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はてなキーワード: 経済的とは

2021-05-06

anond:20210506182858

それはある。

経済的格差があるってのは金以外でついた差を金で埋められるってことでもあるから一概に経済的格差を無くせばそれで平等になるとは言えない。

しろ極端な能力主義支配された社会が出来上がるだけかもしれない。

anond:20210506175501

経済的弱者なら尚更フェミニストなんか叩いてる場合じゃないよ。自民党という強者男性による搾取集団の方がよっぽど敵だしね。

結局弱者男性を名乗る集団って何が目的なのかわかんないんだよね。経済的な困窮が問題なのかモテたいだけなのか。

anond:20210506175501

男性の低収入の人は男性ならではの理由で低収入なの?

男性にも経済的弱者はいるけどそれを弱者男性”というのはよくわからない。

男性のせいで安い賃金しかもらえない出世できないなら男性であるという理由弱者だと思う。

やはり若者に優先的にワクチンを接種すべきだったのではないか

通勤や通学で不特定多数接触する可能性が多い若者ほど感染者の可能性がある。もちろん感染者であれば感染拡大につながる。

労働者でもある若者感染により休む必要が出てくると経済的な影響もあるだろう。

遊びに行くにしても若者の方が移動するのであれば影響範囲が広くなる若者を優先した方が感染の広まりは抑えられる。

GWに移動しないでほしいというのも、「ワクチンの接種が終わるまでは移動を控えてほしい」と言えば従ってくれた可能性はある。

自民党からすれば票田の高齢者を優先して、若者プロパガンダを流せばデマでも何でも広めてくれるバカモノだから後回しでいいってなめられているのかもしれない。

弱者男性存在ってそんなに理解し難いか

簡単だろ

男性としての生きづらさに直面してきて、結果社会的孤立したり経済的に困窮したりしてる人のことだろ

普通にまわりにたくさんいるけどな

結局さあ、「弱者男性」に限って語る必然性って皆無なんだよ

男性差別、って言われるものは要は差別コストから強者男性も受けるし

独身者経済的弱者として被る不利益女性にも共通し、賃金格差からいって女性の方が深刻なんだから

単に男性問題性別問わない独身者差別問題貧困問題として語れば十分。

女性の方がよっぽど、女性といえば子育て支援だろ!セクハラマタハラだろ!生理貧困だろ!

……と、子を産んだ女性若い女性、容姿の良い女性に限って語られる事が多くてそうでない女性無視されるという点で

弱者女性問題こそ可視化されるべきだと思う。

から弱者女性(キモくて金のない、結婚出産もしていないおばさん)について語る必然性の方がよっぽど高いんだけど

そっちは当の女性も含めて割と無視されるしね…(ホームレス女性が殺されたという話題も、被害者若い頃は綺麗で結婚歴もあったか報道されて話題になった)

anond:20210506104420

警戒される、上昇婚などは裏に女性の性被害低賃金があり女性も虐げられてるし、加害者強者男性

メインの論点ではないんだろうけど、この部分を良ければ詳しく解説してみてほしい。

初めてこのように語っている人を見かけたので、どのような考えなのか知りたいです。

anond:20210506103431

母親として男児を育てているフェミ女尊男卑になる。

有職経済的自立)・非出産女性のみが、男女それぞれ自立した平等状態志向してる。

でた安楽死!美談のように語るからおぞましい。ほんとは治療したあとでも経済的価値がないから殺すんでしょ。そもそも骨折させるまで酷使したのも人間でしょ?別に競馬を非難しないが、美談のように語るなや - tahatahon のブックマーク / はてなブックマーク

ほんとは治療したあとでも経済的価値がないから殺すんでしょ。

そんなことはない。

サイレンススズカみたいな名馬で、もし治療できるなら、たとえ2度とレースはできなくても、種牡馬として大きな経済価値がある。

できるなら助けたいと関係者はみんな思っている。

そもそも骨折させるまで酷使したのも人間でしょ?

まあそれはそう。

別に競馬非難しないが、美談のように語るなや

そうか?悲劇として語られてると思うが?

弱者男性は「強いパパ」を直視すべき

フェミニズムにそうやってラベリングして憂さを晴らしても、弱者男性当事者のおかれてる立場や抱えてる課題は何も良くならないでしょ。

個人もつ色々な属性の複合的効果によって社会的な強さ/弱さの立場スタンドポイント)が決まるというインターセクショナリティ論は、フェミニズムの内側から出てきたものだよ。そもそもフェミの内部にも人種問題とか経済階級問題とかがあって、フェミニズム自身もそれと向き合う理論必要性があった。さまざまな権力関係のなかで相対的に他の男性女性より弱い立場にいる男性は当然いるし、そのことを否定するフェミニストはほぼいない。いるとしたら、それは背景となる理論裏付けを持たずに男性への憎悪を募らせたミサンドリストで、そういう人はフェミではないし、フェミ代表として語ってほしくもない。

多くのフェミニストは「弱者男性なんかいない」なんて思っていない。でも「男性は(学歴所得コミュニケーション能力身体属性容姿ではなく)『男性であること』自体によって、女性よりも相対的弱者だ」ということに同意するフェミニストもほとんどいないだろう。

構造的にみれば、我々が暮らしている社会はまだまだ男性優位だけど、とはいえ男女雇用均等法とか他のさまざまな社会的前進によって、過去に比べれば、平均的男性像を超える所得や実績を得るような女性も出てきやすくなった。

そのいっぽうで、1980年代後半から格差社会化の進行によって「一億総中流階層」という幻想は崩れ去り、男性内部の格差は広がっている。正規/非正規という雇用形態の違いは以前はきれい性別ごとに割り当てられていたけど、今は男性非正規雇用層、男性低所得者層が以前よりずっと拡大している。

そういう男性のなかで社会に対する被収奪感、「誰かに何かを奪われているか幸せになれない」という感情が生まれるのは当たり前のことだと思うけど、それを女性に向けるのは間違っている。それは女性非正規就労者の減小数男性非正規就労者の増加数を比べてみればわかる。「何か」を奪ったのは女性ではなくて資本主義だ。正規雇用人件費法定福利費社会保険料など労働コストの重さに耐えられない企業非正規雇用化を進めていったからだ。

そういう弱者男性がいること自体認識していても、それを救うことまでが自分のやるべき役目だと思ってるフェミニストは少数だ。フェミニストは何よりも男性-女性という軸における不均衡・不公正を是正することを意識してる。所得という観点弱者立場にある男性が、同様に経済弱者である女性連帯して社会福祉制度の拡充や最低賃金のアップを求めるなら、それを歓迎するフェミニスト達はいるだろうけど、それは女性境遇改善することに繋がる限りにおいてだ。フェミニストは弱者男性ママではない。みんな自分のことで忙しいのだ。

弱者男性論者は自分たちよりも相対的に強い立場にある「強者男性」との対立関係ちゃんと見据えるべきだ。自分が貧しいか弱者だと思ってる人の敵は労働から収奪してる高額所得者ほとんどは男性)だろうし、自分モテいか弱者だと思ってる人の敵は、自分に振り向かない女性じゃなくてモテてる男性だろう(女性に認められたいならまず自分女性を認めるべきで、女性を叩いたらどんどんモテから遠ざかるに決まってる)。強者男性と直接戦えないやつが、その恨みを女性にぶつけるのは虚しい。ママに泣きごとを言う前に、弱者男性は「強いパパ」を直視すべきだ。

anond:20210506081207

anond:20210505210952

これを読むと弱者男性定義には孤独・疎外を入れるべきだと思うなあ。低収入+疎外。

というのも、経済的弱者ほど犯罪率が高いというのは、ヤンキーコミュニティに属した経済弱者で、キモオタ孤独経済弱者犯罪しないように思う。

治安の悪い街に住んでやるかやられるかみたいな生活ちょっとイメージ違う。

貧困で食料を万引きするのは、生活保護とかでケアすべきまた別の話ね。

2021-05-05

anond:20210505221201

潔癖っつーか悪者になれない正義マンからモテないんだよな。

クズ暴力的な男の方がモテることに対して文句言ってる奴よくいるけど正義マンと一緒にいる息苦しさよりよっぽどマシなんだよ。

クズに引っかかって嫌な思いをしても悪いのはこいつだということにできる楽さがあるが、正義マンは正しさを盾に攻撃してくるしそこには逃げ場がない。

正しくあろうとする精神性そのものモテようがない要素だと気づけ。

弱者からモテない?

そんなことはありえない。

クズ暴力男は経済的には弱者であることの方が多いがある程度モテる。

弱者悪党になるしかない。

“「男性強者性(加害性)」”に異議ありanond:20210505174621

男性強者性とは社会的な強さであり物理的な強さではないと思う。

加害性=強者性とした場合弱者男性強者ということになる。弱者男性は加害しないなんてことは無いんだし、フィジカルや性根で弱者か否か決まるのは悲しい。

しろ統計的に(経済的)弱者ほど犯罪率が高い――例えば移民黒人貧乏故に犯罪率は高い(貧乏の影響を差し引いても少し高いけど)――のだから、加害性をもとに判断したら実際の強者弱者が逆転しさえする。

それに「加害する強者と、加害しないけどそれと一緒くたにされて叩かれる弱者」という構図は、むしろ弱者男性聖人化(=加害する弱者の切り捨て)になるから賛成できない。

また私としては、弱者男性差別というラベルを冠するべき理由は「強者男性強者たらしめている“特権”が、弱者男性にとっては“差別”として働くから」だと思っている。

広い目で見れば男性差別なんだが、強者男性にとってはむしろ有難い価値観であり、フェミニストからみれば女性社会進出を阻む女性差別なのだね。

弱者男性けがこれを男性差別として受容するんだが、その声は強者男性にとっては特権のはく奪だし、フェミニストにとっては男性故に特権者(=強者男性)と同一視されて聞く耳を持たれにくい。すなわち味方ができにくい。

からこそ、特権の授受者ではなく被差別者なのだと強調する意味で“弱者男性差別”というラベル使用する意義があるんじゃないかな、と。

理想的には「性差別を許すな」で団結すべきなんだけど、次善として。

anond:20210505165932

マジでクソ馬鹿すぎるだろ。

元はKKOから始まるように多数の経済的弱者男性がいるのにごく一部のキチガイじみたあてがえ論者たちの問題ですねぇはい解決!とかやってるゴミクズもの子孫が首吊って死ねばいいのに

男女で結婚/独身に対する感覚の違いがありそう

女性の間では、「経済健康等の他の条件が同じなら、不幸な結婚生活よりも一生孤独な方がマシ」という前提が、

かなり広く共有されていると思うんだよね つまり「不幸な結婚孤独幸せ結婚」という形(※ソースは私の肌感覚です。あしからず

でも男性の間では、 一生孤独なことが一番不幸で、結婚してそれより不幸になることは無いと思っている人が少なくないように見える(※同上)

下手な結婚生活が辛いという感覚自体は、男性だってあるはずだ

ちょっと昔の娯楽なんかでは、「会社でもうだつが上がらず、家でも疎まれATMとしてだけ生きるサラリーマンの虚しさ」みたいなのはよく見た

結婚人生墓場」なんてのもある意味そういう感覚を表した言葉だと思う

表に出にくいが、もっとガチDVとかの搾取を受けて辛い男性も、必ず存在はしていると思う

でも孤独なことの不幸の方が、最近クローズアップされやすいみたいに見える

結婚したくてもできないことの不幸も間違いなくあるし、どっちの不幸がより大きいみたいな比較不毛だけど、

個人価値観の中での順位づけとして、今時の男性の中では「孤独<<不幸な結婚幸せ結婚」みたいになりがちなのだろうか

 

ここから先はSF想像

仮にこれから男女平等化がバリバリ進んで、経済的な面や仕事/家事役割分担に男女差が全くなくなり、専業主夫専業主婦が同じくらいの数になったら

搾取される専業主夫とか、ATM扱いされる仕事女性の辛さみたいなのも一般的になって

「やっぱり不幸な結婚よりは孤独の方がマシだな」という意見が改めて広がったりすることもあるのかな、とか考えた

正しい弱者男性

元々は弱者男性って身体虚弱などの本人の努力ではどうしようもない部分があるにも関わらず「男だから」ということで力仕事を任されたりすることに恐怖していたり、男性は強くあり女性を守るものという世間が求める「男らしさ」から逸脱してしまった男性に対するワードだったはずなのに、いつの間にか「非モテ」の呼称のようになってしまった。

かに弱者男性=非モテではあるが、非モテ=弱者男性というのはちょっと話が違うと思う。

そもそもモテるモテないという非常に曖昧な部分で弱者強者なんて考えるのが間違っている。

ましてや経済的弱者に関しては男女の隔たりはなく、「女性は性産業で働ける」なんてのはまさしく「女は女らしく男に奉仕しろ」という弱者女性への否定であり、「男性肉体労働しろ」という弱者男性否定する特大ブーメランとなってしまう。

今求められてるのは弱者と呼ばれる人が望む形でジェンダーレス活躍できる、困窮して望まない肉体的奉仕をしなくても生活できる社会であって、「弱者男性に女をあてがえ」とか「世の女性は全て男性に虐げられている」なんてのはおかしな話ですよ。

男性が受ける差別とは、警戒されることと、信頼という名目で粗末に扱われることです

男性が受けている差別として重要だと私が思うのは、警戒されることと、信頼という名目で粗末に扱われることです。

男にも女にも、男は警戒すべき存在だという感情がうっすらとあります

同時に、男性だったらほっといても大丈夫だろう、という肯定的な信頼の形をとって、男性のことをろくに気遣う必要はないとされがちです。

から世間話でもマスメディアでも、男性への警戒や、過度の信頼による雑で粗末な扱いが平然と行われています

それが積み重なった結果として男性は、敬遠されて孤独人生になりやすく、自尊心も低く、自分たち男性自身への嫌悪も生まれ自分の事すら粗末に扱い、次世代男性もそのように扱うので引き継がれる、などの被害を負っています

保護と抑圧は地続きなのでバランスが大切だ」という話をよく目にしますが、同じように、信頼と放置も地続きなのです。

家父長制は、自立したい女性にとっては抑圧という差別だけれど、自立を望まない女性には保護を受けやすいというメリットとしても働く。

それを裏返したように、男の自由放任は自立できる強者男性にとってはメリットだけれど、弱者男性にとっては助けてもらえないし悲鳴無視される差別として働いています



若者が遭遇しやす実例として、バイトサークル活動が長引き、夜になってしまった場面を考えましょう。

男性は帰り道の安全心配されることは少ないです。

これは、男性の方が不安心配事が少なく生きられるというメリットとは言えます

しかし同時に、「襲ってくるとしたらたぶん男だ、男を警戒すべきだ」「男の自分は、夜道で女とすれ違う時に怖がらせてしまうだろうから気を使わねばならない」「男の帰り道を気遣ってやる必要はない、男は粗末に扱っていい。自分が男なら自分の事も心配せず粗末に扱うべきだ」という認識を強めることにもなります

実際は、男性でも深夜に一人で帰ることに恐怖を感じる人がそれなりにいるのですけどね。

でも、女性の帰り道は心配されるが男性はそうではないという現実と向き合うたびに、「ああ、俺の夜道への恐怖は認識すべきでない感情なのだ。むしろ俺は怖がる側ではなく怖がらせる側なのだ」という方向へ矯正され、やがて本当に自分でも自分不安や恐怖に気づけなくなります



色々な場面で、不安を感じてないことを前提とした粗末な扱われ方を重ねて、男性自分に対しても他人に対しても鈍感にさせられていきます

たとえばトイレ

男だったら立ちションしても大目に見られがちという自由は、性器露出し排泄を見られたくない感情を気遣ってもらえないという粗末な扱いでもあります

不安羞恥を感じていた男児も、「その辺でおしっこ済ませてきな」と言われたり、仕切りのない小便器や、女性が清掃に入ってくるトイレを使ううちにその弱さを鈍麻させ忘れてしまます

たとえば「男の人がいれば安心だね」という言葉

この言葉はおおむね好意や信頼の表れですが、同時に「男の人は一人でも不安になる必要はないよね、あなた自身が男の人なんだから」という扱いでもあります

一人で行動しても口を挟まれない自由の反面、一人は心細いという男性感情最初から考慮されていない。

このような扱いに触れ続けることで、「俺は男だから不安になる必要はないんだ」と自分勇気づけ、痩せ我慢することが癖になります

夜道にせよ、トイレにせよ、一人行動にせよ、成人男性に直接聞いてもたいてい「いや全然平気だが」と言うだけでしょう。

最初から平気な男性と、鈍麻し平気にさせられた男性と、本当は平気じゃないが痩せ我慢している男性区別することは本人にすら困難です。……これは無敵論法っぽくなるので好きではないロジックですが、そう言わざるを得ない。

ここ数週間のネットでは、男性セルフケア能力が低い、まずは自分を大切にすべきなのにそれをしようともしない、などという話も多くなっていますが、それは数十年にわたる「男性自由に行動してよい反面、粗末に扱ってよい」という経験の積み重ねによるものであり、決して男性個人に責を負わせるべきでも、自己解決を求めるべきでもありません。

セルフケアに焦点を当てるならば、社会によって損なわれた男性個人セルフケア能力を育て直すため、社会反省して手厚く協力してあげよう、という話になるのが妥当でしょう。

しかし現状の男性セルフケア論では、セルフケアというスローガンと丁寧な暮らし雑誌は与えてやるのであとは自分で(せいぜい弱者男性内部で)上手くやって満足しろ社会は手を貸す気はないぞ、という正反対の切り捨て論になっています



男性が警戒され、気遣ってもらえない原因には合理的理由がある、という反論はできるでしょう。

ホルモン文化的影響による男性の特徴は色々あります

腕力の強さ、性欲や暴力性の強さ、外見の悪さ(体毛が濃く皮脂が多く禿やすいなど男性ホルモンが外見に与える悪影響は多い)、コミュニケーション能力共感能力の低さ、など。

しかし、そのようなある程度の合理性があったとしても、統計的差別であることは間違いありません。

統計的差別はどの程度まで許されて良いか、というのは難しい問題なので、別に論じる必要があります

そして、フェミニズム弱者男性論の共闘が難しいのはここが主要な原因でしょう。

性犯罪男性から女性への加害が多い(犯罪全体では男性被害者の方が多いですが)」「腕力が強くて静止が困難」「妊娠リスク」など様々な事実に基づき男性に対する統計的差別をどの程度認めるべきか、真っ向から対立しまから

統計的差別は一切許されるべきでないと言い切る人も時々いますが、それはどの陣営であっても非現実的でよくないと思います

もっとも「社会運営するにはマクロ視点統計的差別必要なことは認めるけれど、その加減を考えましょう」とかぬるいことを言ってると、確かにそうだね考えなきゃねとは言ってもらえても実態現状維持が続くだけであり、統計的差別を一切許すな!と極端なこと言って圧を掛ける方が新規分野の社会運動としては実を結びやすいんでしょうけどね……。



これに近い話題は、今までも男性加害者として認められやす被害者として認められづらいという内容でしばしば語られてきましたが、たいてい注目されるのは悲惨な女→男セクハラ暴力事件がほとんどです。

それも由々しき問題ですが、その根底にあるのは、もっと日常的でうっすらとした「男ならまあ平気だろ。ほら、やっぱり平気だった」という日々の積み重ねではないでしょうか。

特に、「男性なら大丈夫」という信頼により粗末に扱われる場面は見過ごされやすいと思います

フェミニズムでは、「女を自立した人間と信頼して放任しろ、家父長制で口を出してくるのやめろ」というアプローチが行われていたため、その逆になっている、過度の信頼による放置という男性差別問題視されづらいのです。

女子供は弱いか保護して指示してあげなきゃね」という慈悲的差別に対して、男性が受けやすい「男は大丈夫だろうから心配する必要もないし勝手に自立しててくれ」は信頼的差別などと呼べそうです。



この記事は、これまで弱者男性論で強調されてきた、人間関係恋愛経済ジェンダーロール、弱者男性論が不条理否定される、などの論点対立しません。

警戒されつつ粗末に扱われることは、親しい人間関係恋愛関係ハードルを上げます

経済的貧しさについては、一般的貧困問題に加えて、男性公的にも私的にも助けてもらいづらいし、そもそも助けを求める能力社会により破壊されていることが困窮してはじめて露見するなど、男性特有の困難があります

男性ジェンダーロール問題とくくられるような、男なんだから泣くなしっかりしろと言われるとか、責任を負わされるとかは、「信頼の名目で粗末に扱われる」部分です。

弱者男性自体があまり聞く耳を持ってもらえないしミソジニストとすら言われるとか、困ってると認めてもらえなかったり、困っててもそれは受け入れるべき部分だと言われることなども、「信頼してるという名目で粗末に扱われる」ですね。



また、「男性にも弱者がいることは分かったけど、結局どうなることを求めてるんだ、要求を出してくれ」という問いがありますが、運動として歴史の浅い弱者に、的確な要求をする強さをいきなり求めないでください。

現時点では、「どうなったらいいかを、男性に肩入れしつつ一緒に考えてくれる人が増えるのが望みです」としか言えません。

少なくとも私は、男の乳首露出NGしろとか、男性トイレもすべて個室にしろとか、芸人ちんちんポロリシーンやハゲネタダメだとか、「男の人がいると安心」はハラスメントから許すなとか、そういう短絡だったり個別的すぎる議論にはしたくありません。

https://anond.hatelabo.jp/20210505030506

anond:20210505160746

いいと思うよ

経済的弱者は「弱者」という言葉に引っ張られて後から導入された概念であって余計だと思う

まーこれらの差別の結果として敗者になりやすいということなら、一定ライン以上の経済的強者足切りするのには使ってもいいかもしれないけど

anond:20210505153916

最優先には経済的弱者でええんちゃう

社会的弱者くらいになると議論豊富辞書にも色々乗ってるで。

anond:20210505035230

弱者男性差別とするところがようやっと弱者男性から語られ始めたけど

経済的な救済に興味なさそうなのが印象的。

基本加害主体女性念頭に置かれてる?

あと差別というのが「弱者男性」という属性を持つことに由来するものであると考えると

結局弱者男性概念がはっきりしないと「人を人として尊重する」みたいな薄い話になりがち。

強弱みたいな相対的恣意的概念で切り出すのは難しいし、加害主体強者男性念頭に置かれていないとすると

結局男性全員が被差別者となり、従来の議論との違いを見出すのが難しいね

人を人として尊重するという部分は全く異論がないです。

寅さん弱者男性とチー牛型弱者男性

弱者男性定義をはっきりしろ」とか「弱者男性なんて見たことない」という意見が出るのは

それぞれ思い描く弱者男性像が違うことが一因ではないかと思う。

まず、何をもって弱者かについては、

以下のいずれかまたは複数相対的に下位にあるものとして話を進めたい。

ここで、私が思い描く弱者男性像を整理したいと思う。

※わかりやすさのために元ネタにはないイメージがあるかもしれないがご容赦願いたい

寅さん弱者男性

寅さん弱者男性ではないと思う方も多いかもしれないが、

学歴が低く、経済的には不安定仕事で、

異性と深い関係を築くことができないという点で弱者性がある。

ただし、寅さんは粗暴ではあるが家族や知り合いと関係を築けている点で弱者性が薄れているが、

現実には粗暴で誰とも関係が築けず、孤立する男性も多い。

クロワッサン生活改善」でイメージされたのはこのタイプではないだろうか。

チー牛型弱者男性

チー牛型男性は、いわゆるオタクと形容されるような、体格・容姿に恵まれていない男性とする。

このような男性が受ける不利益は以下のようなものがある。

→いまだにこのような慣習は残っている。

日本人世界的に見れば金持ちから日本人は貧しい国に寄付すべき」という考えを

日本人貧困層要求しているようなもの正当性がない。

→これは男性に限らず、ルッキズムとして問題だが一向になくならない。

終わりに

かにも色々類型を考えたが、書いているうちに疲れたのでここまでとする。

最近弱者男性議論を見ていてとりあえず言っておきたいのは、

弱者男性個人解決すべき問題」という主張が誤りであるということである

そもそも社会学個人選択による問題と考えられていた現象に対して

"社会"が与える影響を科学手法を用いて実証するという動機から成り立った学問である

ネット議論が盛んな、最近社会学で扱われるようなジェンダー家族労働などのテーマ

個人解決すべき問題」で済むならば、男女の賃金格差DVパワハラもすべて個人問題と言える。

しかしそれでは社会学がなかった時代と変わらないではないか、と言いたいのである

anond:20210505101425

クズすなあ

というか、これそもそもマイノリティの話をしているんじゃなかったっけ?

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