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はてなキーワード: 最終回とは

2019-04-16

anond:20190416125759

わかる。わかる。わかりみしかない。

海外ドラマってクオリティ高くて面白いんだけど、話を完結させずに打ち切るのだけは何とかしてほしい。

しかシーズン最終回絶対ヒキで終わるしさー

2019-04-15

カスミン

めぐみんめぐみんって言うもんだから、昔NHKでやってたアニメを思い出してしまった。

なんかヘナモンとかいうのが出ていたっけなあ。最終回とかどうなったか全然思い出せんが

それなりに面白かった気がする。

2019-04-13

育成要素はゲーム性を阻害する

RPGって探索や戦闘ゲームだけど育成やアイテム集めの部分はゲームとは似て非なるなにかだよね

・少なくとも競技意味するGameではないよね

三行しか読めない人向けまとめ終わり


少し前に、友達との付き合いかとあるソーシャルゲームを始めてね。友達ゲームに誘ってチュートリアルを終わらせるとなんかいろいろ貰えるよーってアレね。いやーしか友達誘えってのはあれだね。マルチ商法だね。はしたないね。でも宣伝しつつ遊ばせつつ辞めさせにくくさせるには最高の手段ではあるよね。

それは置いといてだ。

そのゲームを始めてチュートリアルの初期段階はまあそこそこ楽しめたんだよ。一応ゲームになってたからね。目の前に与えられた課題に対していくつかの選択肢の中から自分なりの正解を選んでいく遊びとして成立していたからね。行動順とバフ・デバフ属性管理するだけの遊びではあったけど、与えられたカードの中から自分なりの最適解を導く過程を感じられたよ。

始めて1時間ぐらいした辺りは実際楽しかった。このステージではこいうギミックを越えさせたいんだろうなとキチンと伝わってくる丁寧なレベルデザインと、程よい難易度バランスがあって、なるほど想像よりもしっかり作り込まれているなと感心していた。……のだけどね……そっから時間ぐらいした辺りから、もはや手応えなんて言葉では表現できないような数字暴力が始まっていくんだ。

それまで「このキャラとこのシステムをこう使っていくんだぞ」っていうデザインだったステージが、「このキャラをこれぐらいまでレベルを上るか。同じぐらいの攻撃力のキャラガチャから引いて持ってくるんだぞ」という風になってきてな。それが等加速度直線運動でひたすら酷くなっていんだよ。そして数日ほどすると、確定配布のキャラレベル上限が見え始めてきて、覚醒だの強化だのと言った言葉と共に「今ならガチャが安い!今だけ!一週間以内にガチャ買え!早く金払え!」みたいになってな……。まあそれはいいんだ。

問題は、そこで金を払わないと凄まじい待ち時間や単調な作業を繰り返してようやく進めるかどうかになってきたゲーム難易度(って言葉表現したくはない適当に入れたような数字の上昇)や、そこで金を入れた所で結局はひたすら数字を大きくするだけの作業の繰り返しだって事実への邂逅だよ。カンタムロボ最終回慟哭みたいなもんだ。終わりのないパワーアップインフレの繰り返しの果てに何があるんだろうっていう虚無感さ。

俺は友人にギブアップを伝えたよ……。

勘違いしないで欲しいんだが、俺がギブアップしたのは課金誘導だとか時間をやたら浪費させようとすることだとかじゃないんだ。

今後頑張ってレベルアップや星5収集を行って戦力を整えてステージクリアしても、それが自分の力によってステージ攻略したこととは別物に思えてしまたからなんだよ。結局それは積み上げた時間お金によるものしかなく、その過程によって磨かれた自分プレイヤースキルじゃないんだろうなってことさ。

ちょっと話を逸らすけどさ、「銀と金」っていう漫画に『金の橋』っていうギャンブルがあるんだ。薄暗い部屋に名画の贋作と真作が置かれていて、それをちょっと遠くから僅かな明かりを頼りに本物を選んでみろっていうギャンブルだ。この話が単にそれだけだとよくある千と千尋の神隠しラストみたいな奴でしかないんだが、福本伸行だけあって面白いこと考えてるのよ。金の橋っていうギャンブルはその名の通り、金を払うことでその金の厚み(1万円札で)と同じだけ絵に近づくことが出来るっていうルールがあるんだ。もし真作を当てた所でほぼ儲けがゼロになる事さえ覚悟すればほぼゼロ距離まで絵に近づけますよってぐらいの距離なんだなこれが。それでまあ絵画商のオッチャンは流石に暗くてよく見えねーってことでかなーり近くまで絵に近づいていくのよ。その過程コンコルド効果と、それに飲まれてアップアップになって目利きへの自信が薄らいだり逆に過信になってきたりするのが面白いわけさ。でも結局このギャンブルの肝は目利きでさ、異常な空気に飲まれながらでもめっちゃ近くまで来たなら、本物の目利き商なら贋作ぐらい何とか見極められるはずなのよ。最後ものを言うのは金じゃなくて腕なのね。そういうのってやっぱいいよね。競技ってのこうじゃなくちゃ。最後は腕で決まらんとね。

さて、それじゃあ話を戻すけどさ。RPGとかで作り手に言われるままに強い装備を集めてレベルを上げて、そうしてそれらの積み上げた数字の力で勝利するのって果たしてプレイヤーの腕によるものだって言えるのかね?もし俺が他人にそう聞かれたら反射的に「バカ言ってんじゃねえよ。前提がおかしい。ドラクエボタンを押すだけでいつの間にかクリア出来ちまう所が国民的なんだよ。誰でもクリア出来ることの何が悪いんだ」と言っちまう気がするのよ。でもそれって、結局の所は育成要素にはゲーム性がありませんってのを認めてるようなもんだよな。友達頭が悪いことを馬鹿にされて、コイツバカだけど人当たりは良いから単なる悪口野郎よりもずっと社会必要とされてると思うぜって反論するのは、結局そいつの頭の悪さについては認めてることになるっていうあのパターンね。

でもまあ多少なら良いと思うんだよ。育成要素が強すぎてゲーム性がそれにより薄められちゃうのもさ。ひたすらストイックなだけなのも辛いし、下手くそは上手い奴と一緒に遊べませんってせずにハンディキャップ与えてもらえるチャンスがあるのはいいことさ。でもそれをやりすぎたらさ、ゲームゲームじゃなくなると思うんだわ。その境界線をどこで引くかなんだろうな。俺から見ると、ひたすら育成要素がドカドカ出てくるゲームはもはやゲームには見えなくなっていたけど、俺にそれを進めて結局俺が途中で飽きたからってことで俺の端末借りてチマチマ二人羽織りでクリアして限定キャラゲットした友人からすればゲームなんだよな。

好みの問題しかないんだってことは分かってるよ。昔からポチポチしているだけのゲーム大手を振ってゲームだと言ってきた歴史はさっきも言ったようにドラクエ証明してる。それが悪いとは言わんし、あのゲームの成長速度は程よいし、たまに詰まって1時間ぐらいレベリングしてから挑み直すときのワクワクはなかなかのもんさ。まあ時間感覚の違いなのかもなあ。俺からすれば「一ヶ月レベリングをする」とかはもうゲームじゃねえだろっていいたくなるわけだが、MMOとかずっと一日中やってる人からすればそれはゲームだもんなあ。でもなあ。ポロっと引いたレアキャラが今まで工夫してようやく倒した敵をただポチポチするだけでなぎ倒していく様子を見ちゃうとさあ……これは本当にゲームなのかあって感じちまうんだよ。

anond:20190413005221

ドラえもん最終回 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%81%88%E3%82%82%E3%82%93%E3%81%AE%E6%9C%80%E7%B5%82%E5%9B%9E

のび太植物人間

もとは1986年秋頃に子供たちの間で流行した噂であり、「ドラえもんがいた話はすべて、交通事故にあって植物状態となったのび太が見ていた夢であった」という内容である

「この噂は本当か」と、『ドラえもん』連載学年誌出版である小学館に問い合わせが相次いだため、作者の藤本弘(当時は藤子不二雄コンビ解消前)が正式に「ドラえもんはそのような突然で不幸な終わり方にはしない」とするコメントを発表する事態となった。

藤本がこの年の夏病気入院したため、このような噂が生まれたと考えられる。

その後出回ったチェーンメールでは内容が追加されており、「ある日、事故にあって植物人間状態になったのび太を、ドラえもんどこでもドアを使いのび太をおぶって天国へと連れて行く」というものや、「実はのび太は心身障害者で、ドラえもんは彼による作り話(妄想・羨望といった派生型あり)」といったものもある。

 

また、同じ植物状態説でも「動かないのび太ドラえもん自分の全エネルギーを与え、自身の命と引き換えに助けた。その後、のび太が停止したドラえもんを抱きしめ、泣きながら『ドラえもーん』と叫ぶと、垂れた涙がドラえもんに当たった瞬間にドラえもんが復活し、エンディングテーマが流れスタッフロールが出てきてフィナーレ」というハッピーエンドになるものもある。

このエピソード1991年アニメ化された『丸出だめ夫』の最終回ほぼそのままの話である

ちなみにこのエピソードに関して作者の娘が作者に尋ねたところ、藤子は「ドラえもんはそんな終わり方をしない、もっと楽しい終わり方にする」と、コメントした。

エピソード

ドラえもんのび太の家に行く前に、のび太の息子(40歳ひきこもりニート)の家に寄っていたというスピンオフ作品が作れる予感(この夏、劇場で公開!?

2019-04-11

anond:20190411011259

別に鵜呑みにしなくても良いのですが、「初見面白さがわからないものを何度も見返す人が少数派」という点について、個人的には確認するまでもないことだと思ってました。「つまらないと思った作品を、何度も見返して、伏線を捜したりするか」を周りの友人に聞いてみたらいかがでしょう。

ミステリにも大きな幅があると思います真相のものは順当でも周りの論理不明点があるとか。しか真相についても二転三転は確かにありました。具体的にはペパプ登場とイエイヌ再登場で俺の推理は二度変わっています。それで結局ラストシーンまで当てられなかった…

真相のものは順当でも論理が変わる、でも、もちろん良いですよ。問題は、ストーリーと結びついた進展がないことです。ちなみにイエイヌ最終回で、パークが機能してた頃のスケブの絵を描いてたことって、冷凍睡眠否定する根拠になるんでしょうか? よく考えたら別にならないような……。

2019-04-07

anond:20190407105941

当初イエイヌはヒトであれば誰でも良いということを言っていました。結果的には「別れた大切な人を待ち続ける」ことになるのですが、ヒトであればよいと思っているという設定は、不憫さを誘うためものだった思いますイルカアシカについても芸の報酬をねだるのは(三人も引いていたし)どこかグロテスクさを感じました。ホテルぬいぐるみが売り切れる描写は、リョコウバトが孤独になっていくさまを強調したものでしょう。確かにドラマとして悲劇・罪悪感が押し出されているわけではないですが、全編に渡ってそういう表現がある点で、そこには何らかの狙いがあるように感じます。深く考えていないということはないと思います

このへんは、主観的な話にならざるを得ませんが、個人的にはイルカアシカエピソードに、自覚的グロテスクさは感じませんでした。リョコウバトのエピソード絶滅悲劇意識してるのは確かですが、そこがどこにも繋がっていません。

一般的な作劇として、不愉快イベントは、単体だと「単に不愉快なだけ」で終わるので、作品テーマ性として発展させ、そこに意味を持たせるわけです。キュルルが人類の罪深さを知って、それを贖罪しようとするとか、あるいは、キュルルの態度のほうが正しく、かばんさん的な人とフレンズ区別しない態度が偽善であることが示される、とかですね。

けもフレ2では、そういうテーマ性は見当たりませんでした。やろうとしてまとめきれなかった可能性もありますが、個人的には、そこまで深く考えていなかったようにも思えます。「シリアスエピソードを置くことで、作品に深みがでる」くらいのノリで置いて、それ以上は考えていないように思えたのです。

しかサーバルカラカルが急にパワーアップしたように見えるシーンは、最終回での戦闘だけだと思います

あれが野生解放なら、筋は通りますね。野生解放といえよ、とか、他のフレンズは野生解放しないのか、とかは、内面世界問題ではなく、脚本の不備の問題ですから

しかしそうすると、けもフレ2は全体としてはリアリティラインは低くはなかった、ということになりませんか。けもフレ1の紙飛行機石橋の下に落としたりは納得感が高かったのはわかりますが、けもフレ2での内面世界の漏出は最終盤で起こったということでしょう。

リアリティラインの高低に関わらず、作劇のセオリーとして、クライマックスでは、内面世界が強くシンクロします。

主人公絶望と、強大なセルリアンの登場、友情パワーの高まりと、主人公の復活、セルリアンの撃退、などです。

この時、けもフレ1は、内面世界を繋ぐ筋、理屈を、うまく作っていました。

けもフレ2は、そのへんがあまり機能しておらず、内面の高まりが、なし崩しに外面に出てしまったと考えます

これは、脚本の不備と捉えることもできますが、けもフレ2単体で見た場合、そこまで気にならない。ただ、けもフレ1と比べると、目立ってしまう、というわけです。

最初に、「ただ、けもフレ2は、全体的に伏線の回収がうまくいってないので、意図的リアリティラインを低めに保とうとしたというよりは、設定について深く考えてなかったり、伏線を消化しきれなかったりして、そうなってしまってると考えられる」と書いた感じです。

ところで、ケムリクサにおいてもリアリティラインは低くなっていったと考えていますケムリクサは”優しい世界”でもないです。視聴者は同監督ということで同様のものを期待したはずですが、ギャップが大きく評価を下げたという感じはありません。もちろん悪意を見出している人もいません。

ケムリクサに置いて、内面世界シンクロする際は、ケムリクサというギミックを使っており、SFとしての筋は通っていると考えています。ここでいうリアリティラインは高めです。また生存が厳しいという意味では優しくないですが、悪意のあるキャラがいない、という点では「優しい世界」を継承しているでしょう。りんがわかばを警戒するのは自然なことですし、それ以外は全員が素直で、また世界破壊の原因も優しさに起因し、わかりやすい「悪役」はいないわけです。

思うんですけど、そもそも「悪意をもって作られた創作」というもの過去あったのでしょうか。

人間創作には色々な気持ちを込めるので、「あいつに負けたくない」「あいつの作品が、ここがダメなのを暴いてやる!」といった対抗心を作品に入れ込む場合はあると思います。そういうのは悪意と呼べなくはないでしょう。そうした悪意を高いレベル昇華して、優れた作品になることはいくらでもあります。逆に言うと「悪意を持って作られた創作」と言われるものは、悪意が前に出すぎてて、作品として楽しみづらいものなわけです。普通、そういうのは商業では、否定されます。なので、おっしゃるとおり、「商業メリット以前に、悪意を想定する」のは常軌を逸した話であると思います

ただ商業メリットの話をしていくと、けもフレ2に関して「それ商業的に悪手じゃないの?」と考えられる部分は、作劇に限らず色々あるわけなので、それを正当化する理由として悪意を置くのは、あながち否定できない。なので、そうした悪意なしでも、けもフレ2という作品が生まれることは説明できる、という記事を書いたつもりです。その上で、もちろん、みんなちょっと落ち着いたらとは私も思います

そういえばtogetterで吉崎さんの出したプロットからたつき監督が「トゲ」を抜いた、というエピソードが紹介されていました。俺は結果をみて、なるほど! と思ったのですが、ああいうことを狙ってやっていくのは唯の視聴者が思う以上に難しいのでしょう。

難しいと思います。単に優しくするだけでなく、優しくした上で、キャラを立てないといけないわけです。

例えば一期のメインキャラが、十数人として、それが全員、根が素直で優しいとするなら、「根が素直で優しいキャラを十数体、キャラを立てて描き分ける」ことになるわけで、えらいことです。もちろん、素直なやつばっかりじゃないですが、それにしても想像すると怖くなりませんか。

anond:20190407054347

当初イエイヌはヒトであれば誰でも良いということを言っていました。結果的には「別れた大切な人を待ち続ける」ことになるのですが、ヒトであればよいと思っているという設定は、不憫さを誘うためものだった思いますイルカアシカについても芸の報酬をねだるのは(三人も引いていたし)どこかグロテスクさを感じました。ホテルぬいぐるみが売り切れる描写は、リョコウバトが孤独になっていくさまを強調したものでしょう。確かにドラマとして悲劇・罪悪感が押し出されているわけではないですが、全編に渡ってそういう表現がある点で、そこには何らかの狙いがあるように感じます。深く考えていないということはないと思います

リアリティラインが低い

これは誤読していました。単にご都合主義的ということではなく、内面世界の反映を問題としているのですね。しかサーバルカラカルが急にパワーアップしたように見えるシーンは、最終回での戦闘だけだと思いますカラカルが「本気だすわよ」といってサーバルが”野生解放”をする。”野生解放”はけもフレ1でセルリアンハンターらが行っていますが、「最初から野生解放で行くぞ」の言い方から察するに、疲れる・コントロールできないなど常時その状態はいられない事情があると考えられます戦闘も終盤で2対2になったので解放したというのは筋の通る展開ではないでしょうか。他方、フウチョウについてはおっしゃるとおりで、異論はありません。加えて最後でのかばちゃん告白も、いままでサーバルとの関係が積み重なっているようには見えないので、強い思いが伝わりあの反応を引き出した、という見方をするしかなく、貴方の論に叶うものでしょう。しかしそうすると、けもフレ2は全体としてはリアリティラインは低くはなかった、ということになりませんか。けもフレ1の紙飛行機石橋の下に落としたりは納得感が高かったのはわかりますが、けもフレ2での内面世界の漏出は最終盤で起こったということでしょう。ところで、ケムリクサにおいてもリアリティラインは低くなっていったと考えていますケムリクサは”優しい世界”でもないです。視聴者は同監督ということで同様のものを期待したはずですが、ギャップが大きく評価を下げたという感じはありません。もちろん悪意を見出している人もいません。

思うんですけど、そもそも「悪意をもって作られた創作」というもの過去あったのでしょうか。いえ差別的ヘイト創作はもちろんありますが、それは攻撃するターゲットが他にいるケースであって、今回は視聴者キャラクター攻撃する意図を疑われているわけでしょう。商業メリット以前に、悪意を想定する時点でもう、どこか常軌を逸しているように思えます。俺は実は監督交代の顛末に明るくなくてツイッターのTLにもその関連は流れてこないのですが、一連の感想ブログなどを追っていくなかで、俺にはなにか見えていないエネルギーがあるのではと思うようになりました。一般視聴者の間で凄まじい義憤が渦巻いていて、極めて高い同調圧力が生み出されていて、それが感想批評論理さえ捻じ曲げている。ナイーブな仮説ですが、そんな疑念を持っています

たつき監督の作劇は、たつき監督技術によって成り立ってるので、監督が抜けると再現が難しくなる、というのが考えられます

よく言われる、たつき監督の「優しい世界」ですが、これは脚本技術的に高度なものです。ドラマを作る時に、普通の作劇では対立構造や誤解などを利用します。逆に言うと、たつき的な、悪意がなく素直なキャラだけで、面白いドラマを作るのは、高い作劇技術必要になります

この論点は目ウロコでした。そういえばtogetterで吉崎さんの出したプロットからたつき監督が「トゲ」を抜いた、というエピソードが紹介されていました。俺は結果をみて、なるほど! と思ったのですが、ああいうことを狙ってやっていくのは唯の視聴者が思う以上に難しいのでしょう。けもフレ1ではサーバルかばちゃんの表情を覗き込むシーンが多かったように思いますけもフレ2になってキャラクターの造形は表情豊かになりましたが、キュルルちゃん探偵二人が誘拐した騒動で、キャラクターを体ごと大きく動くのが難しかったのでしょう、ギクシャクした感じが出てしまっていました。たつき監督しかできない演出は確かにあったと感じています。作劇においてもそれがあって、避けるために得意な方向性に変えた(結果、戻った)という説は納得できそうです。(追記たつき監督の「素直なキャラだけで面白いドラマ」を作る作劇技術、というトピックはとてもおもしろそうです。優しい世界説はメジャーですが、けもフレ1の作劇技術解説した記事は見たことがありません。いつか語ってくれないかな〜〜という図々しいオネダリ

今日ブレイド回を見ました

もともと文章書くのが下手な上に思ったまま書いたので読みにくいけどごめん

記憶も怪しいから間違ってるとかあるかも

ネタバレあり

バトルファイトジョーカー勝利した場合(=ジョーカー以外のアンデッド封印された場合)世界破滅が始まるって設定で、最後の一人になってしまった始(=ジョーカー)と世界を助けるために、アンデッドになりかけてた剣崎もジョーカーになることで世界破滅を止めたのが15年くらい前。

ずっと会えないけど、剣崎が始の写真集を持って元気に旅してる姿を聞けるドラマCDが4年前(もう4年前!?)。

まりここまでブレイド最終回を変えずに来たわけよ(ディケイドはしらん)。

ドラマCDだって剣崎と始の決意と覚悟無駄にしないようにしてた。だから2人は想いあってても会えないし、悲しいけどそれがブレイドの結末というか結果の後の世界線だったわけよ

今回2人がバトルファイトから解放されて嫌なわけじゃないけど嫌な気持ちも少しある

嫌な気持ちがその2人の決意はなんだったの?っていう夢オチに近い感覚と、なんでジオウで?ってとこかな

剣崎と始が会えないのはつらい。これはオタク気持ちだけどブレイド最終回見た人ならそう思うと思うんよ。あんなん泣くやん。剣崎が緑の血を流したとこからもう生きていけんわ。つらすぎ。

でもそれが剣崎が選ばざるを得なかったというかこれしかなかったから選んだ結果やったんよ。セルゲームでこれしか思いつかないって言ってセルと瞬間移動した悟空みたいな。それはちょっと違うか。

からこそオタクはそれを受け入れたしドラマCDでその決意がまだ続いてるのが悲しいけど嬉しくなったのよ。

でもそれが終わってしまったんよ今日

なんでジオウでってのが、本編で大量のダークローチであふれてて本当に世界が終わってしま絶望感みたいなのを剣崎が全て背負って止めたのに、新しいフォームでどうにかなってしまったのが剣崎と始の15年間はなんだったんだ…ってなったとこかな。徒労感というか。

この3人に救われたと考えればいいのかもしれないけれど、ゲスト解決してもらったっていうのが…もちろん本編の地続きストーリーはすごい嬉しかった(ディ…)。でもやっぱりブレイド問題ブレイドの人たちで解決してほしかったなっていうわがままがある。これは俺たちの問題なんだって剣崎が言ってたけど、本当にそうなんだよなって思った。

2人が救われたのは嬉しいけど、一視聴者として大好きだったブレイドという話の結末が終わってしまったのが悲しい

まって!?本当になんで終わってしまったん…永遠に見続けていた外苑のシーン……森のシーン……ティターン回のレモン……tbkさんとmrmtさんの❤️と♠️の指輪(それは違う)

2人がジョーカーである限り終わらないと思っていたブレイドが終わった日

追記

ツイッター見たら最終回!2人が救われた!って喜んでるツイートめっちゃ見るんだけど、いや確かに救われたのは嬉しいけど、でも、でも…って感じ。始が銀杏並木で剣崎の幻影を見た後の表情、明らかにちゃんと前を向いてるやん。最終回の時点では2人の問題ジョーカーから会えないってとこだけやと思う(記憶曖昧)し、ドラマCDでもそこは増えなかったと思う(記憶曖昧)

2人の悲しみ付け足しすぎてない…?いや記憶違いだったら恥ずかしいかあん言及せんとこ

ブレイドという作品と結末が本当に好きだったから受け入れられないのかな

追記追記

ツイッターエンディングが4つに増えたって書かれてて救われた。違う世界線で考えればいいのね。私は最終回ドラマCD世界が好きだけど、2人が解放される世界もあってもいい。納得。

2019-04-06

けもフレ2の擁護論を見ながら

なんていうか、イエイヌから最終話まで出てしまたから、どんどんと擁護立場を守るための擁護になっていってるんだよな


作品に悪意はない

悪意があった場合、まだしも製作者にテーマに沿った作品を仕上げる能力はあったことになるが

悪意をなくしてしまうと、一貫性のなさや、矛盾点など、ただの無能ってことになる


・人のエゴ表現した作品なのだ(ドヤァ

かに最終回までの演出から、無理やりテーマのようなものを導こうと思ったら、そうなる

というか、そうとしか取れない表現になってしまっている

だが待ってほしい、制作陣はこう言っているのだ

基本的に、前のシリーズ自分面白いと思ったところは全部残すようにしています

普段アニメを見ない人が見ても面白と思えるような作品にしたいと、常に意識して作っています

・僕自身、前のシリーズリスペクトを捧げて作っていますので、「けものフレンズ」が好きだった人は面白いと感じてくれると思っています

・いいところは引き継いでやっていますので、安心して見ていただけたら嬉しいです。

日常を見ることで現代人が忘れてしまった優しさや純粋さ、どこか懐かしくほっこりするような思いを共有できたらと思います

・そして、子供たちにも「けものフレンズ」を通して、動物に興味を持っていただき、幅広い方々に動物園に足を運んでもらえたら幸いです。

おまえら、これ全否定か?

やはり、制作陣は無能しかならない


なんていうかさ、いわゆる「真フレ」と呼ばれる層がなんとか作品としての粗を誤魔化しつつ、自身の論を守ろうと喋るたびに、どんどんと制作陣をけなしているという

ある意味アンチより酷い様相を呈してきているのだが、これじゃ木村監督擁護者をブロックするはずだよ


制作陣に何があったか知らんけど、作品がクソであることはキチンと認めた上で、クソにならざるを得なかった干渉があったのだという方向で擁護しないと

何を守ってるんだかわからない感じになってきてるぞ


擁護するにしても、あの作品自体はきちんと否定してやるべきだ

2019-04-05

けもフレ2は吉崎視点物語

吉崎=キュルル

最終回セルリアン=吉崎の手を離れて行った、たつきけもフレ

絵=けもフレ

けもフレ2はたつきにより化け物と化したけもフレを吉崎の元に取り戻す物語として見ると割とセリフがカッチリハマって笑える

かくや様は告らせたい最終回を見た

いい最終回だった

原作はまだ続いてるみたいだけど、二期はやらないでくれ

このままきれいなまま終らせてくれ

かばんさんがボスを腕から取り外して大量のボスが入っている引き出しにしまうシーン

説明不足で不出来なけものフレンズ2で、わざわざあのシーンを入れた理由が私にはどうしても悪意としか考えられない

他に何の意図があって、あのシーンを入れたんだ?

なんとなく入れるようなシーンじゃない

わざわざ腕から外す必要が何一つない

最後に大量のボスで何かするのかと思って最終回まで見たけど何もなかった

不出来でもなく悪意でもないのなら何なのか誰か説明してくれ

anond:20190402133346

そんなばかな。

話の序盤で振った伏線投げたまま回が終わるし、

最終回まで特に何も起こらず、気になる要素が増えるだけで終わってるし、

物語セオリーから考えても普通に駄作だぞ。

吉崎造形のキャラが動いてるだけで満足みたいな超低レベル要求なら満たすかもしれないが、

だったらもう吉崎に漫画描いてもらったほうが何万倍もマシだ。

そのくらいひどかった。ひどいというか、何もなかった。物語になっていない。

2019-04-04

けものフレンズ2雑感

前評判からどこまで酷い作品なのかと思ったけど、最終話まで見て思ったより全然マシな作品だった。

正直、これが荒れたのはメタ的な所を先に評価して、そのあとに作品を観たから荒れてるんだろうなと感じる。

前作の流れから深読みしてレビューしてるが多いけど、正直今作はそんなに設定とか練ってなくて、その場の思い付きで書いたような気がする。

意味のない数字意味見出してるみたいな、文化祭藤原書記がいっぱいって感じ。

自分感想としては、放映前の騒動のせいで異常に評価を落として、出来が壊滅的でないせいでネタにも出来ない作品って感じ

ネタ抜きのレビューとしてならこれより酷い作品はいっぱいある。自分が見た中だと異世界スマホとかダイナミックコードとか

あの辺はもう『酷い物をいかに楽しむか』って前提があるんだけど、けものフレンズ2に関しては「前作の評価」とかの期待値がある程度あって

それをひどく裏切る形になったせいで評価を落としてる。結局人間絶対評価は出来ない。


けものフレンズ2ではフレンズが人目線からケモノって書かれてたんだけど(これも意図をせずに何も考えずに作ったんだと思うけど)

正直個人的にはかなり好きで、そこを活かす作りとしてのビーストがあるのかなと思ったら、そんなことなかったのは割と残念だ。

全体的に何がコンセプトなのか全然伝わらない作りになってて、キュルルにとっての家って結局何だったんですか?みたいな終わりだし

一話のテーマ提示インタビューとか読まなきゃ見逃すレベルのあっさり感だし。

初回から作って、なんかまとめようとして最終回が出来たみたいな、金も人も時間も足りないみたいな印象が強い。

エモいシーンの前フリみたいなのを考えてなくて、有名なシーンの継ぎはぎで作ったみたいな。


このアニメに関して監督とか脚本とかを責める気はないし、前作監督を崇め奉る気持ちもみじんもないけど

そういう人を見てると皆はメタ的な情報アニメを観てるんだなぁと思う。もうちょっと情報じゃなくてラーメンを食おうよ。

2019-04-03

anond:20190403215630

過激に決めつけていいなら

クソ暇な無職オタク小学生大学生含め)と有職オタク

はっきり視聴権から発言権まで分けたほうが良いと思う。

無職オタクって結局コンテンツ乞食

しかも強い批判匿名しか言えないクソ)でしかない。

 

有職オタク批判血道を上げたりせず(そんな暇ないから)

好きなもの円盤買い支え推しキャラが死んだら一人で泣くんだから

別に無害なもんなんだ。

 

そういう人がネットちょっと最終回のあれはどういう意味?」「ちょっと推しについて語りたい」とググる

無職オタクものクソ気持ち悪い批判言説にぶつかるから敬遠する。

有職オタクがパッとまともな意見を見られる場所が欲しいけどだいたい良貨は悪貨に駆逐される。

まあその結果がツイッター鍵掛けだわな。

ツイッターじゃなくて増田に来てるやつらはお察し。

けものフレンズ2期最終回

まるで一連の騒動を見ているようだった

イエイヌ(1期監督) → おうちに帰らされ(監督降板)、決戦(2期)にも呼んでもらえない

ビースト(1期ファン) → 暴徒化炎上マーケティングに利用され、最後放置

キュルル、サーバルカラカル(2期製作陣) → 多くの犠牲を出しつつも、本人たちは大団円かばちゃん(1期)ともお別れ

どうしてこうなったのか

けもフレ2を見た話

十把一絡げの雑魚感想です

けもフレがあまり関係ない自分語りです

文章不安定です

お気持ちポエムです

最終回見ました

1話からなんか…なんかな…って思ってました

ずっとだめでした

なんでそうなるのと思いながら見てました

これはひどいんじゃないかとか思いました

検索するといろいろでてきますし、2の放送に連動して炎上していました というかしてます

公式リプライを飛ばすのは良いものでも悪いものでもよろしくないと思ってます

でも公式一般人晒しあげするのは悪手だと思いましたしSNSやらせちゃいけないタイプの人にやらせちゃったなとか、あえて燃やしてるのかなとか

でもわざと炎上させるとかそんなわけないだろとか

2は無印ヘイト創作とかそれはさすがにとか

悪意とかそれはさすがに穿ち過ぎだしよくないよとか

最終回見ました

本当にだめでした

なんでそうなるなんでそうしたなんでこうなったんですか

いや理由を考えることはできるけど考えるのが心に良くない 漫画伏線の回収とか台詞意味とか展開の妄想するのは楽しいのにこれは楽しくない

けもフレ2、ヘイト創作にしても微妙だと思いました

ヘイト創作ってのは原作キャラストーリーに駄目出しをして貶めるオリキャラや憑依転生者TUEEするとかがセオリーですけど

原作ツッコミどころある作品ヘイト創作ってそれなりに幅を利かすじゃないですか

個人的な好悪は別としてそういうジャンル二次創作が生まれ理由に使われる箇所が存在するのは理解できなくもないみたいな

スパシンとか80000とか

ヘイト創作ですって住み分けしてくれれば個人的はいいんですが

話がずれている

でもけもフレ無印のどこにヘイトする理由があったんでしょうか

場外乱闘の噂が事実ならヘイト理由存在することは理解できるんですが噂が事実であってほしくないしさすがに本当にヘイト創作せんやろみたいな

でもそうすると2はなんでああなったのか

考えると

考えるとなんか思ってた以上にけもフレ無印アニメ楽しんで見ていたんだなと思います

ブームに乗り遅れたし熱心に感想呟くでも二次創作するでもなく

ただ見て無言で好きだなと思ってただけなんですけど

1話そんな評価されるほどか? とかでもなんか良さげではあるな先見てみるかとか 2話3話続けていっていいじゃんとかいアニメ出会うことができたなとかサーバルかばちゃんボスいいよね、ほかのフレンズもいいよね、本当にいいね…って

通して見てよくできてるんだな最初からすごいなとか

2を見てとても空しくなりました

最終回、わざわざ無印と繋げてそこをそうする? なんで? そうしなくてもいいじゃないですか そうすることで2にどういういいことがあるんですか

覇穹のときにとてもつらい思いをしたのですが、違うベクトルで2もとてもつらいです

前評判や噂や場外乱闘評価するのは避け、あくまで2のストーリーキャラクターだけを見て評価しようと思ってました

その結果の感想は、こんなことになるなら2をやらない方が良かったと思う、です

無印のいいところや素敵なところを潰して、そのための役を演じさせられたキュルルは憎まれて、けもフレというコンテンツ自体に良くない評判がついて、関係者にも悪評が

子供向けアニメって子供向けに作られているんですが、それってつまり子供に見せられないものづくりをしないよう良心的な製作者は心がけているように思います

あえて毒混じりのもの評価されるほどの作品なら面白さは担保されています

けもフレ2は子供向けアニメとするにもよろしくないと感じました

子供向けアニメの他作品に失礼というか

キュルル、急に好きなんだーって叫んでいたところ、痛々しくて見ていて辛かったです

キュルルがサイコパスというより、いやそう捉えられても仕方ない描写があってのこととは自分も思いますが、でもキュルルにあの言動をさせたのはキュルルではなく筋書きを書いた現実人間です

キュルルが好感を持たれるように振る舞わせることもできたのに火を振りまくようなことしかさせなかった

キュルルって実は制作側に嫌われていませんか?

ヘイト創作であるじゃないですか、救済系オリ主のテンプレに乗っかった量産型愛されオリキャラをあえて底が浅い、性格が悪い、稚拙であると暗に描写して冷笑するタイプ作品(オリ主アンチ作品?とでも言うのでしょうか、構造がややこしいのですが)

キュルルというキャラが嫌いだからいかにも嫌われるような振る舞いをさせよう、さらに嫌われるようなことをしているのにさすキュルさせ、説教断罪を作中ではあえてさせないことで視聴者ヘイトを貯めよう

みたいな感じにまで見えてきていや穿ち過ぎだけども…みたいな

ところで話変わるんですがONE作品好きなんですよね

ワンパンマン 二期

話どうするんだろうとは思いつつこれでまた原作ファンが増えたらうれしいなとは思っていたんですがなんかよくない方向にいくかもしれないのかなと思うようになりつらいです

文字にするとストレスが発散されるとのことでつらつら駄文を書きました

抱えるよりはこうして放流した方がたしかに楽かなと思いました

2関連感想動画がたくさん出たの、なるほどなという感じです 出力すれば少しはましになる気がする

2019-04-02

さらば!けものフレンズ

辛い辛い新年度を癒やしてくれるはずだった最終回、目も当てられない駄作だったね。

もういっそのこと作画が溶けるくらいのことしてくれれば笑い飛ばせたけれど、笑えない程度の完成度で、んーって感じ。

たつきが上げすぎたハードル顔面激突。

どうしたらこんなふうにならなかったんだろう? 監督疲労? スタッフ無能? 予算枯渇?

金も期待もかけられて、凡作しか出てこないのって国策プロジェクトがポシャったときみたいな示唆に富むよね。

反省

2019-03-31

anond:20190331182326

最終回伝説級にダメな感じに台無しにしたら、それはそれで買う価値あるけどな

黒歴史保存の観点から

最終回に力を入れるか、最終回を省力するか

やっぱ最終回は力入れてもらわないと円盤買いづらい

1日1話無料マンガアプリマンガ読んでる

たまに有料チケットが配布されると、そのマンガラスト回を購入して1人ドヤる

けど話のオチとしての最終回チケット3話分くらいにはなるし

最終回だけ買っても後日談みたいな感じで意味がわからなかったりする

また、連載中でマンガ最終回でない場合もあり、ちょっと悔しくなったりもする

2019-03-29

けもフレ2の最終回スタッフロールで、実はこれまで脚本を書いていたのはたつき監督だったことが明かされたりすると面白いんだけどな。

まず間違いなく言えるけど、けもフレアンチ絶対に気付かない。

anond:20190329104439

最終回間際に全員事故にあってそれぞれの姉妹のパーツを移植して「私は1人だけど独りじゃない」的な終わり方

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