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はてなキーワード: 駅前とは

2017-11-24

AIによる安全監視社会

今後は、人間犯人の特徴を覚えて町中を探し回るより、監視カメラ撮影してAIで判定した方が発見率が高まるのではないだろうか?

もちろん、人間仕事を無くす訳ではなく、人間AIの両方を競わせて犯人発見数を高めたら良い。

技術的には可能なのだから、町中に監視カメラを設置したら良い。

 

SFなどでは監視社会ディストピアみたいに描かれる場合もあるだろうけど、デメリットだけじゃないはず。メリットもあるだろう。

ただし、権力者の都合の良いように運用されないように、社会監視システムは完全に情報公開して、市民オンブズマン制度も拡充する必要はある。

日本世界に先駆けて、強力な監視社会犯罪ゼロを目指して欲しい。治安の良い日本なら世界中の羨望の的になるだろう。

 

指名手配された容疑者らの顔や特徴を脳裏に焼き付け、雑踏の中から捜し出す「見当たり捜査」と呼ばれる手法が、埼玉県警で導入されている。捜査員は多い時で300人近くの顔を記憶繁華街駅前で、擦れ違うかどうかも分からない容疑者を探すため神経を研ぎ澄ませ、目を光らせている。

2017-11-23

教育県では

駅前小中学生普通に通る大通り沿いにTENGA SHOPがオープンしたでござる

ちょうど一年前のことだが特に問題になってるという話は聞かないな

さすが大都会と言われるだけあって進んでる

2017-11-22

紫波町に住んでいる人たちは、平気で、何のためらいもなく盛岡に買い物に行きますもっと言えば、アマゾンで買うわけです。「地元駅前から買おう」なんてことは、基本的にはないんです。地方小売店アマゾンと戦って勝てるわけないじゃないですか。小売りは本当に厳しい状況だと思います

2017-11-21

スタバがいついっても満員

地方県庁所在地、市内に2件、駅前郊外

いつ言っても満員(土日)なんであんなに行くんだろう。

たいして美味しくないコーヒーしかも高いし。なんとかフラペチーノなんかもっと高いし。

なんかわからない、クッキーみたいなパンみたいなのも高いし。

ほんとによくわからない。

2017-11-20

スコーンみたいなカリカリした菓子パンなら好き

パン屋さんで売ってるパンはおいしいけど、スーパーでも売ってるようなパンならわざわざ買わないかな。

スーパーで売ってないようなパンなら、自分ならスコーンみたいな硬めのカリカリたかんじの菓子パン(ジャンル合ってる?)を買います。(イーストを使ったフカフカパンならスーパーでも売ってるし)

ドイツの硬いパンって分からないけど、フランスパンみたいに食い千切るのが大変なパンは、パン屋でもスーパーでも買わないです。

 

ちなみにスーパー食パンを選ぶとき材料を見て、マーガリンを使ってるパンは避けるようにしてます。(マーガリン心臓病の原因となるのでアメリカ禁止されているそうです)

 

(追記)「スコーン」は小池屋のスナック菓子のほうじゃなくて、イギリス人ティータイムに食うらしいプレーンスコーンのほうです。

http://uktakara.exblog.jp/11042527/

こういうバタービスケットのでかいやつみたいなかんじで、よく焼けた表面がサクサクした食感で、中はミッチリと身が詰まりながらもちょっとモチモチたかんじ。ほのかに甘くておいしい。(駅前のヴィドフランスとかでよく売ってるスコーン

2017-11-19

「成長」って何なのだろう?

昨日は日没後、自転車駅前図書館に行ってきた。

田んぼの間を走って県道に出て、古びたスーパー駐車場を横切り高校周辺の路地に入る。

ランニングしている野球部員がふざけて追っかけてきて、少し気持ちがほぐれた。まだ自分高校生ぐらいに見えるだろうか。

駅の裏に自転車を止めて、地下道を通る。貧乏そうな老人が一人横切り、私の前を歩く女子高生

勉強しないとああなっちゃうんだよ」

とか話してる。

何となく自分が笑われたような気持になって、早足で彼女たちを追い抜いた。

芥川の「河童」を借りた。少女終末旅行に出てきたので物語と何か関係があるのか気になった。

  

高校通信高校に通っていたことがコンプレックスで、実際高校生活ってどんな感じなのかなって思って色々想像したりした。

行きたいなら努力して行ってみれば良いのだけど、自分のやりたいことに対して何も自信が持てなくて、自分が活かされる場所を求めようともしない。

厳しい環境に晒されて、自分の形が崩れてしまう恐怖があって、

案外不幸になっても平気で生きてしまって、でもある日大切な人からあなたはそれで満足なんだね」って言われたら

「本当はやりたいことも、欲しいものもあった。でも諦めるしかなかったんだ、こうするしかなかったんだ」

って叫びたくなるのだと思う。

絶望どん底でやっと楽になったのに「損だ」「得だ」と囃したてられるのが堪らなく苦痛で、

でも決して現状に満足しているわけではなくて、でも何で何もしないのかよく分からない。

「成長」って何なのだろう?

  

スーパーにも学校帰りの高校生がちらほらいた。しばらく店内を徘徊してアーモンドチョコナタデココグミを買った。

それほど食べたいとも思わなかったが買っておいたほうが得なのかなと。

帰ってから買ったお菓子を食べたが一度に食べてしまい苦しくなってしまった。

  

夢に小学生の頃のいじめっ子が出てきた。逃げようとする彼の胸ぐらを掴んで

「これから度々、心の中の後ろめたい気持ちが、後ろ暗い過去が、チクチクと顔を出して、お前を苦しめ離さない」

と言ってやった。

2度寝して起きたのが11時半。

今日履歴書は書かなかった。

2017-11-17

地下鉄と地上駅

駅前にはチェーンのスーパーマーケットだったり、チェーンの牛丼屋だったりがポツポツと点在している。

レンタルビデオ屋があり、カラオケボックスがある。

コンビニは、無駄に7、8店舗ある。

中規模な車通りのある大通りに面していて、ちょっと道に入れば、住宅街

そんな、23区の端っこの地下鉄の駅が、俺の最寄りだ。

気づけば、もう、20年ぐらい住んでることになる。

特に愛着も沸かない、なんとも微妙な街。

駅まで、徒歩15分。地上から地下に入って、改札前までが異常に長い。

地下鉄の駅っていうのは、日常的に使うには、なかなか向いていない。

天気のいい朝、わざわざ地下の暗くて空気の悪い空間へ下る。

雨の日、更にジメジメしていて、あちこち雨漏り

帰り道、一日動いて、疲れた体に堪える上り階段

そんな生活を続けて、もう嫌になった。

地下鉄の駅を生活圏内に入れたくなくなった。

正直、通勤時間なんてどうでもいい。

1時間、2時間かかっていいから。

普通の、地上で暮らしたい。

そもそも電車に乗ってから憂鬱だ。

車窓なんてない。常にコンクリートの壁が至近距離で高速に過ぎ去っていく。

過ぎ去っても過ぎ去っても、コンクリート

朝、駅に向かう。

駅が近づくと、遠くから駅舎が見えて。

列車の姿も見える。

駅前は大きく開けていて、それなりのロータリーがあって。

周辺には街路樹が、花壇が、並べられていて。

駅舎に入るとすぐに改札で。

向こうのホームには、跨線橋を渡って向かう。

青空の下、列車を待って。

そんな毎朝を過ごしたい。

2017-11-13

中国上海でボッタクリ茶店に連れて行かれたが、ゴネて1/3に値切った

野郎二人で中国上海に行ってきた。

有名な観光地である豫園(よえん)近くを歩いていると、後ろを歩く友達が誰かにしかけれれたようで、立ち止まっている。

横には20代と思しき中国人女性スマホを渡しながら「写真を撮ってくれ」と頼んでいるようだった。

しかけられた友達のことを「若い女性に頼まれたんだから撮ってやれよ(笑」とからかいながら様子を見ていると、写真を撮られ終わった女性が「あなたたちの写真も取りましょうか?」と聞いてきた。それも英語で。

シャイ友達は「いいです、いいです。ノーサンキュー」と断ってしまったが、自分は(まぁこういうときお互い様だ)と思いながら、自分スマホを渡して写真を撮ってもらった。

あとになって考えれば、これがすべての始まりだった。


写真撮って」をきっかけにして、相手中国人女性英語で色々話しかけてくる。

聞けば職業幼稚園先生で、2年前から上海に住んでいるという。日本語ちょっとだけ勉強たことがあり、この前の夏にはクルーズ船で福岡に行ってきたとか。

今度はこちらに質問してきて、いつから上海にいるのか、何日間いるのか、今日はどこに行くのか、どこどこ(上海の有名スポット)には行ったのか、などなど色々聞いてくる。

私のほうが英語が得意なので(そう、中国人女性との会話は英語で行われている)、相手質問に答えつつ、友達との間に入って通訳っぽいこともしながら、5分ぐらいは路上で立ち止まって話していただろうか、さり気なく女性が「お茶は好きですか」と聞いてきた。


「ええ、お茶は好きです」

そう、私は中国茶台湾茶が好きだ。大学生のころには、毎月のように横浜中華街の馴染みの台湾系茶屋に通っては、いろいろなお茶を買いつつお店のご主人の講義(?)を聞いたりもした。今でも台湾に行けば、台湾茶を大量に買ってしまう。そんなお茶好きと知ってか知らずか、相手お茶の話を振ってきたので、私はすっかり警戒心が薄れてしまった。


「この近くで、年に一度の茶道ティー・セレモニー)をやっているのですが、一緒に見に行きませんか?」

うん、見てみたい。それが、その時の正直な気持ち&答えだった。

ティー・セレモニーとは、なんだか仰々しい動きをしながら中国茶を淹れるパフォーマンスで、いわゆる「ザ・観光客向け」のショーなのだが、実は一度も見たことがなかった。それは、私自身がひねくれた性格あんなもんは観光客向けの見世物だ!)だからわざわざ見ようとは思わなかったし、今までに日本台湾で行ったお茶屋さんが本気の真面目な(?)お店でそういうショーをやっていなかったこともある。

しかし、この時ばかりは、どういうわけか、暇つぶしというか見世物として、そういうのを見てみるのも悪くないなと思ってしまったのだった。


「じゃぁ、一緒に行きましょう」というわけで、女性に連れられて(今思えば”釣られて”だ)上海の街中を歩いて行く。

歩きながらも女性は、こちらの年齢やら職業やらホテル場所やら、なんやらいろいろと聞いてくる。私は他人からプライベートなことを根掘り葉掘り聞かれるのが嫌な性格なので、多少は誤魔化しながら適当に答えていると、今度は干支やら星座なんか聞いてくる。てか、干支はともかく星座英語名なんて知らんがな!このお姉さん、英語力はかなりのものだった。


まぁそんな訳で、移動中もずっとしゃべりながら5分ほど歩いただろか、着いたのは(連れてこられたのは)裏通りにある間口の狭い古道具屋?お茶屋?のようなお店。

お姉さんは、店頭に立っていた赤い民族衣装を着た老女に「ティー・セレモニーはやっていますか」と話しかけ(いま思い出したが、英語で話しかけていた。老女は英語チンプンカンプンのはずなのに)、そのまま我々を店内へと導く。

店の奥には、壁にやいかにも中国っぽい書や絵が飾ってあり、一通りの茶道の道具(茶葉やらお椀やら急須やら薬缶やら)が小さめのテーブルの上に置かれ、その周りを囲むように椅子が5脚ほど並んでいる。

ここでもまた世間話のようなものが交わされ、茶屋の赤い民族衣装を着た老女は「ティー・マスター先生」だと紹介される。

ティマスターの老女が中国語で話し、それをお姉さんが英語に訳し、我々がそれを拝聴するという翻訳リレーティセレモニーが始まった。


最初茶道歴史やらウンチクやらを語っていたのだが、おもむろに老女が”メニュー表”を出してきた。

内心で「あーやっぱり金とるのか」と思った。ここまで一切お金の話は出ていないが、こちらはなんとなくタダで見れるものだと思い込んでいた節がある。

しかしまぁ向こうも商売なわけだし、中国人がタダでわざわざショーを見せてくれるとも思えない。まぁそれ相応の金額であれば払っても仕方ないかと気を取り直して、メニュー表を見てみる。


メニュー表といっても、白黒印刷のちゃっちいものではない。それなりの厚紙にカラー印刷され、製本されている。背景には、茶器や茶葉の写真印刷されており、まるでどこか高級料理店のメニューのようだ。おまけに、すべて英語表記

老女がメニューの1&2ページ目を開き、お姉さんがメニューの一部を指して話しかけてくる。「この料金だけどいいですか?」


お姉さんの指の先、2ページ目の中ほどには「RMB48 / kind / person」とある。(RMB人民元英語表記

一人48元。日本円だと約1,000円だ。高いとも言えず、かといって納得もできない、絶妙な値段だ。

普段お金にうるさい私も、この時ばかりは、納得はしていないけどこの値段なら仕方ないという感じで「ああ、構いません。OK」と受けてしまった。


しかし、はて、見開きページの左下には”ルームチャージ20元”やら”テーブルチャージが30元”やら、なんやら書いてあるのだが、この説明はなし。

すっかり警戒心が薄れていた私は、(取り立てて説明しないということは、きっとこの表記関係ないのだろう)と思い込んでしまった。

また、2ページ目のタイトルが「1.高麗人参茶」で、2番以降の続きがあることを思わせる表記だったが、メニュー表は老女が持ったままページをめくるでもなく閉じてしまったので、その先は見ていない。


そんなこんなで、ティセレモニーが始まった。が、茶道の詳細は割愛する。

パフォーマンス自体面白かった。合計で6種類のお茶を飲んで、それぞれの茶葉の解説。その間に、金運を呼び寄せる(?)ガマガエルの置物を撫でたり、お茶の淹れ方を教わったり、内容自体は悪くなかったともう。


パフォーマンスが終わると、老女が、先ほどとは別のメニュー表を出してきて、茶葉のお土産はいかが?と売り込んできた。

値段を見て、私は「むむむ、、、これはボッタクリやな」と思った。

ジャスミン茶やら鉄観音やら10種類ほどの茶葉が載っており、それぞれ大・中・小と3種類のサイズが有るようだが、小サイズの一番安いやつでも380元、なんと7,600円もする!

普段から飲む中国茶は100g 1000円もあれば十分、と思っている私の味覚&金銭感覚からすれば、これは完全に予算オーバーだ。

いや、もちろん超一級品の茶葉には驚くほどの高値がつくこともあるだろうが、私の感覚ではナシだ。それに、いま飲んだやつにそこまでの価値があるとも思えない。


「わー、美味しいお茶だった。私はお土産に少し買っていくわ」というお姉さんに影響されたのか、財布を取り出して買おうかどうか迷っている友達に小声て「買うのやめとけ、高すぎ」と耳打ちする。

お姉さん、こちらの戸惑う様子に気づいたのか「ああ、いいのよ、買う買わないは自由から。私は買うわ。んで、あなたはどうする?」とあくまで買う雰囲気を作り出そうとする。

なんか嫌な流れになってきなたなぁーと思いつつ、「悪いけど、やめとくよ。最近紅茶にハマっててねぇ、まだまだ在庫がいっぱいあるから」と半分本当・半分ハッタリの話をしてお土産購入は断った。


なんか早く帰りたいなぁと思っていると、店の老女、もといババア勘定書を持ってきた。

どれどれ、合計金額1,280元だぁ!?


おい、1,280元って、日本円でざっくり2万5千円だぞ。本気か、こいつら。

一瞬にして頭に血が上った私は、思わず「これちょっと高すぎない?」と文句を垂れる。

すると、お姉さん、もとい客引き女が、勘定書の説明を始めた。


いわく、お茶1種類1人あたり48元で、3人で6種類飲んだから

48元 × 3人 × 6種類 = 900元 だという。(実際には48元より高いお茶もあったので、大雑把な計算で)

そこに、客引き女のお土産代が加算されて、締めて1,280元だという。


金額にピンときていないのか、財布を取り出して札を数えようとしている友達の動きを慌てて止めて、スマホ電卓アプリ日本円に換算した結果を見せて「高すぎだろ、こりゃ」とキレ気味にいう俺。


敵に向き直って「最初メニュー表をもう一度見せてくれ」という俺。

から取り出されたメニューには、確かに”それぞれの茶葉のページに”「RMB48 / kind / person」、つまり「茶葉1種類当たり お一人様48元」とある

あーそういうことね、このおちょこ口一杯にも満たないお茶一つに約1,000円を課金し、それが6種類だから6,000円だと。

あーそうですか、確かに書いてありますね、はい、そうですか、って納得できる訳がない。


「こんなの高すぎだろ」

「いや、ティマスター先生がこれだけやってくれたんだから、決して高くはない」


日本でもこんな高くねぇぞ」

日本のことは知りません。上海には上海物価があるのです」


茶道パフォーマンスを受けたのは認めるが、この価格には納得できん」

お茶一杯の値段は高いかもしれないが、ここ上海では、急須にお湯を継ぎ足しながら何倍もお茶を飲んで、何時間もおしゃべりできるシステムなのです。ほら、メニュー表のここにも書いてあるでしょ」(確かに英語でそう書いてある)


「そんなこと言ったって、こちとら、メニュー表の1&2ページ目しか見せられてないし、そこにある『一人48元』だけ払えばいいのかと思っていた」

「いいや、6種類飲んだんだから、その分いただきます


とかなんとか、英語で喚き散らして少し興奮が収まった俺は、勘定書を手に取って冷静に考えてみる。

合計金額は2万5千円だが、そこには客引き女のお茶代とお土産代も含まれている。純粋に我々が払うべきは、相手の言い値では1万2千円、一人あたり6千円だ。

さて、この茶道パフォーマンスにそれだけの価値があるだろうか?いや、ない。払いたくない。だからといって、払わなくて済むわけでもない。


俺は手を顎に当て、少し考えながら、黙り込む。

客引き女が何か話しかけてきたようだが、怒りのあまり全然気づかなかった。


しばらくすると、敵も「面倒くせえ客だな」と思ったのか「じゃあ、いくなら払うのか」と態度を軟化させた。

なーんだ、やっぱりボッタクってる意識があるんじゃねぇか(笑


ここはあくまで、当初の理解どおり「一人48元」で押し通そうと、「3人分で150元なら払う」と言ったつもりが、相手は「1人あたり150元」と誤解したようで、「ならそれで構わない」ということになった。

横でポカーンとしていた友達に、小声で「悪いけど100元払ってくんない?」と言って、財布から100元札を取り出してもらう。

この時、財布の中に、100元札が2〜3枚と、日本円で1万円札が2枚、さらパスポートまで入っているのが丸見えだったので、財布をさっさと仕舞わせる。


「んじゃ2人分で100元ね」

「え、いや、1人150元でしょ」

「いやいや、だから最初から言っているとおり、1人48元だと思っていたの。だから、細かい端数は無視して、2人で100元!」


これには、さすがの店のババア客引き女も怒ったらしく「そんなの少なすぎよ!」とかなんとか言っている。

こちらは無視して「1人48元でしょ!!」と駄々をこねる。


「そんなのってあり?もう、まったく。せめて部屋代としてもう100元出しなさいよ」

(あーあ、面倒くせえなぁ。でも、あと100元でケリがつくなら)と思ってもう100元を出した。締めて200元のお支払だ。


この期に及んでも、客引き女は演技(?)を止めないらしく、

あなた達が200元しか払わないなら、残りの分は私が全部払うわ」といって、本当に財布から100元札を取り出して払っている。

疑い深い私は、この光景を黙ってボーっと見ながら、頭の中は「なんだ見せ金か。払うふりして、あとで取り戻すんだろうな。わざわざこんな演技しなくても。」と冷めていた。

でも、この見せ金に釣られて、やっぱりお金を払ってしまう人もいるんだろうなと思った。


まぁ、兎にも角にも、支払いを終えて、そそくさと店を後にする。

客引き女は相変わらず話しかけてきたが、もう俺は怒りと情けなさとで、会話する気力もなかった。

「この後はどうするの?豫園を観光?」とかうるさいので、とにかく客引き女と離れたかった俺は「いや、ホテルに戻るよ。だから地下鉄の駅まで。」と言った。

本当は歩いて帰れる距離ホテルだったのだが、一緒に歩く友達に「余計なこと言うなよ!」と目配せしながら、「地下鉄ホテルまで戻る」と言い、客引き女とは駅前で別れた。

別れ際に握手をせがまれた。最後まで馴れ馴れしい女だった。


さて、結果的に2人で200元。1人あたり2000円弱の被害額(?)で済みましたが、百歩譲っても適正価値は半分の1000円ぐらいだろうと思っています

ネット検索すると、同様の被害例がこれでもかと出てきます。引っ掛けのパターンとしては、典型的な手口なのでしょう。


しかし、なぜ今回に限って引っかかってしまったのか?

それは、相手が片言の日本語ではなく、英語でベラベラ話しかけてきたことも大きく影響していると思います

ネイティブ日本人の私達にとって、片言の日本語にはとても違和感や警戒心を覚えることでしょう。しかし、相手が流暢な英語を話すとなると、日頃の英語コンプレックスも相まって、相手が対等もしくは上等の立場にすら覚えてしまます


しかしたら、このボッタクリ集団の元締めは、そういった日本人英語コンプレックスを付け入るために、あえて日本語を使わず英語商売をしているのかもしれません。

英語が完全に理解できなくても、とりあえず「OK」と言ってしま日本人(なまじっか少しは分かる言葉だけに、タチが悪い)

英語で書かれたメニュー表をよくよく見てみれば確かにそう書いてあるので、仕方ないかと思ってしま

・もし不満があったとしても、英語では言いたいことも言えずに、泣き寝入りするしかない

日本振り込め詐欺のように、ある程度マニュアル化パッケージ化されているのかも。


写真を撮ってくれと頼まれること、また旅行者同士で世間話情報交換をする、それ自体はとても楽しいことです。

また、善意の現地民がおすすめ観光地に連れて行ってくれることも、本当にあるのかもしれません。(滅多にないからこそ、メディア美談として取り上げる?)


しかし、問題なのは、現地人を勝手性善説で信じてしまって、

お茶屋に連れてこられた時点で「このお店は大丈夫なのか?」と、自分で立ち止まって考えなかったこ

メニュー表を見せられた時点で、「総額はいくらなのか?」と相手確認しなかったこ

要するに、自分自身でよく考えて、納得してから行動する、という基本原則を疎かにしてしまたことが、今回の失敗につながってしまったのでしょう。


また、スマートフォンという”文明の利器”がありながら、

地図アプリで常に場所確認する(現状の把握)

写真と撮ったりメモを残す(証拠採取

・困ったら即答せずに検索してみる(外部資源活用

がとっさにできなかったことです。

私の場合スマートフォンをネックストラップで首からぶら下げていたのに、いざパニックになっていまうとスマホことなどすっかり忘れてしましました。


今回の場合は、まぁしょうがねぇかーという感じで、いい勉強になったと思っています

これが下手にマッサージ店とかに連れていかれたら、それこそ身ぐるみ剥がされていたかもしれませんし、被害額も少なく済んだと思って諦めつつあります

同様に被害にあう方が一人でも減ることを願うばかりです。

真冬怪談 消えた愛車

今日の昼、天気も良いし久々に漏れの愛車に乗ろうと思い立った。

レッドのお洒落な愛車。

駐車場に降りてみると、愛車が無い。おかしい。狐につままれた気分。

 

仕方がないので昼寝した。

 

さっき起きて警察に行くかと思い始めていや待てよと駅前駐輪場へ向かった。

 

なんと漏れの愛車があった。駐車料金500円なり。何泊したのか知らないが、

綺麗なままで帰ってきたので良しとよう。真冬怪談

2017-11-11

父親が買ってくるドーナツ

実家に住んでた中高生とき父親がたまに仕事帰りにドーナツを買ってきてた。

駅前ミスド帰宅時間にあわせて10個で1000円とかまとめ売りしてるやつなのでオールドファッションとかパサパサ系のやつね。

そもそも父はドーナツ食べないし子供3人とも積極的に食べるってほどでもないのでなぜ買ってくるのか不思議だった。

ポイントカード集めて皿もらうほど興味もないはずなのに。

こんな記憶を父になった自分ドーナツを買って帰るときに思い出した。

うちはい子供小学生前なんだけど、ドーナツ見るとめちゃくちゃ喜ぶんだよね。

それはもう飛び跳ねるぐらい。夜には食べさせてもらえないので翌朝を楽しみにしながら布団に入るの。

これがもうほんとに可愛いんだよね。この顔を見たくて何度もドーナツ買ってしまう。

父もたぶん同じ気持ちドーナツ買ってたんだろうな。

中学生過ぎたらドーナツでは喜ばないのにねw

そういえば小学生低学年のとき休日の朝食をミスドで食べてスクラッチ削ってたな。

5人家族から10ポイントなんかすぐたまってミスドの皿やカップたくさん持ってたよ。

あー、いい家族だったな。

駅前エホバの証人

手に持っているのが冊子からタブレットに変わってて、

こんなところにもIT化の波が来てるのかと思った

2017-11-09

銀行店舗再編

銀行って、駅前のすごい良い立地にあること多いじゃん

特にUFJとかは、こだわりがあるのか知らんけど、角地に立っててその角に斜め45度の角度で入り口つけてる店舗が多い

あいう超絶好立地の土地が再編で余ったら、そういう場所は何になるの?

経済のこと全然からないので誰か教えて

2017-11-08

デフォルト設定

九州ローカル駅前中華料理屋で「ラーメン下さい」って言ったら

自動的豚骨ラーメンが出てきて軽いカルチャーショックを受けたことがあるんだけど

九州の人も東京来て「ラーメン下さい」って言って醤油ラーメン出てきたらちょっと驚いたりするものなの?

2017-11-07

駅前歩行者が強く、郊外は車が強い

そんな諺があるのかは知らないけれど、仕事で車を使うようになってそう思うようになった。

当たり前の話かもしれないが、駅前は駅やデパート、その他商業施設が充実しており歩行者が多い。

歩道が広く作られていて、車の交通量も多いことから自然と車もそこまで速度を出せない環境になっている。

そうすると集団心理のなせる技か、まあ信号無視をする歩行者が目についてしまう。歩行者絶対数が多ければマナー違反を行う人も比率として増える事が考えられる。とは言え、決して少なくないように思えてしまうのは運転者目線故だろうか。

信号無視は以ての外でこちらの認識が遅れれば本当に事故に繋がりかねないし、車の平均速度が低いことを前提に横断歩道すらない所を当たり前に飛びだしてくれたりもする。

それでイヤホンつけてスマホ見ててくれてるんだからもうクラクション鳴らしたくて仕方ない。

ゆっくり近づいて渡っていくところをじーっと見ていると、何だこの野郎くらいに睨み返してくれてますけどこちらには後続車がいるんですよ。

あとは横断歩道が点滅してる時に走って向かってくる人。

これはまあ人間心理だろうからしゃーないんだと理解する。

でもさー、信号点滅中、横断歩道までは走ってくるのに、横断歩道に出た瞬間から、赤信号になろうが歩行者権利としてゆっくり歩く人もいるんだよね。

そりゃそうなんだけど、歩いたっていいんだけど、減速しないでそのまま小走りで渡ってくれてもいいんじゃないの…と思ってしまう。そこまでは走れたんだからさぁ。お年寄りならそんな風には考えないからさぁ。

極めつけとして、駅徒歩数分のところに住んでいる今、これも仕方ないんだけど路駐してお出迎えをしている車が沢山いる。仕事を終えて家の駐車場に右折で入ろうとすると、見事に駐車場入口を塞ぐように車が停まっていることが少なからずある。バリケードですかね。

クラクションを鳴らすのも嫌なので、駐車している車に近づいてみると、スマホぼんやり見ている運転手さんがいたり。

突っ込みそうな距離で止まっている対向車に気づいて睨みつけてくる人もいて、指でチョチョイと駐車場を指差したら慌てて去っていく。

そちらは稀な経験かもしれませんがこちらは2週間に1度くらい経験してるんですよ。

せめて睨まないでほしい。

少し話題がズレました。

これが郊外だと車の平均速度がもっと出ていて、歩行者の数も相対的に減るからなのか、信号無視をする人を見かける機会は大分減る印象がある。

かに国道クラス道路信号もないところを渡ろうとする歩行者もいないでもないけど、そういう人は車がいないタイミング安全マージンを取って?小走りで渡っていく気がする。気がするだけか?

書いてて思ったが、駅前通勤時間に、郊外日中に車で走っていることも関係あるかもしれない。

まあそんなこんなで、次に配置転換があった際は駅近を避けるのも良いかもしれないと最近は思っている。車通勤だしね。

休日に駅まで歩くことを考えると、徒歩10分くらいがいいかなぁ…。

2017-11-01

anond:20171101081208

昔のレジ操作が意外と複雑でそれに専念しないと覚えられないことが多かった

なので品出しなどの力仕事男性従業員が、レジ女性従業員がと役割分担する店が大半だった(店長とかはヘルプレジに入るけどね)

でも今はレジ操作簡単になってきてるし、セルフレジやセミセルフレジを導入するところも増えた

その為、男女関係なしに手の空いた人、近くの人がレジに入るコンビニ的なやり方にする店が増えてきてる

深夜も営業してるスーパーだと深夜帯は男性従業員で回す場合が多いのでその時間帯は男性レジ担当が増えると思う

うちの近所だと駅前西友がそんな感じ

ただ設備投資を行う余力がなくて相変わらずおばちゃんがレジ担当で固定されてる店舗もそれなりにあるけどね

あとはデパート催事物産展とかやるところ)だとレジ担当は基本女性が多いか

2017-10-28

夜中におなかがすいたとき

明日食べるもの想像して紛らわしている。

午前中仕事があるから軽い朝飯を食べよう。駅前吉野家で朝定、微妙。さっき夕飯が納豆だったし。

マクドナルドマフィン、悪くないな~絶対エッグマックマフィン1択なんだよね。マックグリドルまだあるんだっけ…。

降車駅にあるJR系の立ち食い蕎麦、そこまで空腹が持てばここ。たぬきそばに生卵定番

でも寝坊する可能性なくもない。したらファミマだ。ファミマならバゲットサンドイッチカスクード系のおしゃれなロールパンボトルのチルドスムージー

お腹すいた。明日早く起きよ。

2017-10-25

外で声をかけてきた印象深い人達を思い出して書いていく

 

・えんこう目的リーマン

渋谷のまだBook1stがあった時、その前を歩いてたら後ろから

「ボソボソ…3万…ボソボソ…1万5千円でお茶だけでも…ボソボソ…」と

聞こえてきて振り返ったら身長160cmくらいの顔色悪いガリガリの若いリーマン

きょどりながら値段を言ってきてて「いえ、遠慮します…」と言ったら

「そうですか…すみません…」と言ってさらっといなくなった。

えんこうの切欠ってこういうのなのかーと思った。

普通に値段下げてんじゃねぇよと思った。

 

ナンパしてきた男の子

ハタチくらいの時、ぶんかむらの近くで向かいから来た10代後半からハタチくらいの若い男の子

2人で歩いてきてて少し前で止まって何か喋ってて、なんか嫌だなと思ってたら一人が小走りで寄ってきて

「急にすみませんめっちゃ好みなんですけど、良かったらお茶でもしませんか、もし嫌なら連絡先だけでも…」

的なことを緊張した感じで言われたけど嬉しいとかより先に普通に怖くて断ってしまった。

立ち去るとき特に暴言を吐かれることも無く「あ、そうですよね、なんかすみません」みたいな感じで良い人だなーと思った。

 

水商売勧誘のお兄さん

0時までバイトして帰宅時に歩いてたら向かいから来たスーツも肌も真っ黒いお兄さん?おじさん?に

「どこかのお店で働いてる?」と聞かれて「?いえ?」と答えたら勧誘された。

「良かったら連絡してね」と名刺を渡された。

道歩いてて水商売勧誘されたのはこれが最初最後

 

ナンパしてきた男の子

友人に呼び出されて夜かまたの駅前を急いでいたら声をかけてきたハタチくらいの男の子

結構しつこくされたけど、でも軽い調子冗談交えながらで、

友人でこういう人がいたら楽しいだろうなーと思いながら断った。

 

仕事場までついて来た酔っ払い

しぶやで働いてたとき、朝の10時くらいに細い路地のところに立ってた20代前半くらいのお兄さん。

しかけられて「これから仕事で急いでる」と早歩きしながら答えたらそのまま着いて来てしまって、

会社まで送るよー」と言われ、結構おかたい感じの仕事場で働いてたのでそれは困ると思い

色々と理由をつけて諦めてもらおうと思ったけど結局最後まで着いて来て、

警備員さんにじろじろ見られながら気まずい思いをしたけど、最後職場を見られて満足したみたいで

「じゃあねー」と言って帰っていった。

ずっと空のグラスを持ってついてきてて本当に大丈夫かなこの人って思ってた。

駅前に関しては、明らかに埼玉千葉に負けている

最近千葉に越してきた、埼玉県民だが、駅前の栄え具合は圧倒的に千葉が上

柏、船橋津田沼あたり行ったけどすごい

千葉一極集中だと思うけど、埼玉はそういう場所すらないので、負けてるなあ

だって埼玉ターミナル駅大宮しかないもん

2017-10-24

ふだん行かないところに行く

先日、うつ入院した話を書いた。

意外にブクマされていて驚いた。

退院してから復職はできる状態になく、

引きこもって一人ぼっちで居た。そしていまもそうだ。

実家に帰ると、田舎すぎて辛いので便利な都市部一人暮らししている。

最初のうちはすごく辛かった。

働いていた頃は職場ストレスに耐えていて、

入院中は頭のネジが飛んだ人たちに常に警戒していたし、

ナース医者の顔色をうかがいながら、

常に誰かが周りに居たから、本当にひとりぼっちになって初めて、

自分に話しかけてくれる人が誰もいない」状態に怖くなった。

二週間くらいして、ようやく一人で起きて、

誰とも話さないまま眠ることも慣れた。

一応、病院には通院しているし、カウンセリングも週に一回あるとはいえ、

それだけだ。

なんだかいろいろ涙もろくなって、ツタヤで借りてきた映画でボロ泣きしたり、

アベマTV放送されていた昔のアニメを見てガン泣きしたりしていた。

ひぐらしのなく頃にで泣くとは思わなかった。

Facebookには入院していろいろあったことを書いた。

そしたら、そんな僕を見かねてか、

Facebook高校時代部活仲間から連絡があって、

久々に飲もうよという話になった。

場所彼女の勤務先近くで、

ふだん行かないちょっとオシャレな街へ行った。

家とスーパー駅前くらいしか行かない僕からしたら、すごく新鮮だった。

彼女は既婚者だし、僕も恋人を亡くしているし、

そういう関係ではないからこそ、気を遣わずに昔話をしたり、

同じ分野の仕事をしているのでAdobeソフトの話で盛り上がったりした。

うつときの暗い話とか病院の話はしなかった。

医師や親や周りの人は、

「焦らずゆっくり治していきましょうね」

と口をそろえていうけれど、

僕は自分が嫌いで嫌いで仕方がなく、なんにも生産性がなくてテレビ動画を見てるだけのクソ野郎から死んだほうがマシだという思いは、入院する前から変わらなかった。薬を飲んでもその想念は取り払われない。せいぜいよく眠れるようになったくらいだ。

話を戻して、僕はその部活仲間と飲んだ後、

「またね」と別れた。

たったそれだけのことなんだけど、

「僕はここに居ていいんだ」

と思えた。

彼女は、周りの人を笑顔にできる立派な人だ。

そういうちゃんとした人とコミュニケーションをすると、うつが治る。

「〜〜だと辛いでしょう」「〜〜は闇だからなあ」とか、

ネガティブ話題を引き出すことにかけては天才的な人もいるが、

逆に、その人の前にいるだけで、明るい考えになる、そんな人もいる。

そういう人から順番に、きっと幸せになっていくし、

幸せからこそ余裕があって、そのおすそ分けをうけているんだと思う。

仕事現場で常に感じていた「出来ないやつは切る」という緊張感。

パーティーに見せかけた戦場みたいな営業活動

ほめられてもプレッシャーしか感じない日々。

僕がうつになってしまったのは、フリーランスになって、

利害関係のある人としかコミュニケーションを取っていなかったからだと思った。

利害関係のない人間が、いま、

僕のことを気にしてくれていたという事実が、本当に救いになっている。

あれからも僕は一人暮らしで、基本的スーパーと自宅の往復だけど、

少しずつ前を向けている気がする。

今は一人ぼっちでもへいきだ。

ふだん行かないところに少し足を伸ばしたら、自分が少し誇らしくなる。

他人から見たら些細な事だと思う。

でも、自分のだめなところを探し続けていたらきりがなくて、

いいところを探して、ささやか幸せに元気になっていきたい。

次にまた部活仲間や友だちと会うとき

その人に笑顔を引き出せるような人になりたいなあと思った。

ちょっと前に市議会選挙があった時。投票日の翌日に当選した人と落選した人がともに駅前選挙のお礼のために立ってたんだよね。

落選した議員でもこういう所を見ると次回はちょっと気にしてあげようとか思うよね。


でも国政選挙に出た人で投票日の翌日に駅に立つ人とか見たことないんだよね。

投票前はしつごいぐらいスピーカーで大声出してるくせに。

砕かれた鏡

(この日記は、「副業風俗レポを連載していたのだが、」https://anond.hatelabo.jp/20171023190844を「俺が編集者ならこう書き換える」という内容に無断で編集したものです。)

お久しぶり~。とにかく更新が滞りがちなこの連載。今回はちょっと趣向を変えて、生まれて初めてアジアンエステに行った日のことを書くぞ。もう六年半も前の話だ。僕のドスケベオイルマッサージ道はこの日から始まったのだ!

某月某日、夜。駅前商店街を歩いていると、妖しく点滅する立て看板が目に入った。

中国式マッサージ 60分¥6000

インターホンを鳴らすと、異様に背の低い白髪の老婆が出てきた。待合室に通され、メニューを渡された。メニュー表には複数コースが書かれていたが、婆さんは大きな目をさらに大きくして90分一万円のコースゴリ押ししてきた。僕は気圧されて、よくわからないまま一万円を払った。

部屋に案内されて、ベッドに腰かけていると、小柄な女の子が入ってきた。名前はナナちゃん。第一印象はツンとして見えるが、笑うと一気に表情がやわらぐ。かわいい! 大きな目に長いまつげ。ピンク色のぽってりした唇が印象的。髪は長めで、えり足がスッキリとまとめられている。あらわになったうなじセクシーしかし、何より目を引くのはオッパイ。かなりでかい! 上着がパンパンに膨れあがってる。そして、むき出しになった太もも。僕が太ももフェチになったのは、この日がきっかけかも。ミニスカートからのびる二本の素足。た、たまらん....。

ナナ「初めてですか?」

僕 「はい

ナナ「先にシャワー浴びますか?」

僕 「あ、はい

ナナ「じゃあ、脱いで待ってて」

ナナちゃんが部屋を出ていく。言われるままに服を脱ぐ僕。上半身裸になったところで、ナナちゃんがバスタオルを持って戻ってくる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、僕のズボンベルトを引っ張る。脱ぐように促しているのだ。恥ずかしながら、僕はすでにビンビン。ナナちゃんがそれを見て、キャッと笑う。腰に白いバスタオルが巻かれると、腹部がふくれあがり、その形状はまるで雪山

一緒にシャワールームへ。ナナちゃんが全身をやさしく洗ってくれる。「後ろ向いて」「はい、前」「もう一回後ろ」ころころと向きを変える僕。後ろ向きになると、ナナちゃんの手首が僕の足のつけねを通って、さわ~、と尻の穴を通過。最高だ...。タオルで体を拭いてもらい、部屋に戻る。紙パンツを渡されたが、明らかに小さい。無理して履いてみたが、思いっきハミ出てしまう。ナナちゃんがそれを見てウフフと笑う。

ナナ「うつぶせになれますか?」

僕 「あ、はい・・・

ナナ「・・・やっぱり、あおむけでいいよ。うつぶせ、痛そうだから

うつぶせだと、いきり立ったモノが圧迫されて痛いと判断されたらしい(笑)それで急遽、あおむけの態勢から始めることに。ナナちゃんが僕のひざの上にまたがると、太もも感触がじかに伝わる。う~ん、たまらん!

まずは首筋のマッサージ。ナナちゃんが前かがみになると、はだけた胸もとから谷間が見える。膝を動かすたびに、スカートの中もちらり。これってわざと!? そして、ここから先は怒濤の展開。まだ序盤なのに、ナナちゃんが僕の全身にオイルを塗り始めた! 本来うつぶせでじっくりと肩や腰をもんでから、ようやくあおむけになり、オイルが登場するのは後半なのだしかし、ナナちゃんは通常のセオリーをすっ飛ばして、大暴走。おそらく僕の興奮が伝わり、一気にスパークしたのだ! 奇跡フュージョン国籍を越えた魂の交感。ナナちゃんの指先が、僕の体の上を縦横無尽に滑走。そのなめらかな滑りは、ロシアフィギュアスケーターユリア・リプニツカヤ選手のようだ。僕はあっという間にフィニッシュ。開始からわずか30分。瞬殺だった...。

本来、こういったマッサージは焦らしてナンボ。ナナちゃんの施術はあまりトリッキー過ぎた。でも僕は大満足! 最高のアジアンエステデビューであった。

🌑

これは、ある風俗系のサイトのために書いた原稿である。そのサイトが突然閉鎖してしまい、行き場所がなくなった。自分で言うのも何だが、本当に下らない。僕は二年近く、こんな文章ばかり書いていた。この記事は、新しい店を取材する時間が無かったので、苦しまぎれに昔話を書いたのだった。結果的にこの原稿は陽の目をみなかったわけだが、書きながら当時のことを色々と思い出した。

あの頃、実は僕はドン底の状態だった。親から継いだ会社倒産させた後だったのだ。単なる地元中小企業だったが、そこそこ歴史のある会社だった。古参幹部裏切り横領大手の参入、理由を挙げればキリがないが、結局は僕が無能だったのだ。すべてを失った。恋人も仲間も、みんな去って行った。絵に描いたような転落人生だ。酒びたりの日々。毎日、目を覚ます頃にはすでに日が暮れかけていた。時計を見るのもつらかった。起きるとすぐに冷蔵庫を開けて、安い缶酎ハイあおり、またベッドに戻る。酒が切れたらコンビニに行って、缶酎ハイカップ麺を大量に買い込む。そんな生活が何ヵ月も続いていた。

いよいよ金が尽きてきたので、警備員バイトを始めた。まわりは爺さんばかりだった。地元では警備員仕事高齢者の受け皿になっていた。爺さんたちと一緒に働いているうちに、まだ20代後半だった僕も、老後みたいな気分になっていた。

件のエステに行ったのは、そんな時期のことだった。前述の通り、僕は30分で果ててしまった。そのあとどうしたかというと、ずっと彼女とお喋りをしていた。彼女は色々な話をしてくれた。まだ来日して三年足らずで、日本語ジブリアニメ勉強していると言っていた。なぜか子供の頃の写真を持っていて、それを見せてくれた。山村風景を背にして、薄汚れたシャツを着て立っている、仏頂面の少女が写っていた。それが彼女だった。話を聞いてみると、彼女は非常に貧しい家に生まれて、家族を支えるために、日本出稼ぎに来ていたのだった。

僕も自分のことを話した。地元中小企業の二代目社長社員は26人。趣味スキーテニス、車はベンツを2台所有。どれも過去には本当のことだった。でもすべてを失っていた。僕は彼女に、会社経営の苦労や、幹部に対する不満を、現在進行形の悩みとして語った。彼女の前では社長でいたかった。悲しい見栄だ。話しているうちに、自然と涙が流れてきた。彼女がそっと抱き寄せてくれた。僕は彼女の胸に顔をうずめて泣いた。しばらくのあいだ泣き続けた。あのとき彼女はどんな気持ちだったのだろう。異国で、初対面の男が、いきなり泣きだしたのだ。理由もわからなかったはずだ。かなり戸惑ったにちがいない。

ナナちゃんと話した翌日から、僕は仕事で新しい現場に入った。美術館の警備スタッフだ。スタジオジブリレイアウト展覧会だった。そこでマズイことが起きた。彼女が客として入場してきたのだ。どうやら彼女は一人で、オレンジワンピーススニーカーを履いて、髪はポニーテールにまとめていた。相変わらずちょっとツンとしていて、喋らなければどこからみても普通若い女性だった。僕はあわてて顔を伏せた。見られてはいけない。彼女の中ではまだ僕は社長なのだ。警備服を着ているはずがないのだ。彼女は食い入るように展示物を見ていた。僕は帽子限界まで目深に被り、ばれないようにした。

午後になって、今度は外の駐車場ですれ違いそうになり、あわててトラックの背後に隠れた。警備員なのに、僕の挙動は完全に泥棒だった。彼女は僕の前を通り過ぎて、その先の角を右に曲がっていった。彼女は僕の視界から消えた。

数日後に、地面が揺れた。これまでにないぐらい、大きく揺れた。巨大な津波が来て、あらゆるもの破壊した。そう遠くない場所で、原子力発電所が爆発した。日常が奪われ、何日も、何週間も、不安状態が続いた。

僕はやることもなく、ふと思い立って再びあの店に行ってみた。当然のように閉まっていた。インターホンを鳴らすと、ゆっくりドアが開いた。中からあの大きな目の老婆が顔を出して、「やってませんよ」と言った。

僕 「いつごろ再開しますか?」

老婆「もうやらないよ。おしまい

僕 「・・・

老婆「みんな中国に帰ったよ」

僕 「ナナちゃんは?」

老婆「ナナも帰った。モモも帰った。サクラもユキもみんな帰った。日本は危ないから」

当たり前だが、ナナちゃんとはそれっきりだ。僕はほどなく上京して、小さな広告プロダクション就職した。その後、仕事で知り合った風俗関係者に請われ、メンズエステ体験レポを書くようになった。

最初のうちは、アジアンエステ取材する度に彼女のことを思い出したものだが、最近はすっかり忘れてしまっていた。女性の胸に顔をうずめて泣くなんて、あの夜が最初最後だと思う。

地震で粉々に砕かれた鏡の上に今は別々の人生が映し出されている。ナナちゃん、元気だろうか。

2017-10-23

副業風俗レポを連載していたのだが、

諸般の事情サイトが閉鎖されてしまった。原稿が一本無駄になってしまったので、はてな匿名ダイアリーに放流する。

🌑

お久しぶり~。とにかく更新が滞りがちなこの連載。今回はちょっと趣向を変えて、生まれて初めてアジアンエステに行った日のことを書くぞ。もう六年半も前の話だ。僕のドスケベオイルマッサージ道はこの日から始まったのだ!

某月某日、夜。駅前商店街を歩いていると、妖しく点滅する立て看板が目に入った。

中国式マッサージ 60分¥6000

インターホンを鳴らすと、異様に背の低い老婆が出てきた。待合室に通され、メニューを渡される。メニュー表には複数コースが書かれていたが、婆さんは90分一万円のコースゴリ押ししてきた。僕は気圧されて、よくわからないまま一万円を払った。

部屋に案内されて、ベッドに腰かけていると、小柄な女の子が入ってきた。名前はナナちゃん。第一印象はツンとして見えるが、笑うと一気に表情がやわらぐ。かわいい! 大きな目に長いまつげ。ピンク色のぽってりした唇が印象的。髪は長くて、えり足がスッキリとまとめられている。あらわになったうなじセクシーしかし、何より目を引くのはオッパイ。かなりでかい! 上着がパンパンに膨れあがってる。そして、むき出しになった太もも。僕が太ももフェチになったのは、この日がきっかけかも。ミニスカートからのびる二本の素足。た、たまらん....。

ナナ「初めてですか?」

僕 「はい

ナナ「先にシャワー浴びますか?」

僕 「あ、はい

ナナ「じゃあ、脱いで待ってて」

ナナちゃんが部屋を出ていく。言われるままに服を脱ぐ僕。上半身裸になったところで、ナナちゃんがバスタオルを持って戻ってくる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、僕のズボンベルトを引っ張る。脱ぐように促しているのだ。恥ずかしながら、僕はすでにビンビン。ナナちゃんがそれを見て、キャッと笑う。腰に白いバスタオルが巻かれると、腹部がふくれあがり、その形状はまるで雪山

一緒にシャワールームへ。ナナちゃんが全身をやさしく洗ってくれる。「後ろ向いて」「はい、前」「もう一回後ろ」ころころと向きを変える僕。後ろ向きになると、ナナちゃんの手首が僕の足のつけねを通って、さわ~、と尻の穴を通過。最高だ...。タオルで体を拭いてもらい、部屋に戻る。紙パンツを渡されたが、明らかに小さい。無理して履いてみたが、思いっきハミ出てしまう。ナナちゃんがそれを見てウフフと笑う。

ナナ「うつぶせになれますか?」

僕 「あ、はい...」

ナナ「あおむけでいいよ。うつぶせ、痛そうだから

うつぶせだと、いきり立ったモノが圧迫されて痛いと判断されたらしい(笑)それで急遽、あおむけの態勢から始めることに。ナナちゃんが僕のひざの上にまたがると、太もも感触がじかに伝わる。う~ん、たまらん!

まずは首筋のマッサージ。ナナちゃんが前かがみになると、はだけた胸もとから谷間が見える。膝を動かすたびに、スカートの中もちらり。これってわざと!? そして、ここから先は怒濤の展開。まだ序盤なのに、ナナちゃんが僕の全身にオイルを塗り始めた! 本来うつぶせでじっくりと肩や腰をもんでから、ようやくあおむけになり、オイルが登場するのは後半なのだしかし、ナナちゃんは通常のセオリーをすっ飛ばして、大暴走。おそらく僕の興奮が伝わり、一気にスパークしたのだ! 奇跡フュージョン国籍を越えた魂の交感。ナナちゃんの指先が、僕の体の上を縦横無尽に滑走。そのなめらかな滑りは、ロシアフィギュアスケーターユリア・リプニツカヤ選手のようだ。僕はあっという間にフィニッシュ。開始からわずか30分。瞬殺だった...。

本来、こういったマッサージは焦らしてナンボ。ナナちゃんの施術はあまりトリッキー過ぎた。でも僕は大満足! 最高のアジアンエステデビューであった。

🌑

自分で言うのも何だが、本当に下らない。僕は某風俗サイトで二年近くこんな文章ばかり書いていた。先の記事は、新しい店を取材する時間が無かったので、苦しまぎれに昔話を書いたのだった。結果的にこの原稿は陽の目をみなかったわけだが、書きながら当時のことを色々と思い出した。あの頃、実は僕はドン底の状態だった。親から継いだ会社倒産させた後だったのだ。単なる地元中小企業だったが、そこそこ歴史のある会社だった。古参幹部裏切り横領大手の参入、理由を挙げればキリがないが、結局は僕が無能だったのだ。すべてを失った。恋人も仲間も、みんな去って行った。絵に描いたような転落人生だ。酒びたりの日々。毎日、目を覚ます頃にはすでに日が暮れかけていた。時計を見るのもつらかった。起きるとすぐに冷蔵庫を開けて、安い缶酎ハイあおり、またベッドに戻る。酒が切れたらコンビニに行って、缶酎ハイカップ麺を大量に買い込む。そんな生活が何ヵ月も続いていた。

いよいよ金が尽きてきたので、警備員バイトを始めた。まわりは爺さんばかりだった。地元では警備員仕事高齢者の受け皿になっていた。爺さんたちと一緒に働いているうちに、まだ20代後半だった僕も、老後みたいな気分になっていた。

件のエステに行ったのは、そんな時期のことだった。前述の通り、僕は30分で果ててしまった。そのあとどうしたかというと、ずっと彼女とお喋りをしていた。彼女は色々な話をしてくれた。まだ来日して三年足らずで、日本語ジブリアニメ勉強していると言っていた。なぜか子供の頃の写真を持っていて、それを見せてくれた。山村風景を背にして、薄汚れたシャツを着て立っている、仏頂面の少女が写っていた。それが彼女だった。話を聞いてみると、彼女は非常に貧しい家に生まれて、家族を支えるために、日本出稼ぎに来ていたのだった。

僕も自分のことを話した。地元中小企業の二代目社長社員は26人。趣味スキーテニス、車はベンツを2台所有。どれも過去には本当のことだった。でもすべてを失っていた。僕は彼女に、会社経営の苦労や、幹部に対する不満を、現在進行形の悩みとして語った。彼女の前では社長でいたかった。悲しい見栄だ。話しているうちに、自然と涙が流れてきた。彼女がそっと抱き寄せてくれた。僕は彼女の胸に顔をうずめて泣いた。しばらくのあいだ泣き続けた。あのとき彼女はどんな気持ちだったのだろう。異国で、初対面の男が、いきなり泣きだしたのだ。理由もわからなかったはずだ。かなり戸惑ったにちがいない。

この話には後日談がある。翌日から僕は仕事で新しい現場に入った。美術館の警備スタッフだ。スタジオジブリレイアウト展覧会だった。そこでマズイことが起きた。彼女が客として入場してきたのだ。どうやら彼女は一人だった。僕はあわてて顔を伏せた。見られてはいけない。彼女の中ではまだ僕は社長なのだ。警備服を着ているはずがないのだ。彼女は食い入るように展示物を見ていた。僕は帽子限界まで目深に被り、ばれないようにした。午後になると、今度は外の駐車場ですれ違いそうになり、あわててトラックの背後に隠れた。警備員なのに、僕の挙動は完全に泥棒だった。

数日後に、地面が揺れた。これまでにないぐらい、大きく揺れた。巨大な津波が来て、あらゆるもの破壊した。そう遠くない場所で、原子力発電所が爆発した。日常が奪われ、何日も、何週間も、不安状態が続いた。再び店に行ってみると、当然のように閉まっていた。インターホンを鳴らすと、ゆっくりドアが開いた。中から背の低い老婆が現れて「やってませんよ」と言った。

僕 「いつごろ再開しますか?」

老婆「もうやらないよ。おしまい

僕 「・・・

老婆「みんな中国に帰ったよ」

僕 「ナナちゃんは?」

老婆「ナナも帰った。モモも帰った。サクラもユキもみんな帰った。日本は危ないから」

当たり前だが、ナナちゃんとはそれっきりだ。僕はほどなく上京して、小さな広告プロダクション就職した。その後、仕事で知り合った風俗関係者に請われ、メンズエステ体験レポを書くようになった。最初のうちは、アジアンエステ取材する度に彼女のことを思い出したものだが、最近はすっかり忘れてしまっていた。女性の胸に顔をうずめて泣くなんて、あの夜が最初最後だと思う。ナナちゃん、元気だろうか。

2017-10-20

台車洋菓子を売る洋菓子店

駅前を歩いていると、周りをキョロキョロ見ながら台車を押すエプロン姿の人を見かけた。

こちらと目が合うと「あの〜すいません」と話しかけてきた。

なんだ? 道に迷っているのか? と話を聞くと、

「あの〜、〇〇(全国的に有名な地名)の洋菓子店なんですけど〜」と突然商品を売り込みに来る。

こっちは人助けと思って話を聞いたのになんだその販売方法は。

これが数年前の話。

それ以来台車を押した洋菓子店駅前に頻繁に出没するようになった。

ほぼ毎日

そして毎回のように話かけられる。

既に100回以上「あの〜」を聞いた。

別の店員が来てても同じ調子なので、困った感じで話しかけるマニュアルでもあるのだろう。

観察していると年配の女性がよく引っかかって購入していくようだ。

正直鬱陶しい。

店の評判を落としていることに気づいていないのかな。

2017-10-19

福のから店員が糞すぎる糞のから

愚痴増田

駅前にできたばかりの頃接客ひどすぎてしばらく行かなかったんだけど

オープンして結構たつしもう平気かなと思って久々に言った

 

呼んでも無視

大声出してようやくかったるそうに出てきた

4円ですーっておつり渡してすぐ引っ込んだ

お待たせいたしましたとかありがとうございますとか

その程度の簡単言葉すら発さないんだから驚いたよ

公式サイトクレーム入れられないように問い合わせ窓口無し……

評判検索したら案の定というかなんというか

なんかもうそういう会社なんだね

味はおいしいのにな

http://d.hatena.ne.jp/creativeability/20130910/1378827460

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