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2024-06-21

大岡裁き2.0

大岡裁き。それは我が子を想う母親の心情を巧みに掬い上げた大岡越前守が名裁決である

白洲に引き出されたは二人の女と幼き稚児。女どもは我こそが子供母親であると口々に申し立てる。母は己が益よりも我が子の心身を重んじるはずと考えた大岡越前守は、自らこそ子供母親であると声を上げる二人の女に子供の手を引っ張らせ、まこと母親であれば子供を諦めないはずであると、敢えて真逆行為をけしかけた。果たして本物の母親はすぐさまに我が子の身体を想い手を離したのであるが、偽りの母親最後まで子供悲鳴にも聞く耳を持たずに手を引き続けた。

この、お白洲という非情がまかり通る場所での親子の情を重んじた名裁決は、またたく間に江戸中の評判となった。大岡越前守の公正かつ賢明な裁きに感銘を受けた江戸母親達は、我と我が子が白洲へ上げられる最悪の事態に備え、こぞって相手よりも素早く手を離す訓練を始めた。はじめは隣近所で集まり細君同士で児戯の如く交流を重ねていたのだが、次第に規模が膨らみ長屋単位で集うようになり、数月経つ頃には江戸の町全体の奥方網羅した「大岡裁き番付」が作られるようになっていた。

これが大岡裁きの極限競技エクストリームスポーツ〉化である




大岡裁き」の基本ルールについては今更語るまでもないだろうが、念の為、以下簡潔に説明をする。まず試合場にて競技者たる二人の女と奉行所より公正な基準に則って選ばれた稚児が並ぶ。三者が正面の裁き手へと礼をした後、女・稚児・女の並びに移動し、女がそれぞれ稚児の片腕を取る。そして裁き手の号令にて一斉に手を離す。このとき最後まで手を持っていた方が敗者となる。お白洲に立ち裁き手の最高位たる大岡越前守より御裁きいただけるのは、番付上位のごく限られた存在だけである

競技化してから大岡裁きについて、その全貌を余さず語るには頁が幾らあっても足りることはないが、ここではその初期にあった一つの名勝負を紹介しよう。「突き」が体系化されて技法が複雑化する直前の、純粋たる「離し」の名人達による今もなお語り継がれている試合である

その日お白洲に現れたのは、枯れ木のようにやせ細った女と、それとは対象的に首や四肢たっぷりと肉を蓄えた肥えた女であった。二人は丸々とした稚児を挟み向かい合うとニヤリと笑いあった。両者とも当代一の達人との名高い見知り同士であり、両者五勝五敗のこれが通算十一回目の試合であった。

枯れ木のような女の腕名は湖越えのちよという。彼女は軽やかに美しい所作により「離す」名人であり、彼女の「離れ」による跳躍は水辺を渡る鷺の如きであったという。ちよのあまりにも優雅な「離れ」を語る逸話には限りがないが、その中で最も有名なもの彼女の腕名となっている湖越えであろう。ある武家屋敷にて試合を行っていた彼女であったが、裁き手の号令の瞬間にはそこに残っているのは砂けぶりだけであり、その姿はもはや稚児の傍になく、邸内の池を越えて対岸へと着地していたという。池の幅は少なく見積もっても六間(約11メートル)あり、常人ではとても真似することの出来ない幅であった。彼女の跳躍を間近で目撃した御隠居は、もしあれが池ではなく湖であったとしても、彼女は間違いなく越えていただろうと語った。

もうひとりの太り肉の女は箱根のお松という。彼女はちよと異なり跳躍ではなく縮地による「離れ」を得意としていた。彼女の張りつめた四肢から繰り出される俊足は、十間(約18メートル)を瞬きの間に駆け抜けたという。暫し誤解されることであるが、彼女は純然たる江戸っ子であり、腕名の箱根はちよと同じく試合逸話に基づくものである彼女が縮地を己がモノにした頃のある試合において、「離れ」の瞬間、大砲のような轟音が響き、試合の場である屋敷全体が震えた。その揺れの源は、屋敷の塀に衝突したお松であった。塀が大きくたわむ程に突っ込んだお松の縮地は常人が捉えられるものではなく、かろうじて越前守の弟子であった見届け役が認識できただけであった。その驚くべき俊足を見た屋敷に逗留していたとある粋人は、仮に塀がなければ彼女箱根の峠まで飛んでいったであろうと称したのである

当代一の名人である二人の勝負は一回で終わることはなかった。裁き手の大岡越前守が号令をかけた瞬間、そこには土煙が残るだけであり、お白洲の両端にちよとお松。そして砂煙が晴れてふくよかな稚児の姿が現れるという始末であった。近年ますます加速化する「離れ」の瞬間に、裁き手たる越前守はこれまで辛うじて追いついていたものの、この二人の速度は群を抜いて速く、副審からくり手の技能を持ってしても勝敗判別不可能であった。

土煙が判決邪魔をしているのではないかと、砂地に水を撒き再度取り直しをさせたが、稚児の両脇に残ったのは深々と空いた丸穴と抉れた足跡だけであった。何度取り直しても決着がつかず、ついぞ判決に困った越前守は奇策を思いつく。稚児を立たせるのではなく二人で釣り上げて、先に爪先が落ちた方がより早く「離れ」た方だと。この日の稚児は二十五貫(約94キログラム)ある恵体であったが、お白洲に立つの江戸の最高番付の二人であった。両者は再びニヤリと笑い合うと、片腕で軽々と稚児釣り上げた。ちよが右手、お松が左手越前守が号令を下した瞬間、先に爪先が落ちたのは右足──即ちちよの方であった。

後年、お松は「あれは稚児の左足が短かっただけであり、離れは同時であった」と語り、自分の負けを死ぬまで認めることはなかったという。この勝負を切っ掛けに「離れ」の主流はちよの跳躍となった。彼女が残した縮地は「突き」において花開くことになるが、それを本人が見届けることはなかった。




次は、「離れ」に対して「突き」の興りを記さねばなるまい。あくまでも原点に忠実に手を「離す」ことを重視する「離れ」に対して、何よりも早く手を振りほどくことを重要視するのが「突き」である。「突く」行為のもの競技の興り時点から散見されていたものの、体系化されるまでには長い時間必要であった。

最初期にはっきりとした「突き」の使い手として名が後世まで残っているのが千手観音の桂子と呼ばれる存在である。それまでの「突き」の使い手と彼女の最大の相違点は、「突き」の「離れ」に対する優位であるといち早く看破したことにある。すなわち、「離れ」る前に「突き」押すことで、相手稚児身体押し付けるのである。この発見により、「突き」戦法が大流行し一時は「離れ」が番付から消滅寸前にまでなった。その後、「突き」に対して優位を取ることができる「躱し」が発明され、今に至るまで知られている三すくみ「離れ」・「突き」・「躱し」が完成された。

この篇の最後に「突き」の名人同士の試合を一つ紹介しよう。「突き」手同士の戦いは間に挟んだ稚児を押し合うこととなるため、両側から押された稚児が地に転がることは日常茶飯事で、中には体にかかる力の作用により、大独楽のごとく勢い良く回転する稚児の姿も見られることも珍しことではない。しかし、「突き」の達人同士となれば、人知を越えた奇跡の瞬間が興り得るのであることを示したのが次の試合である

その日の最後の取り組みは、寅と辰という、うら若き双子の「突き」手の試合であった。二人は千手観音の桂子の孫であり、祖母から直々に手ほどきを受けた若き俊英であった。二人が公式の場で手合わせをするのは今日が初めてであり、観衆は期待を胸に見分け難い二人を見守っていた。

裁き手の大岡越前守の声とともに同時に二人の体が動き、稚児を押した反動で揃って稚児から半間(約90センチメートル)ほど離れた位置にゆるりと着地する。はじめに異変に気がついたのは観衆であった。

お裁きを見守っていた観客の間から「ホウ」という感嘆の声が上がった。続いて興奮を隠せない小声が観衆の間から漏れ聞こえ始めた。その段階に至り、判決を下すのに集中していた大岡越前守はようやく気がついた。彼が注視していた稚児が、まるであやかしに持ち上げられるように宙空へ浮かんでいることに。稚児は宙に「丁の字」を描くように腕を開いて静止していたのだ。

双子が全くの同時に両側から稚児を押したことで、稚児に伝わった力が正中線でぶつかり合い、その力が幼き肉体を地から持ち上げたのである。しばらくの間稚児は宙へ浮き続け、やがて萎れるように地上へと降り立った。その間、双子たちは周りの喧騒に顔色を変えることもなく、裁き手の判決をただ待ち続けていたという。記録には、さしもの稀代の裁き手大岡越前守も、この妙技の前には両者引き分けを言い渡すしかなかったと記されている。

2024-06-19

コンビニバイト日記

旭川女子高生殺人事件で、犯人グループ被害者が立ち寄ったコンビニ店員が、被害者が助けを求めているのに警察通報せず見殺しにした。なんてことがネットで言われ批難されている。



私は北海道じゃないところのコンビニバイトしている、しがないコンビニ店員なんだけれども、結果人ひとりの人命が喪われてしまった事件にいたましさは感じるものの、いやコンビニ当事者じゃないんだから関係なくね? とも思わなくもない。

そもそも敷地内で客が起こしたトラブルへの責任は負いかねると、駐車場の立て看板に書いてあるんですが。

駐車場と店内では話が違うのかもしれないが、事件加害者が店や従業員自体に何かしたんでもない限りは第三者しかないので、通報する義務がないし、通報するという判断個人善意しか根拠がないと思う。


個人経験を言うと、店に全く責任がないのに警察通報して軽く嫌がられたということはある。どんな案件だったのかというと、夜間に店舗のすぐ近所で自損事故があって、それをたまたま目撃した客が自分通報せずに「事故があったか通報しといて」と言い捨てて自分はとっとと帰ってしまった、ということだった。自損事故を起こした当の本人は、壊したのがせいぜい車をつっこませた敷地にあった古い立て看板で、ひょっとしたら電柱にかすり傷を負わせたくらいのことなので、黙っていれば問題ないと思っていたらしい。あとで当店に「レッカー呼ぶから電話貸しつくれ」と言いに来たくらいだ。

そんなあらましの事故通報をしたら、警察には「それってあなたには関係ないことですよね?」ってチクリと刺された。普通にパトカーを寄越してくれたけど。


コンビニには色んな人が来るし、人や車の出入りが激しいので事件事故がしばしば起こる。だからコンビニ従業員経営者も良くも悪くも事件事故には慣れている。なので旭川事件みたいな事に遭遇した場合判断は、オーナー店長などその時にいた責任者か、それがいなかったら各従業員がこれまでの経験に沿ってするかなと思う。


正直言って、私は前述のように当事者でもないのに通報したこと顰蹙を買ったことがあるので(オーナー通報自体は良いことだと言ったけど、警察からチクリと言われた他にバイト仲間から余計な事してんじゃねえよと言われている)、旭川のようなことが自分仕事中にあったら通報しようかどうかかなり迷うし、店長がほっときゃいいよと言ったら通報しない気がする。そもそも自分判断したくないか店長判断を投げているわけで、それででもでもやっぱりと勝手通報するのはそれはそれでどうなのかと思う。


余計な通報をしたとして顰蹙を買ったことがある一方、助けを求めてコンビニに駆け込んで来た人に対応した事もある。といっても、助けを求めて来た人は店に入ってくるなり脇目もふらずにバイト仲間のAさんに助け求めたので、事情を聞いたり警察通報したりということはAさん自らが担当し、私はちょうどピー時間帯だったので、一人で接客対応を全部やるという役割分担。私はその件にほぼ関わっていないことになる。

Aさんに助けを求めて来たのは小学校高学年か中学生男の子で、駆け込んで来た当初は親とはぐれて帰り道がわからなくなってしまったと言っていたのだけど、Aさんが詳しいいきさつを聞いたところ、近くの行楽地に母親兄弟姉妹と遊びに来ていたが、色々あって自分一人だけ置き去りにされてしまったということが判明した。母親としては躾のつもりだったのかもしれないが行きすぎており、虐待と言われても仕方ないことだ。男の子がAさんだけを頼り私の方は一切見ようともしない点、母親くらいの年齢感の女を信用していないのかもとも思えた。

助けを求めて来たのが明らかに子供だし、ひょっとすると虐待児相案件かもしれないので、大人義務として通報しなきゃいけないからその件は話が速かった。ちなみに警察から呼び出されて当店に子供を迎えに来た母親は、旦那子供複数を連れてやってきたのだが、夫婦供に一見普通に見えて癖の強い人達だった。

その件の事を思うと、被害者とみられる人が未成年である場合は迷いなく通報しても問題にならないような気がする。コンビニによっては地域の「こども110番の家」の掲示も出しているところもあるし、この通報は出すぎた真似ではありません。当然の事をしたまでです! と断言してもいいのかなあ。

まあ、コンビニ店員人間である以上、個々の判断個人経験や置かれた人間関係に左右されるんじゃないかと思う。私個人としては、プライベートで何か外から悲鳴が聞こえてきたとかだったら迷わず通報ちゃうと思うけど、被害者にも加害者にも顔が見えている状況だとすると、あとでするにしても報復が怖くて通報を躊躇いそうだ。家族まで巻き込まれたら嫌だし。まあ、顔見られてる時点で、通報しようとしまいと犯人グループが捕まったあとでその仲間たちからの御礼参りは受ける可能性はあるけども。旭川の件の店員さんも今頃怯え暮らしいるかもしれないよね。

弱者男性三人組

第1章:奇妙な三人の出会い

あるところに三人のモテない独身男性がいました。田中一郎山田二郎鈴木三郎。彼らは高校時代からの友人で、それぞれ違った背景を持っていますが、女性との交際歴がない点で共通していました。

一郎は内閣総理大臣長男であり、エリート官僚として働いていますが、女性との交際歴はゼロ二郎東大卒天才プログラマーで、年収は高いものの社交的ではなく恋愛経験は皆無。三郎は成功した投資家で億万長者ですが、女性とは縁遠い生活を送っていました。

第2章:元気な退魔師との出会い

ある日、三人がいつものようにカフェで集まっていると、元気な小学生女の子、舞響(まいきょう)美月が駆け寄ってきました。彼女は退魔師の家系に生まれ、舞響大天という神様信仰していると話しました。美月は町で起こっている奇妙な現象に困っており、三人に助けを求めたのです。

「おじさんたち、助けて!最近、町で変なことがいっぱい起こってるの。おじいちゃんもお父さんも忙しくて、私だけじゃどうにもできないの」と美月真剣眼差しで言いました。

三人は驚きながらも、美月の熱意に押されて、彼女の頼みを聞くことにしました。こうして、三人と美月の奇妙な冒険が始まったのです。

第3章:調査発見

美月の案内で、三人は町のあちこち調査しました。奇妙な現象の一つは、古い廃墟での怪しい光や音でした。美月祖父から聞いた話によれば、そこには悪霊が封じられている可能性が高いとのことでした。

廃墟に到着した三人と美月は、不気味な雰囲気に圧倒されながらも中に入る決意をしました。中に入ると、そこには古びた祭壇と奇妙な模様が刻まれた床がありました。美月は持ってきた退魔道具を取り出し、準備を始めました。

第4章:退魔の儀式

美月の指示に従い、三人は祭壇の周りに配置されました。美月が舞響大天に祈りを捧げ、呪文を唱え始めると、祭壇が輝き始め、部屋全体が震えました。三人は恐怖に怯えながらも、美月を信じて立ち続けました。

突然、祭壇の上に黒い影が現れ、悪霊が姿を現しました。美月は退魔の剣を振りかざし、悪霊に立ち向かいました。一郎、二郎、三郎は美月を守るため、力を合わせて悪霊に立ち向かいました。

第5章:決着と悲劇

激しい戦いの末、美月は退魔の剣を悪霊に突き立て、封印を施しました。悪霊悲鳴を上げながら消え去り、廃墟は静けさを取り戻しました。三人は疲れ果てましたが、美月笑顔で言いました。「ありがとう、おじさんたち。これで町は安全だよ!」

しかし、その後、町では別の不幸が訪れました。美月悪霊との戦いで力を使い果たしたため、彼女の体には大きな負担がかかっていました。彼女は徐々に体調を崩し、入院することになりました。医師の診断によれば、美月回復は難しいというものでした。

第6章:三人の未来

三人の弱者男性は、美月を救うことができたものの、彼女健康犠牲にしてしまたことに心を痛めました。彼らは美月の見舞いに通い続けましたが、彼女の体調は改善せず、次第に意識も失われていきました。

ある日、美月の病室で、彼女家族が集まりました。三人はその場に立ち尽くし、何もできない自分たちに無力さを感じました。美月父親は三人に感謝言葉を述べましたが、その瞳には深い悲しみが宿っていました。

第7章:永遠の別れ

美月が息を引き取ったその日、三人は静かに病室を後にしました。彼らはそれぞれの生活に戻りましたが、心の中には美月との思い出が深く刻まれていました。

三人は友情を深めながらも、再び同じようなことが起こらないようにと誓いました。彼らは定期的に美月の墓を訪れ、彼女冥福祈りました。美月との永遠の別れを受け入れながらも、彼女勇気と優しさを忘れないように心に刻んでいました。

しかし、美月の両親は三人に対して深い恨みを抱いていました。彼らは三人が美月を無理に危険な状況に巻き込んだと信じ、娘の死の責任を追及しました。三人は町の人々からも冷たい視線を受け、孤立していきました。

2024-06-18

NHK-FMに起こっている異常事態

ちょっと大袈裟タイトルだが、FMで毎週番組担当している(していた)司会者から番組中で番組編成に対して苦言呈されるほどなので、結構な異常事態だと思う。

【前提】NHK-FM音楽番組が中心である(あった)。音楽を主に聴かせる朝昼のクラシック番組、正午のニュース後は同じく音楽中心の歌謡曲番組夕方若者向けの番組赤い公園津野米咲さんも週イチで担当されていた…)。

夜はクラシック演奏会ライブ録音番組放送後、若者向けの音楽番組ミュージシャンインタビューパーソナリティの語り多め。

ねこの編成であったが、NHK-AMの1波廃止決定以降大幅に変わった。ちなみにまだ廃止はされていない。

まず語学番組FMでも同時放送されることになった。朝6時からニュースを挟んで朝の8時までが語学番組枠に。

FM放送開始して間もなくの1963年から60年以上、朝6時の枠で放送されていたお馴染みのクラシック古楽番組が朝5時に追いやられた。

(ちなみにNHKFMの本開局は1969年だが、1957年より実験局として放送開始している。)

夕方若者向け番組廃止。およそ2時間の枠がレギュラー番組再放送枠になった。

AM廃止で枠を失う芸人アナウンサーバラエティ番組を押し込むために空けたんじゃないか邪推している)

長年親しまれている古楽番組の移動はリスナーから悲鳴が上がった。かなりマニアックな盤もかける番組なのでネットの聴き逃しの権利が取れず一部の週を除き聞き逃し配信が不可、聞きたければ5時に起きるしかなかったのだ。

抗議がかなりあったようで、今年ようやく6時に戻された。

そして昨年あたりから顕著になったのがレギュラー番組再放送の激増と、季節ごとの特別番組の激減である

元々は、5週ある月の5週目は再放送であることが多かったが、それ以外の週も「反響が大きかった回を特別に選んで再びお送りします」という体裁での再放送が増え始めた。週1で1ヶ月に4回しかないレギュラー番組なのに、月に1〜2回は再放送になる。

ピーター・バラカン番組中で苦言を呈していたようだ。

一番酷かったのは今年3月に終了した「洋楽グロリアスデイズ」である。これも前身番組含めて長く続いていた洋楽懐メロ番組だったのだが、終了の告知が2月で、2月3月最終回を除き全て再放送番組司会者もX(Twitter)で戸惑われていた。

そして、国民の祝日、夏のお盆休み年末には特別編成の番組放送される事が多かったのだがそれらもほとんど無くなった。

祝日には「今日は一日◯◯三昧」という生放送特集番組を朝から夜まで放送することが多かったが、昼からになり、そのうち番組自体ほとんど放送されることがなくなった。

夏や冬には昔の人気番組クロスオーバーイレブン」「夜の停車駅」が1週だけ復活、ということもあったがそれも無くなり、レギュラー番組再放送で埋められることになった。

さらに今年3月から先行放送された新番組「マイ・フェイバリットアルバム」、週替わりのゲストパーソナリティお気に入りアルバムを5枚紹介する番組だが、のっけから再放送だらけである

3月19日〜ヒャダイン

4月1日中川晃教

4月8日DJヤングスキニー

4月15日武田真治

4月22日鬼龍院翔

ここから1ヶ月間、5月20日分まではヒャダさんから放送やり直しの再放送が続く

5月20日秀島史香

5月27日七海ひろき

6月4日からまた鬼龍院翔〜で再放送である

6月11日〜栗本斉

6月18日からはまた七海ひろき再放送

4月から新番組でこれ。

からさまに予算を減らされている。それでテレビではプロジェクトXみたいな偏向回顧番組作ってるんだから文句の一つも言いたくなる。

おそらくはてな民ラジオANNくらいしか聞いていないだろうし、NHKFMなんて金の無駄から無くしてしまえくらいにしか思ってないだろう。俺らのお眼鏡に適わない、金にならない文化なんか消えても困らない、という空気は感じる。しかクラシック日本に紹介し続けたり現代の音楽を記録し続けたりとその意義は大きい。

しかNHKでも予算無限ではないし、近年は特に大きな話題にならないものは消していこうという姿勢のようだ。

儲かる儲からない関係なく、文化の記録を残していけるのはNHKしか出来ないと思っているのだが、NHKはもうそうはしたくないように見える。音楽がじっくり聴ける番組は今後更に減っていくし、レギュラー番組も年間に制作されるのは全週の三分の一ほどで、後はずっと再放送、になるのかもしれない。

世知辛さを感じている。



ちなみにNHK番組編成に関して意見を書く場合は、番組サイトから送るよりもNHKトップページのご意見から送る方が良いそうだ。

番組宛てだと番組スタッフしか見ないが、NHKへのご意見ならえらい人の目に入る可能性もあるそうで。これ3月に(NHKAMから引っ越し組だった)番組が終わったヤバTが最終回で言っていたので、間違いないと思われる。

2024-06-17

自分の膣の内側の話

処女膜は膜じゃないとはわかっていたが、「膜破れる」→「破れたらもう普通に気持ちいい」だったらよかったのにな……と思う。

処女を失う、ということがあった後も、基本的にはずっと「内部を擦られる痛み」との戦いだ。

濡れると確かに楽ではあるが、すべての痛みが軽減されるわけではない。あと体調によって内側がすごくヒリヒリする日とそうでもない日がある。生理前にたまにすごくキツい日がある。痛い日はものすごく濡れていても痛い。ローションなどを使っても痛い。

粘膜で同じだからか、膣の内側が痛みに敏感なとき乳首も少し触られるだけですぐに痛くなってしまう。

ちんちんで奥を突かれると、なるほどこれが中での気持ちいか、ということは最近わかるようになった。

しか彼氏が長いこと動いていると、さすがに膣が痛みで悲鳴をあげ始める。とにかく早く終わってくれ、と祈るしかない。

時々彼氏がイキにくく、こっちが少し気持ちよくなってくると「締めて!」と無理を言うんだけど、締めるとより摩擦が多くなってすごく辛い。

ゴムも色々試したけどいまいち効果がない。ポリウレタン痛い。グラマラスバタフライ個人的には良かったけど彼氏が薄いのがいいと言って嫌がる。

とにかく膣に物が入って摩擦、というのがダメだ。指もバイブも気持ち良くなかった。自分でしてもよくわからない。

婦人科には行ったものの「あ〜その辺は彼氏と良く話し合ってうまくできるといいですね、ローションがいいですよ笑」という感じで全然取り合ってもらえなかった。

奥だけいい感じに気持ち良くなることはできないんだろうか。

もう少し気持ち良くセックスが終わるといいなと思うけれど、とにかくこの摩擦のしんどさがどうにもならない。

2024-06-16

ぎゃゃゃゃゃゃゃ

悲鳴を「ぎゃああああああ」でも「ぎゃ――――」でもなく「ぎゃゃゃゃゃゃゃ」と書く作者がいて気になる

と友人に言われ、いやそんな書き方する人さすがにおらんやろと思ったら

今まさになろうのランキングに居てビックリした

2024-06-14

官僚の働き方とそれに対する想い

NHKクローズアップ現代官僚の働き方に関する特集がなされ、はてブでも多数のブコメがついた。([B! 労働] “ブラック霞が関”の働き方は変わるのか?現役官僚たちの本音を聞きました - クローズアップ現代 取材ノート - NHK みんなでプラス

[B! 労働] NHKのクローズアップ現代、国家総合職の面接前日に「悲鳴をあげる"官僚”たち」の実態を放送するところから本気度が伺える

だが、ここでの人気ブコメ私自当事者として経験してきたことが大きく乖離しているので、あくまでn=1としての感想を記しておきたい。

自己紹介

本題に入る前に自身の経歴を書いておく。

国家1種(現総合職採用後、複数の本省庁で係長級を3回、課長補佐級を4回、地方機関課長級を2回、都道府県庁課長級を1回経験

本省庁では法案作成予算要求国会対応いずれも経験あり(霞が関残業の大きな要因がこの3つ)。

今は役所から離れたので好き勝手書く。

政治家の答弁を書くのやめれば?

多くのブコメで指摘されていたのがこれだ。確かに国会答弁を作るのは深夜早朝に及ぶことが多く、疲弊する。だが、それが必要なこともまた確かだ。

答弁書作成必要性について

大臣しろ役人しろただの人でスーパーマンではない。そして各省庁の業務はどれも多岐にわたっている。事前に準備して置かなければ、「御指摘の事実について、報道されたことは承知しているものの、事実関係の詳細は承知しておりませんので、調べた上で述べさせていただきます。」とのような答弁が並ぶことになり、国会がまともに運営できなくなる。

なら政治家の答弁は政治家が準備すればいいのでは?

国会での質問は、政治家個人にではなく「○◯省を所管する大臣」に対して行われる。当然、大臣としては◯◯省の組織を使って答弁の準備をするのが職責に適うと思われる。

ちなみに、答弁は政務三役大臣副大臣政務官)だけでなく、役人(おおよそ審議官局長)が行うこともあるが、当然その答弁も担当部局作成する。

なお、政務三役に対する質問で、それが政務三役としてではなく、政治家個人として問われているものについては答弁書作成しないことが一般的だ。例えば政治信条スキャンダルに関するもので、質問票に「政治案件」とかわかるように追記されている。(こういうのって誰が答弁書いてるんだろうね?秘書官を中心にかな?知らんけど)

でも大臣は部下に答弁作らせて自分は帰って寝てるんでしょ?

これは大臣によるが、多くの場合役人の作った答弁書がすべてそのままOKとはならない。

私の経験していた代表的な答弁作成スケジュールと答弁の作り方を示しておく。

(答弁作成スケジュール

委員会2日前

ポツポツ議員から質問案が届くので質問一覧(質問票や問表と呼ばれたりする)とそれに対する答弁案を作り始める。

委員会前日

18時ころになってもまだ質問内容が判明しない議員や、判明したとしてもあまり範囲が広すぎて準備ができないもの代表的なのが質問内容を「内政について」「外交について」とFAXしてきた民主党の某議員うろ覚えだがたしか日曜日の22時だったような))についてバタバタし始める。

遅いとき24時をまわってからの答弁作成になるので、深夜労働は避けられない。

また、22時点までにできあがっている答弁書について、大臣説明する。多くの場合大臣から修正指示が入る。

委員会当日

朝6時頃から大臣説明する。

丸一日委員会(午前3時間午後3時間)が行われる場合各部局が用意する答弁は100問を超える。委員会は朝9時から始まるため、150分ほどで100問分の説明を終わらせる。午後の答弁については昼休みに回すこともある。

ちなみにここでも大臣から修正指示が入ることがある。

正直言って、単純な業務量だけからしても個別の答弁を作っているよりも大臣の方がかなりキツイと思う。あの人達過労死しないのは謎だ。

(答弁作成の流れ)

例えば、「○県△市で□が起こっていると聞いた。住民科は打数の苦情が出ているそうだが、国としても対応するつもりはあるのか」という問いだったとしよう。

まず行われるのは、どの省局課係がその答弁を書くのかという綱引きだ。その答弁なら当然うちが、というものもあれば、そんなの書きたくないよという押し付け合い(消極的権限争いともいう)もあるが、概ね1時間程度で決定される。

次に事実関係確認だ。質問の前提となる事実が正確かどうか確認をする。

質問者がかなり角度をつけて事実を述べていることがあるので、国の出先機関都道府県市町村にお願いして情報を出してもらう。ここの数字が少しでもズレると「隠蔽だ」などと言われるので慎重かつ迅速に行う。データベース化されていればいいのだが、すべてのことのデータベース化など不可能だ。

事実関係確認が終われば答弁の作成に入る。ぶっちゃけここは大して時間はかからない。長くても1時間もあれば終わる。

そして、上司了解を取る。局長答弁であれば、課長補佐課長局長了解さえ取れば良い。ここは常日頃から意思疎通もできているので簡単だ。大臣答弁であれば、局内だけでなく、大臣官房(会社組織で言うところの総務部とかの中枢部門)の了解がいる。ここは局としての答弁ではなく、省全隊の答弁として適切かどうかという観点からチェックするので割と修正が入ることが多い。

それと並行して、他省庁に関係が及ぶ答弁になると関係省庁の同意(合議(あいぎ))を取っておく。国会答弁は政府としての約束になるので、ここで大臣が「やります」と答えて、実施のために予算必要になった場合財務省承知していないと困るわけだ。

この、関係各者への了解を取り付ける作業が極めて長い。全体としての整合性を問われなきゃ楽なんだろうけどそういうわけにもいかないだろう。

官僚が辞めるのは政治人事権を取られたか

一番疑問に感じているところはここだ。正直言ってこれで役人待遇が下がったとは思えない。

何故か。そもそも内閣人事局ができる前も、幹部公務員の人事は政治家意向が反映されていたからだ

内閣人事局ができる前から、各省庁の公務員人事権は各大臣が握っているので当然だ。だから内閣人事局ができて変わったことと言えば、人事に各省大臣だけでなく総理大臣意向が反映されるようになったことくらいだろうか。そして、それはとき政治家によって積極的行使される場合もあれば、「よきにはからえ」とされることもあるだけだ。

私の目の前で局長大臣反論してすぐ飛ばされたのを見たときは戦慄した。

もともと、役人の間では、「真ん中以上でいれば指定職(審議官局次長クラス。このクラスまでなると退職金が跳ね上がるので一つの目標)まではなれる。それ以上は政治が絡む」ってのは共通認識だったと思う。

ただ、内閣人事局ができたせいで官僚自律性が落ちた、や政治家の言いなりになるようになった、などと大々的に報道されることによって学生の方々にそのような認識が植え付けられ、志願者減につながっている可能性は否定しないが。

じゃあ辞める理由って何だよ

役所に入る時点で政治家コンサル等に転じる予定だった人はともかく、入ってから宮仕えにネガティブな印象を持って去っていくのは、概ね①激務に耐えかねて、②ワークライフバランス確保のため、③より高い報酬を求めて、の3通りだ。割合からすると20%、30%、50%くらいだろうか。

①激務

人を増やすことで一定程度の解消は可能だが、この施策賃金出世の下方圧力になる。

今なおあえて霞が関に残っている人からすると、賃金はともかく出世競争相手が増えるというのはモチベーションに響きそうだ。

ちなみに、20年ほど前に活発にブログを書かれていた官僚bewaadさんは概ね以下のようなことを述べていた気がする。

役人として入ってくる人は激務には耐えられる人が多い。薄給もまぁそう。ただ、いわれのないバッシングは堪える。

○今後、全ての面で官僚待遇が上がることはないだろうから官僚の質の低下は受け入れるべき。

霞が関マニュアルを嫌うが、霞が関仕事の仕方もマニュアル仕事にするべきではないか

ワークライフバランス

①と似ているが、こちらは育児介護などライフイベントで去らざるを得なくなるケースだ。この場合、概ね地方公務員なんかが受け皿になることが多い。また、本人が降格願いを出して、ほぼ転勤がない強度の低い仕事に移ることも多い。

あと、省庁にもよるが頻繁に転勤がつきもののところもある。役人同士なら転勤先を配慮してくれたりもする(配偶者留学に同行するための休職なんてのもある)が、そうでもなければ別居や単身赴任となる。このご時世それで人を引き留めたりは難しいだろう。

報酬

私の周りの場合ほとんどがこれだった。特に外資コンサルへの転職典型的だ。

特に結婚したり子供ができたりして、これからどれくらい必要真剣に考え始めると、その誘惑は抗いがたい。

必ずしも悪いことではなく、正当に評価されるところにいくのは当然だと思われる。

(ちなみに学歴的にも経歴的にも決してキラキラしてないフツーの役人給料倍以上でオファーがある。景気良いね

結論

引き止めるためにはとにかく金。

金を出せばガツガツとした役人候補は群がる。

あとはできればちょっとした敬意。一応叙勲対象にはなるけど、今どき70歳を超えてからなのはねぇ。旧軍みたいに感状でも出すか?

もう一つ、別の視点からだと、労働時間の上限を決めて必ず守らせ、それにより発生するミスは受け入れること。役人の中にはいろんな意味仕事が大好きな人も多い。無給だろうがどんどん働く人達だ。また、この人たちはえてして極めて有能であり、役所仕事の大きな部分が担われているのも間違いないのだが、この人たちの働き方が標準になってしまっていて、皆それに合わせざるを得なくなっているのもまた否めないところだ。

なら、労働法と同じように上限も決めてしまって、彼らに一切働かせないとしてはどうだろうか。(というか今でも一応上限はあるんだけどね、有名無実になってるだけで)

最後の案は仕事クオリティは間違いなく下がるけど、持続可能性という意味ではアリではないかな?

余談

ちなみに、少なくとも2年前の時点では霞が関の勤務環境20年前と比べたらずいぶんと改善されている。財務省説明に行ったら怒鳴られて灰皿を投げつけられたなんて噂が残ってたような時代だが。

ただ、民間側の改善スピードに多く追いついていないのが現実だ。

2024-06-09

映画関心領域」観たよ。

関心領域(The zone of interest)というのは、ナチス統治下のアウシュビッツ収容所の周り40kmを指していた言葉だそうだ。

その言葉とは裏腹に、収容所の長として働くナチス高官とその家族暮らしが、いかアウシュビッツ出来事に無関心だったかということが描かれているよ。

無関心というよりは、虐殺スムーズ日常に溶け込み過ぎている様子の不気味さというべきかもね。

妻は収容されたユダヤ人衣服が届けられると、家族使用人にそれを分配したり、プールのある庭のお手入れに夢中だったり、子どもたちはおそらく川に流されたユダヤ人の遺灰から拾った歯を眺め比べていたり、父親は熱心にユダヤ人を焼却する最新型焼却炉の計画を進めたりするよ。

それらが日常系とも言える淡々としたスピード感で描かれていくよ。

一見、大きな犬が尻尾を振りながら家中を遊び回る平和光景に、壁の向こうの収容所での悲鳴や怒号が紛れ込んだり、美しい調度品とシンプル家具が美しい家の窓からは、焼却炉の煙が常に見えていたりするんだ。

彼らはナチス仕事を熱心にこなし、支援する模範的国民であり、その中でも成功した上流の暮らしをしているけど、それが未来にどんな意味を持っているか、まったく想像しないんだね。

想像をしてしまうと、正常に生きてはいられないから。

から廊下の向こうの暗闇に未来を予見するとき、彼は病んでいるんだね。

2024-06-07

手術したら尻の穴が2つになった

タイトル通りなんだが、肛門周囲膿瘍で手術して、出血多量で運ばれて尻の穴が一つ増えた。

もともと下痢気味体質なのが災いして、肛門の中に膿が溜まった。ここまでは仕方ない。問題はここから

まず排便が難しくなった。排便時にも当然痛みがやってくる。そして座る、歩くという普通動作すらできなくなってきた。

会社に這っていったのは良かったが、午前中で体力が尽きて帰宅。駆け込んだ駅前肛門科で初老医者に尻の穴をほじくられてついた診断名は「肛門周囲膿瘍」だった。しかもその病院では処置ができないから別の医者に紹介するという。

その日のうちに別の医者に行ったら、また尻の穴をほじられた。1日2回もほじられて、さらに痛みは増した。

言われたのは「ウチで手術できるかどうかはわからないけどとりあえず座薬抗生剤痛み止め出しておくわ」。

尻を抱えながら家に帰った。横になっても痛い。更に痛みが増した。痛みで眠れなかった。

翌朝、病院に駆け込んだらすぐ呼ばれて、尻の穴に麻酔を突き刺された。悲鳴を上げた。そして膿を破いて取り出してくれた。ついでにチューブもつけてくれた。

これでよくなる…と思ったら、今度は排尿ができなくなった。

力を入れても尿が出ない。

病院医者が顔色を変えて「夕方まで様子を見ましょう」とのたまう。そうこうしてるうちに尻から血を噴き出した。ケツから火ではなく血をふいた。

医者が再診したが時すでに遅し。止血剤も効果はなかった。再び激痛にのたうちまわる。

医者はとうとう治療を諦め、救急車を呼んだ。町医者から大学病院に運ばれた。

肛門出血という診断名で、緊急手術となった。

全身麻酔で切開され、排膿+チューブの除去が終わった。

翌日には退院することができた。

自分おしっこができた時は涙が出た。

そして数日後、尻の穴がもう一つ、側壁といえば良いのか空いていることに気付いた。

私の尻には二つの穴がある。

つの穴は排泄のため。

もう一つは膿をひたすら垂れ流す魔物となっている。

今日も私は二つの尻の穴を隠しながら会社に通っている。

終わりだよこの人生

2024-06-06

インターネットポルノを断って1ヶ月の感想

40歳にもなって毎日オナニーするのもまずいだろってことと

リモートワークの恩恵もあり無意識ポルノを見てしま生活を変えたくて始めた。

数年前から何度か読んでいた「インターネットポルノ中毒 やめられない脳と中毒科学」の影響もある。

何度も読んでいることからかるとおり自分インターネットポルノ中毒である

あなたポルノ中毒でなくとも依存や脳に関するトピックに興味がある人は楽しく読めるはず)

このチャレンジの一番の目的ポルノ視聴をやめること。二番目が頻繁なオナニーをやめること。

始めてから1ヶ月でポルノの視聴は1回、オナニーは1回、セックスが2回だった。

以下感想

初日はなんてことなかった。2日目から徐々にムラムラしてくる。

3〜4日目は気を抜くと常にエロいことを考えていた。頭の中は妄想でいっぱい。仕事全然手に付かない。

ここで身体にも変化が出始める。股間肛門の間の筋肉射精時と同じようにビクンビクン動くようになる。これがけっこうキツイ身体的な依存

4日目以降は完全に狂っていて、なんとかオナニーする理由を探し始める。疲れてるとか、仕事で嫌なことがあったとか、集中力が落ちたとか。

ここをなんとかして乗り越える強靱な精神力必要身体悲鳴を上げていて妄想で疑似射精しているのか連続してビクンビクン動いている。

7日目以降も同様の症状が続くが、ここまでくると我慢できている自分が少し誇らしくて徐々に楽しくなってくる。

10日ぐらい我慢すると達成感がありここまで来たらご褒美オナニーしてもいいかなと清々しい気持ちになってくる。

だがこれはただ単にオナニーするための形を変えた言い訳なので意志を強く持って我慢する。

12日目ぐらいで我慢できなくなったのでセックスした。一度射精してしまうと快感が蘇り我慢が難しくなる。

16日目でポルノを見ながらオナニーをした。達成感と後悔が半々ぐらい。だがここで断念する理由はないので翌日から再挑戦する。

継続するコツは罪悪感を持たずに「初回の挑戦は16日継続できた。次は20日継続しよう」と考えることだと思う。

翌日からの2周目の挑戦は初回よりも簡単だった。3〜4日目のキツさは無い。10日目ぐらいのメンタルで再開できる。

また2週間弱で1回セックスした。初回同様、翌日以降にオナニーしたくなったがこうなるのは理解していたので回避は容易。

そのまま継続していま1ヶ月目ぐらい。

精神的に何かが変わったかと聞かれるとあまり実感はない。

ただ時間が増えたように感じるのと、集中力が増した気がする。

ポルノを漁っていた時間が完全にフリーになったので新しい事に取り組めているし

集中力に関しては個人的仕事生産性を数値化しているんだけど明らかに向上している。

いまはポルノを見ていないがXでたまに流れてくるエロ動画を見てしまうと脳が怖いぐらい素早く反応してしまう。

もう涎が出るほど官能的でいますパンツを脱いでオナニーしたくなる。しばらくそのシーンを反芻してしまう。

自分ソフトドラッグ経験があるのでこういった中毒性、依存性のあるもの比較理解しているつもりだが

ポルノ依存性の強さはソフトドラッグの比ではなかった。(この辺りの話は本にも詳しく書いてある)

脳内スイッチが入ると女の子の口や舌、身体の柔らかさや肌が触れあう感覚フラッシュバックして落ち着くまで時間がかかる。

オナニーが習慣になっていたときはなかったが、いまはこのフラッシュバックが習慣を元に戻してしまう一番の危険性になっている。

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書き忘れたこと。

自分の楽しみを手放してしまった寂しさみたいな気持ちがある。好きだったおもちゃが壊れたときのような寂しさ。

エッチ動画を見つけてオナニーする行為自体純粋に好きだったんじゃないかな。

Xで好きな動画を見つけて今夜はこれ観よう!みたいなわくわく感を楽しみを手放してしまった。

ここまで書いて気付いたけどこれは完全にドーパミンが脳に見せる幻覚だった(笑)

2024-06-03

anond:20240531083213

おはよー!

この時期って暖房なのか冷房なのか微妙な時期よね

それでもって冷房が入ってるとキンキン上着持ってくればよかったと後悔する事がとても多い

特に電車の中はキンキンヒエヒエ

わずお腹ヒエーっと悲鳴を上げてゴロゴロ

お天気も微妙な感じですけどまったり月曜日乗り越えるわよ!!!

2024-05-31

映画館で寝た話

「退屈すぎて面白くない映画」を揶揄する言葉として「途中で寝た」という言葉存在する。

もちろん本当に寝るわけではないだろう。金払って映画見てるのに上映中に寝るなんて勿体なすぎる。

そもそも自分だって映画館で映画見てる最中に寝た事なんか一度もない。

内容が退屈かどうかとか以前に、睡眠が足りてないだけなのでは?

 

とそう考えていた。

が、自分もとうとう上映中に寝てしまった。

恐らく数分程度ウトウトしただけだと思うが。

 

その映画は「関心領域

予想通りだが、やはり予想通りアウシュビッツ強制収容所で起きていたコトについての直接的描写はない。日常的な出来事の合間合間に(主に夜)焼却炉からの火や(焼却炉なのにあんなに炎上がるもんなのかな)、悲鳴じみた声だけが強制収容所内で行われている事をほのめかしている。

結局最後になるまで、何が行われていたのかは明確にされず、ひたすら強制収容所所長のヘスとその強欲な細君の日常が描かれるだけなのでやはり退屈になってしまう。

まあ、その最後にしても学校先生方が嬉々として解説しそうな物であったが。

画面作りはホラー映画風だけど、やはり学校教育用の映画以上のものではなかった。

多分そのうちNHK放送するだろうし、学校でも生徒たちに見せる熱心な教育者が出ることだろう。

 

一体何が原因で寝たんだろうか?

と考えてみたが、今までは映画はほぼ休日に観るものだったが、最近仕事帰りに観ることが多い。

後は、認めたくないが40代になって疲れが取れなくなってきてるのかも知れない。映画評論家も大体歳食ってる人たちが多いので、もしかして老化による影響で本当に寝ていたのかも知れないな。

2024-05-26

anond:20240524223357

教授に言われた内容で十分にアカハラ判定されると思うので、時系列で整理して所属大学のしかるべき部署に行ってください。

教授と闘って勝とうと思うと、なかなか難しいかもしれませんが、研究室の変更だったら普通はやってくれると思います

早めに研究室を変えるのがベターだと思います

それと、追記を読みました。

教授の年齢は分かりませんが、昔は確かに大学進学率も今より低い上に、大学院まで進むのはごく少数だった時代があります

そういう時代を生き残って大学教授になるということは能力も自信も人並み外れたもの要求された、みたいなところはあるかもしれません。

そう言う教授が、自分学生自分がやったのと同じようなハード努力と才能を要求しがちである、と言うことはあります

しかし、ここ20年は大学院も大衆化してきており、50%が大学に進学し、そのなかで理工系に限れば4割近く、全体でも1割強が大学院に進学する時代です。

ついでに言うと、政府はそれでも「国際競争を考えれば、近い将来に高度人材が足らなくなる」と悲鳴をあげているわけです。

20世紀前半に活躍した科学者科学論者であったJ.D.バナールは、いずれ働く人の3割が何らかの意味科学者になると予言しました。荒唐無稽に感じるかもしれませんが、例えば「コンピューターを扱える」と言うのもバナールの時代を考えれば一種科学者と見えるかもしれず、そんなに無茶なことでは無いのかもしれません)

こうした時代において「スーパーマン」だけを合格させては到底、大学に期待された役割を果たせませんし、合格させた以上はそれなりの経験なりスキルなりを身につけて社会に送り出す義務が、大学側にあるわけです。

学費を払ったお客さんだから」とふんぞり帰って何かを与えられるのを待つと言うのも違うと思いますが、能力を悲観して要求すべきものを諦めてしまうのはもっと違うと思います

せっかく、若い時期を何年か費やし、(多分)それなりの学費も払うわけですからもっと自信を持って大学有効活用することを考えてよろしいかと思います

2024-05-25

インフレ実質賃金低下で日本国民悲鳴をあげてるのに天皇が助けてくれない理由

なぜ?

2024-05-24

anond:20240524225703

その結果弱者役割を担う男が増えたからみんな悲鳴あげてるんやぞ。

2024-05-23

anond:20240523223658

あの「ガ」は鼻濁音で正確には「ンぐぁ」に近く、スメルアタックを喰らったときに思わず発してしま悲鳴じみた声のことである

2024-05-22

anond:20240522071140

不謹慎を楽しめないのは雑魚

不謹慎なことを書いて同類の笑いと偽善者共の怒りをたくさん得られるのは楽しいこと

さらにそのネタ差別障害災害に苦しんでる層へ精神ダメージを与えられたら万々歳よ、美しい悲鳴を聞かせてほしいわ

2024-05-18

anond:20240518144714

この外科医悲鳴の割には言ってる内容が説明ゼリフだな。

アンコンシャス・バイアス

なぞなぞ

交通事故があり、車が父親と息子をひいた

父親即死し、息子は病院に運ばれた

外科医が「これは私の息子!」と悲鳴を上げた

どういうことか説明できますか?

この問いに対するAIの答え

この問いの答えは、外科医少年母親であるということです。

伝統的に外科医男性であるという固定観念があるため、

最初はこのシナリオが混乱を引き起こします

しかし、外科医女性であり、少年母親である場合

この状況は完全に理解できます


この状況が可能である別のシナリオは、

少年には2人の父親がいる場合です。

たとえば、同性のカップルが親である場合

事故で亡くなったのが1人の父親であり、

外科医がもう1人の父親であるとすれば、

この状況は理解できます


もう一つの考えられるシナリオは、

亡くなったのが少年法律上父親養父)であり、

外科医生物学的な父親であるとすれば、

やはりこの状況を説明できます

誰がそんな深刻な話をしろ

2024-05-17

小学生の時、夏に暑くて「先生暑いです」って言ったら「みんな暑いんだから我慢しなさい!」って言われた。教室冷房は付いてるし、よくネタにされるけど職員室は涼しくて、なんで教室ダメだったんだろう。クラクラするくらい暑かった

それから水道の水は冬に冷たすぎて手が痛かった。ショッピングモールトイレは温水だったから、大人っていいなあと思っていた。授業参観で来た親が水道で手を洗って悲鳴を上げて、「いつもこんなんで手洗ってんの」と驚いていた。

トイレタイル張りで、和式ばかりだった。1階のトイレには1室だけ洋式があって、なるべくそこに行くようにしていた。学校の教えではなるべく和式を使うようにと言われていたけど、トイレ掃除の時の和式の汚れ方にはゲンナリしていたので、全室洋式にしてほしいと思っていた。

中高は私立に進学したので綺麗だった。

国立大学に進学した時、そこの講堂もかなり年季が入っていて昔を思い出したものの、空調設備トイレ水道大人基準になっていたので特に困ることはなかった。投票権という言葉脳裏によぎった。

世の中が大きく変化していく中で、小学校だけは何十年も前のままだ。生活の中に嫌な思い出がたくさんあって、もし記憶を引き継いだままあの頃に戻って人生をやり直せるとしても戻りたくない。学区を選べば最新式の綺麗な校舎の小学校に通わせられるだろう。しかそもそもそういうガチャ要素が国や自治体施策で用意されているのが気に入らない。親が工夫すれば解決するということは、親が無頓着な限り子どもは苦しむのだ。かといって、調べればクリアできる課題を一つ一つ潰していくなんて面倒くさい。

子どもを持たない理由が一つ増えてしまった。その他にも性犯罪教師存在や、PTAのめんどくささ、旗振り当番のめんどくささ、オムツの値段、食費のこと、保育園のこと、時短勤務のことなど考えることは山積みで、もうどうしようもない。どうでもいい。犬や猫でも飼って心穏やかに暮らしたい。

anond:20240517180124

ゴミみたいな仕事は低収入貯金もできないし転職活動に回せる時間も体力もみんな持っていかれるんだよ!朝から晩まで上司が怒鳴り声をあげて上司がいなくなったらお局がヒステリック悲鳴を上げる職場12時間も詰め込まれから言葉をはけ上級国民が!

2024-05-15

バス業界って人不足と働き方改革で絶賛悲鳴中だと思うけど、そもそもこの業界必要

いかにも20世紀的な文化残滓だよね


いる?この業界

2024-05-11

anond:20240511151435

中年弱者男性抵抗も出来ず涙とヨダレでベチョベチョになりながら悲鳴上げて死ぬしかできないのかわいそうwww

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240511100235

対象が恐怖で差別可能性があるってだいぶ行き場ないでしょ。

表現以前に恐怖は悲鳴みたいな形で表に出ちゃうからネガティブ意味で。失礼な話だ。礼がないもなにも差別なんだけど。

表に出さなければ、ってのも相当呑気だと思う。

この方向の克服カウンセリング発達しまくってほしい。

え?元増田って釣り?

滅びてほしい。

2024-05-10

自力救済決闘合法にしたら

あらゆる怨恨やいさかい、争いが解決すると思うんだよね

ただしいたるところに人の死体が転がり、毎日どこかで断末魔悲鳴が響く国になる

因縁怨恨はある程度解決するだろうが、治安が終わる

そういう意味でも自力救済決闘違法でないといけない

まず俺が被害を被るしな

俺を恨む連中から俺を殺すための決闘を挑まれるし、俺を恨むやつが恨みを晴らすために俺をターゲットにして自力救済する

これから自力救済決闘違法であってくれ、俺を恨むバカどもを一生苛立たせ、手を出せない状況にしていて欲しい

そして俺は長生きして天寿を全うする、法律に守られた状態でな

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