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はてなキーワード: シャツとは

2017-10-21

金曜日の21時、新宿へ向かう電車

かいに座ってた40代サラリーマンという感じの男性が、おもむろに左手薬指の指輪を外した。

私は、ああ、キーホルダーにつけるのかな、と思った。

ビジネスカバンの外ポケット内側にリングホルダーを用意してあって、そこに慣れた手つきで指輪を隠したあと、少しキョロキョロしてスマフォに目を落とした。とても嬉しそうだった。

そういうものがあるのかと驚いた。

新宿に向かうなかで、30代の新婚さんに見えるカップルが乗ってきた。もうほろ酔いで、今にもキスをしそうな雰囲気だった。

少し辟易しながらも、どうぞお幸せにとしか思うことができなかった。

隣に座り込んできた20代残業終わり風の男性シャツが半分出ていた。伸びた爪でソーシャルゲームをにこにこやっているのが窓越しにわかった。

かい指輪しまった、サラリーマンの靴は磨かれていてシャツはきれいアイロンがかかっていた。

愛って、こういうものかなと、母と旅行へ向かう途中の私は分かったような、違うような、眠気に襲われていた。

2017-10-19

課長ワイシャツがいつも汚い

袖口も襟口も汗ジミがスゴイ。

一週間に一回くらいしか洗濯していないそうだ。

聞いてみたところ、毎日のように子供洗濯物で疲弊している奥様を見ていると、アイロンがけをしなきゃいけないワイシャツ洗濯してもらうのがとても心苦しいらしい。

同じ理由ハンカチも似たような状態だった。

奥様思いな課長嫉妬しつつも、どうせ一回脱ぐのだから同じシャツを買っておいてうちに来たときに着替えて帰ればばいいのにと思った。

そういうと課長は、「それじゃ洗濯に出すシャツキレイ過ぎてあやしまれるじゃないか」と笑いながら言った。

忙しい奥様がそんなの気にしてるはずがないのに。つくづく男ってバカな生き物だよね。

2017-10-18

anond:20171018120004

あなたがチェックのシャツ着たオタクバカにする言説にも同じこと言うなら説得力もあるんですがね

2017-10-17

デリバリークリーニング

デリバリークリーニングを利用してるが、これかなり捗るのでおすすめ

ピックアップも返却(?)も、無人対応できる。玄関に袋かけて中にクリーニング入れとけば、水曜にピックアップしてくれて、翌週の水曜にメータボックスに帰ってくる。袋がかけられた上で、ハンガーに吊るされてる形。

値段も普通クリーニング屋さんよりちょい高いぐらい。ワイシャツ一枚200円。

支払いはクレカで引き落とし。

うちのマンションオートロックからシャツ盗難とかの心配もないし、廊下が外に面してないから(良くあるロの字型の作り)、雨とか風とかに晒されるリスクもない。

すごいいよ。

てか久しぶりに分け合ってクリーニング屋さん行ったらすげー待たされてやっぱダメだわ。なんでクリーニング屋さんってあんな預かるだけなのに時間がかかるわけ?

2017-10-13

仕事ができない人がいる。

最近入ってきた年上の同僚がぜんぜん仕事できない。

仕事ができないというか、

技術的なことが高くない

(7年ほどの経験者ということで入った中途さんけど、肌感としては技術は中の下ぐらい)

っていうのは確かにそうなんだけど、

 

なんていうか、外部との待ち合わせに遅刻したり、

その連絡がこっちから連絡するまでなかったり、

あってもSNSメッセージだったり、

返事が「ほーい」とかでなんか甘かったり、

私に敬語使わなかったり、

フレックスはいえいきなり社員の中でいちばん遅く出社してきたり、

クチャラーだったり、

雑用ぜんぜんしなかったり

零細企業から掃除とか備品整理とか雑用もけっこうしなくちゃ会社がなりたたない)

デスクの上がめちゃくちゃちらかっていたり……

 

あとなんか、なんていうか……全体的にダサい

服とか髪型だけの話じゃなくて、言葉センスもないし、会話のセンスもないし、

トイレ中とか、食べてるときとか、パソコン叩く音とか、

そういうちょっとした生活音もでかくて、なんかぜんぶスマートじゃないんだよね。

 

3ヶ月見てて思ったのが、

「見てても、話してても、一緒に仕事してても特にメリットがないかあんまり関わらないようにしよう」。

自分フロントに立ってる仕事遅刻とか小さいミスをされると困るので、

なるべく一緒に仕事したくないと上司にも話してある程度納得はしてもらっている。

もちろん社内の空気が悪くなるのは困るので、その人含む全社員にはそういう態度絶対に見せないし、

普通に話すし、何かやってもらったら「ありがとう」とか欠かさずいうようにはいしてる。

 

でも、

 

正直、私はあんまり人のことこんな風に思ったこほとんどないのでびっくりしている。

嫌味な人もそれはそれで楽しんできたし、服とかダサいとかってだけで人を嫌いなったことはない。

 

なんでこんなに最悪な印象を与えるんだろうってちょっと観察してみたら、

周囲の人間に対する気遣いとかリスペクトがまったくないんだよねこの人。

 

トイレ使って汚したら後の人が困るよね」とか、「この汚れを誰が掃除するのか」とか考えないんだろうし、

「なぜ10分早めに集合することになったのか(エレベーターめっちゃ混む高層ビルからだ)」は「10分遅れても平気」って思ってそうだし、

遅刻したときに私が嫌味言われてる」とか絶対想像もしないんだろうし、

仕事の提出がギリギリになったら上司迷惑かけるよね」とか思わなんだろうし、

「汗臭いシャツ着てたら周囲に迷惑かけるよね」とか、なんかそういう配慮が一切ない。

 

だいたい今まで接してきた人たちって、

汗かきなら着替え常備していたし、万が一遅刻するにしても事前に報告をくれるし、

上司確認必要仕事なら上司スケジュールを聞いた上で自分仕事をこなしていた。

 

なんていうか、23歳なら「教えてあげればいい」とか思うんだけど、

「この約10年なにをしていたんだろう」とか思ってしまう。

申し訳ないけど、そんな風に思ってごめんね。

2017-10-12

2017 台湾旅行第一部分

台湾に行って来た。

一人での海外旅行は初めてだ。

台湾であった事、感じた事つらつらと書く事にする。

長いし、起こった順に書いていて、特に脈絡もないので、ドラマは期待しないで欲しい。

取り留めない旅行記だ。

もし文書の中で一文でも、行ってない人の興味を唆れたり、行った事のある人に「あ〜、あるある」って思ってもらえたら嬉しい。




出発前


そもそもなぜ台湾に行こうと思ったかというと、少し前にちょっと凹むを事があり、いつまでも気に病んでも仕方ないし、何か面白い自分の興味を引かれる事がないかなぁなんて考えてたところ、「そういえば、台湾料理で気になってるものがあるんだけど、実物を食べた事がないんだよなぁ」と思い出し、休暇の予定も決まってなかった事もあって、「じゃあせっかくだから行ってみよう」となった訳である

初めてなので、ツアーを予約して、飛行機ホテルの世話だけをして貰うつもりだった。


いざ行くと決まれば、何より問題なのは言葉で、元々日本でもコミュ障気味なのに、別の言葉が話されている国で過ごすのは甚だ不安だった。


でも出発当日が来て、フライトをまつ夜の羽田空港国際線ターミナルで、簡単中国語を暗記していてた時にふと気付いた。

そうだ、俺、イラスト描けるじゃん。

普段から言葉より絵の方が伝わる事があるのは分かってる。

言葉の通じない国に行くんだ、使えるスキルは何でも使わないと。



格安ツアーの出発は変な時間だ。

午前4:50、タイガーエアに乗り込んだ。

台湾のLCCとはいえ、機内はほとんど台湾人

ツアーなので、自分の他にも出発する日本人いるかと思ったが、日本人は少数派のようだった。

ちょっと不思議に思ったのは、機内の台湾人男性はほぼメガネ

なんでどいつもこいつも目が悪いんだ。

から更に不思議だったのは、台北の地に着くと男子メガネ率がむしろ低いのだ。

台湾人飛行機に乗る時だけメガネをかける決まりでもあるのか?






1


1日目 午前


LCCの狭いシートで変な姿勢に耐えながら3時間フライトを終え、朝の桃園空港に降り立った。

空港でキョロキョロしてると、いきなり兄ちゃんに現地の言葉で話しかけられた。

バス?とか言ってたので、行き先に迷ったと思われたらしい。

一瞬どう答えていいか迷ったけど、オレンジベストを着てゲートのすぐそばに立っている女性を指差し、「大丈夫」と言うふうに手を振ったら、彼は「なんだ」という顔をした。

あ、言わなきゃ。

「謝謝」


ベスト彼女自分の到着を待って立つツアーガイドだった。


実はツアーガイドはすぐに見つけていたのだけど、他のツアー参加者が集まってから声をかけようと思っていた。

しかし、誰も集まる気配がない。

どうやらこのツアーの申し込み者は自分一人らしい。

機内に日本人が少ない筈だよ。

「すいません」と日本語で言うと、ちょっと訛った日本語で「どこにいたの?すぐに声かけてよ〜」と笑顔で言われた。


ツアーガイドは黄さんと名乗ったが、「エリと呼んでね」。

台湾の人は英語の二つ名を持っている人が多いという。

より覚えやすくする為に、勝手に「エリーさん」と呼ぶ事にした。ちょっと伸ばしただけだから大きく違わないだろう。



ホテルに向かうミニバンエリーさんに「何かみたいものある?」と聞かれたので、「九份に行きたい」というと、「どう行くか調べてますか?」

「ざっくり」と答えると、「ざっくりじゃダメよ!」とひどく呆れられた。

エリーさん曰く、九份は凄く人気、今は祝日台湾人も行くから人でごった返している、行くなら早くいけ、と。

さらにはついでに十分も行くべきで、こんなこんなこんなツアーがあって・・・説明が止まらない。


「実は蚵仔煎と肉圓を食べに来た。あとお茶も買う予定」と言いうと、彼女は「それだけ?」とまたもや呆れ顔で言った。

「それだけじゃ量が少ないよ!」

さらっと書いているが、この会話の中で、エリーさんは料理名前を何度も聞き返している。

曰く、「発音メチャクチャから何言ってるのかわかんないよ!」

日本人とは随分テイストの違う接客なので思わず笑ってしまった。


夜市にも詳しいエリーさんによると、蚵仔煎の様な夜市料理行列の店で食べるべきで、それは味の問題というより、回転の早い店の方が素材が新鮮なので、当たる事が少ないかであるとの事だった。

台湾人がよく行列するのは、そういう理由もあったのか。なるほど。


エリーさんの勢いに呑まれかかってたけど、会話が少し止まって、ふと窓の外から街を見れば、台北市建物が密集しているのに気付く。

その中にセブンイレブン

漢字コンビニも人の背格好も一緒なのに、行き交う人は全然別の言葉を話している。

それは不思議な感じだ、と言おうかと思ったけど、それを言うとエリーさんが凄いエネルギーで何かの説明をしそうなので言わないでおいた。


ホテルに着いたらチェックインの15:00まで、荷物を預けて自由観光

エリーさんは、台湾での見所と注意をまくしたてたあと「わからないことがあったらLineで連絡して!」と事細かに連絡方法を教えてくれた。

「あと折りたたみ傘を持って行って!今の台湾は天気が変わりやすい!」

どうやら手が届く限りは面倒を見ないと気が済まないらしい。

台湾人親日とよく聞くが、接した感じでは、どうもナショナリズム問題ではなく、何か人間が親切というか、お節介焼きであるように感じた。



エリーさんと別れてしばらく歩くと、南国の陽射しの下、台湾国旗がはためいている。

明日がちょうど建国記念日国慶節からだろうか。

そういやエリーさんに「暑いな、さすが南国」と言うと「ここは南国に入らないよ!台南の方が亜熱帯!」って言ってたっけ。

急に冷え込んだ東京から来たら、十分暑いエリーさん。


すぐに暑さに耐えかねて、冷房の効いてそうな店に飛び込んだ。台湾で食べたかったものの一つ、豆花を食べていると、店内ラジオからはB'zが流れて来た。

日本アーティストなのに、なぜかより台湾を感じさせる。

かい注文が出来ないので、かき氷ピーナッツの甘煮だけをトッピングしてもらった豆花はとてもアッサリしていた。



台湾はとにかくスクーター乗りが多い。

大通り信号が青に変わるたび、びっくりするくらいのライダーが駆け抜けて行く。

この台湾光景を収めようと交差点歩道カメラを構えたら、後ろから「前方!」という様な声をかけられた。

振り向くと、自転車にのったおじさん。

「前危ないよ」とでも言われたのだろうか?ひょっとしたらもっと荒っぽい表現なのかもしれない。

台湾人は親切だけど直接的でもある。




1日目 午後


ホテルチェックインの15:00にはまだ間があったが、台北は午後になって更に気温が上がって来た。

エリーさんが言ってた事には、日中は36℃になると言う。

当て所なく歩き回るにはキツい時間だ、せめて目的が欲しい。

本来は2日目の午前にこなす予定だった、台湾茶の買い出しを前倒す事にした。


エリーさん曰く、祝日台湾人は勤勉では無いらしく昼頃にようやく起き出すとの事だったので、一抹の不安を抱えてはいたが、しばらく歩くと、お茶のいい香りが漂って来た。

通りに面した倉庫の様な店。

林華泰茶行。

上質なお茶が卸値で買えるとの事で、予め来ると決めていた店だった。

実際に来て見ると、その倉庫の様な空間に微かに漂う不思議で素敵な香りに心が踊る。


ただ、少し計算が狂ったのは、店が思った以上に小ぢんまりとしているし、本来問屋なので、店員もぶっきら棒。

タンクトップから腹を放り出したオッさんが茶葉のチェックなどしていて、ゆっくり見るのは場違いだった。

そこでは吟味しながら4種類買う予定だったけど、実は到着直後の免税店で、エリーさんの勢いに押されてすでに高山茶を1つ買っていたので、3種類にした。


金萱

東方美人

蜜香紅茶


20代とおぼしきにいちゃんに、それぞれ「1/4斤」とメモして伝えると、「150?1300元」とぶっきら棒に返して来る。


台湾店員さんは人がよく、自分言葉が変でも何とか必死コミニュケーションを取ろうとしてくれていて、それが返って不甲斐なく、少し凹んでもいたのだけど、さすが問屋のにいちゃんにそんな忖度は無い。


今が出す時だ、と思い、空港で描いたメモを見せた。

一杯の茶のイラスト

「喜歓的香味(とても好きな薫りです)」

「謝謝。」にいちゃんは微笑んで言った。

初めてエリーさん以外の台湾人とちゃんとコミニュケーションが取れたと思った。



昨日から大して寝ずに動き回ってるので、良い加減疲れて来たけど、ホテルチェックインにはそれでもまだ時間がある。

台北101に向かう事にした。


地下鉄にのっていたら、博愛席(日本でいうところの優先席)に座ってたばあさまが、乳幼児を抱いている母親に気付いて、手招きして席を譲っていた。

台湾人はほんとうに人が良い。

うっかり降りる駅を間違えて、次の電車を待っていたら、地下鉄ホームロードバイクを押す人がいた。

台湾輪行ダイナミックだ。


ブルータス台湾特集の表紙が台湾人には不評だったらしい。

曰く、あんな古くさい台湾ではなく、もっと近代的な今の台湾を見てくれ。

でも、実際歩いてみると、やはり台北の街は自分イメージするアジアエネルギーノスタルジーに溢れている。


そうかと思えば、台北101東京で言うところの押上ソラマチの様に、周囲から浮いて急に出現した近代モールだった。

台北という街は混沌の中での変化の真っ最中なのかもしれない。



さて台北101の地下はデパ地下であり、フードコートだ。

このデパ地下も、旅の目的の一つだった。

その地にはその地の食い物が有る。

よくわからない果物料理ディスプレイされてるのは最高だ。

乾麺のコーナーで、刀削麺と同じ棚に讃岐うどんが並んでるのには何だか笑った。

うどん台湾では烏龍麺と書く。


大して腹も減ってなかったけど、疲れを癒す意味で、ここのフードコートガソリン補給をする事にした。

加油、俺。

頼んだのは排骨魯肉飯のセットで排骨には八角の強い風味が有る。

これが中華な味だ。

魯肉飯をかっ込んでふと顔を上げると、半袖シャツを着た対面のにいちゃんの袖から綺麗な花柄が覗いていた。

そういえば林華泰茶行に行きすがら、通りかかった裏路地でも、書き描けの紋紋を背負ったおっちゃんが上半身裸で何かを食っていた。

台北では割とカジュアルに紋紋にでくわす。


デパ地下と紋紋に満足したので、人でごった返した展望台には登らなかった。

良い加減、ホテルチェックインしてシャワーを浴びたい。




1日目 夕方〜夜


やっとホテルチェックインできて、シャワーも浴びてさっぱりできた。

一休みしたら晩飯だ。

どこで何を食うかは決まっている。

寧夏夜市で蚵仔煎を食べるのだ。


実はエリーさんに、この暑くて食品が傷みやすい時期に牡蠣を食べるのは勧めないと止められていた。

私たち台湾人間は胃が大概のものに慣れている。でもあなたたちは違うでしょ」と。

一理あるんだろう。

でもこの旅行重要目的の一つが本物の蚵仔煎を食べて、どういうものか知る事だったのだ。これはマストなのだ

から、せめてエリーさんの忠告を一つ守ることにする。

屋台料理行列の店で食え」

日が落ちて、明かりが灯った台北の街。

地下鉄を乗り継ぎ、寧夏夜市の行列の店を目指した。



道中驚いたのは、街中に野良犬がいた事。

少し遠巻きにしてる人もいたが、同時に野良犬を気にするふうでも無く、すぐ脇で座ってなんか食ってるおっちゃんもいて、日本ではもうない風景日常なんだなぁと驚いたりもした。



やがて、台北B級グルメ天国寧夏夜市が見えて来た。

日本で伝え聞く喧噪はちょっと盛ってるんじゃないかなんて疑っていたが、実際に行くと日本縁日以上の人、人、人。

屋台が軒を連ねる通りは真っ直ぐ歩くのも難しいくらい。

食習慣が全然違うのを肌で感じる。


夜市を一回りすると、一番行列のできてる店がわかった。

ここに決めた。

朝にエリーさんに酷評された付け焼き刃の台湾語は捨てて、筆談だ。

蚵仔煎を描いたメモを見せて注文する。

やがて店内に通されて、目当ての品が運ばれて来た。

おお、これが蚵仔煎か。

まず写真を一枚。

そして口に運ぶ。

プルプルしている!台湾風にいうとQQだ。

牡蠣オムレツと言いながら、片栗粉ような生地の方が主で、それに卵が絡み、その中に青菜と小粒の牡蠣が旨味を添えていた。

かかっているタレは甘酢か。テーブルに置いてある辛味噌を添えると更に風味が増す。

エリーさんの忠告は忘れてないが、ひょっとしたらヤバいものを食べているのかも知れないというスリルもまたスパイスのようなものだった。

「很好吃!」メモを見せると、店員のお姉さんはサムズアップした。



>>2日目



2017-10-09

安倍botってこの中にいたりするんだろうな

どれかな

3枚めの真ん中の青シャツ眼鏡とか、右奥の安倍画像使ったプラカードおっさんとかそれっぽいな

https://snjpn.net/archives/32929

2017-10-05

anond:20171002172111

襟なしのシャツの上にジャケット羽織ファッション見ると、首回りの汗ジミで高いジャケット汚れそうっていう心配が先に立ってしま

ワイシャツの襟がまっくろになりがちだからあんファッション絶対できない

2017-10-04

スニーカー通勤最高。

みんなやるべき。

どんどん、らくをしていこう。

まず、スーツは、パターンオーダー。

同じ生地で「ジャケット2着、パンツ3着」作る。

シャツは、同じものを3着ほど買う。

革靴は、会社ロッカーに置く。

スーツの上着も、会社ロッカーに置く。

パンツ毎日交換する。

上着は、会社に置いて、

一定期間で交互にクリーニングする。

毎日同じスーツ

でも清潔。

らく。

で、通勤は、スニーカーを履いて、

マウンテンパーカーを着て、

小走りで会社GO

超らく。

しかも、スニーカーだと、

休み仕事帰りに、そのままジムにも行ける。

最高。

そりゃ、ジョブズ毎日同じ格好するよね。

軽度知的障害者っぽいアニメキャラLDって書かれたシャツ着てて

すげえ攻めた番組だなって思いました。

2017-10-03

なんで皆そんなに気温変化に強いんだ?

だいたいこの季節だと昼間はけっこう暖かくてシャツ大丈夫だけど、夜は冷えるから上着を持ってでかけるでしょ。

わたしはもちろんそうしている。

それをさあ、なんか、最高気温の瞬間に合わせたファッションで出社してくるやついるんだよ。

お前な、そんな半袖で、夜の冷え込みに耐えられると思ってるのか?! 山を舐めるなよ! 秋のオフィス街舐めるなよ!

と、私はなかば憤りを感じるんだけど、奴らは夜になっても平然と外を歩いていたりするのだ。

バカっ… そんな格好で外に出たら… 凍え死んでしまうぞっ…!

ってわたしは思うんだけど、奴らは平気な顔をしているのだ。ケダモノかよ。

真夏真夏で、逆にスーツネクタイ炎天下を歩いてたりさあ。

わたしはいだって寒暖を調節できる服装でいないと不安からタートルネックセーターみたいな、脱いだり着たりが難しい服は着れない。

前にボタンのあるカーディガンとか着てる。

真夏冷房が怖いのでペラペラ羽織ものカバンに入れて歩いている。

夏はユニクロなどの冷感インナーを着ている。

が、冬はヒートテックなんかじゃ役に立たないので、登山用品の高性能インナーで身を守っている。

あと、上着を着たままご飯を食べられない。

牛丼屋とかでジャケット着たまま食べてる人とかよくいるけど、ものを食べたら暑いし汗かくし気持ち悪くて泣きそうになる。

絶対に上着を脱ぎたいので、寒い季節は脱いだコードを置く場所の無いような混んでる飲食店には入れない。

皆、どうやって気温変化に耐えてるんだ……

人の人を笑うな

何らか自分が熱中している物事とかそれらは、人からすればただのファッションじゃんとか、気取ってんじゃねえよ糞がとか、その顔でwwwwとか言ってくるような顔してくる奴らの、

見えない感情とか、どうせそれも自意識過剰なんだろうとか目があるのが、無いのか、わからないが白シャツもすぐ黄色くなる、

甘えだなんだとまたいうんだろう、社会性のないとなんべん言われてきたか、その社会性があれば人をマウントして殺しても良いのか、じゃあ俺も社会性身に着けようかな、ってなるよなぁ、

社会性を大義名分にすれば無罪なんだもんナァ、つったってどうせあいつらはテメーの良いように良いように解釈していやいやおれらだけの特権からwwwとかいうのだ、違いない、

目がある、趣味を持ってはいけないのか、底辺は持っちゃいけないのだろうなあ、社会的強者様は弱者が何をするにしても不快らしく、一挙手一投足におれのそれに難癖を付けるそぶりを見せやがる、

俺はお前に見せたくて趣味しているわけではないのだ、それがアピールとでもいうのか?おまえら承認されたくてやっているわけじゃなく、俺の俺がしたいと思うままに俺はしているのだが、

それが、なぜわからないのか、わからない、何か害を為したか、俺が、お前らに対して何を為したか人畜無害であったつもりだが、それだけのために謗られ言葉目線迫害され、お前らは

知らん顔で、笑っていやがる、腐ってやがる、強者様とは、腐りきったゴミダメのような、それがヘェー社会的ヒエラルキーなんだナァ、地位の高さなんだなぁって思ったらもう

なーんもやる気が起きない、何をしたとして、お前らは何らか言ってくるだろうし?おれが正当をしたところで頭ごなしに否定するのだから、やってられない。糞。ゴミ。あーゴミ

2017-10-02

ジャケットシャツを袖通さないで肩に掛けて羽織ファッション

ちゃんと着ろよって思ってしまうんだけど、

俺が撫で肩でそういう着方するとすぐシャツがずり落ちちゃうからそう思うだけだろうか

2017-10-01

今日夢日記

渋谷デート中。OASISタワレコに来るよ!って言われて慌ててタワレコに。渋谷店といいつつこれどう見ても池袋店だろって感じのごちゃ付き。インストア整理券配布が終わっててムリだけど新曲サイン入り音源なら並べば買えると言われてダッシュで列に並ぶ。「2列に並んで進め」と言われるので二人で並ぶと、列がぐちゃぐちゃで横入りしてくるのがいたりするけどとにかく私が頑張ってある程度の位置キープする。

店の中のエスカレーターを何度も登ったり降りたりさせられ、彼氏と二人で喋りながら並んでると上の階から女の人が「リアムに会いたかったよー」と泣きながら降りてくる。「しょうがないじゃんね」「大人は外で泣くなや」と目で会話してると、また列が崩れた瞬間にお揃いの水色のボウリングシャツを着た金髪ボブの男が2人割り込んでくる。ガリとデブのセット。また横入りーと思いつつ、OASIS好きな人同士だし音源は買えそうなので我慢する。

彼氏があのボウリングシャツ金子あっくんが着てそうじゃね?というけど金髪ボブじゃ意味ないだろ、ハードのほうが大事だろ、と思うけど聞こえそうなので黙ってた。エスカレーターが途中なぜか足下がスケルトンになりつつ進む。今デブ隣にきたらここが割れ死ぬのかなと思う。狭くなったところで彼氏が私を先に行かせてくれつつ進む。

気づいたらガリはいない。彼氏ちょっと後ろにいる。いつの間にか隣に来てていつの間にか口きくようになってたデブと「もうすぐかな」と言い合う。私はヒール履いた自分の足を見る。「こんなに歩いたのに痛くないな」と思う。まだかなーと思ってるとこで起きた。OASIS新曲しかった。

2010年ネットリア充爆発しろ!」2017年ネット「イキリオタクがどうのポプテピピックがすみぺがゆゆ式ヤマノススメがどうの」

なあ、どっちが良いと思う?

もちろん「昔は良かった」なんて説教臭いことをいうつもりもない。

ただ、単純にどっちが良かったかなって思うんだ。

紛れもなく、前者だろう。

どっちもどっち?」

かにそうかもしれない

しかしながら、どっともどっちだとして次悪を選択し、次善に変え、最善にひっくり返すのが我々左翼の使命ではないだろうか?

一見メジャーと思えるものに逃走のライン見出し、その線を増幅させ、相転移を願うのが我々左翼のやりかたではないだろうか?

なるほど、たしかに「共産趣味」とかい田舎優等生が頑張ってシャツ第一ボタンしましたみたいな趣味流行からも伺えるように、

その種のパフォーマンスは「保守」に簒奪されてしまったといえよう。

しかし、であればその手法を再び我が物にすること、お望み通りの古い言葉を使うならば再領土化することが肝要なのではないか

以上。まだ見ぬ同志の研鑽に期待する。

2017-09-29

してみたいよね

あくびを枕の中へ落とし、合わないピントでフラフラと寝室を出る。

君の声が聞こえてくるリビングへ向かう。

ドアを開けた後、「おはよう」を言う前に君はケラケラと笑った。

  

確かにイケメンではないけどさ、人の顔見て笑うってのはどうなのよ?

君はごめんごめん、と気持ちの入っていない謝罪をした後に、

顔じゃなくて頭。髪の毛すごいことになってるよ。と僕に告げた。

  

しかめっ面で髪に触れると、なるほど確かに、ひどいものだった。

  

これでは笑うのも無理ないな、直してくるよ。と言いリビングを後にする。

君は包丁リズムでそれに答えた。

  

さて、幾分かマシになったであろう僕は再びリビングに戻る。

二人で朝食を取り、二人で一緒に家を出る。

数年間続けている僕らのスタイルだ。

  

清宮くんどうなるんだろうね…北朝鮮、怖いよねー…なんて他愛のない話をしながら、

君の作る朝食を二人で食べる瞬間は「幸せ」ってこういうものなのかな、なんて思わせてくれる。(恥ずかしいので君には言えないけど)

  

朝食を取り、着替えた僕らは玄関に立っていた。

  

「さぁ行くよ!」

と僕の手を引く君はさっきよりもいい笑顔だった。

  

僕は洋服というものに全く執着がなく、9割方ジャージで過ごしているんですが、それに見かねたのか何なのか、先日、買い出しに行くぞ、と。

めんどくさいなぁってのがありあり顔に出てましたけど、まぁ家に居ても大したことしてるわけじゃないし、たまにはこんな休日も有りかなぁ…感丸出しで、袖をグイグイと引かれ、辿り着いたはユニクロ

  

よくわかんないなりに、漢字の書かれた謎シャツウキウキながら見せに行ったら、間髪入れず「買わないよそんなの。戻してきなさい。」とか言われ、若干しょんぼりしつつも言う通りにする。

その間に彼女は全身をコーディネートしていた。

「コレよりこっちの方が…」なんて意見しようもんなら「うるさい」と一蹴されるので、次第に言われるがままになっていく。

結構な量の服を両手に抱えた彼女が不意に

「よし!着替えておいで!」と文字通り服を丸投げし、試着室に押し込まれた。

  

ゴソゴソと衣擦れの音を立て、しばらくした後顔を出す。

  

「ど、どう?」

「うーん」

「…」

「かっこ良くなったけど、やっぱダメ。」

「…えっ、ひどくない?」

「アンタがかっこよくなっちゃったら、モテちゃうからダメ。」

「…えっ」

「早く行くよ」

「ちょ、今のは、ど、どうい」

「うるさいバカ

  

みたいなのをね。

2017-09-25

読めない友人

学生時代、私は風変わりな人が好きで、変人と周りから呼ばれてる友人が多かった。

何をしでかすかわからなくて一緒にいて面白いから

ナンセンスだなあ、とか、うわ〜そのシャツダサいな〜とか感じながらも行動をともにしていた。

そんな友人たちの共通点が、何をしでかすか分からないが故に、たまに恐怖すら感じるときがあること。

雨の中突然傘を投げ捨てて道路に飛び出し、車を急停車させて「ほら、渡れるよ」と呼ばれたとき狂気を感じた。

自分には考えられない美意識だとか感性を持った人は見ていて面白い

たとえそれが狂気であっても。

ああ、この人を本気で怒らせてしまったらどうなってしまうんだろう。

北朝鮮が公開した『アメリカボコボコにする動画』がヤバすぎると話題 / ネットの声「クソみたいなクオリティ」「もうちょっと頑張れよ」 – ロケットニュース24

https://www.google.co.jp/amp/rocketnews24.com/2017/09/25/960042/amp/

この動画を見てナンセンスだなあと思ったのと同時に、その友人たちのことを思い出した。

ダサいけど、奥底に何を考えてるのかわからない奇妙な雰囲気がざわついてる。

友人たちは今元気にやってるだろうか。

2017-09-23

anond:20170918023707

心中お察しします。着物ブラとナベシャツをぜひ試してみてください。私はFでしたがけっこう平らに見せることができました。

シャツもきれいに着られましたよ。安いので大丈夫です。

あとダイエットして体脂肪率を落とすと一回りくらいは小さくなりますよ。

2017-09-19

スタンドカラーシャツをよく着ているが

量販店ではおいてある店が全くなくて困っている。

自分が行くような店のレベルでは古着屋でたまに見かけるくらいだ。

GAPとかで売ってくれないかな。

通販では着心地の悪そうな飲食店制服しか上にバリエーションもない。

2017-09-18

​男、その他の乳について


乳首が左胸から去って二週間がたった。

特別感傷を憶えることはない。


外では台風が猛威をふるっている。

がたがたとゆれるYKKのサッシは南国においても安寧をもたらす。


あれはこのバカンスに入る前の、クソ煩忙な日々のある夜のことだ。

私はクソ旧友とのクソディナーを取り付けて、クソ吉祥寺にクソ向かっていた。


「グッド・テイストな話、聞きたくないか?」


クソ友は頭がチンポになってしまったようで、ローションまみれになっていた。


「ハハン。うまい話には」


「穴(罠)がある。でも、今回のはマジだぜ?」


「話は後。とりあえず、乾杯だ」


杯を交わす。羊の小便と爪の垢の味がするビール

クソ友のおいしい話はこうだった。


・我今革新的性的事業没頭男子集団旗揚

・汝性的潜在能力顕著者故我等集団参画渇望

幹部存在発明試薬汝此試飲後絶大快楽巨大絶倫棒手中収成


「それで、お前さんは飲んだのかい。その薬とやらを」


酔いが回ってきた私は少しオネエ口調で訊いた。


「当然。なんなら試していくかい?」


すごい夜だった。

親しき仲にも前戯あり。長い詰みより短い必至。

チュンチュンワールドまばゆい光をもってモーテルの一室を照らしていた。


彼は置手紙と薬を残してすでに去っていた。

Love Will Tear Us Apart Again


私は脱糞してから手紙で尻を拭き、1ダースの薬を飲んだ。


彼の話だと効果はすぐには出ない。およそ半日を要すると。

何食わぬ顔で出勤した。ゲートにIDを通して、キュートガードマンにウインク


しかガードマンはいものプリティスマイルを返してくれず、

怯えたハービヴォラスアニマルの目を私に向けてきた。

それだけではない。同僚、上司、部下までもが私に奇異の目。


なんて失礼なヤツら!

いったい私がなにしたっていうのよ!


少しアルコールが残っていた私はプリケツ歩きでトイレへ入った。

鏡をみるなり叫んだ。マンマ・ミア!


左胸から頭が生えていた。ボリオリのシャツを突き破って。

そいつはすでに意識を手に入れ、ぎょろぎょろと周りを見渡していた。

しかしこの顔にはデジャヴー。


「お前ッ、小西じゃないかッ」


「よっ、世話なるぜ」


「はた迷惑なやつだなッ」


小西はクソ友と私の同級生で、三年前に失踪していた。

久々の再会に会話が弾む。同僚たちも小西の陽気さに安心したようで、

ほっと胸をなでおろした。もっとも私の胸には小西がいるので私は小西をなでおろした。


「それにッしてもッ、どうしたんだッ急にッ」


「ま、思うところがあってな」


「そうッかッ。しかしッあまりッ動くなッ」


「お前もしかして、感じてんのか?」


「否ッやめろッあッ」


「ホイホイホイ! エマホイ! シスターエマホイ!」


いみじくも昇天

バカで陽気な小西との共同生活は楽しかった。

小西クライアントの評判もよく、仕事も捗った。

恋人とはファイトになったが、今では彼らもオーラセックスフレンズだ。


タフなミーティング後の小休憩。ランチ前の屋上公園テラス

アイスティー。25メートルからきこえるクラクションの音。人々のざわめき。

エネマグラ未来についてのたわいない会話を交わす私たち


突然、小西がいった。

「おまえな、このままいくと、死ぬぞ」


「ハハン。つまらない冗談はおよし――」


小西真剣な顔をしていた。鳩の糞が耳に詰まったんだろうか。


「おれは持たざる世界から来たんだ。持たざるっていうのはなにもかもだ。体も。命も。乳首も。存在のない世界から来た。そこではなにも持てないかわりに、未来過去現在も、あらゆる事象を観察することができる。おまえな、進行性の心臓病にかかっているんだよ。あと二週間後のバカンス乳首ホテルのボーイになめさせている最中、発作を起こして死ぬ


私は小西が何を言っているのか理解できない。昨夜キヨハラゲームをやりすぎたのだろうか。


オーケー小西。少しクールダウンしよう」


目を伏せてそう言った。目を開けると私の体は宙に浮いていた。

いや。正しくはビルから飛び降りていた。


小西ッどういうことだッ」


「人は一生のうちにしゃぶった乳首のすべてを覚えていることはできない。ちょうどおまえにとっての今日が、忘れられた乳首ひとつになる」


激突する。石畳ブラスト加工まではっきり見えた。

瞬間、何かあたたか幸せ感触と眩い光が私を包んだ。


「これは――ママ? ママ乳首か? お母さん! お母さん!」


目が醒めると私は全裸ビルの前に倒れていた。

知っているだろうか。

ビジネス街においては人が全裸でいても意外とみな騒がない。

生体騒音発生装置たるマヌケヤングはここにはいいからだ。


小西はいなくなっていた。左乳首もついでに消えていた。


私はゲートでガードマンの服を奪い、仕事を再開した。

無線からクソ友が話しかけてきた。


「ヒュー。どうにかうまくやったようだな。肝が冷えた」


「どういうことだ。小西はどこにいったんだ?」


小西? だれだいソイツは」


「お前も同窓だろう」


「ああ、まったく。また間違えてんのか。小雪だろ。小西じゃない」


そうだ、小雪だった。なぜか私はずっと小雪小西と呼んでしまうくせがあった。

ガードマン通報されて、私はシコシコとお縄についた。


パトカー連行されたとき、窓の外に小雪広告が張り出されているのを見た。

小雪はいつも何かを飲んでいる。きっとそうやって私の病も飲み込んだのだ。

私は口のなかに何かがあることに気づきポリスに出してもらう。

それは私の左乳首だった。真っ黒な。


グラスのアモンティヤードに浮かぶex乳首を眺めながら、

回想にふけているうちに、台風は過ぎ去ろうとしている。


わたしは覚えてるぞ。しゃぶった乳首のこと」


グラスを傾ける。

即座に吐く。乳首はとっくに腐っていた。


私はボーイに難癖をつけて、彼の右乳首をしゃぶる。

それはまだ未熟なピーチの味がした。

自称音楽好きと仲良くなれないと思った。

先日、社員旅行があって旅館に泊まってきた。

部署の人とも交流する機会があったんだけど、俺の2、3個下くらいの奴らが、男も女もだいたいバンドTを着ている。たぶんライブとかで買ったんだろう。

やたら目立つシャツなのでおっさんおばさんたちからもそれなんのTシャツ?なんて聞かれている。

それで○〇っていうバンドの〜みたいな話からして。まぁそこで盛り上がっている人もいる。

わかる人たちの交流が始まる。意外と激しいの聴くんですね、とか。

まぁ俺も隣のクラスロック好きな人とか気になっていた中高時代過ごしたもんなんでそこで盛り上がりたい気はわかるよ。

ですが俺はこういう人たちに対して苦手意識がありましたってことで。

この人らやっぱり来たかと思ったが「音楽好きです」みたいなこと言うのね。

そこは否定しない。君たちが音楽にかけてる時間とかお金とか。たくさんあるんだろうと思う。

でもおまえらの言ってる音楽ジャンルはそれだけなんだろう、と。

自分たちの知ってる範囲内の、アイドルとかJポップ的なのって音楽には入んないんだろ、と。

俺も邦楽ロックは好きだし、君の着ているTシャツバンドアルバム一枚だけは聴いたことがある。

でも俺は邦楽ロックだけじゃなくてアイドルとかアニソンも好きだし、昔は80年代歌謡曲にハマった時期もあれば洋楽もそこそこ齧っていた。

俺の問題点といえば、その齧ってただけ、ってことだと思う。

iTunesフォルダにはたくさんのアーティスト名前が連なっている。

だけど、アーティストたちのことは詳しくない。

DTMerなんで機材のことは知りたいしどういう使い方してるとかは気になる。

でも作っている人たちの想い、とかメッセージとかそういのは苦手すぎる。

からいろんなジャンルとか年代でいろんな曲を聴いてきたけど、自分音楽に対して好きって言うほどの情熱バンドTの連中ほどない。

なんだろう、そういうにわかっぽいのがバレるの嫌で関わりたくないと思ったのかな。

なので適当旅館の部屋飲みを切り上げてきた。

音楽に対していろんな想いを持っている方はいるだろう。

音楽に対して一般以上好きな人未満の一意見でした。すみません

2017-09-14

評判イマイチアニメ映画観たらピンポイント直撃を食らい時が飛んだ

子供の頃、大好きな女の子がいたんだ。

俺はあの子のことが、本当に、本当に大好きだった。

でもあの頃はそれの正体がよくわからなくて、なんて言ったらいいのかもよくわからなくて、結局、俺は最後まであの子自分気持ちを伝えることができなかった。

中学1年の夏休み、あの子は家庭の事情で突然住んでいた街から引っ越していくことになって、終業式の日に教室で見た姿があの子についての最後の思い出になった。


あれからずいぶん時間が経って大人になり、人生の大きな選択みたいなこともいくつかあったけれど、事あるごとに「もしも」「あの時ああしていたら」というようなことを考えることがあると、真っ先にあの中学1年の終業式の日のことを思い出すんだよね。

あの時、あの子に「好きだ」と言えていたらって、その頃の中学1年生によくありがちっぽい、そんなささやか出来事を考えてしまうんだよ。

別に、もしそのもしもが叶っていたとしても、きっと何も変わらないんだとは思う。あの子は何も変わらずあと何日かしたら遠くへ引っ越していくし、そのあと何ができたわけでもないんだろう。でもあの時、俺はあまりに幼くて、かっこ悪くて、無力だったよ。

の子小学校の真ん中くらいの時に転校してきて、それからずっと同じクラスだったんだ。

まり女の子友達がいなかったけれど、あの子とはその時からとても気が合ってよく一緒に遊んだ。俺の小さな世界にいる数少ない女の子だった。

きりっとした綺麗な顔立ちで、ちょっと気が強くてお姉さん肌の明るい女の子だった。実際、同級生だったけどほぼ1年誕生日が早かったあの子はいつも少しだけオトナで、俺はよく背伸びをしていた気がする。それこそ13歳のとき奥菜恵みたいな誰から見ても完全無欠な美少女、というわけではなかったとは思うんだけど、間違いなく、俺にとっては世界で一番の女の子だったんだよね。

そうこうしているうちに中学生になったんだけど、入学式に行って最初確認したのは、あの子がどこのクラスにいるのかだったのを覚えている。

の子は俺と同じクラスだった。その頃地域マンモス校だった中学校で1学年9クラスもあるのに、同じところに一緒に名前が載っていて、嬉しかったのもあるけど、なんだかとても安心してしまったのも覚えている。ああ、これから不安もあるけど、きっと、2年生になっても、3年生になってもまた一緒のクラスになるんだ、なんてなんとなくぼんやりと思ってた。

1学期の間、あの子とは隣同士の席になった。なんだろう、子供だった俺はその状況に満足して、当然のように思って、そしてそれ以上何かをするということは無かった。学校に行って、好きな漫画アニメの話なんかを話して、ずっとこの席にいられたらいいななんて思ってた。

俺があの子のことが好きなことは、おそらくクラス中にバレていた。同じ小学校から来た友達もいたし、何より俺がずっと隣の席を見ていたからだ。

でも、そんな日は長く続かなかったんだよね。

あと一週間で夏休みだ、となった7月の半ば、俺はあの子の様子がなんとなくおかしいことに気づいて、とんでもなく不安気持ちになっていた。

急に態度が冷たくなった、とかそういうことは一切なくて、その逆のことが起こっていた。終業式の数日前からいつになくいろんなことを話しかけてきた。初めて会ったころのことや、小学校林間学校ときのことを話した。何か、とても嫌な予感がした。

終業式の前の日の放課後に家に帰ろうとしていると、掃除当番だったあの子が後ろから

掃除、一緒に手伝ってよ!」

と言い、俺のシャツの裾をギュッと掴んで引っ張った。

一瞬時間が止まった気がしたよね。あの感触を、今でもありありと鮮明に覚えている。

絵に書いたようなお約束少年だった俺は、たぶん嫌だよヘヘーン、みたいなことを言って、あの子から逃げた。

クラスの他の女子からなんかヒューヒューと茶化された。廊下に出ると、心臓バクバクしていた。

俺は教室の前の廊下で前の入り口と後ろの入り口の間を5往復くらいウロウロして、やっぱり教室に戻れなくて逃げるように帰った。

そんな日々はその次の日に、映画みたいな出来事もなく、あっけなく終わった。

終業式のホームルーム担任先生はあの子を黒板の前に呼び出して、突然ですがご家庭の都合で転校することになりました、と紹介した。

本人の希望があって、今までお知らせしていませんでした。


なんとなく薄々様子がおかしいことに感づいていたから、動揺はしなかった、フリを全力でした。

の子のことを見ることができなくて、礼が終わった瞬間隣の教室にやっぱり逃げるように入った。特に用事は無かったのにね。頭が真っ白だった。

隣の教室でぐだぐだしていると、小学校とき一緒のクラスだったちょっとおませなお節介焼きの女子がやってきて、俺を見るなりあんた何やってんの、あの子にちゃんと自分気持ち伝えて来たんでしょうね?ちゃんと告白してこいよ、後悔するぞとかなんとか言いやがった。12歳の世界において、女子男子よりもだいぶオトナだと思い知らされたね。

その時俺が口走った言葉を思い出すと我ながらひどすぎて死にたくなるんだけども、確かこんなことを言った。はぁ!?ばっかじゃねーの!?やめろよ、そんなんじゃねーよ。

って、漫画かよ。今でも死にたくなってくるよ。

でも、それもそうかとなんとか思い返して、人影もまばらになってきた自分教室エイヤーと戻った。

この日が最後だったあの子は、まだ教室にいた。

が、それとあと2人くらい、普段まり話したことのない女子が何やら残念だねと話していた。

そこで俺は黒板の前にバン、と立って、ちょっといか今日は俺と一緒に帰ろうぜ!

と言い放つ妄想をあとから何度もしたのだけれど、現実の俺はそんなことはなくて、2人の女子に怯んでまた廊下に出てしまい、やっぱり前のドアと後ろのドアの間をウロウロウロウロとしていた。

そうしていると、友達が通りかかって、何やってんの帰ろうぜ、と言った。

お、おう、そうだねみたいなことを言って、学校を出た。

それが、あの子を見た最後だったよ。


帰る途中、意味もなく遠回りをした。また、とんでもなく受動的なバッタリに一縷の望みを掛けていた気がするけど、すぐに忘れようともしていた。

その友達が、ああそういやあの子転校するんだろ?と言ってきた。ああ、そうみたいだね。と答えたら、ふーん、と返ってきた。そいつになぜか無性に腹が立った。彼は別に何も悪いことしてないんだけども。

歩きながら、無理やり色々なことを考えて納得しようとした。そうだよ、そんなどうせあと何日かでいなくなるのに、今更何か変なこと言ったって迷惑だ。俺の自分勝手だ。そうだ、どうにもならないんだから、何も言わないのが正しいのだ。だから、これでいいんだ。とかなんとか。

映画を観ていたら、アタマがあの頃に飛んでいた。

何もできなかった。あまり子供で、勇気が無くて、情けなくて、後悔とも無念ともなんとも言えなくて、ほろ苦いというか、苦かった。

あの時こうしていれば、って何度も何度も繰り返して、何パターンものルート妄想した、そんな10代の時間だったよ。

大したことじゃないってことはわかってるんだよ。誰にだってあることで、よくあることで、ちっぽけなことだよ。

でも、12歳の心の風景っていうのはとても、とても不安定ものなんだよね。オトナでも子供でも無くて、気持ちだけそこにあるけれど、どうしていいのかわからないんだよね。イマドキの中学生はまた違うんだろうなっていう気もするのだけれど、少なくともあの頃の12歳はそんな感じだった、きっと。

別にとんでもない大事件なんか起きなかった。宇宙人も、未来人も、超能力者も出てこないし、況してや隕石が落ちてくるようなことなんてないし。

でも、12歳の世界にとって、好きな女の子に「好きだ」って言えるかどうかっていうのは、時に隕石が落ちてくるよりも大きな問題だったりすることもあるんだな。

あの頃の、あの「純度100%の『好き』のカタマリ」って一体なんなんだろうな。

なぜそうなのかという理由も問わず、えろい下心もなく、ただただ純粋な何かだった。あの頃のあれと同じ気持ちって、一生戻ってくることは無いんだろうな。

そんなことを考えていた。


インターネットの普及した現代のせいだ。俺はムクムクと出来心が湧き上がって、ついFacebookを立ち上げて、検索窓にあの子名前入力してしまった。

便利な社会残酷だ。もの10秒だった。この長い長い時間は何だったんだっていうくらいあっという間に、あの子がそこに存在しているのが見つかった。

どこからどう見ても、間違えるはずもなく俺が知っているあの子の顔がそこにあった。

あの時の歳の何倍もの時間が経って相応の歳の女性になってはいたけれど、変わらずちょっと気が強そうな美人だった。

その写真を見て、今まで薄々感じながら自分に気づかないフリをしていたことにやっぱり気づいてしまった。

俺はどうやらその後の人生において、好みのタイプだとか、好きな芸能人だとか、そういった気持ち基準が、すべてあの子になっていて、いつも面影を追いかけていた。


の子は、独身だった。

からだっていうことはない。

そんなことをしていたらハッと我に返って、今度はとても自分気持ち悪くなって、そっとその画面を閉じ、Facebook検索履歴を消した。

子供の頃、初めてあの子の家に遊びに行った時に一緒にコースを作って遊んだエキサイトバイクのプイーンというBターボの音と、出してもらった麦茶の味と、あの日グイッと引っ張られたシャツの裾の感覚がぐるぐると回って、それからゆっくりと消えていった気がした。

もう、検索することはきっと二度と無いだろう。


そんなこんなで挙動不審になりながら「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」を3日連続で観に行こうとしていたら、今年中学1年生の息子が、あーあれ俺も観たいんだ、一緒に行くわとかなんとか言ってついてきた。

映画を観終わったら、息子が

「何だよ、めっちゃいい映画じゃんか。何で評判イマイチなんだよ。俺すげー好きだよこれ。」

と言った。


オッケー、わかったよ。

君がそういうなら、俺はもう、それでいいよ。

anond:20170914111706

これ系の話で新品を洗ってから着る人ってアウターとかどうしてんだろって思う。

自身、下着、Tシャツシャツカーディガンスウェットぐらいは洗ってから着るけど

ブルゾンコートとかは我慢しながら着てる。

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