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2019-04-12

女なのか男なのかも確認できなかった

今さっきのこと。電車が遅れていたし、目撃した人も多いだろう

井の頭線に乗り換える人でごった返す中、おもむろにズボンをさげ、そいつは歩きながら、 金魚のように脱糞を開始した。

真後ろを歩いていた人は、とっさに起きたまさか出来事対処できず、自分だったら死にたくなるような被害を被っていた。後から続く人達も、まさかそこにそんなものがあるとは知らず、急ぎ足で飛び込んでいた。 そいつは、金魚状態を続け、便秘だったのかと思うほど大量に糞を出し続けた。 駅員が掃除に来る頃には、被害者は相当数に。 そいつがどうやって尻を拭いたのか、捕まったのかは確認できなかった。 被害は、改札まで続いていた。 下痢でもないのに、どうしてホーム脱糞なんかしたんだろう。また、自分ズボンは無事だったのだろうか?

捕まったとしても尻くらいは吹かせてもらえたんだろうか?

写真は撮ったがさすがにアップするのは気が引ける。ほかにも目撃した人がいたら報告してほしい。

実は、女なのか男なのかも確認できなかった。

井の頭線ハンドキャリーもって乗るに限る

井の頭線、なんであんな混んでいるんだか。私も仕方なく毎日乗っているけど最近楽に乗る方法を見つけたので紹介したい。それは荷物ハンドキャリーにすること。あまり大きいと自分負担になるので国内線の持込みできるサイズとかがいいと思う。これを持ると自分の体の前にどんなに混んでいても空間ができる。だから本読んだり携帯いじったりが楽にできるし、何より自分の顔の前に人がいなくていい。私は最前列でこれをやって、渋谷で降りるときハンドキャリー部分をいっぱい伸ばしてコロコロ転がす。これも実はメリットがあって、後ろから無理に追い抜こうとする人をけん制することができる。前から来る人にぶつかりそうになったらすかさず荷物を前にもってきて歩く速度を落とすか、立ち止まると、向こうがよけていってくれる。

もちろん、これは荷物入れなわけだからカバン持たなくていいのも楽でいい。夏だとペットボトル持ち歩いたりするからカバン重くなるしね。お試しあれ。

2019-01-11

東武野田線なにげに凄いんじゃね?

アーバンパークラインという舌噛みそうな横文字路線名とか、未だに単線区間があるのはともかく、

今や東武の全路線を見渡して、区間にわたって大きく黒字(≠トントン)なのが、唯一この路線だけとか。

幹線系統でも伊勢崎線東武動物公園以北が、日光線南栗橋以北が、東上線小川町以北がそれぞれ赤字

支線は赤字かせいぜいトントンレベルと。

なんつーか、幹線差し置いて輝くのは、他の大手私鉄だと井の頭線に似ている気がしなくもないが、

微妙ダサい大手私鉄である東武の中でも一際パッとせず、過去には汲み取り式トイレの多さで悪名高かったレベルの、

まさに東武冷遇路線と言われた野田線が、今や東武全体の稼ぎ頭の一員とは驚く。

姫宮ななが気がつけば15年くらい起用されていたり、鉄道むすめ会社キャラ数でも多分一番多い以上にびっくりである

それでも赤字路線抱えまくりなのは事実なので、今後経営危機に陥らないことを祈る。

2018-11-30

満員の井の頭線嘔吐したら生まれ変わった話

今日水色のコート着て大量のトマトソースぶちまけた奴、どうして生きているのか?

吐くなら乗るなよ。そばにいた人によると乗ったときから様子おかしかったらしく、目ざとい人は速攻で間を空けたらしい

吐くならうまく口をおさえろよ。強く抑えたからピューっとなったんだぞ

吐くならしゃがめよ。立ったまま吐いたから周りの人のコートグチャグチャになったわけよ

吐くなら自分のバッグの中にやれよ。なんで床にぶちまけていいと思ったのか

吐くなら宣言しろよ。いきなりぶち巻かれたらダメージ倍増だろうが

吐いたらすっきりして生まれ変わったような濁りのない表情で降りて行ったのが印象的でした。

2016-11-24

小田急に腹を立てている

電車が遅れるのは仕方ないが、

遅れるなら迅速に通知しろ

遅いんだよ通知が。

乗ってる電車が10分以上遅れてんのに、遅延情報の発表なし。HP上では平常運転って、ふざけてるのか。

登戸とか下北沢とか、都心に出るのに別ルートがあるんだから

遅れると言ってくれてれば別ルートで行けるんだよ。

井の頭線が5分遅延で発表してるのに、

10分遅延でもグズグズ発表を遅らせるのはい迷惑だ。

2016-11-10

最近のきれいになった渋谷駅では想像もつかないんだけど、

昔の渋谷募金詐欺メッカだった。

JRから井の頭線へ乗り換える連絡通路構造上引っ込んでいる場所があってそこで

「鶴折ってください!」「世界かわいそうな子どもたちのために!」と数人の人たちが声をかけていて、

ついていくと「折り紙一枚1000円です。」と言われたそうだ。(学生の時について行った友人談)

現在マークシティ前の信号前では信号街の人達障害者を装った人が「三宅島のぉ~」(ここまでしか言わない)と語りかけて募金箱を差し出す。

三宅島の、何?」と聞き返すとそそくさと別の人のところに行く。

もう渋谷募金箱・鶴のうちワンペアで詐欺だと考えてしまうが概ね当たってるんだな、これが。

2016-10-14

鹿ではない、蝶でもないなら…な電車

猪かしら?線

井の頭線

http://anond.hatelabo.jp/20161014172820

2016-10-08

明大前で乗り降りする人がかわいそう

ローカルネタですまないが、京王井の頭線明大前駅という駅がある。

私は井の頭線沿いに住んでおり、普段渋谷まで通勤しているのだが毎回思うことがある。それが明大前駅で乗ってくる人・明大前駅で降りる人のことだ。

実はこの明大前駅という駅は、八王子とかの東京の西の郊外のへんに住んでいる人達渋谷へ行くために降りる駅なのだ

しかホームが滅茶苦茶狭い。用地が確保できずずっと狭いらしい。その為、通勤ラッシュ時間帯はホームが人であり得ないくらい溢れている。その溢れている駅に降りる人がいるから更に溢れて地獄絵図のようになる。

おそらく明大前で乗り換えを行う人は、長年の勤務で貯めた資金八王子立川郊外に持ち家を持った人なんだろう。家族に囲まれ幸せな家庭を築いているのだろう。

しかし、都心に働きに出るお父さんは、毎日毎日明大前で不憫にも狭いホームと大量の乗り換え客で消耗しているのだ。

想像したら泣けてきた。 そういえば、この間明大前駅ホーム乗客同士の取っ組み合いの喧嘩を見た。 ストレスから喧嘩も耐えないのだろう。

明大前駅はそんな駅なのだ。 とてもかわいそうだ。

2016-04-24

トウキョウソナタ見てるんだけど

井の頭線沿線のこんなでかい家にメーカー勤務のリーマン相続でも入ってないかぎり住めるわけねーだろとしか言いようが無い。

が、リアリティ求めても仕方ないなと。

2016-04-10

幸せなら目を瞑って

久しぶりに宇多田ヒカルの「Time will tell」が聞きたくなって、本当はネットからすぐにダウンロードできるのだけれど、一駅分となりのTSUTAYAまで自転車を走らせる。春はあけぼの、とは言うけれど、実際わたしは春は夜のほうが好きであるふわふわした陽気と、新年度の賑々しい人の声、あたたかな街のネオンは、わたしにまるで夢の中にいるみたいな気持ちをくれるのだ。三月の沈丁花香りが春のはじまりを告げ、いつしか桜が咲き、そのあとにツツジ東京都はいわゆるコンクリートジャングルのようだけれど、よくよく見ると季節感にあふれている。思えばわたし東京で春を迎えたのは、こちらの大学入学したときのことで、もう七年も前のことになる。あのとき住んでいたのは久我山で、はじめて神田川遊歩道の桜並木をみたときは、もうなんだか、これからいいことが起こるんじゃないかというわくわくした気持ちになったものだ。たぶん久我山という場所田舎から出てきたわたしにとっては、適度に自然を感じられる良いところだったのだと思う。井の頭線に乗れば吉祥寺にも下北沢にも行けるし、賑やかさを感じたければ渋谷へもすぐに行ける。東京というところはなんと表情豊かな街なのかと、そのころのわたしは感じていた。七年後のわたしはいまだにそう思っているかというと、ちょっと感じ方は変わってきた。もちろん、一駅一駅表情は違うのだけれど、駅を出て出迎えてくれるのは、同じコンビニ、同じ牛丼屋、同じコーヒーショップと、まるで金太郎飴のようなチェーン・ストアの数々。いまでは部屋の壁紙みたいに思っているが、一時はあの感じにほとほと嫌気がさしていた。まぁしかし、今では地方にいってもどこにでも似たような大型ショッピングセンターがあり、駅前商店街シャッターで閉ざされ、という感じなので、あの閉塞感にさいなまれるよりはいくらかマシだろうとは思っている。逆に言うとわたし東京に住んでいる理由はそれくらいしかない。あとは仕事あるかないかくらいの違いだ。

TSUTAYACDを借りたわたしは、閉店間際のスターバックスドリップ・コーヒーを買って外に出た。歩道の柵に腰かけながら飲むコーヒーはまだ少し熱くて、オトナの男性ウイスキーストレートでたしなむみたいにちびりちびりと飲むほかなかった。オトナ。あれからわたしはオトナになれただろうか。陳腐な問いである。わたしコーヒーブラックで飲めるようになったとか、異性と何人か交際したとか社会人になったとか不倫をしたとか、そういう経験値的なものはそれなりに積んできているが、本質的には何も変わっちゃいないと思っている。ただ、子どもときの、あの何もかも新鮮でわくわくを感じさせるきらきらとした気持ちけが徐々に鈍く灰色を帯びたものになっていく。それがオトナになるということなら、なんとつまらないことだろうか。大学でつるんでいた友だちは私を除いて皆実家暮らしで、一般職就職して、さいきんは今の彼氏結婚すべきか否かみたいなことを口をそろえて言うし、平日は定時に退勤する生活を送り、年に一、二回は海外旅行へ行く。彼女たちの違うところは、付き合っている男の顔と、あとは旅行の行き先くらいで、こいつらもやはり金太郎飴だ。たぶん海外旅行というのは、わたしと同じように何事にも刺激を感じにくくなったオトナたちが苦肉の末に発明した麻薬みたいなものなんだろうと思っている。わたしは表面的には彼女たちと仲良くやっているつもりだが、大学を出てからはなんとなく距離を置くようになった。たぶんわたしのほうが「彼女たちとは違う」意識をしてしまったのだろうと思う。ワタシハアナタタチトハチガウ症候群。実際にはなにも違わない、わたし金太郎飴の一部なのだ。ただただ金太郎飴であることから逃れたかっただけで。

幸せとは何だろうかということを考えるととたんに頭の中は穏やかではない不安で満ちることになるから、いまではそういうことはもう考えなくなった。ただ、春の花のにおいで季節を感じるとわたしはなんとなくよい気持ちになるし、幸せとはそのぐらいの観念で良いだろうということにしている。わたしコーヒーを飲み干し、目を閉じて大きく深呼吸した。さぁ、明日からまた仕事だ。そう自分自身に言い聞かせるように自転車ペダルを踏みだした。

2016-03-11

ある日、渋谷桜丘にて

井の頭線下北沢駅で若干は感じてはいた、ただしすぐにそれは収まった。

気にしないつもりではいたのだが、自分の中に何か僕のお尻の将来に対する唯ぼんやりとした不安存在していた。

午前8時渋谷井の頭線西口の改札を通るときには違和感ほとんどなかった。トイレに寄るという考えもなかった。

ぼんやりとした不安を抱えたまま、西口改札を出て246方面に向かう。

夜は煙がごうごうと立ち上る、外国人にも人気の焼き鳥屋の名店鳥竹の脇を通り過ぎ、磯丸水産の目の前で言い様がない鈍い痛みが下腹部を襲ってきた。

冷気が腹部に悪さした、直感的に判断した。

会社までは15分ほど、「行けるか?」と自分の腹と尻に問いかける。

返事は「最大限の努力はするが保証はない」だった。

改札は出てしまった、もう行けるところまで行くしかないことは明白だった。

建て替えを行っており、現在更地になっている東急プラザの裏手を通り過ぎる。

中が見えないが、これから基礎工事を行う工事現場作業員の人が朝礼を行っているみたいだ。

今日も1日安全に頑張ろう!というかけ声の後に、大勢の人の”頑張ろう!!”という叫びが聞こえた。

そうだ頑張ろう、この危機的状況を乗り越え平穏時間を取り戻し、

今日も1日安全に過ごす為に頑張ろう、決意が固まった。勇気をもらった。

歩を進め、246に出て歩道橋を渡った、桜丘入り口に降り立つ。

ここで、これは間違いなく会社まで持たない事を確信した。

痛みは一歩進めるごとに力強さを増し、そして肛門に対しての圧力を掛けてきていた。

そう、形容するならぷよぷよで自陣が8割は埋まってきている状態だろうか、もう少し貯まるだけでぷよは肛門の入り口に到達し、滝のように流れ出るだろう。

前門の虎、肛門の狼。南無三南無三。

ちなみに自分桜丘がとても好きだ。

ベトナム料理ならハノイのホイさん、タイ料理タイ料理研究所ネパール料理はネパリコ、カンティプールインドネシア料理アユテラスペルー料理ならミラフローレスなどなど、

多彩なエスニック料理の名店を有し、富士屋本店ワインバー、リゾットカレースタンダードなど軽飲みでも使えるお店も多数ある。

素晴らしい界隈なので是非渋谷に来た時にはご飯を食べに来て欲しい。

桜丘を上がりきったところの大和田文化センター内にある、図書館プラネタリウムも混んでいないのでおすすめだ。

そんなお気に入りの町の入り口自分は悶えていた。

なんとかトイレットを探さなくては行けない。かすかな期待は持っていた、そう桜丘入り口にはファミリーマートがあるからだ。

さら圧力を増して攻め込んでくる、容量の9割を超えてきた、これは流行立ち飲みバル系では無く立ち糞ゲリ系の可能性が高まる

なんとかファミリーマートに侵入、小さい店なので可能性は多くは無いと思っていたが、奥のSTAFF ONLYの札をみてあえなく撃沈。

しんどさから滑るように高速移動をし、店内を一周したがどこにもTOILETの文字はなかった。

行き場を失いさら脱力感が高まってくる。

体が寒い自分の顔が青ざめてきている手応えを感じた。

あえなくファミリーマートから撤退行動に入った。

可及的速やかに物事を処理しなければならない。残されたタイムリミットは数分。

もうだめなのかと諦めかけたその時、目の間に見えたのが富士そばだった。

白地の看板に豪快な筆字のフォントであしらった富士そば文字、ワンアクセント赤字の名代の文字がよく映える。

シンドラーのリスト少女の服が赤色だったのと同じ効果なのだろう。

しかし、入るのに躊躇してしまう。富士そばは食券式だ。

食券を買ったら定員に渡さなくては行けない。そしたら提供されるまで待たなければいけない。

提供されたら食わないとそばが伸びてしまう。

まいった、どうしようと考えた瞬間、グリグリグリと下腹部から肛門に掛けてのドリルダウンが始まった。

やつらも必死なのだ全共闘世代ゲバ棒での突貫よろしく、俺の下半身三里塚闘争さながらのせめぎあいが行われていた。

もう堪えられない、姿勢が思わず前かがみになる。前かがみになってのすり足富士そば突入する。

前進しながら定員に後で食券を買うのでトイレを借りてもいいですか。

返事はイエス

店内の奥へ移動をしながら、辺りを見渡すトイレが無い。

いやトイレが、2階。

俺は脚をあげても大丈夫なのか。

ゆっくりとはやくというまるでピアニスト指揮者から無茶振りをされるかのごとく13階段を登り切る。

さすが富士そば、そこまでお客さんがいなかった為にトイレオープンだった。

そして私は小さなトイレに飛び込んだ。

コートを脱ぐが置き場がない、洗面台の上に置くかと思い置いた瞬間、手洗器のセンサーが反応し水がこれでもかとコートを濡らしてきた。

コートをどけている時間はないのだ。ベルトは階段で緩めていた。

コートがびしょびしょになるのを横目にみながら、勢い良くズボンパンツを同時に下げ、その反動を利用し便座に座る。

ゴリっ、ズバっ、ビショ、バシャシャシャー、けたたましい音と共にやつらが流れでた。

バリケード突破した、未来を夢見た学生運動の闘志達をもう止めるすべはない。

冷め切った体が、いきんでいるせいか、急激に熱くなってきた。けたたましいビートと流れ続ける水。

そうかここが俺にとってのフジロックなんだ。なぜだかそう思った。

残糞の絞り出しと体のほてりが収まるのを待ち、便座を上げ、トイレットペーパーで丁寧に便座を拭いた。

来た時よりも美しく。林間学校の教えはここでも活きた。

冷静になり、そして平静を装いつつ1階に戻る。

軽い足取りで食券機に向かう。

さて、何を食べるべきなのだろうか。

まず目に飛び込んできたカツ丼は違う、かけ蕎麦では感謝気持ちが伝えられないが天ぷら蕎麦は重い。

なぜか自分の手はとろろ蕎麦に伸びていた。そこまで食べたいわけではなかった。

食券を渡ししばし待つ。「とろろ蕎麦お待ち」の声を聞き受け取りに行く、そして着座。

うん、とろろが多い。

出社前、時間ももうなさそうだったので流しこむようにとろろ蕎麦を食べた。

美味しかった。しかし、できれば腹を痛めたのが小諸そばの前であればなんて思ってない。そう、思ってないのだ。

時間をだいぶ食ってしまった。

片方の袖はびしょ濡れだ。

店でそれを隠そうとしたためにまるめてしまったため、背中部分もびしょ濡れだ。競歩の如く前進をした。爽やかな朝だ。

そう、ようやく私にも朝が来たのだ。快腸に飛ばし朝礼の10分前に会社に到着した。

後ろを歩いていた女性は気づいていたのだろうか、なぜか片袖から水が滴っていることに。

着座してパソコンの電源を入れる、立ち上がったら即座にヤフーニューストピックスをチェックする。

業務中の会話の仕込みこそ社会人の本分である

朝礼が始まる。

朝礼スピーチ当番は同じ課の後輩の女性だった。

スピーチが始まると同時に下腹部がグニャリとした。かすかな痛みが襲う。

調子でないところにとろろ蕎麦をかっくらったせいか、まだお残りがあったのか、

さっきほどでないにせよ加速度ますかのごとく下腹部から臀部に圧迫感が強まってくる。

女性花粉症対策法について熱弁を奮っている。2分経過、話はまだ半分ほどとみた。

さらに強さをましてくる。脂汗がじわりとでてきた。

彼女内科で薬をもらったらしい。肛門は先の激闘が終わりブレイクタイムだったらしい、弛緩している。

これはまずい「今日も1日安全に頑張ろう!」勇気をもらった魔法言葉を心のなかで唱え自らを鼓舞してみる。

彼女ルイボスティーの話に入った、めちゃくちゃムカついた。

「早く終われよ糞」という感情と「今日も1日安全に頑張ろう!」という鼓舞の16ビートオルタネイトピッキング状態に入った。

何故かかかとが上がってきた、つま先脚立ちになり、脳天が天へ天へ目指そうとする。

前進が肛門をカバーしようとしているのがわかった。

ワンフォアオールオールフォアワン、体が細胞がみんなが頑張っている。感動した。

そして、彼女今日も一日よろしくお願いします。

言葉とともに朝礼は終わった。

同時につま先歩きでトイレに向かう。ライバルはいなそうだ。

フロア内にトイレがあるので20メートル先を目指す、苦しい、厳しい。

まだトイレに入る前の段階でベルトを緩める。見られていても構わない。

そして、ズボンホックを外した。

トイレに侵入、大便用トイレにすかさず入り先と同じ要領でスムーズに用を足した。

ブリッ、ブリブリ。先とは違いシンプルフィニッシュ

間に合った、安堵感でいっぱいになった。ホット一息をいれ、下をみた、

そう、パンツに綺麗に茶色の1本筋が通っていた。

きっとたぶん、つま先立ちして尻にあらん限りの力を入れた時にパンツを巻き込んでしまったようだ。

敢えてカラーコードで言えば#a0522dのような色だったかと思う。

トイレットペーパーで表裏から拭きとるが、筋は薄くなるだけで消えはしない。

起きた事象は二度と元通りにはならないのだ。

石鹸香りがするスプレー芳香剤涙目ながらにパンツに1分噴射した。

おもむろにパンツを履いた、切れ痔の部分に芳香剤エキスが触れてじわりと痛みが襲ってきた。

少し長めに手を洗った。

デスクに戻る前にトイレのドアノブに手を掛け、そっと呟く「今日も1日安全に頑張ろう!」

皆様にとって今日素晴らしい一日になりますように、そして富士そば 桜丘店に最大限の感謝を。

2016-01-22

ピアノの音、カレのー臭い豆腐屋の音色

帰宅途中の井の頭線踏切を渡る途中で気づいてしまった。

帰りにスーパーで何かを買ってきてくれと頼まれていたのだった。

電話して聞きたいのだが、それが出来ない事情がある。なぜなら買い物で頼まれものを忘れるのは今回がはじめてではないのだ。

まだ恋愛時代だった頃は、「そういう所も好き」といってくれていた彼女も、今では忙しい、妻であり、母であり、そして頼もしい戦友である

彼女の手をこれ以上煩わせたくないのだ。

はて、なんだったろうか。

スーパー記憶だともうすぐ閉店であったと思う。今買わなければ、もうチャンスはないだろう。


電話するか。思い切って。


でも彼女男性として、信頼できるパートナーではないことを意味して発するその嘆息をもう二度と聞きたくないのだ。


どうしたらいいのだ。


小さい頃は良かった。帰宅途中にはピアノのレッスンの音が聞こえ、近所の家からカレー臭いが漂い、そして豆腐屋は笛を奏でる。

からの落胆が、自分男性として不具なのであると、そう烙印を突きつけていると思えてならない。

2015-12-18

場所タスクを結びつけて通知される最適のサービス教えて

ください。

えーと、使い方としてはその場所にいったらiPhoneに通知されるようにしたい。

たとえば、吉祥寺で有名なコーヒー屋さんがあると、、近くにいったら通知!とか

表参道ベルギービール専門店があると、、近くに行ったら通知!とか

飯田橋で美味しいラーメン屋があると、、、などなど。


iPhoneリマインダーアプリは。壊したら、設定し直し?面倒。バックアップ自動のは一部しか取らないし、itunesにつなげるのも何ヶ月に一回とかだし。

なので、Webでも閲覧、編集ができるのが良い。RTM、tooledo,wunderlist,todoist,Trello,thingsなどなどでオススメがあれば。


地図アプリで行きたい場所お気に入りにして、その場所にいったら通知されるサービスとかあればそういうのでもいいんだけど、、Foursquareにそういう機能あったっけ?



ここから蛇足

まり上手く使ってないので、範囲が分からないんだけど、渋谷駅ついたら通知してくれると嬉しい。距離が離れていても。そういうサービスある?

吉祥寺場合中央線井の頭線の近くの駅にいたら、通知してくれると嬉しい。そういうサービスある?

ないならいいです。

2015-11-24

http://anond.hatelabo.jp/20151123222912

渋谷からそのまま井の頭線終点まで下って、吉祥寺井の頭公園の周辺で暮らせばいいんじゃね?

住みたい街ランキングでずっと1位だし、武蔵野市三鷹市の平均年収と照らし合わせてもアリな話でしょ(適当)

2015-02-02

ばかみたいな青空

こんな日はいつもより自分がいい人に思えて、

犯罪とか事件とかも何もなくて、

街が穏やかに見える。

そんな事を思った井の頭線の窓辺より。

2014-06-01

5月31日大人の遠足

5月31日鉄分の濃い有志11人で「大人の遠足」に出かけました。

写真ありきの記述になっているので、時折意味不明なのはご容赦を。

集合まで

東京メトロ葛西駅集合ということで地下鉄東西線で行ったのですが、ほとんどの電車は水色のライン電車なのに、偶然にも東葉高額、もとい高速鉄道電車が。一般の人にはJR中央線に見えるのではないかと。

今日5月31日明日6月1日から都営地下鉄消費税転嫁のため値上げとなります。4月に一斉に足並みを揃えられなかったので、東京メトロはじめ通しのきっぷ(連絡きっぷ)を販売する各社は二度手間を強いられました。

東京メトロの案内ポスター。下の方には各駅間の運賃が掲載されていますがポスターとは思えないフォントサイズ視力5.0くらいなら読めるかも……

地下鉄博物館

首尾よく集合して、まずは東京メトロが運営する地下鉄博物館へ。

入場券210円。少し前に来た時は自動販売機PASMO非対応だったと思います。しかしこの自販機、使いづらかった。

スマホモバイルSuica)をタッチして、紙の切符を購入。その先には自動改札機が……やっていない。そしてさらに先には有人改札。なんだかよくわからないですが、切符を切ってもらうのはいものです。

チョキン。

入るとまず出迎えてくれるのが、丸ノ内線赤い電車です。側面には∞∞∞のような模様(正弦波:サインカーブ)がありますが、塗装ではなくステンレスなのです。ドアが開くところもちゃんと。

普通電車電気天井上の架線から取りますが、丸ノ内線などはレールの横にあるもう一本のレール(第三軌条:サードレール)から電気を取ります。SがShoe(シュー:集電靴)、FはFuse(ヒューズ)だったかな?そして電線の部分以外は「木」!確かにここが金属だったら車内で感電しちゃいますね。こういうマニアックな部分が「大人の遠足」ならではです。

営団マークマンホール

銀座線初代の電車。「運轉室」の「轉」がいいですね。

銀座線の集電靴。これは「木」とハッキリわかります。

銀座線の車内。電気が流れている第三軌条の切れ目では、昔車内が暗くなっていて、その時にこのランプが点いたそうです。

銀座線丸ノ内線しかなかったころの案内図。

ラインカラーがありません。

丸ノ内線新宿止まり。

溜池山王駅がありません。

銀座線銀座駅丸ノ内線は西銀座駅、別々でした。

表参道駅はまだ神宮前駅です。

丸ノ内線の車内。運転士側は箱に入っていますが、車掌側は開放的ですね。

日本で一番古い銀座線開業から「打子式ATS」という、赤信号を超えた時の緊急停止装置がありました。丸ノ内線では98年まで現役でした。

レールにくっついた白い打子が車体の弁のレバーに当たり、ブレーキ管の空気が吐き出されて非常ブレーキがかかります。

これはなんのためのものかよくわかりませんでした

副都心線開業時の記念PASMO開業直後は毎日「!」でしたね。

メトロ3本目の日比谷線開業パンフレット丸ノ内線新宿から先は「荻窪線」と言っていました。450億円というのは今のどれくらいにあたるのでしょうね。

東横線との直通は終わってしまいました。

お金を入れると通れる改札口です。実際に試せます(お金は戻ってきます)。

リコ式のつり革。RICO社なんですね。頭を打つと痛いです。

客室にあるドアの開閉装置車掌も客室にいたのでしょう。

日本人「たん」をはかなくなって随分たちます。「たばこものめなくなりました。まどは開かないので「かほ」や「て」も出せません。

春場所の案内。当時は11日間だったのでしょうか。

マネキンに何か貼ってあります。固定資産使用シールです。そこに貼らなくても……同行者はべつの場所で、遺跡からの出土品に貼ってあるのを見たことがあると言っていました。

中央線の旧万世橋駅リニューアルオープンしましたが、銀座線に「万世橋」があったのは知りませんでした。「時代の最尖端を行く雷門直営食堂」とはどのようなものだったのでしょう。

13号線(現副都心線)の工事中ポスター新宿七丁目、新千駄ヶ谷という仮称でした。

輸送指令室のシミュレーションコーナー。駅でのトラブルにどう対応するか。正解は写真の後に。

正解は「ドアを開けたのち……」でした。お客様第一ではありますが、ダイヤも守らなければいけません。

こういうのを見ると、もともとなんと書いてあったのか「き」になります。

東京メトロでの車内冷房導入は極めて遅く、銀座線丸ノ内線はスペース的な問題もあって、92年にようやく冷房車両が登場しました。長年、トンネル内の温度上昇を抑えるために、トンネルを冷房して、窓を開けるという形をとっていましたが、その点の展示は見つかりませんでした。

以前の案内表記。「国鉄線」というのが懐かしいです。

銀座線ルーツは、浅草新橋東京地下鉄道と、渋谷新橋東京高速鉄道です。こちらは東急総帥強盗、もとい五島慶太氏が率いる鉄道でした。地下鉄の父、早川徳次氏は経営権を奪われてしまいますが、営団東京メトロはやはり早川氏や東京地下鉄道を誇りに感じているようです。しかし、百貨店と一体になった渋谷駅は、東京高速鉄道ならではのものではないでしょうか。電車は「三越前」まで直通してしまうのですが。

図書室に立ち寄ります。営団地下鉄建設史は「東京地下鉄道○○線建設史」のような題名がついていました。年代が下るにつれて、東京の地下は複雑になり、半蔵門線大手町界隈の工事では各所と協定を結んだようです。

営団地下鉄電車スタイル制服などでなかなかの洒落っ気があったのですが、一風変わった「マナーポスター」も有名です。図書室にはマナーポスターをまとめた本もあるので、是非ご一読を。先ほどの空調に関しては「窓を開けよう」というポスターが何度も作られているのがわかりました。

こちらで少し紹介されています。

http://jipangnet.blog.fc2.com/blog-entry-101.html

クイズコーナー。博士コースはなかなか難しいです。

車体が動く本格的なシミュレーターもあります。写真撮影は自由だがビデオ撮影ご法度というのは、やはり警備対策なのでしょうか。

BOSEスピーカーで走行音も再現。

この「出口」は旧デザインですね。

葛西から東向島

さて、葛西駅から西葛西駅に移動します。またもや東葉車でした。通過待ちに一枚。

西から読んでも西葛西、東から読んでも西葛西

都バス「亀29」系統で亀戸までやってきました。駅は正面の白いのではなく右の茶色いビルでした(笑)

東武亀戸線。東急世田谷線のようにメディアで取り上げられることも少ない、知る人ぞ知るローカル線です。駅番号は「TS44」東京、もといスカイツリーラインの支線扱いです。

次の目的地はここ。

8000系電車が短い2両編成でやってきます。おでこに車体番号を書くのが東武流。

もちろん先頭に陣取ります(周囲の乗客の方、すみません)。

途中駅の「東あずま」。他の地名は無かったものか、と思うのは私だけでしょうか。まぁ、日暮里・舎人ライナーの「西新井大師西」駅よりはマシかもしれません。

「津覇車輌東武にあまり馴染みがない私には、初めて見る銘版でした。

4駅目で終点の曳舟です。たった3.4キロしか走っていません。ここで乗り換えます。

福島県会津田島駅まで向かう区間快速が通ります。このように、私鉄としては旅情を感じさせる列車が多いのも東武ならではです。

東向島(旧玉ノ井)駅です。この後昔の地図を見て、銘酒屋という言葉が出てくるのですが、そういう意味だったんですね。隣の駅の「鐘ヶ淵」は、For Beautiful Human Lifeカネボウ、鐘淵紡績のルーツだそうです。

東武博物館

今日遠足の最終目的地「東武博物館」に到着。

ドイツ有数の観光地ローテンブルクの背後にそびえる東京スカイツリー(R)。

なんと、ここでは東武博物館名誉館長の花上嘉成氏から、説明を伺うことができました。写真はSL B1形です。

デハ1形5号電車。この斜めの支え棒?も見どころの一つだったそうなのですが、よく聞き取れず、すみません

車内。やさしい明かりと二重天井ダブルルーフが特徴です。

窓のブラインドは鎧戸。

上の小窓も開きます。

扉は手動。ゴロゴロと重々しく開閉します。

正面は五枚窓。側面には「草淺←→井新西」の案内がありました。

アルナ工機に保存されていた5700系5703号(前面部)です。搬出、搬入には相当苦労したようです。

戦後まもない1951年昭和26年)の日光鬼怒川向け特急、5700形5701号(ネコひげ)。後のデラックスロマンスカー(DRC)の先輩です。前頭部は搬入後に改めて当時の姿に戻したようです。

車内の様子。シートは前後に方向転換できます。あまりの人気に「補助席」も用意されました。デッキには売店も。昭和26年ですよ?

となりの小学校では運動会土曜日に開催するんですね。実は中庭展示の車両は、小学校の校庭から搬入されたそうです。車両は重く、校庭を傷めてしまうため、校庭の改良工事があるわずかな期間で搬入しなければならなかったそうです。保存への熱意に頭が下がりました。

ロープウェイゴンドラは生憎見られませんでしたが、搬入の様子が。

東武博物館は動かない車両の展示(静態保存)だけではなく、東武鉄道から車両を買い取って、動く状態での保存(動態保存)も行っています。この列車は貸し切りもできるそうです。6両編成の堂々たる電車の貸し切り!

参考:http://tusrail.seesaa.net/article/394766310.html

東武といえばDRC(デラックスロマンスカー)。カットされていますが、車内に入ることもできます。シート間の間隔が広いことにビックリ新幹線に初めて乗った時に車両間のドアが自動だったことに驚いた人もいたでしょうが、実はこの自動ドアはDRCが日本初で、この車には「自動扉 AUTOMATIC DOOR」と書いてありましたが、宣伝文句は「○○○○ドア」だったそうです。

その後、博物館の奥の「ウォッチングプロムナード」。観察の小道とは?と思いながら階段を登って行くと、天井の低い、殺風景な、廊下とも部屋ともつかない場所へ。しかし右をみるとそこには窓が!

軽症「あ、スペーシアが通ったヽ(^。^)ノワーイ」

重症「いまの音は住友台車だね(`・ω・´)キリッ」

「いやぁわれわれ脚フェチにとっては実にたまらない場所ですなぁ」

模型のパノラマもありましたが、やっぱり東京スカイツリー(R)が……

浅草

東向島駅に戻り、東武浅草駅へ。後ろ2両のドアはホームがあるのに開きません。ホーム先端まで行くのは狭すぎるためです。

天ぷらの名店で打ち上げ

鉄道グッズをかけたクイズ大会が開かれましたが、難問ぞろいで、13問のクイズの1位は8問正解の方。

オーソドックスな難問

銀座線開業時に一番切符を手にしたのは?」

(答:原信太郎氏。原鉄道模型博物館で有名)

■ひっかけ問題

大手民鉄16社中、関東で一番営業キロが長いのは……」「東武!」「……ですが、では2位はどこでしょう?」

西武

京成

「正解は、東京メトロでした!」

東京メトロ大手民鉄というのを皆、見落としていたのですが、よくよく考えると営団時代から民鉄協に加盟していたわけで、酒が入っていたとはいえまだまだですね……

マニアック問題

日本で初めて貫通路に自動ドアを装備した東武DRC。その自動ドア名称は?」

マジックドア」

■無茶ぶり問題

「(私が利用する)井の頭線渋谷駅アベニュー口の営業開始時間は?」

「……アベニュー口ってどこ?」

他にも、参加者の方の最近武勇伝や懐かしい話を肴に、楽しい時間を過ごしました。

せっかく浅草まで来たので、浅草寺に寄って、雷門で解散。

おつかれさまでした。

2014-04-01

井の頭線以外に住む東大生上京組)の人脈は広い?

春は新居探しのシーズンである

18歳で大学上京する人は昔よりは減ったが、まだまだ多い。

上京する学生は、東京40キロ圏の各駅について「交通利便性」「家賃水準」「物価」「お洒落度」などの基礎知識を持ちあわせていない。

しかも家を探す時間は少ないので、街探しも「急いで、妥協した結果」に終わりがちである

例えば東大生だと、大半は(駒場東大前と同じ沿線の)井の頭線に群がる。

一本で通える点は魅力的ではあるが、家賃水準は安くない。木密エリア井の頭線沿線存在しないから家賃が高止まりしている。

一方、敢えて池袋辺りに住んでた東大生自分は知ってる。

なかなかアタマがいい、と感心した記憶がある。

あの辺り、古いアパート現存してるから家賃は安い。物価も安い。バイトも便利。

何より本郷キャンパスに行きやすい。(中期的には駒場キャンパスへの利便性より本郷キャンパスへの利便性重要

井の頭線東大生は友人も東大生に片寄りがちだが、池袋とかだと、同じアパート早稲田とか立教とかもいる可能性があるから

人脈が多様化するメリットもある。

というか、「東大生蛸壺化している」井の頭線沿いに住むより、人脈の多様性を拡げる意味で、

井の頭線「以外」に住んだ方がいいような気がする。

江戸川橋の「和敬塾」にいた東大生もいた。

駒場キャンパスにも本郷キャンパスにも中途半端に行きづらい立地だが、早稲田生とかと人脈出来たんだろうなあ。

和敬塾都電時代には、それはそれで便利な立地だったのかも。

例えば「東大生がどこに下宿するか?」って、学生課や大学生協データ化してると思うが、

さらに「井の頭線下宿者」と「井の頭線以外下宿者」の将来の人脈の差異、というのは、立派な社会学テーマだと思う。

2014-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20140325203530

その他読書感想

★「三四郎」の中に「明治15年以降生まれ」と「明治15年以前生まれ」が世代ギャップがあるような記載があり、脳内が「???」となった。

 調べてみたら、明治15年以前生まれは「漢文素読」を叩きこまれた世代

 以降は「近代教育を受けた世代」で、モノの考え方に激しくギャップがあるらしい

 今で言えば、「1~2歳の時にスマホ経験した世代」とそうでない世代の差みたいなものか?

三四郎を読んでると、西片町辺りが舞台で出てくる。

 東京に詳しい人でも、西片町を知ってる人は少ないのでは?あの辺り、今でも明治香りがする。

 25年前の悪い東大駒場生は、本郷キャンパスに所用で出掛けた際、西片町を経由して帰ってた。

 (ルート東大正門→西片町三田線春日新宿線笹塚明大前井の頭線

 悪い東大生は、井の頭線定期券と、春日駅の初乗り切符で(以下自粛)

 自動改札のない時代お話である

 ※西片町って、三浦展によれば「第一山手」なんだよな

★「三四郎」読んでると、本郷エリアじゃなく大久保に住むことを「都落ち」的な書き方されてる。

 まあ当時大久保東京市じゃなく豊多摩郡だったろうから、さもありなん。

三四郎の友人が貸家を探すエピソードが描かれてる。

 裏返せば、「不動産仲介業」という職業が当時はまだ確立してなかったことがわかる。人々は口コミ人ツテで空き家を探してた

 田端とか荻窪とか馬込とかに「文士村」として作家が集住してたのは、作家口コミ人ツテで空き家を探した結果、知り合い同士固まったから。

 いわば「不動産仲介業の未成熟」が「文士村」を生んだ。

 ※トキワ荘も、不動産仲介業の未成熟の賜物?

 不動産仲介業が発展するまでは、「同郷者が、同じアパート・同じ街に集住する」というのは、割と見られた光景だった。

 逆にいえば、不動産仲介業は「同郷集住による街の単一化」を防ぐ役割を果たした、と言える

★「三四郎」で、本郷エリア寄席に行くシーンがある。戦前まで本郷寄席があったと聞いている。

 その後映画館になったようだが、戦災で消失し、東大界隈は映画レスな街になった。

 戦後映画の全盛期に映画館ゼロというのは、他の学生街だと、あったのだろうか?

 元々東大って「学生門前町」の類が発達しない。

 映画館がないほか、雀荘なんかも少ないし、学生向け大衆食堂も少ない。

市電が急速に発展したせいで、三四郎市電に乗り間違うエピソードがある。

 当時の市電網で誤乗するくらいだから、2014年の東京圏鉄道網って、地方出身者にはカオスで、乗り間違い多数なんだろうなあ

★「三四郎」読んでたら、「適齢期は女性過剰」的表現があった。

 日露戦争でそんなに男性犠牲になったとも思えないので、感染症栄養失調で夭逝する男児が当時は多かったんだろう。

 適齢期性比が男性過剰に転じたのは、実は高度成長以降だったりする。

2013-07-05

お嬢様系だったという話

小さい頃からヴァイオリンを習っていたと話すと、それだけで「良家の子女」とみなされることが、ずっと不思議で仕方なかった。

そんな自分は両親とも公務員東京多摩東部(井の頭線沿線)の生まれで、小学校の時に北関東引っ越して今に至る。

修士号を取るまで在籍した学校経済事情優先で全て公立と、良家の子女になる要素は皆無。


東京にいた時はアパート暮らしで、近所にヴァイオリン先生がいたので、興味があって4歳から楽器を習い始めた。

自分の学区は児童の人数が多い、いわゆるマンモス校で、小学校入学したら同じ先生楽器を習ってる人が何人かはいるだろうと胸をときめかせたのだが・・・一人もいなかった。

一方、発表会では姉弟子に当たる中学生高校生の子たちが、ホールメンデルスゾーンバッハ無伴奏ホ長調を弾いているのを、順番の最初のほうで終わった自分はなんとなく聴いたり聴かなかったりで過ごし、最後は皆で合奏と、それはそれは大々的だったのだが、同時に「一体皆はどこから習いに来ているのだろう、近所じゃ見かけない人達だし・・・」と不思議でならなかった。

保育園から小学校に上がって、周りが皆幼稚園上がりで衝撃を受けたこともあり、子供ながらに結構しょんぼりしていたかも。


そして最近東京の頃の記憶をなぞっていたとき、長年の謎が解けた・・・気がした。


なんのことはない、どうやらその地区主婦のお母さんが圧倒的多数で、さらにその中でも家が裕福で、小学校幼稚園から私立に通っている子(特に女の子)だけがヴァイオリンを習っていたと、そういうことだったらしい。

少なくとも当時の東京多摩東部西武新宿線中央線東横線くらいのエリアでは、そういうケースが殆どだったらしい。

そして地方であっても、ヴァイオリンを習う子の、名士の娘さん率は高かったらしい。


確かにエスカレーター式の私立一貫校は受験に多大な時間を取られずに済むので、嗜みや教養の一環として何らかの習い事をさせるだろうし、それが女の子なら、楽器の一つくらいは・・・ということでピアノヴァイオリンを習うと。

それ以外だったら、親がプロ音楽家だったり、熱心なクラシック愛好者か楽器愛好者くらいか(地方の名士には愛好者多そう)。

ともかくそういう事情もあって、日本だとヴァイオリンは「お嬢様楽器」というイメージが強いと。


かくいう自分は父親がクラオタで独学でヴァイオリンを弾いていたし、ヴァイオリンレコードばっかりかけていたっけ。

もっとも、自分は非常に不器用で要領が悪いこともあり、しかも当時はクラシックが大好きというわけでもなかった。

結局受験楽器のレッスンを両立させることは出来ず、今ではアマオケのその他大勢で弾くのがやっとだったり。

4歳からやっていてメンデルスゾーンも弾けない、ノイズ生成器に近い。

幸い、大人になって薄給仕事ながら時間の余裕は出来たので最近レッスンを再開し、今度こそメンデルスゾーン・・・ということになった。

それもこれも、昔の発表会で生演奏を聴いてしまたからだ。単なる懐かしい思い出であっても、その音が耳から消えることはない。

弾いたあの子は今頃何してるのかな・・・

2013-03-16

九段下の壁がなくなって乗り換えが便利になるという欺瞞

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20130316-00000313-fnn-soci

鉄道会社にあれせえこれせえと「ボクの考えた合理的な路線運営」を

声高に叫びまくる鉄ちゃんたちが

半蔵門線開通時点から常識となっていた九段下の壁について

ほとんど何も文句つけなかったのはどうしてだと思う?

壁がなくなっても誰もうれしくないか

だ!

あの壁がなくなって

乗り換えが便利になるケースって次の2つしかない。

そのほかの乗り換えは結局階段上下することを避けられない。

東西線への乗り換えにいたってはメトロ同士なのに改札出ないといけない状況に変化はないのだ。

そして、前者だと山手線井の頭線を使って移動したほうが安くて速い。

後者にいたっては住吉で乗り換えできるのでふつう九段下まで来ない。

九段下で乗り換えるとしたら馬喰横山から三越前に行くときくらいだろうけど

そのときは歩きか、電車つかうにしても総武快速馬喰町から新日本橋に行くよね?

壁がなくなって実際に得しているのは

の3つなんだ。乗り換えは関係ねえ!

2012-11-26

駒場祭ものがたり

昨日、駒場祭に行った

駒場祭にも、他大学学園祭同様に、屋台が乱立している。

 素人東大生素人屋台など食べたくない、その屋台に費やすエネルギーを、

 学園祭コンテンツに振り向けて欲しい、と思うのは、自分だけか?

★行きは井の頭線が激混みなのを予想し、小田急代々木八幡から歩いて駒場裏口まで行ったが、

 小田急ガラガラだし、代々木八幡から東大まで歩くような酔狂な親子連れ

 自分たちだけだった。

 井の頭通りと山手通り交差点富ヶ谷交差点でしたっけ?)も、以前は歩道橋だけで歩行者横断歩道もなく、

 強制的に階段上り下り強いられ、バリアフリーじゃなかったのだが、

 昨日行ったいつのまにかエレベーター歩道橋に完備され、バリアフリーになっていた。

 山手通りも(首都高工事が終わって)歩道も広くなって歩きやすくなったし、

 なぜこの「代々木八幡代々木公園東大駒場」の裏ルート世間認知されないのか、よくワカラン。

 井の頭線の激混みラッシュの分散の意味でも、駒場祭事務局

 「井の頭線は大変混み合います代々木八幡代々木公園からの迂回をお願いします」と

 一般来場者に呼びかけるべきじゃ、なかったか

しか東大駒場の裏口って、殆ど掲示もないような裏口なので、「知る人ぞ知る」状態。

 関係者でなければ、代々木八幡から歩いてきても、迷ってしま・・・

 ひょっとして、東大生の中でも、裏口の存在知らない人が、いたりして。

★帰りは井の頭線渋谷経由で帰ったが、渋谷寄り車両は激混みなのはわかっていたから、

 池ノ下寄り改札まで少し歩いて、そこから乗車した。

 ホームの放送は、必死になって

 「渋谷寄りだと乗り切れない場合があります吉祥寺寄りに行ってください・・」と言っていた。

駒場祭の日くらいは、井の頭線急行駒場東大前に臨時停車させても、バチ当たらない気がする。

 あとセンター試験の日と東大二次試験の日も。

駒場祭は、一般素人は「1号館」を周回するだけでも、結構楽しめますな。

 一般人が見てもわかりやすい展示は、結構1号館に集中している気がする。

 個人的にはセミナーの類を聴講したいのだが、いかんせん子連れでは・・

 下馬評では「レゴ部」「天文部」が評判の双璧ですな。

 

★ところで、学生会館、生協はいつのまにか建て替えられましたな。

 1号館や900番教室のような、レトロ建物戦前?)は、「残そう」という

 動きになりますが、旧学生会館のような、恐らく昭和の30~40年代辺りに

 建てられた建物は、単なる「老朽化した建物」と見なされ、さっさと取り壊される。

 しかし、25年前の学生とかが思い出になっているのは、

 1号館や900番教室もさることながら、学生会館とか生協とも、結構思い出になってるのでは?

 むやみに取り壊すのは、「現役学生OBの、場の共有」がなされなくて、

 あまり感心しないのだが。

屋台で「何もつけないパントースト、50円」を売る「やる気ない屋台」が評判になってたそうだ。

 これって、一種の「ネタ消費」だと思う。

 以前原宿の「ニコニコ本社」の付属カフェ物見遊山で行ったことあるが、ここでは

 「食欲を減退させる、ブルーカレー」なんてのがメニューにある。

 なぜこういうのがメニューであるか、と言えば、

 「ブルーカレーを食べる姿を、ニコニコ動画で全世界配信」したいという、

 一種の「ネタ消費」が見込めるからである

 ネタ消費はどこでも成立するシロモノじゃなく、トーストの件では

 「駒場祭」という場があったから、成立したんだろう。

 他の学園祭だと、成立したかどうか。

 良くも悪くも注目される「駒場祭」だからネタ消費マーケティングが成立するのだろう。

ケータイツイッターで「駒場祭」をチェックしながら回ったので、

 展示を見ながら、当時にツイートチェックする、という不思議ライブ感覚を味わった・・

★誰かのツイートで「駒場祭、誰かアーチスト来てるの?」というのがあった。

 ・・・芸能人を呼んで集客するような、「どこにでもある学園祭」は、他大学に任せておけばいい、と思う。

 駒場祭は「中身で勝負」してくれ。

★「クレープ屋の理三女子可愛い」というツイートも横行していたような・・・

 これって、インカレサークル東大の主に男子と、他大学の主に女子)で、実際は他大学女子、というオチだったりして。

 

 そもそも、東大男子って、あまり東大女子を相手にしない気がする。

 東大女子と他大学女子なら、他大学女子を選んでいる気が・・・

 もっとも、小生の知っている某キャリア官僚は「東大女子しか恋愛相手にしない」という

 ポリシーだったようだから、人それぞれか?

駒場祭の各企画をYoutubeなりユーストリームで中継すれば、結構支持されると思うんだけどなあ・・・

2012-10-29

ホームドアの話

先日人身事故ドラフト会議を一部見逃したという先輩から、どうして鉄道会社ホームドアの設置に消極的なのかという愚痴を聞かされたので、とある鉄道会社に勤務する友人からの話を基にかなり長くなってしまったものの私なりの考察をまとめてみた。

<その1>経営上のメリットが薄いか

鉄道会社も一民間企業だ。赤字出し放題であった国鉄民営化誕生したJRも同様である

企業というのは、基本的に新しい取組みを行う時、経営上のメリットが無いとそれを実行することはほとんどない。

例えば、鉄道会社の中でも特に頭の堅いことで有名なJR東日本が、Suicaという画期的IC乗車券システムの導入に踏み切ったのは、利用客の利便性向上以外に次のような経営上のメリットがあったからだと考えられる。

まず、自動改札機自動券売機へのコストを減らせるから自動改札機は1台あたり数百万円もする。導入にも金がかかるし、きっぷや定期券を内部で高速に搬送する構造上、ベルトなどの消耗品が必ず発生し、メンテナンスコストがかさむ。自動券売機についても同様だ。

しかSuicaであれば、こうした構造必要ない。IC読み取り機だけであれば安いし、磁気券のように可動部分がないので点検箇所も劇的に減り、メンテナンスコストの大幅な削減ができる。券売機についても、チャージ専用の機械に置き換えてしまえば磁気の紙を用意する必要がなくなるし、自動改札機同様可動部がほとんどなくなるので、メンテナンスコストを削減できる。

次に、電子マネービジネスへの参入だ。毎日JRを使う人が定期券磁気からSuicaに移行すれば、Suicaを使った電子マネーサービスを一気に拡大できる。細かい小銭を用意すること無く売店で買い物できる便利さを一度体験すると、もう現金払いに戻れない。駅以外にもSuicaを使える店を増やしていけば、手数料収入という新たな収益源を期待できる。これらの経営上の大きなメリットが、JR東が莫大な金をかけてSuicaの整備を進めていった理由だ。

しかし、ホームドアはどうだろう。

JR東日本は、山手線の全駅にホームドアを設置する計画で、実際に現在数駅に設置されている。設置コストは全駅で550億円とのことで、山手線は29駅あるので単純計算で一駅あたり約19億円ということになる。ホームドア自体も高額だが、重たいホームドアを設置するためのホームの補強工事や、車両とホームの両方のドアを連動させる装置を設置する車両側の工事必要になる。設置が終わってもメンテナンスコストが毎年かかる。

また、「徹底解析!!最新鉄道ビジネス (洋泉社MOOK) 」によると、山手線は営業係数48.9を叩き出すドル箱路線だ。営業係数というのは、その路線が100円の収入を得るのにいくらの費用がかかっているかを示す指数で、例えば営業係数100であればトントン(もうけ無し)、100を超えれば赤字である。これだけ輸送人員が多く収益力のある(経営に貢献している)路線であれば、JR東日本コストのかかるホームドア設置に踏み切るのも納得できる。しかし、逆にこれほどの輸送人員がないと経営ホームドアの設置に踏み切ることができない、と考えることもできるのではないだろうか。山手線のような黒字路線で地方路線の赤字を補填する形になっているJRにとって、追加コストの発生は無視できない。

私鉄に関してはもっと厳しい。前出の資料によると、営業係数2位の京王井の頭線の数値は55.1だが、これは稀なケースであとはもっぱら70〜80台である(営業係数1位は京急空港線の46.2だが、加算運賃が設定されているため除外)。例えば東急東横線の営業係数は76.9、目黒線に至っては112.7と赤字である東急以外の会社に関しても、小田急多摩線京急久里浜線など赤字路線を抱えている。

もともと私鉄は連結の営業収益に対する運輸事業割合は低い。週間ダイヤモンド8月4日号によると、JR東の連結の営業収益に対する運輸事業割合が67.4%なのに対し、京急電鉄が37.7%、小田急電鉄が32%、東急電鉄に至ってはわず17.2%だ。つまり運輸事業以外の収益ウエイトが大きい私鉄にとって、ホームドア会社行方を左右するぐらい莫大なコストがかかる割に経営上のメリットが少ない。かといって、「ホームドアの設置のため運賃を値上げします」ということも簡単にはできない(独占企業でもある鉄道会社の運賃は、国交省が非常に厳しい目で審査するからだ)。輸送人員が減少する中、駅のバリアフリー工事や、福知山線事故以降に求められた保安装置の強化など、ただでさえ出費の多い現状で投資に対する収益効果の薄い鉄道事業への新たな出費は私鉄にとって厳しいのだ。

また、ホームドアを設置すると電車の停車時間が長くなるため、ラッシュ時に運行本数を減らさなければならなくなる可能性がある。その場合、混雑率が悪化しサービス品質の低下に繋がりかねない。ホームドアに荷物が挟まったり故障でもすれば新たな輸送障害の原因になることも考えられる(実際、山手線は年に何回かホームドアの不調で遅延が発生している)。

ホームドアが出来たから、電車にどんどん乗ろう!」と思う人はいないだろう。踏切などがある以上ホームドアを設置しても人身事故を完全になくすことはできないので、莫大なコストをかけてホームドアを設置するよりは、人身事故に対する振替輸送費用などを負担したほうが現実的には安上がりなのだ

<その2>技術的な課題

皆様は、電車の扉の数というもの認識したことはあるだろうか。例えば東海道線車両ほとんどが4つドアだが、つい最近まで3つドアの車両が走っていた。また、グリーン車両や踊り子などの特急に関しては1つないし2つである。このように、JR私鉄を問わず、ある路線をドアの数や位置が違う車両が走っていることは珍しくない。

同様に、電車の両数も違う。前出の東海道線通勤車両に関しては基本的に10両または15両だが、例えば京急では4両・6両・8両・12両と4種類の両数の運用があり、その上2ドア・3ドア・4ドアの車両が走る。

こうした違いがある路線でホームドアを設置するのは、現在技術では難しい。仮に出来たとしても更なるコストがかかるだろう。山手線ではホームドアを設置する為にまだ新しい6ドア車両が廃車されたし、小田急新宿駅特急ホームにホームドアが設置されていないのも、車両によってドアの位置が違うため技術的に困難という理由だ(京急国際線ターミナル駅にはホームドアが設置されているが、これは空港線に入れる車両の形式を制限するという運用上の工夫が行われたからだ)。ならば車両の規格を統一すればいいという話になるのだが、20年以上というスパンで使われる鉄道車両をそう簡単に変えることはできないし、特急車と通勤車という用途の異なる車両のドア数を統一することはできない。

では、ホームドアを積極的に設置している路線の共通点は何なのだろう。

東京メトロ最近丸ノ内線銀座線有楽町線等でホームドアの設置を積極的に行っているが、これは設置されている路線で使用されている車両の規格が同一のため設置しやすいからだ。また、地下鉄は基本的に全列車各駅停車運用が単純なことや、天候など運転の阻害となるものが少なくワンマン化が容易なため、丸ノ内線南北線等に関してはワンマン運転化することで、人件費の削減が可能という経営面でのメリットもある。同様の理由で横浜市営地下鉄2007年ワンマン化された。

2005年開業したつくばエクスプレスは、踏切のない高規格な路線であり、全駅にホームドアも設置されワンマン運転を行っている。踏切0+ホームドア設置の効果は絶大で、開業以来人身事故は一件も起きておらず、人件費抑制安全対策の両立を達成している。

これらの事実から見えてくるのは、前述の2点の問題を地下鉄や新規開業路線はクリアできているということだ。東京メトロホームドア設置路線に関しては、繰り返しになるが路線ごとにほぼ統一された規格の車両が走るので、技術ハードルが低かったこと、ワンマン運転化により経営面でのメリットが生まれること。つくばエクスプレスに関しては、新しい路線だからこそ実現できたもので、他の既存在来線踏切全廃止やワンマン運転化などは現状不可能だ。

長くなってしまったが、これがホームドア設置問題に関する私の考察だ。

ホームドアを設置すればいい、と口で言うのは簡単だが、鉄道慈善事業ではない。実際、鉄道事業私たちが考えるほど収益は上がっていないようだ。ホームドアの設置のためなら、皆さんは運賃の値上げに同意できるだろうか。ホームドアの設置は短期的には最善の策だが、ハード面だけでなく、それ以外の取組みで誰もが不幸になる事故を減らして行くことはできないだろうか。

2012-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20120530220301

あー私もこれやってる。ストレス解消になるよ。

下のほうにも書いてあるけど渋谷はやりやすい。井の頭線マークシティ入り口あたりとか改札付近がやりやす

エスカレーターだったらわざと右に立つ。追い抜かれそうになったらちょっとだけ歩く。後ろの人が歩き始めたらとまる。

改札だったらわざと改札赤ランプだす。改札の前だったらゆっくり歩いて柱の横あたりで抜かれそうになったら加速する。後ろの人が柱が邪魔で抜けなくなるのを確認したらまたゆっくり歩きに戻る。

あと井の頭線渋谷よりは混んでるので、その中にキャリーバッグ持ち込むとなかなかいいよん。

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