はてなキーワード: 規則とは
入国はアリとしても、念のために交通機関での移動時の不規則なトラブルを想定して、電車とかの専用車両は作れないのかな?
全く犯罪と無縁の方は一緒くたに分けちゃってゴメンナサイだけど。
債務者が嫌がっても債権者と引受人の合意で成立 承認があってもよし
連帯して返す
引受人が返す
引受人は求償権なし
履行的引受
引受人に返させる
債務者が嫌がっても返したら弁済成立する例5個
①借地上の建物を借りて住んでる人(追い出されたら困るから返しちゃいたい)
②保証人(利息嵩む前に返しちゃいたい)
③物上保証人(家や土地が取られたら大変だから返しちゃいたい)
④後順位担保権者(自分の前の担保権者にもってかれないように返しちゃいたい)
⑤担保目的物の第三取得者(せっかく買った物が取られないよう返しちゃいたい)
準占有者に対する弁済でも弁済した人が善意無過失なら債務が消滅してしまう例4個
②債権譲渡が無効になったけど一応譲受人(本人も間違えてそう)
しばらく前、妻が鬱症状で休職した。
幸い、養うべき子供はいないし、私の収入でも生活維持はどうにかなるので、そこは不幸中の幸い。
ただ、私一人では、妻の症状をどうにかすることはできない。
いつもニコニコ笑って「いいよいいよ」と言い、家事をするので精一杯だ。
維持しかできない。
専門医にかかってはいるが、助言もあまり刺さっていないようで、
鬱症状を緩和したいなら、あれこれと「やったほうがいいこと」はたくさんある。
でも、そもそも本人が『緩和したい』気にならない。
これは他人ではどうにもならない。
そんな時、ティアキンが発売された。
前作のブレワイも楽しく二人で遊んだので、もちろん予約で買った。
でも、今度の崩れ方は「楽しいから睡眠時間を削る」という類のやつだった。
連日、2、3週間ほど寝食を除いて、ずっと遊んでいた。
(アクションが苦手な)妻ができるのは収集と探索だけで、難しいバトルは私が担当した。
素晴らしかった。
周り道をたくさんして(200時間ぐらい)、ついにラスボスを倒す日がきた。
二人で「これでゼルダも終わってしまったか」と感慨にふけりながら、
攻略サイトを解禁して見てみると、我々のゲーム達成率は6割ぐらいだった。
まだまだやることがある。
ラスボスを倒して数日後、妻が「社会復帰したい。手伝って」と言って規則正しい生活を始めた。
どういう心境の変化があったのか分からない。
聞いてないし、聞く気もない。
話せる日がくればいい。
でも、きっとゼルダが彼女に良い効果をもたらしたのだと思ってる。
本当に良かった。
駄々をこねるコログを律儀にウルトラハンドで運ぶ妻を見ながら、二人分のご飯を作れることを幸せに感じている。
作ってくれた方、売ってくれた方、みんなに感謝したい。
不服審査 原則書面 口頭求められたら必ず口頭の機会与えなければならない。
廃棄物処理業の許可は根拠が法律なので行政手続法が適用される。
拒否理由を示すこと。あきらかに適合しない時は聞かれた時に答えるでよい。
蚊がくん、造幣くん独立してる。靴を履いて立っているイメージ 羽が透明で透明性。民間人。
特殊性癖のあるエリートNHKとタバコ野郎。相当ダーティで総務省。
力づくで加入させるマッチョなコウキは健康体取っ組み合いが得意。
債権者代位権 できない
夫婦、財産分与、慰謝料、認知、遺留分、債権譲渡通知(債権譲渡通知請求はできる)
登記、賃借、債権譲渡通知請求、担保価値維持、共同相続人の代位債権
東京に賃借して🦏を譲り受けて飼う🦏の名前はタンポで共同で相続して飼うのでお金の分担するから請求
詐害行為取消権 基本金、特定物おk、詐害行為前に発生原因が起こってたら取り消させられる。方法は裁判のみ。
取り消せない
コンソーリ🦏つーちゃん
産まないって言ってる人って、当たり前に「自分は子供が産める身体」前提で話している気がするけど「産めない身体」かもしれないからね。
今は4人に1人は不妊治療に通ってるっていうデータも出てるし、自分は健康でも夫が男性不妊かもしれない。
規則正しく生理が来てても安心じゃないよ。それでも中々妊娠しないって人たくさんいる。
妊娠自体はするけど、赤ちゃんが育たなくて流産を繰り返しちゃう不育症もあるしね。
20代の子供がいない人にわざわざ不妊治療の話をする人も少ないだろうから、身近に感じにくいだろうけど。
すんなり結婚→妊娠って進んでいるように見えても、実は不妊治療してましたって夫婦めっちゃ多いよ。
ブライダルチェックで問題ないってなっても、不妊は原因がわからないものも多いから
実際に自分が産める身体かどうかは言うたら出産してみるまでわからないんだって。
私も子供はいいかなぁ、今が楽しいしやりたいことがまだまだあるからって思ってたけど
それは「自分が産める身体だ」って前提があったから。自分は産めるけど、産まないことを「選んでる」側だと思ってたから。
人間として、生物して基本の生殖ができないかもしれないって思ったらゾッとしたよ。
言い方悪いけど「出来損ないの身体かも」って思ったときの絶望感。
みんなが当たり前のようにできていることが、自分にはできないかもしれない恐怖。
みんなが持っているのに、どれだけ欲しくても頑張ってもお金をかけても、手に入れられないという恐怖。
文字通りゾッとして、急に怖くなった。
不規則に出される大きめの音ってつらいよね。
うちのマンションは住宅地の中にある。隣は広い駐車場のあるコンビニで、一年ほど前は夜、若者が駐車場の隅(照明などの関係でマンション側の隅)で談笑している声がたまに聞こえていた。窓を開ける季節なら来たことがすぐにわかる。いつも同じグループなのかはわからない。
話し声そのものはそう気にならない。内容がわからない程度の音量でボソボソ聞こえるだけだから。
ただときどき笑い声や大きめの声を聞かされるのがつらかった。大きい音を前触れなく出すからドキッとするし、次にいつあの大きい音にさらされるのかと警戒するようになる。
急に大きい音を聞かされるとアドレナリンが出るのは、携帯電話の緊急地震速報で体験している人も多いだろう。笑い声や大きい声は一瞬だが、体が警戒モードになるのは変わらない。
そしてそのうちに、小さい話し声が聞こえてくるだけであの不快な音をいつ聞かされるのかと緊張するようになってきた。
しかし幸いそこまでで、彼らは寒くなったら来なくなり、暖かくなって窓を開ける時期になっても若者たちは戻ってこなかった。誰かが通報していたのかもしれない。
とはいえポリスが制服でコンビニに行くことで万引きなどの抑止力に!って風潮も最近あるから、社会全体がそういうの許容するようになっていけばいいんだがなあ
さっくりまとめんたんで他の人もどうぞ
不規則なリズムで、しかし短い間隔でリビングに響くその音を聞いていると、30分も経たないうちにまるで面白半分に自分の頭を蹴られているような気分になり
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「子供や家族連れで賑わう公園が突然の閉鎖。そのきっかけは、子供の声がうるさいという近隣住民からのクレームだった」
そんなニュースを聞いてあなたはどう思う?
――そいつは何て心の狭いやつなんだ!せっかくの遊び場を、どうせ使いもしない奴が文句言いやがって!
――死にゆく老人がこれからを担う子供の遊び場を奪うな!
そう感じるだろう?俺も同感だ
子供はしっかり外で走り回り、きゃっきゃと声を上げ、草や土を掴み、全力で遊ぶのが何よりだ。本当に心からそう思う。
だが、そんな俺も公園を管理する市に対してクレームを入れたことのある1人なんだ。勿論、騒音について。
つまり傍から見れば、俺は「公園で大きな声を上げて遊ぶ子供を愛しながら許容しない」不思議な存在だということになる。
日本各地にあるこの問題、まず確実に言えることがある。
「公園クレーマーと非公園クレーマーが見ている公園の姿は違う」。
そして、「現状、公園クレーマーたちはクレームを上手に世間に伝えられていない」。
次に、これを読んでいるあなたが「公園クレーマーってちょっとオカシイよね」と思っていることを前提に、以下の事実を列挙したい。
・公園クレーマーは必ずしも子供の声が無条件に嫌いな偏屈ジジイではない。
・非公園クレーマーが公園クレーマー化するのは、一部の非常識な利用者のせいである。
・非常識な利用者だけを除外する仕組みを、行政は持ち合わせていない。よって、公園クレーマーは全ての利用者を敵視するしかなくなる。
・公園クレーマーは、クレームをつける行為に負い目がある。
さて、じゃあ早速冒頭の文章をニュース原稿だとして、続きを想像してみよう。
――子供や家族連れで賑わう公園が突然の閉鎖。そのきっかけは、子供の声がうるさいという近隣住民からのクレームだった。
とすれば、次に来るのは男性ナレーションの低音ボイスであえて野暮ったく読み上げられる次の語句だ。
――「子供の声が、うるさい」
その次は行政の記者会見のシーン。
――「近隣の方との話し合いを続けてまいりましたが、双方の納得には至らず、やむを得ず閉鎖の判断を致しました」
で、そこからが問題だ。恐らくここで、普段の公園の様子か、或いはイメージ映像などで、元気よく遊ぶ小さな子供たちが映し出されることになる。
――「家族連れで賑わう平和な公園で、何が?」
これが大問題なんだ。
少なくとも俺は、こうした元気よく遊ぶ小学生、保育園児、幼稚園児は、好きなんだ!癒される!
きゃっきゃきゃっきゃと楽しそうにおいかけっこをして、たまにミ゛ャー!と寄声を発して、あーあーと泣き出して、しばらくすれば何でもなかったかのようにまたギャーギャーと走り回って…
心から平和を感じるんだ。
精一杯走りたまえ。あーあー、転んじゃって。大丈夫?
俺はこれを、うるさいとは思ってはいないんだ。
じゃあ、「子供の声がうるさい」と言ったクレーマーの気持ちはなんなんだ?
俺はそのクレーマーの気持ちを理解しようと努めることができる。恐らくその人も、最初からそれがダメだったわけではないんだ。「ダメになった」んだ。
(一応補足しておくが、この日記では「俺」と「公園クレーマー」という主語をほぼ同一として扱う。いわゆる「主語がでかい」状態だが、便宜上許して欲しい)
俺が公園クレーマーになった原初のきっかけは、とある夜のことだった。
当然すぎて端折っていたが、俺の家の目の前には公園がある。住所はとりあえず北関東ということでボカさせてほしい。
大きくはないが、追いかけっこは勿論、キャッチボールやフットサルくらいなら十分できる広さがある。
2階の窓からすぐ見下ろせるところにベンチがある。そこに、夜な夜な中学生か高校生くらいの男子連中がたむろし、談笑しながらボール遊びをするようになった。
変声期を終えた男子の声は、かなり通る。そして、ボール遊びの中でもとりわけサッカーボールを蹴る音というのも、実はかなーり、通る。
少なくとも俺の家の窓は全く防音性という面で貢献しなかった。
ボン、ボン。ギャハハ。ボン。ボス。ギャハハ。ボン。
不規則なリズムで、しかし短い間隔でリビングに響くその音を聞いていると、30分も経たないうちにまるで面白半分に自分の頭を蹴られているような気分になり、怒りが湧いてくる。
ここで、自明の事実を書く。
こうしたたむろ連中は、必ずしも「迷惑をかけるつもりで」やってはいない。
彼らは、「自分達の発している音が、目の前の家の中にまで達していることを想像できない」のである。
壁を隔てた向こうに、自分たちの存在が察知されていることを知らないのである。
これは誰しもが陥りがちなことであるが、どうも人間と言うのは「見えていないならば聞こえていない」と認識しがちである。
自分から見て、近くの家の中など当然透視はできない。ならば聴覚も届かぬ場所であると錯覚するのだ。
要は、「想像できないことは認知できない」のである。
結局その日は警察を呼び、お帰り願った。(夜9時台だったので世間一般的にも迷惑案件だと判断した)
翌朝、その場所にはペットボトルやカップ麺などの大量のゴミが散乱していた。
夜の騒音はその日で終わらなかった。
ここでのポイントは、「同じ連中が毎晩たむろしに来るわけではない」ことである。
とにかく色んな人が来る。
金もなく公園に行くしかないカップル。
夜しか時間が取れないのであろう、子供を引き連れてバッティング指南をするおっさん。
花火をしに来た家族連れ。
先程の件と別の男子学生グループは幾つもいた。
中には缶チューハイで酒盛りする中学生男女グループというのもいた。世の中的に見れば全く珍しくもない、可愛い非行の一種だが、目の前で見せつけられるのはさすがに弱った。
そしていずれの人達も、当人らが思っている以上にその声や動作音は聞こえてきた。
中にはTikTokの流行りの動画を大音量で流す奴もいた。
ただ、それですら、彼らはこちらのことを認識していないのである。
単に「流行りの音楽を好きな音量で鳴らす俺」という環境を欲しているのであり、それが他者に聞こえているとは思っていないか、考えたこともない。
彼らにとって俺の家は書き割りの背景と同じなのである。
そのうち、夜に公園に来るすべての人間がバカに思えてくるようになった。
先ほど書いた通り、「自分の出した音がどのくらい遠くまで聞こえているか」「それが思いもよらぬ誰かの耳に届いているか」というのは「想像力」の話である。
なので、彼らは「想像力の無いバカ達」だということになる。
一方こちらは常に公園の音が耳に入ってくる。
自分の感知エリアの中に公共の場があるのだ。自分の感知エリアの中にバカが入り込んでくる可能性が常時あるのだ!
これは結構大変なことで、つまり自分自身が「公園の24時間警備システム化」してしまったのである。
これは良くないと思い、市に電話を入れた。
クレームではない。「夜間の大声やボール遊びを禁じる看板を立てられないか」という要望としてだ。
「あくまで自分は要望のつもりだったんですがねえ」と言い訳したいのではなく、あらゆる体裁において実際要望として伝えた。
いわゆる公園クレーマーとしての立場になりたいわけではないし、日中の利用のマナーは良く感じているというようなこともできるだけ言った。
結果、1週間内には夜間早朝のボール遊びや集会、騒音を立てる行為はご遠慮ください、といった旨の即席看板が立った。
この看板にはある程度の効果があった。
ありがたいことに地域の全体的な民度は低くなく、夜の利用者がこの看板を見て「もう1個の広い公園行こうか」などと発言する様子も見られた。
だが、それでも無視する者も少なくなかった。
そして、俺ももう手遅れだった。
警備システム化した神経は、最早日中の音ですら気になるようになってしまったのだ。
常時テレワークであるため、在宅せざるを得ない中、ボールを蹴る音や子供の騒ぎ立てる音が聞こえる。
いや、それでもやはり冒頭書いたような、「小さな、天使のように朗らかな子供たちの駆ける音」は何の問題もなかった。
中高生男子の声とサッカーボールの音が、いかにもたむろ連中を想起してしまい、聞くだけで頭痛がするようになった。
大半の少年たちは育ちが良く、騒ぎ立てはするものの、辺りが暗くなればささっと帰ってくれる。
だが恐ろしいことに、「そもそもいること」が許せなくなった。夕陽が沈みかけ、薄暗くなったあたりで「早く帰れ早く帰れ」と念じるようになった。
そして――どうにかベンチを撤去出来ないか?一部の区画だけでも閉鎖できないか?
いつしか「クレーム」を入れるようになったのだ。
ここで、非公園クレーマーであろうあなた方に問いたい。
あなたが想像する公園クレーマーが「子供の声がうるさい」と言った時、あなたが想像する声の主はどんな姿だろうか?
小学生や、幼児たちを想像していないだろうか?
そのうえで「まさかこんな子供たちを排除するなんて!」と憤っていないだろうか?
また、「勝手に昼間で想像している」のではないだろうか?
違うのだ。
もう少し上の年齢の、「自我が目覚め、夜遊びもしたい、生意気盛りの子供たち」なのだ。
そして、俺には今自宅の目の前にいる利用者が「良い利用者」なのか「悪い利用者」なのか判別がつかない。
全ての音を拾うしかないのだ。
そうなれば俺が言うことはただひとつ、「子供の声がうるさいんだ」である。
しかしその言葉から逆引きされる「子供」とこちらのいう「子供」には隔たりがあるし、経緯はいっさい伝わらない。
さて、そろそろあなたには幾つかの疑問、というより「ツッコミ」が生じていることだろう。
――引っ越せばいいのでは?
――家の防音性能を上げればいいのでは?
――イヤホンとか耳栓でなんとかならない?
――他の住民が気にしてないなら気にし過ぎなのでは?
引っ越しはそう簡単にできるものではない。膨大なローンが残っているし、自分ひとりの問題ではなく家族を巻き込んだ話になる。
窓を増設するという手がある。しかしこれも公園に面した各窓に処置するだけで100万円はカタい。マインクラフトみたいに素材があればポンと設置できるものではない。
イヤホンや耳栓というのは応急処置として有効である。しかし「自分の家で行動を制限される」ストレスの方が強い。なぜ自分の家で、家族との会話もシャットアウトし外界の音に我慢させられているのか、ということになる。
それに、これはまた派生的な「症状」なのだが、俺のようになると音だけでなく「窓を開けたら人がいる」という状況ですら悩みの対象になるのだ。目の前のバカがいつバカをやり出すかわからない恐怖が発生してしまうのだ。
大体、「夜間の集会はご遠慮ください」という看板がある状況で集まっている時点でそいつはルールを自己都合で無視できる人間なのは確定しているのである。
そんな奴が自宅から10m強先にいること自体がストレスになってくるのだ。
そして最後。
ここがまた、公園クレーマーと非公園クレーマーの隔たりの原因である。
公園クレーマーとは、恥ずかしいものなのだ。
だって、公園は良いものである、という世間の認識があるのだから。
そして既に、公園にクレームを入れるのは「わからずやの偏屈ジジイ」だとする一般通念があるのだから。
俺だって、もし街を歩いていてテレビの取材にあたり、「公園にクレームを入れるのってどう思いますか?」と聞かれたら、
「ウフ、うん、まあその、公園って子供たちがねえ、元気よく遊び回る場所だからねえ、その、それをねえ…」
などと口ごもるだろう。
「アッ、こいつ公園クレーマーの仲間だぞ!」と思われたくないので。
恐らくだが、インタビューで公園の騒音を肯定的に捉えている人の中にも、「実は参ってるんだけどね…」という人がいる可能性はゼロではないと思う。
こうして、公園クレーマーの印象は「誰にも理解できないキチ○イ」へとどんどん先鋭化されていく。
とはいえ、この日記では解決策を示して欲しいわけではない。
あくまで公園クレーマーとは何なのかを公園クレーマーの立場から書いているだけである。
ということで長くなったが、それでも、俺のような公園クレーマーに対して「偏屈」「気にし過ぎ」と感じる人は多いだろう。
それはそれで問題ない。何せ事実、神経過敏になっている。
最早俺は、バカが来て騒音を出すのがダメなのではなく「常にバカが来て騒音を出す可能性がある」ことがダメになっている。
もしかすると、今はまだ俺が愛おしく思っている小さな子供たちすら、今後は煩わしくなっていくのかもしれない。
そうなれば、次にニュースに登場し、世間から罵られるのは俺ということになるだろう。
だが、非クレーマーたる皆さんには、少しだけ想像をしてもらえないだろうか。
あなたがイメージする「公園」「公園の騒音」は、クレーマーの思うそれとは時間帯も対象人物も在り方も違っていないだろうか。
また、あなたは公園の目の前には住んでいないのではないだろうか。
ならば、「自分が自宅に居ながら公共の場の音を感知する警備システム化する」という感覚を知らないはずである。
何も公園クレーマーを理解しろとは言わない。
ご推察の通り、精神疾患的な症状は少なからずあるので、そこを含めて理解しろというのは傲慢であろう。
ただ、公園の騒音という社会問題について何か語ろうと言う時、少しだけ、想像をしてほしいのである。
最後に余談として。
あなた方が考えるツッコミにはもう一例あると思う。
――自分が若い時もやんちゃしたのに、今の若い子のそれは許せないの?
これはこれでデカいテーマなので書くなら別の日記として書くべきだろうことだが、正直に言えば「許せない」が「心の慰めにはなっている」という程度だろうか。
俺も学生のころ、男子連中で友人の家に寝泊まりし、近くの公園でバカ騒ぎした記憶がある。
下校時に彼女を連れ立って、公園の木の陰でいい思いをしたこともある。
迷惑をかけたし、その近隣の住民に我慢を強いたうえで「仕方なく許された」のが今の俺であることは解る。
実際それらは個人的には「いい思い出」として処理されているし、懐かしく思うこともある。
だが、「ならば自分も許そう」はそもそも道理でない。単に個人の思想の一種でしかない。
あえて極端な例を言えば、過去にゲーム感覚で万引きをした経験のあるヤンチャ坊主が成長して小売店の店長になったとして、自分の店の万引き犯に対して「でも自分もやったことだしなあ」と許せるかという話である。
学生の頃イジメを働いた人間が社会人になって会社でイジメられて「でも俺もイジメっ子だったしなあ」となるかという話である。
そういう因果律で人生を捉える人がいてもいいが、それがイコール正しい考え方ではない。
勧められたから第一期見たけど、ガキのケンカを利用して大人がMSをオモチャ代わりに渡して決闘ごっこしてるだけやん。
なんか「気に食わない!決闘だ!」ばかりでストーリーというか何がしたいのかわからん。
MSはお人形感覚で自由に持ち込むわ、これはガンダムじゃないとかなんとかどうでもいいわってなるわ、
持ち込みMSの維持費とかハンガーってどうなってんのかも不明瞭だわ、
決闘のクセにMSの性能で優劣付いてるわ、修理は勝手にやってくれるし・・・。
全員デミトレーナーでええやん。カスタムしたけりゃデミトレーナー買い取って規則内でやってね位の感覚で。
キャラやメカデザは良いのに・・・。ラストで平手のシーンは話題になったけどだから?って感じだし・・・・。
面白くてあっというまに見たというよりは、つまらなくて勝手に時間が流れた感じするわ。
通りで2期以降も基本キャラとか戦闘のカッコよさ位しか話題にならんわけだ。
ガンプラの出来は良かった。
ついつい大阪大学と京都大学の違いっていうブログをくりかえしみてしまう。そうこうしているうちにランチタイムだよ!!これってやらかしだよね。
京都大学は、1897年(明治30年)日本で2番目に創設された帝国大学です。一方、大阪大学は、1931(昭和6年)年に大阪帝国大学として設立された日本で6番目に創設された帝国大学です。
このため、昭和の始め頃は東北大や神戸商科大学の方が評価が高かったそうです。
京大は国が必要性を認めて創設した官立大学です。阪大の創設は財界の陳情に始またが、政府は、「近くに京大があるのに必要ない?」という冷淡なもので、寄付を募り理学部を国に寄付することで、元からあった大医大と統合し帝大を付与してもらいました。初代学長には長岡博士が就任しましたが、嫌がる博士を「週に一日でもいいから」と無理やり大阪まで引っ張ってきた。空から俯瞰すると、国が必要性を認めて設立された京大は学舎が美しく整然と配置されて(京大は重厚で格調高い雰囲気にあふれるキャンパスを持ち、花時計と前に聳える楠の木で有名)が、阪大がたこ足大学で建物の配置が規則性に乏しく、雑然としている。手狭な石橋キャンパスは合併で学生があふれ、さながらブロイラー養殖場のようです。校歌もありません。阪大は、「それって、私立なの?」「両方合格したら、当然早大だよね」と関東での知名度は0。大阪の大学というなら、関関同立の関大や、マグロや相撲で有名な近大の方がはるかに知られています。
公務員就職はさらに弱く、国家公務員総合職試験合格者数では10位にすら入らない弱小派閥です。地元でも幹部職員は京大卒が多く教員採用試験ですら補欠合格となり春先まで悩んでいる人も少なくありません。
理系の場合、京大の不人気学科と阪大の人気学科が重なる程度の差があります。最大幅で見ると、京大工情報と阪大理系の最下位学科の差は偏差値で7.5にも達します。
このように大差があるので、阪大合格者が浪人しても京大に合格するのは難しいです。
阪大の合格点は非常に低く、工学系の不人気学科では47%で合格。理学部で数理2教科入試という軽量入試をしていた時期もあります。
トップ校は北野ですが、校区内の阪大には目もくれず京大に大量合格します。阪大に入学するのは2番手の豊中以下が多い、他の地方旧帝大であれば、諸般の事情で地元に進学する人がいるでしょう。
「なんで阪大なん?」
京大に入れない者が入学する大学。眩しい京大の陰に隠れた日陰者。卒業間際になって京大との社会的評価の差に愕然とし、「あの時もう少し頑張っておけば良かった…」という声を聞いてま。
「テンプライアンス(Tempura Compliance)」とは、
テンプライアンスの目的は、天ぷらを一貫して高品質で安全な状態で提供することです。以下に、テンプライアンスの一般的な要素を示します:
1. 揚げ油の管理: テンプライアンスに基づく天ぷら店では、揚げ油の管理が重要です。揚げ油は適切な温度で維持され、定期的に交換されます。使用済みの揚げ油は適切に処理され、安全な方法で廃棄されます。
2. 食材の品質管理: テンプライアンスでは、天ぷらに使用する食材の品質管理が求められます。新鮮で高品質な食材を選び、衛生的な環境で保管・調理されます。食材の衛生面に配慮し、十分な下ごしらえが行われます。
3. 衛生基準の順守: テンプライアンスに基づく天ぷら店では、衛生基準に従うことが重要です。調理場や調理器具の清潔さを保ち、従業員は手洗いや衛生管理の実施に努めます。また、食材の取り扱いや提供時の衛生対策も徹底されます。
4. 提供の美学: テンプライアンスの一環として、天ぷらの提供には美的な要素も重視されます。天ぷらは適切な温度で提供され、見た目にも魅力的であり、食べやすい形状やテクスチャーが守られます。
これらのテンプライアンスの要素を遵守することで、天ぷら店は安全で品質の高い天ぷらを提供し、お客様の満足度を高めることができます。
「ロミオとジュリエット」のヌードシーンは児童ポルノとみなされない、裁判官の規則
「ロミオとジュリエット」俳優のオリビア・ハッセーとレナード・ホワイティング、撮影中に性的虐待を受けたと主張
判事は木曜日、フランコ・ゼフィレッリ監督の『ロミオとジュリエット』の俳優らが起こした訴訟を棄却した。
現在72歳の俳優オリビア・ハッセーとレナード・ホワイティングは当初、1968年の映画のヌードシーンは児童ポルノであり、二人は撮影中に性的虐待を受けたと主張していた。
上級裁判所のアリソン・マッケンジー判事は、15歳でジュリエットを演じたハッシーと16歳でロミオを演じたホワイティングが起こした訴訟の棄却を求める被告パラマウント・ピクチャーズの申し立てを支持する判決を下した。
判事は、映画のシーンは合衆国憲法修正第1条の保護下にあるとの判決を下し、ハッシーとホワイティングは「法律上、この映画が性的示唆に富むとみなされる可能性があることを示すいかなる権限も出していない」と説明した。決定的に違法だ。」
「ロミオとジュリエット」監督の息子、スターから5億ドルのヌード訴訟を破棄:「ポルノとは程遠い」
「ロミオとジュリエット」の俳優らは、当初ゼフィレッリからヌード撮影はせず、代わりに肌色の服を着ると言われたと主張した。しかし、そのシーンを撮影する段になると、監督は2人のティーンエイジャーをヌードにしなければ「そうしないと映画は失敗する」と主張したと言われている。
この映画とそのテーマソングは当時大ヒットし、ホワイティングの裸のお尻とハッシーの裸の胸を少しだけ見せたヌードシーンにもかかわらず、この映画はシェイクスピアの悲劇を学ぶ何世代にもわたる高校生の間で流された。
ソロモン・グレーセン弁護士は声明で、「弱い立場にある人々を危害から守り、現行法の執行を確実にするために、映画業界における未成年者の搾取と性的対象化に立ち向かい、法的に対処する必要があると強く信じている」と述べた。
ピッポ・ゼフィレッリ監督は「撮影から55年が経った今日、本質的にこの映画のおかげで悪名が広まった2人の年配の俳優が目を覚まし、長年不安と感情的不快感を引き起こす虐待を受けていたと告白したと聞くのは恥ずかしいことだ」と語った。ガーディアン紙が声明で述べた。
ジャニーズたたきもそう。
ぶっちゃけ社内ルールなんて最低限の規則さえ決まってればそこまで影響ないと思ってたけど、違ったわ
フォルダの命名規則が統一されてないから同じジャンルでもあっちこっちにあって死ぬほど探すし、過去の資料もフォーマットがバラバラだから単純に比較できないし、っていうかID,Passとかエクセル、メモ帳、スプレッドシート、サイボウズ、よくわからん自社開発アプリのどれでもいいから統一せえや!そこから担当に聞かなきゃ始まらないってしんどいわ
こういう会社に限って色んなツール使いたがるのも何なんだろうなあ…
実際、これ5年もやってるのにマニュアルもないんですか…?ばっかりやんけ
今までいた会社って最低限は「できる子」だったんだなあ
ちなみに入管内では診察を受けたいと言ったら看護師との健康相談の上で受けられる流れになってる。
今回事件が発生した名古屋入管の規則は基本的に局長の指示を仰ぐ形になっているんだけど、
現場では局長を経由せずに現場判断で健康相談を受けられるし診察もできた。
最初の方で看守には「診察しろ!」看護師には「診察されたくない!」というムーブ繰り返したおかげでオオカミ少年的な感じになってしまったのが敗因よ。
そもそも高い賃金が欲しくてプログラマーになったようなやつは勘違いしているようだけど
なぜなら経済として会社を支えているのはどんなときでも営業だからだ
現に9割9分の会社は技術などないが営業が優秀なので存続している
(ちなみにここでいう営業というのはプロモーションや戦略系も含まれる)
例えば流行の機械学習を生業としているようなベンチャー企業であっても
最新のトレーニング手法やパラメータ定義なんかを使っても得られる利益はほとんど無いのだ
Web系でもAngularだろうがReactだろうがVueだろうがどうでもよくて
とにかくデザイナーの出したものを忠実、もしくはそれ以上のものを生み出せれば技術などどうでも良いのである
という人もいるが、残念ながら全ての技術は5年後に負債になっている可能性が等しくあるということを理解していただきたい
そんな中で日本での人材流動性の高まりであるとかプログラマー育成問題なんかもあって
技術系(プログラマー)の市場価値が高まり、たまたま今だけ高給になっているわけである
卵が少なくなって卵の値段が上がったとしても
その卵が美味しいかと言われるとそんなわけはないのだ
どちらかと言うと腐った卵まで流通するのが恐ろしいところである
私が見てきたベンチャーの腐った卵には下記のようなジャンルがある
メガベンチャーや伸び盛りのベンチャー系に多く、特に旧帝大出身(特に東大)に多いのがこのパワハラ系
とにかく(自分の)理論が正しいということを前提に自覚無くパワハラを繰り返す
これが雇われ社員ならそれほど問題でもないのだが、経営者側のCTOなどだった場合は目も当てられない
テックだろうがベンチャーだろうが雇用主と雇用者という関係性は変わらないのに平気でゴリゴリパワハラを行う
雇用主側に主張されると組合も無い弱い立場の雇用者は何も言えない
その状況を理解していないのか雇用主側のパワハラはエスカレートしていく傾向にあり
社員は退職するが新しい人材は集まらずたいていの場合は逆に雇用主側が病む
この手のテックマウントパワハラ系の特徴は、ドメイン駆動や過度の抽象化、もしくは無駄な高速化や機械語への執念などが挙げられる
例示するのは難しいが、PRを上げてきた新人社員をSlack上で公開にボコボコに論破した上に
「社会人としてできて当たり前」
みたいなことまで説教を始める人を何人か知ってる
小さめで大きくなってきているベンチャーに多いのが、この結局全部自分でやる系
締め切りの前日もしくは当日、もしくは過ぎた後に自分で全部やり直す人
それまで部下や関係者が相談しつつ進めていても結局は全部ぶち壊して全部自分でやる
などというのは完全な素人で、単に他者に業務依頼できない人である
「言ってくれればもっと早く出来たのに」
ということしかない
そんな調子で依頼することができないので結局は自分で実装を繰り返し更に時間がなくなる
「俺ほどの技術力を持った人がいなくて困る」
みたいな自己肯定感を醸成しているのでそのうち上のパワハラ系へと移行していく
特徴としてはSlackにしろPRにしろ話が抽象的すぎて文章力が無い人である
「1を聞いたら10を知るのが当たり前だろ!」
と言う人が多く(1と10から100は分かるけど1だけで10を知ったら変態ですよ)
ヒドイ人になるとIssueやPRの管理も全然できず、ブランチも規則無く乱立してしまっていて
新しく入った人もいったい何をどうすればいいのかさっぱり分からない状況で放置してしまう
これも例示すると、新サービスの仕様だけは決まっていてページレイアウトが無い状態で
デザイナーの配属が難しいので実装側が考える、ということになったとき(割とある)
と言っても音信不通で渋々とこれまでのレイアウトを踏襲して3人できっちり作ったところ
リリース前日になってCTOが徹夜で全部作り直す、ということがあった
レイアウトも全然変わっていて、実はニュースリリースの段階から新規テーマになることが決まっていたらしく
それに合わせて全部作り替えたそうだ
新規テーマは1ヶ月も前から決まっていたのだから共有さえしてくれればそれに合わせて作ったのになぁ、という話をした
余談だがこういうときにこの手の人が「デザイン共有できず申し訳なかった」というような一言はほとんど無い
そういうコミュニケーションが取れる人は最初から業務依頼ができるのだ
最後が最近一番多いのだが、単に技術力が無くて頑張ってるだけの技術者
JavaScriptでリストの中に'apple'があるかどうかを調べる時に array.includes('apple')と書くとして、
10個のフルーツのリストがあってそれらが含まれているかを調べる時に10個のincludesを書いてしまうような人である
「せめてfor文で書こう」「そもそもデータ構造がおかしい」「というか本当にやりたい処理は?」
などなど様々な疑問が出てくるが、不思議なことにこれらを指摘しても絶対に直ることは無く、全く同じことを何度もやる
他にも例えば男性か女性かでメッセージを変えて出力しているコードがあったとする
if( gender === 'male') { ... } else { ... }
これに、20歳以下の場合は男女共通で違うメッセージを出す場合に
if( gender === 'male') { if ( age <= 20 ) { ... } else { ... } } else { if ( age <= 20 ) { ... } else { ... } }
みたいなコードを書いてしまう(20歳以下の部分は同じコードのコピペ)
メッセージ表示させるだけなら大したことないが、実際にはもっと複雑な処理をコピペで貼り付けるのである
そのため
「20歳以下の表示部分のバグについて、男性の場合は直ってるけど女性の場合に直ってない」
if ( gender === 'female' && age <=20 ) { ... }
これでもだいぶオブラートに包んでいて、実際にはもっと複雑なロジックをぐちゃぐちゃのまま整理せずに追加するのでとてもじゃないがメンテできない
(最近だとそういう部分はまとめてChatGPTに放り込むと綺麗にしてくれるので非常に助かっている)
こういう低レベルな技術者は結構いるのだが、大企業だと時間をかけて成長していくのに対して
ベンチャーになると自己肯定感が高いのか成長せずに偉そうである
「動いてるものは触らないで欲しい」
「Javaだとこういう書き方するんだよね」(そんなことはない)
みたいなことを言って、とにかく学習しない
曲がりなりにもそういう職に一度就いてしまうと指摘されることもないので学習しないんだと思う
特にCTOだとあくまで雇用主側の立場なので雇用者側から指摘されることも少ないし
同業他社のレビューなんてのもないからそこで時間が止まってしまうんだろうな、という感じ
こういう技術者のコードでも、見た目は動いているので営業側から見ると売るには問題ないのだ
なので営業が優秀だと下手に売れてしまって成功体験からますます自己肯定感が増して手が付けられないモンスターCTOの誕生である
「成功してから伸び悩んで大手企業が買収したけど技術的負債が凄まじ過ぎてリファクタリングだけで一大プロジェクトになる」
「リファクタリングが上手く行かずに仕様変更することになって『大手企業に買収されてダメになった』というレッテルが貼られる」
「当時のCTOは別の会社で新しい事業のCTOとして活躍している」
という流れはこうして生まれている