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はてなキーワード: 思春期とは

2019-02-21

寂しいと言うことが許されるのは思春期まで

2019-02-18

普通の人になれなくて自殺未遂した朝


めっっっっっっっっっっちゃ気持ち悪い。

昨日、家にある色んな薬一気飲みしたけど酷い頭痛幻覚嘔吐だけで、はい、生きてます

恐ろしいほどの倦怠感と吐き気を抱えたままきちんと会社に来ています自殺未遂したあとの朝がひっどい二日酔いみたいなんて10年前は知らなかった。

10年前。中学生の頃、一度だけ同性を好きになった。

思えば思春期友情と恋心の錯覚も少しばかりあったと思うのだけど、全く知識の無い自分自分の心と身体性別が違うのではないか、と疑い、学校に行けなくなった。それが全てのきっかけだった。

感覚気持ち悪くて、1年前に最愛の父を病気で亡くしたこともあり、父親の元へ早く行きたくて自殺未遂自傷を何度も繰り返した。毎日人に迷惑をかけ続ける自分がいればいるほど希死念慮は増していくばかりだ。

精神病棟についてきてくれる母の死んだ顔を見つめたり、首を吊ろうとして泣きながら叔母に殴られるたびに「普通の人」になりたかった。

結局地元から逃げ出し、辺鄙田舎町にある高校に進学した。その高校所謂曰く付き”というやつで、社会に馴染めず地元に馴染めずいじめいじめられ死にかけ命からがら逃げてきた16歳にして社会不適合者の奴らの巣窟だった。

そういった不安定クラスメイト達を見て、あの暗黒の中学3年間をなかったことに出来るかもしれない、と思った。

ここは地元じゃない、自分のことは誰も知らない。だから新しい自分を作り上げればいいんだ。

普通じゃない人たちと一緒に生活をすれば(全寮制でした)普通に戻れるかもしれない、と思ったのだ。浅はかな上から目線である

そこから自分はいたって普通で、ちょっと田舎町で暮らしてみたかった皆に平等で弱さにも理解がある、そういうおせっかいで浅くて馬鹿人間を演じた。

朝、最低な気持ちになってすぐ身を投げたくなる気持ちは「朝が弱い」というと「だらしないな」と返ってきた。

無数の手首の傷跡は「猫をたくさん飼ってて」というと同じく猫を飼ってる人間から共感された。案外、どうにでもなった。

そんな人間10年近く演じてきた、その内演じてることを忘れてそれが根本性格だと錯覚してきた。取り繕うだけの10年間だった。きっと絶望的に悲しいことがあったとき自分はまた中学生の時のダメクズで最悪のゴミに戻ってしまう。それは絶対避けたい。だからあらゆる困難から逃げてきた。揉め事になりそうな時は中立立場にいたし、そもそも作ってる人格しか人と接してなかったので自分意見がなかった。八方美人と噂されても、その後に待ち受ける暗闇よりはマシな方に思えた。

ある日、母親の友人が鬱病自殺をした。

葬儀会場で大泣きしている母は「あんたは普通になってよかった」と抱きしめた。ずっと二人で生きてきた、母親が言うのだったら私は普通に戻れたのだろう!母を見事に騙せていた自分は、誇らしかった。

お母さん、だって私、あれから高校の友人の面倒をみて、大学に行って、就職して、友達もたくさんいて、異性の恋人もいる、普通の人だもんね!やったよ~!!!普通の人になれた!!!!!!

はずでしたが、こうやって上手くいってません。なれませんでした。

高校3年生の時、アイドルオタクになったことが 自分精神の均衡を保っていた。その時からアラサー現在までずっと見つめ

ていた俗に言う”推し”を、自分宗教神様の類のように扱っていた。この世のもので唯一本当の自分と対面しているものだった。その推し恋人との写真を撮られたことが、終わりの始まりというやつだった。嫉妬できて癇癪を起したらどれだけ楽だっただろう。そのことより、推しが1年間休むことな批判を浴び続けていたことが、スイッチを押してしまったのだと思う。言い返せば、倍の黒い塊が返ってきた。推し非難言葉を浴びれば浴びるほど、化けの皮はどんどん剥がれ、八方美人は一方にしか向けず、日常生活は送りづらくなってきた。

いくらの子にも本当の自分を見せなければよかった。

数年が経って、メンバー推しファンアンチ全員がそのことを忘れても自分は全く忘れられなかった。例えば誰か芸能人犯罪を犯して捕まって、その批判や援護を遠巻きから見てるだけで発狂しそうだった。こんなアイドル風情のことで勝手精神病んで病院に行くのなんて馬鹿らしくて、そもそも普通じゃないじゃん。となって病院には行かなかった。

それからずっと上手くいってた人間関係もどうやってこなせていたかからなくなり、どうやって電車に乗っていたのかわからなくなり、どうやって生きていたのかもこの歳になってわからなくなって、昨日。

知らぬ間に人のことを迫害していたようで、そんな「知らぬ間に」なんて経験化けの皮を被ってから一度もなくて、自分が黒い塊を送る側になるなんて考えられなくて、どうしよう、人のことを傷つけるなんて、普通じゃない。

ふと前を向くと、推しうちわの前に置いてある薬箱が目に入った。

朝、死ねてなかったことより、やはり私は普通にはなれないことに、どうしよもない絶望を覚えた。

日本酒飲んだ次の日の朝よりキツい。どうやら、親友電話をかけていたようで親友から最後LINEは「でも死ぬのは逃げだよ」だった。

平気に生きたいな~~~~。とりあえず、次の休み病院に行ってみます

普通、じゃなくなりに行きます

anond:20190218103405

別にセックスしようとは言ってはいない

続きをしましょって言っただけだ

しかもしたのはキスだけだから、続きと称してキスだけをすれば嘘にはならない

まり思春期青少年セックス妄想をいいだけ利用して組織目標を達成しようというブラック上層部

2019-02-13

でんしゃのれない

こないだ、人生で初めて痴漢された。

下品表現があります、苦手な方はブラウザバックでお願いします。)

私は優良な受験生である

定期テストでは常にトップ10キープ。某旧帝国大学志望だが、模試ではA判定しかしたことがない。センター試験の結果も上々。マーチセンター利用で抑え、一般早慶上智を取りに行くつもりでいた。

……嘘である

センターパーセンテージゴミクズだったので旧帝は諦めた。某地方国立大学に志望先を変えたが、いかんせん不本意な変更のためちっとも二次試験へのモチベーションが上がらない。滑り止めの私立には落ちた。お先真っ暗な18歳女子高生である

前述の通りたいした脳味噌は持っていない。というか、受験勉強をあまり頑張ったとは言えない。はっきり言って容姿だってゲロ擬人化したようなものだと思う。おまけに太っている。女子高生というのは若くて元気なので、決して良い顔面を持ち合わせていない人でも雰囲気で可愛く見えるものなのだが、太っているとなると話は別である。おまけにプライドの高いオタクで、自分センスがあるのでみんなとはちょっと違うものを好きになるのだと言いながら、高尚ぶった漫画考察ツイートしたりする。たいした文章も書けないのに将来の夢は作家だ。どうしようもない人間だ。

こんな私だが、先日私大入試に向かう途中、連続で3回痴漢された。

1回目は電車内だった。カバンがやけにケツに当たると思ったら痴漢だった。30分間ずっと揉まれた。

2回目も電車内だった。挙動不審の男がいたのでクスリでもキメてるのかと思ったら痴漢だった。後ろならまだしも前を攻めてくるとは度胸がある。ずっときょろきょろしている様子は誰がどう見ても怪しかった。

3回目は駅構内だった。アンケートにご協力お願いしたいと言われたがその男バインダーファイルも持っていなかった。これはあやしいと思いつつ、しかし肩を掴まれしまったので恐怖で逃げられなかった。ずっと卑猥言葉をしゃべっていた。私は反応に困り笑ってごまかすだけだった。5秒だけ、と言ったかと思うと私を引き寄せ胸を揉んだ。意味がわからず硬直した。男はお礼を言って逃げて行った。

どれも私は声をあげたり逃げたりすることができなかった。

怖かったというより、そこには別の意識があった。

信じてくれなかったらどうしよう。

父は私のことを「一応女の子」と形容した。いつだったか学校休みがちになった時も「こんなに大きいお腹をこさえてるから動けないのか」とよくわからない暴言を吐いた。ナンパされカラオケに連れて行かされそうになった話も信じてくれなかった。「物好きがいるもんだ」と言った。

恐らく痴漢の場面を見ている人なんかいないだろう。彼らは巧妙に人から隠れる場所上記行為を行っていた。

もし私が痴漢冤罪をする人に仕立て上げられてしまったら?

こんな容姿自意識過剰とか思われたくない!

とはいえ、1回目の直後はしばらくショックで動けなかった。逃げ込んだトイレでぼーっとしながら、LINEを開いた。親友電話をかけ、なるべくユーモラスに出来事を話した。彼女は最寄駅まで迎えに行くと言ってくれた。道中詳しく話しながらも「なんかもうネタだけどね〜」とへらへらしていたのだが、それでも彼女は本気で心配してくれた。帰り際に私を抱きしめ、なんかあったら言うんだよ、と言い残して去った。感謝してもしきれないほど友達には恵まれている。来年から医大生の彼女は、最高の友人である

大人に言おうと決意したのは3回目の後である。道行く男性の顔が怖くて見れなくなり異常を感じた。一度最寄駅まで帰ってから一大決心をして学校に向かった。最終下校前になんとか滑り込み懇意にしている国語教師を呼んだ。彼の顔を見ると一気に気が抜けて安心できた。先生も私の話をちゃんと信じてくれて、頼りにしてくれてありがとうと言ってくれた。詳しい事は同性の先生の方がいいと女の先生を呼んでくれた。私のことを「面白い生徒」として扱っていた先生が、女性部分をちゃん尊重してくれたことが嬉しかった。先日アメリカ新婚旅行に行ったこ先生も、最高の教師である

さて3回痴漢にあった私は学習した。

まず、制服東京に出てはいけないのだ。

痴漢なんかする奴らは要するに女子高生ならどうでもいいのである。女の尻を触りたいだけなのである特に私のようななんかブスでポケーっとしてて騒がなそうな女の子は格好の餌食である

私は入試私服で行くことを決めた。

来たる2月7日法政大学試験日、私は小学生の頃から着ているおんぼろコートに身を包み、市ヶ谷キャンパスへ向かった。

行きは良かった。

女性専用車両というのは偉大なる発明である身体を包むフローラル香り、見渡す限り女性、さほどぎゅうぎゅう詰めではない車両痴漢で神経がぴりぴりしていた私にとって、安心できる空間

……問題は帰りである

夕方東武東上線下りの混み具合は絶妙である急行は座れないけど別にぎゅうぎゅうじゃないよ、程度。

ホームにはそれなりに人が並ぶ。

私は階段を登りきった途端硬直した。鼓動が早まるのを感じた。ひと、ひと、ひと、ひと……と思って動けなくなった。彼らが車両に吸い込まれても私は立ったままだった。階段を降りて、別のホームから出る普通列車に乗ることにした。それでも隣に男性が座っていると怖くて呼吸が早まった。ぶるぶる震える手でキーホルダーのぬいぐるみをもにゅもにゅした。途中でもーむりと思って電車を降りたりもした。それでも家には帰らなければならない。顔面蒼白で終点近くまで普通列車に揺られる私は異質だったと思う。ふらふらになりながら最寄駅に着くと、はあ、とため息をついた。

乗れないんだ、と思った。

もう、私は電車に乗れないんだ。

明後日試験だった。学習院大学の目白キャンパスへは池袋で乗り換えをしなければいけない。早めに家を出たつもりだったが、女性専用車両池袋駅に着くと、構内にはそれなりに人がいた。人の波をかき分けるうちになんだか気分が悪くなりスタバに寄った。店員のお姉さんの笑顔に元気をもらい、コーヒーを飲み干したのち山手線に乗車するため改札を通った。が、階段を登ってまた身体が強張るのを感じた。

ただ人が並んでいるだけなのに、怖い。ホームの柱に寄りかかっていると駅員さんに変な目を向けられたので、背筋を伸ばした。電車が入ってくると、中にたくさん人がいるのが見えて、また気持ちが悪くなった。人の出し入れを3回見て、電車に乗れないことを悟り、入場料を払って改札を抜けた。

1時間ほど池袋駅周辺を散歩した後、ゆっくりゆっくり普通列車に揺られて帰った。

流れて行く景色を眺めながら、私はどうなるんだろう、と思った。

親には受験をすっぽかしたことを言わなかった。

代わりに、痴漢にあったこと。それで電車に乗るのが怖いことを伝えてみた。母は笑った。

「そういう時期はあるわよね」

一瞬、意味理解しかねた。よくよく聞いてみると、母は思春期男性の目が気になってしょうがない、と電車に乗りながら思っていたそうだった。

「もう、好きな人以外嫌いだったから。男友達にそれ話したら、お前はそんな良い女じゃない、って言われたんだけどね」

間接的に自意識過剰だと言われているようにしか思えなかった。違う、あなたのそれとは全く違う、私はショックで一時的パニック障害のようになっていて、そもそも男性から目を向けられてるなんて思ってないし、身体勝手に、と必死反論を試みた。

けれど、上手く言葉にできなかった。

私大入試はまだ終わってない。国立二次だってある。

でも、私は当分、電車に乗れそうにない。

でんしゃのれない。

2019-02-11

anond:20190211010556

カスペルスカイを入れていたことが数年間あるけど思春期普通の使い方をしていてウイルス検出経験が誤検出しかないんだな

コンピュータウイルスって本当は存在しないんだろ

2019-02-09

[] 専門機関相談しよう

言葉理解できない場合

anond:20190209163639

発達障がい、中でもアスペCU特性(Callous-Unemotional Traits:無感覚感情的特徴)を疑い、専門の機関に足を運ぶ

例:国立児童思春期メンタルヘルス診療科(児童精神科)

佐世保女子高生殺害事件予兆はあったが、

> 「人を殺したい」という趣旨の話をしていた
児童相談窓口がある佐世保こども・女性障害者支援センター電話したが、勤務時間外で職員が不在だったため相談できず

で、諦めた結果、悲劇が起きている

CU特性とは?

児童メンタルヘルスプロジェクトhttp://www.rppcam.org/research.html

CU特性」とは,ニューオーリンズ大学フリック博士提唱しているCallous-Unemotional Traits の日本語訳です.フリック博士によれば,CU特性サイコパスとも関連のある特性反社会的行動を表す児童に特徴的なものだとしています.また,注意欠如多動症(Attention Deficit / Hyperactivity Disorder; ADHD)との関連も報告されています

宇野常寛善良な市民)さんの歴史(1/5)

今私が非常に面白がっている人物宇野常寛さんという人がいます

この人はネット上でサブカルチャーへの評論を展開し、その文章を買われて(?)ライターとしての活動を開始、現在SFマガジンという雑誌評論ゼロ年代の想像力」を連載しており、オタク評論の新たな地平を切り開いた巨人東浩紀敵対したり、一緒に酒を飲んだりしています

要は上の世代にもある程度期待されている新進気鋭の評論家さんです。

その主張は苛烈で痛快です。「評論世界は十年遅れている」と言い放ち、その十年を取り戻す作業自分仕事だと宣言しています。上の世代評論家はすべて「現状認識できていないノスタルジー中年でもはや害悪」、萌えに耽溺するオタクは「『酸っぱい葡萄状態のどうしようもない奴ら」と無手勝流の撫で斬りで片っ端から斬り捨てます

この人の活動の遍歴をまとめてみると面白いのでは? と思いこの記事を書いてみました。

北海道にて全寮制の男子校に入る。ここでの経験がその後の宇野さんの方向性を決定付けます。元々オタク率が高い田舎進学校、加えて異性がまったくいない寮生活という住環境……。それは寮生の九割がキモオタという地獄絵図。ここで宇野さんは大嫌いなファンタジー小説新刊が出るたびにむりやり読ませられて感想を聞かれる、などの地獄のような責め苦を受け続けます富野信者サブカル系宇野さんには美少女ビキニアーマーを着て大冒険をするような話は耐えられなかったのです。

なぜ宇野常寛があれほどまでに萌えオタを敵視するのか? それはこの寮生活でのトラウマがすべての原因なんです。宇野さんが萌えオタを攻撃するのはこの頃の復讐なのです。

寮生の半分は卒業後に「引きこもりギャルゲーマー」になったそうですから相当屈折した人たちが集まっていたことが覗えしれます。そして、「恋愛したくてもできないかギャルゲーに逃げるオタク」をいっぱい見た宇野さんは「性愛コンプレックス」にこだわるようになります

同じ嗜好性を持つ人間がまったくおらず、一人で古本屋に行き「アニメック」のバックナンバーを買い集めていた宇野さん……。この時に趣味を共有できる仲間に出会えていればその後の人生は大きく変わったでしょう……。

この辺の話は旧惑星開発委員会コンテンツ「善良な市民のオタク黒歴史」というエッセイに詳しいです。

高校卒業し、宇野さんは寮生活から解放されて浪人生活に入ります。ここでどんな風に過ごしてたのかはあまり語られませんがPLANETS第四号によると「楽しすぎてさら浪人した」と書いてありますので、キモオタ軍団から解き放たれたのがよっぽど嬉しかったのか勉強せずに遊んでいたようです。

しかし、そこはやはり浪人生。二年間もの浪人生活でキャンパスライフへの憧れはどんどん膨れ上がっていきます。未だに「大学生活」や「サークル」に拘るのはここに起因があるとみて間違いないでしょう。

ところで思春期男子校で過ごし、その後二年間浪人……ってことは宇野さん、ヤラハタですか?

そして、立命館大学入学関西移住大学に入った宇野さんはサークル自己紹介名簿を見るのが趣味となり、サークル内での「立ち位置」や「キャラ設定」について考察するようになります。おそらくは自慢のコミュニケーションスキルを生かしてサークル貴族となり、カーストの下位にいる人間宇野さんによると「毎日辛いけどサークル抜けると友達がいなくなるから抜けられない人間」)を苛め抜いていたんじゃないでしょうか。

そして在学中、おそらく三年生か四年生の頃に「善良な市民」というハンドルネーム2002年1月に「惑星開発委員会」というウェブサイトを開設します。それまでのテキストサイト(単なる日常を痛々しいほどの過剰な修飾で必死面白話に仕立て上げようとするサイト)に違和感を持っていた宇野さんは一人ではなく友人を誘って複数人運営

主なコンテンツアニメ漫画作品複数人レビューする「クロスレビュー」、90年代サブカル文化人事件考察を加えて紹介する「惑星開発大辞典」、宇野さんが出会った痛いオタク面白おかしく描くエッセイ善良な市民オタク黒歴史」などです。

複数人運営していること、宇野さんの広範なサブカルチャーへの知識、ひたすら萌えオタを攻撃する芸風、まったく洗練されてないごちゃごちゃしたサイトデザインなどで話題になります

特に萌えオタへの強烈な煽りは当時のオタクたちを刺激し、某掲示板スレッドが立ち「萌えオタは現実逃避してるのか?」と論争が巻き起こるほどでした(当の宇野さんは萌えオタ批判は「過剰な方が面白いかエンターテイメントでやってる」と掲示板ネタバラシしていました)。

しかし、おそらくは就職メンバープライベートが忙しくなり、クロスレビュー更新することが難しくなります。また、萌えオタ批判マンネリ化し、一本調子になってしまい、読者にも飽きられ始めてしまいました。そうして宇野さんは更新への意欲を失っていき、更新を止めてしまます活動停止、実質の閉鎖です。最終更新2003年4月になっています

続き

https://anond.hatelabo.jp/20190205070002

anond:20190208134100

まず早い段階で倫理道徳面を言葉理解できる子とできない子の差はある

客観的想像力を働かせる事ができない子にも感情面に訴えかける事でそれを自分に関わる問題として自ら行動を制御させる事はできる

野菜食べなきゃおっきくなれないよ、そんなじゃサンタさん来ないよとかはそれ

それでも感情支配され自分でもよく分からなくなってる子とか分かってるけど構ってもらうためだとか別の要因でわざと困らせるようやる子もいる

別に特にやりたくもないし困らせる気もないけど友達と同じ行動を取りたいだけの子もいる

何も考えずテレビで見たのをマネする事に力を傾けたいだけの子もいる

言葉で分からせるためには分からせるための言語理解共感性の下地を作る事が必要だし

下地があってもかまって欲しい子に行動の倫理性を説いてそれを理解させたとしても問題解決しないし場合によっては悪化する

子供のその言動がどこから来るものかの理解が親にも必要でそれでアプローチも変える必要があって

またなぜそれがいけないか客観的正当性言語化と更にそれを言葉で分からせるための子供の立場での主観的発想と表現必要

それが子供社会経験の土壌として外からの影響に対しての取捨選択筋道になっていくんだけど

言葉で分からせる、をただ単に口で伝えるそれだけだと定義するから子供は言ってもわからないでしょ、となる

叱る時手を出すのはそれらの親側の言語化や親自身共感性や社会への倫理観、道徳観の客観的理解の有無も含め、全部すっ飛ばし言葉共感を誘う技術もそれを考える事もしなくても、もしくは出来なくても手っ取り早く動物なすり込みとしてネズミ電流と同じように誰でも容易にできるものから安易に使われて来た部分はあるのかなと思う

少なくとも仮に百歩譲って体罰正当化するなら最低限事前にルールと罰を提示する事と罰として判決理由のような改めてのそこに至った客観的正当性を伴う理由提示必要だろうけどそれさえないただ単に大人側が物事簡単に治めるための手を抜くためのツールとしている場合それは文字通りパブロフの犬のような反射に任せた思考停止しかないし現状の運用としてはそちらに寄っているように見えるからその理不尽さに反発の声があがるようになっているのは当然の事のように思う

感情的にどうにもできない子供へ手をあげて言う事を聞くよう仕向けるのも躾ではなく多くがその実単なる言動の抑止の手段まりになっていてネズミと同じく反復する事での反射的な学習方法とするならそこに論理への理解はないので結局は少し状況が変わるだけでまた新たな学習必要になり効率学習させる側の負担の面でも本人の負担の面でもいいやり方とは言えないと思う

ただでも思春期には感情面が肥大化して世界も広がって当人でさえ自分で舵取りが難しくなるのに下地も土壌もなく判断基準が作れない、作られないまま外の色んなものに触れて影響を受ける事になってそれが反社会的ものだとしたらそれが親にとってもぐら叩きでいたちごっこのようになってしまうのは目に見えているわけだし

そうなったらもう最悪祈るしかないわけで

でも現実親の余裕や知識技術平等であるわけもなく、その差をある程度是正するための幼児学校教育であり、だからこそ教育の場での安易体罰本末転倒で許容されるべきではないんだと思う

あと躾がなってない、は言う人間自覚してるかどうかは知らないけどおおよそその幼児からの土壌の有無、またはそこを怠りその後も相対的に結果が出せていないその事を言われていて躾が出来ない状況をそもそも何で作ったのかという過程への親の怠慢を責める意のもので、その上での体罰による躾と口で伝わらず放置するしかない状況との選択理解価値観下地作りを出来なかったという前提による同グループの中の異なった結果でしかないんだけど、それは言ってしまえば過去に遡らなければ現状どうにもならない事なのでそれを責めるのは人としてどうかと思うから無視すればいいだけだと思う

理解を深めさせる過程の年齢の子に躾がなってないとか面と向かって言ってくるやつはただの何も分かってないクソだからクソの意見なんて無視すればいいだけだと思う

そういう親を無理に責めて暗に子供を制させるよう向ける状況が子供のための教育や躾という意識の枠をこえた不必要公益意識からの焦りによる体罰を生んでいるんだと思う

子供特に幼児の子倫理道徳面での理解必要とされるのは愛情だけでも言葉にする事自体でもなく大人側の徹底的な感情をも含めた論理的思考と計画性を伴ったアプローチ技術とその体系化でしかないし、それが圧倒的に足りてないと思う

そしてその事はセーフティーネットである教育現場への負担としても影響してると思う

この前夕方ニュースかで学童保育の話をやってて子供が泣いてて、それはじゃんけんで勝った方が何かの遊びを出来るって双方ルール理解した上でやった結果で負けた子は悔しかたか思い通りに行かなくて腹が立ったか感情的に抑えられなかったみたいなんだけどそれを忙しそうにしてた大人が勝った子に相手の子が泣いてる事を理由に謝らせてて

一定の体系化と周知は親のためにも子供のためにも現状色んな過程に触れる機会がない、なかった子供に対してのケアとしてもやっぱり必要な事だと思う

親も子供と一緒に親になっていく、親として学びながら、なんていうけどそれは親の情緒面だけの話にすべきだと思う


個人的には幼児の子に手をあげるのは知識以前の大人側の甘さや過信も一因としてあるんじゃないかと思う

子供に対する甘さじゃなく自分に対する、また認識に対する甘さ

何で自分の望みや言葉をただ自分価値観で口に出すだけで自分経験の何十分の一も生きてない存在に通じるなんて甘い考えを持ってるのかと思う

同じ年齢の常識を共有する相手だって通じるとは限らないのに

言語の壁に対してどうして分からないのって叫ぶようなものだし、そういうものだと分かってれば少なくとも通じない事に苛立つ意味の無さは理解できるはずだし、それを手出して事を済ませようとする傲慢さや安易さも分かるはずで

分かってても皆が英会話習う時間お金も余裕もあるわけじゃないように完全な対策を求めるのは酷だってのも分かるけど端から舐めてかかってるようにも見える事も多いし

それは先の親以外の周りの大人もだけど子供という一人の存在に相対するための認識が甘すぎると思う

本当に違う世界の生き物相手にするくらいの心意気でやってもまだ足りないくらいのとこあるのに

から最低限でも知識情報有用指標の共有が求められるんだけど



長いな

2019-02-08

マジレス anond:20190208134100 anond:20190209102924

発達障がい、中でもアスペCU特性(Callous-Unemotional Traits:無感覚感情的特徴)を疑い、専門の機関に足を運ぶ

例:国立児童思春期メンタルヘルス診療科(児童精神科)

CU特性とは?

児童メンタルヘルスプロジェクトhttp://www.rppcam.org/research.html

CU特性」とは,ニューオーリンズ大学フリック博士提唱しているCallous-Unemotional Traits の日本語訳です.フリック博士によれば,CU特性サイコパスとも関連のある特性反社会的行動を表す児童に特徴的なものだとしています.また,注意欠如多動症(Attention Deficit / Hyperactivity Disorder; ADHD)との関連も報告されています

2019-02-07

anond:20190207131840

子供の頃兄のことを「お兄ちゃん」って呼んでて、思春期になって「兄貴」とか「兄さん」っていってもしっくりこなくて、

35超えて「お兄ちゃん」っていったらしっくりきた俺みたいなもんだな

anond:20190207131552

前に、思春期ときに「おやじ」だか「おふくろ」とか言ってみたら大爆笑されて、おっさんになってもパパママのままだって人がいたな。

2019-02-06

もうね純愛でもいいのよ

40歳過ぎて娘も2人思春期になって、

で、昨年離婚した。

結婚生活が長すぎて好きな人との出会い方も他の女性との接し方も忘れた。

娘とも今後、手をつないで一緒に美術館に行くようなこともない。

嫁とはとっくに別居していたから、

もう随分、手を繋いで一緒に歩くようなことはしていないと気がついた。

ただ、手をつないで一緒に歩いたり、同じものを見て感想とか言いたい。

そんな他愛もない時間を共有できる人は今後、現れるのだろうか?

性欲とかより、そんな異性に対して中学生みたいなことになってる。

我ながら情けない。

anond:20190206104742

女は思春期に「女が身体快楽を楽しむのはよくないことだ」と

徹底的に教育されるからな。女性性の解放なんてまだまだあと50年は

進まないんだろうなー

2019-02-05

性的被害にあっている君へ

君に落ち度はない

 君に悪いところなど、まったく無い。

 悪いのは加害者である

 挑発した、などと言いがかりをつけてくる奴らもいるが、気にしなくていい。

 世の中の大半の人はどんな場合でも性の加害者にはならない。

君は汚れていない

 誰にも君の身体を汚すことは出来ない。

 誰にも君の魂を殺すことは出来ない。

 もし、どうしても汚れている気がするのなら清めればいい。

 汚せるのなら清められる。

 自分尊重する気持ちを捨てる必要はない。

君がしたほうがいいこと

 逃げられるなら逃げたほうがいい。

 通報できるならしたほうがいい。

 どちらも出来ないのなら目も耳も口もふさいでいい。

 聞きたくない言葉を聞く必要はない。

 言いたくないことを言う必要はない。

 見たくないことは見る必要はない。

もう一度言う

 君は何も悪くない。

─────────────

このエントリーについて。

 増田しか書けないことが起こったから、6年ぶりに増田を開いた。

 言いたいことは最初に書いた。

 ここから先はだらだら日記だ。

 

 こちらは56歳、女性

 つい最近、母が亡くなった。82歳だった。

 母はゴミ屋敷に住んでて、古いレシートも使える銀行の通帳もそこらに転がしておく人だった。

 なので母の家を片付けるとき紙類は必ず中身を見て、必要な物じゃないかどうか確認していた。

 そして、母が書いていた日記を見つけた。

 だらしない母の日記らしく、ノートの何ページかに日付と内容が書かれただけであとは白紙放置されていた。

 そこに「娘は可愛すぎて男におもちゃにされた。悔しい」と書いてあった。

 私は6歳のとき幼児姦にあったことがある。

 

 本来記憶など残らないはずの6歳のときのことを何度も思い出したせいで鮮明に思い出せる。

 そのとき別になんということもなかった。

 見知らぬ男が公園にやってきて一緒に遊んでベタベタスキンシップしたくらいの認識しかなかった。

 その夜、性器が変形しているのを不思議に思って、お風呂に入っているときに引っ張ったりしたので、性器の変形はそのまま残った。

 

 意味を知ったのは12歳のときだった。

 自分にはファーストキス処女最初から関係ないのだと知ったときには絶望した。

 本当にあったことかどうかなど疑う余地もない。

 身体にくっきりと跡が残っているのだ。

 それからは「死にたい」とばかり思っていた。

 思春期特有厭世観もあったのだと思う。

 何度も自殺を試みて、1度は本当に死ねそうだったのだが、毒物を全部吐いてしまって、結局、翌朝は普通に目を覚ました。

 あのときの毒の苦い味と起きてしまったときの残念な気持ちは今も忘れられない。

 男と付き合うようになると黙っているのは卑怯なことのような気がして、必ず打ち明けた。

バカだなあ」と抱きしめてくれた男と結婚した。

 いつの間にか、何事もなかったかのように、順調な人生だったかのような生活ができるようになっていた。

 そこに「母の日記」である

 母は知っていたのだ。

 私が幼児姦にあったことを。

 

 母はいつも言っていた。

 「女性貞節大事」「男の気を引くようなことをするのは下司な女」「男に性的な興味をもたれるのは隙があるから」「結婚前に男と関係を持つようなことは絶対にしてはいけない」などなど。

 戦前まれなのだから、当然の価値観だと思って、素直に受け取っていた。

 

 私は貞節などというものは、6歳のとき奪われている。

 姦淫されたのは私が下司からだ。

 隙があるから酷い目にあうのだ。

 絶対にしてはいけないと言われても、もうしてしまった。

 繰り返し言われる母の言葉で、私は「自殺するしかない」と思い込まされていた。

 

 母は毒親だと思っていた。

 母は私をよく叩いた。帰宅時間には家におらず、よく締め出された。

 でも、きっと自分がされたことを私にしているだけで、私のことが憎いわけではないと思おうとしていた。

 違った。

 私を自殺に追い込もうとしていたのだ。

 心のどこかで「お母さんは私のことを好きなはず」と思い込もうとしていた。

 何度目かの決心なのだけれど、もう一度、肝に銘じる。

 「私には母親はいない」

 そして、50年も経って、私はようやく自分を責めなくていいのだと気がついた。

 価値観など人の数と同じだけある。

 母の価値観など受け入れなくていいのだと、やっとわかった。

 もう、あなたのことは忘れます

 成仏してください。

 お母さん。

2019-02-03

なぁニキビをズラすことができたら多くの人を救えないか

思春期の子供が顔にニキビができてヘコんだり、ひどいときはいじめにあったりする。

例えばそのニキビを耳の裏にびっしりとズラしてあげることができればその子を救えるんじゃないか

俺に力さえあれば。あれば。

大人証明書

複数婚活主催大人証明書を発行して欲しい。本当は婚活屋に登録しない人も受験できるような資格試験みたいな方が望ましいんだけど。現場じゃないお上が手ぇ出すと中身がクソになるから現場最先端婚活屋で。思春期メンタルのままじゃないまともな理性のある状態で、一度真っ当な性知識と各種ハラスメント行為について学ぶ場があって欲しい。そして婚活の際には相手から見えるプロフィールにその証明書の有無を記載して欲しい。

2019-02-02

思春期ネットの女叩き男叩きを見てた人達って今何歳?

その人達がどういう結婚観持ってるのかすごく興味ある

2019-02-01

コメント返答 : また女湯が話題になったので問題点を整理する

ここから

anond:20190131223833

思ったよりみんなから反応あってびびった

しかし長文だがみんな読んでくれてありがとう

 

そして、ブコメ見てたら「行為関係なく男児という属性だけで女湯から排除したい」って意見

ほとんどなかったので、ちょっと安心したわ。少なくとも元ネタ漫画みたいに男児入ってくるなってのはないのね

 

ところでせっかくコメントくれたので上位10コメントに返答してみる

論破したいわけではないのでなるべく意図を汲み取って返答するけど

反対してるように見えたらスマ

 

mame_3 極めて私的な裸体を公衆浴場晒しても平気なのは周りの人間が気にしないという建前だからだし建前を守らない(れない)者は排除されるべきだろう。全裸強制する公衆浴場文化ならその文化差別内包しているよ

排除」の意味が「親子ともども入場禁止」まで指すのであれば、

意図をもうちょっと汲んでほしいと思うんだがそういうわけではないのかもな?

もちろん、公衆浴場文化全裸強制するものにならないようにする工夫が必要だし

その意味で湯浴み着の普及は解決策に近づくんだと思う

 

slimebeth そもそも幼児性器身体への好奇心身体接触を伴ういたずら、女体に触れて甘えたい、は全て思春期以降と同じ意味での性欲ではない。中世並みの野蛮な人間観を振りかざしてないでまずは無知を恥じて学んでくれ頼む

これちょっと言葉遊びになりそうなので踏み込まなかった。

ある人が性欲と呼ぶもの好奇心と呼んだり愛着と呼んだりしてきりがないんで、

「それが他人に発露することでどんな効果が及ぶか」だけを議論対象にしたんだけど

何を性欲と呼ぶかもきちんと合意とらないと深い議論にならないので

俺よりもっと体力ある諸氏は追求してくれるとよいか

 

sds-page 騒いでるエロガキは他人の子供でも容赦なく叱る。それが社会子供を育てるという事では。他人子供を叱られたくない、他人を叱って悪者になりたくないという考えは捨てていこう

だいたいそのとおりですねー

悪者になりたくないっていうより、精神コストをかけたくないって人の方が

多いような気がするんだけど、それを求めるとどんどん弱い人(この場合子連れ)に

負担が行くわけで・・・

 

narwhal 男児を女湯に入れるのは、女どもに男児晒す男児への性的虐待女児を男湯に入れることを考えればあの連中にすら(またはあの連中こそが)容易に理解できるはずなのだが、こんなことさえわからない。もうだめだよ。

子供への視線については全然考えてなかった。

大人行為については「建前を守らない(れない)者は排除」でいいんじゃねぇかな・・・

ただ「あの連中」みたいに分断を煽るワード本質じゃない方向に対話が飛んでいきそうで不安だわ

 

PeterFukuda 気になるなら利用するな、としか言えない。プール更衣室とかは個室も用意すべきか。何にせよ全方位でお気持ちは汲めないのだからマイノリティ配慮しつつマジョリティ多数決みたいなやり方しかない。

短気な奴だな!

しかし「マイノリティ配慮しつつ」って言い含めるあたり

ツンデレだな

 

SweetGiraffe 4歳になる娘と風呂に入ると「ちんちーん!ちんちーん!」って騒ぐ。温泉とか銭湯話題を見るたび、早く羞恥心めばえてくんねーかな、と思う。まぁ、年齢が来たら躾の問題になるのだろうが。

そのくらいの年は女児もそんなもんだよね

まじまじ見たり触ってきたら流石に注意するけど

騒ぐぐらいはまあ、元気なもんじゃんくらいでスルーときたいもの

 

rci 一律に線引きを決めるんじゃなくて、悪質な行動をとったらそのとき排除しますよ、ではダメなんだろうか。じろじろ見られる・触られるなんてことがなければ、むしろ大人でも混浴を許容できるくらいなんだけど。

そだねー

で、まだ力も弱くて言葉もおぼつかない子供場合

悪質だって言っても排除の前に取れる行動はいくらでもあるもんだし

 

kekera 現状の仕組みのままだと、もうちょい他人存在に寛容になって明確な加害行動なければ良いとする意識になるか、湯浴み着とかで個の境界を強くしていくかかな。仕組みを変えるなら、多分家風呂化の方に進むだろな

俺とほとんど同意見。特に付け加えることはないです

 

yfujisawa いくつか論点があると思うけど、公私の在り方が主要議題の一つかな。公衆浴場には多様な人が集まる。綺麗なものも汚いものも一様に置かれる。個人主義制限される。個が公に接するとはどういうことか端的に顕す。

公私のあり方、それ。俺もその言葉思いついときゃよかった

公衆浴場が公の場である以上、どうしても自由妥協しなきゃいけない場面は出てくるんだよね

本当に自由でいたい人間用に貸し切りコーナーとかあってもいいとは思う

dsino 肝心の妥協点の部分が弱いな。そこが一番重要相手を許せない者同士の小競り合いでしかないんだからベターという選択肢が取れない障害なんだよあれは

弱いのかもしれないけど俺個人の発想の限界ってのがある

もっといいアイデアは必ずあると思うんで、思いついたら披露してくれ

障害とか言い捨てちまうのは悲しいわ

 

なお、時々混乱してるコメントがあったけど女湯で尻を叩いて回る未就学児ってのは元ネタ漫画存在しない

がそれぞれいるだけだ。だいぶニュアンスが異なるので一応指摘してみた

2019-01-29

2019年アニメ1話ほぼ全部観たか感想書く その1

 こないだ「宇宙よりも遠い場所」いしづかあつこ監督のインタビュー記事内で「ファンにできることはありませんか」という質問に「「このアニメが好き」って、一言発信していただくだけで、すごくうれしくなりますね。」と答えていたのを読んでふと「案外こういう怪文書でも巡り巡って彼らの活動支援になったりするのかなぁ」なんてことを思ったので感想を書くことにした。ちゃんと見てから感想書きたい気もするけれど、以前よりもいの完走レビュー書いたときは1ヶ月費やしたので時間の制約上1〜3話程度の感想になっている。

 それっぽく並べてあるけど、作品の優劣は付けてない。容赦して。

2019年冬アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その2

2019年冬アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その3

2019年冬アニメ1話ほぼ全部観たから感想書く その4

配信情報について

 ~独占…対象サービスしか配信してない

 ~のみ見放題…対象サービスでのみ全話見放題。その他のサービスでは有料配信

 ~のみ最新話無料対象サービスでのみ最新話見放題。その他のサービスでは有料配信

 言及なし…複数サービスで全話見放題/最新話無料

 

 私はTVアニメを観ない(BS見れないし、TOKYOMXもAT-Xも受信できないし)ので、配信情報はこれ以外の手段について書いている。

感想(上の作品ほどモチベ高め)

かぐや様は告らせたい

 恋のデスノート。やっぱりA-1 Picturesラブコメ面白いラブコメの中では圧倒的にセリフ量の多い会話劇。

 テーマとして恋愛頭脳戦を掲げているので、メインの二人が「表情に出さないけど思考フルスロットルさせ、頭の中がカオスになっている」っていう様子を面白おかしく絵にする難しさがあるんだけど、あの手この手で彼らのジェットコースターみたいな心情変化を演出している。

 BGMアレンジといい「恋愛頭脳戦とかいう新しいことをやってるみたいでその実、思春期真っ只中な高校生男女なんやで」っていうベタな部分を昭和チックなラブストーリー調に演出するとこが非常に良くて、あくまで二人が大マジで恋愛を繰り広げているからこその面白さ(大マジだからこそ面白いっていうのは「月間少女野崎くん」もそうだよね)にちゃんフォーカスしている。不意にときめいた瞬間を「ラブ・ストーリーが突然に始まりそうな曲」で笑わせてくるところとか最高だった。どういうオーダーしたらあの曲になるんだろう。

 そして青山穣によるイケボ解説が最高。最近良かったナレーションだと「ティラミス」の大塚明夫陰毛役)、「プラネットウィズ」の小山力也おっぱいのくだり)、「ダグ&キリル」の上田燿司(本作のノリはコレに近い)とか。淡々としているようで、ちょくちょく感情を見せてくる生きたナレーションが全体的なテンポ感を規定している感じがあるので、冒頭のあれは毎話必須な気がする。

 「かぐや」はともかく「御行」「藤原」っていう独特なネーミングは竹取物語登場人物元ネタなのね。そのメイン3人のキャラデザについて。原作者インタビュー記事に「まつげを『女性漫画家の書くまつげ』っぽくしてほしいってお願いした」みたいなこと書いてたけど、確かにかぐやと御行の目元が非常に艶っぽくて、ラブコメしからぬ奥ゆかしさを印象づけてる。個人的畠山監督作品の「静かに視線を伏せる男性キャラ」が好きなんだけど(「昭和元禄落語心中」の菊比古師匠ことなんだけどね)、本作の御行も単に目つきが悪いっていうだけではなく、見栄っ張りでありながら動揺しやす性格ちゃんと表情に現れててすごく好き。一方のかぐや様も御行ほどではないにしろ目つきが悪い(やや吊目ぎみ)のに表情が豊かで、しかベクトルが「侮蔑」「焦燥」「優越」「失望」「失意」とか、そっち!?な方向。それでいて、ときめいた瞬間のかぐや様めちゃくちゃ可愛いっていう。

 作者天才かよって思うのが「頭脳戦ゆえ落とし所が難しい話の流れをジョーカーこと藤原千花のサーキットブレーカーというかインターセプトが鮮やかにキマって、ちゃんと短い尺の中でオチがつく」という構成藤原キャラクターとしての自由度が高いのもあって毎回不意打ちを食らっちゃう。また藤原はメイン二人と比べて柔らかい線で構成されたキャラデザなので、メイン二人のきつい目が交互に映る緊張感からの、柔らかい線で描かれた千花の目が映ることで緊張→緩和の流れが出来てるので、どうあっても笑ってしまう。そういえば御行の急な行動→かぐや様がときめくっていう流れのときも、かぐや様は全体的に柔らかい線になるよね。かわいい。そういう部分も含めて緊張と緩和の流れが完璧なので、何度でも観て笑える。1話もう20回位観たかも。早く3話観たいな。

 話題OP水野良樹作曲。すっかり「いきものがかりの人」からアニソンの人」になりつつある。

 

ブギーポップは笑わない

 「濃いアニメを作るスタジオ」ことマッドハウスの新作(監督含む主要なスタッフ的にはワンパンマンとかACCA13区の布陣)。20年くらい前に書かれたライトノベル原作現代舞台にしたSF(少し不思議サスペンス会話劇。

 クオリティが高いというのもあるけれど、作りが完全に映画のそれ。各シーンをぶつ切りしていく演出とか、その中で登校シーンみたいなリフレインを入れて時間経過を表現してたり、ブギーポップとの会話で変化する主人公感情日常生活の行動を切り取る形で淡々表現してたり、凄く尖った演出になってる。写実的な背景(背景:アトリエ・ムサ)も気合いが入ってて、屋上のシーンで敢えて遠景のカットが多い。リアリティの強い世界観を持った作品

 あと劇伴が印象的。本作の劇伴は「聲の形」「DEVILMAN」でおなじみ牛尾憲輔。穏やかなのに心がざわざわする美しくて豊かな音楽聲の形っぽさを感じるんだけど、不穏な空気シンセの重低音で表現してたり、カットの切り替わりで音楽をぶつ切りして、直後の無音で緊張感を演出する等、映画劇伴で使う手法地上波アニメでやってる感じがある。あの音ってスマホで出せるのかな。サントラ欲しい。

 その会話も、ブギーポップという非日常存在に、学校という日常空間(会話する場所は必ず校舎の屋上)の中で会うっていう、ブギーポップ実存性(不確実なはずなのに、確かそこに存在しているっていう感じ)が凄く不思議。そういえばそんな話を二人もしてたっけ(多重人格についてのくだり)。あと同級生との、少し距離感を感じさせる会話なんかすごく小説っぽい。

 会話劇として「あの作品っぽいなぁ」みたいな作品をいくつも思い出すけど、(このライトノベル刊行された時期的に)私がこれまで触れてきた多くのライトノベル作品が「ブギーポップは笑わない」の下流存在しているわけで、非常に感慨深い。

 それにしても、ブギーポップを演じる悠木碧すっげー。中性的な声を持つ声優さんって貴重だけど、その中でも特に、声に含みがありすぎる感じ(本人もよく「私の演技は情報を詰めすぎてしまう傾向がある」と言ってる)がたまらない。あと宮下藤花も悠木碧が演じてるってことに最初気づかなかった。

 EDは「やがて君になる」のOP曲でおなじみ安月名莉子xボンジュール鈴木。すき。

 

荒野のコトブキ飛行隊

 水島努x横手美智子の新作。空飛ぶ用心棒日常アニメ。またバンダイナムコからスマホゲーム配信予定。

 水島努監督作品ガールズ&パンツァー」が「清く正しく美しい戦車の可愛さを描く、女の子が中心の世界」なのに対し、本作は「ならず者のはびこる男社会の空を、プロペラ機で逞しく生きる女の子の話」なので、決してやさしいせかいではない。戦闘シーンが両方共ガチなのは共通

 アニメーション制作をGEMBA(CG)、ワオワールド作画)が行っており、主要キャラ(コトブキ飛行隊、飛行機)が基本的3DCG。対してモブ作画キャラなので、3DCGキャラ作画キャラが同じ絵の中にいる不思議アニメに。3DCGキャラの利点として、細かい作業を行うときマジでかい作業)の手元がちゃんとしているところと、飛行中の機体を引きで見たときの良さが際立ってる(実際、作画モブキャラは飛行中、引きの絵が無い)。あとトゥーンレンダリング調のキャラに対して飛行機写実的。なんか3Dゲームに出てくる飛行機みたい。年季の入った感じとか、個性のあるペイントとか。

 相変わらずミリタリー関係演出ヤバイ。まず怒涛の専門用語による会話から始まる戦闘。何言ってるか全然わかんない。艦橋で交わされる、ウィットに飛んだテンポの良い会話はさすが横手美智子って感じ。そしてほぼ完全再現?される出撃前儀式。いやその計器を指差し確認されてもわからんし。燃料とか油圧とか確認してるんだろうけど。機体は既存飛行機が今後も登場する模様。1話は隼、紫電零戦。その後敵機とドッグファイト突入するけど、ガルパンでもあった「回転する砲塔視点」みたいな視点結構使われてて、機銃視点で天地がくるくる回り、敵機と追いかけっこしながら銃弾が飛び交うシーンが続く。攻撃側の狙う場所が(アニメ的には飛行機の胴体を攻撃するのが絵的にわかやすいんだろうけど)羽根の付け根部分を射撃→燃料タンクに着弾→燃料が漏れる→引火→爆発っていう描き方がガチ過ぎて笑った。着弾した場所ちゃんと弾痕あるし。他にも、相手の後ろに取り付いて攻撃するっていうパターンが徹底されている上に「後ろに取り付いてきた敵機に対して、急制動による捻り込みで背後を奪う」からの「エース機と思しき敵機に捻り込みを使って背後を取ろうとするも、裏をかかれて被弾」とか。主人公を追い詰めた敵機がとどめを刺そうとしたタイミングタイムリミットになり引き返すシーンも、一瞬だけ燃料メーターを映して「燃料が帰還分しか残ってないよ」って演出したり。機体をフラフラさせて煽るシーンは笑った。どんだけ描写を練ってるんだ。同じ空戦でも「ガーリー・エアフォース」とかなりベクトルの違う魅せ方なのが素敵。

 で、音がブッチギリヤバイ空間的な変化を丁寧に反映した音響はさすがとしか言えない。大音量ヘッドフォンか、部屋が震えるくらい大音量スピーカーで視聴推奨。出撃前後で言うと、出撃前はエンジンのドコドコ音が響いていて、滑走路を走行エンジン音が徐々に変化してるのに加えてタイヤのガタガタ音が重なり、空中に出た瞬間、空間的な広がりを感じるエンジン音と風切り音に。風切り音も通常飛行と雲の中を進むときとで音違うし。縦に旋回する時、機体がギシギシ軋む音は感動した。機銃の音も、発砲する機体が映ってるとき発砲音は乾いた音(パパパン)が聞こえるが、撃たれる側が映ってるとき、遠くで鳴ってるような残響(ボボボン)になってるとことか。命中した音も、近くだとキキンッっていう軽い音と弾丸の風切り音が混ざってるが、引きだとガガンッっていう重い音に変わってたり。

 音楽ガルパンに引き続き浜口史郎戦闘シーンの音楽めっちゃかっこいい。ミリタリーストリングスの相性って抜群だよね。

 ちなみに戦闘シーンはガルパン以上に説明的な会話が無いので、ニコニコ動画ミリタリーに詳しい人たちと一緒に観たほうが良いかも。私も全然わかんない人なのでニコニコ動画コメント付きで観ようかな(音のクオリティ的に、ニコニコ動画品質妥協しづらい…)。「解説つけなくても視聴者は付いてきてくれるはず」という水島努監督の強いメッセージを感じた。ちなみに毎週更新公式webラジオレシプロ機の詳しい解説を見ることができたり、できなかったりする。

 

盾の勇者の成り上がり

 「メイドインアビス」のキネマシトラスによる不条理文学。2クールかけて主人公が成長する姿を描く。原作はなろう系小説1話は1時間スペシャル

 最近よくアニメになってる異世界転生(転移?)モノだけど、オバロとか転スラのようなヒロイズムと大きな距離がある。こういう作品共通した性質としてゲームライクな世界観というものがあって(本作のゲームライクな演出は「デスマーチから始まる異世界狂想曲」に近く、絵としてのGUI結構練られている)、主人公がただの村人Aではないこと(異端というか特別)の記号になってるんだけど、本作の主人公俗物的で、上記のようなヒロイズムに対するポストヒロイズムみたいな感じ。勇者D(X人目)。転生によってアドバンテージを得た勇者が転生先で成功するお話に対し、本作は転生によってディスアドバンテージを得た主人公が、転生先でそれに抗う、あるいは異世界人のように逞しく生きながらえるお話

 王前で主人公慟哭するシーンは、異世界生モノの持つ「現実世界において「自分社会から不当に虐げられている」という漠然とした不満のようなものを持っている人たち」というメッセージを強く表現してる。なんとなく「風と共に去りぬ」を思い出した。風と共に去りぬ南北戦争を描いた小説で、差別不条理と戦う女性お話、だっけ。本作における「剥がしたり消したりすることのできない盾」は彼が例の勇者であり、同時に排斥対象であることを知らしめるレッテルになっていて、彼が戦っているあらゆる不条理がこの「盾」に集約されている。そういう意味では、最初に仲間になったのが奴隷っていうのも大きな意味があるよね。

 面白いのは「1ヶ月後にやってくる敵の襲来」というイベント。彼が勇者である以上逃れる術はないので実質的に盾と同じ不条理象徴ではある(特に2話は、「襲来を乗り切って生き残るんだ」というセリフが何度も登場する)んだけど、同時に彼がただの大罪人ではなく世界一利用価値がある人間であることの担保になっていて、ワンチャンあらゆる不条理を打ち負かす可能性を秘めていること(世界に借りを作ることができる)。タイトルはそういう意味なのかな。

anond:20190129155322

となると同性愛者も思春期から青年期にかけて異性から徹底した差別を受けた結果だってことだな

2019-01-28

虹の彼方へ

喪失感ではない。

心というかおなかのあたりにぽっかり穴が空いた感覚がする。よくいう喪失感に例えられる表現だ。しかしこれは喪失感ではない。

彼らは活動休止宣言をしてから実際の休止まで2年の猶予を与えてくれた。

何度も何度も彼らのあいだで話し合いを重ね、彼らも関係者も現状できる最大限の納得できる落としどころを見つけ、尚且つファンは心の整理をつけるのに時間がかかるだろうからと、この時期の発表。

何もかも妥当決断だと思えた。何も間違ったことなどないと思えた。

いやだやめてなんて言うつもり毛頭ない。微塵も起こらない。

それさえ切ない。

発表を知った時わたしライブハウスにいた。とあるロックバンドライブの日だった。

驚いて思考が一瞬止まったけれども、楽しみにしていたライブだったし、いま全力で楽しまなければバンドメンバーにも失礼にあたると必死に頭を切り替えて演奏をきいた。

終演後、ライブの余韻にすこし浸って、この度の発表をした彼らのことを考えた。

みるみるうちに視界が滲み、暗くつらい気持ちになった。たった一瞬で何もかも嫌になった。

彼らのことを憎いとは思わない。ずるい、にすこし似た感情を抱いた。

こんな気持ちになるくらいならもう誰も何も好きになりたくないとさえ思った。

でも、それでいいのかな?とも同時に思った。

チケットが当たって高揚した、当日までワクワクしながら準備して、いざコンサート人生で1番じゃないかってくらい幸せ時間を過ごして、次のツアーまで早く会いたくてソワソワして、CD雑誌やグッズに囲まれて、彼らの言動深読みしたりファン同士の様々な意見を目の当たりにして勝手に嬉しくなったり落ち込んだりした。

思春期大事な時期を彼らに寄り添ってもらった。それにどれだけ救われたか

彼らが誇りに思うファンでいたかたから、彼らが恥ずかしく思うような行動はしないと心に決めていた。彼らに会いに行く時胸を張って笑顔でいられるようにと、本気でそう思っていた。

彼らを好きになったからこそ(わたし勝手にだけども)辛い気持ちになったり嫌な思いをしたり、たくさんのことがあった。

でもそれをはるかに上回るくらいたくさん良いものも貰ってきたと思う。

少なくとも「好きにならなければ」なんて口が裂けても言いたくないくらいに。

ネガティブ感情ポジティブ感情も彼らからもらったものはやっぱり何も捨てたくない。

例え今まで、そしてこの先どんな嫌なことが起こったとしても。全ての感情含めて大事に歩んでいきたい。

そうは思うのだけど、しばらくは前向きにはなれそうにない。

わたしが1番熱心に彼らを応援していた時期から、もう何年も経っている。彼らが何か変わった訳ではなく、ただわたしが好きでい続けるのに疲れてしまったというだけだった。不安定な時期で、周囲の言葉に惑わされがちだったということもある。

あの頃から随分時が経って、休止という発表をもっと冷静に受け止められると思っていた。そんなことは一切なくて、彼らの決断を知った時からずっと大きく心が掻き乱されているし、気を抜くと涙が出てくる。

彼らの会見を見た。活動休止だというのに彼らは笑顔で、記者の粗野な質問には瞬時に強い意志切り返して、どこまでも誠実で、やっぱり彼らを好きになって良かったと会見を見ている間何度も思った。

からこそ、いやだつらいさみしいという言葉は間違っていないけどあの場に少々不釣り合いな気がしてしまって、口にできない。ある意味言わせてもらえないところが最高にずるいと思う。こんな誠実で大好きな彼らに、行かないでなんて言いたくないのだ。言いたいのに。事実彼らはどこにも行かない。嵐はずっと嵐でいつづけてくれる。そういう選択をしてくれた。今までくれた幸せ時間はなくならないし、休止なのだからいつかまたという夢も見せてくれる。それでも、さみしい。

彼らが5人揃って当たり前に活動している日常から、そうではない日常に移行する。その期限まで2年。2年経つまでにわたしたちは普通の顔をして、彼らが活動していない日常を生きていけるようにならなきゃいけない。そんなの全く自信がない。

現時点では、意外にすんなり受け入れられるのかもしれないという気持ちと、そんなの無理だよさみしいという気持ちが交互に押し寄せてくる。

会見を見て、彼らの誠実さに触れて、彼らの決断にどうしようもなく納得してしまった。こんな風に彼らが活動休止している日常に納得し、受け入れる日々が来るんだろう。

彼らは休止してもいつもわたしたちに寄り添ってくれるんだろう。だからこの気持ち喪失感じゃない。何も失ってはいいから。ただ深く深くさみしいのだ。

子供にも恥も外聞性別意識人格もある

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1313124

【注目】「女湯に来る男児エロい目で女を見る、男湯へ連れていって」和泉@izumionさんの漫画話題に - Togetter


大人になって自分の事を自分で選べるようになった今、「裸の付き合い」のような概念は好きではないし

たとえ同性でも裸を見たり見られたりするような場に身を置くのが好きじゃないか

温泉銭湯等の入浴施設には行かないので今の現状がどうかはよくわかってないけど

明確に思ってることがあっても大人にそんなはずない、と言われて自分の行動を選択できなかった子供の頃は

風呂プールに関することでイヤだなあと思う気持ち悶々と抱えながら幼稚園小学校と通っていたなあ…と思い出した

ちびまる子ちゃん」でもこういうエピソードがあったけれど、幼稚園で男女共にパンツ一丁、上半身裸でビニールプールに入ったり

そのシステムのまま海に行って見晴らしのいい浜辺で男児女児区別なく濡れたパンツ脱がされて新しいパンツに着替えさせられたり

その間ふざけた一部の子供に局部を見せられたり触られたり体型をからかわれたりなぜかそれをほほえましいと大人ニコニコ見守られたり

(そしてそれは基本的にどんなに成長しても相手にどんな意図があっても更新されることのないまま、でも相手の側ではいつのまにか

○○なんだから仕方ない、と許容されていて「見られてないよwお前が気にしすぎw」とスルーされることも多くて

スルーすることを求められたりもしていてだから今回のように他者の目に対して過剰に表現したくなる人の気持ちちょっとはわかります

女の人だけじゃなくて男の人もこういうすでに出来ている空気に馴染めなかったり嫌いで苦しんでる人はいるのではないかな、と思ってる)

通りがかりのよそのおじさんおばさんにすっぽんぽんだな!って笑われたり

同じような通りすがりの人たちにかわいいねえって言われて

ありがとうって言わなきゃ先生に怒られたり全部本当に意味がわからないと子供心に思っていた


小学校の時には5年生か4年生まではプールの着替えが男女別に分けられることもなく教室で行うことを当たり前とされていて

はいつでも本当に本当にそれが嫌で、でもそれを嫌ということが当たり前に受け止められる事の方が珍しくて

何で子供のくせに恥ずかしいなんてヘンなこと言うの、どうして楽しいのにプール入らないの、ヘンな子だね~って言われて

そんな大人の考え方を当たり前にとらえてる子供からもヘンだヘンだって言われたりしててホントプール学習が大嫌いだった

着替えの時、だんだん胸が大きくなってきてそれを指摘されてすごくからかわれたり触られたりしてる女の子とか

全裸になった男子に着替え中に隅に追い込まれて泣かされて学校に来なくなった女の子とか

女の子を見るのをすごく恥ずかしがって教卓に潜ってそれを男子にひどくからかわれて教卓ごと蹴られてる男子とか

太っていて二段腹になってることやおへそに特徴があることを男児女児からかわれて泣いてた男の子かいろんな子がいた

皆が皆好き好んで同じ部屋で着替えたり裸になったりしたいわけじゃないのは当然なのに、そこのところはスポイルされてて

そんな状況で恥や性別意識やそれについてのわかってもらえなさに苦しんでる子って決して女児だけではなく男児にもいたと思う

そういうことが嫌で大人に訴えたのに子供なんだからそんなことは気にしなくていいって教師に怒られてる子とか見て

すごく理不尽なんじゃないかと思いながらうまく言葉にもできず過ごしていた


からそんな子供だった時分のことを考えると大人の女性がどう感じるかよりその場に裸でいる女児気持ちとか

そろそろ恥ずかしいって気持ちとか解ってきて女湯に入ってる自分に耐えられなくなってる男の子気持ちとか考えると辛いなと思う

もちろん親側の色んな事情とかあってどうしてもそうしなければならないときがあるだろうしそこは否定したくないけど、

でも基本的大人というか今ある社会思春期の子供に男女の別どころか人格主体すら認めないで雑に扱っていて

そうしてやってきた運用方法のもの子供やかつて子供だった頃の辛さをこじらせてしま大人を苦しめるんだなと思う

からこの話の問題子供の性欲の有無とかではなくて、大人子供にある当然のものをないものとして、

自由に扱えると思って実際そのように扱ってる社会問題なのではないかと思った

それをどう変えていけばいいか改善していけばいいかってことはすごく難しくて考えていくしかないけど

子供もいつか必ず大人として、一人の人間として生活する個々のものなんだってことを考えながら

そこは大人一生懸命教えていかなきゃいけない部分なんじゃないかなあと思っている

子供の恥や外聞や性意識をないものとして扱い続けたらそう思い込んでしまうし、

それが大きくなってから無邪気に他人に対して適用されてしまうのはすごくまずい

でもこういう環境や考え方の下で育ってきたらそのまずさがよくわからなくて

それが今こういう形で侃々諤々様々な状況、様々な意見として可視化されて噴出する結果になってるんじゃないかな…って思った

あと公衆浴場温泉文化が古くから当たり前にあって集団で入浴することが「普通」なこの国では

まりにもこれまでの「普通」が行き渡りすぎていて改めてのルールマナーづくりに関して

必要ないと考えたりなあなあになっているような部分もちょっとあるのかなあ、とも思う

いずれにしても我々はそんなに自分たちで思っているほど成熟した社会で生きているわけではないなと感じるので

そこを忘れずに生きてくしかないのかなという気分になった話題だった


(あとこの理屈突き詰めると私が嫌だからプールも男女分けろってならない?と言う人がいるけど

プール場合水着が男女の別のない公用着だから入浴施設とは比較にならないと思う 

入浴着のある入浴施設となら比較できるかもしれないが)

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