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2022-05-26

日中ライバルではない」中国の前駐日大使日本の対抗姿勢危機感

中国程永華・前駐日大使=高田正幸撮影

写真・図版

 中国程永華・前駐日大使は25日、オンラインで開かれたシンポジウムに参加し、日中関係の悪化が続く状況に関連して「中日両国ライバルではない。アジア安定的発展を破壊することなく、深く協力しなければならない」と訴えた。バイデン米大統領訪日を受け、日米が中国への対抗姿勢を鮮明にしたこと危機感を示した形だ。

 程氏は日米豪印(クアッド)などの動きについて「冷戦思考が明らかで、中国包囲の狙いがはっきり見えた」と指摘。北東アジア地域陣営対立が進んでいるとしたうえで、「この地域が安定を保つのは、各国間の意思疎通ルートが構築されているからだ。疑念を解消するためにも対話努力放棄してはならない」と呼びかけた。

https://www.asahi.com/articles/ASQ5V2BZPQ5TUHBI04J.html

世界中のだれが信じるんだよ・・・

都合の悪い時だけ対話、都合のいいときは侵攻・占領とか言われてもな

2022-04-11

anond:20220411200632

加藤純一みたいに視聴者勝手荒らしコメ荒らしたり、高田健志の伝説コピペ荒らしやっても耐えられるレベルキャパシティーのある界隈とかあるけど、そこに流れ着いたらワンチャンあるで!

2022-03-09

安田って高田のことどう思ってるの?

稲穂のように頭が上がらないの?w

2022-03-03

anond:20220303133727

シナリオ分析 異次元緩和脱出 出口戦略シミュレーション

高田

2018年3月任期を迎える黒田日銀総裁出口戦略がどうなるかを国民注視しているが、日銀には出口を困難化する「3つの不都合な真実」があり、永遠の超金融緩和余儀なくされるリスク存在する。

ここでいう「3つの不都合な真実」とは、

(1)日銀の出口は米国が利下げになるまでの限られた猶予期間しかないこと、

(2)日銀金利ターゲットに転換することで長期の緩和維持を可能としたが、その反面で日銀自身の力による追加緩和は事実上困難であり、緩和の成否は米国経済状況次第であること、

(3)マイナス金利イールドカーブコントロール市場麻酔をかけているために日銀市場対話は困難であり、さら麻酔劇薬であるだけに金融システム副作用が大きいこと、である

金融緩和を長期化すれば、出口における日銀の追加コスト負担も不可避だ。

本書は、日銀を中心にしつつ、政府金融機関を含めた三位一体構造視点から出口戦略展望

出口戦略に関する様々なスキーム提示する。

政策論のみならず、日銀バランスシート毀損民間金融機関へのインパクトなど独自分析も交えて、金融政策の進むべき道を明らかにするので、金融実務家にとっても有意義情報が得られる。



いよいよアベノミクスの出口が語られ始めた感はある。

実際に出口があるのか、あったとしても出ることはできるのかは別だが。

2022-02-22

anond:20220222022857

営業という職種自体がだいぶなあ

たまに高田社長みたいな優秀なのが紛れてるけどほぼほぼ詐欺師しかおらん

2022-02-20

VRジャパネットたかた、とかはよ実現して欲しい。

VRジャパネットたかた記念すべき第一回にはやはり創業者高田氏にも出演していただきVRによるド迫力の間近で情熱的な商品実演を見せてもらいたい。

2021-12-23

今年の主なお笑いレース総評 前編

関西テレビ R-1グランプリ 優勝者 ゆりやん

今年はリニューアル初回ということだったが番組作りの何もかもが不評だった

審査員野田クリスタルハリウッドザコシショウが加わったのは良かったが古坂大魔王が2人目に99を付けるという暴挙があった

個人的にはかが屋賀屋と高田ぽる子のどっちかが勝ってほしかった ゆりやんの笑いは審査員が落とすべきでしょ

まぁ主題歌番組制作局、演出全てがクソなのでどうでもいい 寧ろクソみたいなのが優勝で良い

フジテレビ ツギクル芸人GP 優勝 金の国

2年ぶりの開催で納得の優勝だったのが金の国。もうフジテレビR-1を全部委託すればいいレベル演出も悪くなかった

司会は爆笑問題審査員は各局のプロデューサー演出を配置した。吉本に過度な忖度も入らないので一番フェアな大会ではないだろうか。

TBS キングオブコント 優勝 空気階段

去年からスポンサー審査員が変更になりユニットでの出場が可能になった。スポンサー審査員が変わっただけでこんなにも良い大会になるのかと言った具合だ。

空気階段歴代最高点を取って文句なしの優勝。審査員の講評も好評で素晴らしい大会になった。

フジテレビ ドラフトコント 優勝 チーム春日

初のユニットコントドラフト形式芸人を取り合って5人1チームでコントをやるという斬新な試みが行われた。

ガチガチの賞レースというよりはお祭り感覚といった感じで山内意識の差があったものの概ね楽しめた。

チーム春日優勝にネットは騒然としたが水川かたまり脚本力は凄まじく他チームのネタ作成者ベテランであったために斬新さで実力差が出てしまたかもしれない

残りは後日書きます

2021-11-30

中国人がいよいよ世界中の標的に

いろいろと因果応報のようなことがおきているな

亡くなった方はご冥福をお祈りいたしま

"コンゴ鉱山中国人2人殺害10人以上拉致か"

 アフリカコンゴ民主共和国で、中国人2人が殺害され10人以上が拉致されたことについて、中国外務省は「人質の迅速な救出」を求めました。

 コンゴ民主共和国の中国大使館によりますと、今月21日、武装グループ東部金鉱山を襲撃し、中国人5人を拉致したということです。

 また、ロイター通信によりますと、24日には別の採掘現場でも中国人2人が殺害され8人が拉致されたということです。

 関連の中国企業違法な操業を行っていたとの指摘も出ています

 中国外務省は29日の会見で「コンゴが迅速に人質を救出するよう求める」とし、関連地域中国人企業に「直ちに撤収」するよう呼び掛けました。

 また、企業には現地の法律を守るよう求めているとしたうえで、「中国企業に公平なビジネス環境提供して欲しい」としました。

ソロモン諸島暴動中国人街で焼死体3体を発見

(CNN) 南太平洋ソロモン諸島首都ホニアラ反政府デモを契機に起きた暴動で、地元警察は27日、市内にあり略奪や放火の標的ともなっていた中国人街の焼失した建物の中から死体3体が見つかったと発表した。

映像ソロモン諸島暴動

ガバ首相の辞任などを求め24日から3日間続いた抗議デモで死亡者が報告されたのは初めて。逮捕者は27日の時点で、100人以上に達した。

地元警察報道担当者はCNNの取材に、死因と遺体の身元を調べていると述べた。首都内の状況は正常化しつつあるともした。

オーストラリアの駐ソロモン諸島大使は同日、豪州軍部隊が26日に到着したと確認した。地元警察支援する任務に当たる。部隊派遣ソロモン諸島政府要請に基づく。

パプアニューギニアのマラペ首相声明で、同国がソロモン諸島政府の求めに応じて警官から成る治安維持チームを派遣し、26日に現地に到着したと発表した。

抗議デモが起きた背景には、ソガバ首相の内政運営や同州の経済開発が進まないことへの不満、州の自治権尊重要求台湾との2019年の断交中国との国交樹立への反発が絡む。

ロイター通信によると、デモには同国で人口が最多のマライタ州住民が多数参加。同州内は反政府感情が強く、台湾との断交にも反対しているという。

パキスタンバス爆発 「一帯一路関係者ら13人死亡

 パキスタン北西部カイバル・パクトゥンクワ州の山道で14日午前8時ごろ、中国人ら30人以上が乗ったバスが爆発して谷に落ち、地元警察などによると、少なくとも13人が死亡、多数が負傷した。中国人らは、中国パキスタンなどで進める巨大経済圏構想「一帯一路」関連のダム建設現場に向かう途中だったという。

 地元警察によると、死亡したのは、中国人技術者パキスタン人の警護要員ら。爆発の原因について、パキスタン外務省は、同日付の声明で「機械不具合で燃料が漏れ、爆発した」と説明。一方、中国外務省の趙立堅副報道局長定例会見で爆発を「襲撃事件」と呼び、パキスタン側に早期の徹底的な調査犯人への厳罰を求めたとしている。

 パキスタンにとって中国は、対インドで利害が一致する長年の友好国だ。パキスタンでは近年、中国の投融資に頼るパキスタン政府に打撃を与えるため、中国権益を標的にする地元イスラム武装勢力攻撃が続いている。パキスタン政府中国権益を重点警備しているが、攻撃を防ぎ切れていない。

 今年4月には、中国大使滞在していたパキスタン南西部バルチスタン州の高級ホテルで爆発があり、警官ら数人が死亡。パキスタン反政府武装勢力パキスタンタリバーン運動TTP)」が事件後、犯行声明を出した。

 また、19年5月には中国人宿泊客が多い同州グワダルの高級ホテル、18年11月には南部カラチ中国総領事館が襲撃された。両事件では、中国進出に抗議する現地の独立派バルチスタン解放軍(BLA)」が犯行声明を出した。(バンコク=乗京真知、北京=高田正幸)

https://news.yahoo.co.jp/articles/1ae090376f57d3896ede677492c9476d6641a859

https://news.yahoo.co.jp/articles/d9688582e2d246ba341d241b2dc7baecebf05150

https://www.asahi.com/articles/ASP7G5H8WP7GUHBI01W.html

2021-08-09

anond:20210809115359

・だよなぁ!?

・やるお

・正解

大卒

・ひん

・ある時、神は罪に重さを与えた。地球上の生命はその重さを体で支えることができず、ただただ潰れるのを待つばかりだった。そこに怪力を持て余した高田健志が現れた。彼は罪のほとんどを肩代わりし、背負いきれなかった罪を全生命に均等に分け与えた。これが重力誕生である

< ̄`ヽ、       / ̄>

 ゝ、  \ /⌒ヽ,ノ  /´

   ゝ、 `(⌒,_ゝ⌒)/もこバード

     >     ,ノ

2021-08-08

女子バスケMVP高田選手

まずディフェンスがよかった。

フランスデカセンター相手に4Qフルに堅牢な守りでインサイド一方的にやられるのを防いだ。

4Qの同点展開で、ややフランスに流れのある嫌な状況で絶妙ドライブイン

フローター気味のレイアップで相手の190cmのブロックをかわしてカウントワンスロー。あれで流れが完全に日本に来た。

あれはとんでもなく素晴らしいプレイだった。あれがなければフランスに負けて5位にも入れなかっただろう。

最年長リーダー大黒柱として精神的支柱となりつつ、決めるところでは決める。

MVPは間違いなく高田選手であり銀メダル功労者である

2021-07-28

高田ふーみん…

ふーみんの地元一橋卒に支配されちゃった

本当は京大卒が支配すべきだった地をね

2021-07-05

加藤純一×もこう←もこ純

加藤純一×ぺこら←ぺこ純

加藤純一×高田健志←カトケン

2021-07-04

高田氏の精神

パリ寒いときに行くといいよ。行ったことないけど。

2021-04-29

高田吉田増田の話

増田は30歳の女である

最近、ある漫画に夢中になった。週刊の連載を追うほどである

子どものころから単行本派だったので、毎週決まった曜日にワクワクしたり、休載の日は落ち込んだりするのは初めてのことだ。

その漫画登場人物の細密な描写に定評がある。性格にブレがなく、行動規範も芯が通っており、生き生きとしている。

故に、私はとある人物ファンになった。ここでは便宜的に「高田」と呼ぶことにする。

高田の出てくる話は何度も見返した。セリフも覚えた。

しかし、満たされない。もっと高田を見たい。原作だけでは物足りず、ついにpixivに手を伸ばした。高田名前検索をする。

ずらりと検索結果一覧に高田ファンアートが並んだ。

かっこいい高田、凛々しい高田、可愛げのある高田…。

どの高田も素晴らしかった。

そして、高田カップリングが目に留まった。カップリング相手男性。いわゆるBLだ。

ここでは高田相手を「吉田」とする。

私はBLは嫌いではない。中学生ときには他のオタク女子同様、一度は通った道である

当時の同人個人サイトでの活動が主流で、ジャンルを表す隠語検索し、相互リンクをたどり、作品に触れたものだった。

いまやPixiv簡単にたどり着く時代になったんだなと感慨深さを覚えながら、高田吉田カップリング(以下、「高吉」と表記)をいくつか眺めてみた。

なかなか良い。絵が上手い人が多いし、漫画作品小説も、たくさんある。どの高吉の解釈も興味深いし、鋭い洞察には思わず唸った。

しかし、ここで問題にぶつかる。私は、エロよりプラトニック作品が好きなのだ

エロ自身はあってよい。いい文化だ。否定するつもりは毛頭ない。

しかし、エロを見たか嫌悪感まではいかないが、なんというか、お腹が減っていないときに山盛りのラーメンを出されるような気分…というのだろうか。嫌いじゃないけど、そんなにはいらないかな…といった気持ちになる。

そして令和の今、プラットフォームの発展により、15年前よりは比較オープンセクシャル作品掲載されている。

Pixiv18禁作品にはワンクッション警告がされているので心の準備もできるが、Twitterだといきなり出てきてドキッとする。(Twitterの「センシティブ画像ブロックする

機能」?は精度が低すぎて、犬猫画像レベルでもブロックされるから使っていない)

もっとプラトニックな高吉を見たい。高吉の信頼関係フォーカスした作品を見たい。そんな思いを抱えて悶々としていたとき、ある考えにたどり着いた。

ーーお前が製作者になるんだよ!

そうか。私が作ればよいのか。私が、私の思う、最高の高田吉田を描けばいい。

さっそくペンをとった。ファンアートを書こうと思うなんて何年ぶりだろうか。

原作を見ながら、高田吉田練習をする。描きながら、原作においてのキャラクターの造形や小物へのこだわりを知る。うーん…こんな細かいところまで描かれているなんて、さすがだ。

とりあえず、高田吉田の特徴は掴んだ。自分のなかでは及第点で描けるようになった。欲を言えば、もっと高田のかっこ良さを表現できるようになりたいし、手や骨格の描写も上手くなりたいが、欲ばかり言っていられない。まずはここからだ。

さて、高田吉田の絡みを描く番だ。意気込んだ瞬間、筆が止まった。

何も思いつかない。脳みそがまっ白だ。

あれだけ二次創作を読者として楽しんでいたのに、いざ自分で作ろうとなったらまったく分からなくなってしまった。中学生のころはあれこれ妄想できていたのに、15年の時を経て、私の脳みそストーリーを作る力をすっかり失ってしまっていた。

なんてことだ。なんてつまらない人間になっていたんだ。

思い当たる節もある。漫画こそ読んでいたものの、そのほかの創作に触れる機会はめっきり減ってしまっている。小説にいたってはもう何年も読んでいない。

自分物語を考えるなんて、もう十何年前の話だろう。

にっちもさっちもいかず、気分転換コーヒーでも飲もうと思いキッチンに移動した。

冷蔵庫からセブンイレブンの紙パックで売っている「いつものコーヒー」を取り出す。

冷凍庫の氷をグラスに入れようとしたとき、氷がすべてなくなっていることに気づいた。

「いつものコーヒー」は氷なしで飲むと濃い。飲めないこともないが、苦みが強く出過ぎる気がする。

そこで、先日カルディコーヒー豆を購入していたことを思い出した。

在宅勤務のお供にと思いつつ、忙しくてなかなか淹れずにいたのだった。

ホットコーヒーを淹れよう。

そう思い立って、薬缶でお湯を沸かす。

豆をミルに入れ、ゴリゴリコーヒー豆が挽かれる音を楽しむ。

そこでふと、思いついた。

これが高田だったら、どうだろう。

高田は割と腕が細いから、コーヒー豆挽くのも大変かな。

吉田の方が力持ちだから、豆を挽くのは吉田役割かもしれない。

でも、吉田料理を作るのが上手そうだ。

だったら、料理担当吉田で、食後のコーヒー高田担当かな。

そしたら、そしたら……。

次々にイメージが膨らんだ。高田吉田がともに暮らしている情景が目の前に広がった。

きっとインテリアはこんな感じ。高田はきっとコタツが好きで、コタツで寝ちゃうんだろう。

コタツで寝た高田吉田が布団まで運ぶんだろうな……。

堰を切ったように、シーンが思い浮かぶ。15年もの間閉じていた想像力の扉が開いた瞬間だった。

これなら、描ける。描けそうだ。

増田一心不乱に描写した。そして、Twitter投稿した。

高田用に作ったTwitterアカウントでは、フォロワーは3人しかいない。

きっとこの作品は、誰に見られることなタイムラインの海に消えていく。

それでも、私の脳みそからまれた、私が思う最高の高吉を世に出せたことは、喜び以外の何者でもなかった。

想像力は、いま私のもとにある。

2021-04-09

学費用、91万円...(苦笑)

留学旅行、家庭の事情…。

大学を休学しなければならない理由というのは人それぞれだ。

斯く言う私も、留学をしたくて一時大学を休学しようと検討した身である

しかし、その夢は叶わなかった。

なぜならば我が校の休学費用は…

_人人人人人人_

91万円

 ̄ ^Y^Y^Y^Y^Y ̄

からである

最初その数字を見た時は、目ん玉が飛び出て零れ落ちそうなくらい、吃驚してしまった。

え、大学一年休むために、91万円も払わなければならないのか??

授業も受けないし、校舎も使うこともない。ましてや図書館学食に入り浸るなんてこともしない。

それなのに、91万円も必要なのである

いやいや、どこの大学もそんなもんでしょ、とお思いの皆さん。それは違うんです。

他校はというと…。(学部にもよるが)

早稲田 10万円

上智 6万円+もろもろ

青学 6万円

学習院 6万円

立教 12万円

国士舘 2万円

専修 5万5000円

お、安い!

からの、

我が校 91万円!!!

高田社長も口が塞がらないほどの衝撃価格である!!

…もう苦笑だ。

なぜ、休学するためだけにこれだけの金を支払わなければならないのか。

生徒の中には、私と同じ様に、休学費を見て留学を諦めた人もいるかもしれない。

からグローバル教育のグの字も出ない、何歩も遅れた教育体制なんだろうな。

あ、というか元々海外ことなんてどーでもいいという体制ですもんね。それは分かっているんてすが。

でも、どうか、お願いしたい。気付いてもらいたい。この額がおかしいということに。ね、学生の首を絞めてる張本人の方々。

そう、あなた國學院さん。

2021-03-22

又三郎

風の又三郎

宮沢賢治


どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう

 谷川の岸に小さな学校がありました。

 教室はたった一つでしたが生徒は三年生がないだけで、あとは一年から六年までみんなありました。運動場もテニスコートのくらいでしたが、すぐうしろは栗くりの木のあるきれいな草の山でしたし、運動場のすみにはごぼごぼつめたい水を噴ふく岩穴もあったのです。

 さわやかな九月一日の朝でした。青ぞらで風がどうと鳴り、日光運動場いっぱいでした。黒い雪袴ゆきばかまをはいた二人の一年の子がどてをまわって運動場にはいって来て、まだほかにだれも来ていないのを見て、「ほう、おら一等だぞ。一等だぞ。」とかわるがわる叫びながら大よろこびで門をはいって来たのでしたが、ちょっと教室の中を見ますと、二人ふたりともまるでびっくりして棒立ちになり、それから顔を見合わせてぶるぶるふるえましたが、ひとりはとうとう泣き出してしまいました。というわけは、そのしんとした朝の教室なかにどこから来たのか、まるで顔も知らないおかしな赤い髪の子供がひとり、いちばん前の机にちゃんとすわっていたのです。そしてその机といったらまったくこの泣いた子の自分の机だったのです。

 もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやり目をりんと張って、そっちのほうをにらめていましたら、ちょうどそのとき川上から

「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり。」と高く叫ぶ声がして、それからまるで大きなからすのように、嘉助かすけがかばんをかかえてわらって運動場へかけて来ました。と思ったらすぐそのあとから太郎さたろうだの耕助こうすけだのどやどややってきました。

「なして泣いでら、うなかもたのが。」嘉助が泣かないこどもの肩をつかまえて言いました。するとその子もわあと泣いてしまいました。おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛おかしな子がすまして、しゃんとすわっているのが目につきました。

 みんなはしんとなってしまいました。だんだんみんな女の子たちも集まって来ましたが、だれもなんとも言えませんでした。

 赤毛の子どもはいっこうこわがるふうもなくやっぱりちゃんとすわって、じっと黒板を見ています。すると六年生の一郎いちろうが来ました。一郎はまるでおとなのようにゆっくり大またにやってきて、みんなを見て、

「何なにした。」とききました。

 みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指さしました。一郎はしばらくそっちを見ていましたが、やがて鞄かばんをしっかりかかえて、さっさと窓の下へ行きました。

 みんなもすっかり元気になってついて行きました。

「だれだ、時間にならないに教室はいってるのは。」一郎は窓へはいのぼって教室の中へ顔をつき出して言いました。

「お天気のいい時教室はいってるづど先生にうんとしからえるぞ。」窓の下の耕助が言いました。

しからえでもおら知らないよ。」嘉助が言いました。

「早ぐ出はって来こ、出はって来。」一郎が言いました。けれどもそのこどもはきょろきょろ室へやの中やみんなのほうを見るばかりで、やっぱりちゃんとひざに手をおいて腰掛けにすわっていました。

 ぜんたいその形からが実におかしいのでした。変てこなねずみいろのだぶだぶの上着を着て、白い半ずぼんをはいて、それに赤い革かわの半靴はんぐつをはいていたのです。

 それに顔といったらまるで熟したりんごのよう、ことに目はまん丸でまっくろなのでした。いっこう言葉が通じないようなので一郎も全く困ってしまいました。

あいづは外国人だな。」

学校はいるのだな。」みんなはがやがやがやがや言いました。ところが五年生の嘉助がいきなり、

「ああ三年生さはいるのだ。」と叫びましたので、

「ああそうだ。」と小さいこどもらは思いましたが、一郎はだまってくびをまげました。

 変なこどもはやはりきょろきょろこっちを見るだけ、きちんと腰掛けています

 そのとき風がどうと吹いて来て教室ガラス戸はみんながたがた鳴り、学校のうしろの山の萱かやや栗くりの木はみんな変に青じろくなってゆれ、教室のなかのこどもはなんだかにやっとわらってすこしうごいたようでした。

 すると嘉助がすぐ叫びました。

「ああわかった。あいつは風の又三郎またさぶろうだぞ。」

 そうだっとみんなもおもったときにわかにうしろのほうで五郎が、

「わあ、痛いぢゃあ。」と叫びました。

 みんなそっちへ振り向きますと、五郎が耕助に足のゆびをふまれて、まるでおこって耕助をなぐりつけていたのです。すると耕助もおこって、

「わあ、われ悪くてでひと撲はだいだなあ。」と言ってまた五郎をなぐろうとしました。

 五郎はまるで顔じゅう涙だらけにして耕助に組み付こうとしました。そこで一郎が間へはいって嘉助が耕助を押えてしまいました。

「わあい、けんかするなったら、先生ちゃん職員室に来てらぞ。」と一郎が言いながらまた教室のほうを見ましたら、一郎はにわかにまるでぽかんとしてしまいました。

 たったいままで教室にいたあの変な子が影もかたちもないのです。みんなもまるでせっかく友だちになった子うまが遠くへやられたよう、せっかく捕とった山雀やまがらに逃げられたように思いました。

 風がまたどうと吹いて来て窓ガラスをがたがた言わせ、うしろの山の萱かやをだんだん上流のほうへ青じろく波だてて行きました。

「わあ、うなだけんかしたんだがら又三郎いなぐなったな。」嘉助がおこって言いました。

 みんなもほんとうにそう思いました。五郎はじつに申しわけないと思って、足の痛いのも忘れてしょんぼり肩をすぼめて立ったのです。

「やっぱりあいつは風の又三郎だったな。」

二百十日で来たのだな。」

「靴くつはいでだたぞ。」

「服も着でだたぞ。」

「髪赤くておかしやづだったな。」

「ありゃありゃ、又三郎おれの机の上さ石かけ乗せでったぞ。」二年生の子が言いました。見るとその子の机の上にはきたない石かけが乗っていたのです。

「そうだ、ありゃ。あそごのガラスもぶっかしたぞ。」

「そだないでああいづあ休み前に嘉助石ぶっつけだのだな。」

「わあい。そだないであ。」と言っていたとき、これはまたなんというわけでしょう。先生玄関から出て来たのです。先生はぴかぴか光る呼び子を右手にもって、もう集まれのしたくをしているのでしたが、そのすぐうしろから、さっきの赤い髪の子が、まるで権現ごんげんさまの尾おっぱ持ちのようにすまし込んで、白いシャッポかぶって、先生についてすぱすぱとあるいて来たのです。

 みんなはしいんとなってしまいました。やっと一郎が「先生お早うございます。」と言いましたのでみんなもついて、

先生お早うございます。」と言っただけでした。

「みなさん。お早う。どなたも元気ですね。では並んで。」先生は呼び子をビルルと吹きました。それはすぐ谷の向こうの山へひびいてまたビルルルと低く戻もどってきました。

 すっかりやすみの前のとおりだとみんなが思いながら六年生は一人、五年生は七人、四年生は六人、一二年生は十二人、組ごとに一列に縦にならびました。

 二年は八人、一年生は四人前へならえをしてならんだのです。

 するとその間あのおかしな子は、何かおかしいのかおもしろいのか奥歯で横っちょに舌をかむようにして、じろじろみんなを見ながら先生のうしろに立っていたのです。すると先生は、高田たかださんこっちへおはいりなさいと言いながら五年生の列のところへ連れて行って、丈たけを嘉助とくらべてから嘉助とそのうしろのきよの間へ立たせました。

 みんなはふりかえってじっとそれを見ていました。

 先生はまた玄関の前に戻って、

「前へならえ。」と号令をかけました。

 みんなはもう一ぺん前へならえをしてすっかり列をつくりましたが、じつはあの変な子がどういうふうにしているのか見たくて、かわるがわるそっちをふりむいたり横目でにらんだりしたのでした。するとその子ちゃんと前へならえでもなんでも知ってるらしく平気で両腕を前へ出して、指さきを嘉助のせなかへやっと届くくらいにしていたものですから、嘉助はなんだかせなかがかゆく、くすぐったいというふうにもじもじしていました。

「直れ。」先生がまた号令をかけました。

一年から順に前へおい。」そこで一年生はあるき出し、まもなく二年生もあるき出してみんなの前をぐるっと通って、右手下駄箱げたばこのある入り口はいって行きました。四年生があるき出すとさっきの子も嘉助のあとへついて大威張りであるいて行きました。前へ行った子もときどきふりかえって見、あとの者もじっと見ていたのです。

 まもなくみんなははきもの下駄箱げたばこに入れて教室はいって、ちょうど外へならんだときのように組ごとに一列に机にすわりました。さっきの子もすまし込んで嘉助のうしろにすわりました。ところがもう大さわぎです。

「わあ、おらの机さ石かけはいってるぞ。」

「わあ、おらの机代わってるぞ。」

「キッコ、キッコ、うな通信簿持って来たが。おら忘れで来たぢゃあ。」

「わあい、さの、木ペン借せ、木ペン借せったら。」

「わあがない。ひとの雑記帳とってって。」

 そのとき先生はいって来ましたのでみんなもさわぎながらとにかく立ちあがり、一郎がいちばんしろで、

「礼。」と言いました。

 みんなはおじぎをする間はちょっとしんとなりましたが、それからまたがやがやがやがや言いました。

「しずかに、みなさん。しずかにするのです。」先生が言いました。

「しっ、悦治えつじ、やがましったら、嘉助え、喜きっこう。わあい。」と一郎がいちばんしろからまりさわぐものを一人ずつしかりました。

 みんなはしんとなりました。

 先生が言いました。

「みなさん、長い夏のお休みおもしろかったですね。みなさんは朝から水泳ぎもできたし、林の中で鷹たかにも負けないくらい高く叫んだり、またにいさんの草刈りについて上うえの野原へ行ったりしたでしょう。けれどももうきのうで休みは終わりました。これからは第二学期で秋です。むかしから秋はいちばんからだもこころもひきしまって、勉強のできる時だといってあるのです。ですから、みなさんもきょうからまたいっしょにしっかり勉強しましょう。それからこのお休みの間にみなさんのお友だちが一人ふえました。それはそこにいる高田さんです。そのかたのおとうさんはこんど会社のご用で上の野原の入り口へおいでになっていられるのです。高田さんはいままでは北海道学校におられたのですが、きょうからみなさんのお友だちになるのですから、みなさんは学校勉強ときも、また栗拾くりひろいや魚さかなとりに行くときも、高田さんをさそうようにしなければなりません。わかりましたか。わかった人は手をあげてごらんなさい。」

 すぐみんなは手をあげました。その高田とよばれた子も勢いよく手をあげましたので、ちょっと先生はわらいましたが、すぐ、

「わかりましたね、ではよし。」と言いましたので、みんなは火の消えたように一ぺんに手をおろしました。

 ところが嘉助がすぐ、

先生。」といってまた手をあげました。

はい。」先生は嘉助を指さしました。

高田さん名はなんて言うべな。」

高田三郎さぶろうさんです。」

「わあ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」嘉助はまるで手をたたいて机の中で踊るようにしましたので、大きなほうの子どもらはどっと笑いましたが、下の子どもらは何かこわいというふうにしいんとして三郎のほうを見ていたのです。

 先生はまた言いました。

「きょうはみなさんは通信簿宿題をもってくるのでしたね。持って来た人は机の上へ出してください。私がいま集めに行きますから。」

 みんなはばたばた鞄かばんをあけたりふろしきをといたりして、通信簿宿題を机の上に出しました。そして先生一年生のほうから順にそれを集めはじめました。そのときみんなはぎょっとしました。というわけはみんなのうしろのところにいつか一人の大人おとなが立っていたのです。その人は白いだぶだぶの麻服を着て黒いてかてかしたはんけちをネクタイの代わりに首に巻いて、手には白い扇をもって軽くじぶんの顔を扇あおぎながら少し笑ってみんなを見おろしていたのです。さあみんなはだんだんしいんとなって、まるで堅くなってしまいました。

 ところが先生別にその人を気にかけるふうもなく、順々に通信簿を集めて三郎の席まで行きますと、三郎は通信簿宿題帳もないかわりに両手をにぎりこぶしにして二つ机の上にのせていたのです。先生はだまってそこを通りすぎ、みんなのを集めてしまうとそれを両手でそろえながらまた教壇に戻りました。

「では宿題帳はこの次の土曜日に直して渡しまから、きょう持って来なかった人は、あしたきっと忘れないで持って来てください。それは悦治さんと勇治ゆうじさんと良作りょうさくさんとですね。ではきょうはここまでです。あしたかちゃんといつものとおりのしたくをしておいでなさい。それから四年生と六年生の人は、先生といっしょに教室のお掃除そうじをしましょう。ではここまで。」

 一郎が気をつけ、と言いみんなは一ぺんに立ちました。うしろ大人おとなも扇を下にさげて立ちました。

「礼。」先生もみんなも礼をしました。うしろ大人も軽く頭を下げました。それからずうっと下の組の子どもらは一目散に教室を飛び出しましたが、四年生の子どもらはまだもじもじしていました。

 すると三郎はさっきのだぶだぶの白い服の人のところへ行きました。先生も教壇をおりてその人のところへ行きました。

「いやどうもご苦労さまでございます。」その大人はていねいに先生に礼をしました。

「じきみんなとお友だちになりますから。」先生も礼を返しながら言いました。

「何ぶんどうかよろしくねがいいたします。それでは。」その人はまたていねいに礼をして目で三郎に合図すると、自分玄関のほうへまわって外へ出て待っていますと、三郎はみんなの見ている中を目をりんとはってだまって昇降口から出て行って追いつき、二人は運動場を通って川下のほうへ歩いて行きました。

 運動場を出るときの子はこっちをふりむいて、じっと学校やみんなのほうをにらむようにすると、またすたすた白服の大人おとなについて歩いて行きました。

先生、あの人は高田さんのとうさんですか。」一郎が箒ほうきをもちながら先生にききました。

「そうです。」

「なんの用で来たべ。」

「上の野原の入り口モリブデンという鉱石ができるので、それをだんだん掘るようにするためだそうです。」

「どこらあだりだべな。」

「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行くみちから、少し川下へ寄ったほうなようです。」

モリブデン何にするべな。」

「それは鉄とまぜたり、薬をつくったりするのだそうです。」

「そだら又三郎も掘るべが。」嘉助が言いました。

又三郎だない。高田三郎だぢゃ。」佐太郎が言いました。

又三郎又三郎だ。」嘉助が顔をまっ赤かにしてがん張りました。

「嘉助、うなも残ってらば掃除そうじしてすけろ。」一郎が言いました。

「わあい。やんたぢゃ。きょう四年生ど六年生だな。」

 嘉助は大急ぎで教室をはねだして逃げてしまいました。

 風がまた吹いて来て窓ガラスはまたがたがた鳴り、ぞうきんを入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。

 次の日一郎はあのおかし子供が、きょうからほんとうに学校へ来て本を読んだりするかどうか早く見たいような気がして、いつもより早く嘉助をさそいました。ところが嘉助のほうは一郎よりもっとそう考えていたと見えて、とうにごはんもたべ、ふろしきに包んだ本ももって家の前へ出て一郎を待っていたのでした。二人は途中もいろいろその子のことを話しながら学校へ来ました。すると運動場には小さな子供らがもう七八人集まっていて、棒かくしをしていましたが、その子はまだ来ていませんでした。またきのうのように教室の中にいるのかと思って中をのぞいて見ましたが、教室の中はしいんとしてだれもいず、黒板の上にはきのう掃除ときぞうきんでふいた跡がかわいてぼんやり白い縞しまになっていました。

「きのうのやつまだ来てないな。」一郎が言いました。

「うん。」嘉助も言ってそこらを見まわしました。

 一郎はそこで鉄棒の下へ行って、じゃみ上がりというやり方で、無理やりに鉄棒の上にのぼり両腕をだんだん寄せて右の腕木に行くと、そこへ腰掛けてきのう三郎の行ったほうをじっと見おろして待っていました。谷川はそっちのほうへきらきら光ってながれて行き、その下の山の上のほうでは風も吹いているらしく、ときどき萱かやが白く波立っていました。

 嘉助もやっぱりその柱の下でじっとそっちを見て待っていました。ところが二人はそんなに長く待つこともありませんでした。それは突然三郎がその下手のみちから灰いろの鞄かばんを右手にかかえて走るようにして出て来たのです。

「来たぞ。」と一郎が思わず下にいる嘉助へ叫ぼうとしていますと、早くも三郎はどてをぐるっとまわって、どんどん正門をはいって来ると、

お早う。」とはっきり言いました。みんなはいっしょにそっちをふり向きましたが、一人も返事をしたものがありませんでした。

 それは返事をしないのではなくて、みんなは先生はいつでも「お早うございます。」というように習っていたのですが、お互いに「お早う。」なんて言ったことがなかったのに三郎にそう言われても、一郎や嘉助はあんまりにわかで、また勢いがいいのでとうとう臆おくしてしまって一郎も嘉助も口の中でお早うというかわりに、もにゃもにゃっと言ってしまったのでした。

 ところが三郎のほうはべつだんそれを苦にするふうもなく、二三歩また前へ進むとじっと立って、そのまっ黒な目でぐるっと運動場じゅうを見まわしました。そしてしばらくだれか遊ぶ相手がないかさがしているようでした。けれどもみんなきょろきょろ三郎のほうはみていても、やはり忙しそうに棒かくしをしたり三郎のほうへ行くものがありませんでした。三郎はちょっと具合が悪いようにそこにつっ立っていましたが、また運動場をもう一度見まわしました。

 それからぜんたいこの運動場は何間なんげんあるかというように、正門から玄関まで大またに歩数を数えながら歩きはじめました。一郎は急いで鉄棒をはねおりて嘉助とならんで、息をこらしてそれを見ていました。

 そのうち三郎は向こうの玄関の前まで行ってしまうと、こっちへ向いてしばらく暗算をするように少し首をまげて立っていました。

 みんなはやはりきろきろそっちを見ています。三郎は少し困ったように両手をうしろへ組むと向こう側の土手のほうへ職員室の前を通って歩きだしました。

 その時風がざあっと吹いて来て土手の草はざわざわ波になり、運動場のまん中でさあっと塵ちりがあがり、それが玄関の前まで行くと、きりきりとまわって小さなつむじ風になって、黄いろな塵は瓶びんをさかさまにしたような形になって屋根より高くのぼりました。

 すると嘉助が突然高く言いました。

「そうだ。やっぱりあい又三郎だぞ。あいづ何かするときっと風吹いてくるぞ。」

「うん。」一郎はどうだかわからないと思いながらもだまってそっちを見ていました。三郎はそんなことにはかまわず土手のほうへやはりすたすた歩いて行きます

 そのとき先生がいつものように呼び子をもって玄関を出て来たのです。

お早うございます。」小さな子どもらはみんな集まりました。

お早う。」先生はちらっと運動場を見まわしてから、「ではならんで。」と言いながらビルルッと笛を吹きました。

 みんなは集まってきてきのうのとおりきちんとならびました。三郎もきのう言われた所へちゃんと立っています

 先生はお日さまがまっ正面なのですこしまぶしそうにしながら号令をだんだんかけて、とうとうみんなは昇降口から教室はいりました。そして礼がすむと先生は、

「ではみなさんきょうから勉強をはじめましょう。みなさんはちゃんとお道具をもってきましたね。では一年生(と二年生)の人はお習字のお手本と硯すずりと紙を出して、二年生と四年生の人は算術帳と雑記帳と鉛筆を出して、五年生と六年生の人は国語の本を出してください。」

 さあするとあっちでもこっちでも大さわぎがはじまりました。中にも三郎のすぐ横の四年生の机の佐太郎が、いきなり手をのばして二年生のかよの鉛筆ひらりととってしまったのです。かよは佐太郎の妹でした。するとかよは、

「うわあ、兄あいな、木ペン取とてわかんないな。」と言いながら取り返そうとしますと佐太郎が、

「わあ、こいつおれのだなあ。」と言いながら鉛筆をふところの中へ入れて、あとはシナ人がおじぎするときのように両手を袖そでへ入れて、机へぴったり胸をくっつけました。するとかよは立って来て、

「兄あいな、兄なの木ペンはきのう小屋でなくしてしまったけなあ。よこせったら。」と言いながら一生けん命とり返そうとしましたが、どうしてももう佐太郎は机にくっついた大きな蟹かに化石みたいになっているので、とうとうかよは立ったまま口を大きくまげて泣きだしそうになりました。

 すると三郎は国語の本をちゃんと机にのせて困ったようにしてこれを見ていましたが、かよがとうとうぼろぼろ涙をこぼしたのを見ると、だまって右手に持っていた半分ばかりになった鉛筆を佐太郎の目の前の机に置きました。

 すると佐太郎はにわかに元気になって、むっくり起き上がりました。そして、

「くれる?」と三郎にききました。三郎はちょっとまごついたようでしたが覚悟したように、「うん。」と言いました。すると佐太郎はいきなりわらい出してふところの鉛筆をかよの小さな赤い手に持たせました。

 先生は向こうで一年の子の硯すずりに水をついでやったりしていましたし、嘉助は三郎の前ですから知りませんでしたが、一郎はこれをいちばんしろちゃんと見ていました。そしてまるでなんと言ったらいいかからない、変な気持ちがして歯をきりきり言わせました。

「では二年生のひとはお休みの前にならった引き算をもう一ぺん習ってみましょう。これを勘定してごらんなさい。」先生は黒板に25-12=の数式と書きました。二年生のこどもらはみんな一生

風の

どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう

 谷川の岸に小さな学校がありました。

 教室はたった一つでしたが生徒は三年生がないだけで、あとは一年から六年までみんなありました。運動場もテニスコートのくらいでしたが、すぐうしろは栗くりの木のあるきれいな草の山でしたし、運動場のすみにはごぼごぼつめたい水を噴ふく岩穴もあったのです。

 さわやかな九月一日の朝でした。青ぞらで風がどうと鳴り、日光運動場いっぱいでした。黒い雪袴ゆきばかまをはいた二人の一年の子がどてをまわって運動場にはいって来て、まだほかにだれも来ていないのを見て、「ほう、おら一等だぞ。一等だぞ。」とかわるがわる叫びながら大よろこびで門をはいって来たのでしたが、ちょっと教室の中を見ますと、二人ふたりともまるでびっくりして棒立ちになり、それから顔を見合わせてぶるぶるふるえましたが、ひとりはとうとう泣き出してしまいました。というわけは、そのしんとした朝の教室なかにどこから来たのか、まるで顔も知らないおかしな赤い髪の子供がひとり、いちばん前の机にちゃんとすわっていたのです。そしてその机といったらまったくこの泣いた子の自分の机だったのです。

 もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやり目をりんと張って、そっちのほうをにらめていましたら、ちょうどそのとき川上から

「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり。」と高く叫ぶ声がして、それからまるで大きなからすのように、嘉助かすけがかばんをかかえてわらって運動場へかけて来ました。と思ったらすぐそのあとから太郎さたろうだの耕助こうすけだのどやどややってきました。

「なして泣いでら、うなかもたのが。」嘉助が泣かないこどもの肩をつかまえて言いました。するとその子もわあと泣いてしまいました。おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛おかしな子がすまして、しゃんとすわっているのが目につきました。

 みんなはしんとなってしまいました。だんだんみんな女の子たちも集まって来ましたが、だれもなんとも言えませんでした。

 赤毛の子どもはいっこうこわがるふうもなくやっぱりちゃんとすわって、じっと黒板を見ています。すると六年生の一郎いちろうが来ました。一郎はまるでおとなのようにゆっくり大またにやってきて、みんなを見て、

「何なにした。」とききました。

 みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指さしました。一郎はしばらくそっちを見ていましたが、やがて鞄かばんをしっかりかかえて、さっさと窓の下へ行きました。

 みんなもすっかり元気になってついて行きました。

「だれだ、時間にならないに教室はいってるのは。」一郎は窓へはいのぼって教室の中へ顔をつき出して言いました。

「お天気のいい時教室はいってるづど先生にうんとしからえるぞ。」窓の下の耕助が言いました。

しからえでもおら知らないよ。」嘉助が言いました。

「早ぐ出はって来こ、出はって来。」一郎が言いました。けれどもそのこどもはきょろきょろ室へやの中やみんなのほうを見るばかりで、やっぱりちゃんとひざに手をおいて腰掛けにすわっていました。

 ぜんたいその形からが実におかしいのでした。変てこなねずみいろのだぶだぶの上着を着て、白い半ずぼんをはいて、それに赤い革かわの半靴はんぐつをはいていたのです。

 それに顔といったらまるで熟したりんごのよう、ことに目はまん丸でまっくろなのでした。いっこう言葉が通じないようなので一郎も全く困ってしまいました。

あいづは外国人だな。」

学校はいるのだな。」みんなはがやがやがやがや言いました。ところが五年生の嘉助がいきなり、

「ああ三年生さはいるのだ。」と叫びましたので、

「ああそうだ。」と小さいこどもらは思いましたが、一郎はだまってくびをまげました。

 変なこどもはやはりきょろきょろこっちを見るだけ、きちんと腰掛けています

 そのとき風がどうと吹いて来て教室ガラス戸はみんながたがた鳴り、学校のうしろの山の萱かやや栗くりの木はみんな変に青じろくなってゆれ、教室のなかのこどもはなんだかにやっとわらってすこしうごいたようでした。

 すると嘉助がすぐ叫びました。

「ああわかった。あいつは風の又三郎またさぶろうだぞ。」

 そうだっとみんなもおもったときにわかにうしろのほうで五郎が、

「わあ、痛いぢゃあ。」と叫びました。

 みんなそっちへ振り向きますと、五郎が耕助に足のゆびをふまれて、まるでおこって耕助をなぐりつけていたのです。すると耕助もおこって、

「わあ、われ悪くてでひと撲はだいだなあ。」と言ってまた五郎をなぐろうとしました。

 五郎はまるで顔じゅう涙だらけにして耕助に組み付こうとしました。そこで一郎が間へはいって嘉助が耕助を押えてしまいました。

「わあい、けんかするなったら、先生ちゃん職員室に来てらぞ。」と一郎が言いながらまた教室のほうを見ましたら、一郎はにわかにまるでぽかんとしてしまいました。

 たったいままで教室にいたあの変な子が影もかたちもないのです。みんなもまるでせっかく友だちになった子うまが遠くへやられたよう、せっかく捕とった山雀やまがらに逃げられたように思いました。

 風がまたどうと吹いて来て窓ガラスをがたがた言わせ、うしろの山の萱かやをだんだん上流のほうへ青じろく波だてて行きました。

「わあ、うなだけんかしたんだがら又三郎いなぐなったな。」嘉助がおこって言いました。

 みんなもほんとうにそう思いました。五郎はじつに申しわけないと思って、足の痛いのも忘れてしょんぼり肩をすぼめて立ったのです。

「やっぱりあいつは風の又三郎だったな。」

二百十日で来たのだな。」

「靴くつはいでだたぞ。」

「服も着でだたぞ。」

「髪赤くておかしやづだったな。」

「ありゃありゃ、又三郎おれの机の上さ石かけ乗せでったぞ。」二年生の子が言いました。見るとその子の机の上にはきたない石かけが乗っていたのです。

「そうだ、ありゃ。あそごのガラスもぶっかしたぞ。」

「そだないでああいづあ休み前に嘉助石ぶっつけだのだな。」

「わあい。そだないであ。」と言っていたとき、これはまたなんというわけでしょう。先生玄関から出て来たのです。先生はぴかぴか光る呼び子を右手にもって、もう集まれのしたくをしているのでしたが、そのすぐうしろから、さっきの赤い髪の子が、まるで権現ごんげんさまの尾おっぱ持ちのようにすまし込んで、白いシャッポかぶって、先生についてすぱすぱとあるいて来たのです。

 みんなはしいんとなってしまいました。やっと一郎が「先生お早うございます。」と言いましたのでみんなもついて、

先生お早うございます。」と言っただけでした。

「みなさん。お早う。どなたも元気ですね。では並んで。」先生は呼び子をビルルと吹きました。それはすぐ谷の向こうの山へひびいてまたビルルルと低く戻もどってきました。

 すっかりやすみの前のとおりだとみんなが思いながら六年生は一人、五年生は七人、四年生は六人、一二年生は十二人、組ごとに一列に縦にならびました。

 二年は八人、一年生は四人前へならえをしてならんだのです。

 するとその間あのおかしな子は、何かおかしいのかおもしろいのか奥歯で横っちょに舌をかむようにして、じろじろみんなを見ながら先生のうしろに立っていたのです。すると先生は、高田たかださんこっちへおはいりなさいと言いながら五年生の列のところへ連れて行って、丈たけを嘉助とくらべてから嘉助とそのうしろのきよの間へ立たせました。

 みんなはふりかえってじっとそれを見ていました。

 先生はまた玄関の前に戻って、

「前へならえ。」と号令をかけました。

 みんなはもう一ぺん前へならえをしてすっかり列をつくりましたが、じつはあの変な子がどういうふうにしているのか見たくて、かわるがわるそっちをふりむいたり横目でにらんだりしたのでした。するとその子ちゃんと前へならえでもなんでも知ってるらしく平気で両腕を前へ出して、指さきを嘉助のせなかへやっと届くくらいにしていたものですから、嘉助はなんだかせなかがかゆく、くすぐったいというふうにもじもじしていました。

「直れ。」先生がまた号令をかけました。

一年から順に前へおい。」そこで一年生はあるき出し、まもなく二年生もあるき出してみんなの前をぐるっと通って、右手下駄箱げたばこのある入り口はいって行きました。四年生があるき出すとさっきの子も嘉助のあとへついて大威張りであるいて行きました。前へ行った子もときどきふりかえって見、あとの者もじっと見ていたのです。

 まもなくみんなははきもの下駄箱げたばこに入れて教室はいって、ちょうど外へならんだときのように組ごとに一列に机にすわりました。さっきの子もすまし込んで嘉助のうしろにすわりました。ところがもう大さわぎです。

「わあ、おらの机さ石かけはいってるぞ。」

「わあ、おらの机代わってるぞ。」

「キッコ、キッコ、うな通信簿持って来たが。おら忘れで来たぢゃあ。」

「わあい、さの、木ペン借せ、木ペン借せったら。」

「わあがない。ひとの雑記帳とってって。」

 そのとき先生はいって来ましたのでみんなもさわぎながらとにかく立ちあがり、一郎がいちばんしろで、

「礼。」と言いました。

 みんなはおじぎをする間はちょっとしんとなりましたが、それからまたがやがやがやがや言いました。

「しずかに、みなさん。しずかにするのです。」先生が言いました。

「しっ、悦治えつじ、やがましったら、嘉助え、喜きっこう。わあい。」と一郎がいちばんしろからまりさわぐものを一人ずつしかりました。

 みんなはしんとなりました。

 先生が言いました。

「みなさん、長い夏のお休みおもしろかったですね。みなさんは朝から水泳ぎもできたし、林の中で鷹たかにも負けないくらい高く叫んだり、またにいさんの草刈りについて上うえの野原へ行ったりしたでしょう。けれどももうきのうで休みは終わりました。これからは第二学期で秋です。むかしから秋はいちばんからだもこころもひきしまって、勉強のできる時だといってあるのです。ですから、みなさんもきょうからまたいっしょにしっかり勉強しましょう。それからこのお休みの間にみなさんのお友だちが一人ふえました。それはそこにいる高田さんです。そのかたのおとうさんはこんど会社のご用で上の野原の入り口へおいでになっていられるのです。高田さんはいままでは北海道学校におられたのですが、きょうからみなさんのお友だちになるのですから、みなさんは学校勉強ときも、また栗拾くりひろいや魚さかなとりに行くときも、高田さんをさそうようにしなければなりません。わかりましたか。わかった人は手をあげてごらんなさい。」

 すぐみんなは手をあげました。その高田とよばれた子も勢いよく手をあげましたので、ちょっと先生はわらいましたが、すぐ、

「わかりましたね、ではよし。」と言いましたので、みんなは火の消えたように一ぺんに手をおろしました。

 ところが嘉助がすぐ、

先生。」といってまた手をあげました。

はい。」先生は嘉助を指さしました。

高田さん名はなんて言うべな。」

高田三郎さぶろうさんです。」

「わあ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」嘉助はまるで手をたたいて机の中で踊るようにしましたので、大きなほうの子どもらはどっと笑いましたが、下の子どもらは何かこわいというふうにしいんとして三郎のほうを見ていたのです。

 先生はまた言いました。

「きょうはみなさんは通信簿宿題をもってくるのでしたね。持って来た人は机の上へ出してください。私がいま集めに行きますから。」

 みんなはばたばた鞄かばんをあけたりふろしきをといたりして、通信簿宿題を机の上に出しました。そして先生一年生のほうから順にそれを集めはじめました。そのときみんなはぎょっとしました。というわけはみんなのうしろのところにいつか一人の大人おとなが立っていたのです。その人は白いだぶだぶの麻服を着て黒いてかてかしたはんけちをネクタイの代わりに首に巻いて、手には白い扇をもって軽くじぶんの顔を扇あおぎながら少し笑ってみんなを見おろしていたのです。さあみんなはだんだんしいんとなって、まるで堅くなってしまいました。

 ところが先生別にその人を気にかけるふうもなく、順々に通信簿を集めて三郎の席まで行きますと、三郎は通信簿宿題帳もないかわりに両手をにぎりこぶしにして二つ机の上にのせていたのです。先生はだまってそこを通りすぎ、みんなのを集めてしまうとそれを両手でそろえながらまた教壇に戻りました。

「では宿題帳はこの次の土曜日に直して渡しまから、きょう持って来なかった人は、あしたきっと忘れないで持って来てください。それは悦治さんと勇治ゆうじさんと良作りょうさくさんとですね。ではきょうはここまでです。あしたかちゃんといつものとおりのしたくをしておいでなさい。それから四年生と六年生の人は、先生といっしょに教室のお掃除そうじをしましょう。ではここまで。」

 一郎が気をつけ、と言いみんなは一ぺんに立ちました。うしろ大人おとなも扇を下にさげて立ちました。

「礼。」先生もみんなも礼をしました。うしろ大人も軽く頭を下げました。それからずうっと下の組の子どもらは一目散に教室を飛び出しましたが、四年生の子どもらはまだもじもじしていました。

 すると三郎はさっきのだぶだぶの白い服の人のところへ行きました。先生も教壇をおりてその人のところへ行きました。

「いやどうもご苦労さまでございます。」その大人はていねいに先生に礼をしました。

「じきみんなとお友だちになりますから。」先生も礼を返しながら言いました。

「何ぶんどうかよろしくねがいいたします。それでは。」その人はまたていねいに礼をして目で三郎に合図すると、自分玄関のほうへまわって外へ出て待っていますと、三郎はみんなの見ている中を目をりんとはってだまって昇降口から出て行って追いつき、二人は運動場を通って川下のほうへ歩いて行きました。

 運動場を出るときの子はこっちをふりむいて、じっと学校やみんなのほうをにらむようにすると、またすたすた白服の大人おとなについて歩いて行きました。

先生、あの人は高田さんのとうさんですか。」一郎が箒ほうきをもちながら先生にききました。

「そうです。」

「なんの用で来たべ。」

「上の野原の入り口モリブデンという鉱石ができるので、それをだんだん掘るようにするためだそうです。」

「どこらあだりだべな。」

「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行くみちから、少し川下へ寄ったほうなようです。」

モリブデン何にするべな。」

「それは鉄とまぜたり、薬をつくったりするのだそうです。」

「そだら又三郎も掘るべが。」嘉助が言いました。

又三郎だない。高田三郎だぢゃ。」佐太郎が言いました。

又三郎又三郎だ。」嘉助が顔をまっ赤かにしてがん張りました。

「嘉助、うなも残ってらば掃除そうじしてすけろ。」一郎が言いました。

「わあい。やんたぢゃ。きょう四年生ど六年生だな。」

 嘉助は大急ぎで教室をはねだして逃げてしまいました。

 風がまた吹いて来て窓ガラスはまたがたがた鳴り、ぞうきんを入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。

2021-03-10

内向型・HSPという概念に触れて

ずっと世の中生きづらいと感じて生きてきました。

無理してるとわかっていても対処の仕方がわかっていませんでした。

正直メンタル崩壊気味でした。

そんなとき内向型・HSPという概念に触れて少し楽になった気がしています

関連する書籍をいくつかよんだので私の中で消化するため書き出そうと思います

一冊目:内向型人間からうまくいく(カミノ ユウキ

この本の紹介記事たまたま見かけたことが内向型・HSPを知るきっかけでした。

まさに私のことだと腑に落ちて続きが気になり即購入しました。

漠然と感じていたことや私の行動や他の人の行動に納得がいきすっきりしました。

私が無性に一人でいたくなるのは一人の時間エネルギー回復するためだし、逆に私は疲れ切ってしまうような他の人が勧めてくるストレス発散法のみんなでパーッと遊ぶことは人と関わることでエネルギー回復しているからでした。

無理に外向型になろうとしなくてよくて、内向型にあった動き方をすればよかったんだとわかると楽になりました。

「予定がない予定」を作るは目からウロコでしたし、気になることは外に書き出してしまうもよさそうです。

他にも色々ありますが一つ一つ試していけばうまいやり方が見えてきそうです。

二冊目:ささいなことにもすぐに「動揺」してしまあなたへ。(エレイン・N・ア-ロン)

一冊目の参考文献の本でHSP提唱した人の本でした。

内向型とはHSPとはをより詳しく書かれています

自体結構古いですし他の書籍でも内容が要約されて同じようなことが書かれてることがありますが、読んで損はないです。

もっと早くこの本に出会っておきたかったです。

三冊目:HSPうつ 自己肯定感を取り戻す方法高田 明和

医者である著者の体験談が随所に盛り込まれているのですがところどころ胡散臭く感じてしまいあまり納得できない感じでした。

精神科でのうつなどの治療対症療法しかなくて根本解決するには考え方の傾向を理解対処法を身につけるしかないというところは納得しました。

四冊目:「敏感すぎていつも不安なのはHSP」かもしれません(長沼 睦雄)

著者がHSPに熱心らしい精神科医でHSPとは別にHSSという概念にも触れていてそこは参考になりました。

でも残りの部分はなんか薄っぺらいというか違和感のある内容でがっかりでした。

五冊目:内向型を強みにする(マーティ・O・レイニー


一冊目の参考文献で程よく詳細でよいです。

内向型として外向型の人たちとどう付き合えばよいかがより詳細に書いてあり参考になりました。

消化しきれていないのでまた読み返して一つ一つ試していけたらと思っています

六冊目:静かな力 内向型の人が自分らしく生きるための本(スーザン・ケイン

HSPで調べると有名な著者みたいです。

私のミスなんですが中高生向けの内容の本でした。

「内向型人間時代 社会を変える静かな人の力」のほうが一般向けみたいです。

内容は納得できることばかりで十代の頃にこの本があればと思ってしまいました。

おわりに

書いててやっぱり思いましたが読んだ内容がちゃんと頭に馴染んでおらずまだ消化しきれてないです。

特に良かった一冊目と五冊目を読み返しながら一つ一つ試して効果を実感できたらいいなと思います

また自分のために書いたものですがこんな乱文が誰かの役に立てばうれしいです。

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