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2024-06-21

コロンブス無限蒸し返して叩くがオッペンハイマーには寛大な人達

https://x.com/itangiku/status/1803738267613024672

これさあ。

「そろそろ」じゃなくて、風刺だって意見はあのMVが出た当日からあったし、別にそんな穿った見方ではないだろ。

信者擁護するせいで治まらないっていう人もいるけれど、どう見てもこうやって無限蒸し返して叩く人達がいるせいだよ。

こうなるとやっぱりMrs. GREEN APPLEは削除も謝罪もすべきじゃなかったな。

謝ったところで向こうは叩く手を止めないんだから

開き直ってMVを流し続けるべきだった。


しかしこれと対照的なのがオッペンハイマーへの扱いだよね

コロンブスの時には「今の価値観で当時を裁くな」「当時の価値観でも駄目だった」という理屈で無条件に断罪されていたが、

こっちこそ100年も経っていない、今とは大して価値観が変わらない時期の出来事なのに、

「泣いて謝罪した」程度を大袈裟報道し、許してやろうとする寛大な世論が生じている。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240620/k10014486571000.html


自分日本人と同じアジア系有色人種であるアメリカ先住民に対する加害に対しては何故か白人目線反省会して

今の欧米でのコロンブス評価をもって過去どころか今も続く先住民への人権侵害は軽視する一方で

原爆という日本人(だけじゃないけれど)への加害には必要以上に寛大。

これってまさに名誉白人目線だと思うんだけど、

やってる当人らはその自覚がなく、寧ろ名誉白人糾弾しているから始末が終えない。

もしコロンブスが泣いて謝っていた資料が見付かったらどうする気なんだろ。

多分そんな事ではやった事は変わらないって言って、変わらず叩き続けるんだろうけれど。

2024-06-10

ズボンを下ろしてパンツ見せて腰を振る動画と超ハイレグエアロビ

【初めに】

まずかったら削除する。ただ、以前はパンチラの映っているPVを紹介したので大丈夫だろうか。

英語にはtwerking、トゥワーキングという言葉がある。音楽に合わせて尻を上下に振る動作のことで、見ているだけで筋肉痛になりそうであるyoutube検索すると、ものすごい大臀筋女性が実演しているのが見られる。やったら筋トレ効果健康になりそうだ。

元々ヒップホップで使われたらしい。ウィキペディアではサザンヒップホップとが由来だと書かれているのだが、ヒップホップラップR&Bの違いがわかっていない。おそらく、わかっている人からすればモネシニャックみたいに全然違うよ! ってことになるんだろうが(それどころかエル・グレコくらい隔たっているかもわからない)、この辺についてはいずれ調べておきたい。

具体例に関してはこちら。

https://www.youtube.com/watch?v=UNj05HL0UPw&ab_channel=RubiRose

Rubi Roseというラッパー作曲家モデルミュージックビデオだ。ややこしいことにRuby Roseというオーストラリア女優モデルがいる。

ブルマーだったりミニスカだったりで腰を振る文化はよくわからない。評価をするだけの知識がない。

ただ、いきなり曲の途中でズボンを下ろしてパンツを見せる例があるのには驚いた。ブルマのようなしっかりと尻を覆うタイプではなく、ティーバックタイプの下着だ。

リンクを貼るのがためらわれるので名前だけ。「VI AMElI // TWERK CHOREO(bilibili動画にもあるやつ)」「АМЕЛИ // Twerk ВТ/ЧТ 18:00」がそれだ。かなり面食らっている。欧米圏にはムーニングという、ケツだけ星人のように尻を出して相手嘲弄する動作があると言うが、これは相手馬鹿にするというか、演者絶対的優位を意図しているのだろうか。私は何も恐れないという宣言なのか。

道玄坂69のyoutube動画に、目が死んでいると批判的なコメントがあったのとは対照的である

知らないことがまだ世界にはたくさんある。

社会的に認められた露出については、ルールが非常に恣意的だ。そこに道徳や法の柔軟さや二重思考確認できて面白い

World Naked Bike Rideのときロンドン市内で全裸だし、トップレスが許されるプールもある。それが文化戦争様相を呈することもある。

現に、エアロビ全盛期の頃は、タイツはいていることもあるとはいえ驚くようなハイレグも見られた。

https://www.youtube.com/watch?v=3pm3TC57lHI&ab_channel=uwatenage

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=U6itxVo4T5A&ab_channel=foolicus

(35:00あたり)

https://www.youtube.com/watch?v=WTflOuT_nPI&ab_channel=Hatsumi

(1:52あたり)

とにかく、不思議でならない。

【お昼の追記

かに欧米の性の感覚日本と違っていて面白い

バルセロナに行ったとき、十歳から十二歳くらいの女の子が、お腹ほとんどが露出していて、お腹を薄いレースで覆っているだけの格好をしていたけれど(見た目がほぼ裸エプロン姿)、一方で児童ポルノには極めて厳格だ。

小学校低学年の子どもがビキニを着ていると、なんだか不思議な感じもする。

性的であることと、実際に性交することとは別だという思考かもしれない。ウエルベックがどこかで、非モテの悲哀として、誘惑だけされるが情交には至らないと怒るキャラクターを出していたのを思い出す。欧米一枚岩でははありえない。でないと激しい選挙戦文化戦争理解できない。

なんであれ、レッテルを貼らず、わからないことはわからないと認め、自分感覚を精密に言語化していくこちが肝心だ。

夕方追記

昔はやった腰パンみたいなものか。そう思ったが、では腰パンについてもよくわからない。

さら追記

ブルマよりも遙かに伸びてて吹いた。

みんなブルマーよりも他のファッションに興味があるのねw

2024-06-06

イギリスジェンダー教育正気に戻る

フィガロ

https://www.lefigaro.fr/international/les-professeurs-sont-la-pour-enseigner-des-faits-aux-eleves-au-royaume-uni-le-gouvernement-veut-faire-machine-arriere-sur-la-theorie-du-genre-a-l-ecole-20240517?utm_content=link&utm_term=Le_Figaro&utm_campaign=Nonli&utm_medium=Social&utm_source=Twitter

数週間前の医療制度に続き、今度は教育制度英国ジェンダー問題に一石を投じようとしている。

木曜日政府公式サイトで発表された声明で、教育省は、性自認概念中等学校で教えないようにし、性教育コースを9歳以下の生徒には与えないようにすることを望んでいる。これらの措置は、「デリケートテーマに関する不適切教育から子どもたちを守りたい」という政府説明に基づいている。

 

性自認問題に関して、政府立場は、近年英国がこのテーマに関して取ってきた道とはまったく対照的である。「キャス・レビューに照らして」と政府文書説明し、「学校はこのデリケートテーマを教えるのに慎重なアプローチ採用することが重要であり、ジェンダースペクトラムであるという見解を含め、論争になっている見解事実として提示しないことが重要である」と述べている。

 

この方向性継続し、同省は最終的に、ジェンダー論はもはや小学校で教えるべきではなく、中等教育では生物学的な観点からアプローチすると発表した。「中等教育では、生徒たちは性的指向性別適合などの特性について学ぶが、学校性自認概念を教えてはならない」。

トランス終了やね

2024-06-03

[][]Inscryptionの『ドクロの嵐』実績クリア

InscryptionのSteam実績獲得率の最も低い『ドクロの嵐』を取得したので記念に書く。獲得率は現在1.9%だ。積極的攻略情報ネタバレを書くつもりはないが、これからプレイする予定の人は見ない方がいいだろう。


マンティスゴッド」デッキ10回くらい繰り返してようやくクリア。運良く「複製」と「合体」のマスを交互に踏めて、最終的にマンティスゴッドを以下のように強化できた。

攻撃12
体力20
三又攻撃
 嫌がらせ
 二回攻撃
 托卵

上記カードは、攻撃力3体力5(焚火2マスで強化)二回攻撃(合成で付与)のマンティスゴッドを「複製」 「合体」を2回経て作ったものだ。これで攻撃力と体力を4倍にできたのだ。「托卵」は「複製」した際に変化した印だが、構わず「合体」した。

これで、1ターン目にマンティスゴッドを出して奥歯がジャラジャラと弾け飛ぶのを眺めるだけのクソゲーとなってしまった。カードを組み合わせたコンボシナジーも一切なし。これがInscryptionだ。こうでもしなきゃグリズリーボス突破できないかしかたがない。チャレンジで変更した初見ラスボスマンティスゴッド1枚でワンターンキルを繰り返した。最終形態だけは2ターンかかってしまったが、初見ラスボスの行動パターン理解する前に倒してしまったのだ。

Kaycee's Modチャレンジは少しずつ難易度が高くなるとともにカードや初期デッキのアンロックが増えていくのが楽しかった。ゲーム本編が、CPU相手に対する競技性やストーリー脚本)の巧緻さよりも(メタ的な演出も含めた)芸術性や謎解きに重きを置いていると感じたのとは対照的だ。

ただし、それもチャレンジレベル12クリアするまでのことだ。チャレンジを積み重ねるごとに、「今のプレイは運が良かったかチャレンジポイントもっと盛っても勝てたんじゃないか?」などと思うことがあったが、チャレンジ全増しはまさにそうした運の良さを前提とした苦行だった。グリズリーの群れを突破できる強力なカードを運良く作れて1ターンで倒すか、それができずに1ターンで倒されてゲームオーバーか、という苦行だ。

まあそれでも、苦行を突破した達成感はあったから、それはそれでよし。

Kaycee's Modの実績は全取得できたが、本編の実績はいくつか取れてない物がある。でも、本編のゲーム性(競技性)はKaycee's Modに劣るし、実績を解除するのもただの作業に過ぎないだろうから、Inscryptionのプレイはこれにて一区切りとするつもりだ。本編のプレイはとても楽しかったけれども、2回3回と同じ演出を見ても興ざめになることは間違いない。あくまでも初見からこそ楽しめる演出なのだから。謎解き勢なら何度も繰り返して考察を深めるのだろうが…。

しかった思い出を書き終えたので、私にとってのInscryptionはこれでおしまいだ。

2024-05-28

なんで「男の奢り」か「割り勘」の二択なんだろ

この手の話題をみる度に純粋に疑問なんだけど、対照的ものとして考えるなら普通「女の奢り」だよね

ミラーリングミラーリング喚いてる割にそこは至って自然に割り勘としか思わない頭の中のロジックはどうなってるんだろう

嘘でもいいから私が全部出してる!とか言っとけば潔さに一定の支持が得られる可能性もなくはないのに絶対に言わないんだよな

彼女できたらアンフェやめるのと対照的

無茶苦茶な主張しているフェミアカって、風俗嬢など男と接点が普通女性の1000倍くらいありそうな女が主に活動しているように見える

2024-05-26

「鳴潮」感想

原神を越えると前評判が凄かった鳴潮だが、蓋を開けてみれば、原神未満の何かだった。

 

操作性の自由度は上がっている。ジャンプの高さとか。ただそれだけで後は原神を越えるものはない。

逆に落下攻撃、空中ダッシュ、壁登りが誰でも出来るということでちゃちさが上がった。

 

雰囲気としては原神というよりスターレイル。画面が暗くて原神とは対照的

動けるスターレイルという認識

 

そして最大の問題だが、キャラがどいつもこいつも太い。そして、女主人公よりかわいいキャラが居ない。つまりガチャ引くモチベがぜんぜん上がらない。

キャラの性能で引くかどうか決めるにしても評価でそろってからでないと引くのは難しいだろう。

キャラ身長パターンしかないのに、男キャラは多い。もしかしてこれ女性向けに作ってんのか?

2024-05-24

anond:20240524152932

ドラフト時の下馬評がテルと対照的だった大山がここまで成長したことに涙を禁じ得ないのは俺なんだよね

実力で虎党の手のひら返すとかすごくない?

上昇婚した男だけど離婚したい

妻の方が稼ぐ共働き夫婦。子供はいない。

交際から妻の方が年収高くて結婚時もそうだったのでいわゆる「上昇婚」にあたるんだろうね。

ちなみに1年くらい前に妻が昇格してさら収入差が広がった。

家事は分担。妻の方が家事が得意でまめな性格で綺麗好きなので、わざわざ朝早く起きて掃除とかしてる。

俺は家ではだらだらしたい派なんだが、妻は家でも家事だの仕事だの資格取得の勉強だのに取り組んでいて息が詰まる。

しかも、交際時は可愛らしかったんだが、最近少し妻の体型が崩れてきた。

家事かいいからもう少しそっちに気を使えばいいのにと思うが、さすがに口に出したら烈火のごとく怒るだろうから言わない。

結婚前はもっとかい家庭を思い描いていたのになんだか殺伐としていて家にいるのがしんどくなってきた。

しかも、去年仕事関係出会った子と仕事打ち上げがてらプロジェクトに関わったメンバーで飲みに行ったらそこから時々サシで飲みに行くようになった。

の子は俺より6歳くらい年下で背が低くてかわいい。ピリピリした妻とは対照的でおっとりしていて癒やされる。

しかも厄介なことに「増田さんの奥さんが羨ましい」「増田さんみたいな彼氏がほしい」とか言ってきてまんざらでもなさそう。

正直妻とは離婚してこの子と付き合いたいんだけど、妻と離婚交渉するのも疲れる。

妻も浮気してくれないかなと願う日々。

2024-05-22

ゼレンスキー選挙延期して大統領を続けることについて

独裁国家プーチン戦争中に大統領選を行い、民主主義国家ウクライナ越境攻撃してまで選挙妨害してたのは面白い構図ではあるが

ではゼレンスキー独裁者かといえばそうではなく、むしろ国民の顔色を伺って、不人気な追加動員には及び腰だ。それが結果として現在兵士不足に繋がり、ウクライナ軍の苦境を招いている。

選挙がないからといって強権的に振る舞えばクーデター権力を追われる危険が高い。ウクライナでは民衆政権崩壊させたマイダ革命成功体験もある。ゼレンスキー自身も、ロシアがマイダンを計画していると公言し、警戒している。

大統領選での高支持率根拠に大規模動員に踏み切ったプーチンが、選挙によって戦争責任を民意転嫁しているのとは対照的だ。

今のゼレンスキー独裁民主主義の悪いところ取りになっているように思う。

2024-05-21

正常独身青年先祖戸籍を取り寄せる

アブスト

 結婚の見込みがない29歳正常独身青年が、ご先祖様に申し訳ないという気持ちから先祖戸籍請求した。6市町から31通の戸籍謄本を取り寄せ、Excelにまとめた。戸籍制度の変遷や行政区画歴史を知ることができ、何故か海外移民歴史にも繋がり、祖父母との会話のきっかけにもなった。独身暇つぶしにはもちろん、子供自由研究にもおすすめであるかわいいの子と新戸籍編製したい。助けて。

背景・目的

俺が末代だ(誤用)→ ご先祖様に申し訳ないにゃあ → そもそも先祖って具体的に誰やねん → そうだ、戸籍、取ろう

 ワイ、29歳素人童貞自分は子孫を残せないかもしれないというぼんやりした不安がいよいよ現実味を帯びてきた今日この頃。親にも祖父母にもご先祖様にも顔向けがきぬと思った時、はて自分先祖ってどんな人たちだったんだらうという疑問が湧いてきた。祖父母に聞いてみても、こんな先祖がいたという話は出てくるがそれが自分にとって何にあたる人なのか(曾祖父?曾祖母?高祖父?)が分からない。墓石や位牌を見てみても名前戒名と行年が分かるだけ。家系図なんて高尚なものもなし。というわけで、先祖戸籍、取り寄せてみました。

僕はどこから来たのか、僕は何者か

 僕は埼玉まれ埼玉育ち、岐阜県在住29歳素人童貞工場勤務現場労働限界サラリーマン父親次男地元山口県母親は次女で地元栃木県、そんな2人が地元を捨てて東京大学出会い埼玉で僕が爆誕したってわけ。親の背中を見てすくすく育った僕は当然のように親元を離れ、縁もゆかりもなかった岐阜で働き、親に会うのも年1回、これが因果ってやつです。

How to 戸籍請求(※2023年版)

 さて、いざ戸籍請求しようと思っても、やり方もようわからん。こういう時はとりあえずググる。ふむふむ、直系尊属戸籍なら請求できる、と。まずは自分とか親の戸籍を取って、そこに親の名前と前の戸籍本籍地が書いてあるから、親、その親、そのまた親って遡っていけばいいわけか。同じ市町村内なら先祖戸籍をある分だけまとめて請求も出来るんだな。自分本籍地父親実家にあることは以前に住民票取った時にわかってたから、山口県役所まで行かなきゃいけないのかなと思ってたけど、どうやら郵送でも請求できるらしい。これはありがたいね。で、必要ものは、と……、まず請求書か、これはあとでコンビニプリントだな(プリンターなんて持っていない限界独身青年)。本人確認書類免許証でいいな、これも後でコンビニコピー。返信用封筒切手は買ってこなきゃ。あとは手数料を、定額小為替?、何だこれ、ていがくしょうかわせって読むのか?郵便局しか入手できないし、貯金窓口って平日16時までしか空いてないのか、これは面倒だな……。

 実際の手続き市区町村サイトにやり方書いてあるんで、それを見れば誰でもできます。面倒だったり時間がなかったりする人は司法書士とか行政書士かに依頼したらやってくれるらしいよ。僕はコミュ障からそっちの方が面倒なので1人でやった。手続き関連で意味わからんのは定額小為替。読み方もわからんくて、僕は最初郵便局の窓口で「ていがくしょうかわせください」って言って小恥かいた(ていがくこがわせ)。これは要するに戸籍の発行代を、現金は郵送できないから代わりに為替で送るってことなんだけど、小為替の額面にかかわらず1枚の発行に200円の手数料がかかる(2022年までは100円だったらしい)。200円の定額小為替1枚にも200円かかるし、750円定額小為替5枚で1,000円の手数料だよ⁉ 平日の昼間になんとか時間作ってるのにこんな手数料取られるの、ほんとアホらしい。オンライン決済に対応してくれ。社会人時間と金を返せー。北方領土も返せー。

 まあそんなことは置いといて、戸籍請求の時に用意しとくと便利なもの挙げときます。①プリンター: これがないと請求書の印刷とか本人確認書類コピーとかでいちいちコンビニに行かなければいけなくなる。行った。必要項目さえ書いてあれば手書きの書面でもいいらしいんだけど、今時そんな人なかなかいないよね。②角形2号封筒: 請求書発送と返信用として同封する分で結構使う。③A4クリアファイル: 封筒に入れる書類クリアファイルに入れる、これ社会人常識ね。え?ギリギリ働けているだけの無能社会人面してんじゃねえ?いいいいイキってすみません

戸籍の、種類

 戸籍には、3つ種類がありまして、戸籍に除籍に改製原戸籍、この3つなんですが、まあ大雑把に言ってしまえば生きている戸籍と死んだ戸籍旧版戸籍って感じです。先祖のことを知りたいのなら、とりあえず全部1通ずつ請求すればオケ現存している先祖戸籍は全部手に入れてやるくらいの気持ちでいきましょう。請求理由家系図作成のためって書いておけば、まとめて請求もできます

 戸籍はこれまで法改正によって6種類の様式が作られていて(明治5年式・明治19年式・明治31年式・大正4年式・昭和23年式・平成6年式)、現在入手可能で最古のもの明治19年式。ここまで遡れれば、だいたい江戸後期生まれ先祖がわかります。そして、さらに遡りたくなります、なるんです。ところが、明治5年はいわゆる壬申戸籍ってやつで、新平民とか元穢多とかの表記があるらしく、昔の差別ガーって五月蠅かった奴らのせいで見ることができない。これ、完全に国民知る権利侵害じゃね?今の法律だと直系尊属戸籍しか請求できないんだし、見せてくれたって何の問題もないよね。まあそもそも部落差別がどうとかいう話がまず胡散臭すぎるし(職業差別なんか?地域差別なんか?血統差別なんか?)、そんなもん現代存在しないやろ。解放同盟とか、差別反対って叫んでる連中が日本を歪めてるって、こんなとこでもわかんだね。みんなも部落探訪、もとい曲輪クエスト©鳥取ループ)してこ♪ 楽しいよ!

この本籍地はどこなんだ?

 で、戸籍請求して特に不備がなければ、1週間程度で返送されてくる。僕は最初戸籍をまとめて請求した時、想定よりも枚数が多かったので小為替が足りず、追加で小為替を送ることになった。小為替は多めに用意しとくのがヨシ。

 ここから自分先祖戸籍の話。父方の実家山口県田舎で、江戸時代からそこに住んでいたと聞いていたので、1回の請求で割と簡単明治19年戸籍まで入手することができた。しかし、よく見ると本籍地表記現在のものと違っている。もちろん市町村合併が何度かあって〇〇郡〇〇村とかが今と違うのはわかるんだけど、番地が全然違うのだ。今の番地が「〇〇番地」なのに対し、明治19年式では「第△□番屋敷」になっていて数字も違う。調べてみると、現在本籍地地番記載しているが、明治19年式の段階では地番とは別の壬申戸籍編製時に家ごとにつけた屋敷番号というものを載せているらしい、ということが分かった。そしてややこしいのが、地番屋敷番号は全く対応していないようなのだ。その辺は地域差もあるみたいで、近代化の過渡期って感じのカオス面白いですね。まあ現代でも住所表記は複雑で統一されてないし、そんなもんか。もしこの明治19年式の期間に先祖転籍していたら、以前の本籍地現在でいうどの場所にあったのか、地番対応していないのでちょっとやそっとじゃわからないらしい。僕も詳しくはないから、知りたい方はググってみてくれ。そう思うと、父方の家が江戸時代からずっとそこにあるというのは、運がよかったのかもしれん。

 他にも、高祖母家系明治19年戸籍で、「〇〇郡〇〇浦」という、「町」でも「村」でもない表記のものがあった。町村制明治22年施行から、それ以前の藩政時代表記が残っていたのだろう。これまた過渡期って感じでたまらぬ。こうなると郡制とか府県制とか市制町村制とか、行政区画歴史についても、わたし、気になります状態。心の中のえるたそが犬みたいに瞳を輝かせて迫ってくる。やれやれ、僕の頭脳はほうたるだからね、手短にね、やっちゃいましょうかね(Wikiを読む)。

Excelにまとめたよ

 そんなこんなで、クソ労働により病みそうで病まない少し病んでいる状態になりつつも請求粛々と進め、とりあえず6市町から31通の戸籍を入手した。ある程度集めたところでExcelにまとめる作業に入り、そちらの作業の方に時間がかかってしまってまだ先祖戸籍すべては請求できていない。単純に高祖父母の代まででも2^4=16家系あるからね、というのは言い訳ですごめんなさい。今のところ、一番遡れた人が高祖母祖母にあたる人で文政3年(1820)生まれさらにその1代前の両親まで生年月日は不明ながらも名前は判明した。やろうと思えば200年くらい遡れるんやな。

 戸籍には生年月日や出生地婚姻などによる入籍・除籍日、死亡日、死亡地などが載っているので、ひとまずExcelでまとめてみた。眺めてみると、子供が早くに亡くなっていたり、夫と死別して出戻りしていたり、養子を迎えたり、韓国京城で死んでたり樺太真岡で死んでたりアメリカで死んでたり、戸籍から見えてくるものなんてその人の人生のごくごくわずかな部分にすぎないけれど、だからこそいろんな人生があったんだなと想像ちゃう。それに対して僕の人生……。もうずっと静止期、Stationary phase。Log phaseが一瞬すぎたんよ。いや、まだ長すぎるLag phaseの途中って可能性もないことも……ないか

戸籍から見えてきたこと①

 戸籍で父方の方を辿っていくと、長男がずっと(途中養子を挟んでいたが)家を継いでいて、一方母方の方を辿ると四男の四男の長男みたいな感じで家を継ぐという感じではなく、そこは対照的だなという感想をまず持った。自分アイデンティティはやっぱり父方の方にあるけれど、自分自身の境遇次男長男です)を思うと、母方の方にも親近感が湧く。故郷を離れる、離れざるをえない人生というものに。特に母方の方は、一度栃木県を離れて北海道に渡ってからまた栃木に戻ってきており、中には樺太に渡って真岡で死んでいる親族もいて、これはおそらく長男家系じゃなかったか移住したのだろうと思う。真岡なんて真岡郵便電信事件しか知らなかった地名だよ。こんなところで樺太と繋がるとは思わなかった。戸籍だと直系しか辿れないから、祖父母兄弟とか曾祖父母兄弟とかの傍系がその後どうなっていったのかまではわからないんだけど、自分自身が親元を離れていて昔の次男三男みたいな生き方をしているので、そっちの方も気になってしまう。それでも、おそらく当時の人たちには生まれ故郷という感覚はあったんだろうなと思ってて、自分なんかはもはや故郷存在しなくていつか故郷に戻るみたいな感覚が全くないので、故郷が欲しい帰る場所が欲しいと思ってしまうんだけど、これはないものねだりだよね……。強く生きていくしか、ないね……。

戸籍から見えてきたこと②

 父方の方は父方の方で、明治から大正時代アメリカに渡ってアメリカで死んだ親族が2人もいた。で、調べてみると山口県は全国でも5指に入る移民送出県らしい。有名なのは周防大島屋代島)からハワイ移民で、島には日本ハワイ移民資料館もあるよ。行ってみたいね海外移民歴史については、詳しくはググればWikiとかも出てくるし(Wikiの「広島県人の移民」の項目は読み応えあった)、興味ある方は調べてみてほしい。実際、父方の実家から瀬戸内海を挟んで周防大島がよく見える。でかい。一時期周防大島出身民俗学者宮本常一の本を読んでいたことがあって、そこに宮本常一父親明治27年にフィジー出稼ぎに行く話が出ていたので、まあ島と本土の違いはあるとは言え、あの辺一帯に外に出ていく気風みたいなものがあったのかなと想像してる。こんな感じで、家系っていう私的ものから歴史に繋がるのも面白いですな。

祖父母に報告です

 ここまで調べたことを表にまとめて、父方の祖父母に見せてみた。よお調べたのおって言われました。

  「この人はアメリカに渡って、稼いだから家を建てちゃるけぇって言っちょったけど、向こうで喧嘩を止めに入って死んじゃったんよ」

  「このおばあさんは酒造の娘でのぉ、気位が高い人じゃった」

  「このおじいさんは働かん人だったみたいでねぇ、田んぼを売っちゃって大変じゃったんを○○さん(息子)が頑張って立て直したんよ」

 (方言ネイティブじゃないのでうろ覚えで書いています

 あとは祖父が実は山口ではなく東京で生まれて幼少期は東京暮らしていたり(当時は東京東京市)、祖母京都で生まれていてそれが実は自分大学時代下宿していた場所の近くだったり、なんてことも初めて知って、いろいろと話せて楽しかったです。

今後の展望

① 引き続き戸籍請求:多分まだ結構取り寄せられる戸籍が残っているので、続けていこうと思う。古い戸籍は廃棄している自治体もあって(実際にもう無いですって3件ほど言われた・昔は除籍後80年経過したら廃棄してもよかったらしい・今は150年)、あれはとても悲しい。1回広島市請求した時に無いですって言われたので、もしや原爆のせいか⁉と思って調べてみたんだけど、戸籍疎開させていて無事で、単純に大正3年以前に除籍された戸籍を廃棄してだけでした。貴重な資料なんだし、廃棄せずに何とか残せんかったんかな。

② 昔の住宅地図を見る:せっかく先祖本籍地を集めたので、古い住宅地図本籍地がどういうところだったのかを見てみたい。複写したい。でも住宅地図図書館でも禁帯出で、地域図書館とか国会図書館とかの現地に行かないと見ることができないからな……。やるか――住宅地図複写旅――。

菩提寺過去帳を見せてもらう:これもいつかやってみたいね

終わりに

 実際にやってみて思ったけど、これ、中学生自由研究かにいいんじゃないかな。役所手続きして、資料集めて、整理して、発表用にまとめる。広げようと思えば家制度とか行政区画とかの歴史にまで広げてレポートにもできる。祖父母との会話のきっかけにもなる。お子さんがいる方、おすすめですよ!もちろん子供もつ見込みのない独身暇つぶしとしてもかなり面白いと思う。まあ、休日に何してるの?って職場で聞かれたとき先祖戸籍集めてまとめてますって答えたらちょっと引かれたけどね。そもそも休日が少なすぎて疲弊して遊びにも行けんのじゃこのクソ会社がコラ。でも一人、この話に食いついてくれた女の子もいたので、あわよくばお近づきになりたいよ。一緒に新戸籍編製しませんか?住宅地図複写デートとかどうですか?もちろんオシャレなカフェとか映画館とか夢の国かにも行きますから。高いご飯も奢りますから自分、やれますやらせてください。使うあてもないのにNISAで順調に積み立てられていく資産、何も積み上らない人生、虚しい。寂しい。一発やるまで死ねるか!!!

2024-05-12

ニンテンドースイッチゲームまた50本遊んで感想書いたのでまとめ

1年前に50本遊んで感想を書いた記事を書いたのですが、

あれからまた50本遊んで感想を書いたのでまとめ記事です。

前回のブコメオススメしてくださったゲームは遊んでいるものもあれば、遊んでいないものもありますが、どれも参考にしていますし、いつか遊ぶと思います

なので、また何かオススメがあれば書いてくださると嬉しいです。


51〜65はこの記事

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好き好き大好き超愛してる

ニューダンガンロンパV3 みんなのコロシアイ新学期

ダンガンロンパシリーズ完結作で、突然集められた超高校級の才能を持つ面々が殺し合いゲーム強要されるデスゲームものにして、その殺し合いの加害者クロを見つける学級裁判で謎を解くミステリゲーム

テキスト主体としたゲームとしては3作目とマンネリし始めるナンバリングだが、全くもってそんなことはなく「嘘」テーマにした幾つかの事件を今まで以上の絶望さで描いている。

特に超高校級総督王馬小吉にまつわるエピソードは圧巻で、歴代作品を踏まえて「絶望希望」は「嘘対真実」の言い換えだと無邪気に信じていた気持ちを粉砕させられた。

ダンガンロンパシリーズはこの作品以降はファンディスクのようなものしかリリースされていないが、なるほど確かにこの後に単純な4やV4をリリースするのは難しさがわかるのもシリーズファンには賛否がわかれる内容だった。

このシリーズアニメ版の「3」で絶望して少し身を引いていたのだが、改めてこのV3を遊んで、やっぱりダンガンロンパは最高だなと思いを改めた。


SeaBed

公称ジャンル百合要素を含むミステリーで、物静かで落ち着いた女性のサチと、元気で朗らかなタカコのカップル関係値の変遷を追うノベルゲーム

日常動作食事自然の豊かさ、季節感などなどの風景や情景の描写に文量が大きく割かれているのが特徴的で、淡々と進む中で彼女たちが何を感じたのかを、咀嚼するように読み解いていく。

そんな平和楽しい内容が、あるタイミングで突然ガラッと風景を変え、死と向き合うことの難しさ、生き続けることの意味などを問いかける哲学的幻想的なストーリーに変化していく。

ものすごく大好きで愛してる作品だけど、面白いというよりは、考えさせられるというか、このキャラ達のことをずっと延々に頭の隅で思い続けることになっているような、それぐらい大きな作品だった。


アーキタイプ・アーカディア

文明崩壊した世界で何故か稼働中のVRMMORPGアーキタイプ・アーカディア」を遊ぶ人達思想がぶつかり合う、火傷しそうな熱意が伝わってくる熱血ノベルゲーム

ゲームは遊んでおらず食糧も水も希少な世界必死暮らしているルストと、その妹でラスモス・ゾティーラ・トゥーラッカという独自挨拶ゲーム内で仲間を増そうと頑張っている妹のクリスティンの二人で始まった旅がどんどんと広がっていく壮大さが魅力的。

テーマの「ゲーム楽しい」を伝えるために様々なプレイヤーと対決していくのが、まさに楽しいゲームで、ゲームを遊ぶゲームというメタ構造になっている云々と言った小賢しい理屈を跳ね除ける沸る激情が最高に楽しいゲーム

可愛いヒロインも沢山登場するのでそういう方面でも面白く、特に僕はコロネちゃんダントツに大好きで、専用ルートのその先を妄想して悦に入ることがある。


魔法使いの夜

1980年代後半近代化が進み発展する街「三咲町」を舞台に、電話すら知らないほど田舎から引っ越してきた静希草十郎が、魔法使い自称する二人の少女出会うボーイ・ミーツ・ガールものノベルゲーム

まず目を引くのが非常に作り込まれルックで、立ち絵と背景絵、その上にかぶさるテキストウィンドウという一般的ノベルゲームでありながら、表現の幅がとても広い。

ストーリー田舎に住んでいた主人公が、街に慣れることを通じて、近代的な社会とそうでなかった時代を浮き彫りにしていき、当たり前に享受している一般的水道電気貨幣すらも、近代化恩恵であり当たり前ではないエピソードが手を変え品を変え繰り返し語られるのが、情緒的な染みるように楽しい

この情緒的ながら近代日本では当たり前のストーリーと、新伝奇ものらしい魔術を使った異能バトルのストーリーとが、静希草十郎にとっては同じだけ異質なものなのが、面白かった。

(なお、ちょうどまさに今このときスマートフォンで遊べるガチャ形式運営ゲームFGOで、彼女たちのアフタストーリーが読めるそうなのだが「ガチャ我慢する」という脳の回路が焼け切れ、貯金や手を付けてはいけないお金をあっさり使い込んでしまった過去があるので、僕は遊べないのがモドカシイ


AMBITIOUS MISSION

怪盗、探偵警察、盗人、泥棒正義と悪が入り交じる登場人物たちの中、ハートとため息を盗む怪盗ミスアルテ共に盗みを行っていくクライムサスペンス

フィクションらしい痛快さに振ったリアリティラインながら、この世界観の中でも丁寧に盗みを行う段取りを立てるパートがあるのが非常に好印象。

自分たち犯罪者であることを認めながら、法では救えない大切な人のために死力を尽くす怪盗たちの生き様が格好よくて滾る最高に面白い作品

そんな怪盗たちですら挽回不可能に思えた最後の盗みの仕掛けは、まさにハートとため息を盗まれた爽快さで、思わずコントローラを握る力が強くなりすぎて、スティックを壊してしまうほどだった。


○大好き

Dear My Abyss

陽気なミスカと陰気なスバル対照的な二人の友人関係が、無垢人形のようなルウが転校してきたこから大きく変化することになるノベルゲーム

学校熟成される閉鎖的な人間関係と、思春期らしい堂々巡りを続ける自己言及を、丁寧な心理描写と情景が伝わってくる幻想的な精神世界の問答で文章を魅せるタイプ作品

女の子同士の三角関係のように見えて、早々にミスカの好意は豪快に空回っており、スバルミスカのことを全く好きではないと、二人の視点シーン毎に同じエピソードを描くことでそれがわかる構成が読んでいて辛い。

楽しいとか面白いような前向きな感情で読める作品ではなく、思春期女子高生自己問答の末に得られた後ろ向きで退廃的な選択が、三人の関係値を歪めていく悲劇を読ませる作品だった。


アカイイト

父親実家がある田舎帰省した羽藤佳が、その田舎にまつわる伝説とそれを取り巻く異能のものたちと交流していく、和風伝奇ジャンル女の子同士の恋愛表現するノベルゲーム

まず伝奇ものとしては、歴史にまつわる蘊蓄衒学趣向的なやり取りが多いが、それが少しづつ大きな設定の開示に繋がっていくのがワクワクする。

主人公の羽藤佳は異能こそあるものの直接的な戦闘能力はないため、ヒロインたちに頼ることになる恋愛の導入が、アカイイトらしさだ。

バッドエンドの豊富さも面白く、バッドと言いながらメインルートとは異なる選択を魅力的に描いており、最初から最後まで飽きずに楽しめた。


夜、灯す

琴を演奏する筝曲部の熱血部活ものパートと、数十年前の女生徒同士の心中事件を追うサスペンスパートが混ざりあったノベルゲーム

仲間との和を大切にする鈴と、演奏技術に重きを置く有華の二人の女性対立しながらも関係値を育てていくのだが、こちらのパートは琴の演奏に関するやり取りが多く、甘い恋愛の要素は少なめ。

対して、数十年前の心中事件の方は、終わりが心中からこそ、はっきりと恋愛の要素があり、そこに至るまでの過程は辛いシーンもあれば、甘いシーンもある。

主人公保護者であり老齢の尼、十六夜妙蓮さんの大活躍はすごく印象に残り、もう一人の主役といっても過言ではないだろう。


帰ってきた名探偵ピカチュウ

ポケットモンスター世界観をテキスト主体アドベンチャーゲームに仕立てるシリーズで、2018年名探偵ピカチュウから5年ぶりの続編にして、完結作品

バトル以外の生活の場におけるポケモンの生息が魅力的で、それを映像でなく文章で楽しめるのは唯一無二だ。

これはもう他の作品と違って客観的評価は完全に捨てるしかなく、ポケモン実在する、ポケモン生活したいなどと、ポケモンへの思い入れがあるからこそ楽しめる作品

肝心のストーリーについては、実写映画版が先取りしていたせいで、サプライズ展開がサプライズになっていないのが気になるし、これほど間が空いてしまうと期待度も相応にあがってしまう、可能なら短編を定期的にリリースしてほしいが、難しいかなあ。


ATRI -My Dear Moments-

海面上昇が止まらず住む場所を失った人が多くいる近未来日本離島舞台に、超エリート校に通っていたが夢破れて戻って来た斑鳩夏生が、アンドロイド少女アトリと交流する恋愛ノベルゲーム

主人公斑鳩夏生はめちゃくちゃ優秀で頭の良いカシコなのだが、とある事情により左足がなく、精神的にも不安定なので、生きづらい描写が開幕からは続く。

しかし、美少女アンドロイドのアトリによりそこが一変し、彼女が左足を補い、精神的な不安定さも補いとサポートすることで、どんどんと前向きになり、社会基盤が大きく変化した田舎町でその頭脳を活かしていくのがワクワクする展開。

この頭脳で手の届く範囲の人たちを救っていくシーンは非常に前向きかつ地に足がついた展開で、大好きな丁寧さだった。


死噛~シビトマギレ~

ダンジョンRPGの老舗エクスペリエンスが送るホラーアドベンチャーシリーズ第三弾で、怪異の噂を横スクロールのような探索パートで調べてからRPGボス戦のような怪異との対決パートに挑む構成で、テキスト主体アドベンチャーゲームらしくない画面構成になっている。

死印の直接的な続編で、主人公や他の登場人物共通しており、ストーリー的にもそれを踏まえての悩みや成長が描かれるので、必ずそちらを遊んでから遊びたい。

前々作では怪異に振り回されてばかりの主人公だったが、今作では一転して、怪異と立ち向かうことに強い哲学的な回答を持つことになる。

ホラーの恐ろしさや恐怖を煽る部分に着目しがちだったが、ストーリー的に感動するポイントが多くあり、とてもおもしろかった。


NG

ダンジョンRPGの老舗エクスペリエンスが送るホラーアドベンチャーシリーズ第二弾で、怪異の噂をDRPGのような探索パートで調べてからRPGボス戦のような怪異との対決パートに挑む構成で、テキスト主体アドベンチャーゲームらしくない画面構成になっている。

前作とは同じ世界ではあるが、登場人物は異なっているので、設定を飲み込めるなら今作から遊んでも問題ない。

アウトロー自称する鬼島空良とその仲間たちが怪異と戦うストーリーだが、単純な腕力では倒せないので、現場操作証拠品を集めて、知恵を絞って敵と対峙するシリーズの骨子は共通している。

前作よりもブロマンスな傾向が強調されており、主人公の鬼島空良と、親友にして反社勢力の天生目聖司との持ちつ持たれつの関係値が面白かった。


マヨナカ・ガラン

キャラポリゴンが常にステンドグラスが透けて見える、特徴的なルックが目を引く、キャラクタの演技主体アドベンチャーゲーム

閉鎖的な隠れキリシタンの村の中で、正道とは大きく変化した異質なキリスト教テーマにした、宗教にフィーチャーした作品

前半こそ村人との楽しい交流名産品に舌鼓を打つ展開などコメディ要素も多いが、中盤から宗教を信じることの覚悟を問うような重苦しい展開が続く。

タイトル意味がわかる、とあるキャラ慟哭シーンは、思い出すだけでも気が重たくなる悲しい作品だった。


ワールズエンドクラブ

全国の小学校から落ちこぼれだけを集めたガンバレ組の面々がデスゲームに巻き込まれることから始まる、アクションゲームテキストを読むパートが融合したアドベンチャーゲーム

息をつかせぬ展開が魅力で、一転二転、七転八倒、とにかく次から次へと設定の根底をひっくり返すような、サプライズ展開が目白押し最後まで遊べる。

そんな中でもガンバレ組の絆の深さ、彼らが分かつ事ができない強い関係であることを信じれるようになってからは、痛快なストーリーが続くのも楽しい

アクションゲームは若干とってつけた感があるとも思うが、ガンバレ組の得意な能力ゲームっぽく表現できているとも言える、かも。


ワールドエンド・シンドローム

転校生主人公複数美少女たちと恋愛しつつ、100年に一度死から蘇る謎の現象を追う伝奇サスペンスの要素もある、ノベルゲーム

恋愛部分は正直前フリ感が強く、伝奇パート関係が薄いヒロインたちのエピソードは薄めで、関係が濃いヒロインは濃いと、濃艶がはっきりしているのは好みが分かれそう。

から蘇った人間は周りの人間記憶整合性操作しながら生きながらえるため、どうやってその蘇った人間を見つけるのかのフーダニット段取りが、ミステリしていて面白い

設定こそ新本格作家アニメ化もした某作と似通っているが、ゲームならでは仕掛けやミスリードがあり、しっかりとノベルゲーム翻案できている良作。


2024-05-11

弱者男性Vtuberとの関係

弱者男性Vtuberとの関係性について論じようと思う

基本的には弱者男性Vtuberコンテンツ消費者生産者関係として論じられることが多いが、今回は別の観点から両者の関係性を考えてみる。

まず、なぜVtuber弱者男性から支持されるのかというと、Vtuberがその弱者性に起因する親しみやすさを持つためである。これは弱者男性配信者を尊敬し、「推す」一方で「いい年して何やってるんだ」や「年齢相応の社会性を保持していない」などといった批判をよく目にすることからも明らかなように、Vtuber弱者男性と同様に集団内での弱者性を保持している。しかしながら、Vtuberはその弱者性を克服し、社会復帰を目指すのとは逆に、その弱者性を全面に押し出すことで「親しみやすさ」を演出しているのである

これは弱者性を持つ者同士の対等な関係に思えるが、実際は先に述べた通り、Vtuberの親しみやすさは演出に起因するものであり、多くの親しみやすさを演出し、注目され、「推されている」Vtuberほど収益を挙げており、それらの活動Vtuberもつ強力な社会性によって支えられている。

この点からわかることは、表面的には弱者男性Vtuber弱者性という面で非常に近しい関係であるが裏では弱者強者という非常に対照的関係であり、その関係性は非常に歪であると言えるのである

2024-05-06

お話の結末が気になってクリアする増田酢丸す有り区手っ何機が妻付けの品はお(回文

おはようございます

私の名前イヴ

第7空挺部隊所属

ステラブレイドクリアしたわよ!

あんまりうそんなに躍起になって缶ジュースとか可愛いコスチューム設計図

ゲーム中のレアアイテム収集一所懸命探すよりも私はストーリークリア優先で進めていったの!

もうさ、

後半戦ボスとかイベントアクションでは難しすぎて、

だってもうストーリー上のかつての輸送ルートチューブみたいなところをシャーって滑走して行くシーンの場面があるんだけど、

もちろんゲーム性を抜群に上げるためにゲーム的な要素があるから障害物が中にあんの。

それが厄介で1ミリでもかすったら3回ぐらいで死んじゃう、

このチューブの滑走の超絶な高難易度の難しさ!

ボス戦も難すぎるので、

ゲームの途中難易度を変更できることができるので、

ノーマルモードからストーリーモードに変更したらマイルドになるので難なく、

チューブ障害物全当たりでも突破できちゃうマイルドさはどうよ?って思うけど逆にサクサク進めて気持ちいいのは気持ちいわ。

でもボス戦は前にも書いたけれど、

今だ!ボタンを押せ!って回避のチャンスをシステム的に与えてくれるんだけど、

そんな余裕ぜんぜんないし間違えて違うボタンを押しちゃって、

ぜんぜんアシストになっていないけれど、

それ慣れればうまくチャンスタイミングを教えてくれるボタンを押すことができるようになるので、

ボス戦もマイルドさに慣れたら楽に勝てるかも!

それでもボスは充分にめちゃ強いけどね。

プロモーション動画でよく出て来るシーンがラスボスラストシーンかと思ったそれなんて小林幸子さん?ってさんざん使い古された言葉をいっちゃいそうにそう思ったけれど、

そのシーンから何体あとボスいるの?って言うぐらいそれ以降ボス戦多くて辛かったわ。

だんだん終盤になってくると回避不可能即死エリクサー削り攻撃してくるので、

しかも復活できるエリクサー的な装備は1戦闘中に1個しか持てないのよ。

その即死攻撃はおおよそ2回くるので1回はエリクサーで誤魔化して2回目はなんとか回避しなくちゃいけない腕前が試される真面目なプレイが求められるの。

さっき回避不能って書いたけど、

即死攻撃ボスが放ってきたら一応の猶予があって、

そのボスが放った即死玉を全部時間内に飛び道具で撃ち落とせば即死攻撃回避できることができるの。

ふふふ、

私はゼルダの伝説ちゃんと弓を撃ち放ってきたし、

もちろんスプラトゥーン3ではそこそこのポンコツエイムでもキルできる腕前と立ち回りはしているつもりだからある程度の自信はあったの!

でも、

これだけが唯一のなんなら難ぐらいな難ぐらいぜんぜん操作性が悪くて、

スティックボタンで銃とかの標準が出てくるんだけど即死攻撃のそのオブジェクトにうまく狙いが定められないの!

私はそこそこのそういう自信があっただけに、

その即死攻撃で何回やられたことか!

まだPS5のコントローラーに慣れていない、

決定ボタンがなぜバツ?って思うほどのバツの悪さを思いつつ、

これなんとか狙いやすくならね?って思って苦戦すること256戦目でやっとやっとやっとよ!

その即死回避負荷攻撃オブジェクトを発動するまでに全部撃破することができたの!

今がチャンス!いやピンチ

いやピンチはチャンス!どっち?私?ボスの方?

そう言うぐらい現場は混乱していて、

無我夢中最後

イヴがタキパワーを纏うパワーアップで変身してそのタキパワーの間は体力が減らないからそう言うことを気付いてから

そのタキパワーの技でゴリ押しのあとボスの体力5ミリ広末涼子さんが恋するのはマジで5秒!ってところでやっとのことで、

本当のラスボスも討伐!

これ釣りミニゲームもあるんだけど

街の用水池みたいな防火用水みたいな四角いコンクリートの枠のそんな池みたいなところで、

なんで18トンのジンベイザメが釣れんのよ!ってそっちの方がラスボス級だわ!って

こんな池でどんな魚が釣れたら面白い大喜利みたいで

魚影とはぜんぜん違うデカカジキマグロとか釣れると笑っちゃうわ。

そのぐらい熱いボス戦とミニゲーム釣り

すっかりイヴのそのおっぱいとかお尻とかのセクシー要素とかイヴ可愛い!とかすっかり忘れちゃってたわ。

そんでね、

今こういうお話ストーリーって重厚で重めな内容多いじゃない!

ラスボス倒して街に戻って

王様に報告してみんなでわーい!って感じじゃなくって、

これ何種類かあるマルチエンディングみたいで

どのエンディングも手放しに喜べない、

なんか後味はスッキリ爽快!な味わいのエンディングではないモヤモヤの後味の重たさが今どきなのかなーって。

そのストーリーの重さにちょっとイヴ頑張ったのに気の毒だなって思ったわ。

からクリアして感動の涙と言うより、

まりイヴが背負っているものが大きく重すぎて。

イヴの生い立ちとかも一切不明だし。

最後最後選択は私の選択

なかなか作中で感情を露わに出すことが少ないいやほとんどないので、

イヴはどう思うんだろう本当のところは?って思うけど

私はこれから自分を信じて!ってそんな内容のことを言ってくれるから私の判断に寄り添ってくれるようなセリフ回しでグッときたわ。

でもその選択をどちらにしても

いまいちストレートハッピーエンドとは言い難い終わりでちょっとしんみりしちゃったわ。

イヴの華やかで艶やかな見た目とは裏腹にとにかく重たいわ。

しんみり重く受け止めスタッフロールを見終わったと言う感じ。

イヴはこのために生まれてきた!とも言ってるし重いなぁ。

言い方「生まれてきた!」だよ。

育ったじゃなく生まれてきた!なのよ。

バックグランド重すぎない?

最後の話の中身はとにもかくにも重いなぁ。

角煮は煮すぎると溶けちゃって無くなるけれどさ。

でもいいの私はこの話の中の謎、

まりはこの話『ステラブレイド』の終わりまで見届けることができたからね。

本で言うところの最後までちゃんと読めたって意味

約60時間クリアできたわ。

一応の目ぼしいミニクエストも全部やったつもりよ。

ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドクリアが3年ぐらいかかったか

と、言っても2年半ほったらかしだったのはここだけの話だけれど。

一気に60時間クリアとはこれは私にしちゃー超早くない?って。

あとずーっと作中思っていたのが

イヴ人間なのかサイボーグなのか論。

作中のシーンや言動から考察するとやっぱりイヴサイボーグ

作中の言い方だとアンドロエイドスって言うんだけど

やっぱりイヴ人間じゃなくてアンドロエイドスみたいね

いろいろホットなので今、

私も製作者側のネット記事とかインタビューとか気になって読んでいるんだけど

そこでの言及イヴ人間だとかって言ってるのもあって、

もしかして翻訳訳し間違えてない?

それか製作者側はワザとそう言うこと言って賑やかしているのかもしれないし、

でもこれちゃん作品を辿って見ていけばイヴはアンドロエイドスと言うことは分かるから

たぶん謎に思ってる人はイヴはアンドロエイドスだってことは納得してくれると思うわ。

それとイヴ基本ずーっと不気味なほど無表情なのよね。

多少の人との会話でのやり取りで表情が明るくなることはあるけれど、

基本的にほんとうの機械みたいな表情。

まだ作中の酒場で出てくるアンドロエイドスのエンヤって言う人物の方が感情や表情が豊かなのよね。

動きはぎくっしゃくしているけど、

これイヴにないものを持ち合わせていると言う対照的な描画なのかしら?

イヴは表情は乏しいけど動きはまるで人間

エンヤは旧型のアンドロエイドスか分からないけど動きはロボット的な動きだけど表情や感情はより豊かなのよね。

それがイヴとのアンチテーゼになっている、

イヴに持ち合わせていないものエンヤは持っているみたいな。

今それ気付いた!

からアンドロエイドスのバージョンに関わらず感情っていうのはあると思うの。

現にイヴを強化したりサポートしてくれる仲間のリリーはよく笑っているし感情豊かなのよね。

にしてもイヴ所属していた第7空挺部隊とか

リリーがいた第5空挺部隊のことも然り

この空挺部隊がいる宇宙コロニーのことも何も作品詳しく言ってるところがないし

一番冒頭の最初のシーンのタキとイヴ関係性もよく分からない、

教官と隊員の関係

なんでそもそもとしてアンドロエイドスが生まれた背景とか誰がそれ作ったの?とか

ここになってザイオン住民人間とあるけど、

見ていると人間ぽい人と機械人間みたいな人がいて、

その人たちはアンドロエイドスとはまた別なの半分人間半分機械アンドロイドなの?

いろいろ謎がありすぎて謎よ。

もっともっと知りたいことがいっぱいあって

深まるものがいろいろとあるゲームだったなって思ったわ。

そのぐらいステラブレイド世界が私にとって魅力的であるとともに、

一番の魅力はやっぱり圧倒的な存在感を放っているイヴキャラクターにある私が惹き寄せられた一番の理由でもあるわ。

ゲームNintendo Switch上海スプラトゥーンが遊べたらそれで充分それでいっかー!って思っていた私をプレイステーション5の本体まで買わすとは!ってぐらいイヴはこの話で終わらせてしまうには勿体無いのよね。

またなにか安直に続編は望まないけれど出たらもちろん嬉しいわよ!

さすがに発売されてまだ1週間ちょいかしか経ってない状況で、

続編の話は時期尚早で涙そうそうかもしれないけれど、

何年経ってもどんなゲームハードでもいいからまたイヴに会いたいなって素直に思わせてくれたわ。

そのぐらい魅力的で強くて美しくてカッコいいイヴなのよ。

作中のセクシーコスチュームとかアクセサリーでつけられるメガネとかで

どうしても風体ベヨネッタに寄せてきてるじゃん!って

私は絶対にそのベヨネッタ感は出したくなかったけれどね。

でもさメトロイドサムスしか

ゲームピタピタバトルスーツを着た強い女性はだいたい人間が人工的に作り出した人造人間的な設定が多くない?って

まあメトロイドステラブレイドのその2作しか知らないけれど、

その説濃厚説有力あるわ。

メイン移動の宇宙船のテトラポットは多分絶対メトロイドスターシップみがあってインスパイヤあると思うわ。

これは憶測だけど。

でも何だか話を終わらせちゃった終わらせたくないって気持ちもあったけれど、

一応のこのイヴの作中の中のお話最後まで見届けられて大満足よ。

とても私にとっては楽い冒険だったわ。

またイヴに会いたいな。

うふふ。


今日朝ご飯

みかん花咲く丘公園前駅の商店街喫茶店モーニング和食モーニングよ。

トースト食パンもいいけれど、

キーボードを打つには手が汚れちゃうので、

パンを払う手間がある和食は箸でご飯をつまめるから手が汚れないわ。

からたいていは朝の朝食は和食選択しがちなのよね。

今日ランダム焼き魚でこないだと同じ焼き鯖よ。

鯖重なるわね。

でも美味しいからいいのよ。

鯖重なる鰻重ならぬ鯖重ってあってもいいかもしれないわ。

今日デトックスウォーター

水出し緑茶ウォーラーね。

すっきりとした爽やかな緑茶の風味が広がっていいわよ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2024-05-03

教職員組合を退会した話

こちらの投稿に感銘を受けたので、私の体験を書こうと思う。

https://x.com/noeasywalk/status/1786037637058535611

私はこの方とは逆で、組合を途中でやめたものだし、そこまで大きな話はなにもない。ただ、どうして組合員が低下しているのか、運営をしている方に伝わってほしいと思う。ただ、10年ほど前の話なので、今とは違うかもしれないということはご留意いただきたい。

私はある政令指定都市小学校教員をしている。組合は初任のときに入った。勧誘を受けたというより、職場のほぼ全員が加入していたので、「入るのが当たり前」という雰囲気にとてもじゃないが抗うことなどできなかった。私の働く都市組合は規模も大きく、どの学校に行っても、7、8割は加入している。

仕事内容など説明を受けないまま入ったが、正直に言えば、いったいなんの活動をしているのか、最後までわからずじまいだった。とにかく、動員・研修署名。その繰り返しだった。

動員はノルマがある。年に数回あるイベントに、入っている組合員で割り振られる。急に(少なくとも私にはそう思えた)「ここに行ってほしい」と言われることもあり、仕事を終えて会場や路上に行くこともあった。プラカードをもち、シュプレヒコールを上げている。「憲法改正反対!」とか、「自民党を倒せ」みたいなやつだ。これがいったい、教員処遇となんの関係があるのか、私にはよくわからず、ただぼうっと立ったままそこにいるだけだった。

研修夏季休暇や課業後に行われる。授業研究会のようなもので、テーマが割り振られ、指導案などをつくり、壇上などで発表する。これも学校ごとに年ごとに役割が決まっている。私がしたものは、「おんなじのでいいから」と、前々からある指導案を少し手直ししたものを発表した。これは年に何回かあり、自分の発表がなくとも、他の学校のものを見に行く義務があった。

ストは1回だけしかたことがある。給与改定かなにかの交渉本部がしているということで、朝組合員で一室に集まり、授業が始まるまで待った。結局、委員会がなにか譲歩をしたのか、組合側が譲歩したのか、よくわからないままストは中止された。それからは、ストの話は一度もない。

そして、これらのことは、全て勤務時間外か、勤務中に行われた。

何年かして、私の家族の具合が悪くなり、医療費やそれに類するもので、保険診療だけで20万円を超えるぐらいになった。加えて、子どもも生まれ育児にも時間を割かれた。組合費は月5000円ほどかかっており、前述したように、授業準備や家族との時間を削って動員などにも参加することは、かなり負担になっていた。ついに耐えきれなくなり、分会長相談し、組合運営に退会願いを申し出た。特に留意されることもなく、すんなりと退会することができたので、嫌味のひとつでも言われるのではないか危惧していた私としては拍子抜けした。

だが、どちらかというと周りの組合員の反応の方が私には堪えた。いわゆる分会というものが校内で開かれると、私は職員室に残ったままなので、私が退会したことはすぐに伝わる。みななにか言うわけでないが、遠巻きにされる印象はある。直接「なんかあったときあなたは守れないから」と、皮肉めいて言ってきた職員もいた。学校を異動しても、組合員の割合は高いので、すぐに質問をされる。子どももいたので、フレックス看護休暇などの制度を使っていると「子育てして制度恩恵を受けているくせに組合に入らないのは何事だ」と言う職員もいた。私は、すみません、いろいろありまして、と頭を下げて答える。一度、事情説明すればわかってもらえるのかと、家庭の状況を伝えたこともあったが、「みんな状況は同じだ」「だからこそ組合に入ってみんなでよくしていかなければならない」と、彼我の隔たりを感じ、それ以降は説明することを諦めた。

でも、と私は思う。果たして、いまある制度境遇に、いったいどれだけ組合が関与したのだろうか。どちらかというと、世間の流れや、他県の事案に追随した結果なのではないか。よしんばそこに組合努力があったとしても、どうして、いち組合員にそのように言われなければならないのか。権利行使するには、金を払い、労働力差しさなければならないのか。それをしない者を、できない者を排除してきたのが、凋落している組合本質なのではないか

一度、保護者から大きめのクレームを受けたことがある。私は電話応対をしただけで、その対応はしご一般的ものであり、今でも自分瑕疵はないと思っている。だが、校長は、とにかくそ保護者に頭を下げてほしいと言ってきた。私は当初拒否をし、経緯も文書にして伝えた。周りの教員も同情的に見てくれたが、誰も助けてくれる人はいなかった。その数年前に、組合員だった職員管理職パワハラに巻き込まれとき本部にかけあってくれたのとは対照的だった。確かにそれはその通りだった。組合員でないものを助ける義理はない。だが、今回の投稿主の方が仰ってるように、それこそ新自由主義のもたらした分断なのではないだろうか。

結局私は、自ら弁護士相談し、このようなケースにおける最善の方法についてアドバイスを受けた。最終的には保護者に頭を下げることになり、彼は訴えることもちらつかせたが、弁護士の「そんな裁判引き受けるヤツいないですよ」という言葉で、毅然とした態度で望むことができた。このとき思ったのは、自分の身は自分で守るしかない、ということだった。

本当に皮肉な話だが、組合のどんな活動結果よりも、組合費の負担(年6万)と時間内外の業務がなくなったことが、私の生活いちばん楽にした。だが、それでも、私は、労働組合は必ず世の中に必要だと思っている。組合がなければ、この社会もっと悪くなっていたし、力が弱くなったとはいえ最後防波堤のような存在だ。しかし、本当に残念なことに、今の私は、私の生活を維持することに精一杯で、未来教職員労働環境まで考えることができない。だから、この先、私が組合に入ることはないだろうと思う。

そう思っていたから、今回の投稿者の方の内容は胸にしみた。特に最後の部分の「分断」を憂う内容は首肯することばかりだった。彼のような人がいたら、私はまだ組合にとどまり続けたかもしれない。

からといって、組合組合員でもない人間を助けろ、とは口を裂けても言えない。それを私の側から言うのは驕った考えだ。でも、もっとなにかできることはないのか、とも思う。いま、私は組合員ではないので、組合手紙は届かない。だから、彼らがいったい今、なにと戦っていて、どんな成果を出しているのかなにも知らない。これは本当に不幸なことではないだろうか。全国の教職員組合は、このような非組合員が、だんだんと増えていっているのだろうということに、ぜひ目を向けてほしい。

2024-04-28

anond:20240427031516 「0歳児から投票権」はドイツでどのように議論されているのか? の補足

 ブックマークコメントを読んで再び考えたことがあった。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240427031516

gryphon 面白く読んだが2点。「…付託されたが、その後本格的な審査…ない」は議会が駆引と日程で動く以上あり得る話で「付託」時点で一定水準の議論推定可能か/米上院(各州2議席)等「平等選挙原則」は前提にせずとも可

 平等選挙原則の話はあとに回す。議会駆け引きと日程で動くのであれば、付託政治的取引の結果と解することもできるような気がするというのはともかくとして、確かに議会駆け引きの結果たなざらしにされているという可能性はある。そこで、先の2008年提案をもう少し細かく読んで見た。

https://dserver.bundestag.de/btd/16/098/1609868.pdf

 よく読むと、この提案は、基本法や関連法規改正連邦政府に促すべきだという「決議」の提案であり、基本法改正の条文を並び立てる案ではない。条文も具体的な制度設計も伴わない提案一定水準の議論と言って良いのか。だから賛否も問われずにたなざらしにされたのではないだろうか。以下の文章以外は、提案理由(いわゆる「世代正義」の実現が主のようだ)が長々述べられているに過ぎない。

II. Der Deutsche Bundestag fordert die Bundesregierung auf, einen Gesetzentwurf zur Einführung eines Wahlrechts von Geburt an durch Än- derung des Artikels 38 des Grundgesetzes und erforderliche weitere gesetzliche Änderungen, insbesondere im Bundeswahlgesetz, vorzulegen. Für den Fall, dass die Eltern sich in der Ausübung ihrer Stellvertreterposition in Bezug auf das Kindeswahlrecht nicht einigen können, wird die Bundesregierung aufgefor- dert, eine einfache und beide Eltern möglichst gleichberechtigende Regelung zu schaffen.

連邦議会は、連邦政府に対して、基本法第38条と他の必要法律改正特に連邦選挙法の改正を通じて出生時から選挙権を導入する法案を提出するよう求める。両親が子の選挙権についての代理行使[の方法]について一致できない場合のために、連邦政府には、簡単かつ両親双方に可能な限り同権的な規則作成することを求める。

 ちなみに、Wikipediaドイツ語版(https://de.wikipedia.org/wiki/Familienwahlrecht)を見て知ったのだが、2003年にもほぼ同じ提案がされている(https://dserver.bundestag.de/btd/15/015/1501544.pdf)。

 こうして経緯を調べてみると、議会妥協ゆえにたなざらしにされているというよりも、5年経って具体的な案も詰められなかったというのが現実であるように思われる。

kappa9 結果はともあれ海外で真面目に議論されたというのは本当の話では。

 「国会で」とか「政府で」という枠を外して学界に目を転じると、確かにドイツ人らしく(?)真面目に議論されているみたいだ。前回の調査局の報告書には、数は少ないながらこの問題を直接的に取り扱った論文がいくつか引用されていた。彼らが議論しているのは基本法の定める民主国家原理に反するのか、それを促進できるのかという点である問題は、そうした真面目な議論をきちんと踏まえた上でドイツ人ができなかった(ように見える)平等選挙原則に反しない提案を考案するどころか、子が3人だから私は4票(吉村氏)などと賛成派のドイツ人も避けようとしている発言をしてしまっていることだ。

 さて、平等選挙の話に戻る。アメリカ上院人口にかかわらず一州に2議席であるしかし、このような例があるから平等選挙は必ずしも民主主義の前提ではないというのに私は強い疑問がある。

 第一に、合衆国憲法上院議席分配については、アメリカ連邦特有のものであるアメリカのような連邦制をとらない日本でこの例を出すことは不適切だろう。

 第二に、アメリカ上院議席分配が不平等であることは、当のアメリカ人も不満を持っている。たとえば有名な政治学者ロバートダールの『アメリカ憲法民主的か』(邦訳岩波書店からある)は、上院議員が人口に比例していない「顕著な不平等代表であると述べる(邦訳58頁以下)。この仕組みは合衆国憲法制定時に諸州の妥協(いわゆるコネティカット妥協)で作られたわけであるが、そもそも合衆国憲法民主主義大事にされる時代に制定されたわけではないというのが時代背景としてある。合衆国憲法が制定された時代には、不平等選挙制度普通に見られた。ダールは一例として、19世紀存在した悪名高いプロイセンの三級選挙法を引き合いに出している。三級選挙法は、平等選挙を求める激しい非難を浴びながらもしぶとく生き残っていたが、第一次大戦の敗北と共に消え去ったのである選挙権は与えるが露骨ユンカー資本家の票を優遇するこの仕組みは極めて有名であり、今でも平等選挙の反対概念である差等選挙の一例として三級選挙法はよく言及される。今さら民主主義大事にされていたわけではない時代にできた妥協として生き残っているものを引き合いに出すのは、民主主義者の行動としてはおかしものだと思う。ちなみに、ドイツ連邦参議院(上院)は、ある程度の人口比例的に各州に議席が割り振られることになっている(また、そもそも連邦参議院はアメリカ上院ほどの権限はない)。

 ケルゼンも言っているが、民主主義は人々の平等をもって本旨とする(古代ギリシア民主政も突き詰めれば平等に行き着くだろう。民主政を表すもう一つの言葉はイソノミア(平等の法)である)。選挙権の平等民主主義と切っても切れないのであり、ドイツ人平等選挙に反しないように「代理」と言っているのは、ドイツ基本法憲法20条に抵触するのを避けるためだけではないだろう。もし平等選挙理念を取っ払うのだとすれば、金持ちが結託して再び三級選挙法のような仕組みを導入されても文句は言えない。むしろ今般の眠たい提案よりも金持ちを守るための露骨提案の方が議会を通りやすいだろう。平等選挙を引っ込めてはならない。

 選挙権の平等に歪みを加えるような制度改正をしても、政治的影響力を増すのは「代理」する大人であり、子どもではないという現実を見るべきだ。若年者の「世代平等」とやらを図りたいのであれば、方法は一つである。「代理」などという回りくどいことなどせず、選挙権の年齢を下げることだ。16歳、(オーストリア検討されている)14歳、あるいはその下でもいいが、子ども投票意思表示をすることができるギリギリまで下げてみることを提案されたい(ちなみに私は、14歳くらいまでなら割とすぐにでも引き下げて良いのではないかと思う)。

(ついでに)

 意思表示能力がない子ども排除されるのになぜ意思表示能力のない人(たとえば重度な認知症の老人)が選挙から排除されないのかという疑問を持つ人もいるらしい。理論的にいえば、確かに意思表示能力のない人は選挙、つまり国家意思形成参与する資格はない(実は理論的にいえば子どもか老人かは選挙権の決定に直接関係するわけではない)。そうすると、なぜ2013年の法改正成年後見人の選挙権が回復されたかという疑問がわきそうだが、後見あくま財産管理上の能力があるか否かの問題であり、政治的意思表示能力があるかとは厳密にいえば関係ない※。要は、現状、意思表示能力のない大人選挙から排除する仕組みはないと考えなければならない(もっとも、実際には政治的意思表示が一切できないなら投票所に来られまいし、投票所に来ても何もできないだろうが)。

 憲法が成年(ここでいう成年とは民法上の成年をいう)に選挙権を保障するのは、成年であれば政治的意思表示能力があるだろうという線引きを採用しているかである。こうした年齢によって能力の有無の線引きにするのは、一見すると確かに問題がある。子どもでも賢い子はいるし、大人でも愚鈍な人はいる。思考実験としては、年齢にかかわらずすべて政治的意思表示能力がある人をテストで判定し、テスト合格した人にみに選挙権を与えるということも考えられる。ただ、どのような方法テストを組めば公正に政治的意思表示能力があると見なせるかという問題が生じる。このようなテストを実際に恣意的活用して実質的黒人投票権を奪っていたのがかつてのアメリカ南部諸州であったことを忘れてはならない。

 結局、年齢によって形式的に線引きする方が、ヨリ問題はすくないように思う(年齢よりも問題を起こしにくい線引きの方法があったら教えてくれ)。あとはどこまで下げられるかを真剣に考えることだ。

 なお、日本憲法15条3項は、成年者には選挙権を与えなければならないとだけ言っており(公務員選挙については、成年者による普通選挙保障する)、未成年者に選挙権を与えることを禁じていない。これは、ドイツ基本法38条2項が、「満18歳の者は、選挙権を有する」と定めていることと対照的である。年齢の引き下げなら日本では憲法改正など必要なくすぐさまやれることなのに、わざわざ憲法改正どころか民主主義根本原理を改変するような提案をしてくるのは、何かおかしな底意があるのだろう。

※これは思いつきだが、禁治産者選挙から排除されていたのは、財産を持つ有徳の者にだけ選挙権は与えられるべきであるという制限選挙時代のBesitz und Bildungの観念に由来するのかな。いずれ調べてみたい。

2024-04-25

anond:20240415040512

個人的にはVで音楽と言えば二大事務所よりも神椿なんでな。

花譜(かふ/KAF)

中学生デビューしたのがもう20歳。年月の流れを感じる。

カンザキイオリが不可解参(想)を最後に外れたり、オリジン寄りの存在として廻花がお出しされてそっちではシンガーソングライターの道を歩み始めていたりするが、それはそれとして花譜の道は続く。

 作詞作曲廻花の曲。サビの歌詞特に良いんだ。

音楽同位体の可不はKAFUでスペルが違う。また、花譜と可不で身長差が生じていることをライブなどで確認できる。

理芽(りめ/RIM

神椿の陽キャギャルグミが好き。

  • 理芽 - 法螺話 (with Guiano)
  • 理芽 - 狂えない

音楽同位体の裏命はRIMEでスペルが違う。

世界情緒(いせかいじょうちょ)

歌ヨシ、絵ヨシ、創作への熱意は誰にも負けない神椿きっての奇人。一応バーチャルダークシンガー

エイプリルフールを自らの願望を実現するために何をやっても良い日だと思っている節がある。

 この曲は救いなんだ……

音楽同位体星界(せかい)。

春猿火(はるさるひ)

割と春猿であることに迷いつつも、ついに一体化を果たしてくれたラップもいけるシンガー

睡眠時間以外は常識人なのだけど、とりあえず夜寝て朝起きてくんないかなとかは思ってる。収録・ライブの度に生活リズムが崩れてそうなので。

音楽同位体は羽累(はる)。

幸祜(ここ/KOKO)

バーチャルロックシンガードラマーでもある。

SINKA LIVEMCで五人の中で一番重い過去吐露した後にゲンフウケイがお披露目された流れを忘れることはない。

音楽同位体は狐子(COKO)でスペルが違うほか、唯一狐耳付き・オプション装備付きなど幸祜とのデザイン面での差異同位体にしては大きめ。

CIEL

デビュー当初はVALIS同様の方針で行く感じだったけど、今はバーチャル専門になったのかな?

名前のとおり、空が似合う歌声シンガー。ただ、その空は必ずしも晴れ模様のみを示しているわけではない。

VALIS

バーチャルオリジンの姿を行き来するダンサーユニット

Albemuth

存流と明透の対照性と、歌劇的な皓とクラブサウンド寄りな黑の対照的な曲群という二重の対照性によって独特の世界観を表現していたユニット

世界観をかなり重視したタイプアーティストユニットで、そうであるが故に世界観の演出完璧に行う事が可能バーチャルライブを本当に見たかった。

 この曲でAlbemuth 1st ONE-MANを締められたことが最高だったんだって、いつか振り返られる時が来ると良いなと思っている別れの曲。

 黑曲で1曲絞るならこの曲かなと思ってる曲。

存流(ある/ARU)

幅広い歌声表現力を秘めていた素晴らしいシンガーだった。

存流名義で作詞作曲した曲も聞きたかったよ。

明透(あす/ASU)

話し始めると止まらないマシンガントークに、そのトークを支えるだけの感情言語化が上手いなと思っているシンガー

作詞参加のオリジナル曲をまた聴きたいと思ってる。



他にもVってわけじゃないけどDUSTCELLとか雨宿りとかAwairoとかGuianoくんに詩道くんに梓川くんに跳亜くんにEmpty Old City獅子志司さんに……色々いるよ!

2024-04-06

[] 賃金価格スパイラル歴史的証拠

賃金価格スパイラル過去にどれくらいの頻度で起きたのか、そしてその余波で何が起こったのか?

驚くべきことに、そのような出来事の後に賃金物価さらに持続的に加速したのはほんの少数だった。

新型コロナウイルス感染症による急性ショック後の回復が勢いを増す中、2021年インフレ率は多くの国で約40年間見られなかった水準に上昇した。

労働市場の逼迫と賃金圧力の増大をもたらし、経済グループ全体で平均名目賃金労働者1人当たり)が上昇し、失業率が低下した。

こうした最近の動向を受けて、賃金を通じたインフレによる第二次影響や潜在的賃金価格スパイラル懸念している。

インフレの上昇と労働市場の逼迫により、労働者インフレに追いつく、あるいはインフレを上回る名目賃金の上昇を要求する可能性があると指摘している。

現在労働市場の逼迫が今後数年間のインフレ圧力に大きく寄与する可能性が高いことを示唆しており、インフレ期待が固定されなくなった場合、その関連性はさらに強まる可能性がある。

これらの議論総合すると、賃金物価インフレが互いに影響し合い、賃金物価の両方が数四半期にわたって加速するスパイラルを引き起こす可能性がある点。

しかし、そのような状況は過去にどのくらい頻繁に起こったのか?また、そのような出来事の余波で何が起こったのか?

エピソード分析

最近研究論文で、1960 年代に遡る先進国間の過去エピソードをまとめた経済横断データベース作成することで、これらの疑問に取り組んでいる人々もいる。

残念ながら、賃金価格スパイラルの正確な定義は文献にない。

賃金価格スパイラルを以下のメカニズムの結果として定義する者がいる。

このように、労働者企業賃金価格をめぐって数回に分けて交渉するため、インフレショックが消えるには時間がかかる。

対照的に、賃金インフレの上昇が企業にとって新たなコストプッシュショックとなり、したがって近い将来インフレが加速する可能性に焦点を当てているようだ。

具体的には、賃金価格スパイラルを、連続する4四半期のうち少なくとも3四半期で消費者物価名目賃金の加速が見られたエピソードとして定義

期間0(賃金価格スパイラル定義する基準が満たされる最初の期間) より前のすべてのエピソードでは、消費者物価インフレ名目賃金上昇率の両方が増加している。

もっと驚くべきことは、初期の動向は平均して、賃金物価さらなる持続的な加速には続かないということである

実際、インフレ率と名目賃金の伸び率は平均して、賃金価格スパイラル後の四半期には安定する傾向があり、実質賃金の伸び率はほぼ変わらなかった。

したがって、物価賃金の持続的な加速として定義される賃金価格スパイラルは、最近歴史的記録の中で見つけるのは困難。

実際、上記基準使用して特定されたエピソードのうち、8四半期後にさらに加速したのはほんの一部。

場合によっては、インフレ賃金の伸びが一時的に上昇した後、再び低下するケースもあった。

さらに、いくつかのエピソードの後に​​はより極端な結果が続いた。

たとえば、米国1973年第3四半期のエピソードでは、1970年代最初OPEC石油禁輸によって刺激され、価格インフレさらに5四半期にわたって急上昇し、その後1975年に下落が始まった。

しかし、名目賃金の伸びは上がらず、実質賃金の伸びは低下した。

賃金の伸びは物価失業の動向と一致している。

記述されたエピソードにおける賃金価格の動態を検討する際に当然の疑問となるのは、均衡経済を特徴づける予想される関係からそれらの動態がどの程度乖離しているかということである

賃金の動態をインフレ労働市場スラック生産性の伸び傾向に関連づける賃金フィリップス曲線の枠組みを使ってこの疑問を探ることができる。

分解すると、賃金上昇率の上昇はインフレ労働市場の逼迫の両方によって引き起こされ、どちらかの要素が増加し、その後、エピソードの開始時を上回るレベルで安定している。

対照的に、他の構成要素の挙動は異なり、賃金価格加速エピソードの開始時に急速に増加するが、その後は沈静化する。

平均して、ここで述べたエピソードでは、持続的なインフレの上昇と労働市場の逼迫から予想される賃金を上回る持続的な賃金の伸びは観察されていない。

現在局面における重要問題は、先進国経済賃金価格スパイラルに陥りつつあるのかどうかである

一部の国における最近賃金価格上昇の顕著な特徴は、労働市場が引き締まる一方で実質賃金が低下していることである

したがって、連続する4四半期のうち少なくとも3四半期が、

という特徴とするエピソード特定

こうしたエピソードの後に​​は、持続的な賃金価格スパイラルが続く傾向はなかった。

逆に、名目賃金の伸びが増加する一方で、インフレは低下する傾向があった。これにより実質賃金回復した。

さらに、失業率も低下する傾向にあった。

全体として、これらの同様のエピソードの後に​​は、上記のより広範な一連のエピソードよりも高い賃金上昇率が続いたが、賃金の伸びは最終的には安定した。

実際、2年後の名目賃金の伸びは、インフレ労働引き締めの動きとほぼ一致している。

今回は違うのか?

実質賃金が大幅に低下した今日と同様の状況を見ても、持続的な賃金価格の加速を見つけるのは難しい。

そうした場合名目賃金実質賃金の損失を部分的回復するためにインフレに追いつく傾向があり、成長率は初期の加速が起こる前よりも高い水準で安定する傾向があった。

賃金上昇率は最終的にインフレ労働市場の逼迫と一致するようになった。

このメカニズムは、賃金価格スパイラルとして特徴付けられる永続的な加速ダイナミクスにつながるとは考えられなかった。

近い将来にこれらのパターン再現されるかどうかを判断するのはまだ時期尚早である

2024-03-27

anond:20240327004539

オーストラロイド(英: Australoid)、またはオーストラロ・メラネシアン(英: Australo-Melanesian)は、人種概念の一つで、コーカソイドネグロイドモンゴロイドと並び四大人種と呼ばれる。オーストラリア大陸、ニューギニアメラネシアを中心としたオセアニア州及びスンダ列島スリランカインド南部などの南アジアにかけての地域分布する。

質的特徴

オーストラロイドは、ネグロイドと同等程度に皮膚の色が極めて濃い。肌の色とは対照的であるが、髪の色が明色金髪という個体アボリジニメラネシア人の女性子どもによく見受けられる。なお髪の色は成長するにしたがってしだいに黒くなっていく。

かつては肌色などの外見的特徴からネグロイドに含まれいたことがあり、特にメラネシア人などは「大洋州ニグロ」とも呼ばれていたが、本来ネグロイドサハラ砂漠以南のアフリカ先住民)とは頭髪の性質ネグロイド誕生から巻きが強いが、メラネシア人は2–5歳頃からまき始める)・血液型分布などが異なり、少なくとも1960年代後半には別系統という説が強くなり、現在アボリジニなどとともに独自グループに入れられている[4][5]。

最近の解析では、オーストラリア先住民インド南部のヴェッドイドとの間には、頭蓋骨形態に大きな差異があることがわかった[6]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89

2024-03-26

弱者女性はイージー⭕️本物の弱者女性弱者男性と区別がつかない

目次

  • 弱者男性だけの辛さ
    • 女として見なされるには必須要素がいる
      • 同じ性と平等に扱われない苦しみ
        • 結び

弱者女性理解ある彼氏に助けてもらえるからイージー」が弱者男性流行っている文言である

総務省によると、日本人口男性が62,110,764人,女性が64,815,079人らしい。

女性全てに彼氏ができたとしても、必ず余りが出る人数差である

女の寿命の方が長いため一概には言えないが、少なくとも私は生涯で一度も彼氏ができた事はない。

からと言って、「弱者女性はイージー」を簡単否定できない。

女性が本当にイージーからではなく、助けを求めるまでが違いの本質からである

弱女に彼氏がいようがいまいが、あまり関係ない。

弱男にあって弱女にはない辛さを同性以外が語るのは公平ではないが、イージー断じているのだから多少は聞いてほしい。

聞く限りの弱男の辛さの大半は、強さを求められる性に起因している。

多く見られる意見は、モデルケース通りになれない弱男が異性・同性に攻撃にされる、弱者嫌悪内面化してしまったために助けを求められなくなる、セルフケアの実感を感じにくい、などである

まず助けを求める心理ハードルが高く、大事にされた経験が薄いため助けてもらえたかも実感できない苦しみは、男性の方が多いだろう。

SNSではパートナーがいる発達女性が圧倒的に多いため、なおのこと「お前らは助けてもらえるからいいよな」と思うだろう。

女全体がそうであると思われるのは納得いかないが、「パートナーいるのになにが弱者だ」くらいは独身の弱女側も思っているので否定しない。

女全体が助けてもらえると思うのも無理はない。

パートナーがいないタイプの弱女は、可視化されていない。

というより、見た目も扱いも弱男とほぼ変わらない。

助けを求めるハードル男性より低いかもしれないが、求めたところで追い返されるのだ。

  • 女として見なされるには必須要素がいる

まず、性別は役に立たない。

平均より上の能力容姿があってから初めて尊重される。

男より髪が長く、胸が大きく、腰は細くて尻からももにかけて大きい。体毛は少なくて化粧をしている。

所作男性より小振りでおしとやか。ほどほどに弱く、助けたくなる魅力がある。

あたりが典型的女性だろう。

おそらく弱者男性イメージする「イージーな女」とは上記のような女ではないだろうか。

性別が分からないレベルで小汚い女を想像する人は少ないと思う。

髪を綺麗にのばすのも、痩せるのも、化粧も所作知識時間と金に恵まれなければできない。

弱者には知識時間金もない。

そもそも外見を意識する視野が平均より狭い。

意識したところで髪だけ綺麗でムダ毛ボーボーだったり、

逆に化粧してるけど髪ボサボサ、変なこだわりがあるせいで服装トンチンカンだったり、

外見が乱れても気付かなかったり、とどこかしらで異様な雰囲気を醸し出す。

男と違ってスーツノーメイクは許されないので、どう足掻いても異常性がまろび出る。

スーツノーメイクで行っても死にはしないが、ほんとうに死なないだけである

せめて体型さえ綺麗であれば価値ある女として見られるが、健康面の知識がないので不可能である。仮に知識があっても金がないので反映できない。よって体型も変になる。

女なので胸は膨らむが、栄養の偏りでただ太るかガリガリ痩せるかの二択しかないのでどちらにせよ美しくはならない。

女というより、典型的な弱男に近い外見になる。

感覚過敏で髪を短く切るしかない弱女もいるので、ますます魅力的に見えない。

こうなると本当に優しくしてくれる存在がいなくなる。

女は小綺麗という世間イメージも強いので、小汚い女は異性からも同性からも嫌われる。

弱男に攻撃的な一般女性は多いが、弱女に攻撃的な一般男性も同じくらい多い。

本当に何も持たない弱女は、子どもの頃から「女としてありえない」を前提にした扱いを徹底される。

罰ゲーム告白の的にされる、無理やり身体を触られた挙句吐く真似をされる

女の服着るなよと制服を引っ張られる、髪や脚などが他の女と同じくらい露出してるのが気持ち悪い・風のせいできもい女のパンツが見えてしまったという理由暴力をふるったり暴言を吐かれる、いきなり顔を覗き込んで大声で採点する……

地域差もあるかもしれないが、こういう魅力的でない女に対する男のいじめはよくある。

女性が好みではない男性を拒絶するように、男性女性を拒絶する。

男が関わる事、接近する事でアピール認定されて拒絶されるのに対し、

女は女っぽい形をしているだけで、要は視界に入るだけでアピール認定されて拒絶される。

こうなると、そもそも男に助けを求めようと思えなくなる。

仮に助けられたところで、優しくしてやっただけで調子乗ってきやがったと陰で笑われる未来が待っているからだ。

  • 同じ性として平等に扱われないつらさ

パートナーを持たない弱女の多くは、毎日ように女としての価値否定される。

女として成功している同性が特別に扱われるのを見ながら、女として何の価値もない自分を異性の手で何度も突きつけられて罵られる。

それでもまだ異性にだけ嫌われる分には良い。

もちろん、絶対に体力で敵わない上に権力者には男性が多いので、異性にも嫌われない方がどう考えても良い。

それでも、男性女子トイレ女子風呂までは入ってこない。

(突撃してくる男性もいるが、それは犯罪を犯すタイプ特殊個体なので一般枠には入れていない。)

弱男にも覚えがあるかもしれないが、

異性には踏み越えられないラインも、同性なら踏み越えられるのだ。

同性の敵は同性という話ではない。

同じくらいの攻撃性を持つ存在でも、避けられないのは脅威であるという話である

異性を徹底的に避けても生きられるが、同性を避けることはできない。

グループ分けはどうしたって同性同士になる。

突然の体の不調を理解できるのも同性である

弱者女性も、男性にも女性にも助けを求められない。

一般女性からしてみれば、女なのに女の要素を持っていない、どちらかと言えば男っぽい何かが自分コミュニティが混じっているのは異常事態なのだ

女の世界は男とは対照的に一番可哀想な人が偉いため、「気持ち悪いがどちらかと言えば可哀想」な弱者女性は一度様子見される。

しかし、話せば話すほど関わってもなんのメリットがない。

そうなれば、あとは手酷くいじめて追い出すだけである

何も与え合っていないように見える一般人たちも、お互いに居心地の良い時間提供するというギブアンドテイクを自然に行っている。

テイクばかりでギブができない人の相手ができるのは、余裕のある人だけである

そんな人たちの場所に行けるなら、すでに弱者ではない。

  • 結び

長い持論の果てに言いたいのは「弱者女性はイージーではない」だけではない。助けを求めているわけでもない。

そもそもハードだと思われたところで可哀想だねで終わりで、苦しみは何も変わらない。

ここまで読んだ人の中には、男女問わず

「そんな辛さは男性/女性だけじゃない」、あるいは「それでもこちらの性別の方が辛い」と思う人もいるかもしれない。

正直、性別理由特別扱いされる人は平均より上だけなので、目くそ鼻くそと同じである

どっちが辛くても不幸自慢にしかならない。苦しみを否定されていい理由もない。

同じ境遇の誰かと傷を舐め合えれば、さみしさはマシになるかもしれない。

最後に、できれば男女問わずパートナーがいる人は弱者を名乗らないでほしい。

異性または同性でもいいが、他人場所を共有できている時点でコミュニケーション能力人間的魅力が保証されている。

平均より上の人より困難は多いかもしれない。

でもあなたには助け合える人がいる。

たとえそれがモラでも、見初められるくらいには価値がある。その人を捨てても次の人がきっといる。

自分に自信を持って、前を向いてほしい。

誰かと交友を結べるということは、十分に奇跡的なことである。  

もし「俺/私は人に好きになってもらう努力をしたかパートナーがいるんだ!選ばれたみたいに言うな!」と思っているならもう一度2章から読んでほしい。

好きになる/好かれる土俵に上がれない人はたくさんいるんだよ。

隣に誰かがいる事で言われなくなる暴言がどれだけあるか、わかってるんじゃないの。

パートナーのいる弱者女性を見たくなくて同じ障害を持つ男性の著書を読んだら「苦難の果てに出会ったのが今の妻です」と書かれていて追い討ちをかけられた弱者女性からのお願いである。

私もパートナーができたら、潔く弱者を名乗るのをやめるつもりだ。

余談

典型的弱者男性」の外見として用いられている呼び名画像については知っているが、絶対に使いたくなかったので徹底的に避けた。

似顔絵だとしても、どこかの誰かの顔を蔑称に使うのも自虐に使うのも酷いと思う。ゆっくりなくなってほしい。

2024-03-24

anond:20240324195016

POVMMD/コイカツVR動画を作ってくれる人って支援サイトとか探しても中々いないんだよな

まあVRじゃなくともガチ恋距離でもいい

ただ主観VRだとキス表現3D自然に作るのがかなり難しいらしく、本当に数が少ないんだ

密着感こそ重要だというのに

そのへんは3次元VRAVはわりと雑につくれるのに、対照的だな

まあ3次元には興味ないんで

2024-03-23

「生成AIがもし生き残ったら、どうする?」に対する、答え

居酒屋で、酔ったサラリーマン社会批判をしている。

◯◯という政治家が悪い、××という悪い奴が悪いことをしている、俺たちの仕事もっと待遇を良くすべきだ、サラリーマン搾取されている、などなど。テレビから発せられる内容を見て、自分なりの意見を語っている。酔っ払った姿とは対照的に、そのスーツはよく整えられていて、「正装」と言って差し支えないものだった。

しかし彼は、本気で社会を変えようと思っているわけではないだろう。

もし本気なら、今すぐ居酒屋を出て選挙立候補し、政治家になってこの国を背負って立つだろうから。だから、彼のそれは単なる社会への愚痴に過ぎない。不平不満を言いながらも、社会に何とか適応しようとして、それでも溜まった不安を酒の場で吐露しているだけ。

向こうのテーブルにも、同じようなことをしている酔った男がいる。しかし、彼の服装はおよそ社会人とは思えないものだった。先程の「正装」とは比べ物にならないほど、乱れている。おそらく、ニート。少なくとも、仕事をしていない人。社会から逃げながらも、その社会に対する不平不満を吐露し続ける人間。おそらく彼も本気で社会を変えようとしているわけではないだろう。

彼は今不満を口にしているが、それに意味はあるのだろうか?

もし彼の言う通りに社会が変わったとして、おそらく彼の立場はそう大して変わらないだろう。労働環境改善されても、その恩恵を受けるのは企業に勤めている人間だけ。長年ニート生活をしていた彼に光が差すことはないだろう。

別に、不満を吐露すること自体はいいと思う。社会はいくらか不合理なところはあるだろうし、それを是正すべきなのかもしれない。酔っ払いサラリーマンが言っていることも、ニートの彼の言っていることも、もしかしたら正しいのかもしれない。

しかし、サラリーマンには帰る場所がある。同僚に連れられて帰る彼の左手薬指には、結婚指輪が輝いていた。「社会適応しようとしている」彼の社会批判は、そこで止まった。

ニートには、ない。おそらく彼の親らしき人が、騒ぎが最高潮に達したときに彼を回収し、店に謝罪して足早に去っていった。「社会適応しようとしていない」彼の社会批判は、それでも止まらなかった。

政治家になれ、とまでは言わない。

しかし、「居酒屋社会批判をする」と言う行為

それが彼の限界だったのだろうか?

万が一、そこに為政者がいたとして、彼の話を聞くかすら怪しいのに。居酒屋にいる一人二人を啓蒙したところで、社会を変えるのには程遠いと言うのに。そんな事をしているなら、「社会適応しようとする努力」をすべきなのではないか

社会が変わるとき、おそらくサラリーマンの彼は生き残る。ニートの彼は、もしかしたら生きる道があるかもしれない。

社会が変わらないときサラリーマンの彼は当然生き残る。ニートの彼に、生きる道はない。

なら、ニートの彼が今すべきなのは社会批判ではなくて、変わらなかった時への……。

そんな事を考えていたとき

「生成AIは悪だ!」

AI絵師が悪いことをしている!」

絵師搾取されている!」

背後から、怒鳴る人の声。

そこに、別の誰かの声。

「生成AIがもし生き残ったら、どうする?」

その人は答える。

「決まってるだろ!消えるまで批判するだけだ!」

あえて、振り返ることはしなかった。

普通、生きていく策を模索する、とか答えるんじゃないのかねえ。」

生成AIがもし生き残ったら、どうする?

居酒屋で、酔ったサラリーマン社会批判をしている。

◯◯という政治家が悪い、××という悪い奴が悪いことをしている、俺たちの仕事もっと待遇を良くすべきだ、などなど。テレビから発せられる内容を見て、自分なりの意見を語っている。酔っ払った姿とは対照的に、そのスーツはよく整えられていて、「正装」と言って差し支えないものだった。

しかし彼は、本気で社会を変えようと思っているわけではないだろう。

もし本気なら、今すぐ居酒屋を出て選挙立候補し、政治家になってこの国を背負って立つだろうから。だから、彼のそれは単なる社会への愚痴に過ぎない。不平不満を言いながらも、社会に何とか適応しようとして、それでも溜まった不安を酒の場で吐露しているだけ。

向こうのテーブルにも、同じようなことをしている酔った男がいる。しかし、彼の服装はおよそ社会人とは思えないものだった。先程の「正装」とは比べ物にならないほど、乱れている。おそらく、ニート。少なくとも、仕事をしていない人。社会から逃げながらも、その社会に対する不平不満を吐露し続ける人間。おそらく彼も本気で社会を変えようとしているわけではないだろう。

彼は今不満を口にしているが、それに意味はあるのだろうか?

もし彼の言う通りに社会が変わったとして、おそらく彼の立場はそう大して変わらないだろう。労働環境改善されても、その恩恵を受けるのは企業に勤めている人間だけ。長年ニート生活をしていた彼に光が差すことはないだろう。

別に、不満を吐露すること自体はいいと思う。社会はいくらか不合理なところはあるだろうし、それを是正すべきなのかもしれない。酔っ払いサラリーマンが言っていることも、ニートの彼の言っていることも、もしかしたら正しいのかもしれない。

しかし、サラリーマンには帰る場所がある。同僚に連れられて帰る彼の左手薬指には、結婚指輪が輝いていた。「社会適応しようとしている」彼の社会批判は、そこで止まった。

ニートには、ない。おそらく彼の親らしき人が、騒ぎが最高潮に達したときに彼を回収し、店に謝罪して足早に去っていった。「社会適応しようとしていない」彼の社会批判は、それでも止まらなかった。

政治家になれ、とまでは言わない。

しかし、「居酒屋社会批判をする」と言う行為

それが彼の限界だったのだろうか?

万が一、そこに為政者がいたとして、彼の話を聞くかすら怪しいのに。居酒屋にいる一人二人を啓蒙したところで、社会を変えるのには程遠いと言うのに。そんな事をしているなら、「社会適応しようとする努力」をすべきなのではないか

社会が変わるとき、おそらくサラリーマンの彼は生き残る。ニートの彼は、もしかしたら生きる道があるかもしれない。

社会が変わらないときサラリーマンの彼は当然生き残る。ニートの彼に、生きる道はない。

なら、ニートの彼が今すべきなのは社会批判ではなくて、変わらなかった時への……。

そんな事を考えていたとき

「生成AIは悪だ!」

AI絵師が悪いことをしている!」

そう叫ぶ声が、背後から聞こえる。

あえて、振り返ることはしなかった。

彼が、「正装」であるか、そうでないか

そんなことに、大して興味はないから。

生成AIがもし生き残ったら、どうする?

居酒屋で、酔ったサラリーマン社会批判をしている。

◯◯という政治家が悪い、××という悪い奴が悪いことをしている、俺たちの仕事もっと待遇を良くすべきだ、などなど。テレビから発せられる内容を見て、自分なりの意見を語っている。酔っ払った姿とは対照的に、そのスーツはよく整えられていて、「正装」と言って差し支えないものだった。

しかし彼は、本気で社会を変えようと思っているわけではないだろう。

もし本気なら、今すぐ居酒屋を出て選挙立候補し、政治家になってこの国を背負って立つだろうから。だから、彼のそれは単なる社会への愚痴に過ぎない。不平不満を言いながらも、社会に何とか適応しようとして、それでも溜まった不安を酒の場で吐露しているだけ。

向こうのテーブルにも、同じようなことをしている酔った男がいる。しかし、彼の服装はおよそ社会人とは思えないものだった。先程の「正装」とは比べ物にならないほど、乱れている。おそらく、ニート。少なくとも、仕事をしていない人。社会から逃げながらも、その社会に対する不平不満を吐露し続ける人間。おそらく彼も本気で社会を変えようとしているわけではないだろう。

彼は今不満を口にしているが、それに意味はあるのだろうか?

もし彼の言う通りに社会が変わったとして、おそらく彼の立場はそう大して変わらないだろう。労働環境改善されても、その恩恵を受けるのは企業に勤めている人間だけ。長年ニート生活をしていた彼に光が差すことはないだろう。

別に、不満を吐露すること自体はいいと思う。社会はいくらか不合理なところはあるだろうし、それを是正すべきなのかもしれない。酔っ払いサラリーマンが言っていることも、ニートの彼の言っていることも、もしかしたら正しいのかもしれない。

しかし、サラリーマンには帰る場所がある。同僚に連れられて帰る彼の左手薬指には、結婚指輪が輝いていた。「社会適応しようとしている」彼の社会批判は、そこで止まった。

ニートには、ない。おそらく彼の親らしき人が、騒ぎが最高潮に達したときに彼を回収し、店に謝罪して足早に去っていった。「社会適応しようとしていない」彼の社会批判は、それでも止まらなかった。

政治家になれ、とまでは言わない。

しかし、「居酒屋社会批判をする」と言う行為

それが彼の限界だったのだろうか?

万が一、そこに為政者がいたとして、彼の話を聞くかすら怪しいのに。居酒屋にいる一人二人を啓蒙したところで、社会を変えるのには程遠いと言うのに。そんな事をしているなら、「社会適応しようとする努力」をすべきなのではないか

社会が変わるとき、おそらくサラリーマンの彼は生き残る。ニートの彼は、もしかしたら生きる道があるかもしれない。

社会が変わらないときサラリーマンの彼は当然生き残る。ニートの彼に、生きる道はない。

なら、ニートの彼が今すべきなのは社会批判ではなくて、変わらなかった時への……。

そんな事を考えていたとき

「生成AIは悪だ!」

AI絵師が悪いことをしている!」

そう叫ぶ声が、背後から聞こえる。

あえて、振り返ることはしなかった。

彼が、「正装」であるか、そうでないか

そんなことに、大して興味はないから。

2024-03-20

anond:20240320093951

海外旅行好きの女性って何か特徴ってあるのかな。

そういえば旅行好きにしばしばみられる行動として、訪問場所の事前チェックがある、とふと思った。

国内海外わずだし、男女問わずだけど。

旅行に行く前の準備行為として、絶対に逃すべきではない場所食べ物を入念にチェックする。

現地でセルフィを撮って、インスタなどSNSで送る、という行動がみられる。

最近では、インバウンド来日する外国人にとてもよくみられる光景だ。

映え写真をとっては、憧れのいかにもNIPPON!な光景に興奮して即座にSNSで送る。

旅行好きの人たちにみられるこれらの行動は、スタンプラリーとほぼ同じ意味を持つ。

日常との差異体験やよその世界ちょっとだけ繋がったりできたことの証明自己顕示が欲しいのだ。

その意味で、他の人のインスタと同じ構図で撮影することが現地に到達したこと証明するうえでとても重要

このような形で消費される、「日常では手に入らない新しい体験」は、要するに、「ごっこ」であり、エコツアーにしてもアグリツーリズムにしても何しても、

現地との関係性を一瞬だけ体感できる、という意味で、旅行者が憧れていた「日常との差異」や「関係性」を消費する行動なんだろうな。

さて、それが近年の傾向なのか?というと恐らくそうではなく、これは、かつての絵葉書を送るというスタイルから変化した形で、

東海道五十三次時代からそうであっただろうし、男女にも差がなく、古今東西それほど大きな違いはなさそうだ。

日常との差異を消費し、疑似的な関係性に癒されるというのは、昔からあったのだろう。

ところで、僕は男性で、わりと旅行好きというか、仕事柄、年がら年中、スーツケースをころがしている。

そんな男性立場からみて、女性のほうが傾向として強く、逆に男性に弱いことでひとつだけ思い当たることがある。

それは、旅先で一時的体験する関係性を、その後も持続させようとする傾向だ。

旅先で知り合った人とその後も連絡を取り合ったりとする傾向は女性のほうが強い気がする。


「おもいでぽろぽろ」というジブリ高畑勲監督映画(1991)がある。

都会育ちのOL女性田舎暮らしに憧れる、というところからスタートするこの物語は、農家体験をしてゆくうちに気持ちが変化し、

最終的に田舎暮らし決断するところで終わる。

この映画場合、旅先の地に女性を迎え入れる男性やその家族という存在があるが、

いろいろふりかえってみると、必ずしも現地にそのような迎え入れるひとや団体がなくとも、旅先で憧れた現地に、そのまま飛び込んでいく女性というのをしばしばみてきた。

アジアアフリカ中南米で。かつて、「なんでこんなところに日本人」という世界の片隅で暮らす日本人を紹介するテレビ番組があったが、その番組で紹介しているのも、若い女性の活動が目立っていたように思う。

「男女差」という視点で、いろいろ参考情報をみていくと、例えば

海外留学の男女比も女性のほうが10ポイントくらい高いのだそうだ。

また、男女管理職別で見ると、男性は自社内のキャリアアップ意向が高いのに対し、女性男性よりも転職でのキャリアアップ意向が高いのだという。

男性女性よりも保守的で、外に関心がない、という傾向はそこから見て取れるのだが、

だが!しかし、、、、

果たして、そんなふうに男女差を単純に断じていいのか?とも思う。

それでも確証はないけれども、これらの数字が出ている以上は、それにむすびつく何かしら男女差のような背景はありそうだ。

まずは、男女共同が叫ばれつつも今をもって日本男性社会であるという事実から出発してちょっと考えてみる。

突飛な発想かもしれないけど、1970年代初めごろの歌謡曲で「瀬戸の花嫁」という歌を思い出した。

瀬戸内海小島へ嫁が嫁ぐ様・心情と、新生活への決意が歌われている。

あなたの島へ お嫁にゆくの 若いと誰もが 心配するけれど 愛があるから 大丈夫なの」

当時、女性が他の家に嫁ぐということは、程度の差こそあれ、この歌が表現しているように、

ホームからアウェイに飛び出してゆくことであり、その後一生アウェイで暮らす覚悟必要だった。

ドラマおしん」(1983年)も思い出す。朝の連ドラとしては異例の一年間の長編ドラマとなった「おしん」。

そこでは、さらもっと幼少のころから嫁ぎ先へとひたすらアウェイ過酷人生が描かれ、しまいには終戦時に夫が自殺し、どん底な半生が半年くらい描かれている。物語の後半では、敗戦後、残された子供を抱えて女手ひとつ小売店を立ちあげ、自立してゆき、やがて息子へ引き継いでゆく姿が描かれ、多くの女性共感を呼んだ作品だった。

孫までいるおばあちゃんとなったおしんだったが、このドラマは、事業を引き継いだ息子が無謀な事業拡大を始めたことで経営リスクに直面し、育て方を間違えたと自信を喪失したおしんが、過去を振り返るために原点である山形への旅に出るというシーンから始まっている。一年近いドラマの終盤300話くらいから、その伏線を回収し始めるという、息の長いドラマで、橋田壽賀子、すげえという感じしかない。

アウェイ世界でたくましく生き抜くおしんとは対照的に、登場する男性はどいつもこいつもダメな男ばかり、というのも印象に残った。(補記:特におしんの夫は軍組織に尽くし、結果として多くの命を亡くした責任を感じて自殺したという筋書きだが、拠り所となる国家、軍などのホームベース敗戦により瓦解したことのショックが実際のところの引き金だろう。)

「嫁ぎ」に象徴されるように、簡単に引き返せないような事柄に身を投じるエネルギー、勇敢さ、芯の強さは、男性社会のなかで女性文化的に育まれものなのかもしれない。

昨今では、結婚就職になぞらえる向きもあるけれど、かつての日本社会はいったん他の家、姑の支配下に入ったら最後、そんなに生易しい現実ではなかったはずだ。

男性は芯がないくせに保守的で臆病だ。外の世界渡り歩いていて、仮に失敗してもギリギリホームグラウンドにもどってこれる、みたいに何か安全弁のようなもの男性社会のものが仕組みとしてもっていた。だからその範囲しか外に出歩かないのだ。ふるさと家業を継ぐなんて選択肢が30代くらいの人生の岐路に用意されているとかね。

一方、女性は嫁ぐにしても出戻るにしても自分の居場所を確保するには厳しい世界

「嫁ぐ」という習慣、因習宿命からまれた、抑圧されてきた女性の生きるエネルギーが、むしろ社会を変える力になってゆく。

これはなかなかパラドックスだと思った。

翻って、旅行好きの女性について思うことは、ホームグラウンドからアウェイ世界に飛び込むという意味

かつての日本によくみられた嫁ぐという宿命と旅は似たところがある。嫁ぐ行為が違うのは、それが片道切符であり、二度と戻れない覚悟必要だということだ。

若い女性にとって、日常空間から飛び出す、という旅行体験は、やがては「嫁ぐ」という運命現実世界で待ち構えていた時代には、疑似的に自分覚悟能力を試す場としてより大きな意味があったかもしれない。

嫁ぎ先である日本社会日本人男性漠然失望している場合希望がもてなければ、いずれにしてもアウェイ世界で生きる宿命ならば、

いっそのこと、旅先の現地でとどまって残りの人生を過ごすことも選択肢としてはあり、くらいの感覚深層心理にあるのではないか妄想する。

一方で、男性のほうは、ホームグラウンドである故郷というもの概念として存在していた時代は、旅というのは、違った意味を持っていたと思う。都市に何世代も定着した人口が急増したここ四半世紀より前の20世紀の話だ。

かまやつひろしの歌で「どうにかなるさ」というフォークソングがある。

「見慣れた街の明り 行くなと呼ぶ」

この世界観は、瀬戸の花嫁のようなアウェイ世界で生きる覚悟は感じられない。アウェイでもどうにかなると思っているのだ。

なおかつ、ホームグラウンドを出て行ってもなお、ホームからかい視線旅人である自分に向け続けてくれていると信じているのであり、「男はつらいよ」のフーテン寅さんとほぼ同じ世界観だ。ボヘミアンを気取って出て行っても、いざとなったらただいまといって帰れる場所がある。

そういえば、寅さん映画も、旅先での関係性を持続できないということがひとつの大きなテーマになっていることに気がついた。


民俗学者宮本常一は、故郷を捨てて放浪する旅人考察した文章のなかで、そうした旅人

地元を去って放浪した末に、やがてひょっこりと故郷に戻ってきて、旅先で得た経験や新しい知識を広め、地域活性化寄与する機能果たしていたことを、

世間師という言葉表現した。フーテン寅さんのことを考えていたら、そんなことも思い出した。

世間師というのは、故郷側の人間が出戻りの人間に対して名付けた呼び名で、一種の敬意が込められている。

嫁ぐということが待ち構えておらず、ゆくゆくは地域社会リーダーシップをとっていかなければならない男性潜在的意識として、旅は武者修行であったり、広く見聞を広め、世の中の解像度を上げるための行為だったのかもしれない。会社組織が全国各地の赴任経験を重視しているのも同じ価値観といえる。

かつて東南アジアへのセックスツアーなどがあったように、赴任先、旅先で恥をかき捨てるのも主に男性だ。

男の旅というのは、ちまちましたもの火遊びのようなもの。家から離れて外の空気を吸いたいというものだ。近所のスナックだったり、家庭が壊れないようにという不安があるからまり大きなことはできないが、脇が甘いから夫が捨てたラブホテルマッチを妻がゴミ箱から発見してしまう。やまだ紫の「しんきらり」という漫画では、そんな情景が描かれていたのを思い出した。

しかし、この四半世紀、女性社会進出や、結婚観は大きく様変わりし、嫁ぐということを前提としない将来像を女性模索する時代になった。

テレビドラマも、90年代以降、女性社会進出を反映して、トレンディドラマ代表されるように、キャリアウーマンがオシャレなレストラン食事する、みたいなシーンが増えた。

東京ラブストリーとか。憧れのロールモデルが描かれるようになったということだ。ドラマ世界にあこがれる、ということが90年代まではあり得た。

しかし、現実女性社会的地位はどうだったかというと、総合職課長以上に登れるのは一握りで、相変わらず賃金格差があり、お茶くみやらと男性社会における旧態依然とした女性役割押し付けられていたのが現実だ。その現実90年代ドラマショムニ」でよく表現されていたように思う。

しかし、さら時代は変わって、憧れの東京に向かって、急速に人が流入しつづける時代は終わりつつあり、受け入れるキャパもなくなってきた。「おもいでぽろぽろ」の主人公少女時代1970年代)は、都会の夏休みラジオ体操に二人しか参加していないほど、ふるさと田舎そもそも持たない世帯が少なかった。今では想像もできない光景だ。

中長期的には東京一極集中トレンドは変わらないものの、それは不動産価格トレンドに連動したもので近隣県から流入が中心。一方で、田舎というベースをもち帰省必要な人というのは減っているのではないか首都圏の人は首都圏世代を重ねるし、地方の人は地方価値見出し仕事をみつけ、結婚し、次世代を育てる、という人口流動の安定期になってきたようにも思う。帰省という形でつながっていた地方ふるさとホーム)との関係が途切れてきているといってもいい。

そうなると、都会の人間地方に見出す価値というのものというのは、失われた関係性そのものに重きがおかれるようになるのは自然なことだ。

その結果、その後に続くドラマの傾向としてみても、(都会で活躍するキャリア女性理想像ではなく、もっと実態に即した現実を映し出す、自分探しのようなドラマが増えていったように思う。

一昨年のドラマファーストペンギン」とか「ユニコーンに乗って」なども、スタートアップ企業テーマ女性自画像模索した作品で、近年の傾向を象徴しているように思えた。

ファーストペンギン」のように地方移住テーマにした作品は、アウェイ環境女性ポテンシャルを試そうとするという意味では、「嫁ぎモデル」の延長線上にあるような気もするが、都会との関係性が交錯しながら物語が進むところに、考えるヒントを与えてくれるドラマではあった。


そんなことをおもった。そもそも旅行の話からはかなりズレてしまったけれど、女性が旅に何を見出しているのか、というのは女性人生観ということと絡めて考えてみると、興味深いテーマだとは思う。

とりとめもないメモです。

補記

上記の書きなぐりをAIが次のように要約したので感心した。ここまで断言できないからゴチャゴチャ書いてたのに。

旅行好きの女性の特徴と男女差

旅行好きの人々は、事前に訪問地の情報をチェックし、SNSでの共有を楽しむ傾向がある。これは、日常からの脱却と、新しい体験への憧れを表している。特に女性は、旅先での関係性を持続させることに価値を見出すことが多いようだ。

歴史的に見ても、男女間で旅行に対するアプローチに大きな違いはないものの、女性はより積極的に新しい環境文化に飛び込む傾向があると言える。これは、社会的な役割や期待に対する反応として、女性自己実現のために旅行を利用していることを示唆している。

一方で、男性はより保守的で、旅行を通じて得た経験故郷に持ち帰り、地域社会に貢献する傾向がある。これは、男性社会的なリーダーシップを担う役割を果たすことが期待されているためかもしれない。

故郷と都会の関係性の変化

現代日本では、故郷と都会の間の伝統的な絆が薄れつつある。かつては、人々は故郷を離れて都会で働き、定期的に帰省することで地方とのつながりを保っていた。しかし、今では都会で生まれ育った世代が増え、地方への帰属意識が低下している。これにより、都会の人々が地方に求める価値は、失われつつある関係性そのものになっている。

この変化は、地方と都会の間の人口流動の安定化を示しており、それぞれの地域価値見出し生活を築く傾向が強まっている。結果として、地方への憧れや関係性の再構築は、新たな形での自己探求や社会的な動きに影響を与えている。これは、女性旅行を通じて自己実現自己探求を行う動機に影響を与えていると考えられる。

旅行は、日常から一時的な脱却を提供し、新しい環境文化に触れる機会を与える。特に女性にとっては、旅行自分の居場所を見つける手段となり、故郷とは異なるアイデンティティを探求するプラットフォームになることがある。

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