「年末」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 年末とは

2021-05-12

anond:20210512074729

国際共同治験のことを指しているなら第III相試験対象なので

第I相試験日本人で行うのはしゃーないよ。

今まで薬害があったのは事実だし、少量でも省略しなかった厚生省判断妥当だと思う。

感染者が少なくてデータが集まら申請年末に間に合わなかったが

第三波で一気に調達できたのは皮肉だけど。

問題は購入契約ちゃん米国本社と結ばれていなかったこと、

ロジスティクス現場任せで必要リソース配分がされていないことだと思う。

(ああ、ごめんだからワクチン云々はこの時点では関係ないと自分も思う)

2021年12月から来ました

あなたからしたら約半年後ですね。私からしたら半年前に戻ってきています。はてぶ見ながら懐かしいなあー、こんな時期もあったなと思いながら書いています

オリパラ

無観客で開催しました。メダルの獲得数は過去最大には届かなかったけど、それに次ぐ数を獲得し、メダルに届かなかった競技を含めて名場面が数多く生まれました。期間中報道は、五輪一色。新しいスターが生まれワイドショーバラエティでその選手達を見ない日はないという時間が続きました。今は年末特番で、彼ら・彼女ら再び引っ張りだこになりつつあるという感じです。

ブコメは相変わらずだけれど、ヤフコメTwitterなどは開催してよかったというコメントで溢れています。絆が深まったようです。閉会後に実施されたネット調査では過半数が「成功した」と回答したという記事話題になりました。

選手は完全隔離されていたので、選手からクラスターが発生することはありませんでしたが、何人の選手が期間中に陽性と判明して競技に出られず無念の帰国という悲劇もありました。

大会関係者は、一般入国者と同じ手続き入国してきました。週刊誌報道自主隔離中に外に出歩く外国競技団体役員がすっぱ抜かれていましたが、「政府としては違反する行動があったことは確認していない。安全安心大会のため対策を徹底している」そうです。

ワクチン

7月末までの高齢者接種は達成できませんでした。途中から、75歳以上の後期高齢者を優先すると言う話が出たりすったもんだもありました。ちなみに、8月頃に話題になったツイートは「7月末には希望する人は殆ど打ち終わってる。完了してないのは本人がワクチン拒否してるだけだ」というものです。実際、年末時点で接種完了していない人の8割はワクチン懐疑的意見を持っている、との調査もありました。目標を達成できなかったことは、オリンピックにかき消されて報道ではあまり盛り上がりませんでした。国会も開かれていなかったですし。はてなでは、内閣責任を問う記事が連日ホッテントリ入していました。

なお、1日100万人という数字も達成していません。どうやら100万人打てる分のワクチンを確保したという意味だったらしいです。高齢者以外も打ち終わるのはいつになるのでしょうかね。私の周りは殆ど打っていますが、接種完了率は全年代合わせて過半数くらいです。

コロナ

6月末には第3波の収束時の感染者数と同レベルなりましたが、8月中旬から少しずつ感染者数が増加し12月に至るまで高止まり状態です。ワクチン効果もあってか爆発するような傾向はありません。各地でまん防が発出されたり、されなかったりを繰り返しています。まん防発出地区では投票率が低くなったことが話題になりました。

感染者が増加している原因をオリパラと結びつける意見も多いですが、「因果関係は明らかになっていない」というのが政府見解です。

選挙

オリパラ終わってすぐに「五輪開催とコロナ対策の是非を問う」という名目総選挙になりました。与党憲法は表立って争点にせず、野党憲法も争点化したうえで連携体制で望みました。結果は五輪直後の興奮もあり、自民党議席を減らしたもの単独過半数を維持しました。立民が出馬した選挙区はことごとく破れ、一番議席を伸ばしたのは共産党でした。選挙過半数を維持したことを受けて、自民党総裁は続投となりました。

ワクチンの接種が進まないにも関わらず自民党事実上勝利したこと不思議がる人も多いですが、私は接種の遅れの責任自治体医療従事者にうまく転嫁したことが要因と見ています

2021-05-11

お笑い芸人暴走松本人志の「テクニカルヒット」発言

 東野幸治チョンボのように、吉本興業所属するお笑い芸人たちが愚行や暴走を仕出かすのを観る度に私が思い出すのは、表題に掲げた某有名年末テレビ特番での一コマである

 きつい罰ゲームを受ける他のメンバーの姿を見た山崎邦正(当時、現・月亭方正)が「クリティカルヒットや」と言った。

 それを聞いた松本人志が「クリティカルヒットて何やねん。それを言うなら『テクニカルヒット』やろ」と『訂正』したのである

 明らかに松本人志の方が間違えていたが、それにも関わらず現場の誰もそれを指摘できず「実は間違えているのは松本人志の方である」という字幕スーパーを付けることもできないままで、この場面は全国に放送された。

 或る集団の中で力を持つ人間が「白」と言えば、本当は黒いものでも「白い」ということにすることが出来る。それができる人間事務所事実上トップとして君臨しているのだから吉本興業松本の子分に甘んじている有象無象お笑い芸人たちも「自分たち言動は、もしかしたら間違っている可能性も有るのでは?」と疑問に思わなくなるのも不思議ではないと思う。

 そういう事務所人間癒着して骨絡みの利益共同体になってしまって、吉本興業お笑い芸人批判できていないという意味でならば、マスメディアが「マスゴミ」呼ばわりされるのも仕方が無いと個人的には思うが、少なくとも東野幸治にそれを言う資格は無いのも確かである

2021-05-10

なんでたか年末M-1でさ

その年のお笑いの傾向決めようやん素敵やん

的な空気になってんの?

 

傷つけない笑い!あるいは貶す笑い! 

かいちいち振り切られるのめんどくさい

 

あとさ、いちいちジャンル開拓したいんなら

そろそろ政治批判出来るお笑いくらい出せよ

久々に記帳したら残高80万になってた

年末に株で全額ぶっ込んだのに残高が回復してきたのは良か良か

しかし株で全力して塩漬けしてるので最悪

専業で株なんて出来ないな

毎月給料貰える会社員が1番よ

親子・兄弟関係ってそんなに絆強いもの

菅義偉首相の息子が接待問題起こしたら、父親である菅義偉接待関係あるに違いないとか。

池江選手の兄が電通所属から、池江の発言電通工作とか。

まりピンとこない。

俺の家では、別に不仲ではないけど家族と対面会話するのはお盆年末の年2回くらいで、あとはお互い何してるのか知らない。

菅義偉も息子とは年に1回しか会わないとか言ってたけど、そんなもんじゃないのか。

なんかネットでは、家族同士協力して暗躍しあい家族内で情報を共有して不当に利益を得る、みたいな「家族」の絆が強いイメージありすぎるんだが、みんな結構そんな感じなのか?我が家だけ異常なのか?

1000倍わかりやすい、水際対策重要性 #わかるコロナ

聞いてほしい。

イギリスで広まったN501Y変異株が、いま、日本中で猛威を振るっています感染拡大を防ぐ手段は、大きく分けて水際対策感染対策ワクチン接種の3つ。このうち感染対策は、マスクや三密回避はもちろん自粛も含めて、かなりの限界に来ています。またワクチン接種は、まだまだ先の長い道のりです。

日本の水際対策はどうだったのか。今後はどうなのか。心づよいニュースは聞きませんが、その重要性を、この記事1000倍わかっていただきたいと思います。なお、決して「最初の1人の感染者」を責めたくて書いているのではないことを、強くお断りしておきます



たった3人の感染者が、4ヵ月で累計7500人を超えるまで。

報道によれば、日本でN501Y変異株が確認されたのは、2020年12月22日イギリスから帰国し、29日に陽性が確認された東京都男性のものとみられています。また、この男性から感染したとみられる男女が、12月30日1月3日にそれぞれ発症しています

そこで、「12月27日の時点で東京に(少なくとも)3人いた」という事実を出発点とし、「N501Y変異株の感染力は、従来株の1.5倍」という最新の予測値(https://www.jiji.com/jc/article?k=2021050800389&g=soc)に基づいて、N501Y変異株の感染者数がどのように増えていくかを推計してみます。また、東京都による現​実のスクリーニング検査に基づいた推計とも比較します。

東京都全体 従来株N501Y(3人)N501Y(現​実)緊急事態宣言など
12月27日 5172 5169 3 0 ※下記注参照
1月03日 6122 6117 5 0
1月1012681 12664 1​7 01月08日 1都3県で宣言
1月17日 10787 10766 21 291月14日 6府県で宣言
1月24日 8490 8465 25 30
1月31日 5961 5935 26 48
2月07日 4004 3978 26 30
2月14日 2660 2634 26 22
2月21日 2391 2356 35 0
2月28日 1942 1900 42 02月28日 6府県で解除
3月07日 1779 1721 58 30
3月14日 1954 1861 93 2​8
3月21日 2108 1960 148 673月21日 1都3県も解除
3月28日 2457 2208 249 77 (この週までの現​実値は、検体が少なく誤差が大きい)
4月04日 2728 2333 395 450
4月11日 3276 2612 664 983
4月18日 4105 2972 1​133 18​604月12東京まん防
4月25日 5090 3238 1852 29264月25日 4都府県で宣言
5月02日 5832 3139 2693 3985
期間累計 89539 82028 75111​0565

最初の3例が現​実の推計に現れていないのは、東京都データが「ランダムピックアップされた検体」による統計目的であるため。全数調査でない限り、3例のように変異株を積極的調査したデータを入れてしまうと、変異株の比率が実際より高く見えてしてしまう。

※ 毎週の全体の感染者数は、NHKデータ(https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data/pref/tokyo.html)に基づく。現​実変異株の推移は、東京都の健安研及び民間検査機関等の合算データ(https://anond.hatelabo.jp/20210502201619)に基づいた推計値。


最初の3人からすべてが広まったと仮定した場合赤​色の推計値が、現​実の青​色の値と驚くほど近い推移をしていますわたしも実際に計算するまでは、「最初の3人からの広がりが、全体の何パーセントくらいを説明できるんだろうか」くらいに思っていたのですが、恐ろしいことに、追加の入国者を想定することもなく、3人だけでほぼすべてを説明し尽くしてしまいました。

視点を変えると、最初12月27日だったということも、期間累計の感染者数に大きな影響を及ぼしていると言えます。これより4週間早く感染者が入国していた場合は、期間中の累計は7511人から2万1513人と激増します。逆に4週間遅れていたら、累計は1298人へと激減します。国内に持ち込まれるのを、1日でも1週間でも、くい止め続けることが大切なのです。いっぽうで、たとえばコロナ感染した入国者3月4月に入ってから1人追加されても、この表の感染者数にはほとんどインパクトを与えません。しかし、その1人を種にした感染者数のねずみ算は、やはり何ヶ月か経てば数千人、数万人へと爆発していくのです。

あと、少しだけ脇道にそれますが、1月から2月にかけての緊急事態宣言中、従来株を勢いよく減らせていた中でも、感染力の強いN501Y変異株は押さえ込めていないことがわかります。従来株の1.5倍の感染力というのは、「通常の手段では減らせないレベル」と考えてください。微減、程度には持ち込めるかもしれませんが、大きく減らすには、ロックダウンワクチンの普及が必要です。

※ 考えられる誤差についても検討しておきます12月27日に最低3人いたことは確実なわけで、その時点で日本に2人以下だったというシナリオはありえません。逆に、その時点ですでに4人以上いた、またはその後も新規入国した感染者がいた可能性はあります。仮に最初がちょうど4人だった場合は、期間累計は9044人となり、より現​実に近づきます。また、初期に大きめのクラスターが発生してもっと大幅に増えていた可能性もありますしかしそれにもかかわらずこのように現​実に近い感染者数に収まっているとすれば、それはどこかで感染拡大の種火とならずに収束した幸運な事例があったというだけで、その幸運がなければ、現​実はよりひどいものになっていたということです。

※ (5月11日追記)この推計の出発点とした特定の3人から感染がすぐに収束し、別の入国者が入れ替わりで、またはより早くから起点になっていた可能性もありますしかしここでは、年末に3人いた場合に最も可能性の高い感染拡大の推移として、いま得られる最善の推計を示しました。



その1人を、漏らさない。

やってる国は、やってます。とても厳しく、または超スピードで。

この特定の事例に限らず、「たった1人を水際で漏らすことによる甚大な影響」は、大阪神戸でも、明日インド株でも起こりうることです。東京から地方へは、当然すでにたくさん漏れて各地の「たった1人」になっているでしょうし、国内の移動を防ぎきることは現​実的ではありません。また、今回たまたまこの人が感染者だっただけで、国から要請に基づく入国後14日間の位置確認ができない人は1日300人を超えるといいますから、まったく別の人が同じような火種になっていたシナリオは、いくらでも考えられます

しかし逆に言うと、海外から国内に入ってきてしまう事例というのは、従来株も含めて、おそらくわたしたちの想像以上に、ほんのわずかな人数だということです。これさえ確実にくい止めていれば、国内は本当にラクになるのです。

実際、高い危機意識の元で、台湾では14日間の自宅隔離(+7日間の自主管理)を厳格な罰則付きで行っていますし、ニュージーランドでは14日間の施設による強制隔離を行っていて、現在の1日あたりの新規感染者はどちらも全体で数人というレベルに抑えていますさらに、N501Y変異株は感染を引き起こす期間が平均(!)で13.3日間と、従来株の8.2日間に比べて長くなっていることからシンガポールでは強制隔離を21日間へと延長しています

コロナ以降の日本への入国者数は、外国人日本人を合わせて多いとき2020年12月の13万人、緊急事態宣言下の2021年2月でも3万人いました。しか人口2300万人の台湾でもいまなお毎月5万人前後人口500万人のニュージーランドでも毎月8000前後入国させています。こうした国々では、実際に有効な水際対策を実現できているのです。

いっぽうで、不幸な事例もあります人口1700万人のカンボジアでは、2021年2月20日、隔離中の旅行者警備員賄賂を渡してホテルを抜け出したせいで、ずっと押さえ込めていたコロナが2ヵ月たらずで1日数百人規模にまで膨らんでしまいました。しかし、政府の行動は迅速で、陽性判明からわずか8日後には禁錮10年などの重い罰則を伴う新法が審議され、12日後には州のロックダウン、19日後の3月11日には新法が施行されているのです。



何万人にも増える感染者を、まるごとゼロに。

徹底した水際対策は、魔法でも、夢物語でもありません。

日本では2021年5月10日に、インドなどから入国者への宿泊施設での隔離を、3日間から6日間に延長します。もちろんこれは期間としてはまったく不十分で、その後は入国から数えて14日間の自宅などでの待機が「要請」されていますしかし先ほど書いたように、1日300人を超える人がその要請を守れていないのです。

日本実効性のある水際対策ができないのは、どうしてなのでしょうか。また、マスコミ政府に対してその理由を問うているのでしょうか。

金銭的な面では、その後何万人にも増える感染者のことを思えば、十分に割に合う措置だと思われます。また、ニュージーランドでは隔離施設宿泊費を、原則として自己負担させています金銭ではないとすれば、宿泊施設的な問題なのでしょうか。相応の人員設備が求められるコロナ患者宿泊施設療養と異なり、基本的には健康入国者たちの隔離ですから賄賂を受け取ったりしないまじめな管理人や警備員がいれば成り立ちます。また、コロナ以前は毎月およそ300万人の外国人観光客を受け入れてきた宿泊業界に対して、隔離施設への協力金としてGoToトラベルのような予算をつぎ込むことは、国民理解も得やすいのではないでしょうか。コロナ後に最も多かった2020年12月入国者13万人に対して、1日1万円を21日間補助しても、予算は273億円です。いっぽうGoToトラベルでは全体で2.7兆円の予算が組まれ2020年12月時点で宿泊事業者には7286億円が配分されたといいます

法律的問題どうでしょうか。どうやら野党だけでなく、与党内にさえ水際対策が不十分だとの声はあるようです。しかし逆に、だったらその立法を妨げているのが何なのかが、わかりません。そもそも水際対策を強化すべきではないと思っている議員がいるのでしょうか。たとえば「行動の自由を最大限尊重したい」とか「ビジネス客がもたらす経済的利益が大きい」とか、はたまた「オリンピック開催時の選手関係者に対する措置との整合性がとれない」とか、いずれにしても堂々と国民説明して賛否を問うべきでしょう。

もちろん、どれだけ水際対策を強化しても、すでに国内で増えてしまったウイルスを減らしてはくれません。しかし「いまさら遅い」なんてことは、この先もないのです。国内がどんな状況だろうと、どこかで1人を漏らしたならば、既存感染者とはまったく別に、その1人を種にしたねずみ算で新たな数万人もの感染者を追加して生んでしまうということを、どうかわかってほしいと思います



参考:

日本経済新聞 東京の男女3人が変異感染 2人は英国滞在者と会食

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG101UZ0Q1A110C2000000/

共同通信 入国後の誓約不履行、1日3百人 コロナ対策、14日間の位置確認

https://this.kiji.is/761143377954619392

サンケイビズ カンボジアコロナ陽性者急増 隔離中の中国人旅行客外出が発端

https://www.sankeibiz.jp/macro/news/210308/mcb2103080612001-n1.htm


#わかるコロナ シリーズ:

2021-05-08

年末まで生きていられる気がしない

2021-05-04

初心会興亡記 -かの大帝国は如何にして一夜で滅んだか-

ちょっとゲーム歴史をかじったことがある人なら聞いたことがあるだろう言葉初心会』。

とにかくこの言葉へのイメージは最悪だ。「真っ黒組織」「ゲームヤクザ」「歴史の闇」「悪の秘密結社」etcetc。

そんな初心会だが、はたしてどれだけの人が正確に初心会とはなんなのか、どのような悪どいことをしてきたのか、そして最後はどういうふうに消えていったかを語ることができるだろうか? おそらく、ほとんどいないのではないだろうか。

この初心会について、私が調べたことをゲーム流通歴史を絡めてまとめて書き出すぞ。これで君も初心会マスターだ! ちょっと長いけど勘弁な!


まずは初心会のものについての解説だ。

もともとの任天堂花札屋であり、そこからトランプおもちゃを売り出したことは知っているかな? 創業明治時代だ。

1960年代前半の任天堂問屋を通じてテリトリー別に小売店団体で集め、トランプかるたの特売セールの景品といった形で温泉招待旅行などを行ったりしていた。そうした中、「ダイヤ会」という親睦会が問屋内で自然発生する。このときあくまローカルな親睦団体という形でしかなかった。

1973年2月光線銃といったヒット商品が出始めたのをきっかけに、このダイヤ会を全国規模のきちんとした親睦会の形にしようとして生まれたのが初心会だ。ファミコンが生まれるずっと前だ。そしてファミコンはこの初心会に参加している問屋(59社加盟、その中でゲームに力を注いでいたのは30社ほどだったそうだ)を通じてのみ、流通させようとした。これには理由がある。

ファミコンゲームROMカセットだ。ROMカセットCDと違って作るのが大変だ。発売日の三ヶ月前にはどれくらいつくるか数字を決めなきゃならない。一本つくるのに1000円以上かかる。もちろん任天堂は自前の工場を持っているわけではないから、他社の工場お金を払って作ってもらうわけだな。(ドラゴンクエストシリーズ京セラがつくっていたらしい)

つくってもらったゲームソフトを売る。売れればいい。残ったらどうするか? ROMカセットはとにかく廃棄しづらい。体積があるから倉庫在庫としては大変だ。処分するにも金がかかる。そのため在庫なしの売り切りスタイルであることが求められた。第一、このとき任天堂に「日本全国どこでどれほど、どのファミコンゲームが売れるか」という予測を立てる能力はまったくなかった。

それゆえ当時の任天堂社長山内初心会の力を借りることにした。ファミコンゲームソフトは全量初心会への返品なし買い切り制在庫は持たず、追加の注文が重なってきたら再販というスタイルだ。ファミコン専売権を与えるかわりに返品は勘弁してくれということだ。初心会は全国にその配下二次問屋があるので、彼らを通じて全国の小売店ファミコンを売りだした。ちなみに当初の初心会参加問屋意見としては「こんなもの絶対に売れない」だったそうだ。

ややこしいのがこの後、ファミコンの登場に衝撃を受けたハドソンナムコサードパーティとして参加することだ。当時の任天堂サードパーティが現れることを予測していなかった。というか、まさか他社がファミコンソフトを作れるとは思っていなかった。そのためサードパーティ参加用の契約書をあわてて作る羽目になったという。(このときアメリカにてアタリサードパーティであるアクティビジョン販売差し止めで訴えていたが、後に和解し、サードパーティ合法化された経緯があるため、そもそもサードパーティを認めない、という選択肢はなかったものと思われる)

このときナムコ簡単だった。ナムコは自前でROMカセットを作ることができたからだ。アーケードの雄はハードウェアを扱う力に長けていた。ナムコに対しては自社生産を認め、1本100円のロイヤリティを収めてくれれば問題ないという契約を交わした。

ハドソン問題だった。ハドソン能力こそずば抜けていたが、なにぶん会社の規模が小さかった。とても自前でROMカセットは作ることができず、任天堂に頼ることになった。

任天堂からしたらさら想定外事態だ。どうやればスマートサードパーティ用のソフト流通させることができるのか。任天堂リスクを負うことなく、かつゲーム市場が適正に伸びていくための方法模索する必要があった。

最終的な仕様は、まずサードパーティは一括して任天堂製造委託費を払う。その中からロイヤリティを差っ引き、任天堂工場ROM発注する。作る数は任天堂サードパーティ初心会の3つで相談して決める。初心会サードパーティ任天堂委託したROMを全数買取、支払いする。これで決まった。

もちろんこれが全てではない。年末クリスマス商戦を狙って多数のソフトメーカーソフトを投入してくるので、思ったような数が生産できないので任天堂が拒絶する場合もある。初心会の見込み以上に売れると意気込んだサードパーティが、自前で在庫を抱えてリピートを狙う場合もあった。ROMカセットは作るのにとにかく時間がかかるからリピート発注が来てもそのとき在庫がなければ応えられるのは早くて三ヶ月後だ(半導体在庫事情によっては半年待たされることもあったらしい)。そうなればすでに需要中古で落ち着いてしまう。そういう理由初心会の注文数よりも多くつくるメーカーもあった。そのままリピート注文が来ず在庫になった? その場合は大特価二次出荷するしかない。君はかつてゲーム屋でファミコングラディウスが新品980円で売られているところを見たことはないか? あれはつまり、そういうことだ。

この中で任天堂非難する流れがあった。サードパーティソフトを出すにあたり、任天堂はなんのリスクもなくロイヤリティ徴収していると。しかしこれはそもそもファミコンという当たるかどうかわからないプラットフォームを立て、リスクを負った会社が得るリターンとしてはむしろ当然ではないだろうか。不満があるならセガのように自社プラットフォームを出せばいい。ナムコも自社プラットフォーム計画していたらしいが、結局世に出ることはなかった。



ファミコン時代流通はこういうことで決まった。このあたりの動きでは初心会があまり悪の組織っぽくなくて意外かもしれない。こんな証言がある。スクウェア創設者鈴木尚2003年岡山大学にてインタビューを受けたとき発言である


初心会っていう問屋集団が、ある時期は全くファイナンス役割果たしてくれてたわけですよ。あまりに量が大きくなると「すみませんお金ないんですよぉ」って言うと手形をくれるわけです。その手形担保銀行からお金を借りるわけです。実質的には、ある日突然ファミコンブーム終焉しない限りは、返ってくるだろうという。

この時期はスクウェアファミコンに参入したての頃を指す。任天堂ROM製造委託費を前払いで求めてくるので、どこかが銀行の代行をしなければならない。そこで初心会が(正確にはその中の一つの問屋だろうが)その役割果たしていたということだ。

スクウェアはこの後ファイナルファンタジーで有数のRPGメーカーとして名を馳せることになるが、実は完全覚醒するまでにはもう少し時間がかかった。初代ファイナルファンタジーの初回出荷数は40万本で、これが最終的には80万本まで伸びる。次回作ファイナルファンタジー2にて70万本超えの実績を得たが、実はこれ、途中でかなり問屋内で在庫が残って大変だったという。しかファイナルファンタジー3では初のミリオン超え(最終的には140万本)を果たす。それに伴い過去作も売れるようになって、リピードがかかったというわけだ。このあたり初心会はうまくスクウェアバックアップに動いているように見える。


そう見えるのは、それはスクウェアが一流メーカー入りを果たしたからだった。ファミコン末期の他のメーカーはどうだったか? 1990年8月晴海にて「ファミリーコンピュータゲームボーイ展示会」「スーパーファミコン発表会」が行われた。年末発売のソフト中心に初心会小売店に対して各ゲームメーカー披露する展示会だ。この展示会自体1988年からやっている。

しか1990年ではついに「受注ゼロ」のソフトが出始めたのだ。しかも一つや2つではなく、この展示会で並んだソフト(約100タイトル)のうち、3割が受注ゼロだった。この時点でファミコン市場は売れるソフトと、そうではないソフトの差が尋常ではなく離れていた。

この場合メーカーには2つの道がある。一つは発売中止。もう一つは「任天堂には最低限の発注を行い、初心会には最大限の営業活動を続ける」というもの。もちろん初心会に対して売る気を見せるために大規模な広告活動をやれば発注はくるかもしれないが、その分当然損益分岐点はどんどん高くなる。もっと有効なのは卸値自体を下げてしまうことかもしれない。

そうしてギリギリの攻防が続けられなんとか出荷したゲームはどうなるだろうか? 端的にいうと、人気ソフトの添え物として扱われた。初心会問屋二次問屋小売店へ向けて1本の人気ソフトに対してこういった不人気ゲームや、在庫売れ残りゲーム抱合せで売りつけた。このときのレートによって「1対3」「1対4」などという言葉が生まれた。(場合によっては1対8なんてのもあったらしい)

さらにはバッタ屋ルートなるもの存在した。問屋の不良在庫を捨て値で買取独自ルート小売店に売る。このとき小売店ゲーム屋とは限らない。スーパーディスカウントストアリサイクルショップと様々だ。なかには「お楽しみ袋問屋」なるものもでてきて、中身が見えないファミコンソフトの詰め合わせが一山いくら世界だったそうだ。こういった不人気ソフトワゴンセールをとてもよく賑わしてくれた。

ちなみに抱合せ販売違法なので、公正取引委員会による排除勧告初心会問屋に入ったことがある。ドラゴンクエスト4の頃だ。そのためかわりに「新作ドラゴンクエストの受注を行います。なおドラゴンクエストの他にあの大人ソフト郡(大人気とは言っていない)のリピート販売を行いますので、ぜひ同時注文してくださいね」なんて手法が取られた。




これらの状況を任天堂は当然良く思っていなかった。もともと任天堂アタリショックを目の当たりにして、「クズソフトの氾濫は市場を殺す」と認識していた。そのため、サードパーティには本数制限をかけた。が、サードパーティ自体が増えれば意味がなかった。子供向けのおもちゃであるために表現規制を敷いたが、クオリティチェックはまだこの時行われていなかった。どんどん増えるソフト初心会流通在庫市場を殺す材料になりえた。どこもが不良在庫を減らそうとやっきになって価格ディスカウントしてしまえば、プレイヤー適正価格ゲームソフトを買おう、という意欲が損なわれる恐れがある。


そこで任天堂はこの状況を打破すべくスーパーマリオクラブという組織を立ち上げる。一般モニタープレイヤー2000人超を使い、彼らに発売前のゲームを二時間実際にプレイしてもらい、どこがどう面白いのか、つまらなかったのかを評価をする。評価は項目ごとに点数付けされ、集計されたデータ問屋小売店に送られる。このデータ雑誌ファミリーコンピュータマガジンなどにも送られ掲載されていたので、知っている人は多いんじゃないかな。そしてこのスーパーマリオクラブソフト売上の予測も立てるようになった。意外なことにこの素人集団予測が的中した。後年はマリオクラブ参加者自身が慣れてきてしまい、その予測が外れるようになってしまったが。余談だがマリオクラブはこの後正式任天堂品質管理部門となった。さらにその後分社化が行われ、マリオクラブ株式会社となった。

任天堂としてはスーパーファミコンを機に一度市場リセットしようと試みた。品質管理に売上予測、あまりに多くなりすぎた流通在庫。今ではピンとこない話だが、当時のゲームメーカーは「いったいどれほどのゲームが実際にプレイヤーの手に渡っているのか、どれほど流通在庫が眠っているのか」を把握する方法ほとんどなかった。商売相手小売店プレイヤーではなく、あくま初心会からこんなことになったわけだ。

当時の任天堂社長山内はこう語っている。「どれほどのソフトが売れるか、我々にはわかりようがない。流通プロに任せるしかない」。これは初心会オンリー流通自己弁護した言葉と思われた。しかしこの言葉には「流通プロでもわからないのなら、任せる意味がない」ということを含んでいる。この言葉の本当の意味はこの後判明する。


そうして新たなスタートをきったスーパーファミコン市場だったが、これは結論からいうと、なんら変わらなかった。むしろますますカオスになっていった。このあたりからいよいよ初心会初心会らしい悪行が目立ち出す。厳密にいうとこの美味しい市場に目をつけた業者が、なんとか流通に入り込もうとし、初心会の中の一部(ここはもしかしたら一部ではないかもしれない)が彼らと手を組んだ結果なのだが。

スーパーファミコン本体がほしい場合アクトレイザーとの抱合せで(違法? 知りません)。しかスーパーファミコン自体の掛け率は98%。場合によっては小売超え。別売りケーブルスーパーファミコンAVケーブル別売りだった)を売るほうが利益がでる状況だ。

・80万本の出荷実績があるサッカーゲームの第二弾が登場したとき初心会とある問屋一社が初回出荷数50万のうち25万を買い占めた。この25万は発売日に大量には卸さず、自前で在庫として抱え、市場在庫が枯渇して小売店二次問屋が注文してくるのに対し、他のクズソフトとの抱き合わせ違法? 知らない子ですね)で売りさばいた。

とある問屋メーカーに対して「うちは来週から社員旅行にでかけるんで、申し訳ないのですけど一週間早くソフトを卸してくれませんか?」と要望があった。それに応じて一週間早くソフトを送ると、なんとそのまま発売日よりも一週間早く小売店ソフトが並んでいた。社員旅行なんてそもそも嘘だった。

メーカーに対してゲームソフトを大量に仕入れることを約束する見返りとして、その担当者個人の口座にリベートを送るように要求した。

問屋勝手に掛け率を決めて発注書をメーカーに送りつけた

(続く)

https://anond.hatelabo.jp/20210504185958

母をコロナで亡くした

去年の年末に、大阪市内暮らしていた母が突然倒れた。原因はコロナだった。

母が倒れてから亡くなるまでの経過を、当時つけていた自分日記から転載していく。

日記の部分は長いので、時間のない方は最後の所感だけでも目を通してほしい。)


============


2020/12/17(木)

夕方17時頃、仕事中だった。叔母から私の携帯に連絡があり、実家で母が倒れたということを知らされる。

この時点で、電話からは「母はコロナ感染していて、心肺停止状態だ。救急搬送されて今は病院にいる。」という情報が耳に入ってきた。

いきなりだったので何のことか理解が追いつかずにうろたえていると、とりあえず搬送先の病院に連絡してほしいと言われる。

母がコロナ感染しているということもショックだったが、心肺停止ってどういうことだ?感染が判明して、いきなり重症化したってこと?

とりあえず病院電話をかけると、担当医師から、母の現在状態説明するのですぐに病院まで来てほしいと言われる。

慌てて職場を飛び出して病院にかけつけた。母はコロナ感染の疑いがあるということで、面会は禁止されていた。

遅れて病院にかけつけてきた姉と共に、ICUの前で医師から説明を受ける。

今日のお昼前に、実家で母が突然倒れた。側にいた父が気づいて、すぐに救急要請し、救急隊員がかけつけてくれた。

その時点ですでに心肺停止状態だったので、病院まで搬送される間に心臓マッサージ等の蘇生処置が取られた。

すると、止まっていた心臓が動き出した。その状態病院ICUに運び込まれた。

精密検査をしてみると、膝に血栓ができていることがわかり、それが肺に飛んで、肺がつまって呼吸ができなくなり、それに伴い心臓も停止したらしい。

現在意識はなく、心臓を動かす薬を最大限に投入して、さら心臓を動かす装置を取り付けて、無理やり動かしている状態だという。

蘇生処置の時に折れた肋骨が肺に突き刺さっていて、身体に大きなダメージが出ている。

心肺停止中に脳に酸素が届いていない時間が長かった為、脳にも大きなダメージが出ている可能性が高い。

今夜間か翌日中には、また心停止する可能性が高く、そうなったときにはおそらくもう助からないとはっきり言われた。

コロナ検査も行われていて、2種類ある検査の内の1つ目では陽性と判定が出ている。もう1つの検査で陽性と出れば確定らしいのだが、それは明日に結果が出るとのこと。

そしてここで、医師から重要決断を迫られることになる。

次に心停止した場合には、心臓マッサージ等の蘇生処置を取るかどうか確認されたのだ。

姉と二人でしばらく悩んだが、心停止した場合には、もう蘇生処置は取らずに自然に任せてくださいと回答した。しんどい

コロナ陽性の疑いがあるので母とは面会することはできないのだが、看護師さんのご厚意でリモートで面会させてもらえることになった。

姉のスマホと私のスマホラインビデオ通話でつなげておき、その状態看護師さんが防護服を着て、母の病室に姉のスマホを持ち込んでもらい、私のスマホから母の様子を見せてもらったり、話しかけたりさせてもらえた。

母の意識はないし、当然反応もないのだが、様子は大体わかった。口に管をつながれてつらそうな感じだった。気の毒で涙が出そうになる。

その後は、ICUの前で待機することもできないので、一旦帰宅することにする。

看護師さんから、次に病院から連絡をもらうタイミングをいつにするか確認された。母が心停止した時に連絡してもらうことにする。しんどい

しんどい決断ばかり次々と求められる。

帰り道のタクシーの中で姉と少し話をしたのだが、どうもよくわからない。

同居していた父から少し話を聞いた感じでは、母は一週間くらい前から喉が痛かったり咳が出たりして、具合が悪そうだったらしい。

母は今年で73歳。基礎疾患などはなく、最近まで健康のものだった。

コロナ感染すると、風邪に似た症状が続いて、その後いきなり重症化するというのは知識としてあったが、膝の血栓が肺に飛ぶとはどういうことなのだろう。コロナと何の関係があるのだろうか。血栓ができやすくなるというのは聞いたことがあるような気がするが、それのことなのだろうか。

コロナ 血栓」でネット検索して色々調べると、やはり血栓ができる可能性が高くなることが最近わかってきつつあるというニュース記事トップにあがっていた。


2020/12/18(金)

から仕事に行く。急ぎの仕事を手っ取り早く片付けておく。

日中いつでも病院からの呼び出しに応じれるように身構えていたが、結局連絡はなかった。

一日ハラハラして気がかりで落ち着かない。

気を抜くと涙が出てくるので、気持ちを抑え込むのに精一杯だった。

まり頭が回っていないので、頭を使わない単純作業を中心にこなしていた。

昼過ぎに姉から連絡があって、母のコロナの残りの検査の結果がわかった。母はコロナ陽性で確定らしい。

同時に、同居していた父が濃厚接触者になってしまうとのことで、思わず頭を抱えてしまった。

母だけではなく、父まで感染したとなっては目も当てられない。


2020/12/19(土)

保健所から実家に連絡があって、父のPCR検査の日程が決まったらしい。次の月曜日だ。

もし陽性だったらどうしようと思いながらも、その可能性は高そうだと覚悟を決める。

とりあえず、保健所から要請で、当面は父は自宅から外出することは禁止されているので、その間の食料品などの物資供給を、私がサポートすることになった。実家とは電車で15分ほど離れた場所に住んでいる私が、姉と比べると比較的近所だということで、私の担当になった。

午前中に父から必要ものの注文をメールで聞いて、午後から実家近くのスーパーに行って買い物した。それを実家玄関先に置いておく。父と顔を合わせることは絶対にしてはいけないので、ピンポンダッシュした。


2020/12/20(日)

今日も父から注文が入ったので、救援物資を届けに行く。昨日は食料がメインだったが、今日日用品が多かった。

父のPCR検査だが、タクシーで来るように指示されているらしく、お金を払う時に手間取らないように千円札10枚を封筒にいれて、それも救援物資と一緒に届けておいた。

帰宅後、姉とラインで、母の感染経路が本当にわからないという話をした。

からの話では、最近の母は普段から買い物や銀行くらいしか行っていなかったそうなのだが、どこで感染したのかが本当にわからない。

不織布ではなく、自作した布マスクをしていたから、それで防御力が弱かったのだろうかとか、そのくらいしか要因が思いつかない。


2020/12/21(月)

から普通に仕事に行く。

昼過ぎに、姉から連絡あり。病院から電話があって、母が元気になってきているらしい。

一時は危なかったが、今は心臓ちゃんと動いてきた。血圧も元に戻ってきたとのこと。

父のPCR検査も無事に終わったらしい。

検査は市内の大学に併設の病院でやっていたのだが、大学建物の中ではなく、小さなテントの中でやっていたらしい。

テントの中には小さなヒーターが置いてあって、他にも何人か来ていたが、間隔を開けて並んでいたそうだ。もちろんお互い会話はなし。

検査は一瞬で、「上を向いてください、チクっとしますよ」って言われて、鼻から管みたいなものを入れられてすぐ終わったらしい。

検査費用はかからなかった。保健所からの指示で受ける分には無料らしい。


2020/12/22(火)

昼頃に父からメールが入り、検査の結果は陰性だとわかった。

ひとまずほっとした。

これから2週間の間はまだ外出禁止で、保健所から2日に一回連絡があって、健康状態を聞かれることになるらしい。

どうして一緒に暮らしていても、感染しないのかが不思議だった。

そのことをラインで姉と話し合ったが、よくわからないという結論で終わってしまった。

最近コロナ変異して感染力が上がっている?母はそれで感染したのか?

でも、父には移っていないのが謎。かかりにくい人とそうでない人がいる?


2020/12/23(水)

から電話で連絡があった。

保健所から勧告書」が届いたとのこと。

どうも母に対する勧告書のようで、コロナから回復した際には、他人接触する仕事をしたら罰則があるとかそういうことが書かれているらしい。

母が回復することはあるのだろうか。なんとか意識が戻るところまでいってくれないだろうか、そんなことばかり考えてしまう。


2020/12/24(木)

母が倒れて今日でちょうど一週間。病院からの連絡は特に何もない。

どうなっているのかが気になる。


2020/12/25(金)

今日仕事納めだが、明日から休みになるという開放感がまるでない。

頭の中は母のことでいっぱいだ。


2020/12/26(土)

父に救援物資を届けに行った。

母が倒れてから実家に帰る頻度が上がっているが、家の中には絶対に入れないので、あまり帰宅した感触がない。


2020/12/28(月)

家でぼんやりしていると、夕方16時頃に、母の担当医師から連絡があった。

母の症状は横ばいで、もう睡眠薬は与えていないが、ゆさぶったりしても反応はなく、意識が戻らない状態であるということ。

そして、12/24(木)に2度目のPCR検査を行ったが、結果は陰性に変わっていたとのこと。

意識を失っている間にコロナから回復したのだ。

1/4(月)から一般病棟に移ることになるので、そのタイミングで面会できる機会を設けると言われた。

一般病棟であっても原則面会は禁止なのだが、今回だけ特別に認めると言われた。

そこからは、今後の治療方針の話になった。

もし今後、血圧が下がっていったり、酸素の取り込み状態が悪くなるなどした時に、心臓マッサージ血圧を上げる薬の投与をするかということを尋ねられた。

どちらも体に負担をかける行為になってしまうが、どうしますかと訊かれた。

「今後、母の意識が戻ることはあるんですか?」

心停止していた時間が長く、脳に酸素が届いていない時間が長かった為に、再起不能なまでにダメージがきているので、回復は難しい」

とはっきり言われた。

じゃぁ、と思った。

今の母は、死ぬのを待っているだけの状態ということなのか。

徐々に死に向かっていくのを、ただ見送ることしか私達にはできないのか。

そのことを踏まえたうえでの選択だ。

姉と電話小一時間相談した結果、母の容態が悪化した際には積極的回復処置は取らずに、自然に任せる方針でいくことにする。

肉親の生死に関わる方針を、こんなに短時間決断していかないといけない残酷さに打ちのめされた。しんどい


2020/12/29(火)

今日病院から姉に連絡があったらしい。

母の症状は横ばいとはいえ、高熱が出ていたり、少しずつ呼吸が弱くなっていったりと、厳しい状態であるらしい。

それを聞いて、またしんどくなってくる。

実家へ、四度目の救援物資配達に行った。今日は姉にもついてきてもらった。

保健所によると、明日で父の外出禁止は解除になるらしい。なので、配達するのも今日最後になるだろうとのこと。

墓参りのことを父が気にしていたので、それもあわせて行ってきた。

姉はお金を触ったり、玄関ベルに触ったりするたびに、逐一手をアルコール消毒していて、結構神経過敏になっているみたい。

でも、大阪市内に入ったら、そこまでしないと今は危ないのかもしれない。


2020/12/31(木)

父によると、母の友人から、自宅に電話がかかってきたりしているらしい。

携帯がつながらず、音信不通になっているので、母のことを心配しているのだろう。

ちょっと家の用事で忙しくしているということにして、父が適当ごまかしているようだ。


2021/1/1(金)

元旦だが、一日家でじっとしている。

何もする気になれない。


2021/1/3(日)

姉とラインで少し話しをした。

父の生活をこれからどうサポートしていくか?

いままで母がやってあげていたことが全部抜け落ちてしまうので、それをどう拾い上げていくか?

ごはん生協のお弁当配達を使うとか、家事も最低限やりやすいような形を模索していくとか、色々とそんなことを相談した。


2021/1/4(月)

今日仕事初めだったが、なかなか集中して仕事に取り組めなかった。休憩多めでなんとか乗り切った。

今日から母が一般病棟に移る。でも、コロナの影響で、一般病棟であっても面会は全面禁止らしい。

でも、この間医師から連絡があったように、条件付き(一度に二人までの入室、事前に検温すること)で一度だけ面会が許可されるとのこと。

今日は、父と姉が二人で面会に行くことになった。

面会に行った時の様子を姉からラインで聞いた。

人工呼吸器が繋がれているので、口の周りは痛々しいけど、それ以外はそんなに変化はなかったらしい。

しかけたり、手をさすったりしたけど、反応はない。手はすごくむくんでいて、結婚指輪が入らないので外されていたらしい。

母が救急搬送を受けた時に身に着けていた衣服が返却されてきたけど、ビニール袋でぐるぐる巻にされていたらしい。ウィルスはもう消えていると思われるけど、空ける場合洗濯して欲しいと看護師さんから言われたとのこと。なんか怖いからそのままゴミの日に出すことにしたらしい。

私は、明日一人で面会に行くことになる。


2021/1/5(火)

仕事を途中で抜けて、お昼すぎに母の病院へ面会に行った。

ところが事前の検温で37.4度が出てしまい、病室には入れてもらえなかった。また後日来てくださいとのこと。

もよりの駅から病院まで20分くらい歩いたので、体が温まっていたのかもしれない。

また金曜日あたりに行こうと思う。

次は駅から病院までタクシーで行って、コートは脱いで、事前に一階で体温を何度か測って安全なのを確認してから挑むことにする。


2021/1/6(水)

病院からの連絡がないので、母の様子に変わりはないのだろう。

毎日しんどいのが少し薄れてきたような気がする。

もう母が倒れてから三週間近く経つからだろうか。この異常な状態にも、体が徐々に慣れてきているのかもしれない。


2021/1/7(木)

東京で2500人くらい感染者が出ているらしい。

首都圏緊急事態宣言が出たが、大阪ももうすぐ出ることになるようだ。


2021/1/8(金)

母の面会に行ってきた。

仕事を抜けて、最寄り駅まで電車で移動し、そこからタクシー病院まで行った。

1階ロビー腰掛けて、自分で持ってきた体温計で検温してみたら36.5度だったので、今日大丈夫であることを確認して7階へ。

「お待ちしてました。お熱どうですか?」と看護師さんから言われ、「さっき測ったら36.5度でした」と応えると「じゃぁ、入ってください」と言われる。

母は口に管を入れられていて、そこだけ痛々しかったが、鼻から上は顔色もよく、穏やかな表情だった。

10年ほど前に咽頭がんで亡くなった義父が、亡くなる直前、意識を失った状態でとても苦しそうな表情をしていたのを覚えていたので、そのイメージで予想していたのだが、ぜんぜん違った。まるで眠っているみたいに見えた。

姉が言っていたように、手はむくんでぱんぱんだった。手と二の腕を握りながら何度も話しかけてみたが、反応はない。

いまにも目を開けて起き上がってきてもよさそうな感じがするのに、そうはならなかった。

時々、母がつながっている機器からピコピコーン!」というアラート音が鳴るので、それが母にとってうるさくないのかなと気になった。

面会する時には、看護師立ち会いで、時間は5分だけだと事前に聞いていたのだが、看護師さんはすぐ病室からいなくなって、その後も一切呼びにこなかったので、結局一時間くらい母の側にいた。

時間くらいたって、「ちょっとお体拭きますねー」と言いながら看護師さんが病室に入ってきたので、そのタイミングで帰ることにした。

職場の私の席の2つ後ろの島(5メートルくらい離れている)に座っている人が、コロナ感染の疑いがあって、今PCR検査を受けていて、結果が出るのが明後日らしい。

その島の人たちは全員帰宅していた。多分、当面はリモートになるのだろうか。

もし検査が陽性ならば、保健所が消毒しに来るし、その間はオフィス立ち入り禁止になるのだろうか。


2021/1/11(月)

今日母親状態に変化はなし。

私の方は相変わらず時々、しゃくりあげるような呼吸と涙が出てくる。不意に母親のことが頭をよぎって、それに引きずられるようにして乱暴に心が揺さぶられるような感じだ。


2021/1/12(火)

連休明けて今日仕事

仕事してると不意にしんどくなってくる。どこまで行ってもしんどいタイプのしんどさ、絶望感。

大阪明日から緊急事態宣言が出るらしい。


2021/1/13(水)

明後日から毎週金曜日リモートワークをすることになった。

出勤率を下げるような圧力職場全体的にかかっているようだ。


2021/1/14(木)

今日で母が倒れてからちょうど4週間。

もうどうしたらいいのかわからない。どうしようもないのだけど。


2021/1/15(金)

今日は初めてリモートワークをした。

出社してる時と特に変わりなく、集中力途切れずに仕事できたと思う。

今は週イチだが、これならフルリモートでもやっていけそうな気がする。

できるだけ出社時と同じ環境に自室を揃えることがコツだと思った。

仕事終わりの疲労感は、出社時とあまり変わらない。けど、通勤時間の2時間有効活用できるのがいい。


2021/1/17(日)

一日家でぼんやりしているだけだった。何もする気がしない。


2021/1/18(月)

仕事に行っていたが、夕方病院から私の携帯電話があって、母の酸素の取り込み量が低下していて、今夜にも亡くなるかもしれないと告げられる。

慌てて姉と父に連絡し、病院へ向かう。

病室に入る前の事前の検温で、また37度が出た。いい加減にして欲しいこの体温計。体温計をリセットして、「熱はなかったです」って嘘の申告をして突破する。

二人づつしか面会できないとのことなので、はじめに父と二人で病室に入る。

母は苦しそうな感じもなく、穏やかな感じだった。今日髪型に乱れもなく、きれいに見えた。

酸素取り込み量の数値が90を切るとまずくて、一時は70くらいまで低下していたが、持ち直して80くらいまで戻してきていると看護師さんから説明される。

母の意識はないが、それでも苦しかったりの感覚はあるのだろうか。

一旦、全員帰宅することにした。また容態が急変するようなことがあれば、連絡が貰えることになっている。


2021/1/19(火)

病院からの連絡はなかった。

またすぐに連絡が来る可能性が高いので、それを待っているようで心身が疲弊していく。


2021/1/20(水)

今日病院からの連絡はない。

ずっと非日常が続いているようで、そういう緊張状態いつまでも心身が慣れていかずに悲鳴を上げている。


続き

https://anond.hatelabo.jp/20210504175800

2021-05-02

anond:20210502115250

年末から年度末のクソ忙しい時期に流行ってたから気が付いたら終わってた

2021-04-30

ウマ娘風に日曜の天皇賞(春)解説する

大阪杯桜花賞で書いたものの、そろそろ潮時かな、と思って皐月賞は書いておりませんでした

から見返すと、ウマ娘解説増田来てくれよ、と2件ほど増田に書かれてたので今回の天皇賞(春)、書くことにするね

クソ長くなったし、ウマ娘要素が薄まってる気がするけど、まあええか

あとこの記事は、レースをより楽しく見るために各馬の背景を紹介しつつ、物語性を付与するのが目的なので、着順予想がメインではありません


まず最初ポイントとして、長距離レースの質が年々下がっている、と言われている

日経新聞記事地位低下進む長距離戦 レースの「質」確保が重要に」(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO51622450R31C19A0000000/)によると、

一般的スピードタイプの馬の方が成長が早く、早い時期からレース活躍できる。

馬を買った資金の回収も早くなる。

そのため、生産界ではスピードタイプ種牡馬需要が高まった。

現役時代に長距離戦を勝ったとしても、引退後の繁殖馬としての価値は上がらない。

欧州などでも、好走すると評価高まる1600~2000メートル級のレースに強い馬が集まる。

距離戦は出走頭数の減少や出走馬のレベルの低下が進み、レースとしての魅力も乏しくなっている

とのこと

まり距離戦は狙っても馬主が儲からないということ


で、今回の出走馬のレベルがどんなものか、手っ取り早く雰囲気をつかむために、現役ウマ娘通算獲得賞金ランキングでの順位を調べてみた

するとこんな感じに

賞金ランキング金額(億)性別バ齢連対
9位5.6209マカヒキ牡8 20戦4勝 (2着2回) 0.300
15位3.9654カレンブーケドール牝5 14戦2勝 (2着7回) 0.643
18位3.5646ユーキャンスマイル牡620戦6勝 (2着4回) 0.500
29位3.0237ワールドプレミア牡510戦3勝 (2着1回) 0.400
65位2.0731ウインマリリン牝4 9戦4勝 (2着1回) 0.556
87位1.7984ディープボン牡4 11戦3勝 (2着1回) 0.364
98位1.7394オーソリティ牡4 8戦4勝 (2着1回) 0.625
101位1.7195アリストテレス牡4 11戦4勝 (2着5回) 0.818
168位1.3109オセグレイ牡5 18戦5勝 (2着2回) 0.389
189位1.2717メイショウテンゲン牡5 19戦2勝 (2着3回) 0.263
-1.0966シロニイ牡735戦4勝 (2着6回) 0.286
-0.9580ジャコマル牡7 36戦5勝 (2着6回) 0.306
-0.8800ナムドノヴァン牡6 20戦4勝 (2着2回) 0.300
-0.8270ディバインフォース牡5 19戦3勝 (2着5回) 0.421
-0.6980ディアスティマ牡49戦4勝 (2着2回) 0.667
-0.6040ゴーストセ5 15戦4勝 (2着2回) 0.400
-0.5490メロディーレーン牝521戦3勝(2着0回)0.143

この前の大阪杯は、2位のコントレイル、4位のグランアレグリア10ワグネリアン12ペルシアンナイト、21位サリオスらが出ていたことを思うと、20前後まで3頭しかいない今回の天皇賞大阪杯より格のあるウマ娘の出走が少ないと言えるだろう

さらにこの中でG1を勝っているウマ娘は、ダービーを勝ったマカヒキ菊花賞を勝ったワールドプレミアだけで、古馬G1を勝っている子はいない

「今回は質が」とか「ええ馬おらんやん」みたいな話もちらちら聞こえるのは、こういうわけ

そんな中でも長距離走に挑んてくるウマ娘たちは、特別な適性を持つ専門職だったり、お父さん(馬主)のこだわりが強かったり、中距離戦線で結果が出なくなってきて長距離で新境地をみたいな感じだったり、色々な背景があると言える

今回のメンツ内で賞金ランクトップマカヒキさんも、ダービー馬だけどその後鳴かず飛ばずで、新境地開拓経験のない3000m超に来ている

次点カレンブーケドールも、連対率は6割半ばとすごく高いけど、勝ち自体は少なく、G1勝利もない

3000m超は走ったことはなく、本当に走れるのか誰もわからないままここに来ている

経験がない距離だと予想は難しいけど、専門職から難しいよね、という結果もあり得れば、案外適性があってぽろっと勝っちゃっても不思議はない

しかし、ウマ娘たちは、自分が輝ける場所を探そうとみんな必死なので、質がどうとかなんて、言いたい奴にだけ言わせておくとしましょう



そのような状況の専門職長距離走だけど、3000m以上のレースはいま6つしかない

天皇賞春、菊花賞ステイヤーズステークス万葉ステークスダイヤモンドステークス阪神大賞典の6つ

今年は松籟ステークスというのが特別に3200mだったので、昨年度の天皇賞春も含めればこの1年間では7つの3000m以上のレースがあったことになる

そこで、その7レースと、年末にあった2500m有馬記念3月にあった2500mの日経賞、これらのいずれかひとつでも5位以内に入ったウマ娘ピックアップして表にしてみた

表の数字順位

 天皇賞
3200m G1
205月
菊花賞
3000m G1
2010
ステイヤーズS
3600m G2
2012
有馬記念
2500m G1
2012
万葉S
3000m OP
21年1月
ダイヤモンドS
3400m G3
21年2月
松籟S
3200m (3勝)
21年2月
阪神大賞典
3000m G2
21年3月
日経賞
2500m G2
21年3月
備考
ディープボン41
ユーキャンスマイル411220阪神大賞典1着
19年天皇賞春5着
19年ダイヤモンドS1着
19年万葉S2着
18年菊花賞3着
ナムドノヴァン143
シロニイ44
アリストテレス27
ウインマリリン1
カレンブーケドール52
ワールドプレミア5319年菊花賞1着
ジャコマル75
オセグレイ19620ダイヤモンドS3着
ディアスティマ1
オーソリティ142
ゴースト5

阪神大賞典日経賞前哨戦様相になっていて、いずれかに出ている子が半分以上となっているのがわかる

例年、天皇賞春は京都開催だけど、今年は阪神大賞典、松籟Sと同じ阪神開催なので、例年と比べてイレギュラー要素がある

この表をもとに、個別ウマ娘関係性を少しだけ見ていこうと思う



ディープボンドとアリストテレス

今回の本命ディープボンドの母の父はキングヘイロー

母の母の母の父、つまりひいひい爺ちゃんマルゼンスキー

性格は、幼少期は、ピリッとした面があり、放牧地でも負けん気が強くて、手入れするときなども気に入らないと怒るようなところがあった、らしい

成長につれて大人びてきて、どっしりとしてきたそう

それでいてスタミナがあって反応のいい長距離ウマ娘、ということでウマ娘キャラで言えばグラスワンダーイメージかな?

脚質は前から5番目以内くらいにつける先行

アリストテレスは、父の父の父がスペシャルウィーク(訂正、父の母の父でした。指摘ありがとう

物見(何かに気を取られて見てしまうこと。驚いていたり集中が切れたり跳ねたり止まったりする)をしやすく、やんちゃ子供っぽいらしい

距離こなせる操作性の良さはあるけど、阪神大賞典では予想外にかかってしまったので、未知数なところも多そう

ウマ娘キャラで言えばマヤノトップガンイメージ

脚質は中段やや前方につける先行


さて、ウマ娘たちはみんな勝ちたくて頑張っているはずだけども「お前は今日は勝たなくていい」とトレーナーなどに言われることはあると思う?

勝たなくていい、というのは、チームを組んで同じレースに出て、エースアシストして勝たせる役目を負う、ということ

ウマ娘ゲームで言えばチームレースデバフ専門要員を出走させる感じ

アシスト要員はレースに勝つ必要はないし、エース差し置いて勝ってしまってはチームは困ることになる(ゲームでは困らんけどリアルだと馬主計画が崩れる)

アシストとは、前に立ってペースを抑えるペースメーカー、後続の空気抵抗よけ、または終盤に動いて後ろに進路をあける、などなどが実際の動き

これは、海外ウマ娘レース自転車レースではある程度認められているけど、日本ウマ娘レースでは認められてはいない

URAの規定には「競走に勝利を得る意志がないのに出走してはならない」「他人のためにウマ娘の全能力を発揮しないのはダメ」のような文言があるから

やったら八百長みたいなものだし、知らずにその子馬券買ったら困るもんね

ただし、客観的にアウトと示すこともまた難しいので、表向きはダメだけど、一応は日本でも存在しているように見える




昨年のクラシックコントレイルの無敗三冠の達成に沸いたのは記憶に新しいと思う

コントレイル説明はここ「ウマ娘風に明日大阪杯解説する」anond:20210403104218

ディープボンドもアリストテレスも同い年で、2人ともコントレイルと同じクラシックを走った

アリストテレス皐月賞ダービーには出走できなかったけど、三冠最後菊花賞には出走できた

菊花賞では、コントレイルアリストテレスは2人だけで前に抜け出し、後続を3バ身以上突き放して強烈な印象を残した

アリストテレスコントレイルクビ差の2着で惜敗したものの、勝者が2人いると言えるほど圧倒的で、接戦だった

その後もG2を勝ち、通算11戦で2着以内が9回という、素晴らしい安定感を発揮しているアリストテレスは間違いなく今回も活躍するだろう、と見ている人が多い



それに対し、ディープボンドは皐月賞10着、ダービー5着、菊花賞4着という、特筆すべきでもない着順だった

しかし、それには訳があるかもしれない

実は、ディープボンドのお父さん(馬主)はコントレイルのお父さん(馬主)と同じなのだ

さらに言えば、お父さん(馬主)のお兄さんもコルテジアというウマ娘皐月賞ダービーに出走させている

皐月賞は先行するディープボンドに対して遠く後方に控えるコントレイルという構図だったので関係ないだろうが、コルテジアはしっかりコントレイルの前につけていたし、ダービー菊花賞ではコントレイルのすぐ前の位置ディープボンドがつけるレース展開だった

特にダービーなんてディープボンドとコルテジアが2人でしっかりコントレイルの前方をガードするレース展開になっていた

いや、ルール上認められていないので、ディープボンドとコルテジアがコントレイルアシストする意思で走っていたかはわからない

しかし、同じお父さんや伯父さん(馬主コントレイルディープボンドは同じ財布)をもつ3人が、アシスト可能位置関係にいたのもまた事実

もし、ディープボンドが、お父さん(馬主)の密命を受けていたのなら、彼女(彼)はダービー菊花賞では悔しい思いをしながらも、勝つことを諦めサポートに回っていた可能性もある

父「ボンド、皐月賞コントレイルが勝ったな。お前は助けにならなかったが、ダービー菊花賞ではちゃんサポートしてやれ」

ボンド「(えっ私だって勝ちたいのに涙)わかりました、次こそ期待にこたえてみせます涙」

これがもし事実なら、菊花賞勝利に等しい2着アリストテレスと、突き放されての4着ディープボンドというのは、実は正確な力関係ではないのかもしれない



それを証明するかのように、コントレイルのいない長距離レース阪神大賞典に出走したディープボンドはなんと、5馬身差をつけるというめちゃくちゃ強い走りで圧勝

終始先行してペースを握ったうえでの最終直線でのもうひと伸びでの勝利、これを見せられると「この距離で、この子にかなうウマ娘はいるのかー!?」と叫びたくなるので動画視聴推奨

これを見るとまじで次も負ける気がしない

エースコントレイルは長距離に出てこない流れとなり、露払いのいない独力の勝負での大阪杯コントレイルが負けた今、阪神大賞典圧勝したボンドの家庭内での役割は大きく変わりつつあるはずだ

ようやく、ボンドが主役になっていい大舞台が巡ってきたのだ

父「ボンド、次の仕事を言う。 勝利だ!!」

ボンド「はい!私も必ず、お父さんにG1の盾をプレゼントしてみせます!」



菊花賞ではボンドに大きく先着したアリストテレスだが、ボンドが勝った阪神大賞典では1番人気に推されながら失速して、まさかの7着惨敗となった

人生2回目の、連対を外す結果となった

かかり気味だったし、馬場が悪かったうえでの長距離とあって、スタミナが切れての失速で、長距離適性はあるけど、生粋ステイヤーと言えるほどのスタミナはどうやらないらしい

この阪神大賞典惨敗がありながら、今回も根強いアリスの人気の理由は、連対率8割超えや騎手ルメールもあるが、やはり菊花賞での強いイメージがでかい

良くも悪くも菊花賞の幻影にとらわれ続けているウマ娘と言えるかと思う

ボンドのサポートがなければアリス菊花賞を勝っていたかもしれないのに、今でも負けた菊花賞の話ばかりされる

それなのに天皇賞までボンドに邪魔されてはたまらない!

「これから菊花賞の話じゃなくて、私が勝つ天皇賞の話をしてよ!」

いい馬場状態になれば、コントレイル以上の因縁相手ディープボンドを倒すのに天皇賞はこれ以上ない舞台だと思う



ワールドプレミア

通算10戦で連対こそ4回だけど、3着も同じく4回とっており、馬券に絡む率は8割

スタミナも十分で長距離適正ありの19年菊花賞ウマ娘

菊花賞優勝のあと、有馬記念にも出走して3着、来年天皇賞春狙っていくぜ!と思っていたところ、体調不良になりそこそこ長い休養となる

体調不良の詳細はよくわからない

年末から復帰し、ジャパンカップ有馬記念に出走

休養前までは全て3着以内に入っていたところ、復帰2戦は6着と5着(馬券内外したのはこの2走だけ)

直近の日経賞では3着になり、順調に着順を上げて調子を戻していると思われる

本来計画より1年遅れてしまったけど、菊花賞を取った時の力が出せれば今回もいい勝負はできるはず

3000m超は19年の菊花賞1度きり

阪神大賞典以外のもうひとつ前哨戦、2500mの日経賞からきている

日経賞からの有力馬カレンブーケドール日経賞ではクビ差有馬記念では同着と、2500mではほぼ力の差はないと言える

日経賞組の3200mでの評価が難しい中、カレンブーケドールと2500mで同等の力を持つ3000m実績ウマ娘(菊花賞ウマ娘)なので注目度は高い


スタイルは、気分で中段のどこかに控えて、最後差しにいく感じ

性格面だけど、気性はよくなく、菊花賞の前のレースでは武豊に、気性面はまったく成長してないと切り捨てられた

が、それでも3着には入るし、次の菊花賞は優勝

とりあえずクセは強いみたい

そこから2年たっているし、いまの性格がどうなのかはいまいち情報が見当たらなくてわからない

ネットにはお父さん(馬主)の悪いうわさがいっぱい書かれている

(ウマ娘的要素なにも書いてないな)



ユーキャンスマイル

長くて途切れちゃったので続き↓

anond:20210430114618

2021-04-29

大好きだった彼女が死んだ

2021年4月28日(水)、一足早く予定が変更になりゴールデンウィークに入って自宅でのんびりパソコンをいじっていた私に衝撃なニュースが飛び込んだ。

「元T-SQAREの和泉宏隆さんが急性心不全の為61才」。

T-SQAREは昔大好きで、特に和泉宏隆さんのピアノにはピアノ弾けないけどめちゃくちゃ憧れた存在だったから、すごいショックだった。

すぐにYoutubeで探し出して、つい最近和泉宏隆さんの演奏動画を見かけ、やはり絶品だった。

それから時間後、パソコンに見慣れない通知が入った。

LINE TIMELINE普段連絡以外で使わないLINEなので、なんだろう?と思って通知をクリックしたらブラウザのタブが開いた。

「母の初七日が終わり、ご報告します。母は4月21日の午前3時33分、永眠しました」

とあった。

一瞬、何のことか飲み込めなかった。

「母って、そんなこと連絡してくる意味が分からないんだけど……え?」

だって、その差し出し主は彼女自身だったから、私は一面識もない彼女の母のことかと思った。

それは、彼女の娘さんが、彼女スマホを通じて、彼女の死をまだ知らない人に一斉連絡するためのものだった。

私は凍りついた。

だって、つい最近まで、Twitterで好きな野球見にいきたいと言ってたじゃないか

全然知らなかった、まさか癌だったなんて。

僕は取り急ぎ、そのタイムラインに思いついたままコメントを書いた。

信じられない、と――。

 

彼女、と言っても、付き合っていたのはもうかなり前のことだ。

でも、大好きだったのは間違いない。

最初は、あんまり堂々とは言えないような言わば古い出会い系サービスのようなものを通じて出会った。

私はその頃、女の子に飢えたナントカみたく、だけど女の子に声を掛ける勇気とかないのでそんな怪しげなサービスばっか使ってたのだけど、数人程度の色々な異なった女の子出会ったけど、彼女だけは特別だった。

の子と待ち合わせたのは、今はもうない遊園地玄関

夏の暑い日だったことを記憶してるけど、その日差し以上に彼女キラキラ輝いていた。多分、私には彼女についていいイメージしか残っていないのだろう。

本当に、あっという間に恋に堕ちた。

彼女は、当時、人気のあった女優、U.Yに似た美人さんで、まだ高校生二年生だったと思う。

私は確かその頃は、二十代後半に差し掛かったところで、年下過ぎて、恋愛対象にすべきかどうか迷い、出会って一年目は電話だけの仲にして、付き合い始めたのは彼女高校3年になってからのことだった。

彼女以前に、若干の女の子と付き合ったこともあるけど、後にも先にも彼女ほど好きになった女の子はいない。

付き合い始めると、私はすぐ実家から出て一人暮らしを始めた。もちろん、彼女と2人っきりでいたかたからだ。

その年のゴールデンウィーク彼女提案で、2人で一泊旅行もした。

その旅行で、未明頃に彼女が急な腹痛で苦しんでいたのに、彼女が「多分大丈夫から医者はいい」と言うので、手を握って朝まで看病してあげようと思ったのに眠気に勝てず、何事もなかったようにケロッとした顔で彼女の方から起こしてきたのも覚えている。

その初夏の頃だったかな、一人暮らし寂しいだろうからと、彼女は私の部屋にサボテンを持ってきてくれたのはいいのだけど、その同じ日に作ってくれたよく分からないあの牛乳たっぷりパスタを、あまりに酷い味なのに我慢して全部食べ切って汗かきながら「美味しかった」って嘘ついたり。

 

でも、そんな幸せも長くは続かなかった。

彼女宗教問題だった。

当時、彼女宗教に対していい気はしていなかった。

それというのも、散々な評判を自分の親から頻繁に聞かされていたからで、その影響が強かった。

数年前に再開してから聞いたけど、それは彼女にしても同じだったようで、彼女は過干渉の親から離れたかったけど、その為には、結婚相手でもいない限りは無理だったらしく、その相手に求める条件がその宗教であることが絶対だったのである

から、夏を過ぎると、徐々に彼女から宗教の勧誘が始まり、私は板挟みになった。

こちからすれば、彼女宗教から離れてもらわないとどうにもならない。

結果、2人とも相当苦しんだ末に、年末クリスマスを待たずに別れを選択する以外になくなってしまった。

あんな辛い別れは後にも先にもあの一回しか経験していない。

 

でも、その後がちょっとね……。

ほとんど覚えてなかったのだけど、別れてすぐぐらいに、私は彼女にとんでもない手紙を送っていたらしい。

再開したのは、もう2人とも結婚経験して、子供も出来て、Facebookたまたま彼女が僕を見つけたからだけど、彼女はなんとその手紙をずっと持っていたのだった。

黒歴史……、本当に記憶がないのだけど、別れて以降、ストーカーギリギリ手前のことまでしていたらしかった。

そう言えば、彼女は変わった奴で、当時私がハマっていたインターネットのある掲示板に浸っているのを、別れて一年経った頃に、どういうわけだかその掲示板を探り当て、私を見つけ出し、メールしてきたことがあった。

パソコンも知らなかったはずなのに、どうやら私に影響されたらしく、その後は私を遥かに上回るネラーになっていたらしかった。

で、Facebookで私に連絡してきた彼女と、一週間くらい経ってから再開した。

彼女は、当時の面影全然変わらず、明るくて、その居酒屋での3時間ずっと喋り通しだった。

聞けば、彼女はその一ヶ月前にやっと離婚できたのだという。

酷いDVに悩まされ続けたらしかった。

なぜ、私に連絡してきたのかを聞くと、たまたま引越しのために荷物を整理していたら、昔のアドレス帳が出てきて、そこに私の名前が書いてあったのだという。

彼女にしてみれば、単なる気まぐれで私に連絡を取っただけだったそうな。

ともかく、彼女も2人の子持ち、私も妻と2人の子持ちになっていて、子供の話などで大いに盛り上がって、居酒屋からラストオーダーだと言われて後、1時間以上席を立たないほどだった。

 

それから、年に1〜2回会ったりして、簡単デートの真似事程度のことだったけど、ほんのちょっとあの頃に戻ったような雰囲気を感じたりして過ごした。

とは言え、別に過去に戻ろうとかそんな気は全く起こらず(考えなかったわけではなく、逆にそんな話もした)、その内に、彼女の方に好きな人が出来たりして、私はやはり男だし引いた方がいいかなと思って、ここ数年はばったり連絡を取らないでいたのだった。

 

彼女が、離婚する前に酷いDVだったせいで、かなり重度の鬱病だったのも知っていた。

私と会っている時には毛程もそんな振る舞いは見せなかったけど、薬を大量に服用していたのも知っていたし、あまりに酷い状態入院したのも何度かあるのも知っていた。

だけど、私に何ができるかということもないだろうし、むしろ既に別れて何年も経つただの古い知人にすぎない私が関わらない方がいいと思って、そんな話を彼女からたまに聞く程度で過ごしていた。

去年くらいに、何かで入院したのも知っていたけど、まさか癌だったとは思わなかったし、そんなことは彼女は私に一言も言わなかった(知っていたとしてもいうわけはないと思うけど)。

 

覚えていることはたくさんあるけど、すぐに思い出したのは、再開して二度目のデートの時。

どこかの海岸で、別に何をするわけでもなく、ベンチで2人駄弁っていたら突然彼女は、言った。

 

「あの鳩、まるまる太ってる。どいつもこいつも太っとる。何でこの辺の鳩は太ってるんだ?」

 

それがどういうわけだかめちゃくちゃツボにハマって、私はその場で腹を抱えて笑った。その海岸にポツンポツンといた何人かの人たちも振り返るほどに笑った。

 

そんな彼女はもうこの世にいない――。

和泉さんの宝島、なんでこんなに泣けるんだろ。

https://youtu.be/N_kO_UtPSg4

2021-04-28

仲たがいした人はみんな宝くじ好きだった

人生ガチ喧嘩して仲たがいした奴らの共通点は、みんな宝くじ好きってこと。

くっそ寒のに交通費かけて並んで買って目をキラキラさせる奴ら。

こう言う話題年末にやれよ、俺。

2021-04-27

仮想通貨絶対現物に限る

3年前の4月26日自分暗号資産について書いてから3年経過した現状を書いておく。

anond:20180426155928

まずは価格がどうなったか

ビットコイン(BTC)

2018年4月26日終値: 1,007,348円

2021年4月26日終値: 5,856,666

前の投稿から480万円ほど上昇している。

現在2BTCを保有しているので約1,160万円分ということになる。

昨年の3月には40万円台まで下げて、その頃が一番精神的にはきつかったが、それでもまだ利益は出ていたのでひたすらHODLしていた。

それから昨年の年末にかけて2017年高値を超えてからはもう安心しきっている。

4月14日には700万円を超え、そこから下落しあわや500万円を下回るかというところまで下げたが、現在はそこから少し戻したところだ。

3年前の当時Zaifで始めたコイン積立はハッキング事件ストップし、BTC以外ではMONAXEM、ETH、XLMで現在価値が60万円分程度となっている。

ビットコインキャッシュは分裂話が出てすぐにビットコインに変えたのでもう持っていないが、結果的には正解だったようだ。

チャートを眺めていると2,500万円程度までは上げそうなので、とりあえず2,000万円を超えるまではこのまま持ち続けようと思っている。

またそのうち思い出したら経過を報告しようと思う。

anond:20210427131702

エントリーに入る文書ほとんどだいたい創作系だよ

年末とか年始にこれ書きましたみたいな日記がちょいちょい上がる

2021-04-25

anond:20210425141744

年末みたいに広がりがやばくなってから慌てて出すような後手よりは評価するよ。

2021-04-24

コロナがくれたもの

一斉開始のテレワーク

飲み会せずに帰れる日々

ブラック企業へのとどめ

後天性障害への理解

換気を大事にする風潮

印鑑廃止への流れ

インフルエンザがない年末

オリンピックへの反対

最高だったけどワクチンうつなんて

最高だったけどあと1年の寿命

283: 名無しさん@おーぷん 2016/10/26(水)11:36:44 ID:BdD

秋のよく晴れた日になると思い出す。

3歳の秋の日、母が朝からおにぎりを作ってくれて、「お出かけしよう」と言って電車に乗って遠くに行った。

行き先は山も海も見える田舎町だった。

真っ白い堤防のようなところで、母がベンチに座らせて、「ちょっとお母さん飲み物買ってくるから待っててね」と言った。

ベンチにお弁当水筒上着を置いた。

「わかった、ママありがとうバイバイね」と言ったら、母は顔をそむけて走るように去って行った。

私はぼんやり座ってた。山はまだらに赤くて、空にはトンビが飛んでた。

しばらくして母は戻って来て、無言で一緒に弁当を食べて家に戻った。

成人して家を出て行くという日に、母はあの日の話をして、「あなたを捨てようとしてごめんなさい」と詫びた。

私は当時気付いてなかったふりをしたけど、勿論気付いてた。

それどころか、母があんまりに私の存在を疎んでるのを知ってて、大好きな母が楽になるならそれでいいと思ってた。

寂しいけどこれもしょうがないことなのだな、と。

捨てられた私は次はどこに行くんだろうとボンヤリ考えてた。

去年結婚して、結婚式には両親も出席した。

私を捨てようとした母と、他人にむやみに金貸すのが趣味で散々妻子を苦しめた父。

私も順調なら年末に初めて親になる。

出来れば良い親になりたい。

2021-04-23

コロナのおかげで去年は会社飲み会がなかった

今年も中止にならないかな。

夏と年末に二回あるけど、せめて夏はないといいな。

2021-04-21

孫を見せたい

昨年のGWに子が生まれてもうすぐ一年

春、生まれた時から緊急事態宣言で、親の自分すらなかなか会えず、遠方に住む祖父祖母には結局会わせられなかった。

夏、まだまだ小さく長距離移動は無理だった。Gotoはあったもの自分の周りでは遠出はNGという雰囲気もあり、親を呼ぶのも難しかった。

秋、思えばこの時が最大のチャンスだったが、当時は年末帰省を考えており、また、夏や冬に比べ長期休暇がないため、帰省はしなかった。

冬、年始緊急事態宣言発出。年末にはもうそういう雰囲気であり、泣く泣く飛行機キャンセル

そしてこの春のGW、また東京には緊急事態宣言が出そう。行き先である大阪も同じ状況だ。

ももういい歳だし孫の顔を見せたかったな。この一年飲み会もせず、マスクをつけ、密も避けてるのにこの仕打ち

2021-04-19

anond:20210419202046

200冊も読まないよ

大部分は欲しいだけだったと年末に気づくだろう

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん