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はてなキーワード: 権威とは

2018-01-22

相手によって露骨に態度を変える人は、天才じゃなくて、単なる権威主義

だと思うが

俺はお前らとは違うアピールがしたいだけとか

あと、世渡りかな

権威にすがったほうが、労せず自分を大きく見せられる

詐欺師著名人政治家と一緒に撮った写真を見せつけるのと同じ

2018-01-21

anond:20180121044657

主権(しゅけん)とは、国家構成要素のうち、最高・独立絶対権力、または近代的な領域国家における意思決定と秩序維持における最高で最終的な政治的権威を指す。 国家主権のこと。

調べました。すみません勘違いして使っていたみたいです。気をつけま

anond:20180120233358

 発言力を影響力とみなして、権力と見なしてる。自覚無自覚に関わらず発言力があるなら影響力もあるとみている。

 

 実利に関する政治家経営者の方が気をつけるべきなのには同意する。(素人専門家へ、分野以外でも権威を感じやすいという心理学目線もある。)

2018-01-20

仮想通貨オートサーフ

この1,2か月、仮想通貨界隈の盛り上がりと、暴落後の阿鼻叫喚を眺めながら、不思議既視感にとらわれていた。

10年以上前オートサーフ流行し、急速に凋落した頃の雰囲気そっくりだったからだ。2005年から2006年頃にかけての話だ。


オートサーフとはなにかというと、

インターネット界隈で、オートサーフは、広告掲載したウェブサイトウェブブラウザー上で回転させるトラフィックエクスチェンジのことである。したがって、オートサーフ広告掲載したウェブサイトに大量のトラフィックを呼び込むことができる。メンバーは閲覧するサイト毎にクレジットを稼ぐことができ、このクレジットは、オートサーフの回転に追加することで、メンバーサイト広告することができる。オートサーフ業者に料金を支払う外部の広告掲載者は、サイトを追加することができる。

https://en.wikipedia.org/wiki/Autosurf


一見して、よくわからない説明かもしれない。あたりまえだ。その理由は後ほど。

ようするに、投資にうとい人間にとっては、オートサーフとは、業者お金を預けて、ブラウザー上で広告を表示させて放っておくと、預けたお金がたちまちのうちに何倍にもなるという、きわめて魅力的な「投資」話に見えたのだ。

12 DailyProとHYIP


オートサーフ業者のなかで最大手12 DailyProというアメリカ業者で、ユーザーが$6から$6,000の金額を預けると、12日間で144%の利益が得られると公言して、多数のユーザーを集めていた。

から見ると、じつにあほらしい話に見えるが、当時はこれがもっともらしい投資話に見えるようなネット上の光景があったのだ。その話も後ほど。

2005年の末頃には雨後の筍のように多数のオートサーフ業者が乱立し、高利率をうたってユーザーを集めていた。

特に利率が高く、リスクも高いサイトHYIPと呼ばれていたのだが、そのリスクとはどういうものかよくわかっている人はあまりいなかったように思う。

(HYIPの公言する利率がどのようなものであったかの例として、本エントリーの末尾に当時受信したスパムメールを貼っておく)

利率が高いサイトほど胡散臭いという共通認識はあった。

実際、運営開始当初は高い利益分配報告をしていたHYIPのサイトが、やがて運営を停止し、ドメインごと消滅するという事態は珍しくなかった。

そのようなことが続くと、オートサーフ広告業からの出稿料金をユーザー間で分配しているのではなく、ユーザーが預けたお金を分配しているだけのねずみ講ではないか、と危惧する人が出てくるのはもっともなことだった。

そしてその危惧は的中した。

2006年2月SECアメリカ証券取引委員会)は12 DailyProを恒久的に営業停止とした。

SEC捜査により、12 DailyProは世界中で30万人以上の投資家から5000万ドル以上を集めた巨大なねずみ講であることが明らかになった。

12 Daily Proの運営カリスジョンソン逮捕され、12 DailyProは運営停止後、法定管財人管理下に置かれた。

当然、12 DailyProにお金を注ぎこんでいたユーザーは大混乱に陥った。

法定管財人はその後数年間にわたり12 DailyProの清算状況をユーザーメールで報告しつづけたが、ユーザーに戻ったお金ほとんどなかったと思う。



日本での反応


日本インターネット界隈では、2005年にはオートサーフに関する話題が盛り上がりを見せていた。

各種掲示板では有利なオートサーフ業者に関する議論が行われ、ブログ上で収益報告をする記事が相次いだ。

「楽して高収入」をうたいながら、オートサーフ業者への登録手順を解説し、アフィリエイト収入を得たり情報商材販売する者が現れた。

そういった人々は、オートサーフのことを、まだそれほど世の中に広がっておらず、知っている者(情報強者)だけが得することのできるおいしい「投資話」だとしていた。

このような「投資話」で読者を煽った人びとは責任を取らず、消えた。

昨年から仮想通貨への投資話がネット上で盛り上がりを見せていたとき自分にはオートサーフのことが思い出されて、投資する気にはなれなかった。

もちろん、仮想通貨オートサーフでは、技術的な背景も、行われている投資の規模も全く違う。それはわかる。

だが、仮想通貨が盛り上がりを見せたときの、日本インターネット界隈での反応、うごめいている人々の素性が、オートサーフ騒ぎの時と、あまりにもよく似ていた。

筋の悪い「投資話」の特徴



今回、仮想通貨暴落を受けて、筋の悪い「投資話」に共通する日本インターネット界隈の反応を、自分自身経験則としてまとめておく。


筋の悪い「投資話」の特徴

  1. これは海外からもたらされた新しい情報だとして、ブログで騒ぎ始める人物が現れる
  2. 騒ぎ始める人物は、アフィリエイト情報商材で読者から金を集める山師的な素性の者が多く、秘密めかして自分権威であることを装う
  3. 投資話」の内容は、ネット上で投資するだけで、多大なリターンが得られる楽なものであるが、仕組みがよくわからない
  4. 山師煽りを受けて、あまり勉強ができそうでない、金融リテラシーの低そうなユーザー投資を初め、自分最先端を行っており、賢いのだと、ブログソーシャルメディアでイキり始める
  5. 上記煽りを受け、金融リテラシーが低く、所得も低いが、真面目なユーザーが、人生一発大逆転のチャンスだとして「投資話」に飛びつき、真面目に論じ始める
  6. 投資話」がもっともらしい「投資」に見え始める





参考:HYIPの広告メール

New and Good HYIP!! Auto-Withdrawals!

http://dischargefunds.com/

125% after one day (Auto-Withdrawal)

Plan Spent Amount (US$) Daily Profit (%)

Plan 1 $1 and more 125.00

68% daily for 2 days(Auto-Withdrawal)

Plan Spent Amount (US$) Daily Profit (%)

Plan 1 $1 - $100 65.00

Plan 2 $101 - $5,000 68.00

165% after two days (Auto-Withdrawal)

Plan Spent Amount (US$) Profit (%)

Plan 1 $5 - $100 160.00

Plan 2 $101 - $5,000 165.00

2018-01-16

コピーライターって職業が嫌い

コピーライターって職業が嫌い。

たかコピーを一つ考えただけで数千円~大物だと何十万円も取って、それが使われた広告CM自分の『作品』呼ばわり。

いや、コピーなんてあくまコピーでしょ笑

いわば刺身タンポポ程度の存在しかないと思うんだけど、何であんなに偉そうなの?

駆け出しのコピーライターが作ったコピーと大物が作ったコピーでは広告効果に天と地ほどの差があるの?

例えば、コピーライター10人(底辺9人、大物1人)にそれぞれコピーを書かせて、

その中から「一番良いと思ったのを挙げて」ってアンケートを取ったら票はバラけるんじゃない?(多分)

よく有名コピーライターが「〇〇のCMで使われたあの有名フレーズ自分が考えた」的なことを宣伝するのを目にする。

でも、それってコピーが凄いというより”全国ネット放送されたCMに使われたフレーズから広く知れ渡った”、って面も大きいんじゃないの?

ウェブサイトでABテストした結果、無名が考えたコピーを大物が考えたコピーに置き換えたら1か月で売り上げが10倍になった!”

みたいな話があれば「コピーライターって凄い!」って思うけどさ。

コピーライターって世間で言われるほどスゴイものなの?

オリンピックエンブレム問題を起こした佐野研二郎 の一件以来、自分にはクリエイティブに関わる仕事をしている人は

”大した能力も無い癖に自分いかに有能かを力説することだけは得意な意識高い系”っていうふうに見えて仕方ない。

近年、寿司職人権威養成学校のせいで揺らいでるって話をよく聞くけど、それと同じでコピーを作るっていう仕事も蓋を開ければ実は大したこと無いんじゃないの?

詳しい人いたら教えてほしい

自分気持ちとして、権威の形を一つにしない方がいいんだけど、それはそれをやることで「自分がやってる」感を得たい人たちにとっては迷惑だし、私にとってはいらん、ってことでその外でも楽しそうに勝手にやってるってくらいがちょうどいいのかな、みたいな

2018-01-14

anond:20180113114634

カトリーヌ・ドヌーヴ署名した記事翻訳の件】お返事を拝見しましたが、いろいろ問題点が残っているようです。目下時間的余裕を欠くためにぶっきら棒な指摘の仕方をすること、ご寛恕ください。テクストを読む際に、まして翻訳する際に当て推量はマズイですので、以下の諸点を改めてじっくり検討されるますように。(元記事: http://www.lemonde.fr/idees/article/2018/01/09/nous-defendons-une-liberte-d-importuner-indispensable-a-la-liberte-sexuelle_5239134_3232.html

la galanterieに関して:

 参照サイトhttps://fr.wikipedia.org/wiki/Galanterie は、la galanterieというきわめてフランス的なものを適切に説明しています。けれども、その内容の一面だけ取り上げて、「恋愛のお作法に乗っ取った男性からの誘惑の手順」というふうに「恋愛」や「誘惑」に直結させてしまうのは行き過ぎです。なぜなら、①そもそもフランス語圏日常社会生活で言われるla seductionの意味するところは、日本語の「誘惑」よりずっと広く、一般的である。②男性別に何らまったく誘惑の下心なく女性にドアを開けて差し上げる、席を譲る等のレディ・ファーストも、そこにごく淡い艶(つや)が伴っていれば立派なla galanterieである。③la galanterieをめぐって、それは男女同権原則を何ら妨げることなく男女関係文明的にする作法なのか、男性優位のパターナリズム表現なのか、という議論が頻繁に行われているという文脈フランスには存在する。

■agression machisteについて:

 前項の(3)からも分かるように、agression machisteは、(外見に反して男尊女卑を含意している)パターナリズム押し付けを指しており、問題テクスト賛同者たちによれば、la galantrieは agresssion machisteではない。ある種の「痴漢行為」はagression machisteの一つと言えますが、agression machisteすなわち「痴漢行為」ではありません。

■s'autonomiserに関して:

 「自立」と「自律」は区別する必要。autonomieは「自律」です。また、現状の日本語では、「自立する」とは言いますが、「自律する」とは言いません。

■une conception substantielle du bienについて:

 これの改訳例として私が「実体論的な善概念」としておいたのを「善の本質的概念」に直しておられますが、それでは意味を成しません。この言葉は、哲学的で少し難しいのですが、まず間違いなく、道徳律をたとえば「他者自由を妨げない」ことというように「否定的」な形式で考えるのでなく、「これがが善だ」というように実体論的に(あるいは、本質主義的にと言ってもいいでしょう)考える、そういう善概念を指しています。あとに出てくる哲学者のRuwen Ogienが世間道徳批判するときによく使う言葉でもあるようです。ですから、「実体論的概念」「本質主義概念」と、「本質的概念」はまったく異なります。ゆえにここは、せめて「本質主義的な善概念」とでも訳しておかないといけません。

■misogynieについて:

 これは「女性嫌い」「女性蔑視」であり、「女性差別」の元になり易い性向ですが、「女性差別」と混同するわけにいきません。

la liberte d'offencerについて:

 「この概念攻撃しようとするのは(神や国家指導者のような)『権力』『権威』とそれをアンタッチャブルものにする空気」と断定(推量?)するのは早合点です。テクストに、Le philosophe Rugen Ogien defendait une liberte d'offenser... と書いてあるのですから固定観念に囚われず、Ruwen Ogienの哲学思想念頭に置いて理解しないといけません。そうすると、「人の気分を害する自由」あたりがやはり適切なのです(「中指を立てる自由」は論外)。

la liberte de dire non a une proposition sexuelle ne va pas sans la liberte d'importuner :

 「『ウザがられる自由』が男たちの側にあると解釈するのは…」無理ではないですよ。それどころか、その自由相手(←ここでは男性)に認めるからこそ、女性の側がそれを「ノン!」と突き返す自由が生きるわけです。「ノン!」と拒否することがimportunerすること、ウザがられることではありません。なお、こういう間主観関係が成立するのが男女間に限らないことは言うまでもありません。

■Pour celles d'entre nous qui ont choisi d'avoir des enfants, nous estimons...:

 これを「子供を持つことを選んだ人々のために」とか、「私たちの中で子供を生むことを選んだ人達のために」と訳すのは、当該テクスト文脈の中では明らかに誤訳です。"Pour"はここでは、En ce qui concerne や quant aの意味なのです。著者(たち)は、私達のうちで子供を持つことを選んだ者についていえば、私達の考えはこれこれだ…、と述べているのです。

以上。

2018-01-13

anond:20180113034454

誤訳の指摘ありがとうございました。

以下、ご指摘の点について修正検討させていただきます

✖そのことがマッチョ侵害行為保証することにはならない。

⇒また、女性に対する慇懃な振る舞いを女性を傷つける男性優位の態度と見なすのは間違いです。

さっそく冒頭で私の訳はダメですね。galanterieをgarantirと完全に読み間違えてます

恋愛のお作法に乗っ取った男性からの誘惑の手順ですね。

https://fr.wikipedia.org/wiki/Galanterie

agression machisteは痴漢行為と訳すのが良さそうです。

violを指す犯罪crimeは殺人と同じくらいの犯罪なので、そのニュアンスの違いは入れるなら、

強姦殺人と同じくらい重大な犯罪だ。しかししつこかったり不器用だったりするナンパ犯罪ではないし、誘惑のお作法痴漢行為とみなすのも違う。

✖正しく意識されるようになった。

意識されるようになったのは正統なことだ。

プロフェッショナルのせかいにおける性暴力だ。

職業生活の中での性暴力だ。

ここは訂正どおりにさせていただきます

✖いわゆる普遍の名の下で、

⇒誰にとっても善いのはこういうことだと勝手に決めて、

(この下りはかなり皮肉な書き方になっていると思います)

公共利益代表者気取りで

✖実際、報道メディアソーシャルネット上で、#metooが巻き起こしたのは密告と、個人個人に抗弁の余地や弁護の余地を与えることなく、性暴力加害者と同じ俎上糾弾することだった。

事実、#metooを通して、報道メディアソーシャルネット上に密告と公の場での告発キャンペーンが発生した。犠牲になったのは、性暴力加害者たちとまったく同じ俎上に乗せられ、抗弁の余地も弁明の余地も与えられない人びとだった。<<

実際の所、#metoo引き起こしたのは、報道メディアソーシャルネット上での密告と公開の場での糾弾キャンペーンだ。槍玉にあげられた人々は抗弁の余地も弁明の余地も与えられず、性暴力加害者と同じ俎上に乗せられた。

✖「豚野郎」たちを屠殺場へ送り込むこの熱狂だが、女性が自立することを手助けるには程遠かった。 実際には性の自由の敵、宗教的過激主義、最悪の反動主義者に利益をもたらすことになってしまった。この反動主義者は、実質的にはヴィクトリア朝モラルのもとで、女性を「別扱いな」存在とみなし、女性保護することを求めながら大人の顔をした子供とみなすのだ。

⇒「豚野郎」どもを屠殺場へ送り込もうとするこの熱病は、女性自律的になるのをいささかも助けない。それどころか、実際にこの熱病から利益を得るのは、性の自由の敵たち、宗教的過激主義者たち、最悪の反動家たち、そして、実体論的な善概念とそれにともなうヴィクトリア朝風のモラルの名において女性一種「別扱いの」存在と、大人の顔をしていながら子供のように庇護されることを求める存在と見なす人びとなのである

豚野郎」たちを屠殺場に送り込もうとするこの熱狂状態は、女性が自立していくことを手助けするには程遠かった。それどころか実際には、性の自由の敵、宗教的過激主義者、最悪の反動主義者、そして善の本質的概念とそれに伴うヴィクトリア朝的なモラルを掲げ、女性を「別扱い」の存在にし、保護されることを求める大人の顔をした子供と考えるような人々に利益を与えてしまっているのだ。

ミケランジェロ・アントニオーニ映画欲望』を「女性差別」で

ミケランジェロ・アントニオーニ映画欲望』を「女性蔑視」で

mysogineはどちらの訳にもなると思われます

✖「女性として振舞うことのトラウマに苦しんでいる」ことを

⇒「女性登場人物たちが被ったトラウマ」を

✖「スイスで提出されている法案

⇒「スウェーデンで提出されている法案

✖「やりりたいこととやりたくないことに」

⇒「してもいいと思うことと、するのはいやだと思うことに」

ここはご指摘の通りです

中指を立てる自由

⇒人の気分を害する自由

この概念攻撃しようとするのは(神や国家指導者のような)「権力」「権威」とそれをアンタッチャブルものにする空気ですので、「人の気分を害する」は避けたいところでした。

彼女給与男性平等に支払われるように注意しているべきだ。しかし、地下鉄痴漢にあっても、それが犯罪からといって、トラウマを植え付けられたと感じる必要はない。

彼女彼女給与男性平等に支払われるように注意することができる。しかし、地下鉄痴漢にあっても、痴漢行為犯罪と見なされるからといって、一生涯続くトラウマを植え付けられたとは感じないでいることもできる。

彼女給与男性平等に支払われるように注意していることができる。しかし、それは確かに犯罪なのだが、地下鉄痴漢に体を触られたからといって生涯消えないトラウマを植え付けられたと感じなくてもよい。

✖評判だおれだったとさえ考えてもいい。

さらには、大した出来事ではなかったと考えることさえできる。

たいしたことは起こらなかったかのようにさえ考えてもよい

女性としての私たちは、自分たちが、力の乱用を超えて、男性たちとセクシャリティへの憎しみという顔をもったフェミニストになることを認めない。

私たち女性として、権力濫用告発することを超えて男性たちとセクシャリティへの憎しみとして表れるフェミニズムに強い違和感を覚える。

女性としての私たちは、権力の乱用を告発することを越え、男性たちとセクシャリティへの憎しみという様相を呈しつつあるこのフェミニズムを、自分たちのものとして受け入れることはできない。

✖ウザがられる自由無しでは上手く働かないと私たちは考える。

⇒ウザがられる自由が男たちの側にあってこそ意味を持つと私たちは考える。

ここは「ウザがられる自由」が男たちの側にあると解釈するのは無理ではないかと思います

性的提案(これはナンパかもしれませんし既に恋人同士の間で行われるものかもしれません)に対して「ノー」という自由は「ウザがられる自由」が無いと上手くたちゆかないということなので、

誘いを受けた側(これは男性であるとも女性あるとも異性愛者の間のこととも限りませんが)にあると考えるのが自然ではないでしょうか?

子供を持つことを選んだ人々のために、

私たちのうちで子供を持つことを選んだ者について言えば、

✖娘たちが気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなどなく、自分人生を精一杯生きるために十分教育されて自覚を持つことが適切だと考えている。

自分の娘たちが、〔性について〕気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなく、人生をのびのびと生きるのに十分なだけの知識を得て意識的になるように育てることこそ適切だと考えている。

私たちの中で子供を持つことを選んだ人達のために、私たちの娘たちは十分に教育され、気後れさせられたり罪の意識を感じさせられたりすることなく、人生謳歌できるように十分な知識を与えられ、意識的であるように育てられることが適切だと考えている。

✖たとえそれが辛く、生涯残る傷を残すものだったとしても、身体を傷つけられる事故にあった女性尊厳を傷つけられないし、傷つけられるべきでもない。

女性身体に関与するアクシデントは、必ずしもその女性尊厳を傷つけるわけではなく、ときにきわめて辛いものであっても、そのアクシデント理由に当該女性を終身犠牲者のように考えるのは必ずしも適切なことではない。

女性の体を傷つけるようなアクシデントは必ずしも彼女尊厳を傷つけるものではないし、ときには極めて辛いものであったとしても、彼女を当然の様に永遠犠牲者としてしまうべきではない。

まだまだ検討余地はあるかと思いますが、ご指摘の点については以上のように。

2018-01-12

三点リーダ―は二つつなげる「……」が正式

これ出版社ルールらしいけど、異世界転生ものweb小説書いてる連中がこういう作法を嬉々として取り入れてるのなんだかなあ…といつも思う。新進気鋭の若者が新しい事やってるはずじゃないのかな。それが既存権威を借りて、そこの作法ルールを取り入れて澄まし顔か。なんだかなあ…。

2018-01-11

ゼルダが有名どころのGOTYを取ってもSwitch買ってるキッズたちはスプラの方が楽しいっていう

子供権威は効かないのか

2018-01-08

anond:20180108162533

2016年

sukekyo

マンガは関わってるスタッフ映画に比べて極めて少ないからなあ。

2018年

sukekyo

出版社漫画賞に対してのM-1みたいなノリだったのが「このマンガがすごい!」だったんでそれをまた権威のほうに戻してどうする?とは思うけど。どこかの賞がテコ入れしてショーアップすればいいんだわな。

http://fut573.com/compare/?url1=https%3A%2F%2Fanond.hatelabo.jp%2F20180107152956&url2=https%3A%2F%2Fanond.hatelabo.jp%2F20160921162316

anond:20180108003120

まともな人は情報保全部隊監視されて右翼危害を加えられるリスクを受け入れたくないか左翼リベラルに残らない

北朝鮮将軍様葬式で皆が一律に泣いてるのと同じだな

自分で考えて独創性のある賛辞の言葉自衛隊に伝えて隊員らからそういう言い方は侮辱してないかとか言われたら最悪だから

金太郎飴みたいに皆で同じ言動を取って付け入るスキを与えない

普通の人は自然多数派迎合2ちゃんテンプレで喋るだけの安全から絶対でない動きになる

それが国を守る仕事をする人らの望む世界なんだろ

今の激しい反左翼風潮の中で左翼になれるやつはシールズみたいなちょっとあれな人か本当に権威先生しかいない

デスノート四葉と同じ「キラに殺されたくないか調子を合わせてるだけ

笑ってはいけない国

淡々とした口調の会話があちこちから耳に入る。いつも通りの光景ながら、可笑しさに笑いが出そうになるが堪える。ふと、この人たちもこんな突発的な笑いをこらえて生きているんだろうな。

この国では一切の笑いが禁止されている。そんな禁止令が制定されたきっかけは本当にちいさなことが始まりだった。だけれども、それに憲法やら国連やらの権威を使って圧力をかける集団急先鋒となり笑い禁止を掲げて政治活動をしていた。みんな始めは馬鹿じゃないかと思っていた。そんなことありえるわけないでしょと。しかし、彼らは戦略的に着実に世論を取り込んでいった。

もし禁止令があわないなら、やめることもできるから一度やってみよう

笑いの感情に正の部分があることは認めるが、負の点もある、その負の点だけを規制するのは難しい。だから、一律で規制することが望ましい。もちろん、笑うという行為禁止されているだけで、おもしろいと感じたりしても良いし、それを他人に伝えることはなんの問題も無い。ただ笑ってはいけないだけである

あとは、そういう活動家が得意な海外では論法がたくさんあった気がする。

もちろん、反対派もいた。しかし、反対派は暴力的行為に訴えるばかりで議論というものを行おうとしなかった。

そういう状況の中で、禁止派のほうが何か正しいことを言っているのではと思う国民が増えてもおかしくなかった。禁止派の論理は正しく聞こえ、反対派は論理真正から反論をしない。まともな反対派がいたら、現状は今とは大きく変わっていただろう。

2018-01-07

いまさら東大話法

の話をするのもなんであるが、先頃「ああ東大話法だなあ」という会話を経験した

安富先生東大話法はある種の人に対する正当で的を射た批判であると思うが、一般向けに提唱されたためか、いかんせん書きぶりがフワッとしている

批判対象詭弁を駆使する相手である手前これはあまりよろしくない。「それは東大論法だ」などと言ってもあの手この手ではぐらかされてしまうだろう

もう少し体系的に、形式的記述できないものだろうか

  1. 動機批判に対してこれを認めることも正面から反論することもできない場合に、これを回避するための論法である
  2. 方策
    1. 相手批判無効化しようとする
      1. 相手批判自分の主張を正しく理解していないためであると主張する
        1. そのために、当該批判さらされた過去の自らの発言意味修正限定、縮減する
        2. そのために、当該発言当時に明示しなかった前提条件(そもそも~であったので)や限定条件(~の場合について言えば)を後から付加する
        3. 批判対象の主張を当該限定された形で読まなかったことを批判者の瑕疵であると主張する
      2. 相手批判の内容を(わざと)曲解し、その曲解した内容に対して再反論する(いわゆる藁人形論法
        1. 別の人が行っている(より稚拙な)批判を持ち出し、あるいは当該批判をそれと同一視した上で、これに対して再反論する(藁人形論法の変種)
      3. 批判の内容や批判対象である発言自体に関する批判者への論証責任転嫁
      4. 当該批判自体に一切の瑕疵がないことについての先んじた要求(bの各項へつながる)
    2. 論点回避
      1. 単純な論点回避
        1. 批判の内容と一見関係ありそうだが関係ない話題を持ち出す
        2. 批判に含まれるいくつかの論点のうち、もっとも周縁的な、あるいは瑕疵の軽微な論点に話を絞ろうとする(燻製ニシン
        3. そのために、当該関係ない話題、あるいは当該周縁的または軽微な論点こそが重要であるかのような旨の主張を行う
      2. 批判の内容ではなく、批判者の態度、心的態度、人格地位等を問題として取り上げる(人身攻撃お前だって論法、しばしばaの各手法とセットになる)
      3. その他各種詭弁手法
    3. 上記2-1、2-2をもっともらしく見せるための権威的態度と過剰に複雑な修辞

安富先生のまとめたことは2-1-2以降、および2-2以降に含まれることになるだろう。基本的には批判、あるいは"これからされるであろう"批判回避するための詭弁であり、それを「議論を"分かりにくく"するための修辞」や「自らの立場を利用した権威的態度、権威論証」が支える形である

さら詭弁の形の一つとして付け加えたいのが2-1-1にある「自ら発言の後から修正限定である。これは安富先生の挙げられた中に明示されていなかったように思うが、個人的にはこれこそが実は「東大話法的な」議論の中核を成しているのではないかとさえ考えている

もちろん「発言に対する後から説明注釈」は常識的範囲では普通に行われるし、従って直ちに論理的誤謬であるということはできない。意味が正しく伝わらなかった時に後から「より詳しく」注釈するのは当然のことである

しかしながら、権威的な立場から発せられるがゆえに重々慎重であらねばならない言葉に対して、それが批判さらされたからといって後から読み手の予想し得ない限定条件を付け加えたり、ある用語が通常用いられない特殊意味で使われていると釈明したりするのは誠実性の問題であろう

あまつさえ「元の発言は当然そのような(極めて限定された)意味に受け取られるべきで、そのように受け取らなかった読み手が悪い」といったようなことを言うに至っては、まごうことな詭弁である(「当然」という部分は権威論証的であるし、誤読責任相手転嫁することは「本当に意味齟齬があった」にしても不誠実である。もちろん大部分は、批判無効化回避するための方策として「相手誤読たことにする」べく、後から意図的に作り上げられたものである

言葉意味文法辞書文法書がア・プリオリに定めるものではない。膨大な一対一、多対多の関係の中において得られた広範な"合意"の集成であり、辞書文法書はそれを抽出しているにすぎない。まして特権的人物がその意味をなにがしかできるものではない

そのような合意の元に発せられた言葉意味せんとすることを、批判回避したい、相手責任転嫁したいという邪な欲求のために後から自分の恣にしようとすることは、言語活動の中でももっとも不誠実な部類の行為であろう

キリスト教弱者宗教ニーチェはいったが

弱者が集まって富と権威権力をてにいれたら

それは強者組織じゃないのか?

組織として連帯することによって弱者としての個人でもステータスを手入れ

たとえそれが物質的にはさほどの恵みがなくとも精神的に優位があるならそれはそれで強くなっているのでは

その状態まやかしだとみなしたとしても

ニーチェのような立場から攻撃的な言辞を浴びる時点で、ニーチェのような立場人間には効いてることにはならないのか

2018-01-06

anond:20180106192355

権威がない相手から舐めてもいいという態度が信じられない」って元増田には書いてあるんだが、君は一体何を読んでそのトラバを書いたんだ?

anond:20180106191203

ありていに言うとe-スポーツには権威がない。

あなたの挙げた将棋だって、昔は「将棋指し」と言ってどこかヤクザギャンブラー的な臭いのついた

商売として見下されてきた。「きちんとした立派な人達が取り組んでいる知的スポーツ」として

扱われるために将棋界の人たちは本当に長い間苦労してきた。

その継続的な取組みなしに「なぜ我々を権威とみなさないのか?」と世を恨んでも仕方がないよ。

anond:20180106132454

普通の人」と違わない

持病も何もない、並みの学歴で、中間層で、平均的ルックス保守的な男

っていう存在ほとんど馬鹿にされてないな

 

しろ社会を切る!的「まっとうな」コメンテーターとしての

権威が付加される

善く生きる教

「善く生きる」って言葉って何も言ってないのに、何か言ってるようなのでこの世から消えて?

これを元に色々考えてるような人が多いと思うのだが、

なにせこのセリフは何も言ってないので、ここからは当然ありきたりななんとなく良いことしかまれていないのだけれど

このセリフのやたらある権威のせいでもっともらしく煩わしい!

2018-01-05

ビートたけしの凄いところは、権威に弱いところ。

普通は人気が出ると自分が偉くなったように振舞うが、彼はそうならず、一寸先は闇とばかりに、今後伸びそうな若手に恩を売り、現権力者には媚びて生き抜く。

2018-01-03

ある朝、いや、夜でもいい。目が覚めたら、そこが30年後の世界だったらどうする?目覚める前とは全く違う場所、思うように動かない手足、鏡に映る自分の姿は30歳分年老いているとしたら?そんなこと、現実には起きそうもないから、真面目に考えるのは難しいよね。

でも、これは実際にあった話。ある病気で30年間、事実上眠り続けていた男が、優しくて熱心な医師治療で30年ぶりに目を覚ますその男は30年間の空白を埋めるように、本を読み、音楽を聞き、人と会話をし、恋をするんです。生きるって最高だなって思いながら、でも、病気が完全に治ったかどうかわからないし、投薬も続けているか病院からは出られない。病院から出たい、普通に生きたい。でも症状が安定しなくて、強い痙攣が止まらなかったりする。何もかも思い通りに行かない状況でどう行動するか、周りの人は何をしてあげられるか。レナードの朝っていうのはそういう映画

映画のど終盤で、その男は、強い痙攣と戦いながら、好きな人ランチをするんです。痙攣を止められない、醜い自分好きな人に見せながら、その男が何を言って、その女がどうするか。どうすると思う?たぶん、想像してることと全然違うことになるんだよ。そこで、泣いちゃうんだよね。そのシーンを見るためだけに、2時間があったと言ってもいいくらい、印象的なシーンなんです。

レナードの朝を誰かに勧めるとしたらこんな感じになるかもしれない。ネタバレしすぎな気はするし、こんなに長々話して、見てみたいと思ってもらえるか疑問。人に何かを勧めるって難しい。アカデミー賞作品賞ノミネートされた映画です、みたいな権威付けしたくないし。難しい。

2018-01-01

anond:20180101094747

商業効果(ページPV、閲覧数映画館上映数等)と

その商業的な打算に乗っかることで自分が多数でありスタンダードであり権威であると思う層が射幸心を煽られる効果がある

2017-12-30

anond:20171230201522

一番の権威自国人間であって欲しいでしょ。

文句文部科学省に言ってくれよ

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