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2018-01-17

エクセルマクロも書けないけどIT系志望してた

こういうやつって結構居るんか?

マジでありえんのやが。

職場の新入りが全く使えなくてどうしようもないのでエクセル作業命じて放置してたらマクロ一切使わずに全部自分の手でやっててビビった。

こいつ……エクセル電卓しか思ってねえ……こんな奴が何でIT系に来たんや?

アホなんか?

2018-01-05

声の電卓が使えない

Google Homeとかじゃない、普通Ok googleで話す場合計算なんだけど、例えば20たす30...って少しでも間が開くともうだめなのね。

40たす50、まだ先があるのに、とにかく途中で言いよどんじゃうと、さっさと答えを出してしまったり、ぜんぜん計算結果でないものを返したりする。

理想としては、「願いましては」を加算のはじまりの合図として、20なり、30なり、と反応して、最後「では」と問うまでじっと聞いてほしい。

あと、例えば平均出すときに、(20+30+40)/3ができない。「かっこ」が通じない。

2017-12-16

anond:20171216025006

あなたがどんなにアプローチしても無駄。下心丸見え。

この増田さんは、共依存カップルでしょう。今の彼氏さんと別れても、同じタイプしかあわないでしょう。

ロマンティック優先の、夢見る人。

従順で愛他的だけど、自分の好みはきちんとある人。

人づきあい電卓はじくような、デリカシーのないキャタピラーみたいな人は苦手と思いますよ。

2017-11-23

UXとかデータ分析とかその辺の勉強の仕方

仕事柄、UXとかデータ分析とか、その辺が少し強いと思われているらしい。

職場の人からその辺の勉強の仕方を聞かれたので答えようとしたら、意外と長くなりそうだったのでメモがわりに書く。

これを書いている人のスペック

UX勉強方法とかの話

そもそもUXという言葉流行りだしたのは最近の話だと理解していて、バズワードに近いと思っている。概念自体は遥か昔からあるものだし、何を今更世の中がUXというワードを使いたがっているのかが良くわからない。(が、ここでは面倒くさいので、定義曖昧UXという言葉で色々お茶を濁す

また、UX勉強するという言葉も、正直なところ違和感がある。

というのも、具体的なケースと紐づいて考えない限りは意味がない気がするからだ。文章批評ばかりしていても小説家になれないのと一緒で、UXについて本や講義だけで勉強していても、UXに強くなることはないと思っている。つまり自分たちが作っている(関わっている)サービスの中でUXを考えつくすこと自体が、一番の勉強なんじゃないかと思っているので、UXを本や何かで勉強するというのは効果は薄いんじゃないかと思っている。

はいえ、体系化出来るメタスキル的なものがあるのは事実だし、その部分の話を書いてみる。

UXを良くするって何にきちんと答えられるようになる

UXを良くしたい」という話をよく相談されるのだが、そもそもとして、UXが良くなった後の世界をちゃんと考えられていないことが多い。

「そのサービスを使ってユーザ幸せになるの?」という問いにきちんと答えられない場合黄色信号という印象。

UXUXってバカみたいに唱えている人はたくさんいるけど、自分たちサービスUXが良くなることでこんな世界が実現できるよっていう話を、具体的に、鮮明に、誰が聞いても腹落ちする形で話せる人ってどれだけいるのかな。UXを良くしたいと言っているのに、良くした後の先世界イメージできていなくて、どうやって良くしていくのか甚だ疑問なんだよね。

なので、UXを考えるにあたっては、「自分たちがどうしても叶えたい世界」があって、それが叶うことによって「世の中の誰かがすごく幸せになる」という確信必要条件だと思ってる。なので、そこがない時点でUX改善どころかサービスを作ること自体をやめた方がいい。

もし、そんな感じの祈りにも似た思いが少しでもある場合は、自分たちが作りたい世界についてしっかりと考えて、そしてそれらを検証して確信に変え、具体的な言葉に落とし込むというプロセスを徹底的に行うことを、UX改善の前に行なった方が良い。そうやって生み出された言葉が、UXを考えるにあたっての拠り所になる部分になっていくから

ユーザを観察して想像し、検証する

自分たちが作りたい世界言語化できた後は、ユーザの観察と妄想に尽きる。

課題解決系のサービスなら、ユーザに当たる人が本当に困っているのか、何に困っているのかを見極めるために観察すべきだし、何らかのバリューを付加するサービスなら、「このサービスを使ってもらうことで幸せになるのかという妄想」をいかに具体的にできるかが鍵になる。

これらの観察および、具体的な妄想をしていくこと自体UXを考えることである

炊飯器が目に入ったので炊飯器UXを考えるとした時の例で話す。

多分、こんな妄想をする。

炊飯器とか既に他の製品存在するものは、ユーザの行動もだいたい想像できるし、何より自分が使うものから妄想やすい。

逆に、全く新しいものを作ろうとする時なんかは、妄想も中々大変だと思う。バイアウトして話題CASHとかは、その辺りの参考になるものが中々なく、妄想もやり辛かったと思うので、それを形にできたUXデザイナーの人はすごいなと思う。会ってみたい。

もちろん妄想だけだとダメで、そのあとに検証が入る。

これはかなり適当に書いたが、自分たちが行なった観察に基づく妄想に対して、それらが意味のあるものかどうかを見極めていく必要がある。これがいわゆる価値仮説の検証と呼ばれるもので、妄想が本当に必要とされるものなのかを見極めるフェーズである必要とされないものなんて作っても意味がないから、この段階できちんと仮説の検証をしておく。検証については対象によって全く異なるため、都度考える必要があるので割愛

例はかなり適当に書いたが、ユーザをしっかり観察して、その上でどうやったら幸せになるかを妄想して、それらを検証していくというフェーズを、手抜きせず行うことが大事だ。これが業務系のサービスだと、業務フローを作ったりするのだろうし、C向けサービスだとカスタマージャーニーなんかを作ったりすることになる。その辺りの手法は色々あるが、ユーザを見て、考えて、検証してという基本はどれも変わらない。

観察結果をもとに解決策を生み出す

ユーザをひたすら観察したあとに、初めて解決策を考えるフェーズに移る。

解決策ありきのプロダクトだと(昔の技術先行型の日本家電だけど)、あまりいい感じにはならない。

あくまでも、ユーザの観察が先にあって、それに対する「解」としてプロダクトを作っていく。

この、課題に対して適切な解を出していくこと自体が、UXの磨き込みに当たるという理解をしている。

そして、それらが部分最適にならないよう、全体最適意識しながら解決策を考え、プロダクトに落とし込んでいく。

「ご飯は1分で炊けるけど、風呂釜より大きい炊飯器」とか、誰も必要としないよね。だけど、部分最適だけを考えるとそんなことになりがちである。そのためにも、部分を考えたら、全体を見るということを繰り返し行なっていくことが大切だと感じている。その意味では、捨てるべき部分と、活かすべき部分のバランスをどう取るかが大切になる。ここも結局ユーザが教えてくれるので、事前にしっかり観察できていれば、勝手に答えが出る。

小括

長々と書いたが、自分たちが作るサービスを使ってくれる人たちが、「どうやったら素敵な感じになるかを考え尽くすこと」が最高の勉強方法だと思っている。なので頑張って考えると良いと思う。

はいえ、何を考えればいいかからないということもありそうなので、その時は

・誰のためのデザイン

・複雑さと共に暮らす

・融けるデザイン

あたりを読んでみるのは良いかもしれない。少なくとも、何かを考えるにあたっての視野は広がるような気がする。

また、解決策を生み出していくにあたっては、ロジカルシンキングが出来るに越したことはないので、

・考える技術・書く技術

ライト、ついてますか

あたりを読んで見るのも良いかもしれない。後者は分類的にはロジカルシンキングの本ではないのだが、ロジカルに考えた時の解決策って一つだけじゃないよねということを身を以て知るためには良い本だと思う。

また、散々書いたが、UX云々の前に、自分たちが作っているサービス(だったり、炊飯器だったり椅子だったり)で「何を届けたいか」という部分が一番大事だと思う。それ抜きにはUXがどうとか議論するのは無駄というか、意味がないので、しっかり考え抜いてほしい。

データ分析勉強方法とかの話

なんかめっちゃ長くなったが、続いてデータ分析の話を書く。

データ分析というと、Pythonごにょごにょやるのがそれだと思われがちだが、一部のデータサイエンティストを除いては、基本的スプレッドシートで十分なんじゃないかと思っている。むしろ電卓レベルでも足りるんじゃないかという気がしている。(ここで話しているのは一般的インターネットサービス運営していくときの話で、気象予報とか経済予測とかそんな感じの難しいデータ分析の話ではない)

というのも、多くの場合において、四則演算以上のことをしなくてもなんとかなるからだ。

どちらかといえば

といったことの方が大事だし、そもそも「何のために分析するか」が抜け落ちていることが多い。

whyの部分が明確でない分析そもそも意味がないので、まずはなぜ分析するのかを考えるところから始める方が良い。

データ分析ときいて「統計学」や「Python」を勉強すること自体は悪くないのだが、それよりもまず先に、「なぜ分析するのか」「どんなデータ自分たちサービスキモになるのか」といった分析の前提になる部分をまずはしっかり見極めることの方が、統計学勉強よりも優先されるべきだ。それらがハッキリすれば、手法はいくらでもあるし、だいたいはスプレッドシート関数でなんとかなるので、難しい計算特に必要ない。

実務でよく使うデータなんて、売上、利益利益率、ARPUCPACTRCVCVRとかくらいだし、これら全て四則演算のみで出せる。分析といっても、平均だったりそれらをユーザ属性で割り振ったりするだけだし、中学生でも問題なく出来ると思う。ただ、重ね重ねになるが、whyの部分がない場合はいくら分析しても何も生まないので、まずはそこを見極めることに重点をおいた方が良い。

まとめ

長くなったので無理やりまとめる。

勉強<<<<<実務であることは間違いないので、まずは自分が関わっているサービスについて真剣に考えたり、真剣に考える上で必要数字が何かを自分の頭で考えることが、最高の勉強だと思う。教材とか、具体的なHowを期待していた人、ごめんなさい。でも、Howの意味で見ても、実践に勝るものはないと思っている。

2017-11-20

anond:20171120111135

そらな

君みたいに自分仕事を小さく考えている者の勘違いだって言ってるんだよ

AIから仕事を減らされて何もやることが残らないのは

そいつ自身自分仕事をそれだけだと認識しているからに他ならない

経営からしたらAI仕事を減らしてもいくらでもやらせたい仕事はあるわけで

そういった観点から仕事に対する認識が前提として間違ってただけ

自分の狭い世界に対して間違ったアイデンティティを抱えてるってだけだから

もっと広い視点客観的自分役割理解してたらAIから仕事を奪われるなんておかしな発想には至らない

AIから仕事を奪われることを危惧するよりもライバルや競合から奪われる心配した方がいいんじゃないの?

でもそういう君みたいなやつは組織的視点一切合切持ってないってのは

AIから仕事を奪われるって恐怖感情からも分かるんだよな

道具の進歩で職が消えるとかいう話はAI以前からもあった話であって

AIが出たからって特別騒ぐ話でもなんでもないぞ

それはAI仕事を奪うなんて特別な言い方じゃなくて電卓ソロバン仕事を奪うとでも言い換えておけば?

 

そういう恐怖新聞書いてるライター自身

自分仕事はこれだって発想で閉じこめられてるから恐れてるんじゃないの

普通人間が恐れることは、より忙しくなることだけだよ

2017-11-13

中国上海でボッタクリ茶店に連れて行かれたが、ゴネて1/3に値切った

野郎二人で中国上海に行ってきた。

有名な観光地である豫園(よえん)近くを歩いていると、後ろを歩く友達が誰かにしかけれれたようで、立ち止まっている。

横には20代と思しき中国人女性スマホを渡しながら「写真を撮ってくれ」と頼んでいるようだった。

しかけられた友達のことを「若い女性に頼まれたんだから撮ってやれよ(笑」とからかいながら様子を見ていると、写真を撮られ終わった女性が「あなたたちの写真も取りましょうか?」と聞いてきた。それも英語で。

シャイ友達は「いいです、いいです。ノーサンキュー」と断ってしまったが、自分は(まぁこういうときお互い様だ)と思いながら、自分スマホを渡して写真を撮ってもらった。

あとになって考えれば、これがすべての始まりだった。


写真撮って」をきっかけにして、相手中国人女性英語で色々話しかけてくる。

聞けば職業幼稚園先生で、2年前から上海に住んでいるという。日本語ちょっとだけ勉強たことがあり、この前の夏にはクルーズ船で福岡に行ってきたとか。

今度はこちらに質問してきて、いつから上海にいるのか、何日間いるのか、今日はどこに行くのか、どこどこ(上海の有名スポット)には行ったのか、などなど色々聞いてくる。

私のほうが英語が得意なので(そう、中国人女性との会話は英語で行われている)、相手質問に答えつつ、友達との間に入って通訳っぽいこともしながら、5分ぐらいは路上で立ち止まって話していただろうか、さり気なく女性が「お茶は好きですか」と聞いてきた。


「ええ、お茶は好きです」

そう、私は中国茶台湾茶が好きだ。大学生のころには、毎月のように横浜中華街の馴染みの台湾系茶屋に通っては、いろいろなお茶を買いつつお店のご主人の講義(?)を聞いたりもした。今でも台湾に行けば、台湾茶を大量に買ってしまう。そんなお茶好きと知ってか知らずか、相手お茶の話を振ってきたので、私はすっかり警戒心が薄れてしまった。


「この近くで、年に一度の茶道ティー・セレモニー)をやっているのですが、一緒に見に行きませんか?」

うん、見てみたい。それが、その時の正直な気持ち&答えだった。

ティー・セレモニーとは、なんだか仰々しい動きをしながら中国茶を淹れるパフォーマンスで、いわゆる「ザ・観光客向け」のショーなのだが、実は一度も見たことがなかった。それは、私自身がひねくれた性格あんなもんは観光客向けの見世物だ!)だからわざわざ見ようとは思わなかったし、今までに日本台湾で行ったお茶屋さんが本気の真面目な(?)お店でそういうショーをやっていなかったこともある。

しかし、この時ばかりは、どういうわけか、暇つぶしというか見世物として、そういうのを見てみるのも悪くないなと思ってしまったのだった。


「じゃぁ、一緒に行きましょう」というわけで、女性に連れられて(今思えば”釣られて”だ)上海の街中を歩いて行く。

歩きながらも女性は、こちらの年齢やら職業やらホテル場所やら、なんやらいろいろと聞いてくる。私は他人からプライベートなことを根掘り葉掘り聞かれるのが嫌な性格なので、多少は誤魔化しながら適当に答えていると、今度は干支やら星座なんか聞いてくる。てか、干支はともかく星座英語名なんて知らんがな!このお姉さん、英語力はかなりのものだった。


まぁそんな訳で、移動中もずっとしゃべりながら5分ほど歩いただろか、着いたのは(連れてこられたのは)裏通りにある間口の狭い古道具屋?お茶屋?のようなお店。

お姉さんは、店頭に立っていた赤い民族衣装を着た老女に「ティー・セレモニーはやっていますか」と話しかけ(いま思い出したが、英語で話しかけていた。老女は英語チンプンカンプンのはずなのに)、そのまま我々を店内へと導く。

店の奥には、壁にやいかにも中国っぽい書や絵が飾ってあり、一通りの茶道の道具(茶葉やらお椀やら急須やら薬缶やら)が小さめのテーブルの上に置かれ、その周りを囲むように椅子が5脚ほど並んでいる。

ここでもまた世間話のようなものが交わされ、茶屋の赤い民族衣装を着た老女は「ティー・マスター先生」だと紹介される。

ティマスターの老女が中国語で話し、それをお姉さんが英語に訳し、我々がそれを拝聴するという翻訳リレーティセレモニーが始まった。


最初茶道歴史やらウンチクやらを語っていたのだが、おもむろに老女が”メニュー表”を出してきた。

内心で「あーやっぱり金とるのか」と思った。ここまで一切お金の話は出ていないが、こちらはなんとなくタダで見れるものだと思い込んでいた節がある。

しかしまぁ向こうも商売なわけだし、中国人がタダでわざわざショーを見せてくれるとも思えない。まぁそれ相応の金額であれば払っても仕方ないかと気を取り直して、メニュー表を見てみる。


メニュー表といっても、白黒印刷のちゃっちいものではない。それなりの厚紙にカラー印刷され、製本されている。背景には、茶器や茶葉の写真印刷されており、まるでどこか高級料理店のメニューのようだ。おまけに、すべて英語表記

老女がメニューの1&2ページ目を開き、お姉さんがメニューの一部を指して話しかけてくる。「この料金だけどいいですか?」


お姉さんの指の先、2ページ目の中ほどには「RMB48 / kind / person」とある。(RMB人民元英語表記

一人48元。日本円だと約1,000円だ。高いとも言えず、かといって納得もできない、絶妙な値段だ。

普段お金にうるさい私も、この時ばかりは、納得はしていないけどこの値段なら仕方ないという感じで「ああ、構いません。OK」と受けてしまった。


しかし、はて、見開きページの左下には”ルームチャージ20元”やら”テーブルチャージが30元”やら、なんやら書いてあるのだが、この説明はなし。

すっかり警戒心が薄れていた私は、(取り立てて説明しないということは、きっとこの表記関係ないのだろう)と思い込んでしまった。

また、2ページ目のタイトルが「1.高麗人参茶」で、2番以降の続きがあることを思わせる表記だったが、メニュー表は老女が持ったままページをめくるでもなく閉じてしまったので、その先は見ていない。


そんなこんなで、ティセレモニーが始まった。が、茶道の詳細は割愛する。

パフォーマンス自体面白かった。合計で6種類のお茶を飲んで、それぞれの茶葉の解説。その間に、金運を呼び寄せる(?)ガマガエルの置物を撫でたり、お茶の淹れ方を教わったり、内容自体は悪くなかったともう。


パフォーマンスが終わると、老女が、先ほどとは別のメニュー表を出してきて、茶葉のお土産はいかが?と売り込んできた。

値段を見て、私は「むむむ、、、これはボッタクリやな」と思った。

ジャスミン茶やら鉄観音やら10種類ほどの茶葉が載っており、それぞれ大・中・小と3種類のサイズが有るようだが、小サイズの一番安いやつでも380元、なんと7,600円もする!

普段から飲む中国茶は100g 1000円もあれば十分、と思っている私の味覚&金銭感覚からすれば、これは完全に予算オーバーだ。

いや、もちろん超一級品の茶葉には驚くほどの高値がつくこともあるだろうが、私の感覚ではナシだ。それに、いま飲んだやつにそこまでの価値があるとも思えない。


「わー、美味しいお茶だった。私はお土産に少し買っていくわ」というお姉さんに影響されたのか、財布を取り出して買おうかどうか迷っている友達に小声て「買うのやめとけ、高すぎ」と耳打ちする。

お姉さん、こちらの戸惑う様子に気づいたのか「ああ、いいのよ、買う買わないは自由から。私は買うわ。んで、あなたはどうする?」とあくまで買う雰囲気を作り出そうとする。

なんか嫌な流れになってきなたなぁーと思いつつ、「悪いけど、やめとくよ。最近紅茶にハマっててねぇ、まだまだ在庫がいっぱいあるから」と半分本当・半分ハッタリの話をしてお土産購入は断った。


なんか早く帰りたいなぁと思っていると、店の老女、もといババア勘定書を持ってきた。

どれどれ、合計金額1,280元だぁ!?


おい、1,280元って、日本円でざっくり2万5千円だぞ。本気か、こいつら。

一瞬にして頭に血が上った私は、思わず「これちょっと高すぎない?」と文句を垂れる。

すると、お姉さん、もとい客引き女が、勘定書の説明を始めた。


いわく、お茶1種類1人あたり48元で、3人で6種類飲んだから

48元 × 3人 × 6種類 = 900元 だという。(実際には48元より高いお茶もあったので、大雑把な計算で)

そこに、客引き女のお土産代が加算されて、締めて1,280元だという。


金額にピンときていないのか、財布を取り出して札を数えようとしている友達の動きを慌てて止めて、スマホ電卓アプリ日本円に換算した結果を見せて「高すぎだろ、こりゃ」とキレ気味にいう俺。


敵に向き直って「最初メニュー表をもう一度見せてくれ」という俺。

から取り出されたメニューには、確かに”それぞれの茶葉のページに”「RMB48 / kind / person」、つまり「茶葉1種類当たり お一人様48元」とある

あーそういうことね、このおちょこ口一杯にも満たないお茶一つに約1,000円を課金し、それが6種類だから6,000円だと。

あーそうですか、確かに書いてありますね、はい、そうですか、って納得できる訳がない。


「こんなの高すぎだろ」

「いや、ティマスター先生がこれだけやってくれたんだから、決して高くはない」


日本でもこんな高くねぇぞ」

日本のことは知りません。上海には上海物価があるのです」


茶道パフォーマンスを受けたのは認めるが、この価格には納得できん」

お茶一杯の値段は高いかもしれないが、ここ上海では、急須にお湯を継ぎ足しながら何倍もお茶を飲んで、何時間もおしゃべりできるシステムなのです。ほら、メニュー表のここにも書いてあるでしょ」(確かに英語でそう書いてある)


「そんなこと言ったって、こちとら、メニュー表の1&2ページ目しか見せられてないし、そこにある『一人48元』だけ払えばいいのかと思っていた」

「いいや、6種類飲んだんだから、その分いただきます


とかなんとか、英語で喚き散らして少し興奮が収まった俺は、勘定書を手に取って冷静に考えてみる。

合計金額は2万5千円だが、そこには客引き女のお茶代とお土産代も含まれている。純粋に我々が払うべきは、相手の言い値では1万2千円、一人あたり6千円だ。

さて、この茶道パフォーマンスにそれだけの価値があるだろうか?いや、ない。払いたくない。だからといって、払わなくて済むわけでもない。


俺は手を顎に当て、少し考えながら、黙り込む。

客引き女が何か話しかけてきたようだが、怒りのあまり全然気づかなかった。


しばらくすると、敵も「面倒くせえ客だな」と思ったのか「じゃあ、いくなら払うのか」と態度を軟化させた。

なーんだ、やっぱりボッタクってる意識があるんじゃねぇか(笑


ここはあくまで、当初の理解どおり「一人48元」で押し通そうと、「3人分で150元なら払う」と言ったつもりが、相手は「1人あたり150元」と誤解したようで、「ならそれで構わない」ということになった。

横でポカーンとしていた友達に、小声で「悪いけど100元払ってくんない?」と言って、財布から100元札を取り出してもらう。

この時、財布の中に、100元札が2〜3枚と、日本円で1万円札が2枚、さらパスポートまで入っているのが丸見えだったので、財布をさっさと仕舞わせる。


「んじゃ2人分で100元ね」

「え、いや、1人150元でしょ」

「いやいや、だから最初から言っているとおり、1人48元だと思っていたの。だから、細かい端数は無視して、2人で100元!」


これには、さすがの店のババア客引き女も怒ったらしく「そんなの少なすぎよ!」とかなんとか言っている。

こちらは無視して「1人48元でしょ!!」と駄々をこねる。


「そんなのってあり?もう、まったく。せめて部屋代としてもう100元出しなさいよ」

(あーあ、面倒くせえなぁ。でも、あと100元でケリがつくなら)と思ってもう100元を出した。締めて200元のお支払だ。


この期に及んでも、客引き女は演技(?)を止めないらしく、

あなた達が200元しか払わないなら、残りの分は私が全部払うわ」といって、本当に財布から100元札を取り出して払っている。

疑い深い私は、この光景を黙ってボーっと見ながら、頭の中は「なんだ見せ金か。払うふりして、あとで取り戻すんだろうな。わざわざこんな演技しなくても。」と冷めていた。

でも、この見せ金に釣られて、やっぱりお金を払ってしまう人もいるんだろうなと思った。


まぁ、兎にも角にも、支払いを終えて、そそくさと店を後にする。

客引き女は相変わらず話しかけてきたが、もう俺は怒りと情けなさとで、会話する気力もなかった。

「この後はどうするの?豫園を観光?」とかうるさいので、とにかく客引き女と離れたかった俺は「いや、ホテルに戻るよ。だから地下鉄の駅まで。」と言った。

本当は歩いて帰れる距離ホテルだったのだが、一緒に歩く友達に「余計なこと言うなよ!」と目配せしながら、「地下鉄ホテルまで戻る」と言い、客引き女とは駅前で別れた。

別れ際に握手をせがまれた。最後まで馴れ馴れしい女だった。


さて、結果的に2人で200元。1人あたり2000円弱の被害額(?)で済みましたが、百歩譲っても適正価値は半分の1000円ぐらいだろうと思っています

ネット検索すると、同様の被害例がこれでもかと出てきます。引っ掛けのパターンとしては、典型的な手口なのでしょう。


しかし、なぜ今回に限って引っかかってしまったのか?

それは、相手が片言の日本語ではなく、英語でベラベラ話しかけてきたことも大きく影響していると思います

ネイティブ日本人の私達にとって、片言の日本語にはとても違和感や警戒心を覚えることでしょう。しかし、相手が流暢な英語を話すとなると、日頃の英語コンプレックスも相まって、相手が対等もしくは上等の立場にすら覚えてしまます


しかしたら、このボッタクリ集団の元締めは、そういった日本人英語コンプレックスを付け入るために、あえて日本語を使わず英語商売をしているのかもしれません。

英語が完全に理解できなくても、とりあえず「OK」と言ってしま日本人(なまじっか少しは分かる言葉だけに、タチが悪い)

英語で書かれたメニュー表をよくよく見てみれば確かにそう書いてあるので、仕方ないかと思ってしま

・もし不満があったとしても、英語では言いたいことも言えずに、泣き寝入りするしかない

日本振り込め詐欺のように、ある程度マニュアル化パッケージ化されているのかも。


写真を撮ってくれと頼まれること、また旅行者同士で世間話情報交換をする、それ自体はとても楽しいことです。

また、善意の現地民がおすすめ観光地に連れて行ってくれることも、本当にあるのかもしれません。(滅多にないからこそ、メディア美談として取り上げる?)


しかし、問題なのは、現地人を勝手性善説で信じてしまって、

お茶屋に連れてこられた時点で「このお店は大丈夫なのか?」と、自分で立ち止まって考えなかったこ

メニュー表を見せられた時点で、「総額はいくらなのか?」と相手確認しなかったこ

要するに、自分自身でよく考えて、納得してから行動する、という基本原則を疎かにしてしまたことが、今回の失敗につながってしまったのでしょう。


また、スマートフォンという”文明の利器”がありながら、

地図アプリで常に場所確認する(現状の把握)

写真と撮ったりメモを残す(証拠採取

・困ったら即答せずに検索してみる(外部資源活用

がとっさにできなかったことです。

私の場合スマートフォンをネックストラップで首からぶら下げていたのに、いざパニックになっていまうとスマホことなどすっかり忘れてしましました。


今回の場合は、まぁしょうがねぇかーという感じで、いい勉強になったと思っています

これが下手にマッサージ店とかに連れていかれたら、それこそ身ぐるみ剥がされていたかもしれませんし、被害額も少なく済んだと思って諦めつつあります

同様に被害にあう方が一人でも減ることを願うばかりです。

隠された真実:3万人どころじゃない!本当の自殺者数は18万人!?

https://matome.naver.jp/odai/2135018587581844401?&page=1

180000÷127000000=  

  _0、1401_

127ノ18

   180

   127

53

530

508

28

電卓

=0,00141732283456692913385826771654

いちじゅうひゃくせんまん

10000人に14人か

2017-11-08

光さえあれば動く電卓って、すげえ

他の家電もそうなりゃいいのに。固定電話とか。

2017-11-01

「これでグラフ作ってよ」

と渡された表のデータWordだった

合計とかわざわざ電卓計算したのかな?

コピペで数値部分をExcelに貼り付けて

合計のところは関数化した

よかった合計は違ってなかった

2017-10-25

職場Excel使ってるんだけど

セルに埋め込まれ表計算が合っているかかめるために電卓検算させる業務フローになってるらしく、つらい

アホらしいと思いながらやってみるとたまに本当に間違いが発見されて驚く

みんなどうやってんの?

2017-10-19

anond:20171019160629

NaNと答えるのはNaNと返す言語を扱うプログラマーだけだからプログラマーであってるだろ

と思ったけど電卓でも出てくるな

もやもやしてきた

2017-10-18

受け取った精算伝票はすべて処理したのに

返金するとき金額が違うと言われ

相手が伝票を渡してくるときにつけてたメモ金額

精算した金額が2万円くらい違う

 

相手は何を購入していたのか覚えていないが金額はいつもよりきちんと計算したと言う

こっちは受け取った精算伝票はすべて一まとめにして引き出しの奥に落ちていないか確認してる

相手と同じく今回は決算があったからいつもより処理し忘れがないかチェックしている

 

こういうのがあるからこの仕事が嫌いだ

受け取ったとき電卓いれれば良かったと思うけど

普段は受け取ってすぐ電卓入れてるのにこういうことになるときだけなぜか電卓いれるの忘れてることが多々

2017-10-15

anond:20171015085149

300万円×1億2700万人=3億8100万円に十の位を000000足すと=381000000000000=381兆円かなあ

ちょっと電卓計算するので待ってて

電卓は3.81e+14を表示したので10の位が14個あれば計算合ってるらしいのでとりあえず

anond:20171014235441

ベーシックインカム弱者積極的にぶっ○す仕組みだろうが、ボケナス

ちっと電卓叩いてどの程度行政サービスを減らせばできるか計算してみろよ

2017-09-28

anond:20170928055240

世帯数は5340万世帯で2.8%増加、世帯の規模は更に縮小

 世帯数は5340万3千世帯となり、平成22年から145万3千世帯の増加、率にすると2.8%増となりました。また、1世帯当たり人員平成22年の2.46人から2.38人となり、世帯の規模は引き続き縮小しています

http://www.stat.go.jp/info/today/106.htm

2000万世から集金出来たと仮定すると

2000万世帯×2000円×12ヶ月=2×2×12 単位0000000+000=48  0000000 000円だNHK

受信料収入は6,725億円で、NHK事業収入の96.1%が受信料収入です。

https://pid.nhk.or.jp/jushinryo/know/jushinryo_data.pdf

 6725

×0.961

駄目だ

6725億円-6725×0.039=あー電卓かもん=6725-262.75=6463.75億円

64637500000÷2000円÷12ヶ月=あー電卓かもん=26932291.6667世帯

あー最低でも2693万2291.6667世帯からがっつり料金ふんだくってるのがNHK

あー違う日本語難しい6725億円がNHK受信料収入なのでそのまま計算するんか

6725億円÷2000円÷12ヶ月=あー3362.5億円÷12ヶ月=あー電卓かもん280.208333333 単位00000000=あー兎に角

最低でも2800万2083.33333世からがっつり料金ふんだくってるのがNHK

2017-09-11

PC電卓って何使ってます

今はCygwinbc -l使ってるんですけど、

もっといい方法があるかと思って

2017-08-03

情シスの考える交通事故撲滅方法は「車庫からクルマを出さないこと」らしい。

情シスに出した要望の半分は「不可」で、残り半分は「十分に検討を重ねた上で答えるから当分待て」となる。

早い話が、情報システムなんてものがあるからリスクが発生するわけで、情報システムを一切なくして紙ベースにしてしまえばリスクもなくなるが情シス部門必要ない。

実際に、インフラもさることながらExcelなんてものがあるから残業が発生するのだと思うので、電卓オンリー時代に戻ってしまえば、上司無理難題にもブレーキがかかる(計算に3日かかるとかい状態なら諦めるだろう)。

高度情報社会かいものは、シロートExcel統計情シスのやる気の無さによって昭和時代よりひどい世の中になっている。

IoTなどと高唱している昨今、もっと世の中面倒になるので、「正義の味方 情シス」が水を差しにいって止めるが良い。

2017-08-01

エクセルに数式が入力されてない世界

キーボードの隣に電卓が置いてある時点で察し

2017-06-15

実家暮らしになって1年で使った金額はっぴょー

677587

用途

・家にいれる金

・その他趣味お菓子


うーん思ったより使ってるねえ

まあ一人暮らしだったら家賃だけで超えてる金額だって思うと、

一人暮らししてたときってすげー金かかってたんだなあと思うねー

あとこれ調べるのにエクセルのオートサムってのはじめてつかったんだけどめっちゃ便利だねこ

適当数字かいたせるえらんでオートサムボタン押すだけで全部たしてくれるとか

電卓入力するよりラクで確実だわー

いろんな場所適当数字入れてオートサムやる遊びしてしまったよ

windows電卓かいうのが変なエラーメッセージをだしよった

https://answers.microsoft.com/ja-jp/windows/wiki/apps_windows_10-outlook_mail/windows-10/239ef7e9-9f4f-40dc-bf41-2cd2b8217843

電卓を立ち上げようとしたら「試用期限が切れており、製品版購入ください」という

ふざけたメッセージが・・

こういうときはいったん電卓をアンインストしてからインストールすればいいということが

分かった。というかわかるのに数十分かかった。あほくさ。

ストアアプリなので通常の方法でアンインストできない。これも困った。

コマンドラインからやるらしい。引用したUrlはそれに該当。

2017-06-14

経理仕事が合わなかった

営業部門採用されたはずが、経理部門に配属された。請求書の処理や物品の購入など購買に近い業務が主でそんなにスキル必要ということではなかったけれども、計算が苦手で大雑把な自分には地獄新卒からの4年間でした。

理由は主に業務内容のやりがいのなさと、計算を好む同僚たちと馬が合わなかったことです。

毎日数字ばかり打ち込む同じ作業やりがいを感じることができませんでした。基本的ミスなく作業することが前提の経理業務100%正しくやりきっても、感謝されることも評価されることもない。

しかミスが一つ起こるとかなりの大事になる。他人ミスに気づかないこと自体自分ミスになる。

褒められることはなく、謝り続ける、自分が悪いのか分からないまま怒られ続ける毎日

この環境でどうやってモチベーションを保つのか、真剣に悩んで先輩に相談した。

数字が合った瞬間って気持ち良くない?」と言われた。ごめんなさい、全く理解できなかった。数字はもう見たくないと日々落ち込むだけでした。

ここから下は弊社の先輩が変わっている、という話で全ての経理や購買の人がそうではないと分かっている。

自分ミスはしっかりピックアップされるが、ミスが起きないように新たな施策を実行するのは許されなかった。

当時その部署では複雑な計算電卓手書きで行っていた。大雑把な自分は、計算の途中どこかで数字が合わなくなる。エクセル計算式打ち込んで、数字を入れれば最終金額が出るような簡単なシートを作った。

先輩に「ズルしないでください」と言われ、目が回った。

何かを変える、ということに部署の人たちは猛烈な拒否反応を示すことが多々あった。それゆえ、書類フォーマットも何年も変わらず、他部署取引先に対して異常に面倒な手続きを頼まなければいけないことが多かった。その度に嫌みを言われたり、逆上されたりということが何度もあった。自分だって変えたいわ…と思いながらひたすら頭を下げるしかなかった。

残業は30時間程度だったので、身体問題なかったけれどこのままファーストキャリアを摩り下ろすのってどうなんだろうと悩みに悩み、胃に穴が空いたところで、異動希望が通らなければ退職しようと考えていると上司に打ち明けた。

救いだったのは上司積極的人生に介入こそしないけれど、訴えをきちんと汲んでくれる人だったこと。

ちょうどストレスチェックに引っかかり、産業医が後押ししてくださったこともあり、紆余曲折ありましたが今は営業職です。

自分の工夫によって結果が変わり、評価につながるのが本当に楽しい

経理仕事を通じて分かったのは、当たり前だけれど人には向き不向きがあるということです。

不向きな面でしか勝負できなければ、達成感がある仕事をするのは難しいし、周りから評価も低くなる。

羽生結弦フィギュア勝負すべきだし、五郎丸ラグビー勝負するべきです。

自分の得意分野で戦えないとき努力で苦手分野を乗り越えるのももちろん素晴らしいけれど、土俵を変えた方がいい結果が出ることもあると思いました。

経理仕事好きな人には毎回否定されるけれど、不向きな人には特に難しい業務だと思う。

仕事が難しいのではなくて、モチベーションを保って取り組むのが致命的に難しくて辛かった。

合わないと思ったら、何らかのアクションを取った方がいいと個人的には思います

どんな経験も糧になると信じて自分なりに頑張ったけれど、

営業部門でまあまあ成績が出せるようになって振り返って見て、やっぱり無駄時間だったなと思うので。

スマートフォンが飲み込んだもの

http://anond.hatelabo.jp/20170613210316

電話通話

コンパクトカメラ

ビデオカメラ

・フォトスタン

ポータブル音楽プレイヤー

電卓プロ用除く)

ちょっとしたプリントメモ代わりの印刷

地図

時刻表

ポータブルナビ

電子辞書

メモ用紙(写真で済ませる)

スキャナ写真で済ませる)

ICレコーダー

ポータブルゲーム機

ハンドヘルドPC

ポータブルテレビ配信で済ませる)

ポータブルラジオラジコなど)

アマチュア無線

トランシーバー

雑誌

新聞

etc

プロハードに使う用途はまだまだ専門性が高い専用機必要とされているが、普通の人が「あったら便利なのに」みたいなポジションガジェットほとんど飲み込まれた。これらの大方の利益は「ちょっと使えればいいんだけど必要からしかたなく買っていた」分の膨れた分で出ていた。

写真にしても、当時もし殆どの人が「フィルムの何コマ目」だけ指定プリントを依頼していたらかなり減収になったにちがいない。ほしいのは2,3枚でも24枚撮りなら24プリントしていた。それが大きい利益になっていた。

音楽家が「CDを買って欲しい」というのも、CDパッケージする過程でさまざまな周辺業種を巻き込み、結果的に「欲しいのは1曲だけど1000円」という形で業界の動く金額が大きくなれた。欲しい1曲だけ250円で買われてしまっては従来通りの規模を維持できない。

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