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2019-05-20

専業主婦共働きになったけど

結婚してすぐに旦那の転勤で仕事を辞め、そのまま暫く専業主婦をしていた。

主婦なんか向いてないと思っていた自分だが、苦手な片付け以外は結構なんとかなった。

朝起きて30分ぐらいで卵焼き味噌汁おにぎり作って、朝が弱い旦那を起こし、寝ぼけた旦那ワイシャツネクタイを与え、新聞ニュースを読み上げてやり、「カバンは持った?ハンカチは?」とお母さんのように送り出す。

夕飯何にしよう〜とか思いながらのんびり洗濯掃除をして、昼ご飯コミュ障インドア小梨自分主婦友なんていないので、冷凍うどんをチンしてパスタソースで食べる。気が向けばチャーハン作って小分け冷凍

午後は自分勉強を二時間ぐらいしてから、だいたい15時に買い物に行く。

料理の9割は献立と言うのは過言だけど気持ちもわかる。朝から夕飯の事をずっと考えて、スーパーで悩んで悩んで特売の肉を買う。さあこれをどうしようか?生姜焼き…はこないだしたし、とんかつ…は旦那の腹肉を肥やすし…、付け合わせは…、と毎日作っていると作るものがなくなってくるのだ。

元気な日は、母に電話してパスタからつくるラザニアレシピを聞いたり、結婚前に中華料理教室で習った麻婆豆腐作ってみたりと調理に5時間ぐらいかける。

元気のない日は冷凍しておいたオカズをチンして旦那の好きな炊き込みご飯

手抜きの日はカレー1皿どんと置いて終わり。

そうこうしてるうちに旦那が帰ってきたり、来なかったりする。旦那いるか冷凍うどんじゃないご飯を作るわけで、旦那帰宅に合わせて暖めて配膳した皿を用意してたのに、帰ってこないと本当に腹が立つ。帰ってきたら、朝と違ってシャッキリした旦那の話を聞きながらご飯を食べる。滅多に美味しいと言ってくれないけど、たまに美味しいと言ってくれるのでそれはそれで嬉しい。手を抜くと露骨がっかりしてるのが顔にでる旦那だが、炊き込みご飯で機嫌を直してくれるところが可愛い旦那風呂掃除してる間に、明日の分のワイシャツアイロンかけたりする。そんなこんなで専業主婦の1日を過ごしていた。

仕事に恵まれて、ブランクちょっとあったけれど、1年前からまた働く事になった。

朝ごはんトーストオニギリ。ジャムかシャケフレーク。ソーセージと卵を焼く事もある。私の方が職場が遠いので旦那を置いて慌ただしく家を出る。9時から19時ぐらいまで働いて、スーパーに寄って帰る。お米は先に帰った方が炊くルールオカズは大抵スーパーのお惣菜刺身とか。野菜カットキャベツの袋を半分こして食べるか、適当野菜炒め。疲れている時は、スーパーのお弁当旦那カツ丼、私はのり弁を好む。洗濯は帰ってきてすぐ回して、食後にじゃんけんで負けた方が干す。今日は疲れてるからやってよ、とかで喧嘩になったりもする。私は埃が気にならないので、掃除機は旦那がかけている。埃が嫌なら自分でかけろ、という私に旦那はかなり不服らしく愚痴愚痴言う。それはちょっとムカつく、けど旦那掃除機かけてくれるので有り難え。家計管理スーパーに行く私が以前はしていたが、今は共同管理。お互い三万お小遣いで残りは家計へ。

私の休み旦那休みちょっとズレてるので今日とかは専業気分。しかし、旦那だけ休みの時は主夫養ってる感じじゃないのは旦那頑張れよ〜って気持ちだ。

専業→共働きの私はこんな感じに生活が変わった。変わった点は①ご飯のグレードダウン②お互いの余裕、が大きな点。

①は、料理を楽しみながら食べるような生活から、買ってきたもので腹を満たす食事になった。旦那は当初文句を言っていたが、旦那姉(パート主婦)の夕食(というかサパー?)を一度ご馳走になってから黙るようになった(ちょっと可愛かった)

②はほんとでかい喧嘩は確実に増えた。当社比2倍。家事分担で揉めることが多い。「こっちだって働いてるんだけど?」「いつも人にやらせてさあ」みたいな喧嘩

お互い自分の方が大変だと思ってしまっていて、やってくれてありがとうよりも、こんなにやってるのに相手は!みたいな気持ちになりがち。以前は、家事ありがとう&仕事ありがとう、の関係だったのに、両方が両方するようになって難しくなってしまった。男は外で女は家でみたいな分担は何だかんだよくできていたわけだなとつくづく思う。

特に主張とかじゃないんだけど、うちはこんな感じ。やっぱり専業には専業のメリットがあるだろうし、共働き共働きで稼げる。自分お小遣いを遠慮せずに使えるのも嬉しいし、ずっと家にいても気が滅入るので働けて嬉しい。子供が産まれたら、育休長めにとって一緒に過ごしたいなあと思うので、また専業になるかもしれない。その時は、育児旦那家事貢献してくれるといいなあ。

2019-05-19

母親か、中学時代女友達か、総務部女性結婚したい

多動と知的障害は無いけど、注意欠陥の酷い人生だった。

忘れ物

・提出物をやっていない

・次が移動教室であることを忘れる

履修登録ができない

単位を把握できない

グループウェアに外出予定を入れているのに遅刻しかける 

父親は私より酷く、落ち着きがなくて不注意だ。遺伝なのだろうと思う。

専業主婦母親は父の秘書のようだ。父が全くできない、書類手続きからスケジュール管理まで、母がやっている。

 

私は中学の頃、面倒見の良い友達に頼り切りだった。

移動教室の前に「移動だよ」と声をかけてくれ、提出物についても「持った?」と声をかけてくれる。

その友達が注意してくれるおかげで先生からの怒られが激減したし、

周囲からも要介護者と介護者のような関係とみられていて、私自身、ガイジを自称して、友達を神と呼んでた。

テストの点数が良くて提出物を出さな子供教師は憎む。

小学生の頃は、担任ガチャだった。不注意を特性とみるタイプと、「教師馬鹿にしている」とみるタイプがいて、

後者に当たったときはひたすらいじめられた。後者タイプテストの点数が悪くて不注意なのは仕方ないとしても、

テストの点数が良くて不注意なのは教師馬鹿にしているからと考える。

 

高校では友達と別の高校に進学することになり、日常のすべてが苦痛しかなく、私は自殺未遂した。

それからは母が、父だけでなく私の秘書もやるようになった。単位と持ち物の管理はすべて母がやった。

すべきことを整理して指摘してくれた。母に面倒を見てもらえなかったら高校大学卒業できていないと思う。

 

学歴はそこそこで、面接は得意なので、就職は上手くいった。でも一社目は不注意が酷くて針の筵になり退職した。

半年鬱状態で引きこもった。

再就職した二社目では、総務部女性が不注意を指摘してくれるおかげでなんとかミスなく続いている。

 

私の人生が「なんとかなっている」か「なんともならずに自殺を考える」かは、

母親か、中学時代女友達か、今の会社総務部女性のような人が、支援してくれるかが全てになっている。

幸福を感じられるか、鬱状態で常時希死念慮のある状態になるか。

「〇〇に気をつけろ」と指摘してくれる人が近くにいるかがすべて。

 

元彼は5人いる。

私との結婚を望んだ元彼もいるけど、「主婦になって俺を支えてくれ」か「今の年収を引き続き稼ぎながら俺を支えてくれ」という人だけ。

高校生で死のうとしたときも、一社目を辞めて鬱状態になったときも、彼氏はいたけど、救いにはならなかった。

「〇〇に気をつけろ」と指摘してくれる人がいるかどうかが私の幸福感のすべてで、励ましや褒めは何も影響しない。

具体的な指摘と、どうしても出来ないことを代わりにやってもらうこと、でしか私は助からない。

男は励ましと褒め言葉だけで片づけようとする。要らない。それでは何も解決しない。失敗の回避ができない。助からない。

 

中学時代女友達24歳で結婚した。総務部女性も既婚者だ。よく気づく面倒見の良い女性は、男性に確保されている。

男性はだいたい、女性に対しては、私の母親中学時代女友達総務部女性のような特性を持っていることを期待する。

私はむしろそういう女性必要としていて、日々助けられて、失ったら鬱・自殺未遂するような人間から男性の期待が重圧でしかない。

男性女性のことを、男性の面倒を見て子供を産む生き物、と認識している。私個人ガイであることが見えていない。

n=5に過ぎないけど、女性に対する期待が高すぎるから、私がガイであることを認識できない。

 

現在年収は600万円。専業主婦を養うにはギリギリラインだと思う。

でも私に注意喚起家事をしてくれる人を養えるものなら養いたい。

実家暮らしから母親から「私がボケたり死んだりしたらどうするの」と笑いながら言われたりする。

笑い事じゃなく、母親が死んだら破滅すると思う。母親には健康長生きして欲しいし、母より先に死にたい

母親が居ない状態で生きさせられるくらいなら、死んだ方がましだ。

あと総務部女性妊娠転職をしてしまうと、それも終わりだ。また仕事が成り立たなくなり、鬱、退職引きこもりになると思う。

総務部女性小学生の子供がいて、残業ゼロで働いている。職場ではそのせいで、軽い働き方という認識をされている。

私にとってはその女性いるかいないか職場のすべてで、死活問題なので、ことあるごとに褒めちぎるようにしている。

その女性がいないところで、「〇〇さんがいるから今のパフォーマンスが出せてる、〇〇さんが居なくなったらおしまい」と繰り返し主張している。

でも人の妊娠転職妨害なんてできない。そう考えると、非常に不安定年収600万円だ。

から必死貯金している。ADHDに多いとされる浪費傾向は私にはない。躁が出ることもない。

 

父が妬ましい。父は私より不注意の程度が酷いのに、助けが常にあるから自分ミス直視したことがなく、私のような挫折経験していない。

不注意の自覚はあるが、男だからチャームポイントになるとすら思っている。

いわゆる「強者男性」のなかに父のようなタイプは多い。

総務・秘書女性から面倒を見られているのでミスをせず、支えられている実感もあまりなく、当たり前と思っている。

支えを失って、不注意の結果としてミスを連発、迷惑をかけ、怒られ、舌打ちされ、職場が針の筵になっていくという経験が無い。

弱者男性」には支えてくれる女性が見つかりづらいから、そういう経験のある人が多いかもしれない。

しか男性は、支えてくれる女性がいることを当たり前だと思い過ぎだと思う。

強者男性は当然のことと思っているし、弱者男性は「男なら得られて当たり前の権利が不当にはく奪されている」と思っている。

 

私は母親か、中学時代女友達か、総務部女性のような秘書能力の高い人であれば、

外見が男性であっても養いたいけど、「養われ希望」の男性ヒモ研究者だ。

ヒモ希望ママ希望男性は、お金にも世話にも困っている。お金をくれて世話もしてくれる人を求めている。

彼らは猫に生まれるべきだった。しかし猫に生まれなかった。

研究者も、人の世話はできない。学力偏差値が高く過集中、興味ないことには徹底的に無関心、ほっとくと生活乱れる、であれば私とタイプかぶる

能力の欠落がかぶる人と共に暮らしても、共に破滅するだけだ。

 

父親からいつまでも実家母親に面倒みられていないで、結婚しろと言われる。

過去自殺未遂も、一社目の挫折による鬱・引きこもりも知っているくせに、そういうことを言ってくる。

父親のような強者男性自尊心の高さ、挫折のなさ、上から命じてくるところ、本当に不快で死んで欲しいと思う。

お前のクソ特性遺伝したせいで苦しんでいるんだけど?母のクローンなら鬱回避できているけど?

お前の遺伝情報が悪いんですけど?お前みたいな人間子供を作るなよ。そう思ってしまう。

不注意や過集中は男性の特徴とされている。実際、発達障害男児男性のほうがあらわれやすいらしい。

しかし娘に発現することもあるし、その場合レアであることで理解されにくい。

「女なら、男の世話ができるだろう」という目線で未だに見られる。

しかし私は女性でありながら、生きるために、女性による細やかな世話を欲する側。

男性が、パートナーではなく、「人の世話ができる女性」を奪い合う敵に見える。

人の世話ができる女性は早婚だ。母親中学時代女友達総務部女性、全員そう。

価値が高いからすぐに男にとられる。

そして発達の強者男性自尊心が高いからそうした女性子供を産ませ、遺伝させ、子供の苦しみを作るんだ。私の父みたいに。

いい歳してトランプゲーム、恥ずかしくない?

最近夫がなんか趣味教室に行きたいと言い出した。

聞けば前々から上司や得意先の人に誘われており、興味を持ったそうだ。

さぞ高尚な趣味なんでしょうと詳細を聞いたら、その教室のチラシを渡された。

書いてあったのはトランプと横文字名前。え、トランプ

手品か何かだと思い、不器用からやめときなさいと止めたがどうにも違うらしい。

なんでもトランプゲーム一種だそうで(名前はなんとかブリッジ?みたいな感じで長ったらしかった)……


それならポーカーみたいな賭け事では?と、おっかない思いが頭をよぎる。

でも夫は、そんなんじゃない、もっと知的な娯楽なんだと反発。

そうはいっても、トランプにできることなんてたかが知れている。

息子が友達と遊んでいた、大富豪ババ抜きと同列なんでしょう?

それをまあ、大の大人がむざむざ教室なんかに通って習うなんて!!

トランプじゃないにしろ、なんちゃら王とかなんちゃらバトルとか。

ああ言うカードゲームは何の足しにもならないってさんざっぱら息子で見てるはずなのに。


きわめつけはその会費。

週一回、10回くらいの入門コースで約2万円!!!

夫が言うには、会員費やら教本やら大会費やらで更にかさむこともあるらしい。

たかトランプのお遊びで???そんなにお金がかかるの???

どう考えても夫は騙されている、悪い勧誘にハマっているに違いない。

大体、世界的にはメジャーな娯楽だって言ってるけれど、そんなものいたことがない!

どこどこの社長だとか、教授とかもやってる?嘘おっしゃい。

きっと上役の付けた良い宣伝文句そっくりそのまま信じ込んでいるのね、ああお馬鹿。

ぴしゃりと言ってやりました。そんな怪しい教室とやらに出すお金なんかうちにはない。

勧誘してきたネズミ講上司とは、距離を置きなさい、と。


……はあ、それにしてもトランプゲームなんて。

やだやだ、もう中年も半ばなのにそんな遊びに興味持って散財するなんて恥ずかしくないですか???

もうちょっと『いい大人分別ある旦那』だと思っていたのに、幻滅しました。

赤っ恥旦那に、残念な思いです。

アクセルブレーキを踏み間違えないために

踏み方教室に通おうと思うんだけど、おすすめ女王様ます

2019-05-17

幻冬舎社長見城徹津原泰水の刷り部数と実売数を公開するのが本当にやばいたった一つの理由

他人収入を公開した】のがやばいんですよ。

ぶっちゃけ刷り部数や実売数なんて出版社みたいな「取り次ぎのPOSデータがもらえる環境」にあればおおよその推測が立てられる半公開情報なので、別に明かしたこと自体は大したことじゃない。

でもそれ言っちゃいけないやつなんですよ。わかってても絶対に言っちゃいけない。

たとえば自分会社自分年収が○○円で、その状態新卒が入ってきたらこつの年収はおおよそ××円だなってわかるじゃないですか。あるいは同い年の派遣社員やってる知人は年収△△円だなっておおよそ推測はつく。でも、それ絶対に口に出しちゃだめでしょ。お金ことなんて軋轢しか生まないし、しかもそれ年収の話でしょ?

津原泰水さんは恵比寿文章教室開いてらっしゃったりするし、単純な専業作家というわけじゃないでしょうが、14年に出した本はぱっと見た感じWikipedia準拠で3冊、そのうち1冊の部数が5000部、1冊1728円(amazon基準)で印税10%としたら86万、文庫単行本の違いを無視した単純計算でも×3で250万円ですよ。

ついでに言えば、出版における刷り部数は「その人がこれまでに出版した本が、どれくらい売れたか」という情報に基づく。5000部の本が1800部しか売れなかった場合の消化率の善し悪しは単行本を作ったことのない人間にはわからないが、まあ36%というのが決して良くはないというのは肌感でわかる。そういう場合、次作の刷り部数は確実に削られるんですよ。それを出版業界人間なら一瞬でわかる。

見城がやったことは「津原泰水2014年推定年収は250万円で、今後更に下がっていくよ」と宣伝するっていう嫌がらせなわけ。 公開しようとしまいとそれは変わらないけど、言うと言わないの違いはでかいでしょ。

出版関係者がみんな「最低限のリスペクトがあれば」とか、精神論の話をしてるのはそこですよ。見城が他人年収を明かしてしまたことはピンとくるし、でもそれを指摘すると自分津原泰水年収言及する最初人間になるから明言できない。だからもやっとした精神論になる。しかし、他人年収を明かす行為がどんだけ社会人としてまずいかだってわかるでしょ?

川崎市立川小学校退職強要された結果退職に追い込まれた件

私は、管理職先生方に公の場で意見を具申してた。あまり長時間労働無意味会議、過剰に負担になっている研修、等々・・・。そんなものに常々苦言を呈してた。何度も何度も。「これでは先生方の健康を害しますよ」と。それが管理職にとっては邪魔以外のなにものでもなかったのだろう。

その日は、5時間目に唐突大矢教頭教室に来た。「これから教育委員会に行くから、6時間目は自習にして」え、6時間目あるんだよ、自習にさせる用事ってなんなのかな。

「吉新校長と私も行くから

それから教務の先生に任せて、バタバタ学校を出た。

ここから地獄の始まりだった・・・。

吉新校長大矢教頭と私の3人で学校から教育委員会に向かう間の会話はぎこちない。ふたりとも「なんで呼ばれるんだろうねえ」なんて話している。

教育委員会会議室に着いた。

だれもいない。

吉新校長が下階に人を呼びに行く。

担当者が4人も出てきた。

3人は以前も話した人たちだ。

ここから、彼らの尋問が始まった。

あなた素行が悪いと聞いているがどうなんだね」

「いや、それはどういう意味ですか」

「しらばっくれるな!他の教員との連携はやっているのかね」

「やれる範囲でやっていますが・・・」

「それがやれない理由か!」

「いや・・・時間がなくて」

教員時間なんていっていられる仕事じゃないんじゃないかな」

「ですが、体力的に無理でした」

「よく言うな」

わたしにだめなところがあるなら直します、教えてください」

学校現場で今のまま職務をつづけてもらうのは難しい。退職真剣に考えてほしいのだが」

「残って今の仕事を続けたいです」

 (このやりとりが数時間続いた)

「この話し合いをやめていただけませんか」

「ただの話し合いだ。拒否するなら職務専念義務放棄したととらえるがいいかな」

「辞めろと言われることが普通の話し合いなんですか」

「もう残れないよ」

可能性はあると思っていました。話し合いの場だとばかり思っていましたから」

「とにかく、今の学校で今のまま教壇に立ってもらうことは難しいだろう」

「・・・」

「繰り返しになるけど、川崎学校はいられないよ」

学校にもういられないということですか?」

「そういうこと。自分から辞めた方がいいよ。」

「ではどうしたらいられるんですか?」

「答える必要はない。これ以上粘ると、分限免職になるよ」

「それは辞めろということじゃないですか」

こんな問答が続き、最後退職願が置かれた。

「君みたいな人は教員をやる資格はないよ。子どもたちもかわいそうだ」

担当の男は吐き捨てるように言った。

こうなってくると、こちらも正常な判断ができない。狭い部屋で、むこうは管理職も合わせて6人だ。

つい、震える手でサインをしてしまった。

3月某日、その場で退職

明日から学校に近寄らないように言われた。

しかに吉新校長はいろいろ意見を言っていた。何度も何度も訴えてきた。学校の勤務時間がめちゃくちゃなのでなんとなしてほしい。対外的研究授業をやるくらいなら、負担を減らしてほしい。わたしは家庭の事情残業があまりできない等々・・・。

吉新校長大矢教頭とうまくいっていなかったのは事実

けれども、こういう対応で終わりというのは、理解できない。

しかに言ってきたけれど、学級崩壊を起こしたわけでも、保護者から信頼回復不能クレームを受けたわけでもない。信用失墜行為にあたるような不法行為をおこしたわけでもない・・・。

それに明日から子どもたちはどうするのだろう。通知表も書きかけだし。

せめて、3月末までは働きたかったけれど、そんなことは許される空気ではなかった。

それ以前、吉新校長はいさいこの件に関して、面談もなにもなかった・・・。

わたしの言い分が気に食わなければ、事前に話し合いの場を設けてくれればよかったのに。

「これから時代は話し合って解決していくことが大切です。議論できる子どもを育てます」っていつも子どもたちや教師たちに言っていたあなた議論しようともしないで、こんな場を用意して・・・。

あなたの言ってた「ハンドサインで誰もが意見を表明」「フリートーク自由闊達意見を」「児童相互指名で思いやり」ってなんだったの?

その日のうちに段ボール荷物をつめて学校をあとにした。

事務の方からはあとから退職手続き書類を送るから、と言われた。

子どもたちにお別れのあいさつができなかったことも心残りだけれど、せめてなんであと2週間も待ってくれなかったんだろう。

よくわからないまま川崎市を離れることになった。

いろいろあったけど、子どもたちとは楽しいことばかりが思い出される。

ありがとうクラスのみんな。

ありがとうございます保護者地域のみなさん。

ありがとうございます、お世話になった先生方。

anond:20190517003656

西東京なら近くに大学とかたくさんあるじゃん? 管理系のバイトとかあると楽で時給もそこそこいい気がする。

20年前だけど、時給1500円で教室回って鍵閉めるだけのバイトやってたよ。

2019-05-16

お忙しいところ恐れ入ります

去年の夏に県立S高校夜間部中退した増田と申します。

S高校に在学中の出来事についてお知り頂きたいことがいくつかあるので、メールを送らせていただきました。

私のいた1年B組の担任数学教諭のK先生言動についてです。

入学して間もない頃の数学の授業中、K先生が「ノートを書くのが遅い子は数学ができない」という話をされたあと、「増田とか書くの遅そ~」とクラス全員の前で言われました。

学校に登校して教室に向かう廊下で、K先生に会ったので私が「こんにちは」と挨拶をしたら、「あれ?昨日いた?」と開口一番に笑いながら言われました。

数学の授業の休み時間教室で同じクラス友達が「疲れた」と言ったところ、それを聞いたK先生が「S高の授業で疲れたなんて言ってたら他の学校行ったらどうなっちゃうの?ずっと夜間にいるの?」と大きい声で言いました。

私は中学校で色々なことがあり不登校になって、高校では心機一転頑張ろうと無遅刻無欠席で高校に通う中

クラスのみんなの前で馬鹿にされたり

挨拶してすぐ「昨日いた?」と笑いながら言われたり

自分選択したS高校夜間部という道を他の高校と比べて否定されたことが、とても辛くて、今でも思い出すと涙が出ます

S高夜間部ホームページには

中学生ときに、色々な悩みや不安、手助けが必要だった生徒が自分の居場所を見つけられる学校

「欠席が多い生徒も活躍し、自分を変えられる場所」だと書いてあるのに、そんな風に言ってくれる先生は一人としていなくて、K先生には上記の無神経な言動をとられ

私のような生徒はどこに行っても馬鹿にされて、嫌がられるんだと悲しい気持ちでいっぱいです。

K先生が私を故意に傷つけるつもりはなかったとしても、学校先生特に夜間部先生は、生徒への発言を充分に考慮するべきではないのでしょうか。

現在はS高校通信制に通っていて、夜間部に戻るつもりはさらさらありませんが、今でも心に傷が残ったまま辛いので、このようなメールを送らせていただきました。

教育委員会の皆様はどのようにお考えですか?

ご返信いただけたら幸いです。



この文章教育委員会メールで送った結果

2日後に「該当の職員については校長を通じて厳重に注意したいと考えています」と返信が来たけど

多分そんなに怒られてないだろうなぁ

2019-05-15

「昔のオタク知識情熱があって…」みたいな捏造懐古厨キモい

1983年に「おたく」という言葉誕生した時点でそれは

ほら、どこのクラスにもいるでしょ、運動が全くだめで、休み時間なんかも教室の中に閉じ込もって、日陰でウジウジと将棋なんかに打ち興じてたりする奴らが。モロあれなんだよね。髪型は七三の長髪でボサボサか、キョーフの刈り上げ坊っちゃん刈り。イトーヨーカドー西友ママに買ってきて貰った980円1980円均一のシャツスラックスを小粋に着こなし、数年前はやったRのマークリーガルのニセ物スニーカーはいて、ショルダーバッグをパンパンにふくらませてヨタヨタやってくるんだよ、これが。それで栄養のいき届いてないようなガリガリか、銀ブチメガネのつるを額に喰い込ませて笑う白ブタかてな感じで、女なんかはオカッパでたいがいは太ってて、丸太ん棒みたいな太い足を白いハイソックスで包んでたりするんだよね。普段クラスの片隅でさぁ、目立たなく暗い目をして、友達の一人もいない、そんな奴ら

を指してたんだよ。

なーにが「昔のオタクは良かった」だよ。

からオタクキモかったんだよ。

で、宮崎勤事件を経てさんざん迫害された「おたく」たちは、自らを「オタク」と呼び替えて「趣味に関しては豊富知識を持つクール若者」という自己催眠をかけた。

オタクは「素晴らしいもの」でなくてはならないし、「気持ち悪いニワカ」は切断操作しなければならない。

と同時に、「おまえオタクだろ?」と馬鹿にされても、「俺は(そんなに素晴らしい)オタクじゃない」と言い逃れができる。

そういう仕組みを作り上げたわけだ。

当時は「知識情熱もない単なる漫画好きやアニメ好き」はいなかったのか?

いたに決まってんだろ!

ぞろぞろいたよ!

そいつらはオタクじゃなかったのか?

オタクに決まってんだろ!

「俺なんかぜんぜんニワカだしまだまだオタクとは名乗れませぇん」なんてどんなに嘯いたっておまえらオタクなんだよ!

過去捏造するな!

歴史を美化するな!

昔も今もオタクなんて変わんねえんだよ!!!

anond:20190515001929

教室で一人にするとパンツ盗むかも

みほんもちこみはぬれ

スマホで電書は盗撮するかも

(そのへんの非行防止には男女差つける必要はないとおもっている)

 

見学させとけばコミュ障の子でも今週やった内容来週の用意などもういちどあとで説明する必要ない

2019-05-13

完食強要現実

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190513/k10011911391000.html

小学校給食の完食強要経験した、今は大柄な男。完食強要経験してなくて現実知らない人だと思うんだけど、はてブ肯定的コメント特に問題視しないコメントがチラホラあるの、経験からすると身震いする。申し訳ないが、園児2人が車に轢かれて亡くなったあの大津事故報道を見ながらテレビの前で楽しそうにゲラゲラ笑う、人が苦しんだり死んだりする話が大好きな異常人格者レベルに、人の心を持っていないバケモノに見える。

目を覚ましてもらえるように、完食強要経験してない人がわかっていない勘違いポイント解説していく。

給食うまい/まずいの問題ではない。給食の味=流し込みに使う飲み物との相性になる。

これ勘違いしている奴が多すぎる。完食強要があると、食べるのが遅い子が時間内に間に合わせるには、牛乳汁物など、用意された飲み物でおかずを流し込むしかないので、「飲み物で流し込むときの味」が重要になる。例えば、牛乳パンみそ汁ご飯はよく合うので、良い給食牛乳ご飯みそ汁パンが出てきたときは、牛乳ご飯を流し込むしかなくなる。

牛乳かけご飯みそ汁パン

想像してみてほしい。まずそうだろ?「食べるのが遅い」というだけで、週に何日もこの味を経験しないといけなかった。あまったご飯牛乳で流し込んだり、ボソボソして食べられないパンみそ汁で流し込まないといけなかった。まずかった。ひたすらにまずかった。まずかったが、自分からわざとまずくしても15分の時間内に食べたくなるほど、「時間内に食べ終わらない」ペナルティは大きかった。

食べるのが遅いと、周りが掃除している中で完食するまで食べさせられる

給食の後は教室掃除がはじまる机をがーっと一番後ろによせて掃除が始まる。クラスの皆がホウキを掃いたり雑巾がけしたり、黒板消しでチョークのかすをパンパンはたいている中で、一人だけ完食するまで残される。周りの机が全部片づけられ、自分の机しか残っていない状態で、一人だけ完食するまで残される。「なんであいつだ掃除をサボっているんだ」という目で、「あいつだ自分勝手にのんびりたべたうえ、さら掃除までサボるのが」という目で、クラスの皆に睨まれながら、とにかく食べる。

ほこりチョークのかすが漂う中で、とにかく、自分おかした「食べるのが遅い」という罪を償うために、「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と心の中で叫びながら、食べる。何か言葉にしようものなら、「喋ってないで早く食べて皆の掃除を手伝え!」と言われるので、何も言えず、何も反論できず、泣くこともできず、ただただ心の中で謝りながら食べる。「自分は皆に迷惑をかけている悪い人間だ」という罪悪感が膨れ上がる。小学生は素直だからね、自分人殺しと大して変わらない罪人だと思ってた。

植えつけられる罪悪感:給食を食べるのが遅い子は、「本人が実際にどう思っているかに関わらず」、給食のおばさんを悲しませ周りの皆に迷惑をかけている悪い子。

自分小学校教員を今でも許せないのはこれ。自分小学校の時の担任はずる賢く、口にものを無理やり詰め込むような完食強要はしなかった。そんなことやっても、子供は呑み込めなくて吐くだけだし、親からクレーム来ると思っていたのだろう。だから、「完食できない子は、たとえ実際には給食を作ってくれた人に感謝していたとしても何を思っていたとしても、結果的には周りに迷惑をかけている悪い子なんだよ」と言って、食べるのが遅い子に罪悪感を植え付けることで完食を促そうとした。今考えると、罪悪感を使って人を操作する、典型的マインドコントロールだよね。

勉強に置き換えて想像みてしてほしい。解けないテストを出され、「このテスト問題が解けない奴は、どういう気持ちであろうと何を考えていようと、結果的には社会迷惑をかける悪者なんだ」と言われたら、小学生はどう思うだろうか?中高生なら「あの先生バカだろ」ですむだろうが、小学生なら、素直に「自分は生まれてこないほうがよい人間だったのか?」と思わないだろうか?

自分はそう思った。小学校6年間、給食のせいで「自分は本当は他人迷惑をかけているのではないか」という恐怖にさいなまれた。

自分は本当は生まれてこないほうがよかったのではないか」「ただ、たまたま成績がいいから、生かしてもらっているだけなのではないか」と思いながら過ごした。そう、自分は成績はよかった。だから、生きていていいと思えた。自分は、給食を食べるのが遅い社会迷惑な要らない人間だが、成績がいいか担任自分に笑いかけてくれているのだ、そう思いながら小学校高学年を過ごした。成績がよくなかったら、当時住んでいたマンションから飛び降り自殺していただろう。「給食を食べるのが遅い、悪い人間に生まれてごめんなさい」と遺書を書き残して。実際、小5ぐらいのときに、そう思って当時住んでたマンションから飛び降りようとしたことがある。親に「何やってんだ!」と言われて引き戻されたけどね。自分が生きているのは偶然だと思う。

完食強要子供自殺に追い込む

自分経験からすれば、完食強要された子は自殺したくなって当然だと思う。だって、食べるのが遅い、というどうしようもないことで「お前は迷惑人間だ」というレッテルを張られるのだもの担任からも、クラスからも。しかも、理屈立てて考えられない小学生の時期に。

すでに、遺書を書かずに、何も言わず自殺しちゃってる子がいても、全く不思議だとは思えない。

完食強要してる小学校教員はすぐにやめてほしい。あなた人殺しになるよ。

自分にも子供ができ、親になった。自分の子小学生になった時、小学校担任が完食強要したら、いかなる方法を使っても非難する。担任人間の心を持たないバケモノだ、異常人格者だと小学校に広めて徹底的に戦うぞ。

電車教育ママ出会った

実際にはパパとママ

子供はたぶん小学2年生くらい?

たぶん、何かの教室で親も参加するタイプのやつ

テストの点数が低いとか、授業中ふざけるなとか、ギャーギャー言われてた

ママが8割、パパが2割くらいだろうか

この家族子供を庇う役割は居ないのか?と嫌な気分になった

 

疲れてイライラしてた上に仕事資料読んでたので「うるせーな家でやれよ」とでも言いたかったが、我慢して隣の車両に移った

子供も大変だな

俺ならグレる

anond:20190513153855

卵子提供だけでも手術が終わって麻酔切れるとやっぱり痛いし鎮痛剤つかわないといけないんで職業学校を休んだりするんだが・・

代理母はそれこそ「出産で痛みを体験しなければ本当の母親とはいえない」言説を信仰する人がいるくらいだから

母親になりたい」娘ちゃんにとってはもってこいの体験だろ

後日ママ友に「産婦人科母親教室もいってないの?」っていじめられることもなくなるだろうし。

本当の子育てが目当てじゃなく「子供というペット」がほしいだけなのでは?

 

自身出産せず子供というおもちゃを得たいだけにみえるけどどうなんだろ

予習ができなくなった理由

小学校に上がりたてのころ、勉強が楽しくてしかたなかった。

保育園ではひらがなとか数字とかを書く練習を少しやったけど

教科書とかドリルとかはなくて、脳が覚えた知識以外を家に持ち帰ることができなかった。

小学校になって、教科書ドリルを手に入れた。

新しい知識がどんどん増えていくのが楽しくてしかたなくて、何度も読み返した。

そのうち読むだけじゃ物足りなくなって、やってみたいって思うようになった。

それで、ちょうど漢字ドリル宿題が出ていたから、言われたよりちょっと先の漢字までやってみようって思った。

でも学校の授業でもやるから、授業でやるときには消せばいいやって思って

例文を作るマス目のとこに、小さい字だけど考えた文を書いてた。

の子(耳が少し聞こえづらくて副担任付き)がやってたし、それは勧められていたから。

次の朝、宿題のページを開いて教室の長机の宿題提出スペースに置いた。

そしたら私の次に置きにきた子が大声で叫んだ。

「やったらあかんのにやってる!!」

宿題のページは見開きの右ページで、次の左ページに昨日書いた小さい字を見つけられた。

次々と人が集まって、袋叩きにされた。

習っていないところはやってはいけない。言いつけてやる。

早く消せ。他のページもやってるだろう。

習うまでは先のを読んだり調べたりしちゃいけない。

小心者な私は、大勢向かって何も言えずに、べそをかきながら全て消した。

監視され、みんなにちゃんと消えたかチェックをされ、許しをもらって再提出した。

早朝の、先生教室にいないとき出来事だったけど、誰かがそれを先生に言ったらしい。

担任は何も言わなかったが、先にやることはいいこと、悪いことじゃないと副担任が何度も言ってきた。

でもあの怖さを忘れることも乗り越えることもできずに、それっきり、先を勉強できなかった。

今となってはしょうもない、たった10分くらいの出来事だけど、小学校一年生のそんな記憶が頭から離れない。

予習をしようと思うと記憶が蘇る。

やってはいけない、やるべきじゃない、暗い気持ちとともに脳が警鐘を鳴らす。

結局、その後から高校生までの間で予習したのは片手で足りる数だった。

馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれない。

でも、私にとってはアラサーになっても忘れることができない辛い記憶ひとつだ。

実家暮らしの女に苛立ってしま

都内で働いて一人暮らしをしている。めちゃくちゃ高いわけではないけどブラックでもない、年齢にしてはそこそこ妥当年収(らしい)で暮らしている。

性格上日々の細かい倹約に向いていないので、せめて古くて狭くて安い部屋を借りて、格安スマホにして、家賃光熱費で月収の1/3程度におさめている。

残り2/3を生活費貯金に割り当てているので、自分のための浪費はある程度できる。

交友費、美容院ジム、服飾諸々、母の日とかイベントごとのプレゼント旅行ライブとかの大きめの娯楽……などと並べた中で月々優先順位をつけている。

一時期は定職につけなくて本当に苦しい時期があったので、貯金残高を気にしないで好きなものを帰る、というのはとても楽しいし嬉しい。

友達と飲みに行ってちょっと高くついても、「楽しかったし仕方ない!次は気をつけよう!」で済む。明日から食事を考えなくてもいい。自分のために働くっていいなと思う。

でも、デパコスブランド物はそうそう買えない。欲しいんだよ!だけど優先順位比較検討した時、それに使うと他に回せなくなっちゃうんだよね。

そんな時、年収ベースだと私よりも多分ちょい少ないんじゃないかな、くらいの実家暮らしの知り合いがデパコスを毎月6個も7個もガンガン買って「また買っちゃった♪これおすすめ!デパコス買うのやめられない〜」みたいなツイートしてるとどうしようもなく苛立ってしまう。

お前の顔一個しかねえだろうが。何個アイシャドウ塗りたくるんだよ。とか思ってしまう。僻みなんですけど。

美容意識高いですツイートもやたら鼻についてしまう。お前の顔と体型知ってるからなこっちは。水原希子になってから言えよ。とか思ってしまう。僻みなんですけど。

これが都内一人暮らしの女だったらそんな気にしなかったと思うんだよね。いいなー、バリバリ稼いでんだろうな、そうじゃなければ節約してんだなーって。

でも、都心実家に住んでデパコス買いまくってライブ全通して海外旅行して交友費も削らなくてその上さら料理教室通おうかなーとか言ってんの、ただただ羨ましくて苛々するんだよ。

お前にどんなにおすすめされてもこっちは買いたいデパコス我慢するんだよ。なぜならこっちは家賃光熱費が自腹だからだよ。お前みたいにタダじゃねえんだよ(いくらか入れてるかもしれないけど)。

私が優先順位つけてるみたいに彼女だって優先順位をつけているだけで、単にその順位の差なんだってことはわかってるけど、それでもとにかく羨ましい。

私も都内実家で犬と住みたい。こんなに古くて狭い部屋に家賃を払いたくない。年に2回とはいえ片道15000円の帰省なんかしたくない。

とはいえどんだけ金があってもこの物欲をなんとかしない限り同じ不平を言い続ける気がするから根本の原因は自分にあるんだけど……。

前に会った時、彼女が持っていたバッグが二度見するほどボロかったことだけが心の拠り所になっている自分は十分卑しいと思うけど、許してくれ。

coach、確かに安いけど、バッグってあんなにボロボロになるんだな……。

2019-05-11

anond:20190511231553

子供計算得意でプログラミングアプリで遊ぶの好きみたいだからプログラミング教室に行かせようかと考えてたけどコミュ力が並以下だからこの人と同じ苦しみにぶち当たると思うどうしたらいいんだろう

ゼロから簿記2級3ヶ月合格(第150回 2018年11月18日

会社員簿記知識ゼロから3ヶ月ほどで独学で2級に合格。76点という点数の通り、最低限のことをして最低限で合格した記録。

(別件でやっとはてな匿名ダイアリーの書き方を修得したので今さら簿記ナビさんの合格体験記に応募して残念ながら採用されなかったもの。)

使用した教材

簿記2級はTACのテキスト5冊読めば2ヶ月で合格できる。もちろん独学で。を参考にしたが、最後の予想問題集は削った(試験範囲が変わっている最中ではあったけど)。

使用文房具

電卓の扱い
  • 左打ちの練習をしようかと思ったが、潔く右打ちにした。仕訳問題のようなちょっとした計算時はペンを持ったまま右手で打ち、精算表のような本格的な計算時はペンを置いた。
  • 1,000,000 の打ち方もカン区切りで「1」「00」「0」「00」「0」。「1」「00」「00」「00」の方が打鍵数は減るが、習熟できなそうなので諦めた。
下書き用紙について

下書き用紙が足りない、という声も聞かれる中、自分ほとんど下書き用紙は使わなかった(下書き用紙に自己採点用に答えを書き写すほどの余裕はなく)。下書きをほとんど使わない自分おかしいのか、だから点数が伸びないのか?と迷ったこともあった。

やったこ

スッキリ3級: 8月中旬お盆休み1週間)

問題もチェックテストコンプリート実施。チェックテストの解答時間は計っていない

スッキリ2級 商業 仕訳編: 8月下旬9月中旬

問題17までは解いたがあとは解かず

スッキリ2級 工業: 9月下旬

問題は38までは解いたがあとは解かず

スッキリ2級 商業 伝票編~最後: 9月末~10月初旬

問題もチェックテストも解かず

合格するための過去問題集: 10月中旬11月18日

第1部は全て。第2部は145回~149回で、時間を計って解いたのは149回のみ(66点)。他は電車の中で立ちながら解いたり。

やりながらスッキリの該当箇所を見返したり、それでも足りなかったらインターネット検索して種々のページを見た。

一通り終えた後最初に戻って、間違えた箇所覚えていない箇所を見返す作業実施

時間を計ってない他の回の点数は、145回: 54点、146回: 70点、147回: 70点、148回: 69点。

過去問5回分のみはさすがに少ないかと思い、試験1週間前にもう少し前の回の過去問もやるか、予想問題集を買うか迷ったが、手を広げるのはやめて、今までやった内容を固めることにした。

試験日の試験開始まで

試験 13:45~15:45

自己採点→実際の点数

80点→76点 (第1問: 12点、第2問: 18点→16点、第3問: 14点→12点、第4問: 16点、第5問: 20点)

失点原因内訳

問題演習不足が16点、知識理解不足が8点。

SnowMan未来を見たい話。

長いし重いです。


私がSnowManを知ったのは彼ら6人が「SnowMan」というグループになった直後でした。当時、私は中学生。「ちょっと怖そうだけどかっこいい人たちだな」というのが第一印象。そのあと、ドラマ映画で彼らを見るようになり、なんとなく気になるグループの一つになっていました。

それが好きに変わったきっかけは2014年滝沢歌舞伎。縁があって観劇した私は、生まれて初めて他人のことを「美しい!」と思いました。それは二幕で十兵衛(義久)を演じた佐久間くん。かっこいいとかそういうのを超越して、もうこれだ!この人だ!という確信を抱いた高校1年生の春。私はSnowManファンになりました。

もともとデビュー組のファンでしたが、その比じゃなくて。もうこれ以上ないってくらい好きで。私は彼らと未来が見たいと思うようになりました。

ですが状況はかわります

その1年後、高校2年生のとき。私はいじめにあいました。目に見えてわかる持病のせいで罵倒をされたり、故に暗くなった性格も災いしてそりゃひどく。ストレス病気悪化してさらいじめられるし、仲の良かった友人も離れていきました。親に相談しても「あんたが暗いだけ」「考えすぎ、そんなに周りはあんたのこと気にしてないよ」と否定されました(のちのち協力してくれたので感謝してます)そうして、ついにいじめは「死ねばいいのに」とまで言われるほどになりました。

そんな風に言われてはもうどうしようもないです。ひっそりと誰にも迷惑かけないように過ごしていても存在否定されるのですから。どうやったら死ねるんだろう、教室から飛び降りようか、ぼんやりとそんなことを考えるようになりました。そんな私を引き止めたのはSnowMan存在でした。

「あぁ、今度少年倶楽部出るなぁ」「雑誌発売されるなぁ、見たいなぁ」とかそれだけが希望で。

地元地方のため簡単現場には行けません。バックにいるDVDを買っては佐久間くんを、SnowManを見て、雑誌は逃さず全て買って。どんなに学校が辛くてもそれがあれば「まだ生きよう」と思えました。

相変わらずいじめが止まない中、私はSnowMan舞台に行けることになりました。少年たちです。SixTONESSnowManが初めてやった年。オリジナル曲衣装をもらって、きらきら6人が輝いている。それがどんなに私の希望になったか

その後いじめがやんだわけではありません。修学旅行なんて酷いものだった。それから悪化する一方で、保健室登校になって先生からも邪険に扱われました。いじめが原因と知りながらもひどいことを言う先生もいました。それでも、SnowMan未来が見たくて私は生きてこれました。

絶対デビューが見たい。

もっときらきらした6人が見たい。

から、いまここで生きるのをやめたりなんてできない。

他の人からすればアイドルが生きがいなんてバカみたいだって思うでしょう。それでも、私にとって6人は大きな存在でした。

そして私はどうにか高校卒業し、大学生になることもできました。昔よりずっと彼らの現場に行く回数も多くなります歌舞伎、サマステ少年たち、ジャニアイ…なかでも思い出に残ったのは去年の横アリ単独公演でした。

本当にあの時死ななくてよかったと思った。誰も味方がいなくても、辛くても、あんなことさえなければって何回も思ったけど、こうやって6人の夢を追うことことができる。SnowDreamで真っ白になる横浜アリーナが忘れられません。

横アリで始まった私の2018年は本当に楽しかった。歌舞伎、サマパラ、少年たち、そして秋の個人仕事ラッシュさら来年歌舞伎の主演発表。もっともっと2019年は楽しくて明るくてもっと彼らの夢を応援できると思ってました。

1月17日新聞を見てから理解するまで時間がかかりました。突然の出来事でしたよね。増員?どういうこと?歌舞伎は6人に引き継がせるんじゃなかったの?横アリ披露目って、南座は?どうなるの? 私は人生で一番具合が悪くなりました。頭痛はするし、吐き気はするし、動悸はひどいし、ぼろぼろ涙は出てくるし、食欲もなければ、寝ることもできない。あんなに「6人で」と言っていたのに、と裏切られた気持ちになりました。

いまだ、私は受け入れることはできていません。

ただの消費者の私が離れても彼らは続くでしょう。でも私は彼らと未来が見たかった。目黒くんには宇宙Sixセンターとして、向井くんには関西のお兄ちゃんとして、ラウールには若手の筆頭として…未来を見て欲しかった。歌舞伎を見ても腑に落ちないし、横アリには怖くて行けませんでした。でも、好きなんですよ、SnowManが。私を救ってくれた佐久間くんが。めちゃくちゃに重い理由申し訳ないですけど。それ抜きにしても佐久間くんのパフォーマンスが好きで、この人たちがもっと大きなところで踊って歌って演技するところが見たくて、いつか誰でも知ってる人になってほしくて。だから現状、すの担・佐久間担をやめることは思ってません。

まだ9人をSnowManって思うのには時間がかかりそうです。もしかしたら一生無理かも知れない。でも彼らを美しいと思った五年前の自分を信じたい。あのとき、「この人たちと未来が見たい」と思った気持ちは大切にしたい。いつかSnowDreamが叶う日まで。そして、叶った後も。

フェミ講義潜入日記

マジでオチがない日記なので暇な人だけ読んでください。

どうも、エセフェミ大学生です。

今回は大学でも名が高い、フェミ先生フェミ講義に参加してきた話をしたいと思います

授業開始5分前、教室に入ると20人くらい着席していたけど席はほぼ空いていたので後ろの方の席に座った。

見た感じ講義を受けるであろう学生数人は全員、SNSなどでよく見る「女性差別反対!男性怖い!」と主張するブ女みたいな雰囲気の人ばかりで、髪の毛はボサボサ、ノーメイクニキビだらけの肌の奴しかいない。誰一人として身嗜みに気を付けている女がいなかった。ちなみに私の大学女子大です。

直感的に あ、こういう人達って男の人にチヤホヤされたことがないんじゃない?と感じ取った。なんとなくだけど。

ぼーっとしてたらチャイムが鳴り、フェミ先生入場。

この人もまさにTHE・フェミ女。見た目からしフェミ女。でも、学生達とは違って小綺麗なタイプの方のフェミ女だった。切りそろえられた黒髪ショートカット花柄トップス黄色のロングスカートを履くババア。なんかすげー男嫌いそうな雰囲気がプンプンした。語彙力なくてすまんです。

そんなこんなで講義開始。

授業名はフェミニズムと法律

内容は別に普通に女性人権が出来たのは最近だ」とか「女性専用車両を増やすべきだと思う理由」とか、ほんっっとうにSNSでもよく言われてるような事しか喋んない講義特に面白みも何も無かった。周りのブ女たちは半分くらい寝ててウケた。私も寝た。起きたらフェミ先生も周りの学生ももういなかった。

なんの為の90分間だったかからなくて、人生時間無駄にしたような気がした。

2019-05-10

高校中退した話

どこかに書き留めておきたかった。

フェイクは一切無し。知ってる人が見たら多分バレてしまうけど、それでも吐き出したかった。

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理科が好きだから、理数科のある高校に進学したい。

親にはそう説明した。

嘘ではない。実際に理科は好きだったし、数学も嫌いじゃなかった。

でも選んだ理由はそれだけじゃなかった。

 

高校知名度は下から数えたほうが早いだろうけど、偏差値は中の下付近で極端に低いわけでもない。

頭が良ければもっと偏差値が上の高校を選ぶし、頭が悪ければもっと下に名前を書くだけで通るという有名な高校がある。

大きな実績も歴史もない、そんな選ばれにくい高校

小学校中学校と暗い学生時代を過ごした私にとって、“同級生と一緒になる確率が低い高校学科”が高校選びの一番のポイントだった。

 

残念ながら中学同級生0人とはいかなかったものの、クラスに3人だけ、全員私と同性だった。

彼女たちは数少ない同じ中学出身者というだけで、私を仲間に入れてくれた。

私がいじめられっ子だったことは、勝手に水に流していて何事も無かったかのような振る舞いだった。

そのことに傷ついた。

中学ではただ周囲に合わせていただけで、自分たちを守るために仕方がなかったのかもしれない。

ならばなおさら、せめて一言だけでも言葉が欲しかった。

私が何年もつらい毎日に耐えなければならなかった理由が、空っぽだったのだから

私がつらい思いをしていた間、自分たちは守られていたのだから

 

でもそんなことを今さら蒸し返すまいと、終わったことだと思うようにした。

過ぎた時間は取り返せない。これから楽しくやれれば、いつか忘れられる日がくるだろうと。

しかし、そうはならなかった。

 

クラスには私のほかに、似た過去を持った子がもうひとりいた。

そしてその子は不運にも何人ものいじめっ子と同じクラスになった。

見かねて声をかけようとすれば、周囲の子たちが私を止めた。

そんな周囲を止める方法、変える方法がわからなかった。

あれよあれよと勢いと人数が増え、その子入学半月もせずに孤立して保健室登校になった。

 

大きなガラス窓の保健室は昇降口の向かいで、むしろ晒し者という感じだった。

登校して一番最初に見えるので、クラスメイトの一言目がその陰口になるのはほぼ必然だったのかもしれない。

の子教室にいないのに陰口は止まず、いつしかクラス内が常にギスギスするようになった。

 

クラスメイトの会話の内容は大部分が低俗週刊誌のようになった。

駅で見かけたというだけで盛り上がれるほど狂っていた。聞いていられなかった。

日に日に不安が大きくなっていった。

このままあの子保健室にいるとしても、教室にも標的が必要になるのではないか

そしてそれは私になるのではないか、と。

忘れようとしていた過去が蘇って、毎日が苦しくてどうしようもなかった。

周囲の言葉が全て私に対してのものに聞こえた。

 

予想通りあの子ネタはすぐに尽き始めて、他の人にそれを求めるようになった。

クラス内は決まったグループでほぼ固定され、互いに監視し粗探しをするようになった。

他のクラス上級生のこともあれこれ言うようになった。

あっちのクラスではこんな噂があるとか、着替えが遅いか更衣室を一緒に使うはめになって邪魔だとか、

会話ができる時間は誰もがそんなことばかり話していた。

 

私は、いつ小学校中学校時代のことが掘り返されるか不安不安でたまらなかった。

毎日が恐怖だった。

グループの誰かが口火を切れば、瞬く間に広まってしまう。

下手なことを言わないように、刺激をしないように、とにかく必死で顔色を窺った。

今日大丈夫でありますようにと祈りながら登校して

明日大丈夫でありますようにと祈りながら下校した。

 

状況は何も良くならないまま、夏休みになった。

朝起きても学校に行かなくて済む。それだけで救われた。

でもそんな天国のような時間永遠ではなく、夏休みは終わりを迎えた。

憂鬱しかたなかった。

また戻るのか、大丈夫だろうか、休みの間誰からも連絡がなかったのは何かあるからなのではないか

そんな不安がぐるぐると渦巻いた。

中学のころはそれでも登校できていたのに、もうできなかった。

それからは登校することなく家に引きこもっていた。

 

ひと月が過ぎたころ、担任がやってきた。

うちのクラスは40人いるけど8人が同じように学校に来てなくて、先生も参っている。

女子も何人か休んでるけど、誘い合って一緒にがんばって登校してみないか

そんなことを言っていた。

ぼんやりと話を聞きながら、40人中8人って多いなと考えていた。

そして休んでいるのは私だけじゃないということに、なぜか少しだけほっとしていた。

 

どうして登校しないのかと尋ねられた。

いろんな思いが膨れ上がって、言葉が出せなかった。

唯一絞り出せたのが、あのクラスにいることが辛いという一言だけ。

の子いじめ関係があるかと聞かれ、頷いた。

中学のころの出来事フラッシュバックするのだと伝えるよりも先に、担任が口を開いた。

クラス内にいじめがあることは知っている。

しかし、先生間でもいじめはある。どうしようもないことだ。

ほかの人がいじめられてるのが辛いなんてピュアな心はいいけど、それじゃあダメだ、と。

 

担任は、生徒のいじめを止めさせるのではなく、やられる側が諦めることを求めていた。

それに見当違いだ。

しかに誰かがいじめられていたら心が痛むけど、私が一番苦しいのはそこじゃない。

私の過去担任は知らないのだろう。

しかし伝えたらどうなる。ここから広まっていくのではないか

きっとすでにクラスでは私のことが知られているだろう。そこにさら自分で油を注ぐような真似はしたくない。

一度は伝えようとしたことを話すのをやめた。

 

いっときだけ仲間に入れてくれた同じ中学の子たちからは、そのあとも一度も連絡はなかった。

わかってはいたけどやっぱりな、という気持ちだった。

担任以外、誰も私を訪ねる人はいない。あのクラスに私の居場所はきっともう無い。

私はますます引きこもっていった。

 

秋が過ぎ冬になり、新年を迎えたころに再び担任が訪ねてきた。

このままだと留年になるからと、休学か退学をすすめられた。

ここで休学にしたところで、行ける気も、行く気もしない。

私は退学を選んだ。

anond:20190510114140

定年した老人が行く場所がなくて最終的に漂う場所図書館なのは常識だろ

本をいじるだけで給料が出ると本気で思うのかよ高度成長期じゃあるまいし

パソコン教室と同じ老人の相手仕事のメインに決まってるだろ

老人の相手が嫌なら福祉仕事をやめれ

2019-05-09

anond:20190508035136

小中高帰宅部大学は大鬼で数人しかとっていない講義ばっかりで、必修もシケ対と一切かかわらずにサークルも一切入らずに研究室院生が俺一人だけだったというガチぼっち学生生活を過ごした俺から一言

ぼっちうつ病は違う

その症状はうつ病だ。ぼっちが原因に見えるが根本原因をまず直せ。心療内科いけ。

うつ病を「ぼっちのため病んだ」と誤解して適切な治療を受けられずに退学していった奴は多数いる。

総合大学なら学内病院でもいい。窓口が絶対ある。

試験は(いい意味での)大鬼を取れ。必修は半分諦めろ。

大鬼の講義試験一発レポートなし出席点なしというパターンが多い。「レポートだけで優くれました^^」みたいな講義ぼっちにとっては逆に鬼門だ。大鬼の講義は30人収容教室に5,6人とかでとても快適である

必修はまじで糞に当たる可能性も多いので半分諦めよう。英語重要な科目だけ真面目にやってればいい。

いい成績を取らなくてもいいからいい学科・いい研究室にいけ

ぼっちだとどうしても周りに比べて成績は落ちる。奴らは過去問シケプリ等の合法的カンニングに長けているからだ。

だが学内の成績と、卒業後の学業評価は全く別であることを覚えておきたい。

例えば東大理系では、コミュ力MAXまで発揮し過去問を大量に手に入れ平均点を85点まで伸ばしてようやく進学できる理学部物理学科は学内ヒエラルキーとしてはトップクラスであるものの、卒業後はぼっちPCポチポチしていただけの理学部情報学出身に圧倒的に負ける確率が高い。そんなものである

カーチャン弁当は遠慮しよう

もし実家住まいでかーちゃんとかが弁当を作ってくれてる場合、本当に申し訳ないのだが遠慮して外で買って食べるようにしよう。

休み教室とか外で一人で弁当を食べていると本当に周りがうざいことが多い。大学側も基本は食堂で食べることを想定しており、事務員等に嫌な顔をされることも多く、精神衛生上よくない。適当ウィダーinゼリーぐい飲みして図書館勉強したりするのがよい。

精神理由による休学は絶対にだめ

どんな手を使ってもいいか留年せずに卒業しよう。ウェイウェイやりすぎで1年留年したやつを今後30年見下せる。

そういう負のパワー大事。もしそいつらが留年しなかったとしても、逆の立場になるリスク回避できたと思えば安いもの

学校大学基本的に居着くところではない

サークル等でダラダラ残っているのが充実した大学生活、という人もいるだろうがそういうやつが会社でダラダラ残って生産性を下げている元凶なので「あー生産性低い人生送ってるなー」ぐらいに思っておけばよい。

就活会社ちゃんと選べ

就活会社ちゃんと選んだほうがいい。就活の時期になるとウェイウェイ勢が「パナ○ニック内定取れた~」とか「ソ○ー楽勝w」とか言い出して心理的圧迫をかけてくるが、実は有名メーカーは30歳でせいぜい年収600万程度である。こういう会社を一緒に受けてもウェイウェイ勢しかからず、落ち込むかもしれないが、実はそういう人で固まってる会社というだけであり、しかもまともな技術者がいないので競争力が低く給料は安い。

そんなところよりも某フリマサイトとか某クッキングサイトなどの有名Web系に入ると30歳で年収1000万、ウェイ勢は白い目で見られるといった環境が君を待っている。

2019-05-08

大学ぼっちなのが辛すぎて休学したい増田

anond:20190508035136

書かなきゃいけない気がしたので書く。

俺の大学入学以降の経歴

1年目 入学

2年目 留年確定

3年目

4年目 休学(1年間)

5年目 復学

6年目

7年目 卒業

8年目 既卒就活

9年目 就職

今 生きてる

大学ぼっちなのが辛すぎて休学したい」

周囲がウェイウェイガヤガヤしている中で自分孤立しているのは確かに辛い。

だが周囲をもっと注意深く見回してみろ。孤立してる奴はお前だけじゃないはずだ。必ずいる。お前が孤立しているように俺も孤立していた。ぼっち遍在する。お前はぼっちかもしれないが、一人ではない。

から何だと思うかもしれないが、「一人ではない」ということは「同じような悩みを抱えた奴も一人どころではない」ということだ。それはつまり相談窓口がある」ということだ。

構内のビラ、掲示板大学ウェブサイト…注意深く見てみろ。「相談室」「保健センター」「保健室」そういう類のワードだ。大抵の大学にはこういうサポート存在する。

この手の窓口はまず間違いなく無料だ。たっぷり時間をかけてカウンセラーと話せ。気後れするかもしれないが、安くない学費を払ってるのだからそれくらいやってもらわないと困る。主に俺のような奴が。

ところで、カウンセリングは全てを解決しない。だがカウンセリングを、他者との会話を通じて見えてくるものはある。例えば「自分が何を辛いと思うのか」だ。漠然と「辛い」と思うより具体的に「◎◎が辛い」と掘り下げた方が対処やすい。

例えば「ぼっちなのが辛い」にもいろいろあって、「ぼっちであることで不利益を被るのが辛い」と「ぼっちであること自体が辛い」とではそこそこ違いがある。

前者を更に掘り下げると「休んだ回のノートを借りられない」とか「試験情報共有ができない」とかだ。ここまで具体的な事象に落とし込めばぐっと対策が立てやすくなる。例えば「教員に参考文献を聞いて自学自習する」「オフィスアワーに教員に直接聞きに行く」「ネット掲示板Twitter検索する(大規模な大学学部であれば有効)」などだ。教員は友人ではないが、基本的に味方だ。

後者場合は少々厄介だが、手がないわけではない。人間本質的孤独だが、他者との交流を持つことで孤独感を和らげる生き物だ。ならば他者との接点を増やして交流への足掛かりを築こう。

大学2年生であれば他者との接点は「講義」「アルバイト」「ゼミ研究室(3年次からが多い)」「サークル」「SNS」「学外のコミュニティ」が主軸になるだろう。前2つについては申し訳ないがアドバイスできることが殆どない。何故なら奏功しなかったからだ。これは俺の限界でもあるが、自分限界認識しその範疇でできることをやることも大切だ(自己弁護)。

ゼミ研究室についてだが、増田が今2年生ということは学部・専攻によってはゼミ研究室の話が出てくる頃合いだと思う。少人数ゆえに距離は近いが、同期や先輩との相性に加えて指導教員との相性もあるので、合わない人は合わない。中には一生ものの友人と出会う人もいるが、合わなければさっさと割り切っていくしかない。自分後者だった。あっ、これも奏功してないな?

サークルについてだが、それなりの規模の総合大学であれば「サークルリセマラ」が利く。都市部であればインカレサークルもありだろう。なんとなく興味を持ったサークルにふらっと寄って、なんとなく雰囲気が合うなとか、話しやすい人が多いなとか思ったら残り、そうでなければフェードアウトする。新参が一人来なくなったところで誰も気にかけないので、こちらも気にしないことだ。コミュニケーション能力を高めるより、自分コミュニケーション能力でも溶け込めるサークルを探した方が話が早い。相性もある。あとは試行回数。

自分語りで恐縮だが、俺が大学生活で最も長く在籍したサークルは2年生になってから入ったところだった。集まることは集まるが、互いにさほど深入りしすぎず、孤独とゆるく付き合っているような人が多かったのが俺には合ってたのかもしれない。休学中もサークルには時折立ち寄るなど、サークル存在は立ち直る上で非常に大きかった。

何が言いたいかというと、一つで十分なのだ。何か一つ自分の居場所を確保するだけでかなり違うということだ。俺は講義でもゼミでも孤立していて、教室の前まで来たのにどうしても入れずにそのまま帰ったり、アルバイト募集電話をかけられず断念したり、そういう学生生活を送ってきたわけだが、サークルの片隅に居場所ができたおかげでなんとか致命傷で済んだ。

しかし、例えば増田地方単科大学に在学中だとしたらサークルリセマラはちょっと難易度が上がる。学生数が少ないとサークルの数も少ないからだ。そこで「SNS」「学外コミュニティ」も有力な接点となってくる。今はインターネット同好の士を探しやすい。自分学生時代はmixi全盛期でクローズドコミュニティが多く辛かったが、今主流のTwitterはとてもオープンだ。何より大学の外の人たちは自分視野を大きく広げてくれる。視野とはつまり「なんとかなる」という感覚だ。

大学というある種閉じた場所孤独と向き合うばかりだと、周囲とのギャップ自分がひたすら惨めに思えてくるものだ。だが世の中には孤独うまいこと付き合いながらそれなりに楽しくやってる人たちが実は沢山いる。サークルSNSや学外コミュニティでそういう人たちと出会うことで孤独に耐え得る価値観を知ること、そして「孤独でも案外なんとかなるんだ」という感覚を知ること、それがつまり視野の広がり」なのだと俺は思っている。価値観は柱だ。柱は多い方が頑丈なのだ

勝手に涙が出てくる」という記述について

これは鬱の初期症状の可能性があるので早めにカウンセリング心療内科受診が望ましい。上述した通りまずは学内カウンセラー相談の上で受診検討した方がよいだろう。

休学についてだが、積極的にはおすすめしない。休学は基本的に「問題一時的な凍結」でしかいからだ。それでも心身が休養を要するのであれば一つの選択肢になり得る。ただし、カウンセラー医師家族相談して慎重に決めるべきだと思う。例えぼっちでも学業面に問題がないのであれば休学しないに越したことはない。

俺が休学を決断したのは自宅から出られず引きこもる日が増えた頃だった。学業生活に支障をきたすようになったら一つの目安かもしれない。だがいずれにせよ、自分一人で決めるべきではないというのは間違いないだろう。

==============

いまいちまとまっておらず乱文乱筆で申し訳ない。一連の話はあくま自分生存バイアスを通したものしかないのも重々承知している。人にはそれぞれの地獄がある。ある人にとっては何てことなくこなせることでもまたある人にとっては地獄の苦しみだったりする。

からここに書いたことが全てお前のためになるかは分からないし、保証もできない。何故なら俺はお前ではないし、お前も俺ではないからだ。

だが、自分大学生活のことを思い返すと居ても立っても居られなかった。

自分経験と、それを通じて考えたこと・実践したことをここに記すことで何らかの助けになることを願っている。

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