「1965年」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 1965年とは

2017-09-01

[] TGIF

TGIFティージーアイエフ)は、英語の「Thank God, It's Friday.」(ありがとう神様今日金曜日だ)という句の頭字語。

仕事学校が終わる金曜日、無事に金曜日を迎えられたことや来たる週末を祝う目的で用いられる。

この頭字語は主に電子メールテキストメッセージ上で用いられる。この言葉起源1960年代まで遡る。

最初にこの言葉を用いたのは1965年設立レストランT.G.I.フライデーズである

https://ja.wikipedia.org/wiki/TGIF

2017-07-14

実際、自動車免許なんて自動運転自動車自転車活用が進む時代ゴミになる未来しか無い。

https://anond.hatelabo.jp/20170713211145

身分証としてしか使ってない」なんて人がなんと多いことか!

30万円以上ものカネ、そして取得に要した時間無駄にしただけだ。馬鹿馬鹿しい。

そんなら最初から写真付きのマイナンバーカードやらパスポートやらのほうがよほど低コストで短時間で取得できるので賢い。

更に言えば健康保険しか持ってない一般人も実は多いので、それの対応の為にも健康保険証が身分証明書として通用する場合が実はほとんどの場合ある。

自動車はもう自動運転時代が光の速さで着実に迫ってきてる。

自動車免許なんて取るやつはアホで馬鹿マヌケ脳みそスカスカゴミだ。

教習所に出入りしてるアホの面を今のうちに見てみるといい。

それに、今はもう免許クルマなんつうお荷物も要らない都市部への移住を全国の人々、特に若者積極的に進めている。

都市部では先進諸国共通自転車交通分担率が高い=自転車が便利なので、自動車なんざ見向きもされなくなって自転車活用が増えてる。

自転車健康にもいいし環境にもいいし自動車からの乗り換えを進めれば事故公害渋滞も減るので各国の政府自動車減らして自転車を増やす政策を進めているほどだ。

国内駐車場ガラガラ自転車駐輪場はいっぱい。都市部マンション住人の移動手段自動車から自転車シフト

https://web.archive.org/web/20150617110848/http://ovo.kyodo.co.jp/ch/mame/a-595239

近所の買い物や子供の送り迎えに使うママチャリ子供自転車から通勤休日の遠出に使うロードバイクまで、自転車に乗る人が明らかに増えている昨今。

そういえば、マンション駐輪場はいっぱいだ。一昔前の集合住宅では、駐車場抽選必死になっていたけれど、今や駐輪場争い。仕方なく部屋に一台持って上げる、という人も多い。

マンション駐輪場に関するアンケート調査でも(つなぐネットコミュニケーションズ東京)、マンション駐輪場を利用している居住者の半数が、駐輪場に不満を感じているという結果が出た。

 そもそも自転車の所有台数が多い。マンション居住者の76.8%が自転車を持っていて、そのうち約60%が複数台を所有(2台が35.4%、3台が16.9%、4台以上が8.6%)。

94.5%の人は、マンション敷地内の駐輪場を利用しており、「スペースが狭くて出し入れしにくい」「2段式のため出し入れしにくい」「重くて上段へ上げられない」など、自転車の出し入れに関する不満が目立った。

 電動自転車など自転車の大型化や、1世帯あたりの台数増加に関する問題が主流。

自転車は「申し込み多数で順番待ちだが、逆に駐車場が余っている」など、駐輪場が設置された当時と現状の自転車利用状況にギャップがあり、ライフスタイルの変化が如実に現れているようだ。

都市部への移住が進むなか、移動手段自動車から自転車

http://www.weekly-net.co.jp/logistics/post-11318.php

運転免許受験者数は2004年の387万人から2013年には290万人へ減少している。

20―24歳男性自動車の利用率は26.3%(平成12年)から20.4%(同22年)に減少。

反対に自転車の利用率は18.9%から31%増加している。40歳までの男性自動車の利用率はすべて減少しており、自転車の利用率が大幅に上昇している。

現在若者は「クルマから自転車」に交通手段を変化させているようだ。

テスラ最高経営責任者「人々は人間運転する自動車運転法律禁止するかもしれない、なぜなら(自動車運転は)危険すぎるから

http://jp.techcrunch.com/2015/08/12/20150811driving-your-car-will-soon-be-illegal/

(自動車の)運転違法になるであろう、そしてそうなるべき理由は、今われわれが交通事故死という世界最大の早期死亡原因のひとつを未然に防ぐテクノロジーを手にしているからだ。

毎年全世界で120万以上の人たちが交通事故で亡くなっている(朝鮮戦争の双方で発生した犠牲者数よりも多い)。

昨年、27万5000人以上の中国人288000人以上のインド人、および3万3000人のアメリカ人が、回避可能交通事故で死亡した。

ラルフ・ネーダーがこの産業を「どんなスピードでも自動車危険」と1965年に初めて指摘して以来、自動車メーカーは車の安全性信頼性を飛躍的に改善してきた。

シートベルトエアバッグアンチロックブレーキタイヤ空気監視システムはいずれも交通事故死を減少させた。

しかしこれまで、自動車メーカー交通事故死の唯一最大の原因に対処できていない……『人的過誤』だ。

今われわれは数百万の命を救うテクノロジーを手にしているが、社会としてその利用を義務化する意志力を、果たしてわれわれは持っているだろうか?

Google無人運転車は、人間運転車が支配する路上で既に100万マイル以上を走行している。

儚き命のわれわれ人間と同じ現実世界道路条件のもとで、自動走行車は雨やみぞれや雪の中を走ってきた。

これらの無人車両は、地球40周分に相当する距離を走った…… 事故を起こすことなく。

実際には、無人運転車は人間運転車に11回衝突されているが、事故の原因になったことは一度もない。

データによると、地球上の衝突事故の94%は人間ドライバーの過誤が原因だ。

そして教育や訓練にどれほど時間をかけても、ハンドルを持った人間の行動は改善されない。

今やアルコールは、世界交通事故関連死全体の1/3以上の原である

合衆国では、事故の4件に1件が、ながらスマホ運転によって起きている(飲酒運転による事故の6倍以上)。

人間の手にテクノロジーを持たせれば持たせるほど、運転習慣は悪くなる。そしてロボットと異なり、人間には休息が必要だ。

国立睡眠財団によると、成人ドライバーの69%が月に一度以上運転中に眠気を感じている。

無人走行車は、飲酒運転も、わき見運転も、運転席で居眠りをすることもない。

車両には、カメラ、赤外線センサー、ネットワーク接続された地図、その他様々なソフトウェアが装備され、人間には成し得ない方法で正確に危険回避することができる。

早めにブレーキをかけ、素早く方向を変え、人間の目には認識されない道路条件の変化(例えば、ヘッドライト可視範囲外の障害物)を予測することができる。

ロボットは、人間が操縦する車よりも効率的かつ効果的に、互いに情報交換することもできる。

無人走行車は、飲酒運転も、わき見運転も、運転席で居眠りをすることもない。』

自動車運転が完全に自動化されると貴重な時間節約になる上、交通事故が90%以上減少する

http://jp.reuters.com/article/uber-column-idJPKCN10U0AV

自動運転人間運転より安全」という事実世間常識になりつつある。

http://tsukuruiroiro.hatenablog.com/entry/2030car

自動運転の精度は人間運転より何百倍も精度が高い。

加えて、自動運転カーが制限速度以上のスピードで走ることはない。

国際機関からは「人間が車を運転すれば毎年世界で100万人以上の死亡者が出る。

一方で(信頼できる企業による)自動運転100%普及すれば、その数は1,000人以下に減る」という試算が発表された。

「車を運転する楽しみが無くなる」という理由自動運転に反対する人の声はみるみるうちに弱まった。

個人の楽しみのために、人の命を犠牲にできるのか」そういった声に誰一人反論できなかった。

自動運転全盛になると自動車の車線が削られて自転車歩行者の為のスペースが充実する。

http://www.gizmodo.jp/2016/05/these-visions-of-a-self-drivin.html

ーーー

普段からニュースに目を通してその分野の知識を吸収していれば、自動車免許界隈は教習所も含めて、未来は無いことはすぐにわかる。

2017-06-02

団塊の世代バブル世代団塊ジュニア

団塊の世代(だんかいのせだい)とは、日本において、第一ベビーブームが起きた時期に生まれ世代を指す[1]。

焼け跡世代(あるいは戦中生まれ世代)の次の世代に当たり、第二次世界大戦直後の1947年昭和22年)~1949年

昭和24年)に生まれて、文化的な面や思想的な面で共通している戦後世代のことである

団塊の世代 - Wikipedia

バブル世代は、バブル景気内閣府景気基準日付第11循環拡張期、1986年昭和61年11月から1991年平成3年2月

による売り手市場時(概ね1988年昭和63年)度から1992年平成4年)度頃)に新入社した世代で、とりわけその時期

大学卒業時と重なる1965年4月2日から1970年4月1日まれを指す[1]。

バブル世代 - Wikipedia

日本において、1971年から1974年までに生まれ世代[1][2][3]。第二次ベビーブーム世代とも呼ばれる[4]。

団塊ジュニア - Wikipedia

真性団塊ジュニアとは、三浦展提唱している造語で、「両親ともに団塊の世代か、出生総数に占める割合が高い世代こそ

が、真の団塊ジュニアだ」として、1975年から1979年までに生まれ世代を指して呼んでいる。

真性団塊ジュニア

日本ではバブル崩壊後の就職が困難であった時期(1993年から2005年定義されている[1] )を指す語。

就職氷河期 - Wikipedia

団塊の世代 現在68~70歳

バブル世代 現在47~52歳

団塊ジュニア 現在43~46歳

真性団塊ジュニア 現在38歳~42歳

2017-05-05

ゲーム史を振り返りつつ○○向け企画について考える

平成になりもうすぐ30年を迎えようとしている。

特定の年齢層をターゲットにした製品企画に携わる機会があり、

想定ユーザーのズレがひどいなあと閉口した。

昭和からまるで変化していない。

ゲーム史を振り返りつつ、当時のユーザーたちの現在の年齢を書く。

ハードには [ ] を付けた。

1975 テレビテニス

1978 スペースインベーダー

電波規制が緩い時代に家庭向けとして登場したテレビテニスポンテニス)は、

映像出力としてU波を使うため、近所への電波障害が酷かった。

スペースインベーダーの登場により、喫茶店がめまぐるしく様変わりをはじめた。

ここからゲームの普及はじまったといっていい。

※当時20才=1958年(昭和33年)生まれ現在59~60才

1979 ギャラクシアン

1980 [ゲームウオッチ]、パックマン

1981 ジャンピュータードンキーコング、[IBM PC 5150]

1982 倉庫番、[PC-9801]

第2次オイルショック後、ギャラクシアンパックマンが立て続けにヒット。

ゲームウォッチ床屋等の待合所にもよく見かけるようになった。

PC-9801シリーズの発売が開始され、1990年代前半まで栄華を極めることになる。

※当時20才=1962年(昭和37年)生まれ現在54~55才

1983 ゼビウスドアドア、[ファミリーコンピュータ]

1985 グラディウスドルアーガの塔スーパーマリオブラザーズボンバーマン

ファミリーコンピュータ発売。

スーパーマリオブラザーズというソフトが登場により、一般家庭にテレビゲームが普及。

タイトル誕生し、ヒットを重ねていく。

※当時20才=1965年(昭和40年)生まれ現在51~52才

1986 [ディスクシステム]、ドラゴンクエスト

1987 ドラゴンクエストII、[PCエンジン]、ファイナルファンタジー

1988 ドラゴンクエストIIIスーパーマリオブラザーズ3、[メガドライブ]、テトリス

ファミコン周辺機器として、ディスクシステム発売。

スーパーマリオブラザーズ2ゼルダの伝説メトロイドを引っ提げて。

PCエンジンメガドライブ等、家庭向けハードが次々と発売される。

ドラゴンクエストIII社会現象になった。

※当時20才=1969(昭和45年)生まれ=47~48才

デジタル放送に切り替わるあたりからテレビリモコンに大量のボタンが増え、

新しいモノにはついていけない……とボヤきつつも、

地上波データ放送ミニゲーム操作できる世代が60才を迎えようとしている。

いまのF3/M3層は、昭和の老人とは違う。

余談ではあるが、つい先日C層向けケータイを選ぶことになったのだが、

ハードも、ソフトも、明らかな子供向けデザインだった。

厚ぼったいくせに、衝撃に弱い。子供だましにしても、雑だ。

まだまだテレビ生活の中心にあった時代は、茶の間テレビを使うファミコン時間が限られていた。

1989年にはゲームボーイが登場し、家庭の生活様式にも影響を与え始めた。

現在、多くの子供たちは、DSを持ち、Wi-Fi接続してYoutube等を見る。

ここでその賛否を論じるつもりはない。それが現実なのだ

2017-04-26

朝ドラ主人公学歴

高校進学率(総務省統計局

     男子    女子

1960年 59.6%   55.9%

1964年 70.6%  67.9%

1965年  71.7%   69.6%

朝ドラ主人公は、3人中の2人に入っている

2017-02-14

日本人投手メジャーリーグ登板数を集計したら感覚結構ずれていた

野茂英雄メジャーリーグデビューして以来、多くの日本人投手が海を渡ったわけだけれど、誰がどのくらい登板してきたのか集計してみたら感覚と違っていたので公開してみる。下記のリスト1995年以降2016年までデータである

長谷川滋利登板数は他を寄せ付けないくらいに多い。

上原、田澤はいつの間にか日本人トップクラス登板数に達しようとしていた。

小宮山桑田よりちょっと多い程度しか登板していない。

などなど

選手登板
Shigetoshi Hasegawa517
Koji Uehara387
Takashi Saito338
Hideo Nomo323
Junichi Tazawa302
Hideki Okajima266
Akinori Otsuka236
Kazuhiro Sasaki228
Hiroki Kuroda212
Tomo Ohka202
Hisanori Takahashi168
Masato Yoshii162
Daisuke Matsuzaka158
Hisashi Iwakuma144
Hideki Irabu126
Mac Suzuki117
Jeff McCurry111
Steve Randolph109
Kazuhisa Ishii105
Keiichi Yabu100
Yu Darvish100
Shingo Takatsu99
Ryota Igarashi83
Masahiro Tanaka75
Masahide Kobayashi67
Masao Kida65
Yoshinori Tateyama53
Kenshin Kawakami50
Yasuhiko Yabuta43
Takashi Kashiwada35
Kenta Maeda32
Micheal Nakamura31
Kyuji Fujikawa29
Ken Takahashi28
Satoru Komiyama25
Takahito Nomura21
Tsuyoshi Wada21
Masumi Kuwata19
Craig House16
Kei Igawa16
Kazuhito Tadano15
Kazuo Fukumori4
Ichiro Suzuki1
Toru Murata1

(1995年以降2016年までhttp://www.baseball-reference.comデータからBaseball-Reference.comではスティーブン・ランドルフ(沖縄まれ、元ベイスターズ)、ジェフマッカリー(東京まれ)、クレイグ・ハウス(沖縄まれ)も日本人扱いらしい。リストにいない村上雅則は1964〜1965年に54登板、1先発である。)

先発登板に限るとどうなるかも見てみる。

ここはイメージ通り野茂が多い。

しか黒田も負けず劣らず多かった。

選手先発登板
Hideo Nomo318
Hiroki Kuroda211
Tomo Ohka178
Daisuke Matsuzaka132
Hisashi Iwakuma130
Masato Yoshii118
Kazuhisa Ishii102
Yu Darvish100
Hideki Irabu80
Masahiro Tanaka75
Mac Suzuki67
Kenshin Kawakami41
Kenta Maeda32
Tsuyoshi Wada20
Kei Igawa13
Hisanori Takahashi12
Koji Uehara12
Shigetoshi Hasegawa8
Steve Randolph6
Junichi Tazawa4
Kazuhito Tadano4
Masao Kida2
Toru Murata1

日本人だけの登板数を見てきたが、日本人登板数はメジャーリーグ全体の中でどれくらいの比率を占めているのかというと1.32%だった。数字は小さいが、カナダキューバの間というと結構多くも感じる比率である

国名国別投手登板比率
アメリカ合衆国300,02475.44%
ドミニカ共和国41,11910.34%
ベネズエラ・ボリバル共和国14,6513.68%
メキシコ8,3542.10%
プエルトリコ6,5151.64%
カナダ5,5961.41%
日本5,2401.32%
キューバ3,6740.92%
パナマ2,8450.72%
オーストラリア2,3110.58%
大韓民国1,5080.38%
ニカラグア1,0830.27%
ドイツ9030.23%
台湾7260.18%
コロンビア6360.16%
キュラソー5660.14%
ベトナム5180.13%
アルバ3670.09%
イギリス3250.08%
ジャマイカ2580.06%
サウジアラビア1650.04%
フィリピン1110.03%
インドネシア800.02%
オランダ500.01%
ブラジル420.01%
香港150.00%
アフガニスタン80.00%
スペイン70.00%
アメリカヴァージン諸島60.00%

自分の頭の中のデータはここ5,6年のイメージが薄いらしいということは分かった。

2017-01-14

慰安婦問題についてまとめてみた

              日本                                       韓国

1965年                         日韓基本条約が締結される

                            →戦後補償問題解決し、

                             韓国日本賠償請求はできないと定められる

1983年 吉田清治慰安婦強制連行したと告白

     →それ以降朝日新聞が大々的に取り上げる

     (その後どちらも事実無根であったことを認める)

1993年                         河野談話日本政府強制連行を認め謝罪

                            (これは韓国政府談話の文案に関与した日韓合作であり、

                             強制連行を認めることや謝罪など韓国政府意向が反映された)

1995年 女性のためのアジア平和国民基金として6億円寄付                     当時の金泳三韓国大統領は「従軍慰安婦問題に対して

                                                日本にこれ以上の補償要求しない」と断言

2011年                                             デモ隊日本国大使館前の歩道上に慰安婦像を設置

                                                 →日本政府韓国政府講義するも撤去されず

2013年                                             朴裕河が『帝国慰安婦』を発行

                                                 →慰安婦強制連行はなかったとする研究結果を発表

2015年                                             裁判にて『帝国慰安婦』が事実上発禁処分にされる

2015年                         慰安婦問題日韓合意が結ばれる

                             →慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に

                              解決されたことが確認された

2016年 元慰安婦支援するための財団10億円拠出                        『帝国慰安婦』の著者朴裕河裁判にて、

                                                 元慰安婦名誉を傷つけたとして懲役3年の判決を下される

2017年                                             慰安婦像日本大使館前の像を撤去しないまま、

                                                 釜山日本総領事館前に新たな像を設置。

    日本政府駐韓大使一時帰国

 2016年アメリカ発見された朝鮮人捕虜米軍調書では当時の朝鮮人捕虜により従軍慰安婦否定されるなど、未だに従軍慰安婦存在していた客観的証拠女性性奴隷にしてという客観的証拠は見つかっていない。

 日本政府サンフランシスコ平和条約日韓基本条約によってこの問題解決積みであり、軍による強制連行性奴隷はなかったと主張するが、女性名誉尊厳を傷つけた事に対し責任を痛感し、お詫びと反省気持ちを表明している。

 しかし、一方で韓国側は、慰安婦問題女性の権利問題だとし、謝罪と賠償元慰安婦に対する謝罪手紙要求している。

 『帝国慰安婦』を書いた朴裕河によれば、もし韓国側慰安婦強制連行がなかったと認めれば、それは「日本の罪を軽くすることにつながると考えている」ため、従軍慰安婦事実ではなかったとしても、もはやそれを受け入れられる考えは韓国側には存在しない。

 また、韓国法治国家ではなく、世論によって判決が左右されることがある。日本軍による性暴力被害女性たちは、韓国だけではなく中国フィリピンなどでも裁判を起こした。それらの裁判二国間条約により解決積みという理由ですべてが却下された。しかし、韓国では却下されなかった。また、朴裕河名誉毀損判決をくだされるなど、韓国法治国家として機能しておらず、慰安婦問題についてもまともな議論がなされていない。

 韓国反日感情宗教のように根強いものであり、日本側がどんなに譲歩しようと、韓国と共に手を取り合う日が来るのは当分先のことだろう。

2017-01-08

懸賞半年間応募し続けた結果

引き出しから、過去10年分の年賀ハガキ200枚とウン十年前の古い未使用切手が大量に出てきた。このまま眠らせておくのも勿体無いので懸賞に応募しまくって消費しようと考えた。

古い切手プレミアがついてると思い一応調べたが、今の世の中は切手趣味としている人が少ないため、50年前の未使用切手程度では全く価値が無いんだそうだ。売るより郵便で使っちまったほうがよっぽど良いと。

なので、なんの躊躇いもなく使っちまいます

で、この半年間、目に付いた懸賞に片っ端から応募してみて、個人的に思うことを並べていくよ。

まず、懸賞マニアブログなどでよく目にする「年賀ハガキでの応募は失礼に当たり、年賀ハガキで応募した時点で無効になる」との意見は完全なデマだ。

あとよく目にするのは「懸賞郵便ハガキ(いわゆる官製ハガキ切手を貼る必要のないハガキ)でしか受け付けていない。私製ハガキ切手を貼る必要のあるハガキ)での応募は無効になる」もデマ

だって、俺は年賀ハガキと古い切手と、昔ダイソーで買った50枚入りの私製ハガキしか手元にない。

ハガキ懸賞に応募するにしても、年賀ハガキ切手を貼ったハガキしか応募する手段がないのだ。

それでも、2004年50円年賀ハガキに2円切手を貼ったもの、【1991年お年玉41円切手1965年お年玉5円切手、第18回オリンピック競技大会記念5円切手、通常1円切手】という普通に使ったら失礼でしかい組み合わせで無理矢理52円に帳尻を合わせた切手を4枚、ダイソーの安っぽい私製ハガキに貼り付けたもの、どちらのパターンでも懸賞当選した。

というか、各懸賞事務局数件に電話で「年賀ハガキと私製ハガキの応募は無効になるか」と質問してみた結果、どこも「大丈夫です」と答えた。必要事項をしっかり書いて、郵送代も足りていて、応募条件さえクリアしていれば、どんなハガキで送ろうと届けばちゃんと抽選対象になるのだ。

よく聞く、「ハガキ蛍光ペンマスキングテープで縁取りして、可愛いイラストシールの一つでも添えたほうが当たりやすい」というのは、「午前中に打ったほうが勝つ」みたいな、ギャンブルにおけるオカルトと大差のない、根拠の無い思い込みしか言い様がない。たまたまそのハガキ当選しただけの話。

だって、綺麗にデコったハガキが優先的に当選するんだったら「厳正なる抽選」じゃないじゃない。

俺は普通にドンキホーテで1本30円で売っていた激安ボールペン必要事項を書いただけのシンプルハガキしか送っていない。読めないほどではないが、字も汚い。それでも当選するので、ハガキデコるだけ無駄努力だ。

最近は、ハガキネットの両方で受け付ける懸賞も増えてきた。懸賞マニアブログには「ハガキで送ったほうが当たる確立が高い」とあるが、個人的体感ではハガキで送ろうがネットで送ろうが確立は変わらない。ハガキ代を節約するためにも、そういう場合無料で応募できるネットだけにしたほうがいい。

あと、ハガキ懸賞を送る上で覚えておいてほしいこと。

裏面に印刷してある年賀状ってけっこう余るでしょ?これも懸賞に使える。「謹賀新年」とか「今年もよろしくお願いします」とかイラストデカデカ印刷されてしまっていても、商品を購入してバーコードレシートを貼って送るタイプ懸賞なら、イラストが書いてあろうがレシートバーコードで埋まってしまうので、関係ないのだ。

じゃあ希望する商品自分の住所氏名年齢などの必要事項はどこに書けばいいのかといえば、ハガキ表の宛先の下のスペースに書けばいい。

横書きで宛先を書けば、下に十分必要事項が書けるスペースが余る。そこに書いてしまえばいい。

それでも、裏面に印刷されたハガキが嫌だったり、宛先を書き損じた未使用ハガキなどがあった場合は、郵便局で交換してもらおう。

1枚につき手数料5円で、新しいハガキ切手に交換してもらえる。50円ハガキだった場合は、手数料5円プラス差額2円、合計7円払えば52円郵便ハガキに交換できる。

一度、上記のように41円切手やら5円切手やらをベタベタ貼り付けた私製ハガキを書き損じてしまい、郵便局へ交換に行ったが、1枚のハガキとしてカウントしてくれて、手数料5円だけで新しい52円郵便ハガキに交換できた。

ハガキ無駄なく使える、結構有難いシステムがある。覚えておいたほうがいい。

前書きが長くなったが、ここから半年送り続けて見えてきた、各懸賞の傾向を書いていこう。

クイズに答えて当たる

よくある、「日曜日国民アニメといえば『サザ○さん』、○を埋めて送ってね!」みたいな懸賞があるが、こんな誰でもわかるクイズ簡単に応募できる懸賞は応募数が半端じゃなく、まず当選しない。半年間、このようなクイズ懸賞に片っ端から応募してみた結果、一度も当選したことなし。送るだけハガキ代の無駄だった。

テレビ番組視聴者プレゼント

テレビを見ていればたまに視聴者プレゼントをしているが、まだまだテレビなんかはかなりの人数が目にしているメディアだ。

「こんな時間に誰が見てんだよ」的な、変な時間にやってるクソつまんねー北海道ローカル番組視聴者プレゼントも、この半年間毎週欠かさず応募し続けたが、一度も当選したことがない。テレビ視聴者プレゼントも、ライバルが多すぎて倍率が高すぎると思われる。

新聞の読者プレゼント

読売新聞夕刊は、毎日読者プレゼントをやっている。しかし、北海道から沖縄まで日本全国で読まれている全国紙の読者プレゼントで、しかも5名にしか当たらない懸賞なんて、そもそも当たらないだろう。半年ハガキを送り続けたが、一度も当選なし。

懸賞サイトで紹介された懸賞

現在募集中懸賞情報が大量に掲載された懸賞サイトがあるが、これもかなりの人数が見ているだろう。

よって、こういった懸賞サイトで紹介されている懸賞も、かなりの応募数があるだろう。

半年間、懸賞サイトで紹介された懸賞に送り続けて当選したのは一度だけ。

それも、アルミ協会みたいなところのキャンペーンで「アルミ缶のイメージハガキに書いて送った人の中から抽選1000人に缶ジュースを1ケースプレゼント」というものだった。

アルミ缶のイメージって何?そんな文章書けって言ったって、かなりハードルが高い。無理矢理捻り出して書いた。

このように、応募するハードルが高くて、尚且つ1000名という太っ腹な大量当選だった。しかハガキしか受け付けていない。

こんな特殊懸賞だったので、応募数も少なかったのだろう。懸賞サイト情報は、特殊で当たりやすそうなものだけに送るしかない。

SNS懸賞

最近増えてきた、「イイネ」したり、リツイートした人の中から抽選でっていう懸賞

そのタイムラインを見ればわかるが、アカウントさえ持っていれば一瞬で気軽に応募できてしまうために応募者数が途方もない数だ。

こんなもん当たる訳がねえ。それでも実験として様々な懸賞半年イイネリツイートをしたが一件も当選せず。当たり前だ。

さっきから否定ばっかしてるけど、お前は何の懸賞当選したんだよって書いてる俺でも思ってきたので、ここからは俺が実際に当選した懸賞を紹介する。

●モニプラ

モニプラというサイトがある。各種メーカーが、新商品モニター募集したり、商品サンプルをバラ撒くためのサイトだ。要は、実際に商品を使ってもらう形の宣伝をするためのサイトなので、けっこう当選やすいのだ。

会員登録したり、SNS企業アカウントフォローしたり、フェイスブックページにイイネしたり、キャンペーン情報リツイートしたり、無料メルマガの購読を契約したり、LINEで企業アカウント友達になったり、長ったらしいアンケートグダグダ回答し続けたりしなければならなかったりして、ここまでしたのに抽選なので応募するのが割りと面倒だったりするが、

俺はここで発売前の文房具や、既存商品の洗剤や発泡酒などの商品サンプルを丸々1個もらえた。

懸賞当選したことが一度も無い」なんて人は、ここで一度当選して賞品が自宅に届く喜びを味わってみると良いかも。

クローズド懸賞

商品を購入して、そのバーコードレシートハガキに貼って応募する懸賞クローズド懸賞という。

これ、実際に商品を購入しなきゃいけない分ハードルが高いので、けっこう狙い目だったりする。

個人的感覚だと、ひとつ懸賞ハガキ10枚程度送れば当選することが多い。

第一締め切り、第二締め切りと締め切りが複数ある場合は、第一締め切りを狙ったほうがいい。まだバーコードを用意しきれてなくて、応募数も少ないためだ。

これも個人的感覚だが、第一締め切りに複数ハガキを応募したもの当選したが、第二締め切りにしか応募しなかった懸賞当選したことが無い。

冒頭でも述べたとおり、裏面に印刷されたハガキでも有効に使えるので、バーコードさえ貯めれば応募するのはけっこう簡単だ。

不安場合スーパーにある専用応募ハガキを使うのも手だ。専用応募ハガキだと、切手を貼るスペースが1枚分しか用意されていないが、手元には50円切手と2円切手しかなかった。2枚切手を貼ってしまうと、最初から印刷されていた宛先が埋まってしまう。

そこで、50円切手を貼った下に2円切手を貼り、中途半端に残った宛先を修正液で消し、その上からボールペンで改めて宛先を書き直したものを送ったことがあるが、それで見事当選したこともある。

ラジオリスナープレゼント

ラジオになった途端、テレビよりも当選する確立がグンと上がる。毎週プレゼントしている番組に毎週欠かさず応募していれば、一度は必ず当選するレベルだ。

また、「メッセージ採用された方には番組オリジナルグッズプレゼント」なんて番組は狙い目だ。

早朝や昼にやっている帯番組なんかは、正直あまり面白くない緩いエピソードでも採用されやすい。時間帯に合った爽やかなメッセージを心掛けさえすれば良い。

深夜の芸人ラジオは、ラジオ花形でありラジオの中でもリスナー数が最も多い激戦区だ。芸人ラジオだけあって、こちらに求めているギャグレベルがかなり高いし、実力がモノを言う世界だ。

しか増田ブコメ皮肉ギャグセンスを鍛えたはてなーなら十分通用するはずだ。

好きな芸人さんに、自分ギャグを生で読んでもらえて、それに笑ってもらえるなんてかなり興奮するし、こんな嬉しいことはない。採用されれば番組オリジナルグッズももらえるし。

テーマに沿ったギャグを送った中から面白い奴3名にサインプレゼントという臨時特別企画があり、見事にそこに採用され、昔からずっとファンだった大好きな芸人さんのサインが自宅に届いた際は興奮が冷め止まなかった。

地元フリーペーパー雑誌微妙な読者プレゼント

あなたがもし田舎に住んでいたとすれば、かなり狙い目の懸賞がある。それは地元フリーペーパーの読者プレゼントだ。

街中で配っていたり、自宅のポスト勝手投函されているアレだ。あまり真面目に読むことは無いと思うが、けっこう読者プレゼントをやっているものだ。

都会ならまだしも、田舎フリーペーパーの読者プレゼントなど、応募数もタカが知れているだろう。

もちろん毎回当選という訳でもないが、他のどの懸賞よりも圧倒的に当選する確立が高い。

実際、俺は北海道田舎町に住んでいるのだが、地元フリーペーパー懸賞は頻繁に当選している。

実は、昨日も地元フリーペーパーによる「北海道に所縁のある本をプレゼント」に当選し、好きな小説家新刊が届いた。

これから読むのが楽しみだ。

以前にもフリーペーパー地元産の米や、地元牛乳を使ったケーキカゴメ野菜ジュースの新商品が自宅に届いた。

あとは、雑誌を読んでいれば「こんなの誰が欲しいんだよ」と思うような、微妙プレゼントをしていることがある。

「いらねー」とは思いつつも、試しに応募すれば、これがまた予想通り当たったりする。

例えば、オヤジ向け週刊誌を見るとAVやオナホールなど、大抵の人が「こんなもん家に送られても困るんですけど」と言いそうな読者プレゼントをしていることがよくある。これは応募者数も少ないだろう。

とりあえず、思いつく限りは書いたと思う。

半年実験的に懸賞に送りまくった結果、月に1、2個ペースで当選した賞品が届くようになった。

懸賞はまさに「数打ちゃ当たる」に他ならないということを実感している。

日常生活を送っているだけで、懸賞情報は割りと簡単にいくつも見つけることができる。

日常の隙間時間を少し使うだけで、簡単にいくつか応募ができてしまう。

ちょっとしたヒマつぶし程度の趣味としては、なかなか楽しいものだと思う。

最初のうちは中々結果が出ずに挫折しそうになるが、続けていれば必ず何かは当選する。

どこの家庭も引き出しや押入れに未使用年賀ハガキかもめーるが眠っていると思う。

眠らせたままにせず、郵便局で交換するなり懸賞に応募するなりに使ってちょっとした楽しみにするのはいかがでしょう。

2016-12-01

メジャーリーグ史において最も重要な40人」について調べてみた

メジャーリーグ史において最も重要な40人」はアメリカの著名スポーツメディアスポーティングニュース」が先日発表して話題となったもの。ソースはこちら。

The 40 most important people in baseball history, ranked | MLB | Sporting News

ここで挙げられている40人について調べてみたんだけど、筆者はMLBにそこまで詳しいわけではないので、何か誤認・誤訳があったらごめんな。

1位 ベーブ・ルース(1895-1948)

MLB史上最大のスター。驚異的なペースでホームランを放ち、MLBの野球を「ライブボール時代」へと変えた。当時、ブラックソックス事件により信頼を失っていたMLBは、ルースの人気によって復活し、さらにはアメリカ最大のスポーツにまでなった。

2位 ジャッキー・ロビンソン(1919-1972)

近代MLBにおける初の黒人選手。ニグロリーグで活躍した後、1947年ドジャースでMLBデビューして、MLBの「カラーライン」を打ち破った。またMLBの初代新人王でもある。

3位 ケネソー・マウンテンランディス(1866-1944)

1920年ブラックソックス事件の収拾を図るために、強大な権力を有するコミッショナー職が新設され、判事であったランディスが就任した。事件に関わった8人の選手は永久追放とされ、その厳格な対処がMLBの信頼回復に繋がったと考えられている。

4位 バン・ジョンソン(1865–1931)

1900年アメリカンリーグを創設し、現在まで続くMLBの2リーグ体制を作り上げた。審判に権力を与え、違反行為に厳しい罰則を課すことで、クリーンイメージを生むことに成功した。強権的な性格から、のちにランディスと対立して辞任した。

5位 ブランチリッキー(1881-1965)

カージナルスドジャースのGMを歴任し、MLBで初めて選手育成のためのファーム制度を整えた。また、ジャッキー・ロビンソンと契約して、黒人選手がMLBに参加する道筋を作った。

6位 マービン・ミラー(1917-2012)

1966年エコノミストとしての経験を買われてMLB選手会の代表に就任し、最低年俸の増額、選手年金の拡充、そしてFA制度の導入に貢献した。彼の在任期間中に選手の平均年俸は1.9万ドルから32.6万ドルにまで向上した。

7位 アルバートスポルディング(1850-1915)

スポーツ用品Spalding社を興し、ナ・リーグ創設にも関わった。初めて野球のルールブックを出版、ボール標準化に努めるなど、初期のMLBの発展に尽力した。野球選手としても超一流で、通算勝率のMLB最高記録を保持している。

8位 ウィリアム・ハルバート(1832-1882)

シカゴ・カブス(の前身)の社長であり、1876年のナショナルリーグ創設者の一人である。のちにナ・リーグの第二代会長に就任して公正かつ厳格な運営を行い、MLBの基盤を作り上げた。スポルディングとは盟友だった。

9位 ルーブ・フォスター(1878-1930)

黒人野球チームのスター選手であり、また球団オーナーとしても成功した。彼の呼びかけによって、1920年ニグロリーグが設立された。「ブラックベースボールの父」と呼ばれる。

10位 ヘンリーチャドウィック(1824-1908)

野球評論家・統計家で、「野球の父」とも呼ばれる。ボックススコアを考案して試合の記録を取り、「打率」などの指標を提唱した。またスポルディングのもとでガイドブックを刊行するなど文筆活動も盛んに行い、野球の普及に多大な貢献をした。

11位 バド・セリグ(1934-)

元はブルワーズオーナー。MLB選手会オーナーの対立が激化していく中で、1998年実質的には1992年)に第9代MLBコミッショナーに就任。リーグの再編、収益分配制度の導入、オンライン配信の開始などにより、就任前と比較して5倍以上とも言われる空前の収益をMLBにもたらした。

12位 ウォルターオマリー(1903-1979)

ドジャースオーナー。冷徹な経営者であり、1957年に球団をブルックリンからロサンゼルスへ移転させた。それによりアメリカ西海岸における野球ビジネスを開拓し、経済的には大成功を収めたが、ブルックリン住民からは深く恨まれた。

13位 ビル・ジェームス(1949-)

1977年から1988年まで刊行した「Baseball Abstract」を通じてセイバーメトリクスを提唱した。米国野球学会(SABR)のデータと統計の手法を用いて、RCやRFなどの様々な新しい指標を作り出した。

14位 フランク・ジョーブ(1925-2014)

1974年ドジャースの選手だったトミー・ジョンに、自らが考案した靭帯再建手術を施し、それを成功させた。この手術は「トミー・ジョン手術」として、いまでは広く施術されている。また、1990年には肩再建手術も成功させている。

15位 ハンク・アーロン(1934-)

ブレーブスで活躍し、ベーブ・ルースの記録を超える通算本塁打755本を放った。黒人のアーロンが白人のルースの記録を破ることには反発もあったが、彼はそれを乗り越えた。通算打点2297点は現在でもMLB記録である

16位 ルー・ゲーリッグ(1903-1941)

ヤンキースに所属し、当時の記録である2130試合連続出場を達成して「鉄の馬」と呼ばれた。しかし筋萎縮性側索硬化症に苦しみ引退、そして37歳の若さで亡くなった。背番号の「4」はMLBで初めて永久欠番となった。

17位 ドク・アダムス(1814–1899)

野球クラブのニッカーボッカーズや全米野球選手協会(NABBP)において、チームの人数や塁間の距離、一試合のイニング数、バウンドルールの撤廃など、基本的ルールの策定に貢献した。遊撃手ポジション創始者とも言われる。

(野球ルールの策定に関してはアレクサンダー・カートライトの名前がよく挙がるが、現在ではドク・アダムスを評価する声が多いようだ)

18位 バック・オニール(1911–2006)

ニグロリーグで活躍した後に、MLBで最初の黒人スカウトとなり、最初の黒人コーチとなった。ニグロリーグ野球博物館の設立や、ドキュメンタリーへの出演、多くのインタビューを通して、ニグロリーグへの関心を高めることに尽力した。

19位 ロベルト・クレメンテ(1934-1972)

MLBにおけるヒスパニック系選手の先駆けであり、中南米出身で初めてMLB殿堂入りした。慈善活動中の飛行機事故により38歳で亡くなり、そのため慈善活動に貢献した選手に贈られる賞にその名が冠されることになった。

20位 ジェームス・アンドリュース(1942-)

肩、肘、膝に関する整形外科医。1985年ロジャー・クレメンスに施術した関節鏡手術で脚光を浴び、以降もスポーツ医学の権威として数多くの選手の手術を担当している。

21位 ジョー・ジャクソン(1888-1951)

シューレス」の異名で知られるMLB初期の名選手。しかし、MLB最大の八百長事件であるブラックソックス事件に巻き込まれ、MLBから永久追放された。ファンは彼に同情的であり、いまなお悲運の選手として記憶されている。

22位 ピート・ローズ(1941-)

最多安打4256本や最多出場3562試合などのMLB記録を持つ「安打王」。しかし、引退後の1989年に野球賭博に関わっていたことが発覚し、MLBからは追放された。

23位 ウィリー・メイズ(1931-)

走攻守すべてに優れたMLB史上最高のオールラウンダーであり、当時MLBにおいて台頭しつつあった黒人選手の代表格でもあった。オールスター24回出場は最多タイであり、「オールスターはメイズのために作られた」と評された。

24位 コニーマック(1862-1956)

1901年アスレチックスの初代監督に就任すると、それから1950年まで指揮を取り続け、5度のワールドシリーズ制覇を成し遂げた。もちろん監督の就任期間としてはMLB史上最長である

25位 ハッピーチャンドラー(1898-1991)

上院議員ケンタッキー州知事、そして第二代MLBコミッショナーランディスが黒人参加に否定的だったのに対して、チャンドラー進歩的であり、1947年ドジャースおよびジャッキー・ロビンソンを支持し、その契約を承認した。

26位 オリバー・ウェンデル・ホームズジュニア(1841–1935)

連邦最高裁判所の名判事として著名。1922年、球団が選手の移籍を制限できる「保留制度」について、それが反トラスト法に該当しないとの判決を下した。これにより、現在までもMLBは反トラスト法適用免除の特例として扱われている。

27位 バーニー・ドレイファス(1865-1932)

1900年パイレーツオーナーとなった。その後のナ・リーグア・リーグの対立を調停し、「ワールドシリーズ」を提唱して1903年の初開催に尽力した。また1909年に、鉄筋コンクリート製の近代的な球場を建設したことでも知られる。

28位 アレクサンダー・クリーランド(?-?)

スコットランド出身のビジネスマン1934年、野球発祥の地であるクーパーズタウン(これはスポルディングが広めたデマであるが)に野球博物館を作ることを思いつき、そのアイディアアメリカ野球殿堂の元になった。クリーランド自身は野球に全く興味がなかった。

29位 テッド・ウィリアムズ(1918-2002)

レッドソックスで活躍し、MLB史上最高のバッターの一人とされる。最後の4割打者であり、通算出塁率.482はMLB記録である1970年に刊行された、自身の打撃理論を記した「The Science of Hitting」は、後の多くの打者に影響を与えた。

30位 デビッド・ネフト(1937-)

大学で統計を学び、1969年スポーツ百科事典「The Baseball Encyclopedia」を、1974年からは「Sports Encyclopedia: Baseball」を毎年刊行し、高い評価を得た。他にサッカーバスケットボール百科事典も編纂している。

31位 トニー・ラルーサ(1944-)

ジョン・マグローらと並んでMLB史上最高の名将とされる。ホワイトソックスアスレチックスカージナルスの監督を歴任し、ワールドシリーズを3度制した。データを駆使した細かな継投を得意とし、現代的な「クローザー」というポジションの確立に貢献した。

32位 レフティオドール(1897-1969)

MLBで首位打者を獲得するなど活躍し、引退後は監督となった。1934年に日本の野球チームと対戦したとき、相手チームに「ジャイアンツ」というニックネームを贈った。1949年に訪日した際にはチームを率いて全国巡業を行うなど、戦後日本に野球を広めるのに貢献した。

33位 ロイ・ホフヘインズ(1912–1982)

アストロズオーナー1965年世界初ドーム球場アストロドームを建設し、さらにドーム球場では天然芝が使えないために、人工芝アストロターフを開発した。人工芝70年代に流行し、その走りやすさからMLBの野球をスピーディなものに変えた。

34位 ロバート・ボウマン(1955-)

MLBのインターネット部門であるMLB Advanced Media社(MLBAM)のCEO。MLB.comを運営し、試合のオンライン配信や、チケットの販売などを開始したことで、巨額の利益を上げている。

35位 マーク・マグワイア(1963-)

1998年サミー・ソーサとの最多本塁打争いにより、1994年ストライキで低迷したMLBへの注目を取り戻した。最終的に70本塁打を放って当時の新記録を作ったが、2005年頃からステロイドの使用が確実視されるようになり、その名声は失墜した。

36位 カート・フラッド(1938-1997)

1969年カージナルスに所属していたフラッドはトレードを拒否し、マービン・ミラーと共に「保留条項は反トラスト法違反であり、トレードは無効である」との訴訟を起こした。裁判には敗れたが、この事件をきっかけにFA制度が導入された。

37位 野茂英雄(1968-)

日本での任意引退を経て、1995年にMLBのドジャースと契約した。30年以上前の村上雅則を除けば、MLBで長年に渡って活躍した初めての日本人選手であり、その後も続々とMLBに移籍する日本人選手たちの先駆けとなった。

38位 メリッサラットク(1951-)

1977年ワールドシリーズで、当時のMLBコミッショナーだったボウイキューンは、女性記者であることを理由にラットクの取材を許可しなかった。彼女は平等な取材を求めて訴訟を起こし、勝利した。これ以降、全てのチームが取材に制限を設けないようになった。

39位 ビル・ドーク(1891–1954)

1920年カージナルスの選手だった彼は、野球用品メーカーとして有名なローリングス社に、グラブの親指と人差指のあいだに「網」を貼るべきだと提案した。これにより現在の形の野球グラブが完成した。

40位 セオ・エプスタイン(1973-)

2002年レッドソックスのGMに史上最年少となる28歳で就任する。2004年のWS優勝で「バンビーノの呪い」を打ち破ると、2012年には新たにカブス球団社長となり、2016年のWS優勝で「ビリー・ゴートの呪い」までも打ち破ってみせた。

2016-09-04

[] ドリプシ

1. コーカサス山脈の南麓、黒海東岸位置するグルジアジョージア)国のアブハジア自治共和国のグダウタ地区にある

  村の名前アルファベットでは、「duripsh」と書く。

  1965年昭和40年1月1日朝日新聞に、長寿村としてこのドリプシ村が紹介された。100歳を超える人が数多く暮らし

  しか子宝に恵まれているその秘密は、はっ酵乳をたくさん飲んでいることだと書かれていた。

  

2. 同村にあやかって命名された日本酪農協同株式会社(毎日牛乳)が販売する乳酸菌飲料1966年発売。

  CMでは、「ソヴィエトのドリプシ村の飲み物」となっていた。

  

blog.georgianavi.com/?eid=98

georgianavi.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=3945507

2016-06-30

2015年国勢調査に基づく生涯未婚率

2015年調査抽出速報に基づく生涯未婚率(50歳時未婚率)。概ね1965年まれの人の50歳時未婚率。2010年2005年は確定値。

生涯未婚率
2015年22.77%13.32%
2010年20.14%10.61%
2005年15.96%7.25%

2015年2010年と、2010年2005年とそれぞれ比較し、5年間の各世代婚姻行動を下の世代が将来そのままなぞったと仮定したときの各世代生涯未婚率予測(1965年まれ2015年は確定値)とその変化。

2015予測2010予測増減
1965年22.77%25.54%-2.77
1970年24.47%30.73%-6.26
1975年24.26%33.07%-8.81
1980年23.32%33.34%-10.02
1985年23.30%33.78%-10.48
1990年24.07%-
2015予測2010予測増減
1965年13.32%15.30%-1.98
1970年15.55%20.03%-4.48
1975年16.54%23.45%-6.91
1980年16.24%25.34%-9.1
1985年16.16%26.42%-10.26
1990年17.12%-

平成27年国勢調査 抽出速報集計

http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/GL08020103.do?_toGL08020103_&tclassID=000001072818&cycleCode=0&requestSender=search

2016-03-03

[]日本大邸宅の庭の置物として売られていった…高麗初期の石塔が80年ぶりの帰郷

1935年、無断で日本に持ち出される…所蔵者を説得して韓国

朝鮮の石造の品が人気だった植民地時代違法な持ち出しの規模は把握されず


1935年11月26日東京上野公園で大規模な展覧会が開かれた。

タイトルは「時代民芸石灯籠展覧会」。

日本朝鮮陶磁器や木製の器具など2500点、石造の品100点、織物350点が展示された。

見事な美術品の間でひときわ目立ったのが、朝鮮から渡ってきたさまざまな石造の品。

高さ2.9メートルもある「新羅三層石塔」をはじめ、朝鮮の石灯、小型石塔、石人などが人気を集めた。


世界的な骨董(こっとう)商だった山中商会が主催したこの展示は、実は売るために物を並べた競売展だった。

山中商会は図録で「数年にわたって収集した朝鮮古代の各種石造物を展示し、見どころを豊かにした」と宣伝した。

最初の二日間はVIPを招待し、続く三日間は一般に公開、ほとんどの品を売り切った。

威風堂々たる「新羅三層石塔」は11月28日、ある日本人コレクターに売られた。

そのコレクターは、佐賀にある邸宅庭園石塔を運び、生涯これを鑑賞した。

当時一緒に購入された朝鮮の石灯や石人などは、駐車場などあちこちを飾った。


植民地時代に無断で日本に持ち出され、80年にわたり個人宅の庭園の飾りと化していた三層石塔が、故国に戻ってきた。

学古斎ギャラリーの禹燦奎(ウ・チャンギュ)代表は「10年かけて日本人の所蔵者を説得した末に購入し、昨年11月韓国へ持ってきた」と語った。

石塔研究している檀国大学のパク・キョンシク石宙善記念博物館長は「新羅の塔と誤認されたが、新羅塔の様式継承した高麗初期の石塔。堂々としていて素晴らしい比例の美が際立ち、新羅から高麗に至る過渡期的な建築様式が生きている秀作」と語った。

石塔運命は数奇なものだった。

朝鮮のどこにあって、いつ持ち出されたのか、正確な記録はない。


『石造文化財、その受難歴史』の著者、チョン・ギュホン氏は「朝鮮において塔や仏塔宗教的意味合いが強い上、村の象徴などとして尊ばれており、個人の所有物だとは考えられなかった」と語った。

また、石塔研究しているシン・ヨンチョル梁山市立博物館長は「贈り物としても数多く海を渡った仏像仏画とは異なり、日本にある韓国の石造の品のほとんどは、植民地時代違法に持ち出されたもの」と語った。


当時、日本では朝鮮の石造の品を「観賞用」として購入し、庭園に据えることが流行した。

石造りの物への需要が爆発的に増えたことを受け、士大夫知識人官僚階級)の墓にある「魂遊石」まで持ち出したという。

1933年11月大阪で開かれた山中商会主催競売展では、澗松チョン・ヒョンピル(1906-62)が日本のある財産家と最後まで競り合って「統一新羅三層石塔」などを買い入れた-という逸話もある。


現在日本韓国石塔がどれだけあるのかについては、おおまかな数字を把握することも困難だ。

1965年の「文化財および文化協力に関する協定」で返還された文化財の中に石塔類が含まれなかったのも、ほとんどが個人の所有だったから。戻ってきた「高麗三層石塔」は現在ソウル市昭格洞の学古斎新館横に立っている。

引用ソース

http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=shm&sid1=103&oid=023&aid=0003148851



>>植民地時代に無断で日本に持ち出され、80年にわたり個人宅の庭園の飾りと化していた三層石塔が、故国に戻ってきた。

>>石塔運命は数奇なものだった。朝鮮のどこにあって、いつ持ち出されたのか、正確な記録はない。

矛盾認知できない」という病気


>>1933年11月大阪で開かれた山中商会主催競売展では、澗松チョン・ヒョンピル(1906-62)が日本のある財産家と最後まで競り合って「統一新羅三層石塔」などを買い入れた-という逸話もある。

チョン・ヒョンピルとは朝鮮人と思われる。

1933年というと日韓併合の真っ最中

そのころの朝鮮人はひたすらニッテイに収奪され、創始改名強要され、過酷植民地支配にあえいでたのでは?

なんで競売普通に参加してるのか?

矛盾認知できない」という病気

2016-02-01

デリヘル問題のアレ

現代アート展示会場にデリヘル嬢を呼ぶ」というクソみたいなことをやろうとしていた界隈が本当にクソだった

http://kyoumoe.hatenablog.com/entry/20160131/1454226318

アートの公演にデリヘル嬢呼ぶな!

http://togetter.com/li/932391

これはアートじゃないボケコメントばかり目についたので雑感。

怒りのまとめを目にした時、ああ、ハプニングなんだねと思った。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0

1950年代から1970年代前半を中心に(略)

ギャラリー市街地で行われる非再現的で一回性の強いパフォーマンスアート

作品展示などを総称するのに用いられる美術用語

ハプニング創始者と言われているアラン・カプローによると

「きまった時間空間の中で演じられる点では演劇に関連をもった芸術形式」。



日本でも関西の具体美術を中心にハプニング制作・実行されており、

東京でも1960年に、アンドロイドCMで現役ばりばりにボクシングペイントをしていた

篠原有司男が「ネオダダイズム・オルガナイザーズ」が結成されている。

この界隈というか中心にいたのが、一昨年なくなった老人力の「赤瀬川原平」。

その赤瀬川原平が結成していたのが、ハイレッド・センター

ハイレッド・センターというか、赤瀬川原平は、1,000円札の模写で

1965年通貨証券模造取締法違反に問われ、起訴されることになる。

というわけで、いたって古典的ハプニングがいまだに行われていることに驚いたけど、

それはさておき、犯罪アートは同時に成立足りえるので、

そこのところは分かっていた方がいいんじゃないかな。

ではどこからアートで、どこからアートじゃないのか?

結論を言うと、市芸で実行されたらそれはアートになってしまうんだね。

それはなぜかというとまたの機会に。

2015-10-22

「学園」に呪縛されるライトノベルについて

なぜ物語の少年少女が「学園」に呪縛されるようになったのか - Togetterまとめ

このまとめの最初のあたりで芦辺拓氏が例に挙げている作品刊行年は以下のとおり。

小林芳雄と少年探偵

→『怪人二十面相1936年

西條八十の白ばと組

→『あらしの白ばと』1952年

高木彬光の古沢姉弟

→『覆面紳士1950年

森下雨村池上富士

→『少年探偵富士夫の冒険1923年

横溝正史の御子柴進

→『幽霊鉄仮面』1937

まず、このくらいのスパンの話だということを理解しておいてほしい。

たかだか十年前と比較するくらいの感覚で「最近ラノベ作家は楽をしたがるから」などと言っていると論点がズレてしまう。

さて、そもそも「昔は学園ものは少なかったが今は学園ものばかり」というのはラノベだけの問題なのだろうか。

Wikipediaの「学園漫画」の項には以下のように書かれている。

少年少女主人公とする作品学校を場としたりその人間関係が中心になることが多いことは当然であり、漫画以前の小説時代から学校もの存在したし、学校舞台とする漫画作品昭和30年から存在した。ただ昭和30年代には、放課後に家の手伝いをする者や中学卒業して実社会に出るものがまだ多く、学「園」ものという呼び方にはある程度の生活階層青春もの意味するイメージもあった。

結果的に、雑誌漫画において学園漫画という「分野」(市場分野?)が生じたと言われるのは、日本高度経済成長が成果を安定させて生活の向上や学歴の向上が既定路線となった1960年代半ば(昭和40年前後)からである

学園漫画で言えば『ハリスの旋風』が1965年、『夕やけ番長』が1967年、『ハレンチ学園』や『男一匹ガキ大将』が1968年である

芦辺氏と同じ論法を使えば「戦前終戦直後には学園もの少年漫画は少なかったのに今は学園漫画ばかり」とも言えそうだ。

もとより、「学園もの」増加の原因を、一足飛びに現代ラノベに求めたところで、何が分かるものでもあるまい。

同じくWikipediaから学園小説」の項。

学園小説一定の発展を見せたのは、少年雑誌よりも少女雑誌においてであるもっとも著名な作家としては『少女世界』の読者から作家デビューした吉屋信子があげられる。

1916年に連載が始まった吉屋信子の『花物語』は、当時ベストセラーとなった連作短編で、女学校舞台とした話が多い。→エス

これは「漫画以前の小説時代から学校もの存在した」「学園ものという呼び方にはある程度の生活階層青春もの意味するイメージもあった」ということの実例と言える。

こうしてみると、むしろ1960年代以前の少年向け娯楽作品において学校舞台とならなかったのは何故か」というほうが問題なのではないかと思えてくる。

そしてそれは、Wikipediaのとおり経済力理由を求めるほうが、現代青少年の心性を大仰に言い立てるよりは筋がとおっているだろう。

(もちろん他の要因もあるだろう、議論するならその点についてすべきである

最後に、筆者が最近読んだライトノベル50作品を「A. 学校が出てこない」「B. 学校は出てくるが事件が起こるのは学外である」「C. 学校が主な舞台である」で分類したところ、以下のような内訳となった。

A. 18作品 B. 16作品 C. 16作品

まり芦辺氏が言うような「全てが学校で起きる学園ものラノベ」は16/50=32%である

言うまでもなく、このサンプル数は少なすぎるし、個人の嗜好による偏りなどもあるので参考程度にお願いしたいが、

最近ライトノベルの全てが「学内で完結している」ということはありえない、とは確実に言えるはずだ。

大ヒット作だけを見ても、SAOダンまち「A」であるし、禁書目録魔法科高校は「B」に分類されるだろう。

正直なところ芦辺氏がどうして「最近ラノベは学園ものしかない」と強固に思い込んでおられるのか理解に苦しむ。

どうか賢明なる読者諸氏においては「へえ最近ラノベは学園ものばかりなんだな」などと鵜呑みにしないでいただきたい。

2015-08-14

劇場アニメ監督の生年一覧

Wikiで調べてつくってみた。宮崎駿監督後継者云々を受けてつくったので、主な有名監督若い監督中心。基本的にはTVシリーズをやってないオリジナルか、小説原作劇場アニメを発表してる監督例外も一部あるけど。

1935年まれ 高畑勲(かぐや姫の物語)

1941年まれ 宮崎駿(風の谷のナウシカ)、富野 由悠季(機動戦士ガンダム)

1951年まれ 押井守(攻殻機動隊GIS)

1954年まれ 大友克洋(AKIRA)

1959年まれ 原恵一(百日紅)

1960年まれ 庵野秀明(ヱヴァンゲリヲン新劇場版)、片渕須直(マイマイ新子と千年の魔法)

1961年まれ 新房昭之(劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語)

1965年まれ 舛成孝二(宇宙ショーへようこそ)

1966年まれ 神山健治(009 RE:CYBORG)、水島精二(楽園追放)、沖浦啓之(人狼)、宇田鋼之介(虹色ほたる)

1967年まれ 宮崎吾朗(コクリコ坂から)、細田守(時をかける少女)

1968年まれ 小池健(REDLINE)

1973年まれ 新海誠(言の葉の庭)、米林宏昌(借りぐらしのアリエッティ)

1976年まれ 長井龍雪(心が叫びたがっているんだ)、宮地昌幸(伏 鉄砲娘の捕物帳)

1979年まれ 平尾隆之(魔女っこ姉妹のヨヨとネネ)

1980年まれ 吉浦康裕(サカサマのパテマ)

1984年まれ 山田尚子(たまこラブストーリー)

1988年まれ 石田祐康(陽なたのアオシグレ)

2015-07-20

グーグルが悪に変わるとき

グレッグがサンフランシスコ国際空港についたのは午後8時、だが税関の行列にたどりついたときには夜中を過ぎていた。ファーストクラスから降り立ち、ナッツのように茶色く焼けて、剃らないままの髭、カボで過ごしたひと月のあとで柔軟そのものの身体(週に3日のスキューバダイビング、残りの時間はずっとフランス女子大生たちをナンパすることにあけくれた)。ひと月まえにこの街を後にしたとき、グレッグは猫背で腹の突き出た廃人だった。いまやグレッグはブロンズの神となり、キャビン前方の席でCAたちからの熱い視線を引き寄せていた。

税関の列に並んで4時間後、グレッグは神の座から引き降ろされ、ただの人になっていた。高揚感は消えうせて、汗が尻の割れ目を伝い落ち、肩と首の凝りがあまりにひどくて背中の上半分がテニスラケットになったようだ。iPod のバッテリーはとうの昔に切れており、前に並んでいる中年カップルの会話を盗み聞きする以外にすることもない。

「現代テクノロジーの驚異ね」カップルの女性の方が近傍のサイン表示に肩をすくめてみせた。入国管理――グーグル提供( Powered by Googleとある

「来月までは始まらないんじゃなかったのか?」男の方は大きなソンブレロを、何度も繰り返しかぶったり手に持ったりしている。

国越えでググられる時代か。まったく。グレッグは6ヶ月前にグーグルを退社し、ストックオプションを現金化して「自分の時間を持つ」ことにした――が、けっきょくは思っていたほど甲斐のあることではなかった。つづく5ヶ月のあいだ、やっていたことといえば友達のパソコンを直し、昼のテレビ番組を見て、10ポンド太ったというぐらい。最後のは、設備充実の24時間営業ジムのあるグーグルプレックスにいるかわりに家にこもっていたせいだというのがグレッグの主張だった。

もちろん、こうなることには気づいていてしかるべきだった。アメリカ政府は国境において入国者の指紋を取り、写真を撮影するプログラムに150億ドルをつぎこんでいたし、それでいまだに一人のテロリストも捕まえられずにいた。明らかに、公的部門には〈正しく検索すること〉への備えが出来ていない。

下まぶたのたるんだ国土安全保障省の職員は、ソーセージのような指でキーボードをつつきながら、目をすがめてスクリーンを睨んだ。このろくでもない空港から出るのに何時間もかかるわけだ。

「ども」とグレッグは言い、職員に汗じみたパスポートを差し出した。職員はなにやらうなってそれを引ったくり、スクリーンをにらみ、キーを打つ。盛大に。口の端に乾いた食べかすがこびりついていて、舌がそろりと這い出し、それをなめる

1998年6月の件について教えてくれますか」

グレッグは出国書類から目をあげた。「はい?」

1998年6月17日に、バーニングマンフェスティバルニューズグループにご自分の参加を検討する内容の投稿をしてますね。『マッシュルームってそんなにヤバいのかな?』と聞いておられるようですが」

第二審査室の調査官はもっと年を食った男で、あまりにも痩せているため木彫りの人形のように見えた。この調査官の質問は、マジック・マッシュルームよりもはるかに深いところを突いていた。

「趣味について聞かせてください。模型ロケットがお好きなんですか?」

「え?」

「模型ロケット

「いえ」とグレッグは答えた。「そんなことはないですが」このやりとりの行く先がおぼろげに見えてくる。

調査官はメモをとり、いくつかクリックした。「おわかりでしょうが、これをお尋ねしているのは、あなたの検索結果とグーグルメールに付随して現れるロケット用品の広告がグラフの上で鋭い突出を示しているからです」

グレッグは胃にひきつりを覚えた。「あなたは僕の検索内容とメールを見てるんですか?」もうひと月もキーボードに触れていないとはいえ、検索バーに何を入れたかが、担当の精神科医になにを話したか以上にその人物を露わにすることをグレッグは知っている。

「いやいや、お客さん、落ち着いてください。違いますよ、あなたの検索内容をみてるわけじゃないんです」調査官は哀れっぽさを装った声音で、「それは違憲行為じゃあないですか。私達は単に、あなたがメールを読むときと検索をするときに出てくる広告を見ているだけですよ。説明したパンフレットがありますんでね。これが済んだらお渡ししますよ」

「でも広告にはなんの意味もないでしょうが」グレッグは唾を飛ばして、「コールターに住んでる友達からメールが来るたびに、アン・コールターの着信音の広告が出てくるんですよ!」

調査官はうなずいた。「ええ、わかりますよ。だからこそ私がここであなたとお話ししてるわけです。なぜこんなに頻繁に模型ロケットの広告が出てると思われます?」

グレッグは脳をしぼった。「わかった、じゃあこうしてください。『コーヒー狂い』で検索してみてくださいよ」グレッグはこのグループにとても活発に参加しており、一同による〈今月のコーヒー〉予約購買サービスサイト立ち上げにも手を貸していた。グループが世に出そうと(『ローンチ』しようと )しているブレンドの名前が『ジェット燃料』なのだ。『ジェット燃料』と『ローンチ打ち上げ)』――これがたぶんグーグルに模型ロケットの広告を吐かせたのだろう。

そうして事態が収束に向かいつつあったところで、木彫りのような調査官がハロウィーンの写真を見つけたのだった。『グレッグ・ルピンスキー』の検索結果の3ページ目に埋没していたものだ。

湾岸戦争テーマにしたパーティだったんですよ」とグレッグは説明した。「『カストロ』っていう店で」

「で、あなたの衣装は……?」

自爆テロリストです」

弱々しく答えるグレッグ。その言葉を口にするだけで心がひるんだ。

「一緒に来てください、ルピンスキーさん」

開放されたときには、午前3時を過ぎていた。荷物コンベアにはスーツケースがぽつんぽつんと立っていた。それらをとりあげると、開けられて無造作に閉められているのがわかった。服が角のあたりから飛び出している。

家に帰ってあらためてみると、模造品のアメリカ先住民の置物はみな壊され、新品のホワイトコットン製メキシカン・シャツのど真ん中には不気味な靴の跡がついていた。もはやどの服からもメキシコの匂いはまるでしなかった。どの服にも空港の臭いがついていた。

寝るつもりはなかった。それどころじゃない。誰かにこれを話さねば。これをわかってくれるのは一人しかいない。運のいいことに、いつもこの時間は彼女は起きているはずだ。

メイヤはグレッグの2年あとにグーグルに勤めはじめた。グレッグが辞めたあとでメキシコ行きをすすめたのもメイヤだ。どこでもいいのよ、あんたの存在を再起動できるところなら、そう言ったのだ。

メイヤには2頭の巨大なチョコレート色のラブラドールと、ローリーという、とてもとても忍耐強いガールフレンドがいた。朝の6時に、涎をたらした体重350ポンドの犬類にドロレス公園を引き回されること以外ならなんでもガマンできるわよ、とはローリーの言。

グレッグが駆け寄っていくと、メイヤは催涙スプレーに手を伸ばし、それから二度見ではっと気づいて、大きく両手をひろげると、落とした引き綱をスニーカーで押さえた。「残りの贅肉はどこいっちゃったの? あんた、すごいカッコいいよ!」

グーグルに受けた夜通しの取り調べの後で自分がどれほど臭うか、急に意識しながらグレッグは抱擁を返した。「メイヤ、グーグルと安保省の関係について何を知ってる?」

その質問を聞いたとたんにメイヤは身を硬くした。犬の片方がうなり始める。メイヤはあたりを見まわし、上に向かって顎をしゃくってみせた。「街灯の上にあるから、見ないでよ」メイヤは言った。「あれがうちグーグルの市内用 WiFi アクセスポイント。広角ウェブカメラ。喋るときはあれから顔を背けて」

大局的には、街中にウェブカメラをはりめぐらせるのはグーグルにとって大した出費ではなかった。人々の座った場所に応じて広告を提供する能力と比べるならばなおさらだ。すべてのアクセスポイントカメラがあることが公にされたとき、グレッグは、さほど興味をひかれなかった――ブログ界はまるまる1日にわたって騒然となり、あちこちの売春婦の巡回エリアズームするなどのお祭り騒ぎだったが、ほどなく興奮はさめていた。

バカになったような気持ちで、グレッグはもそもそとこたえた。「冗談だろ」

「一緒に来て」街灯の柱から顔を背けながらメイヤは言った。

散歩をみじかく切り上げられた犬たちはおかんむりで、マヤがコーヒーをいれる間、失望をあらわにしていた。

「あたしたちが安保省との手打ちを仲立ちしたのよ」ミルクをとりながらメイヤが言った。「むこうはうちの検索記録をあさるのを止めて、うちはユーザーにどんな広告が出るかをむこうに見せてやる、ということで合意したの」

グレッグは吐き気を覚えた。「なんで? まさかヤフーがすでにやってるからっていうんじゃ……」

「ちがう、ちがう。まあ、うん、そうだね。ヤフーはやってるけどね。でもそれがグーグルが乗ったことの理由じゃないよ。あれよ、共和党グーグルを嫌ってるでしょ。うちらはものすごく民主党に肩入れしてるからさ、あっちにぶちかまされる前に和解に持ち込めるように出来るだけのことをしようって話なのよ。これは P.I.I. じゃなくて」――個人特定情報( Personally Identifying Information )、情報時代の有毒スモッグだ――「たんなるメタデータでしょ。だからほんのちょっとしか悪( evil )じゃない」

「じゃあなんでそんなに陰謀めかすんだよ?」

メイヤはため息をついて、さっきから彼女の膝に頭をごつごつとぶつけていたラブラドールを抱きしめた。「スパイってのはシラミみたいなもんだからさ。どこにでも入り込んでくんのよ。あたしたちの会合にも顔を出すし。ソヴィエトのどこかの官庁にでもいるみたいな感じなのよ。で、保安調査の観点からは――あたしたちはふたつの陣営に分けられる。保障済みと疑いありに。みんな誰が保障されてないかを知ってるけど、なぜかは誰も知らない。あたしは保障済み。あたしにはラッキーなんだけど、今はもうレズだってことで不適格にされたりしないのよ。疑いありの人間とランチを食べるのは、保障済みの人間はみんな尻込みするね」

グレッグは強い倦怠感を覚えた。「じゃあ俺はあそこを出られてむしろ幸運だったってことなのか。もし事態がまずいことになったら『失踪』ってことになってたかもしれない、とか?」

メイヤはグレッグをじっと見据えた。グレッグは答えを待つ。

「なんだよ?」

「いまからあることを話すけど、聞いた事をあたしに繰り返すのもダメよ、いい?」

「あの……じつはテロ組織の一員だとかいう話じゃないよね?」

「そんな単純なことじゃないよ。よく聞いてよ。空港での安保省による精査はゲート機能を果たしてるの。それで諜報員たちの捜索基準を狭くしてやれるわけよ。いちど誰かが第二審査室に引っ張っていかれたら、その人間は『注目の人物』になる――連中は二度と、絶対、手を緩めない。ウェブカメラでその人間の顔や歩き方をスキャンする。メールを読む。検索内容を監視する」

「裁判所がそれを許さないって言ってなかったっけ……」

「裁判所に誰かをググることは議会が許さない。でも一度だれかがシステムに組み込まれたら、それは選択的な検索になるのよ。すべて合法。そして、奴らがググり始めたら最後、かならず何かを見つけてくる。その誰かのあらゆるデータが『疑わしいパターン』をチェックするでっかい投入口に放り込まれて、統計的な平均値からの逸脱が逮捕の口実に使われる」

グレッグはいまにも吐きそうな気持ちになった。「なんでそんなことになる? グーグルはいいところだったよ。『邪悪になるな( Don't be evil )』、だろ?」これこそが会社のモットーであるし、グレッグにとってはこれがスタンフォード大でコンピューターサイエンスの学位をとりマウンテン・ビューに直行した理由の大きな一部をなしているのだ。

メイヤは険のある笑いで答えた。「邪悪になるなって? グレッグ、あんたはもう。うちのロビイストの集団だってケリースウィフトボートの件(訳注:2005年大統領選で、ケリーベトナム戦争で活躍していないことを主張して反対陣営が行ったネガティブキャンペーンのこと)をぶつけようとしたのと同じ隠れファシストたちよ。あたしたちはとっくの昔に悪の実を口に放り込んでるんだよ」

しばしの沈黙がおとずれた。

「始まったのは中国からなんだけどさ」ようやくメイヤが話を接いだ。「うちがサービスを本土に移したとたんに、それは中国の管轄下で動くことになったのよ」

グレッグからはため息がでた。グーグルの能力の及ぶ範囲はよく知っている。グーグル広告のあるページを訪れるたび、あるいはグーグルメールやグーグルマップを使うたびに――Gメールのアカウントを持つ相手にメールを送るだけでさえ――あの会社はせっせとその人の情報を収集するのだ。 近頃は、グーグルサイトが提供する検索最適化ソフトが、ウェブ検索を個人ユーザー向けにあつらえるために収集データを用いるようになり、これが広告主にとって革命的なツールであると認められている。独裁国家の政府ならまた別な使い道を思いつくだろう。

「むこうは人民の身上調書をとるのにうちを使ってた」とメイヤは続ける。「だれか逮捕したい人間がいたら、むこうはうちにきて、そいつらをぶち込む口実を見つけるわけよ。中国じゃ、なにか違法じゃないことをネットでやるのはほぼ不可能だね」

グレッグは頭を振った。「なんで社の連中は中国にサーバーを置いたんだろう?」

「そうしないとうちをブロックするってむこうの政府が言ったからよ。それにあそこにはヤフーもいたし」二人とも顔をしかめた。いつの頃からか、グーグル従業員たちにヤフーへの執着がめばえ、自分の会社のふるまいよりも競争相手のやっていることのほうに気をとられるようになってしまっていたのだ。「だからうちもそうした。でも、この案を気に入らない社員も沢山いたんだよ」

メイヤはコーヒーを飲み、声を落とした。グレッグの椅子の下で飼い犬の片方がしつこく鼻を鳴らす。

「ほとんどすぐに、中国は検索結果の検閲を頼んできて、グーグルはそれを受けた。公式発表はふざけてたよ。『我々は悪事を行っているわけではありません――消費者により良い検索ツールを提供しているのです! もし、アクセスすることのできない検索結果を彼らに見せてしまったら、フラストレーションを与えてしまうだけでしょう。それは悪いユーザー体験( bad user experience )です』」

「じゃあどうなる?」グレッグが犬を押しのけたので、メイヤは傷ついた顔になった。

「グレッグ、もうあんたは注目の人物になってんのよ。グーグルストーキングをされてんの。あんたはもうずっと誰かに肩越しに覗き込まれて暮らす破目になってるんだよ。社の綱領は知ってるでしょ? 『世界の情報を統合する』ってさ? すべての情報をよ。 5年もすれば、うちらには誰かの便器の中に流される前に何本のうんこが入ってたかもわかるようになってるんじゃないの? それが、統計上の悪人の図式に当てはまる誰かに自動的にかけられた嫌疑と組み合わさったら――」

グーグルにハメられる( Scroogled )か」

「完璧に」メイヤは頷いた。

メイヤはラブラドールを2匹とも、ホールを通りベッドルームへと連れて行った。ガールフレンドとのこもった言い合いの声が聞こえ、メイヤはまた戻ってきた。

「あたしにはなんとかできるよ」メイヤは切羽詰った声でささやいた。「中国が人民に一斉射撃を始めたあとで、あたしとポッドメイトたちで、自分らの20パーセントプロジェクトを奴らに一発かますために使ったのよ」(グーグルの革新的な業務形態のひとつに、すべての従業員は彼または彼女の就業時間の20パーセントを高尚な子飼いプロジェクトに充てるべしという規則がある)「あたしたちはグーグルクリーナーって名づけたんだけど。データベースに深く入り込んで、あんたを統計的に標準化するのよ。あんたの検索内容も、Gメールのヒストグラム解析結果も、ウェブ閲覧のパターンも、なにもかも。グレッグ、あんたをグーグルクリーンしてあげられるよ。これしか方法はないよ」

「君をトラブルにまき込みたくないよ」

メイヤは首を振り、「あたしにはもう泥がついてるんだよ。あれを作ってからの毎日は猶予期間でしかない――今はただあたしの専門技能と安保省への履歴と、まあ、あとはわかんないけど、そういうものを指摘する誰かが出てくるのを待つだけの状態よ。やつらは抽象名詞の戦いのなかで、あたしみたいな人間をやれるネタをなにかしら見つけてくるから」

グレッグは空港でのことを思い出した。検索のこと。俺のシャツ、その真ん中につけられた靴の跡。

「やってくれ」 グレッグは言った。

グーグルクリーナーは奇跡のようにはたらいた。検索結果と一緒にポップアップする広告からもそれがわかった。あきらかに誰かほかの人間のための広告だ。インテリジェント・デザインの実証例、オンラインセミナーで神学学位取得、テロのない明日を目指して、ポルノブロッカーソフトホモセクシュアルに対する議案、トビー・キースの格安チケット。メイヤのプログラムの威力だ。明らかに、グーグルのパーソナライズド・サーチはグレッグをまったくの別人、神を畏れる右翼人で、ハット・アクツ(訳注:大雑把にいえばカウボーイ・ハット系のミュージシャン、前記トビー・キースもその一人)に傾倒する人物として認定していた。

まあ、グレッグとしてはそれでいい。

そして、アドレス帳クリックしてみると、連絡先の半分が消えうせていることに気がついた。Gメールの受信ボックスは白アリに食われた切り株のようにスカスカだ。Orkut のプロファイルも、標準化されている。カレンダー、家族の写真、ブックマーク、みんな空っぽだ。グレッグはいままで自分のどれほど多くの部分をウェブに移住させ、グーグルサーバー群――グレッグのオンラインアイデンティティの総体だ――に送り込んできたか、本当にはわかっていなかった。メイヤによって多数派の高みへと磨き上げられ、グレッグは不可視の人物になったのだ。

眠たげにベッド脇のラップトップのキーをべた押しし、グレッグはスクリーンに火を入れた。ツールバーまばゆい時計に目をすがめる。午前4時13分! ったく、こんな時間にドアをがんがん叩いてるのは誰なんだよ?

「いま行くよ!」と不明瞭な声でどなり、ローブとスリッパを身に付ける。バタバタと戸口に向かい、行きすがら灯りのスイッチを入れた。ドアに立ち、覗き穴から目をこらすと、メイヤが陰鬱な表情でこちらを見つめ返していた。

アチェーンとかんぬきを外し、勢いよくドアを引き開ける。メイヤがグレッグの脇をすりぬけ、あとに犬たちとガールフレンドが続いた。

汗みどろで、いつも櫛の通っていた髪は固まりになって額にはりついている。赤くなり、隈のできた目をメイヤはこすった。

「荷物をまとめて」とメイヤはしゃがれ声を絞り出す。

「えっ?」

メイヤはグレッグの肩をつかんだ。「まとめなってば」

「どこに行こうって……?」

メキシコ、たぶん。まだわからない。まとめなって、早く」グレッグを押しのけ、メイヤはベッドルームに入ると戸棚をばんばん開けはじめた。

「メイヤ」グレッグは鋭い声を出し、「なにが起こってるのか教えてくれなけりゃ俺はどこにも行かないよ」

メイヤはグレッグをにらみ、顔から髪の毛を押しのけた。「グーグルクリーナーがまだ生きてるのよ。あんたをクリーンにしてから、あたしはあれを落として立ち去ったのよ。それ以上使うのは危険だったから。でもまだ、何か動作をしたときには、あたしに認証メールを送るようにしてあるの。誰かがあれを3つのはっきりと特定のアカウントを洗浄するために6回使用してる――どのアカウントも再選をねらう議員商工会メンバーの持ち物よ」

グーグルの連中が議員の過去を洗ってるってことか?」

グーグルじゃない。社外から来てる。IPのブロックワシントン・D.C.に登録されてるやつで、IPアドレスは全部Gメールのユーザーに使用されてる。誰のアカウントだと思う?」

「Gメールアカウントスパイしたのか?」

「ああそうね。そうよ。そいつらのメールを調べたよ。みんなやってるよ、ときどき、それにあたしよりも全然ひどい理由でさ。だけどここが肝心なとこよ――この活動はどれもうちのロビイスト団体から差し向けられてることがわかったの。単に会社の利益を守るという職務をはたしてるだけなのよ」

グレッグはこめかみが脈打つのを感じた。「誰かに知らせなきゃ」

「意味ないよ。むこうはこっちの事をなにもかも知ってるんだから。検索をすべて見る事ができるのよ。あらゆるメールを。ウェブカメラにとらえられたあらゆる瞬間も。あたし達のソーシャル・ネットワーク上に誰がいるかも……Orkut に友だちが15人いたら、統計的には確実に3ステップ以内に『テロリスト』の用途に献金している誰かがいることになるって知ってた? 空港のことを覚えてる? それどころじゃない理由であんたは目をつけられるよ」

「メイヤ」グレッグは形勢を立て直し、「メキシコに飛ぶのはやりすぎじゃないかな? 単に辞めりゃいい。二人で事業を始めるとか、なにかできるだろ。これは狂ってるよ」

「あいつらは今日うちにきたのよ」メイヤは言った。「安保省から行政官が二人。何時間も粘っていった。すごくきつい質問を山ほどしてったよ」

グーグルクリーナーについて?」

「あたしの友達や家族について。あたしの検索履歴について。あたしの個人的な履歴も」

「くそっ」

「あたしにメッセージを送ってるのよ。むこうはクリックの一つ一つ、検索の一つ一つを見てる。行く潮時よ。射程内から出ていくべき時よ」

メキシコだってグーグルの支社はあるだろ」

「行くしかないよ」メイヤは頑なだ。

ローリー、どう思う?」グレッグはたずねた。

ローリーは犬たちの肩の間をぽんぽんと叩いた。「私の両親は1965年東ドイツを出たの。〈シュタージ〉のことをよく話してくれた。あの秘密警察は人に関するあらゆることをファイルに記録したの、非愛国的なジョークをいったかどうかとか、そういうことを。そのつもりがあったかどうかはともかく、グーグルが生み出したのもそれと変わらないものでしょ」

「グレッグ、来るの?」

グレッグは犬たちをみつめ、首を振った。「ペソが手元にすこし残ってる」そう答えた。「持っていきなよ。気を付けてくれよ、な」

メイヤはグレッグを殴りそうなそぶりを見せ、そこで態度を和らげ、荒々しくグレッグを抱擁した。

「気を付けて、あんたも」そうグレッグの耳にささやいた。

連中は一週間後にグレッグのところへやってきた。家に、夜中に、そうするだろうとグレッグが想像したとおりに。

午前2時をすこし過ぎたころ、二人の男が戸口に訪れた。一人はドアのそばに静かに立つ。もう一人はにこやかなタイプで、小柄でしわくちゃ、着ているスポーツコートの片方のラペルには染みがあり、もう片方にはアメリカの国旗があった。「グレッグ・ルピンスキー、我々はあなたがコンピュータ不正行為防止法を侵害していると信じる根拠を持っているんですが」男はそう口火を切った。「具体的には、過度の認証済みアクセス、そしてそのような行為による情報の収集。ひとつ目の容疑によって10年の懲役ですな。あなたとあなたの友人があなたのグーグル上の記録に対して行ったことは重罪と見なされることが判明しました。それから、ああ、裁判ではなにが出てくるか……あなたが自分のプロファイルから漂白したすべての事柄ですな、手始めに」

グレッグは一週間のあいだ、頭のなかでこの場面を演じ続けてきた。あらゆる威勢のいい科白を計画していたのだ。おかげで、メイヤからの連絡を待つあいだにやっていられることがあった。メイヤは一度も連絡をよこしていない。

弁護士に連絡したいんですが」そう言うのがやっとだった。

「できますよ」小男はこたえた。「でも、もっといい取り決めに落ち着くことができるかもしれないんですがね」

やっと声をとりもどしたグレッグは、「バッジを見せてもらえますか」とどもりながら尋ねる。

男は困惑ぎみの笑い声をもらし、バセット・ハウンドのような顔がほころんだ。「あんた、わたしはサツじゃないよ」と答え、「コンサルタントですよ。グーグルがわたしを――私の会社は彼らのワシントンにおける利益団体をやっててね――いい関係づくりのために雇ったんだ。もちろん、あんたと話す前に警察沙汰にしたりするつもりはない。あんたは家族の一員だからね。実際のところ、あんたに提案をしようと思うんだよ」

グレッグはコーヒーメーカーに向き直り、使用済みフィルターを空にした。

マスコミに言いますよ」

グレッグのその言葉を検討しているかのように男は頷き、「ああ、いいですよ。名前に『クロニクル』がつく、どこぞの新聞社に朝から足を運んで、すべてぶちまけりゃいい。むこうは信頼できる情報源を探す。ひとつも見つからんでしょう。そしてむこうが検索しようとすれば、こちらがそれを見つける。だからね、兄さん、わたしの話を聞いてくれんかね、どうです? わたしがやってるのは二者両得の商売なんだよ。わたしはとても腕がいいんだ」男は言葉を切った。「ところで、その高価い豆だが、まずそれを水ですすいでみる気はないかね? 苦味が少し取り除かれて油分が浮きあがってくるんだよ。ほら、ザルを貸してごらん」

グレッグは、男が静かにジャケットをぬいでキッチンの椅子に掛け、袖口のボタンを外して注意深くまくりあげ、安いデジタル時計をポケットにすべりこませるのを眺めた。男は豆をグラインダーからグレッグのザルにあけ、シンクですすいだ。

男はややずんぐりとして色白で、電気技師のような愛嬌のある品格をただよわせていた。実際、細部への執着を持ち合わせた真正のグーグル人のように見える。コーヒー・グラインダーの使い方も熟知していた。

「第49号棟のチームを召集しているところでね……」

「第49号棟なんてないでしょう」自動的にグレッグは答えていた。

「もちろん」男は口角を引き締めるような笑みをひらめかせた。「第49号棟なんてない。だがわたしたちはグーグルクリーナーを改良するためのチームを集めているんだよ。メイヤのコードはそれほど効果的ではないんだな。バグがどっさりあるアップグレードが必要なんだ。あんたは適任になるだろうし、あの中に戻ってしまえば、あんたが何を知ってるかなんて問題じゃない」

「信じられない」グレッグは笑い出した。「僕が、あんたたちに便宜をはかってもらうのと引き換えに立候補者を貶める手助けをするなんて思ってるなら、僕が考えてる以上に頭がおかしいよ」

「グレッグ、わたしらは誰も貶めようとはしてないよ。ただ物事をちょっとすっきりさせてやろうというだけの話だ。選ばれた何人かのためにね。わかるかな? グーグルの調査内容は、誰のだって仔細に検査すればちょっと恐ろしくみえてしまうものなんだ。詳細な検査は政治の最重要課題だ。政治家立候補するなんて、公衆の面前で大腸を内視鏡検査してみせるようなもんだよ」男は cafetiere (訳注:フランス製コーヒーメーカー)に豆を入れてプランジャーを押し下げ、厳粛な精神集中で顔がくしゃくしゃになった。グレッグはコーヒーカップをふたつ――どちらもグーグル・マグだ、もちろん――取ってきて、渡した。

「わたしらの友人に、メイヤがあんたにしてやったことをしてあげようというんだよ。ちょっとした後始末をね。彼らのプライバシーを守ってやりたいんだよ。それだけだ」

グレッグは自分のコーヒーをすすった。「あなたがクリーンにしない候補者には何が起こるんですか?」

「うん」男は痛いところをつかれてニヤリとし、「そう、あんたは正しい。そういうやつらには少々きびしいことになるだろうね」男はジャケットの内ポケットを探り、数枚のたたんだ紙を取り出した。それらを開いてテーブルの上におき、「わたしらの助けを必要としてる善き男のひとりだ」といった。それは過去3回の選挙キャンペーンでグレッグが献金した、ある候補者の検索履歴だった。

「この御仁は、戸別訪問のきついキャンペーンの一日を終えてホテルの部屋にもどってくると、 このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2015-06-23

韓日市民団体、軍慰安婦の解決策の提案…'法的責任'に柔軟性

韓日市民団体、軍慰安婦の解決策の提案…'法的責任'に柔軟性 (Naver翻訳)

送稿時間|2015/04/23 20:56

'政府賠償'求めるものの、'法的責任認定'は明示的要求しない

(東京=連合ニュース)、チョウ・ジュンヒョン特派員=軍慰安婦問題の解決に向けた韓日両国政府間の交渉が停滞状態となる中、韓日市民団体が論争の核心である日本政府の'法的責任'認定と関連した創意的な折衷案を盛り込んだ解決策を提示した。

慰安婦問題の解決に努力してきた韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)など、韓日市民団体関係者被害者であるキム・ボクドンさんなどが23日、東京で開かれたシンポジウム提示した同法案は、まず4項目の'事実'と、その責任を認めることを日本政府要求する。

4項目は'日本軍が軍の施設として慰安所立案・設置して、管理・統制した事実'、'女性たちが本人の意思に反して'慰安婦性奴隷'になって慰安所などで強制的な状況に置かれた事実'、'被害が甚大、現在もその被害が続いているという事実'、'当時の国内法および国際法に反する重大な人権侵害だったという事実'などだ。

これをもとに'覆せない明確かつ公式的な方法謝罪すること'、'謝罪の証として被害者に賠償すること'、'日本政府の保有資料の全面公開などを通じた真相究明'、'学校教育社会教育科の追悼事業実施など再発防止措置'などを日本政府要求する。

この案は、まず、日本政府の'賠償'を要求することで、1990年代日本側の解決策として推進されたアジア女性基金差別化した。 アジア女性基金民間募金の形を取った上、基金性格を賠償と明確に規定していないという点で、多数の韓国台湾被害者からそっぽを向かれた。

ただ、市民団体案は違法性認定を前提としている賠償を求めるものの、日本政府の'法的責任認定'を要求事項に明示的に含めなかったという点で、日本政府が収容できるようにハードルを下げたような印象を与える。

慰安婦問題1965年日韓請求権協定によって'完全に、最終的に解決された'は立場を繰り返してきた日本政府は、韓国側要求事項のうち'法的責任認定'に最もひどいアレルギー反応を見せてきた。

戦後賠償に対する'パンドラの箱'を開くことになるという認識のためだった。

結局、今回の市民団体提案は双方の立場が一番厳しく当たる法的責任認定問題被害者側と日本政府がそれぞれ立場解釈できる曖昧性を持った折衷案であるわけだ。

提案に参加したヤンジンジャ'日本軍慰安婦問題の解決、全国行動(日本市民団体)'共同代表は"法的責任認定必要ないというわけではない"と前提した後、"加害国が過去、軍がどんな仕事をしたかどうかについて具体的に認めるならば、それ自体法的責任を認めたこと"とし、"賠償という言葉に(法的責任が)集約されている"と紹介した。

挺対協のユン・ミヒャン常任代表も"法的責任の内容を提言(要求事項)に放しておきたと理解できる"と説明した。

昨年6月日本軍慰安婦問題アジア連帯会議で初めて設けられた同方案は何より被害者側の声を代弁する挺対協が同意した案という点で関心を集めている。

日本関係者は、軍慰安婦問題解決協議積極性を示さない背景の一つとして'政府間で合意が行われても、挺対協が拒否すれば白紙化される'は認識を表明してきたという点で、挺対協の同意は交渉を進行中である韓日両国政府示唆するところが少なくないそうだ。

この対策について、アジア女性基金に関与した和田春樹(和田春樹)東京大学名誉教授は"軍慰安婦問題解決の基礎になる案だと思う"、"朴槿恵大統領安倍晋三(安倍晋三)首相首脳会談前に両国がこの解決策によって行動すればいい"と話した。 (取材補助:岩井リナの通信員)

23日、日本東京参議院議員会館で'軍慰安婦問題の解決可能である'いうテーマシンポジウムが開催された。 右から和田春樹(和田春樹)東京大学名誉教授、尹美香(ユン・ミヒャン)韓国挺身隊問題対策協議会常任代表、軍慰安婦被害者であるキム・ボクドンさん、ヤンジンジャ日本軍慰安婦問題の解決、全国行動共同代表林博史(林博史)関東学院(關東學院)大学教授

2015-01-02

Natural Color Phantasm Vol.03 『アンドロイド少女電気羊の夢なんか見ない』

■その1。

 今回のテーマにあたって、かかしあさひろとロボット少女萌え起源を辿っていたら、真っ先に出てきたのが、筆者が『メタルK』の冥神慶子で、かかしが『コブラ』のアーマノイドレディだった……まあ、実は、1965年スタジオゼロが作ったアニメレインボー戦隊ロビン』に出てきた看護婦ロボット・ルルが筆者の知る限りでは、最古のロボット少女萌えであり、起源だと思うのだが、現在入手不可能なので、とりあえず忘れよう……。

 それはそれとして、おたく向け作品定番パターンの一つに、ロボット少女萌えというジャンルがある。『ToHeart』のマルチが大ブレイクした事で、美少女ゲーム世界では一気にメジャージャンルになった。

 特に今年に入ってからは、『WoRKsDoLL』『MACHINE MAIDEN』『RIZE』と、ロボット少女ものが続けて出ている。筆者は『WoRKsDoLL』と『MACHINE MAIDEN』をプレイしたのだが、このジャンルでの定番テーマである人間性の欠落を補う為の美少女ロボットか、人間の欲望を充足させる為の美少女ロボットか、については『MACHINEMAIDEN』では対立するものとして描かれているし、『WoRKsDoLL』では選択するものとして描かれていた。ただ、『MACHINE MAIDEN』では、前者の概念意図的に勝利している。これは、ユーザー美少女ゲームに何を求めるかという意識の変化を反映したとも言える。

 個人的な話で恐縮だが、筆者の本業はまんが編集者(ただし休業中)であり、仕事の参考用に市場の傾向分析をするのだけど、昨年あたりから、過剰な位に、癒し郷愁テーマにした作品を求める傾向が見られるようになった。元々、ユーザーの好みは、ハードエロソフト癒し系に別れる傾向があったが、かなり後者は先鋭化している。まあ、過剰なヒーリング志向のものについては、場を改めて言及するが……。

■その2。

 美少女まんがをエロ目的ではなく、「癒し」を目的として買う人が増えているという現実。それは、ゲームでも同じで、1キャラあたりのセックス描写が1~2枚程度な美少女ゲームが売れている理由は、この雑誌の読者ならば「CGクオリティ云々~」に帰着させるんだろうけども、もう一つの背景として、ユーザー特に男性の側に、失われつつある少女幻想へのニーズが高まっているという状況があると思う。

 情報の氾濫が人間性を希薄にするというのは、いささかステロタイプ認識だが、「少女」の実像曖昧になっているのは確かだ。たとえば、我々が考える現代少女像は、概ね記号化されている。宇多田ヒカルを聴き、キューティコミックを読んで、援助交際に励む……といった程度が、おそらくイメージ限界なのだが、それはまた、多くのおたくにとっては唾棄すべきイメージでもある。何故なら、それは情報キメラ化で生まれた「鵺」のような不快感が付きまとうからだ。そして、情報の氾濫により座標軸を失った人々は、古典的価値観を求め出す傾向を示す。

■その3。

 さて、ロボット少女代表格としては、『ToHeart』のマルチ存在する。マルチには「少女」の記号がこれでもかという程、多く存在するが、これは、おたくが望む所の少女幻想を満たそうとすれば、年々侵食する大人の領域から逃れる為に、必然的に年齢が下がる。少女というよりは幼女ベクトルが向かってしまい、行き着く聖地小学校の一階になるのだが、下がると同時に社会的な軋轢が生まれイノセンスとは別の要素も混じってきてしまうという欠点がある。というか、犯罪

 で、マルチ場合は、ロボットということでその障害を回避している。幼女絶対的処女性、ロボット=無機質の美、メイド成熟した女としての意志が介在しない従順存在、という要素群が、これほど見事に合致した例もないだろうし、だからこそ、ヒロインあかり差し置いてアイドルに成り得たのだ。ただ、個人的には、その濃厚な純粋性がちょっと……という心境ではある(単なるひねくれもの)。というのも、どんなに崇高かつ絶対的少女を再現しても、ロボット少女ユーザーの欲望の為に用意された人工物に変わりはないのだ……。

 ちなみに、この視点で見ると『マシンメイデン』には、問題が一つある。それは、タイトルは「機械処女」なのに、アルシアは早々に処女を失ってしまうから(笑)。まあ、筆者などは、純粋性を維持した上で、淫乱さも持つなんて最高じゃん!と思うのだけども、逆に萌え要素が目減りしたと思うユーザーも多いのだそうだ。こうなってくると、何のための18禁ゲームなんだか分からなくなってくるのだが……。余談だが、ゲーム構造の相似性もあって、アルシアのキャラクターは、『ナチュラル』の千歳彷彿とさせる。そういえば、千歳従順ロボットのような少女ではあったが……。

 話を戻すと、美少女ゲームが、少女まんが的な絵柄を用いて、イノセンス従順少女を描くことに腐心した結果、セックス描写を減らしていく一方で、当の少女まんがでは、あからさまなセックス描写が増えた。下手すると、18禁指定美少女ゲームより、『少女コミック』や『マーガレット』の方が過激なエロを展開している状況もあるのだ……。そして、同じようにセックスを扱っていても、意図するもの正反対であり、保守的価値観へ向かう男の子と、過激で積極的女の子との距離は限りなく離れていく。その結果として、男性向けエロメディアの中にだけ、少女幻想が生き延びるというパラドックスも生じた。

 今、手元に『火の鳥・復活編』の文庫版がある。というのも、現実少女への絶望人間性への絶望が、ロボット少女という形を取るならば、その描写のまんがに於ける元祖は、おそらく『火の鳥・復活編』に於けるチヒロであろう。念のため、ストーリーを軽く説明すると、交通事故で身体の大半を機械化されたレオ少年は、全ての生物無機物に見えるようになってしまった。

 レオナはその代わりに、無機物であるはずのロボット女性を感じ、チヒロというロボットに恋をする。無論、異常者として二人は社会から非難され、二人の恋はチヒロの電子頭脳移植された記憶として昇華するが、結実した瞬間、醜いロボットと化した現実に直面する。

 この話で一番痛いのは、普通人間にとっては、機械剥き出しで無個性ロボットしかないチヒロが、レオナの感覚では美少女として捉えられていることだろう。ロボット少女萌え属性な人には痛い描写だし、また、今日の状況を予見している描写でもあるからだ。

 確かに、手塚治虫トキワ荘の一派は、ロボットを描くことで人間性を問う作品を多く描いたし、ロボット少女も多く描いた。ただ、その存在全面的肯定することはほとんど無かった。何故なら、ロボット少女は、現段階ではあくまで空想の存在しか無いのだ。ユーザー現実世界に生きている以上、何処かで折り合いを付けなければ、レオナと同じように社会から非難されるはずだったのだが……その点、現代おたく幸福だ。何故なら、おたくを取り巻くシステムもまた、完成されつつあるからだ。「メディアミックス」という、優しい収奪システムに取り込まれ、飼い慣らされた結果、ユーザー電気羊ならぬ、電気少女の夢を、半永久的に見続けることができる状況が生まれた。しかし、システムの中に閉じることにより、一般社会との相対的視点を失いつつあるユーザーもまた多いのだ。

 従来のポルノグラフィが、無意識のうちにマチズモ(男らしさ)を規範としている以上、マチズモに耐えられずおたく化した人々が、相対する少女まんが的な技法感性へ惹かれていくのは、当然のことだ。筆者にもそういう時期があったから、頭から否定はしない。ただ、世界(=社会)への目を閉じて、失われていく「少女」への感傷と、過剰に供給されるヒーリングアイテム盲目的に消費し続け、快楽だけを享受している、最近ユーザーには、苦さと虚しさを感じるんだな……。

 そう、僕らの居る世界は、天国かも知れないが、同時に地獄でもあるのだ。その認識だけは最低限、持っておいて欲しいのですよ。

■実はダメな人の総括。

 相変わらず暴走している筆者です。えーと、ロボット少女だったら、個人的には『Automatic Angel時計仕掛けの天使~』(樹崎聖)の笑(えみ)かなー。『BROTHERS』(小池一夫叶精作大先生)のメモリーも捨てがたい(笑)。ちゃンとお兄ちゃン属性フォローしているぞ!(笑)

 さて、次回は「優雅で感傷的な美少女ゲーム」と題して、今回の続きです……いや、書いている方も痛いんですが、少女まんが的なポルノグラフィ供給する場所として、美少女まんがや同人誌市場があったけども、同時にそれは収奪システムであり……というか。BGMは、ビーチボーイズ『グッド・バイブレーション』で。

2014-09-12

007原題邦題がかっこよすぎて鼻血出そう

なんとなーくゴールドフィンガーとかロシアより愛をこめてとか一部だけ聞きかじってた程度だったけど、Wikipedia見て鼻血出そうになった。

全部かっこ良すぎる。

中二病スピリットキュンキュン刺激される。

イっちゃいそう。マジで

wikipediaより転載

イアン・フレミング作品[編集]

日本では全て井上一夫によって翻訳された。

長編[編集]

カジノ・ロワイヤル Casino Royale (1953年

死ぬのは奴らだ Live and Let Die (1954年

ムーンレイカー Moonraker (1955年

ダイヤモンドは永遠に Diamonds Are Forever (1956年

ロシアから愛をこめて From Russia, With Love1957年映画版邦題は「ロシアより」であるが、小説は「ロシアからである

ドクター・ノオ Doctor No (1958年

ゴールドフィンガー Goldfinger (1959年

サンダーボール作戦 Thunderball (1961年

わたしを愛したスパイ The Spy Who Loved Me (1962年

女王陛下の007 On Her Majesty's Secret Service (1963年

007は二度死ぬ You Only Live Twice (1964年

黄金の銃を持つ男 The Man With the Golden Gun1965年映画版邦題は「黄金銃」であるが、小説は「黄金の銃」である

短編集[編集]

バラと拳銃 For Your Eyes Only (1960年) 旧邦題007号の冒険

バラと拳銃 From a View To A Kill

読後焼却すべし For Your Eyes Only

ナッソーの夜 Quantum of Solace

危険 Risico

珍魚ヒルデブラント The Hildebrand Rarity

オクトパシー Octopussy and the Living Daylights (1966年) 旧邦題007/ベルリン脱出

オクトパシー Octopussy

ベルリン脱出 The Living Daylights

所有者はある女性 The Property of a Lady

2014-05-30

研究者育成エリート教育

http://anond.hatelabo.jp/20140530200539

これ書いていて思い出したんだけどファインマンの受けた幼少教育がなかなかすごかった。

ファインマン量子力学場の理論活躍した有名な物理学者

経路積分ファインマンダイアグラムパート模型ファインマンだったかな。量子電磁力学で1965年ノーベル賞を受賞。

簡単な模型を作って思考実験考察することを「物理的思考」と呼ぶのだけれどファインマン物理的思考能力天才と云われている。

彼の書いたエッセイ「ご冗談でしょうファインマンさん」の中に父親に関するエピソードがある。

彼の父親から受けた教育はまさに「研究者育成エリート教育」と呼べるようなもので強く印象に残っている。

手元に本がないのでうろ覚えだけど

ファインマン「パパ、あの虫はなぁに?」

親父「辞典を調べてみようか。あの虫は hogehoge 科の fuga だ。でもこれだけだと名前だけだ。何もわかったことにならないね。よし、近づいてもっと観察してみよう」

ファインマン「パパ、どうしてあの鳩達はくちばしで自分の羽を突っついているの?」

親父「何でだと思う?」

(話し合い)

親父「よし、仮説は  1.虫がいて痒い  2.乱れた羽を直している だな」

親父「2 を仮定すると鳩は飛んで着地した後で羽を直す傾向にあるはずだ」

親父「羽を突っつく回数を数えるぞ。着地直後の鳩とそれ以外の鳩で突っつく回数に差があるかを調べるんだ」


こんな感じだった。

スゴイ教育法と思うけれど実践するには相当な時間精神的余裕が必要だよね。

まさに「この父あってこの子あり」と思わせるエピソードなのだけどこの親父、大学どころか高校にも行っていないただの仕立て屋さんで

「どこで科学的態度を身につけたのかわからない」とファインマンが書いていたのがまた衝撃だった。

2014-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20140311114731

昔は恋愛が不得手なメンタリティの男女でも、お見合い強制的にくっつける仕組みがあった。

生涯未婚率の推移。http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1540.html

2000年12.6%、2010年20.1%

これは1946〜1954年生まれと、1956〜1965年生まれの2000年時と2010年時の未婚率。

戦後生まれの人は、結婚の強制まではされていなかったのだろうと思う。

2014-03-08

【これだけは抑えろ】従軍慰安婦問題の「根っこ」の話

最近よく変な記事が湧いているので。

  

従軍慰安婦問題の「根っこ」とは?】

1965年日本韓国は「日韓基本条約」に調印。「賠償金」と引き換えに韓国

「これ以前の問題はすべて解決&以後一切の保証を求めない」と正式契約を交わした。

しか現在韓国は「従軍慰安婦問題」なるものを持ち出し、「謝罪しろ」と日本要求する。

  

これは、言うまでもなく、完全なる「条約違反である

  

まり、今起きている従軍慰安婦問題の「根っこ」とは、

  

「すべて清算する」と固く約束することを引き換えに慰謝料を支払う

→にも関わらず「許せないので謝れ」と迫る

→「(河野談話を以て)謝ったな!?謝ったということは非を認めたということだ!償え!」

  

という、チンピラと同レベルかそれ以下の【ゆすり・たかり】でしかないと言うことである

    

仮に従軍慰安婦問題とやらが韓国の主張通りの「人類史上最悪の性奴隷事件」だとしても(断じてそんなものではないが)、

これを「はい、そうです」と認めることは、国家威信を地に貶め、国家自らを窮地に陥れることに他ならない。

  

こういうと、「国家威信なんていらない。未来のために清算すべきだ」などというお目出度い人が出てくると思うが、

それはすなわち、「チンピラの気が済むまで誠意を以て重ねて何度でも謝罪し続けよ」ということと同義である

その末路が分からないならまさにお目出度いと言わざるを得ない。

  

こう言ってもまだ、

「いや、相手はチンピラではなくれっきとした国家であり、誠意を以て対応すれば必ず解決に向かう」だとか、

のたまう輩もいるだろうが、こういう奴はとりあえず昔売れた『バカの壁』の「y=ax」のくだりだけとりあえず100回読んでこい。

(※『バカの壁』の内容のうち「y=ax」による「話せば分かる=大嘘」のモデル化についてだけは良くできていると認めざるを得ない)

    

まり、何が言いたいか、というと、

  

従軍慰安婦問題」とは、韓国から日本への【ゆすり・たかり】であり、

仮に非があったとしても(ないが)日本は一国家として毅然とした態度で対処する他はあり得ない

  

ということである

まり、「軍の強制制」だとか「少女が自ら望んで〜」とか、二の次、三の次どころか、

本来、議論の枠にすら入れてはならない類いのものだというお話

  

心配なので分かりやすくもう一度言い直そう。

これはつまり

  

日本チンピラ国家とどう向き合いますか?】

  

というのが「根っこ」のお話だということです。

この「根っこ」も分からないのに議論とか、マジおこがましい。

    

・・・ちなみにこの「根っこ」。

単純だが、非常に厄介である

  

言わずもがなチンピラは手段を選ばない最低のクズからだ。

  

現に日本はそれで窮地に追いやられている。

言い換えれば、まさにチンピラに「はめられている」状態。

  

これに「日本政府毅然とした態度を貫くべし!」と言うだけでは問題は解決しない。

  

日本政府毅然とした態度を貫くのはマストであるが、

残念ながら既に自体は深刻化してしまったので、

それ以外でチンピラを黙らせるための「具体策」もそろそろ必要であろう。

2013-08-23

竹島

米「よーし日本、持ち物はいったんすべて置け」(1945年ポツダム宣言

韓国「チャンス!あの島欲しいなぁ・・・」 米「竹島日本領土からダメだよ」(1951年ラスク書簡

米「竹島日本のものとする!この約束来年4月28日から有効ね!」(1951年サンフランシスコ講和条約

韓国「やば!日本のものなっちゃう!あの島は韓国のものでーす!てへぺろ」(1952年李承晩ライン

日本「ええええ。こっちは江戸時代から渡航許可(1656年)出してたし、そっちは地図にも載ってなかったじゃん!」

韓国「いや、この地図に島書いてあるでしょ」(1530年八道総図) 日本「方角もサイズ全然違うじゃん・・・

韓国「いや、この本に『天気がいいと島が見える』って書いてあるでしょ」 日本「その『島』は前に鬱陵島だって自分で言ってたじゃん・・・」(1694年)

韓国「うるさーい!盗人め!だまれだまれ!これは俺のもんだー!」 日本「もめごとがあったら喧嘩じゃなくて、話し合いで解決しようって決めたよね?」(1965年日韓国交正常化

韓国「いや、これもめごとじゃない!」 日本「もめてるでしょw確実にwうちのものから名前シール貼らせてね」

韓国「近づくな!近づくと殴るぞ!盗人め!」(軍事占拠)

日本はいはい・・・こっちが盗人なのね・・・。わかったから、警察行こう?」

韓国「やだ!」 ←今ここ

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん