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2018-10-15

死ぬしかないなと思う

 近しい親戚が、末期の肝硬変だ。

 治療拒否していて、余命は約二年。

 ただ、親戚は治療拒否していて、周りの説得で、最低限の投薬治療は続けているが、飲酒喫煙も辞める気は無い。

 つまり、最長二年だけど、もしかしたら今年中に、もしかしたら今月中に、亡くなるかもしれない。

 知ったのはつい最近で、とても元気で溌剌とした人で、まだ四十代になったばかりで。

 おかしいだろ、と思った。

 死ぬべきなのは、親戚の○○じゃなくて、私だろうと。

 いつも思う。

 周りで誰かが死にかけるといつも思う。

 もうこれはメンヘラ十年選手の染み付いた思考の歪みだ。

 母も体が弱い。大量の薬を毎日飲んでいる。

 「長生きは出来ないから」が口癖だ。

 今すぐ死ぬ病気はないけれど、家系的にもあまり長生き出来ないとずっと予感していて、事ある毎に伝えてくる。

 父は六十後半で、働き詰めの人だから、あと十年、二十年、と考えるだけで涙が出てくる。

 一親等の中で、恐らく私は「誰かの誕生を祝う」ことよりも、「誰かの旅立ちを見送る」方が多くて。

 なんせメンヘラなもんで、家族は何もかもを一番最後に私に伝えてくる。

 途中経過を伝えたり、問題が起きてすぐ報告すると、私が考え過ぎて体調を崩すから

 気遣いが有難いと思いながら、それよりも何よりも、一人だけ仲間はずれにされている思いの方が強かった。

 なんでメンヘラになったって、別に特別事情はない。

 ネットで大好きな人がいて、恩人だと思っていた人がいて、その人とは、掲示板で話すことも、感想メールを送ることも無く、気付けば死んでいた。

 親族の方からの報告を見て、絶望した。

 もっと早くこの人の事を知っていれば。

 もっと早くこの人に声をかけていれば。

 ネットだけの話だ。

 私は一方的にその人を知っていて、一方的にその人の書く文章の大ファンで、一方的に命を繋がれていた。

 初めて、その人に感想を伝えようと掲示板を開いた時だった。

 薬物多量摂取からの、事故死だった。

 まるで小説みたいだな、と思った。

 泣いて泣いて泣いて泣いて、その頃おかしくなった。

 眠れなくなって、鎮痛剤をたくさん飲むようになって、腕を切るようになって、ご飯を食べなくなって、それまでは曲がりなりにも「普通健康体」だったのが、壊れて行った。

 家から出なくなった。人と関わらなくなった。

 別に後悔はしていないし、あの時あの人の事を知らなければなんて思いもしない。

 自分性質を幼少期から遡ってみると、あの時喪失がなくても、いずれ何かしらの形でぶっ壊れてたのは間違いないのだ。

 それが少し早まっただけだった。

 未成年期の自分は本当に頭がおかしくて、厨二病メンヘラを同時に併発して、ネットだけでそれが発露するならまだしも、現実の体でも行うようになると問題だぞというのがよくわかった。

 高校生位の頃になると、周りの友人はみんなメンヘラだった。

 むしろメンヘラしか残らなかったと言っていい。

 みんな死にたくて、なんとか繋がり続けることでお互いの命を延命していた。

 そんな中で喪った友人もいた。

 彼女解離性同一性障害で、電話をしていても急に人格が変わり、話が終わってしまうこともあったし、メールをしている最中にいきなりよくわからない文章が送られてきて、なんだろうと思っていると、後日別人格が送っていたことが発覚したりした。

 そんな彼女が亡くなったのは、ほぼ医療ミスだった。

 肉体はひとつでも、彼女の中には命がたくさんあって、私は一人を喪ったのでは無く、彼女の持ちうる人格すべての数と同じだけの友人を喪ったのだ。

 遠方に住んでいたのでご葬儀には行けなかったが、法事に参加させて頂いた時、無力感が凄かった。

 それから特に親しい友人も作らず、飲み屋はっちゃける位の仲良しがいる程度。

 友達はいない。知り合いはたくさんいる。そんな状態だ。

 メンヘラなのでいつでも死にたいのだが、「死にたい」じゃなくて「死なねば」と思う時がある。

 「もう死ぬしかねえな」

 「これは死ぬしかねぇわ」

 「さて、いつにするかな」

 旅行行く予定を考える程度の軽さで私は死を考える。

 精神疾患人間は、死との距離がとても近くなる、という漫画Twitterで読んだことがあるけれど、本当にその通りだ。

 家族よりも恋人よりも、いつもいつでもそばにいる存在

 さて、父親仕事解雇されたらしい。

 一大事である

 私の給料は、家族を養えるほど多くはなく、私の体力は、Wワークをする程存在しない。

 メンヘラ人生の積み重ねは、私から基礎体力を奪って、いつでも赤ゲージだ。

 昼間の仕事調子よくなってきて、毎日残業だけど、少しずつ頑張ろうと思っていた矢先だ。

 久しぶりに、思った。

「さて、いつ死のうか」

 前に思った時は、首吊りを本当に序盤に失敗して、通っていた精神病院ヘルプを出して入院させて貰うことで延命措置を取った。

 何もかもから逃げるには、精神科閉鎖病棟はとてもいいのだ。

 ちなみに自傷が酷く、全てのストレス自傷で誤魔化す事で頭がマシだった人間なので、他の人が喫煙量に制限をかけられていた中、「煙草を吸えば自傷我慢出来るなら、幾らでも吸いなさい」と無制限だったので、一日三本の煙草を大切に吸う人の横で、ほとんどの時間喫煙所とベッドで過ごした。楽しかった。

 いつ死のうか。と思うことは、つまり、何か今大きなショックがあれば、私は死ぬという事だ。

 あれは怖い。

 頭が全く働かなくて、働いているのに、体のコントロールが効かなくて、黙々と紐を括りつけている自分を泣きながら見つめているのだ。

 あれは怖かった。

 今の仕事は昼間のバイトなので、どんなに仕事を頑張っても直ぐ様給料が上がるわけじゃない。

 Wワークをするには体調が悪すぎるし体力が無さすぎる。

 基本赤ゲージだから、少し無理をすると起き上がれなくなってすべてが崩壊する。

 貯蓄も特にない。私個人の話ではなくて家計的な意味で。

 比較絶望だ。

 色んな支援脳裏を過ぎるけれど、なんてったってマイナス思考人間の考えることなのですべてが「どうせ」に終結する。

 とりあえず落ち着く為に腕でも切るか、と思ったので、色々な在庫仕入れに行く前に落ち着こうと、だらだらとこれを書きながらエンドレス煙草を吸っている。

 虐待を受けていたわけでも無ければ、性暴力被害にあったことも、パワハラを受けた訳でもないし、家族には比較的恵まれている。

 ただ私が、この社会で生きる事に適応出来ないのだ。

 多分生まれ時代を間違えた。

 メンヘラはみんな思ってるだろうけど、情報過多で刺激に溢れた世の中は、メンヘラには毒なのだ。生きてるだけで戦場だ。

 色々、考えなきゃいけないことも、やらなきゃいけないことも沢山あるのはわかっているけれど、脳味噌が諦めてしまっていると、なんだかなぁという感じである

 とりあえず眠って起きて、冷静になったら誰かに相談しよう。

 

 指示やアドバイスではなく、共感が欲しい。

 共感して、一緒に悩んでくれて、もしくは、抱き締めてくれる何かが欲しい。

 落ち込んだ時は手触りのいい大きなものを抱き締めていると落ち着くよと、誰かに言いながら抱きしめる。

 

 昨日買ったアルパカぬいぐるみはよその家のにおいがする。

 私は明日、生きているだろうか。

 鬼滅の刃アニメ見たいから、あと一年くらいは生きてる予定なんだけども。

 人生わからんね。

2018-10-14

大嫌いだった父親が死んだ話

父が大嫌いだった。

子供の頃はそれが何なのかわからなかったけれど、今思えばモラハラというものだった。

家庭内では養われている人間発言権はないとされており、毎日父の気まぐれや日替わりの機嫌で振り回されていた。

モラハラ野郎は本当に家庭内自分より弱い奴には強く出て恫喝し、外面だけはいい。

今思えばただのイジメみたいなことが家庭内で起きていた。

無視される。昨日よいと言ったことが今日ダメと怒鳴られる。養ってもらっている癖にと言われて真っ当な主張も聞いてもらえない。大声で出来損ない、などと罵倒される。学校必要ものお金を出してもらえない。

俺はすごい、俺は仕事ができる、俺は稼いでいる。それに比べてお前は、お前は、お前は……、

子供自分には解決するすべはなかったし、誰も助けてくれなかった。母親も抑止にはならなかった。むしろ共依存のような感じで、父から離れられないようだった。

18になったらすぐ水商売をやって寮に入れてもらい家を出る、というのが子供の頃からの夢だった。ちなみに夢は叶った。私は立派なメンヘラになった。

それからもう10年以上。家から出て実家のことはすっぽりと忘れて暮らしていたらメンヘラ寛解したようだった。

水商売も上がって普通仕事に就いて何とか落ち着いて生活していたのに、今年突然父親が死んだって連絡があった。

義理葬式には行ったけど、知らないおじさんの蝋人形みたいなものが棺に寝ているだけで現実感がなかった。

最後の方は植物人間だったみたいだけど、母親一生懸命音楽聴かせたりして意識を取り戻させようとしていたらしいのは意外だった。

母はずっと不倫されていて、晩年は父は不倫相手のところに出て行ったと聞いていたのに。

そういえば不倫相手葬儀に来ていたのだろうか?仕事関係の人が仰々しく大勢で参列していたから分からなかった。父の外面のよさを思い出して反吐が出そうだった。

知らないおじさん。

死んでしまったけれど、家を出てから連絡も取っていなかったのだし、私の日常は何も変わらない。

筈なのに。

あーあ、若い頃は、父親を憎んでいて、一生苦しんで死ねと思っていたけれど。

いざ死んだら憎む対象がいなくなってしまった。

子供の頃の夢を見る。

優しい父親が出てくる夢。

目が覚めると、泣いている。

30代にまでなって、未だに知らないおじさんに本当は優しくしてほしかったと泣くほど切望しているなんて、認めたくないな。

2018-10-11

今年登った大人階段

1月 プロポーズ

5~6月 伯父が亡くなり相続手続きを少し手伝う(自分にも相続権があったので)

7月 父が熱中症で倒れる。入院手続きとか諸々の準備

9月 結婚相手の両親と顔合わせ(父のことは報告済み)

9月 入籍

10月 父が亡くなる。諸々の手続き葬儀喪主をやるとか。相続関連の手続き

大人階段を一気にうなぎ登りな感じだなぁと思っています

入籍はしたけど、このままだと挙式できないやん。。。

2018-10-10

[]若おかみは小学生!

若おかみは小学生!』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。またこ作品書籍漫画版アニメ版あるけれど、それらは横に置いといて映画の話します。

総評

これは120点っすな。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、「見れて大満足! もうちょいお布施したい」でした。

演出とは裏腹に内容的にはかなりヘビー(というのを見越して爽やかで明るい演出を用いていた)なので、児童文学原作でお子様向け痛快娯楽活劇とは言い切れないんですが、個人的にはクオリティさえ伴えば子供を思いテーマや悲しい作品でぶん殴ってもええやないか、いてもうたれ、子供ってのは子供なりに受け取るんだ派なので、クオリティでぶん殴ればいいと思いますふるぼっこドン

この映画に関してはTwitter児童労働がどうのこうのという話もちらりと耳にした程度で事前情報収集もなく見に行ったんですが、そういう物語じゃなかったですよ。

喪失を乗り越えるという話

じゃあ、どういう物語だったかといいますと、大きく2つの柱が絡み合うストーリーでした。それは大きなテーマで言えば「喪失を乗り越える」と「自分自身と居場所を見つける」という話。

初っ端から重いですが、主人公である女子小学生・関織子(通称おっこ)は、本作冒頭の交通事故において両親を失います。もうこの時点で軽い話になりようがないわけですよ。にも関わらず事故被害のシーンはグロカットされ、葬儀とそれに続くドタバタのシーンも描写はされず、おっこは新生活の場であるところの、祖母の営む温泉旅館「春の屋旅館」へと向かいますトランクひとつ持って別に落ち込むわけでもなく、ちょっと大変なだなあくらいの顔色で一人旅をして、到着し、新しい部屋(いままでのマンションとは違う昭和的な和室)を与えられ、転校して新しいクラスメイト挨拶をして、ひょんなことから家業である温泉旅館を手伝うことになります

若おかみは小学生!』って言うタイトルから当たり前ですが、こうして女子小学生おっこの若女将修行生活が始まるわけです。

「春の屋旅館」がある「花の湯温泉」は歴史のある温泉街で、古都然としたまちなみに浴衣姿の観光客が歩く割合賑やかで、カラフルな町です。この辺音楽美術演出あいまって、しみじみと明るく暖かく描かれていて雰囲気良いですね。美術レベルは高かったです。

でも、この明るく爽やかなあたりが(とうぜんそれは演出意図に沿ったものなんですが)、ある意味ホラーでもあるわけです。

小学生児童にとって、両親を失うというのは、最愛家族を失うということであるのみならず、加護者も生活基盤も導き手も失うということです。もう、それは世界崩壊かいレベルでの悲哀なわけですよ。

にも関わらずおっこはそこまでの苦しさを見せない。両親を思い出してちょっとうつむくことはあっても、笑うし、日常生活を送るし、新しい出会いにも前向きでいる。それはよく考えればとてもとても異常なことなわけです。

異常なおっこの新生活は、やはり物語後半に向けて徐々に破綻してゆきます。「両親がまだ生存していて自分と一緒に暮らしている」という幻想を何度もみてしまうおっこは、あるシーンにおいて事故の原因となった(もちろん別のですが)大型トラックを見て、事故フラッシュバックから過呼吸になってしまう。おっこは、両親の喪失という悲しみを乗り越えたわけではなくて、ただ単に今まで封印をして日常生活を演じていたに過ぎなかったわけです。

あらすじなんかにおいて本作は「主人公おっこの成長を描く」なんてサラリと書かれているわけですけれど、それは不誠実な欺瞞であって、おそらくおっこの身になってみれば、それは成長じゃなくて引きちぎられてバラバラにされてしまった自己の修復というサバイバルなわけです。失った何かから目を背けて、決定的な破綻をしないようにごまかしながら疾走するというのが、この物語の前半部分でした。

自分自身と居場所を見つけるという話

そういう意味で、おっこが若女将をやるというのは、児童労働とかそういうレイヤーの話ではないのです。両親を失って加護者も生活基盤も支えも失ってしまったおっこにとって「いまできるなにか」に必死に飛びついて自分を騙そうとしていたとも見ることができます祖母である旅館経営者(現女将)の後継者問題という、旅館側の都合があったにせよ、おっこが旅館雑務に飛び込んで笑顔で充実していく背景にはそれがあるはずです。

事実おっこの若女将雑誌に取り上げられて評判を呼ぶという広告的な価値はあったものの、従業員としてみたとき、お客さんに感情移入しすぎて夜闇の中に駆け出すなど(一般的社会人価値からすれば)行き過ぎな面もありました。

でもそれも仕方がないと思うのです。両親という生活基盤を失ったおっこは、同時に目指すべき将来の自分像も失っています。「将来こういう自分になったらいいな」です。その空隙を、目の前に提出された安易な「若女将」で埋めてしまったわけですから、その意味では、おっこの若女将労働としての若女将ではなく「若女将ごっこ」でもあって、つまりはある種の自分の居場所探しなわけです。

たとえおっこ自身がそれを言語化できるレベルで気づいてなかったとしても、まだ収入もなく住む場所自分では決められない小学性にとって、他にできることなんて事実ないじゃないですか。それはせめて居場所を獲得するという生存努力です。

おそらく祖母はそのおっこの悲痛に気がついていて、周囲が無責任に「若女将誕生!」とはしゃぐなかで、決して自分からは手伝え、継げとはいいませんでしたし、おっこの労働危惧してた素振りも見えました。経営者として「子供接客なんてさせられない!」と拒絶することもできたでしょうけれど、おっこから女将をとりあげて、じゃあ不安定彼女精神に何をしてあげられるかと言えば何もない。だから黙認しかないわけです。

だいたい「自分自身と居場所を見つけるという話」なんてもの現代社会において、大学卒業して就職して一年二年経った青年が、俺はどうやらこういう方面には我慢が効くがこういう方面は苦手だぞ、どうやらおれはこういう仕事とこういう人間関係の中でなら生きていけそうだ――みたいなのをやっとこさやるものなわけで。そんなものを、小学生が引きちぎられるような喪失を乗り越えるのと二正面作戦でやるのは無茶というものです。

そういう意味では、周囲の大人たちはもうちょいどうにかフォローしてやれなかったのかよ、とも感じるんですが、でも逆にそれこそ大人視点傲慢物言いであって、大人だろうが子供だろうがどんな人間でも自分自身の心の中の悲しみや未来とは、自分一人で向き合うしかないというのも一面の真実です。

おっこは画面上の軽やかさやおっちょこちょいさに隠されがちですが、実は誇り高い女の子です。特に自分が設定した自己目標に対しては愚直なまでに誠実です。だからこそ、宿泊客のために対立している真月に頭を下げて教えを請うこともします。その実直さが両親を失うという危地の中で彼女孤立してしまった原因だし、それが巡って彼女の味方を増やす原因でもあったのは素敵だったと思います

ふたつの話の交差点

おっこは「喪失を乗り越えること」から逃避して、目の前のロールである女将に飛びつき、そこで必死に働くことによって苦しかった過去ある意味塗りつぶそうとしたわけですが、その逃避が「自分自身と居場所を見つける」ことにつながってゆきます

幾つかの出会いがあって、目指すべき未来のヒント、ロールモデル出会います。たくさん登場人物がいるのですが特筆すべきなのは三人でしょう。

まずは旅館女将である祖母。登場シーンは少ないのですが、彼女個人人格職業倫理が融合してしまったあの佇まいは、今は亡き母経由もふくめておっこの誠実さの根っこのように思います職業倫理がついには人格化しちゃうって、昭和的な善人のあり方としてすごく共感できるんですけど、今の時代では流行らないのかもしれないと思ってちょっとロリしました。

二番目には、おっこの同級生、秋野真月(大旅館の跡取り娘、通称ピンフリ)でしょう。この娘は小学生女子なのですが、広い視野旅館業と湯の花温泉京の未来を見つめていて、顧客に対して誠実であろうという、幼いながらある種の達人系キャラです(傲慢物言いをする残念キャラでもあるのですが)。この娘と同年代として出会うことができた、ライバルとして対立したり和解したりできた、というのはおっこを取り巻く幸運の中でも格別のものでした。彼女との交友は、悲痛から逃げ出して飛びついた「若女将ごっこ」に、その内実の精神性を加えて「本当の若女将」へ進化させてくれたと思います

(余談&劇中では語られませんが、温泉郷に住まう子供の中でも誰よりも本気で町の未来について抱え込んでしまってる真月の孤独にとって、その孤独の闇に現れて、自分の高さまで登ってくれると約束してくれたおっこの存在は、想像すると涙がこぼれるものが有ります。真月からみてもおっこは救いであったと思うし、そうだと良いなあ)

三番目は宿泊客である占い師グローリー水領です。長い黒髪をたなびかせたこ宿泊客は、都心部事務所を構える凄腕の女占い師なのですが、私生活での失意から「春の屋旅館」で飲んだくれ生活をしています

抑制的な演出描写される彼女鬱屈をおっこはどうにかして励まそうと、浴衣を着たことのないという彼女着付けを手伝います浴衣経験のそんな彼女艶姿におっこが感嘆した感想が「格好いい!」でした。

ものすごくさり気ないシーンだったのですが、それはおっこが喪失していた「自立した憧れるべき大人の女性像」を見出した場面だったんじゃないでしょうか?

私生活で辛いことがあっても他者に当たらず、それどころか宿泊先の幼い従業員おっこに気を使っておどけてまで見せる。グローリー水領はおっこ視点では「素敵な大人のお姉さん」です。その素敵な年上のお姉さんに、「可愛い」でも「素敵」でも「綺麗」でもなく「格好いい!」と小さく叫んだおっこに、少し泣けました。お洒落で(←女子小学視点では重要です)、颯爽としてて、自立をしてて、視線を合わせて話してくれる。そんなお姉さんはおっこにとってどれほど輝いて見えたことでしょう。暗闇の中で我武者羅に迷走していた、それでも笑顔だけは守っていたおっこにとって、それは小さな灯火で「未来自分」「目指すべき形」です。

祖母の言う「誰も拒まない花の湯」、同級生真月のいう「客を癒やすレストスペース」、女占い師自分仕事を「他人を励ます仕事」だと評したこと。それらは全て本作テーマに重なるパラフレーズです。そしてそういう人々の輪の中に、自分も入っていける。癒やしたり癒やされたりしながら前へ進んでいくコミュニティの一員になる。「若女将」という「自分自身と居場所を見つける話」は、おっこにとっては生存努力であり逃避だったわけですが、それを誠実に、ごっこから実体にしていくのならば、結局逃げていた「両親の喪失という苦しみを越えていく」につながっていくのだ、という脚本はすごく良かったです。

別れ

ここまで触れてませんでしたけれど、おっこには霊感があるという設定で「春の屋旅館」にきてから騒々しい幽霊少年やおませな幽霊少女出会い、励まされています。両親が今でも生存していて日常は壊れていないという幻想に悩まされていた頃おっこを支えていたこ幽霊たちですが、物語終盤でおっこから見えなくなってしまうという形で別れが示唆されます

でもそれは、おっこが人間社会のなかで居場所確立した――七つまでは神のうちといういわばまだ神様たちの一員であり神楽の主役でもあったおっこたちが、社会の中で着地して、痛みも悲しみも乗り越えていく季節がやってきたのだというエピソードです(おそらく魔女の宅急便黒猫ジジが喋れなくなる、も同様の構造ですよね)。

見終わってから気づいたのですが、この作品幽霊や鬼たちは、幼いおっこが空想したイマジナリーフレンズだとしても物語が成立するように設計されています

おっこは自分の中の勇気かしこさと一緒に自分の悲しみと戦った。「春の屋旅館」はその舞台であり、若女将はおっこが戦うための姿だった。

すべてのフィクションファンタジーなので現実視点を持ち込みすぎるのは野暮というものなわけですが、今後おっこは中学入学卒業して、大学はともかく高校くらいは出るはずで、一人前になるまで十年近い時間があります。(このお話のおっこは絶対旅館業一筋だと思うのとは別に一般化するのならば)そのなかで、旅館から離れるかもしれない。現実に寄せて考えるならその可能性は高い。

でもそんなことはおっこの戦いとそこで得たものとは関係がないわけです。おっこは若女将というコスチューム身分を手に入れたわけではなく、戦いの中で手に入れた人間関係自分自身がある。将来どこでなにをしようと、おっこの手に入れたものが曇ることは二度とない。それがこの映画の中心であって、それは児童労働とかそういうのではなく、もっとパーソナルで尊いものだったと思います

ps.おう真月ちゃんパート書き足したで!

2018-10-06

anond:20181006215252

しつこいならリタゲだと思う。どこかのウェブサイトアマゾンとかの商品ページかな。ちなみにグーグルよりヤフーの方がターゲティングキモい祖母葬儀場の場所調べただけでその後延々と葬儀屋の広告が出てくる。

2018-09-26

また夫が会社クレカを私用で20万近く利用していた

夫は会社から経費支払用に、アメックスのコーポレートカードを作らされて所持している。

発達障害可能性があり浪費癖の酷い夫は、過去個人で持っていたクレジットカードを使いすぎた挙句、支払が毎月滞り、ついには支払を無視して督促状を送付された経験者だ。

そして、転職先の企業は全社員アメックスのコーポレートカードを作らなければいけなかったのだが、見事にブラックリストに載っていたせいでコーポレートカードが発行できなかった。

それから5年後、ようやくコーポレートカードが作れたのだが、それが悲劇の再開だった。

個人クレカを所持していない夫は、コーポレートカードを私用で使うようになった。

毎月送られてくる明細書は、経費で使った量よりも、私用がほとんどだった。

1日に何度もコンビニコーヒーチェーン店に出入りした証拠がズラリと並んでいる。

毎月の小遣いは所持しているが、計画的に使えないのだ。自分に激甘のクソ夫。

会社のバックオフィスからは、『法人カードである為に会社経費のみの利用になる事、税務から指導法人カード会社経費の立替のみの利用となる事、社内費用データ分析関係で経費以外の個人利用は控える事』というカード利用に関する注意事項が通達されている。

発達障害の夫はそれを無視し、自分の都合の良いようにしか捉えないので、「控えろと言われてるだけで禁止じゃない。」と言う始末。

私が注意すると「毎月60万稼いでるのに、20万分位遊んでもいいやろ!」と逆ギレを始めた。

我が家賃貸住まいで、まだ幼い子供が2人いる。内1人は大病を患っており、数年おきに手術と入院をしなければいけない。

夫は年収が高いが、どんぶり勘定で金を使いまくる為、貯金が底をつきる。

子供入院費も払えない可能性があるし、進学費も貯められない。

夫はバカから「俺はもっと稼ぎが増えるから、金使ってもいいんや!」と言い張る。

ちなみに夫の浪費のせいで、今年は夫の従姉妹結婚式家族全員呼ばれていたが、辞退。続けて亡くなった夫の叔父葬儀も、本来なら家族全員で参加すべき事だが、金が無いために夫1人で参加。見栄張り夫は「仕事で忙しくて参加できない」だの「子供体調不良で行けない」だの嘘を義実家に連絡していた。

私も働いているが、過去に私の金を夫に盗られた経験があるので、私の稼ぎや貯金絶対に出さないと決めている。

夫の発達障害は、自分に都合が悪い事を全て記憶改ざんされる。

私の金を盗んだ事実は無かった事にされ、逆ギレで怒鳴り散らされる。

そして、夫は会社の経費精算を全く出さない。発達障害なので、毎月経費精算を忘れるのだ。領収書もすぐどこかへ紛失する為、数ヶ月分の経費が自腹である

コーポレートカードで使った金額は、基本夫の口座から引かれる。経費精算をしたら、その分が夫の口座に返還される仕組みだ。

しかし、経費精算をしないので本来貯金に回すはずの預金がすべて消えていく。

もうこいつは一生治らないし、私も疲れた

発達障害特有の話が通じない症状が濃すぎて、話してると頭がおかしくなる。

夫は自分発達障害である事を認めない。

夫、しんでくれ。

2018-09-22

村八分ってさあ

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180922-00008576-bengocom-soci

相変わらず田舎は怖い怖い言ってるけど

都会だったら近所の人が葬儀に来ないのなんて当たり前だよな

2018-09-20

兄弟の嫁が嫌い過ぎて子供さえも憎い

四年前に祖母が突然亡くなった。

その時にたまたま立ち会ったのが従兄弟夫婦。普段飛行機で1時間以上の土地に住んでいるが、この時はたまたま結婚の報告をしに来ていた。

私も従兄弟とは別地方だが、飛行機で1時間場所に住んでいる。亡くなった報告を受けてすぐに実家へ行った。

空港で他地方に住む親の兄弟(従兄弟の父)と合流し、実家へ。実家に到着するなり、従兄弟の嫁(以下、嫁)がおじさんに抱きついた。

嫁「パパ〜!おばあちゃんが!」

嫁はおじさんの子供ではない。おじさんの息子の嫁である。実の父をパパ呼び・抱きつくことなんてしない私はポカーン。何、この女。おじさんとおばさんは困惑しながらも、看取ってくれてありがとうね、と言葉をかけていた。

そうだ、きっと目の前で人が亡くなったから気が動転しているんだ。

とりあえず私はそう言い聞かせることにした。

そして祖母遺体が安置されている葬儀場へ。おじさん→私→従兄弟の順で対面。最後に嫁。

嫁「おばあちゃん冷たくなってるぅー!」

ベタベタと顔を触りながら目をウルウルさせて叫ぶ嫁。何、この女。数年前にもう一人の祖母が亡くなった時、私は顔に触ることが出来なかった。それを思い出して、どうして、親しくもないお前がベタベタと顔を撫で回すのか。その時のクネクネした仕草あいまって祖母遺体ぶりっ子演出に使ったようにしか見えなかった。

それでもまだ、きっと目の前で人が亡くなったから気が動転しているんだと言い聞かせた。

その後一旦実家へ帰り、棺の中に入れる着物を母・おばさん・私で決めた。祖母の好きだった着物にした。それは着物好きな人だったら誰もが知ってる有名な産地のもので、祖母の宝物だった。

そんな話を部屋の外で聞いていた嫁は私の妹がいる前でこういった。

嫁「◯◯の着物燃やしちゃうもったいない〜。私ほしい!」

そして夕食の後、嫁は祖母箪笥を漁った。もうこの時は耐えられなかった。そして最後葬儀の後の食事の席で嫁は言った。

嫁「おばあちゃん、誰も来てくれないって言ってた。私と従兄弟ちゃんが行ったらすごく喜んでくれてー」

祖母はうちの実家から徒歩すぐのマンション一人暮らしをしていた。元々は田舎に住んでいたが、父がマンションを購入してそこに住まわせた。祖父祖母も父が面倒を見た。就職するまで私は実家を離れてそのマンションに住んでいた。妹は買い物や病院の送り迎えで車をだしたりしていた。どうして、お前がうちの家族の前でそんなことが言えるのか。

そんなことがあって嫁のことが嫌いになった。そして今、従兄弟と嫁の間には子供がいる。嫁が妊娠中につわりがひどいと知ればそのまま死ねばいいと思ったし、無事出産したと聞けば残念に思った。子供写真が送られてきたら、その不細工さに笑った。自分もびっくりするくらい、ひどいことを考えている自覚がある。

葬儀の日から嫁には会っていない。法事の度に嫁と子供が来るんじゃないかとドキドキしている。あの子供が寄ってきたとして、嘘でも可愛がる振りをするなんて出来そうもない。

2018-09-16

死と骨と

私が最初に「死」を知ったのは、たぶん3〜4歳のとき

家族長野県にある小林一茶記念館で、親から小林一茶は死んでいる」ことを聞かされた時だった。なぜかその時のわたし小林一茶に親しみを感じており、かの一茶が既に「死んでいる」ことに大きな衝撃を受けたのだ。死ぬことがどういうことかよくわかっていなかったと思うが、自分の興味・親しみの対象がこの世から無くなってしまうことがあるのだと理解した(幼い子供は、あらゆる意味においてものごとが未分化状態にある。死という自分対象を引き裂く現象は鮮烈だったのかもしれない)。

その後も、私にとって死との遭遇は特異なものであり続け、不思議と私の興味をそそった。

5歳くらいの頃、家族高原ドライブに行ったときに、死に出くわすことがあった。

車を運転していた父が「あそこに死にそうな牛がいる」と、突然言い出したのだ。

父は路肩に車を停め、数百メートル先の牧場の牛舎を指し、ほらあそこに倒れている、という。私はどこどこ、と後部座席から乗り出してその牛を探した。

結局私は父がどれを指しているのかわからなかったが、家族4人で数分間じっとその牛のいる方向を見つめていたときわたしは何か畏れ多いものに触れるような感覚を覚えていた。

ドライブの帰り道も、帰宅した後も、あの牛はどうなってしまったんだろう、なんで死んでしまうんだろう、と想いを馳せていた。生き物の死に、ぼんやりとした悲しさと寂しさを感じていた。

また、こんなこともあった。小学校低学年の頃だったか実家敷地には昔、古い木造倉庫があった。祖父が細々と農業をしていたため、中には農耕具が雑然と積まれホコリとタールのにおいがしていた。その倉庫家族で片付けたときに、中に積まれていた段ボールの中で野良猫が息絶えていたのを、父親発見したのである

私は猫好きだったこともあり、死骸を見てしまたことにショックを受けた。と同時に、私は生き物の死に対してかすかな好奇心が湧き立っていたことに気づいていた。

当時の私は化石好きで、そこから派生してどういうわけか生き物の「骨」に異常な興味を持つようになっていた。道端に転がっていた骨らしきものを家に持ち帰り、これはなんの骨だと父に詰め寄ったこともあった。家の庭の土を掘っては、何か骨が出てこないかしたこともあった。

父達が猫の死骸を見つけ、枯れ木と共に段ボールごと燃やすという話を聞いたとき、実を言うと私は燃やした後の猫の亡骸がどうなるか知りたいという強い気持ちに駆られていた。もっと言えば、あの猫の「骨」がどうしても見たくなった。

時間後私はこっそり家を抜け出し、ことの始末を見に行った。枝で白い灰を探ると、何本も細い骨が出てきた。私はそのうちの1本を取り出し、家に持ち帰った。

骨は思った異常に軽く、脆く、青白かった。

自分の期待していた骨はこんなんじゃない、という落胆と、こんな形で容易く骨を手に入れてしまった自分に、ひどく失望した。それに耐えきれなくなった私は、結局その骨を元の場所に戻した。

それ以来、骨の蒐集への熱はパタリと止んだ。


しかし、骨は呪いのように私につきまとっていたようだ。

小学校高学年のとき、あるきっかけで小学生が書いた文集を読むことがあった。その中には身近な人を亡くした子どもたちの体験記が綴られていた。自分と同年代の子供が自分祖父母や親の死に直面し、火葬に立ち会う場面が幾度となく描写されており、当時の私に大きな衝撃を与えた。自分と歳も変わらないのに、そんな究極な場面に遭遇する子どもがいるのかと。

見事に骨への興味が再燃した私は、その頃普及しつつあったインターネットで、火葬場の仕組みや火葬場の写真検索した。調べれば調べるほど、人間の骨をこの目で見たくなった。

ちょうどその時期に父親が突然亡くなり、火葬の場面に立ち会うことになるとは、本当に皮肉なことだった。

40歳前半で死んだ父の骨は痛々しいほどそのままの形をとどめていた。金属の焼けたような鋭い匂いは、大人になった今でもあの記憶と共にかすかに鼻腔に甦ることがある。その場面は、11歳の私にとってあまり凄惨光景であった。頭蓋骨の2つの眼窩ポッカリ空いているの見た私は、もういい、許して、と心の中で叫び、浅はかな興味を持った自分を呪った。



あれから15年以上経った。今、比較的人の死に身近な仕事をしており(葬儀関係者ではない)、時には身寄りのない人の遺骨を扱うことも少なくない。

この前、つい好奇心に駆られ、事務所で保管している骨壷の蓋を開け、こっそりその中身を見てしまった。

やっぱり自分は変わらないな、と苦笑するしかなかった。

こわい、でも、みたいしりたい。自分の中で死と骨は密接に絡み合い、私を捉えて離さない。

2018-09-13

いつになったらこどもできるかな

母が亡くなってから1か月が経った。

夏コミサークル参加ホテルに前泊してる、その日の深夜に「母が亡くなりました」と父からLINEが入っていたので、起きて身支度をして、人の流れに逆らいながら国際展示場駅を後にした。

結婚して3年が経った。

子どもが欲しいと思ってから2年4カ月、不妊治療をし出してから1年4カ月。今日また生理が来た。腹が痛い。

母がガンになったのは4年前のGWだった。

母のために孫の顔を見せたいと思ったが、最後までかなわなかった。

不妊外来先生に、母のガンがいよいよ末期であと3か月しか持たないかもしれない。高額でも問題いから、確率が一番高い方法を取りたい。体外受精がしたい。と言ってみたけれど、「年齢的にもまだ今はやる時期ではない」といわれて子宮内体内受精しかしていない。

母の主治医最後に予告していたとおり、母はちょうど3か月で逝ってしまった。

亡くなる10日前まで、自分トイレに行けたし、話もできたし、奇跡的な元気さだった。最後最後まで「何言ってんの、治すに決まってるでしょ」と完治を疑わず、「最期に言いたいことは、伝えたいことは」みたいな雰囲気にはできなかった。どう見たって治らないということが分かったところで、「信ずれば治る」と、信じて疑わない本人に「絶対治らない」とは言えなかった。でも無理やりにでも、生きてるうちに「あなたの子供に生まれることができてよかった、素晴らしいお母さんだった、あなた子育てをしたかった」とか、直接伝えられたらよかったのかなあ。

物心ついてから親族が亡くなるのは初めてだったので、人が亡くなった後の流れをよくわかっていなかった。

実際は、病院でお風呂に入れてもらい、服を私服に着替えさせてもらい、葬儀場に運ばれ、エンゼルケアをしてもらって、棺に入れてもらったみたいだった。

自分がいない間に葬儀場の予約から式次第から至るものが準備されていて、香典返しには母の名前印刷されているし、遺影だって古い写真を取り込んでトリミングしてぼかしていい感じに作ってくれていたし、お花もたくさん飾られていて、この業界スピード感があるなあとか、親族多くてありがたいなあとか思った。

亡くなってから再開した母は顔がふっくらしており、スターみたいなヘアスタイルと、普段とは全然違う化粧をしていて、なんだか別人みたいになっちゃったなと思った。

親戚がおおいうえにみんな近くに住んでいて仲が良いので、告別式だというのに結婚式かと思うような設置をいとこたちがしてくれた。当日来た方がメッセージカードカラーペンコメントを書き入れて、模造紙に貼り付けられるようにしてくれたし、旅行写真を飾り付けたり、色紙を持ってきて寄せ書きを作ったりしてくれた。

通夜から葬儀まで一夜あったというのに、こちときたら手紙の1枚もこさえることをしなくて、葬儀場の遺族控室は大きな民宿みたいだなとかのんきなことを思いながら過ごしてしまっていて、反省した。

通夜葬式で450人くらいの来場者数があった。葬儀場に入りきらない人数で、改めてすごい主婦だなあと思った。自分葬式にはどれほどの人が来てくれるんだろうな。

葬儀が終わって、香典のまとめやお返しも終わって、納骨はまだだけど実家にいる理由もなくなったので、実家からは遠い自分の家に帰ってきて3週間くらい経った。

1か月前の今頃はこういうことをしていたなと思うと、夜泣けて寝付けなくなってしまうことが増えた。こういうのは直後より、少し時間を置いた方が来るものがあるんだな。

母が亡くなった直後というのは、覚悟があったからかもしれないけどあんまり絶望みたいなのはなくて、悲しいけど失意のどん底っていう感じでも無い状態だったから、葬式の翌々日は普通に仕事をしてしまった。その後はなんだかんだしばらく休みをもらったけど家族も同じように割と元気で、淡白かなあと思ったけど、どうだろう。

しばらく帰省していた間におばあさんと朝ドラ見ていたので、今でもお昼に見ている。

そしたら主人公の母もガンになっちまった。は~~~よくある話ですわなほんま

それで寝付けない日が増えてきたなというとき生理ですよ。

は~~、な~~にが「治療やめたら案外すんなりできることもあるしね」じゃ

母が亡くなったから転生してくるみたいなオカルトにもちょっと期待したけどそんなことはなかったわ。

朝ごはん食べてなかったから昼にご飯作ったけど、口に飯を入れたら味覚からいろんな感覚が刺激されて泣けて泣けてのどが絞まってものが飲み込めねえ。

は~~~せめて早くこどもできねえかな~~~~~~

なんて仕事さぼって文章殴り書きしてたらだいぶ気持ちが落ち着いてきた。

チラシの裏です。

2018-09-01

猫死んじゃった

この場があるのを感謝して、書きなぐらせてもらう。

仕事から帰ったら部屋の片隅で硬くなってた。

最近便秘で入退院繰り返してたけど、便秘気味なのは前々からから深刻になってなかった。

しろ食欲もちゃんとあって、うんちもきちんと出たからほっとしていた矢先だった。

最近、土日も仕事が多くて、振替休日も私が暑さでダレきってて、一緒にぼーっと寝てるだけだったから、

明日からは久々にゆっくりできるからブラッシングしたりシーツ洗ったりして

ちゃんスキンシップとりながらゆったりいちゃいちゃ(表現キモくてごめん)しようと思ってた。

から今日の朝にシャワー浴びてるときに構え声(誤字にあらず)で鳴いてても

「あー、もう明日ゆっくり付き合うから」って邪険に扱ってて、出かけるとき

「行ってくるね」くらいしか言わなかった。遅刻しかけてバタバタしてたかちゃんと振り返りもしなかった。

いつもはもう少し丁寧に「行ってきます留守番よろしく」くらいは言ってたのに。

で、今日も遅くなってしまって、帰ってきたらいつもの通りに「帰るの遅っ」って鳴きながら出てくるはずなのに

出てこなくて、嫌な予感で部屋に入ったら、冒頭の通りだった。

かかりつけの病院が夜中も対応してくれて、取り乱して電話したけど、「とにかくすぐに連れてきなさい」って言ってくれて

キャリーに入れようとしたら硬くなってるから入れられなくて、隠れ家用においてた段ボールで運んでいった。

便秘も良くなってたし、毛づやも悪くないかたから、突然の心不全じゃないかって話だった。

慰めで言ってくれたかもしれないけど、どの時間に私が帰っててもどうしててもどうしようもなかったんじゃないかって。

健康若い猫でもたまに見られる話だって

里親ボランティアさんから我が家に来たのがちょうど10年前。

その時に推定3~4歳って言われたから、今は13~14歳しか猫エイズキャリアだったか

発症または老化での介護問題を今後いろいろ考えとかないとなあ、とは漠然と考えていた。

でも、こんないきなりのお別れは全くゼロだった。

とにかく、獣医さんで処置してもらってドライアイスもらって、家帰って

病院に連れて行くときに使った箱に入れたまま、通夜

よく見たら箱はキャットフードまとめ買いした時の箱だった。もう嫌だ。

この気候もあるから明日には火葬しないといけない。ペット葬儀会社の見当をつけた。

で、誰かに吐き出したいんだけど、友人とカニ夜中に電話するのは迷惑だし、メール送るのもなんか違うし

ここに吐き出させてもらう。

猫、ごめん。一匹で逝かせてごめん。ズボラな飼い主でごめん。

なんだよ、やっと振替休日取って三連休決めたらこれかよ。

そういえば体調崩すのも給料日直後とかボーナス直後とか変な空気読むやつだった。

私が親知らず腫らして寝込んだときは、腫れたほほにそっと肉球を添えてくれた。

合成肉が嫌いで、ウェットフードの時は見事にそれだけ残してた。

ブーツから脱ぎたての足の臭い大好きで、冬場は帰宅の都度私の足にしがみついてうっとりしてた。

カメラ嫌いで写真撮ると大体怖い顔だった。寝顔撮りまくりできるのが今っての何これ。嫌だ。

愛しさと申し訳なさとでもうぐちゃぐちゃだ。



追記2018年9月2日

コメントくださったみなさま、経験談やお悔やみや励ましの言葉ありがとうございました。

エントリでその後とお礼を書きました。

「猫死んじゃった」のあとのこれから。(お礼とかコメント返し的な)

2018-08-17

二次元キャラとの結婚にも同意必要

必要に決まってんだろ。二次元キャラ舐めてんのか。同意なく結婚したらそれは二次創作だ。一次創作二次創作の線引きはしなくてはいけない。実在しない人物同意だなんて現実区別がついていない? 馬鹿言ってんじゃねえよそれを言うなら挙式する時点で区別ついてないだろ同レベルの話をしろレベルの。現実結婚式を挙げると言うから同意を得ろと言っている。モニタの前で俺の嫁と言うだけなら同意はいらない。

葬儀については、遺言状による指定が書いていない限り、公式で死んだ後なら好きにやってよい。

2018-08-10

anond:20180810083026

ペット葬儀する必要がないなら、市役所相談だ。

道路で轢かれた猫の死体と同じように扱ってくれる。

2018-08-02

anond:20180802091519

銀行口座名義人が死亡すると

銀行口座相続が成立するまで凍結されますよ。

入院代、ベッド代、手術代、葬儀費用とかまとまったお金おろしておいたほうが良いです。

2018-08-01

同級生が亡くなった

中学同級生が亡くなった。

事故だった。

特別親しい訳ではないし、最後に会ったのはみんなで集まる成人式の時の同窓会くらい。

毎日会ったり定期的に連絡してた訳じゃないからなんとなくここにいて働いててみたいなことを成人式で知ってたまに中学同級生って何してるっけ?って時に思い出すくらい。

全然実感わかなくて、棺の中の顔を見て寝てるだけだって思った。

授業中に大胆に寝てた寝顔と同じだった。

なんの実感もなく日常生活に戻ってしまった訳だけど、葬儀に行ったら自分は泣いちゃうんだろうなと思ってたけど泣かなかった。

もちろん悲しかったけど胸を張って仲がいいって言える関係じゃなかったから、ここで泣いたら偽善なのかなとか思って泣かなかった。

また実家に帰ってアルバムとか日記とか見たら色々思い出すんだろうけど。

告別式手紙を書く?みたいな紙が用意されてたんだけど書けなかったからとりあえずここに書いておく。

中学の時はやんちゃいじられキャラで、でも意外にも字がきれいで。

字だけはきれいだよねーって言ったの覚えてる。

お菓子禁止されてた中学で大胆にもお菓子を食べていじられキャラだったかかいつも見つかって怒られてたね、自分の好きな部活のことはすごい饒舌に話してたね。

いつかみんなで遊んでた夜にいきなり家にきてすごいびっくりしたけどらしいなぁって思って笑ったなぁ。

私が関わってたのは実質三年だけだけれど1クラスメイトとしてこれからはたくさん思い出すことになると思うなぁ。

お疲れ様って言葉をかけるにはまだまだ早いから言わないけどいつかめっちゃ若い君と年老いたみんなで同窓会しようね!

だいぶ待たせちゃうけど待っててね!

2018-07-20

姉貴がクソ!

実親が倒れて入院したとき、姉貴はずっと部活してた

見舞いに一度も行かなかった

家事自分が怒るまで何もしなかった

姉貴はクソ!

めちゃくちゃ世話になった祖母が倒れたとき、親が連絡くれたのにまともに返事すらしなかった

見舞いも全然

一ヶ月後くらいに親がチクリと言えば同棲してる彼氏に話してないから行く予定を立てづらいだと

バカじゃねーーーーの?

とうとうそ祖母が亡くなってしまったとき

午前に納棺式って連絡したのに行くの午後からでいい?とぬかす

これには親も怒った

ていうか亡くなったその日に駆けつけろよ

彼氏通夜葬式もこないって

もう姉貴もアラサーだし結婚考えてる彼氏だと思ったのに、理由もなしに祖母葬儀に音沙汰無いっていうのは考えられないと、親は姉貴に怒ったよ

それについて姉貴何にも言わないんだよ

からよく聞けば姉貴彼氏結婚式に行ってると

ちゃん理由あるじゃねーか!

なんで彼氏の株下げるようなことするんだろう?

結婚考えてないの?なさそう

アレが本当に姉なの?自分より年上なの?自分より社会人やってんの?自分と同じ血が流れてるの?

ほんと恥ずかしい

いい加減にしてほしい

2018-07-17

anond:20180717101659

でも、実際、葬式なんてかなり金の無駄じゃない?

たいして信仰もしてない坊さんにお布施する意味ホントあんの?

祭壇に大きな花を飾るといいことあんの?

死者との別れの儀式を行うこと自体は、無駄じゃないと思うけれど、

それを食い物にする葬儀業者いるから金の無駄になりさがったんじゃないか

2018-07-16

会社の人が急死する→友達と遊び行く予定を中止せざるを得なくなる

事情説明しても「はぁ……お前もういいわ」と本気で引かれて呆れられる

→どうしても葬儀に行かなきゃいけないサラリーマン事情説明しても「はいはい、好きにすれば?」みたいに突き放される

俺はどうすりゃよかったんだ?

正直、この事情不貞腐れたようなリアクションで見離されるのは納得できない。

先に約束したのは友達のほうの予定だけど、同じ支社の人の葬式海水浴なら例外なく前者優先になるだろう。

2018-07-13

anond:20180713091202

四十九日に納骨ではないんだね。

通夜葬儀四十九日、1周忌、とかは必須だけど

家族が遠くに住んでることも多い時代だし、

祖母の納骨に孫が出席は必須ではないかと。

彼が聞いたのが地元の人ばかりかもしれないし。

2018-07-12

うみねこのなく頃に、に関して。ネタバレ注意

どうでもいいことです。

うみねこのなく頃に、に関して。ネタバレ注意。

最近(ここ3年~今日)ぼやぼやと思っていることを勢いで何の構成も考えずに垂れ流すだけです。痛い自分語りです。私がすっきりしたいがためだけに投稿します。

本当に何も考えずに書いているので、文章矛盾ありまくりだし何がいいたいのかわからないと思うけれど、とにかく発散したいので書いてます

作者の過去発言ひぐらしの時のアレコレについても書いていますが、記憶改ざんされているものもあるかもしれません。

最近ソシャゲ(竜騎士07尊敬する作者の別作品派生ゲーム)でイベント?で探偵モノ?があったらしくノックス繋がりでうみねこの話をする人がTwitterで多かったですね。

一過性のモノとはいえ、一うみねこファンとして陰ながら嬉しかったです。

それもあったり、うみねこ漫画版EP8がだいぶ加筆修正が加えられていて、電子書籍版普及によりうみねこ評価の動きが盛んでとてもありがたかったです。

修正というとまた表現が違うかもしれませんが、個人的に縁寿が真実の書を読んだ後の黄金郷での右代宮家一族の罪の懺悔ベアトと戦人からの縁寿へのエールのシーンは絶対漫画版の方が良かったと思います

うみねこ原作が完結してから、まぁ色々ありました。うみねこ原作完結時、私は中学生でした。

うみねこに嵌った理由は、小学生の時ひぐらしに嵌ったその流れからでした。

確かep4あたりですかね。

当時は07thexpansionに公式掲示板があり、ひぐらしうみねこファンアートを見るのが楽しくて楽しくて仕方が無かったです。

アニメ化するにあたって色々騒がれている中で、googleで「うみねこのなく頃に」と検索してでてきた、当時うみねこ関連のまとめブログさくたろう速報」というモノを見て

初めてしっかり2chというものに触れました。

メディアミックスの一つとしてアニメ化にあたって声優が嘘みたいに豪華だったり、グロシーンがモザイクだらけだったり、楼座のシーツの下着が蝶だったり、間がなく内容を詰め込みまくったりと賛否両論ありつつも

2chに私は書き込んだりはしていませんでしたが、「沢山の人がうみねこを見ていろんなことを思ってるんだなー」と見ているだけで楽しかったです。

アニメ化する頃はちょうどEP5発売と被っていて異様な盛り上がりだったのを覚えています。もう9年も経つんですね。恐ろしいことです。

当時は(言い訳ですが)11歳くらいだったので推理などは全くしていませんでしたので、2chまとめサイト公式掲示板でも、ep6より前の他の方の推理特に覚えていませんね…。

当時は完全にキャラクター物語の流れが好きでうみねこを見ていたので、鮮明に残っている記憶

量産型さくたろう(ヴィイイイイン)やら楼座無双やらコラ画像やらオリスクなど、推理にはほぼ関係ないネタのものばかりです。

自力でまともに推理をしたのはep5で戦人が共犯なんじゃないか、とep4は戦人以外狂言なのか、と碑文の謎を途中までくらいです。

ep5でベルンが「これから碑文の謎を解いちゃうから」と言い出したところで原作プレイを止めて、必至に1週間かけて?哩岸駅まで自力で辿りついて、後は全く分からなくて原作プレイを再開したら答えをぼかされて半ギレした記憶があります

まぁ楽しいばかりではなく、火種がぽろぽろでてたのに幼いながら気づき始めましたよ。ep5あたりからは。

ノックス出すのかよ。じゃあひぐらしはなんだったんだよ」的な声。大いに分かります。私も思ってました。今でもちょっと思ってる。

あとep6で紗音・嘉音・ベアトが1人の人間身体中の人格だとわかって、cp厨が大打撃を受けていたのも覚えています

当時その話題を出そうものならジェシカノ好きの人(今で言うところの過激派)が暴れていましたね。

私は今でもシャノカノベアト同一人物は、最強のcp破壊設定だと思っています。(ネタ半分、本気半分)

私の憶測ですけど、うみねこの当時のファンひぐらし既読者が90%を超えてたと思うんですよ。

信者の贔屓目ですけど当時のひぐらしの人気っぷりはそこそこに凄かったですし。

ひぐらしプレイしたことがあるからこそ、うみねこの完結の仕方に納得がいかずにアンチ化した人が多かったのかなーと漠然と思います

ひぐらし犯人側の犯行前・動機最中・後の人生思考をしっかり描いていたからこそ

ひぐらしミステリーとして解いていた人々には「目明し編までは良作。後はオカルト商売文句詐欺」と批判されていたり

個々のトリック推理をしないで、キャラクターの成長や物語を楽しんでいた層からは「ひぐらしグロいだけじゃない!感動する!泣ける!」

エンターテイメントとして評価されていたんですよ。

ひぐらし犯人動機や個々のトリックネタ晴らしを本編で描かれたからこそ、うみねこでもそうだろうと期待した人は多かったと思います

でも実は、ひぐらしの時に既に竜騎士は過剰なネタ晴らしをしたくない風なことを言っていたんですよね。

適当な意訳をすると、「今までの物語を読んで咀嚼して自分なりの解釈をしてきた人に、質問されて答えを返すキャッチボールをしたい」

「親切に描きすぎると、推理をしてきた人にとっては冗長になりすぎる」とか、ひぐらしが完結する前から言っていたんですよ。

正しくは製作日記に書かれていたことなので、元の文章を読みたい人は自分で探して読んでください。

でもおそらくこの辺りのさじ加減は、当時ご存命だったBTが相当サポートしたんじゃないかなーと思ってます

竜騎士もおそらく当時は、ひぐらしもあそこまでネタ晴らしや祭囃子編のカケラムギもする予定が無かったんじゃないかと思うんですよ。

当時からよーーくインタビューで言っていたのが、「ひぐらしファン同士がお互いの推理提示して討論してほしい。コミュニケーションツールとして使ってほしい」

ということを言っていたんですよ。

まあ皆殺し編だか祭囃子編だかのスタッフルームで「答えがないなぞなぞなぞなぞじゃない」的なこと言っていましたし。

ある程度の答えは出す予定でもあそこまで包み隠さず出す予定はなかったと推測しますよ。

罪滅ぼし編でボロカスに叩かれまくったこともあって、批判を恐れて完全なネタ晴らしをした可能性もあるかもしれませんがね。

デビュー作で叩かれすぎて怯えた部分はあると思います

それで、ひぐらしの期待を背負ったままうみねこが始まるんですね。

うみねこは傑作だと思います

特に推理における赤字・青字システムという発想は、それだけで竜騎士天才だと思いました。

作品テーマ基本的に一貫していますしね。

個人的に当時のファン状態として一番疑問なことは、

何故EP8まで残っていた人が、「犯人動機書かねーのかよ!!1986年10月4日5日に本当は何があったんだよ!!」的な反発をしたことです。

犯人動機はEP7で幻想装飾されながらもされていましたよね。

あのシーンでクレルが「ここまで語って分からないのならば、もう私の心は理解できないでしょう」的なことを言っていたんですよ。

これって、普通に読み取ると「あ…竜騎士はもうこれ以上動機について細かく書く気がないんだな…」と気づきますよね?

犯人動機が書かれなかった云々について怒ってた人はEP7の時にキレて離れるのが道理なんですよ。(犯人動機自体が不満な人は、全然いいと思います価値観はひとそれぞれです)

なんでEP8まで残っちゃったんですか。まぁそれだけ竜騎士を信じていたってことなんでしょうけど、作品は別れ際が大事なんですよ。

あっウィルふわふわEP1~4トリック解説は、個人的にいい塩梅な誤魔化し方だと思いますが、ムカついた人の気持ちもとても分かります。私は当時PC画面を見ながら( ゚д゚)としてました。

1986年10月4日5日になにがあったのかをハッキリさせろと怒っていた人は、本当に読解力がないのかなと思います

全てを受け入れると悟っていた縁寿が、泣き叫んで真実を認めようとしないということは、EP7お茶会の霧江ヒドスが真相だったんだと普通に気づくでしょう。

なのに、1986年10月4日5日になにがあったのか本当に分からないと言ってた人はもう意味が分かりません。

これだけEP8でアンチ化した人を批判してますけど、いっても私も当時しばらくはもやもやしてました。

オチには感動したし、キャラクター演出物語も好きだけれど、なんでここまで作者は真相を隠したがるんだろうともやもやしてました。

EP8のコミカライズで初めて自分なりに納得できました。

EP7はベアト葬儀なので、ベアトに最大限配慮しつつ推理してきた読者(私たち)に解答を教えるなんだと思ってます

からクレルは、安田紗代としてのみすぼらしい自分幻想装飾して優しい解釈に捻じ曲げて語るし、

クレルが語りたくない黄金発見1986年10月4日までの心情は無理には語られないんですね。

あとメタ的には、竜騎士推理を真面目にする人にだけ分かるように伝えたかったんでしょう。

EP8がなぜあれほどご都合主義なのかは、EP8は現実世界私たち読者に向けた物語ではなく、作中の登場人物である縁寿に向けてのエール物語からなんですね。

から私たち読者が納得できないまま終わるのはしょうがないんですよ。戦人がゲームマスターとなって縁寿のために向けて作った物語なんですから

【読者置いてけぼり】っていうのは文字通りこのことなんだと思います

まぁだからといって、うみねこはこういうテーマなんだからしかたがない!!読解力がない人が悪いとは、この部分においては思いません。

宣伝文句や作中でも、推理しろ思考停止は山羊野郎!愛がない推理知的強姦者!とかいいつつ

答えを誤魔化すのは実際どうかと思います。いや…そこはハッキリさせろよ…と思います。よっぽどの信者でない限りは。

でもうみねこテーマとしてはそこを確定させないことが軸というかなんというか…って感じなんですよ。

竜騎士は読者に向けたエンターテイメントよりも、うみねこ作品としてのテーマを優先させたんですね。

私はこのもやもやが晴れただけでも、本当にEP8のコミカライズを読めてよかったです。

私も、コミカライズ夏海ケイによって分かり易く表現してもらえなかったら、もやもやしたままでした。

竜騎士だってひぐらしであれだけ批判されたんだから、EP8が批判されることは予想していたと思いますよ。

でも、そこでうみねこのなく頃にという作品最後までテーマの軸をブレさせずに終わらせた、その竜騎士の心は作家としては本当尊敬します。

まぁその後の彼岸花と我らの告白抱き合わせ商法とか、インタビューでの竜騎士の受け答えの拙さ、インタビューでの発言が悪意ある解釈でゆがめられて広がったのが、余計にファンアンチ化を加速させたんでしょうね。

あと、単純にミステリー小説半年連載するという形式常軌を逸しすぎてますよね。

私含め、よく4年半も付き合えられますよ。

はーあ。コミカライズがしっかり完結して本当よかったですよ。

EP8で2chの本スレ地獄になっていた当時、中二の私は本気で「展開編のコミカライズ打ち切られるんじゃ…!!」と涙目で恐怖してましたからね。

それがEP7ではウィル推理斬りの詳しい解説付き、EP8では単行本ほぼ一冊分オリジナル展開を付け加えられて、全50巻の完璧エンターテイメント向けの作品として昇華された…。

本当にいろんな意味で愛された作品だと思います

パチスロ冗談みたいに豪華ですしね。もうパチスロがあるからアニメ化はいいと思います

コミカライズがあれだけ完璧に補完されたんですから、あれ以上のものはもうできないでしょう。

うみねこはよくできた物語だと本当に思ってます

私が中学生高校生という思春期に一番嵌った作品です。

うみねこ以上に好きになる、嵌るジャンルはこれから生きていく上で出会うと思います

しかし、良くも悪くもこれほど私の情操に影響を与えて心に残る作品はないと思います

EP8後の2chスレ中学生リアルタイムで追っていたので、メンタルは相当鍛えられましたし(笑)当時の恐怖を簡単に超える荒れスレには滅多に出会えませんよ。

支離滅裂だったり勢いのまま適当に思ったことを書いてすっきりしました。ここまで読んだ名も知らない方、私の自己満に付き合ってくれてありがとうございます

うみねこのなく頃に、いろんな意味実験作であり、傑作です。

ぜひ今からでもたくさんの人に触れてほしい作品です。

それでは、シーユーアゲインハバナイスデイ。

2018-07-11

anond:20180711105955

うん、集合しての葬儀無駄だよな。

税務署とかから相続書類一式送って終わりでいいや

あと、墓地無駄

場所無駄、石の無駄、カネの無駄

2018-07-07

anond:20180707013810

親と同じお墓には入れないって言ってた

自分たちの共同墓地に入るんだって

知り合いの宗派が違ったら葬儀に行けないとも言ってた

でも自分たち葬儀には誰が来てもいいんだって

ライト出家なんだろうと思うけどよくわかんないよね

2018-07-04

ディズニーという素晴らしい芸術映像作品提供集団と、その生み出された美しいキャラに触れ合える正に夢の世界提供しているディズニーランドとその来園者を罵倒したゼブラかい中二病のしうまみたいなやつは舞浜倉庫街をガンガン走るトラックに無残に衝突しエクセル航空ヘリコプターによってバラバラに切り刻まれその奥にある浦安市斎場葬儀、その後火葬の瞬間に謎の力で突如生き返りそのまま点火された業火に焼かれ地獄の苦しみを受けてほしい。

2018-07-01

父親マルチ商法にはまってるぽい。って前に書いた増田だけどもう一かい

父親氏、どうやら自殺した模様。

https://anond.hatelabo.jp/20150311221236

https://anond.hatelabo.jp/20151127211458

とか書いたので無駄顛末をここで書いてみました。実家に逃げてからは一度も会ってない(親戚づてに一度だけどこどこそこにいるみたいな話は聞いたがそれ以外動向も聞いてない)。

死んだのは別にマルチ商法が原因とかそういうんじゃないんだろうけど、最後に思いつく父親の顔がマルチ商法ですすめるべき商品を、こっちにすすめてくる姿っていうのがすごくザワつく。あれはなんか父じゃなかった気がする、みたいに思ってしまう。更に言えばなんか上書きされた感じというか、あれが父親って感じですっぱり父親の良いところとかが真面目に思いだせない。顔も。

はてなーに聞きたいんだけどちゃんこちらをある程度の年齢まで育ててくれた親の顔が思いだせないぐらいになるって普通なんだろか。

なお葬儀等にはいかない模様

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