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はてなキーワード: 社会学者とは

2018-07-22

苗字を変える方法

社会学者・日村ハインリヒの広域調査によると、

日本人の3割は自分苗字に自信が持てていないという。

調査を行った日村自身も、自分苗字を変えたい気持ちが強く、

「ひむら」の「む」の響きが陰鬱だそうだ。

苗字変更するには親に離婚してもらうのが手っ取り早い方法ではあるが、

一字変更については、この国では簡単な手順で行える。

一字変更とは、その名の通り苗字の一時のみを変更する方法である

「山田」という苗字がありきたり、被る、などでで変えたいと思っている人は

「やまだ」から、「はまだ」などに変更できる。

2018-07-18

ハッピーシュガーライフ宮崎勤事件

宮崎勤事件というのがあって簡単に言うと小児性愛オタクが幼い女児連続誘拐殺害などなどをした事件で,世間オタク犯罪予備軍というオタクロリータに対する蔑視確立させた出来事なのだけれども社会学者大澤真幸犯人動機小児性愛ではなく幼少期の身体障害祖父の死に際する独特の認識に基づくものだというアプローチを取っていて,ここで犯人は「おっかない・甘い」という指標に基づき,これを絶対的ものとして犯行を行っていた.

ハッピーシュガーライフという母親から異常な形の愛を注がれた故に愛を知らずしかし執着し他人と付き合っても楽しいとは思わない主人公さとちゃんが何らかの成り行きでしおちゃん(知らない人の子供)の首を締めようとしている母親イーゼルで殺してノコギリで解体し,生き残った二人で楽しく甘い生活を送るパーソナリティ障害(シゾイド境界性)についてのホラーアニメでも主人公は苦い・甘いという指標に基づいて行動していてこれもなんだか似た構図が展開されている気がしたのですよ

cf: 山内春光 「今田勇子から宮﨑勤へ」https://gair.media.gunma-u.ac.jp/dspace/bitstream/10087/6081/1/01_%E5%B1%B1%E5%86%85.pdf

2018-07-12

anond:20180712164026

他の社会学者にもあるからと言って、上野の不誠実なスタンス肯定されえない。

こんなのを「本物」であるフェミニスト」って、これ以下のクズしかいないんでしょ?

そんな思想必要あるか?

anond:20180712163800

このぶっちゃけには驚いたが

社会学者には多かれ少なかれあるんじゃないか

2018-07-03

高プロ法案の先の未来って1930年代日本だよね

東大だかの社会学者が書いた戦前日本の、今で言う勝ち組増田クラスエリート(現在で言えば700〜1200万くらいの年収の人たち)の家計収支から当時の物価経済状況と合わせて考察しながら

当時のアッパーエリート生活を調べたがある

ちなみに現在年収格差は約二倍程度と言われてるが、1930年代当時の年収格差はなんと驚異の350倍(年収300万円以下が国民の97パーセントくらいで残り3パーセントが平均年収11億の計算)

増税に次ぐ増税対象となった家庭の家計崩壊していく様が手記と家計簿が淡々と記録が書かれていく様が物凄い無機質で怖い

そして彼は、破産して会社(今でもある某財閥商社)をクビ(しかロックアウト)になった挙句徴兵を迎えて戦争

その後どうなったかは気になる増田図書館へ探しに行こう!

下手なホラー映画小説より背筋が凍りつくからおすすめ

2018-07-02

anond:20180702220530

記事を読んだけど、シロクマって変な方向行ってね?

なんでダメ社会学者みたいな記事書いてるんだろう、って思った。

まあ、おもしろいかおもしろくないかで言ったらおもしろくないかな。

2018-06-03

anond:20180603233125

あー、ゼロ年代サブカル批評みたいなの、あったなあ。

エヴァとか、すげえ熱心に分析する社会学者かいて、あの頃から正直ついていけない感があった。

と思ったら、外国にも熱心に語っている人がいて↓

https://youtu.be/kvvUiXc6m7U

しかも近年だ、これ。

あの頃の、何とも言えない気持ちが蘇ってくる。

2018-06-02

anond:20180602165403

とても似た内容のことを、とある社会学者が書いてましたね。

2018-05-01

社会学に詳しくない、社会学とは別の分野の研究者が、社会学知識が足りないことに起因する問題を抱えた文章を書いた」

なんて社会学は悪くないどころか社会学が貢献できる場所証明みたいなものだろうに

短絡的に社会学者ガーにしていいとはとても思えない。

普段社会学でアレ案件が多いのはわかるけど、だからって言って良いことと悪いことがあろうに、と思う。

2018-04-26

女子高生性的コンテンツになったのって、あの社会学者のせいだよな




2018-04-05

学歴能力関係あるのか。

親戚のおじさんは大手銀行高卒地方公立校)に入ったりや短大卒で地方テレビ局テレ朝系列アナウンサーになった人も知っているが大卒の人と大差ないように思える。どちらも今は一流大卒では無いと入るのは難しい。

あとアート世界特殊だが地元アート大賞は中卒もいれば東京芸大博士卒やFラン美大の人まで受賞している。

アカデミック世界でも好きな有名な社会学者の人はいるが本人は早稲田第二文学部も落ちて3流大へ行き今は関関同立大学助教授をしているそうだ。

あと学歴ある人は文章など情報処理能力は凄いと思うが発想力などは大差ないように思える。

2018-04-03

科学者が本当のことを言わないのは社会学者だけの話じゃない

科学者の端くれ増田より。

上野千鶴子が「私は嘘はつかないけど、本当のことを言わないこともある」って言ってたのが発掘されて叩かれてるらしい。

https://togetter.com/li/1214735?page=2

この件で上野千鶴子あるいは社会学者は信じられないとか言ってる連中がいるが、自分に都合の悪いデータ自分から喋るのが学者の真の姿だと思ってた連中のほうが驚きだよ。

上野千鶴子研究や主張については好き嫌いあるだろうからここでは議論しない。

かと言って自分研究分野の話をして叩かれるのも嫌なので、皆大好きで叩いたら逆に袋叩きにされる山中伸弥教授を例に出そう。

iPS細胞再生医療への応用が期待されているんだが、実現には結構壁がある。山中氏はiPSの欠点不都合データを仔細に把握しているはずなんだが、そのことをマスコミの前でベラベラ喋ったりはしないだろう。莫大な予算を取る時だって一々不都合な事実を申請書に書き連ねたりなどしないし、ましてや難病患者たちの前で(応用の日程表をそれなりに把握しているにも関わらず)あなた達を存命中には助けられない可能性が高いなんて話をしたりもしない。

これは科学の欠陥でもあるんだが論文だって自分たちが発見したもの欠点をだらだら書いたりしたらその論文重要論文だとみなされなくなっていい論文誌に通らないだろう。だいたい数学以外は100%完璧データ解釈なんてないんだから厳密にやろうとしたら論文は「~かもしれない」だらけになってしまう。嘘をつかないように工夫しなたら基本的にはポジティブな面を強く推す。例外的欠点を指摘するのは、その欠点解決する、補う研究を既に進めているときで、最終的にポジティブっぽい話にする。

それでも不利なデータも載せるべきだって考えもあるんだが(これはデータ改ざんとは全く違う、論文ゴミデータ載せるかって話)、それやると結局不利益になるんで、自分研究欠点が見えないポジティブ馬鹿がどんどん偉くなるっていう歪な構造になる。

から本来研究欠点があるのなら他の人がそこを突っ込んで、元の研究擁護する人はそれにさら反論してって形で進めていかなくてはならない。当然いい研究なら誰もが突っ込むようなところは最初から補強するんだけど、いくら補強しても真面目に応用まで考えてる科学者なら自分研究欠点が見えてきちゃうものだ。(本当に完璧発明をしたら論文より前に特許とって会社を立ち上げるかもしれない。)

報道しない自由」なる言葉を使う連中もそうなんだが、最初から自分に都合の悪い情報も全部話せなんてのは都合が良すぎる。だいたいそういう奴らは自分相手の言い分を良く調べて批判するコストを省いて、相手が挙げた自分欠点を指摘して、「じゃあお前駄目じゃん」って結論にして納得するんだろう。政治家だって報道だって学者だって自分に都合のいい話しかしないのは当たり前のことなんだよ。相手の言い分を鵜呑みにしたくなければ、相手人格批判するんじゃなくてちゃんと真面目に議論しろ。できないなら「言ってることがよくわからなかった」「言ってることは理解したが、どこかに論理的欠陥や例外がある気がするので説得はされない」くらいの認識にしておけばよい。

科学者は「真実を語る人」ではないし、そう信じるのはそもそも科学的な態度でもない。こう言うとショックを受けて「じゃあ科学なんていらない」なんて言う人も出てきそうなんだが、それでも宗教よりはマシというのが大部分の人の見解だと思う。

anond:20180403130050

社会学者ウソはつかないが、真実を話さない。

公文書改竄は、真実を後から隠ぺいする。

順番が違う。

2018-02-19

anond:20180218204936

業績については「研究者としての実績」に絞ってとりあげた。ただ文系若手研究者増田とは、「研究」の捉え方自体が随分違うようだな。

理系研究者を名乗るには必ず「まだ誰もやっていない新しいこと」を研究する必要がある。

文系でも同じですが。研究という営みの本質文系理系も変わらんでしょ。お作法がかけ離れているか相互理解が難しい局面があるだけで。一部の理系研究者の「お前ら文系研究とは何なのか正しく理解していないのかもしれないが~」みたいなナチュラル上から目線はほんと何なの?(あと、仮に百歩譲って理系文系で「研究」の本質がまるで違っていたとして、なんで問答無用理系の方が標準的であり正しいものなのだと思えるの?)

もちろん理系でもレビューや著書を書く人もいるが、それを皆がありがたく読むのはその人が最前線研究をしていることが前提だ。

いや、レビューオリジナル研究業績じゃないってのはその通りだけど、著書はオリジナル研究業績(でありうる)っしょ? 何度も言うけど三浦瑠麗論文や著書は読んでないので、どのくらいオリジナリティがあるのかは知らない。ただ文系では研究書は立派なオリジナル研究成果だ。博士論文書籍化なんてその典型。もちろん一般向けの本とかを書くひともいて、一般向けと専門向けの中間みたいなレーベル典型的には講談社選書メチエみたいなやつね。パンピー向けの概説書とガチオリジナル研究成果が混在してる)もあるから、そこにはグラデーションがあるわけだけど、著書がオリジナル研究成果じゃないというのは不当な言いがかりでは。

ひょっとして文系研究書とか見たことなくてどんなことが書いてあるかイメージ湧かない?(いや別に異分野の研究書を読んだことないのは悪いことじゃないけど、実物を知りもせずにイメージだけで語っていいんですかね、「理系」ってのはずいぶんと気楽なもんだ、と嫌味のひとつも言いたくなる)

理系から視線として、博論を除けば日本語レビュー啓蒙しか書いていない三浦瑠麗は「最先端研究者」とは見られない。

から、私そこは否定してないよね? 三浦瑠麗個人研究者としての資質をあげつらうならどうぞご自由に。私だって彼女政治学者として素晴らしいなんて微塵も思ってないし、私の知ってる(まっとうな)政治学者彼女学者として評価してる人なんて見たことない。でも和文は業績じゃないかのように扱うのはやめてね、っていうのが私の指摘の趣旨ですよ。彼女雑誌に書いた文章が全部レビューだってのは、ブコメでkyo_juさんが指摘したことであって、元増田最初和文しかない」ことを問題にしていたよね? そう言われたらそりゃ「和文でも立派な業績になりうる」と反論するに決まってるでしょ。「言語を問わずレビューしか書いてないなんて研究者はいえない!」という主張ならなんの異議もなかったよ。

いずれにせよテレビ研究者枠にはもっと実績積んでバリバリ研究している(あるいは過去にした)人を呼んだらどうかという話にはなる。

そこに関しても私はまったく否定してないよね。和文論文研究業績であり、また共著が研究業績としてカウントされないことは不当である、と言ったけど、三浦瑠麗の業績が学振PD東大講師、あるいはテレビ出演者にふさわしい立派なものである、とは一言も言ってない。あんなのを東大講師にするなら私の先輩たちに職を用意してやってくれよ、と思うし、テレビに出ずっぱりの「学者」がマトモな学者だった試しなんて滅多にないよね、とも思うけど、そんなの私や「文系」あるいは「政治学者」に言われても知らんわ。東大の人事は東大問題だし、テレビがロクに論文書いてない若手を連れてきて「社会学者」や「政治学者」としてチヤホヤするのはテレビ問題言論人として活動してる人を肩書だけ見て研究者と誤認するのは視聴者リテラシー問題でしょ。理系学位肩書がそういう怪しげなショーバイに一切利用されてないってんならともかく、現実には医学博士号を利用してニセ科学撒き散らしてるひととかいるよね。アカデミアが自由開放的性格を維持していく上では、アカデミアのハクを利用してそういうことをする人たちが出てくるのはどうしても避けられないんじゃね、って私は思うけど(まあ、アカデミアでは全然相手にされてませんよ、と表明する責務くらいはあるかもしれないけど、それはもう色んなひとがやってるよね)。

文系増田日本研究者日本語論文が読まれないことの解決策として日本語論文の良さを英語論文内の引用アピールするという案を提案しているが、理系から見たら不効率まりない。一つの研究分野に標準言語がいっぱいあったら世界中学者言語習得に苦労するだろう。

うんだから文系研究者が色んな外国語勉強してるのはそういう事情があるわけ。たとえば西洋古代史を研究するんなら、まあ英語に加えてフランス語ドイツ語研究文献を読めないと話にならんわなぁ。一つの研究分野に標準言語がいくつかあるのは文系だと割と普通で(古代中世に関する研究だと権威ある学術言語がいくつもあってどれかひとつに決められなかったりするし、複数国にまたがる地域や事例を対象にしている場合なんかは一意に定めることが不可能なのは流石にわかってくれるよね?)、その中で日本語地位が低いことをどう捉えるか、だよねぇ。

これに関して、日本語を諦めて別の言語で書くべきだ派と、日本語地位を高めていくべきだ派と、日本アカデミアを最優先に考える派(これが実のところ多数派だろうねえ)がいるんだなと私はぼんやり思ってる。私が見ている範囲では、現代日本文系研究者多様性は、アメリカイギリスほどじゃないにせよフランスドイツロシアとは肩を並べられる水準にあるんじゃないかな。日本史英文学からアフリカ人類学オセアニアの少数言語中央アジア歴史、とあちこちの分野に手を伸ばしていて、アメリカ人フランス人ドイツ人がそうできるように、自分たち言語でそれらの分野の最先端研究成果を手にすることができる。東アジア中央アジアからは、自国のことを研究するために日本に来て日本語博論を書いて自国教授になるひともいるんだよ。これは、欧米人が読めない・読もうとしないってだけで捨て去るには勿体無い環境だと私は思うけども。

もちろん、日本研究を専門としていない欧米人日本語をわざわざ読ませるのは難しいだろうけど、たとえば日本論文につけられた欧文要旨なら彼らは読めるし、和文で書いたもの翻訳して欧米人にも読めるようにしている研究者だっている。どうやら俺らには読めないがチェックすべき先行研究日本にはたくさんあるようだ、と彼らが認知すれば、いずれ彼らの側から、じゃあ日本語読めるやつに翻訳してもらおうとか、そういう話が出てくるかもしれないし、せめて「読んでないけどこういう先行研究があるらしい」と書かれるようになるかもしれない(これは重要なことだよ。「気づかれない」と「読まれない」はぜんぜん違うんだから。この辺はウンベルト・エーコが書いてたな)。地位向上って、そういう積み重ねの上に成り立つものだと思うんだよね。

こういうプロセスって、文系だけじゃなくて理系にもあるよね。たとえば、優れた魚類学の論文アメリカ人日本語翻訳してまで読みたがったとか、和文論文をチェックしなかったせいでアメリカ人が大損こいたとか(http://shinka3.exblog.jp/8059554/)。それに英語が標準言語になったのは、せいぜいがここ半世紀程度の流れにすぎない。その前はドイツ語とかフランス語とかロシア語とかも有力言語だったけど(たとえば、ちょっと前にサザエの新種記載がされたときは、18世紀フランス語の本が引用されてたよね→https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id468.html)、英語頭角を現してきて残りの言語は標準言語とは見なされなくなっただけで、別にからずっと英語が標準言語だと決まっているわけじゃないし、今後もそうなるとは誰にもいえない(数十年したら欧米人中国語で作文するようになるかもね。そうなったら英文業績しかない人が「中文論文を書いてないなんて!」と馬鹿にされたりするのかな)。日本産動物種の研究だと英語論文和文論文引用されてるのもちょくちょく見るし(網羅的にたくさん読んでるわけじゃないので、私の錯覚だったらごめん)、標準言語統一されてないとダメだ! というのは近視眼的見方だと思うけどなぁ。

いくら書いても読まれないんじゃ意味がない、という元増田感覚はわかるんだよ。というかそれは文系研究者にとっても当然のことだと思う(そりゃ全員が意識高いわけじゃないけど、それは文理問わずだよね)。繰り返すけど最近の若手研究者には外国語積極的に発信しているひとが大勢いる。ただ、日本国民1億人が最先端研究成果を自分たち言語で読めて、どんな地域研究だって自分たち言語遂行できる、という環境が、無意味なこととは私は思えない。増田は、日本にまつわるテーマなら標準言語日本語でもいいんじゃないか、と言った(これは良い感覚だと思うので大事にしてほしい)。でもたとえば、ツキノワグマ研究ホッキョクグマやマレーグマの研究と繋がっているよね。日本史研究する上で西洋史探究されてきた研究モデル概念意味を持つことだってある。国文学だって世界文学の中に位置づけられる必要があるだろう。外国政治についてなんの情報もなしに、自国政治改革ができるだろうか? 外国の失敗や成功についてしっかり学ぶためのツール必要なんじゃないか? ジャーナリスト政治家欧州統合アフリカ経済アメリカ大統領選について勉強しようと思ったときに、日本EU研究者アフリカ研究者アメリカ政治研究者がみんな英語論文を書いていて、日本語にはあっさりした概説書しかない、というんじゃ、不便じゃないのかな。そういう意味で、日本語による研究発表は、世界で読まれていないのだとしても、社会貢献としての意義はけして小さくない、と私は信じてるよ。

2018-02-15

anond:20180215032409

それをいうなら大学院生古市憲寿が「社会学者」だったり、芸名で素性のわからない村中璃子がリレー講義で1,2回やっただけで「京大講師」だったりするわけで。

2018-01-07

古市憲寿の代わりに落合陽一を使うべき10の理由

古市憲寿社会学落合陽一は学際情報学で分野は確かに違う。だが、古市憲寿を使うほとんどの場面で、落合陽一の方が良い仕事をすると思う。

  1. 古市憲寿早生まれ1985年まれ落合陽一は1987年まれ落合陽一の方が3学年も若い
  2. 古市憲寿社会学者と名乗るだけの大学院生落合陽一は正真正銘准教授大学院生を教える側。落合の方が古市より3学年も若いのに!
  3. 古市憲寿議論の場で関係ないプライベートなことを持ち出す。小沢一郎離婚について尋ねたり。落合陽一は変人だが効率重視なので、そういう無益なことはしない。
  4. 古市憲寿は今の社会分析する(分析できているとは思えないが)。落合陽一は未来社会を作る。技術は単なる道具。どっちの価値が高いかは明白。
  5. 古市憲寿は、あれ、多分英語論文読み込んでない。落合陽一は読み込んでいる。
  6. 古市憲寿社長じゃない。落合陽一はピクシーダストテクノロジー代表取締役社長
  7. 古市憲寿越谷北高出身落合陽一は天下の開成高校出身
  8. 落合陽一は、博士号研究科で初めて早期修了で取った。古市憲寿は、その博士号すらまだとれていない。
  9. 優秀な博士課程の学生お金を出す学術振興会特別研究員制度というのがある。落合陽一は、博士課程在籍時にDC1というのを取っていた。古市憲寿はまだ博士課程の学生である上に、それすら取っていない。
  10. 落合陽一は大学の同じ学年内で最優秀の学生に与えられる筑波大学学長賞を取っている。古市憲寿慶応SFCAO入試卒だが、学長賞など取っていない。

2018-01-02

社会学者職業に貴賎はない。だが威信はある」

いや、それ貴賎ですし、差別のものですよね。

2017-12-30

ストロングゼロ呑みながら日記

[日記][ストロングゼロ]

◇day 0 [2017/12/29(fri)]

 これは最近気づいたことだけど、どうやら自分ウォッカが苦手みたいだ。

 それは味だとか、喉越し云々という意味ではなくて。……酩酊手段として、ウォッカを使うのは自分にとっては劇薬を呑むのと相違ない。

 1口目でほろ酔い

 2口目で顔が火照る。

 3口、4口、――飲み干した頃には、へいお待ち、酔っ払いの一丁出来上がりだ。

 まあ、兎にも角にも、二〇年にも満たない自分人生の中で、ウォッカという酒は様々な失態を寄越してきた。

 それはその、「二〇年にも満たない人生」のほんの一部を振り返ってみる日記だ。

 自分みたいな人間はこの世の中に腐るほどいるとは思うけれど、とりあえずは書いてみることにした。


 先に自己紹介

 自分都内大学に通う大学二年生。

 飲酒歴は七年程度。酒は中一から飲み始めた。でも毎日のように飲み始めたのは高二くらいからだったから、きちんと数えるなら三年ほどになるか。煙草もちまちま吸っていた。

 そのことについても適当に書いてみるつもり。

 毎日ストロングゼロを呑めるだけ呑んで、酩酊の中書いてみるコンセプトでこの日記は進めていこうと思う。

 と、日記を書き始めるその前に、最近放映していたnhkでの社会学者水無田気流さんの若者孤独感についてのコメント引用してみる。

「誰かに反応してもらわないと自分存在していないかのような、新しいタイプ孤独感を抱えている人たちは増えていると思う」


 つまり、これは自分のことである

 かつての自分だったら、きっとこんな孤独感はなかっただろうけれど。

 今の自分は、まさにそれだ。

 だからこの日記を書く理由もたぶん、誰かに反応してほしくて、自分存在存在たらしめたくて、書いている節はあるのだ。不純な動機日記というわけだ。

 この日記自分成人式となる一月八日まで、つまり一〇日間に渡って書き進めていくつもり。

 それを一日遅れで載せていくつもりだ。

 年末年始ささやか暇つぶしから適当に進めてもらうといいかもしれない。

次回の日記

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