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はてなキーワード: やんちゃとは

2019-02-18

そこまで恨む話か?

先日ホッテントリに入った、タレントヒロミ記事(https://toyokeizai.net/articles/-/263194)、そんなことがあったのかと興味津々だった。

しかし一番のけぞったのは、最上位のコメント

タレントヒロミ必要したことはないし、これからもしないけれど、広い世の中に彼を必要としている人がいるから、今もテレビに出ているのでしょうね。

謙虚もどこか上から目線に感じてしまうのは、彼を見る私の目が曇っているからなんだろうな。

おいおい、なんでこんなしみったれていて、あからさまな予防線もくっせー、シケた書き込みがウケてんだよ。

俺も大人気だった頃のヒロミや、芸風的に近いとんねるずが嫌いだったし、今でもとんねるずは嫌いだけどさ。

でもヒロミに関しては、ここまで丸くなってんのに「どこか上から目線」とかこじらせすぎじゃねーの?


それに、今の視点で横柄とか尊大とか切って捨てるのは簡単だけど、ヤンキーがカッコイイという評価を受けていた時代、「強気やんちゃ」というのは美点も大いに含んでいたわけで。

日本美学にはヤンキーファンシーしかない」なんて言ってた評論家もいたしな。

しろヤンキーダサいオタク普通」という今の風潮が逆に行きすぎじゃねーかとも感じるし。

まあ「ヤンキーはカッコイイ」とセットだった「オタクキモい」という時代に戻っても困るけどな。

でも時代は巡るので、いずれ強烈な揺り戻しがありそうだし、そうなっても泣くんじゃねーぞみたいな。

2019-02-13

古いイメージを持ち続けるのって相手に失礼じゃない?

久しぶりにあった時に「最近どう?」って聞かずに、古いイメージでずーーーーーっと語ってくるのが本当に苦手

親戚の大学生小学生の頃の印象で語ったり、

やんちゃしてたけど今はおとなしい人を、昔のやんちゃイメージで語ったり、

離婚した人を結婚した頃のイメージで語ったり、

芸能人デビューした頃のイメージで語ったり、


5年もすれば考え方も趣味もなんなら子供だっているかもしれないのに、

なんでいつまで経っても古い認識のままで、新しいイメージに塗り替えないんだろう

相手に対する最新の情報を持ってないって、お前に興味ないって言ってるようなものだよ

失礼じゃん

2019-02-11

anond:20190211125224

当時は、暴力教師理由にならんことで平気で生徒に暴力犯罪をふるって、罪にも問われない暗黒時代だったんだから、そういった背景から説明しないとね。

からといって、窓ガラス壊しちゃいけないし、バイク盗んじゃだめだけど。(というか当時も尾崎共感してないが)

当時のクズ教師が今頃校長副校長かになって、のうのうと「あーあの頃やんちゃして生徒ボコってたもんだったなあ、ゲヘヘヘ」とかやっているかと思うと吐き気がしてくるね。

2019-02-08

中学校ときのガキ大将地元タイヤ館に就職してた

店舗スタッフのところに写真があって知った

あの頃は結構やんちゃぶりだったけど、なんか小さくなってた

2019-01-29

ピアノの発表会の思い出を書く

小学生の頃、ピアノを習っていた。

通っていた教室では年に1度発表会があって、多分強制じゃ無かったんだろうけど、当時はお月謝とか教室システムとか何も知らずに、ただなんとな〜〜く通っていたので、なんとな〜〜く発表会にも出席していた。

正直、ピアノ練習は好きじゃない。先生が発表会のために選んでくる曲は毎年複雑な曲になっていくし、やんちゃだったので、ピアノのために学校の体育なんかで指を怪我しないように気をつけるのもめんどくさかった。というか指をほぐす運動?運しの練習?のただ単調なアレ(名前忘れた)が最大級にウザかった。最高に楽しくないと思う。そんなのよりもう弾ける好きな曲弾いてた方が楽しくない?って感じだった。もっと言うと、音楽センスが無かったし、ピアノに没頭できるほどの興味も多分なかった。いつだかにのだめカンタービレドラマとか映画とかを見て「ふーん、音楽好きな人はこんな考え方をするのか」なんて思った記憶がある。

ここまで書いたけど、教室に通うのはそんなに嫌いじゃなかったと思う。教室ではでっかいグランドピアノが弾けるし、きちんと調律されてる綺麗なピアノだし、友達もいたし。

嫌だったのはピアノの発表会である

発表会だからって練習する曲は増やされるし、難しいし、怪我しそうなドッジボールとか避けなきゃいけないし、レッスンの時に先週より上手くなってなかったらいつも以上に怒られる。

ここまではまだいい。

発表会当日には、無駄に着飾らされて、母に連れられて遠い会場に来て、順番待たされて待たされて、そんでめちゃめちゃ大勢の前で震えながらなんとか1曲弾いて、それで終わったと思えば写真をしこたま撮られ、先生友達家族挨拶をさせられ、そうすると母親たちの世間話が始まって、子供の私はまた長時間待たされるのである。クソ楽しくねえ

さらに言うならば記念写真時間世界で一番大大大大大大嫌いすぎる。大多数の人類には分かんないだろうけど、私は写真に私が写ることが、台所に出てくるGくらい嫌いなんだ。理由を考えたこともあったけど、嫌いなもんは嫌いなんだよバーローしか思い至らない。というか変に着飾らされた小学生のブスが写真写り良くなるわけがないだろ。

あと、発表会が終わったあと、会場の至る所で花束を抱えている生徒がいたのも、両親のみならず祖父母叔父叔母あたりが駆けつけてくれてる生徒も羨ましすぎた。父親子供に無関心だったか仕事休みでも来てくれなかったし、家族や親戚にも来てくれる誰かや花束をくれるような誰かはいなかった。

変に着飾らされて、上手くもないピアノ大勢の前で弾かされて、死ぬほど嫌いな写真に撮られて、隣には母親ひとりだけで、花なんて持ってなくて、ひとりで帰ることも出来ずにただ母親たちの世間話が終わるのを待ってるブス(私)。最ッ高に最低な日でしょ。初めて働いた居酒屋で「掃除してきて」って言われて座敷で仕切り板ずらしたら大量のGが出てきた日くらい最低だと思う。今思えばそんくらい嫌だった。ちなみにGは泣きながら雑巾で潰したし、その後バイトは辞めたし店は潰れた。

結婚したくないし、できる気もしないけど、もし将来子供が出来てピアノを習わせることがあったとしても、子供が発表会出たい!やりたい!って言わない限りは発表会させたくない。だっての子供だし、未来旦那が相当な陽キャじゃない限り、きっと私と似たような趣味嗜好・思考回路になる。子供習い事させるのがステータスみたいな風潮あっても、やりたい/やりたくないをはっきり言える歳になるまでは習い事極力させない。絶対させない。させたくない。

私ならよくわかんない年齢の時に「ピアノやりたい?」ってしつこく聞かれて「(よくわかんないけど)やる〜」って答えさせられてなあなあでピアノやらされ続けるの絶対やだ。実際よくわかってない年長さんのころから始めて、なあなあで中2くらいまで続けてしまった。こんなこと次世代にまでさせていいわけがない。断固拒否する。

いや恋人すらいないんですけどね

2019-01-18

anond:20190118144759

少なくともきみらの世代あたりは麻雀タバコの好きなやんちゃで蓮っ葉なおばさんというイメージから騙されて上品で弱々しい朗読者だとおもってるじゃん

2019-01-13

そーいえばと思ってpaypayのアプリ立ち上げたらちゃんと5万キャッシュバックされてた。無駄使いしない方だけど、このお金やんちゃな使いかたしてもいいかなと思ってきた。


ちょっとクワクしてきた!なに買おうかなぁ

2019-01-02

しまじろうまじか

子供と一緒にamazonプライムしまじろう映画を見て、衝撃を受けた。『しまじろうくじらのうた』という作品だ。

ご都合主義ストーリー安易なお涙頂戴な展開はどうでもいい。

それよりなによりあんな直接的に子供性的目線を向けるキャラクターが、それも敵ではなく、しまじろうたちに近い存在として出てくるの、これやばすぎないかな?

映画の途中、しまじろうたちが使っていた道具が壊れてしまうのだが、それを発明した亀の爺さんが修理してやる条件として提示するのが、クイズ。そして、答えらたら直すが、もし答えられなかったら女の子キャラクターにチューする、と脅すのだ。この亀、その後も、その子の手を握ったり、終始、女の子セクハラ的な言動をとる。

しかもこの女の子キャラスカートも履いてないすこしやんちゃな(wikiによると男勝りな)子として描かれているんだけど、そこに性の対象として視線を向けることで、「結局女は女」的な作者側の考えも透けて見えて、ドン引き

そして、この亀の言動はそのまま否定されることなく、亀はしまじろうたちの身内、味方として受け入れられていく。しかし、亀って。どんな隠喩だよ。

昭和映画ならまだしも、2014年作。そのまま駄作として埋もれるならまだしも、amazonプライム今日日本中の子供たちに見られる続けるわけ。

しまじろうは、ベネッセキャラクター

ベネッセ、まじか。よくこんなん作ったな。そしてよく平気で垂れ流してるな。これがベネッセ教育か。俺は二度と子供に見せないよ。

2018-12-20

anond:20181220204808

80年代だったら、やんちゃ揃いだったろうけど

最近底辺高の学生って、ひたすら元気がなさそうだし

別にいいよ

2018-12-18

肩パンされた

知らない女からすれ違い間際に腕を「バン!」って叩かれた。

こっちは自転車通勤途中だったからそのまま通り過ぎたけど。

黒のダウンにマスク20~30代太目の女。

やんちゃ友達なら「久しぶり!ビックリした?」みたいな感じで

パンチされる事あるけど、

見た感じ知り合いにはいないタイプ

これって監視カメラに写ってると思うから暴行罪警察に訴え出ても良いよね?

アザとかは残ってないけど。

2018-12-08

トランプやんちゃして孤立するとかいってたけど、アメリカ一人勝ちだった

結局、アメリカが得するようになってる。

アメリカ中国の様子を見て、台風が来ないのを祈ってる日本

道端に高そうな車とめて昔やんちゃシて武井おっさんがおりてきて日のついたタバコをぽいっと捨てた

眼の前でそんなことされたからあぜんとしてしまった

タバコ拾って車に押し付けてやろうかとも思ったけどやめた

仕方なくタバコ持って歩いてたら非ついてるから萌え続けて服ににおいがしみついてしまった

ほんの2分くらいもってただけなのに

マジニコチン外耳は死んでほしい

2018-11-24

劇団た組。第17回目公演『貴方なら生き残れるわ』を観た

高校教員をしてる。管理職でない限り、全員が何かしらの部活動を受け持たないといけない。私は男子バレーボール部だ。

バレーボールは体育の授業くらいでしか触ったことがない。指導は、別に専門の先生がしてくださってる。だから私は見てるだけ。

でも、楽しい

弱小だけど、みんな一生懸命で、中には練習サボる子もいるけど、みんなバレーが大好きで……。

6時半に練習が終わっても、そのまま体育館に残ってボールを触っているから、私はそれをぼんやり眺めて、7時半になったら、まだ物足りなさそうな部員たちを追い出して、体育館を施錠するのが日課になっている。

自分のよく知らないものでも、誰かが夢中になって頑張っているところを見るのはとても楽しい

と同時に、不思議でもある。

どうしてこんなに一生懸命になれるんだろう。

どうしてこんなに、こんなに…。


11月24日(土)

劇団た組。第17回目公演 『貴方なら生き残れるわ』

作・演出加藤拓也/音楽演奏谷川正憲(UNCHAIN

を観た。

好きな俳優さんのTwitterから、この公演のことを知って、劇団HPであらすじを読んだ瞬間、絶対に観に行こうと決めた。

――――――――――――

<あらすじ>

松坂は母校の体育館にやってきます

そのコートで、失った熱量を懐かしんでいると先生に会ってしまます

先生は言います。元気か。

松坂は言います。まあまあです。

そして松坂シュートを打ってみなと促されます

促された松坂シュートを打ちます。打って、それから、謝ります

バスケット辞めてごめんなさい。

松坂バスケットを何も言わずに辞めたのです。

誰も知らないまま、辞めたのです。

ただ、バスケットを辞めたのです。

たかだかバスケットを辞めたのです。

――――――――――――

何がそこまで私を惹き付けたのかわからない。

でも、心臓素手で鷲掴みにされたような衝撃があった。

から、観に行った。

客席に入って、まず目に入ったのは中央バスケットゴール。そして床に描かれたバスケットコートライン

フラット舞台の両脇には階段があって、まるで体育館ギャラリーみたいだな、と思った。

下手側の階段の踊り場にはギターを抱えた人がいた。「間もなく開演です」のアナウンスのバックで、静かにギターを弾き始める。音が重なって、重なって、そして静かに反響しながら消えた瞬間。

松坂が母校の体育館にやって来た。

自分の呼吸が邪魔に思えるほどの静寂と緊張感。

そしてそれを少しずつ切り裂くように、そこにある、松坂の肉体。

先生がやって来て、松坂シュートを打つように促される。高校時代が蘇る。

部活前の男子部員空気が、本当にリアルで驚いた。シューズの紐を結びながら、他愛ない話をするあの感じが、私が普段目の当たりにしているものと同じ温度でそこにあった。

物語が進むに連れて、少しずついろいろなことがわかってくる。

ずば抜けて上手いのはキャプテンの吉住だけ。彼は素行が悪くてバスケが強い学校には行けなかったから、この学校で一からバスケ部を作った。ちょっとやんちゃで、先生に口答えすることもあるけど、それは結局のところ本人が甘えたなんだと思う。

他の部員高校からバスケを始めたか、少しかじった程度。

主人公松坂は、もともと野球部だったが、部員と折り合いが悪くて部活を辞めた。バスケ部に入ったのは、クラスメイトに「楽だし、初心者でも大丈夫」と言われたから。

部員個性が見えてくるに従って、私は自分部活の生徒の顔が重なるような気がしてならなかった。一人一人は全然違うのに、「ああ、いるよな」「ああ、あるよな」が積み重なって、まるで自分の話のように思えてくる。

中でも胸に来たのは、顧問の沖先生が授業準備が忙しくて部活に来れなくなるシーンだ。代わりに来た外部コーチに、吉住は激しく反発する。

「俺らのバスケ知らないやつに練習メニュー指図されたくねえ!」「お前、顧問じゃねえのかよ!何で来ねえんだよ!授業が増えたとか知るかよ!部活時間部活に来いよ!俺の言うこと聞けば勝てるって言ったよな?じゃあ命令しに来いよ!」

私も、授業準備や他の生徒の対応部活になかなか行けない日がある。やっと体育館に行くと、もう終了の挨拶…なんてことも、何度もある。

生徒は部活に休まず来てるのに、顧問部活に来ない…なんて、不満に思っても仕方ないよな、と思うけど、授業準備も部活動指導も、教員にとっては両方とも「仕事」だ。私自身はかなり部活が好きな方で、沖先生もかなり部活が好きな方で、でも部活よりも優先しなきゃいけないことがある状況は、すごくよくわかる。

でも、それは部員には「わかってくれ」と言ってもわかるもんじゃないよな、というのも、すごくよくわかる。

コーチが来て、彼らの練習風景はがらりと変わる。活気が出る。それまでだらだら惰性でやっていた練習が、意味付けされて、みんなが「勝つために」練習をやり始める。

新入生が入ってきて、二年生になった松坂たちは少しずつ「自分武器」を身につけていて、チームは確実に強くなったことが肌で感じられる。

そして迎えたIH予選。

負けたら、三年生の吉住と當座は引退だ。

IH予選1回戦は、勝った。でも、ミスが多くて先生に叱られる。

そして當座が、「辞める」と言い出す。

大学受験マジでヤバいからバスケ大学推薦がもらえる吉住と違って、俺はバスケ頑張っても何にもならないから、勉強しないとマジでヤバいから

當座は序盤から勉強部活の両立に悩んでいるような描写が繰り返されていた。だからいつかはこうなる予感があった。でも、それは今なのか。三年生の、IH予選で、1回戦は弱い相手ギリギリ勝って、2回戦は相手も強いからこうはいかないかもしれないけど、でもとにかく負けたらそれで引退の、三年生の、今なのか。

そんな當座に、吉住は噛みつく。「何でだよ!」と詰め寄る。

そして溢れる當座の本音。「俺がいなくても、俺より上手い後輩がいるか大丈夫だよ。俺が試合に出るよりも、後輩が出た方がいいよ」

「下手でもお前出ろ!俺のパス受けろ!」吉住の激昂。二人きりの三年生。吉住と當座と、顧問の沖先生の三人だけでやって来た一年間。少しずつ後輩も育って、やっと勝てるようになった三年生の、IH予選。

でも、頑張ってどうなるんだろう。将来どうするんだろう。部活を頑張った、その先は?

私も、自分高校時代勉強理由部活を辞めようとしていた同級生必死で引き留めたことがある。結局、彼女は三年生の夏まで部活を続け、一緒に引退したけれど、今でもあのときの私は正しかったのかとたまに思い出す。もしかしたら、あそこで私が引き留めずに彼女部活を辞めて勉強だけに打ち込んでいたとしたら、彼女もっと上の大学に行けたかもしれないと、考える。まあ、最終的に決断したのは彼女自身なのだから、そこに私がとやかく言うことに何の意味もないのだけれど、私は最後まで彼女部活ができて、とても楽しかったのだけれど……。

教員になってからも、勉強と両立できないか部活を辞めようかと悩んでいるという相談を受けたことは何度もある。そのたびに、私は止めてきた。それが正しいかはわからないけど。

今でも、必死練習する部員たちを見ながら考えることがある。バレーを頑張ったからといって、進路の保証があるわけでもない。この時間を、補習やアルバイトに費やす方が有意義な生徒もいるかもしれない。でも、この経験はきっと、いつかどこかで、何かの役に立つんじゃないか…。

「これが将来にどう活きていくか」なんて、考え出したらキリがない。とくに教員仕事なんて、どんな指導をしたとしても、本当にそれが生徒にとって良かったかわかるのは、5年後が10年後か、何年先になるかわからないし、もしかしたら一生わからないままかもしれない。

それでも、今一番良いと思えることをやるしかない。

IH予選2回戦。

格上の相手に、チームは苦戦する。でも、全く勝てない相手ではない。今、自分たちにできる、最高のプレーを。

残り時間あと6分。点差はわずか。負けたら、ここで終了。勝ったら、もう少しだけバスケができる。

私はここでも、自分部活を彼らに重ねていた。

今年のIH予選。地区大会は勝ち抜いたけど、県大会は1回戦から格上の学校相手で、良いプレーはしたけど、負けてしまった。

バレーボール制限時間はない。先に25点取った方が勝ちだ。じわじわと、相手の点数が25点に近づいていく。

「ああ、このまま、このまま終わってしまうのか。もっと見ていたかった……もっと見ていたい……いや、まだ終わってない、希望はある……うちがここから○点取れば…………」

そんなことを考えながら祈るように試合を見ていたことを思い出した。

そのときの、バレーコートの中の選手気持ちはわからない。でも、今、目の前の、バスケットコートの中の選手気持ちは、客席まで伝わってくる。きっと、同じだ。彼らも、彼らも。そう思うと涙が出た。


舞台上の試合のシーンでは、本当にバスケ試合が行われていた。

もちろん、ある程度の段取りはあるだろうが、シュートが決まるかは打ってみないとわからないところは、試合と同じだ。シュートが決まればこう、外れたらこう、みたいなパターンはあるのだろうが、それも、試合と同じだ。

何のスポーツでもチームで行う競技すべてに言えることだろうが、上手いチームは「いるべき時に、いるべきところに、いるべき人が、いる」と感じる。

それは、演劇も同じだと思う。


舞台は、何が起こるかわからないライブ感が魅力だ。

でも、人生は何が起こるかわからいから、こわい。

何をやるのが良くて、自分は何がやりたくて、それがどう自分のこの先に繋がっていくかは誰にもわからない。

何かをやるにしても、何かをやめるにしても、自分が「良かった」と言えなきゃいけない。

いろいろなものが重なって、なんだかもうわけがからなくなって、最後の方はほとんど泣いていた。

泣きすぎて拍手ができなくて、それだけが心残りなくらい、泣いていた。

かに感想を伝えたいけど、あいにく私は友達が少ない。

からいつも感想Twitterで呟いたりするのだけれど、今回はあまりにも自分プライベート事象リンクしすぎてしまたから、匿名ブログに託すことにする。

観に行って良かった。

ありがとうございました。お疲れ様でした。

2018-11-19

俺も昔はやんちゃでさ…

かぼちゃ煮物が苦手で母がいろいろ試して(無水でやったり、砂糖レンチンでやったり)くれたのに断固たる意思で食わなかったもんだよ。

anond:20181118201810

いや、やんちゃしたことやその他良くない行為

ネット上に載せて世界中に発信しちゃうのが馬鹿ってだけだろ。

その馬鹿のせいで会社学校かに迷惑かけるんだから

そのくらい幼いうちに知っとけ。

2018-11-18

インターネット正義が怖い

常に社会に怒りを感じているタイプの人がいる。

もっと楽しいことに時間使えばいいのにとも思うけど、それはその人の自由なのでまあ自由にやってもらえばいい。

問題は、ちょっと失敗したり不謹慎だったりするだけの特定個人に対し、正義を盾にTwitterはてブで責め立てたり個人情報を暴こうとしたり職場学校電話をしようとしたりする連中だ。

彼らは、自分の行いがコンビニミスをした外国人店員を怒鳴りつける老人と同じだということに気づいているだろうか。

別に、彼らが100%間違ってるというつもりはない。大抵の場合、そのとき責め立てられる個人には非がある。軽犯罪を犯していたり、ポリコレ抵触していたり、あるいはそれらの直前だったりする。

ただし、このとき考えないといけないのは「ミスをしたコンビニ外国人店員炎上した彼や彼女のしたことはどの程度の悪なのか」「それに対し、与えられるべき罰や責めの重さはどの程度なのか」「自分は彼らを責めるべきなのか」だ。

また、様々な宗教文学偉人の教えを引くまでもなく、一切の悪や失敗を行わずに生きている人間はいないし、その罪には軽重がある。それは、今正義の側に立っている人々だって、私だって同じだ。

正義は世の中を良くする行いであり、同時に娯楽だ。正義を主張することは気持ちいいものなのだ。我々は、正義を娯楽として使っていないか自分自身に対して批判であるべきではないだろうか。

全ての悪や失敗が許されない世界、品行方正な人間しかいない世界ディストピアしかない。私には正義肥大化、悪の許容度の低下が進んでいるように見える。そして、それが恐ろしい。

何が言いたいかというと、もう少しやんちゃ迷惑ルール違反に寛容になろうよ、あるいは適度なところでやめようよ、って話です。

2018-11-16

[][]ゾンビランドサガ7話最高だった

脚本最高だった

色々展開予想したけどそれ以上に腹落ちした

やんちゃしすぎず、それでいて納得できる丁寧な仕上がりだった

現実でも起こり得るテーマで、しかキャラが皆しっかりした意見持ってる上でのすれ違いって脚本として難しいと思うんだけど

ちゃん真正から収束させたのは感心した

 

歌も最高だった

歌詞泣ける

コスコスコティッシュフォールドだった

あとCGダンスレベル上がってた

CGなのか仕上げが上手いのか演出が上手いのか、もはや境界分からん。こういうやり方もあるのか)

 

ギャグトンデモ展開も面白かった

てかシリアスギャグバランスうまい

ゾンビやけん、ゾンビやけん大概の無茶な展開もいけるんだ

 

5話がピークかと思ったがシリアスでもここまでやれるのか

フランシュシュを素直に応援したくなったわ

ぼく「ふらんしゅしゅー!がんばえー!」

そらデスおじも泣くわ

さくらも泣くし、俺もそれ見て泣くわ

さくら一番頑張ってたしな

アレみてからOPの前口上つよい

 

そういやトレンド1位だって

2位がレコード大賞

5位が帯電

 

全話何あったかちゃんと思い出せるアニメは久々かもしれない(年1くらいかな?)

円盤買うか

2018-11-10

anond:20181110114845

俺だけはクソジジイにならないっていってそれ守れたの切腹死した三島由紀夫くらいだよ。

今クソジジイの連中も全員俺だけはクソジジイにならないって思ってたし

おまえらもクソジジイに全員なる。

時代がかわれば「免許なしに増田にいたんすか!?(クソジジイやんちゃ自慢かよマイルドヤンキーこっちくんな)」っていわれるからな。

2018-11-07

anond:20181004194619

新人100%検閲済み原稿読まされるNHKの手口は知れ渡ってて、金爆紅白で脱ぐのだけが最近例外

一方でvチューバー中の人格と外見のスキンが完全にリンク切れで外見から本当は普段もっとやんちゃなこと言ってるんだろうとかの手がかりがなにもない。

人格が売りのvチューバーから自然に発生するコメント力を除いたらなにがのこるか。

単なるスキンNHK原稿突っ込んだキメラだ。

NHKはどうせ自分に都合のいいことだけを言わせるんだからNHK独自vチューバースキン作ってそれ使え。

既存vチューバー必死で築いてきた人格力だの知名度に甘えようとするな。

そしたら二枚舌でも人格破綻人格分裂してても許すよ。

2018-10-17

正直、巨乳キャラは好きだけど「乳袋」はクソ食らえと思っている。

キズナアイ問題ときも「乳袋」の話があって、乳袋肯定派のオタクには同意できねぇな…って思ってたんだけど、

ようやく言語化出来たと思うので増田に書く。

 

まず、自分巨乳キャラが大好きである

及川雫十時愛梨すーぱーそに子グラブルのドラフ・・・etc、源流を辿ればボンボンロボットポンコッツの女性キャラから巨乳好きになったのは間違いない。

(また、貧乳が嫌いなわけではない。貧乳貧乳巨乳につかれたときはいいと思う。結局は摂取比率の話なのだ。)

からといって乳袋だけは許容できない。むしろ乳袋こそ巨乳の持ち味を殺す最悪の服装だと断言できる。

 

まず、一つ。服はそのキャラを飾るをとてもとても大切な要素である。これは譲れない。個人的巨乳キャラは裸ではなく服装を着用しているからこそ映えるのである

例えば、十時愛梨私服は、まさに十時愛梨のものである。専用衣装でもないのに、あの組み合わせが十時愛梨を語る上で外せない。

話がそれたが、巨乳キャラの服とは一体どのようなものだろうか。

巨乳キャラ服装で一番大切な要素は「ぱっつんぱっつんである」ということだ。どのキャラも大きさを強調するかのように胸部に2つのテント…いや、山だ、山があらわれる。

自分はこの山が大好物なのだ

この山が示しているものはなにか。それは「この服装に拘束された巨乳いかに巨大なのかを物語る」事である

言ってしまえば、この乳袋ではない「山」は、強さの証明なのである

例をあげると、格闘漫画強者動物と戦う時、動物は必ず拘束されてでてくる。例えば、檻だったり、首輪だったり、全身の自由を奪うようなベルトを付けられたり。この拘束が多く、暴れまわってる獣ほど強いということを表すのである獰猛な虎と紹介された虎が首輪一本で闘技場に出てくるよりも、頑丈な檻に入れられて中で暴れまわって今にも檻を壊して出てくるんじゃ…って雰囲気を漂わせたほうが強い虎なのである

山というのはこの拘束なのである。大きいゆえに服に拘束されて力を拘束によって抑えられた状態。これが山なのである

 

逆に乳袋はどうだ。

拘束されていない。まるで大人しい、入るところに入ってストレスなく育てられた動物園の虎だ。下手したら乳袋という存在自体動物園の「虎(はなまるくん ♂ 2歳 甘えん坊でとってもやんちゃ!好物はりんご)」という看板である

まり乳袋に収まった巨乳には力だとか、獰猛さだとか、凶悪さ、暴力、圧、そういったものを一切感じない。

しろ、優しさとか、柔らかさとか、そういうのばかりが先行して、へなちょこである

 

そんなへなちょこ巨乳に俺は屈したりしない。

俺は大の大人なので誰にも屈しないが、山を作り出した暴力的な巨乳には屈するのである。ヘコヘコワンちゃんである

から乳袋はクソなのだ

2018-10-15

老犬がかわいい

16年前に飼いはじめた犬が最近調子が悪い。

16年前は真っ白でふわふわで目と鼻が真っ黒だった。今の彼女は耳や背中茶色になってきて、目や鼻はブラウン化してきて、これはこれでとても愛くるしい。

そんなかわいい彼女を毎日大切にしているが、成犬になって落ち着いてきた頃から子犬よりも成犬のほうがかわいい、むしろ子犬やんちゃすぎて嫌だとすら思うようになった。

さて、最初の一文で最近調子が悪いと書いたということは、彼女はもうそろそろという意味だ。

そのことを必死に隠しながら生活をしている。しかし、一番気がかりなのは今の犬が大好きな爺さんだ。

最初は犬を買うことに大反対だった爺さんだ。昔、犬を飼っていて、しかしその最後の別れがあまりにも辛く、自分で作り上げた犬小屋を夜中にいきなりノコギリで解体しだした爺さん。そろそろ別れを感じ取ってるのか日に日に犬に構わなくなっている。もし今の犬とお別れがきたら今度こそ本当に気が触れるんじゃないだろうか。

 

なので、お別れが来る前に親と相談し、新しい子を飼うことにした。

そのため、土曜日彼女を頂いた保護活動家の家に行き、新しい子を貰いに行くことにした。

16年前とおんなじ部屋に通されて子犬が何匹か駆け寄ってくる。

子犬かわいい。16年前、4匹兄弟の中で唯一真っ白だった彼女を引き取ったことを思い出す。

 

でもそれ以上に気になったのが、成犬だった。

ほとんどの成犬は保護活動家の人曰く、性格が凶暴になったとか、大きくなって飼いづらくなったと保護活動家の人や別の施設や連れてこられたりするらしい。

または犬を飼っていた老人が無くなり、飼い主がいなくなった時に家族から連れてこられたりなど。

そのうちに一匹。すでに9歳になる一匹のコーギーが非常に可愛く思えてしまった。

しつけがしっかりできているのか大人しく人懐っこい。

その時「かわいい子犬は貰い手が見つかりやすいが、成犬どころか老犬になってしまたこの子は飼い主が見つかるのだろうか。」と脳裏に浮かんだと同時に「俺はこの子が良いと思う。」と言っていた。

父は「でも子犬じゃないとまたすぐにお別れが来るぞ」と言った。保護活動家の人も「情で選ぶと大変だよ。」といった。

二人の言うことはご尤もで、この保護活動家の家にいる犬すべてに飼い主ができるわけではない。この保護活動家の人も結局は子犬であっても決まらない子のほうが多いという。

俺はそういうことを思いながら、わかったといって、黒茶ミックス保護活動家の人は柴犬ポメラニアンではないかといっていた)の6ヶ月の雄を選んだ。

 

顔合わせをする。彼女ビビリで他の動物をみると怖がるが、彼は小さいからか大丈夫だったみたいだ。

爺さんは大変よろこんで「犬小屋いるな」といって日曜日に早速犬小屋を作ってた。(といっても結局、小屋はお昼に外にだすときしか使わないんだけど。)

 

それでも俺の脳裏に何回もあのコーギーが思い浮かんだ。

その度に「でも彼女は多分ビビるし、9歳だともう老犬だし」と言い聞かせ打ち消した。

偽善なのはわかってる。でもこの増田嘘松なので偽善でいいのだ。9歳のいきなり天涯孤独になったコーギーなんて存在しない。いいね

2018-09-15

禁煙後の串カツ田中ガラガラ

店舗禁煙を打ち出した串カツ田中に、久しぶりに飲みに行ってきた。

俺もタバコ嫌いだから、臭くないところで飲めてラッキーくらいに思ってた。

そしたらお店ビックリするくらいガラガラ

木曜日の夜だったからってのもあるのかもしれないけど、

前は平日でも20時くらいだと結構混んでたのに、

3割くらいしか席埋まっていないのよ。売り上げは減ったけど、

来店客数は増えたって話を聞いてたかちょっとビックリ

周りのお客さんを見ると、女性2人が1組、カップル1組、

大学生(新社会人?)っぽいグループが2組。4~6人の家族連れが1組。

そんな構成。以前よく見かけたサラリーマン全然いないし、

ガテン系のおじさん&お兄ちゃんも皆無。

ワイワイガヤガヤもしてないから、チンチロリンハイボール

ぞろ目を出してもなんかさみしい感じ。

少しお高めのレストランとか料理屋とかなら

ちょうどいい音量なんだろうけど、串カツ田中だと寂しすぎる。

店員さんも手持ち無沙汰で暇そうだし。

よくよく見ると隣の家族のお父さん、ノンアルコールビール

大学生グループも半分くらいはノンアルコールっぽい。

そりゃお酒も入らないから声も必要以上に大きくしなくて良いよね。

いや、いいことなんだろうけど。

そうこうしてるうちに、8人くらいの子連れファミリー(たぶん3世帯)が入ってきた。

まあ当然、子供たち騒ぐよね。

男の子やんちゃっぽくて、妹のおもちゃ取り上げただかなんだかで妹大泣き。

親は親で軽くあやしたりはしてるんだけど、

話に花が咲いちゃってるみたいで、子供放置気味。

いや、いいのよ。子育て疲れるのもわかるし、

外で気晴らしもしたいだろうし、飲んだって良いと思う。

でも、この店は次は利用しないだろうなって思った。

疲れた仕事上がり、飯を自分で作るのもだるい時に、

子供の騒ぎ声聞きながら夕ご飯しんどいわ。

(世のお父さん、お母さんは立派だと思うよ。本当に。)

たぶん自分がこの店のターゲットでなくなったんだろうね。

2018-09-11

研究に向いてないかもしれない

文系博士課程1年。

身バレが怖いのでざっくり書く。

書き込むの初めて。吐き出せるところも無いしもうどうしようも無いので吐き出させてほしい。

多分支離滅裂で読みにくいと思う。ただの愚痴

研究に向いてないかもしれない。

勉強は好きだ。小学生のころから好きだった。夏休み冬休みなんていらないか勉強したい、ってくらい好きだった。夏休みの宿題も前半に終わらせるタイプ。新しいことを知れるのが嬉しかった。

良い子ちゃん、ってわけではなく結構やんちゃしてたし喧嘩とかもしたりしてたけど、成績良かったし学級委員とかもしてた。

中高もテストは上位だったし成績も4と5。勉強好きだって思ってた。

大学もめちゃくちゃ楽しかった。興味ある授業を自由選択して聞くだなんて最高だったし、すごい楽しかった。

おかげさまで成績上位で表彰してもらったりしてた。

けどこのころからなんとなく思ってた。

自分が好きなのはいわゆる「勉強(=良い成績を取ること)」で「学問」じゃないんじゃないかって。

実際、成績は良くないけど読書量と知識量がすごい友人がいて、「大学院に行くならこういうやつだろうなぁ」って思ったし、純粋尊敬した。

もし成績という数字が出ないんだとしたら、自分勉強するんだろうか、とか考えた。

答えは出なかった。未だによく分からない。

結局、親も応援してくれたし勉強も続けたかたか修士に進んだ。

憧れの教授の元で勉強できてすごい楽しかった。教授も「すごいすごい」って褒めてくれたし、公私共に気に入ってくれてるみたい。ありがたい限り。

ただ、教授指導の元で研究してると「オリジナリティは?」ってすごい聞かれる。

教授フォローしてくれる。でも、真似事の域から出てない気はする。

とりあえず修士論文は通ったけど、穴だらけで恥ずかしい。

からないことを知るのは楽しい

でもこれは「研究」とは違うんじゃないか、って思う。

本読んで「へー、そうなんだ」って思うのは楽しい

「じゃあ、これってそういう意味なんじゃね?」って、研究対象に本の記述を照らし合わせてくのも楽しい

けど、他の先生たちから「既に分かってることを並べて何が新しいの」「何が言いたいの」と言われる。反論はできない。自分がしてるのは結局「調べ学習」でしかなくて、新しい推論も発想も無い。新しいことを知って組み合わせて喜んでるだけの、お遊びだと思う。

ありがたいことに指導教授はずっと評価してくれてる。

から博士にも進んだし、なんとかこの場所にいられるんだと思う。

けど、教授のおなさけなんじゃないか、って思う時もある(ただ、指導教授がそういうタイプじゃないのは分かってる)。

今も博士論文に向けていろいろ調べてる。楽しい

でも結局「何が言いたいの?」って言われたら、言えない。

「これが知れておもしろかった、まる」で終わる気しかしない。

こんなんで研究者になれるのか。

研究に向いていないんだと思う。

でも、どうしようもない。とりあえず進むしかない。

正直疲れた

2018-09-08

りゅうちぇるタトゥーについていまさら考えてみる

世間で揉めてる?いわれてる?

タトゥに対する偏見とかそういうのはタトゥをしてたって良い奴はいるし、

してなくたって悪い奴はいる。

そんなことで人の価値は決まらないけど、してる人=やんちゃってイメージがあるのは事実

それをそんなことな!!!って声高に言うのは、どうなのって。

それでもカッコイからとか、精神的にとかなんらか理由があってするのなら、

それは本人がわかってればいいし、そんなのぶっちゃけどーでもいいよ。

でもね。

わざわざ、してる人にどうかと思います!!!

って突っ込んでる人も

しててもいいじゃないか!!!

って反論してる人も

どっちも、他人の好きに口出しすぎ。

他人の考え方そのものに口をだすなんておこがましいにもほどがある。

個人的には、ファッションとか偏見とかそーゆーことよりも。

体にメスをいれるってことはそれなりのリスクがある。

健康上の問題とか、のちのちに治療を受けれなくなるリスクとか。

例えばMRIとかそーゆーのもそうだし、この先もしかしたらタトゥをしてたらできない治療方法機械とかでてくる可能だってとあると思うんだ。

もちろん問題ない可能だってあるけど。

たばこと一緒。わざわざ自らリスクを負いに行くのはバカだなって。

でもそれは私の価値観。

長生きするのが正解とも限らないし、自分人生から自分責任を取ればいい。

まあ何が言いたいかってゆーと。

人それぞれなんだからほっとけーって話よね。

でも、りゅうちぇるもね。

するのはいいと思うけど、それを肯定して広めるようなのは余計だったと思うよ。

以上。

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