「楽しい」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 楽しいとは

2018-10-23

TRPGトラウマになった話」に思うところ

TRPGがかなり深いトラウマになってしまった話」読んだ。

死体蹴りのようで少し趣味が悪いなと思うが、投稿主に関して思うこと

初心者に優しくない

これは何事に関しても初心者を招き入れる際は自戒すべき事象である

特にTRPGなんかは用語わかりにくいし。

1d6ってなんだよ。順列か?

他のシステムに慣れてようとシステムごとにルール全然違うし、本当に初心者に優しくない遊びだと思う。だからこそ、初心者に対するサポートは他のスポーツゲームよりも手厚く行うべきだ。とくにクトゥルフなんかはキャラ作成だけでも別日に準備日を設けてもいいんじゃねーの?って思う。

ゆえの「初心者卓」という配慮だったのだろう。

認識差異

「完全初心者卓」

おそらくそ投稿者のフォロワーは「TRPGをある程度理解しているがプレイヤーとしては片手で数える程度の参加しかしたことがない」人を指していたのでは?

キャラシートの作り方やダイス意味さえわからないほどの初心者ならば、完全初心者卓であろうと先にKPに相談しておいた方が卓内で気遣ってもらえたり、それならば、と先に丁寧な説明を受けれたのでは?と思う。

ただ、この点に関しては完初心者がいることを想定しなかったKPにも非がある。

ルールブック未所持

これに関しては、釣竿を持たずに釣りに行くようなものだと思っている。

釣りに関しても、初心者ならば友人が竿や道具を貸してくれるかもしれないけれど、全く使い方もわからない状態で「釣れない!」と文句を言っているのと同等に見える。

今回の件に関しては、教科書を読まないで授業に臨み、理解できなかったことを「教師の教え方が悪い!」と騒ぐ生徒のようだと感じた。

かに完全初心者ルールブック購入はハードルが高いかもしれない。

特にツイートから投稿者が参加したシステムCoC(クトゥルフの呼び声)だったと推測されるが、CoCルールブックは他システムと比べてもわりあい高価である

けれど、KPにルールブック未所持であるほどの完全初心者であることを伝えなかったり、5年も経ってから掘り返すほどゲームに執着しているのに未だルールブックを買っていなかったり、その辺は投稿者の落ち度なのでは?所詮その程度の思い入れだ。世の中にはTRPG以外にも楽しい遊びはたくさんあるのだから、わざわざ説明書すら読めないほど不向きなそれに執着する必要性は感じない。

リプレイ動画

「身内卓」「ハウスルール」「ルーニープレイ」……どう考えても初心者が参考にすべきではないんだよなぁ……。

しかに、動画化されているもの説明を読むよりとっつきやすいかもしれないけれど、あれはスポーツでいうところのプロのお手本動画に近い。

完全初心者部活に入りたての中学生としたら、人気卓と言われる動画甲子園常連レベルと言うべきだろうか。TRPGに上手いも上手くないもないけれど、圧倒的に場数と慣れが違う。

あと、ああいうのって「身内卓」といって、ガチ友人で構成されてるが故の緩いハウスルールが多いのでマジで参考にしないほうがいいと思う。大概の場合オフセだし。

オフセとオンセ

TRPG をするにあたりSkypeどどんとふなどを用いてインターネットを通してやり取りする「オンラインセッション」と誰かの家やそういう店に集まって実際に卓を囲む「オフラインセッション」がある。

前者の方が手軽ではあるが初心者向けではない。投稿者が「置いてきぼりをくらった」と言っていたように、寡黙を決めこめばそこに無いものとして扱われるケースも多い。それは、わざと彼を無視しているのではなく、単純についていけてないことに気づかれにくい、という盲点故の悲劇だろう。

一方、後者ならば顔を見合わせたセッションであるがゆえに、投稿者が言うような悲劇は起こらなかったのではなかろうか。ルールブック問題も卓に一冊あればなんとかなるし、キャラクターシート作成等もKPと一緒に行える。わからないことがあったら、その都度手を止められるのが良い点だ。

オンセ、ついていけないのはさぞかし辛かったでしょうが、途中でSkype抜けるってどういうこと……?シナリオ崩壊しねえ……?自分がKPやるとき、いきなり人数変わるの凄く困るのでここが一番引っかかってしまった。

何も言わずFOするのはあまり無責任じゃないですかね……?

もし逆に勝手に無いものとしてシナリオ始められたのならそれは完全にKPの落ち度です。本当にありがとうございました。縁切れよ。

とりあえず5年も経ってからぐちぐち掘り返して吉牛待ちしてる時点で絶対投稿者とは卓囲みたくねーなって思った

anond:20181023065402

いいや

上から目線で人をいたぶるのは楽しいから時間をかけるというかそのために雇うんだ

無職増田が抱えるたった一つの深刻な悩み

無職なので他の増田の悩みがわからない

朝起きれない→朝起きなくてもいいじゃん

職場待遇が悪い→会社やめればいいじゃん

職場人間関係がつらい→会社やめればいいじゃん

モテない→部屋で一人で遊んでても楽しいじゃん

共感や思いやりなどの人間的な感情が日に日に退行していくのを感じる

仕事を楽しくする方法自分のやりたいことを仕事にする

「働く楽しさ」を求めるよりも、「仕事自動化」を考えたほうが、場合によっては楽しくなるかも。

 

楽しさ

最終的には、サラリーマンでも自営業でも、自分のやりたいことができていれば、仕事は楽しくなるよ。(時間問題じゃない)

 

anond:20181022235154

2018-10-22

anond:20181022231020

他人趣味の話はわからなくても楽しいですよ

同じ趣味である必要もないし

同じものだとケンカする可能性もある

anond:20181022223053

ラスタ送るの楽しいのにー

推し写真載せてくれると嬉しいよ

賛同できないなら輪に入らなければいいのに

なぜ授業でノートを取らなければいけないのか

https://nakorightnovelvirtual.hatenablog.jp/entry/2018/10/22/205042

今日テストの日に提出した国語ノートが返ってきた。評価はBだった。

先生プリントを貼ってなかった人が多かったとおっしゃったから、どこかプリントが抜けたのかと考えた。

友達にA評価ノートを見せてもらって、プリントに不足がないことを確認した。

何かの間違いでB評価かもしれないと思ったから、授業後に、「なんでB評価なんですか?」と聞いた。先生の返答はこうだ。

先生「字が汚いから」

ぼく「字が汚いと評価を下げるんですか?」

先生「汚いというか読めないから......」

ぼく「ほーぉぉぉん」(諦め)(着席)

何諦めてんだこの陰キャ......。

では問題です。

なぜ授業でノートを取らなければいけないのか、答えを述べよ。

ぼくの答えは、「記憶の補助のため」です。

極論授業の内容をなにもなしに記憶できるのならノートは取らなくていいと思うんですよね。

まあぼくはそんな天才ではない訳で、記憶の補助としてノートを書きます

自分のためにノートを取ります

はい。たぶんここまでは概ね賛成いただけるでしょう。

じゃあ問題

「NNDN-TDSISKTKRNDY」

なんの伏字かわかる?正解はね、

なんでノートで成績つけるんだよォ!

ノートを取るのは、自分記憶のためです。

自分自分による自分のためのノートです。

自分自分による自分のためのノートに、

なんで他人評価が入るんだよ。

自分のためにノート取ってんだろ。

他人が読める読めないなんて関係ないでしょ。

じゃあなんでノートで成績つけるんだよ......。

それしか馬鹿に対して救済手段がないのか?

ほとんど同じ内容を書いてまっっっっったく天と地との差ほどのテストの点とって

その内容の字が読めないか評価を下げますって?

あなたのために書いてないです。

内容理解ノートで済ませたから点数が取れたんだけど?

思考停止している真実馬鹿と”同じ内容”で?

まったく違う点数なんですが?

字が読めないのは確かに悪いことですが、それはテストで×つければいいでしょう。

ノート評価を下げる必要、ある?

ノートを取るのは成績をつけるためか?

思考停止で黒板写してる奴が評価されんのな。

ノート評価をつけるなよ

提出することに意味があるんじゃないか

内容理解だけで成績つけてくれよ

先生に怒ることでもないか

そういう教育システムになってるかもしれない。

もうどうしようもない。綺麗にノート取ろうとしたらたぶん成績落ちる。

やってらんねぇわ。ノートなんて授業のメモしかないだろ。

落書きばっかで汚い字でもいいだろ......。

あなたの読める読めないとこちらの理解しているしていないは関係ないだろ......。

あいつら字の練習してるだけじゃん......。

何も考えてなくて、だから30点40点50点取ってるんだろ......。

そういう話だったっけ。いや違う。

小学生の頃からなんでノートを取るのか知らずに考えずに今でも板書しているんだろうな?

といっても、ノートを取る理由自分の中で確定できたのは中3の田野先生との出会いなので、それまでは彼らと同じく思考停止マシーンであったのである別に偉くは言えない。

私の勉強観と、高校でつまらない授業を受けている話。 - nakoのラノベVTuberブログ

教えて偉い人!どうしてノートを取るの?

ま、結局は自分評価より上の評価思考停止マシーンがいるのが嫌だという、身勝手な思いから来ていて、自己正当化がしたいだけなんだけど。

と、こんな内容を母に話したら「じゃあ(先生に)言えばいいんじゃない?」と言われた。そらそうよ

僕は明日から理由を問いまくるクッソめんどくさい生徒になるぞ〜〜。なりたい。

まあ授業中つまんなかったら寝たいけど時間勿体無いから授業とは別のことしてるという時点で相当めんどくさい生徒なのは既にそうなんだが。

や〜、自分から別のことをやるのが楽しいんですわ、先生にどうこう言われないでやるのが楽しいんです。自分でやってるのが好き。もう先生自習監督みたいなもんだな。

あと最近この男調子に乗りすぎだろう。もっと謙譲してIKEA。そんなにクラスメイト先生馬鹿にするなよ、100点満点のテストで8点取った奴とか馬鹿に......wするなよ......w(性格悪すぎない?)

あ!もしかしたらぼくのノート自分のためという前提がおかしいのかも!

文科省さんとかはノート経済を回すABC分析で言ったらAの商品というだけかもしれない!

「板書」が、いちばんやってる感を味わえるのだろう。そうやってやってる気分だけ味わって中身はすっからかーんってか、ははっ。

マジで教師は全員精神鑑定を受けてくれ。そしておまえらの授業を生徒に採点させろ。自分がどんな授業をしているか知れ。

あ、これを読んだ方のご意見が知りたいので、コメントお待ちしております

SNSで共有していただいてよりたくさんの人に見てもらって意見が欲しい。

おわり。

anond:20181022181451

言及どうもです。

彼らは、単純にphilosopher(=知恵を愛する者)ということでいいんじゃなかろうか?

『「知」に対して極めて能動的な人間』、というより、『新しいことを知ることが好き』、ただ単に好きって感じで。

から、はたから見ると、増田も『知らない話題に対しては、無知な者として、目を輝かせて知識を吸収する』スタンスで行けるといいのではないか?と思う。

そう、そこなんだよね。

俺が「怪獣映画を見ること」を苦に感じたことないように、彼らにとって

『新しいことを知ること』はまったく苦じゃなくて、むしろ何よりも楽しいことなんだろうな。

から知識毎日のように流し込んでも頭でっかちにならずに教養として心身に身に付くのだろうな。

彼らにとってはソルジェニーツィンを読むのもゴジラを観るのも同じ『新しいことを知ること』なのかもしれない。

コンプレックス邪魔になるのは、良く理解できる。

自然体で「philosopher(=知恵を愛する者)」として振る舞えてる人達への劣等感や羨望みたいなのは正直あるよね(笑)

ああ、彼らには「おし、勉強するぞ!」って喝を入れる感覚すらなくてこれが自然体なんだ!って気付いた時には震えたね。

多分、「地下室の手記」を読むとハマると思うが、それが上のような態度を身につける為に良いのかは、考えてしまうところ。

実はこの土日で奮起して古本屋で有名な哲学書やらロシア文学をしこたま買い占めてきたよ(笑)

地下室の手記」はなかったけど、カラマーゾフの兄弟罪と罰は買ってきた。

ソルジェニーツィンも何冊か買ったし、デカルトやらカントやらあるだけ買ってみた。

古本屋の店主はすげえ偏屈そうなオッサンだったが、購入ラインナップを見たら笑顔になってた。

何度もお礼を言って店を送り出してくれた。彼も「philosopher(=知恵を愛する者)」なのかもしれない。

手始めに薄いゴーゴリ外套」を読んだけど、思ったより易しくてすぐ読了した。

すっげーヘンテコな話だったけど、不思議な後味が残って楽しめたよ。どんどん読むぞ。

ドリフェス!ファンになれなかったオタクの話

 10/21、日本武道館

 ドリフェスが終わってしまった。

 私がドリフェスを知ったのはアニメからだ。そのあと、これが「若手俳優を使ったアイドルコンテンツであることを認識した瞬間、「あ、近寄らんとこ」と思った。

 私は特撮が好きで、でも俳優のものは好きにはなれないタイプオタクだった。漫画も好きだけど、2.5次元舞台ミュージカル的なものもどうしても好きになれなかった。そしてもうひとつ、私はとあるジャニーズアイドルの、Jrからファンだった。男アイドルを下積み時代から追っかけていた。

 これらの経験が、私にとって「どうしても5次元(2.5次元)アイドルコンテンツであるドリフェスを好きになれない理由」だった。そしては私は、それは好みだからしょうがない、と、ドリフェスを好きになれないことを自分に許した。だからドリフェスファンの仲間入りが出来なくて、すぐにドリフェスから距離を置こうとした。

 そんな時に、TwitterAGFでのドリフェスツイートがいくつかRTされてきた。どれも楽しそうで、でも私はもうドリフェスから離れる覚悟を決めていたので、他人事のようにそれを眺めていられた。2016年秋、ドリフェス出会ってたった数週間目のことだった。

 その時に流れてきたRTひとつで、私は石原くんに興味を持った。俳優活動まで追いかける気はさらさらなかったけれど、それでも、三次元ドリフェスまでなら応援してもいいかな、と思えるくらいには彼はアイドルとして魅力的だった。

 それからはずっと葛藤しかなかった。

 二次元三次元は別物として好きで、俳優(ここでは敢えて俳優と言おう)をキャラとしては見れなかった。TwitterのTLで「三次元みてないファン嫌い」とか「五次元分かってない」とか「三次元二次元で見れないひと可哀想」って言われる度に自分のことだと感じてしまって、ドリフェスのこと呟くのやめた。確かに私はドリフェスを好きだったのに、そういう目線で、他の人と同じように好きにはなれなくて、他の人と同じ好きではないことを非難されるのが辛くて、結局は逃げた。それでも私は確かにドリフェスが好きだった。人とは違う好きかもしれない。そういうファンは受け入れられない、認められないかもしれない。それでも私はドリフェスが好きで、公式の言う「ドリフェスファンの皆様」になりたかった。いつか、なれるんじゃないかって希望と夢をもって、円盤買ったり、アプリ課金したり、グッズ買ったりした。1人でライブ行って、1人でコラボカフェ通って、1人でシーパラダイスに行った。(1人で水族館行ったwww)

 武道館2days、本当は1人で行く気だった。

 仲間にされたくなかった。誰かに勝手に、私の想いを、キラキラした綺麗事で飾り立てて欲しくなかった。

 20日

 私は二次元は主に慎くんのファンで、でも三次元は慎くんに見れないから、たったの一度も慎くんのドリカ飛ばしたことは無かった。でも最後からと思って、青いパンツに青いアクセサリーつけて、慎くんのドリカを用意した。一番好きなURホーリーナイトと、SRシュガーリーカルーセル三次元匂いがしないものを選んだ。

 ライブに、慎くんはいたのか、と言われればやっぱり居なかったと思う。溝口くんは溝口くんで、及川慎くんを演じた素晴らしいキャストさんだった。慎くんそのものは、やっぱり私には見えなかった。

 三次元が嫌いなわけじゃない。大好きなキャラクターを真剣に演じてくれて感謝しかない。それでも、私はアイドル及川慎のステージを見ることなく終わった。別に後悔はなかった。楽しかった。そして、それでいいと思っていた。

 この日のラスト石原くんは「ドリフェスはまだ終わらない」と言った。言い回しは明確には覚えてないけど、たしかに終わらないと言った。

 私は嬉しくなってしまって、その日その足でレターセットを買って、次の夢を書いた。中国アプリが出るから、次は中国ツアー行きたいです。その次はヨーロッパ、そして全米デビューだ!その時わたしは本気でそう思っていたし、ドリフェスというものそれから先も続いていくのだと思っていた。そういう意味でその言葉を受け取ってしまった。

 翌朝、恥ずかしくなってホテル手紙を置いたまま九段下の駅へ向かった。その手紙未来永劫、私の本棚眠ることになるだろう。

 21日、アリーナ

 一日目のような驚きは無かったけど、やっぱり楽しかった。ペンラを振るのも、ドリカを選ぶのも、昨日見演出も、見なかった演出も、すべて楽しかった。でも、時間が経つにつれて、この次がこの曲で、これがあって、そしたらアンコールがあって、終わる。そういう気持ち強迫観念のようにのしかかってきて、上手くペンラを振れなくなっていった。それでもアンコールが終わるまで、全力で楽しんだと思う。ファンになりきれなかった残念な私は、その時必死ファンを取り繕っていた。

 最後挨拶石原くんは、ドリフェスが終わると言った。昨日は終わらない、と言ったのに、今日は終わる、と言った。

 そして、ライブ楽しい100%だと言った。わかる。私もそう思う。ライブはいつも楽しいアプリも楽しかったし、アニメも大好きだ。グッズも沢山買って家に置いてある。楽しかったし、大好きだった。

 ドリフェスという作品が、こんなに大きな舞台気持ちよく終わる。それはすごいことだと思う。でも、それでも、私はその時まだドリフェスファンになっていなくて、ファンを名乗る自信もなくて、そして同時に私はドリフェスファンになることが夢で、明日にはドリフェスファンなれるかもしれないって思っていて、素直にすべてを受け入れて好きだ!って叫べるようになるまでドリフェスに終わってもらうわけにはいかなくて、最後を受け入れられなくて、挨拶の間ずっと唇かんで俯いてた。

 昨日、「まだ終わらない」と言った石原くんは、今度は「明日も(ドリフェスなくても)いけるっしょ!」って言った。

 感情的には「無理っしょ!」って感じだった。絶対むり。無理っしょ!

 それから直ぐに、一話の奏と純哉くんのシーンを思い出した。

 無理っしょ!無理っしょ!言ってた純哉くんが、奏に「無理っしょ」って言われて、「イケるっしょ」って返したあのシーン。無理だった。どうしても無理だった。でも私は、全力で「いけるっしょ!」って叫んでいた。

 叫んだあと、ショックで椅子に座った。

 言ってしまった、ドリフェスがない明日を「いけるっしょ!」って言ってしまった。まだドリフェスファンになってないのに。まだ何にも始まってない、まだ何にもなれてない、何も出来てない、なれなかった、辿り着けなかった、ドリフェスは勝ったかもしれないけど、私は負けた。1度も勝てずに負けた。ドリフェスファンの皆様にも、ライバルにもおじいちゃんおばあちゃんにもなれずに、負けた。無力感でいっぱいだった。

 そのあと、2度目のアンコールが起こった。

 私はもう言えなかった。「明日も(ドリフェスなくても)いけるっしょ!」って言ったのに、ここでもう一度ドリフェスを見たいなんて言えなかった。2度目のアンコール、1度も「いけるっしょ!」って言えなかった。何がいけるのか、分かんなかった。7色に変化するドリカペンライトを見つめて、座ってることしか出来なかった。

 石原くんが、あの時、いろんな感情渦巻いた武道館ファンを、問答無用で、終わらせた。しかも、ファン自らの手でドリフェスを終わらせるように、させた。

 あの時、いけるっしょ!って言えなかった人も、きっといるんだと思う。そういう人は強いなと思う。私は、無理だった。「いけるっしょ!」って言われたら、「いけるっしょ!」って返すファンになりたくて自分を取り繕っていたから、本音を叫べなかった。だから、私はその時、自分意思で、声で、ドリフェスを終わらせた。ドリフェスを好きになって初めて、自分感情に嘘をついた。私は自分感情に反した意思で、本当に、ドリフェスを終わらせてしまった。ファンにもなれず、夢も希望も何もかもあの瞬間に自分で終わらせた。



 私、別に珍しいタイプオタクじゃないと思うんですよ。

 私みたいに、三次元から二次元を感じ取れない、取りたいとも思わない人っていたと思う。キャラが好きだからこそ、キャストに対してどうしても厳しくなってしまう人も、当然いたと思う。

 ドリフェス追っかけている過程で、私はそれがすごくしんどかった。三次元ライブ行ったあと、二次元キャラクターが「ライブに来てくれてありがとう」と呟くのが、耐えられなかった。私はどう頑張っても二次元ライブに行くことは出来ないことを実感した。他にも色んなことがあった。他の人たちにもあっただろうし、お互い理解できないところで苦しんでいたこともあっただろう。

 その声はどんなに隠しても確実にキャストスタッフに届いてしまっていたと思う。それが嫌で、Twitterつぶやくことをやめた。不満怨み恨み、そんなものを感じるのも、口に出すのも嫌だった。それでも、確実に、キャスト達は知っていた。

 ドリフェス完璧コンテンツじゃなかった。人にすすめるのを躊躇うくらい、不完全で不愉快コンテンツだった。少なくとも、私にとってはそうだった。これを読んでいる人達の中にも、いるかも知れない。凡そ、少なくない人数がドリフェスに複雑な感情を抱いていたことだろう。

 ドリフェスに関わった人達すべての心に感情があって、それはドリフェスが嫌い、憎い、というのも含まれてて、それ含めドリフェスだった。

 そうキャストに言われた瞬間、本当に無力感が私を襲った。

 こんな言葉を言わせてしまった、こんな言葉を言わせるまで追いかけなきゃ良かった。不満があるなら離れれば良かった。バレていた。こういうのがあるから相手認知されるのは苦手なんだ。

 私はただの一度も胸を張ってファンです、と言えたことは無い。終わってしまった今、未来永劫言える機会を失してしまった。しかも、自ら終わらせてしまった。

 ドリフェスを好きなフォロワーさんも居たけど、ただの一度も会えなかった。

 行ってない、会えない、現場はいない、と嘘をついた。現場で知り合ったファンの人からTwitterアカウントを聞かれても、一度も教えることは出来なかった。いつきのぬいぐるみを抱えたお姉さん、1月空の中上着ロッカーに入れた私を心配してくれた純哉推しのお姉さん、推し被りして慎様の方ですと訳の分からない言い訳をしてしまった溝口くん推しのお姉さん、クロスエコーを模したドレスお召になられたプリンセス、他にもお話してくれた色んな人。twitterで楽しそうにドリフェスを楽しんでいた皆さん。ごめんなさい、私は仲間にはなれなかった。それでもご一緒させてもらった時間は楽しかったように思う。それも多分、ドリフェスだったのだろう。私は負けた。ドリフェスに負けた。ドリフェスの求めるファンになりきれないまま、終わってしまった。終わらせてしまった。

 これからドリフェスにハマる人もいるかもしれない。それだけのコンテンツ力を持ってると、私は思う。アニメ見て、ライブDVD見て、楽しんで欲しい。

 それで、武道館DVD石原くんが言った「渦巻いてるいろんな感情」には、私みたいな薄暗い、苦しい、醜い感情も含まれていること、ドリフェスキレイなだけのコンテンツじゃなかったこと、それでも一切の妥協をせずに走り抜いたこと、知って欲しいな、と、少しだけ思った。

 消えるべき存在だった私が、自分ファンと名乗ることを許せなかった私が、どうしようもなく、ドリフェスの一部になってしまっていたこと、知って欲しいような、絶対にバレたくないような、複雑な気持ちで今、あの日々の明日にいる。

anond:20181022180927

人とつながらなくても楽しいことはいくらでもあるよ。むしろつながりを避けた方が好きなことに集中できて良い。

増田ってもう新しいの書かなくても良くない?

今までの読んでけば十分楽しいだろ

ドラマみたいなセリフ

仕事と私とどっちが大事なの?」「忙しいばっかり!」

って女性に言われたことがある男性は多いと思うけど、これを男性から言われる女性はどのぐらいいるんだろう。

というのも私が結構言われることが多くて、こんなドラマみたいなこと言う人ほんとにいるんだなと毎回感心してしまう。

そりゃ18時に仕事終わる人からすれば20〜21時に仕事終わるのが理解できないかもしれないけどさー。

どうにもならないじゃん?

21時に終わるからって別に忙しいとも思ってないよ?楽しいと思ってるし。予定があればもっと早く帰るし。

でもなんの誘いもなければ仕事だったり自分の予定優先するじゃん?(といってもゆっくり風呂入りたいとか録りためたドラマみるぐらいだけど)

会いたくないの?って言われても毎週あってるじゃん?LINE毎日できてるじゃん?

忙しいなんて一言も言ってないのに忙しそうなイメージだけ先行して相手だんだん怒り出すのをポカンとみてるしかないんだけど

どうしたらいいんだろう。

anond:20181022141750

そんなしょっちゅう食うもんではないけど口に入れたことはもちろんあるしおすすめだってあるよ。

もみじ饅頭だったら●●屋はこしあんうまいとか●●屋はフレーバー豊富から見てみると楽しいよ、とか。

じつは個人的にはもみじ饅頭より桐葉菓がすきだよ、とか、もみじ饅頭はそのまま食うより揚げもみじにしたやつのほうが旨いよ、とか。

まあ何が常識ってコトはないと思うけど。地元に対するリテラシーレベルが高いかいかくらいの問題でしょ

てかそんな些細な小競り合い真に受けてキレあってどっちも折れたり丸く収めたりできないようじゃあんたら二人相性悪いよ。サッサと別れた方がいい。

この間の「女性セックス男性の個を〜」エントリトラバ欄を読んだんだけど、

セックスがお礼として機能する感覚わからん

昔のファミコンゲームとか外国映画で助けた女がキスしてくる場面あるけどああいうノリなのか?

ああでも、青年マンガとかエロ漫画だとたまに見かけるシチュエーションかな、助けた相手恋愛関係になってセックスする…っていう。

いやでもどうだろ…助けられた状況によるけど、性的被害から助けてもらったなら尚更不信感募りそう。

例えば痴漢から助けてもらって、なんて正義感の強い人なの!きゅん!ってなる事はあるかもしれないけど、お礼の食事ホテル誘われるのは時期尚早かなあ。助けてもらったはいいけどこっちもかーい!一難去ってまた一難かーい!みたいな

食事でとりあえずありがとうございました!ってして、せっかくならもう一軒どうですか、でお酒飲めるお店に行って、もうちょっと仲良くなっていいムードだったら…うーん五分五分でありかも。

何にせよ助けてもらったお礼にセックスしなきゃ!って意識は無いと思うんだよーなー

助けてもらって好きになったかセックスするか!はあっても

わからん感覚だ。

セックスお金で買えるからかなあ。

お金の代わりにギフト券渡すみたいにセックスみたいな。

菓子折りじゃなくて電車男みたいに食器(だっけ?)とかだったらどうだろ、同僚とか気になる子が家に来た時にさり気なく「この間助けた女性からいただいてね…」みたいな!増田さんって優しいんだな…みたいな〜

それかわかりやすメダルとかね!

私は人助けをしましたバッジみたいなん、ポケモンジムバッジみたいに貯まってったら楽しいと思うんだよねえ

えっへっへ

anond:20181022140007

ゲームのがPDCA回しやすい上に上達もはやい(簡単にコツ掴んでうまくなれるように設計されてる)から依存性あるしゲーム楽しいんだよなー

アニマの器を亡くすと書いて忙しい

これ…正確にはグルガン族第二形態なのね。

仕事根詰めて敵は容赦なく斬ってたら、いつの間にか精神掌握出来なくなってた。楽しいも悲しいも許せぬ…煉獄の劫火で焼き尽くしてもまだ足らぬもしなくなってた。

どうすれば人間だった前世記憶を取り戻せるの?

心を亡くすと書いて忙しい

これマジなのね。

仕事根詰めて頑張ってたら、いつの間にか感動出来なくなってた。楽しいも悲しいもイライラもしなくなってた。

どうすれば心を取り戻せるの?

2018-10-21

anond:20181021223651

ちょっと良い服をいろいろ見て、自分の好みのを買って着るのは単純に楽しい

今更ファンタスティックビースト感想言うひと

ハリポを一切履修していないワイ、ファンタスティックビーストを見る。

見たのちょっと前だし、一回しか見てないから色々間違っている感想

面白いかどうかと言われたらまあ、良い娯楽大作なんちゃうか、設定も色々あって楽しいね、って感じなんだけど

底にある考え方がキツいというかしんどいというか

これ選民思想すぎない? 上から目線も甚だしすぎない?

そら、上位の存在一般公衆を守るべきっていう考え方はあるだろうけれど(受け入れ可能かどうかは置いておいて)

一般公衆になんらの選択肢も与えられていないのはさすがに

てか上位の存在ほぼほぼ人間やし上位ぶられるの腹立つわ

一番こいつとは相容れないな、と思ったのは一般公衆記憶消したところ。

記憶消すってもう、どんな行動も起こせないし、議論思考も、それが良かったのか悪かったのかの判断もできないやん

判断余地は与えるべきだろ

それすらないってもう上位存在上から目線の極みだろ

たまにくらい楽しいことしてくれればいいのに

たとえば、回転寿司。たまには不意打ちで逆回転してくれ。

人生たまには不意打ちがほしいね

マンネリでしょ?

マンネリでしょ?

脳に悪いよ?

こち亀で見た。

30・40代の約5割が経験済み? 教科書偉人落書きした経験率を大調査

https://news.nifty.com/article/item/neta/12189-20161842398/

こち亀にそんな話あったな。

というか、歴史学習するのって小学6年生以上でしょう。

そんな歳になって落書きして楽しいのか?

絶対当たる! サイコパスの見分け方

ぶっちゃけ、肉(動物死体)を食って喜んでるやつは、漏れなくサイコパスなんだわ。=自分さえ良ければ他人はどうでもいい。

今までこの基準で判定して、間違ってたことは一度もない。パーフェクトだったね。

なぜか?

  • 動物を殺すとき動物は苦しむ姿を見せる。動物死ぬ姿を見て喜び、おいしい、嬉しいと言ってる。残虐な喜びを求めている。
  • 植物を殺すとき植物は苦しむ姿を見せない。植物死ぬ姿を見ても、残虐な喜びは得られない。

植物を殺しても、いたぶる欲求は満足させられない。動物のように苦しみでのたうち回ってくれないと歯応えがないわけよ。

 

イジメもそうだろ?

いくら殴っても黙ってる奴よりも、必死になって反抗してくる奴を叩きのめす方が、歯応えがあって楽しいだろ?(俺もサイコパスじゃねえかって?まあなw)

 

蛇の道は蛇

サイコパスならサイコパスのことは同じ仲間同士、よく分かるよな?

動物の肉を食って喜んでる奴よりも、植物を食ってる奴の方が、大人しくして付き合いやすいんだわ。

別に弱い者イジメをして楽しみたいわけじゃなければ、ベジタリアンビーガンを選んでおけば、失敗が少ない。(菜食でも頭おかしい奴はいるけど、肉食よりはまし。比率問題

 

それは偏見じゃねえか!って?

そんなの当たり前じゃんね。人間なんて全員偏見の塊なんだよw自分と全く同じ人間なんていやしねえ。

綺麗事並べて、優等生ぶっても、騙されてりゃ意味ないじゃんねw

人を見る目、大事だね。(図星

 

anond:20181020195622

プライド自意識が異様に高い惨めな絵描きの話

私は産まれからほとんどをオタクとして過ごした。

息をするかのように絵を描き、ゲームをし、漫画を読みアニメを見るような生活をしてきた。

pixiv歴は9年、Twitterアカウント作成しては潰してを繰り返してはいるが、初めてアカウントを持ってから6年が経過した、一般的オタク絵描きだ。

ただ、どんな時もオタク絵描きとして生きていて楽しいことはほとんどなかった。厳密には人と関わって楽しいと思えたことがなかった。

私の異常なプライド自意識邪魔をするのだ。

今、本当にオタク絵描きである意味を見い出せないほどに楽しくなくなってしまっているので、整理の意味を込めて自分語りをさせてほしい。

小学校では教室で絵を描いても、どの学年のクラスにいても1番にはなれず、いつも2番かそれ以下だった。

パッとすることもなく遠足のしおりの表紙を任されることもなく、1番絵の上手い子がちやほやされる姿を眺めては羨む日々が続いた。

中学校では「クラスという狭い世界でも1番なれない私は、相当絵が下手なのだろう」という自覚も持ち、イラスト部のような部活はあったが入部することはなかった。

画力人格までも叩き潰されるのが怖かったのだ。

この時点でもう十分無駄自意識が身に付いていたと思う。

高校に入る頃には某マイナーゲームシリーズを主とするTwitterアカウントを作った。

メジャーアニメ漫画も好きではあったが、自分のような低い画力ではそのような世界では淘汰されてしまうという自覚が十分にあり、その上そのマイナーゲームシリーズ物心がついた頃から家族の影響で好きだった。

狭い世界古参な方であったので、まずそれだけでマウントが取れると踏んだのだ。

予想は当たり、数年はイマイチ画力でもちやほやされる日々が続いた。

私が何かしら絵を描けば相互達がある程度のふぁぼをくれる。ゲームステージ構造音楽に関する深みを持たせたツイートをすれば空リプやふぁぼをくれる。気分のいい日々が続いた。

ただかなり古いシリーズであったので、再熱と飽きで人の出入りが激しく、たまにいわゆる「神絵師」のような人も現れた。

古いゲームなだけあって古参新参が、という話が盛んに行われる界隈であったので、そういう話はタブーであることは分かっていたが、ハマって数ヶ月の神絵師がその界隈で大きな波を作り出すのを何度か目撃した。

絵師擬人化を好めば擬人化流行り、あまり人気のないキャラを好めばそのキャラ神格化された。

私は正直、激しく嫉妬した。

この人はゲームシリーズを全作やってないではないかシリーズの中でたった1作やってイラストを描いただけで大きい顔をしないでほしい、といったどす黒い感情が渦巻いた。

結局2年経たない内に妙な輩に絡まれ、それを理由アカウントを消した。

その輩も不快ではあったが、それよりも界隈で波を作り出す「神絵師」を見ているのが辛かった。今思うと被害者面してアカウントを消す理由と機会がただ欲しかっただけだと思う。

それから半年、私は某アニメシリーズとあるAというキャラに本気で惚れた。

それまでゲームアニメを嗜んではいたが、特定キャラクターに入れ込むことはあまりなかったため、大きな衝撃を受けた。

ただ、それとほぼ同時に自分性癖の異常性にも少しずつ気がついた。

Aが洗脳されている姿が見たい。

Aが痛がる姿を見たい。

Aが致命傷や後遺症を負わない程度にあらゆる手を使って痛めつけてやりたい。

いわゆる「精神リョナ」というものだと、しばらくしてから理解した。

その性的趣向に嫌な予感と前述の苦い思い出もあり、すぐにTwitterアカウントを作ることはなかった。

しかしそのキャラにハマって半年ほど、できる限りイラストの腕を磨きペンタブレットの扱いに慣れ、そのジャンル流行っているものに媚び、溜めに溜めたイラストまとめのようなものpixiv投稿したところ、予想以上の反響を得た。得てしまった。

気分が良くてたまらなかった。

同時に、「今ならあの時の神絵師たちのように、私の趣味趣向で界隈に波を起こすことができるのではないか。私が好きなもので界隈を満たすことでできるのではないか」と妙に高い理想を抱いてしまったのだ。

それから少しした頃、そのAがいるアニメを主としたTwitterアカウント作成した。

できる限り周りの空気に媚び、私自身の趣向を出さず、ふぁぼやRTにより私の存在を知らしめるために絵を描いた。イラスト漫画RTが多めな絵師を中心にフォローした。

ツイートもそのアニメ話題で徹底し、他の話題自分語りをすることも控えた。

客観的に見て私の画力はそうでもないが、そういうことを続けているとアナログ適当落書きを描いても100ふぁぼはもらえるようになった。

その頃に界隈の流行りと自分性癖半々くらい織り交ぜた、オールキャラギャグ本を自身初の同人誌として出したが、完売させることもできた。

こうして私の実力が全てでない、媚びによって得た数値と実績による自意識プライドが着々と育っていった。

同人誌を出した少し後くらいからであろうか、私は自分趣味趣向を全面に押し出しイラスト漫画ツイートをするようにした。

媚びた絵よりも数値は減るがふぁぼやRTをしてくれる人も多くいて、正直投稿不安ではあったが予想よりは上手くいった。

ただ、私の絵(性癖)に便乗してイラストが描かれることはおろか、そういったツイートや私のイラストに対する言及空リプも見られなかった。

私は悔しかった。あそこにあるふぁぼやRTは惰性に近いものしかないのだ、と思ってしまった。やり口からして勿論なのだが。

そして、引かれているだろうな、とも思ってしまった。それまで好きだった相互の方々にも、ツイートを読むのが辛くなるほどの疑いを不安を抱くようになってしまった。

私の中の冷静な部分は「そりゃそうだ、精神リョナなんて倫理抵触する趣向広まらなくて当然だ」と思えているのだが、私の拗らせた部分は「なんで流行らない?擬人化の方がキツイでしょ。他の人の性癖を歪めることもできないなんてこの絵公開してる意味ある?」と思ってしまう。

私には波が作り出せないことが、あの羨んだ神絵師たちの足下にも及ばないことが自覚できてからは、自分趣味趣向が急に恥ずかしくなり、FFの極端に少ない身内アカウントに引きこもった。

身内アカウントに引きこもったまま数ヶ月。現在に至る。

結局は私の実力不足と、歪んだ自意識プライドが悪い。分かっている。

Aに対する熱意や、自分趣味趣向に刺さる創作物を見た時の衝迫を、自分表現して他人を揺さぶ画力や魅力はない。

他人を揺さぶらない創作になんの意味があるのだろうか?だったら絵なんて公開しないでパソコンファイルの中で腐らして、自分けが眺めている方が幸せなのではないだろうか?

最終的に私の趣味趣向を認め、同意し、同じ熱量で盛り上がってくれる仲間がほしい。

だって趣味趣向の合う仲間とオフ会がしたいし、Skypeだってしたいし、趣味から知り合った仲間とプライベートな話がしたい。

人とオタクとして接することが楽しいのは中途半端に知っているので、私が理想とする仲間とオタクとして楽しく生きたい。

そういう界隈を自力で作り出そうとしたのが失敗だった。

そして画力がそうでもないまま大人になってしまったのも失敗である

イマイチなままで固まった画力無駄に高いだけのプライド自意識をもって絵を公開して、何が楽しいのだろう。

何も楽しくないに決まっている。

Twitterで絵を描くようになってからというものの、評価評価をくれる人々の動向にばかり目を向ける癖が付いてしまい、私一人で何をすれば楽しいのかわからなくなってしまった。

絵描きなんて趣味やめた方がいいんだろうな、私には向いてないんだろうなって、今はそう思うのです。

力不足を痛感してとても悲しいです。

お目汚し、失礼致しました。

ただのオーディエンスで終わるな。最高のプレーヤーになれ!

音楽聴くだけよりも、自分演奏した方が楽しい

あなた自身ステージの上に立てばいい。

anond:20181021004814

仕事のために趣味犠牲になるのは仕方ないことか

学生の時からライブに行くのが好きだった

どんなにテストが近かろうが、研究がやばかろうが、卒業式の日ですら、行きたいライブは行ってたし、チケットをとったものをすっぽかしたことはなかった。

でも今年の春くらいにどうしても仕事が終わりきらなくて、この状態で行っても楽しめないなと思ってチケットをとっていたライブに行かなかった。

そして明日ライブなんだけど、行くのを迷っている。

本当は今日仕事できてればよかったんだけど、昼過ぎに起きて(平日はほぼ寝不足)、夕方から予定があったので、ほとんどできなかった。

仕事が遅くて平日に片付けられない自分が悪いんだけど、自分の一番好きで、そのためにお金を稼いで、生きているようなライブに行けないのは本当に辛い。

でも行ったら行ったで、仕事のことが気になって楽しめないんだとは思う。

最近ライブに行くのは楽しいんだけど、ふと仕事のことを思い出すと暗い気持ちになる。

バンドマンが「普段辛くても今日は楽しんで、明日からまた頑張ってください」というのは分かるし、それに救われる人もいっぱいいると思う。

でも天の邪鬼な自分はそんなこと言われても頑張ろうとは思えず、むしろ胸がギューッとなってしまう。

なんのための趣味なのか。なんのための仕事なのか。

別にライブに行かなくても死ぬわけじゃないし。またきっとライブはやってくれるだろうし。

でもライブはその日限りの特別もので、行かないと後悔するんだろうなぁ、、、わかってるんだけどなぁ、、、

なんだか悔しい。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん