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はてなキーワード: 生意気とは

2018-02-24

なんとなくチャーリーとチョコレート工場見て

中盤で生意気女の子の体が膨らむシーンでなんかすごい興奮しちゃったんだけど

新たな性癖?に目覚めてしまったんだろうか…

10歳の頃から父親暴言怒鳴り声がしんどくて家を出てきたんだけどそれを友達に言ったら「普通家族じゃない?」って言われてきつかった

お前は死んでたらよかったんだとか俺が稼いだ金だぞとか俺の家から出てけとかなんかそういうのを大声で言うし

反論すると「お前は生意気だ!」とかで封じてくるしで

しんどい

2018-02-19

anond:20180219194009

こういう発想の人って一定数いるけど本気か?

私は産まない、じゃねーよ

老後お前を支える税金を納める若者を産んでくれてんだよ

更には何も出来ない生意気赤ん坊大人になるまで育てるんだぞ?

この時代女が働かず子育て資金どうやって工面すんだ?

何が会社迷惑だよ

でも自分意思で作った???

子供は授かりものだぞ

好きなタイミングで出来るもんじゃねーんだよ

頑張って頑張って出来たタイミングがそこだっただけだろ?

将来病院介護も全額自己負担年金も受け取り拒否するんか?

ちなみにお前が今払ってる年金自分への貯蓄ではなく現在の老人を養う資金から将来貰えないなら払わないという理屈にならねーぞ

2018-02-18

anond:20180218021901

こうやって、痴漢被害を言ってた女性が、

当たり前のように障害者専用駐車場に停めてたのを見て、全く説得力なかった。

健常者の女性被害ばかりが取り上げられて、障害者のほうが置いてけぼりだわ。

こんなこと言うと、障害者のくせに生意気とか言い出すからなぁ。

2018-02-17

録音した自分声聞いても平気な人いる?

メディア露出とか演者系の仕事やってる人はまぁ平気なんだろうけど、普通の人は耐えがたいだろあれ・・・

何か早口で鼻づまり気味のクソ生意気小学生みたいな声だった・・・

繰り返し何回も聞いていれば、自己イメージ修正されて慣れるもんなのか?

俺が骨伝導で聞いていたイケボは消えていってしまうのか?

アニメ化前の漫画キャラ脳内CVが、アニメ視聴後には全く思い出せなくなるような感じなのか??

2018-02-11

anond:20180211174247

俺は、日本国旗国歌に反対派の人が

子供アメリカ学校に通わせた時に

どういう反応をするのか?

と、

もし、国内国外で反応が変わるなら

根底には、

島国イエローモンキー生意気

という想いがあるんじゃないかなー

ってところに興味があるだけだよ。

第二次世界大戦記憶とか

軍事利用がどうとかは

建前の綺麗事なんじゃないかなー?

という疑い

anond:20180211163953

君が代って

明治時代列強国に習って作曲されたものだし、

作曲外国人も関わってるし

一般的に思われてるほど

神聖ものではないんだよなー

ーーー

ついでに言ってしまうと、

国旗だって明治時代に同じノリで公式シンボルになっただけで、

江戸時代までは日本という概念自体なかったんだよねー

国歌斉唱国旗掲揚海外から輸入品って訳、

そういうのに反対してるサヨクって

アメリカ小学校子供を通わせたら発狂するのかねー

それとも、島国イエローモンキーがやるのは生意気から反対してるの? 笑

2018-02-07

子供を作りたくない男の愚痴

ある女性と4年付き合って、そろそろ結婚かなー、なんて考えてる30手前の男です。

ちょっと疲れがたまって愚痴りたくなったので書かせてください。


子どもがとにかく欲しくない。

結婚しても絶対子ども作りたくない!

俺は、子ども、いりません!

なーんて幼稚に叫んだけど、マジで結婚したら子ども作ろうなんてカケラも考えてないどころか絶対拒否

結婚する前によーく話し合って、彼女がどうしても子ども欲しいって譲らなかったら別れる覚悟までしてるレベル

結婚の話はちょくちょく出してもその後の家族計画まで話すことは滅多になかったからびっくりするかもな。

まあ結婚を目前に捨てられた30女のその後を考えるとちょっと申し訳ない気にはなるが、そこは譲れないもんで。

閑話休題

そもそも、なんで子ども欲しがるの?

子どもってそんなに可愛いか?

単に俺の性格かもしれないが、俺は赤ちゃん子どものたぐいを可愛いと思えたことがない。

生意気でうるさくてバカで、迷惑で手がかかるばかり。

いや、親からすればそういうのが可愛いのか?じゃあそう思える人だけ子ども作ってくださいな。

子どもギライが子ども作って、愛せなかったら批判されるのはこっちだ。だったら最初から作らないってのが筋だろう。

それでなくても子どもは面倒だ。服、食い物、家具風邪を引いたら医療費が、金がとにかく山のように吸われる。それ以上に過酷なのが時間が吸われることで、子どもができたらその後何十年も俺たちは子ども奴隷子どものためにあれをする、子どものためにこれをする。そうしなきゃ叩いてくるのはお前らだろう?俺はそんなのまっぴらだ。

子どもができた途端に夫婦仲は険悪になりイライラストレス喧嘩が絶えない。さら子どもをめぐるトラブルは、絶対に夫が勝てないクソ仕様だ。お腹を痛めて産んだ母親意見尊重しなけりゃこっちが悪者。そんなにイライラするなら最初から作るなって。

それらを差し置いてもやっぱり一番でかいのは、ネットに棲んでる奴らが煩いことだ。

妊娠発覚したとき妊娠中。生まれとき自然分娩だの帝王切開だの口うるさい。生まれたあともパパの育児がどうの、おかあさんの心構えがどうのと騒ぎ立て。保育園に入れたり入れなかったり。親の収入子ども勉強。いちいち何かにつけて声高に叩きやがる。そんな今の社会の中で子ども作ろうなんて思える強靭メンタルは俺には無いよ。

世の中の夫婦に汚い呪いをかけてるのは、匿名に乗っかって外から火炎瓶を投げつける野蛮なお前らの方だと気づけよな。

俺は子どもいらないから。そう思うのは個人自由だろう。子どもは欲しい人だけが作ればいいさ。少子化は、すまないが俺以外の幸せ夫婦が救ってくれ。俺は代償として一生セックス射精ができなくなってもいいか子どもはいらないくらいの本気なんだ。

老後の心配子どもを作らなきゃのびのび好きなだけ働けるし、金も自分たちしか使わないからどっさり貯まるんだな。その金でのんびり老人ホームにでも入って幸せ死ぬよ。俺に言わせりゃ、自分たちの子どもに老後の世話までしてもらおうと思ってる奴らの方がクソだね。


てな訳で、俺は子どもはいりません。

彼女がこの考えに賛同してくれるなら結婚したいな、って思ってるけど。

まあ、女ってのは何故だか知らんが、年取ると子どもを欲しがる生き物だからね。

デメリットの方があまりに大きいのに、俺には到底理解ができない。

2018-01-29

anond:20180129212844

まさにこれ。自分でも同じ事する

まあ自分から次の予定は話さないけど

あ、だめだな、と思ってもデートが終わるまでは楽しそうな振りをする。だってデート中に直接「ごめんあんたとは無理だから」って冷たい態度で別れる方がよっぽど酷いと思うから

女は基本、コミュニケーション空気を読む習性が備わっている

世の中をうまく渡っていくためには、好きでもない相手にでもにこにこして、うまーく波をやり過ごすのが女のやり方なんだよ、そうしないと殴られたり怒鳴られたり生意気だと言われたりDVされたりろくなことがない

セクハラした親父を殴りつけたくても「やめてくださいよお」って優しく言うのは、そこで自分が怒鳴ったが最後「なんだ女は生意気な!」ってなるのが分かっているか

そのお相手女性は、増田のことが嫌いだったわけではない。ただ友達としてしか見られなかっただけだ。

それだけでも十分だと思う

本当に嫌な相手なら、デート最後まで機嫌良くしていない。それはせめて、デートの間だけでも増田に嫌な思いをさせたくなかったという彼女愛情でもある。

本当に増田がクソなんだったらLINE文句を大量に投げつけてブロックして終わってた。増田相手に嫌われてはいなかった。恋愛にはならないが、好意は持たれていたと思うよ。

なので増田はめげずに次の相手を探して欲しいと思う

anond:20180128013504

今更そこを気にする?パロディ元ネタになってるゲーム漫画だって、30代40代オタクでないと分からないラインナップのオンパレードでは?そのくらいの年齢でもオタク活動を続けている作者だからこそ原作には最近ネタも混ざっているけども、作品観のベースは一昔前のネット住人的なノリであることを考えると、特に気にするようなシーンではないと思うのだが。むしろ若い子の多くはネタの大半が分からくともフィーリングで楽しんでいるようだし、そのくらいの受容性を見習った方がいいのでは?

 

増田のように、作品中に2ちゃん風やニコ動風の描写が出てくると、決まって「冷めるわー」的な反応をする人が大量にネットに湧くことを我々はもう何度となく見てきた。人はちょっと聞きかじった事があるくらいのネタなら素直に害意なく、なんなら知っている気分にすらなって楽しむことができるのに、「俺はこれをよく知っている」みたいなものに対しては、へんな自意識が働いて、「あーハイハイ陳腐なこった」みたいな思考に陥ってしまう。これははっきり言って下品だし幼稚な思考だが、みんながやっているようにみえるのでなかなか思考を改めようと思う人は少ないようだ。けれど、その「みんな」というのはほとんどが生意気盛りの子どもたちの発言の集合である率が高い、ということを考慮せねばならない。ネットの向こうの顔の見えない人間が、どれだけリアルに幼く、育ちの悪い人なのか、ということに想像力を常に働かせていないと、自分自身精神的に幼くなり、育ちの悪い人間と同様の思考回路が脳に焼き付き、人格的に落ちぶれてしまう。それくらいにネガティブ感性の伝染力は強い。そのことに無自覚で無邪気すぎるネットユーザーがあまりにも多いと私は思う。

 

また、アニメオタクに多いのだが、勝手に高すぎる期待をして、それとは違う表現制作側がすると、クソだクソだと貶す人がネットでは目立つ。もともと他人に対して多くを求めすぎるというのは日本人の悪習だと思っているが、この現象に関しては、「自分の思った通りに作ってくれないと嫌だ嫌だ」と駄々をこねる子どもとなにも変わらない。そこにクリエイティブに対するリスペクトは何もなく、自分作品でもないのに、他人がその人の価値観表現の一端として作っている作品に、自分価値観でもって勝手校正を入れようとする感性は、ただただ醜悪だ。「鑑賞」という行為に対する基本的リテラシーが欠如しているばかりでなく、人間としてあまりにも盲目で、多様な価値観を受け入れられる器を造成するだけの視野想像力が未熟であることを感じさせる。そういう人が客層として少なから存在するアニメ漫画業界において、ポプテピピックが自ら「クソ」を自称していることの意味を、よく考えるべきだと思う。

2018-01-28

anond:20180128170044

お前がバカだ、マジで

性犯罪被害女性たちが「女性だけの街」に住んでいなかったのが悪い、と言われる世界が来てしまうということだ。

その世界は既に来ている。来ているから、現実にはまだ存在してすらいない、架空の街を夢見るしかなかったのが発端のツイだ。

被害に遭ったあげくに「警戒してなかったのが悪い」「服装が悪かった」「誘ってた」「冤罪だ」「男の本能なんだから仕方ない」「加害者だって将来がある、人権がある」「女としての価値を認められたんだ喜べ」「自慢してる」「被害者ぶって生意気」「ザマァ」「ブス、ババアのくせに」と、自称犯罪者ではない善良な一般男性から攻撃が飛んでくる。

犯罪者でない男性だって被害者からすれば十分に攻撃的で恐怖だ。「怖すぎる世界」がすでに現実なんだよ。

2018-01-25

みんなの図書館の思い出が散見されるので私も書いてみる。

子供の頃は家に絵本がたくさんあって(と言っても今思えばカラーボックス1つ分くらいか)、繰り返し繰り返し読んだ。

特に好きだったのははらぺこあおむし。今銀座はらぺこあおむしカフェがあるらしいね。行きたい。

それと通っていたピアノ教室にも貸出可の本棚があって、そこからも借りて読んでいた。「眠れないの?ちいくまくん」(だっけな……)という絵本お気に入りで、今も内容をよく覚えている。このピアノ教室には10年以上通ったのだけど、ここでもたくさん本を借りて楽しかった。特に作曲家の生涯を紹介するタイプのやつは左から順番に全部借りたりしていた。

小学校の時ももりもり読んだ。こまっしゃくれた子だったので、何かとよく出てくるゾロリシリーズ、あれはなんとなく興味がなくて、図書館では偉人マンガシリーズ子供向け小説をたくさん読んだ。

同級生の間では「ミッケ」が流行っていて、私も休み時間に借りてきた子の机を囲んで探したものだ。ミッケって今もあるのかな?あとあやとりの本とハムスター研究レポート怪談レストラン流行ってたなあ……。「ブラックジャック」や「君の手がささやいている」「ドカベン」など、マンガちょっとあって、その辺も人気があったような。

私は自分図書カード(借りた本を書いていく表)を2枚にすることが目標だった。確か1枚で100冊くらいかけたはず。なんだかんだ「マンガ古典」とか、マンガをいっぱい読んでいた気がします。

それとは別に、市の図書館自転車で15分くらいの距離にあったので、毎週通うレベルで行って借りていた。中学年の頃は「ふたごの魔法使いシリーズなどフォア文庫シリーズにドはまりしていたのと、学校で借りた「レベル21」をきっかけにさとうまきこさんの小説がすごく好きで片っ端から読んだ。レベル21に関しては多分10回くらい借りて繰り返し読んだ。

学校ではすぐ読んですぐ返せるマンガ系、市の図書館では1週間かけられる小説を借りるという自分ルールがあったような。

司書先生は覚えていないが、元増田みたいなルールはなかった気がする。性を考える~みたいなシリーズもあって、「エッチな本がある」と生徒の間でも話題になってみんなで囲んだりしたけど、「騒がしくしないの~」としか言われなかった。


中学生の頃が一番読書狂いだったかも。1年生の時はキノの旅が好きだったのと、小さくて持ち運びやす文庫に惹かれて図書室にある文庫本、気になったものを順番に借りていった。

それから友達の影響で乙一にはまっていたのもこのころだ。学校図書館と市の図書館をうまく利用して、片っ端から気に入った小説家の本を読んでいった。江國香織も好きな作家のひとりだったな。嶽本野ばらとか、もうその年ごろドンピシャ好きなものも読んだりした。乙一短編集で読書感想文を書いて学年優秀作品に選ばれた思い出がある。

中学校結構ラノベが置いてあった。西尾維新時雨沢恵一しか眼中になかったので他は覚えていないけど、ジャンプコミックスノベライズとかも置いてあった。代わりにマンガほとんどなかった。基本的には新着図書から選んで借りる日々だった。

市の図書館の方では、市内の他館や県立図書館の本を予約して借りられるシステムがあったので、それも駆使して気になる本はとにかく借りた。借りるだけ借りて読まなかった本もあった。小学生だったか中学生だったか中村うさぎ小説を借りて性描写のエグさにびびりながらも「大人な本を読んでいる私!」と悦に浸っていたような。本当に生意気なガキだった。今では「残虐描写の宝庫」と言われるグリム童話初版とか、「本当は怖いグリム童話」とか、そういうのもたくさん読んだし、村上春樹ジャズ評みたいなのも読んだ。

描写残酷描写はこの時にすっかり慣れてしまった、小学校高学年くらいから読んでいたし、特別何も思わなかった。

借りるだけじゃなく、文庫本ならたまに自分で買ったりもしていたけれど、やっぱりお小遣いが限られる中学生高校生にとって本屋はありがたかった。ハードカバーの本なんてなかなか買えなかったもの。それに本屋にない古い本も読める。最新の本も読める。

高校受験ギリギリまでしゃばけシリーズにドはまりして読み続けて、司書先生に「入試大丈夫?」って心配されたけど、「でも新刊でちゃったし」って返したら「そうよね。気になるもんね」と言われた。

こんな感じで本ばかり読んでいたので、家族には「また本ばっかり読んで!」と怒られたりした。大体の家庭って子供が熱心に本読んでたら褒めない??あまりにも私が本を読みすぎるので、一度怒った父親に市の図書館で借りた本を取り上げられて、返却期限過ぎても返してもらえず困ったことがある。


高校生になると市の図書館にはあまり行かなくなった。というのも高校図書館は一度に5冊まで借りられる上、読みたい本が大量にあったからだ。

その頃は桜庭一樹バチスタシリーズが好きだったので、図書館にあるものは全部読んだ。それからその頃話題になった本は、時間が許す限り読んだ。当時所属していた部活の部室が図書館のすぐ上にあって、部活に行く前に図書館を必ず覗いていた。2年生の時などは担任図書館担当だったため、あれこれ本について話した。

その先生とは別に図書司書先生がいた。しょっちゅう図書館に行くので顔を覚えられていて、ある時すでに借りられていた本の予約をしたいと申し出るとすごくフランクに接してくれた。ついでにこの本の続編が最近出たけど入れる予定はあるか、と尋ねたところ「生徒からリクエストって言えば大体買えるのよ!欲しいものはじゃんじゃん言って!入れるから!」と言われた。そうなんだ!と思ってそれからは読みたい本があるたび司書先生の所へ行った。「先生~あのシリーズ読みたいの~」「オッケー。入ったら担任先生に伝えとくね」こんな感じ。

それとちはやふるが全巻置いてあって、受験勉強の合間に読んだ。千早かるたへの情熱を見ては勇気づけられた。調べもの図書館に行くことはなかったけれど、娯楽のための読書としては本当に高校図書館は最高だった。


大学図書館では、研究のための書籍資料を探すために足繁く通った。ただ、小説など娯楽のための読書生協で買うことの方が多かった。アルバイトを始めて、ハードカバーも買えるようになったからだ。

大学図書館はこれまでの図書館と違った魅力があった。研究のための、その分野の専門書がたくさんあった。それこそアルバイトで稼いだお小遣いでは揃えきれない大型本や古い専門書は本当に楽しかった。


これを書こうと思ったきっかけは、まあ繋がないけどとある図書司書さんのエントリで。

自分図書館体験を振り返ると、本当に恵まれていたな、と思う。親に読みすぎと言われた以外、読みたい本を読めないという思いをしたことがない。もちろん図書館に置いていなくて……ということはあったけれど、大体の場合、他館から取り寄せするとか購入してもらうとか、そういう手段でどうにか手元に呼び寄せた。好きなものを好きなだけたくさん読めた。

そう思うと今の図書館とか教育現場ってどうにも窮屈なのかもしれないな、と思う。

親友小学校教諭になってすごく苦労しているけれど、学校図書館も同じように大変なんだな、と思った。中学生の頃に図書館にあった本を見るに、恐らく同年代だと思う。高校図書司書先生のおかげで図書司書に憧れた時期もあったので、憧れを貫いてその職に就かれたことは本当に尊敬するし、その上で様々なギャップ人間関係軋轢で悩まれていること、とても共感する。(私も司書ではないけれど、憧れの職についたものギャップに耐えかねて数か月で辞めてしまったので……)

ただその司書という職が、子供たちに読書体験の楽しさを伝えてくれること、その後死ぬまで残る財産を築き上げる手助けをしてくれること、身に染みて感じているので、どうか身体を壊さないように、がんばってほしいな、と思います。とても無責任応援申し訳ないのだけれども。

2018-01-23

生意気なのに仕事ができる後輩って

悔しいけど感じちゃうよね

2018-01-19

若者(新卒)に負担かけ過ぎ。

便利な時代になったんだからもっとやれるだろうって新卒仕事押し付けすぎる老害が多い。一人の新卒になんでもさせすぎ。業務量多過ぎだろって思って俺も手伝ったんだが、余計なことをするなと老害に怒られてイライラさせられる。

俺は折角入ってくれた後輩をやめさせたくねえんだよ。なんでアホみたいに仕事回すんだ。能力が申し分ない後輩を生意気とでも思ってるのか?出る杭を打つってのか?

初めて後輩ができたんだけど、ここでいなくなったら最悪すぎる。

というか俺は自分仕事終わって手伝うのの何がいけねえんだ!狂ってないか!?

っていう愚痴だ。すんません

2018-01-18

生きているのがしんどい

生きているのがしんどいと思い始めて、多分だけど15年とか経っている、ちょっとした消えたがりの散文が、つらつらと下に書いてある。

時間がある人はちょっとだけ読んでほしい。そして何か、少しでも意見が欲しい。いろんな考えが知りたい。でも、かなり怖い。

いや、読むのは時間を持て余した人だけでいい。かなり端折って書くけれど、15年くらいの時間を書いていく。きっと恐ろしく長くなる。なんか流行りだからここに書いたけど、きっと読む人は片手ほどで、その中でコメントを残す人を期待するのも間違っているんだろうけれど。なんてったって散文だし読みにくい。

でも、誰でもいいから話を聞いてほしい。私かうすればよかったか、これからどうすればいいのか。無責任で構わないから教えて欲しい。

初めて消えたいなと思ったのは5歳くらいだったと思う。6歳だったかもしれない。

親の都合で転園してきた先で同じ園の女の子に仲間はずれにされた。

ぼんやりしか覚えてないけど転園する前も、仲良くしていたのは女の子ひとりと男の子ひとりだけだったから、昔からまり好かれるような子じゃなかったんだろう。多分、すごく生意気子供だったから。

みんなが可愛いお姫様ごっこセットをつかって、私はなんか地味な、柄のないスカートだけ渡されて、「それもお姫様から使えばいいじゃん」って。キラキラの、可愛い模様がついたフワフワのスカートを我が物顔でつかいながら、私に言うのだ。

先生が「順番ね」と注意をして、真ん中くらいの順番を手に入れたけど、気づいたら割り込みされて最後になっていた。

私の順番は回ってこなかった。

その時に、私はここにいてはいけないんだなと思った。いる価値がないというか、いる事の方がおかしいと言うか、そんな感じ。転園してきた訳だから、仕方ないけれど。それで、早くここから消えてしまいたいと思った。

その時、唯一できた友達は、多分友達じゃなかった。

あれ持ってきて、これ持ってきて。何かを持ってこないと仲間に入れてあげない。そういうことを言って来る子だった。パシリにされていた。

でも、パシリでもすれば一緒に遊べたから、喜んで従った。あまりいいこととは言えない。けれど、一人で積み木で遊ぶよりずっとマシだった、消えなくてもいいと思った。頼られているのだと錯覚した。

小学校に上がって、ランドセルを買い与えられた。普通赤色じゃなくて、少しくらい、ワインレッドランドセル

母親はなんでピンクとか真っ赤じゃないのって言われたけれど、ワインレッドが可愛かった。ランドセルの蓋の裏が、赤系のチェックでとっても可愛かった。気に入りだった。

パシリはまだ続けていた。というか、パシられることが普通だった。

小学生になって、一緒に登下校をするようになった。

なんで変な赤色なの?って笑われた。

それを「可愛かったから」と言ったけど、それは可愛くない!こっちが可愛い!と言われた。多分、その子達に「センスがない」という判定を受けたんだと思う。

パシリにされてて、さらセンスもない。なんとなく流れで、みんなよりも立場が下だった。

ジャンケンランドセルの持ち合いをした時、他の子が負けたらみんなで持ち合いっこするのに、私が負けた時だけ全部持たされて、持つ距離も長かった。挙句、置いてかれた。前に進んでも誰もいなくて、置いていかれたんだと泣いた。おうちも少しだけ離れた同級生の重いランドセル5つを持って、道の真ん中で泣いた。泣いて数分たったら、なんだか自分のことが惨めになって、どこか誰もいない、遠いところに行きたくなった。結局はその子たちが戻ってきて、どうにかなったけれど。

小学2年生になって、夏休みで転校した。どことも知らないところだった。でも、一番長く住んでいたし、今の友達大学友達を除いて全部小中高で一緒に過ごした子だ。それまでに比べてとても恵まれていて、いい友達だと思う。一人一人が唯一無二の友達だとおもう。

でも、友達がいても、残りの4年半はいじめられて過ごした。

最初は多分「遠いところから変なやつが来た」っていう理由それから訛りが違う。あとは真面目ぶってる。オタク父親の見ていた深夜アニメを一緒に見ていた。デ・ジ・キャラットとか、ギャラクシーエンジェルとか。今でも大好きだ)であること。あと態度が生意気。たぶんこの生意気って言うのは、生意気だという子の都合が悪いことを「誰にも言うな」と言われても担任にチクッたからだと思う。自分あんまりにも理不尽だと思ったことは黙っていられなかった。多分、そういう意味では「いい子」ではなかった。

でも、石を投げられて先生に報告したら睨まれるって、おかしいじゃん。石投げる人の方が酷い。チクった私が悪いのか。

多分悪くは無いんだけど、こどもの世界ではご法度だっただけ。けれど、それがどうしても辛かった。おかしいと言ったら「お前の方がおかしい」と言われてすごく辛かった。ここにいたくないと思った。

親に「ここの学力は低いんだから、90点以上取らないとダメだよ」と言われた。頑張って100点とっても褒められなかった。周りからは「勉強もできるっていう自慢か」と妬まれた。

言っておくけど1番を取れたことは無い。せいぜい10とか20とか。自分ではすごいと思った。100人近くの1020って凄いじゃん。って。でも親にはそれじゃダメときつく言われた。ちょっと点数が下がったらお小遣いを減らされた。

生きているのがしんどかった。でも頑張らないと、価値がないと思った。

中学に入って、小学校の時みたいな勉強をしていたら、順位が真ん中よりも下の、後ろから数えた方が若干早い場所になった。その時に「さすがにやばい」と思って、塾に入りたいと言った。一人でする勉強限界を感じていた。

下がった順位を元に戻したら「当たり前だ」と言われた。

中学では部活に入っていた。周りはみんなキラキラしているのに自分だけ見ずぼらしく感じた。部活に入ってすぐ、どうしてかレギュラーに選ばれた。自分初心者で、周りには小学校の時から続けていた人がいたのに、自分担当に人がいないからという理由レギュラー入りした。初心者なりに練習した。練習中、何度も泣きそうになった。でも自分が頑張ることがこれからに繋がるとおもった。最後までやりきったあとに残ったのは「初心者なのにレギュラーに選ばれた変な人」だとおもう。若干避けられてたし、自分も周りにどう接していいかからなかった。ここで必要とされていないとさえ感じて、練習サボりがちになった。先輩からは、嫌われていたと思う(練習をサボったから当たり前だ)。同級生からもよくは思われていなかったと思う。

部活同級生から「〇〇先輩はあなたと同じように生徒会もやって部活もやって成績もいいのに、なんであなたは同じことが出来ないの」と言われた。生徒会が忙しくて休みがちになっていた。そんなの言い訳だと怒られた。それでも暇を見つけて部活に行っていた。それでも怒られた。今消えてしまえば楽だろうけど、消えたら迷惑をかけるなと思って、最後まで頑張った。意地汚く残り続けた。高校進学は「〇〇高校の□□学科じゃないと、ご飯作らないから」と言われた。当時、高校授業料無償化されていたから、ご飯を作らないになったのだろう。端的にいうと「親の希望に添えなかったらお金は渡さないし育てないから」といわれたのだ。必死になって、どうにか合格した。合格したけれど、自分学力じゃ、高校勉強は厳しいなと感じた。もう一つの学科自分レベルに合っているとおもった。でもそこでは絶対ダメなのだという。辛くなるんだろうなと感じたけれど、それでも合格したのだから通うと決めた。

高校に入って、それなりの地位をもてたと思う。部活は変わって、生徒会には入り続けた。その部活がいわゆるパソコンをいじる様なもので、関連分野で色々頼られた。今度はパシリみたいなのではなく、よく巷で話題になる「絵をかけるならちょちょいっと描いてよ」の類でもない、本当の意味での「頼り」だった。

得意分野を持つということは自分自力で立つことのできる力であると、その時感じた。普段だったら近寄れない、スカートを曲げて薄く化粧をした、クラスの人気者と話せる。そういう立場をその時手に入れた。

多分、高校生の時が一番、生きていて楽しかったと思う。みんなが私のことを知っていた。それに対する恐怖もあったけれど、決してマイナスではない視線は「自分はここにいていいんだ」と思える自信に繋がった。

大学は推薦で入った。センター前に決まって、受かるとは思わなくて、とても喜んだ気がする。

クラスメイト合格を伝え、「あの〇〇か!?」「嘘ついてるわけじゃないよね!?」と言われながらも喜んでくれた。学校先生もとても喜んでくれた。自分の妹も、私よりも喜んで泣いてくれた。

母親合格たことを報告したら、おめでとうよりも先に「お金がかかるなぁ」と言われた。

正直なところ、大学に進むことについては消極的だった。高校に入った直後は専門学校に入りたいと思っていた。でも父親は「進学するより働け。進学するなら国立じゃないとだめだ」と言われた。だから専門学校を諦めた。中学生の予想通り高校勉強はつまづいてしまって、学科では後ろから数えた方が本当に早いくらい、勉強はできなくなっていた。どれだけやっても勉強が伸びなかったから、早い段階で部活シフトチェンジした。そんな経緯があったから、大学は行かないで高卒で働くかなとなんとなく思っていたら、母親が「高卒で働くより大学に行ってほしい。私立じゃ学費は出せないけれど」と言ってきた。これに逆らうとまた何か言われるんだろうなと思って、とりあえずやるだけやってみることにした。でも、勉強はできなくなっていたから、模試はどこも最低判定。ただ、推薦でチャンスがあるところがあったから、一かバチかで受けてみた。これでダメなら学力じゃ到底叶わないから、就職をしようとおもった。部活の成績がよかったから、それで受けた。

そうしたら受かった。奇跡だと思う。なにかの間違いじゃないかと思ったが、それでも受かったら嬉しかったのに、おめでとうもなく「お金がかかるなぁ」しか言われなかった。

誰が国立に行ってほしいと言ったのだと、その時は悲しくて悲しくて仕方がなかった。

こんなの傍から見たら「親の言う事しか聞いていないからそうなる」と思うのだろう。私もそう思う。

けれど、高校受験の時に「お金さないよ」といわれ、大学受験に「国立しか認めない」と言われ、受かったら「お金がかかるなぁ」。反抗するなら自立しろ、親に頼るな。

それでは何をすれば良かったのだろう?

奨学金は申し込まなかった。心のどこかで受からないなと思ったし、親の収入などの関係で、ほんの少しだけ規定より上回っていたから受かるわけもなかった。し、なんとなく大学に入れても、やめてしまうかもしれないなと思ったのもある。とにかく奨学金は取らなかった。だから親に学費を払ってもらうことになる。お金がかかるのは、百も承知だった。

でも、まさか合格おめでとう」よりも先に「お金がかかるなぁ」だなんて。なんだか悲しくなった。受けるのをやめた方が良かったのではないかと後悔した。

何より、ひたすら「お金がかかる」とい割れるのが嫌で、消えてしまいたくなった、なんのために頑張ったのだろうと、ひたすらに悩んだ。

大学に入るまで、そして入ってからお金がかかると言われた。言われ続けた。

大学に入ってしばらく経った頃、仕送り勝手に減らされた。1万円も減った。バイトをやりながらも結構ギリギリで頑張っていたのに、なんの前触れもなく減らされた。

なんで仕送り勝手に減らしたの?せめて減らすなら前もって言ってよと親に言った。そしたら、「元々この金額だったでしょう?」といわれた。頑張って節約しながらも生きていたのに、あたかも「余分にお金をねだっている」風にされたのがひどく苦痛だった。

その年の夏、節約しなきゃとおもい、電気代をとにかく節約した。外に出るようにしたり、電気をつけなかったり冷房をつけなかったりした。

その月の電気代は1,500円もしなかった。

純粋に、自分すごいとおもった。

こんなに節約頑張ったよ!と母親にいったら、「もっと節約できるでしょ」と言われた。

電気をつけず、テレビもつけず、パソコンもつけず、ご飯はまとめて炊いて冷蔵庫に保管して、一瞬だけ電子レンジでチンする。冷蔵庫も止めてしまうと食べ物が保管できないから。そんな最低限だったのに、もっとと言われた。

馬鹿らしくなった以上に、親から私は「ただただお金のかかるダメな長女」だったのだろう。お金がかからなければかからない方がいい。そんな認識だったのだろう。

こんなに頑張っても文句を言われることに、自分が生きている意味とはなんだと問いたくなった。

答えは出なかったから、ただただ消えたくなった。

どう生きていてもお金がかかると言われて、生きているのがしんどくなった。我慢するのがバカバカしくなった。

バイトはしていた。学校に慣れるまで、夏休み前後から始めたいといったら、それでは困ると言われて5月くらいから始めた。バイト先の先輩に厳しくされて、辛いと嘆いたら「みんなそんなもの」と取り合ってくれなかった。辛かった。

そういうことも含めて、たまにTwitter愚痴を呟いていた。愚痴をいうと今まで仲良くしてくれた人が、なんでも話せた人達が「自分の方が辛い」と言い始めた。自分の方が不幸合戦が始まって、私の「つらい」が軽くあしらわれた。次第に愚痴を言えなくなった。私だけ「辛い」が軽くあしらわれるのが辛かった。

頑張って大学に通った。頑張ってレポートを書いても単位が取れなくて、好んでとったパソコン系の授業を始め、授業に出ると頭痛が激しくなったり、気分が悪くなったりした。1年間くらいだったと思う。でも、お金をかけてもらっているから行かないといけないと、頑張った。

しばらく立って新学期になった。自分の妹が私立大学に入った。

母親は、私立入学するのを許したらしい。

どうして?という気持ちがすごかった。父親が許したのかという疑問もあったのだが、早々にほかの選択肢を諦めた私とは違って、妹は頑張って説得したんだなと思ったら、それは認めてあげるべきだと思った。合格たことは喜ばしいことだし入学も喜ばしいから、合格おめでとうと、素直に伝えた。

しばらくして、父親入学を許していないということが分かった。それで父親に「お前も加担したんだろう」と責められた。私は何も知らなかった。

なんで私が責められているんだろうと、つらくてつらくて。消えてしまいたいと思った。私から奪われた仕送り1万が、妹の入学金や学費になるんだなと思うと、なんとも言えない感情が湧き出てきた。

しばらくして両親が離婚すると言うことを伝えられた。どう思うと聞かれて、私が何か言ったところで何か変わるの?と答えた。冷たいなとも思ったが、私は私でそれどころじゃなかった。

学校に行けば嘔吐頭痛を繰り返して、正直もう限界だと思っていた。

しばらくして父親から伝えられた。

離婚とともに破産すると思う。妹の学費や母方の生活費は払えなくなるが、お前の学費生活費だけは出してやるからな」

素直に喜べという方が無理だ。体調不良等でまともに単位も取れなくなっていったのに、どうして喜べるのか。それが決め手になって、学校に行かなくなった。休学届けを出して、今はアルバイトだけやってる。

両親から連絡が来るだけで胃が痛む。学校に行けない自分社会に出てもやっていけるとは思えない。大学友達とは疎遠になっているとおもう。ただたまに道ですれ違って、名前を呼んでくれて、元気?と声をかけられると、いい人と友達になったなと思う。同時に、こんなダメ人間友達でごめんねとも。

高校までの友達は「そのまま社会に出てもやっていけるよ」という。でも、日本会社というのはおおよそブラックだと思っているし、そんな所に行ってしまったら自分は生きながら死んでしまうのだろうと思う。きっといまのオタク趣味もままならない。二次創作をする時間もなくなるだろう。そうやって仕事に謀殺されて、私は私でいられるのだろうか。

そこまで考えて、今までの人生の中で、私が私でいた瞬間とは何なんだろうと思った。

私とはいったい何なんだろうか。

私が生きている意味とは。

なんでこんなに必死になって生きているのか。

辛いという言葉は、私の方が辛いで潰されて、楽しいことなんか二次創作を始めとしたオタク趣味ばかりで、そのオタク趣味すらも、今じゃ疎外感を感じている。自由に慣れていたはずのSNSは、現実と同じように苦しいものになっている。

辛いと思うことも軽んじられ、ひたすら金がかかるといわれ、遊びに行くと贅沢だお母さん達は頑張ってあなた仕送りをしているのにという。

私はなんのために生きているのだろうか。

こんな生活、生きているというのだろうか。

ただ呼吸をして、心臓を動かして。ただそれだけ。

生きているのがただただしんどい。早く死んでしまいたいとすら思う。でも死ぬお金がかかる。親が困る。周りも困る。

ある日母親に言われた、「お父さんはあなたを生んだ時に『なんで生んだ』といったのよ」と。

母親はそれを私に伝えて、何がしたかったんだろう。

必死に育ててくれてありがとうと言って欲しかったのか。

ひたすらお金がかかると言われて育って、なぜ生んだと言われたと言われる。

「なんで私のことを産んだの?」とは言えなかった。「産まなくてよかったのに」とはもっと言えなかった。言ってやりたかったけど、それを言ったら家から追い出されると思ったから。

私は「そう」とだけ返したのを覚えている。いつ、こんなことを言われたのかなんて、細かい年は覚えていないけれど、そういうことを言われたということだけは鮮明に覚えている。

私は

どうすれば良かったんだろう。

何をすればもっと前向きになれたんだろう。

何をすれば「頑張ったね」と言ってもらえるようになるんだろう。

毎日生きているだけでも精一杯なのに、もっともっとと周りはいう。頑張ることが当たり前。

でも、私はまだ頑張ってないんだと思う。恵まれているのだ。奨学金を借りずとも大学に行けたのだから。好きなことをやれているのだから

世界一不幸だと思うな。世の中にはもっと不幸な人が、辛い人が沢山いる。

みんなそう言う。私のつらいという気持ちを無いものとして。みんなそういうのだ。

生きていることの何が楽しいのだろう。

生きるなんて、辛いだけじゃないか

早く誰か、私を殺してほしい。

金だけかかって、だれの期待にも応えられない私を早く殺してくれ。

生きているのがただただしんどいということすら認められない世界なんか、壊れてしまえばいいのに、世界はそれを許さない。それなら。私を早くこの世界から追い出してほしい。

早く私を殺して欲しい。早く殺して。早く。こんなに辛いのに、世界は生きれという。お前はまだマシだと。

何がマシなのかちっとも分からない。生きているのがしんどい

anond:20180118144743

クズ男が制裁される → ちんさん「フェミニスト! 女の癖に生意気だ!」

 

こうなるから

Twitterで…

> 最近25〜30歳の若者に「ここからどんどん仕事が楽しくなってやり甲斐が出てきてつい仕事ばかりをしてしまうだろうけど30〜35歳までに仕事の合間を

> って結婚しないとその先一気に一人で生きていく以外の選択肢がなくなるぞ」「孤独死したくなければ誰でもいいから籍を入れろ」と強く言って回っている。

というツイート結構流行っているみたいだけど、バツイチの私としては「価値観の合わない相手結婚するぐらいなら一人で暮らし孤独死する方がまし」だと思う。

私が結婚していたとき共稼ぎでだいたい同じぐらいの収入があり、家計用の口座に同額ずつ入れて暮らしていた。それは良いとして、元夫の望みは「将来実家そばに家を買って住む(できれば同居)」「子どもがほしい」「家事はなるべく奥さんにやってほしい」「将来は義理親の介護もお願いしたい」というムシのいい代物だった。結婚するときに「私は家事が苦手だからちゃんと分担してくれなきゃ結婚しない」と宣言しておいたんだけど、何だかんだ言って元夫は家事のめんどくさい部分を私に押しつけようとした。また、凄まじいマザコンで週末になると実家に行ってテレビを見てごろごろし、その間私が自由にできるならともかく、「一緒に行こう」とか、何にも着替えとか用意してないのに「実家に泊まれ」とか言われて非常にストレスフルだった。

自分はあまりいろいろなタスクを同時にこなせないタイプだったので、あまり忙しくない職場にいても、家に帰って晩ご飯を作ることを考えるだけで憂うつだった。そのうえ義理実家はやたらと親族の結束が固く、正月は必ず誰かの家に集まって宴会をし、夏やGWには親族一同の旅行に参加しなくてはならなかった。ただでさえ休みが少ないのに、その貴重な時間を全く楽しくない義理親族と一緒に過ごさねばならないことに怒りを感じていた。一度は正月我が家親族一同が遊びに来て、片付けの苦手な私は皆で座れる場所を作るのだけで疲労困憊した。結局私が「そんな大勢に食べさせる料理なんて作れない」と元夫に訴えたので、とりあえず皆は当時の我が家見学して、宴会居酒屋でやってもらったけど、フルタイムで働いていて家事の苦手な嫁に10数人分の料理を作らせようとする親族の連中を殺してやりたいと思った。

当然子どももほしくなかった。フルタイムで働きながら周囲に気を遣って定時で帰り、保育園にお迎えに行って家に帰りついたら夕食を作る…みたいな生活想像するだけでぞっとした。多少大きくなればそういう手間はかからなくなるかも知れないけど、なまじ成長すると余計なことばかり覚えて生意気発言ばかりするんだろうと思うと、子どもなんか持つよりペットを飼う方がましなんじゃないかと思うぐらいだった。

そしてなんで自分を育ててくれた親じゃなくて何の恩義もない元夫の両親の介護をしなくてはいけないのか意味不明だった。元夫には妹がおり、義妹は比較実家そばに住んでいたので、両親に何かあれば介護は引き受ける気があったようだが、元夫は「俺が長男なんだから…」と自分が主導権を握りたがった。「そんなに介護したければ妻に押しつけるんじゃなくて自分でやれ、私にだってはいるんだよ」と言ったがのれんに腕押しだった。

ちゃんと相手価値観希望吟味して、自分価値観と合うかどうか確認してから結婚しないと、フルタイム勤務で働きながら望んでもいない育児をして、自分を育ててくれたわけでもないジジババの介護をさせられるのである日本人平均寿命から行けば男性の方が先に逝く確率が高いので、結婚生活が無事続いたとしても女の方がお一人さまで後に残される確率が高いのだ。子どもがいたとしても実家に寄りつかないとか結婚していて先方の都合が優先するとかだったら丁寧に介護してもらえる保証なんてない。…ということで「結婚して子どもを作ったら孤独死は避けられる」という考え自体が浅はかだと思う。

たぶんこれからずっと一人で生きていかなければならないだろうし、両親が亡くなってしまったらどうしていいかからないのも事実だけど、「あのとき離婚を選んでいなかったら…」と思うと自由な今の生活の方がましだ。

2018-01-16

彼女定義する

一緒にいて安心する。

いい匂いがする。

可愛い

抱きしめたくなる。

たまに抱きしめられる。

ふわふわしてる。

たまに生意気

2018-01-10

anond:20180110154720

今時の子供だと、小生意気そうな態度に背伸びをした服装な子が多い感じがするが、

そういう服を着たいと言えば、あまり露出していなければ良いし

背伸びをした服装露出している、と言う発想がいかにもおっさんっぽい。

おっさん向けエロ画像JK(と言う設定)でも思いうかべてるんだろうか。

露出した服なんて流行ってないよね。

娘がもった疑問

うちの娘は今度中学生になる。

半年ほど前からニュースに興味を持ち、いろんな事を聞いてくるようになった。

最近では、貴乃花問題正月にあった朝生ウーマンの村本の発言年金制度などに首をかしげている。

小難しいことを考えるようになったんだなぁと思った反面で成長したことに喜ばしく感じている。

今時の子供だと、小生意気そうな態度に背伸びをした服装な子が多い感じがするが、うちはそうでもない。

そういう服を着たいと言えば、あまり露出していなければ良いし、出来るだけのびのび育ってほしいと思っている。

とても真面目な子か…というと、そうでもないが、家事も手伝うし良い子だ。親ばか申し訳ない。

本題だが、娘が上記のような問題首をかしげているのは親の私としても普通に見える。

まず、貴乃花問題について娘がこう口にした。

「怪我をしたのだから救急車警察最初に連絡するのが何で悪いことなの?」

相撲協会最初に連絡してこなかったという報道相撲協会の言い分に対して疑問を持ったらしい。

まぁ、おかしくはない疑問だ。一般的な考えではないだろうか。

次に、ウーマンラッシュアワーの村本の言葉についてこう言ってきた。

自分大事な人が殺される時に自分が殺されるのを選ぶのは変じゃないかな。自分が殺された後に大事な人が殺されないって保証はないのに」

これもおかしくはない疑問だ。確かに自分が殺された後に誰が大事な人を守るのだろうかという話になる。

年金問題についても、こういう疑問だった。

「老後の為に貯金みたいなのが年金なんだよね、なんで税金でとられちゃうの?普段税金はとられているんじゃないの?」と言ってきたり

年金がもらえる年齢もどんどん上がっていっちゃったら途中で死んだ人のお金は国のものなの?」

「もらった年金生活不自由なくできるものなの?」

年金が一番小難しい内容の疑問ばかりだった…。


こういった事に疑問を持つという事は良いと思う。勉強になるし、良い経験になるだろう。

しかし、これらの疑問を見て思ったのは、今の若い子たちが悲観する内容しかないなぁ…と思うことだ。

相撲問題一般常識で考えれば救急車警察最初だろう。

ウーマン村本の話も先を考えていればたどり着く疑問だ。

年金別に税金を取っておいて積み立てたお年金から税金は取られるのはおかしい、

給付する年齢はもっと引き上げる、差っ引かれ終わった年金生活がまともにできるのかという疑問はもっともだ。

それら全てには理由があるにしても、素朴に感じる疑問としてはもっともだなぁと思う。

悲観という言葉おかしいかは別として、若者未来を…という話であると悲観したくなる気持ちは分かる。

娘はもう少し時間が経ったら、もっと考え込んでしまうのではないかなと感じた。

娘が将来どんな風になるかは分からないが、未来のある子どもに何か残せるようにと考えている。

今もいろんな思いが日々飛び交っている社会だが、もう少し若い人たちに明るい社会にしてあげたいね

久々に休みをもらったおっさんでした。

追記

相変わらず性格の悪い増田ばっかりだね…。

もう少しマシな言及でもされると思ったら関係ないものばっかりだとは…。

2017-12-30

anond:20171230152646

すばらしい。

生意気いうと、最後1音だけ韻外してるのがもったいない

追記:修正ありがとう 仕事が早い!

2017-12-25

ネット炎上ネット弁慶体育祭

体育祭文化祭合唱

ほとんどの学校行事流れる

「みんなで一丸となって、1つの目標に向かって頑張ろう!」

みたいな雰囲気

好きな人も苦手な人もいると思います

しかし社交性ゼロネット弁慶くんはそもそも集団行事という時点で願い下げのご様子

「群れてキャーキャー騒ぎやがって…」とクラスの中心グループ教室の隅から冷めた目で見ています

でもどこかでそんな彼らが羨ましかったりして…

さてネット弁慶くん、昼休みまとめサイトを見ていると、生意気な女がセクハラ糾弾して逆に叩かれている記事を見つけま

童貞小馬鹿にしたような言動過去にしていたのを発掘され、ダブスタを指摘されて大いに炎上している様子でした

レス番が飛び飛びのまとめサイト書き込み達が、どれも彼女を叩いています

Togetterにまとめられたツイート彼女への批判でいっぱいでした

どの記事も、彼女とそれを擁護する存在への批判で1つに「まとまって」いました

彼が教室の中で諦めたものがここにありました

自身童貞ではありますが、童貞煽り特別憤ったというわけではありませんでした

彼女矛盾を孕んだ言動にも、特に思うところはありませんでした

それなのになぜか、スマートフォン仮想キーボードを叩く手からはとめどなく中傷言葉が溢れ出ます

自分なりの正義他人に振りかざすのは愉快でした

反論されて傷つくのを恐れて日頃意見が言えない彼でも、みんなが同じものを叩いてる中で同じ意見を言うのは安心できました

教室に居場所がなく、またパソコンスマホを使えることだけが自慢(といっても本当は同級生のみんなも同じくらい使えるんだけど…)の彼にとっては、悲しいことにネットが唯一の輝ける場所なのです

そして何より、日頃からフラストレーションが溜まっている彼は人を叩くのが楽しくてたまらないのでした

炎上メカニズムとして、ターゲットのムカつく人間性が「燃料」、決定的な言動が「着火」とよく例えられます

もう一つ、ネット弁慶達のやり場のないフラストレーションが「酸素」として存在していると言えるのではないでしょうか

自分意見を持って人を批判するに至るのは当然のことで、それを主張するのも当たり前のことですが、昨今のインターネット界隈を見るに炎上をただストレスの捌け口や娯楽として利用しようとする人が多く見受けられます

短絡的な動機他人批判するのは愚かであり、それに気づかないのはさらに愚かなことです

2017-12-24

生活に余裕が無さすぎるって話

27歳、都内SEです。

余裕を持って生活できる展望がまったく見えてきません。

アドバイスしてほしい。

状況を正直に書くと大体こんな感じ

給与220k
住居90
食費25
携帯5
書籍勉強10
衣類8
交遊費(恋人はいない)15
身嗜みとか生活用品7
奨学金30
家族仕送り20
貯金10

もうこれだけでカツカツで、

彼女を見つけることもできないし、いい服買ってカッコつける事もできない。

保険も入れないし、況してや車なんて妄想する気すら起きない。

春に転職して給与上がったはずなのに金なさ過ぎて生きる気なくしそう。

今年もボッチクリスマス辛すぎ、一人で呑んでてもう悲しすぎる。

サービス作って儲ける妄想はするけど、道のり長すぎて、

収益実現できた頃には結局いい歳になってるんだろうなと思う。

フリーになるのも夢はあるが今のスキルレベルだとリスク高すぎる。

自由に使えるお金もっと欲しいし、

恋人と楽しくデートして、豊かにしてあげたい。

しか永遠とも思えるくらいにお金に余裕がない。

日々自己研鑽には励んでるつもりだけど、明るいもの全然見えてこない。

心の持ちようの問題だとか言う人もいるけど

物的な安心感いつまでも確保することが出来ないのが辛い。

このままおじさんになってある程度お金に余裕ができたとしても、

結婚子供のこと考慮に入れれば・・・

もうめちゃくちゃだ。考えたくもない。

一体どうすればこの貧しさ、不安を解消できるんですか?

■ 追記

フィードバック有難う御座います

支出を切り詰める余地が多分にあるのは分かっているのですが、

収入が増えていく展望があまりにも見えて来ず、その点に辛さを感じてどうしようもないのです。

これはきっと、世の中の大半の人が同じように感じておられる事だとは思うのですが、

いざアラサー差し掛かってみて、ここまでなのかという・・・

テニミュ越前リョーマ依存していた女の末路

前提として、現世代次世代も、これから越前リョーマもすべて応援すると心に決めた者が書いています。決してアンチ等ではありません。

2年前の今日、私はテニスボールの弾む音と軋むシューズの音を聞いていた。

人々の熱気なのか暖房なのか、少しだけあつい会場。脱いだコートは膝の上に、手には双眼鏡。ざわざわとたくさんの声が聞こえてくる。前後左右、上下からも様々な声が聞こえてくる。どれも、今から始まる試合を楽しみにする声だった。

キュッ、キュッ。パコン、わぁっ。

聞こえてくる音と歓声に、人々は口を閉ざす。ごくん、唾を飲み込む音さえ聞こえそうなほど静かになったとき、幕が上がる。

ミュージカル テニスの王子様

私の、かけがえのない青春の日々だ。

テニミュにはまったのは、3rd不動峰公演。もうずいぶんと前のように思える。

しかし長い歴史から見れば「最近なのだと思うと、このテニミュいかに長く続く作品なのか改めて実感させられる。

3rdシーズンという3度目の夏を迎えた王子様たちを、わたしは好きになった。

座長である越前リョーマを演じる古田一紀という俳優((現在声優の道を選んでいる。が、過去の話をするため「俳優」と表記する。))は、俳優として、リョーマとして、素晴らしい方だった。不動峰から卒業した氷帝公演まで、彼はいだってかっこいいリョーマとして駆け抜けていた。あの青いジャージがよく似合い、帽子の下の瞳は冷静に見えて試合ではギラギラと獣のように鋭く光るところが、私は好きだった。

テニスの王子様は、心の支えといっても過言ではない存在だ。幼い頃から読み続けた物語現実にされたとき、私のこころは震えた。

たくさん好きなキャラクターがいた。しかし、舞台の上にいる越前リョーマに心を奪われ、気付けば彼だけを追っていた。まさに恋に落ちたような感覚だった。彼しか見えない、なんてそんな馬鹿なと思うが自分の身に起きると「こういうことか」とすとんと腑に落ちた。

そんなリョーマを見続け、去年の卒業公演を見送った。

椅子の上で声を殺し、みっともないほど泣いた。視界が歪み立てない私を、両脇で支えてくれる人のおかげで外にでた。

千秋楽後の空気は、むかつくほど清々しく感じた。嗚咽を漏らし、涙をハンカチで拭った。胸に大きな穴が開いたようだった。

もう二度と、越前リョーマには会えない気がした。

しか物語は続いていく。全国優勝を目指す青学は新しい代となる。

新しい越前リョーマが現れ、舞台に姿を現す。

きらきらとした、未来を見据える瞳。泥臭さより、どこか清かな印象を受ける。

遠くから見たのに、別人だと分かった。

動きだ。動きが違うのだ。

当たり前だ、別の人間が演じているのだからしかし、わたしは覚えてしまった。目に焼き付けてしまった。あの指先まで「俺が越前リョーマだ!」と訴えるような動き、あれが好きだったのだと痛感させられてしまった瞬間だった。

歌声の違いより、動きで実感させられてしまった。

それが、悔しかった。

私は、古田一紀が演じる越前リョーマが好きだった。

歌も、動きも、表情も、目の動きも。全部が好きだった。

しか時代は変わる。世界は続く。彼が渡すバトンをどうにか見届けたいと思って次の世代を、青学を観に行った。

けれどだめだった。

思い出してしまうのだ。あの堂々とした笑みも、ぎらつく瞳も、目をぐわっと開くところも、生意気そうな声も。

全部が私にとっての「越前リョーマ」だった。

必死に穴を埋めようと、忘れようとすればするほど、記憶の中の「越前リョーマ」が笑うのだ。

「ばいばい」

そういって、あの日と同じように世界から消えるのだ。

もはや、呪縛だった。

青学vs氷帝公演、あれは呪いだった。

しばらく次世代テニミュを観に行った。

しか前世代のように全通をしたり地方まで飛んだりすることはしなくなった。

今思うと、なかなかあの世界に依存をしていたのだ。

「行けたら行けばいい」

そう思ったら、チケットを取らなくなった。

しかし、時折苦しいほどに「テニミュがみたい」と思う。

まるで中毒だった。あの楽しい記憶が、狂うほどに情熱を注いだ世界が、またあの世界へと誘うのだ。

そして見に行くたびに、苦しくなる。

越前リョーマ以外は、どんなキャラクターも見ることができた。

先代たちの演じた姿が大好きだったが、時間と共に卒業理解し、舞台の上の彼らを愛することが出来た。

けれど、どうしても越前リョーマを好きになることができなかった。

現在越前リョーマを演じる俳優は、きらきらとしている。それも越前リョーマだ。彼が演じるリョーマも、もちろん好きだ。好きなのだ

けれど、つい目をそらしてしまうのだ。あの輝きを、私は直視したいのにできない。

それが申し訳ない。

その感情がまた、私を水道橋から遠ざけた。

ややこしい、苦しい、そう思ってまた彼の誕生日を迎えた。

苦しくてたまらない感情を抱えて、そしてテニミュから離れたことで虚無感がいっぱいになり、久々にクリスマスに何もないことを実感してさみしさを感じた。

チケットを、久々に探した。

ある。

譲渡希望者に声をかけようとして、はっとする。

私はまた、あの輝きから目をそらすのか。

そう思うと、私は席に座るべきではない気がするのだ。

テニミュは、魔法だ。

幸福と、希望と、たくさんの欲望がそこにある。

けれど、私にとっては大きな光だった。

からこそ「好き」以外の感情を持ち込んで、あそこに座ることは許されない気がした。

テニミュから離れたことで、胸に大きな穴が開いた。

その穴は、どんなものもするすると零してしまう。

テニミュで開いた穴はテニミュしか埋められない。

しかし、今の私はまだテニミュを見ることが出来ない。

あの呪縛から、私はいつになったら「卒業」できるのだろうか。

私は、いつになったら「越前リョーマ」を再び愛することが出来るのだろうか。

虚無感でいっぱいでつらいので、ここに書き連ねた。

オタクを辞めたいオタクが、中途半端オタクを辞めたら毎日が虚無感でいっぱいになるんだとやっとわかった。

早く楽になりたい。

早く、越前リョーマに会いたい。

苦しい。

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