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2021-05-06

念仏宗無量寿寺の実態:保存版】 

社会的地位を利用し、断りがたい立場の人に狙いを絞り、お金は38万必要

 が とてもいい話が聞ける。この様に誘われることすら、得がたいことであ

 り、行けば必ず納得してくれるだろうと、教団名、宗教であることを隠して

 勧誘する。

京都へ行けば、2日間にわたり念仏宗無量寿信者としての(かなり洗

 脳作用を伴う)教育および儀式強制的に受けさせられる。

 このとき念仏宗の秘儀というものも教わるが、(太陽裸眼で見る方法

 化仏、化菩薩を見る方法等で、この秘儀を伝えられたことにより、極楽往生

 が決定し菩薩の仲間になったと教え込まれる。) これは普通生活では経

 験していないことを教えるだけで、同じようにすれば、誰でも見える。また

 徹底した秘密 主義を誓わせ、たとえ家族のものであれ念仏宗無量寿寺で聞

 いたことを他人に話すと、無間地獄に落ちると脅される。

釈尊本来仏教というよりも 浄土系、密教系の複合したもので 開祖、久

 世太郎本名 福井真尚、別称 戸倉貞和)教と呼ぶべきものである。ちな

 みに開祖の前歴は占い師詐欺による訴訟神戸地方裁判所にて起こされた

 こともある。

念仏宗 無量寿寺の会員(同行という)になると、3人を済度信者勧誘

 すること)するノルマを与えられる。

学術的文献によれば一般に 「隠し念仏」と呼ばれている。浄土真宗側から

 異端仏教として排斥されているものである

 仏教歴史学によれば、秘事法門と呼ばれ、 布団被り、御蔵法門、御杓子講

 空也派、天王寺派等、が存在するようだ。念仏宗が、どの派に近いのか、ま

 た、混交したものであるのかは不明である。 いづれにしても 善智識と呼

 ばれるものを立て、自宗の奥儀として儀式を秘匿し、門外に他言すれば地獄

 におちると 信者に言い含めるのが特徴としてみられる。

⑥2チャンネルの「念仏宗無量寿寺」掲示板や、「知りたい。。。」掲示板

 元信者、現信者家族書き込みに寄れば 無量寿寺への入信が原因で、離婚

 や、家庭不和鬱病に悩まされているという報告が数多く寄せられている。

 また、念仏宗幹部、であり、回向相伝を授けられた土屋 悟 氏が(2001

 年)に自殺した。という事実もある。

念仏宗 無量寿寺 信者にかかる費用任意も含む)

 護持費(会費)1口 2000円・・毎月支払い、口数は各信者自由意志

 その他、地方会費(各地区別院、檀信徒会館、等施設維持のため)として

 信者1人当たり1000円 ~5000円/毎月)の支払いがあるようだ。 

 回向 (先祖供養等) 一体1口 10000円 (1年に先祖1人につき6回必要

 集中回向 一体 100000円

 布施 ボーナス月 7月12月に 各10000円 

 法名 100万円

 仏像 一体 100万円

 葬儀に届く花代 100万円

 御文書 200万円

 本堂の柱 寄進 1本 1000万円

 他、林間学校、等への布施

 

念仏宗無量寿寺は昭和54年宗教法人としての認可を監督官庁から受けた。

 平成4年に 日本仏教 第14宗として監督官庁に認可されたと、無量寿

 の月刊誌に書いてあるそうだが、監督官庁が認可した事実は無い。

開祖久世太郎は 真言宗第195代 琳真大僧正の6番目の末弟というふれこ

 みだが、真言宗確認してみると そのような事実は無いとの返答であった。

念仏宗無量寿寺 信者として、六大祭事初詣、大涅槃会観音祭、降誕

 祭、地蔵盆、成道会)への参加が、義務づけられている。

⑪これまでに5回 世界仏教サミットを開催しているが、これは念仏宗のお手

 盛り、宣伝的なイベントであり、 日本仏教からは 全く無視されてい

 る。

 日本仏教会は、全日本仏教会という組織日本仏教会の9割以上が参加)

 があり、これまでに20回以上も 世界仏教会議というものに参加している

 

念仏宗無量寿寺の相伝(階位免許?みたいなもの

 を受けるに当たっては 五具足相伝に300万円、回向相伝には1000万の冥加

 金を支払わねばならない。

⑬「白装束数珠蝋燭

 念佛宗では信者儀式の際に使用した上記のものを死後8時間以内にこれら

 を身に付けさせ、蝋燭を燈さなければ輪廻の輪から解脱出来ず、極楽浄土

 向かう事が出来無いとしている。

⑭不退相伝儀式

 妊娠中に受けるとよいと勧められる儀式で 30万円

 胎内にいる間に、仏との縁を結び、無事にこの世に生まれさせていただくと

 いう儀式 いわゆる、安産祈願、不退は産まれてくる子が 真実の道、浄土

 へ向かう道から外れないという意味を含むようだ。この儀式を受けたあかち

 ゃんは臍のおが白いと云われるが、元、念仏宗信者の言によれば、他のあか

 ちゃんの臍のおと 変わらないとのことである

現在念仏宗無量寿寺を直接運営している幹部

 開祖久世氏をはじめとして、法主宮川氏、善智識:郡氏、清水氏の4名

 かと思われる。清水氏は企業セミナー講師もしているとの情報あり。

念仏宗無量寿寺 同行となったものは 精進しなければならない。(具体

 的には、本山、 別院、檀信徒会館、王堂 関連の 維持、管理、世話等の

 仕事が順番に回ってくるらしい。)

 以上のことを、施主と称する役職名称で義務付けされる。

2021-05-05

隣人トラブル言葉は無力だ...と思う

毎日のように夜までうちの私道で遊ばせている隣人とかバーベキューする隣人とか本当にうざい。

音もうるさいし、バーベキューなんかやられた日には通気口からバーベキューの煙を吸気して家の中を煙だらけにされる。

田舎土地が広いところならともかく、狭小住宅ばかり建っている都会の住宅街でやっていて、明らかに迷惑だ。

でも、言葉いくら尽くしてもそれって理解されないんだろうなとも思っている。

それは、ばあちゃん葬式の時に近所の人に言われたこととそれへのおばのリアクションを思い出すから

田舎にあるうちの祖父母の家を訪れた人はなぜか近所の家の玄関前を駐車場のようにして車を止めていて、子供のころ、そこに何の疑問も抱いていなかった。

ばあちゃん通夜の後、近所の人からそれを注意された。

玄関前に駐車されると荷物やその家の車が出せなくなるのでやめてほしいとかそういうことだったと思う。

自分まだ子供だったので自分ではなく近くにいた親戚のおばに言っていたと思うのだが、そのおばがその注意にキレていた。

キレていた内容はあまり具体的に覚えていないが、要は絶交しようという主張をしていたように思う。

葬儀のお悔みに訪れる人に「そこに止めたら怒られますから!」とこれ見よがしに隣人の玄関前に止める人に注意をしたりしていたらしい。

...子供から、わからなかったんだけど、大人になって一軒家に住むようになって、逆の立場になってわかる。

注意してきた近所の人はその正当な権利を主張していたのだと。

そして、なぁなぁで許されてきた権利侵害がもう、当たり前の権利のようになってしまい、おばにはそれがわからなくなっていたということも。

今の自分は注意する側なのだが、それを知っているために暗澹たる気持ちでいっぱいだ。

きっとこの人たちはどんなに言葉を尽くして説明しても、理解できないんだろうなぁって思うから

2021-05-04

母をコロナで亡くした(続き)

https://anond.hatelabo.jp/20210504174141

からの続き


2021/1/21(木)

病院からの連絡はない。

この間の感じでは、また近いうちに危機的な状態になりそうな気がするが、そうはならずにずっと持ちこたえているのだろうか。

酸素摂取状態とか、どんな感じなんだろうか。

元気だった頃の母の姿がふとした拍子に脳裏をよぎる。もう見れることはないのだが。


2021/1/22(金)

今日リモートワークの日。

2回目なのでだいぶ感じが掴めてきた。

家で仕事していて給料が入るって不思議な感じがする。

世間ではコロナ仕事がなくなって、路上生活に追い込まれている人もいるのに、こちらは仕事に追い込みまくられている日々。

ありがたいと思うべきなのかなんなのか。


2021/1/23(土)

コロナで時差出勤になって、リモートワークもできるようになって、勤め人としての生活はかなり楽になったけど、あまり嬉しくはない。

そんなものいらないから、母親を元気な体で返して欲しい。


2021/1/24(日)

いくら待っていても母は元気になることはないのがわかっているのに、一体私達は何を待ち続けているのか。

母を看取る瞬間を待ち続けている?きっとそうなんだろうけど、そうは思いたくない。


2021/1/25(月)

母に関する記憶を断片的に思い出すことが多い。厳しく怒られていたイメージが多くて苦笑してしまう。

でも、そんなふうに厳しく育てられてきたから、今の自分があるのだなと思って、また涙ぐんでしまう。


2021/1/26(火)

先週病院に行ってから一週間になる。母の様子がどうなっているのか気になる。

苦しい状態になっていなければよいのだが。


2021/1/27(水)

仕事には集中できているが、ふとした拍子に悲しみが押し寄せてきて涙が出てくる。

ずっとこの状態が続いている。


2021/1/28(木)

明日リモートだと思っていたのに、急遽出勤することになった。

ベース仕事が僅かだが残っていて、それが急に入るとリモートができなくなる。

そのうち改善されるだろうけど、今はそこに至る過渡期なのだろう。


2021/1/29(金)

から職場に行ったらほとんど出勤している人がいなかった。

この職場では、金曜日リモートデーになっているから、当然か。

これだったら、出勤しようがしまいが、どちらでもソーシャルディスタンスは取れているような気がする。


2021/1/31(日)

今日で1月も終わり。母はまだ頑張っている。倒れた日に、今日明日にも危ないと医者から言われていたことを思い出して、よくここまで頑張ってくれたと思う。

このまま意識が戻らないまま、徐々に弱っていくのを見守っていくことしかできないのが苦しい。受け入れるしかないけど、苦しい。


2021/2/1(月)

朝の7時半頃、そろそろ起きて出勤準備を始めようとしていた時に、姉から電話が来る。

母の脈拍が落ちてきていて危ない状態なので、すぐに病院にきて欲しいとのこと。

すぐに父・姉・私の3人で別々に病院に向かう。

病室に入ると、前回と雰囲気が違った。時々鳴っていた機器アラート音がずっと鳴りっぱなしで、モニタに表示されている数値も0になっていた。母の顔色も悪く、匂いちょっとしていたように思う。

呼吸を補助する器具が動く時だけ胸がわずかにふくらむ以外は、母の体に動きが全くなかった。

その状態で、3人で呼びかけたり手を握ったりしていると、母の左目から一筋の涙が出てくるのがわかった。

もしかして、みんなが来ていることがわかっているのかなと思った。

あれは何の涙だったんだろう?

最後のお別れの涙かもしれない。

時間ほどすると、担当医師が病室に来て、今の状態について説明を受けた。

今の母は、呼吸器がついていることで無理やり呼吸させている状態で、酸素の取り込みもほとんどできていなく、心臓もほぼ止まっているとのこと。

そして医師は、「呼吸器を停めます」と言って、傍らの機器操作した。そして母の胸に聴診器を当てて心音を聞き、止まっていることを確認した。次に、呼吸も止まっていることを確認し、最後ペンライトを取り出すと瞳孔の反射を確認して、脳機能も止まっていることを確認した。

それを持って、死亡状態であるということを告げられた。

その一連の流れを見ていて、人間状態って、どこまでが生でどこからが死なのかが、よくわからなくなった。

多分、このまま呼吸器を使って呼吸を続けることもできるんだろうけど、そうすることにあまり意味がないから、どこかで線引きして、ここからは死亡状態しますっていうことを医者が宣告するのだろう。

その後、看護師さんから葬儀の手配など、今後のことについての説明を受け、最後に死亡診断書を渡された。

診断書の死因欄を見ると、

1.脳無酸素

2.肺塞栓症

3.COVID-19

と書かれていた。

やはり、母の死因の大本コロナだというのが、医師の診断なのだ


============


ここまで、母が倒れてから亡くなるまでの経過を、自分日記から転載してきたが、この内容を踏まえた上で私がここで言いたいのは、以下のようなことだ。


・正直コロナをなめていた

母のことが起こるまでコロナのことを、どこか自分とは関係のない世界の話だと思っていた。

まさか家族感染するという形で、自分の身に降り掛かってくるとは夢にも思っていなかった。

自分のことについては感染対策に気を回していたが、両親のことまではあまり深く考えていなかった。

コロナは、誰でもかかりうる身近な感染症であり、その脅威はすぐ目の前まで迫っているという感覚を、私達はもっと持った方がよいと思う。


・もう少し、なにかできることがあったんじゃないか

母は、倒れる一週間ほど前から、喉が痛かったり咳が出たりしていたらしいのだが、その段階で一度病院に行っていたら、こんな結果になっていなかったのではと思う。

風邪に似た症状が続いている段階で、コロナ感染可能性を想定して、もう少し適切な行動が取れていたらと思う。

それをしなかったということは、母はやっぱり、ただのちょっとした風邪だと思いこんでいたのだろう。そして、同居していた父も、同様に軽く考えていたのだと思う。

「ただの風邪からたいしたことない、しばらく安静にしていたらいつもどおりよくなるだろう」と思わせておいて、いきなり重症化するのが、このウィルスの本当に恐ろしいところだと思う。なんというか、人間心理脆弱なところを巧みに突いてくるようなところがある。(このウィルスがもし人工的に作られたものだとしたら、それを設計したのは悪魔的に頭の切れる人物だと思う。)

なので、少しでも兆候があれば感染可能性を疑い、適切な行動をとっていくべきだと思う。


コロナ後の世界について

もうすぐ母の日が来る。毎年、母の日には実家になにかしら贈り物を送っていたのだが、それも今年からはできなくなってしまった。

母が亡くなるまでは、時差出勤やリモートワークが推奨されたり、煩わしい飲み会廃止されたりと、そのメリットにばかり目がいっていた。正直、コロナ以前よりも社会生活が楽になる部分が多いと感じていたのだが、母が亡くなってからはそんなことを微塵も感じなくなってしまった。そんなことはどうでもいいから、母を返して欲しい。

私にとって、コロナ後の世界とは、母のいない世界のことだったのだ。

そして母が亡くなった以上、もうコロナ以前の生活に戻ることは二度とできない。

現在幸運にも自分自身あるいは家族や友人など身近な人達コロナで亡くした経験のない人は、今ならまだコロナ以前の世界に戻れる可能性がある。

であるなら、数年以内に世界中でコロナの封じ込めが成功するという可能性を信じて、そこへ向かって進んでいけるように、今一度、自分たちの意識や行動を見直して欲しいと思う。

あなたや、あなたの大切な誰かが亡くなった後では、遅すぎるのだ。

2021-05-01

父が亡くなった。84歳だった。

ものが食べられなくなり、胃瘻延命措置も断ったので、老衰といってもいいと思う。

慌ただしいながら滞りなく葬儀が過ぎ、四十九日法要も終わり、私の手元には父の腕時計がある。

私が初任給で買ってプレゼントした国産腕時計。値段は1万円ほど。

もう30年も前の話だ。

海が好きで、よく日に焼けた腕にいつもはめていた銀色時計

よくお酒を飲んでは、「これは○○にもらったやつで、水に濡らそうがびくともしない、電池も変えることもなくいつまでもちゃんと動いているいい時計だ」(単に防水でソーラーだっただけだが)

と自慢げに満足そうに笑っていた。

形見としてもらった時はもう動いていなくて寂しかったのだが、陽にあててしばらくするとまた、動き出した。

なんだ。まだ動くんだ。

国産質実剛健な性能に驚き称賛すると同時に、なんだか父が笑っている気がした。

「そらぁ○○からもらった時計からな。いい時計だろう」と。

父がそばにいる気がして、これからは私がその時計を使い続けようと思う。

2021-04-30

資産家と若妻

出会ったばかりの資産家の老人がいう

「月100万あげるから結婚してよ。ここへは月一来てくれたらいいから」

守るべき経歴もお金貞操もない若い女は、簡単婚姻届けにサインした

まさか本当に結婚するとも、本当にお金をもらえるとも思ってなかった

それが結婚顛末だった

妻となってから老人は女に、妻らしいことを求めた

老人を敬い世話をすること、家庭のまねごとをして見せること、夜の相手を努めること

お金をもらえるならやってもよかったけれど、妻としてそれをやれ、と言われるのは息苦しく感じた

もともと愛情なんてなかったのだ

そんなので夫婦生活がうまくいくはずもなく、老人は不満を募らせ始めた

離婚する、とも言われた

結婚したいと言ったのはそっちだろう

金をやるから夜の仕事をやめろと言い、立派なマンションに引っ越させたのはそっちだろう

今更金をやらないなどと言われては困る

別れるならそれなりのことをしてもらわなきゃ暮らせない

そんなある日、老人の家を訪ねた夜、彼は死んだ

しまった、と思った

老人のお金に集まっているのは女だけではない

いま死んだらどうやっても女が疑われる

女は老人に恨みをもつ時間すらなかったが、長く関わった者たちはそうではないだろう

女は家政婦に言った

「私が疑われることになるんでしょうか?」

「奥様が殺したのではないのですか?」

「私じゃないです」

「それなら私も疑われるじゃないですか」

二人は薄々何が起きたか理解した

私たちは、はめられたのだと

老人に恨みを持ち、周到に計画を立ててこの事態を起こせた人物

ああ、これはもう駄目なのだと悟った

葬儀の打ち合わせ、葬儀の日、老人の部下や親族が女をなじった

新婚なのに悲しそうな顔一つしないのか、と言う者もあった

あの女はおかしい、と女に聞こえるように話す者もいた

誰もが老人の遺産を気にしていた

女は気付いた

これが老人から見えていた世界だったのか

本当にお金なんて貰えると思ってなかった女を、老人は愛した

妻となった女は老人を見ていなかった

その夜、女は初めて涙を流した

2021-04-25

このご時世でも葬儀はやっているんだな

親戚が死んで葬儀の案内が来た。

今のご時世、葬儀家族のみでやるものだと思っていたけど、

どうやら大々的にやるらしい。

参列者は老人が多いのに、集団感染でもしたらどうするんだろう。

緊急事態宣言が出ている県に住んでいる私は、参列しないことにしました。

最近わりとよく生きてる意味ねーなと思うけど当然人に言えるわけがないのでここに書いておく

田舎を出て都内就職し、働き始めて十数年。

デブスなので結婚なぞできないだろうから最初から諦めてて婚活などもせず、いろいろある趣味を邁進していた。

趣味は、舞台見たり、野球サッカーバスケ見に行ったり、美術館博物館行ったり、旅行行ったり、ライブ行ったり、酒飲んだり、本読んだり、同人活動したりって感じでやることがいっぱいあって、楽しいことするために生きてるな〜って思ってた。

ところが一転。新型コロナウイルスの影響で、まともに前と変わらず続けられるのは本読むことくらいで、後は少なからず影響を受けるものばかりだった。

舞台ライブは中止の嵐で、去年春先〜夏あたり行く予定だったチケット14枚がただの紙切れと化した。(無論払い戻しはあったけどそういう問題ではない)秋口〜冬にはぽつぽつ行けるようになってきたけど、ライブで声出せなかったりするし、今また舞台ライブが中止になった。

美術館博物館も休館を余儀なくされ、上野パスユーザー自分は悲しみに暮れた。休館明けてからは予約して1人で何回か行ったしやっぱり楽しかったけど、友達と観に行って終わった後にアレが良かったとかこれが面白かったとか飲みながら語り合うみたいなことはできないし、このGW鳥獣戯画展行くつもりだったけどまた休館だし。

Jリーグなど各種スポーツも中止期間ののち無観客開催かつ配信で、この状況になる前から普通に配信観れるからそれは変わらないんだけど、現地観戦の空気感やスタグルを楽しみにしてる部分もあったので、オンライン観戦のみとなるとやっぱり悲しかった。客入れられるようになって何回かは行った。自分積極的に声出す方ではなくひっそり見たい派だから平気ではと思ってたけど、自分がひっそり見るのはともかく、全体が静まりかえってると謎の緊張感があって、あとやっぱすごいプレーかに声出せないのが辛かった。はやくチャント歌える日が戻ってきてほしい。

旅行は毎年友達と行くのと1人で行くのと合わせて年5回は行ってるけど、去年は1人で1回行っただけだった。一人旅好きだけど、一人旅なら気軽にホイホイ出かけてもいいのかっていうとそういうもんでもないし。友達となんか言わずもがな

同人活動は、普通に創作すること自体はできるしやってるけど、ちゃんと書こうとしたときは照準をイベントに合わせて締切設けて…という形になるので、イベント開催できない状況だとなかなか難しかった。普通に書くのは楽しいんだけど、ちゃんと完結まで書ききろうみたいなモチベにはイベントパワーが必要

友達と酒飲むのも当然できるわけもない。リモート飲み会は何度もやってて、なんなら遠方の友達ともできるからこれはこれでいいなと思う部分もあるけど、リアルに会って話すのとリモートで喋るのだとなんとなく空気感は違うし、お店のいろんな酒や食べ物ちょっとずつ飲み食べするのは自宅ではどうしたって無理だし。刺身の気分だから和食の店で日本酒飲んだあと、ワイン美味しいとこでなんかすごいチーズ食べるみたいなのは、もちろん全部自宅に揃えたらできるけど一人暮らし冷蔵庫限界とかあるので。

 

そんな感じで、全く楽しめないわけじゃないけどスケールダウンしてしまっていて、もともとの楽しみを取り戻すことができない状態にある。

そんな中でも、自分は幸いにも新型コロナウイルスによって仕事がなくなることなく、かつ元々リモートワークを導入して進めていた会社だったので大した混乱もなく、フルリモート仕事を続けることができている。ありがたいことにお給料も順調に増えていて仕事はそこそこ忙しい。

しかし、仕事は変わらずできているからこそ、自分はなんのために働いているんだ…?という気持ちがどんどん湧いてきて、かつそれを突き詰めていけばいくほど、なんで生きているんだろう、という気持ちになっている。

楽しいことはできないのに仕事だけしてるのはなんで?

舞台ライブスポーツも、オンライン配信あるのが増えたけど、リアル空気感を味わって、そのあと友達とアレよかったよね〜!!って酒飲みたいけどできない。

普通になんの気兼ねもなく旅に出て、神社とか見て、宿で温泉入って酒飲んでダラダラしたいけどできない。

同じものが好きなオタクたちと作った本交換したり、買い物行って薄い本いっぱい買ったり、稀に買いにきてくれた人が感想言ってくれたり差し入れ用意してくださってたりして、なんならちょっと泣きそうになったりすることもなくなった。

一生一人で生きる予定の30代のデブスは、それでも日々を面白おかしく生きてたんはずなんだけど、果たして今はなんのために生きているんだ?

一年経ってこの状況の中、数年で良くなって何もかも元どおりになるとは正直思えない。この状況が続く世の中で、世間様にプラスになるようなことは特にできず、子供を産むこともなく、ただ消費するだけの人間しかない己は生きててどうすんだ??

ただ自分のためだけに生きていた穀潰しが改めて己はただの穀潰しだなと自覚しただけなんだけど。

親は私よりはるかお金も持ってるし、実家田舎だとそこそこの家っぽい(祖父葬儀議員市長知事が来たことで初めて知った)し、万が一何か起きたとて心配ない。実家にはきょうだいがいるし、多分結婚もするだろうからなんの心配もいらん。

元々生きることに意味なんてないけど、楽しみ拾うために生きてたのに楽しみなくなっちゃったから生きる必要ないよな。

せめて迷惑かけずに死にたい心配もさせたくないので匂わせみたいなこともしたくない。しれっといなくなりたい。

まーとりあえず部屋解約したり仕事辞めたり、携帯ネット回線電気やガスの解約して、たいして入ってないけど通帳と印鑑くらいは実家に送る?そんくらいやれば大丈夫そうな気はする。

2021-04-23

anond:20210422194940

うちも葬儀はなかったが実家には帰ってないし

特別レジャーもしてないけど

「まあ今は我慢しないとねー」

「今年も花見できんかったねー」

くらいのもんよ

やってることは同じ自粛でもそんな殺伐としてない

子供に向かって「人殺し」とか脈絡もないし、にわかには信じがたい

ちょっと世界が違いすぎて想像がつかないな

ほんとにそんなことある?なんかこう、精神的に参って過剰に反応してたりしない?

参考までにどこらへんの地域か聞いときたいわ

2021-04-22

anond:20210422160453

ブコメも見たけど、みんな結構出かけてるんだな。

首都圏住みだけど、レジャーはほぼ市内。せいぜい隣の市。

地方実家には帰ってないし、来ないでくれと言われてる。父親葬儀も欠席した。

隣県の義実家にも行ってない。義父の法事も同居の家族のみでやったそう。

子供学校クラスターになって、仕事地域の人にいろいろ言われたよ。あそこの学校の子が来るなら塾には行かせませんとか、(子供感染してないとはいえ)どうして自費であなた自身がすぐにPCR検査を受けに行かないのとか。子供に向かって「人殺し」と言った人もいた。子供は家から出れず無気力で、私も仕事を辞めさせられると思った。

去年の夏も盆に帰らないつもりと書いて、バカじゃないって言われたんだよな。

なんだ、みんな出かけてるんだな。

上司殿

東京に来て一番お世話になった方だった。

10年前、寒風吹きすさぶリーマンショックの中で、

出来たてほやほやのITスタートアップに流れ着いた小汚い無職を1から育ててくれた。

それから時間がたって、貴方社長になって、私も古株に数えられるようになって、

なんとか一端になって仕事で恩を返せれるようになって、

会社移転してこれからって時に・・・旅立ってしまわれた。

保健所パンクしてるとか、病床が埋まってるとか、ワクチンはいつ普及するとか

最近ではそういう世間話を一緒によくしていたけれど、

どこか私達は一線引いた所にいて、

質の悪いB級パニック映画が終わるのを静かに鑑賞してるような、そんな感覚だった。

私も貴方絶対に死なない人間だと思ってた。

から、急すぎる訃報を聞いた時、頭が真っ白になって、

ガツガツンと何度も何度も鉄パイプで頭を殴られている感覚と一緒に思考が停止した。

脳がキャパ超えのショックを受けるとこういう状態になるの思い出した。

・・・本当に峻烈な方だった。

フレックスの癖に朝8時くらいから夜は24時過ぎくらいまで毎日毎日働いて(たぶん土日も仕事関連の情報収集とか、他の事と並行しながら仕事してたんだと思う)、

休暇も全くとらず、すべてのタスクを恐ろしい速度で捌き、顧客には素晴らしいプレゼンを続け信頼を得て会社を大きくし、隙をみてはコーディングしたり、インフラ関連の仕事したり、

社長になってからは、癖の強い開発部メンバーだけでなく、会社全体まで束ねだして、従業員には道を示し、たまの息抜き?に私にちょっかいを出しに来る。

本当に忙しくなると土日も潰して、何徹もして、かといって下の人間には「程々でいいよ。」って言ってくれて。責任も一人で全て背負ってくれて。

午前1-2時くらいに一緒に会社を出た日、翌日に出社すると必ず社長はもう仕事始めてたり。

私がたまに休日出社した時はわざわざ差し入れもってきてくれたりもした。

いつも忙しい忙しいと口癖のようにいっていたけど、絶対に弱音は吐かず、

他人に当たらず、私たちピンチの時に「仕方ねーなーー」って悪態ついて笑いながら助けてくれるその姿は、

働く前から社会絶望しきってた私には衝撃的で、本当に物語ヒーローのようだった。

きっと私が記述できないだけで、他にも膨大な細かい業務、凡人なら1日で壊れるストレスと戦っていたんだろうと思います

その上、陰キャな私以上に旬のアニメ漫画ラノベゲームなどサブカル全般に詳しくて、「一体どこにそんな時間があるんですか!?」っていつも突っ込んでた。

(1日3、4時間程度(1時間おきにアラームかけて熟睡しないようにしてる)しか寝てないっていってたかな。) 

よく冗談まじりで「xxくん、寝なくてもよくなる薬ない?」とか「疲れが一瞬で吹き飛ぶ薬ないかな?」とか笑いながら尋ねられた。

健康診断も私の知ってる限り10年以上行っておらず、体調が悪くなっても絶対病院に行かず、ハードコンタクトも目の中に入れ続け、不摂生を続けていた(誰が諭しても治らない・・・!)。

必死仕事を覚えて少しでも楽になってもらおうとしたけれど、そうしたらすーぐ別の新しい仕事を入れて抱え込んで、

忙しい忙しいって言い続けるので、もうこういう方なんだなって皆諦めていた。

みんなから頼られて恐れられて、そしてそれ以上に慕われていた。まだお若い40代の方でした。

激務の合間にご指導頂く中で、深夜帯にたくさん他愛もない話をさせて頂きました。

思い返せば皆が帰った深夜帯、社長と私が趣味ゲームの話をしてる時、

そこには独特の間があったように思えます

お互い大昔に長くプレイしてきたMMO(私はRO社長FF11)や当時のネットワーク環境(テレ放題、ADSL)の話題で盛り上がったり、

「終わりかけの世界必死にもがく、厳しい世界観が好きなんですよねー」と言うと とても同意してくれて、

PSP本体と一緒に頂いたゴッドイーターバーストを夜通し遊んだり(世界観やシナリオキャラOPも本当に良かった!)。

これまた「絵柄とBGMはいいよねー」って意見が一致したグラブルでは、社長の背水編成の繰り出すダメージ見てたまげたり、推しキャラ談義したり、一緒にガチャやって爆死したり。

シェアハウスに住んでて毎年引っ越してるんですよー」っていったら、偶然にも社長の通ってた大学と私が過去に住んでた所が近くて、谷根千トークしたり。

最近は新しい趣味スチームパンク装にハマってるんです!」と言えば、昔出張フランスに行った時に、朝早くから見にいったという「マシーン・ド・リル」の話をしてくれたり。

来年バイク免許とって、そのまま遊びに行くんですよ」っていったら、「xx君はいいなー、ずっと好きな事ができて。」なんて珍しい反応してくれたり。

他にも家族の話や兄弟の話、無人島で独りで生き抜くための話なんか、いろんな事を話せたっけ。

何でも知ってる知識の広さ、その深い内容にはいつも驚かされっぱなしだった。

・・・夜中から深夜帯にかけて誰も居ない職場で、仕事とは関係ない話をするのが楽しかった。

会話を阻害する邪魔が入らない、この優しく流れる時間幸せだった。

会社で一番仲の良かったxxさんが手伝ってくれるなら、社長もきっと喜びますよ。」

せめて何かできる事はないか葬儀の手伝いを申し出た時に、他部署の方から言われた言葉。 

そのまま泣き崩れた。もう年甲斐もなくわんわん泣いた。

もっと会社を率いて欲しかった。色んな事を教えて欲しかった。夜中にたわいもない話がしたかった!

亡くなった実感なんて全くわかないし、いたずらっぽく笑う顔が離れない!

今でも何かの冗談で、彼の机の上にmacおいときゃカタカタ勝手に動きだすんでしょって思ってる! 

・・・でも少し疲れちまったんですかね。 

・・・東京にきて貴方の下で働けたことが私の誇りです。 

最高の社長であり、最高の師であり、最高の悪友であり、 

子供の頃近所にいた、何でも知ってる頼れるお兄ちゃんみたいな存在でした。 

本当に貴方の事が大好きでした。

これから10年は貴方の影を追いかけて、走ろうと思います

師なんて言葉を使いましたが、私の能力が低すぎて消化できた技術も、仕事に対する姿勢も半人前だからです。

自分の命を叩き直す時期がきたのだと、今はそう思っています

まだまだ春風に傷は沁み、悲しみで涙も溢れますが、

残りの人生貴方生き方に恥じない生き様にして見せます

今まで本当にありがとうございました

また向こう側で会う日まで、お元気で。

2021-04-19

anond:20210419105815

日本だと葬儀には一般的に白or黒なんだが、その発想に至ったのはなぜなん?

anond:20210419105815

そもそもフィリップ王子葬儀イギリス一般的葬儀じゃないと思うんだが

日本だと皇族葬儀なんかが当てはまるだろうし、それだとそもそも一般公開しないしマスクもしなさそう

イギリスフィリップ王子葬儀ニュース映像を見て気になったんだけど

参列者が付けていたマスクの色がみんな黒だったんだよね

日本一般的葬儀場合は今どうなってるんだろう

葬儀といえどもマスクなんだし白でかまわないと思うんだけど

葬儀社が黒いマスクを用意してたりするんだろうか

2021-04-13

この前、昔の部下の葬儀に顔だしたんだが

既に退職してたし、そんなに付き合いなかったけどやっぱり顔見るとぐっと悲しくなるな

2021-04-11

フィリップ殿下葬儀コロナ禍ということで国葬でなくて、30人程度の密葬となるらしい。

それは女王にとって、最後の別れのときに、その別れに心を傾けることが出来るということ。

「ありがとう」

車いすユーザの人が「ありがとう」と言うのが辛くて云々と言う話がよく出ているけれど、私はこの気持ちがよくわかった。だが、世の中の反応を見ていると、ありがとうを言うなんて当たり前だとか気持ちよく利用するためにそれぐらいの言葉をかけるのは当然だし健常者だってみんな言っている、人として当たり前の行為なのにそんなことも言えないのかといった論調が目立った。

私は睡眠障害を持っている。不眠ではなく過眠の方。必要以上に眠る病気認定されている程度には眠る。は?誰だって眠いし寝られるんならいくらでも寝るだろ?甘えと言う方もいるが、「身内の葬儀中も寝る」と伝えると少しわかってもらえたりする。わかってもらうというよりはドン引きされるというだけだが。あと線路の上で意識飛んで寝そうになった。話盛ってるみたいでやだなあ。

会社勤めをしていた頃も、睡眠障害があった。睡眠状態に落ちるのはランダムで、あるときは息を吸って吐いた瞬間には意識を失っている。眠るといってもキーボードのところに枕を置いてグーグー眠るのではなく、いつもの姿勢で固まったまま、よく見ると目だけ白目をむいているか閉じているかして、そのまま固まっているような形。肩を叩かれたり、声をかけられるとこちらの世界に戻ってこられる。私の席の隣に座っていた同僚が、とんでもない気遣いの人で、こんな私に対しても毎回毎回声をかけてくれていた。大した事ではありませんから大丈夫ですよと言ってくれていたが、酷い時は5分に1度ペースである絶対に面倒で嫌な気持ちになっていただろうに、その人は毎度毎度丁寧に大丈夫ですかと声をかけてくれた。私はそのたびに謝罪し、ありがとうございますと心の底から感謝気持ちを伝えた。

多いときは5分に一度謝罪感謝を述べる生活。ただ生きたい。普通に生活がしたい。すみませんありがとうございます申し訳ありません。顔洗ってきます。がんばります。ご迷惑をおかけします。お手数をおかけしました。本当にごめんなさい。いつも本当にありがとうございます

全て心の底から気持ち。本当に本当にありがたいと思っている。毎回毎回毎回毎回とてもとてもとてもとても丁寧に対応してくださる。嫌な顔ひとつせず、いいんですよ、だってあなたのせいじゃありませんから。わざとじゃないんですから。どうしてこの人がこの世に生まれたのだろうと思う位、聖人の生まれ変わりなのかと思う位の対応をいつもしてくださる方だった。

そこのお前!やれることはやっているのか?そう思ったと思う。

指をつねる、頬を叩く、頭を引っ叩く、ブラックガムを食べる、カフェイン摂取する、病院に行く、十分な睡眠をとる、適度な運動をする、アルコールは飲まない、健康に良くない事はしない、眠くなりそうな時は寝てしまう前に席を立って少し体を動かす。それでもだめな時は勢いよく太ももペンを刺してでも起きる。

結果的には太ももペンをぶっさしたまま眠る人間誕生しました。まあ、大切な人間葬儀中に堂々と爆睡するような人間なので仕方ないけどさ。てへ。

申し訳ありません。ごめんなさい。いつもありがとうございます。体動かしてきます。顔を洗ってきますすみません。本当にごめんなさい。申し訳ありません。本当にいつもすみません。お手間をおかけしてごめんなさい。生きていてごめんなさい。本当にごめんなさい。ごめんなさい。

こういう頻度で人に感謝を述べていると、人は頭がおかしくなるので注意だ。ソースは私。でもこんなんでも睡眠障害ってよくわからんけど分類ごと行政放置?されてるから障害者ではないのです。手帳出ないのよ。イエーイ。

車椅子ユーザーの一部の方がありがとうと伝えたくないと書いていたのはこういう気持ちを綴ったものだと解釈しているけれど全然違ったらすいません。ここに書いた感じの気持ちなら分かるよ。そうじゃないならよくわかんないけど。

伝えたくないというか、めちゃくちゃ伝えたいんだけど、これを5分毎にずっとやってると「よし!自分、そろそろ死ぬか〜!」のスイッチ入りそうになっちゃうんですよね。いやありがとうって全然言うんですけどね。口ではありがとう、助かりました!って言いながらよーし死ぬか〜!!!ってなる。だからね、みんな健康に生きた方がいいよ。この文章車椅子云々の話何も否定肯定してません。おわり。

2021-04-08

早世したい〜

30歳目前〜

恋人10年近くいない〜

給料そこそこ貰ってて、何も不自由してないけど、

早く人生上がりたい。

毎日漫画読んでたまに映画見たりゲームして、

趣味の絵を描いたり、買い物したり、

友達ご飯行ったり旅行したりして、

他人から見れば充分幸せそうだろうし、

自分でもかなり好き勝手に生きてる自覚はあるけど、

これからもずっとこの生き方するのかな?

って思うとなんか疲れるんだわ。

楽しくないと生きていたくなくなるから

日々楽しいことを躍起になって探してる感じ。

そんなだからお金はかかるし、

お金かかるから仕事しなきゃだけど、

そんなに仕事は好きじゃない。

いや、仕事の内容自体は好き。

基本的にやりたいことやらせてもらってる。

めちゃくちゃ恵まれてる。

なのに空虚

しろ、これから白髪が生えたり、

皺とかシミとかできるって思うと絶望しかない。

早世したいから、他人人生責任が生じる

結婚とか子育てとか考えられん。

犬飼うのが夢だったけどこんなんだからやめた。

片親だけど、親の葬儀に出たくないか

親より早くあの世に行きたい。

希望は35歳くらい。

かといって希死念慮はないんだな。

苦しいのは嫌だし。

早世したいくせに、

外見コンプをどうにかしたくて、

ジム美容外科に行くという。

矯正済みの歯並びも、もう少し整えたくて

また矯正している。

ご飯無添加宅食で日々健康

矛盾がひどい。

誰に話すことでもないから書き連ねてみたよ。

長生きしたい誰かに寿命を売りつけて、

そのお金ニートになって、

日々プラプラと生きたいな。

父が死んだ

平均より早い死だった。

病気が急激に悪化し、しばらく苦しんでの死だった。

コロナのせいで死の間際まで会えなかった。

最後に会ったとき果たして私達の声が届いていたかどうか。

神よ憐れみたまえとか(キリスト教

苦しみから解放されて極楽に行ってるといいなとか(仏教その1)

無になっていてもとりあえず苦しみから解放されて良かったねとか(科学?)

転生して私たちのところに戻ってきてほしいとか(仏教その2?)

空の上から見守ってほしいとか(日本の伝統スピリット?)

ばらばらなことをいろいろ考えている。

できれば、通夜葬儀に親戚友人が集まってくれたことはどうにかして知ってほしいなと思う。

(私以外みんな県内在住、ディスタンス確保、会食無し)

あと新型コロナウイルスはさっさと滅びてほしい。

2021-04-07

anond:20210407213120

仏壇・位牌・神棚は買わないし持ってないから捨てる機会ないけど

家族が死んだ時遺品にあった無病息災のお守りは躊躇なく捨てたやで(効果ないやん)

その時も葬儀してないし北枕は毎晩してるやで

無神論者なら当然できること

anond:20210406154303

せやな無自覚なだけで細かい宗教作法があるわな

成人してから親戚のお葬式にでたとき

お経の種類や焼香の作法宗派が細かくきまっていることにきづいて(葬儀社に聞かれて親が知っていたなどで)驚く事が多い

ただ一番通底にあって信者数が大きいのが「科学教」だ

義務教育で1+1=2からちゃんとおしえるしアップデートもするので

血を輸血するとタマシイが汚れるから手術できない、とか

から酵素をとって加工した食べ物を食べてはいけない、とか

そんなわけのわからない非科学的な宗教をみると

自分はああいった宗教なんてとても信じていきていけない」とおもって無宗教を名乗るだけ

2021-04-05

anond:20210404194759

喪主とか遺族年金手続きとか奥さん大変だろうから

手助けを受け付けてくれる立場にいるのなら手助けしてあげてほしい

あと遺児基金といってなくなった方の職場から募金を募るのもいいとおもう

前の職場で急に病死された方はそうだった

とにかく葬儀社とのやり取りだけでもどうにか一緒にしてあげてほしい

2021-04-04

俳優田中邦衛さん死去 88歳「北の国から」などで存在感


2021年4月2日 22時10

テレビドラマ北の国から」や「新選組!」、映画学校」など、数々の作品存在感のある役柄を演じて親しまれた俳優田中邦衛さんが、先月24日、老衰のため亡くなりました。88歳でした。

田中邦衛さんは昭和7年岐阜県で生まれ昭和30年劇団俳優座」の養成所に入りました。

昭和32年に「純愛物語」で映画デビューし、昭和36年から始まった映画若大将シリーズでは加山雄三さん演じる主人公若大将」のライバル青大将」の役を演じて、存在感あふれるコミカルな演技で人気を集めました。

その後も、映画化もされた民放の人気ドラマ若者たち」で両親を亡くした5人きょうだい長男の役を演じたほか、ヤクザ映画の「網走番外地シリーズや「仁義なき戦いシリーズでは、悪役としても存在感を見せるなど、幅広い役柄を演じました。

中でも、昭和56年に始まった民放ドラマ北の国から」のシリーズでは、北海道富良野市大自然の中で息子と娘の成長を見守る寡黙な父親の役を20年以上にわたって演じ、温かみのある演技で幅広い年代視聴者をひきつけました。

また、平成5年に公開された山田洋次監督映画学校」では夜間学校に通う中年男性を熱演し、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞しました。

このほか、平成16年NHK大河ドラマ新選組!」では近藤勇養父、周斎の役を演じ、平成17年NHKスペシャルで放送された終戦60年企画ドラマ「象列車がやってきた」では戦時中動物園で象を守り続けた飼育員を演じました。

平成11年紫綬褒章平成18年には旭日小綬章を受章しています

田中さんは、平成22年に公開された映画最後の忠臣蔵」に出演し、平成24年に亡くなった俳優地井武男さんのお別れの会に姿を見せていましたが、その後、俳優活動から遠ざかっていました。

家族によりますと、田中さんは先月24日、老衰のため、家族に見守られながら息を引き取ったということです。

葬儀家族葬の形ですでに執り行われ、お別れの会などの予定はないということです。

札幌市民

田中邦衛さんの死去について、30代の会社員男性は「大往生ではないでしょうか。北海道といえば『北の国から』。『北の国から』といえば田中邦衛さんだというイメージです」と話していました。

また、50代の女性は「とても有名な方なので残念です。それほど年をとられていたなんて、知らなかったので驚いています」と話していました。

倉本聰さん「気持ちの中に大きな穴」

田中邦衛さんが出演した民放ドラマ北の国から」を手がけた脚本家倉本聰さんは「気持ちの中に大きな穴があきましたね。とにかく人間的にも友人的にも無二の人です」と心境を語りました。

また、このドラマでの配役について「さまざまな候補者がいてその中で誰がいちばん情けないんだろうという議論になって、邦さんになった」と明かしたうえで、「ドラマを通じてとても演技が成長していったと思う。彼の芝居は、本人はとても悲劇的なのに端から見ているとなんともおかしくなる。これが彼の神髄だと思う。情けなさの中に詩がある」と評しました。

そして「邦さんは亡くなったけれど、僕の中で、彼が演じた五郎は厳然と富良野で生きています。またあしたスーパーに行くと、『先生』なんて言われて肩をたたかれるような気がします」と田中さんをしのんでいました。

加山雄三さん「今は何もことばにならない」

映画若大将シリーズ田中邦衛さんと共演した加山雄三さんは自身ホームページコメントを発表し「ショックです。邦さんに連絡をとりたくてとりたくて、ずっと気になってて、不思議なことに、2日前若大将DVDで邦さんの姿を見たばかりだったんだよ。信じられない。今は何もことばにならない。寂しいよ本当に寂しい。邦さん本当にありがとう」とつづりました。

山田洋次監督「一緒にいるだけで楽しい気持ちに」

田中邦衛さんが亡くなったことを受けて、田中さんが出演した映画学校」の山田洋次監督は「田中邦衛さんへ 善良が服を着て歩いているような人だった。一緒にいるだけで楽しい気持ちになるようなすてきな人だった。あん俳優が、あん日本人いたことを誇りに思う」とコメントしています

役所広司さん「本当にすばらしい俳優さん」

田中邦衛さんが亡くなったことを受けて、映画最後の忠臣蔵」で共演するなど長年親交のあった俳優役所広司さんは「邦衛さんには大変お世話になりました。ここ数年ずっとお元気なのか気がかりでした。スタッフにもキャストにも愛された、本当にすばらしい俳優さんでした。覚悟はしていましたが、悲しいです。邦さん、お疲れ様でした」というコメントを寄せました。

吉岡秀隆さんと中嶋朋子さんがコメント

田中邦衛さんが亡くなったことについて、民放ドラマ北の国から」の共演者コメントを発表しました。

息子の役を演じた俳優吉岡秀隆さんは「いつか、この日が来ることを心のどこかで覚悟しておりました。今は邦衛さんの笑顔しか思い浮かびません。自分覚悟の小ささとあなたの大きな優しさに涙しかありません」とコメントを寄せました。

また、娘の役を演じた俳優中嶋朋子さんは「幼い頃から、今まで、何も変わることなく、人として、深く接してくださいました。田中邦衛さんという存在出会い、見守っていただけたことは、かけがえのない宝ものです。役者として、人として、大切なものをたくさん教えていただきました。本当に本当に感謝でいっぱいです。大好きです。出会う人をみんな幸せにしてしま少年のように無邪気な笑顔ばかりが胸に浮かびます天国でも、たくさんの人を幸せにしてくださいねありがとうありがとうありがとう」とコメントしています

2021-03-28

fff -フォルティッシッシモ-』〜歓喜に歌え!〜 第13-14場

anond:20210314223160

ネタバレ

第13場実況

A 雪原〜雪のシンフォニー

雪組だけに?

これ一幕ものでよかった、と思う。

雪原?ロシアロシアナポレオンが敗北したロシア。でもサクサク動いてみんなを助けて、いい人なんだなあナポレオンさん。

ここは少し気持ちがダレた。もうちょっと演者側でやりようがあったように感じる。ワンスマックスやこのナポレオン、月城かなと氏だったらどう演じたかなと考える。city hunterは楽しみにしている。

ベートーヴェン「おれたちは何のために生きてるんだ」

ナポレオン「苦しむためだ」「苦しむためじゃなかったら、おまえは何のために生きてきた」

人間はあらゆるもの発明することができる。ただ幸福になる術を除いては」不可能あるやん、ていう。

ベートーヴェン平和の、敵、ブオナパルテ」

出生名

ナポレオン「そ!こ!そ!こ!」

わらった。

ナポレオンヨーロッパの国々を、ひとつ連合にする」

!!ナポレオンEU構想持ってたの⁈つながった!第九、the European Anthem。なるほど、ヤバ!

ナポレオン世界が豊かになる方法は、人と、モノと、情報自由に遠くまで運ばれ、優れたものが交換されることだ」

おやリカード比較優位論、貿易大原理。1817年か。

音楽数学だし、昔は世界を解き明かす学問として必修科目だったしね。

再び勝利

ナポレオン勉強は好きか」

「愚人は才人にまさる大いなる利得を有する。彼は常に自らに満足している」

ベートーヴェン所蔵のカント『実践理性批判』

ナポレオン「生きることは、不幸だ。不幸に敗北するか、それとも不幸に戦いを挑むか、それとも」

ナポレオンって銃弾に倒れたわけではないやんな。

B 彼女名前

ナポレオンが死んだのは1821年。ウィーン会議から6年経ってる。第11ウィーン会議ロッシーニいたことを考えると、あそこで1822年ぐらいまで描いていたと考えてもいいのかもしれない(『セビリアの理髪師』1816、『どろぼうかささぎ』1817、ロッシーニウィーン訪問1822)。

謎の女「かつて地上にあった人間のすべての苦しみ それがわたし

ベートーヴェン「おまえは、人類の、不幸」

謎の女「誰もがわたしを憎む もうひとりのあなたとも知らず 醜い不吉な女だと 憎んで恐れて逃げまどう 憎むほど自由奪われて ただ 死を 待つ」

ベートーヴェンも謎の女に失せろと言った。そして孤独期、曲も作れず、ただ…。

謎の女「死は、救いなの」

ベートーヴェン「哀しく強い、おまえの歌」

ベートーヴェン「強くてきれいな人類の不幸。おまえの名前がやっとわかった」「運命」

あーー。だから、曲、献呈。「やるならやってみろ、運命よ」は1816年の彼の日記のことば。

「今、運命が私をつかむ。やるならやってみよ運命よ!我々は自らを支配していない。始めから決定されてあることは、そうなる他はない。さあ、そうなるがよい!そして私に出来ることは何か?運命以上のものになることだ。」

ベートーヴェン「生きることが苦しみでも、おれは、おまえという運命を、愛するよ」

上田氏の京大講演会経験の中で一番痛いもの、辛いことが不愉快ものなら、当然、それがなくなることはない」

第13場まとめ

第14場 最後シンフォニー 実況

智天使ケルブ「この世界に別れを告げる時間だ」

1827年

ベートーヴェン「どうすれば音にできるだろう、この祈りを」

運命「これはいつくしまれた不幸の、よろこびの歌」

ここは本当にありがとうと言いたい。望海真彩(あと非常に聞こえづらいけど多分望海の右手)でメロディを歌いながら、真彩の右手オーボエパート、望海の左手クラリネットパートかな、をなぞってきっちり3声の対位法をやってのけた。歴史に残るメロディ爆誕の瞬間。1822年。

ヘンデルあいつ、なんと…」

モーツァルト「不幸と一緒になって、よろこびをうたってる!」

シラーの『歓喜に寄せて』は、もともと『自由賛歌』で、ベートーヴェンが感動して曲をつけようとしたのは『自由賛歌』のほうであるが、当時の体制下で云々。…というのは都市伝説であると、英語版のWikipediaには書いてあるなあ。日本語版の出典のひとつURLの変更があったっぽく今はたぶんこっち。もうひとつ出典では『自由賛歌』がシラー作品だとは言っておらず。セイヤー氏の著作都市伝説の元なのかな。

東西ドイツ統一式典では「自由バージョンで歌われた。

ベートーヴェン「あー」(A4)

運命「あー」(A5)

爆笑超音波なの?すごすぎ。

ベートーヴェン「苦悩を突き抜け、歓喜に至れ!」

1815年の手紙から日本語訳がピッタリこないけどドイツ語からいから2つの英訳

"We finite ones with infinite souls are born only for sorrows and joy and it might almost be said that the best of us receive joy through sorrow."

"we mortals with immortal minds are only born for sorrows and joys, and one might almost say that the most excellent only receive their joys through sorrows."

智天使ケルブ「まあいいだ〜ろう♪」

よかったね天国行きだよ!

歓喜のその歌 ともに歌うとき あなたわたしも」ベートーヴェン父・メッテルニヒ「ゆるしーあーえーるーだろー」

あー、早霧さんが出てた世界ふしぎ発見でやってた話。

  • 舞台後方真ん中でひとり手を広げて立つケルブ様

und der Cherub 音楽は おれたちのものだー! steht vor Gott, フォルテー! steht vor Gott, フォルティッシモー! vor Gott, フォルティッシッシモー! vor Gott.

ここだけドイツ語詞で、ケルブ様出てきた。第九の中のここの歌詞解釈はなかなか大変なようで、まあなんとなく壁・障害天国/楽園行きを阻むもの自由を阻むもの、ぐらいで自分は捉えておこうかなあというところ。

今作においては、ベートーヴェンさんお亡くなりになりました、ってことかしら?

コーダ⁈やば。3人の強きものfたち。

そりゃalla marciaには入らないよね。音楽配信も始まってしまったわけだけど、これ音だけで聴いてると爽快にズッコケる、爽快。そのうち慣れるだろうけど。

リズム隊が醸す歌謡曲感。

ベートーヴェンアンコール!」

きたー

ベートーヴェン人生幸せだったー!」

諸君拍手を!喜劇は終わった」

キンキラキンのすごい背景ー笑、衣装は白いし。

ベートーヴェン葬儀には多くの市民が続々と駆けつけ参列者は2万人、異様な様相、大混乱だったと。

世界果てなく 祈り 響かせ

うたえ 生きとし生けるもののうた

なんかここのベートーヴェン推定54歳)と運命さん(年齢不詳)の振り付けかわいいな。

第14場まとめ

全体総括

ぴあの上田久美子インタビュー記事より(2020/3/16 コロナ前)

耳が聞こえなくなって絶望し、一度は死ぬことも考えたけれど、神から与えられた才能は自分だけの物ではないから、身体の中の音を外に出すまでは死ねない、どんなに不幸でも生きていようと思ったそうなんです。すごいですよね。そうやって作った最後交響曲が第九で、その合唱部分の『歓喜の歌』は、今で言ったら異常に盛り上がるロックみたいな感じだったと思うんです。それを、音楽のために一切の個人的幸福を諦めた人がどうして作れたのか、ぜひその物語を書きたいと思いました。

予習の段階で目を通したこの通りの内容。第九誕生物語

お見事。

配役を見て?が浮かんでいたところに次々とピースがきれいにはまっていく気持ちよさ。タイトル意味しかり。

重くなりがちなベートーヴェンの話をできうる限り軽快に描き、新しいベートーヴェン像を見せてくれた(そもそも楽聖ベートーヴェンイメージシントラーやロマン・ロランによって作られたもの)。

おまけ:ミュージカルシンフォニア

第14場がコーダっぽかったので、ソナタ形式に当てはめて考えてみた。

*一瞬だがベートーヴェン真ん中でナポレオンゲーテが左右におり、謎の女もいるので。


うーん、苦しいか?意外とうまくハマった気がしている。

2021-03-22

anond:20210322194912

まあそうだろなとおもうN=1を語ると、死ぬなんて馬鹿だって葬儀後に連呼してたなウチの親は

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