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2017-11-21

anond:20171121233050

余裕がないとそこまで勉強できないのは紛れもない事実だろ

学生寮だって仮にあったって入れる人数限られてんだから下宿する全員にバラまくのはやりすぎ

それに東大が女に人気ないのは、医学部とかの方がキャリアに融通がきくから割に合わないとか、

学歴が下の相手が好きになれずに結婚相手選択肢無駄に狭まるとか、そういう理由しかない

2017-11-11

セフレ錬成は楽しい

女なんだけど、性行為をしてみたいと思う男性は、一目みただけでぐっとくるのがわかる。

性格とかスペックとかどうでもよくて、姿かたちを見た瞬間0.01秒で、

判定が出る。というか、枕をともにしたいフォルダに分類される。

それ以外は「人間フォルダに全部入る。ちなみに私の判断基準はやせてる一重男子インドア系。

二年前、サークルの新入生で、見た目がどタイプ男子がいた。

ずっと気になってはいたが、自分自身彼氏がいたので、

心の中でお気に入りとしているだけ。

ただ、彼氏とはあまりうまくいっていなかった。

彼氏は私のことが好きだったようだし、

関係も良いとおもっていたんだろうけれど。

私としては、性行為が全く気持ちよくなくて、

ストレスたまるばかり。

これ、友人の関係性のほうがいいのでは?

とずっともやもやしていた。

デートしてもももやしていて、

楽しそうに笑っている彼氏を見ては、

この人は何が面白いんだろうと

ものすごく冷めた目で見ていた。

ある日、お気に入り男子ラインしたら、下宿先が

相当な近所であることが発覚したので、

宅のみを申し込んだ。

話はトントンと進み

相手の家に行くことになった。

当日私は、性行為に及ぶことを目標にして、

完全な部屋着で相手の家に行った。

ゆるゆると宅のみをしていたが、

気恥ずかしいのを紛らわせるためにどんどん飲んでは、

大げさに頭を揺り動かしてアルコールが脳に浸透するように

一生懸命だった。

お互い相当によってきたことろで、

寝転がってはいちゃいちゃしていたら、

案の定相手が襲ってきたので、

計画を完遂できた。

心でガッツポーズ

それ以降はそういう間柄となり、

私が別の飲み会で酔って

そういう気分になったとき

ラインをして深夜に押しかけ、

行為をして寝る。

どんどん性行為自分好みになってきて、

文句なしの枕友だちで、

私はそのような存在を確保しているだけで

戦闘力が上がった気になっては

心の中でにやにやしている。

2017-11-01

甥がなぜかうちの街の高校へ通ってるらしい

遥々遠くから電車通学

そしてうちに下宿させて貰えないかと言ってきたが速攻断らせて貰った

実母の介護も抱えて大変なのもあるけど、そこまで犠牲になって義妹の為に動く気がない

思えば、甥が小さなから義妹の図々しさには辟易していた

うちの子お下がりが欲しいと言うからダンボールに詰めてあげたらフリマで全部売り払っていたり

義実家へ同居していた時は働いてる訳でもないのにほぼ毎日夕方まで甥達を預けに来て託児所扱い

義母は娘を甘やかすだけ甘やかして大変な事は全て私にさせる人だったので

義妹が来る度、私への負担が半端なかった

別居に踏み切った後は、私の悪口で盛り上がっていたらしい

仇で返すような言動ばかり取ってきた義妹

正直、義母亡き今は言いなりになる必要もない訳で、嫌な事は嫌

フィフティフィフティで付き合えない相手大事にする必要もない

甥も頑張って電車通学すればいいだけ、たった1時間なら普通は周りに迷惑かけないよう通学するよ

そんなに大変な事じゃないから頑張ってね、さようなら

2017-10-16

学級委員長山田

学級委員長山田は美化委員田中とともに化学教師である山崎の待つ第三理科室へ向かった。

道中、山田クラス同級生である竹村に遭遇し「サッカー部の笹岡と長嶋に今から急遽会わなければいけないか社会科教師の重松に伝言を伝えてほしい」と山田は言われた。

しか田中はそれには反対した。彼女はそういった伝言なら近くで暇そうにしている剣道部竹中に頼めばいいと言い張った。

だがそれをひそかに聞いていた化学部の丸山竹中パシリに使うことに憤慨し、そういうことな自分が重松に伝言をしに行くと請け負った。

安心した山田はその後第三理科室で用事を済ませて田中と別れ、恋人であるサッカー部高岡の待つ公園へと向かった。

ところで高岡には悪い噂がある。野球部山田サッカー部の重松、そして学級委員長山田と3股をかけているという噂だ。

だがそれは高岡のことが嫌いであバスケ部田中が広めた尾ひれがついた噂だった。

この田中サッカー部の笹岡が高岡のことを好きであることを好ましく思っておらず、高岡への好感度を下げるために画策したことだった。

しか化学部の丸山は、自分野球部山田と付き合っているため、この噂は真実でないと知っている。

事実、先週丸山は、美化委員田中野球部山田、そして柔道部小池ランチをしていたのだが、まさにその時間帯で高岡野球部山田デートしていたという噂が流れていたからだ。

こういった黒い噂が時折流れてくることについて、教師一同は良い感情を抱いていない。

特に社会科教師の丸谷にとっては、毎日職員会議無意味に開かれるため、家で待つ剣道部竹中下宿している甥であるため名字が違う)と話をすることがままならなく憤慨している。

また、丸谷はそういう噂よりもサッカー部の重松が相当な悪童であることに手を焼いていた。

重松がその悪友である柔道部竹中野球部の笹岡とつるんでいるせいでしょっちゅう呼び出しを食らうのだ。

一方で柔道部竹中童貞であり、サッカー部高岡のことを片思いしているピュアな男でもある。

そんな竹中からかって遊ぶのが美化委員田中サッカー部竹中である。ちなみにサッカー部竹中は彼の兄だ。

また、サッカー部竹中柔道部小池も友人であるため、柔道部竹中情報学級委員長山田にまで流れるほど詳細に伝わっている。

ところでサッカー部長嶋バスケ部田中最近万引きをしていたことが発覚した。

これによってまた職員会議が開かれる様子だ。社会科教師である重松はこれを聞いて深くため息をついた。

このように、誰が誰に対して何をしたかが明確になれば、登場人物が多くてもそれほど混乱しないことがわかる。

2017-10-05

anond:20171005023425

この前も似たようなこといったような気がするが

前の朝ドラひよっこ」には日常系アニメのような癒しがあった。

初期の「おらが村」的ノリこそ抵抗感があったが

主人公工場に勤めだしてから下宿先の女子寮舞台となり

きらら連載4コマのようなきゃっきゃっウフフ感に段々と惹かれていった。

工場倒産し4畳半のアパートに越してから

へんてこながら善良さしかないキャラクターがぞろぞろ登場し

まるでアフタヌーンにひっそり掲載されているよくわからない漫画チックな雰囲気となり

僕はとうとうどハマりしてしまった。

蒸発した父親を探し出して連れ戻すという重めのメインストリーがありながらも

朝ドラありがちな立身出世主義に全く囚われず

家族とは何か」みたいな辛気臭いテーマが全面に押し出されていたわけでもなく

主人公たちがその日その日を謳歌するだけという

そんなゆるい世界観が僕にはとても優しく感じられた。

朝ドラひよっこ」はアニオタにこそみてほしかった。

2017-09-14

anond:20170914162120

昔は、下宿と言う形態の住み方があったんだよ。

2017-08-31

続・妹に嫌われている

ジャイアンの姉です。

https://anond.hatelabo.jp/20170830224429#tb

昨晩、この日記の後に妹と話をした。

自分のことをどう思っているのか」を聞いた。

「どうでもいい、無関心だ」と答えられた。

「無関心なら悪口思ったら言ったりしないんだね」と言うと「どうでもいいからね」と答えられた。

その後、妹の裏垢での更新があった。要約すると以下の通り。

「どう反応しようか迷ったけど面倒だからどうでもいいと答えた」

「お前のことが嫌いだから嫌っている、理由などない」

「嫌いと言って欲しいのかな?マゾですか?」

「今更改善点見つけたのかも知れないけれどわたしから見たら全部だからなんとも言えない」

「早く家を出て幸せになって見せつけてやりたい、結婚式に姉は呼ばない」

裏垢の更新を見て、家出しようか考えた。

でも、学生である自分収入アルバイト)では一人暮らし家賃を払うこともままならない。

今は夏休みなので、下宿している友人の家へ泊まりに行くことも現実的に厳しいと考える。

親戚の家に行くのが一番妥当だと思う。向こうが受け入れてくれるとは限らないが。

ただ、嫌っているのは妹の方なのに、何故自分が家を出なければならないのだろうか?という結論に至った。自分は、ただ悪口を言われたくないだけです。思っていても、「ツイート」という成形にして欲しくない。確かに妹は高校生なので一人暮らししようにも無理だと思う。でも、妹も親戚の家で暮らすくらいはできるはずである。散々「家を出たい」と呟いているのに、なぜ実行に移そうとしないのだろうか。

裏垢を覗くことでしか本心がわからないなんて、嫌な現代社会だな。

>服を無断で借りる以外に、の方

妹とは普段から積極的に話をする方ではありませんでしたが、さらにその会話が減り、妹の機嫌が常に悪くなったように感じます

自分優先に接したことはないですが、自分のみの意見じゃ実際どうだったかはわからないですよね。ただ、心底妹には嫌われているようなので自分の全ての行動が気にくわないのだと思います

>つくづく根がジャイアンだな、の方

歩み寄ったらさらに傷つく結果になりました。

>だらしない家だな、の方

女性用カミソリを使う方が家にいないような方にはわからいかもしれませんが、壁にくっつける吸盤が同梱されているので、洗面所の壁にくっつけていました。ですので、使おうと思えば誰でも使えるということです。ただ、我が家は確かにだらしない家なのでこれだけの短文でよくお分かりになったな、と思います

11:00追記

>いいから、の方

自分性格を直せということですよね。確かに高校時代自分は親に対して反抗期だった記憶がありますアドバイスありがとうございます善処します。

妹に自分のことをどう思っているかと聞いたところ上記のように「どうでもいい」と答えられたので、謝ることも見当違いだと思うのですが、性格を直す以外にできることがあれば第三者の目から教えていただけないでしょうか。

というか、性格を直すと言ったって向こうには自分の行動の全てが気にくわないみたいなんだけれど。性格を直した上で時が過ぎるのを待ちなさいってこと?

2017-08-27

https://anond.hatelabo.jp/20170827105358

学生奨学金問題の一側面に、下宿学生生活費問題があると思う。90年代初めまで、各大学に寮があり、割に安く住居費、食費を抑えることができていた。90年代以降、経費がかかる、自治会対策などの理由から、まず学生寮を耳障りのよい「留学生寮」に変更、さらにどんどん廃寮してきた。

例えば同志社大学学生寮だと

寮費(月額)1万強+自治会費1000円

寮食は、朝150円弱、夕食300円弱

である

https://www.doshisha.ac.jp/information/facility/dormitory.html

給付制の奨学金生活費を安くできる学生寮ともに重要だと思う。

2017-08-19

人類から性欲がなくなりました

人類から性欲がなくなりました。

性犯罪は無くなりました。

痴漢レイプ性的虐待も消えました。

女たちの生活は変わりました。

治安の良い地域に住む必要が無くなりました。

安心して下宿に出せると、女子大学進学率が上がりました。

女性たちは昔よりずっと能動的に消費を行うようになりました。

治安のために高い家に住む必要がなくなったからです。

アパートの二階から一階に引っ越しただけでお金が浮きました。

深夜バスにも自由に乗れます

安いホテルだってまれます

下着を盗まれることもありません。

かつて女性男性から施しを受けていると言われていました。

性欲の対価としてお金を得ていたと。

しかし実際は違いました。

女性は、男性に性欲があるばかりにたくさんの不利益を被っていたのです。

治安の良い土地に住むためのお金安全ホテルに泊まるためのお金

すべて女性男性に盗まれていたお金でした。

精神科医は言いました。「男から施しを受けずに生活できるのか?」

女性は答えました。「ええ、金食い虫が消えてくれましたから」

精神科医には、その意味がわかりませんでした。

2017-07-31

誰が私を消したのか

学生時代、私はなんで生きているんだろうと本気で悩んでいた。とにかく、みのまわりのことに何でも疑問を持っていた。考えることが楽しかった。

放課後休日哲学系の本を読んだりして、考えた。下宿の部屋に引きこもって単調だったけど、いつか自分死ぬ瞬間や宇宙の果てに思いを馳せてそれはそれで充実した生活だった。図書館は本当に多くの本が置いてあって、夏は涼しかったので今日みたいな暑い日は図書館で過ごしてたっけな。

そんな学生時代は長く続けられなくて、仕方なしに就職した。「どうして私は生きているんだろう」と考え続ける仕事など存在しないので、それなりに興味をもっている内容の職種についた。しかし、激務で心を壊し思考のすべてを失ったと感じた。ただ眠れないということが、こんなに辛いとは知らなかった。

私は逃げるようにして転職した。流れ着いた先は片田舎限界集落みたいなところで、仕事はゆるかった。枯れた心はミルミル癒やされ、定時帰りの週休2日という幸福をかみしめている。

仕事が楽になって、心も楽になったはずだった。だけれども、あの頃感じた世界に対する疑問というものは湧いてこない。なんだか、ただ現実を乗りこなしているだけで生きているという実感がない。

2017-07-27

金のない大学生がよくやるサイゼリヤの楽しみ方

都内大学生最近サイゼブームに乗っかって、金のない学生なりのサイゼの楽しみ方を書いてみる。

大学バイト先、下宿先それぞれから徒歩1分のところにサイゼリヤがある。

値段も場所も身近なので様々な用途で、月10回くらい使用している。

そこでよくやるのが以下の食べ方だ。

1.ミニフィセル+オリーブオイル塩のタレ(169円)

ミニフィセル(169円)を注文。取り皿にオリーブオイルたっぷりと塩少々でタレを作る。ミニフィセルをちぎってオリーブオイルにつけて食べる。

ミニフィセルはしっかり焼いてあり。普通に食べてもうまいが、こうしてオリーブオイルにつけて食べることで健康的になるし、味が変わってうまい

調べたところ、現地ではこの食べ方はピンツィモニオと呼ばれていて、結構メジャーな食い方らしい。

空きコマサイゼを訪れるときはこの食べ方がコスパ的にいい。

2.真イカのパプリカソース(ソース抜き)+(オリーブオイル+粉チーズ唐辛子)を合わせたもの(199円)

真イカのパプリカソースを頼む時、ソースを抜きで頼む。取り皿にオリーブオイルに粉チーズを入れて、どろっとさせる。この時の比率は1.5:1くらいがいい。

それだけだと、味がほとんどないので、卓上の唐辛子を適量加える。

真イカがきたら、先ほど作ったタレにつけて食べる。味が足りなかったら、タレに塩を入れるといい。

確かにパプリカソースうまい

だが、それに飽きたときや、もっと刺激が欲しいときにはこのアレンジをすると良い。

筆者はこのアレンジパプリカソースどちらも好きだが、このアレンジを嫌う人もいるので、

複数人で行くときは2皿頼んで、一皿はこういうアレンジをして食べ比べるとより楽しめる。

3.グラスワイン(白)+(オリーブオイル+粉チーズ唐辛子+塩)を合わせたもの(100円)

グラスワイン(白)を頼む。取り皿にオリーブオイルと粉チーズ比率を1:1で、入れる。若干粉チーズ多めでも良い。

その上にお好みで唐辛子と塩をかけたら出来上がりだ。それをスプーンですくって食う。

グラスワインおつまみにちょうど良い。

これは、サイゼにきたけど、金がマジでないって人におすすめだ。

筆者はこれを究極アレンジと呼んでおり、一緒に食べる相手次第で、いつでも作って食べる。

それほどに好きなのだが、どうやら多くの人はこれ単品で食すのは厳しいという。

しかし、グラスワインと一緒ならば(酔っていて、いろんなものバグっているからなのかもしれないが)

多くの人が寂しい口に放り込み、結構ハマる。

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大学生程度でも豪遊できるのが、サイゼの良いところだが、

こういう楽しみ方も時にはできるということを示したくて、この文章を書いた。

サイゼはもう飽きたから嫌だという人は、ぜひこの方法を試してみて欲しい。

今までとは違うサイゼが楽しめるはずだ。

2017-07-04

https://anond.hatelabo.jp/20170704124724

実家に住めばすむような環境一人暮らししてるような人もそれはそれで下宿代の無駄遣いって怒られたりしてるらしいので

文句言いたがりの人はどうあっても文句つけるというだけの話では。

一人暮らし始めたら、今度は一人暮らしはいえそれでは自立しているとはいえないとか難癖が飛んで来るだけだよ、多分。

2017-06-28

飼い犬の脱走癖

小学二年の時に近所から雑種のメス犬を貰い受けた。

僕はこの犬から色んな事を学んだ。

ある日彼女寝床に血痕を発見し、母にひょっとすると酷い怪我をしている可能性があると訴えたが、大丈夫だよとの根拠の無い回答にイラついたが、犬はなるほどそういう物なのかも知れないと諦め、世の中には自分の知らない事が結構有りそうだという予感がしたのだった。

我が家には雑草の生い茂る4坪ほどの空き地があった為、この四方を鉄柵で囲って彼女自由活動できるようにしていた。

小学三年の頃になると、餌をやりに鉄柵を開けると一目散に彼方へ逃げて行き、朝まで戻ってこないという事案が頻発するようになった。

帰ってきた彼女を父が叱責し、体中から悲しみのオーラを出し服従ポーズを取る彼女の姿が忘れられない。

しか彼女は脱走をやめなかった。時には鉄柵の下に穴を掘って抜け出していた。

ある日母から彼女赤ちゃんを産むことになったと知らされた。なるほど犬はそういうものなのかも知れないと思ったが、家族の話を聞いてると、どうも夜な夜な脱走している事と関係があるらしい

とにかく子犬が早く産まれて欲しかったので、細かいことはどうでも良かった

冬の寒い時期に無事出産したが、5匹産まれて、1匹はすぐに死んでしまった。

残った4匹は皆それぞれ個性があり、雑種面白いと思った。

目のまだ開かない彼らに小指を差し出すとちゅうちゅう吸ってきて可愛かった。

地方紙通信広告欄で里親募集、4匹とも引き取られていった。

ウインドウズ95が発売される数年前の事である

やかんやを繰り返し、小学5年の頃に彼女は2回目の出産で4匹の玉のような愛らしい仔犬を産み3匹は引きとられ、1匹は貰い手がつかず、育てる事となった。

この二世は毛の模様が母親そっくりのメス犬で、2匹は楽しく暮らしたが、

体の大きさが同じくらいに成長した頃、母親は車に轢かれて死んでしまった。

二世性格母親によく似て、夜遊びに繰り出すようになった。

中学2年のある朝も彼女は居らず、今日もどこぞの馬の骨に抱かれに行ったかと思いながら歩いて登校していると、道端からぴょこっと現れて、どこまでも付いて来たので、最悪な気分で家へ連れて帰ったということもあった

じきに生涯一度だけとなる出産経験し、やはり4匹がこの世に生を受けた。

体格がよく、毛並みのいい3匹は里親に引き取られて行ったが、大人しいハイエナみたいな毛並みのメス犬が残った

三世として伝統を受け継ぐはずであったが、二世と一緒にハイキングに出かけ、翌朝二世けが帰宅し、その後三世が戻ることは無かった。

その一年後くらいに街でハイエナみたいな痩せ細った野良犬を見かけて動悸がしたが、中学三年の俺は多分気のせいと考えた

二世は何やかんやと長生きし、俺が大学に入って下宿を始めてからは疎遠になっていたが、就職して二年目の春に13歳で死んだ

2017-06-27

彼女いたらエロゲしちゃいかんのか

土曜日彼女が急に下宿に来てその時俺はイヤホンしてエロゲオナニーしてて。

彼女がそれを見て裏切られた私がいるのに何でそんなのでオナニーするのお前精神状態おかしいよって泣いて。

はいやそれはおかしくないだって俺が貴方と一緒にいるのはお前で抜きたいからじゃなくて人見知りがひどい俺にも優しくて興味もないだろうに一緒にアメコミ映画観に行ってくれて話聞いてるの面白いって言ってくれたからで

別に貴方監獄戦艦みたいなアへ顔晒して失禁してくれなんて思ったことないって。

言えばよかったのに平謝りしてブラックリリスコレクション全部その場でアンインストールしちゃったことに今でも後悔してる。

DMMアカウントに残ってるからまたDLすればいいけど。

性欲処理と精神的な充足は全く別物で、彼女がいても自慰する事由が男にはあると思うんですけどどうなんだろうな

2017-06-23

透明人間

もし透明人間になれたら何がしたいかな。

俺はやっぱり銭湯に行くだろうな。

ちょうどうちの近所に銭湯があるし。

しか歩いて五分ぐらいの場所だったはず。よし、行ってみよう。せっかく透明人間になれたんだし。

で、喜び勇んで銭湯に行くんだけど、シャッターが閉まって貼り紙がしてある。どうやら潰れてしまったらしい。

参ったな。せっかく透明人間になれたのに。

でも俺はまだ諦めない。たしか隣の駅にも銭湯があったはず。Googleマップで調べてみる。うん、たしかにある。俺は電車に乗って隣の駅で降りて、すぐにまた銭湯に向かった。

あった!でもシャッターが閉まってる。また貼り紙

『浴槽のメンテナンス本日はお休み

ちくしょう、こうなったら意地だ。俺はまたGoogleマップを調べる。隣の駅にもその隣の駅にもそのまた隣の駅にも銭湯はある。でも行ってみたら、すべて閉店になっていた。

足がくたくたになってしまった。閉店ならネットにそう書いといて欲しいよ。銭湯の閉店って、必ず貼り紙で発表しなきゃいけないんだっけ? そうか、電話確認するべきだった。

疲れた今日はもうあきらめて家に帰ろう。俺は駅に向かって歩いた。そしたらロータリーにでっかいバスが停まってたんだ。ボディに横断幕

さくらんぼ狩り御一行様』

俺はふらふらとバスに乗車してみた。中にはお婆ちゃんの団体がいた。とてもにぎやか。誰も俺には気づかない。当然だ。透明人間からね。

俺は空いてる席に座った。バスが発車するとすぐに寝てしまった。目が覚めたら車窓から河口湖が見えた。いい天気だなー。

畑に着いて、俺はお婆ちゃん達と一緒にさくらんぼ狩りに参加。40分間、好きなだけさくらんぼを摘まんで食べた。種は紙コップに吐き出す。茎は引っこ抜いちゃダメ。必ず実だけもぎ取ること。

俺はさくらんぼをたらふく食べた。うまかったー。もう一生さくらんぼはいいや。お婆ちゃん達も満足げ。

帰りのバスでも俺はすぐに寝たけど、しばらくしたら目が覚めた。バスが停まり、お婆ちゃん達がぞろぞろ降りて行った。着いたのかな?俺は車窓から外を見てみる。すでに夜だった。

サービスエリアだ!ここはどの辺りなんだろう?真っ白い建物ライトに照らされて、でっかい窓の向こうにおみやげ売り場やフードコートが見える。

俺もバスを降りた。焼きそばフランクフルトを食べよう。売ってるかな?たぶんあるよな。定番だし。あ、でも俺、透明人間なんだ。じゃあ買えないか

フードコートでたくさんの家族連れがいろんなものを食べてる。いいなー、ソフトクリームうまそう。

テラステーブルに女の人がひとりで座ってる。誰かを待ってるみたいだ。あれ、なんか見憶えがあるな。俺はゆっくりと近づいた。

うわ、昔の恋人!ずっと昔の、ほんっとに大昔の、やばいぐらい昔の、初めて長く付き合った恋人。お互い大学生で、俺は彼女下宿先に転がり込んで、そのまま四年間同棲したんだ。

で、卒業と同時に別れた。なんで別れたんだっけ?たぶん俺が愛想を尽かされたんだよな。

あの時はごめん。ふたりとも学生はいえ、俺がやってることは完全にヒモだった。生活費もろくに入れなかったし。

君は料理が得意で、毎日作ってくれてたけど、当たり前のように思ってたよ。あれ、すごいことだったんだな。今は自炊してるからよくわかるんだ。

君は今、幸せなの?相変わらずきれいだね。俺はいちど結婚したんだけど、それも失敗しちゃって...。

俺は必死彼女に話しかけるんだけど、その声は絶対に届かない。透明人間から

俺はため息をついて空を見上げる。満月だ。まだ付き合いたてのころ、ふたり公園散歩してるときに見たのと同じやつ。

俺は彼女にもこの月を見て欲しいんだけど、教えてあげたいんだけど、どうしてもそれが出来ない。透明人間から

ところで君はこんなところで何してるの?誰かを待ってるの?

もうじきバスが発車してしまう。帰らなきゃ。いつまでもここにはいられない。ああ、透明人間じゃなければ君に話しかけることができたのに。最悪だー。

なーんてことにはならない。だって透明人間になれるはずがないから。

俺はくっきりと存在してるし、君もどこかでくっきりと存在してる。よかったー。

2017-06-16

無関心になりきれない

どうしようもない妄言誰にも言えないのでここに流す。

  

数年前に別れた元彼が最近結婚した。

  

お互いがほとんど初めての恋人で、高校大学にかけて4年間付き合った。

貯金仕事も車もない学生時代にたくさんの思い出を作ったかけがえのない人だったし、

大学下宿を始めてからはすっかりヒモになって精神的にも経済的にも消耗させられたどうしようもない人だった。

どちらも本当のことで、彼と付き合った事実は「良い思い出」であり「時間お金無駄」だった。

  

彼とは最後の1ヶ月間で急速に(?)連絡がつかなくなり、1度も顔を合わせない日がどんどん増えて、

それでも無理に誘い出して一緒に出かけても露骨につまんなそうで帰りがけに自分趣味の場へ足早に直行され、

前までなら自然に一緒に過ごしていた場面で私のことを避けていると確信した日があり、

別れたいという気持ちを伝える労力すら惜しまれていると悟ったので私から話を切り出したら、

「好きなことをしている時間が長くなって、もうあなたに興味がなくなった」と言われ、別れに至った。

  

私は趣味と同じ秤にかけられて切り捨てられたのか、と悲しくて仕方なかったけど、

引き止めても無駄なことは明白だったので「わかりました」の一言で縁を切った。それきりだった。

  

彼が新しい恋人からプロポーズを受け、入籍を控えていると共通の友人から聞いたときは「なんで?」と思ってしまった。

なんで結婚しようと思えたんだろう?

その恋人のことが心配だった。そいつあなたに対しては一生誠実でいてくれるんですか?いきなり興味を失って離婚を切り出してきませんか?

生活能力皆無だったし、他人の家に入り浸るくせに実家同然の暮らしを求めて憚らなかったけど、一緒に家庭を運営してくれそうなんですか?

たとえば両親の介護必要になったときも、協力して取り組んでくれるんですか?

  

私は幸い、彼と別れてからそう経たないうちに、とても信頼できる相手出会たか結婚したけど、結婚生活は「面白くも素敵でもない時間」との対峙の方が圧倒的に長い。そういう時間を一緒に過ごせるかどうかの方がきっと大切で、「好きなことをしている時間」ばかり優先していたら立ち行かないのだ。

たかだか数年でそんな生活選択できるようになるほど人格が変わるものなのか?

  

無関心になりきれない。

  

だって私は知っているのだ。彼の死ぬほど嫌な部分を。彼にされたことを覚えている。

彼の周囲の人間がどれだけ彼の結婚を祝福し、慕っていようと、私には彼と顔を合わせたら突き刺してやりたい言葉がたくさんある。

彼の妻になる人は今それを知らない。

私にとっての事実過去のもので、彼女がこれから幸せ結婚生活を送れるのならいいけれど、

私の想像どおり彼の根本的な人格が変わっていないのだとしたら、これから知ってしまうことになる。

  

けど私にはもう関係のないことだし、これについて感情を動かす道理だってない。今こうやって言及してるのもすごく嫌だ。

こういう類の感情支配されて実際に相手に連絡を取っちゃったりしてないだけマシだとは思うけど、そもそも考えないようにすればいいのに全然コントロールできていない。

私が彼から見えない場所で「私はお前をクズだと思っている」という事実を取り下げずにいても彼の生活はびくともしないのに、いつまでたっても陰湿攻撃的な気持ちが無くならないし、「私の結婚幸せだがお前の結婚はお前が原因で破綻する、クソ」と無意味に踏みつけ続けている自分がいる。

  

  

から共通の友人を通じて「遅くなったけど結婚おめでとう、僕ももうすぐ結婚します」という伝言があったとき、うっかりその友人に上のようなことをグチグチ言ってしまい、不要に彼の悪口を漏らす形になって最悪だった。

私と彼のどちらかが共通コミュニティを去らないかぎり一生こういう状態が続くのかと思うといやになるし、接点がなくなったとしても彼のことを憎む気持ち自体は当分なくならないんだろうなと思う。

  

この気持ち一言で表すなら「成仏したい」とかそんな感じだ。

  

なんか、ある朝目覚めたら彼の記憶だけきれいさっぱり無くなっていてほしい。

2017-06-08

俺も性暴力やってたわ

昨日のsession22で性暴力の話をして

増田の俺が学生の時を思い出した。

俺はその時、彼氏がいた。

数ヶ月付き合ってハグキスもやった。

でも彼氏はそれ以上を求めた。

ある日、彼氏は誰も居ないので花畑のベンチの上でジッパーの中から股間のイチモツを出していた。立派な屹立という言葉にふさわしいイチモツ

それにびっくりした俺に気づいたので

彼氏ジッパーの中に収めた。

ジッパーの中の屹立はまだ収まってない。

何を思ったか、俺はズボンの上からその屹立をしごいた。その持ち主は衝撃を食らったがそのまま止めようとせずジッパーの中でフィニッシュした。

フィニッシュの時は驚いたが、その後にニンマリして私に素股をした。もちろん二人とも服着てたけど。

その後彼は下宿フィニッシュ塗れのパンツを洗ったのだろう。その後すぐに恋人をやめた。

暴力というのは性器挿入や性器等の触りだけではない。この件もそうだろう。

そう思うと自分の若き日の愚かさをかみしめざるを得ない

2017-05-15

大金投資されたのに人生詰んだ

大学四年。

一年の時に環境の変化について行けず引きこもって殆ど単位が取れず。

二年三年で何とか挽回してなんとか今年度でギリギリ卒業出来そう。

とは言え単位習得就活の両立は無理ゲー過ぎるのでまともな就活が出来ないが、就活エージェントを使ってなんとかやっている。

しかし、単位ギリギリ過ぎて卒業見込証明書が発行されない。あと2単位必要らしい。

確かに単位はカツカツだ。今年度フル単でも卒業要件+2単位しかない。しか資格課程での単位を足せば14単位は余る。卒業出来る見込みは十分ある。

だが、規定卒業見込証明書を発行してもらえない。これではただでさえまともに進められない就活が完全に終わってしまう。

そんなに裕福な家ではないけれど大学いかせてもらった。下宿もさせてもらった。かなりの金額自分投資されている。それなのに自分に待っているのは学歴不問の高卒でも入れる会社か、フリーター

もうどうすればいいかからない。とにかく親に申し訳ない。人生ってこんな感じで終わるんだなっていうのを実感している。どうすればいいかからない。もう嫌だ。

2017-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20170512194227

トランバックありがとうございます

Uターンを考えた時期がきっと遅かったのがいけなかったんですよね。

家族が倒れて実家下宿先を行き来してた経験から、何かあったときにすぐ支えになってあげたいと思い決めました。)

インターン大学県内で3週間ほど。(中途採用しかないのでそのままとはいきませんでしたが)

いわゆる解禁の前から企業調査はしてたんですけどそれも多分甘かったと思います

ここでうじうじしててもしょうがないので前を向いて頑張ろうと思います

2017-04-21

二留大学生死にたいです

死にたくても死ねない日々が続いていて苦しい。

私は現在大学2年生だ。1年留年している。さらにこれから2留することになる。

なるべく簡潔に言えば、人生がどうにもならなくなったか死にたい

高校生の頃の私は自分で言うのは少し恥ずかしいが成績優秀で、首席卒業した。好きな学問があって、大学教科書レベルの本を3年間で独力で読破した。

ところが大学に入ってからは周りに優秀な人が多く、また苦手な学問に直面してしまい、挫折してしまった。好きだった学問苦痛になってしまった。

その上いじめ経験したせいか人と会話することが怖く、学校に行きいわゆる「イツメン」と会話することが苦痛で仕方がなかった。

やがて周囲や理想自分とかけ離れていく自分が嫌いになり、自殺未遂をした。

幸か不幸かそれは失敗し、精神科に通うことが決まった。

精神科に通う傍ら、自分を変えるために自己啓発本認知行動療法などを試したが、どれも自分には向かず、そうこうしているうちについに限界が来てしまった。

それは前期期末試験の日だった。一切体が動かない。文字が読めない。

前期試験の間私は寝込み続け、そうしてなんとか憎い両親に嫌々ながらも自分の状況を伝えた。休学の許可を貰うためだ。

両親は私の説明を全く聞いていなかった。あろうことか「そんなことで休めるなら俺だって休みたい」「こんなことで甘えてちゃ生きていけないよ」

両親は人の話を聞くどころか八つ当たりをしてきたのである。この発言は両親への信頼をゼロにするには充分だった。

その後精神科医説明で両親はあっさり納得した。この親どもはハナから私の気持ちを聞く気などなかったのだ。

休学が決定したあとはゆっくり休みをとったが、両親の頼みでバイトをしたのは間違いだった。このバイト先でも私は嫌がらせを受けた。

そうこうしているうちに休学期間は終わり、学校が始まった。ところが私は学校には行けなかった。行こうとしても体が動かないのだ。

授業が始まって一週間、学校には行けず、履修申告もできず二留が確定したので首吊り装置を組み立てた。ところが死ぬ時の苦しみが怖くて実行できないまま時間けが過ぎていった。

学校サボり続けていれば勿論学校から親に連絡が来る。合鍵を持った親が下宿先まで来てしまった。

そして首吊り装置を目にし私を叱り、精神科に引きずっていった。

精神科医判断で私は自宅療養をすることになったが、正直苦痛で仕方ない。

毎日のように「どうしてあんなことをしたんだ」と説教してくる。休学の相談をしたときに人の話を全く聞いてくれなかった人に相談をする馬鹿がいると親は思っているのだろう。馬鹿はお前だ。

自棄になって髪の毛をズタズタに切った。ソシャゲに大量の課金をした。死ぬしかないと自分をここまで追い込んだのに、まだベランダから飛び降りて痛い思いをするのが怖くて死ねない。

もう生きていたってどうにもならない。二留なんてどこも雇ってくれる訳がないし、そもそも卒業なんてできない。バイトはグズで気の利かない自分には無理だ。

だれか私に死ぬ勇気をください。

こんなこと書いて他人に励まされようとしている自分気持ち悪い。人の気を引こうとしている自分気持ち悪い。自殺するする言ってどうせ死なないんだ。甘えに決まっている。構ってちゃんクズ私め、早く死ね

ここまで読ませてしまってすみませんでした。

2017-04-17

大卒贔屓はやめにしませんか

まず、問題として

今はバブルとは違うということを認識していない老害が多すぎる。

どういうことかというと、バブル時代は全体的に収入が高かったからどの家庭でも親父の収入だけで一家が飯を食えて学費下宿代も払えていた。

から大学に通うかどうかは頭や能力の差でしかなかった。だからこそ大卒が一つのブランドになり得たというのは理解できる。

でも、世帯年収が低くなった現在一家が飯を食えて学費を払えて下宿代を払える余裕なんてない家庭も増えた。

そんな状況で大卒ブランドにあまり価値がないわけ。

極端な話、旧帝大に入れる高校生でも経済的理由から就業を選ぶケースもあるわけだ。

でもこれを理解せず、大卒ブランド価値があると思い込む老害はまだまだ多い。

いや大学で学ぶ事が大事なのだと言うかもしれないが、

果たして大学で学んだことを活かしている社会人はどれだけいるだろうか。

専門職マネジメント職でない社会人会社必要知識大学でなくOJTで身に付けたんじゃないだろうか。

大卒贔屓はそろそろやめにしませんか。

2017-04-07

仕送り8万5000円はキツイと思う・・・

首都圏私立大学下宿生の平均仕送り額が8万5000円らしいが、これで生活するのは相当キツそうだ。

家賃でまず5万円くらいはなくなると、3万くらしか残らん。。

スマホも当然持っているだろうからそこから1万くらいは飛んでいくし。

自分は親が裕福だったこともあり、仕送り17万円貰っていた(家賃込)。

おかげでアルバイト殆どしなくて済んだけど、別に贅沢三昧が出来るような感じではなかったし、

ちょっと遊ぶだけですぐに金欠になってしまった記憶がある。

学生アルバイトだと時給1000円くらいだから月5万円稼ぐには50時間くらい働かないといけない。

結構時間生活していくために使わなければいけないのかな。

地方から東京私立大学に行けるだけでもそこそこ余裕のある家庭じゃないと無理だと思っていたけど、そんなに余裕は無さそうだ。

「金はないが時間がある」のが大学生だと思っていたけど、「金も時間も無い」のが今の大学生なのか・・・

2017-04-04

警察女の子の尻を触っていた思い出

http://www.keikubi.com/entry/2017/04/03/070000

このブログを読んで10年くらい前にやっていたバイトを思い出した。

大学生の頃、管区警察学校の中にある居酒屋バイトをしていた。別に警察に興味があったわけではなくただ下宿から近かったので。

なぜか学校敷地内にいくつか居酒屋があって、そのうちの1つで働いていた。お客さんは20代後半〜40代くらいの警察官のみ。みんなジャージだったような気がする。バイト夕方だけだったのでよく分からなかったが日中は座学の他に走ったり剣道柔道をしているようだった。(居酒屋のそばに武道場があった)

働いていた当時は理解していなかったが、今調べたところ「管区内各県警察の中堅幹部職員、管区機動隊、広域緊急援助隊等に対する教育や訓練を行うための学校」だそうだ。

1年くらい働いていた中で一度だけ、女の子が客にお尻を触られた事件があった。自分はいない日だったんだけど、毎日働いてるパートのおばちゃんに聞いた。警察なのに尻触るんかい?!って思ったよね。まぁそれだけなんだけど。事件としては女の子が悲しみ、パートのおばちゃんが憤慨しただけで終わりです。

お酒の飲み方は、普段は3〜4人とかで普通に飲んでるんだけど、しょっちゅう大勢での宴会をしていた。多分クラス単位で、20〜30人くらいだったかな。

なんかコールみたいなことをして飲んでいた。大学生みたいなやつじゃなくて、管区の部署地名かよく分かんないけどそれを節をつけて一人で大声で全部言う、途中で間違えたら一気飲み、みたいな感じだった。全員がやらされてる感じではなかったと思う。

他に覚えてるコールみたいなのは、なんかやたらと「橋本聖子!パパンパ、パンパン!(手拍子橋本聖子!パパンパ、パンパン!」となぜか橋本聖子連呼してたのと、「(なんちゃらかんちゃら)イナバウワー!」と叫んでおじさんが上体を反らしていたこと。他にも流行り物が色々取り入れられていた。これは普通企業でも一緒なのかもしれないけど。

とにかくノリが体育会系で、こういうノリが嫌いな人にはなかなか辛そう、というか無理そうだと思っていた。

2017-03-31

就活について覚えていること/考えていたこ

 自分就職するのだな、というのが決定的になったのは、大学三年の正月帰省したときだった。そのとき姉は子どもを身ごもっていて、結婚式の準備を進めている時期だったと思う。両親の住む実家はいつになく浮き足だっていて、居間に鎮座した年代物のコンポが機嫌のよい音楽を流しているのを何年ぶりかに聴いたりした。この雰囲気だったら言っても大丈夫だろうかと思った。家に着いたその晩、おそらく姉の結婚式やお腹のなかの子ものことをしばらく話したと思う、そのあとに切り出した。あのさ、大学院に行きたいっちゃけど。

 予想外に、部屋の空気が一瞬で凍りついたのを覚えている。両親は言葉を発さず、コンポから流れる陽気な音楽荒井由実セカンドアルバムの六曲目、あなただけのもの、)がいっきに、なにか強烈な、皮肉めいた疎外感のようなもの演出する異物となって浮き上がった感触があった。しばらくして、母が重々しく口を開いた、なん言いようね、そげんお金なかよ。大学院てなんね。行ってなんすると。もとより自分も、大学院で何か研究したいことがあるわけじゃなかった、研究というのが何をすることなのかもよく分かっていなかった。ただサークルや何やで接する先輩たち、自分より二年間長く学生でいられる、その二年間は就職せずにいられるひとらのことがうらやましかった。その程度の動機だったから、突如として部屋に現れた重苦しい空気を前にして、うっかり声に出した気持ちは途端に冷え切り、しぼんでいった。なんでんなか、分かった。話を逸らすような話題もなく、アルバムが次の曲に行ってしまうまえに居間を出て階段を上がった。あのコンポ音楽を流しているのを聴いたのはそれが最後だったと思う。

  *

 就活はいろいろな街へ行った。下宿していた福岡から、十分な交通費支給されるとき新幹線飛行機LCCはまだなかったから、スカイマーク)で行き、そうでないとき夜行バスで行った。その土地の知人に当てがあれば泊まらせてもらうときもあり、ネットカフェに泊まるときもあった。神戸三宮とか東京蒲田とか、そのころネカフェに泊まったっきり訪れていない街がいくつかある。

 就活にかかる交通費は多くの同級生にとって悩みの種だったと思う。専攻柄、東京一極集中したメディア広告出版関係企業を受けるひとが多かったせいもあったか、とにかくいか交通費破産せず就活を乗り切るかはひとつ重要テーマとして共有されていた記憶がある。自分もそんなに多くの交通費を出せる状況ではなかったので、受ける企業の数をかなり絞っていた。当時の就活サイト提唱する標準的エントリー数は二十社くらいだったけれど、自分は十社も受けなかった。それでも度重なる関西関東への移動はそれなりに負担で、特に東京会社選考が進むたびに片道半日以上かかる夜行バスを往復するのは楽ではなかった。

 夜行バスが発着するのはたいてい新宿西口だった。あるとき、行きのバスに乗っていた添乗員さんと、帰りのバスでも鉢合わせたことがあり、乗り込みざまそのひとが、就活ですか、がんばってね、と声をかけてくれた。あのひとはたぶん、その数日間だけじゃなくてずっと、何十往復も、あの片道半日はかかる夜行バスに乗りつづけていたのだと思う、いまも乗りつづけているかもしれない。西新宿ビル街を歩くと時々そのことを思い出す。

 支給される交通費収入を得るモデルを立てていたひともいた。関東実家や知人のところに滞在しながら、東京会社をたくさん受け、それぞれの会社に対して福岡東京間の交通費申請して利益を得る手法だったと記憶している。あるいは近場であれば、実際には18きっぷで移動しながら新幹線のぶんの交通費を出してもらう方法もあったらしい。これは静岡会社大阪から来ていた子が教えてくれた。会社でいっしょに最終面接を受けたあと、内々定をほのめかす説明会から帰るバスの中でのことだった。その子はすでに他社から内々定を得ていて、ほんとうはそちらに就職するつもりだと言っていた。第一安倍政権ときで、少なくとも経済政策はうまくいっていて売り手市場だったから、そのように交通費収入を得る目的で、実際には就職する気がない企業内々定までを得る学生はその子だけではなかったと思う。二年後にはリーマンショックが起こって、ふたたび新卒市場氷河期を迎えた(らしい)。もし自分大学院に進み、二年後に就活をしていたら、たぶん学部とき受かったところには受かっていなかっただろう。

 職を得るためにスーツを着ることは苦ではなかった。それは公立小学校から高校までをずっと制服で通わなければならなかったのと同じ程度の義務だと思っていた。大卒でそれをしなくてよい人生がどういう仕組みで成り立っているのか、そのころさっぱり想像がつかなかったし、いまでもその仕組みを十全に理解しているとはいいがたい。いずれにせよ、そうしたもの自分には関係のない、自分に与えられた生の可動域からは逸脱するものだと思っていた。もちろん、自分を取り繕って面接官に良い顔をすることとか、所与の経歴と志望動機矛盾なく有効に繋げる作業会社ごとに行うこと、そうした虚飾じみた行為への疲れはあった。リクナビみん就サイトを見るのも好きではなかった。けれど仕方のないことだと思っていた。ほかに生きられる道があるとも思えなかった、だからメンタツも読んだ、SPIも受けた、そうこうしているうち、他人自分矛盾なく説明するために用意したぎりぎり嘘でない物語の数々は、徐々に内面を染めかえ、自分なかに元々あったそれらと区別がつかなくなっていった。照明がおとされた夜行バスの車中で、自分は眠れずによく手を組んで、いろいろな願いごとをしていたけれど、どうか今度の面接が通りますように、内定が取れますように、そういうこともふつうに願った。

  *

 先日、はじめて海外旅行に行った。羽田から仁川経由でニューヨークへ向かう機内の十数時間体験しながら、ああ、これは博多から東京まで夜行バスでかかったのと同じくらいだなと思った。

 夜行バスに乗っていたとき自分にとって、海外旅行宇宙旅行も似たようなものだった。どうせ行けないのだから費用や行きかたなんて調べても意味のない、視界に入れたってしょうがないもの。行けるわけのない外国の遠さよりも、見慣れた田んぼ、そこにある変わらない暮らし、そういったものに思いを馳せるようになるのは、そのとき自分にはごく自然な成り行きだったと思う。だから新宿の街も好きではなかった。東口ネットカフェに泊まったりから歌舞伎町銭湯に入ったりする小旅行を、楽しんではいたけれど、駅の通路浮浪者排泄物のにおいが漂っていたのを強烈に覚えてもいた。長く住むところではないと思った、その都市に、けっきょくいまは福岡下宿していたのよりもずっと長いこと住んでいる。

 去年はじめて実際に調べた、二月のヨーロッパアメリカへ渡る往復航空券の値段は、盆や正月ラッシュのなかを新幹線実家に戻るのと大差がなかった。どうせ行けるわけがない、他に選べる道もない、と見過ごしてきたものごとの数を考えた。けれど、そのときはたしかに、それが自分の視界に映るもののすべてだった。その視界が十分に広くなかったとして、いまを測るための物差しとしては省みることかもしれない、けれど責められるものではない。いまとむかしの自分は違う、同じものでない、そのことは互いの存在を妨げない。一応は自分お金大学院を出て一年が過ぎ、将来の自分から先借りしているお金を返しはじめて半年が過ぎたいまはそう思っている。

2017-03-01

ビジョンってなんだよ

大学も3回生になり、下宿先のおじさんや知り合う年上の方々から将来のビジョンについて聞かれる。

正直そんなものはない。進学した大学が名の知れた大学なだけであって、それだけで未来が明るいだの勉強できるんでしょう?って聞かれるのもしんどい

たまたま子供の頃からそれなりに勉強ができて、たまたま中学高校と進学した学校進学校で、まぐれで海外大学に進学できただけ。

から将来の夢なんてなかった。新しい環境に移れば、何かが見つかると思った。

いま生まれて初めて、精神系の病気にかかった。自律神経失調症だってさ。

将来の夢なんてないよ。ただ、楽にヘラヘラして暮らしていたいだけ。それの何が悪い

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