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はてなキーワード: 農村とは

2018-12-06

anond:20181206170755

でも日本支配してても東南アジア農村日本農村レベルになってたか?て言うとそれは違うのでは…?

anond:20181206170333

じゃあ東南アジア農村と同じような暮らしぶりの地域日本にある?ないでしょ

2018-11-18

anond:20181118221755

東北農村で娘が売られていたんだろ

裕福であるはずがない

そもそも農薬がなければ葉物野菜は虫食いだらけでまともに育たない

2018-11-07

anond:20181107091419

「同じ顔の子供が産まれる」

20XX年初頭から中国農村で見られたこ現象はとどまるところを知らず、今や都市部にも広がりつつある。

全く同じ顔同じ遺伝情報の子供たち。それ以外の共通点は出生10か月前に母親共産党員と関わりを持ったということだけである

真相を突き止めるべく、取材班アマゾンの奥地に飛んだ。

anond:20181107001402

農村出血といえば切れ味の良すぎる鎌か萱と相場は決まってる

2018-11-03

anond:20181103192144

鉄道を通すとその周辺の交通利便性が上がって不動産価値が上がるってのはわかりやすいと思うんだけど、鉄道会社自身駅前不動産を持っていて、鉄道敷設の経費を賄おうとするわけね。でもそのためには、みんなが欲しがらないとまずいわけで、鉄道会社から見ればメディア広告代理店パートナーなわけだ。

下北沢吉祥寺など東京西側二子玉川なんかも含めて、「若者が住むおしゃれな街」みたいな紹介がメディアによってなされるんだけど、それって自作自演であってあん場所は昔は農村雑木林湿地と谷間だった。下北沢なんて下北沢村だった。そこに堤が電車通してメディアが「お洒落だ!」って煽って大学キャンバス小劇場ライブハウスがやってきて、立派な財産になったわけだ。

あるいは苗場もそうだ。なんにもないただの山だったところをバブル期リゾート開発(悪名高きコクド)がやってきてホテルスキー場を作り、ユーミンに「サーフ天国スキー天国」とか歌わせて人工的に盛り上げた(結果、実際盛り上がって日本にはスキーブームがやってきたんだから馬鹿にできない)。越後湯沢なんかはJRも大いに潤った例だよね。

2018-10-28

anond:20181027013205

農村地主に由来する金持の豪邸がいくつもあって、そういう連中が今でも有力者として地域に君臨しているところは田舎

したがって世田谷杉並田舎

2018-10-20

千田氏の問題提起説明してみる

はじめに

 キズナアイNHKウェブサイトにおいてノーベル賞解説記事に登場しておりましたが、そのことをきっかけに、千田有紀氏などが指摘をし、さまざまな方面から千田議論に対する批判が寄せられ、さらには社会学のものに対する批判もされているところです(これらをキズナアイ論争と呼びます)。

 ですが、そのざまざまな批判を読んでいると、「これって実はコミュニケーション不足で、伝わっていないんじゃない?」と思うことが多くなりました。いろいろあって社会学を学んだ人間として、それはちょっと悲しいなという思いがあったので、千田氏の問題提起ちょっと分かりやすくお伝えできればと思います

筆者の立場

 筆者は、社会学修士号を得ています。今は大学から離れているのですが、離れてそう長くはありません。専門は千田とも重なる領域家族ジェンダー)もありますが、教育メディアでした。

本稿のスタンス

 あくまで、千田問題提起がどのようなものに基づいて行われているのかを解説するもので、その意見妥当性とかは議論しません。私個人としては、千田立場に立てば理解でき一理ある議論ではあるが、だからといって、それは多くの人の理解を得る話法ではないし、その背景事情を一切踏まえていないのは、学術的に一定ポジションにある人のする作法としては疑問を感じているというところです。また、千田学術的貢献はいろいろな批判があるようですが、私は一定程度は評価しています

 なお、アカデミック作法は基本呼び捨てですので、ここでも、基本千田として書かせていただきます

千田氏の問題提起について

 キズナアイ論争のはじまりは、千田投稿記事です。https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20181003-00099158/]

 ちなみに、現在10月13日)、追記もなされており、社会学者にはそれなりに分かる文章にはなっているのですが、一般の人はなおのこと分かりづらいことになっています。後に公表された、『「表現の自由」はどのように守られるべきなのか? 再びキズナアイ騒動に寄せて』記事による補足を踏まえて、まず、千田議論の要点をまとめてみましょう。

 (1) キズナアイNHK解説記事において「相づち」をする役割となっている

 (2) 「相づち」をする役割は、従来から女性が担ってきた役割である

 (3) 従ってキズナアイ解説記事における役割は、従来の女性が担ってきた役割を担っていることになる

 (4) そのことは、理系と呼ばれる分野で活躍する女性などに対して、好ましい状況を生むようなものになっていないのではないか

というところに整理できるかと思います

 社会学特にジェンダーフェミニズムを学んだ人だと、この4つの間を頭の中でこうかな?と繋ぐわけですが、普通の人はフェミニズムを体系立って勉強するわけでもないと思うので、「はて?」となるわけです。更にいえば、一つ一つの要点が「え?!」という感じになるかと思います

 千田議論理解するためには、とりあえず(1)は正しいものとして引き受けておいてください。そこが正しくないとなると、そもそも議論の前提が崩れてしまい、議論そもそも成立しなくなってしまうので、ご理解ください。

千田議論理解するための知識

千田議論理解するためには、いくつかの知識必要となります。一つは、千田の専門でもあるフェミニズム、もう一つは会話分析というものです。順に簡単に紹介しておきましょう。

社会学とは

 社会学は、社会対象とした学問です。といえば、早いのですがそれではよく分かりませんよね。社会学は、社会がどのように成り立っているのか、つまり社会の秩序はどのような形で形成されているのかを探求する学問です。例えば、古典的社会学特に日本戦後社会学では「農村」が特に注目されました。農村における人々のネットワークや、家族の在り方、そういうものに関心を持っているのが社会学です。

フェミニズムってそもそも

 フェミニズムを正確に定義することは困難ですが、フェミニズムを雑にまとめると、「女性地位を向上させようとする取り組みであったりそれを支える理論」というような言い方ができると思います歴史的には大きく2つのターニングポイントがあったとされています。それが「第1波フェミニズム」と「第2波フェミニズム」です。

 第1波フェミニズムは、1900年代ごろ、19世紀から20世紀へ移りゆくタイミングに起こりました。西欧諸国で主に婦人参政権を獲得する運動が中心に展開され、1920年代にはイギリスアメリカで実現をすることとなります。(ちなみに、日本はというと戦後婦人参政権が認められるようになるのですが、新婦協会青鞜社運動は同時代運動です。)

 第2波フェミニズムは、1960年代頃、社会運動が盛んになった時期に、女性らしさへの問い直しが運動として行われます代表例ではキリスト教社会では長らくタブーとされていた中絶合法化が挙げられます。また、この時代には女性が自らの自由に性を語るということが積極的になされるようになります

 いずれにせよ、その理論根底には、女性男性と同等の状況にないという認識に立っているということがあります

 第1波フェミニズムで焦点化されたのは、法律社会制度というものでした。第2波フェミニズムはというと、法的制度平等であっても、職場ではお茶くみに甘んじてしまっているし、男性と同じように性を語ることはできないというような、日常性差別特に焦点を当てていくようになるわけです。

 現代は第2波フェミニズムの延長線上にあります。#Metoo運動を始めとして、第3波フェミニズムがやってきているというような主張も時折みるのですが、第2波フェミニズムより後のフェミニズム運動について、多くの社会学者が納得しているような分類はまだ確立していないのが現状です。

マルクス主義フェミニズム

 上野千鶴子理論などを理解する上で重要キーワードが、マルクス主義フェミニズムです。そういう立場だと、だから上野千鶴子はそういう立場なのね、と理解できます千田議論もとりあえず、マルクス主義フェミニズム解釈すると、理解がしやすくなると思いますので、こちらを説明します。

 (フェミニズムにはさまざまな立場があります。ラディカル・フェミニズムリベラルフェミニズム等です。フェミニズム一枚岩ではないと、理解しておくと良いでしょう。)

 マルクス主義フェミニズムとは、先ほど、フェミニズム女性男性と同等の状況にないという認識に立っていると説明しましたが、そのような社会状況を生み出しているのは、今日資本主義社会システムなのであるといいます。で、これを理解するためには家父長制というキーワード理解しないといけないのですが、本題より長い解説になるので、そこら辺は上野千鶴子の『家父長制と資本制』をとりあえず参照してください。

上野理論を厳密に言うと、上野は、従前のマルクス主義フェミニズム教条的であるということで、それを乗り越える必要があると、主張をしています。)

 シンプルにいってしまますと、そのシステム資本制)の成立と密接に性差別を生む家父長制制度が続くため、性差別再生産(半分マルクス主義用語ではありますが)されていくということになります

会話分析

 会話分析というのは読んで字のごとく、会話を分析するというものです。まずは、社会学会話分析がなぜ重要になってくるのかをエスノメソドロジーというワードを使って説明したいと思いますそもそも社会学社会秩序はいかにして可能かを明らかにする学問です。そこで出てくる問いの一つにこの社会生活を営む人びとがやっていることを、研究者はどのように理解できるのかという問題です。

 この問題に答えたのが、ガーフィンゲルという人です。ガーフィンゲルエスノメソドロジーという手法提唱しました。エスノメソドロジーというのは、日常生活している人々が言動をどのように理解し、成立させているのかを、日常生活している人々の視点に立って記述するという手法です。

 エスノメソドロジーは、私たちの当たり前が、いかに「うまいこと」成立しているのかを見せてくれます。例えば次のような実験は非常に有名です。

A(被験者)「おはよう! 調子はどう?」

B(実験者)「調子ってなんだい?」

A     「いや、元気かどうかってことだよ。」

B     「元気かどうかって? どういうこと?」

こんな調子で話されると、本当に調子おかしくなりそうですが、こういう実験します。ここで浮かび上がってくるのは「調子」という言葉が、体調や近況を意味しており、それをお互い分かっているという「期待」をもって、Aは会話をしているということです。このような形で、秩序が形成されており、それらは記述可能な形で示すことができるとするというのがエスノメソドロジーです。

 会話分析の多くはこのエスノメソドロジーの考え方を踏まえて行われます。つまり、先ほどの会話のスクリプトのようなものを読んで、そのなかで、AとBはどのような「期待」をそれぞれ持っており、そこにどのような秩序があるのか? ということを考えているわけです。

千田議論を振り返ろう

 冒頭で、千田議論を強引に4点にまとめました。ここまでの道具を用意すればある程度説明ができます。それぞれの項目ごとにみていきましょう。

(1) キズナアイが「相づち」をする役割となっている件について

 そもそも実在人物は「先生役」とNHKサイトでも記載がありますように、ここで想定されているのは「先生」と「生徒」というコミュニケーションです。したがって「生徒役」となるキズナアイ基本的に「相づち」をする役割に当然のことながらなるでしょう。そもそも「生徒」の方が詳しいというのなら、「先生」が「生徒」の役割を担うことになるはずですし、「先生」と「生徒」という形で双方「期待」をもっていることは分かります別にこれが、男子生徒であろうと、まあこういう会話になるだろうなという感じではありますよね。

(2) 「相づち」をする役割は、従来から女性が担ってきた役割である

 これは、先ほどのフェミニズム議論が役に立ちますお茶くみとかの補助業務に当たっていたということは、先の説明でもしましたが、今日でも、「相づち」をする役割は、女性となっていることが多いです。例えば、新春の、一体誰がみるのかよく分からない県知事が語る!みたいな番組がありますが、あのとき大抵女性アナウンサーが話を聞いたりしていないでしょうか。このとき女性アナウンサーは、多くは男性である知事に対して、その発言がしやすいようさまざまな配慮をしながら、質問を重ねていきます

 そこでは、主役はあくま知事です。アナウンサーが主役となって、知事いじめていくというような内容になっていないでしょう。これが、でも、田原総一朗との対談だったらどうでしょう。一気に様相が変わってきますよね。また、地元財界知事の対談だったらどうでしょう。そこに「相づち」はあっても、「相づち」をする役割知事の対談者は決して担っていないと思います。会話の主体になっているわけですね。地元財界の人が女性でも、この場合だと「相づち」の役割はまあしないかと。

 ここでポイントになるのは、知事一方的に語るというような形式を取る時には、女性アナウンサーがその役割を担うことになり、他方、双方共にしゃべる場合には、女性活躍機会が途端に減ってしまうというということです。これは、私たちイメージレベルでも大体共通しているのではないでしょうか。(もちろん、個別具体で違う話も多く、徹子の部屋黒柳徹子をどう評価するかは難しいところですが。)

 もちろん、これは、女性知事と同等の立場役割を担っている機会が開かれていないから、そのようにならざるを得ないという側面も当然ありますが、男性アナウンサーがそうそうなっていないということは、一つこのことを証明するものであるとも言えます

(「相づち」をする役割も高度な役割であるということは決して忘れないでください。)

(3) 従来の女性が担ってきた役割キズナアイ

 ここで、議論はもどってきて、キズナアイは「生徒」役ではありますが、「先生」の発言を引き出すという意味で「相づち」をするということで、記事トップにも出てくる主役のはずが、補助的な業務を担わされていることになります。このときキズナアイ女性と見なすと、これまで女性が置かれていた立場女性積極的に前に出られる環境制度上はなっているにもかかわらず、結局はそうはなっていないという状況と重なる部分はあるでしょう。

 再び、徹子の部屋黒柳徹子イメージすると良いかも知れません。徹子の部屋における黒柳徹子は独特の立ち位置で、徹子の部屋を見て黒柳徹子は単に「相づち」をうつ役割だけではない、ということが理解できるでしょう。なんなら、黒柳徹子の方が目立っていたりします。対談の形式が、黒柳徹子お客様を招いて話をしてもらうというホストであるためであり、従属的関係になっていないというところに、このキズナアイ対談と徹子の部屋の決定的違いがあるのだろうと思います

 そうして比べてみると、キズナアイ女性役割再生産するということになったというわけです。これは、性別役割分業を進めていくものであり、女性にとって活躍の機会が減ってしまうというのがフェミニストたちの主張と結びつけて考えることが可能なのです。

(4) 活躍する女性への影響

 この時、女性は従たる役割を担わされるわけで、その期待が持たれます。そうなると、女性は、主たる役割を担える存在なのにもかかわらず、その期待から、従たる役割を担い続けなければならない、そういった状況にはまってしまうのです。そして、そうした悪循環から脱却しなければならない、というのがフェミニズム基本的な主張です。

 このような女性観で考えられると、女性にとって好ましい立場ではないという千田の主張はそう的外れものではないということは理解できるでしょう。

千田氏の議論の失敗

 千田議論をするという状況を作り出したことでは成功していると評価できますが、その議論の中で、自らの論理妥当性を提示し納得してもらえたかというとそうではないと思います。後の対応によるところも多いのですが、それは、実は最初きっかけともなった記事の一番最後文章であると私は考えます

なお10月3日、9時の時点で、スマートフォンから見ると、キズナアイバストショットしか見えない(パソコンでは、へそなどの下半身が見える)。

 この一文が最後にあることで、キズナアイの見た目(容姿)を問題にしたいのか、と思ってしまう人も多いと思います千田氏は、後の議論でも、キズナアイ役割に焦点を当てており、容姿問題にしていないといっているのですが、冒頭の太田氏の議論あいまって、多くの人が混乱したと推察します。そもそもキズナアイってあくまAIであって性別を超越した存在なはずなのに、性別二元論に回収されちゃうのって、なんだかなと。

 さらにいえば、表現問題に回収してしまったのがかなり難しい問題にしています表現問題にすると、結局妥当表現は何かということに行き着き、その線引きは複雑になってしまい、誰も理解できなくなるため、神々の審判でも仰がなければ、なんとも言えないと思います

 まあ、この発言が全てのオチかと思います

本人が個人的に自説を語るのは「自由」の範疇だが、それを公共空間に置いたらどんな意味もつのか、少しは配慮すべきだったのでは?

https://twitter.com/chitaponta/status/1051615591004438529]

2018-09-30

anond:20180930064149

お金で困難を乗り越えられない夫婦子供東京で産むなよ。

地方の濃い人間関係を嫌って独身時代は一人を楽しんでいたくせに、子供を育てるようになった瞬間に東京を叩くバカが多すぎる

夫婦年収2000万以下は東京から出て子育てしろ、保育も育児貧乏夫婦お金解決できない故に起きている問題

家政婦もベビーシッターも頼まずに何とかしようとする考えが甘いんだよ。金がない奴は東京子育てするな。

ドラマ田舎農村人間関係を嫌ったヒロインがいるけど、まさにそんな連中が集まって経済を回しているのが今の東京なんだよ。

散々、濃い人間関係を嫌い隣人への挨拶さえも鬱陶しいと感じていた連中が夫婦子供を持った瞬間に「東京の子育てのしづらさ」を訴えるとか呆れるわ。

あとPTAを散々叩いていた奴、お前らみたいな連中が地域コミュニティ破壊していることに気づけよ?自分の都合がいい時にだけ他人を頼るんじゃねーよ。

2018-09-19

anond:20180919001146

いやだから農村から都会に集団就職したその時(1960年代中期)はいいけど、その後(1970年代中期以降)に産業構造の変化で重厚長大第二次産業は衰えて、炭鉱や大規模製鉄所が倒産したり、町工場が閉鎖された事例がすごく多いんだよ

最初からホワイトカラーなら何とかなったろうけど、30歳前後ブルーカラー失業とか当時は大変やぞ

完全失業率が3%超えるような非完全雇用状態になったのはバブル崩壊以降であって、1970年代なんかはまだ完全雇用状態だったようだ。([完全失業率 時系列]とかでググれば分かる)。勤め先が潰れても、働く意思がある人間はおそらくなんらか仕事にはありつけていたということ。

なんか一個一個に反証入れてくのがだるくなったんで割愛するが、もうちょっと調べてから発言したほうが良いぞ。そんでは。

anond:20180918235742

>この世代高卒中卒は、今の世代高卒中卒と比べたら悲壮感まったく薄いでしょ。金の卵なんて言われて農村から都会に集団就職して重宝がられた時代もの

いやだから農村から都会に集団就職したその時(1960年代中期)はいいけど、その後(1970年代中期以降)に産業構造の変化で重厚長大第二次産業は衰えて、炭鉱や大規模製鉄所が倒産したり、町工場が閉鎖された事例がすごく多いんだよ

最初からホワイトカラーなら何とかなったろうけど、30歳前後ブルーカラー失業とか当時は大変やぞ

しか1970年代高卒中卒貧乏人だ、住まい風呂なしが当然、クーラーもない、カラーテレビもない、たぶん固定電話すら個人じゃ所有してないぞ、今の高卒中卒より幸福だったと断言できるかは難しい

それでも、現代比較すれば社会全体は上向きでみんな成長の継続を信じられたって言うだろうけど、それ全部後づけの話で、オイルショックの起きた1970年代中期からしばらく「日本はどうなるんだ?」て深刻ぶってた奴はすごく多い

そして、その後バブル期が来ても株や不動産土建全然関係ない仕事から特段良い思いもしなかった団塊中年大勢いる、うちの親とかw

2018-09-18

anond:20180918231946

元田にも書いたけど団塊の7割は高卒中卒な、そん大部分は大卒就職せんかったブルーカラー農家

この連中が就職した当時は高度経済成長期つうても、農家農業だけでは食えなくなったとか、炭鉱や製鉄所が閉鎖したとか、ホワイトカラー以外はけっこう悲惨な話は多いんやで

この世代高卒中卒は、今の世代高卒中卒と比べたら悲壮感まったく薄いでしょ。金の卵なんて言われて農村から都会に集団就職して重宝がられた時代もの。今の大学生就活求人倍率的には久しぶりの売り手市場とはいえ金の卵なんて言われるほどじゃない。

現在70歳ぐらいで貧乏高卒中卒団塊も大量におるやろ

今と今後の日本財政人口動態を考えると、貧乏な70歳の比率は今後ますます増えるだろうけどね。

もっとこう、「1945~1950年まれ『だけ』」に絶対ピンポイントで当てはまる害毒性てあるの?

ないなら、団塊世代だけじゃなくて「高年齢オヤジ全般」の問題なんじゃね

それはその通り。高齢オヤジ全般問題なのに団塊団塊いわれるのは、「団塊世代というわかりやす呼び名」があって、「数が多い」から。要するに目に付いちゃうし、特に名前のついてない年齢層と比べて言及されやすいんだよ。

2018-09-06

anond:20180906151127

だって現代人の生活って整備されメンテされた巨大インフラが前提だもん 

それがなかったらせいぜい数か月耐えた後は江戸時代農村に逆戻り

2018-09-03

anond:20180626130431

ウォール街株価暴落に端を発した恐慌農村疲弊

五・一五事件二・二六事件など血なまぐさいテロが横行

国家総動員体制による統制経済

政府の不拡大方針に従わない軍部と泥沼の日中戦争

米英仏蘭とも開戦


そんな昭和が好きだった

2018-08-30

anond:20180830181714

40代でこんなこと言うとるとか甘いw

この先50代、60代、70代があるのだ(死ななければ)

妻子が居るのが標準的人生と思うから引け目を感じるのであろうが、なぁに、本当は生涯独身男なんざ昔から多数いたのさ

江戸時代なんか、農村じゃ次男坊三男坊以下は口減らし大坂江戸みたいな大都市に放り出されて、長屋住まいのまま丁稚やら人足やら町奴で生涯を終える奴が多数(江戸の男女比は男が女の数倍)

国や時代によっては奴隷結婚できん場合もあった

自分1人だけが不幸なわけじゃない

2018-08-26

anond:20180826152536

我々は元増田が何故このような日記を書いたのかという疑問を解決するため、元増田故郷に向かった。

「まだ日本にこんなところがあったのか」

わず口に出てしまった言葉を同行した上司に失礼だと咎められた。

小人が住むような小さな家、ツギハギだらけの服を着る農夫たち、そして彼らは余所者で身なりのいい我々を監視する様に見詰めている。

ワールドカップだの、高校野球だの、オリンピックだので浮かれていた我々は改めて農村の現状を噛み締めていた。

ボロ屑のような家に居たのは老い母親一人

我々を見るなり全てを悟ったのか、涙ながらに「息子が申し訳ありません」と我々に何度も土下座して詫びた。

我々はこの時初めて元増田を許そうと思った。

誰が悪い訳ではない、農村の貧しさが全て悪かったのだ。

我々は元増田母親から貰った干し柿を手に、打ちひしがれながら東京へと帰路についた

2018-07-20

ジョアキム ○ジョアシャン ☓バケット ○バゲット

城の床板にこっそり、大工が書いた19世紀フランス農村の赤裸々な秘密

https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-44412442

この記事は今朝から話題になっているが、日本語版記事に重大な誤訳がある。

この記事訳者フランス語の基礎もまったくわかっていない。

チェッカーもこれを見逃しているとは、BBC翻訳品質管理はかなりひどい。

日記の作者Joachim Martinを「ジョアキム・マルタン」としているが、これはフランス語では間違いだ。

フランス語でのこの名前の正しい発音は「ジョアシャン・マルタン」だ。

これほど基本的なことをだれも指摘していないというのは、本当に驚くべきことだ。

バゲットbaguette)をバケットbucket)と発音して憚らない、どっちでもいいじゃん、とうそぶくのと、おなじ知的レベルなので、納得いくといえばいくだろう。

2018-07-19

anond:20180719194256

そういやどっかの農村で軒先に小舟をつるしとく風習があるとか。どこだっけな。

anond:20180719175350

どうでもいいけど、南部農村で主人が黒人奴隷に与えてた聖書って、出エジプト記とかの「自由」を想起させる部分が除かれてたんだってね。

神に、あるいは主人に隷属することがいか幸福であるかをそうやって教え込んでたんと。

anond:20180719175313

そんなニートども建設兵団として徴労して農村下放しろよ。

ただでさえ今の日本農村慢性的労働力不足で悩んでんだから

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