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はてなキーワード: 停電とは

2023-09-12

今、車買うならガソリン車だよね。

なんかEVを買う気満々になってて怖い。

なんで、わざわざ不便なものを買う気になるんだろ?

二台も三台も車がある家なら良いんだろうけれど。

何かあったとき冗長性がガソリン車のほうが圧倒的に高いのがなんでわからないんだ?

災害が起きたときとか、停電になったときに、充電がまともにできない状態になったらどうするんだろ?

ガソリン車と比較したときに、そのへんが圧倒的に不利だと思うんだけどなあ。

2023-09-05

本当に自由婚姻社会の維持ですか?

社会が維持できなくなったら、いま保たれている生活生存権も危ぶまれるよね?

もちろん0か100かなんてのは極端な話だし、今の時代人権を最大限尊重することは前提だけど…

社会が維持できないってのはサービスエネルギー、水、電気食べ物市民に十分に行き渡らないってこと

断水はするし、停電はするし、ゴミ収集されないし、道路は直されず、食べ物も手に入れられなくなるってこと

こんな未来は嫌すぎるでしょ

それとも、社会が維持できなくなるなんて悲観論者の妄想に過ぎないのかな?


(追記)

なぜか男女論につながる人がいるけど、結婚しないのは男も女も一緒だからね…

あいいや

とりあえず絶望の出生グラフ置いておきます

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA253I80V20C23A5000000/

増田日本がこのままの調子人口少なくなったら、国際競争力を失って買い負け続けると思ってる

日本は人が最大の資源からね…

その場合今の豊かな生活は相当に削られ、豊かさに担保された公平さや公正さも、貧しさの前に削られるだろうと予想

我々は貧しかった時代ノウハウ喪失してるから、大きな痛みを伴うものになる

さら人権毀損され、暴力ものを言う世界になるだろう

そんな未来は嫌である

から人権国家のできる最大の圧力婚姻出産にかけないといけない

税金を投入すると言う話であるし、独身課税すると言う話でもある

他の税金での保護を減らすということでもある

こんなのは公平な金の掛け方じゃないが、それを国はやらないといけない

(追記)

滅びればいいって簡単にいうけど

滅びる時の痛みや苦しみが嫌なんだよ

この勢いだと我々の存命中にそれが起こる

老人と違って逃げきれないんだよ

国なんてどうでもいいよ

でも我々の豊かな生活社会下駄を履かせてもらってるものなんだよ

2023-09-01

anond:20230901152042

ないな。

親にも一個買ってあげてるけど、それは実家停電になった時に使われたようだ。

2023-08-27

本社取引先が東京にあると地方災害が起きても関係なく仕事が進むよね

だって東京では災害が起きてないから。

こっちで地震台風停電しても公共交通機関が止まっても向こうには関係いから、こちらも何事もないかのようにいつも通り仕事を進めなければならない。

納期は待ってくれない。災害を食らったら純粋にその分だけ損する。

2023-08-18

EVって大規模停電が起こって長期間復旧しなかったら詰む

大多数のEVが稼働不能になるような停電が発生するわけがない、という楽観論を信じるものしかEVには乗れんよな。

極端な話、マッドマックスみたいな世界が訪れたらどうすんだ?

やはりガソリン車が最強だよん。

2023-08-16

ふと思ったんだけど、

災害時に備えてスマホバッテリー満タンにしておきましょう!とか言うけど、

そんな停電時、基地局電気行ってないから、

そもそもとして携帯も使えないのでは?って思うけど、実際どうなん?

2023-08-15

コロナ」も「台風」もマスコミ報道は同じ構造

今回の「2023年台風7号」は、大阪を直撃(=暴風域に入る)する頃のヘクトパスカル(hPa)の事前予想が、

気象庁予測では「975」で、実際には「985」だった。

一方、同じく大阪を直撃した「2018年台風21号」。屋根看板簡単に剝がされて空を舞い、

駐車してる車や走行中の車も横転し、停電も長引き被害の大きかった、あの「非常に強い台風」は、

大阪暴風域に入った時のヘクトパスカルが「945」。

あの台風レベルこそ、真剣停電や窓ガラスの破損を想定しなければならないもの

今回の台風は、もちろん最低限の警戒はすべきだし、一部で被害は生じるが、比較にはならない。

なのにマスコミ報道は「責任逃れ」のために、ただただ情緒的に視聴者を脅すだけ。

結果的被害が小さければ「報道のおかげ」、被害が大きければ「視聴者の怠慢」という図式。

2023-08-04

anond:20230804071631

医療ケア児と老人、あらかた避難できてるはずだけど、「あらかた」ではない方が死ぬ

あと同じ台風が戻ってくるんだから、当然避難先が停電する可能だってある

anond:20230803155627

すまんがこれだけ言わせてくれ、どこの文明国が織り込み済みの自然現象で1週間(見込み)も停電するんだよ。

2023-08-02

信号機も消えています

沖縄台風上陸して宮古島などでは広範囲停電しているらしい。

NHKニュース信号機を映して「信号機も消えています」と報じていたんだけど、

消えているのは信号信号機は消えてない。そこにある。

2023-07-29

2007年サーキュレーターが壊れた

今朝枕元で使ってたら「スンッ」って突然切れて、タイマー停電かと思ったけど違った。

ついに壊れたかと思って製造年を見たら2007年製で「わりと最近やん」と言ったら「今年2023年だよ」と娘に言われて「2023年?!」と驚いてしまった。

2007年最近と思う自分感覚に我ながら驚いた。いや2000年超えたら最近でしょ、と思ってしまってたが。もう2023年か……。

2023-07-18

学校が暑すぎる。

関東公立校。創立から考えると築40年くらいだと思う。

教室締め切りでエアコン18度設定で1日中かけても今日放課後まで室温32度を下回らなかった。自分教室だけじゃなくって他の教室も。特別教室も何なら保健室も大体32度くらい。今日特別暑いからそうなのか、校舎の問題なのか、エアコン問題なのか。ちなみにうちの学校電気系統がクソなのか、猛暑や極寒になると年一ペースで停電になって一度なったら復旧に数時間かかる。つい一週間前も停電して死にそうになった。

他の同じくらいの築年数の学校もこれくらい暑いんだろうか?

2023-07-12

父が死んだ。葬式もした。

喪主ではないし長々としゃべっても飽きられるだけだからここで自分の整理がてら、書いておこう。

父という人間のことはなんといって表現していいかいまだによくわからない。というのは母が強烈すぎるからである

 

父は1940年代まれ日本人男性である出身地は西の方の川沿いの豊かとはいえない田舎である

6番目の息子である工業高校に通うために下宿がてら養子に出されるまでは、兄の一人に小遣いや親の愛を搾取されていた。

 (おそらくそのせいで自分へのいじめにはとてもドライであるいじめが嫌いだし、「ズルイ」という言葉も苦手である。)

工業高校卒業後は、工場のあった景気のいい化学メーカー就職した。読書が好きで(速読で)すこし本で勉強すればペーパーテストはたいてい受かる。

職場ではじまった国内留学のような制度の初年度生にえらばれて会社のカネで大学化学科に進学した。

学費の足りない分や生活費は賭けマージャンで補っていたという。のんびり無口なくせにダマテンかメンタンピンか即降りの雀風である

趣味登山で、安くて黒いカメラも一応持っていた。(父が人生もっともイケイケだった時代かもしれない)

そこで一学年年上にあたる女性出会った(大学では同学年)。九州で育って浪人して偏差値で選んで入った教育学部にいた女性は、はきはきとしゃべり美人笑顔が気さくだった。

怒るとまくしたてて手が付けられないが、おこっていなくても気を許した人間の前では延々とラジオのようにしゃべっている。

話すうちに多少の脚色も入って来る。それを父はわかっているのだがいちいち訂正しない程度にはおおらかな父と女性は気が合ったようだ。

1960年代?の大学には学生闘争が(東京でとくに盛んに)あった。田舎大学にも多少の余波はあったが、両方とも危うきに近寄らずで敬遠していた。

父は卒業化学企業にもどり、女性は数か月だけ「印刷会社腰かけ事務職」をして寿退社初任給洋裁用ハサミと広辞苑を買ったという。

二人は親へ挨拶をすませ神前式結婚式をあげた。新婚旅行国内)ではパンタロンネッカチーフなど流行の服をきたイケメンの父が観光名所の立て札の前でまぶしそうに笑っている。

1970年代。m市の社宅に二人暮らし妊娠。里帰り出産でまるまるとふとった増田を生んだ。ぴかぴかの母の笑顔は(そのころまだモノクロ写真しかなかったので)モノクロームである。(追記:よく考えてると写真現像紙の質が悪くて色褪せてただけで新婚旅行出産も一応カラーだ)

夏だが一般家庭にはクーラーがないころだ。産院にはあったそうだが、おくるみでぎっちりくるんだ写真をみるに母には赤ん坊を薄着にするという考えがなかったようだ。

(なお増田は今も超絶汗かきである。失うはずの汗腺が全部残っている)

二人目もm市在住で西に里帰り出産した。このとき増田も母実家に連れていかれた。

このころ叔父浪人してから医大に入って実家から通っていた。叔父マンドリン部に入ったといって増田になにかを弾き語りしてくれた。あと本好きの増田学研漫画植物百科を買ってくれた。

三人目を生む前に父は関東のk市に転勤になった。おそらくこのへんで、父は化学から離れたようだ。(父、転身)

というのは、データベースで父の名を探したことがあるのである。染料の特許論文かに1-2件だけ名前があってぷつりと途切れた。

というわけでk市で三人目が生まれた。そうして5人乗り自家用車を買っていろんなところにつれていってもらった(なおそのころベビーシートはない)。

だが車内で父はタバコを吸った。車内はひどい匂いでひどく揺れ、子供たちはぐったりしていたし従兄弟などはゲロを吐いたこともある。あまりいい思い出はない。

(母は父に「ニヒルなくせに私にだけやさしい大人男性」というイメージを抱いていた。一時期はタバコ容認~勧めたことがあったようだ。実際は父のほうが年下で気弱ですらある)

そうしているうちに二人目がアレルギーという未知の病気にかかって(そう、1980年代にはアレルギーによる気管支喘息すら新規だった。父も母も本を買いあさった)、

そのころの(無鉛ガソリンとも限らない)車の排気ガスアレルギーのもとだ、という説にすっかり怯えてしまい、「もっと田舎っぽい場所に家を買いましょう」となった。

とはいえ社宅だって、そこそこ郊外で、隣は竹の子がとれる竹林だったのだが。

まあ、3人の子育ての忙しさの中で狭い金魚鉢みたいな社宅でのハイソ自慢、愛され自慢だの、昇進自慢に母が飽き飽きしたんだろう。

1980年代、父はチバラギの片隅に土地を買って家を建てた。

そこで知ったのだが父はいつのまにか一級建築士になっていたそうだ。意気揚々と自宅を設計現場監督がてら家族をつれてわくわくとみせにいった。

(このへんで、のこり全部の西にいる親類から東京叔父さん」と呼ばれはじめる。後日つくば万博ディズニーランド成田への前泊などで宿をお貸ししたこともあるようだ。)

お礼にとめてくれる親戚をたどってお盆に西をめぐったこともあったがそう回数は多くない。いつも核家族の5人が一緒であった。

 

増田と父と電車記載を削除)

 

そのあと増田はなんとか就職して、ひきとめたがる母親喧嘩しながら「自分の金で」一人暮らしをはじめ、あまつさえ恋人ができたというと、

母が「空の巣症候群」というやつでいろいろとヒステリックになりはじめた。

子供が「いやもう自分大人から口出しをするな、するなら人生最後まで口出しする覚悟しろ恋人よりよい伴侶候補がいるならいますぐつれてこい」とブチ切れてやると、

父親に「ウエーンくやしい!」と子供のようになきついていた母を思い出す。

その後も「恋人を家につれてこい紹介しろ」というからそのとおりにしたところ「こんにちははじめまして」の二言目に「うちの教育方針は!」とはじめたのでみんなでドードーしたのをおぼえている。

子供教育することが母の生きる目標だった。母には並列処理はできないのである教育となったら教育だけをするのだ。

「もういいか子供にかかわらず好きなことをしな」というと……。

しばらくしてようやく、母は広い庭をいじりたいから、もう一軒家を建てて引っ越すといいだしたのだ。

庭で草花をそだてていれば嫌なことはすべてわすれられるという。

父は母のことを浪費家だと数度指摘した由来はこの辺にもあるとおもう。

(ほかにファッションや作り付け家具など、彼女なりの「上質な暮らしイメージを達成するために骨身をおしまなかった母だ。

今で言う「お値段以上」なのだろう、「モノはいいモノだから3人の子供に使うのならこの値段は惜しくない」という言葉を母から何度も聞いた。

学校の縄跳びなんか子供向けのすぐ切れるプラスチックじゃなくてボクサーが訓練に使うようなものをもたされ重かった。)

母にしてみれば教育費を払いきれたのは自分の塾のおかげもあり、父はケチだというのである。どちらが正しいかは…。

ところがしばらくすると、父自身が肺の難病にかかった。タバコは肺にはよくないということはわかっていた。

父は早期退職制度で、ただ社外顧問で数回きてくれればという職だけをのこして闘病に入った。

幸い年金ももらえる。子供への仕送りもぱったりとまってお金には余裕がある。

郊外というよりもはや森の中を切り開いてつくった庭の広いおしゃれハウス建築中)は、たちまち父の療養ハウスに方向転換となった。

手すりやら風呂やら改築し、母は断捨離をし、こだわりより健康を優先し…。

そこで難病なのに20年も生き延びたのは確かに母のおかげであろう。

 

ただ母はだんだん父が自分より弱い生物になりさがっていくことがなかなか納得できなかったようだ。

母にとっては子供庇護すべきで、父は母を庇護すべきだったのに、すべてが逆転してしまったのだ。

母の癇癪は昔からものすごく、感情の嵐の生のままの奔流であって、いうことがよくまとまっていない。

Aといった直後にいいかえすとじゃあ反Aだと躊躇なく言えてしまう。もちろんきっかけはあるのだが。

母がなんでタバコを吸ったの!と責めて、理由をはっきりいわないと納得しないので父は「母も勧めたではないか」と言い返すのではなく「社内政治に参加するためだ」と説明した。

「なんで私を浪費家だというの!」「なんで感謝してくれないの!」には、

それぞれ「幼少より母の愛に飢えていたため」などの適当理由がつけられ、反省書となった。

反省書はなんども日記にかきつけられ、こどもたちへも父がこんなに反省したとメールで送った(母もいつでも読めるようccつき)。

まるで自首後の犯人動機を言えと迫る刑事のようなやり取りである。さしずめ母は愛情刑事であった。

 

この「なんで」期の母は2人だけの蜜月のはずがいきなり愛情が枯れ果てたかのようなふるまいをしたので子供たちにも影響があった。

あるときなど増田が呼び出されて母と東京カフェであった遠かったねよく来たねの二言めで「今日ね、おとうさんをいじめてきたの」というのである

どのように苦しめたか。それがどれだけ自分の恨みを買った人間の正当な末路なのか。話はじめると30分以上いきつぎもしないでとうとうとやる。

増田や父は、そういう手の付けられない母をどうしていいかいつもわからないで黙っている。

ただただ、ああ、となりのテーブルの客が居心地悪くて逃げたなあときときょとしながら口をはさむ隙を探す。

まるで楽園のなかの地獄であった。

やめてくれ。あなたたちは善良で努力家で思いやりある人間だっただろう。泣きたかった。

カフェの次は庭園つきフランス料理で父もいるときニコニコと「お父さんに遺言をかかせたの。私に全部残させるって」というのである

増田遺産も愛も父からはあたえられない子供になったのだと、増田当人にむかって心から嬉しそうにいうのである

理由を聞いてほしかったようだが「ふーんそう」というのがせいぜいだった。

後日やっぱり何十回もしつこく聞かされた。あれもこれも、…、わたしケチといわれたのよ!!父は母に愛情がない!

父は平謝りするしかなかったらしい。

増田ボケがきたか気がくるっているとしかおもえなかった。

でもその場で諭そうにも耳も悪い。

「その話は今聞きたくない」と穏やかに告げるとまるっと無視された(なんなら常にセリフを母にカブせられているし慣れてるけど)。

もう一度はっきり言うと「え?」といわれ、もっと大きい声でいうと「大きな声を出さないで!心臓がどきどきする!」と泣き出すのである

補聴器をすすめたけど、ぼわんぼわんして不快だとつけたがらない。

それに庭に出ている間も補聴器をつける必要がない(むしろつける必要がないから庭がすき)だから悪くなる一方だ。

子供たちは私を味方してくれない、おとうさんばかり味方して、おとうさんがだましているからだ!ということで本当に手が付けられなかった。

  

でも素直な母は、父をいじめるだけではなくまっとうに、増田子供たちに直接説得も試みた。

ところが増田子供がうまれて送迎などで忙しいのに、携帯業務用)に電話をかけることがつづいたのである

運転中は出られない。うるさくて運転に集中もできない。ガチャギリするしかない。それでもかけてくるのでやむを得ず「固定電話にかけて」と携帯ではブロックをした。

このことは増田子供の送迎がいらなくなりガラケーアイフォンをのりかえるまで続いた(のりかえたときブロックは解除した)が

ボケ?もとから機械音痴?の母は下の兄弟増田の伴侶に「増田ちゃんわたしブロックしたの!解除するようにいって」と何年も頼み続けた。

   

父はじわじわと悪くなった。3年に一回ほどのペースで入院するたびに母から死にそうな声で「おとうさんが入院したの、もうだめかも」といわれて子供たちが全国から新幹線などでとんでいった。

父は母に「浪費家だ」といったことを老後一生かけて平謝りし続けた。

酸素マスクが一日中必要になっても、下の世話はしないからと母にいいわたされると一回30分かけてでも一人で家のトイレにいった。

母はトイレにいく父の血中酸素モニターが鳴る音だけはよくきこえたらしくて「いつもピーピーうるさいから本当に止めさせたかった」のだそうである

かにもブザー音がなると死んでいるかもしれないし、地震があると停電したら酸素送風がとまってしまう。そうすればすぐに酸素濃度がさがって窒息死だ、ということで不眠ぎみであったという。

なるほど不眠であれば気が狂うほど老々介護はつらいだろうというのはさっせられた。

途中で増田は「あなた(母)はもう後期高齢者だし、父はさっさと介護認定を受けるべきだ。他人を入れろぜひ入れろ、入院介護施設はないのか」とアドバイスをしたりもした。

父も早く「介護認定を」といえばよかったのだが母だけに甘えていたかったのかもしれない。

母親認識は古くて「介護認知症施設にいれられ毎朝チーチーパッパと歌わせられる」というなんかアレな印象しかなかったのだが、

父も「自分=強い=介護うけられない」とおもってた節がある。いいコンビだよあんたら。

まあ、実際、肺病で介護認定がそんなに高くなった父という存在チバラギ地方では珍しく、認知症むけばかり取り揃えられている施設からは選びづらかったようだ。

 

母は一度、「もうすべてをほうりなげたい。お父さんなんか死んで良い」と増田ドライに告げたので増田市役所を通じてケアマネに緊急電話をした。

実際病状がすすんでいるのも理由にあったようだ。

父は身の回りを手に取ることすらおぼつかない。あれをとって、かわりにこれを置いて、の命令の繰り返しの24時間。そりゃ気が狂う。

頭がはっきりしているだけに介護をうけておきながら「あの礼状は出したか」などと口うるさいこともこまごまという。

ケアマネ介入後はデイステイのできる施設をいくつかめぐって、母に介護休暇をあたえ父の入浴はステイ先で複数人介護をうけることにして解決となった。

  

他人の手が入ったあとはなんとか母の忍耐がたもったようだ。

ラインでこまめに連絡をとると、お互い聞き取れない・聞いてもらえない長話のストレスと徒労感も解消された。

コロナのおかげで世の中全体が肺病に警戒しており、

ストレスのたまった母親の消費欲やお出かけ欲も「コロナは怖いから」と唱えるだけでだいぶ抑制された。

母はユーチューブをおぼえた。

コロナワクチンふたりともいち早くうけられた。怪我の功名である

 

増田の残りの二人の兄弟子育てに忙しい中でガス抜きに付き合ったらしい。なんとか二人の生活はつづいた。

  

そうして2*年の闘病、*年の介護認定酸素マスク、90日の入院のあげく父は体重が半分になって逝去した。

母は感情が高ぶると耳が全くなにも聞こえなくなるので、増田葬式の打ち合わせに逐一ついていってすべてをメモにして渡してやった。

 

父がなくなって重荷が下りても母はやはり理不尽であり、やはり葬式相談のあとにも爆発した。

かねて希望していたように「全部の遺産を母の元に相続させつつ凍結などの不愉快事態にさせない」ためにはなるべく資金を動かさないほうがよいのに、

はいます資金をすべて自分の口座に動かそうというのである

それなら司法書士とか頼んだ方が楽だよというと、母の感情は爆発するのである。「高いでしょう!?」3万でいける「デモデモダッテ」。

今すぐにでもATMにいってお金おろしてあつめたいというのである。(父は箪笥貯金を高額な葬式分くらいはおいてあったし互助会にも入っていたか葬式費用ではない。)

なぜと問うと、「子供たちに私からお金を送りたいから」。はあ~~~???だよ。じゃあ法定相続割合でよくない?父もそれが一番簡単からのぞんでいたんでしょう。

anond.hatelabo.jp/20230712024305

2023-07-05

勤労感謝の日の翌日にサボり感謝の日を作ろう

一年に一日くらいガス抜きデイだ

停電断水社会が回らなくて困るなあ

明日から頑張るか

役に立つ仕事をしよう、いや役に立ってなくても仕事だよ

災害時の教訓にもなりうる

2023-07-01

コンパクトシティ否定派なんだけど

AIが全部仕事してくれる。そういう世界になってほしいけど、それって人口が多いと実現するの難しいよね。

人が増えれば増える程食料の調達が難しくなるし、環境への負担も多い。

誰も言及しないだけで、確実に人口は減った方がいいよなと思う。

からといって人口操作するようなことしては駄目だけど。

で、雪国田舎に住んでみて思うのが、道路は冬が明けると除雪車があけた穴でボコボコになるし、水道破裂や凍結するし、停電しょっちゅうあるし、インフラの整備が大変。それに加えて福祉施設保育園人員確保などなど頭を抱える問題が一杯。他の自治体も同じだと思う。

都会にいた時はコンパクトシティ否定派だったけど、田舎に住む今、コンパクトシティにした方が快適だし環境にも優しいか全否定できない。

2023-06-12

そのリスクを気にしてたら生きていけないもの

・超巨大太陽嵐地球規模で停電電子機器が利用不能衛星が全て使用不能GPSが使えなくなる)

阿蘇山 破局噴火噴火から数分で数十万人が即死、1日以内に九州壊滅、数日以内に西日本も壊滅)

富士山 噴火火山灰首都圏交通網が麻痺 経済物流に甚大な被害

イエローストーン 破局噴火(忘れたけど確か人類滅亡するらしい)

あとなんかある?

anond:20230612221359

そもそもあれは写真でもとってデータにする分にはいいが紙でもっとくべき

停電赤ん坊が傷ついて母親が死んだ

となったときすぐに今どんな状態なのか医師が知る必要もあるし

予防接種歴もちゃんと見ないとさ

あと母親先天的病気がそこで分かったりするから大人になってから必要

2023-06-08

そういえば2018年北電停電があったが、地震があったおかげで

インフラ攻撃されたら大災害になるのバレて平沼議員引退したんだよな

福島原発裁判所が稼働させてたしアレだが…法曹会とは何だろう

2023-06-07

災害人為的に起こせるんだよな

ウクライナダムもそうだが、コロナ熱海土石流苫東厚真発電所の大停電福島原発

みんな必然的に起きた、隠れた戦争だった

法曹葬儀屋医者はそれで仕事を確保

自民谷垣派が来るんじゃ、あと20年は戦争だろ

2023-06-05

anond:20230605203726

出生率上げるには停電起こせばいいみたいな話だよなコレ

2023-06-03

千葉県知事教室マスクするな政策は長期停電とき東京へのリベンジなのだろうか?

2019年千葉県は長期停電で苦しんだ。当時、東京からは「千葉のことでしょ」という感じで、あまり支援が行かず、千葉県民はかなり怒ったと聞いている。

さて、千葉県知事は、教員が基礎疾患だろうが妊婦だろうが高齢の親がいようが、関係なく率先して子どもたちの前でマスクを外せという司令を出しながら、感染者やクラスターが出て社会問題化しても特に千葉県責任を取らない学校が悪い、という政策積極的にすすめているらしい…と報道できいた(本当か?)

あれは、2019年に長期停電で苦しんだのに何もしてくれなかった東京に対する千葉県民のリベンジなのだろうか?今は検査料金かかるから学校クラスターが出ても誰も検査せず誰も検出できない。それをいいことに、千葉県学校感染者が増えて東京に行っても知らないよ、という態度をとることで東京リベンジしているのだろうか?

電源構成言及することは「政治」で、その発言の中で政策を示す必要がある

原発にはリスクがある、YES。再エネは素晴らしい、YES

ただし、その発言は「素晴らしい原案」だ。加筆する必要がある。

発電方法を変えるには大量の評価軸上でのトレードオフ考慮しないといけない。

考えるべき指標は「経済性」「環境負荷」「地政学リスクロシアから天然ガス買いたい?)」「安定性(1時間くらいの停電で数人死んだりする)」「調整力(再エネは急な需要の変化を追えない)」などなど、すべてが誰かの利益を左右する。

さら経済ひとつとっても原発には廃炉費用がかかるとか色々考えることがある。

そして誰から理解されない「調整力」について。1つ覚えてほしいのは「電気は貯められない」ということ。

貯める機構揚水発電HEMS(お家に蓄電池を置く)、SMES(地下の超伝導ループ電気を貯める!)とか実在する。しかコスト面やら耐久性やらで必要な量は生産できていない。だから再エネ発電を新設するなら研究開発大量生産投資してほしい。不安定発電機が増えてもそれを上手く消費したり貯めて置くものがないと意味がない。

電力網の需給調整はシビアで、家庭への再エネ導入で予測できない供給が出現したので、クッソ辛くて当初の担当者はキレてたらしい。

貯めるか管理しよう。

そのシビアな需給調整や地政学バランスを突っつくことになるのが電源構成の変更だ。

原発を止める、北海道電気料金が高くなる、飢える。

「なあ!原発廃止論者はそれでいいのかよ!!!

…と問われたときに、電気料金の値上げで暗に寿命が縮まった人の顔を想像しながら

「仕方ないですね。トレードオフなので。冬じゃなくて良かったですね。倍は死んでましたよ。福祉カバーしましょう」

と言うべきなのだフリーランチはないので。覚悟を持って決断発言しましょう。

政治から、我々は残酷スライダーを左右に動かすことしかできない。

全員を幸せにできるのは技術革新だけ。それには研究、開発、研究開発に死ぬほど金をかける必要がある。

で、君たちは投資しているかIEEEで発表しているか?してないよな。しよう。

政治をしよう。浅い知識押し付け合いではなく。勉強する気もなくて利害調整すらできない人々は、自転車置き場の屋根の色について話そう。

政治の話について例えば、安定度を低くすれば発電効率を上げることができる。けど、電気は止めちゃいけないし脱輪はフツーに事故効率が悪いのであんまいじりたくないよねみたいな会話があったとする。これはちゃん政治だ。当たり前なので誰も話さないだけで。

https://em.ten-navi.com/dictionary/2373/

https://www.iee.jp/pes/termb_079/

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