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2021-05-17

anond:20210517222141

親と同居しているってことはそう思われてるってことだよ。

少なくともそう考える人はいるってことだ。

もしお前が婚活するならマッチング率は低いってことだよ。さっきからただの事実に何ムキになってるのか分からないw

2021-05-16

anond:20210515204849

要はなんかずらっと英文が書いてある時にアレルギー反応起こしてちゃんと読まない人ってのが向いてないんだよね。

翻訳されてないドキュメントも多いし、意地でも日本語しか読みたくないという人はエンジニアになろうと思わないで欲しい。

まず最初に人に聞こうと考える人というのは結局文盲なんだと思う。

2021-05-15

カマキリ世界こそ男女平等

人間のオスはカマキリの男を見習ってもう少し女性に尽くすべき。

「女は子供産んで当たり前」って考える人間のオスと、

自らの命と引き換えにメスに子供を産んで頂いてるカマキリの男。

どっちのがより女性を敬っているかは一目瞭然。

てかそもそも人間の男が普通に生きていられるのって、女性食べ残してあげてるからなんだよなぁ

カマキリだったら女に食べられてた」ってこと、「男は女性残飯として生きているだけ」ってこと、自覚しろ

2021-05-14

災害や不幸になれることが一番恐ろしい

去年の今頃

俺「コロナ流行ってますね」

先輩「マスクも徐々にでてるそうだぞ」

俺「夏頃までには収束兆しでませんかな」

先輩「どうだろうな。クリスマスも危ないかもな」

俺「あ、東京感染者増えてますね」

先輩「お互い、頑張っていこうな」


こんな感じだった。もう今は感染情報すら見ていないか明日の天気くらいにしか思ってない人が多い。

自粛要請というサービス残業のような矛盾した言葉が当たり前になり、誰も外に出ることを怖がらなくなった。医療崩壊日常で、既に経済自粛かなんて真剣考える人はいない。どんな災害現在進行形で進んでいようと人間は忘れようとする生き物なんだなと改めて思った。不幸になれたらそこから這い出るのは難しい。不景気が30年以上続いているから、いまの主力世代好景気なんてのはビットコインくらいでしか知らない。慣れてしまえば異常を感じない。

線香のハサウェイ

出撃(で)る前から死ぬことを考える人なんてー!

2021-05-12

anond:20210510183334

自分考える人が減ったのが陰謀論が普及した原因だと思う。

現代、物で生活は豊かになったけど豊かになったせいで人は考えることをやめた。考えなくても生きていけることを学んだから

そのため入ってくる情報を疑いもせずに鵜呑みにする人が増えた。

2021-05-11

anond:20210511131753

かに、あるところにはあると思う

でもそういうのを下品だと見なすムードも割と広がってると感じる

少なくとも今の自分の周囲では、そういうのはナシだと考える人が大半

なので、だんだん広がっていくんじゃないか

anond:20210507125148

気味が誰かはわからないが、弱者男性論を考える人の中に「定義大事だ」と考える人がいるのも当然だろうね。俺は君のことを言っているわけではないよ。

今後現れる有象無象弱者男性論者が1人一派になっていくだろうなって言うことだよ

2021-05-07

この世には二種類の人間がいる

他人成功自分のことのように喜べる人間

自分成功しなきゃ意味がないと考える人間だ

前者はスポーツアイドル応援できる人間

後者起業出世できる人間

でも両方中途半端人間詐欺カルトに取り込まれしま人間だろう気を付けろ

2021-05-06

anond:20210506224046

マーケティングのための言論にほころびが見えてきたのでしょう。

今の女子女性教育されてる分めっちゃ賢い。

かつての氷河期世代の比ではなくなってしまっている。

なのに、キャッチコピー考える人の知性はアップデートされない。

anond:20210506213644

>開催が妥当

そこは否定はしないよ。

そう考える人もいるし、中止が妥当考える人もいる。

でもそこは問題にしてないよ?

実際に開催途上にあるわけだからその準備を進めなきゃならないのに否定する人がいるってところだよ。

よく読んで文章理解してから返信してくれ。

今回の問題もそういった脊髄反射が原因だからな。

2021-05-04

anond:20210504102441

俺はフェミニストではなくて横から見てるだけだけど、フェミニズム問題意識弱者男性問題意識根本的に違うんだよ。

フェミニズムは機会や競争環境の不平等問題視してる。能力があるにも関わらずガラス天井で阻まれてるって考えてる。根底自由競争による結果の不平等を是とする自由主義思想経済右派

弱者男性は機会や競争環境じゃなくて能力や結果の不平等問題視してる。反自由主義であり社会主義経済左派なんだよ。

この話題で「フェミはー」って考える人右翼左翼の1軸で捉えてた上でフェミ=左派だと考えてる人が多いと思うけど、右翼左翼の1軸での分類は全くもって現実を反映できない欠陥品。フェミ弱者男性自分自身が何を考えているのか理解たかったら、とりあえず経済右派左派権威主義・反権威主義の2軸の「ポリティカルコンパス」を導入するところから始めよう。

2021-05-03

anond:20210503165147

結婚する理由が、男は自分の世話とセックス目当て、女は金目当て、だとしても

男性結婚すれば無条件で女性自分を世話してくれるしセックスもしてくれる、と認識してる人が多いけど

女性場合は無条件で男性自分を養ってくれるという事はなくて、むしろ自分の金を奪われたり勝手借金されたりするかもしれない、までリアル考える人多いと思う

2021-05-02

anond:20210502220722

横だが風俗嬢なんかも「セックスが好きでしたいからその仕事をしてる、金目的ではない」と信じてる男っているしな…

家政婦相手に「家事が好きでしたいからその仕事をしてる、金目的ではない」と考える人はまずいないだろうに

何でセックスとなると認識おかしい男いるんだろうな

2021-04-30

「早く人類滅んでほしい」とか「どんどん日本落ちぶれてほしい」って考える人は今楽しくて仕方がないだろうな

 

2021-04-29

anond:20210429122335

論理的物事を考えられ無い人達で、言ってしまうと馬鹿って事なんじゃないかな?という仮説

いや、この点も大概適当には同値とは見なせないと思うけどなあ……

同値とみなすことに関して厳しく考える人にはこういうことは書いてほしくないとは思う。

2021-04-28

生理用品の選択を間違うとどうなるのか

男性社員5人が生理ナプキンを買いに行ったら…? 購入してきたものに驚き! – grape [グレイプ]

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/grapee.jp/949739

「ないと困るものなら多めに買っておけ」とか「少々違ってもせっかく買ってきてもらったんだからその場しのぎで使っておけ」とかいブクマ散見されたので。

生理用品の選択を間違うとどうなるか。

端的にいうと漏れる。

朝起きた瞬間、感覚漏れたことを確信したとき、まず願うのは願わくばパンツでとまっておいてほしいということ。

パンツが無理ならせめてズボンでとまっておいてほしい。

ズボンも無理でシーツまで貫通していた場合は朝から絶望がやってくる。

ただでさえ、体が重いのに、朝からシーツ洗濯するという労働が発生する。

そして何よりテンションがかなり下がる。

例えば記事にもあった、「ショーツタイプ必要なほど経血が多いのに、350mmの夜用を買ってこられた」場合、高確率漏れるのではないか

あと、「そんなに必要なら多めに買っておけ」という意見について。

生理のある多くの女性生理用品は常日頃数種類を常備していると思う。

しかし種類が多いがゆえに「一番多い日なのに、400㎜の夜用だけ切らしている…」という事態が発生しうる。

家の備蓄完璧だったとしても、外出の際に持ち出すポーチの補充をしていなかった!という事態もまま発生する。

休みドラッグストアコンビニ生理用品をこっそりかいにいくハメになる。

ルナルナあるし生理来る日ぐらい事前にわかるやろ!と思うかもしれない。

予定日はあくまで予定日でしかなく、1週間ぐらい平気でずれる。

その間、万一来た時に備えて、昼用・夜用ナプキンをかかさずつけないといけないし、今日大丈夫やろと思った日に限って始まったりもする。

最後に。

わたしは全ての男性が、女性と同じように生理用品を選べるようになってほしいとは思わない。

だけど、こうした記事が目に留まることで、「生理用品なんかに金をかけるな」とか「生理用品は性的な物だ」と考える人が少しでも減ってくれることを願う。

2021-04-26

anond:20210426154152

フェミニズム一人一派だよ。

同じフェミ自認者の間でも、穏健派フェミニストから見ればラディカルな姿勢が強すぎると感じる仲間もいることだろう。

あえて強い言葉を使わなければ、社会を変えられないと考える人もいる。

ハフィントンポスト痛いニュースが取り上げたくなるような、強い言葉を。

2021-04-25

実費手数料を上乗せして転売したら悪しき高額転売になるのだろうか

少し前、あるチケットを定価の価格より高い値段で譲渡した。緊急入院することになり、泣く泣く譲ることになったチケットだった。

田舎なこともあってチケットを買ってくれるようなファンの知り合いはおらず、ネットで探すしかなかった。また、決して裕福ではないので、見れないのならチケット代を回収しない選択肢はなかった。

最初twitter募集したが買い手が見つからず、チケット譲渡サイトにたどり着いた。チケット入手には手数料が1000円ほどかかかっていた。また、サイト利用料として手数料が何%かかかる仕組みになっていた。メルカリみたいなシステムだ。結局、チケット入手に要した手数料の実費、書留郵便の送料、譲渡サイト手数料を定価に上乗せした値段で出品した。定価より数千円高くなったが、運良く買い手がついた。

この譲渡によって、自分には利益は一切発生していない。むしろ封筒代などで地味に赤字である。もしリアル知人や、twitter譲渡先が見つかれば、同じように価格を算出し、利益は出ないがかかった実費は負担してもらう形で請求しただろう。

自分は、悪しき「転売屋なのだろうか?転売目的で入手したわけではない。緊急入院のせいだし、利益も出してない。だから自分の中では「違う」だが、どうやらそうでもないと考える人もいるようだ。同じような価格の算出方法で、譲渡先がもしリアル知人だったら悪しき転売と言っただろうか。田舎ではそんな知人などいないから専用サイトに頼るしかなかったんだ。

見方を変えれば、登校を拒否できるって、すごいと思う。

私は、小学校時代は異性から暴力と伴ったいじめをうけたていた。

高校時代は、友達が一人もできずずっと昼食のお弁当を一人で食べていたぐらいだ。一度だけ、遠足をずる休みしたぐらだいだ。修学旅行はかろうじて参加したが、まったく思い出がない。

小学校時代は、仲のいい同性の友達がいたからまだましだった。高校時代も、幸い学校が違う仲の良い友達と繋がっていられた。

だが、いつ登校拒否してもおかしくない状況だったよな、と今でも私は思っている。

だが、私はそれをしなかった。いや、できなかった。

理由は、私が親に「学校行きたくない」と素直に言えなかったからだ。その勇気が持てなかった。

しかしたら、「行きたくない」と言ったら、「行かなくてもいいよ」と言ってくれたかもしれない。でも、それは「もしかしたら」の話であって、「絶対」の話ではない。だから、怖くて言い出せなかった。

私の親は、私の言い分を聞いてくれるタイプではなかった。そもそも家庭内に、自由に互いの意見を言い合う空気がなかった。

もっと言えば、私の親は何かしら「お前にも原因がある」と考える人だった。小学校時代いじめに関しても、そう考えていた。「相手暴力を誘うような、不用意な言動をするお前が悪い」と言うような発言をされたこともあった。

から、単純に、登校拒否できる人は、強い人だなと思うし、羨ましいな、と思う。

子供勇気と、親の優しさがなければ、登校拒否は成立しないのだから

緊急事態宣言に「慣れた」んじゃなくて呆れ果てただけだよ(追記2)

「慣れた」から自粛が甘いってことにされそうなので書いとく。

慣れたんじゃなくて相手にする価値のないアホだとみなされたからだよ。

政府要請にマジメに付き合ってもバカを見るだけなのがこの1年で広く伝わった。もう政府の信用が尽きたんだよ。

いま自粛してる人はあくま自衛のためにやってるだけだし、大雑把な人はもう緊急事態宣言なんかなかったように路上飲みしている。

なぜか花見シーズンに合わせたのか特に理由も示さず緊急事態宣言を解除したり、首相の訪米と重ならないようにするためか緊急事態宣言を遅めに発令したり、事実でなく気分で操作してる様子を何度も見てきている。その割に(それだからこそ?)2,3日前にいきなり緊急事態宣言しますとか酒の提供をやめてもらいますとか言い出す。人間のことナメてんのか?在庫管理ってわかるか?

実際、政府の言うことにつきあっても事態は何も改善されない1年だった。

厚生労働省「(2020年7月ワクチン確保できた」→できてなかった

政府「このままでは医療崩壊予測される」→ブルーインパルス飛ばして満足して終わり

政府「会食の自粛を」→政治家は会食してた。なんなら首相の息子と官僚もしてた

政府不要不急の外出を控え……」→GO TOトラベル!外出しよう!→政府不要不急の外出を控え……」

政府20時以降の飲食店営業自粛を」→厚労省20時以降も店に居座って送別会して感染、その他役人の事例も多々あり

政府イベント自粛を」→オリンピック絶対にやるが他のイベント勝手に潰れてろ

せめてCOCOA入れる→動いてなかったし開発管理体制杜撰なのが明らかになった

マンボウ→何その名前ふざけてんの?緊急事態宣言との違い何?

バイデン挨拶しに訪米→当然のように2週間隔離無視して帰国後すぐ公務に復帰

ぱっと思いつくだけでこれだけの不義理をしてきた。

政府がどの口で「お願い」してるのか自覚あるか? そのふざけた「お願い」が効かないからって、次は国民のせいにして厳罰化でもするのか?

最初緊急事態宣言国民もわりと協力的だった。初めてだからというのもあるが、まあ政府が言うんなら従うかって人が多かった。協力して疫病の抑制に繋がるなら、という公共心もあった。それはこともなげに裏切られた。

COCOA入れて」の声に従った人は完全にバカを見た。今後政府が何かアプリ入れてと言っても相手にする人は激減するのが当たり前だろう。

1年掛けて政府自分自分の信用を削ってきた。言ってることとやってることが見事に一致しない。成果と言えるものほとんどない。

国民にさんざん「お願い」しておいて自分たちは例外みたいな振る舞いをし続けてきた。

みんなで貧乏になろうと言いつつ豪邸に住んでる人間を誰がまともに取り合うのか。

これは政治どうこうではなく人間のごくごく基本的道義の話だ。説得力の話だ。

軽い無政府状態になることで不利益を被るのはまあ国民だ。そういう意味では自業自得だが、ちゃん自分たちの不始末は自分たちに降り掛かって報いを受ける。

政府はこの1年ほどの無為無策について何か責任を負うのか? そんな無責任かつ無能な連中の言い分に従うべき理由が何かあるか?

3度目の緊急事態宣言下では国民自力救済が多発するだろう。それは「慣れた」からでは決してない。

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追記

「いい大人はそんなことしない」とか言ってるけど規模感わかってるのか? 構成員が数百人レベル組織ならほぼ全員を「いい大人」で揃えることもできるだろうし、選別だってできる。

東京だけでも成人は1000万人以上居るんだ。グローバル大企業従業員数ですら多くて20万人程度だ。その50倍近い人数がほぼランダム勝手に集まってきて生活してる。

この全員が「いい大人」なわけがない。そういう前提で動くのが当然だろう。「お前はい大人」「お前は悪い大人からいい大人になれ」とか説教して回るつもりか?

そもそもこんな人数をなんとか統制できていた第1回緊急事態宣言が快挙だったわけだ。法的拘束力もないただのお願いに協力するやつがそんだけ多かった。人口密度も考えれば世界最高峰の「いい大人」の集まりじゃないか

実際これでかなりの時間を稼げた。欧米でどんどん人が死んでいってるなかでも日本はいまだその水準に達していない。1年くらいの時間を稼ぐのには成功した。

時間稼ぎには大成功したが、稼いだ時間を空費する大失敗を犯した。前者は国民努力によるもので、後者政治というか上層部責任だろう。国民努力して時間を稼いでも、政府がそれを無駄に捨てるのを見せつけられるだけだった。いやむしろその時間稼ぎすら入国管理がザルだったりGO TOだったりで妨害したとさえいえる。経済云々といいつつろくな根拠も示さずに営業自粛させるなど、不要な混乱を招いたのもそうだろう。

国民ひとりひとりが努力すると医療体制改善できて医者看護師や病床が増えるのか? ワクチンが手に入るのか? COVID-19を自力治癒できるのか?

国民にできることは感染抑制だけで、つまり時間稼ぎだけだろう。そうして稼いだ時間有効に使うには、政府トップダウンで動いて条例やら給付金医療関係者負担を少しでも減らし、薬や医療器具調達を助け、ワクチンの入手交渉に尽力し、ウィルス研究に協力する必要があるだろう。政府がそういったことを何か達成したか

次の緊急事態宣言オリンピックに最大限配慮したものになると誰もが理解している。「東京オリンピック感染者が激増したら困るだろ?」と半ば脅してワクチンを手に入れるなんてことも、感染者増を活かしてなるべく有利にオリンピックを中止するなんてこともできそうにない。政府は稼いだ1年間を何も有効活用できなかった。路上で酒でも飲んでたほうがマシだと判断する人が増えても俺は何も言えない。

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追記2:

大きく拡散され、概ね同意されてるようだ。さすがに全部の反応は読みきれないけど、目についたものにいくつか反論しておきたいと思う。

ワクチンはもう来てるだろ

これはそのとおりのようだ。よかった。本文を書いていたころはワクチン担当大臣が動いている程度の情報しかなかったが、その後すぐに(公式発表ではないものの)EUから日本に入ってきているらしいという情報が流れ出した。まだ接種率は低いし体制も整っていないようだが、進展していること自体はいニュースだろう。順調に進んで欲しい。

からといって感染抑制をサボっていいわけじゃない

これについては上の追記で書いたように、それも踏まえて動くのが行政だという認識だ。「お願い」だけで効果が出るなら犯罪なんて起きない。それでも起きる犯罪を取り締まるために警察が居る。また行政ができる犯罪率を減らす取り組みもある。地味だが街灯を設置して夜道を明るくするなんてのもそうだろう。「お願い」なので警察は使えない、となると街灯を設置するような地味なことを積み上げていくしかない。これの舵取りが難しいのは理解できるが、せめて科学的根拠に基づいた施策であるべきだろう。今はただ飲食店若者悪者にしているだけにしか見えないが、むしろ高リスクである高齢者に外出を控えるよう強く言うべきじゃないのか? これは本当に不思議なんだが、高齢者向けのメッセージが出されたことは今までなかった気がする。ただただ若者が悪いと言い続けているように見えている。

別の観点でいえば、いくら「お願い」されても飲食店経営者や従業員などは生活がかかっている。今回は対象さらに拡大された。多くの店舗は去年から店舗入口に消毒用アルコールを置いたり、店内に仕切りを設けたりと一定感染防止策も打っている。それらを一顧だにせず一律に営業自粛を「お願い」し、かつ金も出さず、仕入れた分を捌き切る暇もない直前の宣言で、新たに酒類禁止も追加となれば、そんな自粛に協力できるのはほんのひと握りだろう。いくら説教されたところで自分生活がかかってるなら反発するのが当然だ。そしてそれは非合法活動ではないのだ。

自粛への協力率に関与する重要パラメータとして、本文では「信用」というのを書いた。去年9月ごろに首相が代わってすぐに着手したことがなんだったか覚えているだろうか。携帯電話料金の値下げ要求だ。そして今はオリンピックだ。国のトップ新型コロナウイルス感染症にまったく興味がないように見える一方で、私権制限スレスレ緊急事態宣言を発出して国民生活を縛ろうとしている。自粛要請に従わない店を応援する声が以前より多いのも、そちらに理があると見る人が多いからだろう。

東京都でいえば、JRの減便によってわざわざ乗客密度を上げている。感染者数が減っているときにそれをやるなら封じ込めのための荒業ということでまだ理解できるが、増えているときにそんなことをすれば医療崩壊を招きかねない大博打しかないだろう。もうワクチンが到着し始めているのなら、まずは迅速に接種が進む方向で仕事をするのが本筋だろう。ワクチンが届いているのに接種体制が整っていない、なんてことになればさらに信用を失うが、今のところワクチン接種について何か進めているといった発表は見ていない。

現在の状況では、まずは目先の感染者数を減らすか、少し先を見据えてワクチン接種体制を整備するか、あるいは両睨みで進めるか、くらいしか論点はないだろう。暗中模索の去年と違って状況はずいぶんクリアになった。ワクチン国民に広く普及すればほぼ元通りの生活が得られるのはイスラエルの事例でわかっている。このタイミング緊急事態宣言を出すなら、国民にもうひと頑張りしてもらって感染者数減を目指してもらいつつ、国は全力でワクチンの早期接種に向けて動くのが筋だ。そしてそのようなメッセージを明確に出すべきだ。国からオリンピックの話しか聞こえてこないし、第3回の緊急事態宣言IOC人間が来るのに合わせて解除される。我々はワクチンではなくオリンピックのために生活を削られるのか?

子供運動会を見るためなら多少の無理でもやりきろうと考える人でも、オリンピックのためにそれをやる人なんてほとんど居ないだろう。オリンピック開催によって国民に直接の利益があるわけでもなく、むしろ感染爆発のリスクしかない。

自衛のために自粛し、生活のために店を開け、仕事のために出勤する。連帯はもう失われたが、オリンピックのために死ぬのは嫌だという認識だけは広く共有されている。

政府をぶん殴りたいという感想もちらほらあったが、それは投票によって合法的に成し遂げられる。たとえ投じた票が無駄になっても投票に来た人間属性は記録され、世代投票率などの形で反映される。明らかな高リスク群の高齢者スルーされて常に若者のせいにされるのもそのためだ。下のツリーのどこかにあったが、別に「正しい」候補者を選ばなくていい。この1票でぶん殴るという意思表示こそが投票に行く理由だ。投票したあとコンビニで酒を買って路上で飲むのもそれはそれで楽しいかもしれない。

2021-04-24

芸能人通り魔

インターネットが一部のマニアオタク、引き籠りの物と言われていた西暦2000年から20年余りが過ぎた2021年現在
インターネット一般人も使う様になった事で起こっている事象の一つとして「芸能人通り魔」という事象が有ると私は思う。
増田では、「芸能人通り魔」という事象について思う所を語ろうと思う。

オードリーオールナイトニッポン

ニッポン放送深夜番組オードリーオールナイトニッポン番組公式Twitterから下記の様な注意文が掲載された。

番組からのお願い】
オードリーの2人が番組内で名前を伏せた上で紹介したお店を特定されたり、番組を聴いたという形でお店に伺うのは避けて頂ければと思います
違ったお店がSNS上にあげられてお店にご迷惑をかけているケースもありますので、ご協力のほどお願い致します。
https://twitter.com/annkw5tyb/status/1385829945042030593より)

これは、漫才コンビオードリーが、「オードリーオールナイトニッポン」というラジオ番組の中で、最近行った面白かったお店等を店名を伏せて紹介した所
リスナーの中に、その店を特定したり、「番組を聞いて来ました」と言ってお店に行く人が現れたという話だ。

そういった事態に対し番組上記の注意文を掲載した所、この注意文のツイートに対し「これはバッドトゥース(≒良くないリスナー)ですね」という
リプライ引用リツイートが付く状態になっている。
たかも「これはバッドトゥースですね」と言っている、自分達はそんな事はしない良いリスナーだとでも言いたいのだろうが
公式掲載した注意文にコメントで乗っかって「これはバッドトゥースですね」等と言っている人達もバッドトゥースではないのだろうか?

流れを整理してみよう

元凶オードリー番組内で店名等を伏せて店を紹介
②一時被害:店名を特定したり、店に実際に行く人が出て来る(被害者:店)
公式が、一時被害についての注意文を出す
二次被害:注意文を読んだ、自称「良いリスナー」達が公式や、店を特定した人・店に実際に行った人を「良くないリスナー」として攻撃被害者:公式、店を特定した人・店に実際に行った人)

②と④で被害者が変化し、しか被害者の数が拡大していっている。
一般人インターネットを使う様になって怖いのがこれだ。
自分(達)の行動に非はない」と思う人ほど、何かに乗せられる。
そして、自分を乗せた人を理由安易に誰かを叩く。
こういう「自分(達)の行動に非はない」と思う人を乗せるのは2021年現在、大抵、有名人芸能人の類だ。
有名人芸能人ラジオ番組の中や、SNS・・・例えばTwitter上で何か発言をし、
それに乗せられた「自分(達)の行動に非はない」と思う人達が、何かを叩く。
こういうのは、「芸能人有名人)の通り魔」というのではないか最近思う。

保健所、猫騒動

から7年ほど前だったと思う、ある有名な女性芸能人が、ヘアサロンで髪を切ってもらっている合間にTwitterを見ていて
Twitterで見かけたツイートに対して反射的にリプライを送った結果、元のツイートの主が「全くと言って良いほど非が無いのに」炎上した事がある。
ツイートの主はその芸能人Twitterフォローしていたわけでもなく、その芸能人も、元のツイートの主をフォローしていた訳では無い。
その芸能人は、ある単語Twitter上で検索していて偶々そのツイートを見かけ、反射的にリプライを送った。

時系列

2014年8月14日 8:59 ある芸能人(以下、芸能人Aと呼称)がヘアサロンで髪を切ってもらっている合間に、Twitterを見ていて
「この2匹を保健所に連れて行きました 飼い主さん見つからなかったの とても悲しいです」という一市民Bのツィートを見かけ「緊急」「里親募集」などのタグをつけてリプライ
②8:59 同時に、芸能人Aは一市民Bのツイート引用し「保健所に連れて行くなっ」とツィート
③一市民Bのツイートに、芸能人Aのツイートを見た人達からリプライ引用リツイート批判が大量に飛ぶ
10:15 ヘアサロンで髪を切り終えた芸能人Aは、そこで騒動に気付き「言葉遣いが悪かったです申し訳ない。が、保健所に連れて行くとガスで殺処分されるんです」とツィート
10:30 芸能人Aは「悲しい。人間のさじ加減で小さな命がたくさん失われていく。全ての命が助かる日が来ることを願いながら、
少しでも多くの命が優しい里親さんに巡り会えますように。小さな力ですが寄付保護活動は続けますが、なるべく情報拡散協力お願いします」とツィート
しかし、一市民Bのツイートに対する批判非難リプライ引用リツイートは収まる気配を見せず、一市民BはTwitterアカウントを削除

こうした事例が近年、Twitter等では頻繁に起こる様になっている印象がある。
その大半は芸能人有名人仕事の休憩中や移動中、ヘアサロン等で髪を切っている合間等のちょっとした時間
Twitterをサッと検索して、目に留まったツイートを、パッと深く考えずにリプライ引用リツイートする事で起こっている。

上記オードリーの件もそうだが、芸能人有名人の行動が、インターネットが広く使われる様になった現在通り魔的結果をもたらす事」
が多くなっている感がある。
芸能人有名人側だけが一方的に悪いとは言えないし、逆に、インターネットに追い詰められて自殺したと言われているプロレスラー等もいるので
芸能人有名人ではない人も考えなければならないとも思うが。

通り魔を減らそう

芸能人有名人一般人のどの立場でも、こういった通り魔的な出来事を少しでも減らしていく事に注力していかないと、
インターネットに追い詰められて自殺したと言われているプロレスラーと同じ様な出来事は、また近い内に起きるのではないだろうか?
そうなった時に怖いのは、直接的に追い詰めた人ではない。
オードリーオールナイトニッポン」のリスナーの例に見る、直接的には追い詰めていないが間接的に流れに乗っていたに関わらず、
自分達は善良な人間で、流れに乗ったのも、その流れが正しいからだ」と考える人達ではないだろうか?

最期に、「オードリーオールナイトニッポン」に関して、3年ほど前に思う事を書いていた人の増田を見付けたので紹介しておく。
『グッドトゥース』『バッドトゥース』

2021-04-20

テスラ企業倫理がクソなことがハッキリした

テスラ死亡事故自動運転中に運転手「不在」か 』ウォール・ストリート・ジャーナル日本版(2021/4/19)https://jp.wsj.com/articles/fatal-tesla-crash-in-texas-believed-to-be-driverless-11618792045

テスラは人の命を何だと思っているのだろうか。上のニュースを目にしたときイーロン・マスクが「イノベーション地球環境のための尊い犠牲となった」と考えていたとしてもまんざら不思議ではないと思った。

テスラのオートパイロットがまた事故引き起こした。運転席にドライバーは座っていなかったとみられる。事故原因は定かではないが、ドライバーテスラ運転支援技術『オートパイロット』を過信しすぎていたのが原因だろう。自動運転レベル2では、ドライバーはすぐ運転に復帰できるような状態でなければならないし、テスラもそのように呼びかけてはいる。

しかし、テスラがそのように呼びかけているから、レベル2はドライバー責任があるから、100%ドライバーが悪いのかと問われれば、それは嘘。まちがってる。

たとえドライバー責任があったとしても、それを強制、もしくは強く促すような設計をするべきであるハンドルを握っていないと警告を出す機能テスラもついているが、テスラ以外の自動車メーカーは、それ以外にも仕組みを盛り込んでいる。

例えば、スバル日産カメラドライバー監視し、よそ見や居眠りを検知すると警告を出したり、自動で路肩に緊急停車する機能をつけている。今月はトヨタも似たようなシステムを一部車種に導入する。全ての車についているわけではないが、ドライバー監視するシステムを搭載するモデルは増えていくだろう。

しかし、テスラの車にそのような設計思想は稀薄だ。数年前からドライバーが居眠りしているにもかかわらず車が走り続ける事件が起こっているが、それを引き起こしているのは、専らテスラの車である運転支援技術の過信によって引き起こされる事故も、他社に比べてテスラは圧倒的に多い。このような事実を考えると、ハンドルを握っていなかったら警告する機能さえ、きちんと動いているのかすら怪しい。

レベル2なんだからドライバー責任テスラは何も悪くない」

と、考える人いるかもしれない。

しかし、たとえドライバー責任があったとしても、テスラの甘ったるい設計思想が事故引き起こし、人の命を奪っていることは紛れもない事実である。オートパイロットに対するユーザーの誤解や、ドライバーレベル2相応の振る舞いを強制する機能が貧弱であることは、数年前から分かっていたはずだ。しかし、一切の改善を怠ったことにより、死ななくて済んだはずの人たちが死んでいる。

車が奪うのはドライバーの命だけではない。テスラとは全く無関係な人や、テスラのやり方に全く賛同しない人たちの命をも、理不尽に奪いかねないものである。何千人という交通事故犠牲者の数からしたら、オートパイロット犠牲者の数なんて大したこといかもしれない。しかし、一企業の怠慢によって人の命が奪われているということは、社会的に重大な問題だ。

なぜ、「空飛ぶタイヤ」の時のような非難からテスラが逃れられているのか、僕は不思議でならない。

レベル2の運転支援技術に『オートパイロット』などという紛らわしい名前をつけ、誤解を招く誇大広告を打ち、ドライバー問題ある使い方をしてもほったらかし。そして、事故が起きたら後出しジャンケンのように「レベル2なんでドライバーちゃん運転できる姿勢じゃないとダメですよ」と言い張る。技術倫理として、企業倫理として、こんなことは受け入れられうるだろうか。

そして、これを肯定するということは、「法的に責任がないのならば、人がバンバン死んでも問題ない」ということを認めることにほかならない。

少なくとも俺は、こんな野蛮で憎たらしいアイデアは、死んでも認めたくない。

2021-04-18

エヴァンゲリオンを乗り越えて、あるいはその手前で

 お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ。という言葉が、自分身体を上から下に駆け抜け、僕はそれで、頭から血が抜けていったように感じた。その言葉は、ある意味では間違っていなかった。けれど、間違っているといえば、全面的に間違っていた。

 目を凝らしても見えてくるのはパソコンの画面と荒れ果てた部屋しかない。右手の小指と薬指がその付け根にかけて少し痺れている。特にキーを叩いていたわけではない。パソコンの画面をつけて、何をしようかと思っていただけだ。すると、僕に言葉がやってきた。それは僕が望んだ言葉ではなかった。この暗い部屋は、僕が望んで生まれものだった。この荒れ果てた部屋は、僕がどうしてか生み出したものだった。あの言葉は、ただ、とても嫌いな言葉だった。

 望む、望まないなんてことを考えたことはほとんどなかった。あるといえば、望まないことばかりだ。いろんなことが嫌だ。特に、望むことは何よりも嫌だ。自分が何かを望んでいると思うだけで気分が悪くなってくる。自分が何かを望まなければ生きていけないのだとしたら、死にたくなる。何も望みたくない。何も望まれたくない。そうして僕はこの場所を作った。僕が今望んでいること? それには答えられない。ただ一本の煙草が吸えたらいいと思っているだけだ。それが望みなんて大きなものに含まれるのだとしたら、今すぐにでも僕は首を吊ってやる。セブンスターソフトは残りわずかだ。一本取り出して、口に咥えた。火を付けずにパソコンの画面を見た。

 さっきまではTwitterホームが映っていたが、僕はもう少し孤独になりたくて、ウインドウを閉じた。デスクトップ画面には、雑多なファイルが、まるでこの部屋みたいな雑駁さで並んでいる。それの後ろには描かれた美少女アニメ美少女なのかどうかはわからない。インターネットで見つけた、絵の美少女だ)が憂鬱げに体育座りをしている。彼女右手には安全剃刀が持たされている。左腕にリストカットの痕はない。安全剃刀は文字通り安全なのだ少女の足元には薬瓶が転がっていて、その転がる移動を堰き止めるように、本が置いてある。フェルナンド・ペソアの本らしい。表紙の白い部分には血痕のようなものが伸びている。

 灰を落としてみると、煙草の1/3はなくなっていた。僕は考えごとをする前に、なにかと準備運動必要みたいだ。考えるべきことというのは、僕の身体を駆け抜けて行った言葉についてだ。

 僕は「望む」なんていう大掛かりなものが嫌いだ。望むとも、望まざるとも、嫌いなものは嫌いだ。だが、そこにばかり注目していては次の文がわからない。次に進む。すると、それがあらわれているという。

 それがあらわれている。それはお前が望んだものだ。

 というのであれば、僕はわかるような気がする。まずはじめに「あらわれ」があって、その説明、あるいは定義けがされる。これは、わかる。あると思う。いや、あるべきなのだ自分がいまどうして存在しているか? こうして暗い部屋で、食事に使って洗わないままで転がっている食器や、ゴミの類いが転がっている、この雨戸が閉められた部屋で、僕の身体は、パソコンは、煙草は、まず、「ある」。そして僕がその「あらわれ」を何らかの形で受け取る。受け取ったものには、それ相応の制限がある。それが説明であり、定義でもある。こうして抽象化すれば、わかる話だ。話がわからなくなっているのは、そこに「望む」という言葉が出てきているからだ。煙草を灰皿にすりつぶした。

「こうしていても埒があかない」

 そう呟いた。こう言ったところで、あの言葉が離れていくわけでもなく、これから行動をとったところで、あの言葉が離れていくわけではないだろう。精々気晴らしにはなるだろうが、自分の中にある嫌悪感がぢくぢくと膨れていくか、いつの間にか消滅しているか、そのどちらかだ。経験的に、後者の方がよくあることだ。いつの間にか消滅するには、原理的に時間必要から

 家を出ると小雨が降っていた。庇の外に左手をかざすと、ほんとうに細やかに、少ない量の水が手のひらに当たった。深い青空全国的に深夜であることを告げていた。振り返って家に鍵をかけてから、僕は肺にあるどんよりした空気を深い青の空気と入れ替えた。まるで僕の肺が一つの世界になっているみたいに青い深夜だった。その世界は二つあった。そのうちのどちらかに、隣部屋のお風呂匂いが流れ込んできた。歩き出した。傘はいらないだろう。煙草お菓子を買ってくるだけだ。

 思った通り、雨ざらし階段はそれほど濡れていなかった。足を滑らせる心配はなさそうだし、きっと降りはじめてすぐなんだろう。階段を降っていくと、

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ」

 という、声がした。言葉ではなく、声がしたのだ。階段を降りている感覚が薄れて、ゲシュタルト崩壊してしまった。階段構成する線と線の繋がり、それがなす直角と、段差、線の全てが空白もしくは混沌世界に放り込まれた。ポケットに入れていた鍵は、僕の拳から飛び出すことなく、音を立てることもなかった。目を閉じた。「うわあ」と思った、その頃にはもうすでに階段の一番下まで辿り着いていた。でも服は汚れてしまった。階段から転げ落ちたのだ。頭の裏、腕の曲がらないところ、脚の曲がるところ、何より腰が傷んだ。それから遅れて左手に妙な感覚があった。座り込んだまま、左手を開いてみると、家の鍵を強く握りすぎたからか血が出ていた。鍵に何かキーホルダーをつけていたわけではないから、純粋に鍵で傷ついたのだ。親指の付け根に小さな切り傷が付いていた。思ったより血が出てくる。なんとなく、右の人差し指中指でそれを拭い、右の頬に付けてみた。この、なんとなくの一連の動きは、シネマスコープの中に映し出されているといいな、と思った。身体中が痛かったけど、おもしろかったから、よかった。僕は立ち上がることにした。雨は本当に少しだけ降っている。

 ここからコンビニに行こうとしている。それなりに汚れてしまったが、仕方がない。自転車を見た。自転車に乗って行こうか、いや、この程度の濡れ具合で滑って転んだのだ(たとえ変な声が聞こえてしまたからといえど。またあの変な声が聞こえないとも限らない)、大事をとって、あと気晴らしのために歩いていくことにしよう。自転車を金網越しに見た。僕は歩いてコンビニに向かう。決めたからだ。ぶらぶらさせていた右手を鼻の前にかざして、匂いを嗅いだ。鉄くさく、砂っぽかった。これでコンビニに向かおうとしているのだから、笑えてくる。いや、これは気晴らしにすぎない。コンビニ店員も、適当事情を察してくれるだろう。コンビニ店員は本当に飲み込みが早いから、わかってくれるはずだ。

 そんなことを考えていると、下には列車が通る小さな橋に辿り着いた。水色の塗装ははげかけているが、子供が手すりで遊んでいて怪我をするほどではない。おしゃれみたいに朽ちている。その下では電車が通る。橋の真ん中に辿り着いて、ここから落ちたら死んじゃうだろうと思った。いや、生きちゃう? 電圧注意と書いてあるから、落下して骨が折れたり、死んじゃう前にびりびりっと身体破壊されてしまうかもしれない。それにいま僕は濡れている。電気はよく通ることだろう。でも、痛そうだ。さっきの落下でさえ痛く、血を流してしまったのだ。僕というのは風船みたいに壊れてしまときには、弾けるように壊れてしまう。そして、壊れてしまうと、びっくりするし、うるさい。毎度この橋を通るとこんなことを考える。死ぬことはないだろうとは思うが、死んでいいかもしれないと思う。そして、橋の真ん中で線路を眺めるのをやめ、先に進もうと体勢を変えると、昼間子供達がよく遊んでいる公園が見えてくる。深夜の公園だ。いやらしいことを考えないわけではない。でも、重要なのは、いやらしいことを考えたその時には、もうすでに水色の手すりから離れて、コンビニに向かって歩きはじめていることだ。

 公園に面した道路を進むとコンビニがある。だからコンビニに向かうまで、橋の上、橋の下り、道路、と少なくとも三つの視点から公園を眺めることになる。意図して見ないときもあるが、この場所から見た公園をその時に考えてしまっているから、大体いつもみているようなものだ。道路に面している側には遊具はない。公衆トイレがあって、それを二本程度の灯りが照らしている。公衆トイレほとんど立方体の形になっていて、二つの光源から伸びるそれの姿は、三つの視点、どこからみても美しい。道路から見たとき前景に公衆トイレがあると、その後景にブランコがあって、その間くらいに滑り台がある。ジャングルジム砂場公衆トイレに隠れてしまう。

 今日こうして家を出てきて、コンビニに向かっているのだけれど、いつもは見かけない、変な影が三つの視点全てにあらわれているのを見た。人影というには小さく、あまり動いていない。でも横に長いわけではないから、犬や猫の類いではないと思われる。霊でも無さそうだ。霊に影があったら、僕はその霊と仲良くできるだろう。

 よくわからないその影は少し揺れているだけで、歩いたりしている様子ではない。ブランコ周辺でただ揺れている。こういうのはあまりない。不審な影を見かけることはよくあるが、それはその人物不審から影も不審に見えるのであって、影が独立して変な雰囲気を纏っているのはなかなかない。それに、徹底して影の主が見えてこないというのも、変な話だ。影しか見えない。特に怖がることはなかったが、

「変だなあ」とは思っていた。そのまま、コンビニへ向かった。

 その前に、円柱状の灰皿に吸い寄せられていった。右ポケットには忘れずにセブンスターソフトと、ジェットライターが入っている。ジェットライターは素晴らしい。片手で着火できるというだけで、なんだかカッコいい感じがする。喫煙にかっこよさを求めたことはないけれど。客観的にそう思う。絵になるというか。

 セブンスターを咥えて、右ポケットからジェットライターを取り出して、先端に火を付ける。ゆっくり吸う。強く吸うと美味しくない。けれど今は若干の湿気があるから、どちらにしろ美味しいのかもしれない。

 煙草を吸っていると、気分がいい。家から出てすぐ深夜の空気を吸ったように、身体の中の空気を違う空気で入れ替えているように感じる。手軽に自由を手に入れてるような気がする。これが自分の望んだものなのだと言われたら、認めてしまうかもしれない。この一本の煙草が僕の自由に繋がっているなんて、ちょっと詩的だ。けれど……

 お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ。

 これはどういうことだったんだろう。

 こと?

 あれははじめ、「言葉」として僕の身体に降りかかってきた。「言葉」が身体を貫くような感覚は、実はよくあることでもある。だからそれはいい。問題はその「言葉」が「声」になって聞こえてしまったということだ。「声」になって聞こえたということは、誰かがそれを喋ったのだ。あのとき、僕の近くには誰もいなかったから、僕の「言葉」が「声」に聞こえてしまった(?)ということなのかもしれない。つまり幻聴のようなものだ。幻聴ということは、幻? 幻には思えなかった。なぜなら、まずはじめに「言葉」が降りかかってきたからだ。幻にふさわしいのは、何の予兆もなく、何の脈絡もない「声」が聞こえてくるということではないのだろうか。あるいは、僕を貫いた「言葉」は「幻の声」を予知していた、とか。ファンタジーじみてきた。同時に自分精神的におかしいと思われる(思われてしまう)ことを毛嫌いしていることに気づいた。言葉に則して物事判断している。まるで、そうしないと生きていけないように。セブンスターは半分になっている。そうしないと生きていけないということは、僕は「言葉に則して物事判断することを望んでいる」のかもしれない。それのあらわれとして、部屋があんなことになっているのかもしれない。数日間シャワーの浴びていない自分がいるのかもしれない。言葉に則して物事判断することを望むというのは、ここまで代償が必要なんだな、とひとりごちて、笑った。口から煙草の煙が飛び出た。

 コンビニでは煙草お菓子を買った。煙草はいものセブンスターお菓子適当チョコ、なんだか寝付きが良くなるらしいチョコがあったからそれと、イカのゲソを買った。ゲソを買うとビールに手を伸ばしそうになる。でも僕はビールはあまり好きではないから、好きなのはゲソとビールという組み合わせだけだから、やめることにする。結構そこで戸惑う。けど、ビール自分には必要のないものだ。煙草チョコイカのゲソは、自分必要ものだ。

 帰り道、公園が見えてきた。あの影はまだ居るだろうか? 僕としてはいないほうがいい。帰りは行きと違って、目に入ってくる視点が二つなくなっているからだ。橋の下りと、橋の上では、振り返らない限り公園の姿を捉えることができない。公園の姿を素で確認できるのは、今、この公園に面した道路でだけなのだ。だからこそ、ここでしっかりと、あの影がまだ居るかどうかを確かめ必要がある。そうしないと、公園を背にしてからが怖い。

 立方体公衆トイレが二つの光源に照らされて伸びる影の先には、ジャングルジムがあり、わずかながらジャングルジムの影も砂場に広がっている。幾何学的な影は、砂場の凹凸に習って、あまりユークリッド幾何的ではない形になっている。ブランコにはあの小さな影はなく、滑り台にも影はない。灌木を含め、公園全体を見渡してもあの小さく、揺れていた影は見当たらなかった。僕は一安心して、煙草を口に咥えた。少しだけ、雨が強くなってきた。火をつける。

 とりあえずは安心てところだろう。もともと霊とかは考えていなかったから、特に恐れることはなかったのだけれど、一応だ、一応の確認必要だと思ってだ。それから公園から目を離して歩いてみた。なぜかまた右手の小指と薬指が痺れてきた。コンビニで買ったもの左手で持っている。右手煙草を吸うために放っている。それにしてもあの影はなんだったんだろう。影があるのだから、影の主はいるのだろうが、僕はそれを見ることができなかった。するとやはり、影は独立したまま存在し続けるのかもしれない。僕の中でも。世界の中でも。

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ」

 という声があらわしていたものは、僕の考えていたように、ものごとの素朴な存在を認めろ、ということなのかもしれない。だからこそ、影にはその元があるとは考えなくて良いし、「声」のものも、「言葉」のように独立したツールとして、その元を探る必要はないのかもしれない。だが。

 そうしたことを伝えるのであれば、やはり「言葉」に留めておくべきではなかったのだろうか? 「声」でこのことを伝えるというのは、そのもの矛盾しているからだ。通常のものの考え方ではたどり着くことができない。「声」には人を必要とするという考えは、どれだけ複雑な回路図だったとしても、確かなものからだ。僕はそう思う。「声」独立して、僕に警鐘を鳴らしていたというのは、考えられない上に、警鐘ですらない。現状の説明を、何か「声」を使って説明する必要はどこにあったのだろう。必要? では「言葉」で表す必要はどこにあるのだろう。普遍的で、使いやすいのがキーなのだろうか。それが必然に関わっているのか。でも、こうしてみると「声」も「言葉」も大差ないように思える。すると、なぜはじめに「言葉」があり「声」が生まれたのか、が問題なのかもしれない。僕はあの言葉から逃れられていない。いまだに考え続けている。もうすぐ橋を渡り終えるというのに、家に帰ってもずっと考えてしまうのだろうか。橋の下階段に足を付けると、

「お前が望んでいたものが、いまあらわれているんだよ!」

 明らかに声がした。それもあのときに感じた「声」ではなく、方角があり、ちゃんとした輪郭を持った声だった。だが、どこか浮世離れしている。それでも僕はびっくりした。何しろ深夜なのだ。僕は振り返った拍子に咥えていた煙草を落としてしまった。湿っていた地面に落ち、火が鎮む音がした。そこから煙が立ちのぼった。雨が止んでいた。

「お前がどう考えても何も変わらないが、お前はなぜか望むことができる。お前はそれを否定しているだろうが、それは、お前が望むことができてしまうことに勘づいていたからだ」

 橋を上ってくる音が聞こえる。人にしては軽い音だ。

「お前が何かを望んでいたとしても、それが叶うことはまれだ。まれということは、叶うこともある。お前はそういう能力を持っているのだ」

 橋の上に立って僕を心持ち見下してきたのは、高校一年生くらいの少女だった。それにしては身長が小さいし、逆光だからか影しかみえない。

 僕は思ったことを言った。

「でもそれって、僕以外の人にも言えることじゃないですか?」

 なぜか敬語が出た。

「そうなの?」

「たぶん」

 影の少女はため息をついた。マジで……と呟いていた。僕は聞き逃さなかった。

「お前が考えていることは、実は大切なことだ。これ以上ないくら大切なことだ。あまりそういうことを考える人はいない」

「そうなんですか。ちょっと煙草吸ってもいいですか」

わたしにもくれ」

 それにしてもこいつはなんなのだろうか。深夜に高校一年生くらいの少女と一緒にいて、通報とかされないのだろうか。僕は影の少女煙草を渡すために近づいたが、影の少女は、「少女」になることはなく、影の少女を保っていた。なんなのだろう?

ありがとう今日煙草が美味しい日だ。君が思ったことだよ」

「そうだったかもしれませんね」

「だが、お前には足りないものがある」

「なんでしょうか?」

 そこで少女は本当に長く時間をあけて、煙草を吸った。とても長い時間だったが、次に出てくる言葉がわからなかったから、僕は待っているという気分ではなかった。僕も僕で煙草を吸っていたのだ。

「お前は実は求められて、存在している」

「え?」

「お前はそれを拒絶している」

「そうかもしれませんが……」

「お前は求められているから、存在しているのだ。お前が求められなくなったら、存在しなくなる。死ぬとはまた違ったものなのだがな」

わたしはお前に求められて存在した。類を見ないほどひねくれたやり口だったがな」

 そういって影の少女は僕の手を取った。左手の血は止まっていて、傷になっていた。影の少女が、その手をぎゅっと握ると、傷はなくなった。影の少女は、影の少女にふさわしく、とても冷たい手をしていた。

「お前の考えていることは基本的に正しい。が、まずい考えでもある。それを警告しに来た。お前には知ってもらうことがひとつだけある。そのために来た」

 そう言うと、影の少女は地平線の向こう側に指を差した。何も見えない、と言うと、耳を澄ませ、と言われた。それに従って耳を澄ませていると、軽く、高いが地鳴りのような音が聞こえてきた。信じられないだろうが、線路中に列車が猛スピードで走ってきている。どの列車も見たことがない。ここは新幹線は通ってないだろうが、新幹線と同じくらいのスピードで走っている。だからか、電車にも見えない。謎の列車が猛スピードこちらに走ってきている。深夜なのに。どういうことなのだろうか。

「お前に足りないものは」

 影の少女は、橋の手すりに立った。そこで、影の少女少女になった。制服を着ていた。白いパンツが見えた。胸は小さく、確かにあった。ショートヘアだった。見覚えのある子だった。だが、会ったことはない。会ったことはないが、見覚えのある子だった。可愛い少女煙草を咥えたままだった。

 夜が静まりかえっていた。少女が決然と橋の手すりに立って僕を見下しながらも、夜空にはたくさんの星がきらめいていた。青い深夜は地平線見渡す限りに広がっていた。少女は僕を哀れむように見ていた。空間が張り詰めていた。それを揺らす列車の轟音。少女がふらっと動いた。

「圧倒的な喪失だ」

 制服少女は橋を飛び降りた。少女が地面にたどり着くころに、列車は飛び込んできた。衝突する。血が流される。さっきまで話していたあの謎の影は少女で、彼女飛び降り自殺をした。僕が手を伸ばした時点で、少女は見えなくなっていた。なにもかもわけがからない。僕は止められたかもしれなかったのに、影の少女から少女になったところで驚いて、何もできなかった。もしかしたら、なにもするべきではなかったのかもしれない。彼女は僕が求めたか存在したのだ。だが、彼女は自ら消滅することになった。ということは僕は彼女自殺を願ったのだろうか。彼女 Permalink | 記事への反応(0) | 11:49

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