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2020-05-26

anond:20200526133503

フェミニズム活動を牽引しているのは「馬鹿美人」なんじゃないかって話から脱線させすぎ。

本筋で分が悪いからって論点ずらす間抜けとは話しできんわw

2020-05-23

腐女子文章は長くてよく脱線する

普段コミュ障なのに自分テリトリーに入った瞬間にマシンガンを乱射する典型的なオタ

日陰に隠れて活動する分なかなか銃をぶっ放す機会ないからね

2020-05-09

任天堂提示する親子像が気持ち悪い

あつ森を始めて1ヶ月くらいが経ったんだが、「はは」から手紙あんまりにも気持ち悪くて具合が悪くなっている。

我、毒親まれ毒親育ち実家暮らし三十路独立して金銭的に余裕を持てるほど稼ぐためのステータスが足りなかったので自業自得とされがちのサバイバー。ようは「毒親から逃げないのはそこが居心地いいからでしょ(プクス」と言われるアレ。

仮に家計義務として少ない賃金の1/3〜半分を居候代金として支払わされていたり、逃げ出そうとすると会社まで押しかけて来たり、かつて親に抵抗した際、4階のベランダから落とされそうになったり包丁を突き付けられたり座れなくなるほどケツを叩かれたり往復ビンタで吹っ飛ばされて棚を壊したりして親に逆らう事を徹底的に禁じられていたとしても、三十路近くまで家を出てない人間社会的に見るとただの親の寄生虫自業自得とされるものである最近は親に体力がなくなったので殴られたり徹夜で怒鳴られることがなくなったし稼ぎ手が自分だけになりつつあるので搾取される見返りに比較平和暮らしている。ちなみに毎日人格否定はされるし気分次第で数時間説教を食らうことはある。

早くも脱線した。ごめん。話を戻そう。

あつ森では定期的に"はは"から子を思うていでありがた迷惑ハンドメイド雑貨を送られてくるのだが、これが気持ち悪い。『ありがた迷惑な』って部分が気持ち悪さに拍車をかけている。子は"はは"からプレゼントを受け取る。

それが「いらないって言ってるのに」と渋々なのか、思い返してみればいつでも母は子を気遣うものなのだほっこりしながらなのかはユーザーに委ねられているものの、その大前提として「親からの愛は絶対正義である」というものがあるように思えて仕方がない。

(ちなみにこの家具リメイクができるのだが、正直なところ、たとい毒親であっても人様の作ったものに手を入れる事は正直気分の良いものではないし、そこまでして親の送った物を使う気にもならない。また、リメイク選択肢の中には、より『ありがた迷惑な』形もある)任天堂そういうとこある。マジでマジで

ついでに言うとパッチというぶつ森マスコットともいえるぬいぐるみのどうぶつが早々に引っ越してきたのだが、甘えん坊口調で『ははの』シリーズを揃えた家具で、部屋の曲はたしか『だいすき』なのだが、この曲の出だしも確か「おとうさんとおかあさんが〜」みたいに聞こえるとかそういうのであるので、日に日に顔を合わせるのがしんどくなってきている。

ポケモンの剣を最近クリアしたのだが、この世界観でも基本的には親の愛情というものが随所に表現されており、例えば主人公試合を観に来たり主人公背中を押してくれる母親像というものがねっとりと描かれている。今作では孤児院育ちのキャラクターも出ており、昨今流行多様性()としてもてはやされていたように思えるが、あくまでもこれはビートポプラの親子像への前振りとしての扱いでしかない。

たこれは任天堂 ((株)ポケモン)の責任ではないけれど、おかげさまで『可哀想被虐待児のビートくんが幸せになる話』の二次創作が大流行した。どいつもこいつも被虐待児をフィクションのズリネタにするの好きよな。

ビートについては、これは個人の感想ではあるが、人一倍努力などしなくてもただ愛される事こそが人権であり、人一倍努力をしてようやく認めてもらえるジムリーダーとしての道は別に救いでもなんでもない物だと思う。赤ん坊喃語を発するだけで褒められる程度の愛情を貰うところからスタートするべきであるが、どうやら育ちが恵まれない子供は、まともな子供の数百倍努力をしなければ人権を得てはいけないらしい。

剣盾についてはいわゆる『いけすかない女』が顔芸をさせられるなどもほんと任天堂((株)ポケモン)そういうとこやぞって感じですし、きんのたまおじさんの頃から価値観自体は大して変わってないっつーか、なんていうか気持ち悪いな。きんのたまおじさんはいなくなってた(気がする)ものの、噴水から出て来る変質者がおいしいみずを渡して来る所とか、露出狂おもしろネタに出来る精神性のままなんだよな。ほんと。どういうツラして肌の色や性別表記修正多様性ごっこしてるんじゃろな。

ポケモン次回作を買う気が失せてしまったなと思いながら、そういうのがなさそうなどうぶつの森スローライフするかと買ってみたのにこの仕打ちだよ。世間はどこまでも毒親育ちに厳しい。

2020-05-03

受験生が刀ミュに人生を救われた話

刀ミュに人生を救われている受験生です。

そもそも、今まで「ミュージカル刀剣乱舞」という作品に対して「刀剣乱舞キャラクターの服を着た人が歌って踊る」くらいの認識しかなく、むしろ世界を守るために戦っているのに歌って踊っている場合なのか?」と思っていた。

そんな私が刀剣乱舞ミュージカルを見て楽しめるのか? と訝しながらも、刀ミュガチ勢友達が薦めてくるのでせっかくだからと見てみることに。

結果、最高。

本来「モノ」であった刀剣が肉体とこころを持ってしまたことで生まれ葛藤、死んでしまった主に再会できたことに喜びながら、でもここに派遣されたということは主の最期を見なければならない、幸せ時間うたかたの夢であることに気付いている刀剣男士の苦しみ……。歴史の渦に翻弄されながらそれでも『生きた』人たち……(しんどい)。

それと対照的に、第二部や真剣乱舞祭の圧倒的なエンターテイメント性……。キラキラしてる……。あんなにキレキレで踊ってるのになんでめっちゃうまい?????? 私と同じ生き物ではない。

すっかりファンになってしまった……。「イケメンが歌って踊ってるだけでしょ」とか言っててすいませんでした。靴舐める

しかも、現在進行形でこのコロナ騒動翻弄されている受験生の私にとって、特に救われたことが二つあった。

まず一つ目。

現在私の学校集団授業再開のめどが立っていない。三月一日から授業ができなくなり、そこから一度も授業を受けてない。映像授業もようやく再来週から始まる状態で、できることといえば週に一度だけ配布される課題を黙々とこなすことだけ。私は予備校映像授業も受けていたのでまだラッキーだったけど、ほんっとに……ほんっとに虚無(でも私の学校はまだしっかり対応してくれてるほうだと思う)。

 一日中パソコン映像授業を受けているのでターゲッティング広告がすべて東進予備校になった。「模試受けませんか?」ってもう受けとるっちゅーねん!!!!!

しかも私、ちょっと変な大学に進学しようとしてるので、予備校の授業を日本史しかとってない。学費クソ高いからこのままじゃ進学できるかもわからんのに毎日毎日日本史勉強する日々……。

「お前は王族の血を引いてるから」ってわけわからん滅んだ国の文字勉強させられてる在りし日のムスカ大佐に異様に感情移入してしまう。

しかし、ミュージカル刀剣乱舞を見た瞬間……。

読める、読めるぞ!!!!!!!!!!!!!!(クソデカボイス)

阿津賀志山の戦い戊辰戦争姉川の戦い、長篠合戦……。

文字戦果の羅列でしかなかった歴史が、ミュージカルのおかげで色づいた。ムスカがあそこであんなに興奮してる気持ちが痛いほどに分かった。だってこれ進研ゼミでやったもん。

みほとせの部隊が竹千代保護して最初にするのが『城の修復と日々の記録』ってめっちゃエモいな(家康征夷大将軍になって最初に行ったのが江戸城造成と郷帳、国絵図の作成)」

とか、

「結びの響、はじまりの音によってもたらされた変化は、みほとせであれだけの祈りをもってもたらされた泰平の世を塗り替えるものなのかぁ」

とか習った歴史を思い出しながらしみじみできる。む、報われた……。日本史勉強しててよかった。

個人的に、榎本武揚五稜郭籠城中、榎本が秘蔵していた国際法研究書を「これから日本に役立つものだ、戦火の灰にしてはいけない。これから日本に役立ててほしい」となんと敵方である幕府軍黒田清隆に送ったエピソードがすごく好きなので、ミュージカルあんなに魅力的な人物にえがかれていて納得しました。そりゃ黒田も感動して助命嘆願するわ……。

黒田清隆死刑にするべしと言われていた榎本を救うために坊主頭にしたんですよね。敵であった人物にそれだけさせるだけの説得力があった。

しかも、戦火の灰にしてはならない、と言うってことは榎本には五稜郭戦場にする覚悟があったってことなんですよね。そんな覚悟をさせるだけの土方歳三……流れ星を見つけ流れ星のように生きた男……。

話が脱線した。

でも、それだけミュージカル刀剣乱舞は魅力的でした。最高。日本史勉強しててよかった、って思えてよかった。ありがとう大学受験はどうなるかわかんないし、志望校受験できるかわかんないし、高校さえいつ始まるかわかんないけど、それでも日本史勉強してたから私はこのミュージカルをたくさん楽しめた。

ならいいや!!

二つ目

私の学校、春に運動会夏休み明けに学園祭があるんですよね。

運動会はほぼ練習終わってるし、学園祭夏休み中に劇の練習があるので、夏休みが無いと言われている現状、開催が絶望的。もっと言ったら友達引退ライブもたぶんできない。

つれ~~~。ほんとならライブハウスを貸し切って、めちゃめちゃモッシュして最高に盛り上がるはずだったのに。

でも!! 

ミュージカルを観て、舞台の上にいる誰かの真剣な顔を見てはっとしたり、真剣乱舞祭でキラキラしてる誰かにキャーキャーしたり、なんかそういうので『『青春』』成分を補給できた気がする。

そりゃ、何か月も稽古をして、それが本業俳優さんと同級生を同列に語るのはとても失礼だけど、でも、二か月も友達としゃべっていない虚無虚無プリンな今の私に一番必要だったのは、友達と一緒にかっこいい誰かにキャーキャー騒げる、そういう他愛ない時間だったのだと痛感した。

もう、ぼろっぼろに泣いてる。アホほど感動している。

私、全然刀剣乱舞知らないんだよ……言っちゃえばミュージカルがほぼ初見なので、キャラクターとしての彼らをあんまり知らない。え、ゲーム内の彼らは歌って踊らないですよね……。刀だもんね……。

のに、刀剣男士が、主を、仲間の刀剣を、歴史を、どれだけ大事に思っているか

主とともに紡いだ歴史とともに、自身をどれだけ誇りに思っているか

そして主(審神者さん? とにかく観客席の方たち)がどれだけ刀剣乱舞というコンテンツを愛しているかがビッシビシに伝わってくる。ミュージカル観ただけなのに。素敵なジャンルだ……。

長くなっちゃったけど、最高でした、ミュージカル刀剣乱舞

受験終わったら円盤買いますね。年末にはコロナ渦が収束してたくさんの審神者さんたちがまた騒げることを願っています

最後に昨日「三百年の子守唄」の見どころを友達に聞いたところ、「ファンサのとき良い匂いがした村正」と言われた。

どう味わえと。

2020-04-28

anond:20200428092909

銭池さん!

・・・脱線するけど、音で聴くとついつい変な連想してしまう恩地さんやけど、字で見たらなんか昔に賜ったとか凄い歴史ある由来がありそうやなあ

2020-04-19

ブクマカでアベノマスクに数百億円かけたバカ政府という言動よく見る

例えば日本人が1億人いるとして、

 

マスク1枚100円として、2枚届くので200円

定形外郵便で届くとして、マスクサイズ9.5cm×13.5cmなので規格内として120円

 

マスク本体と送料で320円で、1億人いたら320億になることくらいわからない人ばかりなのかな。

え、もっと安くしろ市販品の価格で換算してこれなんだから、安くしろと言ったあなたが2億枚のマスクを安く作って配布してほしい。

 

マスク有用性については、

無自覚感染者がマスクをつけることによって飛散するのを防止する

・小ささに関してはその通りだけど、口と鼻を隠して飛散できなければいい。市販不織布マスクみたいに顎まで覆うタイプではないのは明白

・完全に飛散を防止できないだろ!という声もあると思うが、医療N95マスク以外は大差ないので飛沫を防止できれば良い

そもそもマスク配布の目的医療機関へのマスク優先配備と、それ以外の人の不織布マスクが手に入るまでの繋ぎ

 ・布マスクを洗って何度かローテーションする間にマスクを確保してくれよっていうやつだよね

 

福井県が50枚入りマスクの2箱購入券配布みたいな形がいいんだろうなぁ。

でも政府マスク買取して配布とかしたら「政府の強権ガー独裁ガー」みたいなこと言うやつ多いと思う。

あと、福井の事例は世帯ごとだから2箱程度では1か月もたないところ多い気がするんだよなぁ。

 

台湾くらいのムーブができればいいけど、難しいよなぁ

追記

金の話から脱線して自分馬鹿さ具合がわかってよかったわ。ただ思ったことは書いておこうと思う。

 

マスク配布自体個人じゃなくて世帯ごとだったわ申し訳ない 

・散々マスクが無いマスク買えないって言っておいて、いざ配布されるとわかったら「布は違う」「低品質」とか言うのはダブスタが過ぎる。布マスクでも飛散は防げるというデータは散々出ている

そもそもマスクですら買い占めで購入できなくなってるからこその配布じゃなかったか

医療費に突っ込めとかいうやつも考えなしに言ってるだろうけど、具体的に何に突っ込むべきだと思ってるの?PCR検査保険適用されるし、まさか人工呼吸器を増やせってことじゃないだろうな

マスク工場に金突っ込めは正論だと思う。ただし国内工場はフル稼働なところに金かけても稼働する人を増やせないし難しい。ただ新規工場つくって出荷できるまでどれくらいかかるんだろうか

・作り方周知っていうのはいままで散々されているんだけど、厚生労働省で作り方とか周知すべきだったのか?まぁ作ろうにもゴム紐も買い占められて手に入らなくて詰んでるが。靴下で作るやつとかは画期的だけど最近知ったからな

 

さら追記

わかったわかった。お前らは「ぼくが考えた最強の税金の使い方」を政府しないとすぐ叩きたいやつらなんだよな。そのことすっかり頭から抜けてたわ。

日本がそういう使い方してないと思うなら日本から離れればいいと思うがね。どうせ難癖付けて離れないんだろうけど。

2020-04-09

政府がアホやから日本死ぬ

今回のCOVID-19感染症武漢流行から見てきての所感。日本国は、起きている事象を把握し、人・モノ・金の適切な投入がまるでできていない。4月8日に発表された緊急事態宣言のものは、そんなに悪い内容ではないが、実効性のある政策としては、いくつか重要漏れがある。

まずは長期戦略国内のCOVID-19流行は、ここ数日で始まったわけではない。1カ月以上前から国家危機が訪れる可能性は、十分に示唆されていた。それにも関わらず、現状としては「緊急事態を1カ月で脱出する」という緊急避難方針と、1カ月かけての「効果測定」が目標となっている。端的に言ってアホだ。

4月6日の、新型コロナウイルス感染症対策本部会合安倍総理は「PCR検査の1日の実施数を現在の倍の2万件に増やす」「保健所体制整備と合わせてクラスター対策を強化する」という方針は出ている。これは大変良い方針ではあるが、いつまでに、どう実現するかが不明瞭であり、4月8日緊急事態宣言に伴う会見では、一切触れられていない。

ここ最近の、特に東京都検査状況を見るに、「検査実施数」「保健所体制整備」については悲惨な状況が続いている。この両者の不足は、それこそ何週間も前から話題にはなっており、3月2日国会答弁において「すべての患者検査を受けられる十分な検査能力を確保する」と某総理大臣が明言したにも関わらず、国にしても、東京都にしても、改善の手は僅かにしか打ってこなかった。オリンピックを気にして、報告数を抑えるために放置していたのかもしれないが、現状はどこからどう見てもアホだ。

そして、ここを本気で改善する気があるのであれば、緊急事態宣言に伴う会見において、コミットメントは無理だとしても、何らかの責任ある発言はあってしかるべきだが、見事にスルーされた。

この「長期戦略がないアホ」と「検査能力不足のアホ」は密接に絡み合っている。軍事に例えて言うならば、作戦目標不明なうえに、スカウティング(偵察)能力も足りない部隊が、勝利できるだろうか。しかも今回の敵は、隙を見せれば指数関数的に増えるのだ。

ここで少し脱線あくまで私の観測範囲だけかもしれないが、ネットを見ていると、今の東京ニューヨークのx月x日と一緒だ。日本対策は緩すぎる。強力なロックダウンと、それを守らせる/守るための充実した補償をという意見が、個人マスコミ含めて、とても多いように感じる。補償に使われるお金というのは、信用創造という仕組みで生み出すことはできるけど、信用についても、生産力や「生産に伴う徴税」により担保されている部分も大きい。もちろん、国の信用をすり減らして、一時的お金を生み出すことはできるけれども、財が生産されない期間があれば、その分だけ国富は失われる。

もし仮に、強力なロックダウン実施しないと、より多くの生産機会が失われたり、信用が失われるのであれば、強力なロックダウン有効な仕組みだ。一方で、過剰に人の動きをとめて、全部補償するのは、莫大な富を失う、極めて不条理な行動になる。それでは、強力なロックダウン必要なのだろうか。今回の非常事態宣言で十分かもしれないが、もしそうだとしても、いつまでつづければいいのだろう。行動抑制政策の緩和を決断したとして、やっぱり再開しなければいけないという判断はどうするのだろう。そう、あのアホが登場するのだ。「検査能力不足のアホ」

このアホがゆえに、正しい判断ができずに、ものすごく大きな国富リスク晒し、目隠しをしてのギャンブルをしなければいけない。それが日本国の実情だ。そして改善兆しは見えず、現場疲弊し、あるのは期限不明方針だけだ。この検査能力は、この疫病との戦いで直接的・間接的に使える武器でもある。直接的には、緊急事態宣言の会見の中での言及もあった「クラスター対策による封じ込め」だ。言い換えると、検査検査検査隔離。もしも陽性となり隔離ができれば、もう他の人に感染させることがなく、その接触者も自宅待機させることで感染抑制できる。スピード大事だ。早く隔離できれば、それだけ2次感染、3次感染は防げる。

(この「接触者」は発症するまでは検査不要という指針がWHOから出ているが、無症状の人が一定比率存在し、その無症状者から感染の報告もあり、「接触者の接触者」は待機していない現状からすると、検査能力接触調査能力に余力ができ、検査場での感染リスクが抑えられるのであれば、無症状の接触者も含めて検査実施価値はある)

そして、検査を間接的に使う方法は、長文になるし、多くの人に知って貰うべき内容でもないので詳細は省くが「大きなレッドゾーン」を作り、感染確定者をひとまとめにし、人的リソースや、特に今後の枯渇リスクが高い、防護具を節約する運用体制確立するための活用となる。病院におけるマスクをはじめとしたPPEの兵站は、現状ですら怪しい状況にあり、さらには輸入も途絶えつつある中で長期戦になることも明確だ。感染有無が不明確な患者がいると、1人づつ防護具を着替える必要があるが、こんなことを悠長にやっている余裕がないのは明瞭だろう。検査実施についても、検査場所や日時を調整をするスタッフ、毎回着替えて検査実施する医師、そのあとに検体を密封して運ぶ保健所職員等、人的リソースも含めて枯渇するのが当然な運用が続いている。

早急に専門検査場を用意し(閑古鳥のないているクリニックとか、公園に検診車とか)、完全予約制とし、防護具の脱着なしに毎回消毒液噴霧の体制とし、検査場内での感染リスク排除しつつリソースの消耗を抑制する運用確立するべきである。防護具の枯渇を防ぎ医療スタッフを守るのが、作戦遂行上、何よりも重要なのは、どんだけ戦略がなくても自明だろう。

ついでに、初乗り5000円とかでいいので、解雇多発のタクシー業界で、検査場までの安全輸送手段検討するといいだろう。長期戦確定なので、単純努力とか根性ではなくて、余剰な資源を生かす形で投資をし、今後ボトルネックとなりうる希少リソース節約するオペレーションを考えるべきだ。この例だと、医療保健所スタッフ・防護具を節約するために、感染疑い者の方を運び、感染不明瞭者をできるだけ病院に近づけないという方策だ。運転席と客席を気密隔離して、毎回消毒できるようなタクシーを改造するような投資必要とはなるが、一定雇用が守れ、希少なスタッフや資材の消耗を防ぎつつ、感染者の移動に伴う感染拡大リスクも防げるだろう。

(余談になるけど、他国を見ていると、一定数以上の流行規模になると、いくらロックダウンしても病院周辺へ人が集まり、そこを中心に感染が持続しているように思える。家族の手を煩わせない感染疑い者/感染者の輸送手段確立や、病院内における「感染疑い者(本当は未感染)」への感染抑止も有効感染抑止手段であり、そこにコストをかけるのはロックダウンに比べると格段に費用対効果が高いと思う。)

検査場の混雑を避けるための予約の仕組み。積極的疫学調査における行動歴や接触者の調査。これらはIT活用し、極力省力化や高度情報化をすすめて、長期戦を戦い抜く工夫も必要だ。国としても、もはや厚労省単独でことに当たる状況じゃないだろう。多省庁での連絡会議を定期開催し、長期戦前提でできることを早急に進めるべきだ。検査機械化・自動化もあれば、文科省他所轄の感染研以外の研究所大学から応援必要だ。東京検査能力限界を超えれば、国交省所轄の業者でも自衛隊でもいい。検体を余力のある他県の検査室へ運ぼう。接触調査なんかは、警察警察OBも得意分野だ。

途中少し省略したけど、どうしても書かなければと思ったことを書きなぐったら、クソ長くなった。ソーシャルディスタンシングや、軽症者施設確保が進んだのはとても良いことだけど、まだまだ、やらなければいけないことは多数ある。日本は、国家債務も大きく、経済成長も乏しく、また国の信用の元である日銀資産にせよ、我々の老後を守る年金資産にしても、多くの国富が「日本社会の生産力」に投資されている。疫病を克服しつつ、「日本社会の生産力」を維持し回復しないと、「日本死ぬ」は、あっけなく現実のものになるだろう。

そのための総力戦に、まずは検査を。そして、人・モノ・金を適切に動かそう。ロックダウン補償は最適解である可能性もあるが、大きく間違っている可能性もある。政治家官僚、そしてマスコミも、普段の何倍も頭を使って、ゴールに一歩でも近づけるよう、死力を尽くして欲しい。

おま誰?

3月4日こちらの増田https://anond.hatelabo.jp/20200304212124)を投下する程度には病態理解していたり、検査の過不足については2月末から指摘している(https://anond.hatelabo.jp/20200228013154)けど、ただの匿名ブロガー

2020-03-29

フランス映画

1934 白き處女地

1935 女だけの都

1936 L'Appel du Silence

1937 Légions d'honneur

1938 Alerte en Méditerranée

1946 ファルビー

1947 Monsieur Vincent

1948 Les Casse-pieds

1950 のん大将脱線の巻

1951 田舎司祭の日記

1952 夜ごとの美女

1954 青い麦

1955 Les Évadés

1956 赤い風船

1956 夜と霧

1957 リラの門

1958 危険な曲り角

1959 Les Étoiles de midi

1960 真実

1961 地獄決死

1962 明日太陽

1963 Un roi sans divertissement

1964 Le Monde sans soleil

1965 ビバ!マリア

1966 Fruits amers

1967 パリめぐり逢い

1968 夜霧の恋人たち

1969 Le Grand amour

1970 愛のために死す

1971 La Veuve Couderc

1972 夕なぎ

1973 Projection privée

1974 パラード

1975 アデルの恋の物語

1976 タタール人砂漠

1977 クラブタンブール

1978 Un papillon sur l'épaule

1979 I... comme Icare

1980 アメリカの伯父さん

1981 検察官

1982 美しき結婚

1983 人生小説

1984 田舎日曜日

2020-03-24

anond:20200324130936

ちゃんクラス名なり関数名と内容が合ってればいいと思う。

名前の処理内容から脱線しすぎるようなif文が問題

if文が多いソースって、「てにをは」が多すぎる文章みたいに見える。

あとif文って単純に処理負荷が多いみたいな話を昔聞いたことあるけど本当なんだろうか…

2020-03-20

anond:20200320125946

エリートサラリーマンほどこういう社会レール脱線暴行チャレンジしまくっても無罪放免になりやすイメージがある。

飲食バイト暴行しても周りの部下や後輩が機転効かせたおかげで警察沙汰にならずにノーダメージなエリートたくさん知ってる。

しかそいつら同じこと繰り返す。

キャラ改悪二次創作をしてる側

だと思う。今はほぼ書いてないが。話題になっていたらしいので読んでみた。

そしてこれは便乗お気持ち改悪です。

一言で言えば原作他人二次創作は切り離した方が精神的にはいいと思います

少なくとも私は原作推しを動かしている気がないです。

それは解釈問題だったり自分の力量が関わっていますが、自分が書く推し原作推しがはっきりと乖離してる自覚があります

ではなんでキャラ改悪二次創作が生まれるのか、自分の思ったことを書いてみる。

真面目に二次創作してる人はイラっとくるかもしれない。あくまで偏った個人意見です。あと腐視点

キャラ改悪する理由

・あるシチュエーション・要素が好きで好きで仕方ない

原作で見れないものが見たい

・他に書きたいものがあっても原作の設定を間借りすることに意味がある

1つ目は性癖問題。どのカップリングに行っても、必ずあてはめるシチュエーションがある人はいると思う。

きっと元記事の筆者は、好きな要素を優先させるより原作考察から発展した二次創作が読みたいのだろう。

だがこの世には萌え先行というタイプがいる。とりあえず好きなものに好きな推しを足し算して萌える。原作に馴染ませようとする人から、最悪辻褄が合わなくても萌えれば正義な人まで様々。

どちらが支持集めるかは、正直タイプ関係ない気がする。二次創作者は考察してるつもりでも読者の捉え方と一致するとは限らない。

そして読者は全員が全員原作考察しているとはいえないと割り切った方がいいと思った。

私は推し自分好みのことしてくれるだけで興奮するので、それを書いている。ここの捏造が原型を留めていないと改悪と呼ばれるのだろう。

改悪とわかっているのに書く理由は、「そこに原作があるから」だ。

2つ目はそもそも原作を下敷きにしたIFが見たくてやっている。これが原作否定に見えるかもしれない。

IFといっても、これも考え方が色々だ。公式でないカップリング存在自体がIFだとか、そもそも原作以外はIFとみなすこともできる。

現パロやオメガバース女体化など世界観ごと置き換えるパラレルから、「もしもAじゃなくてBを選んでいたら」レベルも全部IFだ。

たまに根幹を守ったままIFに落し込む作品出会えると感動もひとしおだ。脱線した。

記事によると界隈では原作設定を無視したパラレル設定が流行したということだろう。それをまるでA×Bの本流みたいにされると違和感がある気持ちはわかる。

ではなぜそれが流行るのか。それは書いた人がめちゃくちゃ文章が上手い人なのかもしれないし、単に大手の人の性癖に刺さって拡散されたからかもしれない。

理由は推測しかできない。

でも極端な話、「このキャラがこんなことする訳ない!」という話は「絶対原作じゃやってくれないこと」だ。

ギャップ萌えといえば聞こえがいいか。怖いものみたさかもしれないが。

それらは原作があってこそ「ありえない」と感じられる。その「ありえなさ」に説得力文章力がついて面白かったりすると、ある種のIFとして読めてしまう。

最初は「○○さん次元のA×B」と消費していたつもりが、あまりに斬新だったり強烈だと侵食されてしまうこともしばしば。

他人解釈に影響されやすい人って意外といると思うんですがどうだろう。

こんな風に原作踏み台にして、二次創作が前面に出ていることが「リスペクト不足」にみえているのではないか

それは…書いている本人にしかからない。ヤバめな欲求だって表に出さなければ、普通原動力だ。

私の場合原作尊敬していますが、原作再現を諦めた。

諦めるぐらいなら二次創作するなという意見もあると思う。まっとうな正論だ。

言い訳しかできないので次行きます

最後は題材が推しカプであることに意味があるという話。

まず、よっぽどの上手い人じゃないと一次創作で書いても人に見てもらえない。

一次創作に持ち出すとして、設定はどこまで寄せたらパクリになる?見た目?世界観は?

それに二次創作でついたフォロワーを失いたくないという人もいるだろう。二次創作を求められたらどんなに歪んでいても「推し」を書くことでしか界隈にいられなかったりする。

最初原作推しが好きだったけど、だんだん自分欲望を優先させたくなった人もいてもおかしくない。

というか三次創作まで発展してしまうような影響力がある人のことは全然わかりません。それを持ち上げる人のこともわかりません。

交流がとても楽しくてそっちの方が本音だったり、推しを改変することに生き甲斐を覚える人なのかもしれないし、あるいは本気で原作に沿ってると確信して書いているのかもしれない。

全てが的外れな自信しかない。

正しい推しより原型のない萌え原作よりキャラ改悪が支持される界隈。

それはつまり間内で騒ぐ燃料として、その人の二次創作が選ばれただけです。

正直良さはわからないけど、この二次創作いいね!と言っておかないと輪に入れない。本気で面白解釈だと思っている。三次創作を通してさらに仲良くなりたい。なんか流行っているから乗ってみた。

推しカプが好きという名目で集まっているけど、その内実は人それぞれ。

もちろんきちんと考察をした推しカプがみたいというのも一つ。

そのどれも原作には何一つ関係ない。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってことですよね。考えすぎです。界隈のとばっちりです。

大体元ネタがある創作インターネットに上げて、それに賛同するのって不思議現象ですよ。

あんなIFが見たい。推しを書いて人に求められたい。同志で仲良く萌え語りしたい。書きたいものが書きたい。

表では言わないけど原作への尊敬けが創作原動力ではない人ばかりだと勝手に思っています

リスペクトゆえに言えないけど、本当は自分の書いた推し原作より好き。むしろ原作より面白ものが書ける自信がある…人もいるかもしれない。

とにかく共通設定が守られている(と作者が考える)だけで『二次創作』でくくれるって中々乱暴で懐広いですね。すごい。

また話がズレた。

そこまで考え込んでしまうなら、二次創作は等しく人形遊びの発表で交流ツールだと思ってみるのはいかがでしょうか。

原作にまで悪影響を及ぼしているなら、尚更二次創作を切り離して同姓同名の別人だと見切り付けるべきです。

リスペクトしたら面白くて萌えものになるとは限らない。していなくても読者は萌えときがある。そんなもの

からは一点だけお願いして終わろうと思います

創作者の方々、原作からわざとキャラを改変させている際は注意書きを忘れずにしていただきたいです。

なぜなら、キャラ崩壊性癖なんです!!!大好物なんです!!!

それだけで救われる命があります!!お願いしま!!!

二次創作の考え方の分類は以下を参考にしました。

個人二次分類=トップダウン(自萌ありき)型とボトムアップ(考察)型

https://togetter.com/li/540603

2020-03-16

2020年3月16日日記

今日は、ちょっと日記目的からはずれてしまうけど、前々から感じていたことを刺激する記事があったので、脱線します。

「働かないおじさんにならないための2つの方法 30代以降は自分専門性を磨くことが大切」 っていう、東洋経済記事は、

まあ、いまいち偏ってるね。

人事系の方々が、これからリストラ賃金カーブ見直しをする為に、外壕埋めて、策を弄してる感が丸見え。しかも、本の宣伝付き。

昔のメディア記者の方々は、そういった、公平なバランス感覚があったと思うんだけど、なんで変わってしまったんだろ?

やはり、メディアといっても、非正規社員派遣社員現場を動かすようになっているせいなのか?、あまりに偏っていて不思議だ。

もう、いいかげん人間のク○の集団(失礼)とその仲間(コンサル)たちの主張だけではなく、彼らの失策

いかに、社員のやる気を削いでいるのかを指摘する記事も載せないとバランス悪いですね。

悪いのは、人事の失策であって、個々の社員じゃないよ。

残念なのは世代間の対立を煽って、漁夫の利を得ようとする人事のあくどさに、どれくらいの人が理解できてんだろうか。

世代間の対立を煽る構図って、大昔は、指導者階級が、アメリカが悪いといって煽った構図と同じ。それを、国内対立軸に置き換えているだけ。

おそらく昔なら、労働者は団結して、会社と戦うんだろけど、まんまと世代対立の罠にハマってるなと思う。

そういう意味では、今日本社会にまったく貢献していない経団○とか労○なんて、老害組織象徴だとおもう。言い過ぎかな?

どっかの過激政治家が、解体しようって言ってくれないだろうか。

だって日本社会にまったく貢献していない団体って必要かね?これから日本に、、、、

「働かない団体にならないための2つの方法 設立30年の歴史以降は団体社会貢献を磨くことが大切」

って記事でも書くか。

2020-03-13

姉が嫌いだ。

少し前から二次創作なるものをしてたんですね。

イラスト練習したことなかったか文字のほうの。

それで、少し前からちょっとずつ書いてきた作品を先日投稿したんですよ。

今までの作品は4000字とかだったんだけどその作品は1万字を越えて、自分にしては長い文字数書いたな、頑張ったなって思って、どうせなら表紙も作っちゃおうって表紙メーカーで表紙の画像まで作って。

投稿してすぐに50ブックマークを越えて、今までの作品よりもすごいスピードで伸びたなってちょっと嬉しくアプリの通知見てたんですよ。

そんでそのまま寝落ちしちゃって、朝になってスマホの電源落ちてたんで充電して起動したスマホを見たら、通知欄がびっしり埋まってて死ぬほどびっくりした。

自己肯定感が死んでるので何回も作品消したくなって、タスケテ…タスケテ…ってなってたんだけどじわじわと嬉しさも出てきて。

自分で書いたもの評価されるってこんなに嬉しいものなのか。いや二次創作だし自分で書いたものかって言われると微妙かもしれないんだけども。

ありがたいことに二日連続ランキングに入りまして。二日目はランキングの一桁台にあったのを見てひっくり返りそうになったし変な声が出た。

なんでこんなに自己肯定感死んでるんやって思ったときに、人のせいにするのはめちゃくちゃアレなんだけども、今も昔も姉の呪縛にとらわれてるのかもしれないって思って。

たとえば小学生の時。姉が読書感想文だったかなにかで賞を取ったとき自分は一つも賞を取れなくて。

姉はピアノを習っていたけど私は何も習い事をしていなくて。

中学生の時は姉が授業で描いた作品美術室に飾ってあって。自分芸術センスもなくて小学生みたいなものしか描けなくて。

他意はない(と思いたい)のに両親からお姉ちゃんは賞を取った」「お姉ちゃん作品学校に飾られている」って言われて、そのころにはもう劣等感の塊みたいになってて、もうだめだったのかもしれない。

高校に入ったときに、姉を知っている先生から「(姉)の妹か!」って言われて、なんかもうだめだった。自分勝手に姉の呪縛にがんじがらめになっていたのかもしれない。

両親からは「お姉ちゃんと違って自分意見を言わない」「お姉ちゃんは○○したけどあんたはやんないの」って言われて、気が狂いそうだった。

姉が大学進学して、実家を離れても両親の話題は姉姉姉、もしかしたら自分のことも話題にしていたのかもしれないけど、正直覚えてない。

そんで私が就職して、二十数万を姉に貸したまま何の音沙汰もない時期もあって、たまたま見かけた姉のSNSで某テーマパーク画像投稿されているのを見てもうだめだった。私こいつに金貸してるんだよな?というか私の精神だめになりすぎでは?気が狂っているのでよくわからないです。

話が脱線しすぎた気もするけどそんなこんなで、なにかを褒められたとしても「どうせ姉がやったらもっと褒められるんだろうな」ってすべてのことに対して思ってしまって、斜に構えたくそみたいな人間になってしまった。

から今回も「どうせ、」って思って作品を消して逃げ出そうと思ったけど、ほんのちょっとだけ正気に戻ったときに「ここに姉はいない」って至極当然のことを思い出したんですよ。

それから少しずつ、評価されることが嬉しいと思えるようになってきたとき

大阪にいた姉が仕事を辞めて実家に帰ってきた。

パワハラを受けて耐えられなくなったらしい。

うわあ大変だったんだなあと思うのと同じか、それよりも大きい感情だったかもしれない。ざまあみろ、と思ってしまった。最低だ。

でも帰ってきてほしくないとは思っていた。年末年始ゴールデンウィークに帰ってきたとき、だいたい姉が原因でひと悶着もふた悶着も起こっていたから。

姉は私と違って思ったことをすぐに口に出す。いいことも、悪いことも。両親が会話をしていてちょっと喧嘩をしそうな不穏な雰囲気になったとき、いつも私は話題をそらしてその雰囲気ごまかしていた。でも先述した通り姉はそういうことをしないタイプなので火に油を注いでしまう。もちろん、いい雰囲気の時にはもっといい雰囲気になる。姉の存在プラスマイナスが激しくなる感じなのかもしれない。知らんけど。

まーそんで姉の部屋は私の部屋の隣、ふすま一枚隔てたところになったんですけど。姉、喫煙者なのでくっさい。ヤニ臭い。私が吸わない人だからなおのこと気になる。そして夜になるとずっと大声で通話しててうるさい。静かにしゃべるとかではなく、ゲラ笑いやらなにやらがひどい。しかも深夜3時くらいまでしゃべってる。うるさい。まじでうるさい。そして酒を死ぬほど飲む。酒が入ると声がさらに大きくなる。地獄である

自分の金で酒を買うならいいのだが、私が趣味でちびちび買い集めて飲んで楽しんでいる酒にも手を出してきた。断るのってどうやったらいいんだ。自分で買えって言っても今飲みたいって言われるし、あとで買って戻すからって言われても一向に買う気配ないし。

そんな折、両親と言い合いになる出来事があった。

言い合いって言い方もおかしいな。私の反論がへたくそで言われるだけ言われて終了した。

基本的に両親から何か言われるときは「どうせこれこれこういうことなんだろう!違うなら何か反論してみたらどうなんだ!えぇ!?」って感じなので精神よわよわの私は委縮して声が出せなくなってしまう。言い返せる人すごいですね。尊敬します。言い返し方を教えてください。それと心構えも。

案の定今回も声が出なくて、頭の中ではちがう、そんなことはない、って思って一生懸命言葉に表そうとしているときに次の話になって反論できずに終わりました。もうだめだ。

次の話ってのが、母から言われた「お姉ちゃんが家に帰ってきたことどう思う」ってこと。

先述した通り、私は姉に対して異常なまでのコンプレックスを抱えているので今度は涙がボロボロ出てきてしまった。

姉だけが習い事をさせてもらっていたこと。私も習字を習いたいとねだったこともあったけれど取り付く島もなく却下されたこと。

姉だけが大学に進学したこと。私は大学に行く選択肢すらもらえなかったこと。就職しろと言われ続けたこと。

姉が大学卒業して一人暮らしをしているときお金ものの両方で仕送りをしてもらっていたこと。私は一人暮らしすら許してもらえなかったこと。

いろんなものが頭をぐるぐる巡った結果、出てきた答えは「うらやましい」だった。

ここで話は脱線するんですが、うらやましいって言葉あんまりきじゃないんですよ。ずるいって言葉も好きじゃないんですけど。手を伸ばそうとする努力をすれば届くかもしれないのにその努力をしていない状態を表すみたいに感じてしまって。

それでも「うらやましい」って思ってしまったんですよ。あさましいことに。

でも口に出したくないんですよ。嫌いな言葉からしかしほかに言い表す言葉も出てこない。それで言いよどんでいると父から「何か言ったらどうなんだ!こんな簡単質問も答えられないのか!」と怒鳴られ。もしやここは取調室だったのでは?なんて場違いなことを一瞬考えたりもしたけれども、とうとう言ったんですよ。「うらやましい」って。

言った。言ってしまった。あさましい言葉を。言いたくない言葉を。

その言葉を聞いて母は「それは性格が違うから仕方ないんじゃないの」と言った。

決死覚悟で言った言葉は一切伝わっていなかった。そのとたん、すべてどうでもよく思えてきてしまった。

きっとそのうち自殺すると思う。

マッチングアプリ彼女ができなかった32歳素人童貞の頑張ったこと(1)

anond:20200310073258

謝辞

たくさんの反響をいただけて感謝している。初めて4桁のコメントをいただいたのも嬉しかったのだが、ブクマコメント体感9割が共感に満ちた、あたたかものであったことのほうがずっとうれしかった。ツイッター上でも多くのコメントがついた。これほど多くの人が恋愛で何らかの挫折を感じていることを知ることができただけでも、自分経験を率直につづった意義があった。すべてにコメントを返すことはできないが、非常に励まされた。ほんとうにありがとう

一方で、デートを繰り返すたびにどのようなトライアンドエラーを繰り返してきたのが不明確で、問題はそこにあるのではないか、という意見をいただいたので、そこを捕捉する。

デートでのファッション

心掛けたのは清潔感だ。ただ、この清潔感の内容があまり具体的でないことが、多くの人を困惑させている印象を受ける。自分としては逆に、不潔感から減点されることがないことを心掛けた。

まず、身体面について。髪の毛は美容院で短くし、眉も整えてもらう。きちんと入浴し、定期的に歯科医歯垢を除去してもらい、ブラッシング指導を受ける。爪は短く切りそろえる。デート前にはシャワーをしっかり浴びてさっぱりする。ただし、香水はつけなかった。人によって好き嫌いがかなり大きく出るので、そこはリスクが大きいと判断した。

衣服については、ワイシャツっぽいのとチノパンが多い。靴はスニーカーではなく、革靴に似た質感のものを。眼鏡JINSをかけている。髪は黒いままだ。学生の頃はコンタクトレンズにと茶髪したこともあったが、すぐに目が痛くなってしまったし、染めるのも手間だった。髪を染めたからといって別にモテるようにならなかった、というのも大きい。

ネックなのは、そこまで皮膚がきれいではないということだ。どうも毛穴が開いてしまうし、ニキビ跡が気になる。そこが改善点だろう。

デートの事前準備

基本的に、自分のなじみのある行動圏内にした。休日を一人で過ごすときにうろつく場所だ。そこでなら、急に予定を変更しても対応可能だ。美術館を中心に過ごしているので、候補としては新宿渋谷六本木丸の内上野が真っ先にあがる。次の候補としては水族館のある品川明治神宮絵本カフェのある原宿日本庭園のある美術館のある表参道それから日本画を見られる恵比寿がある。

その近辺の映画館カフェを把握しているので。その場の流れで行く場所を考えることになっても対応可能だ。ついでに事前にイタリアンタイ料理屋などの場所を調べておく。

今後の課題としては、お酒の飲める場所だろうか。自分下戸なのでそこが困る。アルコールよりは料理お金をかけたいタイプだ。そうそう、脱線してしまうがwithにはどういう食事デートがいいかタイプ心理テストもあって、バーが好きとか居酒屋が好きとかお酒よりの料理派とかでもマッチングが行われていた。

デートの当日の会話

基本的に聞き役に回り、共通点があったら話す。体感では相手の話す量とこちらの話す量が7対3だった。知識のひけらかしは絶対にしない。聞かれたときにだけ、ごく簡潔に答える。相手の興味があるジャンルだったらそこに乗っかることも考える。

美術館映画感想は、率直に感じたとおりに伝える。ただし、否定的なことはなるべく言わない。面白かったところ、楽しかった点などを話したほうが楽しい岩井俊二監督の「ラストレター」は、内容はそこまで心に響かなかったが、個人的には庵野秀明鶴田謙二の絵を描いているという設定がかなり笑えるポイントだった。さいわい、彼女も僕と趣味共通していたので、そこがおかしいと言って笑ってくれた。その人が結局は音信不通になってしまったのだけれど、もう過去の話なので、どうでもいい。あとは、彼女によれば、岩井俊二作品には誰かに成り代わって手紙を書くという場面が頻出するそうで、その話をじっくり聞かせてもらった。「花とアリス」にもそういう描写があるそうだ。ずいぶん昔に観たはずなのだが、すっかり忘れてしまっている。

PDCAを回すとすればここなのだろうが、盛り上がるときは盛り上がるし、共通話題が少ないとなかなか盛り上げられない。共通話題が少ないと、交際に至っても大変なんじゃないだろうか。あと、実際に顔を合わせないとどうしようもないところも多々ある。さらPDCAを難しくしているのは、就活と同じで向こうからフィードバック原則として一切無いところだ。真っ暗闇の中での手探りとなり、ここで病んでしまう人も多いだろう。

他に心がけたのは、相手の顔を見てゆっくりと話すことと、声を少し低めにすることだ。

自分趣味

趣味美術鑑賞、読書ジョギング無難趣味で、本は図書館を利用するのでお金ほとんどかからない。

美術鑑賞は、月に1~2回。学生時代は西欧絵画を見ることが多かったが、最近日本画も気になっている。現代アート抵抗がない。それと、古代の出土品なども見るのが好きだ。

読書小説ノンフィクションを半々。小説古典海外文学が多い。ノンフィクション科学歴史を扱ったものが中心だ。大体月に12~13冊だが、先月は失恋したのでペースが落ち込み、10冊にとどまっている。

ジョギングは週に1度だけだが近所を10~11km走っている。頻度としては少ないが、やらないよりはずっといい。運動しなかったころに比べると仕事で疲れにくくなっている。加えて、走る前には軽く筋トレをしている。この間失恋した時に行った風俗嬢からは「何か運動されてたんですか?」と尋ねられるくらいの体型だ。ただし、やっぱりここでも顔立ちは褒められたことがない。

付け加えるとしたら旅行だろうか。ここから話題が広げやすい。

学生時代のデート

男子校に行っていたので、初デートが19歳でのことだった。大学中国文学での授業で知り合った女性を、夏休み直前にデートに誘った。けれども、あまり盛り上がらなかった。しかも、無理に手をつないだら痛烈な軽蔑まなざしで睨み返してきた。そして、夏休みの予定がすっかり空になってしまった。たくさんデートしようと期待していたのに打ちのめされた。懐かしい。だが、今でもあのことが胸につかえていて、女性と気軽に手をつなぐことができない。とはいえデートした女の子はみんなポケットに手を突っ込んでいたので、勇気を振り絞っても仕方がなかっただろう。

大学での思い出は他にもいろいろとある講義で、隣の女子に何気なくしかけた次の週に、まるでボディーガードのようにその女子友達らしい人物が控えていたのが、悔しかたことを思い出した。普通に友人になりたかっただけなのに。

街コン

社会人になってから、都合三回ほど街コンに出かけた。とはいえデートにつなげることは一度しかできなかったし、それも一回目で終わってしまった。

街コンメリットは、マッチングアプリとは違って必ず対面で話ができることなのだが、進展しなければそれまでだ。それに、街コンのものに何らかのテーマがないと初対面の女性との接点がほとんど持てない。なんとかデートに持ち込めたのは美術館で行われた街コンだった。恐竜に関する企画展で行われた街コンでは、一応テーマがあって理系女子も多かったはずだけれどもほとんど会話ができなかったし、テーマがまったくないときには非常に困ってしまった。なにより、その時に運営側手際があまりよくなかったうえに男性が余り気味で、男性4に対して女性2でテーブルにつく羽目になった。なお悪いことに、同席した相手があまり柄のよろしくない人で、女性がいないときには平気で卑猥なことを口にしていたのが耐え難かった。女性マッチングしなかったのはこいつらのせいじゃないか、とも感じられたのだ。おそらくは八つ当たりだ。

しかも、結局は数人のモテる相手だけで連絡先交換が行われていた。たぶん婚活パーティに参加しても、同じ結果になりそうだ。

ナンパ

2回ほど経験がある。

1回目は塾講師をやっている友人とだ。カラオケボックスで2人連れの女性を落とし、その場で交互にセックスしたという剛の者だ。街コンで連敗していた自分は自棄になって彼についてカラオケ屋に行ったのだけれど、そこでもうまくいかなかった。女性連れの部屋を探し、扉を開けて「一緒に歌いませんか?」と何度も言ったけれど、普通に迷惑から帰ってください」と言われて終わった。今振り返ってみれば、そりゃそうだろうと思う。反省している。二十代前半の黒歴史で、一番恥ずかしく、忘れてしまいたい。

2回目は湘南海辺での話だ。獣医をやっている男で、犬を飼っている若い女性に自然な形で話しかけて仲良くなれるタイプだ。二人して江ノ島をうろついていたが、僕がうじうじしていたのもあり、結局うまくいかなかった。その後、彼が勝手に姿を消して、どこに行ったのかと電話を掛けたりメールしたりしているうちに、水着姿の大学グループを連れてきた。結局僕はビキニギャルビーチバレーをして遊んで帰った。楽しかったのだけれど、結局は僕がいるかナンパがうまくいかなかったのかもしれない。

とはいえ、そのイケメンの友人も妻の浮気離婚しているし、失礼な女性にばかり引っかかっているので、イケメンにはイケメンの悩みがあるらしい。別のイケメンの友人も女性側が不倫していた。なんか自分の周囲はこんなのばっかりだ。ただ、基本的男性側の話しか聞いていないので、バイアスがかかっている可能性は否定できない。

なんにせよ、一番向いていない方法だと学んだ。

かわいい後輩女子たち

ちょうど就職した直後、文学サークルの後輩女子三人とそれぞれ二人きりで会うことになった。パフェだとかガレットだとかチャイだとかをおごって、ああだこうだ話したのはとても楽しかった。けれども、基本的にはそれっきりだった。僕もそれほど期待していたわけではない。学生なら、社会人の先輩からランチくらい当然おごってもらいたいだろう。SNSを見るとみんなそれなりに元気そうなので良かったけれど、僕もサークル恋愛がしたかった。

サークル内部の一組のカップルは結局結婚した。誰が見てもイケメン美女カップルだった。もう一人のカップルは男が平気ですれ違った女性に対して「あいつはブスだ」とは言うような奴だったし、女性蔑視的な言動が多かったのに、なぜか彼女ができていたのが、今でも不思議で仕方がない。粗野な奴のほうがモテるのか、という疑惑にさいなまれることもあるけれども、こっちが軽蔑したにもかかわらず慕ってくる相手とは、なんというか健全関係が築けない気がしていて、自分としてはやっぱり相手のことは大切にしたい。ちなみにそのカップルは別れた。

全然関係ないけど、サークルのもう一人のイケメン新聞記者をやっていて、そのつてで引退した芸能人結婚していた。うちの大学偏差値高いんだけど、天は平気で二物を与える。こればかりは仕方がない。

キモいといっていじめられなくなっただけでも進歩だ。

続き→anond:20200313074712

2020-03-11

anond:20200311064511

ギレンの野望は難しそうでやった事ないんだよな…

でも、仮にもエース機だからスカーレット隊のような印象はなさそう。

脱線するが、ポケ戦より前にコロ落ちをやったから印象が良いだけかもしれんな。

2020-03-09

オーディオコメンタリー声優

アニメ内容と全く関係ない話題脱線していくのは全然いいんだが

原作を読んでない、世界観も全く把握してないってのを堂々と言うのはどうなんだ

忙しいんだろうけど、多少申し訳無さそうにするところじゃないのか

それを「全然わかってないのに仕事できちゃう俺すごいな」ぐらいのテンションで言いやがる

声優ファンはそれでいいのかもしれないが、原作ファンにはなかなか辛いコンテンツだなこれ

2020-03-08

anond:20200308092933

これ元増の話からいくと自治体がどうこうってまったくの的外れな話だな(笑)

横道の脱線が伸びる増田現象

2020-02-29

東京事変がいまライブをするといういこと

大阪100人規模のライブで3人コロナ感染者がでた。クラスター集団感染可能性があるとのこと。

ライブを中止するのは大変なことだ。利益がでない。赤字になる。

さなバンドマンは、借りた会場でライブをしてしまうかもしれない。

ノリに乗った打首獄門同好会は無観客ライブ生放送したが、そこでも「配信できない歌手もいる」ことを強調している。

結果的に、ほとんどの著名アーティストは中止、払い戻しを選択している。

しかし、中止しない歌手もいた。著名バンドの復活ライブだ。

はっきり言うと、中止しても金で死にはしない。優位にある歌手である

歌手というのは、熱心なファンにとっては教祖にも近い。

信者というのは教祖死ねといわれたら死ねるのだ。

来なくてもいいけどやるよ、と教祖が言えば信者は集まる。

このことを、どれだけバンド側が理解していたのだろうか。無自覚的に活動してたとでもいうのか。

やったことは反ワクチンを掲げる宗教団体が、風疹パンデミックを起こしていることとほとんど変わらない。

感染者がいるかもしれない場所で、感染者を増やすような行為を、自らが主導して行ったのだ。

この件に関して歌手五輪に関わるために政府寄りだとか、報道ステーションで歌ったか反政府寄りだとか憶測が飛んでいる。

しか反政府思想を持ってたとしても、ブラジルの引継ぎ式で安部マリオを出すくらいには寛容なのだろう。偏りすぎてはないのだ。

まり、単純に読みが甘い。コロナをなめているという結論にたどり着く。

社会的思考が出来ていない。

「もともと尖っているから」とファン擁護するが、サブカルの尖り方とヤンキーの尖り方は違う。

楽しいから危なくてもみんなでウェーイしようぜ、というのはヤンキーの尖り方だ。三代目Jソウルブラザーズの系統だ。

ちなみに三代目はライブを中止している。

果たして復活した名バンドヤンキーバンドだったのか、三代目は本当にヤンキーなのか。

話が脱線しているが、本当は事変を責めたいわけではない。楽しみにしていたのだ。

からこそ、今回のことを悔い改めてほしいと思う。

いつかの発言での炎上とは違う。今回は細菌を伴う。震災でお悔やみの気持ちを考えての自粛とも違う。

みんなで自分の身を守ろうというときに、やってはならないことをした。

このままでは、事変は失敗する。演出がよければ歌がよければなんて甘っちょろいことは、椎名林檎はいやほど理解しているはずだ。

はずだと、信じたい。

2020-02-22

失った多くのもの

自分マジでまらない人間だ。

レールに乗った人生を送ってきた。

レールから外れることが怖かった。

ただそのレールもきっちり乗ることができなかった。

凸凹車輪線路を走り、自分から脱線するのではなく、気づいたら脱線しかかっていた。

そして今もその凸凹車輪で、立派な線路にしがみついている。

anond:20200222001124

ありがとうやで😊


在宅でひとりだと気が滅入るってどういう心境やろ?

仕事中に会話必要か?

もちろん、いきなり本題に入らず、脱線し過ぎない程度に天気や相手趣味の話をするのは良いだろう(相手に関心があるとリスペクトを示す)

でもそれ以外で仕事中に会話必要か?

どうしても話したければチームでランニングチームなどスポーツの集まりなどを作って集まればいいのでは?

どういう心境なんやと思う?理解ができない

2020-02-13

東京国科学博物館東洋館と「出雲大和展」に行ってきた。

二月一日

 間もなく、特別展「人、神、自然ザ・アール・サーニ・コレクションの名品が語る古代世界-」が終了すると気づいたので足を運んだ。自分美術館に通う習慣を身に着けてから大体十五年が経過しているが、東京国立博物館東洋館をきちんと観たことはない。いい機会だと思い、東洋館全体をのんびりと回ることにした。

 特別展の会場は東洋館の二階にあり、会場そのもの常設展最初の部分、すなわち中国西域仏像のあるあたりを抜けた後にある。特別展の内容そのものは興味深かったが、コレクション全体が雑多なもの構成されているというか、あまりにも時代地域に幅がありすぎて、どのように展示したらいいのか少し迷っているような印象を受けた。とはいえ普段はなかなか見られないマヤ文明仮面などをじっくり見られたし、普段なら絶対しないような比較をする楽しみもあった。知らなかったのだが、グアテマラのほうがメキシコよりも良質の翡翠を産出するらしく、文明の中心地の人々は必死になってそれを求めたり、乏しい材料で何とか良いものを作ろうと苦心したそうである

 で、常設展に関してだが、展示スペースが地下階から五階にまで渡っており、ざっくり見ても三四時間はかかった。その中で特に面白く思われたのは、中国朝鮮半島の品々だ。というのも、青銅器勾玉などの作りが、日本とよく似ているところもあればまるで異なっているところもあり、比較する楽しみがあるからだ。また、饕餮の刻まれた祭器の類も自分は好きで、根津美術館に立ち寄った時にはのんびり眺めている。理由はわからないのだが、自分はそれと同じくらいに玉の類にも心惹かれる。西欧君主たちの王冠も立派だとは思うが、金やダイヤモンドではどうも少しまぶしすぎる。自分東アジア文化好きな人間だからそう感じるのだろうか。

 とはいえ自分が好きなのはどうやら宋代までらしい。どうも、明代になると技巧的になりすぎるというか、色が鮮やかすぎるように感じられる。確かに黄色などの発色は鮮やかだし、竜のうろこなども実に細かく表現されているのだが、技術的に優れていることが美しさに直結するかどうかは別問題だ。自分としては唐三彩と呼ばれる、赤や緑や土の色を活かした陶器が美しいと思う。ある程度の素朴さがないと、親しみが持てない。台湾で見た、清代象牙を削って作った細工なども、優れてはいるが技巧をひけらかしすぎているように思われる。

 あとは、天然の石を削ってザクロ見立てていたものはよかった。故宮博物館にあった、翡翠だか瑪瑙だかを削って作ったのと同じ発想で、天然の石の色彩や質感を生かしながら表現しているものだ。あとは漆を刻んだものもよい。色がおとなしくて上品だ。

 もう一つ興味をひかれたのは、漢代画像石だ。学生時代古典教科書の表紙に出ていたので覚えていたのだが、実物を見たのは初めてである。宴の様子が見て取れるようで、ある者は楽器を弾き、またある者はボードゲームをしている。そのボードゲームの盤は真上から見たように正方形表現され、遠近法無視されている。エジプト絵画と同じで、何が書かれているかがわかりやすいことが、写実性よりも優先されたのだろう。十字軍時代チェスをする騎士を描いた絵画でも、似たようなことをしていた覚えがある。

 そうだ。途中のフロアでは「生誕550年記念 文徴明とその時代」という、また別の企画展をやっていた。自分は書に対しては無知なのだが、解説によれば、文徴明は科挙には合格しなかった人物だそうであるしかし、温厚な人柄と勤勉実直な性格で、やがて文章校閲に関する職に就いた。九十年の生涯のうち三年しか勤務しなかったが、一流の人々と交わることでその才能を開花させた、とのことだ。人生仕事だけじゃないよな、という気持ちをまた新たにした。

 自分にはそれこそ古代中国官僚のように、職を退き水墨画に描かれたような山奥に引っ込んで、時折訪れる友人と琴棋書画をたしなむ、みたいな生活にあこがれる傾向があるのだが、ほどほどに働きつつ、土日に友人とボドゲをしたり美術館に足を運んだりするのは、十分近いんじゃないか、って近頃は思っていて、そんな気分になれたのも、今日気分転換成功たかなのだろうな、という気がした。

 近々、同じ敷地内の法隆寺宝物館にも行こう、と帰りの電車で考えた。あそこのカフェは閉館間際になるとほとんど人がいない穴場なのだ


二月八日

 特別展出雲大和」にふらりと向かった。前回の「正倉院世界」がとてもよかったので、これも行くしかない、と思われたからだ。

 おおよそ弥生時代から奈良時代初期にかけての日本美術を楽しめる。特に銅鐸などは、教科書で見たものもたくさんあり、懐かしく思われた。国宝重要文化財ごろごろとある三角縁神獣鏡も大量に見ることができた。恥ずかしながら、これが中国神仙思想と深い関係にあることを知らなかったので(忘れていたので?)、そこに刻まれていたのが解説を読むまで西王母だとはわからなかった。しかし、こう考えると日本への道教的な要素の導入は、かなり早いのだな、と思われた。

 他にも多くの埴輪があり、細かく当時の祭祀の様子が説明されていた。これは知らなかったのだが、出雲の周囲では四隅突出型墳丘墓という、独特の形をした古墳が広く分布しているそうである。そういうまじめなことをしかつめらしい顔をしながら読んでいると、自分は振り向く鹿を表現した埴輪肛門があるのに気づいた。正確には肛門ではないかもしれない。埴輪を焼くうえで必要技術的な要請から開けられた穴なのかもしれない。しかし、尻に穴が開けられていたのは間違いない。

 下世話な話だが、自分動物彫刻を見るといつもその性別を確かめたくなる。別に馬の彫刻に陰茎と陰嚢があって何が面白いのかと問われればそれまでなのだが、生真面目な騎馬像にもそういうものがついているかと思うとどことなく愉快な気持ちになる。それから、先週観たような民俗学的なものであっても、素朴な男性像と女性像ではどんな風に性器表現しているかを確かめるのは、文化ごとの感受性が端的に表現されていてなかなかに面白い。

 脱線が続くが、本当に不思議なのは世界中の文化男性器と女性器を絵にしたり彫刻にしたりすることが普通に行われているし、中には神々として崇拝することだってあるのに、ギリシアローマに由来する彫刻絵画では、女性器も陰毛もすっかり省かれてしまっていることで、これは男性像の性器も小さいほうがよろしいとされたことと関係しているのだろうか、などと何かと勘ぐってしまうのである

 閑話休題。この特別展で私が一番見たかったのは、七支刀である。「日本書紀」を読んでからぜひ見てみたいと思っていたものだ。刻まれた金の文字はかすかにしか読み取れないが、専門家でも何でもない私が「月十六日丙午」とある部分を読み取れたので楽しかった。だいたい、こういう文字の刻まれものを見るのは楽しくて、ほんの二つか三つの変体仮名をしっているだけでも、巻物を見る楽しみ増えるというものだ。

 ほかにも、神社奉納された刀剣や武具などもあったが、私はそれらには、古代の品々ほどには心はひかれなかった。あとは、「出雲国風土記」が朗読されているコーナーがあったが、そこでは本当にハ行がファ行で発音されて、チやヅがティやドゥと読まれていた。

 帰りは東京駅田舎そばを食べて帰った。非常に歯ごたえのあるそばだが、定期的に食べたくなる味だ。いつもは昼に寄ることが多いので肉野菜そば天ぷらそばだけだが、夕飯なので野沢菜と肉味噌れんこんをつけた。ちょっと贅沢をしたので気持ちよく眠れた。

2020-02-12

東京大学前期教養総合科目感想

適当感想を述べる。ただの主観なので履修に悩んでいる人はシラバスと逆評定を読め。L系列については書かない。

A系

記号論理学Ⅰ(理科生)

「¬A ∧ (A ∨ B) ⇒ B」みたいな命題証明を、ある規則に従って行ったりする。理科生的には数学の根源を掘っているみたいで楽しい

B系

C系列

現代経済理論

全13回の授業で毎回違う教員がいろいろ話をしてくれる。各回ごとにレポート課題が出るが、最終的に提出するのは1つだった。単位関係あるのは実質1回だけなので、結構気楽に聞くことができて癒しになる。普通講義は毎回理解を求められるが、この授業は理解できなければその回のレポート課題を選ばなければよいだけなので。

D系列

認知脳科学

人間認知機能と脳機能関係をやる。説明の都合なのか話題の9割が視覚特に錯視)についてだった。脱線が激しすぎて全体的に何を言いたいのかいまいちわからない。ノートスライド教科書を見比べまくってなんとかしたが面倒すぎた。良い勉強方法最後までわからない。

環境物質科学

学際の香りがする。主に扱うのは二酸化炭素オゾンホールプラスチックダイオキシン。「地球温室効果がなかったら気温は-15℃」というのはよく聞くと思うが、その根拠エネルギー収支の計算から示したりする。意外と覚えることは多い(フロン番号の命名規則とか)。

E系列

有機反応化学

印象がない。新しいことを学んだ気がしない。とにかく簡単だった。

基礎化学

天下り的にいろんな化学が降ってくるが、具体的な理論づけは全くやらないので結局暗記ゲーと化した。基礎化学で扱う内容は、後々その他の化学系の科目で詳しく扱うので正直取る意味がなかったと思う。

化学平衡と反応速度

熱力学の更なる応用みたいな感じ。ルシャトリエの原理とかの証明をしたり、酵素の阻害剤がどう働くのかをやる。学ぶところが多くて楽しい結構難易度は高い。

F系列

解析学基礎

なにもわからん

アルゴリズム入門

Pythonやってれば楽勝。Python実用みたいな感じ。アルゴリズム力よりコーディング力が付く。

計算プログラミング

アルゴリズム入門よりアルゴリズム寄り。ダイクストラ法とかやる。毎回課題が出るので面倒さは結構ある。アルゴリズム好きな人楽しいと思う。

2020-02-09

踏切って脆弱システムだと思うんだが

誰かが線路に物を落としたら脱線するんじゃね?

そこらへんどうなってんのよ。

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