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はてなキーワード: ネットブックとは

2021-11-27

はてなーって安いキーボードタカタしてそう

はてなでも高級キーボードとか、自作キーボードとか語られたりはするけれど、

はてなーってケチな者にこだわらないオッサンもそれなりに多いから、

未だにデスクトップ付属の安くてボロボロの汚いメンブレンキーボードでカタカタしてそうなイメージある。

それか、ネットブック流行った際に買ったやっすいネットブックパンタグラフキーボードとか。

物にこだわらないどころか、ただ単に貧しさ故に攻撃的なブクマする感じが漂ってくる奴多いし。

2021-11-10

anond:20211109132706

沢山書いたやで

 

実名主義

80年代末まで偽名でも銀行口座が開けた。だから複数社会的人格を持って経済活動する事ができた。

職場旧姓を使い続けても問題無かった。1986年米国マネロン規制法、その後1990年までに国際的取決め、日本もそれに倣い口座の実名証明必須になり社会でも実名主義が当然になった。

 

MDMAエクスタシー)の不使用

MDMA非合法化されたのは1991年頃(うろおぼえ)。クラブシーンやレイブパーティでは当たり前に使用されていた。

心臓発作を惹起する為に規制m.o.v.e.のmotsu所属していたMORE DEEPの曲には「エクスタシーをキメていた頃」というフレーズがある。

 

マリファナの不使用

90年代クラブではマリファナ普通に喫われており、自分は使わなくても中に居ると副流煙景色がとろけてくる、肉体遊離感が起きるというのは当たり前だった。また自衛隊員米兵経由で入手する者がおり、除隊後に北海道野生パカロロツアーとかアムステルダム飛びツアーなどを企てる人もいた。

 

・式場での結婚式

1970年代からブライダル産業が隆盛し一般化した。これ以前は神前式キリスト教教会一般的。

団塊世代ロマンチックラブイデオロギーのため。この以前、地方では婚姻自由憲法上の絵に描いた餅であり、親が決めた相手結婚して神前式を挙げるのが当たり前で共同体から排除されないための義務だった。

団塊世代はそこからの逃避の為にフォークソング等でキリスト教式を称揚し、そのニーズに答える産業が発展して定着した。

古い評論を読むと戦中派、戦前派が式場での披露宴に憤っている文章がよく出てくる。

 

公共空間でのマナー

1990年頃まで日本人の公共空間でのマナー先進国ぶっちぎりで最低であり、酔って吐く、道にゴミや噛んだガムを捨てる、タンを吐くなど当たり前であった。終点近くの長距離列車車内はぶん投げたゴミだらけだった。

1990年代に反省の機運が起こり急激にマナーが向上した。

 

外国で旅の恥をかき捨てない

かつて旅の恥はかき捨てで、特に海外での不行跡が酷く日本旅行者特に団体)は眉を顰められる存在だった。

遺跡名前を彫ったり、腹巻で目抜き通りを歩いたり、コンダクター痴漢行為をしたり、名跡で立ち小便したり、売春ツアーをしたり、現地女性に「ハウマッチ」と聞いたりもの凄かった。

これを西洋宗教倫理文化日本恥の文化共同体の外では恥の羈束力は働かないからだ、と説明されていた。

自省により90年代に急速に改善

 

固定電話を初期費用無しで引ける

電話には加入権というものがあり、契約時に設備負担金を払う必要があった。金額は7万円と高い。

この為に電話加入権を売買したり、質に入れるという商売があった。2003年から段階的に廃止された。

 

役所サイトが一日中閲覧できる

森内閣の「IT革命」まで自治体や省庁のホームページは夜には繋がらなかった。これは庁舎内のドメインコントローラWindowsNTサーバIISインターネットインフォメーションサーバー)サービスHP提供していたため。

終業時間になるとサーバルータの電源を落として帰っていた。サイト作成役人趣味みたいな感じで作っていた。

コードレッドワームなどが流行すると当然に全滅。

 

ネットワークプリンタ共有

1998年ごろまでLANを構築していないオフィスというのが結構あった。プリンタパラレルポートで繋がれていたので、このパラレルケーブルを切り替える「プリンター切り替え器」というKVMのような装置が使われていた。

 

・駅のトイレトイレットペーパーがある

駅のトイレにはトイレットペーパーが無く、入口100円の紙販売機があるのでそれを買っていた。

民営化したJRが紙の常置を始め、1990年代前半に他社も倣った。

 

路上駐車車両が無い

90年代中頃まで路上駐車は当たり前に見逃されており、国道などの最左端は駐車車両で埋まっていた。駅近くでは駐車車両タクシー客待ちで二重駐車になっていた。

90年代中ごろに警察取締りを強化して根絶。

 

・TIMESなど時間駐車場

2000年から増える。警察路上駐車取締強化してから10年ほど、駐車場が無いのに路上にとめると必ず検挙という無茶な状態が続いていた。

 

洋室だけの家やマンション

和室は必ず設定されており、末期には3畳の納戸だけが和室なんてケースもみられた。1990年代前半に無くなった風習

 

家電量販店での価格表示

家電量販店が増えて競合で出来るようになると消耗品以外の商品価格は隠され、店員交渉で決めるという風になった。この為に店員電卓を持ち歩き、電卓を叩いて値段を表示した。

客足が減る悪習なので1990年代頃に取りやめられた。

 

スリム自販機

バブル後の都の財政難の打破を喧伝して都知事になった石原慎太郎1999年~)は増収策として無断で道路にはみ出し設置されていた自販機建物看板道路使用徴収を持ち出した。これまで自販機は当たり前に道路にはみ出して置かれていた。

これに対応して既存機の撤去スリムタイプへの交換が進み、他県でもはみ出し設置にならないスリムタイプが標準となった。

 

日本109キーキーボード

以前は富士通系の親指シフト配列を好む人が居たり、電源のオンオフリセットなどの余計なキーが付いている配列があった(誤爆シャットダウン頻出)。

2000年くらいに今の配列に一本化された。

 

プチフリしないSSD

2006年ころに一世を風靡したネットブックSSD一般化したが、最初の数年の製品は数秒に一度ごと動作が止まるなど酷いものだった。

 

会社員就業時間中に中抜けしない

嘗ては電気電話水道など公共料金というのは各社の窓口か郵便局銀行で「公共料金振込用紙」に書いて振り込むものだった。

当然平日3時までしかやっていない銀行会社員が行けるわけがない。

そこで振り込みの為に仕事中抜けするというのが黙認されていた。自動引落設定、コンビニ払いが一般化した1990年代後半頃に消滅

 

飲酒は二十歳から

18才は未成年飲酒できないはずだが、大学生は成人したものと見做され飲酒は黙認されていた。

ゼミ飲み会普通に教授も参加して飲んでいた。警察も何も言わなかった。

 

線路を歩かない

都電ローカル線などでは近道の為に線路を歩いていく人が普通にいた。電車進来時に警笛を鳴らされるが線路わきに避けていればそれ以上の事は何も言われない。トンネルや鉄橋で出くわすと流石に怒鳴られるがそれだけ。ストの時は皆線路を歩いて行く。家の玄関線路に向いている家も普通にあった。引っ越し作業は大変。

90年代中頃に写真撮影する鉄オタの事故連続し、その後厳しくなっていった。

 

飲酒運転絶対ダメ

初代のスーパーカブの取扱説明書などには「ビールコップ一杯程度なら良いが、ウイスキー酩酊するからダメ」と書かれている。

 

・小銭を所持しないで外出

1000円札の読み取り装置一般化したのは1980年代中頃。それまでは鉄道券売機でもバスでも小銭しか使えなかった。

この為、小銭の所持数が足りないとお金が払えないというのが当たり前だった。売店でガムなどを買って両替するのが必要だった。万券を両替する為に少額商品を買うのは喧嘩を売るのに等しく勇気が居る行為だった。常に所持している券種と小銭額の把握は必要だった。

 

一円玉の使用

1989年消費税導入まで物の価格は全て10円刻みになっていて1円玉公共料金以外殆ど使われていなかった。

 

・個室

和風の家の部屋割りは個室という概念が無い為、都会を除いて1960年代までの日本人はプライバシー空間というものが無い生活をしていた。個人あての手紙は親が勝手に開けて読んでいた。

 

個人

家にプライバシーが無く、また会社もイエが準用される社会だった為に「社員プライバシー踏み込む」という感覚が余りなかった。

会社以外の自分」も大事だと言い始めた団塊世代は「個人主義」と罵倒され、80年代世代は「新人類」と宇宙人扱いされた。

オークマンは街で個人空間に浸るものだとして批判対象になった。個人主義はそれ自体罵倒文句だった。

 

大学生勉強する

全共闘運動はあらゆる権威攻撃し、大学の知の権威というもの破壊した。この為その後大学教授というのは学生に対して尊敬されない状態継続。やがて学生は脱政治化したが大学学問には敬意が持たれず、特に文系では学生が誰も勉強せずレジャーランド化した。

90年前後大学改革ICU上智比較文化など厳しいカリキュラムに注目が集まり学生勉強するという当たり前の状態が復活した。

この為に卒業1994年頃を境に知識やモノの考え方で極端な程の違いがある。

 

・様々な塩製品

塩は国家専売品だったので専売公社製造する塩以外の岩塩ミネラル入り塩、胡椒入り塩などは製造販売禁止だった。塩の小売りには国の許可標識の掲出が必要だった。

1985年自由化により今の状況になった。

 

・「メイド喫茶」などの語

メイド」は放送禁止用語だった。基本住込みで働く為、身分制階級制の象徴のような職業であって、戦後身分平等にそぐわないと見做された為。メイドは家政婦と言い換えられ、住込みでなく通勤一般的な「雇用」となった。

一周回ってメイド構造過去帳入りした為に「メイド喫茶」などで使うのが問題視される事が無くなった。2005年頃。

 

・キャノーラ

キャノーラ油の原料は菜種。

米国では菜種油を食用販売することが禁止されている。この菜種油の成分を調整して販売を認めさせたのがキャノーラ油。

米国生産量が増加した後に日本に入ってきたので、一般化したのは1990年代。

 

弁護士事務所広告

過払い金などの広告が出来るようになったのは弁護士法改正された2000年から。それまでは屋号や執務時間などの表示のみ。

但し「勝訴率〇%」のような広告は今でも禁止

 

・夜まで開いてるスーパーデパート

1991年大店法改正されるまではデパート閉店時間はPM6時、スーパー閉店時間はPM7~8時というのが相場だった。更に定休日もあった。

基本的地元商工会意見で決められていた(大店法の定めによる)。これの改正商店街の全滅に繋がった。

 

生ビール

ビール酵母菌により発酵するが、発酵が進みすぎて飲み頃を過ぎると酸っぱくなってしまう。飲み頃に提供するのが生の地ビール

この為ビン缶詰では熱で酵母を全て殺してから詰める必要がある。

1970年代末にサントリーフィルター酵母を除去する製法を開発。飲み屋への営業力を活かしてジョッキ生を広めた。この為初期は生=サントリーだった。後に各社が参入して生戦争が勃発。

から地ビールの生はずっと昔からあったが、全国流通製品生ビールサントリー生が1970年代末、その他の各社は1984年ごろから。因みにサントリー生より生じゃないキリンラガーの方がずっと美味い。

 

サービス残業

バブル期の好景気期に端緒。残業上限規制が導入され36協定があっても残業上限40(80かも)時間/月の行政指導が主に大手企業に行われた。

それまで残業代はフルチャージだったが計算上打ち切るという慣行が発生。それらの会社はタダ働きしてると奇異の目で見られた。

これが平成不況時に残業代は基本支払われずに長時間労働という慣行に変化していく。当初の指導対象外だった中小企業ではずっと残業代フルチャージだったがこれらにも悪習が伝播していった。

 

東京自動改札機

1990年から1970年代にも導入が試行されたことがあるが全く普及せず直ぐに撤去された。例えば地下鉄では1974年開業有楽町線池袋駅だけに自動改札機があり、同駅の入場だけにしか使われていなかった。これも後の1986年頃に一度撤去札幌地下鉄などでは当初より継続して使われていたのと対照的

 

あきたこまちひとめぼれ等の米

1995年以降。それまでササニシキが絶大な人気だったが、冷害に弱く1993年冷夏で全国的な米の不作が発生、大騒動になった。

冷害に強いコシヒカリ系の後継種、あきたこまちひとめぼれが席巻するようになった。

 

バイク駐車違反

駐車違反バイクと車の別はないが、バイク駐車違反2006年まで摘発されていなかった。摘発民間委託してインセンティブを付加し原付まで摘発するようになると店舗駐輪場が無い都心ではバイク移動が不可能になり、バイク市場が干上がる効果となった。

 

大学生の専攻無し

学部でも一部以外では専攻は必ず取るものだったが、1990年代初頭の教育学部ゼロ免課程の流行福祉大などの開学で専攻無しの学生が増加。1990年代後半から

2021-05-19

1024*600解像度ネットブック

ウルトラブックとかネットブックとか2008年前後流行ってたけど、

さすがにこの解像度じゃ今や何もできんわな

2020-12-13

引きこもってるとやりたいことが増えていく現象

学生の頃に歌わされたオー・ソレ・ミオをなんとなくプロ歌声で聞いてみたくなって調べてみたらルチアーノ・パヴァロッティという人の歌声に聞き惚れる。絶対に無理なのはわかってるけどこういう歌い方してみたい。コロナ終息したら声楽教室に行ってみるのもありだろうか。

・9000円で買った中古ネットブックがあまりにもyoutubeを見るのに適してないので昔使ってたmacbookを取り戻してみたいと思いヤフオクを調べていたら2010年macbook proのジャンクが大量にあることがわかった。ジャンクってどういう使いみちあるんだろうと思い調べてみたら複数ジャンクを組み合わせて挙動復元させている動画を大量に発見。めちゃくちゃ面白そう。ハードオフに入り浸ってジャンクいじりしてみたい。

・たまに遊んでいるビートマニアだが、エントリーモデルを使ってるせいか知らんけどチャタリングっぽい挙動がしばしば発生する。とはいえ海外コンは色々とグレーだし何より高いのであんまり買いたくない…と思っていたら自作している人がいるらしい。どう考えてもエントリーモデル使ってたほうがよっぽどましだが、すごく面白そう。arduino勉強してみたい。

ちょっと話題になってた農作アクションゲームを遊びきった。無駄時間かけてトロコン。他に似たようなゲームいかなーと思ったけど俺の中でコレってなるやつが無い。ふと一昔前に使ってたUnityのことを思い出し、じゃあ作ってみるべという発想に至ってそれっぽいアセットをasset storeから探してみたらいい感じにそれっぽいのが見つかってテンション高まる。農作は無理だけど普通アクションなら作れそうだし、Unity勉強ついでに2.5Dスクロールアクションとか作ってみたい。

 

最近、こんな感じで無限にやりたいことが増えていく

2020-09-27

[]

ラズパイも知らないうちにマルチコアになっているようだ。デスクトップネットブックで1時間交代で交互運用しようってことで古いネットブックを取り出してきた。間違いだった。Windows7だとネット接続できないからということでWindows10アップグレード。使い物にならないことが判明。たぶんこの古いネットブック(TDP=5.5ワットシングルコア!!)、最新式のラズパイよりショボい。慌ててLinuxMintにしたけど、それでも糞のようにスロー!!!CLIで動くようにプログラムをいっぱい導入したり、.bashrcをいじったりするのに時間を空費してしまった。おかげでサーバをいじくらないといけないとき拒否反応が軽減されるという思わぬメリットはあったけど・・・出張時にプレゼンやる必要があるなら、ラズパイ公式タッチパネルで十分な気がする。

2020-02-22

anond:20200222174547

あれ何が良いの?

chromiumOSをネットブックに入れたら買わんでいいかと思ってしまった

2020-01-08

anond:20200108173116

システム構成的な意味で制約の大きい安価ネットブックや2画面みたいなイロモノを10年以上使い潰そうというのは情報機器を扱う上で怠惰に他ならんわな

anond:20200108172734

ゆうてwindows7リリース日は2009年だしな。その頃はまだ「ネットブック」みたいなマシンがのさばってたものよ。

二画面ノートPCだってその頃には既に存在してたし、未来がこうなるなんて予想は付かないもんよ。

2019-08-23

anond:20190823105410

メタバーズ(SecondLife等)

メタバー「ス」な。

2009年には既に「ゴリ押しされたけど流行らなかったサービス」の代名詞だった。

しろ今はVRの普及によって見直されている。

P2Pサービス(Winny等)

2009年には既にWinnyは使い物にならなくなっていた。

動画サイト上の違法動画」などに焦点は移っており、P2P自体への期待も萎んでいた。

ネットブック(廉価版ノートPC)

2010年iPad発売でネットブック需要タブレットPCに吸収されただけで

廉価版ノートPC市場としては発展し続けていると言える。

3Dテレビ(3D映画のようなものを自宅で見られる機器)

映画アバター」の公開が2009年末なので、

2009年時点で3D映画未来を感じていたなら少し早すぎる。

こちらもVRの普及でむしろ再注目されている。

AR技術(この時代QRコードのようなマーカーを使う方式だった)

順調に発展してきていると言えるのでは。

(発展の速度が遅いという感覚はあるかもしれんが)

RSS Reader(LDRクラウドファンディングで生き残るべきだった)

当時も既に枯れた技術未来という感じではなかった気がするが

完全に廃れてしまったのは残念なところ。

anond:20190823105410

P2P仮想通貨になって世界を混乱に叩き落としたし、ネットブックタブレットの登場によってより未来アイテムに置き換わっただけじゃない?

3DテレビVRコンテンツとして上位のものが出てきてるし、ダメだったわけじゃなくて、陳腐化くらっただけじゃない?

anond:20190822233353

2009年のあの頃、未来を感じていたが結局駄目だった技術たち

 

メタバーズ(SecondLife等)

P2Pサービス(Winny等)

ネットブック(廉価版ノートPC)

3Dテレビ(3D映画のようなものを自宅で見られる機器)

AR技術(この時代QRコードのようなマーカーを使う方式だった)

RSS Reader(LDRクラウドファンディングで生き残るべきだった)

2018-09-25

ぼく将、開発はSSH作業WSに入って全部やるので古代ネットブックダム端末的に使って大満足

(ただしXが死ぬほど遅い)

2017-12-08

新しいサブノートPC検討してみる

用途

ExcelWebブラウジング程度の軽作業

使うとき毎日持ち歩くが、使わないときは数ヶ月単位で使わない。

今使っているもの

VAIO Duo 11

CPU:Core i5-3317U

バッテリ:実働3.5時間(劣化して2時間くらい)

メモリ:8GB

SSD:128GB

画面:11.6"フルHD

重量:1.3kg

Surface Proが出る前後タブレットPC

やや重く、タブレットとしては使いものにならない。

といってもタッチパネルマウス代わりによく使う。

これの前に使っていたのはT91MT(ネットブック+タブレット)。

買い替え理由はバッテリが完全に死亡したことだが、Webブラウジングすらきつかったのでスペックを上げた。

新しく欲しいもの

バッテリ:実働3.5時間(劣化して2時間くらい)

メモリ:4GB~

ストレージ:128GB

画面:10"~フルHD

重量:~1kg

価格:5万円前後

バッテリが劣化するのはどうしようもないので、価格とバッテリ持ち重視で数年で使い潰す。

別にタブレットでなくても良い。

該当するもの

ideapad Miix 320

メモリ:4GB

ストレージ:eMMC64GB

画面:10.6"フルHD

重量:970g(本体590g)

わりとネットでも評判が高い。

利点
欠点
評価

まだ物足りない。

あと数世代後なら完璧ものが出てきそう。

2017-02-19

USB Type-C、USB3.0問題を整理する、WiFi/Bluetooth問題を解消しよう | Windows 高速化,EeePC,ネットブック カスタマイズ・改造・便利なオプション紹介

http://eeepc.dnki.co.jp/?eid=1106893

理論よりも、

そこまで機器を揃えておきながら

実際の動作検証レポートが無い点が悔やまれる。

というわけで誰か実践レポよろ。

2016-03-19

Windows Updateのせいで使い古しのネットブックを捨てざるを得なくなった

自動車とか家電とか食品とかで「安全性に重大な欠陥が見つかりました」だとリコール騒ぎになっていろんな方面から叩かれるけど(e.g. 三菱自動車FF式なんちゃら、ぺヤングetc.)

なんでソフトウェアって製品にはじめから脆弱性が含まれるのがあって当然みたいな扱いになってるの?

あとからいつでもオンライン更新できるからって甘えてるのでは?

2014-08-15

The history of mobile computer

1989年東芝が発売したDynabook J-3100SSが世界最初ノートパソコンである。すぐにNECが続き、1990年代になると、IBMとアップルが参入、東芝アップル、IBMが次々に新機能を加え、1995年頃には、現在ノートパソコン標準的機能の原型が完成した。

1990年代中頃から国産各社が参入、先行各社は新機種シリーズを展開した。また、インターネットが普及し、モバイルコンピューティングが盛んになった。それにより、ノートパソコンが急速に使われるようになり、2000年にはノートパソコン出荷台数デスクトップパソコンを追い越した。

2000年代を通して、小型化、軽量化、高機能化、省電力化が進んだ。2000年代末には、iPad代表される新しい形態携帯機器が出現し、ノートパソコンと競合するようになってきた。

とかくパソコンの分野では日本企業の低迷が指摘されるが、ノートパソコンの分野では、東芝代表される日本企業業界を先導したきたのである。少なくとも1990年代まではそうであった。ところが、2000年代になると、ノートパソコンパソコンの主流になったのに、日本企業の優位性は低下してきた。それを挽回する手段を講じるべきなのか、あるいは陳腐化したこの分野は中国等に任せて、日本は新分野を開拓すべきなのだろうか。

1980年代中頃:ラップトップパソコン

ラップトップとは「膝の上」の意味であるが、デスクトップパソコンより小さく、ノートパソコンよりも大きいサイズパソコンを指す。携帯可能であるから、これを含めてノートパソコンということもあり、その境界は厳密なものではない。

1984年 NEC PC-8401A

1985年 東芝 T-1100 海外のみで発売

1986年 東芝 T-3100 日本ではJ-3100

1986年 NEC PC-98LT

(PC-8401Aのほうが早いのだが、電池フロッピーなどが外付けなため、一般にはT-1100が世界初で、PC-98LTがNEC初だとされている)。

T-1100の仕様を示す

・CPU:80C86(16Bits)、5MHz

メモリ:最大512KB

ディスプレイ:80文字×25行(640×240ドット)

・外部記憶:3.5インチFDD内蔵(720KB) 。ラップトップでは世界初のHDD内蔵

キーボード:83キーフルストローク

電池:ニッカド電池、8時間の動作可能

IBM-PC互換

サイズ:310(W)×300(D)×67(H),4kg

1980年代末:最初ノートパソコン

最初ノートパソコン1989年に、世界に先駆けて日本で出現した。

1989年 東芝 Dynabook J-3100SS

1989年 セイコーエプソン PC-286NOTE

1989年 NEC PC-9801N

発表はPC-286NOTEのほうが先だったが、出荷はJ-3100のほうが早く、しかもヒットしたので、一般的にJ-3100を最初ノートパソコンだとしている。なお、PC-9801Nはやや遅れて出荷されたが、これにより「ノートパソコン」という用語が広まったといわれている。

J-3100SSの仕様を示す

・CPU:80C86(16Bits)、5MHz

メモリ:最大3.5MB(標準1.5MB)

ディスプレイ:ELバックライト液晶

・外部記憶:3.5インチFDD内蔵(720KB/1.2MB)

電池:2.5時間使用可能なバッテリパック

・電源リジュー機能提供ジャストシステムATOK7のROM搭載 ・AT互換機

サイズ:310(W)×254(D)×44(H),2.7kg)

1990年代前半:IBM・アップルの参入

1990年代に入ると、IBMとアップルノートパソコンに参入した。1990年代前半の特徴のある機種を列挙する。1995年頃には、現在ノートパソコン標準的機能の原型が完成したといえよう。

1990年 東芝 DynaBook J-3100 SS02E 世界初のHDD搭載

1991年 NEC PC-9801NC 世界初のTFT液晶16色、TVチューナー

1991年 アップル PowerBook 170 世界初パームレストトラックボール

1991年 IBM PS/55note 5523-S IBM初のノート。VGA解像度640x480(他社は640x400だった)

1992年 東芝 DynaBook 486-XS 世界初のTFT液晶フルカラーVGA

1992年 東芝 DynaBook EZ ワープロ表計算などアプリケーションをROM内蔵

1992年 IBM ThinkPad 700C 当時最大級の10.4インチTFTカラー液晶世界初トラックポイント装備

1992年 IBM ThinkPad 220 世界初のサブノート。重さ 1kg、単三乾電池駆動

1994年 東芝 DynaBook SS433 世界初のFDD内蔵B5版サブノート

1994年 IBM ThinkPad 755 内蔵型CD-ROMドライブ搭載

1994年 アップル PowerBook 520 世界初トラックパッド採用

1990年代後半:国産各社のノートパソコン参入と普及

1990年後半には、国産各社がノートパソコン分野に参入、先行各社も新シリーズを展開して、現在でもポピュラーな機種名が出揃った。ノート型は、デスクトップ型に比べて割高であったが、モバイル環境での利用が盛んになったこと、オフィスや家庭での占有面積が小さいこから人気が高まり2000年にはノートパソコンデスクトップパソコン出荷台数を上回る状況になった。

1995年 富士通 FMV-BIBLO リチウム電池採用プレインストールソフト多数

1995年 シャープ Mebius CD-ROM内蔵

1996年 IBM ThinkPad 560 2kg以下の軽量

1996年 東芝 Libretto 20 世界最小・最軽量(840g)のミニノート

1997年 ソニー VAIO NOTE 505 B5サイズモバイルノート

1997年 パナソニック LetsNote AL-N2 光学トラックボール搭載

1997年 三菱電気 Pedion A4で当時画期的最軽量(1.45kg)最薄(18mm)

2000年代前半:小型化、軽量化、長動作時間化の競争

2000年代になると、パソコンの主流はノートパソコンになり、パソコンでの関心はノートパソコンが主になる。ノートパソコンは、本質的モバイル環境での利用である。そのための軽量化や小型化競争1990年代後半から活発であったが、2000年代になると、長時間充電せずに利用できること、立ち上がりの時間が短いこと、堅牢性や耐久性に優れていること、さらにはデザインへの要求など、多様な品質での競争になってきた。

筺体の軽量化

軽量な素材を用いながら堅牢性を高めるため、ハニカム構造など設計上の工夫が進んだ。

スリープ機能の高度化

パソコンを使用しない状態での省電力技術であるスリープ/スタンバイ機能は従来からあったが、インテルによるディープ・パワー・ダウン・テクノロジやASUSTeK ComputerによるExpress Gateなど、新方式が開発された。

SSD(Flash Solid State Drive)

SSDは、フラッシュメモリを発展させた記憶媒体で、HDD(磁気ディスク)と比較して、機械部分がないため、小型化、省電力化、高性能化が重要ノートパソコンに適している。しかし高価格である2004年から注目されるようになり、2000年代後半には高級機に採用されるようになった。

ノートパソコンの製造には、小型化や低電力化などの高度なな技術が求められので、日本企業に適した分野であった。ところが、低価格競争が進むのに伴い、台湾中国などで生産するようになった。それが、2000年前後から、現地企業技術向上により、現地企業生産だけでなく設計委託するようになり、独自のパソコン事業から撤退するようにもなってきた。そのため、日本国内生産している製品は、特に高度技術要求される小型の高機能パソコンに絞られるようになってきた。

2000年代後半:ノートパソコン多様化

2000年後半には、ノートパソコン多様化した。ディスプレイサイズ区分すると、次のようになる。

ディスプレイサイズ(インチ) 解像度 特徴

7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17

───┬─── ─┬─── ──┬──

│ ──┬──│──┬── │

│ │ │ │ ハイエンド 1920x1200 モバイル意図せず高機能

│ │ │ A4ノート 1680x1050 最も広く利用

│ │ B5ノート(コンパクト) 1280x 800 モバイル用の標準

│ サブノート 1280x 800 軽量を重視したモバイル

ミニノート パソコン全般機能ではなく、Web利用などに特化

ウルトラモバイル(タブレットパソコン) 1024x 600 操作性を重視

ネットブック 1024x 600 初期は安価目的

シンクライアント、セキュアクライアント

シンクライアント(Thin client)とは、処理機能サーバに集中させ、パソコンには必要最小限の機能しかもたせないパソコンのことである1996年当時は、モバイルパソコンの軽量化、低廉化を狙ったのであるが、あまり普及しなかった。

1996年 オラクルシンクライアント概念提唱。そのコンセプトモデルNC (Network Computer)を紹介。「500ドルパソコン」とも呼ばれた。

1997年 サン・マイクロシステムズ、コンセプトモデルJava Stationを発表

1997年 マイクロソフトWindows CEベースとした「Windows Based Terminal(WBT)」を発表

それが2005年から外部記憶装置接続ができないこと、パソコン情報が残らないことが、セキュリティ観点から重視され、パソコンメーカーシンクライアントを発表、多くの企業採用検討するようになった。

2005年 日本経済新聞日立製作所パソコン利用を全廃する」の記事。これが広く一般の関心を呼ぶ。

参照:日立「「日立パソコン利用全廃」記事に関しまして」

2005年 富士通 FMVシンクライアントTC8200等出荷

2005年 NEC MateシンクライアントVersaProシンクライアント 出荷

ネットブック

ネットブックとは、インターネット利用に特化した小型軽量なノートパソコンである2005年頃、発展途上国教育分野にインターネット活用が重視され、「100ドルパソコン」として生産支援団体等を通して提供する計画が進んだ。

ところが、安価で使いやすいことが注目され、先進国でもセカンマシンとしての重要が高まり2008年から、その用途目的とした機種も出るようになった。

2008年 ASUS(台湾) Eee PC:本来目的用の例

・CPU,本体:Ultra-Mobile PC(タブレットPC)携帯端末用のPC、パソコン用と比較して安価

記憶装置:HDDなどはなく、システム基板上にフラッシュメモリを直接搭載

ハードウェア構成:通常のPC/AT互換アーキテクチャ採用して、パソコンとの互換性あり

iPadの出現

タブレットパソコンとは、タッチパネルディスプレイを搭載し、指や専用ペンで画面操作できる携帯用パソコンのこと。2002にマイクロソフトタブレットPCを発表したが、あまり普及しなかった。2009年に発売されたWindows 7が「Windows タッチ」というタッチ操作系統を標準搭載したため、タッチパネルディスプレイを備えたパソコンが各社から発売されるようになった。

2010年アップルiPadを発売した。電子書籍閲覧で代表される多様なアプリケーションが評判になり、爆発的な売れ行きを示した。ここでのマルチタッチ操作方法は、一般のパソコンにも大きな影響を与えている。

2014-04-20

ネットブック

タブレット型が出たから安くなったかと思ったら、安くなってないのなー

たくさん入力したい自分からすればこっちの方がキーボードあって便利そうなんだけどな

どうでもいいがタブレットカメラ機能って必要

あんなでかいので旅先で写真撮るってありえないと思うんだけど

かっぱらいにもあいやすいし

2013-08-11

anond:20130809230230

ジョブズ伝記読んでからいか判断しろ

ジョブズはダイナミック構想実現のために安価なパーツとプログラムで再現させたんだぞ

それを見たゲイツがパクってWindowsを出したんだが

それとiPhoneだってMS幹部に煽られて作ったんだし

ジョブズアイデアとして指で使えるタッチUI液晶に傷つかないゴリラガラスを構想レベルだったのに金つぎ込んで実現化させたし

ネットブック潰したiPadだって当初はデカイだけのiPhone揶揄されてたけど一蹴させて大ヒットさせたし

ちなみにソニーPSPジョブズ同等のアイデアや規格を作ってたのにセキュリティガーで自ら潰した

2012-10-28

http://anond.hatelabo.jp/20121028103014

音楽ほとんど聞かないのにウォークマンの最新機種買っちゃったようなもんか。

音楽も含めてだけど、電車通勤時間が長い(片道1.5H)俺は、タブレットみたいなコンテンツを見るだけの端末がちょうど良くありがたいな。一時期、ネットブック持ち歩いてたこともあったけどアレはダメだ。ブログ書いたりとかしやすいのはいいんだけど、いかんせん座らないといけないっていうのがネック。タブレットは立ったまま読めるしね。タブレット買うまではスマホブログばっかみてたけど。

本なら別に紙でもいいような気がするけど、いかんせん部屋が狭いのでそんなにたくさんもてない。本のために家賃かけて広い家に住むくらいなら、タブレット買ったほうが安上がり。wifi運用なら余分な回線代もいらないし。

2011-11-28

就活スマホが強力な武器になる7つの理由

就活終わった学生だが、

昨日後輩が「就活アドバイスください」と言ってきた。

んでそいつの使ってるケータイ確認すると、ガラケー

「まず最初スマホ買え」と言ってスマホメリット説明すると

「使いこなせないと思うから」とかぬかしやがる。

アホかと。もうスマホ就活必須アイテムだってのに。

とゆーことでヒマなのでその理由をまとめてみた。

1、授業中でもエントリーできる

就活エントリーしないと始まらないわけだが、ここでもう差が出る。

企業モバイルエントリーサイトを作ってないから、ガラケーじゃエントリーできない。

人気企業は一瞬で説明会の予約埋まるから、外出中にエントリーとるならスマホネットブック使うしかない。

ネットブック持ち歩くのはダルいし、ネット接続の出費も余計にかさむ。スマホで十分。

2、マップ乗換案内が超便利

いざ説明会や面接となったとき地図電車の乗り換えをすぐ確認できる。

これはガラケーでもできるけど、スマホなら無料アプリでより便利に使える。

3、PC版の高機能サイトが使える

スマホなら面接行くとき電車の中で企業HP見て予習できる。

またGmailとかリクナビとかのサービスを活用するとき

使うサイトモバイルサイトがあればガラケーでも見れなくはないけど、

PC版ならより高機能で活用できるサイトが多い。

4、TwitterFacebookと相性が良い

ガラケーでもTwitterFacebookはできなくはないが、スマホならいろんなアプリが出てるから使い勝手が良い。

志望する業界の人フォローしとくと濃い情報が手に入る。

あと最近TwitterFacebook上のみで採用活動してる企業もある。

5、クラウドサービスがハンパなく便利

スマホEvernoteDropboxなどのクラウドサービスが使えるのがでかい

提出したESとかニュース記事とかPCストックしといて、それを面接前とかにスマホでチェックできる。

クラウドストレージを使うことで、情報管理がめちゃ便利になる。

6、就活アプリがマジ捗る

iPhone就活アプリならマジ便利なのはこの2つ。

どっちのアプリスマホならではの機能を使っていて、

本とか使うよりも効率良くレベルアップできた。

http://itunes.apple.com/jp/app/id396629423?mt=8

有名企業100社のエントリーシート実例集アプリ。解説もついてるからES対策はこれがあればおk

ES書くときに質問パターン検索で同じ質問の回答事例を何個もすぐ見れるのがマジ便利。

ES実例集の本も買ったけど、本だと同じ質問の事例を探すのにすごく時間がかかるし、

結局このアプリばかり使った。

有料アプリだけど本よりも実用性が高いし、値段も安いからこっち買ったほうがいい。

http://itunes.apple.com/jp/app/id464248141?mt=8

面接官の質問を動画リアルシミュレーションできるアプリ

さらに自分の回答を動画撮影し、回答の様子を客観的にチェックできる。

自分で練習するのはもちろん、撮影した動画を他人に見てもらって

自分では気付けない悪い点を指摘してもらうのに使った。

質問の数も多く、ジャンル分けされてて便利。しかもこっちは無料アプリ

7、企業側もスマホを活用するスキルのある学生を望んでいる(たぶん)

口に出しては言わないが、ぶっちゃけそうなんじゃないかな?

うちの内定者はほとんどがスマホ。てゆうかほとんどがiPhone

実際iPhone使ってる人が多いので偶然かもしれないが。

企業も業務でiPadの導入始めてるところもあるし

こうしたデバイスを活用すると生産性が上がるのは事実

スマホを使うことで能率がアップして結果的に内定とれる、

ということかもしれないが。

まりスマホしかできないこと、スマホならより効率よく便利にできることがたくさんあるってこと。

今年は12月スタートで短期決戦になるから就活生はさらに忙しくなるはず。

とにかく就活生はさっさとスマホにしたほうがいいってことよ。

2011-05-27

スマートフォンの世代を、別視点で分けてみる。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1105/24/news078.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.itmedia.co.jp/news/articles/1105/24/news078.html

きっとスマートフォンのすの字も知らない人が、化粧品炭酸飲料マーケティングと同じような手法でアンケート結果を解析したんだろうな。ネットアンケートの割にサンプル数がたった824なので、そもそも統計調査としても役に立っていない。ちゃんとやるなら最低でも2000は取らなきゃ。予想通りはてブでも馬鹿にされている。

遊びで歴史的な観点から日本中心の見方で世代分けをしてみる。

#成熟期も追記してみた

プレスマートフォン世代(〜2004年)

このころスマートフォン的なものを使いたかった人は、京ぽんPDA+PHSという選択肢しかなかった。Wi-MAXどころか、公衆無線LANもあまり普及しておらず、3Gネットワークもまだガラケーのためのものだった。2002年Zaurus OS搭載のSH2101Vなんてのもあったけど、10万を越える高価格であまり売れなかった。

この時代にこの手のものを使っていた人は、ほんとうの新しもの好きというか、人柱になることもいとわない本格的なギークで、多分シリコンオーディオデジタル一眼もHDDコーダも、比較的早い段階に手に入れていたような人だろう。デジタルタモリというかスタパ斎藤のような人たち。多分この世代の人は本当に「ファッションも外見も気にしない」

黎明期(2004年2006年)

3G+Wi-Fi(W-ZERO3PHSだけど)、タッチパネルサードパーティアプリケーションインストールできるなど、所謂現代的なスマートフォンが本格的に日本で発売され始めた年。2004年ガラケーではDoCoMoが900iシリーズを発売し「パケ・ホーダイ」サービス開始。FeliCaワンセグ、高画素デジカメを搭載し、ある意味ガラケー集大成と言えるようなものだった。

この時期公衆無線LAN各社がサービスを開始し始め、都心部の駅や喫茶店ファストフードなんかで使えるようになる。

はてブにたくさんいる「W-ZERO世代」が日本における事実上スマートフォン第一世代。プレ世代と似たような感じがしそうだけど、一方でビジネス用途でこれらを使い始めたような人も結構いるだろう。あと本当にギークな人は海外製のSIMフリー端末を輸入していただろう。この世代以前の人は、大抵のことはググッて調べる。あまり「情弱」的な人は見かけない。

発展期(2007年2009年)

iOSAndroidが登場し、OSシェアが塗変わった時期。ビジネスでは業務車両や配送車両の運行管理や、営業や販売の現場などでの利用など、より本格的に利用されるようになる。

この時期にケータイショップにいた人は非常に苦労しただろう。ケータイショップ販売員は「ヘルパー」と呼ばれるキャリアから派遣が多いのだが、ガラケーの機能や契約、料金制度については詳しくても、スマートフォン?な人が多く、自分でもよく分からいものを売らなければいけないということもあったはずだ。新しもの好きだけどハイテクに弱そうなおっちゃんと、やっぱりハイテクに弱そうな売り子のお嬢さんケータイ売り場でもめている光景が、この時期にはよく見られた。

この頃、台湾メーカーによる「ネットブックブーム」もあり、2007年後半から2009年頃まで続く。半端な性能とサイズということもあり、性能が上がったスマートフォン/タブレット低価格したノートPCに挟撃され普及は鈍化する。

この時期スマートフォンを使い始めた人は、新しもの好きではあるけど決してマニアックな人ではない。特にiPhone 3Gなんかは「ケータイiPodが合体した物」という感覚で使い始めた人が結構いただろう。実はこの世代が一番ミーハーな人が多そうだ。

あと社用携帯として持たされたなんていう人も、結構いるのではないだろうか。

全盛期?(2010年〜)

すっかり出遅れKDDIシェアを取り戻すべく参入したはいいが、IS01(通称メガネケース)なんて末期には8円施策で配った誰得端末を作る。

どうしてもおサイフケータイとかワンセグとか赤外線とか、ガラケー機能から離れられない人がいて、そういう人向けの端末も揃ってきた。ここから本格的な移行が始まるだろうが、一方で「ケータイなんて電話メールだけでいい」という人も相当数いるので、ガラケーも残るだろう。ただ「フィーチャーフォン」といわれる、無駄に高機能で割高なガラケーは今後先細りするだろう。

あとはPCなしで完全に独立して使えるスマートフォンが登場すれば普及が進むだろう。一応国産メーカーAndroid端末はスタンドアローンで使うこと前提に設計されているらしいけど、そもそも自宅にPCWi-Fiもない人がスマートフォンってどうなのよ?って話。WiMAXやLTEなどの4Gエリアが全国レベルになり、料金もそれなりになれば完全にPCの代わりになるかもしれない。どの時点でゴールとするかの定義もあるけど、FOMAサービス開始から契約数比率で50%超えるのに5年、エリア全国カバーまで6年ほどかかっているので、4Gが日本中で使えるようになるにもだいたい5〜6年ということになるだろう。

成熟期?(2015年〜)

前記のとおり2009〜2010年サービス開始した4G通信が全国レベルで使えるようになるのが大体このぐらいと予測。この頃にはPC仕事で使うとかプログラマとかデザイナとか動画編集とか、そういう需要の人以外は使わなくなるかもしれない。

2011-02-02

http://anond.hatelabo.jp/20110202031313

ゆとりっていうか、ケータイ世代にありがちな略し方な気がする。

それも、予測変換がまだおバカだった頃からケータイ使ってる世代。

テンキーだと長い単語を打つのも小文字を打つのも面倒なので、自然とこういう不気味な略し方になるのではないだろうか。

同じ世代の特徴として、「文章に句読点や改行をほとんど入れない」というのも挙げられると思う。

俺もゆとりだしケータイ世代だけど、テンキーを否定して中学の頃から今で言うネットブックたいなものを持ち歩いてた(プロセッサは200MHzのMIPSだった)当時としては珍しいガキでした

から賢い文章を書けるってわけではないのだけれど、少なくともこういう略し方をする癖はつかなかったな。

2011-02-01

http://anond.hatelabo.jp/20110131233249

H.264の利用のうちネットストリーミングに関してはパテント無料になってるから

普通ネットブック作ったくらいじゃパテント料はかからないと思われるが・・・

かかるとしたら、地デジ機能を入れた場合だろうが・・・まさか、地デジにWebM使うわけにもいかんだろ。

 

そう考えると、日本アンドロイドにはほぼ間違い無く、H.264コーデックは積まれる。地デジ対応で。

そうすると、もうパテント代は支払ってしまっているので、実は、ネット分はどう転ぼうと、どうにもならん。

他方WebMを積むとなると、WebMのハードウェアデコーダチップを積まないといけないので、コスト増。

 

これ少なくとも日本ユーザーに取っては爆雷以外の何物でもない。

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