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2019-03-11

anond:20190310142121

中央線新宿より西方面あたりのイイ感じの飲み屋を探せば、丁度よさそうなパートナー見つかる気がするわ。

2019-02-25

今日国立の前期入試の日なんだね。

今朝の中央線停電で一生の運命が変わった人もいるんだろうな。

2019-02-20

直接言えないのでここに書きます

わたしの想いを。

拝啓、某くん

八月の中央線新宿から武蔵小金井に向かう電車の中で。

初めて大きな失敗をした君が「周りから目線に押し潰されるようだった」と胸中の苦しみと一緒に溢したほんの少しの涙が、恋慕の始まりでした。

客もまばらに乗っていた中央線が、確かにあの時二人だけの世界になったような。何もかもから取り残されたような。

決して私だけのものではない、皆の王子様の”ほんもの“が、私だけに確かに垣間見えたあの瞬間。

きみに恋をしました。

きみに幸せになってもらいたいと願いました。

あの時のわたしは正直ちょっぴり嬉しかったんです。みんなの王子様が私だけに吐露してくれた自分自身の断片が。日頃の取り繕っている彼の比ではない崇高な輝きが。


九月にわたし自分の不甲斐なさに耐えきれなくなって電話した時、

「忘れたのかあの約束を」

「覚えてるのは俺だけなのか」

「” 俺ら2人で絶対成功する “ って」

覚えてないわけがない。覚えてないわけが

しろ覚えているのは、その言葉に縋って生きていたのは私だけだと思ってたのに。

初秋の星が綺麗だった夜空の下で、公園のベンチに座ってこみ上げる何かを噛み締めながら、心の中で唱えた。

やっぱりきみは王子様だ。

そのカリスマ性が、その気遣いの上手さが、年相応の単純さが、嘘のつけない正直さが、どうにも眩しすぎて、きらきらしすぎて。

いつしか私の方が劣情を拗らせてしまった。

先週チゲ鍋をつつきながら友人に仄めかした言葉だけど、

好きな人には幸せになってもらいたい。勿論自分と付き合ってほしい気持ちはあるけど、到底自分なんかではと劣等感に苛まれるし、実際そうであるから釣り合わないのを理解しているのにも関わらず無闇に関係を壊すなんてことはしたくない。

どうか、可愛くて素敵で、きみをきちんと幸せにしてあげられる女の子と素敵な生涯を歩んで、結婚式に呼んでほしい。ビシッと決めるのはきみには似合わないよと軽口を叩きながら、色々な人に祝福されて幸せになる君を見て、ああ好きだったなと泣きたい。きみが幸せで本当によかったと泣きたい。

話しながらこみ上げてきたものは、きっとチゲ鍋の辛さのせいだ。

というわけで、

拝啓わたし王子様へ

きみの輝きはたくさんの人を幸せにすることができる

無論わたしも、随分と幸せにしてもらっている

から

きみも素敵な人と素敵な人生を歩んで

幸せになってください

きみの幸せわたし幸せです

四月からはお互い今みたいに会うこともなくなってしまって、もうきっと話をすることもだいぶ減るだろう

意気地なしで弱気で卑屈で、そのうえ実力もないから、きみに助けてもらうばかりの一年で、ほんとうに迷惑かけてばかりでごめんなさい きみに何もできてなくて足を引っ張ってばかりでほんとにごめんなさい

でも

人生のほんの一ページ分でも、わたしと過ごしてくれてありがとう

けがえのない時間でした きみと2人で色んなことを話す時間が大好きで 愛おしくて 宝物でした

きみからもらった言葉も想いも全部わたしの中にたくさん取っておいてあるんだ

月並み言葉だけど

これから人生たくさん笑ってたくさん泣いてたくさん失敗してたくさん成功して

自分の夢を掴んで

どうか 幸せになってください

結婚式には呼んでね えへ

わたしより

2019-02-12

anond:20190212115638

元増田です。

東京東側中央線沿いも住んだことがあって、うん、東側・・・な感じなのもわかる。中央線沿いは密集度合いがやばかった。

つくばエクスプレスのおかげでむちゃくちゃ発展したので、開業当時マンション買ったやつはボロ儲けだね。

2019-02-05

anond:20190205115219

なるほど

死ぬ気で公共交通を維持しようと思ってそれが可能なら何も心配いらないけど、現実それが可能なのかな、というのは気になるところ

コンパクトシティ化で、施設インフラ中心部に集めるというのは効率化されていいと思うのだけど、人も中心部に集めるというのは、役所や店や職場イベント中心部に集めて賑わいを創出するということであって、住居を中心部に用意しますよ、ってことではありえないよね?

とすると、県そのもの中心部だけ見ればそれは成功なのかもしれないけど、郊外から見ると、ますます不便になる気がする

その代わりに移動手段保証しますよ、ということなのかもしれないけど

立川なら新宿行かなくても立川デパートもあるけど、東岡山西大寺ならスーパーとか個人塾がかろうじてある程度なのでは

というか立川駅前ですでに岡山駅前と同程度の環境じゃない?

移動30分や1時間普通で、ママチャリで1時間普通、と言われると、それを不便と呼ぶのではないかと思ってしま

立川から新宿まで中央線で1時間、ってのと、西大寺から岡山まで車で1時間、ってのが同じ程度の環境だとはどうしても思えないんだよね

岡山なら大阪まで新幹線でたった45分、ってのが相当しそうな感覚

大阪なら、池田なら梅田までチャリで1時間よ、と言われても、わあ便利だねって思わないし阪急ないと死ぬ

まあ、その不便を不便と思わなければ、将来も苦もなく暮らせるぞ、ってことなのかなー

いまはチャリ20分ほどで中心部駅前に行ける環境なので、それが車で1時間になると正直つらいわ

でも、それがお金がないってことなのかなあ

2019-01-17

「殴るぞ」女子中学生脅した容疑で会社員逮捕 警視庁

https://www.sankei.com/affairs/news/190117/afr1901170038-n1.html

逮捕容疑は昨年12月1日午前10時ごろ、東京都日野市程久保多摩都市モノレール程久保駅のホーム女児に「どこの中学」などと声をかけ、嫌がって母親電話をかけようとした少女電話したら殴るぞなどと脅したとしている。

中島容疑者はその後も、「どうしたらいいか分かるか」「トイレに行ったら解決する」などと言ってトイレ誘導しようとしたが、少女はその場から逃げて無事だった。警視庁わいせつ目的だった可能性があるとみて調べている。

中島容疑者は今月14日、JR中央線電車内で小学生女児に「電車を降りてトイレに行こう」などと声をかけて肩をたたいたとして、暴行容疑で現行犯逮捕されていた。

トイレに行ったら解決する」………トイレ教の教祖ですか?

2019-01-09

女装してみたいが障壁が色々ある

まず初期費用たかい。ほとんどの化粧品や服などは通販で買えるが結構値が張る。道具一式+服で軽く10万は飛ぶ。良いものを揃えるとなると20数万円になる。これは学生趣味にしてはかなり痛い出費だ。

次に体格の問題。僕の顔つきは結構女の子っぽいが体格がガッチリしてて身長六尺ちょっとある。成人男性の平均より高い女性なんてかなり目立つ。しかヒルクライムで鍛えた筋肉質な足はどう見ても男。スキニーパンツを履いてみたいがメンズでも入らないのでレディスは絶対に無理だ。どうしてもゆるめの服に限られる。

1番大きい障壁女装する目的がないこと。大学友達には見せようと思わないし見られても何とも思わない。かと言って、街中を歩くだけだと寂しい。僕を見た人は、デカイ女(装)だとか可愛いとか思うだけで、ナンパなんてされないだろうし痴漢されるかも怪しい。女装会みたいなのが有ったら行ってみたいが情報がない。ただ女装はしたい。

春までは女装の季節なので冬の間に可愛く変身して出かけようと思う。出没するなら中央線のどこかなので見かけたらよろしくね。

西野カナ活動停止西野カナがしんどくて震えていたか

さっきこの画像存在を初めて知って俺の中の西野カナが突然パンキッシュ

https://www.google.co.jp/search?q=%E8%A5%BF%E9%87%8E+%E3%82%AB%E3%83%8A+%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF+%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%B0&hl=ja&tbm=isch&source=lnms&sa=X&ved=0ahUKEwjn3LqAvt7fAhXIxbwKHbipAfgQ_AUICygC&biw=1180&bih=761&dpr=1.25

彼女ってもしかしてデトロイト・メタル・シティ状態だったんじゃないだろうか。

全然詳しくないけど、とにかく女子ウケする曲を作る人ってイメージがあった。

ちょっと前にマーケティングガッツリやって曲作ってるって記事読んで、

かつての広瀬香美的な商業ポップスと同じ匂いを感じてなるほどと思ったけど、

売れる前のロックな姿を見てさらに納得いったというかなんというか。

俄然、中央線沿線ロックに生きてる彼女日本商業ポップスで成り上がったまでの経緯と心の変化を知りたくなった。

そりゃ限界も早く来るよなぁ。というか、商売としてやるにはしんどくなったというか、もう充分やったんだろうなぁ。

今後は自分の思いっき好きな音楽を好きな様にやれば良いんじゃないかな。本名でも匿名でも今はいくらでもやりようはありそう。

仮面を外して(付けて?)クラウザーさんになって

クズども!もー逢えねーんだよ!!震えて眠れ!バーカ!!」

みたいな曲を一つお願いしたい。

2018-12-28

Twitterにいる田舎バカにしてるやつ、ほとんど23区民じゃない気がする

ずっと思ってたんだけど、多分マジ。

23区民じゃない人は都民意識が強いし、埼玉県民と神奈川県民は良く田舎バカにしてる。

ハロ騒動とき田舎バカにしてる人たちのTLをのぞいたら、自撮りしてる車のナンバー八王子多摩だったり、所在地埼玉川崎だったりした。

さらさら偏見だけど、西東京の人たちは特にその傾向が強い。

君たちが住んでるところもだいぶ田舎やん。っていう。

立川まで行くと流石に東京は遠すぎる。

本当の東京都に行くためには、クソみたいに混んでる中央線田園都市線に乗ってわざわざ新宿に行かなきゃいけないくせになぁ。

2018-12-19

もっと周りを見てほしい

痴漢とか、体当たりとか、皆さんが思ってる以上にあります

からもっと周りを見てほしい。

大学生とき、しつこい痴漢を捕まえようと思って、停車駅でホームに降りて駅員さんに「あの人痴漢です!」と言ったときのこと。

痴漢現行犯しか逮捕できないんで」

と言った冷たい声。

ホームを往来する人たちの冷たい目。

私の周りに立ってた人も、誰も、何も言わない。ジロジロ見てるだけ。

帰り道、泣いてしまった。


痴漢だけじゃない。

必要下腹部押し付けてくる人、向かいに座って足を写真に撮ってくる人、立ち上がる時にひざを触ってくる人、降り際に胸にひじをグイッとひとなで当てていく人。

痴漢なのか、間違いなのか判断がつかなくて、とてもくやしい。

「やめてあげて!」と、2回だけ周りの人が注意してくれたことがある。

いずれも20代のお姉さんだった。

あのときは、きちんとお礼も言えなくてすみませんでした。

いま、自分お姉さんたちの年齢を超えて、同じようなまなざし電車にのっている。

こないだ、帰宅ラッシュ中央線女性身体押し付けている風の人がいた。

女性が逃げ回ってるのにグイグイついていくのでおかしいと思い、その女性の肩をポンポンして「良かったらこっちで一緒に立ちませんか?」と言った。

女性は「ありがとうございます!!!」と言った。

男性は逃げていった。

悪意があったかからない。こちらの勘違いかもしれない。

でも、少なくともお姉さんは救われた。男性は立ち振る舞いの危うさを知ったはず。

悪意があったのなら、他者視線気づき、それが抑止力になってほしい。

被害者かもしれないひとに安全場所を与え、加害者かもしれないひとに牽制ができるのは居合わせ他者しかいない。


グレーゾーンの行動を痴漢で捕まえるのは難しいのかもしれない。(勘違いだと、こわいし)

でも、誰かの視線無駄にはならないと思う。声をかけてあげられたら、もっといい。

から皆さん、周りをいつもよく見ていてください。

2018-11-25

ぼくが自殺を決行した話をする

今だからあんまり気負わずに言えるけど、当時は人生に対して切実な思いを持っていた。もちろん自殺には失敗したから今生きている。

当時、ぼくは20歳ニート生活をしており、よくわからないまま何の目的意識もないまま、とにかくこの先の人生絶望しながら生きてきていた。

ぼくはそのとき大学中退してそれなりの年月が経過していた。大学に行ったのも特に目的は無かった。働きたくないし勉強もしたくなかったが、親が金を出してくれるということで、自分人生に対して責任というものがなく、ただ言われるがままに進学をしていた。受験勉強は全くせず高校時代は家で勉強したことはなかったが、学校の授業を高校1年生から2年生まではしっかり受けていたこともあって、受験成功し、ランクは落としたが大学に進学した。それでもそこそこの国立大学には進学したので、ぼくは同級生ほとんどを見下していたように思う。

大学に入ったときは「遊びまくれる」という意識があって、いままでの家庭内での抑圧が弾けるかのようにぼくは遊び回った。当時隆盛していたモバゲーやらGREEやらでメンヘラ漁りをしたり、ネトゲにハマったりPCゲームにハマったり映画を見たり、一般的パラサイト大学生として過ごしていた。大学ははじめのころは新鮮でおもしろいと思って通っていたが、慣れてくると結局勉強をしなければいけないことに気づきだんだん卒業後の現実が見え始め、やる気がなくなった。勉強をしてなんになると思い始めて学校に行く頻度が落ちた。卒業して働くということに絶望を感じていた。就活というもの意味がわからなかった。

「少なくとも残り38年、あるいはそれ以上、奴隷として働かなければいけない」という絶望感があった。ぼくはそこまでして生きたいと思っていなかった。好んで死にたいわけではなかったが、人生目的が本当に何もなかった。ただ言われるがまま、子ども学校に行くもんだという指令のもとに生きていた。こうした呪縛から解き放たれて自由を得た代わりに、選択肢が何もないように感じていた。「働いて、生きて、それでその後は?」「何十年も生きて、それでその後は?」「生きていれば楽しいこともあるだろう。それでその後は?」「たとえば何かしら名声を得るとして、それでその結果何が得られるのか?」という風に感じていた。すべての物事人生最後にどう意義深くなるのかを考えていた。こういう考え方は、防衛機制の知性化というらしい。

ひとまず2年生に進級した。必修単位だけはなんとか落とさなかったが、そのほかの単位ものすごく落としていた。状況は何も変わっておらず、相変わらず特におもしろいとは感じないながらも、まだおもしろさが比較的マシなゲームや女遊びに没頭していた。しか現実逃避に過ぎないと考えてぼくは自殺を考え始めた。「死」が選択肢に入ってくると、おもしろいほど転がり落ちるのが早い。ただの堕落した大学から、終わり始めていった。

ふつう人間は、何か行動を選択するときに「死ぬ」という考えは浮かばない。「おなかすいたかコンビニに行こうかな。めんどくさいな。まぁ食わなきゃ死ぬしいいか」というふうにはならない。どんな選択でも死ぬことが関わってくる。死神に呪われているがごとく。「窓が汚れてるなぁ。窓ガラスに首を突っ込んだら死ぬだろうか」「料理はめんどくさいな。包丁を刺すのは痛いだろうなあ」と、だんだん普通の行動を取れなくなる。完全に何かしらの病気なのだが、金がないし「この状況が薬で改善されるとは思わない」と思っていた。

当たり前だが大学には行かなくなった。大学をやめてバイトだけやろうと考えた。当たり前だがうまくいくはずもない。そもそも働きたくないのだから、すぐにバイトにも行かなくなった。身分学生なだけの人間に成り下がった。ぼくは大学も行かず、バイトで貯まっていた20万円を使って、「起きる→ゲームする→眠くなると寝る→腹が減ったとき、朝や昼なら近くのスーパーに行き、夜なら近くのコンビニへ行く」という生活をしていた。ゴミは出たらそのまま放置し、いよいよ虫が出てきたときゴミ捨てをするという、現実逃避以外の何物でもない生活をしていた。

何度も「餓死しようかな」と考えて飯を抜いては「限界。無理」と考えてがっつり食べたりしていた。「3日食べない」「たくさん食う」「2日食べない」「たくさん食う」の繰り返しをしていた。この食べるという行為けが幸福だった。コンビニの同じような弁当ばかり食べていたが、ただただ「うまい」と感じていた。脱水症状手前の状態から飲むポカリは格別だった。体全体が食物を欲している中で食べるハンバーグは絶品だった。ある種中毒になっていたのだと思う。

そうした生活によって金が尽きる前に、母親が迎えに来た。ぼくが携帯電話の電源を切っていたので心配になって見に来たということだった。ぼくは「失敗した」と思うと同時にそれを拒絶した。「現実がやってきた」というふうに感じていた。未来への思考をしないようにしていたところに現実を考えなければいけないトリガーが出た。死を保留することがもうできなくなったと考えて、ぼくはすぐさま死ぬことを考えた。急いで財布だけ掴んで家を飛び出し、ネカフェに3日ほど滞在したあと、富士山樹海で首を吊るのがいいんじゃないかということで、なけなしの金をはたいてぼくは中央線に乗り込み、最後の晩餐として、いくらかの酒やお菓子食べ物ビニール紐と睡眠導入剤を買い込んで、残金がほぼないような状態で、河口湖駅へついた。そこからバス民宿方面へ向かった。民宿の予約はしていない。

ついたのは夜だった。ぼくは民宿の前の道路から少し離れたところで樹海に入った。樹海は街とは比べ物にならないほど暗く、岩は月あかりのせいか血のように光っていた。懐中電灯などというものは持ってきていない。飛び出したおかげか携帯電話も持ってきていなかったので、でたらめに移動した。引き返すつもりもなかったので、財布の中に入っていたお札や小銭を取り出して、破いて樹海の中にばらまいた。そうして移動した。怖くはあったが「動物に襲われたくない」という怖さだった。死にたいが痛いのは嫌だったからだ。樹海は暗すぎて木に紐を結びつけることができなかったので、一夜を明かさざるを得なかった。当時は雪が降る時期で、異常に寒くまともに眠れなかった。「寝たら凍死できればいいのに」「寝たら死んでいますように」と考えていて、必死で寝ようとしては起きてという繰り返して、朝を迎えた。何時だったのかは全くわからない。薄明かりで木に紐をくくりつけられるぐらいになった。

ビニール紐というのは何度も巻き付けて首に巻くとものすごく痛い。そもそも数秒耐えることもできない。睡眠導入剤や酒など飲んだが何の効果もない。意識はかなり明瞭で「死ぬ」という恐怖心と戦わなければいけなかった。「死ぬ。これから死ぬ。なぜ死ぬのか。そもそも死ぬ必要があるのか。これで本当に死ねるのか。考え直した方がいいのではないか。死ななくてもいい方法があるのではないか」と考えた。痛いし寒いし死のうという決意も薄いしで、結局ぼくは死ぬことを諦めた。

朝を迎えた樹海景色が綺麗だった。樹海の中にある道を探すと、あっけなく道が見つかった。その道をまっすぐ進むとすぐ道路にたどりついた。全然道路から離れていなかったらしい。

道路に出て、ぼくは適当に歩き始めた。明らかに変なところを歩いているのに誰も話しかけることはない。それはそれでよかった。変に話しかけられても困るだけだった。道路をまっすぐ進むと甲府方面看板が出てさらにまっすぐ進むと、幸運なことにお店があって、横に公衆電話があった。あとで調べると12kmほど歩いていたらしい。何のためらいもなく110番をする。「自殺に失敗したんですけど」といって、ぼくはいろいろあって実家に帰ることになった。おまわりさんには「いろいろ人生つらいこともあるけど死ぬのはダメだよ」みたいなことを言われてぼくはひととおり泣いていた。ただ、そんな言葉で心変わりするぐらいならここまで悩んでいない。泣いて「ちゃんとした方がいい」と思ったのはほんの数瞬だった。

実家に戻ってまず思ったことは「状況が何ひとつとして良くなっていない」という絶望感がただそこにあるだけだった。死の保留が再びできて安堵していただけだった。当時の家庭環境もよくなかった。父母の仲はぼくが家を出たあとでいっそう最悪になったらしく、父は仕事に没頭しており、そもそも母と情報共有できていなかったので、ぼくが樹海に行ったことを知らないようだった。今も知らないだろう。ぼくも積極的に言うこともなかった。「自殺を図った」という言葉の上っ面では、他者にそこに至った経緯など伝わるはずもなく、その理由理解され難かった。

ぼくはそのまま自堕落生活を送った。

堕落生活で、ぼくはひたすらネット動画を見ていた。「動画を見る・起きる・夜目覚めて冷蔵庫にあるものを漁って食う・眠くなったら寝る」というクズ生活を送っていた。その一般的クズニート状態のまま1年がたって、当時の「死ぬことの怖さ」みたいな思いが風化して、ぼくは再び死ぬことに決めた。「親に迷惑をかけている」とは思っていなかった。「今まで虐待みたいなことを散々してきて育ったのだから当然の報いだろう」と思っていた。申し訳無さではなくて、この先どうすればいいのかを延々と考えていた。未来がない。「奴隷か・死ぬか」という二分的な思考の中で揺れ動いていた。いま思えば思考があまりに先鋭化しすぎているが、周りの環境がそう簡単に変わるわけでもない。むしろぼくの存在によって周りの環境がぼくの闇に引きずり込まれるように悪化し始めた。

死ねなかったのは、前回のプランが悪かったのだ」「そもそもプランをたてる暇がなかったのだ」と考えるようになっていた。「そもそもビニール紐で死ねるわけがないではないか」などと思って事前調査することにした。実際にはビニール紐ではダメで、ロープが良いのである死ぬというのは勇気というか、一大決心がいるものであるが、準備ができていないと死ぬことはできない。感情的であればあるほどめちゃくちゃなことができるが、めちゃくちゃゆえに準備不足で失敗することもある。ぼくの場合死にたい!!」という一撃の思いではなくて、ずっと心にためていた漫然とした「このまま生きていたくない」という学習無力感だったので、痛い思いもしたくなかった。

着々と準備を進めてぼくはやっぱり首吊りをすることにした。何度も首吊り選択している理由がわからいかもしれないが、首吊りリーズナブル苦痛が少ないという合理性からだ。ただし実際には苦痛は他の死に方と比べて少ないというだけで、ものすごくあることもあるし、一般的生き方での「痛い」と比べるべきものではない。基本的にはほぼすべての死に方について、死ぬほど痛い。幸運にも苦痛なく死ぬことができる人もいるはずだけど、最悪の場合永遠に苦痛を味わいながら生きることになる。

ともかく、ぼくはロープを買い、痛くないようにハンカチなども買って準備を万全にした。睡眠導入剤や酒も以前と同じく買った。

夜、ぼくは家を飛び出して近くの山に向かった。田舎だったので山には困らなかった。白昼堂々山に入って通報されたらたまったものではない。夜に行動するのは基本だった。

樹海ときと同じように外で寝た。犬の鳴き声が聞こえて不安を煽られたが、地元ということもあったのかそれはそこまで気にならなかった。今回は夏で、じゃっかんの肌寒さしかなかった。準備は万全で、今回は変に目が覚めることはなく、いったいどういう神経をしているのか、熟睡できた。

明け方ロープを準備した。ネットで調べてきたとおりにハングマンノットという結び方で、枝に結んだ。ぼくは最後の晩餐だとして、買い込んできたご飯を食べた。睡眠導入剤をすべて飲んで水やお茶を飲み、酒を飲みまくり最後ファミリーマートで買ったエクレアを食べた。食べ終わると猛烈な不安が込み上げてきた。「死ぬのか」という感情が心をとにかく揺さぶった。

ぼくは木に登った。木に登って、太い枝に立ち、丸く結んだロープ首にかけ「ジャンプすれば死ぬ」というところまで準備した。猛烈な恐怖が体を襲った。ぶるぶる震える。ジャンプする。ジャンプしさえすれば死ねる。足はとにかくすくむ。今でも怖いと思う。思い出すだけで恐怖心が現れる。

それで、どうやったかよくわからないけど、ぼくは自殺を決行した。枝からジャンプした。

しばらくするとぼくは暗闇の中にいた。そこにはものすごい多幸感があった。眠りから覚める以上の幸せがあった。何かの扉が見えて、眼の前には光があった。あとで「この世に生まれてくる」とはああいうことかというように表現できるたぐいのものだった。ぼくは目を覚ました。ぼくは何をしているんだろう。ここはどういう世界なんだろうか。不可思議感覚だった。

次の瞬間、全身に激痛が走る。人生で生きてきた中で最も痛い激痛だった。ぼくは理解した。死のうとしていたのだった。ぼくは痛さで発狂していた。ぼくは痛いのをなんとかしたいという一心で、自動的ロープから必死に首を脱出させようと試みた。痛い。とにかく脱出しなければ。痛い。ロープから首を。痛いの嫌だ。ロープに手でぶら下がれば首は締まらない。痛さが軽減した。

ぼくはロープから首を出してそのまま枝から落ちた。体がドスッと地面に落ちたがそんなことはどうでもよく、首が熱を持っていた。喉がひたすら痛かった。それどころか頭まで痛かった。どれくらいそこにいたかからなかったが、ぼくは死ねないことに深い辛さを感じていた。鋭い痛みと「死ぬことはできないのだ」という選択肢がなくなったことでぼくはずっと泣いていた。

この経験以来、ぼくは「あのとき実はすでに死んでいて、今も実は死んでいるんじゃないか」という感覚がある。いつかあるとき、今生きていることは夢だということで目が覚めて、あの飛び込んだときに戻るのではないかという感覚がわけもしれずある。当時の体験2chの関連スレにそっと書いていたが、あまりまれることもなくひっそりとスレの中に埋もれていった。基本的にみんな他人には興味が無いのだ。

どのくらいそうしていたか覚えてないが、ぼくは家に帰った。太陽はもう高くあがっていた。どのくらいぼくは首を吊っていたのか全く判然としない。数秒だったのか数時間だったのかわからない。現実的におそらく長くても十分も経っていなかったのではないかと思うが。家につくと母はぼくの首の痣にびっくりしていた。とにかくぼくは生きる選択肢を選んだ。痣は1ヶ月ほど消えなかった。

その後お寺に連れて行かれてカウンセリングを受けた。なぜお寺なのかは理解できなかったが、言われるがままについていった。自分でもカウンセリング必要だと感じていたからだ。話を聞いてて思ったのは「ありきたりな話の集合のくそくらえ」ということで、ぼくが考えていたのは「こいつは使い物にならねえ」ということと、今後の指針だった。幸いにもカウンセラーの口がそこまで達者ではなかったので、ぼくが宗教にハマることはなかった。精神的にだいぶ弱ってはいたが、ぼくが欲していたのは「現実的に機能する今後の指針」であって、よくわからんスピリチュアル的なものではなかった。ましてや自殺決行後の人に、死のうか悩んでいる人向けのカウンセリングをしたところで何の効果もないだろうと、ことここに至ってもまだ人を見下していた。逆にぼくではなく、母がスピリチュアルに頼るような人種になっていた。

自分正当化するようだが、母も別に聖人君子ではない。こうなるまでぼくは小さい頃、虐待とともに生きてきた。第三者から見ればただぼくが悪魔のように見えて、切り捨てたい汚物のようだと思うだろうが。ぼくは今になってようやく、母も祖母祖父からめちゃくちゃな教育を受け、育児嫁姑問題や父との不仲、父のめちゃくちゃさ等でストレスがたまっていたということを理解して客観的に見ることができるようになった。いわゆる毒親というやつだろう。今は遠く離れて住んでいるため、適切な距離を保てていると思う。

まぁそれは置いておき、死ぬという選択肢が消えたことで、ぼくは図書館にいって本をただ読んだり、ぐだぐだと生きていた。結局保留する癖は死ぬ目に遭っても治っておらず、相変わらず親同士は喧嘩が絶えない状態だった。ぼくはとにかくグダグダとしていた。前よりは安穏としているものの、結果的にそんなに状況が好転していないのだった。

そこで東日本大震災が起こった。ずっとテレビを見ていて思ったのは「いとも簡単に人がたくさん死ぬ」ということだった。

ぼくがずっと考えていたことは自然にとってはありふれたことで、一生懸命自分人生を生きてきた一人の人間が、人生を無理矢理終了させられ、大して深い意味もなく死んでいくという「人間ゴミのように死んでいく」光景が新鮮だった。可哀想などと思う人間気持ちを持つ余裕はまだ無かった。失礼な話だが、人が一人死ぬのを見るたび希望が湧きあがってきた。震災はぼくの死生観に強い影響を及ぼした。「人間が生きる意味などない」というのをかなりポジティブに感じた。

「そんなに簡単意味もなく死ぬなら深く考えるのはバカバカしい」と考えた。文字通り死ぬほど悩んだ結果、ありふれた結論に達するという虚無感に、絶望ではなくて乾いた笑いが出た。「死ぬことについて死ぬほど深く考えた結果、死ぬほど深く考えるのはバカ」という結論に達した人はそうそういないだろう。つまり思考停止なのだが、死に関しては思考停止するのが「生きる上で正しい」のだった。

よくよく考えれば奴隷にならない道もあるはずだと思って、ぼくは震災から数週間経つと、金もないのに家を飛び出して都会に出た。都会に出たあとは、世間知らずと社会不適合者が混ざった状態で、その後もまぁ紆余曲折あったのだが、今は生活好転し、ふつう人間のようにして日々を暮らしている。

いま、ぼくは当時を懐かしい思い出として、あるいはいささかの教訓を含む昔話として扱うことができるようになった。

そして、こうした日々に何の意味価値もないことをはっきりと知覚しながらも、さりとて刹那的にもならず、二律背反的だが、人生意味価値があると思いながら、未来を考えて前向きに生きることができるようになったと思う。ニーチェのいうところの超人というやつらしいけど、そんな上等なものではない。現代では一般的なありふれた考え方だと思う。

まぁ、自殺の決行がなんだとかって話だけど、何かの参考程度に受け止めてもらえれば嬉しいと思っています

追記

長すぎて最後の方の行が弾かれたのでこちらに書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20181126040934

2018-10-16

山手線使うのやめようぜ

人多すぎなんだよ

中央線新宿まで来て品川」とか訳分からん経路取るのやめろ

素直に東海道線に住めばいいだろが

2018-09-04

anond:20180904170431

マルチメディアAkiba

まーるい緑の山手線 真ん中通るは中央線

新宿西口駅前と秋葉ヨドバシカメラ

つくばとつながる秋葉原 ますます便利なお買いもの

IT何でも揃ってる 秋葉ヨドバシカメラ

良いママ良いパパ良い家族 みんなが集まる秋葉

安くて何でも揃ってる 秋葉ヨドバシカメラ

つくばエクスプレスも走ってる 買い物便利な秋葉

大きな売り場と品ぞろえ 秋葉ヨドバシカメラ

みんなが集まる秋葉には IT何でも揃ってる

世界中の注目だ 秋葉ヨドバシカメラ

ヨドバシカメラ地方版

新宿

まぁるい緑の山手線

真ん中とおるは中央線

新宿西口駅の前

カメラは ヨドバシ カッメーラ!

若者集まる新宿に うれしいカメラの店がある

ビデオ時計も揃ってる ビデオヨドバシカメラ

2018-08-12

インテックス大阪課題を考えてみる

本日コミケの最終日を迎えることになったが、メディアによると最終日の入場者数は20万人という数字もある。

3日間の入場者数や売り場の人達を含めると、おそらく100万人を超える人が訪れたに違いないだろう。

こんなことが可能なのも、東京ビックサイトの巨大な規模があってのこと。

そこで、今後もしコミケ大阪でも開催されると仮定した場合インテックス大阪で本当に開催可能かどうかについて考えてみたい。

1.展示場の規模

東京ビックサイトの展示面積は約9.5万平方メートルで(仮設展示場含む)であり、インテックス大阪の展示面積は7.3万平方メートル

これに近隣の大阪ワールドトレードセンターの展示施設を合わせれば、何とか東京ビックサイト匹敵しそうである

東京ビックサイトは西展示棟と東展示棟が分かれていて、回遊性が悪いのに対し、インテックス大阪は全ての展示場が密集して集まっているので、回遊性が高い。

インテックス大阪の方が、多くの人々をさばくのに利がある点だといえる。

2.交通アクセス

インテックス大阪へのアクセスは、大阪メトロ中央線コスモスクエア駅が最寄り駅となる。ニュートラムゆりかもめよりも貧弱なので除外する。

現在りんかい線のように、コミケ間中特別ダイヤを組んで臨時電車を多く出して対応することになるだろう。

コスモスクエア駅からインテックス大阪まで約1キロ道路を歩く必要がある。

コミケ間中歩行者天国にして、歩道橋は危ないので使用禁止とする。

3.宿泊施設

大阪南港はホテルなどは少ないが、これはお台場も同じことか。

地下鉄中央線に乗って本町淀屋橋地区に行けばビジネスホテルは多くあり、御堂筋線に乗車すれば梅田難波も近い。

意外と、インテックス大阪でも100万人規模のイベントも何とかなりそうである

2018-08-08

今まで釣りとかやったことないんですが、よろしくお願いします!

この前名古屋に行ったんだけど、名古屋にも中央線ってあるんだね。

東京中央線と紛らわしいから、正直名前変えて欲しい。

きっと名古屋の人って東京にも行ったことないから、本物の中央線を知らないんだろうなw

2018-08-03

正直にスペック晒します婚活相談させてください

【基本スペック

33男性

東京都下で一人暮らし(中央線民)

精密機器メーカー営業

年収550〜600万(休日カレンダー通り、残業月40〜50時間)

・175cm65kg普通体型

タバコ・酒・風俗はやりません。

・TOEIC850程度(海外経験ありだが、今後はおそらくずっと本社勤務になる)

性格は落ち着いていて紳士的だと女性から言われます

趣味

竹宮惠子萩尾望都など往年の少女漫画が好き

野良猫写真を撮る(カメラソニーα7R2、フジX100F)

・食べ歩き(インド料理、本格中華スペイン料理など、1人5000円までが目安。男女問わず食べ歩き仲間募集中)

レトロもの純喫茶近代建築巡り

写真投稿サイト(ガンレフ)での高画質女性ポートレートの等倍鑑賞

・土日を使った旅行(猫のいる鄙びた港町離島が好きです)

Twitter(在日コリアン女性フェミニストとして、ネトウヨから卑猥中傷を受ける)

ミッフィースヌーピーグッズ集め

・昔付き合ってた女性写真の加工

はてなブックマークコメントをする

・窓際の席での人間観察

・柔らかい感触のものを愛でる

【好きな女性タイプ

茅野愛衣(声優)

黒髪山田尚子(アニメ監督)

・27歳頃までの皆藤愛子

2017年東京女子大ミスコンのentry02の子(素人さんなので名前は出しません)

相手に求めるもの

首都圏在住

趣味の近い人

・18〜29歳までの心身ともに健康女性。なるべく正社員

容姿は中の下〜なら問題なく愛せます

【悩み】

婚活パーティー婚活サイト以外で自然出会いがしたい。仕事での出会いは今のところない

Twitterブログ趣味を介してつながりを求めるのは現実的か?

女性が多いが、30代独身男性が入ってもおかしくない習い事はあるか?

・35を過ぎると男の価値が下がると思うので、35までに結婚したい。時間がない。

子供はそれほど欲しくないが、婚活女性子供が欲しいという理由が多い

2018-07-18

大学にもう1度だけ行くことにした

中央線沿いの私立大学に4月から通うことになった。

自分希望とは程遠い大学

同級生の中には本郷大学に通うものもいる。

とてつもない挫折感と焦燥感

自分人生は終わったと思ってた。

ここの学生阿呆しかいない。

ここで何かを学ぶこともなければ、

あたらしい知見を得られることもなさそう。

しろ学生達は、新薬治験バイトに勤しんで、

春の新歓コンパでは、酔った勢い事件を起こす。

髪の毛を迷彩色に染めた危険そうな学生

犯罪者学生を隠し、記者会見をしない理事長

名前さえ書いたら通る試験ですら、落ちる連中。

そんな大学

僕も好きでいじけてるわけじゃないんだ。

もういやだと人生で初めて思ったんだ。

大学行かないことに、罪悪感を覚え、

地獄のような罵声も親から浴びせられ、

異国の地みたいに、誰も救ってくれなかった。

それが4月。

すぐに行くのがアホらしくなって、1ヵ月で行くのを辞めた。

そうしたら、教務課から何回も何回も電話がかかってきて、

退職手続きには、必ず1度は来てもらわないと困る書類があると連絡があったんだ。

2018-07-12

中央線沿線好きだけど

立川とか小金井とかあのあたり嫌い

薄汚くて生理的に無理

2018-07-05

アウェーだなと感じる路線

西武多摩川線総武線中央線ホームだなぁって思う。安心して乗れる。

西武新宿線もまあまあ。

山手線は未だにちょっと落ち着かない。

池上線とか田園都市線はなんかオシャレな感じがして全然親近感が湧かない。

世田谷線楽しいから好き。

東武東上線大分アウェー

全然落ち着かない。

そんな路線達よりも何より東横線が一番アウェー

武蔵小杉からもう泣きたくなる。

石川町なんかもはや外国

肉まん美味しいからたまに行くけど、横浜って未だに落ち着いた気分で滞在出来ない。

武蔵野線は鈍くさい感じがしていい。ださめ。

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