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はてなキーワード: 都内とは

2017-06-27

都内私大の定員増、文科省が「待った」 閣議決定を受け

http://www.asahi.com/articles/ASK6N6JYZK6NUTIL05X.html

おそらく多くの私大がお亡くなりになるのは避けられないんだよ

ゲームをしなくなってしまった。

30代前半 男 リーマン

小学校高校までは、余暇はずーっとゲームしていた。

つのゲームを徹底的に極めると言うよりはその時に流行っているゲームをやりきる程度。

DQFFポケモンなど有名どころは一通りやっている。

大学はそこそこゲームをしていた。

DSライトゲー色々、モンハンなど。

このころゲーセンによく行くようになり、格ゲー音ゲーにも手を出した。

社会人最初の頃は営業のついでに都内のいろんなゲーセンに行っていた。

仕事に慣れてきて忙しくなってきて、家族もできたらぱったりゲームをしなくなっていた。

ゲーセンには行かない。家庭用ゲーム買わない。DSPSP3DSは押し入れに入ったまま。

RPG系はシステムが複雑になってきて億劫になり、スマホリメイクちょっとやるが大体飽きてやめる。

モンハンも何百時間と費やしたのに最近のはやる気にすらならない。

PCゲームもBF1、アサシンクリードオーバーウォッチはそこそこやったけどはまるに至らず。

私にとってゲームとは年齢と共に卒業してしま趣味だったんだな。

==追記==

スマホゲーはやっていません。

リリース直後のパズドラとか少しやりましたがいつしか辞めてました。

2017-06-26

世帯年収いくらあったらできるかな

夫婦に2人子供がいて4人家族

都内通勤できる郊外に一軒家を建てて、子供奨学金を借りずに大学卒業(もしくは希望の進路へ)。

年に2.3回ささやか家族国内旅行

普段自炊、1ヶ月に2回くらい家族外食もしくはちょっと良いワインを開けて家族でおしゃべり。

子供が巣立ったら定年までお金を貯めて退職金キャンピングカーを購入して夫婦のんびり日本一周

老後の蓄えは年金がなくなってもささやかに生きていける程度に。

ブランドはいらない。共働きだってするよ。

あー、こんな人生送れないかな。

2017-06-25

就職活動をしていた

最近就活生をよく見る。

自分も2年前に就職活動をしていた時期を思い出す。

今は都内勤務の大企業グループ会社給料はそこそこ、人間関係にもそこそこ恵まれて分からないなりに仕事をしている。

就職活動は辛かった。

大学Fランではないけどという位のところだった。

何が辛かったってお祈りメール連続で貰うと社会必要とされていないと思ったことだった。

周りにいる就活生が特に理由は無いけど自分より優れて見えた。

1人暮らしで話せる人も少なかったから酒浸りになった。

面接ではコミュ力あります頑張りますという雰囲気を頑張って出した。

実際は元うつネガティブインドアから面接が終わると凄く疲れた

今の会社面接も半分諦めながら行って、

落ちただろうなと思いながら帰ったのをよく覚えている。

説明会だと100、面接もかなり受けた。

完全に数打ちゃ当たる戦法だった。

周りに居る会社勤めをしている人が凄く勝ち組に思えた。

そんな人に大丈夫とかなんとかなると言われても安全地帯から言葉だし所詮とか思った。

でも自分も今就活生の人にアドバイスを求められても、

うつ大学そこそこで将来どうなるか分からなくてもとりあえず今はなんとかなったか

特に大したことは言えなくてどうしようもない。

都民ファースト

都民ファーストって、そのスローガンの出元であるトランプ政権の主張からすると、都民でもないのに東京都から不正(本当に不正かどうかというより、そういう主張で)に利益を得ている都外の就労者(たとえば、埼玉千葉神奈川から都内会社通勤している人)を締め出すという政策を想起させるし、究極的にはそういう意味なんだろうけれど、そういう主張もでないし、「そういう考え方は危険だ」という指摘もでないのは、なんでなんだろうね?

思考実験してみると、近隣県から東京に出てくる人は、東京就労するだけではなく、東京で莫大な消費をしている。当然ながら、その消費は税の形で都の利益になるわけだ。だから、都外から就労者を締め出す政策(たとえば、都外から就労者には規制を加えるとか)は、もちろん、すごく馬鹿だとはおもう。馬鹿すぎて、批判さえも起きない。

でもだとすると、じゃあトランプはなんでそんな馬鹿スローガン勝利できたのか? って話になってしまう。

個人は「都民ファースト」ってスローガンは上のような意味危険だし、こんなものを喝采している人は危険思想だと思うんだけど、やすやす流通している今は、何なんだろうね。不思議だね。

2017-06-22

引っ越し

先日、東京引っ越したので

地方に住む同僚に引っ越し状を出した。

同僚は、数年前に東京の一等地に別宅を持ったので

管理が大変だとこぼしていたので

「いつか、都内一等地の別宅に連れて行ってね」

と書いて出したところ、同僚からぱったり連絡が来なくなった。


同僚の危機察知能力が反応したのだろうか。

ちなみにその同僚、50代独身

https://anond.hatelabo.jp/20170622001851

車は道楽。金食い虫だってわかってる。

ちなみに都内在住、駅近で持ち家あり。マンションだけど。

カーシェアユーザー増えて借りるのが大変になってきたし、ちょうど良い機会なので購入した。

購入にあたり、金かかるのは腹くくった。でもその反面家族での会話も増えた。

オートキャンプもいける。良かった。

あとはいつまで維持できるかが問題かなー。

世帯年収は1300位だけど、東京にはうちみたいな家族ゴロゴロいるし金持ちでもない。

車持ってる人は何考えてるの?

30から70くらいまで車持つとする

免許

20万~30万

しかも、数年に一回行きたくもない更新しなきゃいけない

身分証明書として最強? 身分証明書に何十万も出すのは最も意味わからん

軽乗ったり中古買うだろうから平均の購入金額税金、利子など甘めにみて1台平均150万として大体7年売却5回から6回買い換える

これだけで750万で、全部売ったとして1/5くらい戻って180万

570万

ガソリン

月1万として1 * 12 * 40で480万

駐車場

月2万として

2 * 12 * 40 960万

任意保険

平均して5000円として

0.5 * 12 * 40 240万

車検

2年に1回 5万

40 * 2 * 5 400万

自動車税

毎年4万

40 * 4 160万

まとめると、一生で大体2900万くらい払ってる

ゆとりから車買えないとかじゃなくて普通に移動手段にしては無駄すぎる

都内一家が住めるマンション買えるよ

タクシー乗ったとしても、月平均6万浮くわけだから週一回1万タクシー代に使っても2万余る

どうせ、田舎仕事に車が必要って言うよね?

今時核家族化進んでるんだし、引っ越しなよ

家賃+6万払っても車が必要地域にいけないわけ無いでしょ

そもそも都心の方が給料高いしね

買い物に必要

ネットで買え

都心住んだらどうしても必要になっても、月6万もレンタカー代払えないでしょ

趣味にするなら理解できるよ。趣味にかける金額としては全然安いし

そりゃゆとり田舎をでるよ

2017-06-21

携帯販売員風俗

記事よんだけど、ちょっと書きたくなったから書くよ。

あれだ、すっごいその気持ちわかる。

たぶんもらっている金額はほぼ同じぐらいのITエンジニア女性)です。

年もたぶん近いんじゃないかな。正直かなり生活は厳しい。このぐらいの金額で、都内に住んでいると。

節約しろーっていう人の気持ちもわかるが、ITエンジニアみたいな仕事をしていると節約するんだったら

それを金で買って時間を使いたくなる。

から金がたまらない。貧乏暇なし。まさにそれ。

正直奨学金返済のためだけに200万とか300万稼いだら風俗やめる!ぐらいの勢いで風俗仕事したくなる。

大学の時は一時期本気で金に困って風俗バイトしてた時期はあるけれど

(結局1か月も続かなかったけど)

残業している暇があればそっちで稼ぎたいくらいである。

もっと節約してゆっくり生きればもっと楽になるのかなと思いました。

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620145023

すでに都内だとコンビニとか牛丼屋とか時間帯によっては外国人だけで回ってる店とか少なくない。

経団連が主導するまでもなくなし崩し的に移民のいる生活普通になってくんだと思う。日本らしいと思う。

映画】「俺は、君のためにこそ死ににいく」 : bogusnenews

https://anond.hatelabo.jp/20170618222039

映画】「俺は、君のためにこそ死ににいく」 : bogusnenews

石原慎太郎製作総指揮のもと、太平洋戦争末期「体当たり特攻」の真実を描く、感動のノンフィクションドラマ。公開前から方面話題を呼んでいる注目作で、あまりの人気から都内金券ショップも前売券を一枚100円で売るなど対応に追われているほどだ。

「君のためにこそ死ににいく」の「君」とは、もちろん

天皇

のこと。劇中では天皇のため、まったく自発的に命を捧げようと名乗り出た若者たちが、鬼畜米兵を倒すべく美しく散華してゆく姿が描かれる。景気づけに葉っぱをキメて特攻機に搭乗する主人公学徒兵役窪塚洋介。役作りは完璧で、今にもマンションから飛び降りるのではないかという迫力をひしひしと感じた。

また、特攻隊創設者富永恭二陸軍中将役で石原慎太郎氏が特別出演

諸君はすでに神である。私も必ず後を追う」

と訓示を垂れたあと温泉地に向かい、暴飲暴食で自決しようとするシーンは、都知事のふだんの執務姿勢と重なって見え、血税を払う都民にには涙なくして観ることのできない名場面だ。

「犬死」という意味言葉理解するには、これ以上の教材はあるまい。都教委は現在公立中学校での上映開催を検討中とのことだ。

http://bogusne.ws/article/41732444.html

2007.5.13

疲れているときは、爆音ライブに行かないほうが、いいかもよ

この前の日曜日ライブハウスに行ったら難聴になりました。

自分普段そんなに積極的音楽を聞く方ではなくて、大好きなミュージシャンもおらず、

からこれが初めての音楽ライブでした。

ですが、なかなか会えない地方在住のドラマー友達が、東京ライブをやるということなので、

いい機会だと思って渋谷の小さなライブハウスに足を運んでみたのです。

それは複数バンドが出演する形式ライブでした。

友達の出番はスタートしてから何組かが演奏した後だったのですが、

せっかくなのでライブハウス空気を味わってみたいと思い、最初から行ってみることにしました。

雑居ビルの地下に降り受付をすませると、薄暗いフロアにはまばらな客、

その誰もが所在無さげに立っていて、気だるい空気が流れていました。

しばらくそんな空気に浸っていると、定刻になり、フロアの照明が落とされました。

そしてたぶん、難聴の原因となったバンド演奏が始まりました。

そのとき私は運悪く、スピーカーの前に立ってしまっていたのです。

フロアはそんなに混雑していなかったのですが、そのバンドボーカルは、客の海の中を泳ぐタイプの人だったようでした。

それを知っているらしき人たちが、なんとなくステージ近くのスペースを空ける動きを取りました。

ライブ素人たる私はそれに流されてよくわからないままに移動してしまい、

スピーカー前のポジション取りをしてしまったのでした。

そして始まった演奏はシャウトの連続リズム結構好みでしたが、何を言ってるのかわかりませんでした。

耳がピリピリする感覚。これがライブか、と高揚しつつも、若干の不快感は否めませんでした。

その後友達バンド演奏も聞いて(前までのバンドたちと対照的に、落ち着いた曲調でとても良かった)、

ライブハウスを後にしたのですが、その時はまだ耳に異状が生じていることに気づきませんでした。

なぜならライブハウスを出るとそこは休日渋谷で、ざわざわの嵐だからです。異常な音空間では、耳の異状が際立たないのです。

何かがおかしいな、と思ったのは帰宅してからでした。

何も動かない、テレビラジオもつけていない一人暮らしの家なのに、キーンと響く音。

それは耳の中から聞こえていました。耳鳴りです。

うるさいところから静かなところに移動したからかな、と考えましたが、一時間、二時間たっても消えません。

不安に思いつつも、とにかく寝れば治るだろうと思い、その日はいつもより早めに床につきました。

しかし翌朝、耳鳴りは収まっていませんでした。

危機を感じて、その日は平日でしたが勤め先に一報を入れて、最寄りの病院にかけこみました。

急な訪問?だったため、病院では3時間待ちました。

その間は、スマホライブ後の耳鳴り意味を調べて戦慄していました。

そしてようやく先生に話を聞いてもらい、耳の検査

結果は、まさにライブ爆音さらされた影響からくる難聴だとのこと。

左耳が、高音域をキャッチできなくなっているようです。詳細は省かれましたが、その影響が耳鳴りという症状で出ているらしい。

とにかく早めの対策大事だ、と言われて薬を処方されました。血流を良くする顆粒タイプの薬と、ビタミン剤。一日3回。

飲み続けました。良くなると信じて。常に耳の中でキーンと鳴る音を打ち消すために、暑くもないのに、扇風機を回し続けました。

最近やっと落ち着いてきましたが、それでもベッドに入ると気になる時があります

思うに、あのライブの日は疲れていた気がします。午前中から別の用事都内を飛び回った挙句ライブ参戦。

いくら無知だったと言っても、スピーカー前にいたら音が大きいことはわかるはずです。そして体力低下。悪い条件が重なりました。

仮に好きなバンドがあったとして、そのライブでこうなっていたら、好きなものを嫌いになるという一番苦しい体験をしてしまうところでした。

たいして音楽が好きじゃなくてよかった。でもたぶん、ライブはもう行かない。もう二度とごめんだ。結構お金かかったし。

から、疲れているときは、爆音ライブに行かないほうが、いいかもよ。

2017-06-19

うるさい

生活仕事利便性でいうと都内住みの不満はほぼゼロなのだが一個だけ我慢がならない事がある。どうしてみんな話し声がデカいんだ。距離が離れてるワケでも無いのにみんなとにかく会話の声がデカい。会社でも駅でも店の中でもどこでもデカい。そんなに大声出さなくても聞こえるよ。ほんとに騒がしくてそこだけは我慢がならん。みんなそんなに耳が悪いのか?ほんとにうるさい。「無音カフェ」とかあったら多少単価が高くても通いたい。

親の年収を超えられるか問題

超えられる人どのくらい居るんだろう

俺は32歳で超えた

次は両親共働き分を超えたい

 

と言っても親は地方で、俺は都内で働いてるからあんまり威張れないけど

2017-06-18

今日都内の気圧ひどくね?

なんかすっげえ体調悪いんだけど

https://anond.hatelabo.jp/20170618105828

北条かや は、飛田の件では単にインタビューに行っただけで批判されてたけど、

今は都内オナクラ嬢として働き続けてるらしいぞ。

2017-06-16

https://anond.hatelabo.jp/20170615163756

都内女子校に行って、痴漢されたことある人?って聞いたら8割方手を挙げるだろ。旦那視野狭窄勉強不足。

https://anond.hatelabo.jp/20170616141730

都内近郊の一軒家って3000万円から7000万円くらいまで差があって、支払金額はだいぶ幅がある。

妻は専業主婦じゃなくて年2~300万くらい欲しい。

https://anond.hatelabo.jp/20170616141407

ほうほう。

例えば

35歳850万で

都内近郊一軒家ペット持ち

子供二人(私立中学)。嫁専業主婦

くらいの生活はできないもの

上野動物園に行ってきた

何十年かぶり動物を見た。

人間以外の動物あんな間近で見られて新鮮だった。

ペンギン可愛かった。

あのちょこちょこした歩き方、最高だったな。

あとホッキョクグマ

あれが最高だった。

かい

とにかくでかかった。

そこがよかった。

かいっていいよな。

かいって男のロマンなんだ。

圧倒的な存在感、迫力、パワー。

ホッキョクグマを見てエネルギーに満ち溢れた気がした。

かい、でかい

何でもデカはいい。

フラミンゴはじーっと見てたら首がくねくねし過ぎてて気持ち悪いなと思ってしまった。ごめん。

コウモリがいたところは入り口を入った直後があまりに暗過ぎて、全然見えなかった。

バクは水の中に入って出てきた時に体をブルブルさせて水を弾いていたが、それが僕たち人間にかからないようにするためか、控えめだった。気を遣ってくれてサンキュー

帰りは寿司を食べた。

でも店員が無愛想で頭にきた。

頼んだものを聞き直してくるし、寿司を目の前に置く時もどれが何でって言わないで無言で置くし。

厨房で皿が割れても仲間と割れちゃったよーなんて笑ってるし。

ダラけてる。緊張感がない寿司屋だった。

トップのやる気はあっても社員は全くもってクソだった。

値段もたけーし。商品の質と価格があってない。

あとはレンタサイクル都内サイクリング

切る風が気持ちよかった。

眩しい夕日も良かった。

明日会社です。

死にます

2017-06-15

https://anond.hatelabo.jp/20170615125206

三多摩出身だけどみんな多摩地区東京じゃないって卑下してるよ。

携帯じゃないと03つけないと都内には電話できないんだから

うちの親世代東京市じゃなかったところは東京だと思ってない。

うそろそろ諦めなよ。

我々は生まれときから平等じゃないんだよ。

2017-06-14

加計ありきの動かぬ証拠 今治市職員官邸に呼ばれていた 2017年6月9日 日刊ゲンダイ 

安倍首相の「腹心の友」、加計孝太郎氏が理事長を務める「加計学園」(岡山市)が愛媛今治市で進めている獣医学部新設。

 今治市情報公開で、同市が新設提案する以前に、職員2人が首相官邸訪問していたことを示す文書が明らかになっているが、8日、野党議員2人がそれぞれ別の委員会事実関係質問したところ、政権からはフザけた答弁が返ってきた。

官邸訪問者の記録が保存されておらず、確認できない」というのだ。最高機密を扱う官邸訪問者が「確認できない」なんて、そんなズサン危機管理はあり得ない。これぞ、加計決定が官邸主導のデキレースだったことの証左だ。

今治市が公開した文書によれば、企画課長課長補佐の2人は「獣医師養成大学の設置に関する協議」のため、2015年4月2日に都内都道府県会館内閣府訪問

内閣府での打ち合わせは午後2時までで、午後5時15分発のANA便で帰る予定だった。

 ところが上京前日、急遽、午後3時の首相官邸訪問が決まり、復路便を変更。今治市はこの時の旅費変更申請の決裁書も公開していて、それには、午後3時~4時30分まで官邸で打ち合わせと明記されている。

 今治市日刊ゲンダイ取材に「市職員2人が、官邸訪問していることは事実です。相手方、内容等についてはお答えできません」と官邸訪問を認めた。

 では、首相官邸で誰が対応したのか。今治市職員官邸にいた時間首相動静には、〈3時5分 河村建夫自民党衆院議員。35分 下村博文文科相山中伸一文科事務次官とある安倍首相官邸にいて、文科族の河村氏や文科行政の両トップ面談していたわけだ。

今治市職員官邸訪問は、前日に「急遽決まった」。これは、2人の訪問官邸サイドの意向であることを示している。つまり今治市職員官邸に呼ばれ、安倍首相や文科大臣らに獣医学部新設に関する説明をしていた可能性が極めて高い。

「通常、課長課長補佐レベル自治体職員官邸に呼ぶことはありません。よほど強い私的関係があるということでしょう。しかも、今治市獣医学部新設を提案する2カ月前です。呼びつけているところを見ると、当初から官邸主導で進めていたことをうかがわせます」(政治評論家森田実氏)

■「確認できない」の答弁はやましさミエミエ

 今治市が認めた職員官邸訪問について、8日の参院内閣委員会での山本幸三地方創生担当相と参院農水委員会での萩生田光一官房副長官の答弁は、「官邸訪問者の記録が保存されておらず、確認できない」と、揃って全く同じセリフだった。答弁を統一させたのだろう。やましい時によく使う手だ。

 では、首相官邸への人の出入りを本当に管理、保存していないのか。問い合わせると、「訪問を受ける官邸側が予約届を書く。当人が入場する時、予約届と本人確認をするが、予約届はすみやかに廃棄する。予約届とは別に官邸訪問履歴を記録しているかどうかはわからない」(首相官邸事務所)、「報道関係者以外の訪問者についてはわからない」(官邸報道室)と頼りない答えが返ってきた。

「国のトップがいるところです。首相官邸訪問記録がないなんてことはありません。“確認できない”とするのは明らかに逃げている。やましいからでしょう。今後、決定的な証拠が出てくる可能性がある。これまで官邸は何とか逃げてきたが、もはやギリギリのところまで追い込まれています」(森田実氏)

 加計疑惑、主犯・安倍首相は間違いない。

加計ありきの動かぬ証拠 今治市職員官邸に呼ばれていた 2017年6月9日

安倍首相の「腹心の友」、加計孝太郎氏が理事長を務める「加計学園」(岡山市)が愛媛今治市で進めている獣医学部新設。

 今治市情報公開で、同市が新設提案する以前に、職員2人が首相官邸訪問していたことを示す文書が明らかになっているが、8日、野党議員2人がそれぞれ別の委員会事実関係質問したところ、政権からはフザけた答弁が返ってきた。

官邸訪問者の記録が保存されておらず、確認できない」というのだ。最高機密を扱う官邸訪問者が「確認できない」なんて、そんなズサン危機管理はあり得ない。これぞ、加計決定が官邸主導のデキレースだったことの証左だ。

今治市が公開した文書によれば、企画課長課長補佐の2人は「獣医師養成大学の設置に関する協議」のため、2015年4月2日に都内都道府県会館内閣府訪問

内閣府での打ち合わせは午後2時までで、午後5時15分発のANA便で帰る予定だった。

 ところが上京前日、急遽、午後3時の首相官邸訪問が決まり、復路便を変更。今治市はこの時の旅費変更申請の決裁書も公開していて、それには、午後3時~4時30分まで官邸で打ち合わせと明記されている。

 今治市日刊ゲンダイ取材に「市職員2人が、官邸訪問していることは事実です。相手方、内容等についてはお答えできません」と官邸訪問を認めた。

 では、首相官邸で誰が対応したのか。今治市職員官邸にいた時間首相動静には、〈3時5分 河村建夫自民党衆院議員。35分 下村博文文科相山中伸一文科事務次官とある安倍首相官邸にいて、文科族の河村氏や文科行政の両トップ面談していたわけだ。

今治市職員官邸訪問は、前日に「急遽決まった」。これは、2人の訪問官邸サイドの意向であることを示している。つまり今治市職員官邸に呼ばれ、安倍首相や文科大臣らに獣医学部新設に関する説明をしていた可能性が極めて高い。

「通常、課長課長補佐レベル自治体職員官邸に呼ぶことはありません。よほど強い私的関係があるということでしょう。しかも、今治市獣医学部新設を提案する2カ月前です。呼びつけているところを見ると、当初から官邸主導で進めていたことをうかがわせます」(政治評論家森田実氏)

■「確認できない」の答弁はやましさミエミエ

 今治市が認めた職員官邸訪問について、8日の参院内閣委員会での山本幸三地方創生担当相と参院農水委員会での萩生田光一官房副長官の答弁は、「官邸訪問者の記録が保存されておらず、確認できない」と、揃って全く同じセリフだった。答弁を統一させたのだろう。やましい時によく使う手だ。

 では、首相官邸への人の出入りを本当に管理、保存していないのか。問い合わせると、「訪問を受ける官邸側が予約届を書く。当人が入場する時、予約届と本人確認をするが、予約届はすみやかに廃棄する。予約届とは別に官邸訪問履歴を記録しているかどうかはわからない」(首相官邸事務所)、「報道関係者以外の訪問者についてはわからない」(官邸報道室)と頼りない答えが返ってきた。

「国のトップがいるところです。首相官邸訪問記録がないなんてことはありません。“確認できない”とするのは明らかに逃げている。やましいからでしょう。今後、決定的な証拠が出てくる可能性がある。これまで官邸は何とか逃げてきたが、もはやギリギリのところまで追い込まれています」(森田実氏)

 加計疑惑、主犯・安倍首相は間違いない。

標準、平均ってどのくらい?

http://anond.hatelabo.jp/20170614002815

このエントリを見てふと思った。

私(34歳)と妻(34歳)はお互い手取り25万。家賃10万。貯金500万円。都内在住。

自分では標準(元増田は標準は平均より上と言っていたが、私はそうは思わない)だと思っているが、

年齢的なことを考えるとこれより貰っていないと世間的には駄目なんだろう……。

2017-06-13

美大に行けなかった女

祖父画家だ。

美大卒業してすぐに専業画家として独立

その道の人が喉から手が出る程欲しがる賞なんかも受賞して、

から見ると画家として順風満帆人生を送ってきたように見えると思う。

しか祖父プライベートでは周囲にかなり迷惑をかけてきた。

戦争で家が燃え盛る中、貴重品には目もくれず画材だけ持って逃げたり、

駆け出しの頃余裕のなさからちょくちょくヒステリーを起こしたりとか、

そういう話はよく祖母とその息子(=私の父)から聞いたし、

画業が軌道に乗るまではかなりの貧乏暮らしをしていたらしい。

そのせいでうちの家系アート関係仕事に対して風当たりが強い。

父が美大ではない一般大学を出、一般企業サラリーマンとして就職した際は

一族からまともな奴がでた」と周りが泣いて喜んだという。


孫の私は小さい頃よく祖父の家に預けられていた。

(私も祖父都内住みなので、母が忙しい時、面倒を見てもらっていた)

父が幼かった頃はまだ生活に余裕がなく、祖父子供の面倒を見る事はなかったが、

絵が売れるようになってからできた孫の私の事はかなり可愛がってくれた。

祖父は私にお古の画材をくれ、好きに絵を描いていいと言ってくれた。

仕事をする祖父の近くに陣取り、見様見真似で絵を描き始める。

幼稚園児の絵なんてプロの目から見なくても下手くそだし、祖父から絵を褒められた事は一度もない。

それでも下手な絵を量産し続ける私を見る祖父の目がとても優しかったのは覚えている。

やがて私は外で鬼ごっこをするよりも絵を描く方が楽しいと思うような子供に育った。

近所に住む幼馴染の友達も絵を描くのが好きな子で、

放課後はその事一緒にスケッチブックを持って公園に絵を描きに行くのが定番コースになった。




そんな私に家族はいい顔をしなかった。

小学生の頃、近所のお絵かき教室に行きたいと何度頼んでも全部無視された。

でもテレビでみかけた新体操選手を見て一言可愛いと言った次の日には新体操教室を探してきてくれた。

数学が苦手だとぼやいたらすぐにそろばん教室に行かないかと勧められた。

家族は私が絵を描く事以外に興味を持ってほしかったのだと思う。

一回だけ口を滑らせて「美大とか美術専門学校に行きたい」と言ってしまった事がある。

父は大激怒あん鬼のような形相をした父親を見たのは後にも先にもあの時だけだ。

親戚中に言いふらし、それから何人もの親戚から連日の様に

「お前に祖父のような才能はない」

美大に行くような奴はそれしか生き方を知らないろくでなしだけだ」

「お前は絵の為だけに人生を棒に振れるのか、そうとは思えない」という電話がかかってきた。

安定した仕事に就いてほしいという彼らの気持ちもわかる。

でも「美大楽しそう」は中学に入ったばかりの小娘の言葉だったのだ。

それからずっと絵を描くのが好きだという気持ち封印し、

隠れてノートに絵を描いてはいものの、普通大学に入って普通にOLとして就職をする道を選んだ。

それでも社会人になっても絵を描きたい欲が抑えきれず画塾に通い始めた。

美大の夜間コース金銭的にも時間的にも無理だった)

この頃になるともうこれから芸術の道に進む事はないだろうと安心したのか、家族から白い眼で見られる事もなくなったし、

祖父コネでもらった展覧会チケットも興味があるのなら、とくれるようになっていた。

画塾に通い始めた事も「社会人になって趣味を持つの大事な事」と肯定的な目で見てくれるようになって、少し認められた気がして嬉しくなった。

ただ一言「お前、絵描くの好きだったんだな、知らなかった」と言われるまでは。

あぁ、幼稚園小学生の頃あんなにお絵描き教室に行きたいと頼み込んだの覚えていないんだ。

後、大学一人暮らしを始めてから同人漫画も描き始めた。もちろん家族には言っていないけど。

同人イベント金銭のやり取りをするようになってから、絵一本で祖母、父、そして父の妹を食わせ、大学まで行かせた祖父のすごさを再認した。

親戚が私に才能がないと言った気持ちもわかる。私は祖父になれなかった。なろうとする事すらおごましい。

でもこの趣味出会った友人達には美大とかアート系の専門学校に通っていた人も多くて、やっぱり羨ましくなってしまう。

そしてその人達ほとんどは家族の言う「芸術の道に進むしか能がないろくでなし」ばかりではないし、

卒業普通OLとして社会人をやっていけている人にもたくさん出会った。

デザイン系の仕事をして会社に雇われている人もいれば、

祖父自営業画家として生計を立てていたように、フリーランスとしてやっている人もいる。

何より皆、人より絵を描くのが得意な「社会常識のある普通の人」だったのだ。

美術系の学校に進む人は全員頭がおかしいという親戚の言葉は、

美術を専攻するとOLという道は閉ざされるから絶対に稼げないという親戚の言葉

嘘だった。

そして思ってしまうのだ。

正直言ってしまうと同人誌はそこそこ売れているので、私に絵の才能が全くなかった訳ではないと思う。

もし美大に行けてたら…祖父の様に専業画家として大成功する事は無理でも、デザイン系のOLとかで生活できる程度に稼ぐ事はできていたのかな…と。

甘い考えだってのはわかっているけれども。

父の口癖はこうだった。

「本当に何かをやりたい人はどんなに反対されても勝手にやる。祖父は家が燃え盛る中、泣きながら画材を持ちだして死にかけた。手塚治虫戦争中、絵の具がなかったか自分の血で絵を描いた。芸術の道に進むというのはそういう事だ。」

きっとそうなのだ

私が本当に美大に行きたかったのなら、親戚中に反対された中学の時点で家出でもすればよかったのだ。

バイトをできる年齢になったらお金を貯めて、学費自分で賄えばよかったのだ。

そうしなかったのは心の底から美大に行きたいと思っていなかったからなのかもしれない。

ないとは思うけど、明日北朝鮮ミサイル東京に降ってきたら、私は真っ先に通帳とか印鑑とかを持って逃げると思う。

そして、足腰が弱ってあまり歩けなくなってしまった祖父は、それでも若かった頃と同じようにパニクりながらカンバスと絵の具を持って避難するだろう。

そういうところなのだ、親戚が「芸術家ろくでなしだ」と言うのは。

通帳は全部祖母に任せて自分画材だけ持って逃げるから

明日おまんまがなくなって、家族全員打ちひしがれていても、スケッチブック燃えなかった事を泣いて喜ぶような人だから

本物のミサイルなんてそうそう見れるもんじゃないと喜び勇んでスケッチを始めるかもしれない。

因みによく一緒に公園スケッチに行ってくれた幼馴染は高校から画塾に通う事を許され、無事美大合格卒業後は有名なゲーム会社就職した。

彼女ものすごい努力をしていたのを私は知っているし、就職の報せを聞いて私も嬉しかった。

でも北朝鮮ミサイルに対して彼女はどういう行動をとるだろうか?

私が趣味世界出会ったデザイン系の仕事に就いている人達は?

紙と鉛筆を持って逃げるだろうか?

幼馴染とは今でも仲がいい。

同人活動を通じてできた友人の中にはジャンルが変わっても付き合ってくれ、一緒に旅行に行くような仲の人もできた。

積極的美大とか専門の話はしないけれども、そういう話題になっても自分の知らない世界の話を聞くのは単純に楽しいし、新刊ネタになるかもとワクワクすることもある。

でも嫉妬心を全く覚えないと言ったら嘘になる。

日本火の海になった中で、紙と鉛筆でなくて通帳と印鑑を持って避難するような人だったとしても、彼女達が美大進学を許された特権階級である事は変わりないのだ。

そう思うと何だかもやっとしてしまう。





一時期このもやもやから逃れたくて、絵を描く事を伴わない趣味を探した事がある。

スポーツをしてみたり、美味しいご飯屋さんを探してみたり。

このスポーツ団の制服可愛いから模写したいとか、肉の「照り」の部分を絵の具でどう表現しようかとか気付くと考えてしまっていたけれども、頑張って思考の外に追い出していた。

そんな中、某韓国アイドルにハマった。

お気に入りだったのが音大出身で抜群の歌唱力を売りにしている子。

彼の美しい歌声に乗った異国の言葉は心地よくて、生まれて初めて海外アーティストの曲を買った。

ある日、彼が番組企画ファンの為にイラスト色紙を書いてくれる事になった。

その日の彼は機嫌が良かったのか、普段はあまりしないプライベートな話をしながら色紙を書いてくれた。

小さい頃から歌う事が好きだった事。

母親に勧められて合唱団に入った事。

歌手を目指し挫折した経験を持つ母が、音大合格した時泣いて喜んでくれた事。

色紙を書き終えた彼はそれを満足そうにカメラに見せ、言葉をつづけた。

「歌も好きだけど…絵を描く事も好きです。上手くはないけどね。僕の従姉妹がこの絵を見たら笑ってしまうかも、彼女美術大学に通っているんだ。」

頭を鈍器で殴られたような感覚がした。

今までアイドルと言うのは自分とは全く別の世界に住んでいる人間だと思っていた。

この世に存在しないくらい見た目が美しくて、スタイルが良くて、歌やダンスが上手で。

からどんなにイケメンアイドルを見てもこんな人と付き合いたいとか、

どんな美人アイドルを見てもこんな風に美しい女性になりたいとか、そういう気持ちが湧いてきた事はなかった。

自分人生と関連づけられなかったのだ。

特に彼は外国人だったので、そうした傾向が強かったんだと思う。

でも彼の口から美術大学」という言葉がでてきた瞬間、一気に身近な存在になってしまった気がした。もちろん悪い意味で。

音楽芸術だという当たり前の事を思い出し、生まれて初めてアイドルに対して悔しいという気持ちが湧いてきてしまった。



彼は芸術家になる事を親から応援されてきたんだ。従姉妹さんも美大に通っているという事は、きっと一族の大半が協力的なんだろう。

羨ましかった。私も応援されたかった。

美大に行きたいという言葉を発した時に、罵詈雑言を浴びせられるのではなく、彼の母親の様に応援してほしかった。

彼が歌うのが好きだと気付いた母が、彼を合唱団に入れてくれたように、お絵かき教室に行きたいとせがんだ私の事を父に認めてほしかった。

本当は新体操選手なんかに憧れてはいなかったんだ。

お絵描き教室が駄目なら新体操も駄目だろうと思って発した言葉だったのに、すぐに新体操教室を探してきてくれた親に対してショックを覚えたんだ。

美大コンプレックスから離れる為に始めた趣味だったのに、またもや同じ気持ちを味わったあの日、結局このコンプレックスはどこに行ってもついてくるんだなという絶望感を覚えた。

もちろん、高校から画塾に通って美大進学をした幼馴染、趣味を通じて知り合った美大出身友達

皆親を説得するために苦労をしたんだと思っている。

そしてただでさえ狭き門である芸術系就職活動成功させる為に、

反吐を吐く様な努力をして作品ポートフォリオを作り上げたんだろう。

きっと私には想像もつかないような辛い道のりだったに違いない。

大好きなアイドルと彼の従姉妹だって日本よりさらに厳しい学歴社会と言われる韓国音大美大進学を決めるのには相当な覚悟があったはずだ。

音大合格して彼の母が泣いたのだって、その一悶着があったからという事もあるかもしれない。

でも。本当に悪いけど。その内誰だって祖父レベルに達しているとは思えない。

祖父の様に絵の神童と呼ばれていたという話も聞かない。

祖父彼女達と同じ年齢だった頃に描いた絵を見ると、素人から見ても月とすっぽんの差がある。祖父の様な天才じゃなくても美大に行かせてもらえる彼女達。特に幼馴染は「本当は美大に行きたかった母親が大賛成」してくれて、祖父の様な絵に対する執着心もないのにすんなり画塾に通わせてもらえて、本当に羨ましかった。

もし、私の祖父画家じゃなければ。天才じゃなければ。

しかしたら説得できたんじゃないかって思ってしまう。

家出なんかしなくたって、絵の具の代わりに血を使わなくたって、北朝鮮ミサイルが降り注ぐ中、愛用の画材を泣きながら探し回らなくたって。

しかしたら、私にも美大に行かせてくれと説得できたのかもしれない。

彼女達が本当に羨ましい。泣くほど羨ましい。

祖父の様に絵を描く事しかできないわけでもなく、(少なくともデザインOLをやれる程度のコミュ力はあって)、でも祖父の様な並外れた才能があるわけでもない彼女達が

家族から美大進学を許されたのが、本当に悔しい。

祖父天才じゃなければ。数回頭を下げただけで私も美大に行かせてもらえたかもしれないのに。


祖父の事は聞かれない限り他人に話してはいない。父の職業ならまだしも祖父の事を聞かれる事は稀だし、自分から言いふらすような事でもない。

でもごくたまにある。お祖父ちゃんは何をしている人なの?と聞かれる事が。

そして答えると大抵「だから増田さんも絵が上手いんだね!」と返ってくる。

(もちろんお世辞だ。私は下手ではないと思っているけれども、上手くもないと思う。ただ、そういう仕事をしていない限り社会人になってまで絵を描いている人は案外少なく、相対的にそう見えるだけだ)

そんな時自分がどんな顔をしているのかはわからない。

絵を描く楽しさを教えてくれたのは祖父

お金にならないのに、今まで絵を描き続けてこれた情熱を持てたのも、祖父遺伝なのかもしれない。

でもそれを仕事にしなかったのも間接的には祖父が関わっている。

そして何より、私には祖父ほどの才能がなかったのだ。

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