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はてなキーワード: 労働者とは

2017-06-30

例の件でモンスタークレーマーという罵倒言葉が出るのは

労働者サービス業等の対人労働感情労働従事する人間が増えたからという可能性はあるのかな。

ただでさえ安い賃金でまじめに働いてるのに迷惑かけるな、厄介事を増やすな、余計な仕事を増やすようなやつをもてはやすな、しか当事者ならともかく関係ない第三者が。

それくらい日本労働環境ブラックになっているからかもしれない。

2017-06-29

自動販売機と知能と人工知能人件費イノベーション

自動販売機頭よくなりましたよね。

シネコンではどんどんチケット販売機が導入されています

導入前。

話題作が複数公開初日となる週末の朝。チケット売り場は長蛇の列。某シネコンではドラえもんの上映開始が近づくと、端の窓口の前に特急列を作っていました。上映まで30分ある番組を見るお客さんは普通に並んで、5分前までのお客様はそちらに、というわけです。特急列に並んでも満席になったらあきらめるしかない。その辺を捌くのはバイトというよりは社員のようでした。

12時を過ぎると行列はなくなり、5つ開いていたチケット売り場は徐々に1つ2つ閉じていきます

導入後の今では、その場で席をとる人、ネット予約チケットを交換入手する人は自販機対応となりました。週末の2時間のためにバイトをたくさん雇う必要はなくなったのです。人件費カットです。

有人チケット売り場は、特殊優待、紙の前売り券など使用する人、無人チケット発券機を使えない人のために一つ開いていました。パンフレット売り・特典つき前売券売りと兼務です。

JRでは特急指定席券が買えるようになりました。カップルで並びの席をとるのも窓際をとるのも空きさえあればお望み次第。みどりの窓口で並ばなくてもよくなりました。

特急指定席券を自販機で買うとき、我々は労働しているのです。その労働の分みどりの窓口職員リストラされ、報酬総額は減額されJRコストカットしています

利益は上がり株主は喜び、乗客チケットの額面が(人件費が上乗せされていないので相対的に)安価であると感じます

仕事/作業のものはなくなっていません。誰が、誰にコスト負担させているのでしょうか。

みどりの窓口有人窓口はアクロバティックな乗継や無理めな注文、対話型でないと解決できない複雑な条件のチケットを買うために残されているように見えました。

映画チケット売り場の話題に戻ります

学校休みのある朝、観たかった映画のために、朝いちばんの上映回に向かいました。

イオンシネマハッピーモーニングという平日朝10時台までに上映される全作品は1300円というサービスをやっていたのです。

意外と混んでいました。私以外は御高齢者ばかりです。

出遅れたと思った私は焦りました。

数年前に体験した、週末の行列を思い出しました。でもなぜでしょう。チケット自販機の前の人影はまばらで、あいているようです。

ちょっとずつ前に進んでいくと答えがわかりました。

おばさまたちの集団は、みな有人窓口でチケットを買っているのです。

「この辺がいいわ」「どう並ぼうかしら」「前過ぎはいやよ」

かしましいです。なかには、今それを言ってもしょうがないような台詞冗談を交える人もいました。

すり抜けて、チケット販売機で買ってもいいか?とアルバイト風のお兄さんに目で問うと、どうぞ、と案内されました。順番逆転です。

お兄さんの顔に浮かんでいたほほえみは苦笑だったのかもしれません。

なんでこんなことを書いたのかというと

http://b.hatena.ne.jp/entry/340964205/comment/Midas ”格安店のセルフレジセルフガソリンスタンド。これらにおける「平等」は利用客が一時的労働者としてふるまえる知性を有してるのを前提としてる。”

http://b.hatena.ne.jp/entry/340976333/comment/Midas ”レストランでは我々は「はいこれ」とカード差しだせばあとはサインさえできればいいが、インターネットカード番号やワンタイムパスワード入力を求められてるとき我々は「働かされ」てる”

を読んだからです。

平日朝一からイオンシネマに来るお年寄りは「一刻も早くチケットをとる」よりも「多少長時間並んででも対話を通じて自分理解し納得できるチケットを<コンピュータの前で脳に負荷をかけず>取る」方を選んでいたのです。

まり コンピュータの前で一時的労働者としてふるまわず時間コストを払って(自販機で買っても友人で買っても1300円で同じ)、窓口の人に労働させていたのです。

みどりの窓口で並ぶ人は、途中まで自由席、乗り換えて指定席、また乗り換えて自由席、かえりは全線指定席 途中までは乗車券だけ先に買ってある、なんていう、エキスパートとの対話なしには買えない特殊チケットが欲しい人のケースを私は想定していました。だってただの往復指定券や自由席券なら並ばずに買えますから

でもそうじゃなくて「”自販機操作労働者”としてふるまう(という知性を発揮する)」のを良しとしない人、できない人もいるのだなぁと思ったのです。賢い人にとってはそんなの当然のことなんでしょうが

人工知能進歩するとみどりの窓口エキスパート駅員さんもリストラされて、おじいさんおばあさんがアンドロイドと会話してほしい切符を買うようになるのかもしれません。

AIの遺電子秋田書店)の世界です。すこしふしぎ

あるいはどうしても人間必要で、スターウォーズエピソード24が封切りされる未来には、シネコン土曜日曜の9時から普段ごろごろしている青年を安い賃金で雇って、12時過ぎたらあとは「ベーシックインカムで食ってろ」と放り出しているのかもしれません。

特に結論はありません。

https://anond.hatelabo.jp/20170629202555

法律禁止されてなければ労働者酷使しても非難されないって言ってるの? 何言ってるの一体?

https://anond.hatelabo.jp/20170629155802

労働法による規制がないなら、労使でどういう契約を結んでいようが批難にはあたらないのでは?』

もちろん批難には当たらないですよ

でも実際問題として労働者に様々な問題が出てきたので、労働法はより労働者を守るべく(一部そうでないのもあるかもしれませんが)形を変えていますよね

批難に当たらない=問題にならないではないということです

権利」を謳う人間はなぜあそこまで意地汚く見えてしまうのか

今回ここで、「権利概念が放ってしま暴力性の起源について一人考えてみる

人権」の普及 ーアメリカ独立宣言



1週間もすれば3億人近いトンチンカンたちがまた祝うことになる、近代社会の幕開け=アメリカ独立宣言に遡ってみよう。250年くらい前のことだ。後にアメリカ人と呼ばれる極西の田舎者黒人奴隷を足置きにしながらヨーロッパ政治哲学を読みふけっていた。そして、英国議会に「植民地のくせに生意気だぞ」と言われてしまったあの時、彼らのイギリスコンプは爆発し独立宣言してしまう。この独立戦争とその後の歴史で彼らは「国家」を生み出しその中で「所有権」というもの不可侵性を「人権」として僭称したのだった。それまでもこの考え方は常にヤバい匂いを発してきたが「独立宣言」こそが全人類脳みそ侵入し始めるウイルスになった。彼らはこう言う。「君たち、実はな、人間は生まれながらにして権利というものを持っていたのだよ」「君たち、これは自明の真理だよ」。誠に蒙が開かれるようである。実際に驚くほどたくさんの人が啓蒙されることになる。

ところで、ここで彼らが行なった欺瞞としてまずよく言われるのは足置きにしている「黒人奴隷」についてである。つまり黒人奴隷人間の方にではなく所有物propertyの方に組み込まれしまったことである。ところが、今回に限ってはそこは重要ではないと私は言いたいのだ。というよりも黒人奴隷境遇があまりに深刻な問題であるから真の問題が後景化し見えなくなってしまっている。この深刻な問題をみたとき、我々、権利至上主義者の常識的感覚からいって、100年後、200年後に黒人へ与えられたように、人間権利、あるいは公民権解決すべき(解決した)問題だと思わされてしまう。

でもこれは糞の上に城を立てただけなのだ私たちの暮らす城の中はクソの匂いが充満している。「権利」などという考え方が、奴隷制的な、暴力的支配への渇望に支えられている。私たちはクソがあるなと思ったら「あっクソだ」と言わねばならない。「あれ?この部屋なんか、うんこ匂いしない?」は常に言いづらいセリフではあるが。


 人権を「持つ」とは ー「所有」についての2つの感覚




まりどういうことか。権利を「持っている」、という発想自体にその欺瞞が現れている、と言いたいのだ。一般におそらくは「所有権を持つ」という表現すらあまり違和感をもたれないのである独立宣言の下敷きになったヴァージニアで行なわれた会議草案にもその矛盾を観れるかもしれない

That all men are by nature equally free and independent and have certain inherent rights, of which, when they enter into a state of society, they cannot, by any compact, deprive or divest their posterity; namely, the enjoyment of life and liberty, with the means of acquiring and possessing property, and pursuing and obtaining happiness and safety.

この2つ目の下線部は独立宣言では省かれるのだが「所有権を持つ」という循環した考え方を恐れたから、ではなく国家による税金徴収を困難にするという理由であった。

何が言いたいかといえば、奴隷武器砂糖三角貿易が成立して以降のヨーロッパ社会では、「権利」が「持つ」ものとして想定されねばならなかったのである。それは単純には、ある種の人々から「奪う」こと(あるいは「捨てる」こと)のできるものでなくてはならなかったからだ。つまり所有権」が守るベーシック価値は「権利概念誕生の後に、「どんな種類の権利を作ろうかなー」と考えられて作られたものではなく同時に発生しているのである。そしてそのことは隠れたのだ。独立宣言に「自明真実ではあるのだが我らは不可侵権利を持っているのだと信じる」としれっと書き込むことで。じゃあ所有の意味を含む「権利概念が発生した時に生まれていたものは何か。ここが今回の主張であるが、「支配欲求自体への承認」なのである社会の一員として我々は「ある種の激烈な支配の形」を基盤にすることで社会を成立させている。それは「所有権」だけでなく「権利全般の話である

propertyに対しては当然そうだろう。犬猫などは黒人同様に解放が進みつつあるが根本的に我々は自分の所有する物をどれだけ傷つけても良いのである対象物に対して欲求したことは特別禁止されない限り全てぶつけることを許されている。私は自分の持っている熊の人形の腹を切り裂いてもいいしそこにペニスを突っ込んでも良い。それが所有権意味するところである。ここで、人形はなんかかわいそうだし除外しようかというのもあまり意味がない。僕が言いたいのは、我々は所有権を「propertyに対して私が欲求することならなんでもしていい力」として想像していて、思考スタート地点にそれをおいていることだ。この認識はもう一つ重要感覚を孕んでいる。それは「私が支配するもの他者が介入することは許されない」ということだ。この二つの感覚両方が「権利全般に流れ込んだのだ。そして実は我々の想像する「自由」のコアイメージでもある。自由にはこの欲望支配感覚が流れている。


 奴隷(property)の反乱 ー「権利」と「自由」に関する妥協と「身体」ー



しかしながらこの「自由」の感覚は「自由」を求める奴隷たちの反乱により一つの現実的妥協を産んだ。支配者はかつての奴隷たちと約束したのだ。我々はもはや君たちを支配しない。その代わりに我々は自分の体を支配するのだと。そして君たちもそうするのだと。人間なら誰もが己の体を支配できることにしよう。我々は平等自由じゃないか。(現実として多くの旧黒人奴隷は扱いの悪い賃金労働者として己の体を「自由」に売買した。ほぼほぼ売るだけであったが。)


上記の経路は思考実験の一つでしかなく、実際は数百年前の「権利概念議論でも既に流れていただろう。しかし、ここで誕生したのは一風変わった、世界人間に対する理解である個人他者からの介入=他者との人間的繋がりを切断できる独立した存在だという信仰なのだ。なぜなら自分の体を自由支配他者はこれに関与できないのだから。(工場で死にかけながら働く黒人労働者だって自由」に辞められると考えることはできただろう。)「権利」や「自由」というもの概念自体にこれは染みついたのだ。


奴隷製の足置きで本を読む農園主の頭の中で作られた「近代国家権利自由」は、国家軍隊というとてつもない力に囲われながら、同じ発想の知的エリート再生産し、根本思想解体は迂回しながら様々なヴァリエーションを増やしてきた。その実践形は司法行政の場から常に吐き出され、我々パンピー脳みそにも影響を及ぼしてきた。


権利概念は、「権利」とは「持つ」ものだという支配欲求肯定に支えられている、というのが基本的な今回の主張である。これが己の身体観や対人間観に影響を及ぼしてきた。実際皆が全く違和感なく自分の持つ時間労働力社長さんに売り払っている。基盤にある発想はまさに「権利」は「持つ」ものから「捨てれる(売れる)」のである。あるいは私は他人権利を「買える」のである。なぜなら私はその「権利」を「持っている」のだから。(一応断っておくが、これによって生まれる成果を否定するものではない。「支配/排除欲望」を根幹にする原理が一度は平等性/対等性 になりながらも、次の段階で一人の人間があらゆる人の時間と行動の自由支配し皆がそれに納得していることに注目したいのだ。この一人の人間も様々な人の投資で買われていてもう少し複雑だろうけれど。)

 まとめ ー「意地汚い」理由



長々書いてるのに平板な話になってるだろうか。ここに資本の燃料をぶっ込めばいくらでも非人間的な方向に暴走できるのは想像にかたくないし、読んだことないけど共産主義とかポモとかもこういう認識の型への反発からスタートしてるのでしょ。現実非人道的支配を読み取った人たちの反発からまれ社会「権」などは対抗力として機能しただろう。ただそのことに対しても言えるのは「権利」「自由」の枠組みがそのまま利用されたということだ。近代国家という装置がこの世界にセットされた1776年の7月4日あの日から人類脳みそはハックされた。今もなお屋台骨として社会を支え続けている我らが人権万歳自由万歳国家万歳


いま苦しんでいるマイノリティも、「支配欲望」の匂い漂う「権利自由概念を使って「国家よ行動しろ」と闘争せねばならない。あるいは彼らがそうでない社会活動を試みていても(例えば、他者との網の目を強化したり、国家ではなくコミュニティや人々の意識を変えるために動いていたとしても)、そのように立ち上がる姿をメディアでみた我々は、そこにまた「権利自由闘争の型を読み取っていないだろうか。「障害者が、また支配欲望を前面に出してるのか。今度は何を要求するのか。」と。そして人間の、恥を知らない無意識は、何かを奪おうとしているマイノリティを見てこう訴えてくるのではないか。我々はこいつらを「支配」し「排除」しなければならない、我々の「権利」と「自由」のために。

バニラエアの件は静止したのが「バニラエアから業務委託されている空港職員」であったのが要因だったかもしれない。

もし「バニラエア社員」であればもっと柔軟な対応をしたかもしれない。

業務委託されている労働者仕事場での立場が弱いから、自己保身のため杓子定規にNOを言いがちである

https://anond.hatelabo.jp/20170629104309

http://www.huffingtonpost.jp/hirotada-ototake/post_15315_b_17326010.html

乙武氏の記事だけれども『2016年4月障害者差別解消法施行されて1年以上が経過した。これによって、障害の有無にかかわらず、すべての人が適切なサービスを受けられることが法律保障されることとなった。』とある

社会はその方向へ進むべきであるということ

というかそもそも法律でそう決まっているの?それなら俺も対応は変えるけど。』というような発言の人が沢山居るわけで、

これは先程の方法さらに裏を返すと『労働基準法で決まっていなければ労働者酷使しても良い』という発言にもなりうるけども、そんなことはないですよね?

https://anond.hatelabo.jp/20170629103921

http://www.huffingtonpost.jp/hirotada-ototake/post_15315_b_17326010.html

乙武氏の記事だけれども『2016年4月障害者差別解消法施行されて1年以上が経過した。これによって、障害の有無にかかわらず、すべての人が適切なサービスを受けられることが法律保障されることとなった。』とある

社会はその方向へ進むべきであるということ

というかそもそも法律でそう決まっているの?それなら俺も対応は変えるけど。』というような発言の人が沢山居るわけで、

これは先程の方法さらに裏を返すと『労働基準法で決まっていなければ労働者酷使しても良い』という発言にもなりうるけども、そんなことはないですよね?

https://anond.hatelabo.jp/20170629110744

A「ストライキは嫌だ」

B「労働者のために我慢すべき」

A「嫌なら出ていけば」←?

https://anond.hatelabo.jp/20170628085442

・そりゃ中国も利回りが限りなくゼロに近い日本国債を買うなら世界で一番安全で利息もある米国債を買うだろうよ。

中国アメリカ国債買うのはアメリカの対中国貿易赤字問題だと思うけど。あと中国アメリカ政府の財布を握っておきたい的。

あと日本国債の利回りがゼロに近いのはみんな安心して買うから。利回りが高い国債ほど安全ではない。ハイパーインフレってそういうことでは?

・彼らの低待遇はたしか問題だし改善すべきだが、それならちゃんと国内議論して彼らの待遇改善のための予算増税)を組むべきである

待遇改善のために増税して税収減ったら待遇改善できない。95年の5%の消費税増税と一緒。自販機ジュースの値段表示が90年代消費増税金額に即して上がって行ったのが懐かしい。90年ぐらいはどの自販機も100円だった。3%、5%の時にずるずる上がったわ。

・「消費税は減税!財政出動さらに拡大!」をやったら、自分世代はなんとか逃げ聞けるかもしれんが、まだ生まれてない次世代の子供にとんでもない額の借金押し付けるだけになるのではないか

小泉時代の「次世代にツケを残さない」痛みを伴う改革消費税増税はしてないんだけど、緊縮やったために次世代自体が生まれなかった。そのために次世代(今)にツケ残すことになり、これから先の次世代にもツケを残すことになるだろう。今、増税緊縮策取ればなおさらだよね。

相続税

相続税払わなきゃなんない人ってどの位いるかからないけど(財産6千万以上ある人だっけ?)、ちょっと調整は必要だよね。あと使用してない土地固定資産税

・「教育無料化して国民の質をあげれば後々になって税収入となって戻ってくる」という論もあるのだが、正直俺には「国が10負担すれば将来うまくいけば5ぐらいは帰ってくる」ぐらいの与太話にしか聞こえない。

→満足な教育を受けられなかった人が生活保護なっちゃって国費から毎月定額お金出ていくのはやっぱりもったいない教育受けてればもしかしたらすごい人材出てくるかもしれないんだし。

あと、経済苦で生活保護なっちゃう人は経済良くなれば働き出すよね。景気を冷やす増税緊縮財政ダメだよね。


個人的必要だと思うのは雇用ミスマッチをなくし労働者に自信をつけてもらうための職業訓練の充実だわ。

みんな自信ないのがよくないよ。新卒だろうが中途だろうが。自信をつけてもらうために職業訓練必要だわ。適当だけど精神医療費減るかもよ。

即戦力職業訓練って大学が担うべき?会社が担うべき?ってあるけど、ハロワはどうなんだろって思います純粋に何がベストなのかわかりません。でも職業訓練足りません。

自分が一番純粋に何がベストなのかわかんないのは、法人税所得税消費税などの税率や最低賃金失業率バランスだわ。

ヨーロッパみたいに消費税高い、最低賃金高い、失業率高い、高福祉社会全体にとっていいことなのかわからない。

みんな自分利益のためにポジショントークするに決まってるしね。



増税財政緊縮は少なくとも今の段階ではありえないよ。

リフレだってみんながみんな消費税増税反対してるわけではないしね。

少なくとも「今はダメだよね」って言ってるだけ。

それは8%増税の時に、「今は反対、せめて1%ずつの増税に」と主張した内閣参与他などの意見でわかる。

(ただ新しい経済理論出てきたっぽくて今消費税増税自体をどう考えているかからないな。)


安倍さん首相になってから、しばらくは4%成長が見込まれてたのにね。あのまま行ってれば消費税増税するよりも税収多かったかもよ。

8%増税は残念だった。

消費税凍結って言わないと安心してお金使えない。


でも、寿命の延びも安心してお金使えない状況を生み出してるのは認めるわ。

寿命伸びてるのに社会に出回るお金の総量が変わらなきゃ、そりゃちょびちょび使うしかないわ。

例えば生涯年収1億だとして、60歳で死ぬことを予測して金使うのと、80歳で死ぬことを予測して金使うのとでは、金の使い方変わるわな。

問題生涯年収1億が数十年経っても変わってないことだわ。

デフレ罪深い。

緊縮財政罪深い。


ただね、小泉首相時代緊縮財政に走っちゃった理由もわかるからね。

土木関係公共事業政府借金こさえすぎた(小渕首相時代)。

社会福祉関係公共事業だったら効果的だったかもな。

でもきっと土木関係公共事業お金費やしたのが悪かったのもあるかもしれないけど、

あの頃は多分金融政策の失敗の方が大きかったのかなって予想。


でもあの頃からマスコミはクソだったと思う。

小渕首相アメリカ冷めたピザ持たされて写真撮られた理由がわかる人って、

当時のマスコミにどれだけいたのかなっていう。

面白がって終了だった印象。


自分大学経済経営講義を一切取ってなくて、

福井日銀総裁ゼロ金利政策終了という失策の時に当時のはてな経済クラスタがマジ切れして、それから何それ何それって思って少しずつ経済勉強をやり始めたので、

門外漢でもいい本に当たればちゃんとわかるはずだわ。


個人的にためになったのは、

飯田泰之先生新書ゼロから学ぶ経済政策)と、

2000年代後半から民主党政権から安倍首相になるあたりの高橋洋一現代ビジネスの連載だわ。

飯田先生経済政策の基礎、高橋洋一グラフ日本経済の現状解説でわかりやすかったわ。GDPギャップとか。

ちなみに、自分安倍かよー、から安倍ちゃんに変わったのは、昔はてなにいた弁当爺が衆議院議員選挙間中(その前の総裁選か?)に安倍さん金融政策重視とつぶやいたのを読んだから

思想誌(論壇雑誌?)って各政治家の主張載ってるというのをその時初めて知った。

なお、自分はいまだ論壇雑誌読んだことない。

飯田先生は今月新書出した。購入済み積ん読


自分経済で今わかんないのは、高橋洋一がよく言ってる政府日銀が連結で会計すると、財政再建達成してるので大丈夫論。

単体(グロス?)は赤字でも連結(ネット)だと黒字?ですよってのはわかるんだけど、貨幣価値で変わってしまうんじゃないかと思うんだけど。

それは日銀中央銀行貨幣の発行で貨幣価値をある程度コントロールできる)だからある程度大丈夫って話なのでしょうか?

難しくてわからん

まぁ今貨幣価値がどうこうなる事態は考えられないっていうのはわかる。

2017-06-28

https://anond.hatelabo.jp/20170628085442

よく考えていると思うが、インフレ預金税について補足したい。

 

積極的財政出動インフレの原因になりうる。インフレは、預金をたくさん持っている人には損失(預貯金価値の目減り)、預金が無くて働いている人にとっては、マクロで見るとプラマイゼロ物価も上がるが給料も上がる)、そして借金をしている人にはトク(借金実質的な目減り)となる。

国全体で見ると、インフレによる預貯金価値の目減りが問題になるほど多くの預貯金をしている人は少数派だ。十分な預貯金があるなら少々インフレになっても何も困らないし。なので、財政出動でのインフレ政策に賛成する人が多数派となるのは、むしろ自然ことなのだ。

しかし預貯金を多く持っている人は高齢者に多く、そして彼らは真面目に選挙に行く。金融関係者の多くもインフレを防ぎたいと考えている。政治家の多くも資産家だ。その結果がバブル崩壊後の日本の政治であり、インフレ抑制する社会構造だった。

 

一方、1000兆円以上にまで積み上がった国債などの行政上債務、これはもう、税金では解決不可能だ。これもはっきり言って良い。これを正常化するには、インフレ政策しか残ってない。インフレ実質的預金を目減りさせるのと同時に、国債も目減りさせるのだ。インフレ政策は、実質的預金なのだ。これに気が付いた政治家インフレ政策を支持しはじめた。しかし、これには銀行が大反対するし、経団連やなんかの偉い人たちも反対するだろう。今後どうなるかは解らない。

 

現実問題としては、インフレ物価が上がっても、給料がさっぱり上がらない、という最悪の状況になる可能性はかなり高い。インフレになれば社会問題解決する、などということはありえない。労働者自分たち権利をきちんと主張できる社会にしていくことがまず前提になる。まずそこからだ。

 

2017-06-26

多様性と寛容

多様性ということについてみなさんも昨今様々に課題と向き合っておられるだろうとおもいます

そして寛容ということの難しさ(自分対峙する課題を口にすることすら難しいこともあるでしょう)を痛感することとなった方が少なからずいらっしゃるのではと想像します。

私の場合多様性課題はこのようにやってきました。

就業中に役場公務端末でパチスロ世間話や幼い女の子動画に魅入ることを抑制することのできない男性同僚と、同じ職・地域隣家任務遂行がどのように可能なのか(私の主な任務は赴任地域安心安全で魅力的な育児環境を有していることを広報することによって地域次世代問題対処すること)。予想しなかった(この事が課題であると感じる私の感性を過敏であると受取る方のあることを認識することも含め様々な) 事態に私なりに(本来任務邁進する傍らではありましたが)全霊で取り組んだのですけれど進捗が遅々とする中で年度末が迫りました。行政の納得のいく対応あるいは私の赴任地の変更がなければ公務を続けることはできないというのが私の考えでしたが、3月も終える間際までその方向性は見えてきませんでした(対応が形になるまでの報酬を頂かない休職提案しましたが、かないませんでした)。対応の中で私の契約形態である特別職非常勤公務員一般労働者としても公務員としても法的な枠組みから外れていて職場での公的仲裁支援を受けることが出来ないこと─それは公務員守秘義務等を記した公務員法の枠外であることでもあります─を知ることにもなりました) 。

私は新たな一年真剣公務邁進する決意表明としての首長から辞令受領を行いませんでした。

この決断公務に就くものとして(昨年8月不退転の決意で職に臨んだのではありましたが私の決意などそれほどの重力を備えてはいなかったことになります。私の職務予算特別地方交付税対象でしたので全国のみなさんの税金から報奨を頂く身でもありました) 、また地域で接してくだすっていたみなさんへの私なりの誠意の示し方でもありましたが、 その結果現在私は公の職になく、よくして頂いた地域からも既に離れ(住居も職務とセットでした)数ヶ月が経っています

私はこの課題解決したり正しく問題提起したり寛容する度量を持ち合わせていませんでしたし、現在に至ってもわかりません。

いま、私は新たな場所で、より私らしさに眼差した小さな生活を始めています

地方公務員法

昭和二十五年十二月十三法律第二百六十一号)

最終改正平成二六年六月一三日法律第六九号

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO261.html

■総 行 公 第59 号 平成26年7月4日

http://www.soumu.go.jp/main_content/000302194.pdf

製造業仕事単純労働という話があるが実際には

工場での製造業仕事は、誰でも出来る単純労働であるという話があるが実際にはどうでしょうか。

まず、歴史的に見ると、産業の発達により職業の専門分化が進み、技術者ホワイトカラー職を中心に高学歴者の雇用が増えました。

生産現場ではオートメーションの導入により、仕事責任水準が上昇し、労働者に対しても高度の認知能力必要になっていると指摘されています

この古典的議論クラーク・カー著「インダスリアリズム」(翻訳川田 寿 東洋経済新報社 1963)に見ることが出来るそうです(私はこの資料は未読)。

早い話が、どんな仕事でも、仕事をするときは軽く考えてはいけないという事になりますね。

もっとも、ブルーカラーホワイトカラーというように単純に分けることも難しいでしょうけどね。

https://anond.hatelabo.jp/20170626111642

貴方同一労働同一賃金という仕組みを全く理解していない

雇用形態問わず、同じ仕事をした人には同じ賃金を払う

同じ職場にいるのだから福利厚生雇用形態問わず同質にする、というのは元から原理原則大前提になっている

労働基準法パートタイム労働法労働契約法の条文にその旨が定められている)

ただ今まで、同一労働同一賃金ルールがきっちり決められていなかった

から守らなくてもいいと経営者に思われていた

また、ルールとして明示されていなかったので行政の取り締まりも難しく、実効力がなかった

からガイドラインをつくって法制化もするというのが今回の改正趣旨

同一労働同一賃金ガイドラインをよーーーーく読んでほしい

社員と同じ仕事をする人に社員並の雇用保障を与えるという仕組みには全然なっていないか

早い話、首相の例示は貴方のように

>「非正規社員」を「短時間正社員」にして待遇差をなくす

と、政府にとって都合のいい方向に労働者法律を誤解してくれることを狙っての、戦略的発言ではないかとすら思っている

繰り返すが同一労働同一賃金は、正社員と同じ仕事をしている人に「正社員と同じ雇用身分」を与えることを義務付ける法律とは全然違う

それはガイドラインを読めばすぐ理解できるはずだ

5年で無期雇用転換のルールが制定された時に「五年働けば正社員になれる」と言っていた人と同レベル勘違いをしている

バカしかいないのか?

はてなブックマーク - 「非正規ときには無かった責任感」:働き方改革同一労働同一賃金」にみずから冷水を浴びせた安倍首相(上西充子) - 個人 - Yahoo!ニュース

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/byline/uenishimitsuko/20170625-00072521/

この記事書いたやつも、ブクマコメしてるやつもバカばっかし。

記事の一番上に抜粋として

世の中から非正規」という言葉を一掃していく

と書いてるじゃないか。一番上にあるものも読めないのか?

これは要するに、フルタイムは全て正規にする、パートタイマー正規にするって意味じゃないか

何が

そうではない。非正規であっても正当に処遇され、

だ。そもそもこの改革の元では「非正規」が存在しなくなる。

労働者はみんな「正規」だから正規非正規格差は生じない。

こんなことも理解できないのか

※ なお不景気になれば非正規を切るというこれまでの手法はできなくなり、正規解雇されるリスク高まるから、元から正規にとってはバラ色ではない。

2017-06-25

選挙しに行くやつはこれ見ていけよ

https://anond.hatelabo.jp/20170624090553

日本って総人口のうち労働者もっとも少ないんだっけ

2017-06-24

選挙速報】共産党に入れてきた

とりあえず労働者がこれ以上搾取されないように願って

2017-06-23

漫画業界契約違反の横行。

事が面倒くさいし事こういう事書くと漫画家とか出版社を肩持ちたがる人が湧くので嫌なんですけどね。

後、長文になるとそれだけでケチ付ける人とか居るんですが、別に私の事はどーでも良いんで拡散でもしてやってやって下さい。

・・・あと全員がって話では無く私の場合は一人の作家とまぁ小学館の某webでの作家に対してしか向けてないので。

それ以外は形式上問題あるよねって話です。

現在アシスタントのメインの募集法って ganmo http://ganmo.j-comi.jp/jac http://www2.plala.or.jp/JAC/が有るんですけどね。

ここで募集したりするのは何の問題も無いんですが、ここに平然と「小学館編集部」として登録してくるわけですよ



問題無いだろう?って思うでしょ?それが問題だらけなんですよ。

まずコレ彼らは「下請け契約」として発注しているつもりですが時間拘束と命令飛ばしてくるんですよね。

あと、職業安定法登録義務の有る行為なので。

まぁ当然登録はしてないですよね。わざわざその辺は調べました。



あと、アシスタントやっている人間で「アシスタント下請けでしょう?雇用?ばかじゃねーの?」って人がいましたが

雇用かどうかを決めるのは使用者が決めるのでは無く「労働実態」と「労働者性」なんですよね。

漫画家編集がどれだけ「下請けで雇いました」って言っても労働者性認められると労働なのよね。




・・・言うか漫画業界って権利とかって騒ぐ割に出版社漫画家漫画家アシスタントにって感じで使い捨てな感じで

まともな契約書すら書かない事が横行している訳でねみんなおかしい訳。


あ…編集部代理募集するの悪いのは在宅同士でアシをすると下手すると契約書すら送ってこない訳で相手の住所すら分からん訳よ?

馬鹿編集部って作家を守るんだみたいな事言いだして不払い有るクセに作家の居場所吐かない訳。


あとちなみにだけど小学館はその作家に対して裁判起こすからって事で裁判所から調査嘱託で聞かれても吐かない訳?

と言うかね契約書送ってこないって私は意匠権別に譲渡してないから人の現行勝手に盗んで印刷して利益得ているって不当利益なわけ

2017-06-22

年収600万以下の労働者が払う税金社会保障インフラに見合ってないらしいが

社会保障インフラ以上に払っているという金持ち共の税金小池劇場で浪費されるのは見ていて気持ちいい

2017-06-21

労働環境トリレンマ

労働環境改善について、次の3つの目標は同時に2つまでしか実現できない。

(1)ワークライフバランス有給休暇取得促進、男性育児休暇など子育て支援長時間労働抑制等)

(2)サービスの質・量の確保(企業官公庁提供するサービスの手厚さ、迅速さ、正確性 等)

(3)人件費削減(正規職員の定数抑制非正規職員への置き換え)

育児休暇の取得促進や一人当たりの労働時間を減らしながら、必要サービスの水準を保つには、労働者の数を増やさなければならず、人件費は増大する。

また、必要サービスの水準を保ちながら、人件費を削減するには、労働者長時間労働必要サービス残業休日出勤)。

人件費抑制ワークライフバランスを実現しようとすれば、サービスの質・量の切り下げが必要

最近話題の「働き方改革」も、正社員数を増やすか、サービスのある程度の「あきらめ」がなければ実現しない(逆に言えばどちらか一方を選択すれば簡単に実現する)のだが、

業務効率化」という精神論に頼る状況では永遠にファンタジー世界から抜け出せないだろう。

リベラルオタクから嫌われる理由

正確に言い直すと、「保守派リベラルの両方に表現規制派がいるのに、リベラルけがオタクから嫌われる理由である。 

  

結論最初に書くと、それはリベラルが"自由"を重んじる思想からである

従来は男だけが持っていた自由を、女にも与えましょう。女は結婚前にセックスを楽しんでよいし、好きな相手恋愛結婚をしてもよい。ファッションだって好きなものを選んでよい。この自由を拡大し、もっと確固たるものにしていきましょう。――これがリベラリズムの考え方だ。

そうやって普段から自由自由と言ってきた奴らが、「エロ漫画を楽しむ自由」を奪おうとしてきたら、そりゃ当然、オタクたちだってブチ切れるわwwと思う。

  

これに対して、保守派は、自由というもの価値を重んじていない。

現代保守派は、上述したくらいの権利女性に認めてはいる。しかし、それは既存社会慣習を承認したというだけのことであって、自由という観点からその権利積極的擁護するものではない。

から保守派から表現規制の声が出てきた場合オタクはそれに危機感を抱きこそすれ、「嘘つき野郎に裏切られた」という失望はない。そのため、保守派に対して怒りが爆発することもないのである

  

  

  

もうすこし詳しく見ていこう。

リベラルは、差別偏見を無くすために"理性"を用いる。人の感情はややもすると差別偏見に傾きやすものなので、感情より理性を優位に置くことで、その目的を達成しようとする。

  

こういう方針普段活動しているリベラルが、オタクへの差別偏見に加担しているとすれば、ほんとうに目も当てられない。

差別偏見には2種類あって、事実に基づかない悪評を立てることと、尊厳を傷つける罵倒を浴びせることである表現規制派の中には、この2つを兼ね備えている凶悪な者も多数いて、それはオタク側に強烈な反発を呼び起こしている。

  

一方、保守派はこの点においても有利である

なぜなら、彼らはリベラルと違って、理性を重んじていないからだ。彼らはそのかわりに、人の心に芽生える自然感情と、それによって作られてきた社会の慣習を重視する。したがって、差別偏見の撲滅にはどうしても関心が薄い。

もしこの保守派リベラルと同じくらいの方法オタクバッシングしたとしても、それは保守派普段姿勢とあまり矛盾していない。これはオタクから見て、リベラルほどには欺瞞的と思われずにすむのである

  

  

  

さいごに、「リムジンリベラル」に通じる問題をあげておく。

アメリカでは、リムジンに乗れるようなセレブたちが華々しい舞台リベラル思想を賛美している。ヒラリートランプ選挙戦でも、レディー・ガガヒラリー陣営応援に駆けつけていたことは記憶に新しい。

その光景を見た労働者たちは、いったい何を感じたであろうか? 言うまでもなく欺瞞を感じたはずだ。――"平等"を訴えている人間がなぜ大金持ちのセレブなのか、なぜ彼女たちはその資産放棄するつもりがないのか。労働者からこういう反発が出てくるのは当然といえる。

  

私が思うに、この視点は、オタクリベラルを敵視する理由についての分析にも適用できる。今日では「リア充」「オタク」という対立項を設けることの有効性は揺らいでいるが、あえてこの構図で話してみよう。

リア充は、リベラル思想受益者であるリベラル思想禁欲的な性道徳を排して、女性主体的恋愛セックスを楽しむ権利擁護する。これによって利益を得るのがリア充の男女である

一方、オタク非モテであって、この点では受益者たりえない。オタクリア充嫉妬しながら、アニメなりエロ漫画オナニーにふけって日々を過ごす。

  

さて、このリア充リベラル思想にかぶれたあげく、「表現規制を推進するぞ」と主張しだしたら、オタクはそれをどう思うだろうか?

リア充自身享受してきた自由恋愛セックス自由)がいか正義にかなっているかいか人間的に豊かになれて素晴らしいものであるか、そのことをリベラル思想を使って堂々と力説してみせる。その一方で、オタク側の自由アニメなりエロ漫画オナニーする自由)を容認せず、それを不健全で汚らわしいだの正義に反するものだとして攻撃しているのだ。

これは猛反発を招くに決っている。

  

この点においても、やはり保守派は有利である保守派は、もしリベラルと同じ程度の自由恋愛セックスのあり方を容認するとしても、それをわざわざ言葉にして語らない。リベラルがそれを「自由」と位置づけて熱弁をふるうのとは対照的だ。

ゆえに、保守派がいざ表現の自由の抑圧者として現れたときも、オタクからはあまりまれずにすむのである

  

  

  

6/22追記 ブコメ返信

coldsleepfailed アメリカの例だけど、保守層って宗教的理由からかなり厳しいので例としてはピンとこない。日本保守って共同体主義的な感じがあって日本の伝統では性風俗は緩い所もあるから

本文中に書いたとおり、リベラルは、女性主体的恋愛セックスを「自由」と位置づけて擁護します。

さらにその自由の拡充に努めます。例えばフェミニズムアプローチのように、DVや性暴力の根絶をめざしたり、性教育を充実させるなどして、女性たちが安全にその自由享受できるようにするわけです。

  

逆に、宗教保守は、禁欲的な性道徳を掲げていて、「女性危険があるなら自由は無いほうがいい」という立場です。彼らの主張によると、自由恋愛セックス危険ものです。女性が傷つくのを防ぐため、それをある程度は禁止することが必要なのです。

  

あと、世俗主義保守派は、現状肯定をしているだけです。日本保守派はこっちが多数派だと思うんですけど、女性主体的恋愛セックスを楽しむことについては特に禁止しません。それは社会にすでに存在する慣習として容認します。

彼らはそれを端的に容認するというだけのことであって、「自由」の観点からわざわざ擁護をしたりはしないのです。ましてや、それの拡充をめざして努力するということもありません。

  

こうして見ていくと、やはり、リベラルが一番「自由」の価値を語りたがっていますリベラリズムとは自由主義という意味なのだから、これは当然の結果といえます

  

  

  

6/22 12:55再追記

quick_past 狭い了見でオタクって存在規定しまくってる上に、コンプの固まりから全体の自由には抵抗がある(でも自分たちの事はとやかくいうな)って宣言しちゃってるけど、それこそオタク分断する上にバカにしてないか

本文中にも書きましたが、「リア充」「オタク」の対立項はあまり厳密なものではありません。私もこれが雑な議論だというのは認めます

しかしながら、リベラル表現規制の論者に「リア充」の要素が加わると、それはオタク側の猛烈な反感を呼び寄せます。たとえその原因がコンプレックスの固まりからなのだとしても、この現象については一考の余地があると思います

  

あとそれに、「コンプの固まりから全体の自由には抵抗がある(でも自分たちの事はとやかくいうな)って宣言しちゃってる」という見方は、それこそが典型的オタクへの偏見じゃないですかね?

私が提唱した「オタク」像の中には、リベラルを支持するオタクも含まれます。そういうオタクは、自分コンプレックスとは内心で折り合いをつけるし、理性的判断に従って他者自由尊重しようとします。例えばリア充の男女だけが受益者となる自由についても、当然ながらそれを尊重するでしょう。それなのにいざ表現規制問題になったときは、リベラルから攻撃されて、その思想にかぶれたリア充にも蔑まれるわけですよ。これが強烈な怒りになるわけです。

リムジンリベラルの話にもどすと、セレブリベラル思想を説いているのを見たとき反感を抱く労働者は、すべてがすべて反リベラルだというわけじゃないんです。中道無党派労働者は言うまでもなく、リベラル支持者でさえ、それに反感を持ちうるということの方が肝要です。

そして一つ注意するべきは、リムジンリベラルにどれだけ強い反感を持ったからといっても、その人がただちにリベラルへの支持を止めるわけではないということです。反感を持ちながらも支持を続けることは十分可能なのです。

私は、オタクリベラルを嫌うときの、その反発の感情について分析しましたが、感情ただちにその人の政治信条を決定づけるわけではありません。「リベラルに反感を持った奴はリベラル支持者ではない。そいつネトウヨになる」などという見方偏見だし、短絡的すぎます

  

  

  

6/22 22:09再々追記

tick2tack なんだこれ。「僕の考えたリベラル」感がすごい増田。とりあえずリベラル語るなら社会的公正というとこから始めるべき

社会的公正の概念については論じるのが厄介ですけど、このエントリは、自由放任主義リベラルというような定義で書いたのではありません。

例えば「女性自由」について言うと、保守派が現状をそのまま放任するのに対し、リベラルはその拡充をめざす立場だと私は書きました。リベラル性教育の普及、性暴力の根絶のような施策積極的におこなうのです。

リベラルから表現規制もこの文脈で出てくるのだと思いますが、何をどの程度に規制すればいいかという統一見解はありません。社会的公正はきわめて多義的で、あいまい概念にならざるをえないのです。それにも関わらずリベラルがこの概念を用いるのは、それが真の意味自由を実現するために必要方法だと考えるからでしょう。

これは結局のところ、リベラル保守派より「自由」の価値を重視しているからであって、やはりそのすばらしさを熱弁する傾向を有するということなんです。

IkaMaru 「自分たちは気分で政治を選びたいんだ。放っといてくれ」というならもうどうしようもないけどさ。そんなんで世の中の平均よりも知に軸足を置いたクラスタのつもりでいるならお笑い草だよ?

オタク」の中には、いくら不愉快になってもリベラルへの支持を続ける人がいるし、逆にそっと黙って離れていく人、アンチになる人もいるでしょう。けっして気分や感情けがその人の政治信条を決めるわけじゃありません。けれど、全く影響しないということもないはずです。どれくらい影響するかは知りません。勿論、最初からリベラルという人もいるでしょうし、ひとまとめにして語るのは軽率です。

ところで、リベラルの側には、「オタクが俺たちに逆らってきたからムカつく。こっちはもうオタクを助けてやらないぞ」と言っている人たちもいます。こういうのはまさしく気分に従って政治方針を選んでいますし、あなたに言わせれば、知的に劣っていてお笑い種なやつらだということになるんじゃないですかね?

私はこの点については、オタクが弱小の集団から、それでやっぱりナメられているんだろうなと思う節があります。例えば安倍政権が続いているのは、オタクがそれを支持しているからじゃなく、「労働者」なり「女性」という集団がそれを支持しているからです。しかし、そういう普通集団リベラルからまれないし、報復をほのめかされることもないのです。

agricola リベラルにとって表現の自由は数多ある権利の一つという位置づけなので、他の権利との衝突で表現の自由制限されることもしぶしぶ容認するし、いやいやながら手を貸すこともあるわいな。わがまま片思い乙(嘲

他人権利との衝突により、自由制限をするケースがあることはやむをえません。しかし、リベラルは「自由」の価値を重んじる思想なのですから、そういうことをやると欺瞞的と見られて、反感を買いやすいというのが本エントリの主旨です。

あと、リベラル自由制限をするときに「しぶしぶ」というのは、本当にそれが文字通りならいいんですけど、実際には全然そうではなかったり、少なくともオタク側はそう見ていないってこともあるんじゃないですか?

本文中にも書いたとおり、リベラルの中には、偏見まみれにオタクを殴りながら表現規制を訴えている論者もいますし、到底"しぶしぶ"ではなく積極的表現規制をやろうとしている論者もいるのです。もちろん、これは私の観測範囲問題かもしれません。

そしてもしリベラル(とくにリア充リベラル)がそういうことをやったとすれば、保守派がそれと同じことをした場合とは違って、オタクから何倍も激烈に恨まれることになると思います

k-takahashi 生活保守おっさんがオタ趣味叩きをしてきたとしても、しばらく低姿勢でいれば「直接迷惑がなければ好きにしろ」となることが多い一方、自称リベラル極右ジェノサイドを仕掛けてくるので話にならんことが多い

とくに前置きせず「規制」という言葉を使うと、それがゾーニングの強化ではなく、表現物の抹殺であると思われてしま問題があるのかもしれません。(いやまあ実際に、過激な性表現とかロリコン表現に関しては、それをゾーニング対策するだけでは許そうとせず、その存在自体世界から焼き尽くそうとするリベラルの論者もいますけどね……。)

この点はやはり、規制推進派が何をもって「規制」と言っているのか、たびたび不明瞭すぎるのです。そのことが問題をややこしくしていると思います

(参考「クジラックスの件で分かった、2つの表現規制派」https://anond.hatelabo.jp/20170617222457

  

  

つづき書いたわ→ https://anond.hatelabo.jp/20170625181510

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