はてなキーワード: ヌードとは
セックスシーンのない AV ばかりになって、ヌード的な描写だけで興奮しろというのは酷だ。露骨度の低い性描写で興奮するのに慣れると、日常生活で薄着の女性を見たときに同様の反応を喚起しやすくなってしまう。社会にとっても危険だ。
夢精で済ませばいいよ。
実際、可能性としては「性欲は結構あるしムラムラするけど、逆に理性を高めて邪心を抑える」って方法も、ないとは言い切れないはず。
同級生って未成年も想定しているだろうか。イマイチ自信がないが現時点の個人的な理解では、尊厳の考え方は、クラス全員の男にヌード写真が出回るのと、クラス全員が彼女の裸を妄想して自慰するのは、実質的には変わらない、とすると思う。
「マスターベーションって具体的に何を想像して行えばいいんですか?」
——…クラスメイトの女子でいいですよ、って答える教師は皆無でしょう。
性的なものが自分の周りに現れることを嫌う人達からすればデコイとなってくれるようなエロ創作物との関係は水魚の交わりみたいな所さえあるんじゃないのか?
バランスを取るために何かが受け皿にならなくちゃいけない。
あるいは、実は子どもの頃から性加害を煽るような文化に囲まれてきたために、恋人以外に眼差しを向けるのに慣れきって—— 増長しているのだとしたら?
どちらがより事後の性欲が高まるだろう?
元増田さんは混乱しておられるようだけど、私も強い衝撃を受けてる。それだけ衝撃の大きい状況にある。そんな中で内省と考察を促す問いかけは、とても重要で意義深いと感じます。いいね!
差別せずに女性の裸やヌードを楽しむことはできるからね。
私のグラビアの頃からのファンの方も、中にはそういう方はたくさんいてフェミニズムの活動も応援し続けてくれている。
男性はみんな脱いでる人を差別してると思わないで欲しい。#フェミニストが脱いじゃだめですか— 石川😡 (@ishikawa_yumi) June 13, 2019
#KuToo で「職業選択の自由があるんだから」とか言ってくる人がグラビアや裸の仕事を悪いことしてるかのように言ってくるのウケる。職業選択の自由があるんですけど😂#フェミニストが脱いじゃだめですか pic.twitter.com/iRv8GYsZJ2— 石川😡 (@ishikawa_yumi) June 14, 2019
これは自由意思だったのかなあ
推しを好きになって約1ヶ月、最も熱いこの時期に「推しの全裸写真を見てしまった」という経験をお持ちの方はいるだろうか?
私の心は衝撃で千々に乱れ、今でもまだ上の空だ。
私が推しを好きになったきっかけは、時間潰しにと見始めた、ある番組だった。
推しは、巧みな会話で場の雰囲気を和ませ、いつも朗らかに振る舞っていた。他の出演者への気配りも忘れず、困っている人がいればさり気なく寄っていって話を聞いていた。カメラの前ではハイテンションな振る舞いが多いけれど、それは努力で得たものであって本来の性格は内気で繊細なのが見て取れた。
キリッとした立ち姿、うつむいたときに見える長いまつ毛、スッと通った鼻筋、形の良い後頭部。全てが美しく、そして何より笑顔が優しくやわらかかった。
私は瞬く間に魅了され、もはや番組を見るだけでは飽き足らず、推しについての情報をネットで漁るようになった。そこで見つけてしまったのが件の写真である。
見た瞬間「これはコラではなく本物だ」と直感があり、次に果てしない疑問が渦巻いた。
それらの写真を見たのは帰宅途中の道すがらだったのだが、あまりに「モロ」な写真であったため、私は素早くスマホのブラウザを閉じ、足速に帰宅した。
帰宅後、家族への挨拶もそこそこに私は寝室に入りドアを閉め、まずスマホのBluetoothをオフにした。ブラウザをプライベートブラウズモードに切り替えたのち、さっき見つけた推しの裸の写真へと再度アクセスしてじっくりとそれを眺めた。
「何故」
私は思わず口に出した。聞きとがめた家族が寝室に入ってくる危険があったが口に出した。疑問を抑えることができなかった。
どうやらそれは元カノ(以降Aとする)が流出させたものらしい。経緯は分からない。付け加えると、Aのヌード写真も数枚流出しているから推しも同罪といえる。
(追記:iCloudからの流出らしい。セキュリティ設定が甘いのを罪と考えるならばこれも罪)
推しが撮ったAの写真は、降り注ぐ日差しの下で裸のAが笑いながら様々なポーズをとっているものだった。上目遣いの挑発的な顔をしながら体にまとったブランケットからチラリと胸や下腹部を見せているものもある。Aの溌剌とした魅力が伝わってきて、流出ではなく、なにかのメディアのために撮られたものなのかと錯覚するほど「健康的」な写真だった。推しの彼女への愛が眩しく感じられた。
ベッドの上に横たわり、カメラを正面から見つめてゆるく微笑む裸の推し。上半身のみの写真で、そのぶん表情がよく見えた。心を許した相手にだけ見せる極上の表情だった。そして本来は秘されるべきものだった。
湯船に浸かる推し。目を伏せてとてもリラックスしている。微睡んでいるのかもしれない。
ベッドの上、裸で横たわる推しの下半身、膝を閉じて脚を持ち上げている。雨の日の午後のような穏やかさを湛えた隠部と肛門。写真の端に、推しの腿の付け根を開くように押し上げるマニキュアを塗った爪がかすかに写っている……。
顔に血が登って心臓の鼓動が早くなり、自分が興奮しているのが分かった。Aへの(筋違いな)怒りや嫉妬と同時に虚ろなやり切れなさが心を支配し、ぐるぐるとねじれ上がり吹き荒れた。
推しが恋人とどう過ごそうが全くの自由であるし、写真を見ることを選んだのは私なのだから、これで傷ついたふりをするのは筋違いだ。
今日までの私は、推しを崇高な境地に配置して、自分はただ無責任な信者としての立場で崇めていた。自分の日常や欲にまみれた地べたでなく、一段高い雲の上で推しが高潔に微笑んでいることを望んでいた。それなのに自らあんな写真を見てしまった!
先にも書いたが、私か推しに惚れ込んでから今は1ヶ月という時期。皆様も経験がおありだろうが、転がり落ちるように好きになっていく真っ最中でブレーキが効かない1番熱い時期。最初は「かっこいいな、好き」だった感情が「かわいい!何しててもかわいい!全部好き!!!!!」に変わる時期。そんな時期に推しの全裸写真を見てしまうなんて。インターネットは恐ろしい。全裸て。
吹き荒れるこの感情を、自立した大人として社会的に正しいと思われる位置に着地させねばならないが、今それを行うことは難しい。
気持ちを落ち着けるために私が選んだのは、自らをこの手で慰めることではなく、いつもの推しの番組を見ることであった。
あんな写真を見たのは今日の「ほんの一瞬」の出来事であり、番組でお仕事してる推しを見てる時間のほうが長いんだから……そっちで記憶を上書きしよう!ショックを薄めよう!という目論見だったのだが、それは見事に外れた。
特にどうということのない場面、推しがゲストと和やかに喋っているだけのシーンを見ても「んんん、でもこの服脱がせたら左の乳首のキワに小さいホクロがあるんだよな」とか思ってしまってもうだめ。不埒な思いを頭から振り払い画面に集中しようとしても「私はこの人の全裸を見てしまった」という気付きが20秒毎に勝手に脳内に挿入されてくる。全然だめ。
晩ごはんのとき、脳内の妄想を振り払うことに必死でむっつりと黙っていたら、息子に「お母さん大丈夫?顔色悪いよ」と心配された。ありがとう、大丈夫じゃないよ、悪いのは顔色じゃなくて心がけなんだよ。
夫との生活にはなんの不満も無い。
しかし、彼女の豊かで形のいい胸に触れたくて仕方ない。むしゃぶりつきたい。セックスのときもメガネは外さないでいてほしい!!
・客が普通に食ってんのに夫婦同士(店長と店員)がくだらない喧嘩始める(しかも個人店ではなくフランチャイズのチェーン)
・小学校で女子生徒に冗談めかして抱きつく男性教師、男子生徒の局部を(なぜか手の甲で)触る女子教師
・淫行で逮捕されて懲戒免職食らった教師がほとぼり冷めたあとによその学校へ再就職してその後教頭に昇進(しかも公立学校での話)
・高校の運動部で血出るまで、怪我するまで部員を殴る蹴るする指導者が当たり前にいた
・(やった側、やられた側を合わせると)カツアゲ経験率の驚異的な高さ
・課のみんなで風俗旅行(気合入ってるとタイに遠征して幼女買いに行く)
・薄給でいいからとにかく休みが多くて残業少ない仕事に就きたいという価値観がキチガイ扱い
・飲食店のレベルが今じゃ考えられないほど軒並み低く、完食不能なレベルにマズイ飲食店すらそこかしこにあったので外食がギャンブル
・深夜番組でオッパイ平気で出るし発売予定のAVの紹介なんかもしてた(ドラマGTOなんかでは作中でAV流れるシーンもあった)
・精神病院や障害者施設で生きるか死ぬかの虐待が平気で繰り返されてた(そういう闇を題材にした『聖者の行進』というドラマがあり、虐待描写が酷すぎて抗議が殺到したらしいが、現実の事件はこれより全然酷かったという)。
また、精神疾患起因の妄想ではなく、健康にも関わらず陰謀によって精神病院に強制連行され薬漬け&軟禁で人生終了させられた人がマジでたくさんいた。
・反社と強い関わりがある、のではなく反社そのもののベンチャー企業でも上場できた
・過激派の内ゲバでまだ死人が出てたし、革マル系サークルに住み着いた部外者の排除に踏み切った大学学部長が自宅から出た瞬間に角材で滅多打ちにされる事件なんかも
・一般人が被害者の凶悪殺人事件が起きたら芸能レポーターや取材陣が平気で葬式に押しかけてその時撮った映像を夕方のニュースで10分くらい流す
・都心まで20分かつ駅近の下町や湾岸エリアの宅地と、都心まで80分かつ駅徒歩20分の新興住宅地の坪単価が同じだったりした
表現規制の話を見ていると、「私たちは規制を求めていない」「不快であると言っているだけ」「批判をしているのは広告であって作品ではない」「加害行為を誘発する作品は批判されて当たり前」などなど見かけるわけだけど、
そんな人に、ぜひ「昭和天皇コラージュ事件」を知って、考えてほしい。
富山県立近代美術館の企画展で招待された富山出身の芸術家である大浦信行氏の作品にまつわる事件である。
この作品は「遠近を抱えて」というタイトルで昭和天皇の写真と女性のヌード写真などを合成した作品であり、企画展終了後に美術館に所蔵・図録掲載することになった。
ところが、一部県議が不快感を表明し、街宣右翼も抗議活動をした。反対派のある人物は県知事への暴行未遂事件を起こした。
事態を重く見た美術館は肖像権への懸念などを理由に作品を個人に売却、図録は焼却処分することになった。
これに対して大浦信行氏は表現の自由に対して、市民が知る権利を侵害されたとして訴訟を起こした。
原告側は、「作品が他人の権利を侵害したわけではないのだから、部外者の行動を理由に作品の展示を不許可とするのは不当である。」と訴えた。
被告である県・美術館は大浦氏に作品を作るなとも、作品を公開するな、とも言っていない。そして作品を「廃棄」したわけでもない。(図録は処分したが)よって問題ないと主張した。
第一審では原告の主張が一部認められたが、原告被告双方ともに控訴した第二審では「公開すると管理上の問題が発生する可能性があるから」という理由で被告・美術館側の全面勝訴、上告も棄却された。
法曹界では、「表現の自由」の意義を軽視した不当な判決内容である、という評価が一般的である。
この大浦信行氏、あいちトリエンナーレでも作品を発表している。その名も「遠近を抱えて PartII」
そう、あの昭和天皇の肖像を燃やした灰を足で踏む映像作品である。まさにあの写真こそ「遠近を抱えて」である。
大浦信行氏によれば、昭和天皇の肖像を燃やしたのは自分ではなくて美術館だ、ということだ。(繰り返すが作品は燃やされておらず、焼却処分されたのは図録だが)
クリエイターから見れば、作品が燃やされたわけでもなくても、作品の魅力を伝える手段たる図録から排除されることもまた、作品を燃やされることと同等だという事であろう。
まず、80年代辺りからアニメが気持ち悪くなってきたという声が女子の間にチラホラあった。
宮崎勤。
NHK紅白で女性タレントが「ゲーム、ゲーム、」と言いながら屋外で入浴し全国のお茶の間を凍りつかせる。
アラーキーとかいう写真家がヌード写真集で一斉風靡。「エロスではなく、女の自意識を映し出している」的な評価を読んだ事がある。
ギルガメッシュないと、人気を博す。
ブルセラ。
美少女仮面ポワトリンなんて如何わしいタイトルの番組がなんか人口に膾炙するようになり、「前番組、ちゅうかなぱいぱいなんてタイトルでよく企画を通ったな」と思っていたら、美少女戦士セーラームーンとかいうタイトルのアカンやろ豪速球が直撃。
恋愛シミュレーションゲーム、ときメモが大ヒット。
援助交際。
エヴァが社会現象となりアニメブーム到来。セーラームーンのヒットに気を良くしたテレ朝、「アニメ大好き、テレビ朝日」とCMを打つも深夜アニメが鳴かず飛ばすで深夜アニメから撤退。
エロゲブーム。むしろエロ要らないとさえ言われる。萌えの誕生。
CGアイドル登場。「現実の女性と違って老けない。そしてスキャンダルを起こさない」と芸能プロダクションから期待されるも鳴かず飛ばず。
A女E女、1年もたず。
就職氷河期、到来
写メ、登場。カメラが手軽に扱えるようになり、行為後にパートナーを撮影するというカメコでもやらなかったような変態文化が誕生。
初音ミク。
「神調教」とかいう、「生娘シャブ漬け戦略」に通低する最低な表現。
女性専用車両。女性がインタビューに「これで安心」と答える内容の、ブスが喜んでると言わんばかりのキャプチャないしコラ。
インリン。
「ハイエースする」とかいう、「生娘シャブ漬け戦略」に通低する最低な表現。
壇蜜。
宇崎ちゃん。
おたく特有ってわけじゃないのや、おたく関係ないのが結構ある。
追記:
韓流ブームを忘れてた。初期のヨン様ブームに対して、当時の中年女性がそれを牽引してたイメージがあったせいかな。
女子の間に森高千里のファンを気持ち悪がる風潮もあったな。なんだったんだ、あれ。
多感な時期に志村けんのバカ殿様とか家族と一緒に見てたかもしらん。不思議なことに、俺はひょうきん族を見るようになってからドリフ関係はさっぱり見てないので、バカ殿を本放送で見たことがない。
あと、
ヌードでもパンチラでも無い、R18要素の無いただのイラストがエロw
表現の規制戦士さんってどうして異様に性的な描写(二次元に限る)に敏感なんだろうね
やっぱ自己愛性人格障害なんだろうか
会社勤めのクリエイターをやってる。表現規制の中作るのは当たり前で表現の自由戦士達がこれを規制したらディストピアがやってくる!みたいな言説に違和感がある。
そもそも誰かのクレームでガイドラインが動く事はあまりない。最近だとEUやアメリカの法案でコンテンツ規制の物があるからそれに合わせたりする(エンタメ会社勤めリーガル担当みたいな増田がいれば詳しく書けるはず)
炎上で表現規制があったすればそれは本当に誰かを傷つけ怒りを買ったからだ。
赤松健とかクリエイターの自由戦士いるけれど商業で作っている人は規制の中でやるのは当たり前。陰謀論的に「国に規制されてしまう!」と騒いでるだけだと思う。仮に表現規制法案を日本でやろうとしたら大騒ぎになる。
ワンフェスやコミケで同人を作る人達も慣習を破って目をつけられるのが嫌なのでルール破りは嫌われている。
たわわの問題は作品よりも広告、出版業界の業界体質だと思う。昔から露悪的で目立つために手段を選ばない。見るに耐えない中吊り広告とかずっとやっていた業界。TVやゲームといった後からできたメディアの方が自主規制組織がちゃんとしている。たわわは広告と出版でバズりたい気持ちが先行してしまったのではないか?
もう一つは作品自体のヘイトの問題。たわわは後から出回った切り抜きで嫌悪感を強くした人が多いが宇崎ちゃんはweb広告大量投下などサバサバ女並みにヘイトを貯めていた。
人権、ジェンダーが古い物は正直もう面白くない。風呂覗きや理不尽なイジメがあるドラえもんとか。オタクの嫌いな山崎貴の3Dドラはそういう空気を煮詰めたもの。子供向けの作品であるドラえもんは新しい表現を模索すべきで古き良き哀愁で観客を楽しませようとすべきでない。
80-90年代の露悪的エンタメに戻りたいと思わない。未成年ヌード写真集が本屋で売っていたりコンビニにエロ本を陳列する事が正しいとは思わない。シンエヴァの結末が優しい物になって満足している。昔の作品は嫌悪感で目立ってやろうという物が多かった。今はネットでどんな作品でもレビューが付くのでそういう時代ではない。
表現の自由戦士達がアニメアイコンで怪気炎を上げているのはミソジニーの発露?本気のペドフィリア?ポルノ愛好家?全て構わないし作品の愛好は自由だ。好きに作品を楽しんで欲しい。
幹線道路のエロ本屋も無くなって欲しくないしdmmも見続けたい。エロゲをやって同人誌も読みたい。
広告屋のバズり欲で作品が規制されるのでは?という気持ちはあまりない。
ただ騒動で変に創作側が注目されてしまうのはよくない事だと思う。
彼らは目立つために手段を選ばず誰かを攻撃する事もいとわない。
広告やメディアの表現が自由だ、と言う奴が一番許せない。似たような手段で儲けているのだろう。クリエイターの金を吸い上げていて作り手の事は何とも思ってない。
この時に修正が不要だったものが要は児童の裸だったそうだ。当時の制度で子供の裸は違法にならなかったのだろう。子供のヌード本は出しても問題なかったのだろう。
無修正であることに重きを置いていたスケベどもは無修正なものが欲しかったらしくロリコン物にどんどんと流れていったそうだ。
確かに昔のとんねるずのコントで当時小学生だった安達祐実をパンツ一丁にして石橋に迫らせるネタやったり赤ちゃんのおむつ変えを普通にお母さんがテレビ放送の中でやってて
木梨が「これモザイクいるんですか?」っていうのがギャグになってたわけで、当時はそういう認識だった。
小学低学年くらいの子ども(男女問わず)が裸になったりお尻出したりは割と普通で、見てる側も大して問題視はしていなかった。
俺が小学生の時に1年生の出し物で子供はみんな上裸(男女とも)というのがあって、一人の教師が「いやこれさすがにまずくないか?」って言ってたのはよく覚えている。
子供が裸になるということが問題視はされていなかったが当時すでにそういうのに興奮するスケベエはいたということでもある。
この時の子どものヌード本が売れた時期がロリコンブームとか言うらしい。
この言葉は男性がこぞってロリコンに走ったような響きだなと思っていたんだが、ふたを開けてみたら制度の設計に欠陥があってその抜け穴を通るとロリコンの本ばかりになったという事なんだよな。
この辺詳しく調べた本とかないのかな。