ。にも関わらず事故被害のシーンはグロカットされ、葬儀とそれに続くドタバタのシーンも描写はされず、おっこは新生活の場であるところの、祖母の営む温泉旅館「春の屋旅館」へと向かいますトランクひとつ持って別に落ち込むわけでもなく、ちょっと大変なだなあくらいの顔色で一人旅をして、到着し、新しい部屋(いままでのマンションとは違う昭和的な和室)を与えられ、転校して新しいクラスメイト挨拶をして、ひょんなことから家業である温泉旅館を手伝うことになります

若おかみは小学生!』って言うタイトルから当たり前ですが、こうして女子小学生おっこの若女将修行生活が始まるわけです。

「春の屋旅館」がある「花の湯温泉」は歴史のある温泉街で、古都然としたまちなみに浴衣姿の観光客が歩く割合賑やかで、カラフルな町です。この辺音楽美術演出あいまって、しみじみと明るく暖かく描かれていて雰囲気良いですね。美術レベルは高かったです。

でも、この明るく爽やかなあたりが(とうぜんそれは演出意図に沿ったものなんですが)、ある意味ホラーでもあるわけです。

小学生児童にとって、両親を失うというのは、最愛家族を失うということであるのみならず、加護者も生活基盤も導き手も失うということです。もう、それは世界崩壊かいレベルでの悲哀なわけですよ。

にも関わらずおっこはそこまでの苦しさを見せない。両親を思い出してちょっとうつむくことはあっても、笑うし、日常生活を送るし、新しい出会いにも前向きでいる。それはよく考えればとてもとても異常なことなわけです。

異常なおっこの新生活は、やはり物語後半に向けて徐々に破綻してゆきます。「両親がまだ生存していて自分と一緒に暮らしている」という幻想を何度もみてしまうおっこは、あるシーンにおいて事故の原因となった(もちろん別のですが)大型トラックを見て、事故フラッシュバックから過呼吸になってしまう。おっこは、両親の喪失という悲しみを乗り越えたわけではなくて、ただ単に今まで封印をして日常生活を演じていたに過ぎなかったわけです。

あらすじなんかにおいて本作は「主人公おっこの成長を描く」なんてサラリと書かれているわけですけれど、それは不誠実な欺瞞であって、おそらくおっこの身になってみれば、それは成長じゃなくて引きちぎられてバラバラにされてしまった自己の修復というサバイバルなわけです。失った何かから目を背けて、決定的な破綻をしないようにごまかしながら疾走するというのが、この物語の前半部分でした。

自分自身と居場所を見つけるという話

そういう意味で、おっこが若女将をやるというのは、児童労働とかそういうレイヤーの話ではないのです。両親を失って加護者も生活基盤も支えも失ってしまったおっこにとって「いまできるなにか」に必死に飛びついて自分を騙そうとしていたとも見ることができます祖母である旅館経営者(現女将)の後継者問題という、旅館側の都合があったにせよ、おっこが旅館雑務に飛び込んで笑顔で充実していく背景にはそれがあるはずです。

事実おっこの若女将雑誌に取り上げられて評判を呼ぶという広告的な価値はあったものの、従業員としてみたとき、お客さんに感情移入しすぎて夜闇の中に駆け出すなど(一般的社会人価値からすれば)行き過ぎな面もありました。

でもそれも仕方がないと思うのです。両親という生活基盤を失ったおっこは、同時に目指すべき将来の自分像も失っています。「将来こういう自分になったらいいな」です。その空隙を、目の前に提出された安易な「若女将」で埋めてしまったわけですから、その意味では、おっこの若女将労働としての若女将ではなく「若女将ごっこ」でもあって、つまりはある種の自分の居場所探しなわけです。

たとえおっこ自身がそれを言語化できるレベルで気づいてなかったとしても、まだ収入もなく住む場所自分では決められない小学性にとって、他にできることなんて事実ないじゃないですか。それはせめて居場所を獲得するという生存努力です。

おそらく祖母はそのおっこの悲痛に気がついていて、周囲が無責任に「若女将誕生!」とはしゃぐなかで、決して自分からは手伝え、継げとはいいませんでしたし、おっこの労働危惧してた素振りも見えました。経営者として「子供接客なんてさせられない!」と拒絶することもできたでしょうけれど、おっこから女将をとりあげて、じゃあ不安定彼女精神に何をしてあげられるかと言えば何もない。だから黙認しかないわけです。

だいたい「自分自身と居場所を見つけるという話」なんてもの現代社会において、大学卒業して就職して一年二年経った青年が、俺はどうやらこういう方面には我慢が効くがこういう方面は苦手だぞ、どうやらおれはこういう仕事とこういう人間関係の中でなら生きていけそうだ――みたいなのをやっとこさやるものなわけで。そんなものを、小学生が引きちぎられるような喪失を乗り越えるのと二正面作戦でやるのは無茶というものです。

そういう意味では、周囲の大人たちはもうちょいどうにかフォローしてやれなかったのかよ、とも感じるんですが、でも逆にそれこそ大人視点傲慢物言いであって、大人だろうが子供だろうがどんな人間でも自分自身の心の中の悲しみや未来とは、自分一人で向き合うしかないというのも一面の真実です。

おっこは画面上の軽やかさやおっちょこちょいさに隠されがちですが、実は誇り高い女の子です。特に自分が設定した自己目標に対しては愚直なまでに誠実です。だからこそ、宿泊客のために対立している真月に頭を下げて教えを請うこともします。その実直さが両親を失うという危地の中で彼女孤立してしまった原因だし、それが巡って彼女の味方を増やす原因でもあったのは素敵だったと思います

ふたつの話の交差点

おっこは「喪失を乗り越えること」から逃避して、目の前のロールである女将に飛びつき、そこで必死に働くことによって苦しかった過去ある意味塗りつぶそうとしたわけですが、その逃避が「自分自身と居場所を見つける」ことにつながってゆきます

幾つかの出会いがあって、目指すべき未来のヒント、ロールモデル出会います。たくさん登場人物がいるのですが特筆すべきなのは三人でしょう。

まずは旅館女将である祖母。登場シーンは少ないのですが、彼女個人人格職業倫理が融合してしまったあの佇まいは、今は亡き母経由もふくめておっこの誠実さの根っこのように思います職業倫理がついには人格化しちゃうって、昭和的な善人のあり方としてすごく共感できるんですけど、今の時代では流行らないのかもしれないと思ってちょっとロリしました。

二番目には、おっこの同級生、秋野真月(大旅館の跡取り娘、通称ピンフリ)でしょう。この娘は小学生女子なのですが、広い視野旅館業と湯の花温泉京の未来を見つめていて、顧客に対して誠実であろうという、幼いながらある種の達人系キャラです(傲慢物言いをする残念キャラでもあるのですが)。この娘と同年代として出会うことができた、ライバルとして対立したり和解したりできた、というのはおっこを取り巻く幸運の中でも格別のものでした。彼女との交友は、悲痛から逃げ出して飛びついた「若女将ごっこ」に、その内実の精神性を加えて「本当の若女将」へ進化させてくれたと思います

(余談&劇中では語られませんが、温泉郷に住まう子供の中でも誰よりも本気で町の未来について抱え込んでしまってる真月の孤独にとって、その孤独の闇に現れて、自分の高さまで登ってくれると約束してくれたおっこの存在は、想像すると涙がこぼれるものが有ります。真月からみてもおっこは救いであったと思うし、そうだと良いなあ)

三番目は宿泊客である占い師グローリー水領です。長い黒髪をたなびかせたこ宿泊客は、都心部事務所を構える凄腕の女占い師なのですが、私生活での失意から「春の屋旅館」で飲んだくれ生活をしています

抑制的な演出描写される彼女鬱屈をおっこはどうにかして励まそうと、浴衣を着たことのないという彼女着付けを手伝います浴衣経験のそんな彼女艶姿におっこが感嘆した感想が「格好いい!」でした。

ものすごくさり気ないシーンだったのですが、それはおっこが喪失していた「自立した憧れるべき大人の女性像」を見出した場面だったんじゃないでしょうか?

私生活で辛いことがあっても他者に当たらず、それどころか宿泊先の幼い従業員おっこに気を使っておどけてまで見せる。グローリー水領はおっこ視点では「素敵な大人のお姉さん」です。その素敵な年上のお姉さんに、「可愛い」でも「素敵」でも「綺麗」でもなく「格好いい!」と小さく叫んだおっこに、少し泣けました。お洒落で(←女子小学視点では重要です)、颯爽としてて、自立をしてて、視線を合わせて話してくれる。そんなお姉さんはおっこにとってどれほど輝いて見えたことでしょう。暗闇の中で我武者羅に迷走していた、それでも笑顔だけは守っていたおっこにとって、それは小さな灯火で「未来自分」「目指すべき形」です。

祖母の言う「誰も拒まない花の湯」、同級生真月のいう「客を癒やすレストスペース」、女占い師自分仕事を「他人を励ます仕事」だと評したこと。それらは全て本作テーマに重なるパラフレーズです。そしてそういう人々の輪の中に、自分も入っていける。癒やしたり癒やされたりしながら前へ進んでいくコミュニティの一員になる。「若女将」という「自分自身と居場所を見つける話」は、おっこにとっては生存努力であり逃避だったわけですが、それを誠実に、ごっこから実体にしていくのならば、結局逃げていた「両親の喪失という苦しみを越えていく」につながっていくのだ、という脚本はすごく良かったです。

別れ

ここまで触れてませんでしたけれど、おっこには霊感があるという設定で「春の屋旅館」にきてから騒々しい幽霊少年やおませな幽霊少女出会い、励まされています。両親が今でも生存していて日常は壊れていないという幻想に悩まされていた頃おっこを支えていたこ幽霊たちですが、物語終盤でおっこから見えなくなってしまうという形で別れが示唆されます

でもそれは、おっこが人間社会のなかで居場所確立した――七つまでは神のうちといういわばまだ神様たちの一員であり神楽の主役でもあったおっこたちが、社会の中で着地して、痛みも悲しみも乗り越えていく季節がやってきたのだというエピソードです(おそらく魔女の宅急便黒猫ジジが喋れなくなる、も同様の構造ですよね)。

見終わってから気づいたのですが、この作品幽霊や鬼たちは、幼いおっこが空想したイマジナリーフレンズだとしても物語が成立するように設計されています

おっこは自分の中の勇気かしこさと一緒に自分の悲しみと戦った。「春の屋旅館」はその舞台であり、若女将はおっこが戦うための姿だった。

すべてのフィクションファンタジーなので現実視点を持ち込みすぎるのは野暮というものなわけですが、今後おっこは中学入学卒業して、大学はともかく高校くらいは出るはずで、一人前になるまで十年近い時間があります。(このお話のおっこは絶対旅館業一筋だと思うのとは別に一般化するのならば)そのなかで、旅館から離れるかもしれない。現実に寄せて考えるならその可能性は高い。

でもそんなことはおっこの戦いとそこで得たものとは関係がないわけです。おっこは若女将というコスチューム身分を手に入れたわけではなく、戦いの中で手に入れた人間関係自分自身がある。将来どこでなにをしようと、おっこの手に入れたものが曇ることは二度とない。それがこの映画の中心であって、それは児童労働とかそういうのではなく、もっとパーソナルで尊いものだったと思います

ps.おう真月ちゃんパート書き足したで!

anond:20181010093136

SEED普通におもしろいしガンプラブームを再燃させたかビルドダイバーがあるんだぞ。

SEED DESTINYは…バンク使い回しと、主人公がいきなり入れ替わるのと、脚本以外は…つまりモビルスーツデザインはいいから…

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