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2017-12-13

anond:20171213124558

レストランとか慣れてなくて昭和マナー教室みたいにカチコチになりながら飯食ってそう

2017-12-12

anond:20171211155033

まともな格闘技教えてるところは一般人には手を出すなとも教える。

急所っていえば鳩尾だから金的攻撃がまずあえりんし、耳を掴むってのもありえん。

その護身術教室とやらが本当に真当なところなのかをまず確認した方がいいと思う。

無気力人間記憶を辿る

最近仕事をやめた。

8時間労働と1時間の休憩、少しの残業と1時間通勤、それと出社準備の1時間

合計11時間が週5日あるのに耐えられなかったからだ。

一月に16万円ほどもらっていたが、溜まっていく一方で何に使えば良いかもわからなかったし使う気力もなかった。

人達給料をもらってエンジョイしているのに自分はどうもそれが不可能だった。

どうしてこんな人間になったんだろうか

自分記憶を改めて整理したい

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保育園時代

ほとんど記憶がない、踊りを披露する場があってそのときに着た衣装がとても寒かったこと、保育園に新しい園庭ができたこと、その園庭に蜂の巣ができてしばらく使えなかったことは覚えている。

小学校時代

3年生になったら強制的部活に入るのだが、習い事があるので入部を拒否した、しかし1年経って周りとの疎外感を気にされたのか強制的に入らされた覚えがある。

自分には合わないと言い続けたが辞めることが出来なかったので、習い事の日を多くした記憶がある。

体育や運動行事はとことん苦手だった、よく貧血で倒れていた、ヘラヘラしながら誤魔化していたが、実際はなんで自分はこんななのだろうと思っていた。

この頃から体育や体を動かすことが苦手になったと思う。

暗記するテストが苦手だった。10個の漢字を暗記して書く問題はいつも4個ぐらい間違えていたと思う。これで暗記が嫌いになった。

厳しい先生が居た、よく怒って棒で生徒の頭を叩き授業放棄する先生だった。待ってる時間は退屈だった。

美術の授業は苦手だった、何を書けば良いかからないし思った通りに絵を書いていくことができず苦痛だった、特に版画は最悪で居残りでなんとか仕上げさせられた。

友達関係はまあまあ良好だったような気がする、地元では珍しくPCネット環境を持っていたのが大きかったと思う。

PCのやり過ぎで親に何度も怒られた、その度にPCを取られていたのだが、自分友達を繋ぐものが取られて居るような気持ちで非常に辛かった。

中学校時代

この時も厳しい先生が居た。自分は字が汚いことでよく怒られていた。どんなに時間を掛けて書いても何も褒めてくれないので怒られるギリギリの字で出すようにしていた。しかし日によって怒られたり怒られなかったりしたのでもうどうでも良くなった。

部活吹奏楽をやっていた。練習ときはまあまあ上手い方だったと思う。肺活量の問題か音が小さいとよく注意されていたが適当に誤魔化していたと思う。

コンクールの後に反省会をするのだが、本番が終わると何も覚えていなかったので適当なことを言っていた。

音楽で歌う事があったのだが皆と音程が合わず口パクで歌っていた、大きな声で一人ずつ歌ってと言われたときは最悪だった。記憶から消したいぐらい。

木材で何かモノを作る授業があった、皆はうまく組み立てていく中、自分全然釘が刺さらず遅れすぎたためボンドでくっつけていた思い出がある。

普通の授業は良いのだが、体育音楽等が苦痛でついに不登校になった。

親や先生には理解されないだろうと思いながらもそれとなく言ってみたが良い反応が得られなかったのでとにかく行きたくないで押し通したと思う。

学校から厳しい先生が自宅に来て「なんで来ないの」とか聞かれてたけどお前に答えるわけはないだろって思ってた。

中卒は厳しいからとりあえず高校に行こうと言われたので教室には行かず勉強をして、自宅に一番近い高校入学した。

高校時代

普通に合格した。英語絶望的だったが…

特進クラス入学しないかという案内を受けた。部活に入らなくてもいいのは魅力だったが、放課後に補修があるというのでお断りした。

一瞬だけ部活に入った、同学年の人がほぼ居なかった上女子ばかりだった、1年目は雑用しかできないらしい、毎日ランニングして基礎トレーニングで終わったので1週間ほどでバックレた。

普通勉強は出来た方だと思う。歴史とか社会とかの暗記系は苦手だったがそれでもまあまあ出来ていた。しか英語絶望的だった、1年生の頃はまだなんとかなっていた。

2年生になると同時に自分は特進クラスクラス分けされた。補修が無理やり入る、課題が今までよりも多い、非常に辛かった。

数学教師も字に厳しい人だった。普段はある程度丁寧に書くのだが、定期テスト時間がないので適当文字になる、それに全てバツを付けられた。

数学は得意だったのに一気に嫌いになった。

模試の結果、英語さえできれば東大ラインが見えるとのことで英語教師がよくせっつきに来るようになった。

補修の回数も増えた、授業中当てられる回数が増えた。英語の苦手意識が高まっていった。

長期休みも補習があった。

合宿があった、朝から晩まで勉強だった。

嫌になった自分は2年生の途中でまた不登校になった。

また中学と同じ言い訳をした、担任にも学年主任にも平気で嘘がつけるようになって自分進化したなぁと思った。

単位制の高校だったので留年か出席かを迫られた。

から中退ではどこにも就職できないぞと言われた。

自分は退学を選んだ。

高卒認定を受けた。

専門学校時代

高卒認定かつ自分の体力で就職できるところがなかったし就職する気も無かったので、地元情報関係専門学校に行くことにした。

自分はわりと詳しいこともあり知ってるところも多かったし勉強は楽に出来た。

専門学校だけあって就職についてのサポートは充実していた。

自分は今までPCを触ってきたこともありなんとなくプログラマーになりたいと考えていた。

しかし具体的な会社を決める段階になると、本当の自分が働ける職場が無さそうな事が分かってきた。

先生説明する中で一番楽そうな会社に入ることにした、そこは8時5時で残業殆どないらしい。

筆記テスト小論文面接を受けた、適当な受け答えをしていたら内定を貰うことが出来た。

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本当のことを言って周りに相談していたら自分はどんな人間になってどんな人生を歩んでいたんだろうか。

2017-12-11

anond:20171211152824

そういうのに勘違いするなよと釘を差すのが空手教室役割じゃないの

五歳児の息子が強すぎる

息子が強い。

それは、誇らしかったりうれしかったりするのだろうけど、扱いが難しい面はどうしてもある。

自分格闘技好きなので幼いころから習わせているのだけど、それとは別に体格が標準より二回り以上大きいのも輪をかけている。

普段はおっとりとしてニコニコしているのだけど、ジャレてくると本気で痛い。

また、護身術教室ちょっとエゲツない技を教わっているのでこれも危ない。

この一年で三人ほどの大人が息子に悶絶させられている。

三人とも酔っ払いでそれぞれ別の機会なのだけど、お祝いだったり、お祭りだったりの席で酒が入った知り合いがうちの息子

に絡むのだ。

格闘技やっているんだって? おっちゃんにかかってきてみろ」

そういって構えた男性の股間を蹴り上げて息子は走って逃げた。

「大きいな、よしオジサン勝負だ」

そういって戯れに掴み掛ってきた男性の足を踏みつぶし、息子は走って逃げた。

「抑え込むから逃げてみろ」

座敷で膝立ちに掴み掛ってきた男性の耳を掴みながら顎にひじ打ちを叩き込んで息子は走って逃げた。

いずれも、残された身として、脂汗をかきながら耐える知人に謝らなければならない。

まあ、向こうも幼児に叩かれたからのだから可愛いもんだよ、と許してくれる。

周囲が笑いをこらえている手前もあるのか、平気な顔で立ち上がるが、みな足を引きづっている。

知らない大人に掴み掛られたとき、強力な一撃を浴びせて走って逃げるのは、護身としてはイイのだけど、人生では悪意のない戯れの方が遭遇回数は多いだろう。

はいえ、やめさせると危急の時に身を守れないかもしれない。

子供にはさら技術を磨かせるべきか、否か。

増田諸氏の意見を聞かせてください。

anond:20171211114122

なんでこうコンテンツ語り女の文体って別人なのにどれもこれも同じようになるんだろう

どっかでこの手の文体教室でもやってんのか?

2017-12-10

「何もしない」が自分の見つけた生き方なのかも

40代後半の独身おっさん今日、ふっと気がついたんで書く。

何か責任のある立場に立ったり、役職につくのが本当に嫌だ。

先日も会社で皆で考えたある新しいアイデア特許を取ろうという話が出てきて、

自分がいつのまにかそれを推進する立場になっていた。

上の人に「頼むね」とか言われて、それが嫌で嫌でもう逃げ出したい。

何で自分がそういうことをしなきゃならないんだ。

皆でアイデアを出すのもいつのまにか取りまとめ役をさせられていて、

内心、嫌だ面倒だ何で自分が、と思ったけど断れない。

から自分の中ではずっと課題だった。

自分から何かをすることがない。

無趣味。やりたいこともない。夢もない。

就職活動とかしんどかった。

やりがいとか生きがいとか、自分に持ち合わせてないものを探しまわって無理やりでっち上げて、

なんとか自分にできそうな仕事についた。

まあまあ覚えはいいので仕事はそれなりにできるようになったけど

そこから先は自分からは進められない。

日々降りかかる仕事をこなすことだけで精一杯で、

帰宅する時にはボロ切れのようにクタクタになっている。

週末は家で酒を飲みながらテレビネット

たまに旅行に行くけどそれは現在から逃げ出したいかだってよく分かっている。

でも現状を変えることは何もしない。

からこんなことばっかりだった。

どうも周りからはしっかりしてると見えるらしく、

学生の時はサークルリーダーになってしまい、

年1回の数百万ぐらいかけるイベントを仕切ることになったが、

もう、足がすくんでいた。

結局サークルに別の揉め事が発生してその責任を取る形でやめたけど、心底ほっとし た。

小学校6年生の時には担任学級委員指名されてしまい、

これも本当に嫌で、立候補所信表明ときクラスの皆の前で

「僕はやりたくありません」と言い切り、

担任に「出て行け!」と怒鳴られて泣きそうになりながら教室を出たこともよく覚え ている。

小さい頃から本当にそう。何かをするのが怖い。

どうしてかはなんとなくわかる。

多分、母ちゃんが厳しかったのが理由

ちょっと悪さをすると怒られた。

やいと」とかね。知ってますか?

火をつけた線香をお尻にピッとあてるお仕置き

されている場面を一回だけ鮮明に覚えているけど、かなりされたと思う。

それ以外にも大人になっていろいろ気がつくことがある。

自分中学生ぐらいまで、戸棚や冷蔵庫にあるお菓子を食べるとき

必ず母ちゃんに「これ食べるよ」と言ってた。

この行為を大きくなってずっと不思議に思ってたんだけど、30の時に気がついた。

たぶん覚えてもいない頃に、勝手に食べてこっぴどく怒られたから。

それから食べる前に必ず母ちゃんに許可をもらうようになったんだ。

これも変な話だけど、幼心に大きくなったら自分は家を出ると決めてて、

小学校の2年生の時に父親に頼んで日本地図帳と電話番号メモ帳を買ってもらっ た。

家を出て全国を旅して生きようと思ってたから。

地図を見ながら電車で旅をし、行く先々で知り合った人たちの連絡先も書き留めない と。

今思うとけなげで微笑ましいけど、将来スマホができるとはわからなかったね。

結局18歳で家を出て、それから今までずっと一人で暮らしている。

一般に親が厳しい環境で育った子供自発性が乏しくなると言われてて、

自分を振り返ってもまあその通りだと思う。

自分人生下り坂に入って、母ちゃんもだいぶ老いた。

もう親の責任にするような若さも怒りもないけど、

今でも実家に寄るのは少し気がひける。

昨日、弟経由で母ちゃんから年末はいつ帰るのかと聞かれて、

帰るとは返したけどやっぱり気が乗らない。

どんな理由や要因があるにせよ、

自分人生を決めるのは自分だと思っている。

親や他人のせいだというのは自分のせいじゃない風にできるから楽だけど、

それでも親や他人自分人生責任を持ってくれるわけじゃない。

どんな方向だとしても、それは自分が選んだ結果だ。

そう思っている。

でもさっき、ふっと気がついた。

物心がつくぐらい、なにが良いのか悪いのかも分からないような子供

大人道理理解するのはなかなか難しいだろう。

そして幼い子どもからすれば怒られるということは、

天もひっくり返るような恐ろしい災厄なのかもしれない。

自分が興味のままにちょっと手を出した食べた走った言った、で災厄が降ってくる。

けれどなぜ災厄が降ってくるのか、その大人道理子どもには理解できないとした ら、

子どもなりの災厄を避けるベスト方法は「何もしない」ことかもしれない。

自分消極的とかやりたいことがない、の前に、

物心もつかないぐらいに自分で見つけた

「何もしない」という生き方を、今も守っているのかもしれない。

その生き方で曲がりなりにもここまで生きてきた。

いいとか悪いとかとは別に、よく今までここまでやってきた。

日曜日の昼下がりに布団の中で思った。

2017-12-09

キャンディーよりも大切なもの

 あれは小学四年生のころだったか、近所にある小さな学習塾に通っていた。当時は開塾したばかりで、生徒の数が少なかったから、自分の学年の国語クラス個別指導だった。先生若い女性。狭い教室に机を二つ並べ、教師と生徒が向き合う形になり、テキスト問題を解いては解説してもらうという流れで授業は進む。黒板は使わない。授業の内容はほとんど忘れてしまったけれど、毎回、先生キャンディーをくれたことはよく覚えている。とても優しいお姉さんだった。

 実を言うと、あれから長い年月を経てもあざやかに残っているのは、キャンディー記憶だけではない。というか、正直キャンディーことなんか今となってはどうでもいい。私がその先生を思い出す時、必ず脳裏に蘇ってくる光景がある。それは胸の谷間である先生は、私に教えるときに限って(そうであったと信じる)やや胸元の開いた洋服を纏い、こちらの目をじっと見つめながら、少し屈むような姿勢をとって、大きさとしては中くらいの柔らかそうなもの小学四年生の私にアピールするのだ。国語どころではない。鮮烈な刺激だった。私が今、女性の胸の魅力にとりつかれて離れられない原因の一端は、この時の経験にあるのではないかと疑っているほどだ。

 あの時、先生はどうして十歳足らずの男の子胸の谷間を許したのであろうか。私にはそれが長年の疑問であった。そういう特殊な嗜好があったのか。いや違う。少なくとも私の目に映る先生常識人だった。或いは、自分の谷間が露わになっていることに気付いていなかったのか。それも違う。一度や二度ならともかく、毎度となれば自覚しないわけがないだろう。今になって思うに、恐らく先生は、勉強に興味が持てず上の空になりやすい私の性質を見て取り、キャンディーを与えたり、谷間を見せたりして、なんとか集中してもらおうと独自努力をなさったのではなかったか。できたばかりの塾に入ってくれた生徒の学力をどうにかして伸ばしたい。その一心が生んだ彼女なりの行動だったのではなかったか。そういう風に考えてみると、感謝をせずにはいられない。先生は体を張って私のために尽くしてくださったのである

 最後にお会いしたのはたしか中学生のころだったと思う。学校からの帰り道、たまたま通りかかった先生とばったり出くわした。「あっ」とお互いにびっくりして声を発する。先生お腹は大きくなっていた。今では立派な母になっているわけだ。先生との思い出は、この時を限りに途絶えている。恐らくもうお目にかかることはないだろう。しかし若き日の印象はいつになろうと色褪せぬ。昨日、ふと思い出して、晩のオカズにさせていただいた。私も大人になってしまった。

anond:20171209110856

俺もむしろいい話だと思った

飛び級しなかったらポスドクだと20代後半とかになるけど、飛び級したおかげでもう少し若いうちに見切りつけて舵を切れたわけだし

趣味物理化学教室やるってのも、経歴を生かす一つのやり方だと思う

別に飛び級=最終的に大天才として活躍する保証じゃないもんな

私が受けていたのは「教育」ではなく「篩落とし」だった。

と、35年の半生を振り返って思う。

35歳。氷河期世代の一番下位の世代だろうか。

私がまだ中学生だった頃、数歳上の人達就活情況があまりにも悲惨で、教師をはじめとする大人達が焦り始めていた。でも彼らは焦るだけでどうしたらいいのか分かっていなかった。

とにかく私達子供シビア社会を生き抜ける強い人材に育てようと大人達が暗中模索し始めた。そんな学生時代だったと思う。私達はほとんどモルモットだった。

思うんだけど、それまで大人達はまともに子供教育する意識がなく、子供達の数の多さに甘えてるか圧倒されて何もして来なかったのではないだろうか?

え?私よりも歳上の、氷河期世代の一番歳上の世代以前から苛烈詰め込み教育とか教育ママとかそういう問題はあっただろう?って。

かにそうやって子供猿回し的に追い込んで追い詰める風潮はあったけどそれは本当に教育と呼べるものだったのだろうか。

大人達は子供達に色々強いてはいたけれど、子供達の人口があまりにも多かったので、脱落者も多かったがしばいてもしばいても必ず少数(これがかなり多いんがが)は立ち上がり着いて来るから自分達のやり方が適正かどうか振り返って来なかったのでは。

その歪みが、急激に人口の減る私の世代を襲った。

私が子供の頃、大人達はそれ以前の調子子供達をしばき上げ、着いて来れた者だけを優遇するような事を普通にやっていた。

教室で行われていたのは「教育」というよりは「篩落とし」だ。成績の悪い子供には落ちこぼれレッテルを貼って非難するだけ非難して、あとはほっぽっておいた。

上の世代の子供達はそれでもよかった(いやよくない)。何故ならすごく数が多かったから、優秀な生徒も数はいるし、落ちこぼれ落ちこぼれで数の暴力大人達に反抗しまくっていたから。

私の世代は数が少ないので、簡単大人達に制圧されてしまっていた。

上の世代が滅茶苦茶荒れまくっていたところから急に大人しい子供達になった(単に人数が少ないだけである)から大人達はちょっと調子に乗っていた部分があるんじゃないかと私は思う。

何を言っても従順に言うことを聞くからって、大人達は私達にいろいろやり過ぎた。それなのに私達は主体性が無いだの自分が無いだの目が死んでいるだのと謗られながら大きくなった。

全部自己責任って言われて来たけれど今思えばそれは違う。大人が過干渉だったせいだ。

子供の数が少ないのを言い訳に、児童会を形骸化したり地域の子供達主導でやって来た活動大人が手を出すようになったり、そんな事もあったな。

私達の目標となるすぐ上の先輩達は、私達を前に戸惑い、大人達と後輩の間で板挟み状態だった。彼ら自身過酷しごきを耐えて来ていたのに、後輩は部活に1人とか二人とか、そんな極少数しかいない訳で、そんな貴重な後輩を逃したら顧問から怒られるし部が自分の次の代で潰れたら先輩達に顔が立たないので、とても困っていた。

それでどうしたらいいのかわからないので、それまで後輩に押し付けていた雑用を全部自分等で引き受けておいてあとはほっといた。後輩がちんたら遊んでても居るだけマシだと無視をする。言いたい事は山程あるけれど、数の暴力の弱いもの虐めになるのを恐れて何も言わない。でも優しかったし親切だった。

私達が見てきたのは先輩方のそんな背中だ。

そういう風に育った子供達が、下の面倒を見るべき年頃になった。これが問題を起こさない筈はないと私は思っている。

ところで話は変わるんだけど進撃の巨人を読んだ。ウトガルド城~トロスト区奪還戦の辺り。主人公世代目標になるべきすぐ上の世代兵士がどんどん死んでいく。特にナナバとゲルガーが死ぬ辺りが刺さった。新兵なんか軍隊においては基本使い捨て要員なのだろうがそれを守って死んでいくナナバ達に自分の先輩方の姿を重ねてしまう。さすがアラサーの書いた漫画だなあと思った。

小学生時代に2回学級崩壊に巻き込まれ

寝つけられないけど横になってて、ふと思い出したから殴り書き

自分が住んでいた故郷田舎中の田舎

生活に車は必須だし、故に使われない電車は1時間に1本あるかないか

市営バスは早々に廃止された

町は田んぼだらけでコンビニは当然、スーパー農協のみ

そんな田舎でも学級崩壊は起こった

1度目は、3年の時

正確には崩壊とは言わないと思う

担任だったかで、若い女の教員メンヘラをどんどん悪化させていって授業所じゃなくなった

最初の春はまだ授業受けられていたけど夏辺りからおかしい行動が増えていく

授業中に黒板に書いていた途端、突然「前を見るな!」とヒステリック叫び生徒に机に伏すよう命令したり、

体育で開始の礼で生徒皆が「お願いします!」と大声で言うと(決まってる挨拶)、「お願いしますじゃないだろ!!」とか叫んだり

ちなみにその時確か手に持ってたボール顔面にぶつけられた記憶がある

私の挨拶の声が煩かったからかもしれないし、偶々かもしれない

20年近く昔だから殆ど記憶がないけど、その後家に帰ったら校長教頭が謝りに来たらしい

(日常的に私に体罰下す親父は暴力肯定派だから上記詳細を聞かずに許したらしい。教師が罰で手を出したと勘違いしたのかもしれない。そして当事者であり被害受けた私には謝罪されてないよ…。)

担任につくベテラン教員は、おかしくなり始めた頃には教室に来なくなった。

秋以降は授業は自習ばかり。

メンヘラ担任保健室登校(?)し、生徒を排除した保健室で養護教員と話している(カウンセリング?)所を自習中の教室を抜け出しては覗いた記憶

から、3年の授業は殆どしていない

次に起きたのは6年時

これは生徒が教師の授業をシカトし、私語したり遊んだり、仕舞いには担任を苛めたりとやりたい放題

ちなみにこの担任は上の問題教師と同学年の別クラス担当していて、自習の時とか代わりに担任代わりしてくれた人

自分は手こそ出してないけど、その問題行動を起こす生徒達に注意できるほど人間出来ていなかった

そもそも私自身が影口やエンガチョ的なのされていたから余計強く言えなかった

で、また殆ど6年の授業してなかった記憶

2017-12-07

anond:20171207145023

家庭教師でもプログラミング教室でも、なんでもやっていこうと思えば生きてはいけるものだ」

ただし、全業種で最も過労死を出している運輸をやろうとは思わないのである

人生は甘いか甘くないか

日本では、つらそうにしている=がんばっていると見られる風潮があるとネットのどこかで読んだ。

我慢したり、忖度したりするのもまた人生なのだと。

実家サラリーマンではなく自営業だったので、世間一般普通の家庭のことはわからない。

もちろん大社長の息子というわけではないが、子供二人が大学に進学でき、年に1回程度の家族旅行海外に行けるという意味では恵まれた家庭だったと思う。

大学に入ってからは自立のために家から仕送りをもらわず生活をしてみた。もちろん最終的に困ったら仕送りがもらえるというセーフティネット付きではあるが。

そこでわかったことは、プライドとか他人から賞賛ということを抜きにすれば、お金を稼ぐ方法はいくらでもあるということだ(もちろん法を侵さずに)

自分東大生だったのだが、ネットで色々と言われているが、基本的東大生というのはなんだかんだでやはり優秀である

でも、そんな彼らでも就活の時は本当に悩んでいるようだった。

たぶん彼らはどこででも生活していけるような優秀な能力をもっているにもかかわらず、親が官僚であったり、大企業部長クラスであったり、大学教授であったりするので、それに見劣りをしない就職先かつ同期と比べても見劣りがしない就職先を探すので必死なようであった。

僕は親がサラリーマンでなかったこからスーツを着てネクタイを締めて就職活動をする、またはその後そのような格好で働くということが想像できず、いわゆる普通就職活動ドロップアウトした。

研究室の知り合いの知り合いの人がつくったベンチャー企業に誘われて、とりあえずそこで9ヶ月くらい働いた。

9ヶ月しか働けなかったのは僕がクビになったわけではなく、そのベンチャー企業が潰れたからだ。そもそもベンチャーとはそういうものである

つぶれた会社ではあるが、自分一人が暮らしていくには悪くない給料をいただいていたこともあり、僕はあまり悲嘆にはくれなかった。大学時代の同期が慰労会をしてくれたが、給料も悪くなかったし、いまは失業手当もらってるし、生活には困っていないと僕がいうと、別の人種を見るかのように驚かれた。

それからまた大学時代バイト先のツテをつかって、別のベンチャーベンチャーというか会社設立から5年以上経っていたし、社長IPOバイアウトも考えていなさそうだったので、正確に言えば中小企業なのだが、そこで働くことになった。

とにかく社長が明るくて人格者だったので、自分としてはとても気に入った職場だった。

そこでも自分が思うに、悪くない給料をもらえていたし、大学時代から付き合っていた彼女とも結婚し、現在3歳の娘がいる32歳のおっさんになった。

ある程度フレックスな働き方を許してもらえているが、基本的には9時ごろに会社に行って、22時くらいに会社を出るような生活をしている。疲れた日は18時ごろに退勤する。土日は働かない。

こないだ大学時代学科の同期の同窓会らしきものがあり、久々に20人くらい集まった。5人は転職していたし、流動化は高まっているんだろう。

30代になったことで、このタイミングで家やタワマンを買うのはお得かどうかだとか、自分は社内で出世コースに乗れているのかどうかだとか、みんなそんな話をしていたが、自分は早く家に帰ってゼノブレ2してーとしか思っていなかった。

自分最初会社失業した時に慰労会をしてくれた友人が「そういえばお前は最近どうなの?」と聞いてきたので上記のような話をしたところ、みんなが固まった。

そして年収も聞かれたので答えたところ、更に固まった。要は、僕がもらっている年収は彼らと比べて遜色がなく(もちろん少ない、少ないがバカにできるほど少なくないということらしい)かつ楽そうな恵まれ生活をしているをしているということらしい。

ある友人が決定的なことを言った。「お前の人生、ほんと甘いよなー。オレらと比べてイージーモードだわ」

一瞬カチンときたが、とはいえ彼らの話を聞いていると、たしかに辛そうな人生を送っていそうだったので、それもそうだと3秒後くらいに思い返し、冷静になって「そうだね。オレの人生あまあまだわー」と答えた。

僕は怠惰であり、彼らのように身を粉にして働くことができないんだと自覚している。

一方で、そんなに私生活をつぶしてまで働く必要あるかと思ったりする。いや、面白い仕事ならいいんだけど、上司飲み会につきあうとか、忘年会幹事をするとか、そういうのは無理だ。

というわけで、僕は今の働き方に満足しているし、仮に会社が急に潰れたとしても、「まぁそういうこともあるだろう、あの人格者社長からなぁ」と正直思っているし、そうなったらそうなったで、また職を探せば良い。最終手段家庭教師でもプログラミング教室でも、なんでもやっていこうと思えば生きてはいけるものだ。

それが他人に対して威張れるような生活ではないことはわかっているけど、他人に威張ったり、承認欲求のために自分人生を潰したり、そんなことをするのは馬鹿らしいなと思ってしまう。

でも、なぜか増田にはこういうことを書いてしまった。やっぱり承認欲求なのかな。反省

早く家に帰ってゼノブレ2やりたい。

2017-12-06

通学路にて

小学一年生の時だったと思うが、通学路の途中で赤くて艶のある小さな巾着袋を拾った。今思うとサテン生地でできたアクセサリーか何かの入っていたただの袋なのだが、その時は魔法の宝物の見つけたような気がして、こっそり持ち帰った。

耳をすませば」の雫が猫を追いかけるうちに素敵なお店にたどり着いたような、特別出来事の始まりだと思った。選ばれた人にだけ天から落ちてくる魔法の道具じゃないかとか色々想像を巡らせていたのだけど、そのうちビー玉をしまったりするようになった。

学校での出来事ほとんど覚えてないのに通学路の出来事の方が色々覚えているのはなぜだろう。

歩道橋を渡るよう親や先生に言われていたのに歩道橋の下の横断歩道もないところを渡る友達に付き合ってしまった時のドキドキ感とか。ある男子との仲を冷やかされてその男子を上靴入れで思いっきりぶん殴ってしまたこととか。水の無い用水路に出没する狸に給食パンの残りをあげたこととか。

学校での出来事と言えば3年生の頃クラスメイトのA君がいないと先生が探し始め、教室の後ろのランドセル入れの棚にA君が入り込んでいたことは覚えている。発達障害の話を耳にする度に、彼は発達障害だったのだろうなぁと思い出す。

2017-12-04

妻の料理に対する感想バリエーション

・味が薄い⇒優しい味だね。子供にも良いね最近塩分取り過ぎたしちょうどいい。

・味が濃い(しょっぱいなど)⇒濃厚!お酒に合うかも。ご飯がほしくなる。際立ってる。

・固い⇒素材が生きてる。歯が鍛えられる。

・やわらかい⇒消化に良さそう。

・ぬるい⇒食べやすい。するするいけちゃう

微妙にまずい⇒大人の味?

・まずい⇒複雑に絡み合ってる。独特な味わい。

・苦い⇒素材の味?

・すっぱい⇒すごく酸味が効いてる

・油がギトギト⇒ジャンキー!って感じだね

・焦げてる⇒大丈夫やきそばとかも焦げてるとこ好きだし。

・良く分からないけど辛い⇒病みつきになる人もいると思う

これが夫婦円満秘訣だな。指摘は少しずつ言ってちゃんとフォロー必要なの。忍耐。

世の中には8枚切り食パントースターで15分やっちゃう人もいるんだ。煙もくもくでびっくりしちゃったよ。

カレーがしゃばしゃば?ルー足せば大丈夫!少しずつ慣れていこう!土日は俺が作るし弁当食堂あるから大丈夫

本人が作りたいって言ってるから仕方ないね農家のみなさますみません。

でも子供出来る前に料理教室行かせなきゃだめだな。レシピなんかすぐに見なくなっちゃうからな。

2017-12-02

平成の人が知ったら驚く昭和出来事

テレビおっぱいが出ていた

教室先生タバコを吸っていた

他には?

考えすぎかもしれないが、穏便に距離を開けたい

当方既婚。お客さんの希望にあわせてグループマンツーマンでレッスンをする仕事をしている。

英会話教室のようなもの想像してほしい。

先日いつものグループレッスンに空きが出て、お客さんと二人きりになった。仮にAさんとする。

Aさんは前々からこの日は来ないと言っていたが、他のメンバーが参加できないとわかったあとで急に出席すると通知が来た。

グループレッスンは単価が安いので、予約がないなら閉めようと思っていたが仕方がない。

 

Aさんは成人した子供がいる既婚女性で、とても熱心な生徒。

教室に通う以外にも、市販の高価なテキストを買ったり、他の語学教室に通ったりもしている。

「いつか先生のように自分教室を開いて教えたい。でも自信がない」と期待と自信のなさが入り混じっている。

残念ながら理解力語学センスに恵まれているとはいえないが、本人は楽しそうなので、夢が叶うといいですねと応援している。

Aさんはそれがうれしいのか、毎回のように自分では読めないレア洋書を持参して、「よかったら読んでください」と置いていく。

 

グループレッスンはなるべく全員のレベルに合わせるようにしている。

今回はAさんだけなので、Aさんの苦手な分野を強化するか、Aさんの得意分野で自信を持たせるか、あれこれ考えた。

Aさんはいものようにうれしそうにやってきた。

「これ、よかったら先生に」

自分が欲しがっていた辞書だった。

Aさんは以前それを「ブックオフ投げ売りされていたので買いました」と見せてくれたことがあった。

なかなかい辞書だったので、その場で同じものネットで探してみたが見つからなかった。

「私が持っていても使わないし、なんで買ってしまったんだろうって。あのとき先生に上げていればよかった」

「いいんですか、ありがとうございます

感謝して笑顔で受け取ったが、自分でも説明できない嫌悪感が沸いて、落ち着かない気持ちになった。

 

この日のレッスンでAさんはこちらが出す例題にほとんど答えることができず、ほとんど自分独演会になった。

いつもはグループの他のメンバー助け合いながらやっているので、これはある程度は予想していた。

質問はありませんか」と聞くが、Aさんはごにょごにょお茶を濁すばかり。

そうかと思うと、はっと思い出したように

「先日、あの先生語学セミナーへいったらちょうどここで教わったところが出たんです」

と本題に関係ないノートを広げて見せる。がんばっているのはよくわかるが、マンツーマンでこれはきつい。

 

何より困るのは、Aさんがレッスン終了時間になっても帰ろうとしないことだ。

グループレッスンのあとに他のメンバーが帰ってもAさんが腰を上げないことが何度かあった。

それとなく時間に触れ、何度も出口促すが、その度にレッスンに関係あるような、ないような話をして引き延ばす。

Aさんに個人的な関心はないし、共通話題もないから、二人きりで話すような話もない。

次のレッスンがあるのでといっても、次の生徒が姿をあらわすまで帰ろうとしない。

困ったことにこの日は自分ミスで入っていると思っていた次のレッスンがなかった。

 

Aさんは予定時間を一時間近く過ぎてもまだ話し続けている。

それも小学生時代の第二次性徴にまつわる嫌悪感といった重い話題である

とても共有する気になれない話題を前振りなしにはじめるのはやめてほしいが、逃げ場がない。

 

適当に相槌を打ちながら「そろろ次のレッスンが」と何度も伝える。

そのたびAさんは気弱そうに目を泳がせつつも話をやめない。

終に「これから仕事電話をかけるので、お話は次回のレッスンでお聞きします。今夜はこれで」と話を遮って出口へ送り出した。

Aさんは靴を履いてもまだ視線を床に泳がせながら話し続けていたが、こちらが電話を手にしていたこともあり、ようやく帰っていった。

 

ムカつくようなべっとりとした嫌悪感身体の内にも外にも貼りついているのを感じた。

ただでさえ安く設定しているグループレッスン料金でマンツーマン指導になったのは、まあいい。

他の生徒さんとのあいだでもこうしたことはあった。これもサービスのうちだと考えている。

しかこちらの予定を無視して長居を決め込むのは困る。

それにしてもここまでの怒りが、得物で殴りつけたいような、教室を水洗いして清めたいような不快感が沸き上がるのはなぜだ。

長居して話し込まれることにこれほどの怒りを覚える理由がいまひとつからない。

善意好意と熱意の塊りのようなAさんに、こんなに激しい嫌悪感を抱くことに罪悪感も感じる。

この不快感の正体はいったい何なのか。

 

突然「もしかしてAさんのしていることはセクハラなのではないか」と思った。

まりにしっくり来て混乱する。

Aさんは自分性的好意があるのではないか。ゾッとした。冗談でもそんな風に考えるのは不愉快まりない。

そんなはずはない。誤解させる理由も、される筋合いもない。そんな話題もしないし、そんな関係ではない。

しかしこの不快感には覚えがある。

若い頃、セクハラおやじロマンス気取りではにかみながら手を握ろうとしてきたり、

妖しい雰囲気意味深なことをいってきたりしたりしたときの、あの不快感

 

そもそもAさんが男性だったら、自分夜遅くマンツーマンレッスンなんか絶対に引き受けなかった。

結婚していようが、成人する年齢の子がいようが、部屋に上げることすらしなかった。

女性同士だから油断したのだ。

あの熱っぽい目。

 

もうグループレッスンは参加者が1名のときは中止しよう。

Aさんが読んでくださいと置いていった洋書の数々をいつどうやって返そうか。

手元の辞書を見つめながら、これからどうしたらいいのかと考えている。

2017-12-01

anond:20171201100602

歩き方教室 男性

で出て来ない?

田舎在住なら乙だが

https://anond.hatelabo.jp/20171201100409

いや、すでにググった。

特に反応がなかったから、まあいいかと追記しなかったが。

なんか、女性向けの教室ばかりで、あまり参考にならなかった。

下半身デブは基本姿勢が悪い

日本って(海外しらんけど)姿勢に対する意識がなさすぎると思う。

小さい弁当をリスみたいに食う前に背筋伸ばして座れ。

ひょこひょこ歩くの可愛くねぇから胸張って正しい歩幅で歩け。

立ってる時に重心意識たことある?楽すんな。足閉じろ。

人間って脳から離れら程に本性が出るらしい。

からなのか、下半身デブは総じて足元の美意識が疎かだ。故に姿勢が悪い。

姿勢ってのは重心を支えることだから、背筋が伸びればおのずと足元にも意識が行く。

主観だけど、下半身デブって量産型女子に多い気がする。

それも趣味が幼いからじゃないかな。幼女の可愛さと女性可愛いさがごっちゃになってるんだと思う。幼女のように振る舞えば体型だって幼児体形のままだぞ。

(そういうのが好きな男が日本人に多いのも事実だけど。)

ジムやらサプリに金かけるなら一回だけ歩き方教室にでも行った方が絶対にいいと思うな。

◾︎追記

歩き方教室→私は通ってないかわからん

姿勢に関する本でもいいと思う。とにかく意識しろって話。

歩く時は机と机の間隔が狭い店の中を移動するように腹に力を入れてろって例えは分かりやすかったかも。

2017-11-30

から!なんでいけると思ったんだよ!

強制わいせつ:授業中に女児の胸さわる 実習生逮捕

http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e5%bc%b7%e5%88%b6%e3%82%8f%e3%81%84%e3%81%9b%e3%81%a4%e6%8e%88%e6%a5%ad%e4%b8%ad%e3%81%ab%e5%a5%b3%e5%85%90%e3%81%ae%e8%83%b8%e3%81%95%e3%82%8f%e3%82%8b-%e5%ae%9f%e7%bf%92%e7%94%9f%e3%82%92%e9%80%ae%e6%8d%95/ar-BBFWNMB?ocid=HPCDHP

愛知県警豊橋署は30日、実習先の小学校で授業中に女児の胸を触ったとして、

県内私立大学4年生で浜松市東区中田町寺田良音(りょう容疑者(22)を強制わいせつ容疑で逮捕した。

「間違いです」と否認しているという。

 逮捕容疑は今年1月12日午前9時から9時半ごろにかけ、

大学臨床心理実習のため訪れた愛知県豊橋市小学校で、

担任教諭が黒板に向かった間に、最後列に座っていた当時7歳の1年生女児体操服の襟元から手を入れ、

胸を触ったとしている。同署によると、声を出そうとした女児の口をふさいだという。寺田容疑者は実習のため週1回同校を訪れており、

当時は授業の補助役として教室内にいた。女児帰宅後に母親に伝え、翌日同署に連絡して発覚。寺田容疑者はその日から実習に参加していないという。

なんでなん?!これまで築き上げたものが壊れること位分かるじゃん?!

担任教諭が黒板に向かった間に、

最後列に座っていた当時7歳の1年生女児体操服の襟元から手を入れ、

胸を触ったとしている。

馬鹿だろ。

こういうのって本当の病気なんだろうか。

通信制だけど全日学校

自分学校は全校生徒70人程度の小規模な高校だ。

だが、自分の学年には担任7月から病欠で居ない。全体のカウンセラーもいない。

教員は入って来ないし、入っても辞めていくほうが多い。

生徒は出席率悪く全体的にモチベも低い。教室では毎日小競り合い。

おまけに教室雰囲気を良くしろ毎日のように言われる。

日直は7:45に学校に居なければいけない。自分より家の近い奴らがいつも遅れる。そのことで何故か自分学校トップに怒られる。

土曜日受験に向けた個別指導をとっているが、個別指導を受けているからという理由で8:30から掃除などの手伝いをしろと言われる。予定があれば指導後帰ることもできるが、基本的には3時まで残れと言われる。

服装自由なはずなのに、手伝いは制服。ここまでしないと怒られる。

なんでこんなことを言ってるかというと、9月に入った先生体育会系の鬱陶しい先生で、ある同級生毎日しつこく電話をかけているそうだ。

内容はクラスをまとめろなど、無理難題押し付けてるらしい。

そんな彼だが、いよいよクラスのまとまりも悪くなってしまい、担任代理が欲しいと言っていて、今日先生意見するが、うまくいかなければ学校を辞めると他の同級生に話していたらしい。

ヤンチャな彼だが、正義感が強く、いつもクラスをまとめようと頑張っていた。そんな彼が辞めたいと言っているのが辛くて、自分と彼の事を誰かに見て欲しい、という気持ちで書いた。

※一応フィクションだと言うことにしたい。ここまで書くと判る人には誰が書いたか迄判ってしまう。

2017-11-28

30歳になってしまったおっさんなんだけど

料理について人と話をしたい。

例えば、こういう料理があるよ!とか、○○は簡単に作れるよ!とか、○○のお豆腐はおいしいよ!とか、そういう、井戸端会議的な事をしたい。

そう思って、クックパッドのつくレポとかやるんだけど、男だからかどうにも写真がインスタ映え?なんというか周りのように小奇麗に取れないから載せるのをやめる。そういう「料理写真はこうすればインスタ映えするよ!」みたいなのも知りたい。

東京とか大阪とか愛知なら男限定料理教室があるけど、自分の周りを調べてみると全然男性歓迎みたいな教室もなく、30歳の独身料理教室って出会い目的(どうせ周りは既婚者だから杞憂かもしれんが)かみたいに思われるのも怖くて参加できない。

なので、男が気軽に料理の話できる、そういうポータルサイトがほしい。記事も「どこどこのシェフインタビュー」とかそういうのでいいから。

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