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2021-06-13

都道府県は要らない

初めてホリエモンチャンネル再生したら「自治体って要る? 都道府県中途半端」と問題提起していた。

番組

行政デジタル改革」の展望課題(中編)【平将明×竹中平蔵×堀江貴文

うそう、中途半端で、ほとんど要らない。しかし、完全解体抵抗があるという指摘は正しい。

とりあえず、特に抵抗が大きそうな首都圏以外の道府県は残し、

東京埼玉千葉神奈川のうち、2015年2021年に他自治体から転入数がプラス自治体を中心に

首都圏エリア」を定め、そのエリア内を関東特区エリア外を関東県に分け、

医療ゴミ処理・上下水道納税などは広域展開すれば、もっと首都圏は住みやすくなると思う。

観光経済教育関連の枠組みとしてのみ県名を残す(例:神奈川観光協会)。もちろん予算も残す。

47都道府県ご当地クイズ継続できればいいでしょう。

今年、埼玉県150周年だと知ったが、人口増はさいたま市とその周辺の一部だけ。

横浜市も同じく人口増は、東京寄りの区だけ。県は要らないし、市町村も端境地に住んでいると嫌気がする。

どの市長もメインの地区しか見ていない。僻地や境だと、どうしても隣の市・区が生活圏になる。

最近は、ECネットスーパーデリバリーだけで暮らせる可能性もある。

地方分権は、本当の地方だけにとどめたほうがいい。

先祖3代関東まれを除き、国内の優秀な人が集うエリア東京でしょう。

2021-06-08

転居や在住自治体以外でのコロナワクチン接種

高齢の母の介護のために呼び寄せの転居とコロナワクチンの大規模接種のタイミングが重なってしまい、5月の頭から転出転入先それぞれに接種券の取扱と県外接種の対応について、サポートダイヤル及び役所の窓口でも改めて確認したのだが、それぞれで言われることが違い、割と困ったのでここに記します。

 

窓口では接種券は再発行できないと言われたが、再発行可能でかつ、住民票うつしたあとであればその自治体での再発行が実施できるとのことだった。

このようなことは歴史のうえでも初めてなので仕方ないとは思うがなかなか大変でした。自治体職員の方の理解度や、配布されている手引のフローにも若干認識等の相違があるようでした。

 

転居の際は以下のパターンワクチン接種が可能なようです。

 

1)住民票のある自治体から発行された接種券で住民票のある在住の自治体で開催されているの通常の接種センターで接種

 通常のパターンはこれ

 

2)住民票のある自治体から発行された接種券で住民票のある在住の自治体内の病院・クリニックで接種

 意外とこれをできることを知らない方がいるのでご参考に。会場が遠い場合などはかかりつけ医相談してみては。

 

3)住民票は移動せず在住自治体外(県外)で摂取する場合厚労省コロナワクチンナビサイト (https://v-sys.mhlw.go.jp/)の「住所地外接種届」から手続きを行い、発行されるPDFの控えをもち、自分でクリニック等を予約しワクチン摂取する。この際発行自治体の接種券も必要となるため居住の自宅等に転送必要

 

4)転入住民票を移動する場合転入後にコロナワクチンナビのよくある質問の再発行の質問の中のリンクから再発行申請実施するが、再発行される日程等自治体により異なるため、大規模接種会場はおそらく日程的に利用できない可能性があり、予約サイトなども利用できない可能性があるので、自分でクリニック等でワクチン接種を予約する。

 

なお、紛失等でも再発行可能だが、再発行できない自治体もあることや再発行についてのフロー職員理解していない場合もあるので事前に問い合わせが必要

 

私の場合転入先に問い合わせると、転入先の再発行は不可と案内され、(3)の手続きを案内されたが、実際にクリニックに予約したところ、クリニックが自治体に照会をかけていただき、(4)が必要であることがわかっったというところですが、高齢者でこの流れ理解するの無理でしょう。

2021-05-20

anond:20210519214122 政府向けシステムの話をするときの前提知識

政府向けシステムに関わったことがある身からすると、政府向けシステムの話をするときに前提として知っておいてほしいことは、住基ネット最高裁判決に「現行法上,本人確認情報提供が認められている行政事務において取り扱われる個人情報一元的管理することができる機関又は主体存在しない」という骨子があること。これによって政府向けシステム個人情報一元的管理できず、個人情報各自治体で分散管理しかできない。この文面でググれば政府がどれだけこの骨子を気にしているかは分かると思う。

今回の話は「国民マスターテーブルを持たずに認証するにはどうすべきか」という政府向けシステムで常に挙がる課題で、良いアイデアがある人は政府提案しにいってほしい。個人情報保護法の目的外利用に違反しない上で。

はがき送りつけ

これをできるのは自治体のみで防衛省はできない。防衛省国民の住所氏名を知らないのではがきを送れない。防衛省に限らず、どの省庁も国民の住所氏名を一元的には知らないので、政府はできない。

自治体から発行済接種番号と生年月日のペアデータ提供を受けて、接種番号をIDとし、生年月日を仮パスワードとして登録し、認証システムとする。

かなり難しい。上の骨子により防衛省個人情報一元的管理することができないので、最高裁判決とは条件が異なることを主張しないといけない。たとえば「都市圏だけなので一元ではない」とか。それに国民野党が納得するかどうか。これがひろみちゅの言う「政治的にそう言えないというのはあり得るが、乗り越えなければならない」課題

来る者拒まずベストエフォート方式にする

これで良いなら予約システムなんていらないけど、密を作って高齢者に何日も前から徹夜で並ばせるのが今のシステムより良いと思う?

どうすればよかったのか?

政府が使える一元的情報マイナンバーしかない。マイナンバーカードを読み取れる人だけが利用できる予約システムなら認証できるけど、自治体ネット予約さえ高齢者には使えないと叩かれているのに「マイナンバーカードとリーダー必要です」なんて要件で作れるわけがない。そもそも短期間に多くの人に接種させる」という目的にもそぐわない。

各自治体の予約システムAPIを持って防衛省が接種券番号の有効性をAPI確認できれば認証できるけど、首都圏だけで200以上ある自治体がばらばらに調達しているすべての予約システムに高負荷でも落ちないAPI共通仕様で緊急で作らせれる必要がある。けど、そんな体力があるならば自治体の予約システム自体が落ちないようにすれば良いわけで、大規模接種自体不要かもしれない。

個人情報一元的管理することができる機関立法すればできる。けど、そんなものは「たった1年」じゃ作れない。マイナンバー住基ネットに何年掛かったと思っている?「パンデミックという緊急事態なので防衛省高齢者個人情報一元的管理することができる」世界は「戦争という緊急事態なので防衛省20代30代男性個人情報一元的管理することができる」世界につながっていることを理解した上で、国民はこの法案に賛成できるのか? できるなら、良くも悪くも政府向けシステムの将来は大きく変わる。

結局、「国民行政サービスを直接提供するのは自治体で、そのための個人情報を持っているのも自治体政府自治体支援する」というデザインですべてが作られている日本において、菅の「政府主導でのワクチン接種」というアイデアの実現がそもそも無理ゲー出生届転入届を出すのは各自治体、運転免許の番号を発行しているのは各都道府県公安委員会政府国民個人情報一元的に入った共通データベースをどこにも持っていないか管理できない。従来通り、政府自治体支援に特化するべきだった。

中国みたいな管理国家日本はならないという選択国民がした時点で、この予約システムでの認証実装難易度は相当高い。ウイルスとの戦いに強い国は戦争にも強い国で、「人間にせよウイルスにせよ、敵との戦いに勝つために国民政府にどれだけ一元管理されてもよいか」の総意を国民が取らないといけないので、マイナンバー住基ネットの実績を考えると1年くらいの準備期間じゃ、みんなが期待している認証をこのシステムでは実現できない。

認証は無理としてチェックデジットくらいは入れられたのでは?

チェックデジットがないことで誰かの誤入力自分の予約ができない確率が上がっているのは残念。ただ、発券しているのは各自治体なのでチェックデジットをつけられるのも各自治体なので、開発会社防衛省もやれることはない。誰なら事前に自治体統一仕様で作らせられたかというと厚労省だけど、接種券の仕様が決まったあとに大規模接種の話が出てきたので事後諸葛亮こんなこともあろうかとチェックデジットの指摘が事前にできる勘が良い人がいたなら、たぶん落ちない予約システムの作り方の指摘も事前にできただろうから、大規模接種自体不要だったかもしれない。

いたずら予約で枠を全部押さえられたらどうするの?

現状でもreCAPTCHABot対策されている。reCAPTCHAを越えて大量予約するやつは悪意があるので逮捕で良いでしょ。

接種券番号のバリデーションは無理として、市区町村コードバリデーションはできたのでは?

できた。でも、接種券番号のバリデーションができない時点で大した意味はない。入力フォーム電話番号SMS送って電話番号全体の有効性を確認することはあっても、市外局番存在有無だけをバリデーションするなんてことしないでしょ。入力された市外局番市外局番マスターを引きあててバリデーションをしている者だけが石を投げられる。

生年月日が65歳未満でも登録できるのはバリデーションすべきでは?

防衛省は生年月日の正しい情報を持っていないので、この数字に大した意味はない。たぶん予約キャンセル用のパスワード相当、当日の誤入力を見つけるためのヒントくらいの意味しかない。「パスワードを設定してください」でも良かったんだけど、高齢者には難易度が高いと思って生年月日にしたんだろう。秘密質問みたいなものあなた母親旧姓が本当に正しいかどうかにシステム側は興味がないのと同じくらい、この生年月日が正しいかどうかに大規模接種予約システムは興味がない。

SQLインジェクションは?

いまだに具体例が出てこないので、多分ガセ

接種券番号だけがユニークになっている

異なる市町村番号+同じ接種券番号+異なる生年月日でログインできないことで接種券番号だけがユニークと主張しているけど、ログインできない理由はそれだけじゃない。たとえば2-123,5678がすでに登録されていることをこの人は知らない状況で、この人は1-123,1234でログインできるけど、2-123,7890はログインできない。システムとしておかしくない。

追記(2021/05/21 2:45)

よくあるコメントに返信。

接種番号と生年月日は個人情報ではない

法律素人システム屋なので、この指摘は正しいのかもしれない。一方で「個人情報とは個人を一意に識別できる情報のことを指すもの」というコメントもある。私には判断できないけど、仮に個人情報ではないとすると、

かなり難しい。上の骨子により防衛省個人情報一元的管理することができないので、最高裁判決とは条件が異なることを主張しないといけない。たとえば「接種券番号は個人情報ではない」とか「都市圏だけなので一元ではない」とか。それに国民野党が納得するかどうか。これがひろみちゅの言う「政治的に(『接種券番号と生年月日は個人情報ではないので一元管理します』とは)言えないというのはあり得るが、乗り越えなければならない」課題

が正しいのかもしれない。住基ネット最高裁判決によって政府向けシステム認証機能をつけることは想像以上に難しいという趣旨は変わらないけど、悪いのは菅じゃなくて「個人情報ではない」で突っ張れなかった防衛省なのかもね。いずれにせよ「認証すらまともに作れない技術力」から「接種券番号は個人情報なのか」に議論が高まってくれれば書いた甲斐があった。

VRSでは一元管理できている

VRSってのは各自治体の接種会場で使われているバーコードがなくてOCR必要なことで有名なシステムOCRは置いておいて、VRSは一元管理していない。 https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/vrs_overview_210506.pdf の6ページ目に書いてある。

市区町村ごとに区切られて保存されており、個人の記録は、接種券を発行した市区町村確認できます

国民の接種率が重要指標なんだからDBは1個にしたほうが便利なのに、「あえて」区切って保存している。また、個人の記録は各市区町村しか確認できい、つまり串刺しで全国民個人記録を見られる人はいないと書いてある。そんなわけでVRSは「政府は一元管理していません」に気を使っていることが分かる事例。

2021-05-13

きょうだい実家と縁を切ったせいで被害が及んだ人いる?

 私が実家と絶縁したことによって、姉ちゃん被害が及ばないか心配

 母は、「産んでやっただろう、育ててやっただろう、あの時ああしてやっただろう」っていう恩着せがましいタイプ毒親で、私は子供の頃からちょっとした洗脳を受けていた。

私は学生時代うつ病不登校になったり高校中退通信制転入したり、母に沢山心配させて親不孝したものから自分の残りの人生は母への恩返しのために生きるんだとナチュラルに思っていた。

母は酷いヒステリーで考え方が歪んでて、一緒にいるとものすごく疲れるしイライラするけれど、自分ニコニコ笑って我慢していれば、母を怒らせなければそれなりに良い母娘でいられると思ってた。

何をするにも決めるにも母の意見を優先し、母の意見が私のすべてで、気が付いたら自分で考える事ができないアラサーBBAに。

 結婚して実家から出た事がきっかけで洗脳が解けた私は、数か月前にLINEで母に手短に「子供の頃から実家が嫌だった 距離を置きたい」と一方的に告げてブロック

絶縁というほどではないかもしれないけれど、顔も見たくないし声も聴きたくない気持ちは変わらず、このまま関わりたくないと思っている。

 そして先月、姉から母の日プレゼントを用意したから共同ってことにしよう」とLINEが来た。

姉と私は気の合う真の仲良し姉妹という感じではないが、同じ親を持つ「同志」という意識が強い。 だから姉の言動が信じられないし、そんな事したくなかたったから断った。

そしたらそれ以来姉から連絡が来なくなってしまった。

 姉は現在二子妊娠中。 最近双子だと判明した。

姉は極力実家は頼らないって言ってるけど、ただでさえ今正社員で働きながら娘を育てるわけで、この先双子が生まれるとなると実家を頼らないとキツイ

でも、両親は高齢挙句貧乏で車も持ってないし、「孫=面倒事」くらいにしか思っていない。 私自子供を産んで育てた経験もない。

姉の力になってあげたい。 でも、かといって両親が頼りない分、叔母の私が姪っ子達にサービスし続けるのもなんかおかしい。

 一番の心配は、次女(私)という母のサンドバッグが消えたことにより、姉や姪っ子に視線や期待が集中するんじゃないかって。

なんていうか、母自身が見栄っ張りな挙句コンプレックスの塊で、我が子で自分コンプレックス払拭させる人だったのね。

から娘に必要以上に干渉するし口出しもする。 自分の言いなりにならないとキレて手に負えなくなる。

もう既に姉と姪っ子が被害を被ってるんだろうな・・・

 多分だけど、姉的にはこれ以上自分被害が及ぶ前に実家と仲直りしてほしいんだと思う。

でも、私は嫌。 言葉の通じない両親の為にサンドバッグになり続けるのは嫌。 話がわかる人たちなら、こんな強硬手段はとらなかった。

両親のありがたみはきっと自分が親にならないとわからない。 姉も親になって母のありがたみも異常さもわかったのかもしれない。



 ずっと姉に言えなかったことがある。

母は、姉が父親似なのが気に入らなかったようで、姉のいないところで姉が悲しむような悪口クスクス笑いながら私に聞かせていた事。

小さい頃からお姉ちゃん私たちと違う」って、陰で姉を余所者みたいに扱っていた事。

私の事を「あんたはお姉ちゃんと違ってお母さん似だから幸せになれる」ってずっと馬鹿みたいに言ってたけど、子供の頃の私を何かにつけ「やっぱりあの男の子供だな!」ってなじっていた事。

姪っ子を「旦那さん似で ざんね~んw」って小馬鹿にしている事。 半日預かっただけで「一日中泣きやがって。酷い目に遭った」と醜く顔を歪ませて私に愚痴った事。

 お姉ちゃん子供の頃からお母さん子だったけどさ、お姉ちゃんが思う程の親じゃないんだよ。 ねえ、お姉ちゃん

2021-04-09

解離性障害とかの話

普段文章を書きも読みもしない人間が、備忘録がてら書こうと思ったこと。その昔、10年ほど前のことを思い出したという話。

 

タイトル解離性障害については興味があれば調べてほしい。

解離性健忘、解離性遁走、離人症、…多分一番取り上げられるのは、解離性同一性障害(DID)についてだろう。

今回は、そのどれでもなく、あまり語られないその他の解離性障害について、当時の経験を書こうと思う。

かなりの主観で書いているので、親サイドで見るととんでもない傲慢独りよがり子供の話であることだけは、免罪符として先に言っておこう。

 

 

少し自身のことを掻い摘んで記しておく。一つずつ語るとまぁ長いので、ざっくりと箇条書きで。

・少し裕福な家庭で育った

きょうだいの一番上

なんやかんやあって中学不登校高校不登校再発→退学

・その後、高卒認定を取り、浪人生活を経て大学進学

大学在学中に体調を崩して就活を諦める

・数年フリーター生活ののち、現在会社員

 

冒頭の10年前の時期は、この中の浪人生活辺りの話である

なお、家族名誉の為に表記しておくが、「家族から愛情を持って育てられていた」のは間違いなかろう。

家庭環境については、外から見れば良くも悪くも普通の家庭だった。自分にとっては、休まることのない家だったというだけである

ここについては語るとキリがないので割愛

 

中学高校と相次いで不登校になり、高校で出席が足りずに退学した。

学校に馴染めなかったのが理由だと思っていた当時だったが、家庭環境が合わなかった、性自認やそれ関連のトラウマという理由も含んだものであることを、年が経つと共に察することになる。

朝起きられない、一日中寝ていて起きたら次の日の朝だったという日もあれば、朝まで眠れない日もあり、食事を受け付けないかと思えば、いくら食べてもお腹が満たされないこともしばしば、身体がひたすらだるい…と不健康まりない毎日を過ごしていた。

出席が足りずに退学したとはいったものの、部活だけは好きだったので、時折顔を出していた。全然学校にも来てない、部活にも不定期にしか来ないのに受け入れてくれた。

あの時、不満を言わないでいてくれたばかりか、こちらの安否を心配してくれていた顧問先生と友人には本当に感謝している。

同級生引退する時期に、一緒に"引退"し、その年の冬に高校を辞めた。

この時期、何度か心療内科カウンセリングに通っていた。親がドクターカウンセラーと話をし、その後自分ひとりで話をする……はずだったのだが、毎回何を言って、何を伝えたらいいのか分からず、そのまま診察の時間は終わった。

心療内科ドクターからは「なんでもいいんですけど、自律神経失調症診断書出しときますね」とダルそうに告げられ、カウンセラーからは「あなたが悪いわね」と言われたのは、よく覚えている。

 

当時、既に無気力ではあったといえ、大学進学という目標があった。高校部活顧問先生がとても良い先生だったので、教師になりたいと思った。

教育学部に進学したいという、高校を辞めた身としてはなんともな目標ではあった。

高卒資格がないと大学には進学できない。在学中に通信制や夜間への転入も考えたが、同級生と一緒に大学進学を果たしたかったので、高卒認定を受けることに決めたのが、18歳の夏。

その年の秋に高卒認定を取得し、センター試験を受け、二次試験合格する……といった算段だったのだが、志望校センター試験できわどいライン

二次試験はかなり難しい学科なのでほぼ無理ゲー。諦めて浪人することになった。

予備校に通うことになった。有名予備校でなく、個人事業主がやっているところ。何でそこを選んだかは覚えていないが、教える内容は"勉強"というより"思考"そのものだった。事務所には漫画が置いてあって、マスターキートンをハマって読んでいた。何故か13巻だけ無かった。

予備校には色々な人がいた。いわゆる陽キャな子、5浪ほどしている人、社会人から出戻りして大学進学を志望する人、モデルをやるといって辞めていった子、いつの間にか来なくなって近場のパチ屋で見かけたと噂が立っていた子。

人付き合いが苦手な自分は、ここでも浮いた。孤立も慣れたもんだと思いながら入校してひと月ほど経った頃に、それは起きた。

 

 

最初の症状は、予備校休みで、家に居た時のことである

中学生の頃から身体の不調も相まって、朝起きられないというのが常態化していた。

朝起きても、身体がだるくて昼過ぎまで布団に入って寝ている。夜は眠れないし、一度寝たら起きられないというのが中学高校の頃の不登校事情だった。だが、その日は違った。

意識ははっきりしている。右手携帯を探す。ここまでは良い。左足が動かない。痛い。神経が締め付けられているような痛み。じわじわと熱くなるような感覚が、上半身に上がってくる。

痛みと眠気でぼーっとする中、徐々に左腕が痺れる感覚に陥る。左半身が動かない。

起きないと、いつものように親に怒られる。そう思いながらも身体が動かない。案の定、怒られた。辛うじて、身体が動かないことを伝える。

呆れた顔をされたが、微妙理解を得られたのは覚えている。この症状は、土日の間続いて、徐々に消えていった。

 

それから一週間ほど後、今度は予備校自習をしていたところに同様の症状が出た。流石にヤバいと察されたのか、親が迎えに来て、大きい病院の緊急外来直行した。

身体症状が出ていたので、最初外科検査、その後脳の検査(案の定だがここが一番検査時間がかかった)、最終的に精神科となった。

どこの診療科に行ってもハンマーみたいなものでコンッとされて、「痺れてるのに動くやん…」となったのは覚えている。あのハンマー、なんかの授業の時に見たなぁとぼんやり

入院して数日くらいで左半身の痛みや痺れは緩和され、日常生活に支障がないくらいに落ち着いた。

退院して帰ってもいいと言われたが、家に帰りたくないとわがままを言って、後一泊だけさせてもらった。後日、親にお金のことを口酸っぱく言われた。

入院中に、精神科先生からさいころの話を尋ねられた。心療内科カウンセリングで言われた時と違って、妙に詳しく話せたことは覚えている。

それをふまえて、「一度別の病院心理テストを受けてみませんか」と打診された。この時点で詳しい人は分かるだろうが、これは解離性障害テストじゃない。

精神科先生曰く、「まだ脳の病気可能性があるので、身体症状については断言できない」ということで、とりあえず心理テストを受けに行くことになる。

ここで診察をしてもらった精神科先生が、その後7,8年の間お世話になる人である

 

 

心理テストを受けに行くまでに数ヶ月も間が空いた。単に初診の予約の問題だ。それほど、受診する人が多いということである。大変な職業だ。

この数ヶ月の間にも、再度MRIを受けに行ったり、なんかよく分からん検査を別の病院に受けに行ったり(これは本当に何だったのか思い出せない)したものの、結局何も異常がなかった。

結局何も異常なかったじゃんと言わんばかりに、この頃からからの風当たりが更に強くなった気がする。

 

心理テスト小学校の時にやったものの延長といった感じで、楽しかった。

空間認識か図形かなんかのテストで高い数値を出したらしく、先生に「学会で発表していいですか!」と興奮気味に言われた。

結論を言うと、アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)だったのだが、なんか褒められたのが嬉しくて、グラフギザギザな診断結果の紙はお守り代わりに取っている。(追記:嘘。今確認したら所在が分からなくなっていた)

 

色々と話が逸れた。

アスペルガー症候群

うつ病

解離性障害

脳の検査心理テストカウンセリングやら色々やって、こういう診断となった。身体が動かなくなってからこの間、半年ほど。

発達障害については「ほーん」という感じで深く考えていなかった。人間関係だけでなく勉強の面でも思い当たる節があったので、どこか腑に落ちたのだろう。

解離性障害についても、この頃には既に左半身の症状も落ち着いていた。うつについては、中学生の頃からだろうという見解だった。

とりあえず受験第一だったので、何か困ったことがあればまた来てくださいね~という感じで通院終了。

 

 

それから数年、志望校とは違うが大学生活を送っている頃。

無理が祟ってうつ悪化し、更にストレスで声が出なくなり(これも解離だったそうで)、それによって教員への道も就活も諦めたり、再度病院のお世話になったりしたのはまた別の話。

教育実習を控えた直前のことだったので、担当教授にめちゃくちゃ頭を下げに行ったらすごく慰められたのはある意味救いだった。

余談だが、身体が動かなくなったということで運転免許を取る時に適性検査がすごく面倒だった。大事ことなんだけどね。

いかんせんマイナーな例なので、免許センター警察の人にも「?」という顔をされたし説明も難しい。これについては、今も忘れた頃に診断書提出に関しての連絡が来る。

 

解離性障害には、解離性健忘、解離性遁走、離人症解離性同一性障害などあるが、一度解離の症状が出ると他の解離の症状も出やすくなるそうだ。

高校生の頃に友人に「たまに別人みたいになるよね」と言われたのも、予兆というか症状だったのかもしれない。

よく多重人格だとか言われる解離性同一性障害についても、自覚しているくらいにはある。ここでは「自覚症状がある」という程度でしか判断が出来ないので割愛する。

結局、診察中に先生の前で出たことはなかったのだ。

診察の直前まで「今日こそ言う」「今日こそ文章で書いて渡す」という意識はあるのだが、いざ診察室に入ると封印されるかの如く、忘れてしまう。そんな感じだった。

遁走・健忘については、覚えているだけで一度だけ「来るまでの記憶がない」といったことがあった。

過去の期間において記憶がすっぽり抜けているというのはちょいちょいとあるようだ。(10年前の脳の検査の話も最近思い出したところ)

過去についてはトラウマは鮮明かつ歪んで覚えているのに、全体としてみると「あの時しんどかったなぁ」とぼんやりしてしまものだろうか。そこら辺は、ごくごくありふれたこなのだろうなぁ。

 

 

うつ寛解して数年。解離については麻痺したり、声が出なくなったりなどといったものはあれから出ていない。あれからどうやってこう生き延びているのか、不思議ではある。

ここまで書くのに余計な事をいちいち思い出さないで済むようになったという点では、丸くなったものだ。

また覚えていたら、今度は死生観について書こうと思う所存。

では、これにて。

2021-03-12

anond:20210311095149

変に今の会社と揉めて消耗するより、辞めて一時的に専業になって子が一歳になった時に優良企業再就職した方が良い気はするな

保育園は点数的には保育料の高い無認可に預けることになるかもだけど、就職後に認可に空きが出たら転入すればいい話だし

2021-02-25

夫婦別姓って実際問題なんでこんなに騒がれるほどのものなのか

まず簡単歴史を調べてみた。

名字歴史

1870年平民名字許可令によって、誰でも名字を使って良くなった。これまでは平民名字を使ってはだめだった。

1871年戸籍法によって名字登録が推進された。姓尸不称令によって名前名字名前になった

1872年改名禁止令によって、名字が変更できなくなり

1875年苗字必称義務令によって、名字を持つことが義務になった

夫婦における姓の歴史

1876年戸籍法では夫婦別姓だった。そもそも慣習としては夫婦別姓だった。

夫婦別姓、と言うと少しニュアンスが違うけど、日本於いては「親の姓を男女問わずに継いでいく」が基本だった。ただ、庶民には姓なんかないので、この辺は宙ぶらりん感がある

夫婦同性になったのは、1898年明治民法から

「戸主及ビ家族ハ其家ノ氏ヲ称スル、妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル」

というように書かれているので、結婚したら妻(女性)は夫の家に入るので、名字は夫の名字になるというようになった。

夫婦同性、と言うよりは、嫁自動的に夫姓になる制度と言っても良い。

そういえば婿養子ってなんだよと思ってこっちも調べた所、男性が親と養子縁組を結んで、その家の娘と結婚する、と言うクソめんどくさい手順によっているようだ。

夫婦別姓に反対という人の気持ち

ここまで見てみれば(と言ってもほうぼうで見かけた情報ではあるが)、夫婦同性というのは明治時代に導入された制度だが、「平民名字を名乗っていい、いや、名乗れ」からの流れの中で「結婚したらどうすんの?」という感じで「夫婦別姓でいいんじゃね?このほうが自然だし」からの「いややっぱ旦那の姓をなのれ」に変わってきたという結構自然な家庭を経ている。これを伝統と言って良いのであれば、国家国民強制してきたことが伝統になってしまう。

システム屋として考えたこ

テクニカル夫婦別姓を考えると、データ管理の点でのコストがあるというのはある。

DBなんかで詳しい人は「姓」にその戸籍参加者を紐付ける形で管理していたが、この「姓」が家庭の単位を表さなくなったときにどうやって国民戸籍情報管理するのかという問題がある。いつ生まれて、どういうふうに転居し、誰と結婚して、子供が生まれて、離婚して、死別して、みたいなすべての履歴データを新形式コンバートせよという難題だ。明治時代とかの手書き戸籍謄本は電子化したうえで、ID割り振りという苦行が待っているだろう。待っていないかもしれないがこの辺は考え方次第かもしれない。

戸籍謄本は直系尊属はいくらでもさかのぼって取得して良いというものがある。これは、自分の親、親の親、親の親の・・・というようにさかのぼって戸籍が取得できる制度になるのだが、仮に「姓」で戸籍情報管理する場合、別の情報戸籍管理をする必要が出てくる。過去の人にもさかのぼって。

もしこういうプロジェクトを立ち上げた場合にやりたい人っているだろうか、いやいるまい。

夫婦別姓をシステムとして導入するには以下のステップがいるだろう。

何よりもきつそうなのは戸籍データ各自体で各々管理されている(総務省が何かしらの方法で一括管理しているかもだけど)ので、この辺のすべてのデータ統合する必要がある。しかもやっている間も粛々と人々は結婚し、生まれ離婚し、死に、転出し、転入する。

そういうわけなので、なにかウルトラCを考えないと、システムから夫婦別姓はかなりの困難を伴うだろう。

もしできた場合どうなるのか

もしこの辺がきちんとシステム化された場合、例えば遺産相続で非相続者が登場するすべての戸籍謄本を集めなくてはならない(法的に他に相続権者がいないか証明する必要があるので)というクッソだるいイベントがあるんだが、これを非相続者のID申請したら一気に全部取得できるとかそういうのはできるかもしれない。

夫婦別姓なんか「もともと何の問題もないので好きにしてください」位自由にできる。

氏名変更だってそんなに難しくない(しょっちゅう変えるとシステム的に良くてもみんな混乱するので何かしら規制は入るだろうが。)

2021-02-23

駅ビルが欲しい

首都圏にいくつかあるマイナー鉄道駅の一つ、西武池袋線元加治駅。今どき駅前コンビニがない。

昔はあったらしいが、近所の高校生万引き被害が多く、閉店していらい復活していないそうだ。

駅は入間市飯能市にまたがり、駅舎所在地入間市。無投票当選した市長は「元加治駅南口の開設」と、

飯能市にある「トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園」の観光地化を公約の一つに挙げている。市長就任後に知った。

そう、この駅は北口しかなく、駅南側あけぼの公園に向かうには北口から降りて線路をぐるりと回る必要がある。

検索したら、この駅周辺の開発に強力に反対する市民がいるそうだ。

以前の藤沢駅辻堂駅問題であり、新駅設置が決まった村岡新駅への反対にも通じる。

駅が2市にまたがって開発が進まないというも、横浜市鎌倉市押し付けあった大船駅周辺の開発と同じ。

大船駅横浜市側に新たに乗り降りする笠間口を作って、ようやく形になった。

転居したから昨日まで知らなかったけれど、大船駅前の商業施設が完成し、今年2月23日から順次オープンする。

藤沢市は、工場撤退後、辻堂駅前を開発したおかげで、毎年転入者が増えている。

その成功を見て横浜市鎌倉市はようやく腰を上げ、開発を加速させつつある。

入間市も、隣接する所沢市内各地の再開発の進展を見て、未着手の市西側に目をつけた。

30年もかけず、できるだけ早期に改札口を設置し、保育所学習教室を核テナントとした駅ビルを誘致するべきだと訴えたいので、ここに書いた。

そもそも新宿藤沢辻堂)間、新宿入間市元加治)間、日中の所要時間はほぼ同じ。直線距離ならむしろ埼玉のほうが近い。

電車速度が遅いためで、西武線小田急線見習い特急(有料)・快速急行急行各駅停車に再編してもらいたい。スピードアップも図ってほしい。

大人気の藤沢、対して、落ち目横須賀入間ほか。市が既存住民忖度し、新たな街づくり放棄たからだ。

リモートワークでプチ田舎にほど近い郊外に住むなら(津波地震リスクノーカウント)、現状、藤沢大船間がベスト湘南の海はすばらしい。

その湘南エリア入間ICからETC2.0割引適用で片道2050円新湘南バイパス 藤沢IC)、最短54分で着くらしい。

神奈川東京市部・埼玉南部まで合併すれば、海なし県は「海あり県」になる。車移動1時間なんて、地方では通常行動の範囲では?

藤沢市人口2021年1月1日現在)は43.7万人で、前月に比べて増加。どの自治体も手本にするべき。

2021-02-12

話題独身税たっぷり触れてます。【移民と置き換わり、消滅しゆく日本人への「逆説の少子化対策」】

https://yt3079.hatenablog.com/

日本人は毎年数十万人単位で急減の一方で、移民外国人住民)は毎年増加(コロナ渦で数年はずれるが)を続ける

日本人移民人口比逆転は時間問題「40年後の40才以下の3人に1人は移民?」

出生率に変化がなければ、将来の人口動態もほぼ推計通りになる) 

◎約90年で人口が半減するスピードしか子供が少なく老人が多い)。人種単位の持続性の観点では有事であり、危機非常事態。それなのに対策は後手後手

→例えば、ウイルス蔓延現在進行形悪化スピードが早く、人権制限してでも効果的で思い切った対策をとる機運も生まれやすいが、少子高齢化ダメージ時間スピードが遅いために、切迫感が低く、結果、対策が「常に」後手に回る。

◎現状の育児支援中心で自由意志に期待した少子化対策は30年以上、毎年失敗の連続政府自治体対策対象世帯である「産みたくても産めない人。結婚したくてもできない人」はどれだけ存在するのか。被害者感情に流される対策効果が出ていないのが現実

→本当はお金ではなく、大変だから子作りをしたくない。面倒だから結婚したくない。だから育児支援保育所いくら作っても、育休を増やしても結婚に結びつかず、子供は増えない。(平均年収の倍で待機児童のない東京都千代田区出生率は全国平均以下)

出生率低下の要因は未婚率の上昇と多産の減少。その原因とされる「格差拡大説」はどこまで正しいのか。

独身低所得者が多いのは「原因ではなく、結果」。1970年代までは、低所得者年収200万円以下)でもほぼ結婚して子供がいたが、現在戦時中よりもはるかに低い出生率日本を含む先進国生活多様化しており、コスト要因の結婚必要性優先順位の低下により、低所得者から結婚回避するようになった。

◎子作りしたい人への環境支援ではなく、子作り「したいと思っていない人」に子作りを促す対策重要

→既婚者の完結出生児数は約2人であり、現実として子作りをしたい人は支援関係なく、子供を作っている。問題出生率低下の要因である未婚者の急増であり、結婚を諦めている人、意欲に乏しい人にどう働きかけるかがカギ。結婚個人自由だが、その自由により、社会の持続性を大きく損ねている。

動機に働きかけ効果だけ求めた少子化対策は次の通り。「3大義務同様に子作りの努力義務化の指針」「第3子以降に1000万円超など、多産ボーナス」「子作り負担のなく福祉を受ける40才以上の独身増税実質的独身税)」

→早婚に金銭メリットが生じて、相手理想ハードルが下がり、これまで結婚できなかった層も結婚相手対象に。育児放棄など社会問題の増加より、少子化放置で起こる社会問題の方がはるかに深刻。消費性向の高い育児世帯と若年人口が増えれば内需が復活。

少子化対策の失敗は、効果でなく倫理的視点(受け入れられやす育児支援のみ)で選ぶから失敗する。本来負担の大きい子作りに対し、反発のない対策効果も期待できないはず(作用反作用法則)。先祖の多大な負担があったからこそ、現代人が存在する。現代人が身勝手倫理モラル負担回避正当化すれば、将来世代は先細りの一方。

目的少子化解消)は手段人権問題があるが効果を見込める対策)はを正当化するのか。メリットデメリットを上回れば導入すべき(人が減り続ける悲惨社会になっても、子供を作らない自由意思尊重大事なのか? 倫理観や同義性の遵守より、手段が受け入れ難くても「問題解決を優先」すべき) 

★本稿のポイント

少子化対策の「思い込み=(人権モラル少子化解消よりも重要)」を解消し、少子化対策にの人権モラル我慢すれば、効果的な対策を実行でき、少子化問題解決可能。昔の子沢山を成立させていた周囲のプレッシャーや後継、労働担い手などの子供が生まれる要素が無くなった現在、「法律一本の施行」で制度を作り、子作りに動機を与えて出生率の上昇に繋がる具体策を提案する。それを実行するには、いかにしてハードルとなる人権倫理観を我慢してもらうのかの説得が少子化対策本質にして、本稿の最大のテーマだ。少子化が解消し子供が増えれば、内需が復活し日本経済回復する。本書では、このままの少子化状況が続いた場合日本人に訪れる悲惨運命とそれを回避するための、効果を優先した対策提案解説する。

〜〜〜〜〜〜

近代社会学の祖オーギュスト・コントは「国の未来人口構成で決まる」と見抜いたそうな。人口を減らしながら常に高齢者が多い逆ピラミッド状の人口構成では、衰退は避けられません。合計特殊出生率1.36(2019年)と低迷を続ける日本。このまま人口が減り続ければ、国の発展以前に現日本人が将来的に存続できなくなります。存続できない可能性が高いのではなく、日本人出生率が2を切り続ければ将来的に存続できなくなるのは物理現象です。それに対し、どこか他人事日本社会政治問題意識を投げかけたいと思います

問題解決するより、発見する方が困難です。個人組織も、自ら気づかない潜在的問題により、傾いていきます少子化問題は極めて深刻な問題にも関わらず、政府少子化対策関連予算先進国の中でも総予算に占める割合が低く、口では声高に危機感を高めていると言っても、財政支出観点からは本気度が極めて低く、問題視していないレベルと明確に言えるでしょう。2019年末に決まった26兆円(真水4.3兆円)の経済対策でも少子化関連には1円も使っていません。使い先は電線の地中化など。。

現状の少子化対策育児支援など環境整備の観点しかなく、30年間も同じような方向性政策しかとられておらず、改善兆しが全くないのに、「地道にやるしかない。環境整備が大事だ」と言い続けています。一方、日本人が減り続ける中で、近年の政府実質的移民政策に大きく舵を切りました。100年後の日本列島は日本人移民の混在する国になっていますさらに、それ以降も出生率が大幅に回復しない限り、容赦無く日本人は減り続ける一方で移民割合は増え続け、その時の日本国籍のルーツ海外由来になっている可能性が物理的に極めて高くなります公用語中国語などに変わっている可能性も十分あるでしょう。

そうはならない為の少子化対策。現状の育児環境改善策以外にも、視点を変えれば効果のある対策はあるはずです。出産育児個人権利に関わる問題ですが、残念ながら環境支援だけで結婚、子作りの有無を自由意志に委ねた現在少子化対策では増えていない現実があります。それを改善するためには、より、子作りの動機付けに導く政策必要であると考えますしかしそういった対策は、個人自由意志に反する可能性のある対策であり、モラル倫理観の問題で実行に大きな障壁がありますしかし、動機付けの対策有効性があって少子化改善される可能性があっても、現代人のモラル人権を優先すべきなのでしょうか。その優先順位がどうあるべきか、問題提起したいと思います

少なくとも現状の育児支援中心の対策より、効果が見込めそうな対策を、モラル現代人の自由権利理由放棄してもいいのか。現代人のモラル価値観はその人種の存続や持続性以上に重要価値観なのかーー。

このように、少子化対策の具体策だけでなく、タブー視される少子化対策問題に対し、「どう向き合って、どう考えるべきか」。そういった観点を問いただすような内容になります現在出尽くしている対策論点とは違った観点と具体的な対策提案し、実効性のある少子高齢化対策に繋げたいと思います

【要点・トピック

現状の少子高齢化改善しないまま、実質的移民外国人労働者を受け入れ続けると、いずれ日本人移民が「人口比で逆転」する事になる。日本人の為の日本ではなくなり、多民族国家に変わる。日本人外国由来の国民住民人口構成逆転に繋がる現象はすでに進行しており、人口構成比の逆転は時間問題。不可逆になる前に手を打つべき。

政府自治体育児環境支援ばかりの少子化対策は結果が出ておらず、失敗との結論けが必要国民自主性に任せれば、少子化は進行する一方。少子化構成要素である未婚率の高まり少子化現象の原因ではなく結果。日本を含む先進国が直面する少子化の原因は文明化による価値観多様化で、結婚と子作りの優先順位が下がった事による晩婚化、非婚化が進んだ影響。現状の育児支援中心の対策方針を「大幅に変えないと」今後もさら日本人は減り続ける。子作りの動機付けをアメとムチの両面でやるくらいでないと解決は難しい。効果的な対策を打てば「翌年から出生率は著しく反応する事が過去の事例からも分かっている。子供が増えだし、出生率が2を越えれば、日本の将来は明るい。

モラル倫理観、自由意志を優先して、負担感のある少子化対策をせず、現状の効果が上がってない対策をなおもやり続け、その結果このまま滅びるか、逆にモラル人権をある程度我慢して、有効性のある対策を実行し、安定した持続性のある社会にするかーー。

続きは以下にて

https://yt3079.hatenablog.com/

ーー第一部//「現日本人が少数派になる日」ーー

第一章・日本人が少数派になる日

◆このまま人口が減り続けると、どうなるのか

政権関係なく、労働や消費の担い手不足という現実問題対応するため、政府経済団体は、外国人労働者という形態で、実質的移民国連定義では1年以上住む外国人)の受け入れをさら推し進めるようになるだろう。実際、2018年の「骨太の方針」でも外国人労働者受け入れ拡大の方針が決まり、2019年4月には改正入管法施行された。彼ら外国人高齢者になった時、どうなるか。もちろん追い返す事はできず、いずれは外国人移民高齢化問題も出てくる。

このまま、日本人人口減少分を外国人で補おうとすると、コロナ渦で数年はずれ込むだろうが、基本的には時間の進行とともに、日本人外国人比率が相反し、やがて逆転することになる。この点ははるか先の未来の事として、ほぼほぼ論じられていない。このままでいいのだろうか。すでに東京都内ではかつて外国人が多かった街は新大久保観光地くらいだったが、今や主要繁華街で昼夜問わず、その割合は静かに増え続けている感がある。

出生率数字は「人口が減っていくかもしれない」危険指数ではなく、数値が2.0を下回る状況が続けば「いつまでに人口ゼロになるか」の確定年数を導ける指数内戦中のシリアアフガン北朝鮮より先行きが危ない少子化日本

出生率を人に問うても、いまひとつ危機感が薄い。出生率低下と言っても、「人口ゼロになる事は無いだろう」「単なる警告信号のような数字だ」と、漠然認識する人は多い。しかし、出生率の1.41という数値は男女2人の親から約30年後の次の出産サイクル時の出生数は1.41人しかまれてこない計算だ。これを分かりやすく1人に置き換えると約0.7人になる。1年間の出生数が87万人(2019年出生数)だとすると、この世代が、第一子を生む頃の30年後は87万×0.7の約60万人、その30年後は約42万人。その30年後は約30万人とどんどん減り続ける。そんなバカなと思うかもしれないが、実際、第二次ベビーブームの1973年は209万人の出生数で、彼らが出産適齢期になった30年後の2003年あたりは不景気の影響もあって、出生率が1.26程度まで減っており、その結果、113万人と親世代の半分程度の出生数に落ち込んでしまった。団塊ジュニア世代就職氷河期世代不況と重なる運の悪さがあったが、現実的に、出生率が2を切ると、容赦なくその数値の割合だけ、出生数は減り、人口が減り続けるのである

この危機感の無さには、「出生率」と言う単語にも問題があるのではないか。2018年に国会を通過した「働き方改革」も「残業代カット改革」なら法案は通らなかっただろう。それほど名前大事だ。言葉は悪いが「人口半減期」のような数字で、出生率人口が「半減する期間」で示した方が分かりやすいのではないか。例えば、今の出生率が続くと人口半減期はおよそ80~90年だ。つまり、2100年ころには日本の総人口は6000万人に半減している計算だ。今の出生率が続いた場合に、半減するまでの期間を書いた方が、危機感は伝わり易いだろう。

内戦シリアアフガン独裁政権下の北朝鮮はいずれも出生率が2を上回る。いくら内戦政治不安経済状態が悪くても、それにより大規模な内戦に発展しない限り年間1万人も死亡する事はない。しかし、日本では団塊世代平均寿命を迎える2030年頃は年間170万人程度の人口減を経験することになる。そして、今後70年かけて日本の総人口が6000万人に減少すると予測されている。結果的に早く滅びる国がいい国と言えるのだろうか。

◆現日本人外国人実質的移民)に徐々に置き換わり、日本人はやがて少数派に転落して、いずれゼロになる・・・100年後に純粋日本人消滅へ。アメリカではすでに16歳未満で白人過半数割れ

移民が来ても、混血化するから日本人の血は残るはず」というのは大きな誤解である出生率が2を割っていれば、人口減少は続き、その減少を補うために、時間の進行とともに、外国人移民が入り続け、日本人の血はゼロになるまで混血化しながら希釈化され続けていく。

2020年6月には国勢調査局の統計を基にAP通信がまとめた情勢によれば、アメリカではすでに16歳未満で白人人口が初めて半分を割ったという。流入が急増するヒスパニック黒人アジア系に対し、白人人口が増えなかったためだ。アメリカでは1990年に75%だった白人割合は2020年現在は60%に急減。たった30年で約20%も人種割合が低下したことになる。さら2045年までに白人人口が半分を割るという推計がある。白人出生率が2を切り続けて増えず、白人人口ゼロに向かい減っていく一方で、ヒスパニックアジア系流入がその穴を埋めているためであるアメリカ出生率は2を上回っているが、それはヒスパニックを中心に移民出生率が高いためである現在アメリカ多民族国家だが、そのうち白人が減り、やがて黒人ヒスパニックだけの国になり、逆に多様性は少なくなっていく可能性が高い。

日本は今のPermalink | 記事への反応(1) | 02:50

2021-02-04

anond:20210204172730

中学校の思い出

小学5年の終わりに転入した小学から、ほぼ持ち上がりで中学校に進学した(公立だったけど、地域的に小学校、中学校は他の学校と学区が被っていなかった)。

もちろん、転入段階でできあがってた仲良しグループクラスストーカーも全部持ち上がり。

よそ者の私は、ストーカー最下位からスタートだった。

けど、中学に上がる少し前に、ストーカー上位の女子が多くいる進学塾に入塾して、さらに(前年度まで大会の成績が良かったため半分内心目当てで)彼女たちと同じ部活に入部した私は、運よくストーカー上位の子たちと仲良くなれた。

ストーカー最上位のA子(詳細はわからないけど、どうも地主の娘らしい)がオタク趣味だったこともあって、中学1年は非常に充実していた。

途中でクラスに入った私立から転入生のBとも仲良くなって、あの頃のクラスストーカーが崩れかけていた。

進級のタイミングで、私は名字が変わった。

そして、同じクラスになったストーカー上位の子から無視されるようになったし、小学から仲良くしてくれてた子からも、ハブられていた(思い込みかとも思っていたけど、卒業時に謝られたから本当にハブられていたらしい)。

家庭の事情について相談しなかったからかもしれない。けど、そもそも引っ越しの時点で予感はあったし、そのころから一人でゆっくり受け入れていて、私にとってはわざわざ相談するようなことじゃなかった。

私は一気にストーカー最下位に転落して、そこは私一人しかいない場所だった。その時点で、正直人間不信は半分出来上がっていた。

そして、部活と塾にもその余波はやってくる。

小学からストーカー上位の仲良しグループにいたC子が、別の小学から入学してきたD子と仲違いした(らしい)のだが、彼女親友だったE子や仲良しグループのA子たちが、D子を支持するようになったのだ。

C子は部活に来なくなり、やがて教室にも塾にも、学校にも来なくなってしまった。

いつもC子と一緒にいたA子やE子は、いつの間にか、当たり前のようにD子と行動を共にするようになっていた。

しばらくして、C子は別室登校を始めた。

同じクラスの元仲良しグループメンバーで、唯一彼女のことを心配していたFちゃんだけは受け入れて、それ以外の生徒と会うことは拒絶していたらしい。

私は、正直自分のことに精一杯だったけど、いつの間にかC子の机が物置みたいになっているのにはさすがに憤りを覚えて、毎日放課後彼女の机の中に無造作に入れられた物を取り出して、教卓の上に置くようにしていた。

けど、ある日、「C子ってずるいよね。うちら必死になって勉強してる間、ずっと保健室手芸してるんだよ」と、E子がA子やBと、教室で何の悪気もなく話しているのを聞いてしまった。

つい数か月前まであんなに仲良くしていたのに、とか、誰のせいでC子がそんなことになったと思ってるんだ、とか、思うことは山ほどあったけど、とっさに言葉が出てこなかったし、声を出したら泣いてしまいそうだった。

あの時、私の代わりに「そういうこと言うのやめろよ」と止めてくれた男子のことは、今でもヒーローだと思っている。

E子みたいな人がいる反面、彼のように思う人がいる。私も、少しでも力になりたい、そう思って、私は保健室のC子に充てて、ルーズリーフいっぱいに手紙を書いた。預けたのはFちゃんだったか保険先生だったかは覚えてないけど。

C子は、3年生に進級したタイミングで完全に教室復帰した。

A子やD子、E子とクラスが別れたのも理由かもしれない。

一方、私はなぜかA子たちと同じクラスに入れられていた。ついに先生にも見捨てられたかと思ったけど、差し伸べられた手をとらなかったこともあったし、まぁ仕方ないと思って受け入れた。

中3のときは、受験学年だからか、成績がトップだった私は、いつしかみんなから頼られるようになっていた。人に勉強を教える楽しさを知ったのもこの年だ。

大人になったのか、それともみんなが私に頼っているからなのか、私の目からストーカーが見えなくなった。

卒業間際に私は色んな人に謝られた。

「助けてあげられなくてごめんね」

「ひどいことしてごめんね」

中には、私が音楽先生推し採用されて、卒業式に歌った曲の歌詞になぞらえて、すごく遠回しな謝罪をしてくる子もいた。

けど、私が本当に謝って、理由説明してほしかったA子やBからは何も言葉はなかった。

A子が幹部を務める成人式の後の同窓会に誘われたり、成人式でA子から声をかけられたりしたので、もしかしたら彼女の中ではあの中2の一年間は書き換えられているのかもしれない。

私は、この中学3年間で、「女の子同士の付き合い」というものを一切信用できなくなった。

育ちの良い子が多かったので、わかりやすくて派手な「イジメ」はなかったけど、その分みんな傷つきやすくて、やっていたことも陰湿だったんじゃないかと思う。

けど、目に見える行動ができなくても、気に掛けている人は絶対にいる、ということも学んだ。

から見ても明確な理由がないのに、なぜかハブられている人がいたら、大人だってそう簡単に行動を起こせない。ストーカー意識に縛られた中学生の女の子ならなおさらだ。

人に話すと同情されることが多いけど、私にとってはこれもまた、大切な過去の一つなのだと思う。

anond:20210204172730

中学校の思い出

小学5年の終わりに転入した小学から、ほぼ持ち上がりで中学校に進学した(公立だったけど、地域的に小学校、中学校は他の学校と学区が被っていなかった)。

もちろん、転入段階でできあがってた仲良しグループクラススカートも全部持ち上がり。

よそ者の私は、スカート最下位からスタートだった。

けど、中学に上がる少し前に、スカート上位の女子が多くいる進学塾に入塾して、さらに(前年度まで大会の成績が良かったため半分内心目当てで)彼女たちと同じ部活に入部した私は、運よくスカート上位の子たちと仲良くなれた。

スカート最上位のA子(詳細はわからないけど、どうも地主の娘らしい)がオタク趣味だったこともあって、中学1年は非常に充実していた。

途中でクラスに入った私立から転入生のBとも仲良くなって、あの頃のクラススカートが崩れかけていた。

進級のタイミングで、私は名字が変わった。

そして、同じクラスになったスカート上位の子から無視されるようになったし、小学から仲良くしてくれてた子からも、ハブられていた(思い込みかとも思っていたけど、卒業時に謝られたから本当にハブられていたらしい)。

家庭の事情について相談しなかったからかもしれない。けど、そもそも引っ越しの時点で予感はあったし、そのころから一人でゆっくり受け入れていて、私にとってはわざわざ相談するようなことじゃなかった。

私は一気にスカート最下位に転落して、そこは私一人しかいない場所だった。その時点で、正直人間不信は半分出来上がっていた。

そして、部活と塾にもその余波はやってくる。

小学からスカート上位の仲良しグループにいたC子が、別の小学から入学してきたD子と仲違いした(らしい)のだが、彼女親友だったE子や仲良しグループのA子たちが、D子を支持するようになったのだ。

C子は部活に来なくなり、やがて教室にも塾にも、学校にも来なくなってしまった。

いつもC子と一緒にいたA子やE子は、いつの間にか、当たり前のようにD子と行動を共にするようになっていた。

しばらくして、C子は別室登校を始めた。

同じクラスの元仲良しグループメンバーで、唯一彼女のことを心配していたFちゃんだけは受け入れて、それ以外の生徒と会うことは拒絶していたらしい。

私は、正直自分のことに精一杯だったけど、いつの間にかC子の机が物置みたいになっているのにはさすがに憤りを覚えて、毎日放課後彼女の机の中に無造作に入れられた物を取り出して、教卓の上に置くようにしていた。

けど、ある日、「C子ってずるいよね。うちら必死になって勉強してる間、ずっと保健室手芸してるんだよ」と、E子がA子やBと、教室で何の悪気もなく話しているのを聞いてしまった。

つい数か月前まであんなに仲良くしていたのに、とか、誰のせいでC子がそんなことになったと思ってるんだ、とか、思うことは山ほどあったけど、とっさに言葉が出てこなかったし、声を出したら泣いてしまいそうだった。

あの時、私の代わりに「そういうこと言うのやめろよ」と止めてくれた男子のことは、今でもヒーローだと思っている。

E子みたいな人がいる反面、彼のように思う人がいる。私も、少しでも力になりたい、そう思って、私は保健室のC子に充てて、ルーズリーフいっぱいに手紙を書いた。預けたのはFちゃんだったか保険先生だったかは覚えてないけど。

C子は、3年生に進級したタイミングで完全に教室復帰した。

A子やD子、E子とクラスが別れたのも理由かもしれない。

一方、私はなぜかA子たちと同じクラスに入れられていた。ついに先生にも見捨てられたかと思ったけど、差し伸べられた手をとらなかったこともあったし、まぁ仕方ないと思って受け入れた。

中3のときは、受験学年だからか、成績がトップだった私は、いつしかみんなから頼られるようになっていた。人に勉強を教える楽しさを知ったのもこの年だ。

大人になったのか、それともみんなが私に頼っているからなのか、私の目からスカートが見えなくなった。

卒業間際に私は色んな人に謝られた。

「助けてあげられなくてごめんね」

「ひどいことしてごめんね」

中には、私が音楽先生推し採用されて、卒業式に歌った曲の歌詞になぞらえて、すごく遠回しな謝罪をしてくる子もいた。

けど、私が本当に謝って、理由説明してほしかったA子やBからは何も言葉はなかった。

A子が幹部を務める成人式の後の同窓会に誘われたり、成人式でA子から声をかけられたりしたので、もしかしたら彼女の中ではあの中2の一年間は書き換えられているのかもしれない。

私は、この中学3年間で、「女の子同士の付き合い」というものを一切信用できなくなった。

育ちの良い子が多かったので、わかりやすくて派手な「イジメ」はなかったけど、その分みんな傷つきやすくて、やっていたことも陰湿だったんじゃないかと思う。

けど、目に見える行動ができなくても、気に掛けている人は絶対にいる、ということも学んだ。

から見ても明確な理由がないのに、なぜかハブられている人がいたら、大人だってそう簡単に行動を起こせない。スカート意識に縛られた中学生の女の子ならなおさらだ。

人に話すと同情されることが多いけど、私にとってはこれもまた、大切な過去の一つなのだと思う。

中学校の思い出

小学5年の終わりに転入した小学から、ほぼ持ち上がりで中学校に進学した(公立だったけど、地域的に小学校、中学校は他の学校と学区が被っていなかった)。

もちろん、転入段階でできあがってた仲良しグループクラスカーストも全部持ち上がり。

よそ者の私は、カースト最下位からスタートだった。

けど、中学に上がる少し前に、カースト上位の女子が多くいる進学塾に入塾して、さらに(前年度まで大会の成績が良かったため半分内心目当てで)彼女たちと同じ部活に入部した私は、運よくカースト上位の子たちと仲良くなれた。

カースト最上位のA子(詳細はわからないけど、どうも地主の娘らしい)がオタク趣味だったこともあって、中学1年は非常に充実していた。

途中でクラスに入った私立から転入生のBとも仲良くなって、あの頃のクラスカーストが崩れかけていた。

進級のタイミングで、私は名字が変わった。

そして、同じクラスになったカースト上位の子から無視されるようになったし、小学から仲良くしてくれてた子からも、ハブられていた(思い込みかとも思っていたけど、卒業時に謝られたから本当にハブられていたらしい)。

家庭の事情について相談しなかったからかもしれない。けど、そもそも引っ越しの時点で予感はあったし、そのころから一人でゆっくり受け入れていて、私にとってはわざわざ相談するようなことじゃなかった。

私は一気にカースト最下位に転落して、そこは私一人しかいない場所だった。その時点で、正直人間不信は半分出来上がっていた。

そして、部活と塾にもその余波はやってくる。

小学からカースト上位の仲良しグループにいたC子が、別の小学から入学してきたD子と仲違いした(らしい)のだが、彼女親友だったE子や仲良しグループのA子たちが、D子を支持するようになったのだ。

C子は部活に来なくなり、やがて教室にも塾にも、学校にも来なくなってしまった。

いつもC子と一緒にいたA子やE子は、いつの間にか、当たり前のようにD子と行動を共にするようになっていた。

しばらくして、C子は別室登校を始めた。

同じクラスの元仲良しグループメンバーで、唯一彼女のことを心配していたFちゃんだけは受け入れて、それ以外の生徒と会うことは拒絶していたらしい。

私は、正直自分のことに精一杯だったけど、いつの間にかC子の机が物置みたいになっているのにはさすがに憤りを覚えて、毎日放課後彼女の机の中に無造作に入れられた物を取り出して、教卓の上に置くようにしていた。

けど、ある日、「C子ってずるいよね。うちら必死になって勉強してる間、ずっと保健室手芸してるんだよ」と、E子がA子やBと、教室で何の悪気もなく話しているのを聞いてしまった。

つい数か月前まであんなに仲良くしていたのに、とか、誰のせいでC子がそんなことになったと思ってるんだ、とか、思うことは山ほどあったけど、とっさに言葉が出てこなかったし、声を出したら泣いてしまいそうだった。

あの時、私の代わりに「そういうこと言うのやめろよ」と止めてくれた男子のことは、今でもヒーローだと思っている。

E子みたいな人がいる反面、彼のように思う人がいる。私も、少しでも力になりたい、そう思って、私は保健室のC子に充てて、ルーズリーフいっぱいに手紙を書いた。預けたのはFちゃんだったか保険先生だったかは覚えてないけど。

C子は、3年生に進級したタイミングで完全に教室復帰した。

A子やD子、E子とクラスが別れたのも理由かもしれない。

一方、私はなぜかA子たちと同じクラスに入れられていた。ついに先生にも見捨てられたかと思ったけど、差し伸べられた手をとらなかったこともあったし、まぁ仕方ないと思って受け入れた。

中3のときは、受験学年だからか、成績がトップだった私は、いつしかみんなから頼られるようになっていた。人に勉強を教える楽しさを知ったのもこの年だ。

大人になったのか、それともみんなが私に頼っているからなのか、私の目からカーストが見えなくなった。

卒業間際に私は色んな人に謝られた。

「助けてあげられなくてごめんね」

「ひどいことしてごめんね」

中には、私が音楽先生推し採用されて、卒業式に歌った曲の歌詞になぞらえて、すごく遠回しな謝罪をしてくる子もいた。

けど、私が本当に謝って、理由説明してほしかったA子やBからは何も言葉はなかった。

A子が幹部を務める成人式の後の同窓会に誘われたり、成人式でA子から声をかけられたりしたので、もしかしたら彼女の中ではあの中2の一年間は書き換えられているのかもしれない。

私は、この中学3年間で、「女の子同士の付き合い」というものを一切信用できなくなった。

育ちの良い子が多かったので、わかりやすくて派手な「イジメ」はなかったけど、その分みんな傷つきやすくて、やっていたことも陰湿だったんじゃないかと思う。

けど、目に見える行動ができなくても、気に掛けている人は絶対にいる、ということも学んだ。

から見ても明確な理由がないのに、なぜかハブられている人がいたら、大人だってそう簡単に行動を起こせない。カースト意識に縛られた中学生の女の子ならなおさらだ。

人に話すと同情されることが多いけど、私にとってはこれもまた、大切な過去の一つなのだと思う。

2021-01-26

高知競馬が、この5開催日連続で、売上10億円超え。JRAとの交流競走 (黒船賞) でもない、勝てず、怪我して走れずで高知に "流れ着いた" 馬達のレースで。12年前のどん底期は、年間の売上が38億しかなかったのに。

どん底期は1着賞金9万で、5着に入っても5000円しかもらえなかったのが、今では同じ条件 (C3)で50万円、5着で5万円。ビッグレース高知県知事賞の1着賞金は、どん底期の135万円から、今年度 (2012月31日) は1200万円!

「座して死を待つよりは、出て活路を見出さん」の言葉通り、あえてどん底期にナイター設備投資し、勝利を目指してレベルを高め合う、というスポーツ原則に反した勝てない馬たちを集めた「一発逆転ファイナルレース」を企画し、ゲートに電飾を設置して、現地よりもネットでの見えやすさを意識する。売上が上がれば賞金が上がり、賞金が上がればレベルの高い馬が入ってくる。以前はヨソで頭打ちになった馬が高知で5連勝、10連勝当たり前だったのに、今は、転入馬でもおいそれと勝てないようなレースレベルになった。

高知競馬組合のある程度以上のポストの人たちは公務員なので、いざとなれば潰して元の組織に戻ればいいだけだったのに、挑戦して、立て直した。競馬で「稼いだ」金を自治体に配分して、地域に役立てられる公共事業になった。

みんながみんな、頑張れば報われるなんて思わないし、高知競馬の復活まで耐えられずに去っていった人馬もたくさんいるのだろうけども、それでも、1つの明るいモデルケースとして、広く知られればいいなぁと思う (この前のNHK番組で、相当知られたと思うけど)。

2021-01-17

田舎の嫌なところ:リアル

ヘイトを出さんとリアルに嫌なところを挙げてみよう

・虫がおる

 ムカデゲジゲジスズメバチ

 一番嫌なのはムカデで、身近さと実害を併せ持っていて最悪 父が寝てるときに刺されたという話を聞いたときはしばらく落ち着いて寝られなかった

 ゲジゲジはとにかく見た目が本当にキショい 益虫らしいが、外見がゴキブリの8倍くらいキショいのでそんなこと言ってられん ホンマにキショい

 スズメバチは家の外にしか出ねえが、怖さのレベルが違う 幸い刺されたことはないが、やっぱ「刺されたら死ぬ可能性がある」ような生き物がその辺をブォンブォン飛んでるのはホンマに怖いですよ 

 俺の田舎にいたのはスズメバチのなかでもデカい、その名もオオスズメバチで、ガチデカい 5センチとかある 超怖い ほんで近づくと顎をカチカチならして威嚇してくる 警告してくれるだけ有情なのかもしれないが、俺は家に帰ろうとしてんだから威嚇されたって困る

 毛虫とかも多い 春になると毛虫に覆われて真っ白になる超キショい木が近所にあって嫌だった

交通網がカス

 というよりは、都会の交通網が優れすぎなのか

 田舎から大阪に出てビックリしたのは、隣接する都道府県に片道1000円もかけずにすぐ行けてしまうこと どっか出かけようぜ!となったときに、大阪京都奈良兵庫くらいが候補に入るのはすごい 淡路島にも行ける

 俺の田舎じゃ隣県まで遊びに行くなんてことは考えられなかった 時間もかかるし、なにより金がかかる 

その辺の人が話しかけてくる

 田舎云々じゃなくて地元からかもしれないが、その辺を歩いてて謎のジジババが話しかけてくる頻度が高い

 しかも何言ってるかガチわからん 訛り+フガフガ声によって本当に理解不能領域突入している そんで話長い 助けて!と思いながら曖昧な返事をし続けるしかない

学校ウンチ

 子供絶対数が少ない上にヤンキーが多い 少なくとも俺のところはそうだった

 特に小学校が酷くて、同級生は9人 女子がひとり、ヤンキーが7人、そして俺だった 嫌いなタイプ人間と嫌いじゃないけどヤンキーなので怖い(カジュアルに殴ってくる)タイプ人間しかいなかった

 小学校時代の思い出を楽しげに語っている人をみるとちょっと悲しくなる 9人しかいないのでさすがにぼっちって感じじゃなかったけど、じゃあ「友達」がいたかというと、いなかった気がする

疎外感

 ほとんどのイベント東京大阪でやっているもので、自分には縁がない感じがしてしま

 まあ地方開催のやつだって時々はあるし、本気で行こうと思えば行けたのかもしれないけども、やっぱハードルは高いよな

 でも俺これに関しては都会育ちでも行ってない気がするな そういう意味で実害は多分被ってないんだけども、それはそれとしてなにかのイベントの詳細を見るたびに東京東京大阪大阪なのは疎外感があった

 テレビなんかでずっと東京の話をしてるのもツラいものがあった 

ーーー

 「都会のリベラル田舎暮らしに憧れて、田舎に住んでみた!」というのが俺の家庭だった

 親は東京出身だったし、それなりにええ仕事をしていた

 ホンマ何してくれとんねん 殺すぞ 田舎に住むな という気持ちは正直あるが、「田舎特有の閉塞感」というものは感じなかった つか子供会とか参加した記憶がないし、多分浮いてる家だったんだろうな

 いや、しかし、そもそも地縁みたいなモンがある土地柄ではなかった気がするぞ 昔からここに住んでるんですって感じの家庭は全然なかった

 クラスメイト、全員近所の児童養護施設の奴か転入者だった

 多分滅びすぎて地縁が消え失せた謎の地域だったのだろう そういう意味では一般的田舎とはまた違う雰囲気だったんだろうな

 でもニュータウンではないんだよなあ!タウンじゃなかったもんあれ 道沿いにしか家ないし、「山を切り拓いた道沿いに家々がへばりついた場所」って感じだった 町とか村以下の存在だった

 稀有体験だった気もするんだが、やっぱ都会で育ちたかった感じはどうしてもある

 今都会に住みたいって話じゃなくて、都会で育ちたかったって話なんだよな

2021-01-01

中学の頃の友人に再会してなんとなくしんみりした

中学生の頃、Aちゃんという友達がいた。小学生の頃からもちあがりのクラスメイトが多い中、転入生として現れた彼女との付き合いはそれ程長かったわけではない。それでも、"アニメ好き"という趣味を通じてそれなりに仲良くできていたと思う。

中学卒業前、Aちゃん声優になりたいのだと私に夢を語っていた。養成所に通うのだとも話してくれた。中学生という義務教育真っ只中の夢見心地な年頃にとって、声優という職業はそれなりに憧れの地位にある。私も口では安定した職業に就きたいと言っていたが、憧れがなかったかといえば嘘になる。

素直に自分の夢を語るAちゃんの姿はあの頃の私にとってあまりにもキラキラとしたものに見えていた。同時に、夢を追いかけるために一歩を踏み出そうとするAちゃんを羨ましくも思った。がんばってね、応援してる、と声をかけてその日の話は終わった。

卒業後、私とAちゃんが連絡を取ることはなかった。というよりも、当時携帯を持っていなかった私にはAちゃんとの連絡手段存在しなかったのだ。ただ、今まで通りアニメ声優が好きなのは変わらなかったため、時折頭の片隅でAちゃんは今頃何をしているだろうか、と考えることはよくあった。私は色々なことを忘れがちなのだが、何故かAちゃんあの日語った夢の話だけは忘れることがなかった。

あれから6年たって、つい最近Aちゃんたまたまバイト先でレジ打ちをしている時に再開した。(恥ずかしながら、私はスーツを着ていたAちゃんに「○○ちゃんだよね!Aだよ」と声をかけられるまで彼女に気づくことができなかった。)

私は彼女が語っていた夢を覚えていた。なんとなく、「今なにやってるの?」と聞いてみた。Aちゃんは笑いながら言った。

「ここの近くの会社就職して、働いてるよ」

現実ってこんなものだよね、と少ししんみりした。

2020-12-31

ガンダムF91を見ていて

女体化学園物にしたら面白いだろうな…とふと妄想してしまった。

もちろん、女性女性のまま。

ごくごく普通シーブックを取り巻く青春群像劇

高校運命出会いをするセシリーシーブック

優等生セシリー

パン屋で働くセシリー

セシリーが急な転校。

シーブックが通う高校吸収合併されて転入してきた、皮肉屋で姉御肌のビルギット先輩。

そばかすを気にしている可愛いビルギット先輩。

ヒステリー気味のシーブックを窘めたり、フォローする気遣いやのビルギット先輩。

お嬢様学校クロスボーンバンガード高校

ザビーネとセシリーの腹の探りあいをするようなお嬢様っぽい会話。

ものもらいでアイパッチを付けているザビーネ。

…などなど。

友情あり、百合あり、革命のような展開あり、裏切り裏切られのドロドロなムネアツな展開。

上げるとキリがないけど、濃厚な設定を入れても舞台劇になりそうな雰囲気やな。

ガンダム要素を生かすとなると、ガンダムビルファイターズ世界に落とし込めばしっくりきそう。

ビルファイターズシリーズは便利な設定やな。

2020-12-27

転入手続き出したら、案内でもらった封筒の中に「あなたは○○区に属しています町内会長にご一報ください。」みたいな連絡先書いた紙が入ってた。

窓口で直接強制しないやり方は悪くはないと思ったけど、いまだにこういうのあるんだな。

2020-12-26

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/kageazusa/n/n382047d84c4d

これ読んだけど内容的にそこまでひどいとは思わんかったなあ

まちBBSだと転入者がその地方上から目線ディスるなんて普段からよくある光景

ただ記名記事で書くメンタルにはヤバさを感じるけど

2020-12-10

anond:20201210142105

自分auOCNモバイルONE(docomo) → IIJmio(au) と今年移ったわけだけど

自宅ではドコモ電波の入りが良くないみたいで、1ヶ月ほどOCNが解約できなくて少し不便だった。

例えば7月に加入したら9月までは解約できない。まあ加入時特典等あるからすぐ解約できないのは

どこもそういう対応だと思う。 (このとき端末/キャリア対応バンドなるもの結構勉強するはめになった)

あとで知ったことだけど、MVNO転入後、電波の入りが良くないとかだった場合の救済措置として

「初期契約解除制度」なるものがあって、契約から8日以内だとクーリングオフみたいなかんじで

違約金など免除で、他の会社電話番号ごと転出できるようになってるんだよね。

OCNへ入ったときはこの制度に気づかなかったんだけど(OCNは書面申請みたい/設定画面も複雑だった)、

IIJmio場合は、わかりやすいところに申請フォームがあって初めて気が付いた。

地方から上京してきた田舎出身共働き夫婦公立中を叩く理由

公立中はその地域コミュニティのもので、中央区日本橋にある寿司屋蕎麦屋、ハンコ屋の倅とかも普通に区立中に入学する。

特に東雲とか晴海に住んでる全国転勤型のキャリア官僚とかは子供私立入学させても転勤になる可能性が高いので中央区立の銀座中とか晴海中、佃中、日本橋中に入る家庭は多い。

また、区立中の親は地域の店やってるとこの子供とか普段同じ地域に住んでて道歩いてる同じ年齢の子供を持つ親ばか

その公立中を叩きまくるということは、そもそもその地域コミュニティに馴染めていない、つまり地域から転入してきた上京地方である可能性が高い

東京地元実家があってずっとそこに住んでいるような人は、駄菓子屋のXXさんのところの息子が区立XX中通ってる、とか床屋さんとこの〇〇ちゃんは××中通ってるみたいに

ご近所さんや同じお店で同じような買い物をする家庭の子供の話ができる。

当然治安の悪い壁に落書きだらけの地域公立中はクラスもそういう地域で育った子供が多いのだから荒れてるかもしれない。

公立中は動物園から私立、って言ってる人は貧困層の多い地域に住んでて治安いか私立子供を出さざるを得ない事情がある人、としかならないのに

開成とか灘、麻布早慶みたいなトップ私立中高一貫校と「私立中高一貫校」という超おおざっぱなグルーピングをして上から目線になってしまうのは、人の性としてはしょうがないことだろう

また、地方出身共働き家庭の場合仕事が忙しいために面倒な地域のつながりは無視して教育私立中高に丸投げしたいというケースが非常に多い。

地方から上京してきた田舎出身共働き夫婦公立中叩く説

何度も書くが公立中はその地域コミュニティのもので、中央区日本橋にある寿司屋蕎麦屋、ハンコ屋の倅とかも

普通に区立中に入学する。区立中の親は地域の店やってるとこの子供とか普段同じ地域に住んでて道歩いてる同じ年齢の子供を持つ親ばか

その公立中をきまくるということは、そもそもその地域コミュニティに馴染めていない、つまり地域から転入してきた上京地方である可能性が高い

2020-12-09

地方から上京してきた田舎出身共働き夫婦公立中叩く説

田舎田舎子供の頃から叩かれ続けたのをコンプレックスに思ってるから

自分も叩く側に回ろうとして

公立vs私立

って構図をでっちあげてるイメージ

何度も書くが公立中はその地域コミュニティのもので、中央区日本橋にある寿司屋蕎麦屋、ハンコ屋の倅とかも

普通に区立中に入学する。区立中の親は地域の店やってるとこの子供とか普段同じ地域に住んでて道歩いてる同じ年齢の子供を持つ親ばか

その公立中をきまくるということは、そもそもその地域コミュニティに馴染めていない、つまり地域から転入してきた上京地方である可能性が高い

2020-12-08

anond:20201208121802

東京都転出転入を上回ったっていうニュースあったけど、きっと増田転出超過理由の一つになるんだろうな

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