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はてなキーワード: Uターンとは

2019-06-15

初めて聞いた「村八分未満」

知人に、田舎の旧家を買い取って暮していた夫婦がいる。二人はもともと同じ県内出身で、旦那職人なので、その旧家に工房を作り、そこでものを作って暮していた。子供達は学校仕事で家を出ていて、夫婦二人、家の周囲の土地を耕し、最近言うところの半農半X実践していたわけだ。

そんなある日。突然の出火で家が全焼した。警察消防により検証の結果、出火原因は不明とのこと。古い家だったので、彼らが知らないところで電気配線の不備があったのか、老朽化が進んでいたのか。幸いなことに、とにかく凄い田舎だったし、周囲が畑だったこともあり、周囲への延焼は一切なかった旦那以外は皆家を出ていたところで、家族も含めて怪我ひとつなかったが、飼っていた犬と猫は焼け死んでしまった。家の工房仕事道具、全てが灰になってしまった。

市の方から最低限の生活物資、それに市営住宅提供してもらい、そこでとりあえずの生活が始まった。旦那の方はすぐに重機資格講習に行き、合格してすぐに家の片付けを始めた。友達の手伝いもあって、二か月程で、家の土地更地に戻しおおせたから大したものだ。しっかり火災保険もかけており、周辺の町に丁度同じような古民家を探し当て、保険金を充当して購入の手続きも済ませた。片付けも全て終えたわけで、彼らは早くも生活回復させるフェーズに入っている。

私は彼らから離れた土地に住んでいて、今回の件ではろくに手伝いをすることもできず、申し訳ない思いで一杯だったのだが、ようやく時間を作って、この間話をしていた。そのときにふとこう聞いたのだった。

 私:「そう言えば、近所の人にも色々と手伝ってもらったんじゃないの」

すると、ちょっとの間を置いて、こういう答が返ってきた。

旦那:「いや、何も」

 私:「え」

旦那:「何も……手伝ってもらってない」

聞くと、見舞いの挨拶にも来ないし、彼らと友人達が片付けの作業をやっている時にも、何一つ手を貸してくれることもなかったという。

私が言うのも変な話だが、彼らは極めて外交的人達である。何事にも無精な、その癖神経質なこの私と未だに付き合いがあるのだから、それはもう確かな話だ。その彼らに、何一つ手を貸さなかった、とは。

私は彼らに言った。

 私:「ねえ、村八分って知ってる」

旦那:「昔のアレだよね」

 私:「そう。あれさ、要するにシカトするわけだけど、それも十分のうちの八分で、残り二分は例外だというわけ」

旦那:「へえ。その残りって何なの」

 私:「葬式と……火事だよ」

旦那:「なるほど。村八分火事例外なんだ。でも、何故」

 私:「葬式は……手伝わないと遺体が腐るし、疫病のもとになったりしたら大変だから火事は、当然だけど類焼する危険があるから

旦那:「ふーん……でも、燃えてる最中も、誰も来なかったよ」

まり、彼らはその辺りでは「村八分未満」の扱いを受けていたことになる。

 私:「何か、トラブルとかあったの」

旦那:「いや、何も……でもね、田舎から。住むようになって、何やかにやで二十年以上経ったわけだけど、最初から今までずっとこんな感じ」

彼らにとっては、この地を出ることができたのは、むしろ良かったのかもしれないなあ、と思ったのだった。

世間ではよくUターンIターンだ、田舎に住んで……みたいな話がある。自治体も援助しているところが結構あるわけだが、このような状況を変えられなければ、そういうことも進まないだろうなあ、と実感した。私はこのとき夫人が新居の手付金をおろし郵便局に行こうとしたとき旦那夫人にかけた言葉が忘れられない。

旦那:「近所の局ではおろすな。町の方の大きなところまで行ってきてな」

旦那は私に向き直り、こういうこともすぐ話が伝わって、あそこの家は大金が入って……とか勘繰られるのよ、何だろうなあ、こっちは何もかも丸焼けになってるのにさあ、と言い、寂しそうに笑った。

追記

何か読み取れない人がいるようなので、発言者を明示しました。あと、

(1) 火事の後の片付けには、連日、彼らの知人達がたくさん来てくれました。逆にいうと、私が書いた外交的というのはそういうこと。ただ人当たりがいいだけとかい人達ではないわけです。しかし、近所の人は誰一人来なかったそうです。

(2) 彼らの子供達はこの辺りで育ったわけですが、近所の人達子供に対しては普通に接していたそうです。つまり子供はここで育ったからここの者、だけど親達は余所者、そういうことらしいです。

(3) 彼らが子供を外に出したのは、この気風に染まってもらいたくなかったというのもあったそうです。

最後に、私や私の友人を簡単サイコパス扱いしてくれなさんなよ。

2019-05-31

マウント取りたくてしょうがない

ああマウント取りたくてしょうがない

マウント取りだけが生きがいで生きてきた

年収を自慢したい

夫婦仲がいいのを自慢したい

顔がいいのを自慢したい

隙あらば自分語りしたい

だが一方でそんな自分が痛いと思うので中々マウント取れない

つい口に出してしまうと後悔する

言いとどまったとしてもマウントのことばかり考えている自分が嫌だ

良いも悪いもとにかく自分のことばかり考えている

自分視線Uターンして結局自分自身を見ている

自分の周りの時空が歪んでいて外側を見ようとしても見えない

この世で一番興味のある事は

自分脳内宇宙

2019-05-30

anond:20190530182252

戦艦ヤマトは激戦区からUターンしてくその役にも立たなかった

けっきょく人に勇ましいことを押し付けるだけで自分リスクを負いたくないんだろ

レジの前で並んで待つ客を許せない増田

お前らが律義に並ぶからノロノロレジ打ちする店だらけになるんだ

2里以上並んでいたらUターンして商品をきれいに戻して店を出ろ

負けた大日本国軍を美化してるんだから負ければ賊軍は嘘

anond:20190530030735

敗戦終戦と言い換えて

士気が低い下士官兵隊世界一優秀と賛美する

補給を断って玉砕命令を出し背水の陣状態にするまで決して戦わなかったのが日本軍

優等生だけで構成されるエリート集団になら裁量を多く与えたほうがいいだろうと自由行動させると戦地からUターンして戻ってくる戦艦大和日本軍

大本営報道戦後も続けている

2019-05-22

anond:20190522161727

高度な人材を育成してもそいつらは激戦区からUターンして安全場所ぬくぬくするだけなのは戦艦大和証明している

みんな横並びに一律労働社会を作ったほうがいい

2019-05-19

自分の心を1つの意識で1つの事実から守る

私はとても平和に過ごして来た人間だった。

犯罪に巻き込まれたこともなければ、

から恨みを買ったこともない。

から私は1つの事実意識せずに生きてきて、

そして傷ついてしまった。

先日駅で70代くらいの男性危険行為をしようとしていたのを止めた。

すると男性は私に逆ギレをしてきた。私のあとを追いかけて怒鳴って来た。

先日人気のない駅からバイクに乗った男性から後をつけられた。

辛うじて人がいた施設の前で立ち止まると、バイクは私を追い抜き、不自然Uターンして帰って行った。

暴力を振るわれたわけではなかったがこの2つの出来事は私の心を大きく傷つけた。

その理由は「まさかからそんな感情を向けられると思わなかった」というのが一番大きかった。

親切と思って声をかけたことに逆ギレされる。

犯罪行為ターゲットにされたかもしれない。

まさかそんなことが自分に向けられるとは思わず何十年もすごしてきた。

それはたまたまそんな人に出会わなかった自分の運が良かっただけでしかなかったのだ。

私は1つ自分に言い聞かせた。

私は人を

「親切心で声をかけてきたのに逆ギレしないし、どならないし、夜道で後をつけないし、殴らないし、性的暴行をくわえないし、殺さない」

けれど、

人は私を

「親切心で声をかけられたのに逆ギレし、どなり、夜道で後をつけ、殴り、性的暴行をくわえ、殺す」

可能性がある。

それがこの世界事実なのだ

その事実をしっかりと意識しておくことで、

まさかからそんな感情を向けられると思わなかった」ということで傷つかなくても済むようになる。

文字にして見ると当たり前のことだけど、

普段意識しておくかどうかでは自分の心への影響がだいぶ違うと思う。

防犯意識とはまた違うものかもしれないけれど、

私のような気持ちで過ごして来た人には意識をしてほしい。

あなたがしないだろうとても酷いことを、

他の人はしてくる可能性がある。

2019-05-12

自意識過剰なのがとても恥ずかしい

自意識邪魔をしてできないことが多い

例えば見た目に気を使ってみようとちょっと思って服を買いに行っても

「どうせ何を買ったところで、何もならない」と思って服屋の前でUターンして帰ってきてしまうし、

業務以外で異性と話ができたり結構仲良くしてもらっている人を会社の外で見かけても、

「優しいから話をしてくれるだけで、実際俺と話していても苦痛だろうな」とか

業務外だし俺のような見窄らしいやつと一緒にいるところ見られたくないだろうから立ち去ろう」

と思いなにもできない。

そんなんだから恋人なんていたことがないし友人もいない。人生経験も足りてない気がしている。

よく「自分を大切に」みたいな文言を見るたび「それができたら苦労しねえよ」と思って、周りの少しでもできている人たちをみて悔しくて

一人夜泣いてしまうんだけど、俺はどうしたら自意識を弱めて行動することができるのだろう。

自分もなかなか社会的身分が低いが、こんな自意識に左右されず楽しく生きて、慎ましく充実しているような人をネットではよく見る。

いつまでこんなに自分けが辛いのだろう。どうしたらいいのか。

助かりたい

2019-05-09

anond:20190509153519

混んでる道路だと、かえって左折後にUターンした方が早いしね。

ロータリー交差点を!」といちいち国を頼らず、オウンロータリー思想必要だよね。

2019-05-08

anond:20190508071402

増田子どものころはそうだったかも知れないけれど、今は当時よりはるか子どもの命が重い。

野山で自由に遊んで、事故って死んだり変質者に襲われたら誰かの責任問題になるから田舎でも自然の中でのびのびってのはむずかしいよ。

この間、山間部にいったけど、子供らは結局道の駅駐車場3DSやってたわ。Wi-fi入るからだろうね。

鳥取帰りたい奥さんも、自分の子ものころの印象で話してそうで、実際に周囲の教育環境とか進学実績とか調べてから検討したほうがいいと思う。

子どもだっていつまでも子どもじゃない。ザリガニ釣り生計立てるわけにはいかない。

田舎暮らしって子どもにとって将来の可能性は間違いなく狭まる選択だということをしっかり認識して決めてほしい。

自分友達で、同じような理由首都圏から離島Uターンした子がいたけど、結局高校で親元離れて都会の寮がある学校に進学して苦労してたし。

2019-05-07

タクシー乗ってデザイナが思ったこ

ただの吐き出し。

今日乗ったタクシーの老人運転手が超絶態度が悪く、タメ口、ナビ設定しない、ルート聞かない。懐かしの昭和タクシーのような。

抜け道行ったので「知らなかったー、ここに出るんですねー」とか持ち上げたら、タクシー20年やってる、最近のやつはダメだが始まったので、へーうんうん。て、聞いてた。

最後ありがとうございましたも言わない。自分で停めたとこで、ここ停められないんだよーって、私、停めやすいとこでお願いしますっていったよな?って思った。

技術力はまぁ高いんだけど、接客スキル皆無。

男はちゃんと道伝えるが、女は言わないとか、うんうん。なんでそうなったかなーって。あー、たぶん若いとき技術力褒められたのね。あー、嫌な客の思い出を多く覚えちゃう人なのねと。横暴にならざる得なかった歴史とかを妄想していた。

この前、乗ったタクシー中年運転手さん。新人Uターンポイントを間違えて、プラス200円、プラス2.3分くらい。慌てて、200円僕払います!っていってくれたけど、間違いを真摯に受け止めて頑張ってる姿みたら気持ちよかったから、いいです!お釣りいらないし!コーヒーでも買ってください!頑張ってください!ってなった。

道知ってて早くて、でもすごく嫌な気分になる運転手と、新人さんながら懸命に接客してくれ、道間違えっちゃった運転手

価値はそれぞれだけど、技術が高ければ横暴でokてのも違うし、懸命であれば技術が低くてもokでもない。

自分の身を振り返る出来事でした。

そして、これから先、老人増えてく中で、凝り固まった老人思想に合ったUX体験

「こうである」と学ばせ使いやすUI設計課題多いな、、と思った。

なんせ、最終稟議通すのも老人だったりするしさ。

ムカつく老人にもヒアリングユーザー調査気分になれる仕事選んで良かったなとも思ったけどね。

日々なぜそうなのか?なぜそうなったのか?そうであるべきなのか?を考え続けて戦うしかないんだなー。

2019-04-25

大企業タコボスキル、詰んだ

おっす、おら大企業

学部卒勤続10年32歳の中堅サイヤ人だ。

ひょんなことから地元へのUターンを画策してるんだが、転職活動きっつー。

研究開発一筋10年のキャリア、弊社でしか通用しませんです!という現実を突きつけられ途方に暮れています

ブクマカ及び増田の諸兄におかれましては、何か叱咤激励罵詈雑言お願いしたく(ちなみに日立社員ではない)。

そもそもね、おらの地元にゃ同業や関連事業研究開発拠点などない。それは仕方ない、地元悪くない。

やむなしやむなしと、経歴・スキルを生かせなくもなさそうな求人ポチっとな→「ここに年収550万円の求人があるじゃろ?福利厚生も良いぞ」…きっつー、年収大幅ダウンかつ良いと言ってる福利厚生も現職対比悪化。甘えんな希望するのは私の自由だ。

…くっ、未経験職種でも頑張ります!→「ちっす、年収400万~っす!」→ははは、そだよね。

お!未経験可!しか年収700万円!→「初任地選択可、全国47都道府県転勤」「きみもツーブロゴリラ契約して不動産を売ろうよ☆」→はあああああ?????死ぬ

地方年収低すぎ今すぐ死ぬ!って話じゃないのよ。要は大企業タコボスキルしか身に付けてこなかった人間≒俺!は、一蓮托生の思いで現職にコミットし続けるしかないってことよ。昔はそれでよかったけれど、今は45歳でご退場なディストピアなわけで。

このあと益々タコツボに深くハマる未来が見えているのに、のほほんと過ごしていきたくないのですよ、私は。

自分が築きたいキャリアに合っていて、かつ、この年齢で未経験OK会社にどうにかこうにか潜り込み、レベル上げて地元企業地方支社を物理で殴って再転職、がベターしらねぇ。

なお、地元Uターン拘らなければ良いのでは?と思われるかもしれませんが、家庭の事情で拘りたいのです。

anond:20190425092333

最初一言結論を言うと「希望は叶わない」

収入を維持したいなら今のところを継続し、新幹線通勤を強くお勧めする。

子供の保育料が安い、土地代が安い、通勤電車のストレスが無い。等々田舎であることのメリットを勘案して差し引いた収入で考えないとUターンするメリットは無い。

Uターン必須なら諦めろ。

2019-04-24

エリア勤務で報酬減や全国転勤はギルティ

エリア勤務で報酬ゲルマジで謎、どんどんエリア勤務促進してくれや。

ん?そうしたら本社地区(東京大阪)を希望する人に溢れて地方が手薄になるって?地方報酬上げればいいじゃない。

ん?都会の方が生活費かかる?だからって皆を日本全国ぐーるぐるなんてさせないで。

地方へのUターンIターン転職を考える時、ほんとこれがネック。

anond:20190424184611

2019-04-21

高齢者から運転を取り上げることは簡単なことではない

痛ましい事故が起きると高齢者から免許を取り上げろという声が挙がる。

果たして、そうして声高に叫んでいる人の中で、どれくらいの人が実際に自分の両親に運転をやめるように伝えることができているのだろうか。

わたしの父は運転が上手だったし何より好きだった。

そんな父の運転わたしも好きだったし、今のわたし運転の見本になっているのは教習所教官でも車好きの友人でもなく、紛れもなく父の運転だ。

それだけ父の運転を信用していたし、尊敬していた。

そんな父に、わたしからもう運転はやめるように伝えたのは父が70のとき、5年前のことだ。

きっかけは父の両親のお墓参りに行ったときのことだった。

とっくに車を手放していた父は、こうしてお墓参りに行くときや年数回のゴルフ旅行に行くときわたしの車に乗ってハンドルを握った。

毎年通る道、毎年変わらないはずの道が、その年は区画整理を兼ねた大きな工事が行われたことで、いままで見たことのない風景に変わっていた。

いつも使っていた道は閉鎖され、見知らぬ信号機に見知らぬ交差点ばかりだった。

それでも父ならば大丈夫だろうと、娘を脇に抱えてぼんやり風景を眺めていた。

しかし、その時の父は違った。

今まで一度も見せたことのない様子で焦り、苛立ち、わたしがなにか言おうにも頭ごなしに遮り、運転のものすら見たことがないほどに荒々しいものになってしまっていた。

極めつけは、道のど真ん中で急に停車して、クラクションが浴びせられる中での急なUターンだった。

ようやくの思いでお墓までたどり着いた頃には、母も見るからに苛立つし娘も泣き出すしで、さんざんな状況になっていた。

わたし運転だと不安かもしれないけど、帰りは代わろうか?」

一応進言してみたものの、父はそれをきっぱりと断った。

これ以上何かを言えば父を信用していないみたいになってしまう。父を傷つけてしまうような気がして、それ以上はわたしから何かをいうことはできなかった。

それからも、迷いがありながら、父がゴルフ旅行に出かけるときは快く車を貸し出した。

しかし、たまに同行する母からは、その度に曲がり角を間違って苛立つ父の話や、高速の出口を間違えて何故か母に強くあたる父の話を聞かされるばかりだった。

これ以上父に車を貸し続けていていいのだろうか。車を貸し出す度に迷いが募っていった。

そんな時、とうとう父が事故に巻き込まれたという連絡が警察から入った。

幸いながらもらい事故だった。

だけど、わたしを悲しませたのはそんなことではなかった。

いざ迎えに行ってみると、父はただひたすらに如何に相手に非があって、如何に自分が悪くないかを繰り返した。

聞けば相手側の不注意による追突事故らしく、過失はほぼすべて向こう側にあるらしい。

相手保険新車になるならよかったじゃないか。」

思いもよらない父の一言唖然としてしまった。その後も父の口から事故を起こして申し訳なかったという一言最後まで聞くことはできなかった。

父が走行している間、事故を起こした相手不安定な運転を繰り返していたらしい。

一昔前の父なら、そんな相手がいるなら絶対に近寄らないし、ましてやその車を後ろに背負うことなんて絶対にしなかったろう。

それなのに、ただひたすら相手が悪いと繰り返し言い続けている父を見ていることはただただ悲しくて辛かった。

それから程なくして、結局少しの持ち出しとともに新車に買い換えることになった。(くわしくはわからないが車軸が曲がっていた?とかいうことらしい)

わたしが父に運転をやめるように伝えたのもその時だ。

保険の種類が変わったことで、父が保険対象外になってしまった。」

わたしはそうやって小さな嘘をついた。

そのかわりに、父が車に乗りたいと言い出す前に今まで以上に両親を旅行に誘った。

出費や親のために使う休暇も増えたが、父が事故を起こすことに比べたら何でもないことに思えた。

ある時、隣に乗っている父が「老後は小さなスポーツカーで色々なところに出かけるのが夢だった」と独り言のように話し始めた。

父はまだ運転を諦めていない。

「それは素敵な夢だね。だけど、もしそれで娘と同じくらいの子供を事故に合わせてしまうようなことがあったらわたしはどうしていいかからないな。」

父は一言「そうか」とだけ口にしただけだった。

高齢者による事故が起きれば、あのとき自分判断は間違ってなかったと自分に言い聞かせる。

高齢者から車を取り上げること自体簡単なことかもしれない。

でも、ただ取り上げることを声高に叫び続けるだけではなく、それによって失われるものを埋めるための努力が本人以外にも必要なのだ

未だにわたしは父の夢を奪ってしまったのかもしれないと葛藤を続けている。

2019-04-07

anond:20190406234028

フツーに分かれ道で崖に進んだ人はUターンして、

「あぶない引き返そうね」と情報共有しておわり。

「この先崖行きどまり」の標識が出来そうだし、あとはフェンスでしょう。

道があったらどちらか選んですすみたい、律儀な性格は判るけれど。

2019-04-02

anond:20190402013940

もしあなたがいわゆるUターン転職で今の職場にいるのなら、地元民の社員東京者だったあなたに対する田舎コンプレックスみたいな対抗心を無意識に燃やしていてそれが微妙な壁になってるかもしれない。

2019-03-27

「女みたいな男がいる職場だね」

数年前に辞めた会社の話。

自分第二新卒で入った比較的若手で、地方の中堅都市にある地元では大きめの会社に入った。

現場仕事中心だったこともあって自分のいた部署9.5割が男性で、女性経営者縁故事務やってる人畜無害な50代くらいの人だけという状況だった。

部内のメンツは大きく地元からたことない高卒高専卒組と、UターンもしくはIターンでそこそこの大学を出た組に分かれていて、数的には地元組が8割くらいでグループっぽいものを作ってた。

自分後者の方だったが、あまり目立ちたくないということもあってできるだけ空気のように働こうとしていたが時々地元組の年長者から当たりが強い言い方をされることとかあった。

それでもまあまあ数年くらいはそれなり順調に仕事をしてきたのだが、あるときから急に周囲に無視をされるようになった。

何か仕事ミスをしたという覚えもなかったので最初挨拶をしても無視されるのを気のせいかと思っていたが、どうやらそうではないということをあとから人畜無害事務の人から教えてもらった。

もともと自分言葉遣いとかが気に入らないと陰口を言われていたようだが、少し前の仕事で先輩社員を通さずにミスの処理をしたということが知られてそれからグループぐるみ無視しようぜということになったらしい。

ちなみに言葉遣いというのは四字熟語とか、漢字2文字系(「組み立てる」を「構築する」みたいな言い方するような)とか使うのが気に入らなかったとか。

その無視というのが40過ぎのオッサンがやることかよというくらい幼稚なもので、こっちが挨拶をしたらわざと無視して、自分が席についたら後ろからクスクスと笑い声を聞こえるようにやったり、冠婚葬祭ときに「部署一同」として出すようなお金に声をかけてくれなかったりとかいう感じ。

必要な用具を隠されたこともあったし、ベテランでも難しいような仕事を「○○大学を出た増田君なら余裕だよな」と言って放り投げてきたりというようなこともあった。

結局そんな職場にしがみついているのが馬鹿らしくなってそのあと少しして辞めた。

んで、そんなことがあったということを少し前に姉につい酒の勢いで愚痴ったところ冒頭の「女みたいな男がいる職場だね」というようなことを言われたというわけだ。

自分がいた職場はどちらかといえば体育会系な男ばかりの場所だったので、そういう感想が出たのがちょっとおもしろいなと思ったので書いてみた。

よく「女のいじめは男のより陰険」という話を聞くが、男のいじめも十分に陰険だということは言いたい。

おまけを言えばその人畜無害そうだったおばちゃんが一番話がわかる冷静な人だった気がする。

2019-03-04

anond:20190303042734

かなりまえにURの申し込みして当たった友達夫婦埼玉に住んでるけど、

通勤範囲じゃないかな?ご主人東京勤めのはず。

URとか、リノベ物件とかは考えておられないのでしょうか。

ところが東京家賃相場12-30万程度のところにしか無いときてる

古い一軒家なんかのリノベしていい案件とかなら、もっと安いんじゃない?

単身で、お風呂なしでいいなら安いとこあると思う。

それならシェハウスのほうがいいのかな……。

お仕事郷里いくらでもおありなら、Uターンで。

2019-03-03

我々だ!がいろんな界隈から嫌われている件についてそこら辺のアンチ

注意喚起

このブログモラルの欠けらもない。悪口愚痴文句など言いたいことを言うだけのブログなので、彼らのファン絶対に見ないことをおすすめします。

もしこのブログコメントする人は彼らの擁護コメント以外でお願いします。

拙い文章なので細かいところは気にしないでください。

ココ最近Twitterで我々だ!や我々だ!のファンに対してのアンチ長文が出回っている。我々だ!のアンチとしては「周りに迷惑をかけている」「最近面白くない」など。ファンアンチは「マナーが悪い」「民度が低い」「キッズが多い」などなど。

自分は我々だ!はhoi全般マイクラ(見てないシリーズ多々)、マイクラ人狼(途中で切った)、Wot(全部見たか記憶曖昧)は見たことがある。異世界は体に合わなかった。

我々だの実況スタイルは広い層に受け入れられるようにできている。大人数で全員を覚えにくいと最初は思ったが、動画邪魔しない程度の字幕や簡潔なアイコン・色分けでわかりやすいように工夫されていた。薄いがストーリー性があり、企画もよく練られていて安定の面白さ。芝居かかったセリフなども人気のひとつ。まぁ自分が見ていたものだけで言わせてもらうとこんな印象があった。

今回の文章を書くために最近動画をちらっと見てきたが、質の落ち方が酷くていろんな意味で笑った。字幕youtubeでよく見る安っぽいクソデカ文字。「異世界の主役は我々だ!」という漫画キャラクターが決め台詞を言う寒いシーン。何もかもが薄ら寒い。なるほど、昔からファンが離れるのも分かる。

ファンコメントも他の実況動画コメントと比べるまでもなく酷い。「結婚して」だの「〇〇×〇〇萌える(腐を匂わす発言)」だの、自分が言うのもなんだがモラルの欠片もない。

ファン、と一括りしてはさすがに一部の純粋応援しているファン(いるのか知らないが)に申し訳ないので害悪とこれから呼ぶ。害悪達は我々だ!を「二次元キャラクター」かなにかと勘違いしている。そういうもの達が書くイラスト動画内容と関係ない、所謂捏造イラスト」は我々だ界隈のみならず他の実況界隈までも汚している。

関係ないゲームコスプレ女装女体化創作(笑)漫画。何もかもが妄想産物。それを嬉々として描いているもの、見ているもの、全員が狂っている。

どうして他の界隈よりも圧倒的に荒れているのか。それは我々だ本人からファンアートに対する公言が主な原因。

「(我々だ二次創作全般において)私たちは『あらゆる創作表現を歓迎』しており、

表現の自由はこれまでも、そしてこれから保障され続けるべきであると考えています。(一部抜粋)」

コスプレ、成人向け表現(R-18)もルールを守るならOKと書かれている。

頭が可笑しいのでは?

自分が一通り上記グルペン文章を読み終わった後、そう思った。

別にこの文章内容に思ったわけじゃない。重要文章がないことに思った。

どうして「他の実況者のルール自分たちのルールと違うので迷惑をかけないように」と書かないのだろうか。

我々だが現在進行形で荒れ、他の界隈に嫌われるのは、我々だ自身がこういう所に配慮が足らないせいだろう。

そのせいで元我々だ界隈にいた少し有名な害悪が他の界隈に移動した途端に、態度の悪さにそこのファンにボロクソに叩かれて、そこでようやく自分たちがとんだ恥さらしだった事に気づく。なんとも面白い話だ。そこで気づくならまだしも、気づかない馬鹿もいる。そういう奴ほどUターンしてまた我々だの評価を下げる。悪循環だ。

我々だは他の実況者とコラボすると途端に面白さが減る。気の利いたコメントも言えず、痛々しい自分たちのキャラも振る舞えない。幕末のように迷惑はかけないが、孤立してるせいで微妙空気を生み出す。害悪も右にならえで態度が一層悪く見える。

我々だが他の界隈に嫌われなくなる事はほぼない。唯一あるのは、もっと頭のイカれた実況者が現れてそっちに流れていくのを祈るしかない。

2019-02-10

街コンに申し込んだけど店の前でヒヨって入れない

都内に住んでる30歳男。

これまで彼女ができたことない。

周りからそろそろ結婚しろと言われて2年前から彼女探ししてるけど一向にできない。

街コンは申し込むけど、店の前で怖くなってUターン

もう10万以上無駄にしてる。

いやぁ、結婚とか無理ゲーすわ笑笑

2019-01-24

anond:20190123214918

東京で、自分専門性を活かした東京しかないような仕事毎日終電帰りの生活してたけど、そのとき自分のやりたいことを仕事にできて充実した生活だと思ってた

その後家庭の事情地元Uターンしたとき

よく考えればば専門性を活かした仕事がしたいとか、好きなことを仕事にしたいという気持ちより、そもそも仕事をしたくないという気持ちが圧倒的に強いことに気づいて、クッソつまらないしやりがいもないけどとにかく楽な仕事に就いた

どっちの生き方が正しいかはわからないけどQOLは確実に地元に帰ってからの方が上がったので増田気持ちわからんでもない

2019-01-02

anond:20190102183642

Uターン中の電車の中で笑いを堪えるのが大変だったじゃないか

2018-11-26

その後の紆余曲折についての疑問が散見されたので、簡単に概略しようと思います。概略の分量でも無い気がしますが。

都会に飛び出してから数年は、まだまだ地獄のような生活を送っていました。他人を人と思わないサイコパス気質と持ち前の高慢さ・プライドの高さや、さしたる目標が無かった上に、非常に怠け者というのがありました。職は責任感もなく、入ってはすぐ辞めてと、点々としていました。同僚と思うように関われず、一方で女遊びは続けていました。同僚はどんなにふざけた人でもぼくから見れば異様なほど仕事熱心で、お金を稼いで生きることに特に疑問を抱いていないようでした。会話が噛み合わないことも多く、どこでも孤立していました。女遊びは、遊ぶというより、それが唯一の生きがいとして、ひとつミッションのように感じていました。経験人数が1人増えるごとに自分が認められているような気がしたからでした。

いろいろと挫折したあと、2度ほど地元Uターンし、でもまた熱に冒されて都会に出るというようなことも繰り返しました。両親の状況も糞のようになっており、順風満帆とは言えませんでした。でも、そういうふうに生きているうちに「自立することが大事」だと思うようになっていきました。当時はそんなふうに言語化できていませんでしたが。曲がりなりにも仕事をして、めちゃくちゃなりに人生を生きて、他人と接し「これが現実か」とうなだれていました。

ある日「こんな人生はもう嫌だ」と思い至りました。この時点ですでに当時から5年ほど経過していました。そんなことは常に抱えていた問題だったとはいえ「何かしら対策を打たなければいけない」とここで初めて思いました。すでに「死ぬ」という選択肢はかなり小さいものになっていて「ぼくにとってやりたいこととはいったいなんだろう」という風に考えていました。大してやりたいこともなかったわけなので全然思いつきませんでしたが、「もしこうなっていたらいいな」という夢物語のようなものがありました。それは漠然としていて、およそ目標とは言いがたい、「世界平和になったらいいな」というような感じの類のものでしたが、とにかくそれを考えました。これはぼくのアイデンティティに関わってくるもので、身バレしてしまうので伏せておきます。いつか話したいと思っています。以下すべて抽象的な話になりますが、申し訳ないです。

ともかく、ぼくはそれに身を捧げる覚悟を決めました。首を吊ったとき覚悟とある種同じで、大した勇気はいらず、ただ、よしと決めて落ちればいいだけでした。情熱とか成功とかそんな上品ものではなくて「俺はこれで生きる」「これで失敗しても構わない」「これで終わって地獄に落ちても仕方がない」「少なくとも今よりはマシだろう」という悲愴に満ちたネガティブな、他のもの犠牲にする落ち方でした。「死ぬ気でやってみろ」という言葉ポジティブさとは似て非なるものだと思います

「怠け者が一夜にして努力できる人間に変わる」なんてことはありませんでしたが、離散的だが継続的であるような一定献身によって、少なくとも状況がだんだんマシにはなっていきました。少なくとも日常世界では、何かに殉じる人はそれほど多くないからかもしれません。ぼくの選んだものが良かったからかもしれません。ただしそんなにうまく行かず、その後、絶望と言えるほどではないけどまた鬱々とするような状況がやってきました。死がどうとか考えるときがありました。ただ、これはもはや癖みたいなもので「死なないって決めたからなぁ」のようなのんびりとした気持ちもありました。今度は金が尽きかけたときに「そろそろ働かないと」「ただただ働きたくない」という思考になりました。すでに地獄の底ではなくて、地獄の地下1階程度にまで移動していました。

そうした好循環によって、ある日「人生制御可能」だと思えるときがやってきました。「お金に困らなくなった」という状況も心に余裕を産ませる原因になりました。「自分が動けば事態は良くなりはじめる」という信念が、非常に強固なものになりました。それで、まあ、そんな感じです。あまり参考にはならないかもしれません。

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