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2018-10-17

洗濯から華やかな香りがする

柔軟剤も入れてない、洗剤もいつものものなのに

なんでこんな匂いがするんだ?と思ったら

洗う前に玄関先のインセントスティックの棒に引っ掛けていたことに気づいた

部屋干ししてるんだけど、すごい華やかな匂い

なんだか休まらない

2018-10-15

「ちゃお」を読まなくなった日

誰に語る機会もなく、ずっと一生心に残っているであろう出来事を消化するために、この「はてな匿名ダイアリー」を使ってみようと思う。

私は物心ついた頃から「ちゃお」を読んでいた。毎回あの分厚い雑誌地元本屋さんに買いに行くのが楽しみだった。

そんな毎日の楽しみなんてものは、他人の影響でいとも簡単に無くなってしまう事を思い出しながら書いていこうと思う。

小学5年生の私の家庭環境は、少し特殊だった。

母は近くのアパートに別居したばかりで、夕飯を作りに夕方から夜にかけてだけ母がやって来る。

その間父は何しているのだろう、とその頃は思ってもいなかったけど、仕事が早く終わった時は色んなところで時間を潰して待っていたらしい。

父や周りからは、「母はおかしくなった」「精神的な病になった」と聞かされていても信じられなかった。

だって、夜にご飯を作りに来る母はおかしいところが見当たらなかったから。

最初は母が一緒に住まなくなった事に混乱していた日々も、段々と慣れてきた頃、突然の訪問者が現れた。

ある日、母から一通のメールが送られて来る。

「会わせたい人がいるから、今日の夕飯に連れて来るね。」

会わせたい人、その文字を見て、もう小学5年生の私は「もしかして恋人だろうか」と自然に思い浮かぶ

それとも友人だろうか…。

その日発売のちゃおが入った袋を持ちながら、母の言う「会って欲しい人」を思い浮かべながら帰路についた。

家に着いて、地下から見える明かりをちらりと見る。

この頃、中学生の兄は不登校で、地下の部屋にこもりきりだった。

特に会話は無かったけれど、お互い家庭環境不安がある中過ごしている同士だから、何か通じ合うものだけは感じていた。

きっと兄にも、母からメールは届いてるはず。兄はどう思っているのだろう、そう思いながら母が来るのをじっと待っていた。

ガチャガチャ、と玄関が鳴った時、今までで一番くらい心臓が飛び跳ねた。

階段を駆け下りて母と訪問者を迎える。

見た瞬間、予想の1つも当たらなかった訪問者だった。

年齢は20代くらいの女性で、髪は短くボーイッシュなだらしない格好、金髪に近い明るい髪でピアスをいくつか付けている。

母との共通点が何1つ見つからなかったから、どこで会った友達なのか想像もつかなかった。

挨拶もそこそこに怠そうに椅子に座るその人を、ただ凝視するしか無かった。

母も「友人」としか説明しないものから、謎が深まる。

そもそも子供に紹介したいほどの「友人」とは思えなかった。

キッチン鍋料理を用意する母の物音を聴きながら、食卓でその人と2人。この時なんの会話をしたかは、何も覚えていない。

お鍋の用意が出来、兄も部屋から食卓へとやって来た。

そして、母、謎の母の友人、私、兄の食事が始まる。

訪問者にお茶を用意しようとすると、「あ、いい。」と一言で断られる。

そして、持参した2Lペットボトルお茶をおもむろに出し、そのままラッパ飲みし始めた。

軽いカルチャーショックを受けながら固まっていると、母が口を開く。

「いつもこういう人なの。お茶はラッパ飲みで…。」

いつも、ということは頻繁に会っている人なんだ。と引っかかる。

明らかに主導権は、その年下の「友人」のようで、全てを母が許して甘やかしている構図。

その食事最中だけで嫌というほど分かった。

こちない気持ち中食事を終えると、そそくさと自分の部屋へと逃げ込むように入りに行った。

そう、今日発売日の「ちゃお」をまだ読んでいない。早く読みたい一心で部屋へ向かう。

すると、後ろから訪問者が付いてきた。部屋に来ていいよ、とも付いて来ていいよ、とも言っていないのに。

さすがに、初対面の人に「付いてこないで」と言える強い心は持っておらず、付いて来るその人を渋々受け入れた。

部屋について、早速本屋の袋からちゃおを出し、読み始める。

この際、訪問者が居ても関係ない。

その時だった。

「わあ、まだそんなの読んでるんだ。」

予想もしていなかった打撃が自分へと向かって来る。

訪問者がニヤニヤとしながら、悪びれもなく言葉を続ける。

「オレこういう雑誌苦手だったわ〜。」

今だったら、心が強くなった今だったら、「お前の事なんて知らねえよ」とか「うるせえよ」とでも言い返せたはずなのに。

小学5年生の私には、10歳以上年上の大人であるはずの女性に、母の自称「友人」にそんな事を言われる衝撃が強かった。

その時は、「そうですかね」とか何とか、当たり障りのない返事をしたんだと思う。よく覚えていない。

その後、母と訪問者は一緒に帰っていった。2人とも母のアパートへ行くのか、別々に帰るのか分からないけど。

未だに共通点も、2人が一緒にいる意味も分からないまま、帰っていった。

2人が帰った後、無心で雑誌を紐で縛っていた。今まで集めた「ちゃお」を全部捨てるために、縛っていた。

その訪問者に言われたことがショックで、未だに読んでいることの恥ずかしさで捨てているのか。

なにかが自分の中で壊れたのか、理由は分からなかった。

ただただ、体が勝手に動いていた。

その最中メールの着信音が鳴った。母からメールだ。

今日、どうだった?』

どうだった?だって

母はうまくいったとでも思っているのだろうか。

人の家に招かれている態度とは思えなかったし、私の部屋であった事も知らないくせに。

沢山言いたい事を我慢して、ただ一言

『あの人嫌い』

と返事をした。

ああ、母はきっと兄にも同じメールを送っているだろう。心が優しい兄はどんな返事をしたのかな。10年以上経った今もそれを知ることはない。

「ちゃお」を全部縛り終わった頃、母から返事が来た。

『何かあった?別にあの人は恋人とかでもないし、友人だよ。』とか、聞いてもいない事をペラペラと書いている。

恋人であろうと、友人であろうと、どちらであろうと論外な事を何故母は気づかないんだろう。

私は、母からのその弁解メールには返事をしなかった。

後日、母から『この前の人とはもう、会わなくなったよ』と報告メールが来た。

心底どうでもよかった。

------




10年以上前のことを吐き出してスッキリしました。

後に、その訪問者はヒモのオナベ(言い方が古い)で、母が経済的支援してたことが分かりました。

しか自分の金じゃなく父のカードで。

オナベとお鍋を囲んでいたのか!と今は謎の感動を覚えています

しばらくイキッた女性同性愛トラウマになって、偏見がすごかったのですが、今は無くなりました。

精神病になってしまった母に振り回される父、可哀想と思っていましたが、父も父で隠し子を作っていました。ウケ倒すわ。

そんな、誰にも話せない話でした。

2018-10-14

母親の「もう帰ってこなくていいです」は巣立ちのとき

母親の「もう帰ってこなくていいです」は貴方の巣立ちのときなのです。

その決め手が、CM3D2の「処女ビッチメスガキ」だろうが、クスリロックに目覚めただろうが、銃で他人を殺しただろうが、同じことなのです。

Skid Row - 18 And Life (Official Music Video) - YouTube

家を出ていくときは、玄関ファックサインを立てて出ていきましょう。

あんな子に育てた覚えなんかなかったのに…、優しい…、優しい子に育てたつもりだったのに…」

そんな初代ガンダムアムロ母親の目の前でジオン兵を射殺したシーンのような、そういう時期なのです。

これは貴方旅立ちのときなのです。

ちなみに、「ビッチ」は用法としては普通最後に持ってくるべきでしょう。

個人的には「メスガキ処女ビッチ」の方が、「マルコヴィッチの穴」みたいに読みやす日本語になると思います

両親が全然仲良くならないけど、世の中の両親って大体こんなもん?

久し振りに両親が朝夫婦喧嘩をしたので思い出して書いてみる。

両親は昔すごい仲良くやっていたのだと思う。物心着いた頃とかは父親仕事に行く際玄関キスとかしてたと思う。物心着いた頃なので定かではないが

小学生の頃から喧嘩が増えてきた。まあ増えたといっても精々月1くらい。主に父親が不潔(部屋にもの置きっ放しとか洗面所を散らかす)なのに対して母親が聞こえるような小声で愚痴を言ったりするところで父親がブチギレるみたいな。あとは仕事のこともある。父は自営業デザイナーをやっているのだが母がその経理担当していてそれを巡るいさかいも多かった

とはいえ離婚しようという程ではなかった。父も母も働いているが一人息子である俺を一人で育てられるほどの稼ぎが無かったし... 二人はがんばって働いて中学受験塾に通わせるお金を何とか作り、俺はその期待に応えるかのように都内の有名国立中高一貫校合格した

自分中学生になってからは父も母もお互い無関心になり喧嘩すら無くなった。いやあったかもしれないけど自分は家では耳栓イヤホンを付けて過ごすようになったから気づかん。たまに喧嘩の声で目を覚ますことはある。そもそも父親が朝早く家を出て夜遅くに帰るようにしてるので姿を全然見ん

高校生になるころにはもう全然喧嘩しないしこの件はもう忘れかけていたことだったが、東大に入って学問だけではなく生き方についても考えさせられるようになった時に改めて男女関係のあり方みたいなもの意識させられている(中高は男子校だったので...

何というか、自分の両親は子育てについてはプラクティカルな結果を残しているので家族としては大成功だけど夫婦としては大失敗という感じで... この子育てと夫婦仲の2つを両立させるのはとても難しいんじゃないんだろうか。反例はあるだろうか

ともかく自分結婚はしたくない。一人の方がお金自由に使えそうだし。そもそもバイト家族以外で人と会話するのが二週間に1回くらいだからまあ無理なのだが...

追記

(この文章を書いている)自分が(学歴が良いとしても)人間としては失敗作だから、むしろ両親仲と子育てが上手くいくかは正の相関があるのでは、という批判もあり得そうだった。

2018-10-13

めちゃくちゃ理路整然とした夢を見た

同僚と飲み会をしてて、その後酔っぱらった勢いで同僚とご飯食べに葛西まで行ったら、なんか葛西がかなり立体化された街になってて、駅から降りるとものすごい高さの場所に立ってて、葛西のどこで飯食うかって話になった。

葛西の奥で食べるより、駅周辺で食べた方が国が経営してるだけあって税金面で国に貢献できるという考えで話がまとまり、じゃあまずこの高い場所から地上に降りようっていうふうになって降りた。

そうしたら地上のある部分だけ謎にスラムみたいになってて、タクシーはボロいし、家がボロボロになっていた。

でもよく見るとそのボロさは「ボロボロを作った」という富裕層のお遊びっぽくて、見た目はボロボロなんだけど、かなり清潔で、これは怪しいということになって、飯どころの騒ぎではなくなった。

でもとりあえず最初の話どおり、医者に行って予防接種を受けようという話になった。

そのスラムの中で医者を探すと、玄関石畳みになっていて明らかに金持ちオーラが漂うがプレハブ小屋歯医者を見つけた。

そこで予防接種を受けようと入った。ほかに並んでいる貧乏そうな人たちが何人かいたけど、インターネットで予約したということもあり優先的に案内され、同僚13人でいきなり深夜に予防接種お願いしますということを言いに行った。貧乏そうな人は難民っぽくもあり、みんな日本語しか話せないような感じだった。

歯医者さんは女医さんで、予防接種は一人9000円かかると言われた。財布にそんなに入ってたかなと思ってあけてみると、なぜか23000円入っていて一安心個人的には、飲み会で使った余りの6000円ぐらいしか入っていなかったはずなんだけどなと思ったのだが。

ただ、結果としては、「夜に大人数で急に歯医者予防接種しにくる」というのは「わけがからない」ということで、反社会性があり、ナントカカントカの法律にある、ナントカカントカという性質に反し合理性が認められないので、提供することができないと言われた。昼に、おのおのが予約して予防接種するのは合理性があるから提供することに問題はないとも言われ、みんなしょぼーーんっていう感じになっていた。

その間、待たされていた人たちは苦笑していた。場違い野郎たちがいきなり来て俺たちは迷惑だという思いをありありと感じた。

それを見た女医さんが、これは可哀想ということで、栗きんとんを4つくれた。みんなで分けてということだったけど、僕は2つもらった。

なんで栗きんとん?と思って、歯医者の辛い時間のあとに甘いものを食べるから栗きんとんなのかな?とか熟考し始めたら、そこで目が覚めた。

目がさめると自宅のベッドの上にいて、昨日会社の同僚と飲んでた酒がまだ抜けきってなくて、喉がカラカラになってたから、冷蔵庫に入ってた水を飲んで喉を潤し、二日酔いぎみの頭で、今これを書いてる。

2018-10-12

[][] (仮題)第2話

執筆途中の作品であり、今後内容を変更する可能性があります。)

メイリン

熱したフライパンに、ネギ油。鮭のマリネ、鳥のもも肉。菜箸で砕いて、転がす。色と香りが美味しそうになるのを待ってから生姜生卵、一晩置いたご飯。杓文字で崩して、よく混ぜながら炒める。仕上げに、塩、レタスニラ。全体がパラパラになったら、完成。

Me: Hey, dinner's ready. Are you coming soon? (ねえ、夕飯できたよ。もうすぐ来れる?)

Satoshi is typing... (サトシ入力中……)

やった。即レス

Satoshi: I’m on the bus and will be there in a few minutes (いまバス。もうすぐそっち行くよ)

画面にそう表示されたのを見て、私は炒飯フライパンから二枚のお皿に盛り付けて、テーブルに並べた。

食器棚からティーカップを二つ取り出して、炒飯の隣に並べる。

調理台の引き出しから、日本で買ったステンレス製レンゲと箸のセット二組を、炒飯皿の手前にセット。

Satoshi: I’m here (着いたよ)

完璧タイミング

「いま開けるね!」

私は急いで玄関に行くと、ドアの覗き穴からサトシの姿を確認して、ロックを解除、ドアを開けて彼を迎え入れた。

「やあ、いつもありがとう

変わらぬ笑顔でそう言う彼の息が白くなった。

「寒かったでしょう。いまお茶入れるね」

「助かるよ」

そう言う彼の背中から上着剥がし、ドアの脇の壁のフックに掛け、私はそそくさとダイニング・キッチンに戻った。

「美味しそうだな」

私の後ろから入って来たサトシが言った。

「美味しいよ。早く食べよ」

私はそう言いながら、ポーレイ茶のティーバッグをカップに落とし、電気ポットのお湯を注いだ。サトシプーアル茶と呼んで憚らないこれは、彼のお気に入り。そして、私のお気に入りでもある。

いただきます

いただきます

食事の前に『いただきます』と唱える日本の習慣が私は好きで、サトシと一緒に食べるときはいつもこうして唱えることにしている。この素敵な言葉は、『I will eat (私は食べます)』と『I will receive (私は受け取ります)』のダブルミーニングになってるのだと、いつかサトシが教えてくれた。『Receive what?』(なにを受け取るの?)といえば、『The blessings of Nature』(大自然の恵み)だと言うから、いっそう素敵。彼は普段は唱えないで黙って食べるそうだけど、私といっしょのときは合わせて唱えてくれる。

私が律儀に「いただきます」と唱えるのが、女性らしくて可愛いと、いつか彼は言ってくれた。

「どう? 美味しい?」

一口食べて、我ながら上出来だ、と私は思った。サトシの口にもきっと合う。

「すごく美味しいよ。いつも美味しいけど、いつも以上に」

良かった。サトシはいつも、美味しい、美味しい、と、私の作るものならなんでも食べてくれる。それも、本当に美味しそうに食べるのだから、こんなに嬉しいことはない。

「ねえ、研究はどう? うまく行ってる?」

「順調だよ」

サトシは私が原子力のことはわからないって知ってるから、詳しい話はしてくれない。でも、ちょっとくらいは聞いてみたいと、その時思った。

サトシ研究って、新型原発だったよね?」

「そうだね。今の原発よりも、高効率で、安全で、扱いやす原発を作ってる」

「今の原発は、効率が悪くて、危険で、扱いが難しいの?」

「そう言うわけじゃないけどさ……」

まるで揚げ足取りみたいな返事をしてしまたことを、少し後悔したけど、私が言いなおす間も無く、サトシは続けた。

原子力発電がどういう原理で出来ているか知ってる?」

原子核が分裂するときの熱エネルギーで水を沸騰させて、水蒸気でタービンを回転させて発電する」

このくらいは私だって知ってる。原子力発電というと何かものすごい、サイエンス・フィクションみたいな技術で電力を生成しているように聞こえるけど、結局は水蒸気でタービンを回して発電してる。火力発電といっしょ。

「そのとおり。現在原子力発電では、ウラン235連鎖的な核分裂で熱エネルギーを取り出し、タービンを回転させて電力を取り出している。この方法は、火力発電に比べても、格段に効率がいい」

まるで、『火力といっしょ』と思った私の心を見透かされたようで、ムカつくような、恥ずかしいような気持ちになった。

効率が良いって、どのくらい?」

「約200万倍」

「そんなに!?

200万……? 想像していたのと桁が違った。200倍じゃなくて、200『万』倍。

アメリカ一般家庭で一年間に消費される電力は、約10,000キロワット・アワー。これだけの電力を作り出すのに必要化石燃料は、約800キログラム。これがウラン235だと、たったの0.4グラムで済む」

炒飯ひとつまみの塩を振りかけるところを想像した。ウランだったら、たったあれだけの量で、一年分の電力はゆうに確保できるということ……?

「じゃあ、サトシのやってる新型原発は、それよりももっとすごいの?」

そう私が聞くと、サトシはどことなく得意げだった。

「いまの原子力発電ではウラン235が使われるけど、自然界に存在するウランの大部分はウラン238。これはいままで、なんの役にも立たない、処分にも困る廃棄物だった。うちのラボでやってる原発は、これを燃料にするんだ」

「つまり、今までよりもウラン効率よく使うことができるということ?」

「そう。天然のウランに含まれウラン235割合は、たったの0.7パーセント。99パーセント以上は、ゴミなんだ。そのゴミが、エネルギー源になる」

「逆に言うと、いままでは1パーセント活用できてなかったんだ?」

「うん。だからウラン238は世界各国にゴミとして貯蔵されている。ゴミなんだから、埋めてしまえばいいんだけど、『Not In My Backyard (私の裏庭には捨てないで)』、誰も放射性廃棄物自分の近くに捨てることを許可しない。実際には、地中深くに埋めるから危険性なんてないも同然なのにね」

「じゃあ、新たにウラン採掘する必要もないのね」

「そう言うこと。いまの電力消費量なら、あと1,000年は全世界需要を賄える量のウラン238が、すでに各国に貯蔵されている」

「1,000年も?」

「まあ、電力消費も増えるだろうから、実際は何百年かわからないけどね」

彼は満足そうにそう言うと、お皿に残っている炒飯を頬張り始めた。

200年でも300年でもじゅうぶんすごい。思えば、彼はいまのポストに就いて以来、ラボアパートの往復、空き時間は私といっしょのときを除けばずっと勉強。そんな単調な生活の中で、彼は人類の夢を追っていたんだと、やっとわかった。もっと早く訊いてあげていればよかったな。

「ねえ」

「なに?」

明日夕方、もし空いてたら……」

アイフォーンサトシに手渡した。

『The Big Chill - Ice & Snow Festival』(ザ・ビッグ・チル:雪と氷のフェスティバル

「ああ、残念だけど……」

そっか、ダメか。

明日は人と会う約束があるんだ」

サトシが人と会う約束……? 誰と?

モラハラってなんだろう?

30代、子持ち(小学生女子ひとりっ子女性

4年前に、システム管理仕事育児キャパオーバーしてうつになり、休職した。

仕事は楽しくて、部下もついてチームワークよくがんばってたんだけど、セキュリティ関連の対応や、サーバー導入に関するトラブルなど、判断ができない問題が山ほどある上にシステムトラブルが起きるとそちらの対応さらには保育園のお迎えリミットもあり、やり切れない仕事を部下に投げることも申し訳なくてできず、気づいたら些細なことでパニックになったり、会社に行くのが辛くなったりして、自分おかしいと思った。

近所の診療内科に行き、上司の勧めもあって休職

半年ほどで復職したものの、小学校入学で家庭環境が変わったり、仕事は相変わらず抱え込んでしまったりで再度休職

この頃から、夫が怒り出した。

わたし会社や、職場環境愛着があったので、自分仕事をしながら生きていくことを前提として考えていた。

いくらか休んで、また復職したいという思いを伝えたところ、

「そんなに仕事大事か、家族のことを考えないのか。」

と責められた。

休職前よりもさらに具合が悪化した。

ここから3年、日常生活はある程度できているものの、隔月程度の間隔で夫と口論になり、思い切り落ち込んでまた這い上がるというのを繰り返している。

大抵は、夫が我慢限界を越えて不機嫌になり、責められる。

・お母さんなのにタバコを吸うのが気に入らない。

休日まで一人になりたいと言って寝室にこもっているのが気に入らない。

パニックになったときに、家を飛び出そうとするのが気に入らない。

夫のことが怖くなってしまい、そうしたら、

「怖いと思われることで自分ダメージを受けて、なおかつ上記のことに対して我慢をするようにしているのに、あなた自分のことしか考えていない。」

と言われた。

そして、

「そんなに俺が嫌なら、出て行く。」

と言う。

夫に出て行かせるくらいならこんなにダメ自分がいなくなった方がマシではないか、という思いに取り憑かれる。

先月、パニックを起こして夜に家を出ようとした。

玄関先で止められた後に、

子どもの前でこんな行動、少しは我慢できないのか」

と言われた。

わたしは、交通事故死ぬ入院でもした方がいいと思ったと話すと、

「それはずいぶん周りに迷惑な話だね」

と返されて、とにかく恐ろしくていったん一人にさせてくれと頼み込み、安定剤を飲んで無理矢理眠った。

パニック状態で追い討ちをかけられるのはつらい。これでは治らないと思い、遠方の実家に住む両親に相談した。

今週、両親がこちらに来て、近所にアパートを借りてシェルターがわりにして、しばらく療養してはどうかと提案された。

家の寝室で引きこもっていても家族の気配はするし、一人になれる場所があるのはありがたい。

そこで、子どものためにということも含めずに自分がどうしたいかを考えてみなさい、と父に言われた。

そんなときに、ブクマこちらのブログと付いているコメントを見て、もしかしてわたしモラハラを受けているのか?と初めて思った。

https://ico-iiwake.hatenablog.com/entry/2018/10/10/051953

自分が悪い部分もあることは理解しているし、文句のない人間なんていないので、ある程度の諍いはあって当然だと思う。

しかし、今の自分の状況は正常なのだろうか?

そもそもモラハラってなんなんだろう?

検索して出てくるサイト弁護士紹介サイトが多い!)を見ると、夫に当てはまる部分とまったく当てはまらない部分とある

もしも、この駄文をご覧になった方がいたら、素直な感想を教えていただきたい。

2018-10-11

[]

2か所もやられた!

どうも雨上がりはダメね。複数の個所で被害発生。とことんダメね。雨の日は、定食に雨よけをかぶせるので、来客たちが期待外れってことで、抗議の意味を込めて・・するのね?

 あれが白色だった

うわー!変な色だなって思ったわ。ググったけど、肝もしくは脾臓機能の低下が原因かもとしか情報が得られなかった。脾臓ダメージを受けているなら腎臓( ^ω^)・・・♡と期待してしまう♡わたくし。

 雨が降り出す前の状況

粒々が少し減っていた。なぜ少しなんだ?なぜ全部じゃないんだ?すこし高さを持たせた方がいいのかな?

 超音波導入?


夜中に雨が上がるであろう日は、超音波発生させるしかないのか?夜中の間だけ常時発生。雨が上がった瞬間に定食の蓋を開けに行くわけにもいかないのよね。

 新薬導入状況


新薬は入手できる見込みがついた。著効するかな?肉屋さんに出向いて、コーティング仕入れなきゃね。数粒ずつ投げつけられるといいけどね

 被害にあってムシャクシャするので

腹いせに、誘引物質炊き出しするかしら?それによりホーダー家の子たちを玄関先までおびき出したところに、バラバラと粒を投げつけるかな?捕獲本能を刺激されて、1,2粒/頭なら取り込むかしら?投げつけるだけで少しはストレス解消となるわよね??

大至急○○まで!!!釣りはいらねぇ!

自動車学校卒業検定だというのに、なんという事だろう、ぼくは寝坊してしまった。開始時刻は10時30分。9時にセットしたはずの時計は既に1020分だった。玄関から学校まではそれほど遠くは無いけれど、送迎バスや何やらで最低40分はかかる。絶望なのは誰が見ても明らかで、もちろん僕も、頭の中ではエンディングテーマが流れ始めていた。「諦めんなよ、どうしてそこで辞めるんだ!」どこからか声が聞こえた。僕の神、松岡修造だ。彼の暑いエールをまとめた音声を聞きながら朝から朝まで頑張って勉強留年危機を乗り越えて卒業した大学時代松岡修造がいなければ今の僕は無い。ここで諦めたら、それは神への裏切り行為だ。今日という日だって、「免許持ってないとか信じられな

い。」と言われても耐えてきた仕事の合間を縫って教習を受けながら、やっと漕ぎ着けたんだ。というか再検定で5000円かかってしまう。マンションの周りはタクシーの休憩場所になっている。急いで飛び乗ればチャンスは無くはないか・・?。ここまで起きてから約1秒。僕は飛び起きて手近なズボンを履きながら財布を掴んで家を飛び出した。かーちゃんに「なんで起こしてくれないんだよ!」と八つ当たりする暇もない。頼むタクシー、そこに居てくれ!と祈りながら全力で走り降りると、そこには幸運にも1台のタクシー。僕は飛び乗り、「ハァッハァッ!○○自動車学校まで、大至急頼みます!!!!」運転手は、ただごとではないと悟ったのかすぐさま発進させた。あとはこの人の技量に懸けるしかない。祈りながら運転を見ていると、この人は大当りだった。最短かつ最適なルートを、ぶっ飛ばして送ってくれた。抜け道路地を駆使し、驚くような速さで自動車学校へ着いたのは1031分。まだだ、まだ間に合う。1秒でも惜しい。メーターは1000円少々だったが、僕は2000円を渡し、「釣りはとっといてください!!」とバタバタ自動車学校へ走り込み、窓口のお姉さんに「あと1分遅かったらだめでしたよ。」と言われつつも無事検定を受けて合格することが出来た。まさか自分が「大至急○○まで!」「釣りはいらねぇ!」なんてセリフを使う日が来るとは思ってもみなかったよ。この件で僕が得た教訓は、「諦めたらそこで試合終了」というのは真実だって身をもって体感したことだ。この経験は今後も僕人生の支えになってくれるはずだ。みんな免許は取れるとき取っとけよ。

2018-10-10

3行日記

 良かったこ


一応装置の復旧にめどがたったこと。

 失敗したこと


スマホを忘れた。やっぱり未明から充電する場合は、玄関じゃないと気付かない。車中用のを移動しなきゃ・・

 2日前の夕食

二日前ということは月曜。振替休日・・切り干し大根記憶はある。あと、アボカドサラダタンパク質は何だったかな?ブラックタイガーだ!!あと野菜素揚げ

2018-10-05

[]

昨日 茶太郎を見かけたわ。そのあと、中空がなくなっていることも判明。きっと午前中に来たのよね?毎日いろんなところをパトロールしてるんだろうけど、我が家は午前なのかな?落花生殻の方は、なくなってなかった。残念。

 定食メニュー変更


人様の食べるもので、定食つくるの、なんとなく勿体なくなってきたのよね。落花生殻で良いよね?とにかく「Ale82」とあの子認識すれば、排泄しないし・・この前、やられたときは、天気が悪くて定食を下げていた日だった。それが理由だと思う。Ale82の近くで、排泄はしないはず。自分臭いを付けたくないはずだから( ^ω^)・・・LD50まで摂取しなくても別にええわ。積算値で達すればラッキーってな感じで、気楽に構えよう。中空は、在庫限り。

 迷子(捜してる)


の子は見ないわね。大輪って名付けたあの子。どうしたのかしら?隣家玄関とかでよく寝そべっていたよね。松かさを投げつけると、おっかなびっくりして逃げ回ってたよね?どこにいるのか?どなたか目撃した方お知らせください!

2018-10-03

ikkoさんの家

マンションのワンフロア全てが家っていうのは

まだ理解はできるけどエレベーター開いた先がすぐ玄関って

どういうことなの…?

2018-10-02

通夜帰りの嫁にアジシオかけたら怒られた

通夜に行った嫁から「帰ってきたから塩かけて」ってメッセージが来たか玄関に行って塩かけたら怒られた。

塩に変わりないだろがー。手に取ったのがたまたまアジシオ何が悪い。同じ塩だよ。効果も。

ストレス溜まるなあ。

anond:20181002033659

線路からちょっといくらいじゃ音対策してないか

俺のとこはガチで近い

窓が二重になってるところはたぶん対策してる

 

つっても分からんけどね、玄関は流石に音漏れるし

2018-09-30

無能新人無能上司よりたちが悪いのではないか

9時始業の会社玄関を、いつも9時15分頃にくぐる。そこから3階の実験室にある自分デスクまで、別の部署の知らない誰彼に適当挨拶をしながらだらだらと歩いていく。カバンからセキュリティカードを取り出して実験室に入り、同じ部署の別グループが毎朝ミーティングをしているテーブルを無言で通り過ぎる。進捗報告だかなんだかをハキハキと語り合う彼らの向こうにある自分達の実験ゾーンに入って行き、窓側のデスクに座った後輩Aに背中越しに聞こえるか聞こえないかの声で、「はざっす・・・」と一応の挨拶をする。かすかに返事のようなものが聞こえたり聞こえなかったりするのを感じながら、俺は自分デスクにだらっと座ってPCを開いて電源を入れる。だるい速度で起動するPCの、だるい速度で起動するメーラーを立ち上げて新着メール確認する。0件。まあだいたいこの頃はメールは何もない。それから俺は出退勤アプリなる謎のソフトを開いて9時出勤と打ち込んで送信する。そんな朝が俺のこの頃の日常だ。

俺はそれから自分たちのグループスケジュール確認する。ミッション完了期限は1か月後、それに対して進捗は100%を表示している。もう終わっていた。毎日確認してみても、俺たちの仕事はとっくに終わっていて100%から変化しない。すべてが順調であったわけではないが、見積もった実働時間を1.6倍でスケジューリングして開始した俺たちのミッションは、そのまま見積もった実働時間通りに工期を終え、要求される仕様の1.3倍の性能を実現していた。報告を受けた上司は、「おつかれ。まああとは適当キャッチボールでもしといて」と言ってにやりと笑った。キャッチボールって何なのか、俺には良くわからなかったが、それ以降俺たちはそれぞれが毎日好きなことをして過ごしている。

そんな俺たちのグループには2年目の若手がいた。過去形なのはそいつがもうグループから抜けたからだ。そいつは何というか、高学歴であったが、いわゆる仕事が出来ないやつだった。最初のうちは笑って許せたミスも、2年目以降いい加減にだるくなってしまった俺が、そいつに任せる仕事を徐々に減らしていったのは、俺の器の小ささでもあるが、よく言えば仕事クオリティに対する責任からでもあった。

いつからか分からないが俺は彼を馬鹿にするようになった。暗に明に。どうでもいい仕事しか任せないし、そのどうでもいい仕事すら期待する成果を上げられない彼を、グループ内でネタにしてもいた。あいつ、いらないよな。っていう雰囲気が、グループ内に浸透していった。そして彼はいなくなった。

実際に彼がいなくなってから、俺たちのグループさら生産性が上がった。要因は、なにより俺たちのメンタルヘルスが一気に安定したことにつきる。俺たちは成果に貢献できない彼の尻ぬぐいや愚痴時間を割く必要がなくなり、まさに生産的で専門的な成果に集中することができるようになったのだ。若手教育に配分する時間が減ったわけではない。彼の替わりに1年目の新人が参加することになったからだ。新人は真っ当な奴だった。真っ当とは何かといわれてもうまく説明することができないが、彼は実にテキパキと失敗と成功を繰り返しながら成長していく。そんな彼を教育する俺たちのメンタルが以前に比べてまったくのオールクリア状態なのは言うまでもない。

俺は思うのだ。無能新人無能上司よりたちが悪いのではないかと。そこに倫理的問題があることを俺は十分に認める。しかし、むしろ、そこに人間として守るべき道理のようなものがあるが故に、よりたちが悪いのではないかと。俺たちは苦しんだのだ、とまでは言わない。しかし、実際的に俺たちはその時、生産性を落としていたのだ。そして彼が去り生産性は再び向上したのだ。無能上司のせいで生産性が落ちるとき、それは無能上司責任がある。そう叫ぶことに倫理的な痛みを俺は感じない。だが、この場合はどうだ、俺は2年目の彼を糾弾してよいのか、良くないのか。いや、良くないのだろう。彼は無能だった。そのことに俺たちの責任を認めないわけにはいかないからだ。俺もまた無能上司だったのだ。だが俺はいまでもそのことを認めることができないでいる。それは俺の心の痛みか、羞恥心か、あるいは別のもっと簡単な何かのせいなのだろうか。

anond:20180930144800

西日本100%上陸するんですよ!

避難勧告出ましたよ!

ベランダはほぼ何も置いて無くて、物干しざお固定したし

雨戸も閉められるところは閉めたし

ターフも外して物置に入れたし

宅配ボックスの小さいのも玄関先に入れた。

これ以上片付けらんない。

できることなら逸れますように。

2018-09-28

anond:20180928230737

😺だって君、体にお経書いてないでしょ。

玄関盛り塩もないし

部屋は散らかってるしパンツぬぎっぱで💩ついてるし

くつしたも片方リビングで見たし

可愛い仔猫だなって言ってくれたじゃない。

呼んだからにはもてなしてもらうニャンよ。

お隣のウヨっぽいおっさん

玄関日の丸旭日旗を飾ったり、迷彩服で外出したりしてたお隣の一人暮らしおっさん

業者がきて荷物を運び出してたけど、引っ越しでもするのかな。

借家じゃなくて持ち家のはずだけど、どうしたんだろう。

しかしたら引っ越しじゃなくて建て替え?

仕事運転代行ドライバーっぽいし、そんなに金を持ってるようにもみえなかったし、謎。

自分の住んでる家は、老夫婦が新しい家に移るんで600万で売りに出していて、7年前にそれを買った。

布団、目覚め、

1秒でも長く布団の中に篭っていたい。そう願う。

今日仕事という鎖につながれている。抗う

しかし、抗いがたい。

会社刑務所と同一視する。だけどそれは錯誤。

囚人ではない、社会人だ。

とっくに目覚めている。本当に?

悪夢ではないのか。現実だった。

もう行かねばならない。もう動かねばなるまい。

義務という歯車が動き出した。もう止まらない

布団から脱出する決意と後悔。

仕事の荒波にもまれことのはいつだって慣れない。

こちらは泥船。そう泥船だ。夜までずっと耐えるだろう。

今日が終わるころ、海岸まで流されて辛うじて一命をとりとめる。

日常だ。ただの出来事だ。

よし、それを忘れて出勤だ。玄関をくぐろう。

行こう。

2018-09-27

anond:20120916173649

なくしたことはないけど管理会社電話番号が集合玄関に貼ってあるからそこに電話するつもりではある。

2018-09-24

一人暮らし、部屋は全裸で。

タイトルの通りいつも部屋では全裸で過ごしてる。全裸だが、天気の良い日はカーテンや窓を開けている。この間、住んでる部屋目の前に一軒家が建った。俺の部屋の前に家を建てたのが悪い。家主のオッサンが居ようと御構い無しでカーテンを開ける。まあ不幸中の幸い、その一軒家のこちら側の窓は小さい。覗こうとしなければ俺の全裸は見られない。

こんな俺でも宅配が来たときは服を着る。

その日もいつも通り全裸でいた。チャイムが鳴ったので服を探す。しか阿呆なので全て洗濯機にかけていたのだ。宅配の人は結構早く行ってしまう。急いで玄関に向かい返事。

「はーい」

「◯◯運送です。増田さんのお宅でよろしいですか?」

はいそうです」

ドアノブが動いた。ヤバい!おれの全裸が見られてしまう。ちょっと待ってと言ったがもう遅い。宅配の人に見られてしまった。しか女性だった。彼女は、すいませんと言いすぐにドアを閉めた。

その後、洗濯機から出したビショビショの服を着て宅配物を受け取った。濡れた服を見て察していてくれれば良かったと感じた一日だった。

2018-09-22

隣の家のおっさん

去年か一昨年くらいから、玄関日の丸とか日章旗を飾りだした。

迷彩服着て、外出してるのも見た。

お隣の庭の木の葉っぱが、うちの敷地に入ってきて積もってるからそれを掃除してたら、葉っぱに交じって小さいプラスチックの球が落ちてる。

お隣の庭を見たら、そっちにも大量に球が散乱してる。

これってたぶんモデルガンの球だと思うわ。

おっさんは、たぶん50前後

俺が今の家に越してきた6年前は、日の丸も、迷彩服も、モデルガンの球もなかったから、いい年してそういう趣味に目覚めたのかな。

2018-09-20

anond:20180920171135

やってほしい事は察してちゃんをせずはっきり言う

やってる旦那が不満そうでも気にしない

やってもらった事は不出来でも良い所を見つけ褒める

食器の泡など気になっても我慢しやり直さな

ありがとう助かったと礼を言う

旦那のやる事を決めて毎日の習慣にする

愛してる優しい旦那さんで幸せ意識して言う

朝は玄関キスして見送る帰ってきたらお帰りーと出迎える

旦那性格は優しくプライドが高く頼られるのが好きで気はきかない

専業だからこんなもんだけど色々進んでやってくれる

現在結婚十年目子持ち

旦那実家の舅さんも優しく色々やるから旦那もやるんだと思うけどプライド傷つけたらやってないだろうな

男女の性欲について

ちらっとTwitterネタ探ししたらあったので軽く書く

女性団体代表者特に)「性欲をコントロール出来ない人は色々(ry)」と暴力的に書き綴る事が良くありますが、

基本、女性は性欲コントロールできる体の構造になっていますが、

男性は性欲のコントロールは効かない。

という事です。…多分。

論文としては出ていないので、あくまでこれまで出てきた結果に、過去から統計(というか言い伝え)を含め考えると

(とりあえずはてなじゃクソ長い考察部分はカット

黄体形成ホルモンLH)が男性女性どちらにも性欲を促すのだが、

男性は性欲に直結してしまう=コントロール出来ないのに対し、

女性月経周期もあり、性欲を頭の中で(後シャワーを浴びて体温を下げる事で)コントロール出来るという事。

まあつまりは、男性のチカンコントロール出来ないので、

カンに会いたくない女性イスラーム教に倣い、ヒジャブを常に付ける。

という事で。

(因みに、ネットでこのネタの裏取りしようとしたら、微妙リンクとか消されてたりするんだよね。何かの力が

おや、玄関チャイムが鳴ったな。誰だろうこんな時間に??)

2018-09-18

息子だけど、親権押し付け離婚した母親について

そういえば自分の周りに親権を押しつけて離婚した母親がいたなあと、元増田を読んでいて思い出した。

もう20年近く前の話だし、元増田の元家庭とはずいぶん環境も違う。

記憶も定かでは無いけれど、「親権押しつけて離婚した母親」がどう見えたか、息子の立場の思い出で自分語りする。

母親最後に見送ったのは私と弟だった。

私の母親は、私が10歳の夏に家を出ていった。

母親の姿を私が最後に見たのは自宅の玄関

私と弟が学童保育から帰ってきて一息ついたあと、入れ替わりで母親は家を出ていって、そのまま帰ってこなくなった。

私と弟がどこにいくのか尋ねたところ、

ちょっと買い物に出かけてくる、あんたたちも来る?」と母親は応えた。留守番をしている、と返したと思う。

まだ日が落ちる前で外は暑かったし、エアコンが効いた部屋から出たくなかった。

それが母親と面と向かって話した最後の会話だった。

その日以来、母親は帰ってこない。ずいぶん長い買い物である

父親が帰ってきたのは20時ごろだったと思う。

母がいっこうに帰ってこないから、勝手レトルトカレーを食べるか迷っていたところだった。

そこから記憶あいまいで、「お母さんは買い物に出かけている」と父親に伝えたこと、その日は結局帰ってこなかったこと、

翌日の夜に「お母さんはもう戻らないんだってさ」と父親に伝えられたことは覚えている。


日経ってから改めて、「お前たちはどうする?お母さんについてくる?」と父親に聞かれた。父と母だけで子供に見えないところでやり取りをしていたんだろう。

私と弟は、間髪入れずに「父親についていく」と伝えた。

子供ながらに、「父親は家に住んでいる、母親は家を出た」「父親仕事をしている、母親パートタイムで働いている」「母親と一緒になるのは不安しかない」と思ったから。

その日からしばらくは子供部屋ではなく、父と母親の部屋で寝ることになった。

父親には「お父さんが寂しいだろうから」なんて言ったけど、たぶん怖かったんだと思う。寝ている間に父親もいなくなったら、とかたぶんそういうことを考えてたんじゃないか

家庭事情、なぜ離婚したのか

正直なところ、離婚前後夫婦関係母親の状況について、父親に聞いたことはない。父の浮気のようなわかりやす理由があったのかも分からない。

当時は、父親の機嫌を損ねたくなかったから、そんなの聞けるわけがなかった。

私も弟も父親も、母親がいなくなって、各々で新しい日々を送ろうと四苦八苦していたし、そのうちに聞くタイミングを失ってしまった。

というかよく考えたら、父と母親の馴れ初めについてすら詳しく知らない。なにしろ私がそんなものに興味を持つ前に離婚してしまたから。

父の年齢から離婚時点の年齢を考えると33~4歳前後になるから、彼らはおそらく大学を出てすぐに結婚したんだと思う。

父は普通サラリーマン帰宅20前後母親も、私が幼稚園の頃からパート勤務をしてて18時頃の帰宅が多かった。

なにしろ大学を出てすぐ私たちを生んだわけだから我が家にも給料的には余裕が無かったはずだ。

共働きということもあって、私と弟は小学校に入るとすぐに学童保育に預けられた。

周りの友人たちの母親専業主婦ばかりだったし、いま思えばマイホームを持った落ち着いた家庭が多かった。

記憶にある限りでは、私の母親PTAなどにもほとんど参加していなかったと思う。地域での友人関係というのも無かったんじゃないか

当時は家の鍵を渡されてなかったから、学童保育から帰ったあとは玄関の前に座って、母親の帰りをぼうっと待っていたのを覚えている。

食事レトルトや総菜がほとんどだった。忙しかったんだろう。

離婚の経緯に関しては唯一、母親祖父から「あの子あんたたちを育てるのを投げ出した、だから勘当をした」という趣旨の話を聞いたことがある。

そのため、母が家を出て行った理由は、私と弟の世話に嫌気がさしたからだと思っている。

実際、当時の私と弟は問題児で、小学校でも幼稚園でも喧嘩忘れ物などの問題行動をよく起こしていた。

まり詳しく覚えていないけど、家庭でも似たような状態だったのだと思う。酷く手のかかる子供だったと思う。

そんな状態である上に、私と弟は昔から比較的父になついていた。母親から見れば「男3人と自分」という対立構造に見えるときも多かったんじゃないだろうか。

上に書いたように、父と母親のどちらにつくかのやり取りもあったから、子供目線だと「母は親権押し付けて出て行った」のではなく「僕たちは自分父親を選んだ」という意識を持っていた。

でも、こうして書いていると、やはり母親私たちと居ることが耐えられなかったんだと思う。

「買い物」に出ていく際の「あんたたちも来る?」という問いは、きっとそんな耐えられない息子たちと自分関係を確かめ意味言葉だったんだろう。

ごめんね、お母さんよりも冷房を選ぶような息子たちで。あの日暑かったからなあ。

離婚のあとのこと

断片的な記憶だけど、父親離婚届を書いているところ、書類を返送する際に「こんな男と10年以上いてくれて~~~」という趣旨手紙を添えていたことを覚えている。

父は「本当にお母さんと連絡したいと思ったら、この携帯番号にかけたらいいから」といって、母の連絡先が書かれたメモ電話機のわきに残してくれた。

何度か電話をかけた記憶はあるが、そのとき何を話したかはもう覚えていない。

しばらくは祖父母が手伝いに来てくれていたこともあり、私も弟もすぐに母親がいない生活に順応した。メモはしばらく壁に貼ってあったけど、どこかにいってしまった。

その後、母親祖父から絶縁されたらしい。

もっとも、何年かに一度は連絡がある、ないしは帰ってきていたこともあるらしいので、本当のところは知らない。

私が二十歳を過ぎたころぐらいに、祖母から母親と会うつもりはないか」と聞かれたこともあった。

ただ、そのときにはもう私も大学生だったし、妙な蒸し返し方をされるのが不気味で会うのを拒んでしまった。「会わなかったぶんのお小遣いをくれるなら考えるよ」とかなんとか適当なことを言って。

小遣い自体は実際にもらった。

大学時代、祖父母の援助で車の免許を取得させてもらった。

あとから聞いた話によると、これは母から祖父母に「息子のために使ってほしい」とあずけられたお金から出されたものとのことだった。

祖父から「残りは、いつかお前たちがいい人を見つけて結婚式をするときに渡したい」と言われた。

父と母親の間で、慰謝料だか養育費だかの金銭のやりとりがあったかについては、知らない。たぶんもう知ることもないと思う。

私のその後

離婚してすぐに一家4人ですごしていた家からは引っ越すことになった。

学校が変わったことがきっかけで、無自覚問題児から自覚のある問題児に変わった。

父親との関係とは紆余曲折あったものの、大学までは出してもらった。

その間、母親がいないことで不便した記憶というのはほとんどない。保護者参観に親が来ないことにもすぐに慣れた。

中高生ときから料理をするようになったし、親が家にいないおかげでのびのびと生活していたから、むしろ恩恵のほうが大きい。

最近になって若干面倒になってきたのは、職場の同僚や知人から

「いつ結婚するのか?」と尋ねられること。

これは母親がいなくなったこととは直接関係とは思うけど、異性と生活を共にして、家庭を持つイメージがどうしても持つことができない。

おじいちゃん、お母さん、ごめんなさい。どうも僕はあのお金をもらう気にはなれません。

母親をどう思っているか

今になって思うと、ひどく気の毒に感じている。

母親が私を生んだ年齢をすぎて数年が経つ。もし今の私が、私のような子どもを持っていたとしたら、おそらく私だって投げ出すと思う。

もっとも、母親が買い物に出かけた理由が、本当に私たちだったのかは知るよしもないんだけど。

元増田について

本当にお疲れ様でした。

自分語りをしながら、もしかしたら私も元増田の書いてるような「隠し通された子供」なのかもしれないのかなあ、なんて考えてしまいました。

ただ、いずれにせよ元増田さんの体験元増田さんだけのものですし、好き放題に増田で叩かれたり、長文で自分語りする父子家庭出身者が現れても、あまり気に病まないでください。

どうにかいろいろと上手くいくようになって、元増田にとってもお子さんたちにとっても一番傷が少ない結果になるように、祈ってます

https://anond.hatelabo.jp/20180918120625

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