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はてなキーワード: 物流センターとは

2019-10-11

ヨドバシ余りにも邪悪


ブラック企業を許せないはてなーの皆さんはどうする!?

ヨドバシ、慌てて店舗休業を決めるも内部告発は止まらない

2018-10-08

anond:20181008034133

http://taikou-law.jp/blog/sexual/waisetsubutsuhanpujiken-hanreishoukai-seihanzai-tsuyoi-bengoshi

わいせつ頒布事件判例の紹介~

紹介する判例は、平成16年1月13日、東京地方裁判所で開かれたわいせつ図画頒布被告事件です。

事実概要(要約)】

被告人は,株式会社Aの代表取締役であるが,同社編集局長B及び同社と専属契約している漫画家CことDと共謀の上,東京都所在のE株式会社物流センターほか20か所において,同所在の同社(代表取締役F)ほか15社に対し,男女の性交,性戯場面等を露骨描写した漫画印刷掲載したわいせつ図画である漫画本「G」2万544冊を頒布した。

判決

懲役1年

執行猶予3年

2018-04-27

ファッションセンターし◯むら、許さないからな

数年前に、新卒でし◯むらに入った。

就活の時に企業研究をした限りでは、内定を取れた中で一番まともな待遇環境福利厚生が整った会社だと思って入社した。

(企業研究に使ったサイトを今見返したら、パートのおばちゃん達の意見殆どで、かなりの検索ノイズだったのに当時は気付けなかった)

なんやかんやで今はn店舗目の店長だ。

ここまではまともに聞こえるが、実態は割とクソなんだ。

判例もあるくらいだし、ままある話だとは思うが

店長管理職扱い

本社や間接場所に行けるのは店長職以上

本社は、部署によっては酷いと1ヶ月に1日しか休めない

・繁忙期の"商品センター"はそれ以上

1つずつ話すと、

店長管理職扱い

→まあ、分からないこともない(法的には"店長"は別に管理職ではないが)。管理職になると残業代が出ない。店舗残業は月で1時間もないくらいだから、まあ目を瞑ることは可能ではある。あくび出るほどつまらないが。

本社に行けるのは店長職以上

→これが肝だ。しょーもない大学はいえ、親に出してもらったり奨学金借りたりして手に入れた大卒、定年まで全国津々浦々でシフト書いてダンボール潰すだけの人生は勘弁だろう。そんな気持ち本社に行くと待ってるのは早出地獄残業地獄

名ばかり管理職裁判で勝つ為に必要だと言われる「出退勤記録」だが、弊社はご丁寧に皆さん8時間に勤務修正をするのだ。どうせ修正しなくても残業なんて付かないだろうに不思議ですね。

本社部署によっては酷いと1ヶ月に1日しか休めない

→らしい。鬱になった同期を見たりしてから本社には行きたくもないので志望もしてないか本社仕事したことないのだが、あまりにも多くの人から同じ話を聞くのだから、そうなんだろう。まさか全員で口裏合わせてる訳はないだろうし。

花形バイヤーなんかは本当に休む暇もないし、休みの日でも社用スマホリンリン鳴ってるらしい。もちろん休出手当なんて付かない、管理職だもん。

・繁忙期の"商品センター"はそれ以上

→他の会社で言う所の「物流センター」が弊社にもある。そこでは年末年始GWは朝6時〜深夜2時(おそらく休暇90分)らしい。パートバイトには早番や遅番があってキッチリ実働8時間らしいのだが、正社員普段早番遅番があっても繁忙期はぶっ通しで働かなければ終わらない。労働時間は余裕で過労死ラインとのこと。

この前、後輩から事故やらかし店長以下の職位に降格になった奴が商品センター島流しされたら残業代部長年収超えた」って話を聞かされて笑いながら鳥肌が立った。

まり本社商品センターパートのおばちゃん以外全員管理職なのだ。下っ端オブ下っ端も。しばしば労基が来るらしいが、有耶無耶にして誤魔化すらしい。

社外の人にこの話をすると、裁判して勝てばいいじゃん、って言われるんだけど

労基→有耶無耶で済む関係

労組過去に潰された

スト→殆ど人間が「管理職から仕方ない」って洗脳されてるから無理

それでも孤独でも戦う!ってほど思い入れもないし、店舗だけの俺は過去2年間の残業代取り戻しても2万そこらだしいいや。本社モヤモヤしてる人はユニオンに行けば少しは何とかなりそう。

でも冷静に考えて、何度潰されようと労働組合が復活しそうな環境存在してないのは怖い。何なんだろう。何でもいいや。

今朝かな?なんかのブコメで「泣き寝入りするのは悪人だよ」みたいなの見て、グサって来たけど、あと半月で辞めるので、僕は立派な悪人です。次の仕事が楽しみで仕方ないね。し◯むらは家賃補助が強いので、そこだけ手放すのが惜しい。

あと、言ったことなくても多くの人から同じ話聞いてるのに「一回自分が行ってみないと分からないじゃん」とか言ってくる奴は救いようがないですね。割といますけど。

長々と書きましたがオチはないで〜〜〜〜す、以上

[追記]久々に増田書いたけどブクマ付くと嬉しいね

id:hemoge 商品センターが付く訳じゃなくて、店長以下の職位(新卒と同じヒラ)に降格になったから付いたんだよ、説明下手でごめんね

[追記2]起きたらめっちゃブクマついてる、ブコメも嬉しいばかりです、ありがとうございます

今日今日とて仕事です。GWなのでしばらく正社員強制出勤ですファック。

[追記3]ホッテントリ上がってて嬉しいね。何点か気になるブコメがあるので追記。

嫌なら辞めろ→嫌だから辞めるんだよ。ちゃんと読んで。

サービス業の中ではマシ→よく言われる。し、俺もそう思う。けどさ、マシも何もダメなもんはダメだよね。マシだから我慢しろって意味じゃないのは分かるけど、その思想ブラックを横ばいに維持するくらいの力はあると思う。

2017-03-25

三重オークワから関西版のカップ麺が消えて数年

テレビカップ麺コンビニおでん地域区分図が取り上げられると、よく三重西日本関西になってるけど、それは北陸

三重は、テレビ新聞スーパーコンビニ・電力・ガス・JRなどで東海に属する(※名張伊賀・東紀州を除く)から、同じマックスバリュ中部ピアゴバローでも滋賀三重では売ってるものが違う。

ただ、以前は三重でも和歌山本社の「オークワ」に行けば、関西版の赤いきつね西日本版のどん兵衛が並んでいて、某電機メーカー関係関西から越してきた人や関西寄りの三重ケンミンなどには、すごく有難い場所だった。

でも、そのオークワ愛知岐阜への進出で、東海物流センターを設けて東日本版に。

当然といえば当然だけど、なんかさみしい。

2015-12-21

8年間加入していたAmazonプライムを辞めたが、特に何も困らなかった件

当方これまでにAmazonで1,000万円は使ってるヘビーユーザ

Amazonプライムサービス開始当初から加入していたけど、今回の更新で辞めました。

当初は配送料無料(当時は1,500円未満の買い物は送料がかかった)が目的で加入したけど、いつの間にか配送料無料は(一部例外を除いて)デフォとなったし。

お急ぎ便で即日届いたってどうせ開梱するのは週末だし、首都圏在住なら通常配送でも十分早く届くんだよね。

Primeビデオちょっと魅力的かとも思ったけど、

普段の録画番組の消化や積み本・積みゲー・積みDVD(BD)を崩していくだけでも精一杯なのに、

その上動画の見放題なんか時間いくらあっても足りないわ。

Prime限定セールKindleオーナーライブラリー

折角だから/もったいないからと買わなくていいものを買ったり、読むつもりもなかったものを読んだりする羽目になるし。

年間3,900円払った上でそれに振り回される人生ってなんなのよ、って思っちゃったワケ。

まぁ一番の退会理由はここ数年で何度かトラブルに遭って嫌な思いをしたからなんだけど。

昔はトラブルなかったんだけどなぁ、やっぱ規模がでかくなると隅々まで目が行き届かなくなるのかなぁ。

なので最近は、意図的に他で買い物してます

Amazonサービス向上のため、みんなもプライム辞めて余所で買い物しようぜ!(扇動


【追記/ブコメ返信】

ヘビーユーザってのは金額より利用頻度の意味でした(年間数百件の注文)

1,000万円は数年前にちょっと話題になった、Amazonでの使用総額を取得するブックマークレットで出した額。

Amazon日本サービス開始したのが2000年から、かれこれ15年。

書籍DVD/BDゲームソフトくらいしか買ってない俺でもこの金額から

真のヘビーユーザならもっと使ってるんでしょうね。

トラブルは昔からあった、てのはその通りで、

15年近く使っていれば個人的にも過去何度か遭遇してるんだけど(メール便の紛失とか商品破損とか)

昔はそれなりに満足のいく対応してもらったんだよね。

でも直近のトラブルサポートに連絡したときは、これまでとは打って変わってアレな対応をされて憤慨。

たまたまなのかも知れないけど、心が離れるには十分な出来事でした。


あとここ数年は注文の増大で物流センター限界なのか、特に梱包絡みの粗が目立つようになった気が。

たまに表紙が擦れまくったくっそ汚い雑誌や、端っこがへし折れた書籍が送られて来るんだよね。

物流センター過酷労働状況が報道されているだけにクレームも入れづらいし。

(紙の書籍は買わないことにしました)


なんにせよAmazonだけに集中するのはよくないよね。日本から撤退されても困るけど。

Amazonサービス向上のため、物流センターのおじさんの負荷軽減のため、

みんなも適度に余所で買い物しようぜ!(提案

生かさず殺さず!

2015-07-22

yodobashi.comで買うんじゃなかった。

半年前にヨドバシ.comで買った炊飯器の内釜のコーティングが剥がれてきた。保証間内なのでメールで内釜の交換をお願いした。

昨日の朝、メールをしたら夜21時ころに返信があった。返信遅くない?担当者常駐してるんじゃないの?アマゾンなら1時間くらいで返信あるよ。

で、返信を読んでとてもがっかりした。なんなの、これ。商売する気あるの?

ヨドバシカメラ・修理コールセンターのNと申します。

平素よりヨドバシカメラをご愛顧賜り、誠にありがとうございます

お買上げ製品のご不具合でご迷惑をお掛け致しまして、誠に申し訳ございません。

大変申し訳ございませんが、ご要望の内釜の交換につきましては、内釜をお預かりさせて

いただき修理としてお送りする必要がございます

ヨドバシ・ドット・コムでお買い求め頂きました製品の修理受付方法に関して

ご案内をさせていただきます

修理お預かり方法は2通りございます

1.弊社店舗の修理コーナーにお持ち込みいただき修理受付

2.弊社物流センターに送付いただき修理受付

いずれかの方法での受付となります

弊社物流センターに送付での修理受付につきまして

弊社まで送付いただいて受付の場合は、大変恐縮ですが、片道の送料はお客様負担とさせて

頂いております。元払いでお送りいただければ返送時の送料は弊社でご負担させていただきます

お送りいただく場合は事前の受付が必要になりますので、下記フリーダイヤルもしくはメールにて

連絡をお願いします。

迷惑をお掛けいたしまして誠に申し訳ございません。

従来にもましてご愛顧を賜りますよう、重ねてお願い申し上げます


まずな、大げさな謝罪がうざいんだよ。謝って欲しいなんて言ってないのよ。交換してって言ってるだけ。さっさと内釜送ってよこせよ。

修理コーナーに持ち込みっておまえな、最寄りのヨドバシまで高速道路で2時間かかるんだけど。いくらかかると思ってんの。わざわざ通販サイトで買った意味ねえだろ、ボケ

元払いで送れということなんだろうけど、なんでこっちが送料負担しないといけないの。説明書通りに使ってて剥がれたの。禁忌事項はしてないの。こっちに落ち度はないわけよ。不良品を送っておいて返送料は負担しろと仰るその厚かましさ。Amazon着払いで送ってくれっていうけど。

その上でさらに、先に送れ、それから修理だおっしゃる。その間、どうやってコメを炊けばいいのか。炊飯器が家に2つもある家庭ってそう多くはないだろう。まさか土鍋で炊けというのか。私はイケダハヤトではないんだが。

そもそもコーティングの剥げた内釜なんて新品と交換するしかないんだから着払い伝票つけてさっさと送ってよこせよ。こっちは忙しいんだ。

ああ、最悪だ。もう二度とヨドバシでは買わない。

Amazonさん、浮気してごめんなさい。

追記 保証書に販売店に修理を依頼してくれと書いてあるから販売店にメールしたんだが。メーカーにも連絡してみるわ。

追記2 メーカー電話したらサービス拠点に持ち込んでくれ、修理の間は代替機を貸すとの返答。メーカー最近話題のT社。まるで保証したくないと言わんばかりの対応。やっぱり炊飯器はZ社だな。アマゾンで買い直すことにしよう。

追記3 アマゾンは修理でも保証間内であれば送料を負担してくれます

追記4 内釜は説明書通りに使用していたんだけどな。洗米は別のボール使ってたし金属のものなんか使ったことない。すし飯作るときは木桶使うし。面倒だし新しいものアマゾンで買いますよ。

追記5 ブクマつけるために荒い言葉遣いしてますが、担当者とのやりとりは最初に交換依頼のメール送っただけ。返信読んで諦めましたかモンスターというほどのことは何もしてません。増田に書いちゃったけど。

追記6 ちなみに今回の内釜は1年保証です。まだ半年保証期間が残ってるんだけどな。

追記7 トラではない方のT社製の3合釜の高い方です。3合釜の中では一番内釜の耐久性が優れていると思われるものを選んだんですが、この結果。サポートダメダメでした。T社の電球蛍光灯寿命前に切れるんで全部パナソニック製LED電球に交換したんだったな。ダメ会社は何やってもダメってことですかね。

2013-03-27

amazon楽天の違い

違いといっても買い物する側の視点じゃなくて、店を出してる側から視点。書いてる奴は、amazonマーケットプレイス100万、楽天500万月商のネットショップ店長。特定されるとまずいので商品ジャンルとかは書かない。他の店のことは知らない。あくまでうちのはなし。

客層

amazon:「クリックすればいつか届く」と思っている人が多いのか、こっちから連絡メールを出しても全然返信が返ってこない。納期遅れの連絡メールでも無反応。そのかわり1〜2日遅れるぐらいではまずクレームにならないしレビューで悪く書かれることも殆ど無い。amazonは30日以内なら一部の商品を除き客都合でも返品を受け付けなければいけないが、1年程やって不良品以外の返品は受けたことがない。もっとも、売上が楽天並になったらどうなるかはわからんけど。

楽天:かなりきめ細かく連絡メールしないとクレームになる。携帯とかで注文してドメイン拒否しててメールが届かないのに「連絡がない」なんて言い出す客もいる(そう言うのに限って電話にも出ない)。いたずら注文やドタキャンポイント狙いの詐欺注文も多い。代引きで注文して受け取り長期保留→受取拒否→ポイントだけネコババとか。これは楽天がそういうDQNに無対策だから半年使った商品を返品したいとか理不尽な返品要求も多い。おまけにSEO会社やらコンサル会社やらの営業電話スパムメールも呼び寄せる。

手数料

amazon:商品ジャンルによって変わるけど、手数料は基本的に固定。売上から手数料を差っ引いて口座に入金してくる。注文メールの段階ですでにいくら手数料をとるかがかいてある。ただし他のモールよりも若干ロイヤリティは高い。

楽天:基本料金の他に色々と理由をつけて手数料をとる。海外からの注文は何%だ、アフィリエイト経由だから何%だ、ポイントでいくらだ、カード払いだと何%とか。おまけに他のモールでは無料機能でもオプション料金をとる。送料にもロイヤリティをかける。翌々月にならないといくら販管費がかかったのかがわからない。規約後出しジャンケンで変更して金をとるなんてことも平気でやる。

営業担当者

amazon最初フォローしてたけどあとはまるっきり音沙汰なし。ただヘルプがしっかりしてて、CMSシンプルなので特に営業のサポートがなくても大丈夫ヘルプデスクもわりとしっかりとしてる。

楽天:よく言えば「手厚いサポート」、悪く言えば「うざったい広告営業」。毎月電話をかけてくるけど、広告営業多い。CMSが糞なのヘルプデスクしょっちゅう使うのだが、ヘルプデスクもクソなことがおおおい。

CMS

amazon:商品ページ(アマゾンではカタログという)を作るのは簡単。余計なことをしなくても良い。但し受注で備考欄が使えないから、細かいオーダーは受けられない。作れるのはあくまで「カタログ」なので、他のモールみたいに自由にページを作ることは出来ない。カタログは他の出店者・出品者と共有となる。

楽天:物凄く使いにくいCMS。というか、10年遅れの設計CMS。わざと使いにくくして、楽天ビジネス制作会社を探させる。ただしページは割と自由につくれるて備考欄も使えるので、細かいオーダーも受けられる。ある程度WEB業界経験のある担当者いるか制作会社に金を払えるならメリットである

決済

amazon:基本的にカード払いのみ。代引き銀行振込、コンビニ払いはある程度カルマをつまないと使えない。不正カード場合店舗負担はなし。

楽天カード・銀振・代引・楽天バンクEdyなど割と決済方法の自由はきく。不正カードを使われると店舗負担となる。

販促

amazon:一応セールらしきことはやるがそこまで強力ではない。あくまで正攻法SEOアフィリエイト集客する。

楽天楽天スーパーセールとかおかいものマラソンとか、イベントがとにかく多い。客を集める努力は一応している。

その他

amazon:受注キャンセルや発送遅延が多かったりレビューが悪かったりしてカルマが下がるとあっという間に出品停止処分となる。外のモールに比べて厳し目。

楽天レビューボロボロにでもならない限り、受注キャンセルや発送遅延だけではカルマは下がらない。噂では偽ブランドを売ってるようなショップ存在するらしい。あと、部署ごとの方針がバラバラで部署Aが「海外販売してください。海外カードもOKです。転送コムもどんどん使って!」ってやってるのに、部署Bが「海外カード=不正カードです。転送コム利用=怪しい注文です」なんてことを平気でやる。

楽天を悪く書く意図amazonを持ち上げる意図もなかったんだけど、こうして書いてみると楽天ダメな部分ばかり目立つ。売上を作るのはamazonよりも楽天のほうが簡単だけど、制作も運営も3倍ぐらい手間がかかる。ただオリジナル商品とかオーダーメイド商品とかは楽天のほうがやりやすいかもしれない。

ちなみに「自社サイトはどうなの?」って思う人もいるかもしれないけど、自社サイトで売上を作るのはかなり大変。売上を作るためにリスティング広告やったり外部モール使ったりして、結局経費が楽天並みにかかった…なんてこともある。

ちなみになんでこんなのを書いたかというと、日経だったか産経だったか楽天提灯記事を書いていて腹がたったから。amazon法人税問題やら物流センター労働問題やら、それはそれで色々ブラックだけど。

補足

楽天アマゾンの5倍売れてるやん…ってブコメもらってるけど、うちの場合実は出品数が違って楽天アマゾン10倍の出品点数がある。ロイヤリティ関係で商売にならないものアマゾンに出品してないし、メーカー取寄せで納期がかかるものアマゾン本体が出品してて価格が荒れてるものも出品していない、更にアマゾン規約で出品できない商品もあるので出品数を抑えている。アマゾンのネックはロイヤリティが高いということと規制が厳しいところだね。

2012-09-04

"Hello world!"

このお話はたぶんフィクションです。実在の個人や企業とはあんまり関係ありません。そういうことにしろください。


10年前、20代になったばかりの頃の僕は、今思えば本当に最低な生活を送っていた。高校を中退し、実家とは疎遠で、友達もなく、金もなく、夢も希望もなく、ただバイト先と自宅を行き来するだけの毎日。いつも視界には霞がかかったようで、底の見えない空虚さだけが僕の心を支配していた。

それでも趣味らしいものはあった。オンボロマシンRedHatを入れ、ダイヤルアップの細い回線自宅サーバを立て、Perlでガラクタのようなプログラムを動かす。そんな子供じみた遊びだけど、プログラムを組んでいるときだけは空虚さを忘れ、画面の中に没頭できた。

ただ、そのときの僕はもうすでにいろんなものに打ちのめされていて、若者にありがちな全能感などというもの霧散していた。自分プログラミングで何かを成すだとか、それを仕事にしようなんてことは一切頭になかった。このまま夢も希望もなく人生を終えるのだと、そう思っていた。

それでも転機は訪れる。

勤めていた工場で派遣切りにあった僕は、「働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!」とか言いながらニート生活をしていた。そろそろ翌月の家賃も払えなくなってきたころ、派遣会社から電話がかかってきた。「プログラム開発の仕事があるんですがやりませんか?」と。そういや履歴書だかスキルシートだかに、Perlがどうたらとか書いたっけ。実務経験もない中卒に仕事まわすとかwww ……とは思ったものの、このままでは本気でホームレス一直線だったので引き受けた。

はじまりはそんなもの。たいした覚悟があったわけでもない。

派遣された先は従業員数10人くらい、パートさん含めても50人くらいの小さな会社だった。現在手書きの伝票でやっている処理をWeb化したいのだという。システム担当者はおらず、事務員さんがExcelAccessを使える程度。すべて僕一人でやらなければならない。マジか。

ともあれ、まずはサーバである。後々の運用を考えるとLinux系は使えない。事務所の片隅に放置されていたWindows 2000マシンApacheを入れてそれでよしとした。

次はデータベース。でもこの頃の僕は「正規化ってなんれすか?」というレベルだったので基礎から勉強した。なんかMySQLってのがいいらしい→社長に申請→「今Access使ってるからそれでいけ」→「はい」→パフォーマンスの面で問題出るだろうなとは思ったがしょうがない。

次は言語最初はPerlで書こうと思ってたけど、PHPってのが流行ってるらしいのでこっちにした。ウホッ! いい言語……。

そして業務内容を把握するため、現場あっちこっち駆けずり回りながらヒアリングする。ときには部長から愚痴を聞かされ、ときにはパートのおばちゃんから誘惑され、そんなこんなを繰り返し、仕様をつめていく。

そして数ヶ月かけて開発したシステムの稼働である。そのときのことは今でも忘れない。

現場の人がラインからデータ入力する。サーバデータが送られてくる。別の事業所からも送信されてきてる。問題ない。事務員さんが伝票処理を行う。問題ない。すげえ、ちゃんと動いてる。お遊びで作ったプログラムではなく、本当に本気の業務用プログラムである。それを僕が1人で作ったのだ。このプログラムで業務がまわり、利益を生み出すのだ。社会に対して、何らかの作用を及ぼすのだ。僕みたいなクズにでも、そんなことが可能だったのだ。

そのことに気付いたときの感動を、僕は今でも忘れない。


それからちょっといろいろあって、ホームレスになった。うん、急展開なのはわかってる。でもこの間のことは語ってもあまり面白くないし、公序良俗に反する話もあるのでざっくりはしょる。どうせフィションなんだから細かいことを気にしてはいけない。

話を戻そう。

ホームレスになってからの数日はひどい精神状態だった。足元から世界が崩れていく感覚。視界がぐにゃりと歪む。帰りたい。でも帰る家がない。だからホームレスというのか……というトートロジーを何度繰り返しただろうか。

もうあまり覚えていないけど、このときの僕は本当にもう何もかもどうでもよくなってたと思う。ただ、自分の全財産がバッグ1つしかないということに対する心地よさ、開放感があったのはよく覚えてる。そんな状況で地べたに座り込んで見る風景。きっと、今はもう見えない。あの頃の僕にしか見えない風景が、そこにはあった。

いろんな人と出会い、流れ流れて、最終的に西成のあいりん地区にたどり着いた。関西圏の人には説明不要かもしれないけど、よく言えば日雇い労働者の街、ぶっちゃけて言えばホームレスメッカである。今はもう綺麗になってしまったし、治安もそこそこよくなったけど、僕がいた頃はまさに「カオス」としか表現のしようがない状況だった。

どこから持ってきたんだといいたくなるようなガラクタばかりを並べた泥棒市。簡素な骨組みにビニールシートをかぶせただけの飲み屋。「ないかーないかー」と声が聞こえてきたので見てみると、警察署の近くなのに道端で堂々と丁半博打をやっている。コンビニトイレ張り紙には「トイレが詰まる原因になるので注射器を捨てないでください」とある。いやトイレが詰まるとかの前に気にすることがあるだろ。ケンカなんて日常茶飯事。頭から血を流したおっさん普通に歩いてる。数百人規模で並ぶ三角公園炊き出しは圧巻。四角公園の炊き出しでは誰もいない場所にワンカップの瓶とかがたくさん並んでる。何かと思って聞いてみたら「あれで並んどることになってん」と返ってくる。学食の席取りルールみたいだ。ああもう全然書ききれない。

でも一番印象に残っているのは、南海線の高架下、うず高く積まれたゴミ山の前でガラクタ解体していたおっちゃんのこと。奇声を発しながらハンマーを振り下ろしていたおっちゃん。その両目は、これ以上ないほどにキラキラと輝いていた。その鉄屑を売った金でビールが何本買えるか皮算用でもしているのか、あるいは幸せになる魔法の薬でもキメているのか、そのときの僕にはわからなかったけど。

そして、人生を投げ出していた僕に付き合ってくれたおっちゃん、あなたのことも忘れません。モーニングをおごってくれて、いろんな話をしてくれて、聞いてくれて、役所の福祉課まで連れて行ってくれたおっちゃん。あなたがいなければ、僕は今でも西成でぬるま湯の日々を送っていたかもしれない。

いろんな人に助けられて、ホームレスの施設に入ることになった。舞洲という人工島にあるのだけど、これがまた周囲に何もないのだ。スポーツ関連施設、ゴミ処理場、物流センターが点在するくらい。コンビニ1件ありゃしない。だけど施設での生活は意外にも楽しかった。2段ベッドが6つ並んだ12人部屋。むさくるしいけど、みんなバラエティに富んでいた。刑務所上がりのいかついおっちゃん、虚言癖のひどいおっちゃん、ほとんど一日中寝てるじいちゃん、薬のフラッシュバックがひどい兄ちゃん。そんな人達の中で過ごせば、自分がどれほどクズであっても気にならない。やはり僕はこちら側の人間だと再認識した。

市街地にある施設へ移ってからはいろんな仕事をした。生駒の山奥にドブさらいに行ったり、事務所移転バイトで腰をやってしまいそうになったり、なんやかんやあったけど、長くなるのではしょろう。結局のところ、またプログラマをすることになるのである

そろそろ身バレしそうな領域に入ってきたのでここでもう一度強調する。このお話はたぶんフィクションです! たぶんフィクションです! 大事なことなので2回言いました。


そう、またプログラマとして働くことになった。今度は従業員数300人くらいの大きな会社である日本人なら誰でも知ってるであろう大企業の子会社ということもあり、本社からの出向社員東大京大卒当たり前みたいな状況。そんな人達の前で中卒の僕が前に座ってプレゼンやら仕様検討会やらをするのだ。何の罰ゲームだよ……。

最初に思ったのは、「ここにいる人達は育ちがいい」ということだった。みんな礼儀正しい。喋り方や立ち居振る舞いまで、今まで僕がいた世界とは何もかもが違っていた。まるでドラマに出てくるような「ちゃんとした人生を送っている人達」だ。そんな人達に囲まれていると、「生きていてごめんなさい」と言いたくなる。本当に。

他に驚いたこと。社内で連絡を取り合うのにメール使ってる。やばい。社内メーリングリストとかもある。やばい。定期的にミーティングとか勉強会とかもする。なにそれ怖い。自分がいっぱしの社会人になったかのような錯覚に陥る。ちょっと前まで西成でゴミ拾いのバイトしてたのに。「勘違いするんじゃない! 西成の日々を思い出せ!」と何度も自分に言い聞かせ、自我を保った。

とはいえ、萎縮してばかりもいられない。気付いたことはどんどん提案した。あちこちに散らばっている共通の処理をライブラリ化したり、サーバで負荷がかかっている部分を改善したり。却下されたものも多かったけど、採用されたものもそれなりにあった。業務の改善案を考えるのは楽しい。誰かがプログラマの三大美徳に「無精」を上げていたっけ。極度のめんどくさがりで、楽をするための苦労は惜しまない僕には、こういう仕事天職なのかもしれない。

システム開発の方も順調に進んでいた。この頃はMicrosoftですらWeb版のOfficeを出すような状況で、デスクトップアプリに比べても遜色ないレベルのWebアプリがどんどん出てきていた。この会社で開発しているのも、そんなAjax技術を多用したWebアプリだ。JavaScriptを用いた本格的な開発に最初はとまどったけど、書けば書くほど言語自分の手に馴染んだ。クロージャprototypeといった基礎をちゃんと学ぶと、書けるコードレベルが段違いに上がっていくのが楽しかった。

仕様にもこだわった。実際に使う人がどんなふうに操作するのか、何度も何度も脳内でシミュレートし、どんなUIが最適なのか、データ構造はどうするべきか考え、実行速度とメンテナンス性の板挟みに苦しみ、何度も何度もリファクタリングを繰り返す。

そのとき開発していたシステムは、メイン画面でほとんどの処理を行うタイプのものだったのだけど、そのメイン画面のJavaScriptコードは最終的に1万行を超えた。もうこの頃にはJavaScriptでのオブジェクト指向的な開発手法というもの自分なりに構築されつつあった。そしてこのカチャカチャとした手触りの、安物のオモチャのような言語は、僕の一番好きな言語になったのだった。

そんなある日、僕が作ったシステムのメインユーザーである他部署の偉い人が来て、開口一番こう言った。

「あのシステムいいね!

この機能が素晴らしい、とか、あの発想はなかったわ、とか、とにかくべた褒めして、そして去っていった。機能追加要望の前口上だと思って身構えていた僕は拍子抜けした。「あの人が他人を褒めることなんてめったにないよ、すごいね」と近くの席の人が言う。

そのとき僕は「カチリ」という音を聞いた。

どこにもはまることのない歪な歯車。その僕が、社会という大きな機械の中に組み込まれる音だったのだと思う。まあすぐに外れてしまうのだけど。その一瞬だけは、僕は確かに社会の一部になれたのだ。


そして契約期間満了となり、再び僕は人生の岐路に立たされる。

これからどうするか? 今の技術力ならそれなりのところに就職できるかもしれない。でも僕にはやってみたいことがあった。半年かけて海外を旅するのだ。

今、僕の手元にはまとまったお金がある。こんなのは人生で初めてのことだ。そして僕は今、どこにも所属していない。どんなところに行ったっていいし、何をしたっていい。この先、そんな状況がどれだけあるだろうか? 人生長いのだ、そりゃあ何度だってあるかもしれない。でも今回やりたいことをやらなかったのなら、僕はきっと何度だってやらずにいるままだろう。

もちろん怖くなかったわけじゃない。なにせ海外なんて行ったことがなかったのだ。ずっと極貧の生活をしてきた僕は、国内旅行だって満足にしたことがない。

いろいろと考えた。ない頭を使って考えた。自分の英語は通じる? 病気になったときは? 荷物をなくしたら? あれこれ考えると心配事ばかりが頭をめぐって、わけがわからなくなる。

最終的に決定打になったのは、自分が何も持っていないという、この状況だった。

そう、僕は何も持っていない。家族友達も、夢も希望も。だけど、そんな人間だからこそできることがあるんじゃないかと思ったのだ。何も持たないからこそ、どこにだって行けるし、何にだってなれる。それはタロットカードの「愚者」みたいなものだ。愚かな者は恐れも何も知らぬからこそ、無限の可能性を秘めている。

心を決めたら後は早かった。

パスポートを取得した。航空券を手配した。住民票を海外転出した。トランクルームを借りた。住んでいた部屋を引き払った。

空港へ向かう電車の中で、懐かしい感覚に襲われた。あの日、ホームレスになったばかりのころの感覚世界が足元から崩れていく感覚。でもあのときとは決定的に違うことがあった。それは、今回は自分が望んでこうなったのだということ。流されるまま生きてきた僕が、初めて自分人生に対して主導権を得た。それだけが決定的に違っていた。それだけで十分だった。足の震えは、これからの旅路への、期待に対する震えなのだった。


初めて踏みしめる異国の地。最初はいろんなものに圧倒された。

自分とは異なる人種、異なる言語。街の看板すらまともに読めない。レストランの注文すらおぼつかない。ちょっと電車に乗るのも大仕事だ。それでも時間をかけてひとつひとつなんとかしていった。

見知らぬ街の匂い、喧騒、バケツをひっくり返したようなスコール、旅の中で出会う怪しい人、優しい人。僕の前でたくさんの風景が流れていく。

川辺のレストランで昼ご飯を食べた後ボケーッとしていると、猫が膝の上に乗ってくる。動くのもめんどくさくてボケーッとしてたら日が暮れてた。そのまま猫と一緒に晩ご飯を食べた。そんな日もあった。

長距離列車に乗っていたとき、車内食にピーナッツバターのようなものが付いていたので、普通にパンに塗って食べた。でも梅干的なものだったらしく、めちゃくちゃ酸っぱかった。「すっぱ! すっぱ!」とかやってたら向かいの席の女の子爆笑していた。僕も笑った。そんな日もあった。

最初は少し移動するのにも大変な思いをした。でもいつの間にか、ローカルバスに乗って気ままに旅するようになっていた。

たどたどしかった英語も、日常会話程度なら普通に喋れるようになっていた。

いろんな国のバックパッカーにもたくさん出会った。お互いつたない英語でやりとりするのも楽しかった。今度は彼らの国にも行ってみよう。だからいつか世界一周に出ようと、僕は心に決めた。

こんな旅に出たところで自分は何一つ変わらないと思ってた。でも、何かが変わってきている。それが何なのかはわからない。たとえば図太さだったり、適当さだったり、そういうのもあるのだけど、何か違う。それよりもっとプリミティブなもの。感情になる前の感情、行動になる前の行動。マグマのような熱量を持ったドロドロとしたものが、自分の中に渦巻いているのを感じる。それがいつ形を成すのかはわからない、今はまだ。だけどいつかどこかで、忘れた頃にひょっこり出てくるんじゃないかと思う。そのときを楽しみにしていよう。

そして夢のような日々は終わる。


日本に帰ってきたとき、手持ちの金は10万以下だった。部屋は解約していたので住むところもなかった。普通にホームレスだった。僕は焦らず慌てず、西成へ向かった。

しばらくはドヤ(安宿)に泊まった。一番安いところなら500円から泊まれる。西成はいいところだ。

宿に住民票を移し、ハロワ失業保険を申請した。

前の会社から戻ってこないかと誘われたけど、「働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!」と言って断った。

いや働きたくなかったのは本当だけど、もう1つ理由があった。職業訓練組み込み系を学ぼうと思っていたのだ。

スマートフォン含むタブレット端末の市場がこれからも拡大していくのは間違いない。そうすると必要になってくるのは組み込み系の知識。いやアプリ作るだけなら必要いかもしれないが、そういった知識があれば、自分ができることの幅がぐんと広がると思う。

それに、今の僕には基礎的な力が圧倒的に足りない。すべてを独学で、我流でやってきたけど、やはり限界を感じる場面が多々あった。だから今回ちゃんと体系的に学んで、足元を固めようと思ったのだ。

結果的には正解だったと思う。本当に基礎の基礎から学べた。

ブレッドボードを用いて回路を組むところから始まって、アセンブラC言語組み込みLinuxでのデバイスドライバ開発、アプリ開発。これまで高級言語の十分に進化しきった部分にしか触れてこなかった僕にとっては、どれも難しかったけど、どれも面白かった。これからどういう道に進むかまだわからないけど、ここで学んだことは絶対に無駄にならないと思う。

そうして職訓で勉強するかたわら、悶々と考えていたことがある。世界一周についてだ。

今はまだ金もないし、そんな金を稼げるあてもないのだけど、いつか(たぶん10年後くらいには)行こうと本気で思っている。

ルートだけでも今から考えておこうと思って、いろいろと旅程検討アプリを試してみたのだけど、どれもいまいち使い勝手が悪い。海外のものも含めて探しまくったけど、自分が思うようなものは見つからなかった。

だったらもう自分で作るしかない。せっかくだから就活ときポートフォリオとして使えるよう、ちゃんとしたWebアプリを作ることにした。

最初の1ヶ月は地図APIの選定と、検証コードを書き捨てるだけで終わった。

2ヶ月目は基礎部分の構築だけで終わった。

3ヶ月目に本気を出し、ほぼできあがった。

4ヶ月目でサーバドメインを用意し、最後の仕上げをした。

そしてベータ版リリースした。 http://planetter.com/

それが先週の話。

そして今、こうして増田投稿する文章を書いている。

だからこのお話はここで終わりだ。正確に言うなら、ここから先の展開はまだわからない。


10年間を振り返ってみて思う。あの頃と比べて、何か変わっただろうか?

家族や親類とは縁が切れたままだし、いまだに人付き合いは苦手だし、金はないし、夢も希望もない。それは今でも変わらない。ただ、あの頃あれほど感じていた空虚さは、跡形もなく消えている。

西成の高架下で見た光景を思い出す。ガラクタ解体していたおっちゃん。あのキラキラした目。たぶんあの瞬間に僕は、自分にとって一番大切なものは何なのか、心の深い部分で理解したんだと思う。

世界一周だなんだというのも本当はどうでもいい。僕はただ、いつだってドキドキしていたいのだ。

初めて人を好きになったときの気持ち。知らない街で暮らし始めたときの気持ち。そして、プログラムが思い通りに動いたときの気持ち。

それを持ち続けていたいのだ。いつだって新しい世界にワクワクしていたいのだ。

だから僕は、今日ガラクタのようなコードを書き続けている。

ふと目を閉じれば、まぶたの裏に映る、あの日のメッセージ

"Hello world!"


このお話はたぶんフィクションです。実在の個人や企業とはあんまり関係ありません。でも、ここに綴った僕の想いは、ノンフィクションです。

2012-08-15

バカにも乗らせてしまフォークリフト

某所で物流センター業務のあるあるトークで盛り上がったから、思い出話を投下。

数年前、別に乗ったりする予定無い事務職なのに新しい社長の謎方針で社員全員がフォークリフト免許取れって話になりまして、イヤイヤだけど試験受けたんです。腹立たしい事に自腹。

ここからが本題。フォークリフト運転の試験なんだけど、座学が2日、実技が3日。普通自動車運転免許持ってない人はもう1日プラス。こんなんで通っちゃう

そんでね、座学がすげーの。内容に目を通したら高校1年生程度の学力は要求される内容(力のモーメント等、ベクトルの考え方やxy軸の二次元グラフ見方を理解する必要がある)なんだけれど、そこにいた自分以外の大人の大半が、明らかに理解してない。講師の人が質問すると盛大に間違える。

今まで同レベル学力の人以外とあまりコミュニケーションとってなかったから、こんなんでも大人になれるんだって事に今更ながらビックリ

そして座学、テストがあるんだけど、問題も答えも、 「この問題は選択問題で答えはウだからな!三番めのウ! 」とかそんなレベルで教えてくれる。寝てなきゃ落ちないレベル

(こんな、教科書読解に必要とされる学力も無い連中に運転させたら横転事故も起こるわ)と、こないだ発生した

 「重いパレットを高く持ちあげた状態で旋回して横転 」という事故を思い出したりしてました。

力のモーメントを理解してたらやんねえだろこんなんって。

んで、実技

苦戦した苦戦した!

周りみんなちょー頭わりーとか内心バカにしてたんだけど、今度はこっちがバカにされるターン。

運動神経がニブいのか、誰よりもヘタクソでしたよ私。

それはもう、(バカにしててごめん、座学より実技の方が重要ですよね・・・)と宗旨替えしました。

まぁ、三日間でなんとか合格レベルにまでたどり着けたけどさ。

で、あれから数年たちましたが、フォークリフトには一切乗ってません。

いつか土竜の唄みたいに深夜の倉庫でありえない事にカギ挿さったままのフォークリフト見つけても形成逆転できないだろーなーとか思いました。

ただ、勉強とか全然できなくても大人にはなるし

なったらなったでなんとかなるし

彼らが私にできない仕事をしてくれるから、私達はおまんまを食べる事ができてるんだなぁと、冷房の効いた事務所で思いました。

オワリ

 
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