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2021-04-29

高田吉田増田の話

増田は30歳の女である

最近、ある漫画に夢中になった。週刊の連載を追うほどである

子どものころから単行本派だったので、毎週決まった曜日にワクワクしたり、休載の日は落ち込んだりするのは初めてのことだ。

その漫画登場人物の細密な描写に定評がある。性格にブレがなく、行動規範も芯が通っており、生き生きとしている。

故に、私はとある人物ファンになった。ここでは便宜的に「高田」と呼ぶことにする。

高田の出てくる話は何度も見返した。セリフも覚えた。

しかし、満たされない。もっと高田を見たい。原作だけでは物足りず、ついにpixivに手を伸ばした。高田名前検索をする。

ずらりと検索結果一覧に高田ファンアートが並んだ。

かっこいい高田、凛々しい高田、可愛げのある高田…。

どの高田も素晴らしかった。

そして、高田カップリングが目に留まった。カップリング相手男性。いわゆるBLだ。

ここでは高田相手を「吉田」とする。

私はBLは嫌いではない。中学生ときには他のオタク女子同様、一度は通った道である

当時の同人個人サイトでの活動が主流で、ジャンルを表す隠語検索し、相互リンクをたどり、作品に触れたものだった。

いまやPixiv簡単にたどり着く時代になったんだなと感慨深さを覚えながら、高田吉田カップリング(以下、「高吉」と表記)をいくつか眺めてみた。

なかなか良い。絵が上手い人が多いし、漫画作品小説も、たくさんある。どの高吉の解釈も興味深いし、鋭い洞察には思わず唸った。

しかし、ここで問題にぶつかる。私は、エロよりプラトニック作品が好きなのだ

エロ自身はあってよい。いい文化だ。否定するつもりは毛頭ない。

しかし、エロを見たか嫌悪感まではいかないが、なんというか、お腹が減っていないときに山盛りのラーメンを出されるような気分…というのだろうか。嫌いじゃないけど、そんなにはいらないかな…といった気持ちになる。

そして令和の今、プラットフォームの発展により、15年前よりは比較オープンセクシャル作品掲載されている。

Pixiv18禁作品にはワンクッション警告がされているので心の準備もできるが、Twitterだといきなり出てきてドキッとする。(Twitterの「センシティブ画像ブロックする

機能」?は精度が低すぎて、犬猫画像レベルでもブロックされるから使っていない)

もっとプラトニックな高吉を見たい。高吉の信頼関係フォーカスした作品を見たい。そんな思いを抱えて悶々としていたとき、ある考えにたどり着いた。

ーーお前が製作者になるんだよ!

そうか。私が作ればよいのか。私が、私の思う、最高の高田吉田を描けばいい。

さっそくペンをとった。ファンアートを書こうと思うなんて何年ぶりだろうか。

原作を見ながら、高田吉田練習をする。描きながら、原作においてのキャラクターの造形や小物へのこだわりを知る。うーん…こんな細かいところまで描かれているなんて、さすがだ。

とりあえず、高田吉田の特徴は掴んだ。自分のなかでは及第点で描けるようになった。欲を言えば、もっと高田のかっこ良さを表現できるようになりたいし、手や骨格の描写も上手くなりたいが、欲ばかり言っていられない。まずはここからだ。

さて、高田吉田の絡みを描く番だ。意気込んだ瞬間、筆が止まった。

何も思いつかない。脳みそがまっ白だ。

あれだけ二次創作を読者として楽しんでいたのに、いざ自分で作ろうとなったらまったく分からなくなってしまった。中学生のころはあれこれ妄想できていたのに、15年の時を経て、私の脳みそストーリーを作る力をすっかり失ってしまっていた。

なんてことだ。なんてつまらない人間になっていたんだ。

思い当たる節もある。漫画こそ読んでいたものの、そのほかの創作に触れる機会はめっきり減ってしまっている。小説にいたってはもう何年も読んでいない。

自分物語を考えるなんて、もう十何年前の話だろう。

にっちもさっちもいかず、気分転換コーヒーでも飲もうと思いキッチンに移動した。

冷蔵庫からセブンイレブンの紙パックで売っている「いつものコーヒー」を取り出す。

冷凍庫の氷をグラスに入れようとしたとき、氷がすべてなくなっていることに気づいた。

「いつものコーヒー」は氷なしで飲むと濃い。飲めないこともないが、苦みが強く出過ぎる気がする。

そこで、先日カルディコーヒー豆を購入していたことを思い出した。

在宅勤務のお供にと思いつつ、忙しくてなかなか淹れずにいたのだった。

ホットコーヒーを淹れよう。

そう思い立って、薬缶でお湯を沸かす。

豆をミルに入れ、ゴリゴリコーヒー豆が挽かれる音を楽しむ。

そこでふと、思いついた。

これが高田だったら、どうだろう。

高田は割と腕が細いから、コーヒー豆挽くのも大変かな。

吉田の方が力持ちだから、豆を挽くのは吉田役割かもしれない。

でも、吉田料理を作るのが上手そうだ。

だったら、料理担当吉田で、食後のコーヒー高田担当かな。

そしたら、そしたら……。

次々にイメージが膨らんだ。高田吉田がともに暮らしている情景が目の前に広がった。

きっとインテリアはこんな感じ。高田はきっとコタツが好きで、コタツで寝ちゃうんだろう。

コタツで寝た高田吉田が布団まで運ぶんだろうな……。

堰を切ったように、シーンが思い浮かぶ。15年もの間閉じていた想像力の扉が開いた瞬間だった。

これなら、描ける。描けそうだ。

増田一心不乱に描写した。そして、Twitter投稿した。

高田用に作ったTwitterアカウントでは、フォロワーは3人しかいない。

きっとこの作品は、誰に見られることなタイムラインの海に消えていく。

それでも、私の脳みそからまれた、私が思う最高の高吉を世に出せたことは、喜び以外の何者でもなかった。

想像力は、いま私のもとにある。

2021-04-09

学費用、91万円...(苦笑)

留学旅行、家庭の事情…。

大学を休学しなければならない理由というのは人それぞれだ。

斯く言う私も、留学をしたくて一時大学を休学しようと検討した身である

しかし、その夢は叶わなかった。

なぜならば我が校の休学費用は…

_人人人人人人_

91万円

 ̄ ^Y^Y^Y^Y^Y ̄

からである

最初その数字を見た時は、目ん玉が飛び出て零れ落ちそうなくらい、吃驚してしまった。

え、大学一年休むために、91万円も払わなければならないのか??

授業も受けないし、校舎も使うこともない。ましてや図書館学食に入り浸るなんてこともしない。

それなのに、91万円も必要なのである

いやいや、どこの大学もそんなもんでしょ、とお思いの皆さん。それは違うんです。

他校はというと…。(学部にもよるが)

早稲田 10万円

上智 6万円+もろもろ

青学 6万円

学習院 6万円

立教 12万円

国士舘 2万円

専修 5万5000円

お、安い!

からの、

我が校 91万円!!!

高田社長も口が塞がらないほどの衝撃価格である!!

…もう苦笑だ。

なぜ、休学するためだけにこれだけの金を支払わなければならないのか。

生徒の中には、私と同じ様に、休学費を見て留学を諦めた人もいるかもしれない。

からグローバル教育のグの字も出ない、何歩も遅れた教育体制なんだろうな。

あ、というか元々海外ことなんてどーでもいいという体制ですもんね。それは分かっているんてすが。

でも、どうか、お願いしたい。気付いてもらいたい。この額がおかしいということに。ね、学生の首を絞めてる張本人の方々。

そう、あなた國學院さん。

2021-03-22

又三郎

風の又三郎

宮沢賢治


どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう

 谷川の岸に小さな学校がありました。

 教室はたった一つでしたが生徒は三年生がないだけで、あとは一年から六年までみんなありました。運動場もテニスコートのくらいでしたが、すぐうしろは栗くりの木のあるきれいな草の山でしたし、運動場のすみにはごぼごぼつめたい水を噴ふく岩穴もあったのです。

 さわやかな九月一日の朝でした。青ぞらで風がどうと鳴り、日光運動場いっぱいでした。黒い雪袴ゆきばかまをはいた二人の一年の子がどてをまわって運動場にはいって来て、まだほかにだれも来ていないのを見て、「ほう、おら一等だぞ。一等だぞ。」とかわるがわる叫びながら大よろこびで門をはいって来たのでしたが、ちょっと教室の中を見ますと、二人ふたりともまるでびっくりして棒立ちになり、それから顔を見合わせてぶるぶるふるえましたが、ひとりはとうとう泣き出してしまいました。というわけは、そのしんとした朝の教室なかにどこから来たのか、まるで顔も知らないおかしな赤い髪の子供がひとり、いちばん前の机にちゃんとすわっていたのです。そしてその机といったらまったくこの泣いた子の自分の机だったのです。

 もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやり目をりんと張って、そっちのほうをにらめていましたら、ちょうどそのとき川上から

「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり。」と高く叫ぶ声がして、それからまるで大きなからすのように、嘉助かすけがかばんをかかえてわらって運動場へかけて来ました。と思ったらすぐそのあとから太郎さたろうだの耕助こうすけだのどやどややってきました。

「なして泣いでら、うなかもたのが。」嘉助が泣かないこどもの肩をつかまえて言いました。するとその子もわあと泣いてしまいました。おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛おかしな子がすまして、しゃんとすわっているのが目につきました。

 みんなはしんとなってしまいました。だんだんみんな女の子たちも集まって来ましたが、だれもなんとも言えませんでした。

 赤毛の子どもはいっこうこわがるふうもなくやっぱりちゃんとすわって、じっと黒板を見ています。すると六年生の一郎いちろうが来ました。一郎はまるでおとなのようにゆっくり大またにやってきて、みんなを見て、

「何なにした。」とききました。

 みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指さしました。一郎はしばらくそっちを見ていましたが、やがて鞄かばんをしっかりかかえて、さっさと窓の下へ行きました。

 みんなもすっかり元気になってついて行きました。

「だれだ、時間にならないに教室はいってるのは。」一郎は窓へはいのぼって教室の中へ顔をつき出して言いました。

「お天気のいい時教室はいってるづど先生にうんとしからえるぞ。」窓の下の耕助が言いました。

しからえでもおら知らないよ。」嘉助が言いました。

「早ぐ出はって来こ、出はって来。」一郎が言いました。けれどもそのこどもはきょろきょろ室へやの中やみんなのほうを見るばかりで、やっぱりちゃんとひざに手をおいて腰掛けにすわっていました。

 ぜんたいその形からが実におかしいのでした。変てこなねずみいろのだぶだぶの上着を着て、白い半ずぼんをはいて、それに赤い革かわの半靴はんぐつをはいていたのです。

 それに顔といったらまるで熟したりんごのよう、ことに目はまん丸でまっくろなのでした。いっこう言葉が通じないようなので一郎も全く困ってしまいました。

あいづは外国人だな。」

学校はいるのだな。」みんなはがやがやがやがや言いました。ところが五年生の嘉助がいきなり、

「ああ三年生さはいるのだ。」と叫びましたので、

「ああそうだ。」と小さいこどもらは思いましたが、一郎はだまってくびをまげました。

 変なこどもはやはりきょろきょろこっちを見るだけ、きちんと腰掛けています

 そのとき風がどうと吹いて来て教室ガラス戸はみんながたがた鳴り、学校のうしろの山の萱かやや栗くりの木はみんな変に青じろくなってゆれ、教室のなかのこどもはなんだかにやっとわらってすこしうごいたようでした。

 すると嘉助がすぐ叫びました。

「ああわかった。あいつは風の又三郎またさぶろうだぞ。」

 そうだっとみんなもおもったときにわかにうしろのほうで五郎が、

「わあ、痛いぢゃあ。」と叫びました。

 みんなそっちへ振り向きますと、五郎が耕助に足のゆびをふまれて、まるでおこって耕助をなぐりつけていたのです。すると耕助もおこって、

「わあ、われ悪くてでひと撲はだいだなあ。」と言ってまた五郎をなぐろうとしました。

 五郎はまるで顔じゅう涙だらけにして耕助に組み付こうとしました。そこで一郎が間へはいって嘉助が耕助を押えてしまいました。

「わあい、けんかするなったら、先生ちゃん職員室に来てらぞ。」と一郎が言いながらまた教室のほうを見ましたら、一郎はにわかにまるでぽかんとしてしまいました。

 たったいままで教室にいたあの変な子が影もかたちもないのです。みんなもまるでせっかく友だちになった子うまが遠くへやられたよう、せっかく捕とった山雀やまがらに逃げられたように思いました。

 風がまたどうと吹いて来て窓ガラスをがたがた言わせ、うしろの山の萱かやをだんだん上流のほうへ青じろく波だてて行きました。

「わあ、うなだけんかしたんだがら又三郎いなぐなったな。」嘉助がおこって言いました。

 みんなもほんとうにそう思いました。五郎はじつに申しわけないと思って、足の痛いのも忘れてしょんぼり肩をすぼめて立ったのです。

「やっぱりあいつは風の又三郎だったな。」

二百十日で来たのだな。」

「靴くつはいでだたぞ。」

「服も着でだたぞ。」

「髪赤くておかしやづだったな。」

「ありゃありゃ、又三郎おれの机の上さ石かけ乗せでったぞ。」二年生の子が言いました。見るとその子の机の上にはきたない石かけが乗っていたのです。

「そうだ、ありゃ。あそごのガラスもぶっかしたぞ。」

「そだないでああいづあ休み前に嘉助石ぶっつけだのだな。」

「わあい。そだないであ。」と言っていたとき、これはまたなんというわけでしょう。先生玄関から出て来たのです。先生はぴかぴか光る呼び子を右手にもって、もう集まれのしたくをしているのでしたが、そのすぐうしろから、さっきの赤い髪の子が、まるで権現ごんげんさまの尾おっぱ持ちのようにすまし込んで、白いシャッポかぶって、先生についてすぱすぱとあるいて来たのです。

 みんなはしいんとなってしまいました。やっと一郎が「先生お早うございます。」と言いましたのでみんなもついて、

先生お早うございます。」と言っただけでした。

「みなさん。お早う。どなたも元気ですね。では並んで。」先生は呼び子をビルルと吹きました。それはすぐ谷の向こうの山へひびいてまたビルルルと低く戻もどってきました。

 すっかりやすみの前のとおりだとみんなが思いながら六年生は一人、五年生は七人、四年生は六人、一二年生は十二人、組ごとに一列に縦にならびました。

 二年は八人、一年生は四人前へならえをしてならんだのです。

 するとその間あのおかしな子は、何かおかしいのかおもしろいのか奥歯で横っちょに舌をかむようにして、じろじろみんなを見ながら先生のうしろに立っていたのです。すると先生は、高田たかださんこっちへおはいりなさいと言いながら五年生の列のところへ連れて行って、丈たけを嘉助とくらべてから嘉助とそのうしろのきよの間へ立たせました。

 みんなはふりかえってじっとそれを見ていました。

 先生はまた玄関の前に戻って、

「前へならえ。」と号令をかけました。

 みんなはもう一ぺん前へならえをしてすっかり列をつくりましたが、じつはあの変な子がどういうふうにしているのか見たくて、かわるがわるそっちをふりむいたり横目でにらんだりしたのでした。するとその子ちゃんと前へならえでもなんでも知ってるらしく平気で両腕を前へ出して、指さきを嘉助のせなかへやっと届くくらいにしていたものですから、嘉助はなんだかせなかがかゆく、くすぐったいというふうにもじもじしていました。

「直れ。」先生がまた号令をかけました。

一年から順に前へおい。」そこで一年生はあるき出し、まもなく二年生もあるき出してみんなの前をぐるっと通って、右手下駄箱げたばこのある入り口はいって行きました。四年生があるき出すとさっきの子も嘉助のあとへついて大威張りであるいて行きました。前へ行った子もときどきふりかえって見、あとの者もじっと見ていたのです。

 まもなくみんなははきもの下駄箱げたばこに入れて教室はいって、ちょうど外へならんだときのように組ごとに一列に机にすわりました。さっきの子もすまし込んで嘉助のうしろにすわりました。ところがもう大さわぎです。

「わあ、おらの机さ石かけはいってるぞ。」

「わあ、おらの机代わってるぞ。」

「キッコ、キッコ、うな通信簿持って来たが。おら忘れで来たぢゃあ。」

「わあい、さの、木ペン借せ、木ペン借せったら。」

「わあがない。ひとの雑記帳とってって。」

 そのとき先生はいって来ましたのでみんなもさわぎながらとにかく立ちあがり、一郎がいちばんしろで、

「礼。」と言いました。

 みんなはおじぎをする間はちょっとしんとなりましたが、それからまたがやがやがやがや言いました。

「しずかに、みなさん。しずかにするのです。」先生が言いました。

「しっ、悦治えつじ、やがましったら、嘉助え、喜きっこう。わあい。」と一郎がいちばんしろからまりさわぐものを一人ずつしかりました。

 みんなはしんとなりました。

 先生が言いました。

「みなさん、長い夏のお休みおもしろかったですね。みなさんは朝から水泳ぎもできたし、林の中で鷹たかにも負けないくらい高く叫んだり、またにいさんの草刈りについて上うえの野原へ行ったりしたでしょう。けれどももうきのうで休みは終わりました。これからは第二学期で秋です。むかしから秋はいちばんからだもこころもひきしまって、勉強のできる時だといってあるのです。ですから、みなさんもきょうからまたいっしょにしっかり勉強しましょう。それからこのお休みの間にみなさんのお友だちが一人ふえました。それはそこにいる高田さんです。そのかたのおとうさんはこんど会社のご用で上の野原の入り口へおいでになっていられるのです。高田さんはいままでは北海道学校におられたのですが、きょうからみなさんのお友だちになるのですから、みなさんは学校勉強ときも、また栗拾くりひろいや魚さかなとりに行くときも、高田さんをさそうようにしなければなりません。わかりましたか。わかった人は手をあげてごらんなさい。」

 すぐみんなは手をあげました。その高田とよばれた子も勢いよく手をあげましたので、ちょっと先生はわらいましたが、すぐ、

「わかりましたね、ではよし。」と言いましたので、みんなは火の消えたように一ぺんに手をおろしました。

 ところが嘉助がすぐ、

先生。」といってまた手をあげました。

はい。」先生は嘉助を指さしました。

高田さん名はなんて言うべな。」

高田三郎さぶろうさんです。」

「わあ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」嘉助はまるで手をたたいて机の中で踊るようにしましたので、大きなほうの子どもらはどっと笑いましたが、下の子どもらは何かこわいというふうにしいんとして三郎のほうを見ていたのです。

 先生はまた言いました。

「きょうはみなさんは通信簿宿題をもってくるのでしたね。持って来た人は机の上へ出してください。私がいま集めに行きますから。」

 みんなはばたばた鞄かばんをあけたりふろしきをといたりして、通信簿宿題を机の上に出しました。そして先生一年生のほうから順にそれを集めはじめました。そのときみんなはぎょっとしました。というわけはみんなのうしろのところにいつか一人の大人おとなが立っていたのです。その人は白いだぶだぶの麻服を着て黒いてかてかしたはんけちをネクタイの代わりに首に巻いて、手には白い扇をもって軽くじぶんの顔を扇あおぎながら少し笑ってみんなを見おろしていたのです。さあみんなはだんだんしいんとなって、まるで堅くなってしまいました。

 ところが先生別にその人を気にかけるふうもなく、順々に通信簿を集めて三郎の席まで行きますと、三郎は通信簿宿題帳もないかわりに両手をにぎりこぶしにして二つ机の上にのせていたのです。先生はだまってそこを通りすぎ、みんなのを集めてしまうとそれを両手でそろえながらまた教壇に戻りました。

「では宿題帳はこの次の土曜日に直して渡しまから、きょう持って来なかった人は、あしたきっと忘れないで持って来てください。それは悦治さんと勇治ゆうじさんと良作りょうさくさんとですね。ではきょうはここまでです。あしたかちゃんといつものとおりのしたくをしておいでなさい。それから四年生と六年生の人は、先生といっしょに教室のお掃除そうじをしましょう。ではここまで。」

 一郎が気をつけ、と言いみんなは一ぺんに立ちました。うしろ大人おとなも扇を下にさげて立ちました。

「礼。」先生もみんなも礼をしました。うしろ大人も軽く頭を下げました。それからずうっと下の組の子どもらは一目散に教室を飛び出しましたが、四年生の子どもらはまだもじもじしていました。

 すると三郎はさっきのだぶだぶの白い服の人のところへ行きました。先生も教壇をおりてその人のところへ行きました。

「いやどうもご苦労さまでございます。」その大人はていねいに先生に礼をしました。

「じきみんなとお友だちになりますから。」先生も礼を返しながら言いました。

「何ぶんどうかよろしくねがいいたします。それでは。」その人はまたていねいに礼をして目で三郎に合図すると、自分玄関のほうへまわって外へ出て待っていますと、三郎はみんなの見ている中を目をりんとはってだまって昇降口から出て行って追いつき、二人は運動場を通って川下のほうへ歩いて行きました。

 運動場を出るときの子はこっちをふりむいて、じっと学校やみんなのほうをにらむようにすると、またすたすた白服の大人おとなについて歩いて行きました。

先生、あの人は高田さんのとうさんですか。」一郎が箒ほうきをもちながら先生にききました。

「そうです。」

「なんの用で来たべ。」

「上の野原の入り口モリブデンという鉱石ができるので、それをだんだん掘るようにするためだそうです。」

「どこらあだりだべな。」

「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行くみちから、少し川下へ寄ったほうなようです。」

モリブデン何にするべな。」

「それは鉄とまぜたり、薬をつくったりするのだそうです。」

「そだら又三郎も掘るべが。」嘉助が言いました。

又三郎だない。高田三郎だぢゃ。」佐太郎が言いました。

又三郎又三郎だ。」嘉助が顔をまっ赤かにしてがん張りました。

「嘉助、うなも残ってらば掃除そうじしてすけろ。」一郎が言いました。

「わあい。やんたぢゃ。きょう四年生ど六年生だな。」

 嘉助は大急ぎで教室をはねだして逃げてしまいました。

 風がまた吹いて来て窓ガラスはまたがたがた鳴り、ぞうきんを入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。

 次の日一郎はあのおかし子供が、きょうからほんとうに学校へ来て本を読んだりするかどうか早く見たいような気がして、いつもより早く嘉助をさそいました。ところが嘉助のほうは一郎よりもっとそう考えていたと見えて、とうにごはんもたべ、ふろしきに包んだ本ももって家の前へ出て一郎を待っていたのでした。二人は途中もいろいろその子のことを話しながら学校へ来ました。すると運動場には小さな子供らがもう七八人集まっていて、棒かくしをしていましたが、その子はまだ来ていませんでした。またきのうのように教室の中にいるのかと思って中をのぞいて見ましたが、教室の中はしいんとしてだれもいず、黒板の上にはきのう掃除ときぞうきんでふいた跡がかわいてぼんやり白い縞しまになっていました。

「きのうのやつまだ来てないな。」一郎が言いました。

「うん。」嘉助も言ってそこらを見まわしました。

 一郎はそこで鉄棒の下へ行って、じゃみ上がりというやり方で、無理やりに鉄棒の上にのぼり両腕をだんだん寄せて右の腕木に行くと、そこへ腰掛けてきのう三郎の行ったほうをじっと見おろして待っていました。谷川はそっちのほうへきらきら光ってながれて行き、その下の山の上のほうでは風も吹いているらしく、ときどき萱かやが白く波立っていました。

 嘉助もやっぱりその柱の下でじっとそっちを見て待っていました。ところが二人はそんなに長く待つこともありませんでした。それは突然三郎がその下手のみちから灰いろの鞄かばんを右手にかかえて走るようにして出て来たのです。

「来たぞ。」と一郎が思わず下にいる嘉助へ叫ぼうとしていますと、早くも三郎はどてをぐるっとまわって、どんどん正門をはいって来ると、

お早う。」とはっきり言いました。みんなはいっしょにそっちをふり向きましたが、一人も返事をしたものがありませんでした。

 それは返事をしないのではなくて、みんなは先生はいつでも「お早うございます。」というように習っていたのですが、お互いに「お早う。」なんて言ったことがなかったのに三郎にそう言われても、一郎や嘉助はあんまりにわかで、また勢いがいいのでとうとう臆おくしてしまって一郎も嘉助も口の中でお早うというかわりに、もにゃもにゃっと言ってしまったのでした。

 ところが三郎のほうはべつだんそれを苦にするふうもなく、二三歩また前へ進むとじっと立って、そのまっ黒な目でぐるっと運動場じゅうを見まわしました。そしてしばらくだれか遊ぶ相手がないかさがしているようでした。けれどもみんなきょろきょろ三郎のほうはみていても、やはり忙しそうに棒かくしをしたり三郎のほうへ行くものがありませんでした。三郎はちょっと具合が悪いようにそこにつっ立っていましたが、また運動場をもう一度見まわしました。

 それからぜんたいこの運動場は何間なんげんあるかというように、正門から玄関まで大またに歩数を数えながら歩きはじめました。一郎は急いで鉄棒をはねおりて嘉助とならんで、息をこらしてそれを見ていました。

 そのうち三郎は向こうの玄関の前まで行ってしまうと、こっちへ向いてしばらく暗算をするように少し首をまげて立っていました。

 みんなはやはりきろきろそっちを見ています。三郎は少し困ったように両手をうしろへ組むと向こう側の土手のほうへ職員室の前を通って歩きだしました。

 その時風がざあっと吹いて来て土手の草はざわざわ波になり、運動場のまん中でさあっと塵ちりがあがり、それが玄関の前まで行くと、きりきりとまわって小さなつむじ風になって、黄いろな塵は瓶びんをさかさまにしたような形になって屋根より高くのぼりました。

 すると嘉助が突然高く言いました。

「そうだ。やっぱりあい又三郎だぞ。あいづ何かするときっと風吹いてくるぞ。」

「うん。」一郎はどうだかわからないと思いながらもだまってそっちを見ていました。三郎はそんなことにはかまわず土手のほうへやはりすたすた歩いて行きます

 そのとき先生がいつものように呼び子をもって玄関を出て来たのです。

お早うございます。」小さな子どもらはみんな集まりました。

お早う。」先生はちらっと運動場を見まわしてから、「ではならんで。」と言いながらビルルッと笛を吹きました。

 みんなは集まってきてきのうのとおりきちんとならびました。三郎もきのう言われた所へちゃんと立っています

 先生はお日さまがまっ正面なのですこしまぶしそうにしながら号令をだんだんかけて、とうとうみんなは昇降口から教室はいりました。そして礼がすむと先生は、

「ではみなさんきょうから勉強をはじめましょう。みなさんはちゃんとお道具をもってきましたね。では一年生(と二年生)の人はお習字のお手本と硯すずりと紙を出して、二年生と四年生の人は算術帳と雑記帳と鉛筆を出して、五年生と六年生の人は国語の本を出してください。」

 さあするとあっちでもこっちでも大さわぎがはじまりました。中にも三郎のすぐ横の四年生の机の佐太郎が、いきなり手をのばして二年生のかよの鉛筆ひらりととってしまったのです。かよは佐太郎の妹でした。するとかよは、

「うわあ、兄あいな、木ペン取とてわかんないな。」と言いながら取り返そうとしますと佐太郎が、

「わあ、こいつおれのだなあ。」と言いながら鉛筆をふところの中へ入れて、あとはシナ人がおじぎするときのように両手を袖そでへ入れて、机へぴったり胸をくっつけました。するとかよは立って来て、

「兄あいな、兄なの木ペンはきのう小屋でなくしてしまったけなあ。よこせったら。」と言いながら一生けん命とり返そうとしましたが、どうしてももう佐太郎は机にくっついた大きな蟹かに化石みたいになっているので、とうとうかよは立ったまま口を大きくまげて泣きだしそうになりました。

 すると三郎は国語の本をちゃんと机にのせて困ったようにしてこれを見ていましたが、かよがとうとうぼろぼろ涙をこぼしたのを見ると、だまって右手に持っていた半分ばかりになった鉛筆を佐太郎の目の前の机に置きました。

 すると佐太郎はにわかに元気になって、むっくり起き上がりました。そして、

「くれる?」と三郎にききました。三郎はちょっとまごついたようでしたが覚悟したように、「うん。」と言いました。すると佐太郎はいきなりわらい出してふところの鉛筆をかよの小さな赤い手に持たせました。

 先生は向こうで一年の子の硯すずりに水をついでやったりしていましたし、嘉助は三郎の前ですから知りませんでしたが、一郎はこれをいちばんしろちゃんと見ていました。そしてまるでなんと言ったらいいかからない、変な気持ちがして歯をきりきり言わせました。

「では二年生のひとはお休みの前にならった引き算をもう一ぺん習ってみましょう。これを勘定してごらんなさい。」先生は黒板に25-12=の数式と書きました。二年生のこどもらはみんな一生

風の

どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう

 谷川の岸に小さな学校がありました。

 教室はたった一つでしたが生徒は三年生がないだけで、あとは一年から六年までみんなありました。運動場もテニスコートのくらいでしたが、すぐうしろは栗くりの木のあるきれいな草の山でしたし、運動場のすみにはごぼごぼつめたい水を噴ふく岩穴もあったのです。

 さわやかな九月一日の朝でした。青ぞらで風がどうと鳴り、日光運動場いっぱいでした。黒い雪袴ゆきばかまをはいた二人の一年の子がどてをまわって運動場にはいって来て、まだほかにだれも来ていないのを見て、「ほう、おら一等だぞ。一等だぞ。」とかわるがわる叫びながら大よろこびで門をはいって来たのでしたが、ちょっと教室の中を見ますと、二人ふたりともまるでびっくりして棒立ちになり、それから顔を見合わせてぶるぶるふるえましたが、ひとりはとうとう泣き出してしまいました。というわけは、そのしんとした朝の教室なかにどこから来たのか、まるで顔も知らないおかしな赤い髪の子供がひとり、いちばん前の机にちゃんとすわっていたのです。そしてその机といったらまったくこの泣いた子の自分の机だったのです。

 もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやり目をりんと張って、そっちのほうをにらめていましたら、ちょうどそのとき川上から

「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり。」と高く叫ぶ声がして、それからまるで大きなからすのように、嘉助かすけがかばんをかかえてわらって運動場へかけて来ました。と思ったらすぐそのあとから太郎さたろうだの耕助こうすけだのどやどややってきました。

「なして泣いでら、うなかもたのが。」嘉助が泣かないこどもの肩をつかまえて言いました。するとその子もわあと泣いてしまいました。おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛おかしな子がすまして、しゃんとすわっているのが目につきました。

 みんなはしんとなってしまいました。だんだんみんな女の子たちも集まって来ましたが、だれもなんとも言えませんでした。

 赤毛の子どもはいっこうこわがるふうもなくやっぱりちゃんとすわって、じっと黒板を見ています。すると六年生の一郎いちろうが来ました。一郎はまるでおとなのようにゆっくり大またにやってきて、みんなを見て、

「何なにした。」とききました。

 みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指さしました。一郎はしばらくそっちを見ていましたが、やがて鞄かばんをしっかりかかえて、さっさと窓の下へ行きました。

 みんなもすっかり元気になってついて行きました。

「だれだ、時間にならないに教室はいってるのは。」一郎は窓へはいのぼって教室の中へ顔をつき出して言いました。

「お天気のいい時教室はいってるづど先生にうんとしからえるぞ。」窓の下の耕助が言いました。

しからえでもおら知らないよ。」嘉助が言いました。

「早ぐ出はって来こ、出はって来。」一郎が言いました。けれどもそのこどもはきょろきょろ室へやの中やみんなのほうを見るばかりで、やっぱりちゃんとひざに手をおいて腰掛けにすわっていました。

 ぜんたいその形からが実におかしいのでした。変てこなねずみいろのだぶだぶの上着を着て、白い半ずぼんをはいて、それに赤い革かわの半靴はんぐつをはいていたのです。

 それに顔といったらまるで熟したりんごのよう、ことに目はまん丸でまっくろなのでした。いっこう言葉が通じないようなので一郎も全く困ってしまいました。

あいづは外国人だな。」

学校はいるのだな。」みんなはがやがやがやがや言いました。ところが五年生の嘉助がいきなり、

「ああ三年生さはいるのだ。」と叫びましたので、

「ああそうだ。」と小さいこどもらは思いましたが、一郎はだまってくびをまげました。

 変なこどもはやはりきょろきょろこっちを見るだけ、きちんと腰掛けています

 そのとき風がどうと吹いて来て教室ガラス戸はみんながたがた鳴り、学校のうしろの山の萱かやや栗くりの木はみんな変に青じろくなってゆれ、教室のなかのこどもはなんだかにやっとわらってすこしうごいたようでした。

 すると嘉助がすぐ叫びました。

「ああわかった。あいつは風の又三郎またさぶろうだぞ。」

 そうだっとみんなもおもったときにわかにうしろのほうで五郎が、

「わあ、痛いぢゃあ。」と叫びました。

 みんなそっちへ振り向きますと、五郎が耕助に足のゆびをふまれて、まるでおこって耕助をなぐりつけていたのです。すると耕助もおこって、

「わあ、われ悪くてでひと撲はだいだなあ。」と言ってまた五郎をなぐろうとしました。

 五郎はまるで顔じゅう涙だらけにして耕助に組み付こうとしました。そこで一郎が間へはいって嘉助が耕助を押えてしまいました。

「わあい、けんかするなったら、先生ちゃん職員室に来てらぞ。」と一郎が言いながらまた教室のほうを見ましたら、一郎はにわかにまるでぽかんとしてしまいました。

 たったいままで教室にいたあの変な子が影もかたちもないのです。みんなもまるでせっかく友だちになった子うまが遠くへやられたよう、せっかく捕とった山雀やまがらに逃げられたように思いました。

 風がまたどうと吹いて来て窓ガラスをがたがた言わせ、うしろの山の萱かやをだんだん上流のほうへ青じろく波だてて行きました。

「わあ、うなだけんかしたんだがら又三郎いなぐなったな。」嘉助がおこって言いました。

 みんなもほんとうにそう思いました。五郎はじつに申しわけないと思って、足の痛いのも忘れてしょんぼり肩をすぼめて立ったのです。

「やっぱりあいつは風の又三郎だったな。」

二百十日で来たのだな。」

「靴くつはいでだたぞ。」

「服も着でだたぞ。」

「髪赤くておかしやづだったな。」

「ありゃありゃ、又三郎おれの机の上さ石かけ乗せでったぞ。」二年生の子が言いました。見るとその子の机の上にはきたない石かけが乗っていたのです。

「そうだ、ありゃ。あそごのガラスもぶっかしたぞ。」

「そだないでああいづあ休み前に嘉助石ぶっつけだのだな。」

「わあい。そだないであ。」と言っていたとき、これはまたなんというわけでしょう。先生玄関から出て来たのです。先生はぴかぴか光る呼び子を右手にもって、もう集まれのしたくをしているのでしたが、そのすぐうしろから、さっきの赤い髪の子が、まるで権現ごんげんさまの尾おっぱ持ちのようにすまし込んで、白いシャッポかぶって、先生についてすぱすぱとあるいて来たのです。

 みんなはしいんとなってしまいました。やっと一郎が「先生お早うございます。」と言いましたのでみんなもついて、

先生お早うございます。」と言っただけでした。

「みなさん。お早う。どなたも元気ですね。では並んで。」先生は呼び子をビルルと吹きました。それはすぐ谷の向こうの山へひびいてまたビルルルと低く戻もどってきました。

 すっかりやすみの前のとおりだとみんなが思いながら六年生は一人、五年生は七人、四年生は六人、一二年生は十二人、組ごとに一列に縦にならびました。

 二年は八人、一年生は四人前へならえをしてならんだのです。

 するとその間あのおかしな子は、何かおかしいのかおもしろいのか奥歯で横っちょに舌をかむようにして、じろじろみんなを見ながら先生のうしろに立っていたのです。すると先生は、高田たかださんこっちへおはいりなさいと言いながら五年生の列のところへ連れて行って、丈たけを嘉助とくらべてから嘉助とそのうしろのきよの間へ立たせました。

 みんなはふりかえってじっとそれを見ていました。

 先生はまた玄関の前に戻って、

「前へならえ。」と号令をかけました。

 みんなはもう一ぺん前へならえをしてすっかり列をつくりましたが、じつはあの変な子がどういうふうにしているのか見たくて、かわるがわるそっちをふりむいたり横目でにらんだりしたのでした。するとその子ちゃんと前へならえでもなんでも知ってるらしく平気で両腕を前へ出して、指さきを嘉助のせなかへやっと届くくらいにしていたものですから、嘉助はなんだかせなかがかゆく、くすぐったいというふうにもじもじしていました。

「直れ。」先生がまた号令をかけました。

一年から順に前へおい。」そこで一年生はあるき出し、まもなく二年生もあるき出してみんなの前をぐるっと通って、右手下駄箱げたばこのある入り口はいって行きました。四年生があるき出すとさっきの子も嘉助のあとへついて大威張りであるいて行きました。前へ行った子もときどきふりかえって見、あとの者もじっと見ていたのです。

 まもなくみんなははきもの下駄箱げたばこに入れて教室はいって、ちょうど外へならんだときのように組ごとに一列に机にすわりました。さっきの子もすまし込んで嘉助のうしろにすわりました。ところがもう大さわぎです。

「わあ、おらの机さ石かけはいってるぞ。」

「わあ、おらの机代わってるぞ。」

「キッコ、キッコ、うな通信簿持って来たが。おら忘れで来たぢゃあ。」

「わあい、さの、木ペン借せ、木ペン借せったら。」

「わあがない。ひとの雑記帳とってって。」

 そのとき先生はいって来ましたのでみんなもさわぎながらとにかく立ちあがり、一郎がいちばんしろで、

「礼。」と言いました。

 みんなはおじぎをする間はちょっとしんとなりましたが、それからまたがやがやがやがや言いました。

「しずかに、みなさん。しずかにするのです。」先生が言いました。

「しっ、悦治えつじ、やがましったら、嘉助え、喜きっこう。わあい。」と一郎がいちばんしろからまりさわぐものを一人ずつしかりました。

 みんなはしんとなりました。

 先生が言いました。

「みなさん、長い夏のお休みおもしろかったですね。みなさんは朝から水泳ぎもできたし、林の中で鷹たかにも負けないくらい高く叫んだり、またにいさんの草刈りについて上うえの野原へ行ったりしたでしょう。けれどももうきのうで休みは終わりました。これからは第二学期で秋です。むかしから秋はいちばんからだもこころもひきしまって、勉強のできる時だといってあるのです。ですから、みなさんもきょうからまたいっしょにしっかり勉強しましょう。それからこのお休みの間にみなさんのお友だちが一人ふえました。それはそこにいる高田さんです。そのかたのおとうさんはこんど会社のご用で上の野原の入り口へおいでになっていられるのです。高田さんはいままでは北海道学校におられたのですが、きょうからみなさんのお友だちになるのですから、みなさんは学校勉強ときも、また栗拾くりひろいや魚さかなとりに行くときも、高田さんをさそうようにしなければなりません。わかりましたか。わかった人は手をあげてごらんなさい。」

 すぐみんなは手をあげました。その高田とよばれた子も勢いよく手をあげましたので、ちょっと先生はわらいましたが、すぐ、

「わかりましたね、ではよし。」と言いましたので、みんなは火の消えたように一ぺんに手をおろしました。

 ところが嘉助がすぐ、

先生。」といってまた手をあげました。

はい。」先生は嘉助を指さしました。

高田さん名はなんて言うべな。」

高田三郎さぶろうさんです。」

「わあ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」嘉助はまるで手をたたいて机の中で踊るようにしましたので、大きなほうの子どもらはどっと笑いましたが、下の子どもらは何かこわいというふうにしいんとして三郎のほうを見ていたのです。

 先生はまた言いました。

「きょうはみなさんは通信簿宿題をもってくるのでしたね。持って来た人は机の上へ出してください。私がいま集めに行きますから。」

 みんなはばたばた鞄かばんをあけたりふろしきをといたりして、通信簿宿題を机の上に出しました。そして先生一年生のほうから順にそれを集めはじめました。そのときみんなはぎょっとしました。というわけはみんなのうしろのところにいつか一人の大人おとなが立っていたのです。その人は白いだぶだぶの麻服を着て黒いてかてかしたはんけちをネクタイの代わりに首に巻いて、手には白い扇をもって軽くじぶんの顔を扇あおぎながら少し笑ってみんなを見おろしていたのです。さあみんなはだんだんしいんとなって、まるで堅くなってしまいました。

 ところが先生別にその人を気にかけるふうもなく、順々に通信簿を集めて三郎の席まで行きますと、三郎は通信簿宿題帳もないかわりに両手をにぎりこぶしにして二つ机の上にのせていたのです。先生はだまってそこを通りすぎ、みんなのを集めてしまうとそれを両手でそろえながらまた教壇に戻りました。

「では宿題帳はこの次の土曜日に直して渡しまから、きょう持って来なかった人は、あしたきっと忘れないで持って来てください。それは悦治さんと勇治ゆうじさんと良作りょうさくさんとですね。ではきょうはここまでです。あしたかちゃんといつものとおりのしたくをしておいでなさい。それから四年生と六年生の人は、先生といっしょに教室のお掃除そうじをしましょう。ではここまで。」

 一郎が気をつけ、と言いみんなは一ぺんに立ちました。うしろ大人おとなも扇を下にさげて立ちました。

「礼。」先生もみんなも礼をしました。うしろ大人も軽く頭を下げました。それからずうっと下の組の子どもらは一目散に教室を飛び出しましたが、四年生の子どもらはまだもじもじしていました。

 すると三郎はさっきのだぶだぶの白い服の人のところへ行きました。先生も教壇をおりてその人のところへ行きました。

「いやどうもご苦労さまでございます。」その大人はていねいに先生に礼をしました。

「じきみんなとお友だちになりますから。」先生も礼を返しながら言いました。

「何ぶんどうかよろしくねがいいたします。それでは。」その人はまたていねいに礼をして目で三郎に合図すると、自分玄関のほうへまわって外へ出て待っていますと、三郎はみんなの見ている中を目をりんとはってだまって昇降口から出て行って追いつき、二人は運動場を通って川下のほうへ歩いて行きました。

 運動場を出るときの子はこっちをふりむいて、じっと学校やみんなのほうをにらむようにすると、またすたすた白服の大人おとなについて歩いて行きました。

先生、あの人は高田さんのとうさんですか。」一郎が箒ほうきをもちながら先生にききました。

「そうです。」

「なんの用で来たべ。」

「上の野原の入り口モリブデンという鉱石ができるので、それをだんだん掘るようにするためだそうです。」

「どこらあだりだべな。」

「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行くみちから、少し川下へ寄ったほうなようです。」

モリブデン何にするべな。」

「それは鉄とまぜたり、薬をつくったりするのだそうです。」

「そだら又三郎も掘るべが。」嘉助が言いました。

又三郎だない。高田三郎だぢゃ。」佐太郎が言いました。

又三郎又三郎だ。」嘉助が顔をまっ赤かにしてがん張りました。

「嘉助、うなも残ってらば掃除そうじしてすけろ。」一郎が言いました。

「わあい。やんたぢゃ。きょう四年生ど六年生だな。」

 嘉助は大急ぎで教室をはねだして逃げてしまいました。

 風がまた吹いて来て窓ガラスはまたがたがた鳴り、ぞうきんを入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。

2021-03-10

内向型・HSPという概念に触れて

ずっと世の中生きづらいと感じて生きてきました。

無理してるとわかっていても対処の仕方がわかっていませんでした。

正直メンタル崩壊気味でした。

そんなとき内向型・HSPという概念に触れて少し楽になった気がしています

関連する書籍をいくつかよんだので私の中で消化するため書き出そうと思います

一冊目:内向型人間からうまくいく(カミノ ユウキ

この本の紹介記事たまたま見かけたことが内向型・HSPを知るきっかけでした。

まさに私のことだと腑に落ちて続きが気になり即購入しました。

漠然と感じていたことや私の行動や他の人の行動に納得がいきすっきりしました。

私が無性に一人でいたくなるのは一人の時間エネルギー回復するためだし、逆に私は疲れ切ってしまうような他の人が勧めてくるストレス発散法のみんなでパーッと遊ぶことは人と関わることでエネルギー回復しているからでした。

無理に外向型になろうとしなくてよくて、内向型にあった動き方をすればよかったんだとわかると楽になりました。

「予定がない予定」を作るは目からウロコでしたし、気になることは外に書き出してしまうもよさそうです。

他にも色々ありますが一つ一つ試していけばうまいやり方が見えてきそうです。

二冊目:ささいなことにもすぐに「動揺」してしまあなたへ。(エレイン・N・ア-ロン)

一冊目の参考文献の本でHSP提唱した人の本でした。

内向型とはHSPとはをより詳しく書かれています

自体結構古いですし他の書籍でも内容が要約されて同じようなことが書かれてることがありますが、読んで損はないです。

もっと早くこの本に出会っておきたかったです。

三冊目:HSPうつ 自己肯定感を取り戻す方法高田 明和

医者である著者の体験談が随所に盛り込まれているのですがところどころ胡散臭く感じてしまいあまり納得できない感じでした。

精神科でのうつなどの治療対症療法しかなくて根本解決するには考え方の傾向を理解対処法を身につけるしかないというところは納得しました。

四冊目:「敏感すぎていつも不安なのはHSP」かもしれません(長沼 睦雄)

著者がHSPに熱心らしい精神科医でHSPとは別にHSSという概念にも触れていてそこは参考になりました。

でも残りの部分はなんか薄っぺらいというか違和感のある内容でがっかりでした。

五冊目:内向型を強みにする(マーティ・O・レイニー


一冊目の参考文献で程よく詳細でよいです。

内向型として外向型の人たちとどう付き合えばよいかがより詳細に書いてあり参考になりました。

消化しきれていないのでまた読み返して一つ一つ試していけたらと思っています

六冊目:静かな力 内向型の人が自分らしく生きるための本(スーザン・ケイン

HSPで調べると有名な著者みたいです。

私のミスなんですが中高生向けの内容の本でした。

「内向型人間時代 社会を変える静かな人の力」のほうが一般向けみたいです。

内容は納得できることばかりで十代の頃にこの本があればと思ってしまいました。

おわりに

書いててやっぱり思いましたが読んだ内容がちゃんと頭に馴染んでおらずまだ消化しきれてないです。

特に良かった一冊目と五冊目を読み返しながら一つ一つ試して効果を実感できたらいいなと思います

また自分のために書いたものですがこんな乱文が誰かの役に立てばうれしいです。

2021-01-28

女でも、年寄りでも、新宿住まいでも、苗字高田でもなくてよかった話

もしそうだったら絶対小学生から高田ババア」ってあだ名つけられるから

2021-01-10

やっぱり関東地方はいいところだなあ

ここ数日は最低気温が0度前後まで下がる日もあるけど、基本的快晴続きで過ごしやすい。

北陸地方や、新潟県の上中越地方は雪ですごいことになっているみたいだが、どこか他人事だよ。

数年前に新潟県高田というところに行ったことがあるが、今は2メートルくらい積もっていて大変みたい。

同じ日本人なのに、住む場所が違うだけでこんなに世界が変わるんだなあ。

2020-08-28

動物虐待凶悪犯罪前兆」という割に……

少なくとも猫に関しては狂信的な猫飼いが凶悪事件を起こす方が多い。

猫の飼育規制した方がいいんじゃないのか?

割と冗談抜きで。

とび職(23)2009.3 岐阜市

保健所に押入り、収容されていた犬を逃がした23歳とび逮捕される。岐阜高山市で発生した事件容疑者23歳とび職は、飛騨保健所の窓ガラスを割り侵入し犬舎の鍵を破壊収容されていた捨て犬迷い犬などを逃がした。犯行1月1日28日の計2回。 2009年03月建造物侵入および器物損壊の疑いで逮捕される。 動機は「犬が可哀想なので逃がした」と供述、容疑を認めている。

林喜市(70)2009.8.27 船橋市

女性から野良猫の餌やりを注意され、その帰宅待ち伏せして包丁で刺殺。殺人容疑等で現行犯逮捕

近隣から苦情があるたびに逆上し、恫喝を繰り返していた。

平野幸男(73)2008.10.22  長崎市

犬の散歩に通りかかった男性を、餌やり中の野良猫が逃げたからと木刀で脅し、暴力行為容疑で逮捕

永吉教幸(72)2008.7.5  栃木県小山市ホームレス

寝泊まりしている公園野良猫を抱いた人を、猫を虐めていると勘違いし鉄パイプで殴り、現行犯逮捕

20歳夫婦 2008.7.3 福岡市

生後1ヶ月の乳児食事を与えず、育児放棄虐待死させる。保護責任者遺棄致死容疑で逮捕

乳児は猫のトイレにしていた段ボールに寝かせていた。「子供より猫の方が可愛かった」と供述

河田教晴(28)2008.6.19  大阪市

無職生活保護受給者で猫5匹飼う。餌代に困り何度もコンビニに押し入り、強盗容疑で逮捕

高田正雄(69)2008.6.5 神奈川県川崎市

アパート大家に餌やりを注意されて逆上し、サバイバルナイフ大家を刺殺、大家義理の娘にも重傷を負わせ、殺人及び傷害罪懲役22年の判決

中田光一(70)2007.7.27 大阪市

被害の苦情を言いに来たアパートの隣人を包丁で刺し、殺人未遂容疑で逮捕

静岡県伊東市の老人(81)2006.8.24

ペット禁止市営住宅で猫を放し飼いしていることを市に告げ口されたと妄想、上の階に住む姉妹に言い掛かりを付けた挙げ句にノコギリで殴り、傷害容疑で逮捕

中島数男(73)2005.4.24 兵庫県尼崎市

猫の餌付けに苦情を言った人の部屋へ包丁を持って押し込み乱闘に。暴力行為(脅迫)容疑で逮捕

荒木正道(60)2005.8.29 埼玉県吹上町

猫糞迷惑していた隣人を金属バットで小突くなどして、傷害容疑で逮捕

藤田英久(52)2003.12.8 大阪府貝塚市

電車に轢かれた猫の仕返しに、線路自転車タイヤ段ボール、石などを置き、往来危険容疑で逮捕。<<

2020-08-22

大阪環状線って本当にややこしいよね

1本乗る電車間違えるだけで

寺と秘境の街奈良

関西の無機質な海上空港

和歌山

高田という単なる住宅地

大阪をひたすら周るだけのアホ

になれる。(行ける)

2020-07-25

Go to a trip (駅前居酒屋)

連休初日コロナにより久しく居酒屋に行けなかったので久しぶりに駅前まで歩いて一人で飲みに行った。

最近買い物ぐらいしか出歩かない私にとって、これは立派なtripだ。

旅行代理店を経由していないので国からの補助は出ないが、それでも少しくらい経済を回してやろうと考えたのだ。

まずは豊後高田どり酒場に行った。時刻は午後4時半、客がいない。ビール串焼き盛り合わせを頼んだ。

会計時に最近客は入っているのか尋ねたら、昨年比1-2割とのことだった。

次に山内農場に行った。豊後高田どりと同じビルの階違いだ。時刻は午後5時。客はいない。ビール餃子を頼んだ。

会計時に最近客は入っているのか尋ねたら、6月には客が戻り始めたが最近はぱったり、とのことだった。

次は目利きの銀次に。同じビルの1階で立地はいいはずだ。時刻は5時半。客は2組いた。ハイボールラーメンサラダを頼んだ。

岡井啓二に最近客は入っているのか尋ねたら、察してくれという表情で一言サッパリですね、とのことだった。

昨日は二日酔いが酷く動けなかったが回復した。今日再び私はtripしてくるよ。次はモンテローザ以外の居酒屋に。

2020-07-06

エクストリーム東京都知事選挙2020 結果

https://anond.hatelabo.jp/20200612200441

総評

選挙本戦は事前の予想通り、小池百合子圧勝で終わる。この選挙は「ハズレしかないガチャ」「ジョーカーしかないババ抜き」「罰ゲーム」と散々の言われようで、天候の悪さとコロナ禍ということもあり投票率も5%近く前回から下がる凡戦となった。

エクストリーム競技小野泰輔が得票率9.99%という絶妙ポイントにより優勝。高田@桜井@誠が準優勝となった。

正直なところもう少し立花善戦するかと思ったのだが、N国の他の候補と合わせても高田@桜井に遠く及ばなかった。N国の政治ハックの旅もこれで終わりな感じがする。

高田・S・誠は前回から6万票も伸ばしており供託金こそ戻らなかったものの、東京がかなり危険な状況にあることがわかる。幸福実現党やN国が地方議会議席を取り始めている状況を見れば、彼の日本第一党がどこかの区議会都議会議席をとってもおかしくない状況に思われる。古谷経衡Yahooニュースに書いていたが、ネトウヨ内ゲバによる分離により純化した過激派高田誠に投票したものと思われる

小野泰輔は供託金没収になったとはいえ61万票獲得し、3位の山本太郎とは4万票の僅差で次の国政選挙への地ならしはできたと言える。参院選ならば東京選挙最後の1枠(音喜多ポジション)、衆院選なら東京1区から重複立候補で、比例復活も見込めるだろう(東京1区は自民党旧民主党の接戦区で、両陣営から票を奪えれば比例復活の公算も大きい)。ただし東京を含む南関東で、日本維新の会政治的影響力を持つレベル勢力に成長するかどうかは微妙なところである

エクストリーム競技とは関係ないところでは、東京都内でも地区によって宇都宮山本小野の得票率に微妙な差があるところだが、これは別の記事に書く

追記

休みに急いで書いたので誤字脱字は御免。

続編「宇都宮健児・山本太郎小野泰輔の相関関係東京地方問題

実は小野泰輔が宇都宮健児に勝っている地域があった

https://anond.hatelabo.jp/20200706194824

2020-05-12

社畜も唸るアマプラ邦画

社畜です。仕事があるだけでありがたい!GW休みなし!コロナなんて関係なし!

わずかな楽しみの映画館しまってるし!休みいか映像見放題とかもできないし!

でも映画の話するだけで今は癒されるから付き合ってくれ(今更かもしれないけど)

舞妓はレディ

和製ミュージカル!まだ君の名を呼んでいない無名の上白石さんだったので全然売れなかったんだが、監督は「Shall we ダンス?」の周防さん。しっかりとした作りの中に往年の古典的アメリカミュージカル要素を取り入れて舞妓姿で踊るのがいいんだよ。京都の雨は大体盆地に降るんやで~♪音楽キャッチー

探偵はBARにいるシリーズ

3作あるんだけど全部毛色が違うんだ!とりあえずアクションバイオレンス探偵が女に惚れる!高田ターミネーター!これだけ覚えとけばオッケー!

東映社長がなんとしてでも続けるとほれ込んだ最高の邦画シリーズから見ろ。どうでしょうファンも見ろ。

【南国料理人

単館映画好きは絶対通るこの映画。ただおっさんたちが南極にとじこめられてなんとか生きれる状態精神的に追い詰められるドシリアスもの…。

じゃねぇよコメディだ!邦画語るならみとけ!

横道世之介

南国料理人と同じ監督だ!傑作であるもなんとなく目立ってないのが世之介っぽいな!

今は100日後に死ぬワニを一度ぶんなぐって鍋で煮詰めてエキスにして捨てて新しい鍋で作り直したっぽい作品にも思える。

モヒカン故郷に帰る

横道世之介と同じ監督だ!末期がんの父親に会いに行くためデスメタルバンドの息子が田舎帰省するも父の容態は日に日に悪化していき…。

なんだけどコメディだ!こんな悲しい話の結末があんドタバタコメディになるとか誰が想像した!?タモリ倶楽部空耳アワー再現VTRが見れるぞ!

バクマン。

ジャンプ実写だけどうまいことやったと思うよ!確かに原作ファンからしたらあれこれ言いたくなるかもしれないが、映画として一本にまとまっているだろう。

色々言いたいことがあるんだが、結局わくわく楽しく見れる。これは負け!原作ファンの負け!

殿、利息でござる!

泣ける!なんかめっちゃ泣ける!いわゆるお涙頂戴ものじゃないんだが、実話で繰り広げられる金策…。ああ、金って、金って必死で稼ぐものだよな!

ユーチューバーみたいに楽して稼ぐものじゃないんだよ!わかるか!?ユーチューバーも楽じゃないって!?お前らは通勤電車に乗らない!

キャスト豪華で羽生君がお殿様!

鍵泥棒のメソッド

半沢直樹の続編を楽しみにしていたやつは見とけ!堺と香川赤い糸で結ばれているんだ!きっとそうだ!

今夜、ロマンス劇場で

世界観の作りこみが凄い凄すぎる!映画はやっぱ美術だよね!これ力作邦画だよ!あんまり話題になってないけどさ!

なんかいわゆるスイーツ()みたいな?やつだと思ったらもうローマの休日!とりあえず白黒綾瀬かわいい

あやしい彼女

からローマの休日!みんなローマの休日好きすぎ!休日ほしい!

パワフル婆ちゃん若くなる!奇想天外の設定にどう結末が転がるか見て!鑑賞後の気分がめっちゃいい映画

アヒルと鴨のコインロッカー

懐かしいの見つけた!これも邦画好きなら見とけ系映画

リピーター続出のミステリーネタバレ厳禁濱田岳!ボブディラン

モテキ

ドラマファン激怒映画化!理由キャストが変わったからです!

でもいいじゃん長澤まさみエロいからいいの!好きよ!抱いて!好きよ!

ブタがいた教室

リアル子供たちに台詞全部ゆだねてみたぜ!な鬱映画タイトルで察して!でも名作っす

この世界の片隅に

ちょっと待て…こんな名作がここにあっていいのか……いやよくない…。

映画再開したらこ世界さらにいくつもの片隅にを見るために、今作を見るんだ!分かったな!

時をかける少女

細田時かけ原作と思っている人全員見るべき映画

西の魔女が死んだ

コロナで閉じこもってる子供に見せろ!お前ら実は魔女修行してるのかもしれないぞ!

とか言ってると子供の前で親が号泣するかもしれない

青い春

たことある人は分かるこの衝撃的な映画キャスト結構後々問題児ばっかだけど!又吉先生もいる!

ミステリーとかなんでもないヤンキー主役の映画だけどヤンキー映画にしてはあまりにエモすぎるんだって

GO

アイキャンフライしないほうの窪塚!このころマジで神がかってる…

今思えばこの暴れまわりでノリノリ映画が賞レースとったの時代って感じでいいね

泥棒役者

舞台映画化!舞台スタッフのままで作っているのでそのまま舞台みたいなコメディ

舞台オタ、行くとこないならこれ見よう

【翔んで埼玉

たかもしれないけど!とりあえず笑いたいやつ見とけ!埼玉コロナ撲滅頑張れ!

明日仕事からこのへんで!

2020-03-10

私の机は書類置き場では無い増田住まい撫で刃牙老いるょ氏は絵靴の下わ(回文

おはようございます

なんか朝から会議でした!

もうこんな時間よと毎回言ってるような気がしないでもないけど、

そしてもうお昼も行ってきちゃいました。

そしてそして会議の後の資料に目を通してちゃわないといけないところなのよね。

パッと見て動体視力で流し見しちゃえばなんかなんとかなりそうなので、

残り50ページほどだけど一瞬よね!

内容は見ないの!

動体視力でなにかズレている箇所があれば間違ってる箇所なので、

そこにピンポイントに攻めれば間違いを発見できるって寸法よ!

それはさておき、

何を書こうかしらと思っていたところなんだけど、

結局はここに戻ってきても、はて?って感じだわ。

やっぱり3月は忙しいのかしらね

急ぐなら回れって言うけど、

そんな悠長なこと言ってられない場合じゃないわ!

もー!

時間はどんどん過ぎちゃって行くので

ほら、また言わんこっちゃない!って感じで夕方が来るのよね。

私は今日はもう定時で上がってそのまま銭湯に行くつもりだから

銭湯セットを車に忍ばせておいたから、

本当に終業間際のギリギリのセーフで仕事持ってこないでちょうだいって思うし、

それセーフじゃなくてアウトだからね!って

ほらさ、

例のコロナの件もあって、

中国での生産や入荷なんかこれからどうなんだよ!ってマジリアルな話し

終息して欲しいところなんだけど、

私も私で机で

ジャスミンティーをがぶり飲みしている場合じゃないのよ。

からこうやって今日は珍しく書の類のチェックに勤しんでいるところよ。

勤しみまくりたいところだけど、

なんかまた私の机に書の類を持ってこないでって思うけど、

あのさ

ドラマ漫画でドサって机の上に置くあの書の類って感じで

そんなに乗っけなくても良いじゃない?

雪崩ちゃうわ!

これ書類を置いたあなたが私をセントバーナード犬と共に書類雪崩から救出してくれるの?

そう問いただしたいところだけど、

私は私で

自分の机をちょっと15センチメートルほどに積んだ書の類がプチ雪崩れ起こしている感じで、

この場合だともう慣れたもんよ!

ちょっとトントンって机の上で整えたら、

ホラ整理できた!

そんな自分の机で雪崩が起こってることなんて日常茶飯事の大将の気まぐれ定食か!ってほど美味しいのよね。

なかなか

筆が進みにくいところで、

なんかずばばば!って

高田のばばばってゲゲゲの女房の感じみたいに言って行かないでよって

また私の机の上に書の類を置いていく困ったちゃんいるから本当に仕方が無いわね!

もううやむやに、

映画の終わりの挨拶をしていたおじいさんの様に

本当に映画って良いですよね!さよならさよならさよなら!って

言うと思わせといて、

徐に取り出したペンライトを振りつつ

さっきのさよならさよならさよなら!ってのは

小田和正の歌でした!ってなんちゃって

うかうかしてると

3時のおやつ時間なっちゃわ!

うふふ。


今日朝ご飯

ベーコネッグベーグル

まりネイティブすぎてベーコネッグってなっちゃったけど

ベーコンエッグベーグルよ。

最近美味しいわ!これ。

お気に入りよ。

何も味のしないベーグルに塩気の効いたベーコンを食べると、

初めてアメリカに行ったときファミリー朝ご飯カリカリカリにこれでもかと言わんばかりに

日本ではそうそうお目にかけれれない

カリカリベーコンけが皿にもられてて、

私これどうやって食べたら良いの?って思ったことを思い出すほど、

塩気の効いたベーコンで一緒に挟んである硬めにサニーサイドを焼いた目玉焼きもとてもご機嫌さんな味を醸し出しているわ。

要は最高に美味しい朝食!ってことよ。

デトックスウォーター

昨日の苺ちゃんウォーラーの残りが今日あったので、

今日ピンクイチゴウォーラーです。

今日は雨なのか晴れなのか夜天気が心配よ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2020-01-28

普通に考えれば営業妨害だわな

高田よしの香川県議会議員ゲーム時間規制になった件に関し「『企業活動への妨害』にも受け取られかねないことからガチャ規制など具体的に書けず、腰砕けになってしまいました。」

https://togetter.com/li/1461033

草。

初めの段階でゲーム依存課金問題を一緒にした時点で間違いだし、そもそもゲーム依存自体疑似科学産物しか言えない代物だったからね。

それとまとめ読んでいて、この一件オタク表現の自由戦士と言われる人はおろか、あの無能な「ヨ」の奴すら、まだまともな事を言い出している辺り、この条例の闇の深さしか感じないよね。

マジであいつが少しはまともな事を言い出しているのが笑える。

しか民国ヤドン県議発言の後、玉木議員が動いた様に社民みずぽは何かしらリアクションしないと場合によってはこれ国政の選挙にも影響が出かねない所まで来ていると思うのだけどね。

香川に続いてどうやら北海道大分でもあの手の推進派は動こうとしているみたいだしな。

どうせ大方あの連中のロビーの結果だろうけど。

健全だの性的だの書いているし。

2019-12-28

3月のライオン最新刊読んでるけど、やっぱり将棋と一緒に内面に深く沈んでいく主人公の姿とそれを支える周りの人たちがこの漫画醍醐味だ。

それはそうと、Chapter.161あたりの道1~5、雑司ヶ谷(一部、面影橋あったか高田だけど)じゃん!!!!

地元民としては走っている順番が明らかにワープしているところまで手取り足取りはっきりわかった。地元本領発揮である

割烹西松のお店にかかっている看板うなぎ」は実際にはない。うなぎの幟はある。多分、雑司ヶ谷霊園の近くのうなぎ屋さんの立て看板と混ぜたんだろうなまで想像ついて吹いたw

鬼子母神前駅⇒西参道商店街入り口⇒絃巻商店街(アカマルベーカリーパン屋/肉の大久保さんのコロッケおすすめ)⇒割烹西松(雑司ヶ谷音楽堂の近く)⇒雑司ヶ谷霊園のお寺横の坂道面影橋めっちゃ走るなあづま号とか、

内容に反して興奮してしまったではないか

(途中で出てきた美容室記憶にあるんだがあれはどこだったか...)

多分わりと最近扉絵から懐石料理のお店から少し足を延ばして今取り壊し中の高田小のありし姿とか、(もう切られてしまったけど)体育館の裏、角で春に花びらを散らす桜の姿を映してもよかったんだぜ。

https://goo.gl/maps/KE4VeNdWhRrScBpJ9

...そっかGoogleMapはここが春だった姿を知らないのか。残念。

聖地巡礼興味なかったけど嬉しい。すんごく嬉しい。

2019-12-06

新潟県はなぜ外向けのPRが下手なのかを考察する

こんにちは、生まれも育ちも新潟県民です。上越市出身で、ここ数年は新潟市に住んでいます

新潟県観光に来てくださった方々や、移住してきた方々は、口を揃えて「こんなに良いものがたくさんあるなんて知らなかった。もっと上手に全国へPRした方がいい」と言ってくださいます。ありがたいことであるとともに、住んでいる人間としても課題意識は持っていたいところです。

という綺麗事は口では言えるのですが、実際に住んでいると、自分たちはその「良いもの」を美味しく楽しく最大限に享受しておりまして、ぶっちゃけほとんど課題意識というものが湧き上がってきません。外から来た人たちと中にいる人たちにギャップがあるのです。

これは一体どういうことだろう、と考えてみたところ、現状を成立させうる力学についての仮説が自分の中に生まれたので、ちょっとメモしてみます

解決策の提案ではなく、なんとなく見えている世の中の姿(もしかしたら妄想も含む)を元に現状の追認をするだけの記事なので、あんまり生産的ではなさそうです。

文化が内側に閉じる傾向がある

県外の方々が仰るとおり、新潟には良いものがたくさんあります

パッと思いつくだけでもこれだけありました(新潟市に寄ってるので、他の地域を見れば)。私はラーメン枝豆ビールも大好きなので、天国です。ありがとう新潟。愛してる新潟

というわけで、県内にいる分には結構楽しいのです。

県民県内で美味しさや楽しさを地産地消できていますおそらく、ここに問題の切り口があります

文化産業が、良くも悪くも県内の人々の間で完結してしまっているように感じられるのです。どうしてこうなったのでしょうか。

私は、「人の動き」と「地理的条件」の2点に原因があるのではないかという仮説を立てました。

近代新潟県人口日本

今でこそ首都圏への人材流出問題になっていますが、明治期の新潟県国内でも有数の人口が多い都道府県でした。次の記事が詳しいです。

なぜ新潟石川が「人口日本一」だったのか? 都道府県人口推移から見る、日本近代化の歴史(1/4) | ねとらぼ調査

https://nlab.itmedia.co.jp/research/articles/1167/

「稲作を中心とした第一次産業」という分野において、越後平野柏崎平野高田平野の3つの広大な平野を擁する新潟県は、地理的な強みを持っています上記記事にもあるとおり、この強みと海運の拠点になったこから新潟県は賑わいました。

人がたくさんいるということは、多様な文化が生まれます。この頃の賑わいによって、新潟県には豊かな文化を育む土壌が生まれたのではないかと思われます

全方位に隔絶された陸路

さて、単に豊かな文化を持つだけであれば、それを元に隣県と交流していくうちに評判が広がっていったのでしょう。

しかし、残念なことに、新潟県は全方位を海と山に囲まれており、あまりカジュアルに隣県と交流することができません。

海運が盛んだったうちは問題なかったのかもしれませんが、時代の移り変わりで陸運が中心になっていく中で、新潟県が外部と交流する機会は少なくなっていったのでしょう。そりゃあ田中角栄先生も山をぶち抜いて県外への道を切り開こうとするわけです。

外との交流はないけど人と文化はある

そんなわけで、

という、現在まで繋がる新潟県の姿が形成されていったのではないかと思われます

その結果、文化地産地消する力学が、とても強く働いたのではないでしょうか。

旨い食べ物が作れたら、他所に持っていくのも大変なので自分たちで食べればいいのです。幸い、喜びを分かち合う隣人はたくさんいます

良い道具が作れたら、他所に売るのは商人に任せて、自分たちは隣人たちと切磋琢磨すればよいのです。わざわざ山を越えてくる職人も少ないので、狭い街の中でひたすらお互いを高め合うことになったのでしょう。

隣県や都会まで行ってイベントに参加するのは遠すぎて大変なので、自分たちでやろうとしたのでしょう。

こうして、県民県内で美味しさや楽しさを地産地消する新潟県が、生まれたのではないでしょうか。

じゃあ、これからはどうしたらいいんだ

わからん……もう俺たちの魂には文化地産地消が刻み込まれしまって、PRするというのがどういうことなのかわからなくなってしまった……

地理条件的にふらっと通り道に寄ってもらうことも難しいので、「新潟に行きたい」というモチベを持ってくれた人しか来ないんだろうなと思うと、やっぱり先にPRするしかないんだろうなというのはわかるんじゃが……

なんかもう、俺たち新潟県民が新潟を楽しんでいる姿をガンガン発信していったほうが、いっそ上手く回るんじゃないか

ちょっとまらないけど、これだけは言える。新潟県を一番楽しんでいるのは、新潟県民だ。からみんなも、気が向いたら、楽しみに来てくれ。旅行でも移住でもいい。楽しみに来てくれ。頼むぞ!

2019-11-14

anond:20191114163008

北陸新幹線

佐久10万)、上田(15万)、長野(37万)、直江津高田(19万)、富山(42万)、高岡17万)、金沢(46万)

東北北海道新幹線

小山17万)、宇都宮(52万)、塩原12万)、郡山33万)、福島(29万)、仙台110万)、古川(13万)、一関11万)、水沢江刺11万)、盛岡(30万)、八戸(22万)、青森28万)、函館(25万)

上越新幹線

六日町十日町11万)、長岡(27万)、燕・三条(18万)、新潟(80万)

沿線人口が違いすぎるんだよなあ

羽越新幹線として秋田辺りまで延伸すればまた違うんだろうけど

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