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はてなキーワード: 設立とは

2019-05-19

貴乃花相撲協会にいた頃から

貴乃花新道設立話題になっているが、そのメンバーこちら。

理事長

松浦 晃一郎(ユネスコ第8代事務局長

理 事

貴乃花光司 (第65代横綱)

合田 周平 (公益財団法人日伊音楽協会 評議員)

岩下 昭一 (全国都市振政策研究会 専務理事)

田島 和雄 (社会福祉法人 洗心福祉会 理事)

渡  博文 (奄美観光ホテルグループ 会長)

監 事

神山 敏夫 (神山公認会計士事務所 代表)

監事に神山敏夫氏というのがいるな。この人は貴乃花貴ノ岩騒動ハブられてた頃に相撲協会の監事をやってた。あのとき、3人いる監事の中で一人だけ相撲協会理事運営法令違反があるという監事監査報告書を提出した。

それが影響したかどうかわからんが、直後に相撲協会の監事を退任している。

その後、神山氏の監事監査報告書について、相撲協会が外部の弁護士による法令違反事実無しの調査報告を出した。

当初、それは相撲協会隠蔽なのではとも思ったが、何やら今回の道場設立自分見方が違ったように感じた。

だって公益財団法人管理団体といえる内閣府公益認定委員会相撲協会への警告などを出していない。

それに元監事の神山氏と貴乃花がもともと仲睦まじい関係だったとしたら、貴乃花が劣勢に立たされていた2018年当時、神山氏が相撲協会批判する報告書を出すことで世論貴乃花の味方につけようという狙いがあったのでは、と考えるのが普通な気がする。

なんなら、神山氏は自分の監事監査報告書全否定されたのにどの媒体にも自分意見や主張を訴えてない。それは事実異なる報告書を提出したこと相撲協会から訴えられる恐れがあるからでは。

そんなきな臭い感じがするんだよなあ。

2019-05-13

anond:20190513220118

数億の大部分を毎年少しずつ寄付すれば同じ経済観念でよろこべるよ

財団法人設立するのも節税になっていいね

2019-05-04

ヒカキン取説

●超絶有名最強古参YouTubeでは)

●特徴

冒頭にブンブンハローユーチューブを付ける動画構成ボイパの特徴)

すぐにオープニングになりカット多めにして手抜きを装っているが、カットの数だけ編集の細かさが伺え逆に手が込んでいる(動画編集スキル必要

勿論サブチャンネル設立も百万人超えで発展(人気者)

●好きな食べ物

セブンプレミアム全般

お金をくれる企業食べ物全般

必殺技

ボイパ(何でも)

座右の銘

ブンブンハローユーチューブ

●好きな曲

YouTubeテーマ

武勇伝

過去アリアナ・グランデ動画で絡んだ

社長をやってくれとUUUMに頼まれ

ボイパ対決では無敗(兎に角うまいボイパが多い)

ヒカキン取説

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2019-04-27

CAMPFIRE手数料0円キャンペーンは使うと損

50万円までは手数料0円だが50万円超えたら17%手数料かかる。100万円集めたら50万の17%で8万5千円の手数料

パトロンになる人は申込み毎に200円+税のシステム利用料とる。(システム利用料は手数料0円キャンペーン対象外

ネットを探せばもっと安いサイトは見つかる。

個人設立3年以内の法人という条件はつくがCheckered Flagはなら5%。

100万円支援を集めたら5万円の手数料

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2019-04-25

anond:20190425191325

ネットビデオ日用品などの注文を受けて,自転車配達をするというベンチャー企業kozmo.com

http://d.hatena.ne.jp/yuuntim/touch/20060409/p1

『e-dreams』は、アメリカインターネットベンチャー「Kozmo.com」のスタートアップから急激な成長、そして突然の終焉まで全てを、カメラが克明に捉えたドキュメンタリー作品である

「1時間配達業務をこなすオンラインショップ」というシンプルかつ野心的なアイディアを、2人の青年インベストメントバンカー、ジョセフ・パークとヤングカンが思いつく。

20代半ばにして一流企業を辞職し、わずかな貯えと豊富アイディアの全てを注いでインターネット企業「Kozmo.com」を創立。従業員10人でス タートしたKozmoはわずか1年間で3000人を雇用する大企業へと成長し、スターバックス業務提携を結び、Amazon.comなどから計2億 5000万ドルもの投資を受け、IPOを目指してビジネスシーンに旋風を巻き起こした。が、その矢先の2000年4月、突然の株式マーケット崩壊

栄華を極めたインターネットゴールドラッシュに終止符が打たれた時、Kozmoの未来にも暗雲が漂い始める…。


●コズモ誕生から崩壊までのプロフィール

1998年3月 ニューヨーク市にコズモ設立

1999年12月 アマゾンから1億2000万ドル投資を獲得

2000年2月 スターバックスマーケティング契約

2000年3月 IPO申請/ 社員数約4000名

2000年4月 株式マーケット崩壊

2000年6月 IPO延期決定

2000年7月 ジョーヤング辞任

2001年4月 事業停止/ 1100人を解雇/ 資産売却

[人物紹介]

●ジョセフ・パーク|CEO創立者

ラップトップコンピューターインターネット接続、携帯電話があればどこからでも世界征服の準備は万全さ。』

ジョセフ・パークはニューヨーク大学卒業後、ゴールドマンサックスにインベストバンカーとして3年間勤務し、多くのインターネット企業株式上場コンサティングを手掛けていた。しかし、ある時味わったAmazon.comカスタマ-サービスでの不快体験からヒントを得、1997年7月ゴールドマ ンサックスを去り、ニューヨークイーストビレッジの倉庫を借りて『Kozmo.com』をスタートさせた。その2年半後には、『Kozmo.com』は 全米10都市、1億5千万ドル融資Amazon.comスターバックスコーヒーから受ける巨大な会社へと成長し、パークはインターネットビジネスで の成功に酔いしれていた。まさかわずかその半年後の2000年7月に、CEOの座を退く事となるとは知らずに…

ヤングカン|社長創立者

アナリストはKozmoのIPOは確実と分析するけど実際はわからいね投資家は気まぐれだし、ある日突然「もうインターネットは終わりだ」と言うかもしれない。』

ジョセフ・パークとはニューヨーク大学時代ルームメート卒業後、インベストメントバンクに3年間勤務する。パークから『Kozmo.com』のアイ ディアを打ち明けられ、数ヶ月に渡る準備とベンチャー企業としての可能分析を行なった後、1997年に『Kozmo.com』をパークとともにスタート させた。そして、2000年7月社長職を辞職においやられるまで、財政面での運営で手腕を発揮し、Amazon.comコロンビアトライスター・エ ンターテイメント、スターバックスなどとの業務提携の立て役者となる。パークが『Kozmo.com』のアイコンとして活躍し、カンは実際の運営






UberEats のさきがけみたいなもの・・・

つの時代も早すぎたベンチャーっていうのはだいたい潰れるよね

2019-04-16

anond:20190416183141

ふーんこれから夜勤かおつかれさま

夜のお仕事がんばってな

たまには昼に小学校いったりしてる「保護されるべき子供」っていう存在をおもいだせよ

おまえのためだけに世界がまわってんじゃねえから

もし自分身の回りだけでもそうしたければ勝手エロ本やでも設立してくれ

2019-04-14

新のつく政党寿命

新○○党、○○新党

維新革新一新、創新を除く

議席を獲得したことがない政党ならもう少しあるが表に入れてない。

議席を獲得したことがある政党でも議員全員落選してからも続くケースもあり、それは表に入っている。期間も議員がいない期間込み。

まあ適当

党名設立解散
27.0年サラリーマン新党1983-05-082010-05-06
23.3年新社会党1996-01-01現存
13.7年新党大地(地域政党)2005-08-18現存
10.2年新政クラブ1980-07-081990-10-05
10.1年新自由クラブ1976-06-251986-08-15
9.4年新党日本2005-08-212015-01-31
8.6年新党さきがけ1993-06-212002-01-16
7.6年国民新党2005-08-172013-03-22
6.3年新党改革2010-04-232016-07-25
3.6年保守新党2000-04-032003-11-21
3.0年新進党1994-12-101997-12-27
2.7年新政会1917-10-011920-06-23
2.6年新正倶楽部1925-05-301928-01-21
2.5年日本新党1992-05-221994-12-09
2年ほど新党同志会19531955
1.5年新生党1993-06-231994-12-09
1年ほど自由党19481949
0.9年農民新党1948-12-291949-12-09
0.9年新党大地・真民主2012-01-052012-11-28
0.9年新党きづな2011-12-302012-11-15
0.8年新党平和1998-01-041998-11-07
0.75年ほど新党護憲リベラル1994-09-221995年6月
0.7年新党大地(国政政党)2012-11-282013-07-28
0.6年新党みらい1994-04-181994-12-09
0.3年新党友愛1998-01-051998-04-27
0.0年公明新党1994-12-051994-12-10
?新日本国民同盟1930年ごろ

anond:20190412185911 に触発された

2019-04-10

桜田義孝69さい

農家の5男で、公立トップ高校卒業大工をやりながら明治大学夜学卒業し26歳ごろ建設会社設立市議県議を経て衆院議員へ。主義主張には全く同意しないし最近話題失言擁護しようがないが、ぼっちゃんじょうちゃんばかりの政界の中では好感が持てる。

2019-04-09

渋沢栄一って偉人だわ。

  1. 豪農出身
  2. 尊攘派志士から徳川慶喜の家臣・幕臣に。
  3. フランスへと渡航する。パリ万博を視察したほか、ヨーロッパ各国を訪問する昭武に随行
  4. フランス滞在中に御勘定陸軍付調役から外国奉行支配調役となり、その後開成所奉行支配調役に転じた。
  5. 帰国後、フランスで学んだ株式会社制度実践
  6. 度量衡の制定や国立銀行条例制定に携わった。
  7. 第一国立銀行ほか、東京瓦斯東京海上火災保険王子製紙(現王子製紙日本製紙)、田園都市(現東京急行電鉄)、秩父セメント(現太平洋セメント)、帝国ホテル秩父鉄道京阪電気鉄道東京証券取引所キリンビールサッポロビール東洋紡績大日本製糖、明治製糖、澁澤倉庫など、多種多様企業設立に関わり、その数は500以上といわれている。1887年ころには、渋沢を慕う経営者管理職が集まる龍門社が組織され、昭和初期には数千名の会員を数えた。

渋沢栄一が他の明治財閥創始者と大きく異なる点は、「渋沢財閥」を作らなかったことにある。

「私利を追わず公益を図る」との考えを、生涯に亘って貫き通した。

2019-04-06

"上野かほ" の正体と余罪について

Tl;dr

余罪一覧

ドメイン名ハイジャック
  • RZONE [.] JP (2018/09/14)
  • AMUSECRAFT [.] JP (2018/09/25 魚拓)
  • SYRUP-SOFT [.] JP (2019/02/14 魚拓)
  • SUKUMIZU [.] JP (2019/02/26 → 2019/03/06 奪還)
  • LOVELIVE-ANIME [.] JP (2019/04/05 魚拓)
偽サイト運営
中古ドメインを用いた偽サイト運営
その他

2019-03-30

日本弁理士会関西会」へ改称

http://www.kjpaa.jp/

名称変更に伴うホームページ停止のお知らせ

 日本弁理士会近畿支部平成31年4月1日より、

日本弁理士会関西会」へ改称いたします。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%BC%81%E7%90%86%E5%A3%AB%E4%BC%9A

日本弁理士会(にほんべんりしかい、英語名称Japan Patent Attorneys Association、略称:JPAA)は、弁理士法に基づいて1922年大正11年5月設立された弁理士に関する法人であり、すべての弁理士に加入が義務づけられた強制入団である経済産業省所管の認可法人であったが、2002年8月29日特別民間法人となる。

2019-03-15

ドワンゴVR事業死ぬテクテクテクテクのように

ドワンゴが出したテクテクテクテクが大爆死

テクテクテクテクは、8億の費用をかけて、50億の売り上げを見込んでいたが

900万円しか売り上げが無かったという大爆死ゲームとなってしまった

「出来は良いが課金要素が無い」という声が多かった

ドワンゴがもう一つ力を入れていたもの

バーチャルキャストVTuberなどのVR事業

https://dwango.co.jp/business/vr.html

VR事業は「二桁億くらいかけてドワンゴのメイン事業にする」と宣言されていて

テクテクテクテクよりお金をかけているそうだが

こちらも「出来は良いがお金を生み出さない」ものとなっている

VRライブコミュニケーションサービスバーチャルキャスト

VR事業の一番のウリは、HMDを使って生ライブ配信が出来るバーチャルキャストだろう

しかバーチャルキャストは始まってから一年近く経つが、配信ランキングを見てもろくに人が集まってる放送が無い

https://virtualcast.jp/ranking/

ドワンゴはこのバーチャルキャストやnicocas実験放送で贈れるギフト((投げ銭))が大きな収益源となると想定していたが

ギフト可能配信アプリ2次元3次元も有力ライバルが多く、nicocas実験放送も活発に使われていない

こんなありさまではギフトがあまり贈られるはずもなく

臨時取締役会にてギフトテクテクテクテク同様に想定した売り上げを下回っていたという説明があった

バーチャルキャスト現在配信傾向

どの放送をみても、男が美少女アバターを纏い

複数人でゴチャゴチャダラダラぶつぶつ言ってるものばかり

これは「中に入ってる人が面白いもの」であって「見てる人が面白いもの」ではない

これでは視聴者が集まるはずがない

バーチャルキャストのほぼ上位互換VRChatで配信をしている人たちの動画を見ても同じようなことを感じる

HMDを使いVR世界に入って配信をする、なんて行為は、オタクオッサンぐらいしかやろうと思わず、機材も持っておらず

そういう人たちは自分が楽しければそれでよく、視聴者なんかあまり気にしないのだろう

もちろんそのような配信者が居てもいいのだが、問題はこのタイプ配信しか見当たらないことだ

バーチャルキャストビジョンでは儲からない

バーチャルキャスト設立時、「ちょっと間違った未来をつくる」をコンセプトに掲げ

同時に「Kawaiiムーブ」「わちゃわちゃ」「おっさんだって美少女に」「バ美肉」「男だけの女子会」などといったキーワードもちりばめていた

まり現状の美少女オッサンだらけでゴチャゴチャしてる配信ばかりのバーチャルキャストビジョン通りなのだ

ギフトおっさん若い女性に贈るケースがほとんどで

おっさんおっさんに贈るケースは比較するとやはりかなり少ない

そのためギフト贈呈を増やすには女性の参加率が高くないと駄目なのだが、バーチャルキャストビジョンからして想定してない

バーチャルキャスト最初から儲かるはずがないビジョンに向かって走っていた

最近新しく追加された新機能のVCIも、技術寄りのおっさんが喜ぶだけのもので、今もビジョン通りに進んでいる

ギフトで大きな売り上げを得られるようにするには

ビジョンから修正し道を進み直すか、世間の人々をバーチャルキャストビジョンに追いつかせる必要がある

どちらもそれなりに長い期間が必要で、当面バーチャルキャストギフトで大きな売り上げを得られることは無い

バーチャルキャストBtoBでの活用

NHKVTuberのど自慢や、AbemaTVのくじじゅうじでバーチャルキャスト採用されている

ただBtoCで儲けている規模の大きい会社は、BtoBで得られる程々の売り上げを会社収益の柱とするのは難しい

バーチャルキャストは大掛かりな設備を使うものに比べ、安い機材で動かすことが出来るコストパフォーマンスがよいものではあるが

出来る映像はガクガクしてたり不自然さがあったりと、地上波クオリティとしては物足りない

まり多くの採用例・高額の使用料を得られないのではないか

Vカツ、カスタムキャストなどのアバター制作アプリ

ドワンゴVR事業にはVカツ、カスタムキャストなどのアバター制作アプリも含まれている

基本無料なためダウンロード数は多いが、このアプリで作り出された著名なVTuber存在せず

セールスランキングの低さからアプリ課金もあまりなされておらず

多くの人はキャラを数体作成しただけで終了していることがうかがえる

バーチャルキャストが上手く回っていれば相乗効果があったかもしれない

今後どうなる

今はお金を生み出さなくても、5年後くらいの未来に儲かる事業にするために今は基盤として技術を育てるのだからいいのだ、という声もあるだろう

しか

などを考慮すると、ドワンゴVR事業は今後何らかのタイミングであっさり損切りされるだろう

バーチャルキャスト自体BtoBの程々の利益で開発が細々と続けられるかもしれない

ただ前述のとおりVRが先行き不明なうえ、clusterなど領域部分的に被る競合サービス複数存在しているため

今すっかり停滞ムードになっているVTuberが今後縮小することになるとそれも危うい

エンタープライズ版の料金表は下のとおりだが

https://virtualcast.jp/src/pdf/enterprise.pdf

この金額を支払ってもペイできて、自社でシステムを持っていないVTuberは現状でもかなり限られている

2019-03-12

自民党歴史 〜戦後レジームとは何か〜

登場人物紹介】

 

鳩山一郎

主人公属性:★★★★★

ピュアさ :★★★★★

打たれ強さ:★☆☆☆☆

鳩山由紀夫のお爺ちゃん

自由党を創設し、日本民主党を創設し、自民党を創設した人。

フリーメーソンの人としても有名。座右の銘は『友愛』。

 

三木武吉

智謀 :★★★★★

執念深さ :★★★★★

主人公属性:★☆☆☆☆

政界の寝業師。

鳩山一郎プロデュースした人。

小沢一郎の父を政界に誘った人でもある。

 

吉田茂

智謀 :★★★★★

事務能力 :★★★★★

協調性 :★★☆☆☆

麻生太郎のお爺ちゃん

日本国憲法教育基本法労働基準法公職選挙法自衛隊法...といった数々の法律を作り、

サンフランシスコ講和条約日本の再独立を果たした総理

戦後日本の骨格はこの人がだいたい仕切って作った。

 

岸信介

黒幕力:★★★★★

執念深さ :★★★★★

妖力:★★★★★

安倍晋三のお爺ちゃん

戦前満州国で絶大な影響力を持ち、

戦後A級戦犯被疑者として拘留されたもの政界に復帰し、

首相を務めただけでなく、平成直前まで『昭和の妖怪』として歴代首相に強い影響力を持った。

 

【本編】

1945年敗戦ーーー。

戦争を主導していた東条英機戦前権力者は、GHQの手によりA級戦犯指定され、巣鴨プリズンへと収容された。

権力の中枢の中にいなかった政治家も、少しでもGHQに目をつけられれば公職追放された。

その中には自由党設立選挙与党第ー党になったばかりの鳩山一郎もいた。

 

鳩山一郎「せっかく選挙で選ばれて与党第一党になったのに、GHQひどいよ...」

三木武吉「お前を総理大臣にしてやると誓ったのに・・・くそッ志半ばで...」

鳩山一郎「誰か代わりに総理やってくれないかなぁ。あ、吉田くん!」

吉田茂「なんだ?」

鳩山一郎「ぼく公職追放されて総理やれなくなっちゃったからさ、吉田君が総理やってよ」

吉田茂「嫌だよ面倒臭え。俺は外交官であって、政治家じゃないんだよ」

鳩山一郎「そんなこと言わずにさぁ、君ならできるよ」

吉田茂「あー分かった。分かった。そのかわり自由やらせて貰うよ。

あと嫌になったらすぐ辞めるからな。お前が公職追放解かれるまでだぞ。」

鳩山一郎ありがとう!」

 

自由党本部ーーー

吉田茂「新しく党総裁になった吉田です」

議員「はぁ?何だお前!」

吉田茂鳩山に頼まれ総裁になりました」

議員官僚風情に総裁が務まるかよ!お前は引っ込んでろ」

三木武吉・・・

議員GHQ吉田茂を嫌ってるらしいぞ。こいつには任せられんだろ」

一年議員ちょっと待ったぁ!」

議員「なんだ?」

一年議員吉田総裁、良い響きじゃないですか!皆さん、GHQの言いなりになるんですか!」

周り「ざわざわ・・・そうだそうだ!GHQの言いなりになんかなるもんか!」

三木武吉「決まりだな」

吉田茂「あの田中角栄かい一年議員・・・将来大物になるな」

 

吉田内閣・成立

吉田茂吉田内閣閣僚についてだが・・・

議員「各派閥からちゃんバランスよく選べよ」

吉田茂「実はもう決めてる」

議員「は?」

吉田茂「我ながら優秀な人材を揃えた思う」

議員学者官僚じゃねえか!政治家経験の無いやつ連れてくるとかアホか!」

吉田茂「それだけじゃないぞ。若手官僚たちを自由党からガンガン出馬させる。

佐藤栄作に、池田勇人宮沢喜一鈴木善幸大平正芳、小渕(父)、小沢(父)、橋本(父)・・・将来楽しみだ」

議員「こ・・・こいつ自由党を乗っ取るつもりか・・・

 

日本国憲法公布

教育基本法公布

労働基準法公布

公職選挙法公布

(中略)

自衛隊設立

サンフランシスコ講和条約締結

吉田茂「意外とおれ政治に向いてるんじゃねえか?

戦後体制(レジーム)はほとんど俺が作ったと言っても良いんじゃねえかな、これ」

鳩山一郎「ひさしぶりだね吉田くん」

吉田茂「おう、ひさしぶり。公職追放解かれたんだってな。おめでとう」

鳩山一郎ありがとう、ところであの約束覚えてる?」

吉田茂「なんだっけ?」

鳩山一郎「僕が公職追放解かれたら総裁の座返してくれるって約束だったよね?」

吉田茂「そうだっけ?」

鳩山一郎「ひどい・・・

吉田茂「いや、俺この仕事向いてるみたいでさ、今更そういうこと言われても困るんだよなぁ」

鳩山一郎「ひどい・・・

三木武吉「おい吉田ァ!約束忘れてんじゃねぇぞ!この自由党はなぁ!鳩山の夢叶えるために立ち上げた政党だぞ!」

鳩山一郎「まぁまぁ」

三木武吉「後悔させてやる...」

吉田茂「なんだとコラ?」

三木武吉「今に後悔させてやるぞ...必ずな」

 

東条英機ら7名のA級戦犯処刑

その翌日・・・

岸信介「ふぅ、やっと巣鴨プリズンから出られたが...さてどうしたものか」

岸信介「まったく、俺が牢獄に入っている間に好き勝手にやってる奴がいるな」

岸信介「気に入らん・・・まずは自主憲法、そして再軍備だ」

岸信介「弟よ・・・

佐藤栄作「なんだい兄さん」

岸信介「お前吉田内閣大臣やってるらしいじゃないか。俺を自由党に入れろ」

佐藤栄作「分かったよ。なんとかねじ込むよ」

吉田茂岸信介戦前の亡霊じゃねぇか!危ねぇなぁ。除名だ除名!」

 

国会にて

吉田茂バカヤロー!」

野党バカヤローとは何だ!総理大臣がそんなこと言って良いのか!内閣不信任案だ!」

吉田茂「やるならやってみろ...内閣不信任案なんて通るわけ無いだろ」

議長「賛成多数で可決です」

吉田茂「何だと!」

三木武吉「ふははははは、思い知ったか

吉田茂貴様、裏切ったのか!」

三木武吉「先に裏切ったのはお前だろ」

吉田茂「くっ・・・

三木武吉日本民主党設立する!党首鳩山一郎!こっちが本家だ!」

 

自由党選挙大敗与党第一から転落。

三木武吉「で、どうする?」

吉田茂ぐぬぬ

三木武吉「また一緒になるか?もちろんタダでとは言わんがな」

吉田茂「条件は何だ?」

三木武吉「新しい党は、鳩山一郎党首だ」

吉田茂「それだけか?」

岸信介「私からひとつ...憲法改正を党是に」

吉田茂「岸・・・なぜ貴様がここに!」

岸信介あん憲法無効ですよ無効

三木武吉「新しい憲法は俺たちの手で作る。それで良いな?」

吉田茂「くっ・・・

鳩山一郎「よーし、やるぞー!」

1955年自由民主党、結党55年体制始まるーーー。

2019-03-11

2019/03/11 ヤマカン怒りのブログ連

なげーよワロタ、消されるかもしれんからこっちでまとめてみるか

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WUG』はこうして壊れた:①Ordet破綻の経緯

2019/03/11 19:00

弁護士先生リリースにもある通り、この度破産に至りました。

その文章にもある通り、僕にとっては何から何まで、実に不可解で不愉快ものです。

これは「自己破産」ではなく、「他己破産」なのです。

実に不可解です。

債権者破産申し立てをすることは非常に稀なケースだと聞きました。

まぁ、何らかの「嫌がらせ」の要素が含まれているのでしょう。

私の今般の不可解な破産に至るまでの経緯を、誤解なきようご説明しようと思います

それには、今まで敢えて黙っていた、『Wake Up, Girls!』の制作で何が起こっていたのか、そしてどうして僕は監督を解任されたか、それに触れるしか、いや、精細にご説明する他ありません。

尚、伝聞による不確実な情報は極力排除していますが、僕の推測は付記しています。でないと登場人物が多すぎて、ややこしいのです。

ですから僕の主観がどうしても混ざりますしかし、でなければ理解しようのない事実なので、十分にご了承ください。

これに関しては多くの「極悪人」が登場しますので、本当にちょっとややこしいかも知れません。非常に長くなるので、数回に分けます

まず、『WUG最初シリーズまで戻ります。『七人のアイドル』と最初TVシリーズタツノコプロ元請け制作され、資金面不安はわれわれOrdetにはまったくありませんでした。

しかし、そのタツノコまさかの激変をします。

制作途中で日本テレビに買収に遭うのです。

んなアホな!と思いましたが、『WUG』旗振り役の一人だったT社長が、ここで社長解任となってしまます

T氏は何とか『WUG』だけは関わらせてほしいと懇願したそうですが、それもかないませんでした。

WUG』は制作から製作まで、結局発起人が誰も残りませんでした。それだけ呪われた作品だったのかも知れません。

こうして『WUG』の最初シリーズは大混乱のまま、それでも残ったスタッフ達の火事場の団結力によって、作り切ったのです。

しかし、ご存知の通りタツノコ激変の影響は作画に出ました。

(厳密にはタツノコではなくてグロス請けしたG社と後述するM社という二つの超絶ゴミ会社なのですが)

僕はTwitter上で「責任を持って直す」と宣言します。所謂パッケージリテイクです。

責任はむしろタツノコにあるはずなので費用負担をお願いしましたが、彼らは「リテイクは自分達の仕事ではない!」と言い切る始末。

そもそも経営母体が変わり、責任者がいなくなったので、交渉のしようがありません。

止む無くOrdet資金持ち出しでリテイク作業をすることになります

そのリテイク費用会社財政を急速に圧迫しました。Ordetは総勢10名足らずの小さな会社です。

これを埋め合わせるには、『WUG』の新作になるはやで手を出すしかない。

しかし、ここでまた変化が起こります

Ordetの「親会社」が、契約上傘下会社の全作品元請け会社制作管理会社)になるという決定でした。

これまたなんのこっちゃ?でしたが、要は予算の5%を管理費として抜きたかっただけのようです。

最終的に、この「親会社」のM氏が、最終的な「ラスボス」になる訳です。

それだけならまだいいのですが、重要なのは予算の決定権が「親会社」に移ってしまったということです。

委員会との予算折衝は、系列会社のL社の社長・S氏が行いました。

ひとり目の「極悪人」です。

え、彼がやるの?と思いましたが、こちらとしては会社破綻する前に予算が降りてほしい。だからこの決定に従いました。

で、案の定安かった。(もう書いちゃいますが、1億6000万円です)

なんでここで値段を吊り上げられなかったのか解りません。

しかしS氏はいくつもの作品でこっそり中抜きをして、バレて問題にもなっている男です。

恐らく『WUG』でもなんらかの工作が行われたのでしょう。

ここで僕には後悔、いや落ち度があります

無理して『WUG』の続編を作る必要はなかったのです。

「この予算じゃできない!」と突っぱね、現場を止め、最悪一時解散しても良かった。

それができなかったから大きな悲劇が生まれたのです。

経営者としてのミスです。

しかし、当時の僕は『WUG』への愛が勝ってしまった。

アイドルアニメは旬物だ、それをずるずる引き延ばす訳にはいかない、そんな強迫観念もありました。

それと、僕はそれ以上の大失策を犯します。

共同制作相手にM社を選んでしまったのです。

実は当初、「親会社」の傘下でS氏の経営するL社が制作担当するという案が出ていました。

僕もその前提で進めていた。

から予算交渉も彼がやったのです。

しかし、彼は直前で逃げた。

恐らくですが中抜きだけして、作るのは面倒そうだから逃げたのでしょう。

(因みにL社は『WUG』のTVシリーズを一本担当し、これも渋い出来でした)

僕とは確かに約束したはずなのですが、「タイミングが合えばやると言っただけだ」、とまぁ、狡猾な断り方をされました。

L社を当てにしていた僕は慌てました。

タツノコに頼むのはもちろん大混乱状態で無理です。

そして止む無く、M社のプロデューサーN氏に声をかけたのです。ふたり目の「極悪人」です。

N氏に対しては、『WUG』の制作から声をかけていました。

M社の設立を知って、そしてそこにはN氏の旦那のI氏も中核にいて、今は新人だらけだろうがやがてどんどん育てていく、という考え方にも共感し、手伝ってほしいと提案しました。

から最初の『七人のアイドルからM社は参加しています

しかし彼らがグロス請けした話数は、みんなが見て「?」となるものでした。

僕は発展途上の会社からしょうがない、と考えたのですが、何のことはない、あれが彼らの実力だったのです。

それはかの「新章」を観れば明らかです。

とにかくOrdetには「プロデューサー制作プロデューサー)」がいなかった。

僕は何人も誘いましたが、呼んでこれなかったのです。

それがOrdetの最大の弱点であり、致命傷でした。

まぁそんないきさつがありますから、僕にまったく非がない訳ではありません。

しかしここから、長い地獄が待っていました。

avexからのオーダーは「『七人のアイドル』的な劇場中編二本」というものでした。

僕らの制作能力考慮して、TV二期は当分無理だろうと判断したのです。

それと「まず作画を立て直すこと」、それを強く要求されました。

ここで三人目の極悪人avexプロデューサーのH氏が登場するのですが、まだ当時は抑えめで、好意的でした。

理屈も通っていた。

WUG』は七人の稼働も含め、長期計画で進められていました。

幸い七人のライブイベント稼働が波に乗り始め、プロジェクト全体の収益は上がりつつありました。

avex的には本人達の稼働でがっつり儲け、それをアニメに投下して確実に牌を増やす、という「永久機関」的戦略を立てていました。

(これはH氏本人の口から聞きました)

一方で僕は、アニメとしての『WUG』は6年を目途に終わらせる、あとは好きにやってくれ、という提案をしていました。

解散」まで描く、というのが最初から僕の大方針だったのです。

それはともかく、「第二期(続・劇場版)」は事実上60分×2本、気が付けば劇場作品並みのボリュームです。それを1億6000万で作れというのは、無茶です。

(因みに2016年に大ヒットした某作品は3億、同時に大ヒットした某作品は2億5000万で作られました。後から知るのですが……)

しかし当時の僕は、Ordet財政状態、そして『WUG』への愛が勝ってしまい。これを呑んだ。

こうして、事実上メインスタッフOrdetで、制作母体はM社で、予算的にはOrdetがM社を丸抱えする状態で、かつM社にはOrdetと同じ敷地内に入ってもらい(そのために敷地拡張しました)、『青春の影』の制作スタートしました。

しかし、制作能力作業量、更には地代家賃も含めて、スケジュール予算釣り合うものではありませんでした。

僕は演出作業効率を優先して、コンテ・演出処理を分担しました。

しかし、作画がどうにもならない。M社ではアニメーターが集まらないのです。

こちらも何とか分担しようと声掛けしましたが、「N氏の下ではやりたくない!」と言われたり、困り果てました(ガイナックス出身Kさんなど)。

でも課題なのは作画回復する」。

近岡さんはそれを重責と考え、レイアウトから修正をかける覚悟でいました。

事実M社のレイアウト原画の上がりはお世辞にも良くなく、TVシリーズでもこりゃ無理だ、という上がりでした。

僕らはそれを何とか直し切ろうと奮闘しました。

演出的には山崎雄太さん、『戦勇。からのお付き合いの有冨興二さん、そして久しぶりに帰ってきた京アニからの後輩・渡邊政治

このメンバーで乗り切ろうと考えました。

僕はその間に『Beyond the Bottom』のコンテを描き進めました。

しかし、作画がどうしても足りない。

加えて近岡さんの責任感がボトルネックとなり、カットの流れが遅くなっていきました。

ここでN氏はどうしたか?どうもしなかったのです。

OrdetスタッフOrdet管理してくれ」と、スケジュール交渉からから何もしなかったのです。

この人は典型的な「現代型」プロデューサーでした。コミュニケ―ションをあまり取らず、自分の言うことを聞く人間には偉そうにするが、実力派アニメーターとは何の会話もしない。できない。

困ったらスタッフ内緒海外にぶん投げて、適当に納品する。

ガイナックス時代からそうだったようです。うっすらとKさんら、ガイナックスOBから警告を受けていました。

しかし走り出した以上は何とかするしかない。僕は途中から社長プロデューサー兼任して、近岡さんと向き合い、カットを少しでも出すようお願いしました。

「このまま現場崩壊したら、僕らが護ってきた『WUG』も崩壊する!」と、二人で涙を流し、奮闘しました。

しかクリエイタースピードが急に2倍も3倍も上がるはずがない。

そうこうする内に、N氏の悪い癖、スタッフに黙って海外にぶん投げるという作業が始まってしまいました。

それを近岡さんが逐一直し、撒き直すという、今から思うと不毛作業が始まりました。

予算的にも無駄でした。

しかしN氏は近岡さんと一度も向き合うことなく、自分の「癖」を優先したのです。

そもそもこの人は、ガイナックス時代経験からクリエイター恐怖症だったのかも知れません。

そこで登場するのは、クリエイティブ上の最大の「極悪人」、I氏です。

N氏の旦那である彼が事実上M社の司令塔です。

恐らく海外へぶん投げたり、見当違いな、ハチャメチャな作り方をするのも、元は彼の判断でしょう。

(それは「新章」を観れば一目瞭然です)

それでも最初は友好的だったのです。皆さん覚えておいてください。「サイコパス」とは、最初は友好的で、弁が立ち、情に訴えかけるのが非常に上手いのです。

僕もそれで、油断しました。

しかし、そんなこんながありながら、『青春の影』は、多少公開時期はずれたものの、何とかクオリティ担保し、完成しました。

ホッと胸を撫でおろしたのもつかの間、この後最大の試練が待っていたのです。

制作予算が尽きたのです。(つづく)

WUG』はこうして壊れた:②Ordet破綻の経緯(中)

2019/03/11 19:05

青春の影』をなんとか作り終えた私達ですが、『Beyond the Bottom』は予算的にも、スケジュール的にもかなりの苦戦が予想されました。

その間に何を思ったのか、Ordet社内に間借りの状態だったM社が、突如Ordet敷地を出て、今のスタジオ移転してしまます

一見そんなに大きな問題ではないように見えるかも知れません。しかし「予算的には丸抱え」の約束なので、Ordetは出て行かれた敷地と彼らで勝手に移った敷地の、両方の地代家賃を支払うことになったのです。

ここから彼らの身勝手な、いやそれ以上に意味不明な行動が始まります

僕は追加予算を「親会社」に要請し、スケジュールの延長をavexに訴えます

でないとマトモなものができない、TV1期の二の舞だ、と。

親会社」はこの段階ではそれを飲み、最大6000万円の追加予算融資として工面してくれることになりました。

avexとも前向きな交渉を続けていました。

しかしそれに反旗を翻したのは、他ならぬM社です。

スケジュールが超過したら、自社の次の仕事に影響して、作業できなくなる!」というものでした。

しかし結果として、M社のその後の作品短編と、ほぼ3Dの作品の一部2Dパートのみで、作業量としては大したことはなかったのです)

これも後から周囲に言われるのですが、要はN氏・I氏は「自分の思い通りにならないと気が済まない」性格だったのです。

それを『青春の影』ではOrdetに善人のフリして合わせ、しか海外へぶん投げたもの勝手に直されたり、そのフラストレーションが蓄積されたのでしょう。

そこからの彼らのヒステリー尋常ものではありませんでした。

まずはコンテの修正要求してきました。

曰く、「七人の登場を減らせ」というものでした。

七人描くのは作業量的に大変だから、七人を映すな、というものです。

しかWUGは七人の物語なのだから、七人を映すしか映像文法上ありえません。無茶な要求でした。

その後「新章」ではっきりと明らかになりますが、彼らにとって大事なのは作業効率(=いかに楽できるか)であり、作品の内容や設定、クオリティは完全度外視だったのです。

僕は、噴き出しそうな怒りを必死に堪えて、カットのつながりがメチャクチャになるギリギリまで堪えて、カットを削りました。

それと、以下の某演出ブログに書かれた「僕の手元にカットが溜まった」事件

http://d.hatena.ne.jp/mitahiroshi/mobile?date=20170801

この輩、他の件でもネットメチャクチャに言われ、その都度良く解らない言い訳をしているので、まぁそういう奴だったのでしょう。

サボってるどころではない、僕は正月返上で『青春の影』のチェックをしながら『BtB』のコンテを進めていたので、いつ休んだかも憶えていません。

僕は演出スタッフは『青春の影』のままで、なんとかスピードを落とさぬようクオリティ担保して作業できるよう考えていました。

しかしM社が、というかI氏が突如要求してきました。

この演出陣のひとりで、近年僕の片腕的存在となっていた、有冨さんを降ろせというものでした。

有冨さんは『青春の影』で、M社の特に新人達の担当するパートを見なければならなくなり、上がりの状態も悪い中、新人教育意味も含めて、丁寧に指導してくれました。

それが、M社の作画を統括するI氏の逆鱗に触れたのです。

「俺の教え子に手を出すな!」ということだったのでしょう。

有冨さんはジブリ上がりの職人肌で、演出家としても大ベテランです。

間違ったことを言うはずもなかった。

一方で間違ったことばかり言うのはI氏の方でした。

ちょっと専門的な話になりますが、彼の下に付いていた新人演出君は、『青春の影』カッティングの際に全てのセリフカットから始め、編集さんを怒らせました。

「これ、なんでこうなってるの?」

「いや、Iさんにそうしろと言われたから……」

こりゃいかん、可哀想だと思って、僕は最低限の「常識」を、新人演出君に教えておきました。

あんまり彼の事信用するんじゃないよ」

これもI氏の逆鱗に触れたらしく、新人演出君は『BtBから一旦外れました。

ともあれ、Bパートのコンテが上がったにも関わらず、その演出担当するはずだった有冨さんに、仕事が行かなくなりました。

僕は大分抗議しましたが、なんせN氏・I氏のヒステリーです。聴き入れる訳もありません。

落胆した僕は、でもまだコンテ作業が残っている、せめて代わりの演出を立ててくれ、とM社に要求しました。

しかし、それから1か月以上、何の音沙汰もなかったのです。

完成したBパートのコンテ、200カット以上が、僕の机に眠った状態になったのです。

え、どうなってるの?と業を煮やした僕がM社に問い合わせると、

「とりあえず監督が持ってほしい」

というものでした。

は?と呆気に取られました。え、これ、俺のせい??

スケジュールがどうだ、間に合わないからどうだとかキーキャー言ってたのに、コンテ1か月眠らせて、俺に押し付けるの??

正直言ってここで独断でM社を斬り捨てるべきでした。

しかし思い出してください、制作管理は、「親会社」なのです。

融資を取り付けた状態で、「親会社」に訴えて、M社とは馬が合わないから、切り離してくれ、とは、なかなか言えなかった。

なぜか件の某演出家のブログでは「俺が全カット見る」ということになっていましたが、完全にN氏・I氏の嘘でしょう。

それはもう皆さん容易に想像がつくと思います

僕としてはどうしようもない、宙に浮いた200カットを持って、途方に暮れました。

そしてその間に、N氏・I氏による「乗っ取り計画が、着々と進んでいたのです。(つづく)

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全部繋げたら匿名ダイアリー勝手に切ってしまったので

つづきはこちら(結局意味がないやんけ!) → anond:20190311205531

2019-03-04

細かくルールを決めた話

税理士法人代表社員を務めてます

もともと勤めていた会計事務所の所長に後継者がおらず、有資格者だった自分に後を継がせてくれた形で法人設立して代表となりました。

代表となり、先代も自分のやりたいようにすればいいと言って頂けたので社風を変えたくて規則や慣習を多く削りました。

そうすると自分は30代で入社歴も下から数えた方が早いのでベテランさんは思う所があったらしく辞めていく人が続出しました。

ただしそれは幸いにも人材はすぐに補充できたため、私の目指したかった雰囲気にはベテランさんがむしろ邪魔だったので好都合でした。

私の取り入れたかったのは「自由」ということです。

それこそ最近話題の#KuTooのように服装など業務に直接関わらない部分は各人の裁量に任せるようにしました。

以前は慣習的にスーツネクタイと革靴、女性はお客さんに会うときは夏でもジャケットと決まっていました。

会計事務所顧問先の多くは中小零細企業スーツを着る業種はむしろ少ないので、こちらの服装にも無頓着なところが多いのです。

初めの頃はそう言われてもといった感じでしたが、1年もするとほとんどの職員がノーネクタイ、夏にはポロシャツで来る社員出てきました。女性陣も自分たちのラク服装をするようになり、オシャレを楽しむ職員もいました。そうは言ってもお客さんと接する仕事なので堅苦しくなく清潔感がある服装という部分は各々の守っており、お客さんからクレームは皆無でした。

また事務所内装も変えフリーアドレスとし、以前は外履きのままで外と内の区別が無かったのですが所内は内履きとしサンダルスリッパしました。

ちなみに自分スーツネクタイと革靴という従前のままです。代表という立場柄、その堅苦しい服装常識である会社やその他関係者に会う機会が多いためです。別に自分社会的意識の変化を望んでいる訳ではないので、単純に実利を取って社会迎合するまでです。そこで自由服装をするメリットなどありません。全く外出しない時はノーネクタイですが。

この変化を皆が受け入れていれてくれ自分としても満足しておりました。ある時までは。

法人賞与の時だけ明細を個別に手渡しします。面接というほどでもないのですが、1対1で職員意見を聞きたいためです。

所内が変わってから時間が経つにつれ、その面談の際に他の職員への不満が増えるようになりました。

それは、あのお客さんに会う時はネクタイをするべきだと思うがあの人は何も考えていない、とかスニーカーはいくらお客さんに会う日では無いと言えやり過ぎ、あの子のあのピアス社会人としてどうかといった服装のことからフリーアドレスだがあの職員がいつも同じ席、あの人が使った後の机が汚い、スリッパや靴のしまい方が雑といったものもありました。

そうするにつれて見てあからさまに不仲と分かる職員も出始めて職場空気が悪くなっていきました。

全体に向けてやんわりと注意を促しても当人には伝わりづらく、かといって直接言うと告げ口されたと言われては敵いません。

もう自分としてもこんな事で頭を悩ませたくなくなり、ある決断しました。それが細かく規則にしてしまうことです。

一気に決めてしまうと不審がられて不満が出ると思い少しずつ増やしていきましまた。

銀行員と会う時はネクタイをする、スニーカー禁止チノパンではなくスラックス女性は垂れ下がるようなピアスノースリーブ禁止といった服装面。

その他机は帰る際に必ず拭く、スリッパはこの向きでつま先を揃えて置く、イスの上に足を置かないといった小学生のようなルールも決めました。

そして実際この方が職員同士の不満が減ったのです。

自由と言っても各々のラインがあり、他人がそのラインを超えた自由行使していると、当人はそれを我慢と捉えてしまい不満が溜まるようです。

これはあくま自分職場の話でそういう職員が集まっていただけかもしれませんし、もともと堅苦しい服装ルールがあったからかもしれません。

社員からすれば自由ラクだと思います。ただ所内をコントロールしなければならない立場だとはっきり言って業務に直接関わらない部分はがんじがらめにしてしまった方が圧倒的にラクです。

自分としても不本意ではありますが、何よりも利益を出すことが大事なので、特に人材資産のこの商売では所内の雰囲気規則ルールで縛って職員には何も考えさせずに業務のみに集中してもらいたいと思った次第です。

2019-02-27

anond:20190227195656

でも介護施設だって20年前はこんなになかった訳で、今では預けるのが当たり前になってるから施設設立自体は無理って事は無いと思う

ただ、政府お金がないから、そんな事はしないだろうという話なら納得するけど

2019-02-21

anond:20190221091556

長くやってるコミュニティはどうしても高齢化して若い人が入りにくくなるね

全く新しい別会社設立してはてな無関係サービスを立ち上げて年齢をリセットするしかないんじゃないか

それで知的になるかはやってみないと分からないが

2019-02-19

anond:20181228194458

元増田はもうこの世にいないかもしれないが。この会社がもう二度と第二の元増田を生み出さないことを祈るよ。

ただの企業PR可能性もあるけどね。

メンバーズ障がい者雇用支援を行う子会社設立障がい者1,000名をデジタル人材に育成、企業人材不足解消に貢献〜

https://www.members.co.jp/company/news/2018/1001_2.html

2019-02-15

骨髄バンク感想追記あり

30代男。

数年前に骨髄バンク経由で実際に骨髄を提供した。

移植成功し,患者さんから

回復して家に戻れた。ほんとうにありがとう

との心のこもった手紙をもらった。

それ自体は満足しているが,骨髄バンクの仕組みに不満が残っている。

結論もっとドナー大事にしてくれ


金銭面のサポートが薄すぎる

事前の健康診断リスク説明は充分すぎるほど行ってくれる。

手続き途中で気が変われば,患者さん側が移植を受け入れるための前処置(大量の抗がん剤を投与しつつ放射線を当てて白血球自体を全滅させる。当然そこでドナーから移植が中断すると死ぬ。)の前までであれば,いつでも中断できる。


しかし,金銭面が不満すぎる。

自宅から病院までの交通費は出る。

ところが,骨髄バンクのコーディネーターさんは極めて細かくこの経費を確認してくる。

「自宅の〇〇バス停から△△病院前まで640円ですね」とか。

タクシー希望ですがバスしか出せませんでして」とか。

そういうのを移動のたびに訊かれるし,こっちは用事があって別経路で行くことになっても最短経路以外では申告できない雰囲気

コーディネータは気を使って嫌な雰囲気にならないようにしてるんだが,

人命がかかってる大変なイベント10単位まで細かに精算しなきゃいけない制度というのは,どうなんだろうか。

あと,全日程を通じて合計5000円だけもらえる。支度金だって

自分は遠隔地での移植だったので電車費用は別途もらえたけど,

旅行のためのこまごまとした道具類を用意して,帰りは荷物宅急便で送ったら5000円じゃ足りなかった。

自腹だよ。

移植前に美味いもん食うとかも,当然自己負担



あ,医療保険自治体によってはドナーへの給付金があるけども,俺の保険自治体もそんな制度は無かった。

これはドナー登録の時点で周知しておくべきだ。

移植要請があってから保険加入は,たぶんできない。


休業補償が無い

おれは朝起きてダルかったら電話一本で有給取れるぐらいユルい職場

骨髄提供のためなら当然に休みがもらえる。


でもこれ,俺の職場からこそ出来るんだぞ。

普通民間企業だったら有給自体めちゃくちゃ取りにくいだろ。

自営業だったら自分が動けなけりゃ即詰むレベルだろ。

事前手続きで3回程度は病院に行って半日つぶして,

移植数日前から体調万全にして絶対風邪をひかないようにして,

注射10回ぐらいはうたれて,全身麻酔で手術して,

24時間ぐらいは点滴つないでて,翌々日には病院を追い出されて,

それから数週間は腰が痛い状態が続くんだぜ。

肉体労働の人だったら,仕事できない期間も生じるだろうよ。


それでも1円の支援もないんだぜ。例外なく。

白血球の相性って数十万人に1名のレベルですよードナー登録してくださいねーって言ってるけど,

おまえそれゼロ円でやれって言われたら,数十万の1どころか数百万分の1になるじゃんよ。

助かる人だってからないだろうよ。

ぜひ提供したいという人でも,カネという現実問題を突き付けられた時には,躊躇するだろうよ。

医者製薬会社報酬あり,ドナーは無しってどうなんだ


骨髄移植にかかわる医者製薬会社報酬を得ているよ。

そりゃ当たり前だし正当だ。

なのに,なんで肝心の骨髄を提供するドナーが無報酬で,

ともすれば足が出るような制度になってるんだ。

法外な報酬をよこせと言ってるんじゃないぞ。

交通費とか旅費程度を気にせず,手術前後に美味いもの食って,

なおかつ仕事の面でマイナスにならない程度の補償なり報酬が欲しいんだよ。

これ当たり前の感覚じゃないか

多くのドナーは人命救助という崇高な役割を果たせた満足感と,

患者さんが極めて厳しい環境にあることを想って,報酬なんか二の次だと考えているはずだ。

それはそれで素晴らしいよ。言葉にならないぐらい偉大な行為だと俺は思ってるよ。

でもさ,補償制度をしっかり構築していれば,あと数千人,数万人救えたんじゃないの?

1991年骨髄バンク設立以来,いったい何人のドナー金銭理由提供を断念した?

病院関係者が意外に冷淡だった

いろんな体験ブログを見てると,ドナーは偉いということで病院関係者からチヤホヤされることが多い模様。

でも,俺の場合はそうではなかったな。

退院するとき,「それじゃ出ますね」とナースステーションに声をかけたんだけど,

「あ,おつかれさま」の一言だけ。出てきて見送るとか,無し。

なんかもっと劇的なやつを想像してたんだけど,違ったな。

馬鹿みたいだけど,涙が出そうになるぐらい寂しかった。

手術後で腰が痛い状態で,荷物を抱えてヨチヨチと駅まで歩いたよ。

圧倒的に気の毒な患者さんたちを相手にしてる医者看護師から見たら,ドナーなんて健康のものなんだから丁重に扱う存在ではなかったんだろうな。

でも俺はまた提供する


骨髄提供は一生に2回までと骨髄バンクで決まっているとのこと。

なのであと1回は提供できる。

不満はたくさんあるが,結局,俺が我慢すればどこかの誰かが命を救われる可能性があるのだ。

から提供はする。

ただし言うことは言うぞ。

【201902172340追記

意外に反応が多くて驚きました。

ただ,これで提供を保留する方もいらっしゃるかと思うと心配です。

報酬制度は将来的に改善余地がある長期的な課題だとは思いますが,とりあえずはぜひ提供していただきたいと思っています

↓にて移植前後の細かい流れをアップしていく予定です。

https://porque2nd.hatenablog.com/

2019-02-14

俺たちは無能フォレストガンプだ、っつー増田を読んだ

anond:20180224163548

ある時、テレビ映画フォレストガンプ」が放映された翌日、学校でセンセイが俺に言い放ちやがった。「お前は無能フォレストガンプだな」って。その時は腹が立ったけども、よく考えたら当たってた。そうだよな、映画じゃ主人公フォレストガンプは知恵遅れだけど、底抜けの優しさと脚の速さで皆から愛された。少なくとも才能があった。卓球だってアメリカ代表になるくらい強かった。

あぁ、わかるよ。とにかく愛されないんだ「俺たち」は。

ちなみに、製作者はフォレスト・ガンプをどう思っていたんだろうな。結論から言うと、彼らはガンプを愛したが、知的障害者は愛していなかった。監督ロバート・ゼメキスDVD副音声でこう言ってる。

IQが低い男の映画なんて作る気はまったく起きなかった」

監督が求めたのは、自分意思がなく、状況をただただ受けいれるだけの純粋無垢キャラクターだった。90年代映画にしてはちょいと古くさい知的障害者像だ。

じゃあさ、「フォレスト・ガンプ時代現実知的障害者たちはどうだったの?」っつー疑問が浮かぶわな。そこで調べたんだが、1950年1990年アメリカ知的障害者にとっても激動の時代だったことがわかった。

1950年

劇中、フォレスト・ガンプ少年IQの低さから公立小学校への入学拒否されかけたのだが、ママ校長にファックを決めたおかげで難を逃れた。

愛する息子を守るため、裏技に手を出すのも当然だ。当時、知的障害者施設にぶち込むのが当たり前だった。そして、施設はひどいなんてもんじゃなかった。

1965年ウィローブロック州立学校という知的障害児の施設リークされた。

潜入リポーターが残した記録によると、4000人しか収容できないにもかかわらず、6000人にものぼる障害児が押し込められ、服を着ていない人や、ほとんど介助されず放置状態の人など、人間生活する環境とはとても思えない状況だった。

このニュースアメリカ全土に衝撃を与え

とにもかくにも、この時代知的障害であると判定をされたら終わり。その先に人間尊厳はない。

1950年代には知的障害者の親たちが施設への批判を始めたという動きもあったらしいので、ガンプのママが知っていても全然おかしくない。

ちなみに、映画では校長から特別支援学校への入学をすすめられ、ママが「そんなところでタイヤの修理方法勉強させません」なんて言い返している。

個人的には、史実に基づいたやり取りなのかという点でちょっと疑ってる。

というのも、当時の特別支援学校には簡単には入れなかったらしいからだ。教育を受けられる障害者は全体の5人に1人程度。軽度だからほいほいと入れるのだろうか。

それに、修理工の授業なんてあったのだろうか。卒業後、施設にぶち込まれるのであればそんなもの必要ないわけで。ここは有識者コメントを求む。

■1960~1979年

ガンプがベトナム戦争英雄になった1960年代

血の日曜日事件アラバマ州舞台でありながら公民権運動スルーしたことで、白人礼賛の保守映画認定されがちな本作であるが、1960年代黒人だけでなく障害者にとっても革命的な時代だった。

1963年には脱施設化の転機である精神病及び精神薄弱に関する大統領教書(ケネディ教書)」が発表され、

1972年には、Wyatt vs. Stickneyの訴訟で、軽度の知的障害のある人たちは入所施設収容されるべきではないという判決が出された。

公民権運動だって知的障害者に大きな影響を与えた。アメリカ障害当事者団体の中で一番強力な権利擁護運動団体といえば「ADAPT」だ。(まあ、身体障害者向けの権利団体なんだが)

設立者のウェイド・ブランクはガンプのお膝元アラバマ州公民権運動にかかわっており、その運動のノリでADAPTを設立したってわけだ。

個人的には、ガンプがキング牧師に会わなかったことより、ウェイド・ブランクスカウトされてないほうが疑問なわけだ。

■1980~1990年

アメリカ全体が脱施設化に向けて動きはじめたのはいいが、「じゃあどうやって地域で暮らすの」というのが目下の問題だった。

ガンプは走りたいから走っていたが、現実知的障害者たちはそういうわけにはいかない。

結局デモなりなんなりで、「地域暮らしていいよね!」、「俺たちにだって権利があるよね!」と市民了解を得るしかない。

というわけで長い年月がかかったわけだが、1990年に「ADA法(障害を持つアメリカ人法)」という決定的な法律が成立した。障害による差別禁止する公民権法だ。ダン中尉政府おっぱい限界です的な裏事情はあるものの、いよいよ連邦政府障害者の権利を認めたのだ。

実はこの法律ハリウッドにも大きな影響を与えている。

「マイレフト・フット」、「レナードの朝」、「ギルバート・グレイプ」、「フィラデルフィア」。

90年代ハリウッドでは障害肯定的に捉える映画がたくさん作られた。フォレスト・ガンプもこの延長線上にあることは間違いない。

革命なのは2000年代ファレリー兄弟だろうな。いよいよ障害者ご本人が登場しちゃうんだもん。

さて、冒頭のロバート・ゼメキスの話に戻る。彼は障害肯定的に捉える映画企画が通りやすい状況を苦々しく思っていたのかもな。

だって俺、興味ねーし」っていう。

結局ADA法に逆行するような、意思のない愛されキャラフォレスト・ガンプが作られたし、世間もそれに乗った。

まあ、素の「俺たち」は苦々しく思われているわけだ。

知的障害者だって苦々しく思われてる、それは同じだ。それでも権利を主張してきたし、いくつかは勝ち取ってきた。

今じゃグループホームなんかで暮らしながら、地域生活エンジョイしてる知的障害者もいる。

日本の話だけど、この前バリバラ地域子育てしてる知的障害者夫婦が出てたぜ。ハロー1950年代、これが2019年だ。

から、俺は無能な「フォレスト・ガンプ」をやめて、こいつらを参考にすることにした。権利があるんだって言いつづけてやるさ。

俺にだって自由希望を持つ権利があるし、

俺にだって、周りから尊重されていいはずだし、

俺にだって、平均的な経済水準を保証されていいし、

俺にだって普通地域普通の家に住んでいいんだ。

当然のように、俺たちにはその権利があるんだ。

2019-02-11

はてなニュータウン必要性

anond:20190210145018

元ネタから組み立てるに、このネタにおける「ニュータウン」って言葉意味は、「何らかの用途利便性があり、街が開発され、そこに住む人々がその利便性に惹かれたというところから拡大して一定性向を持つ」――つまり結果論的に似た者同士が集う、という話ではなくて、そもそも最初から「似た性向を持つ同士の人々が一緒に過ごすと気持ちいい、外部社会のその性向排斥圧力に対して自衛力を得る」という意味なわけだよね。

ある種のゲーテッドコミュニティなわけで、そういう意味ではmixiもそうだしFacebookもそういう側面があるし、Twitterタイムラインもそう。「つるみたい人でつるんでそれ以外の人はなるべく関わらんですごそう」だ。

前者の意味でのニュータウン、つまり利便性に惹かれた住民結果的に似たものだった」という意味で、はてなはまさにニュータウン(いまは村)だし、その意味住民はてな民なわけだけど、後者意味ニュータウン形成するにあたっては、はてな民って、軸になる主張が欠如してるんじゃないかな。ふわっとリベラル、ふわっと理系、ふわっとガジェット好き、ふわっと電子書籍好きみたいな感じ。とはいえそこからハズレた人も抱えているし、人生相談なんかも多いし、意識高い系だんだん後退してきた。

現状、「はてな界隈」ってふわっとしてて、はてなBlog増田はてブの合流したクラウドっぽい運用がされていると感じるのだけれど、そのふわっとした感じって別に偶然じゃなくて、住む人々の中心的なテーマがふわっとしているからそれに呼応してふわっとしたコミュニティになっている/ふわっとしたコミュニティなので中心的なテーマ収束しないでふわっとしたままでいられるだと思うんだよ。

例えば、はてなの中心がフェミニズム!でコミュニケーション過半数フェミ話題だったとしたら、こういう運用体にはならなかったんじゃなかろうか。というか、耐えられないんじゃなかろうか?(運用携帯主義主張も両方が)

コレはもちろんフェミ問題ではなくてアンチフェミだろうが嫌韓だろうが全く変わりない。つまり、いまのこの運用体は強烈な主義主張をするのには向いていないし、そこに住まうはてな民はふわっとしていて先鋭的な主張運動を出来ないし好まないし、ゆえに今のはてな界隈以上の防衛強度を持つ「はてな民だけの街」なるものは求められてもいないし、そういう城塞都市みたいなものを仮に作ったとしても、はてな民はそこへ移住しない(なぜならふわっとした活動に向かないから)。

寄り道ながら触れてみると、それに最も近かったのが「意識高いライフハックやら自宅勤務を主張する一派がオンラインサロン設立した」ってのが、元増田のいう「はてなニュータウン」にもっとも近いナニカだったと思う。でもそれって、見て分かる通り大多数のはてなからスルーされたしいま実際に後退しつつあるよね? はてな村奇譚も結局内輪向けの自虐であってそれ以上のものではなかった。つまりは「そういうこと」なんじゃないかな。

はてなニュータウン必要ない。それってわりと朗らかな知見だとおもう。

2019-02-09

ケンミンの焼きビーフン

メーカー設立当初はどこかの県でローカル商売するつもりしかなかったのかな。

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