はてなキーワード: 支給とは
もちろん派遣先によって差はあるけど、良くも悪くもお客様扱いだからか
正社員の人達からは良くして貰える事が多いし、派遣同士でいがみ合う事もあまり無い。(もちろん無くは無い)
今の派遣先だと、このご時世だからかほぼ在宅勤務も出来ている。
給料もボーナス等は当然無いけど、毎月50万程度、ひとり暮らしだと特に困らない程度には貰えている。
正社員として新卒からそれぞれ3年、2年と2社務めたが、両方とも今考えなくてもブラックだった。
パワハラ・モラハラ・セクハラ・アルハラは当たり前の様にあり、
残業代もロクに出ず、ボーナスも謎の理由でカットされたりされた。交通費が満額出ないのは当然だった。
2社目を退職した時点ですっっかり働くのが嫌になり、半年ほど療養した後、
とりあえず派遣で働き始めたが、これが意外と快適だった。
良くも悪くもお客様扱いだからか、ハラスメントなんかも基本無いし、仕事内容もきちんと評価して貰える。
業務内容もある程度決まってるから、いきなり営業職でも無いのに営業行け、
営業で売上や成果を出せずに怒鳴られる、当然元の仕事は普通にノルマとしてある、という事も無い。
派遣でリハビリしつつ2、3年程働き、自信を取り戻して再び転職活動して正社員に戻ったが、そこがまたブラックだった。
痛い目みた経験から会社選びや雇用契約は慎重にしていた筈なんだけど、それでも
→嘘でした、含み残業代も何故かカットされて実際の給料は20万切っていた
→嘘でした、後出しで色々条件があって、幾つかの項目に該当しないから全然支給してくれなかた
→嘘でした、いきなり会社独自のツールで仕事させられて、使い方聞いても無視かスルーかキレられるし、
業務自体は経験者だから「経験者なのに使えないなぁ!」と更にパワハラされた
→嘘でした、試用期間の3ヶ月が終わると通勤2時間ぐらいかかる現場に転勤させられ、もちろん交通費も全額は出なかった
などと、嘘嘘嘘ばっかりで、1年持たずに退職して、結局派遣に逆戻りになった。
多分自分は正社員運みたいなのが無いんだろうなって感じていて、
このまま派遣でゆるく働いていきたいんだけど
もう年齢も30過ぎだし、結婚とかの問題が出てきてたまに凄く辛くなる。
この歳になると、交際前から結婚するかしないかの話とか出てくるし、
そうなると派遣で働いているという点がネックになってくる。
このまま一生独り身なのかな……と思うと、無性に寂しくなるけど
もし自分が女性なら、結婚相手は正社員で、自分は派遣でゆるく働いて
いけたのかもなって愚痴りたくなるけど
逆の立場なら相手が派遣だと不安になるのは当然だと思うし、自分が結婚できない
弱者男性として死んでいくのは当たり前で、どうにもならない事を羨んでも仕方無いけど
昨日、買い出しに行ったコンビニで、同年代っぽい子連れの家族を見かけてしまい、切なくなった。
苦しくて、眠れない。
1966年、ルーマニアのチャウシェスク政権は、人口を増やすため人工妊娠中絶を法律で禁止とした。
ルーマニアでは5人以上子供を産んだ女性は公的に優遇され、10人以上の子持ちともなると「英雄の母」の称号を与えられた。
1960年代後半までにルーマニアの人口は増加に転じたが、今度は育児放棄によって孤児院に引き取られる子供が増えた。
これらの子供は十分な栄養も与えられず病気がちとなり、さらに子供を死なせた場合にはその孤児院の職員の給与が減らされるため、
無理な病気治療のひとつとして大人の血液を輸血され、エイズに感染する子供が激増した。
孤児たちは「チャウシェスクの落とし子」と呼ばれ、ストリートチルドレン化するなど後々までルーマニアの深刻な社会問題となった。
ヒトラーは「礼儀正しく、感じがいい」として女性に人気があり、エルザ・ブルックマンやヘレーネ・ベヒシュタイン、
ヘレーネ・ハンフシュテングルといった上流階級の女性たちの熱心な支持も獲得した。
また一般の女性にとってもヒトラーは人気があった。ミュンヘン一揆の裁判後には、面会を求める女性支持者が殺到して花束を贈り、
ヒトラーがつかった浴槽で入浴させてくれという者すら現れた。
またエゴン・ハンフシュテングルは、一人の婦人がヒトラーが踏んだ小石を瓶に入れ、陶酔して抱きしめている姿を目撃している。
ナチスが政権獲得後に行った最初の女性政策は、女性の家庭への復帰であった。
72人の上級公務員の女性は全員免職され、州や自治体の女性官吏1万9千人も免職された。
1933年6月1日にはいわゆる「結婚奨励法」が制定され、女子労働者は退職し、再就職をしないと誓約することで、
結婚資金の無利子貸し付けを受けることができるようになり、さらに子を多く産む毎に返済が免除された。
1935年9月15日からは4人以上の子を持つ家庭に補助金が支給されることとなり、
1939年からは4人以上の子を産んだ母親に「母親十字章」が授与されることとなった。
党指導部は1934年2月にゲルトルート・ショルツ=クリンクを「女性同盟指導者」に任命した。
彼女は30代半ばと若く、「アーリア人的」な風貌をしていた上、4人の子を出産していた。
ドイツでは、大戦後の世界恐慌による生活苦によって堕胎施術が流行し、1937年には出生数を超える60万から80万の堕胎が行われていた。
1934年3月、ナチス福祉局(NSV)は母子援助制度を開始し、女性の出産育児に対する経済支援を展開した。
父親が十分な養育費を支弁できない家庭への経済援助策として、ドイツ児童手当制度(Das Deutsche Institut für Jugendhilfe e.V.)も同時期に開始された。
1935年12月、SS長官兼ドイツ警察長官ハインリヒ・ヒムラーは、母子家庭の支援団体の名目でレーベンスボルン(別名:生命の泉協会)を首都ベルリンに設置した。
1936年8月15日、レーベンスボルンは最初の施設「高地荘」をバイエルン州エーベルスベルク郡シュタインヘーリンクに開設した。
高地荘は設立当初は母親30人・子供55人を常時受け入れ可能な規模の施設であったが、
1940年までに受け入れ可能人数が倍増され、SS医官グレゴール・エープナー(ドイツ語版)が運営責任者として任についていた。
レーベンスボルンは、親衛隊本部のひとつであるカール・ヴォルフ親衛隊全国指導者個人幕僚部の隷下にあった。
入所要件として人種的、係累的条件を満たす必要があった点はSSと類似していた。
施設の維持は「民族的義務」と喧伝され、運営費用の多くはSS兵士からの寄付でまかなわれていた。
高地荘の成功を受け、レーベンスボルンの母子保護施設は国内外の各地に続々と設置されていった。
ヒトラーはドイツ人のアーリア化を推進するため、ドイツ人ナチ党員男性とノルウェー女性との性交渉を積極奨励した。
そのため、ノルウェーではドイツ人の父とノルウェー人の母の混血児を対象としたレーベンスボルン施設が存在した。
1940年から1945年までの間に、ノルウェー国内10カ所に設置されたレーベンスボルン運営の産院で出生した子供は約8000人おり、
その他の施設で出生した約4000人と合わせ、約12000人の子供が駐留ドイツ兵とノルウェー人女性との間に生まれたとされる。
ドイツ降伏後に当時のノルウェー政府が「対敵協力者」の処分を決定し、上述のノルウェー人女性約14000人は逮捕され、
そのうち約5000人が18か月間強制収容所に入れられた。ドイツ兵と結婚した女性についてはノルウェー国籍を剥奪され、
出生した子供には極めて政略的な「知能鑑定」が行われ、恣意的な診断を受けた。
スウェーデンのポップグループABBAのメンバーだったアンニ=フリッド・リングスタッドも、ドイツ人ナチ党員の父とノルウェー人の母の間に生まれた子であった。
彼女はノルウェーでナチス・ドイツ崩壊直後に生まれたが、ナチ残党への追及を避けるため母と共にスウェーデンへ逃れ、そこで成長したため知的障害者施設への収容は免れた。
なあ
俺は、お前に「備品ないんですけど、支給されないんですか?」と訊ねた
未だに備品は俺の手元に届かないわけだ
だから俺はお前にこう尋ねたんだよ。「この前、確認してくれるって言った件はどうなりましたか?」と
そうしたらお前はこう答えたんだよ。「忘れました」と。それに対して俺は「じゃあ明日は上司居るから、確認してもらっていいですか?逆に明日は俺居ないんで」とお願いをしたんだよ
それに対して「自分で確認すればいいじゃないですか。めんどくさ・・・」って
お前、その態度は違うだろ。たしかに俺はお前の後輩にあたるけど
先輩とか後輩っていう話の前に、人としておかしいだろおい
だから「いや貴方が『確認する』って言いましたよね?じゃあやってくださいよ」って言ったら
(先月分差引支払額ー(固定資産税と自動車税の合計額÷12))✕(100÷110)÷ 先月分総支給額
中年になってリストラされたり家族から離婚されたりあるいは元からそうなのか、などの理由で職も家族もない中高年男性は今の日本にごまんといますし、そう言う無敵の人予備軍が急増しています。今は若くても将来そうなる可能性もあります。
なのでそう言った無敵の人予備軍の人達に救済策があるかと尋ねられても具体的な救済策はなく、孤独に慣れろだの、お前のスペックじゃ今さら無理だからみたいな意見が多かったです
個人的に思う有効な策は無敵の人予備軍には安定した雇用と理解あるパートナーが必要だと思うので最低でも結婚できる年収と正社員を無敵の人予備軍に優先的に雇用するなどの政策があると思います。
例えば障害者雇用などと同じで言ってしまえば障害者は健常者に比べたら少しパフォーマンスが落ちるけれども障害者を雇用すると国から補助金や助成金が申請される仕組みになってるのでそれと同じで無敵の人予備軍を雇用した企業に国から補助金や助成金などが支給されるような仕組みにすれば良いと思います。
それでもよほどポンコツで無能で会社で働けるレベルでなければ無敵の人予備軍には無条件で生活保護が支給されるようにして生活保護だけでは結婚できないならそれにさらに金額を上乗せして支給すれば良いと思います。安定した雇用と理解あるパートナーさえ獲得出来れば無敵の人も悪さしたりしないと思いますし、もしも無敵の人予備軍に対して自己責任だの諦めろだのと言うのならこれからも電車の中にガソリンが撒かれ続け刃物を持った男が定期的に出現すると思います(勿論私はやらない)
横から失礼する。イギリスのローカルコミュニティでは財産家、旧ジェントリ、地主の影響力が今でも非常に強く彼らが地方議会や簡易裁判所判事を無償で行なっているという特殊性がある。庶民院の報酬や活動費支給を訴え、その充実を今も国民に呼びかけているのが労働党。保守党は当初議会議員に報酬を払うことを頑なに拒否していたという事情がある。フランスも第一身分、第二身分の人たちは第三身分の主張する議員歳費に頑なに反発していた。
次に北欧の地方議員がボランティアなのは北欧が日本を遥かに凌駕する究極の行政国家だからという点がある。行政国家化、ディストピア化が恐ろしい速さで進展する北欧では地方の政策はほとんど行政機関で完結するので地方議会がやることなんてほとんどない。日本ではまだ条例や予算を議員たちが可決して、それに基づいて首長が執行するという面が強い。
毎日もしくはそれに近い頻度で、特定の成人向けサイトを閲覧するのって男性の中ではどれくらい一般的なんだろうか?
個人的な観測範囲ではピンキリ過ぎて、一般的な男性の利用スタイルというものが見当がつかない
ちなみに夫は仕事以外でスマホもパソコンも触りたくもないというタイプで、いまだにガラケーしか持たず会社支給のスマホは自宅では電源を切ってる
中学生の長男はTwitterやPixivなどで年齢制限付きのイラストを検索しまくったり、グラビアアイドルの肌の露出の多めな自撮り写真を漁りまくってるっぽい
※私のGoogleアカウントにログインしたままのブラウザでそういうサイトを見まくっていて、私のスマホからブックマークや閲覧履歴が丸わかり
女だから痴漢にあうとか、そういう話なんだが周りと比べて回数が異様に多い。
家を出る頻度が他人と比べて多いわけでもない。電車通勤を週五日、使用路線もまあそこそこ多くの人がそこそこ使う路線。一度痴漢にあったら車両は変えている。時間も始業時間よりだいぶ早く着くようにズラし続けてる。
スーツではない。制服支給なので職場まではリュック背負ってるし後ろ姿だけなら大学生に見えるかもしれない。
でも高校生のときから痴漢にあうし、大学生の頃もあったし、今もあう。
周りも痴漢にあったことない女はほぼいないが、自分ほどの頻度はない。手が当たっただけでは?とか言うが、正直今のご時世、冤罪と言われないように男性の多くは自衛している。鞄が当たってるだけで痴漢とは言わない。尻を揉みしだかれる、精液がかけられている、ストッキングを破かれるは多分痴漢だと思う。
普通にスカート切られたことあるが、ハサミが当たったので恐怖で動けなくなった。犯人を指摘とか言えなくて直後の駅で降りて、何車両目で切られたので気をつけようありますか?て聞くだけで終わった。優しくて毛布貸してもらった。ちょっと泣いた。
という感じでそこそこのペースで痴漢にあってる。
仕事の関係で金髪とかにはできない。強い女ファッションも考えたが仕事に行くから大体無理だった。ピンヒールは足を捻った。
ハイブランドも考えたがそれに精液かけられたら普通にお金に困るのでルイピトンみたいなパチモン持ったことはある。精液はなかったがバレたらしく痴漢された。
幸い職場はいいところなのでセクハラとかはないが、イベントで席隣の人が延々と喚く人でスタッフを呼ぶだとか、映画館でも痴漢されるとか、なんか単純に運が悪い。
最近某同人誌即売会で隣の男性が大喧嘩始めて自分のスペースに人が寄り付かなくなったことまである。運が悪い。
席順なんてよっぽど運なのに五回に一回くらいはなんかやばい人に当たるし、ナンパもめちゃくちゃされる。ナンパが駅で人待ってるときだけならまだしも、美術館とか公園とかスーパーとかでもされる。スーパーで疲れた顔してる女に声かけないでくれ。最寄りのスーパーだったのでつけられないかちょっと怖かった記憶がある。
全体的に、幸が薄そうな顔でもしてるのだろうか。カモにいいと思われるのだろうか。疲れ切ってるのが悪いのだろうか。
どうすればいいのだろうか。
これに関係するけど、しょぼいPC支給よりもっとヤバいのがDaaSだと思ってる
フレックスではあるんだけど結局だいたい9時頃にログインするからログイン集中して全然業務を始められない
リモート環境だけじゃなくて出社しててもログインできないから本当にやることない
朝の9:00だけだから増強する気も全然無くて2年以上放置されてる
放置してコーヒー飲んでるんだがたまにログインタイムアウトしてやり直しになるし本当に酷い
具体的には20GBしかない
社員全員の利用状況から計算した容量らしいけど2,3年ですぐにいっぱいになる
共有サーバはあるんだけどOutlookのファイルを置くとアクセス過多になって処理が重くなるので禁止されてたりとにかく使えない
Outlookを開くのに30秒ぐらい
フォルダ開くだけでも平均して5秒ぐらい待たされるからストレスが凄い
文句が出るのが普通だと思うんだけど、恐らく古PCで飼い慣らされた中年以降の社員が大半なのでこれが普通なんだろう
会社にとって必要なシステムはサーバだったりWebのUIだったりするわけで
社員が直接触るWindowsのデスクトップはシステムの一部では無いっていうことを根本的に分かって欲しい
その部分は社員と会社を繋ぐ重要なインタフェースであって、社員側に合わせることこそが多様性の確保そのものだと思う