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はてなキーワード: 不用とは

2019-04-25

https://togetter.com/li/1341322

「ご恵贈頂きました」という類いの呟きに寄せた郡さんの「呟き」は、書物出版するという行為人脈作りのように扱うことへの反感をこめたものだ。その底流にあるのは、書物という存在に対する畏れ、敬意、尊重するという「しぐさ」であり、それが彼の出版人としてのスタンス根本に関わる問題であることが伺える。

一方で「その呟きを批判することが自由言論流通を阻害する」と批判する小林さんの意見は、これも書物を狭い公共圏所属物にしてしまうことへの嫌悪彼女なりの書物未来への希望に基づく批判だと考えられる。書物もっと自由で開かれたものであるべきだ、という思想もまた、彼女出版人としての根本に関わるテーゼなのだろう。


両者の意見を踏まえた上で、その対立について、それから、切り取られた「クッキーでも焼いて…」という言葉について意見を述べたい。

まず、両者の意見はまさに「意見表明すること」に対する価値観を異にしているため、おそらく折り合う点がない。郡さんは「世界に向けて意見を述べるとは、反論批判を受けて立つ覚悟に基づくべきものであり、それは神聖行為だ」と考えているのだろう。そういう覚悟のないおしゃべりによる人と人の繋がりを一段低いものと見て、Twitterなどの道具を使ってそれをすることを否定するほど狭量ではないものの、自分が心を込めて関わっているものをそんなことの道具に使う行為に対しては嫌悪感を覚える、というスタンスだ。たとえて言うなら、陶芸家が「いまプレゼントに最適なカップ特集とか見て、苦虫をかみつぶしているような感覚だろう。

一方の小林さんは、おそらくそういうスタンスもつ世代の「本」作りには未来がないと踏んでいる。彼女彼女なりに出版未来書物未来を憂えていて、むしろ前世代の人が気軽な交流の場に本を持ち出すことに苦言を呈すること自体が、書物未来を奪うものとして気に入らないのだろう。たとえて言うなら、その陶芸家の息子が、自ブランド社長として上手にブランディング戦略をして「プレゼントに最適なカップ特集に○○印のカップ掲載してもらっているようなものだ。

……とまとめれば分かってもらえると思うが、こんな二人の話が折れ合う地点など最初からない


私が問題だと思うのは、こんな折れ合わない二人が触れ合い対立してしまうことを、いまのTwitterの仕組みはプラスにできず(論争が深まる余地がないので)、足を引っ張り合うこと(炎上)にしか繋げられない点だ。SNSは人と人の距離をぐっと近づけたが、ブログvsブログならまだ存在した対話余地を、Twitterは残さない。そしてそれを煽るのがtogetterのようなまとめサイトで、まさに郡さんの思うような「編集」という行為恣意性や恐ろしさに気付かないまま、面白おかしく「炎上やすそうなポイント」に絞ってページ作成者対立煽り社会全体の生産性を下げている。私は、この二人はそれぞれのポジション自己お仕事に邁進していただいたい方が、なんぼか日本世界の、そして書物未来のためになると思う。


今回の対立は「クッキーでも焼いてフリマで売ってろ」という郡さんの売り言葉に対して「性差別的な発言感情的な口調」と小林さんが受けたところから本筋を逸脱した。郡さんの文脈でこの売り言葉を読めば、それはつまり「(書物の怖さを尊重せず交流価値だけに可能性を見出すなら、書物という作るのも受け取るのも恐ろしいものに手を出さず、安全な)クッキーを焼いてフリマで売って(好きなだけ「素敵ー」とか言い合ってぬるい交流をす)ればいい」という意味であるのは明白だしブラック気味のジョークとして受け取れる範疇揶揄であったと考えるが、小林さんはその文脈を外して「(自分女性からクッキー焼け、つまり社会に出てくるなという話になるのか、つまり性差別」でありかつ「(性差別的な発言不用意に侮辱的に投げかけるほどあなたは)感情的だ」というレッテル貼りを行って、話を泥沼化させた。あとは、Twitterに住む蝿がよってたかってブンブン言わせて、事態は無事小学校の学級会へと堕していった。


郡さんのそのブラック口調が不用意だったのか、あるいは(かねてから似たような目に遭ってきたと想像される)小林さんの受け取り方がよくなかったのか、そこは今更問うまい。両者がその間の事情をそれぞれ忖度すべきだったというほど、両者に重い責任を負わせようとも思わない。ただ、いずれにせよ、両者はTwitterなどという軽い軽い場で議論じみた交流をすべきでなく、ただお互いの仕事に努めた方がずっとよい。陶芸家とその息子、ハッキリ言えば話すだけ無駄だと思う。

これまで何度も繰り返されたこういう出来事出会うべきでない二人をお節介にも出会わせて無益対立を生み、あまつさえそれを見世物にする!)をシステム上で防ぐ仕組みができない限り、いずれTwitterは信頼も人心も失っていくだろうと思う。

2019-04-23

anond:20190423232416

全然横の話かもしんないけど。

前にグループの中で人畜無害というか、集団でいてもただニコニコだけしてほぼ自己主張しないタイプの男がいて、なんとなく浮いてる感じがしたのが気の毒に思ってあれこれ親切にしてあげたとき

翌日あたりから急に態度がでかくなって「あれとってきてくれる」とか人のこと顎で使う態度取り出してビビった。

自己開示っちゅうか、まじで人との距離の測り方がわからない男っているんだなって思って今は不用意に関わり持たないように気をつけてる。

2019-04-20

anond:20190420212642

ユダヤ系の人が親戚にいます不用意にユダヤに関する問題コメント

載せるのは西洋史に関する知識を十分に持ってからになさった方が

絶対に良いと思います。 anti-semitism と解釈される可能性のある

コメント西洋で生まれ育った皮膚感覚を知らずに述べていらっしゃる

本当にこのサイトは閉鎖される可能性が高くなると推測いたします。

過去にそのことで廃刊になった月刊誌国内にあることをご存知ないのですか?

2019-04-13

楠本まきインタビュー記事炎上した本当の理由

読み直すと1章目はいいことを言っていた。「漫画偏見助長してはいけない」と。

問題は2章目でこのあたりから調子に乗ってくる。まず「ガイドライン」という言葉ヤバイ雰囲気を感じさせる。タバコ規制の件に反対していたという話と合わせれば皮肉だという見方もあるが、大ベテラン漫画家として言葉の選び方が不用意であったとしか言いようがない。編集者漫画家の話し合いでバイアス表現を考え直すというだけにすべきだった。


だが、本当にまずいのはこの後。ここが多くの人を怒らせた。

サンデーを読んでいたが、少年漫画誌に出てくる女性キャラクターには性格意志がない」と。

名探偵コナンなんかには若干批判余地もあるが、サンデーの顔といえば高橋留美子先生あだち充先生。その女性キャラクターに「性格意志がない」なんていうのは暴言まりない。藤田和日郎先生だってそんなこと言われたら怒るだろう。もし言うとしても少年漫画への偏見に頼らず、具体的な事例を上げて堂々と批判すべきである

元々はより現代少女に即した表現を求める建設的な話だったのに、ただの男性側ディスに堕したのは残念である


この段で感情的になった人たちが、先のガイドラインに猛烈な批判を加えたという要素もあると思う。楠本まき先生あるいは記事編集サンデー作家陣に謝罪するか、発言について主語を大きくし過ぎたと訂正すべきである

2019-04-09

anond:20190409045845

人間動物迷惑をかける点ですが、フウチョウたちが「確かにヒトのおかげで助かったケモノもいるが、ヒトが不用意に近づいたばかりに、迷惑するケモノもいたかもしれんぞ」と明確に問いかけてるんですよね。これに対するアンサーは必要であり「テーマとして昇華していない程度の示唆」で終わらせるのは無理があります

しかに。フレンズの選定や居心地の悪さ、フウチョウの問いかけも含めると、制作意図があったのは反論しようがないです。ならば、それをテーマに絡めることを諦めたというのはどうでしょう。ここ最近の界隈の雰囲気を見ると、けもフレ1でさえ信者とまで言われるほどの熱心なファンに「へーきへーきフレンズで得意なこと違うから」「のけものはいない」のような世界観を教える事はできなかったわけじゃないですか。結果論ですが、船長ワカバが休んでれば赤い木の騒動なんて起こらなかったのに、それを作ってるたつき監督自身が過労気味なわけじゃないですか。物語を使って視聴者特定の行動を促すというのは実は無理なのではないでしょうか。おっしゃったアイデアにあったようにキュルルちゃん人類の罪を贖罪してしまえば、見ている方はスッキリした気分になってしまって何か教訓を得ることはないということです。制作サイドに人間が歪めた動物について考えてほしいという善意があって、それをエンタメ物語に乗せて実現させるための方法として、示唆で止めておく手段を選んだ。いかがでしょう。

俺は、ビーストは死んでないと思います。そこにけもフレ2の作劇の方針がみてとれる気がするのです。個人的にはビースト周りのドラマはなかなかに心揺すられました。パークの重鎮のかばんさんさえ”アイツ”よわばりする厄介者イエイヌを追い詰めサーバル撃退されたけど、スケッチブックの集合絵に入れてあげた。「解りあえなかったとしても、解ろうとするのは別にいいじゃん」、ボートに現れたビーストから逃げることを促されてもこのまま行くと言い切る。キュルルちゃんの思いが言葉だけじゃなく行動になるまでに固まる。それでビーストが大暴れするので気持ちいいわけです。このドラマ普通に決着させようとすると、うーんたとえば、瓦礫の中にビーストを探したが見つからず、足跡がパークに続いてくのを見て「いつかまた会おう」とひとりごちる、とかになるでしょうか。でもそうせずに瓦礫に埋もれて消える描写にした。ホテルメンバーの救済のために尺が足らなかったのかもしれませんが、俺は刮目してみていたので気づいていました。ホテル屋上のあの位置は頭上に障害物はなく、瓦礫に埋もれたのはカメラのほうだと。つまり誤解させる演出になっているわけです。多くの視聴者初見で、ああビースト死んだのか可愛そうやな、とおもってSNS悲鳴を流します。それで解析班が動いて「ビースト死んでなかった!」という記事ホットになる。木村監督は交代時に、けもフレ1の魅力は散りばめられた伏線、のようなことをおっしゃってたと思いますネット考察版が動くことを期待して放映後に爆発する仕掛けを組んだというわけです。エンタメ作劇的には王道ではないでしょうが、このような狙いがあったのでは。

俺はけもフレ1・2・ケムリクサすべてで、伏線や回収、世界観の開示などを目を皿のようにしてさがし、それに理屈をつけるような見方をしています。それで楽しめていますけもフレ2では話の途中に掛け合い漫才みたいなのが頻繁に入ってくるので、その部分もニコニコながら見ていました。確かにドラマとして登場人物紆余曲折が一つのテーマ収束していく様はあまりけもフレ2にはないですが、その部分に多くを期待しない鑑賞スタイルには合っているような気がします。

何話か見返したのですが「キュルルの手がかりの絵が尽きた」ことが描かれたシーン

一話の最後スケッチブックをめくり千切られたページを目にするシーンがあります。状況的にあそこでは手がかりを見つけるために捲っていたのであのページが最後になることはキュルルちゃんは判っていたと思いますホテルでリョコウバトに集合絵を渡すときに、観覧車の次のページに集合絵を描いていて、その次が白紙であることが一瞬見えます

キュルル自体の魅力が損なわれ、作品自体への評価が下がります

キュルルちゃん立場から見て、イエイヌ価値観尊重してああ言ってあげる、というのは悲劇トリガーには観念的にはなっていますが、無責任・悪意のある行動には思えないです。カラカルが介抱していて危機的状況から開放されて安心しているという状況です。みため年齢的に見ても致し方ないかと。キュルルちゃんは魅力的なキャラクターとして描かれていてそれは成功していると思っています。この扱いで好感度が下がる合理的理由はないでしょう。

強敵との戦いをどう盛り上げるか、逆転を、どう印象づけるかの工夫がありますフレンズセルリアンとの戦いは、あまりそうした工夫がなく、盛り上がらなかったです。それなら誰かが「野生解放!」と叫んだほうがわかりやすいでしょう。

けもフレ1では仲間に呼びかけるために、野生解放宣言していますけもフレ2の該当の戦闘ではそのタイミングで一対一だったので言う必要がなかったのもあると思います。突然漫画演出になるのはリアリティが下がって興ざめするので、盛り上がるためだけに叫ぶのは良い方針ではないと存じますしかし確かにセルリアンとの戦闘けもフレ2全体で退屈な仕上がりになっている印象は否めないです。制作なりに「優しい世界」を目指した結果ではと考えています戦闘けもフレ1に比してもピンチ感は少なくなりました。見返したときに緊張感が高くならないようにあえて戦闘テンションを抑えたということです。最終戦での野生解放が叫ばれなかったのを考えていたんですが、する必要がなかったというのが答えだと思いますホテルメンバーが囲まれたのがおそらく最大の危機的状況ですが、そのときにおいてもホテルに現れるペパプを妄想していました。いよいよとなれば解放する気だったのでしょうが、ペパプ本物が登場して救われる流れになります

最終話評価は、それまでの1~11話の評価と切り離せないものですので。視聴者に信用されるために、制作者側は信用を積み重ねる必要がありますが、そこがうまくいってないわけです。

セルリアン集合シーンはけもフレ1の名シーンほどの決めカットではないです。先に申し上げたとおり、あの状況ではああいう絵にしざるを得ない、共通性を見出すのは無理矢理のこじつけですよ。信用がないと言うより、悪意があると信用されていた、というほうが実態に近いと思います監督交代騒動のツケを支払わせるために問題表現を探したというこです。たしか結果的には新体制が信頼を積み上げることに失敗した、というのは同意します。しかしその責任制作側にあったとまでは言い切れないです。ところで、けもフレ1でたつき監督が序盤で信頼を積み上げるような何かをしていたか、というのはずっと考えていました。一話で退屈と断じて切り捨てたという視聴者はよくいるし、伏線-回収のループを重ねていけば意味のあるシーンを作れる作家だとわからせることができるけど、そういうのってしてましたっけ?

キュルルのおうちが、見付からなかったことに、消化不良があります。次に、キュルルが「おうち」を諦めるに至る過程曖昧なので、ドラマが盛り上がりません。

けもフレ2では現実的な厳しさを書いたのではないでしょうか。けもフレ1へのアンチテーゼというか、ご都合主義的ではない、よりリアル世界観フレンズ同士の親切心を浮き立たせたかった。一話を見てパーク内にキュルルちゃんのおうちがあるような気はしないわけです。家族の元に帰ってENDは想定しにくい。案の定見つからない。イエイヌは救われない。ビーストはどうしようもない。でもそれぞれに現実的な進展が与えられるわけです。エンタメ文法でみるとドラマとしては盛り上がりに欠けるでしょうがスッキリとしない視聴感がビターな感じはあると思いますケムリクサでの最終話EDの、りりが救われた風の描写は俺に、感動したけどこれ結局お話に過ぎなかったんだな、という思いを与え、肩透かしでした。

ところで、けもフレ1のテーマは何だったのでしょう。かばちゃん成長物語と捉えると、1話では彼女は頼りないですが、11・12話で存在感を見せつけたという感じであまり変化がない。ミライさんのフレンズ生存理由になったり細かい伏線の繋がりは合ったのはわかります。それぞれの話でドラマが見事だったのも異論ないです。でも全体としてのドラマどうでしょうケムリクサは逆に全体としての物語性が強いです。けもフレ2は両方のフレーバーを持っている。その話での起承転結と「おうちテーマ」のための全体の流れが合わせて練られている。イエイヌが”おうちにお帰り”といって拒絶されるのは全体のために必要だけど、イエイヌ回単体ではキュルルちゃんサーバルカラカルの在り方を見せられて自分との違いを見て挫折して去る、くらいでよいわけです。ただ各話においてフワッと見ているだけではドラマとして盛り上がりに欠ける、というのは改善余地は合ったかもしれませんね。

批評として使うなら、定義必要になるでしょう。

いえ、今はまだ固まっていない段階です。その正体をつかめない段階で用語意味を固定してしまうと先へ進むことができなくなるでしょう。必要ときにその都度「この作品のこの部分は優しい世界か?」「優しい世界とはなんだ?」を繰り返して意味を掘り進めていくべきです。

スギスを狙ったのなら、作品の出来とは別にマーケティングミスです。そういうのは事前に告知して心の準備をさせるのが良いかと。

絵柄が大きく変わっていることは初見でわかりますSNSで憤慨しているファン監督交代騒動は耳にしていたはずです。ファン必要以上にセンシティブになり、前と寸分違わず同じもの要求した、そのように見ていますけもフレ2も最初からスギスしていたわけでなく、センちゃんアルマーさんの実態ジャングルメンバーなど、段階を追っての開示になっているとは思います(話がずれるかもしれませんが、「危険きわまりない溝ができています!」は、好き嫌い分かれるネタを初っ端から突っ込んできたな、と思いました)。

付録

スギスした作品はギスギスした作品で楽しめる人も、癒やし系作品の続編として出されると「思ったのと違う」ってなりますよね。ラーメン屋いったらサンドイッチが出てきたみたいなもんで。

面白いので http://blog.livedoor.jp/fukukan2009/archives/52307013.html 及びその次の記事より引用します。

別の場所コメントでは「カレーを頼んだのにXXXが出てきた」といっている人もいました。俺は「カレーハヤシライスビーフシチュー」くらいの印象です。

anond:20190408230305

人が動物の上に立つモチーフイルカアシカイエイヌが、けもフレ1以後の「人間がいなくなってる世界」でそれを強調されることが視聴者にとって不快で、それを書くなら悲劇性や罪悪感も書くべきだ、との主張でしたね。誤解していました。失礼しました。そうするとリョコウバトは構わないのでは。けもフレ1でもトキ絶滅していますが、人が上に立っているわけではないので問題ない。リョコウバトも同じ扱いでいいのではと思います

けもフレ2における、人間動物迷惑をかける点ですが、フウチョウたちが「確かにヒトのおかげで助かったケモノもいるが、ヒトが不用意に近づいたばかりに、迷惑するケモノもいたかもしれんぞ」と明確に問いかけてるんですよね。これに対するアンサーは必要であり「テーマとして昇華していない程度の示唆」で終わらせるのは無理があります

リョコウバトとトキ比較ですが、けもフレ1のトキ場合絶滅危惧動物であること、人間によって傷つけられたことに関する言及はないわけです。一方、リョコウバトの場合絶滅を暗示する演出がいくつもあり、先のフウチョウの問いかけもあったわけです。

イルカアシカについてですが、ネットを眺めた体感では、そこまで気にされてないように思うので、これが気になるのは俺自身問題であって、そこまで気にしなくても良いかもしれません。

ただし、フウチョウの問いかけにある通り、全体的に人間動物関係性の負の面に掘り下げるならば、イルカアシカも一緒に掘り下げたほうが脚本の完成度が上がるでしょう。

イエイヌについては、あれは監督交代のいざこざ抜きでも、居心地悪いかと。

詳しくないのですがハリウッドヒーロー物では技名宣言は少ないのではないでしょうか。国内で閉じるローカルルールに縛られずによりリアル表現模索したのでしょう。

マーベルやDC映画場合叫び声でパワーアップはしないわけですが、強敵との戦いをどう盛り上げるか、逆転を、どう印象づけるかの工夫がありますフレンズセルリアンとの戦いは、あまりそうした工夫がなく、盛り上がらなかったです。それなら誰かが「野生解放!」と叫んだほうがわかりやすいでしょう。

まあファンタジー蔑称ということもないのでしょうが、多くをノリで処理すべき寓話世界観というほどには、けもフレ2は堕していないと思います

まず私の立場は「多分、脚本の穴だろうが、寓話世界観と取れないこともない」というものです。ラストバトル前の葛藤(フウチョウ)と、ラストバトル勝利ギミックビースト)という重要な部分の両方が、ファンタジーな流れで解決されるので、その印象が非常に強いんですよ。

しかし、たつき監督けもフレ2をやっていたらそのカット問題にならないわけでしょう。監督が代わるごとに構図被りに難癖つけられるなら、正解は作らない一択ですよ。俺は野生解放こそ失念していましたが、かの名シーンの存在は覚えていて、でもその被りには気づきませんでした。観客が悪意を持ってアラ捜ししていることまで計算に入れて作っていかなきゃならないなら、アニメ制作者が家に帰らない期間は年単位で増えていくでしょう。観ると決めたら、ある程度製作者を信用することは視聴者側の責任だと考えています

点が三つあると人の顔に見える、と言う話がありますが、人間は、基本的意味のないところにも意味を捜す生き物です。現実には意味のないことは幾らでもあるのですが、作劇でそういう部分を作ると、視聴者は無理矢理意味を見いだそうとし、結果、制作者にとって不本意な受け取り方をされることがある。それを避けるためには、意味・印象が散漫なシーンを作らないことです。

結局、セルリアン型フレンズにあまり意味がなく、戦闘も盛り上がっていないのが、あら探しされやすい大きな原因だと思いますフレンズ型になった意味もさほどなく、あまり怖い印象もなく、なんとなく倒されていくという(このへんは脚本だけでなくアクションシーンの問題でもあります)。

けもフレ1の集合シーンは、ここからフレンズが、それぞれの個性を生かした連係攻撃を開始するわけです。例えば、それを踏まえて、セルリアンが巧みな連携を仕掛けてきて、「これまでのセルリアンと違う! なんて強いんだ!」とすれば、そこには一つ意味が生まれます

そういった点をクリアしても、ケチつけられる可能性は否定しません。結局、最終話評価は、それまでの1~11話の評価と切り離せないものですので。視聴者に信用されるために、制作者側は信用を積み重ねる必要がありますが、そこがうまくいってないわけです。

この先奇跡的にけもフレ2の人気が反転して評価が逆転したら繰り上がって「優しい世界」になるのでしょうか。だとすると「優しい世界」は「感じが良くて人気だった」くらいの概念になってしまうでしょう。

「優しい世界」に込める意味は、人それぞれで、深く考えてない人も多いでしょう。なので、最大公約数を取れば、まさしく「感じが良くて人気だった」くらいの意味になると思います批評として使うなら、定義必要になるでしょう。

私自身が「優しい世界」という言葉を使ったのは、「素直なキャラ面白いドラマを作ること」くらいの意味です。

けもフレ2でギスギスが解禁されたことで、G・ロードランナーやフウチョウ、イエイヌなど、けもフレ1に収まりきらなかっただろうフレンズへの間口が開かれました。

スギスした作品はギスギスした作品で楽しめる人も、癒やし系作品の続編として出されると「思ったのと違う」ってなりますよね。ラーメン屋いったらサンドイッチが出てきたみたいなもんで。ギスギスを狙ったのなら、作品の出来とは別にマーケティングミスです。そういうのは事前に告知して心の準備をさせるのが良いかと。

逆に言うと、ここまでギスギスな作品だと受け取られる、とは制作側は思ってなかったんでしょうね。

論理同意できません。自由意思はどちらの選択をとっても自由ときにのみ現れるものです。

そこはおっしゃるとおりですね。書いたことに矛盾があったので書き直します。

まず、1話からのヒキである、キュルルのおうちが、見付からなかったことに、消化不良があります。次に、キュルルが「おうち」を諦めるに至る過程曖昧なので、ドラマが盛り上がりません。

キュルルが「おうち」を捜す動機として、フウチョウに対して、「そこには、僕にとって大事な、なんかすごく大切なものがあった……気がする……」と言ってるんですよね。この「大事な大切なもの」が不明なまま、おうちより仲間と言われても、とってつけた感が出ます

それがパークのどこにもなく手がかりの絵も尽きて絶望したことが示されているので

何話か見返したのですが「キュルルの手がかりの絵が尽きた」ことが描かれたシーンが見当たりませんでした。教えていただけると幸いです。

でもそうするとセンちゃんアルマーさんを入れる尺がなくなりませんか。誤解させるための設定も用意しなくちゃならない。というかイエイヌちゃん完全に救われちゃってますよね。

思いつきプロットですので、詳細まで詰めてないのはご容赦ください。作劇において、尺やバランス問題は常につきまとうので、やりたいことの優先順位を決めて整理すれば良いかと。

優先すべきものイエイヌとキュルルの関係なら、他のキャラの出番を減らして調整しますよね。逆にカラカルとキュルルが仲直りして関係性を深めるほうがメインなら、プロットが重くなりやすイエイヌでなくて、別の困ったフレンズにしたほうが、すっきりするかもしれません。

キュルルちゃんホテルで海に落下させるためにイエイヌ回で下げたのではないでしょうか。落ちたときニコニコ動画では「ざまああwwww」が連発されましたが、あれは制作の狙いだったと考えています。そして必然的落下からのフウチョウ説教・海底火山紹介に自然につながります

通常、主人公とは「こいつがどうなるか見届けたい」と視聴者に思わせて、物語ドライブする存在です。そのためには視聴者を引きつける魅力が必要になります。魅力がないと、作品を見続けるモチベーションが湧かない=つまらないとなるわけです。魅力としては「いいやつ」から「かっこいい悪」「人間欠点があるが、どこか憎めないボンクラ」まで様々です。

さてキュルルは、別に「かっこいい悪」や「憎めないボンクラキャラではなく、概ね、フレンズを助ける心優しいキャラとして描かれてたわけで、それをこういう下げ方したら、キュルル自体の魅力が損なわれ、作品自体への評価が下がります。さすがに制作者が意図してそういう風には描かないと思います

キュルルが落っこちた回でニコ動アンケートちょっと上がったのは知ってますが、主人公がそこまで嫌われてる時点で、作品としては末期症状でしょう。

しろ話の流れのメインだったのは”スケッチブック最後のページの行方”だったと思います。すべてのドラマスケッチブックに沿って展開され、最後の絵は破られていたことは最初の話で既に明らかにされていて、ホテル海上で悩むキュルルちゃんは千切られたページの跡を見つめていました。

長い時を生きてミライさん時代からパークを見守ってきたイエイヌに対してキュルルちゃんが「おうちにお帰り」を言い、逆にイエイヌ彼女から送られた絵をみて(観念的に)おかえりを言うわけです(実際に口にはしてないけど、まあ立場的に)。キュルルちゃんはそのシーンを持って本当におうちに帰った、受け入れられた。それを最後のワンカットで示すのが強い、と思うのですがいかがでしょう。

この解釈は私が気づかなかったもので、なるほど、と、思いました。

ただ、「スケッチブック最後のページの行方」がメインだったとすると、エピローグ的な部分で登場しても、もうその時点では、セルリアンは倒され、キュルルのおうち探しも終わっており、ドラマとして盛り上がらないかと。

イエイヌの「おうちへおかえり」と、キュルルの「おかえり」を重ねて、メインテーマに結末をつけたいのであれば、もうちょっとそこに重点を置いた作劇にしないと視聴者に伝わらないと思います

一般的エンタメの作劇上のセオリー評価できないというのはわかりましたが、しかしそのセオリーに従わなければいけない強い理由があるのですか。

作品の出来、不出来は、究極的には個人の好みになります。その上で、「多くの人が好む/嫌う最大公約数」というものもあります。それをまとめたのが、エンタメセオリーと呼ばれるものです。

けもフレ2の一般的評価が低い論拠として、そうしたセオリーを守れてないから、という点を指摘しているわけです。

もちろん、セオリーをぶっちぎって、面白い作品はあります。私から見る範囲で、けもフレ2に、セオリー無視したが故に面白くなってる点は見当たりませんでした。ただこれは私の意見なので、「そうではない。ここが面白い」という意見は拝聴します。

2019-04-08

anond:20190408200623

あのワーカーホリックっぷりと不用意なツイートの連発を考えれば

承認欲求のせいと考えるのはむしろ短絡的なくらいだぞ。

捻くれていれば発達障害とかを疑うだろう。

2019-04-03

絶望している

彼女のことも傷つけたくないし、こちらがここに投稿することによって誰かが不利益を被ることがなるべくないように配慮した上で、今抱えている絶望をここに残しておきたい。断っておきたいのは、この文章を僕の言葉増田に流している時点でフェアでなく、自分被害者ですといった書き口になってしま可能性はぬぐいきれないと言うこと。正しく理解してもらうことはとても難しいと思う。それでもない頭を使って、個人個人未来のためにも書いているので、できればアドバイスにあたるコメントが欲しい。

先日彼女と二人で一泊二日の旅行に行った。これは二日目に聞いた話なのだけど、彼女曰く「誰かと泊りの旅行に行くのは初めてだったから、家族ちょっとした騒ぎになった」らしい。旅行から帰ってきた次の日、彼女から長いメッセージが届いて、ものすごく悲しいことをしてしまったんだと自責の念に駆られることになった。

簡潔に言うと、一日目の夜、セックスを断ってしまった。断ると言っても「嫌です」と直接言ったわけでなく、彼女の誘いを流して諦めさせてしまったのだ。一応ゴムは持っていった。彼女はおそらく男性経験がないだろうと思って、彼女のことをいたわる思いで滑液がついたものを初めて購入した。でも、とにかく疲れていて、眠たかった。僕は睡眠障害を抱えていて、毎週大学病院に通っており、治療であることは彼女にも理解してもらってる。もう眠剤を処方され出して二年弱がたち、その日もいつもと同じ薬を服薬してしまった。あとで振り返るとその薬には副作用に「性欲の低下」があり(そんなものがなくても眠たさで欲は消えそうだけれど)、服薬しなければよかったと後悔する。しかし、それはきっとできなかった。両親のアドバイス眠剤を抜いてみたことがある。すると全く寝れず、不安からパニックになってゲロゲロ吐いてしまった。うつ病も併発していたものから、それは大きなトラウマになって、これは危険なことかもしれないけれど、半ば強迫観念かられながら眠剤を服薬しているのだ。

長く、重たいメッセージの中で、彼女自分が僕に女として見られてはいないのではないか、自信をなくしている、と言う。たまらなく胸が痛み、あまりにも苦しくて吐きたくなった。彼女をひどく傷つけてしまたこと、それからたこの手の失敗をしてしまった悔しさのことで。

思い出すのはこれまでの失敗。誰かと仲良くなりすぎてしまうことに対して苦しさを覚え、その人の前から逃げてしまいがちな自分は、最近人間関係に対しての苦手意識ずんずん芽生え、重荷になって生活してきた。とはいえど、初対面の人ともうまく会話ができるし、コミュニケーション能力には自信を持っていたのだ。人より優れた共感能力を持っているはずだから他人配慮した会話ができていた自信があった。それにもかかわらず、最近いろんな失敗をして(例えば自分不用意な発言相手無自覚に傷つけてしまっていた)、自分は「共感能力が低い人間だった」というのが分かり、いろんなことがわからなくなった。自分はうまくやれているつもりなのに、自分感覚他人から評価のズレが大きすぎて、毎度本気で悩まされるのだ。

恋人セックスしたい、というのもよくわからない。「セックスしたい」と「恋人になりたい」が両立することをはっきり理解できない。「大好きで、一緒にいたい。でもセックスはしたくない」というのが相手を苦しめるというのを身を以て体験して、驚いた。二人にとってこんなにつらいことは他にないように思えた。そもそも僕は恋人的なスキンシップからして、苦手な方らしい。低体温で、ものを握ると手汗をかいてくるから手を繋ぐのもあまりきじゃない。近くにいたい、抱きしめたいとは思う。キスはなるべくしたくない。彼女に「君が自信をなくす必要性はきっとなくて、その悩みは僕への不安の裏返しだと思うから、結局のところ性的な魅力がないのは僕の方なんだと思う」と送る。こう返信するだけで、いろんな自信を失った。tinderで知り合った女性となら、自分からできるはずなんだけど、と思って再度インストールして昨日から左へ右へスワイプし続けている。ライクがたくさん来る。多分顔は悪くないんだなと思う。マッチは未だしていない。寂しさを感じる。

自分もっと普通な人間だと思ってきたのに。今では普通よりマイナス方向に目立った性格ばかりで辟易する。変わっていければいいと思う。変わりたい。

ラインのやり取りの中で、僕なりの知恵を振り絞り、「早めの時間ラブホデートしたいと思うのだけど、いいかな」と提案してみた。眠剤の影響や疲れの影響を受けない状態で試してみたい、という本心からだ。彼女からは「それは嫌。そういうことをしたいっていう君から言葉がない限り、私はそれを望んでいないです」というだけだった。正直、わからないのだ。彼女のことはかわいいと思うし、付き合えて嬉しいと思う。だけど、したいです、といえば嘘になるような気がするのだ。僕はあくま試験的に、という意味で送ってみたのだけど、今これを書きながら、それってきっとひどいことなんだろうな、という気がしてきた。

彼女のことが好きだ。暗いトンネル絶望している時に笑顔で声をかけてくれたのが彼女だった。当時の僕にとって、希望だった。彼女はそう明るい人格ではないけれど、愛嬌があって、一緒にいると安心する存在。できるだけ長く一緒にいられたらいいと思いつつ、考えがぴったり180度違うと言うことも少なくなかった。それでも僕らの会話は楽しく、うまくやれているつもりだった。それなのに、彼女普段デートの中でも、自分に自信をなくすばかりだったと言う。

絶望している。やっと暗いトンネルを抜けられたと思ったら、さらに暗いトンネルがやってきたような。苦しくて、逃げ出したくなる。もう一緒にはいられなさそうで、それは僕にとってとてもつらいものだし、これから人生でも同じ失敗をして苦しむのだろうかと、しなくていい絶望を予習してしまった。嫌になる。これからどうしよう、中身のない未来について、なんどもなんども考えている。

2019-03-28

人の言葉不用意に遮るな

人の言葉を常に100%遮る同僚がいるんだが

ウケる

たぶん口に出さないと思考できないんじゃないかな、聞いた言葉を遮ってオウム返しするし

はてなーにもいそう

 

______

 

え、エコラリアってなに??

と思ってググった

 

読んだ

http://web.bureau.tohoku.ac.jp/manabi/manabi49/mm49-3.html

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8D%E9%9F%BF%E8%A8%80%E8%AA%9E

 

うーん、ちょっと違うような?これは本当にオウム返しだ

俺の同僚は以下のような感じ

例えば同僚が駅までの道を尋ねたとする

 

同「駅に行くにはどう行けばいいですか?」

A「駅で・・」

同「そう駅です」

A「そこのローソ・・」

同「ローソンを」

A「み・・」

同「右に?」

A「右に曲がって真っ直・・」

同「真っ直ぐ行くと駅がある?」 

A「違います。真っ直ぐ行くと薬局が」

同「がある、はい

A「薬局があるので、そこを左」

同「にいけば駅がある?」

A「そうです、でも」

同「わかりました。ローソンを右に曲がって真っ直ぐ進むと、薬局があるから、そこを左に曲がると駅がある。ありがとうございます、助かりました(長いので省略)」

A「あ、でも、薬局が2つあるので」

同「2つあるんですか!?

 

みたいな

言葉を遮るというか、言葉を奪って相手に与えない感じかな

しかも考えがまとまらないらしくて、1人でずっと喋ってる(解決策を持つ相手発言させない)

誰かが一言話すと、十倍で返ってくる

その上小さい問題を大げさにしたり、周りを巻き込む割に1人で喋った挙げ句に1人で混乱しちゃうから

会議しましょうという話があったら鬼の形相で追い払ってる

 

いや別に同僚はなんでもいいんだ

それより自分もたまに遮っちゃうから、同僚みて気をつけようと最近思った

相手が言い終わる最後の3秒が待てないことあるんだよなあ

2019-03-26

Mマスのユニット新曲どうこうの話

まーーーーた「もうちょっと待とうよ!」系のツイート流れてきたんだけどどんだけ繰り返すんだよこの話~!!

待って待って待って待って待ちくたびれたから皆言ってるんだろうが!!

粘着質なオタクからそういう発言してるのが誰PなのかとP歴何年目なのかを絶対に見るんだけど大抵がアニメ組のPと比較的P歴浅い人。そりゃそーだ!

別に事前登録組だからって古参ぶりたいわけでもマウント取りたいわけでも決してないけどユニット曲ばんばん貰えてるアニメ組には「待とうよ」なんて死んでも言われたくないしP歴浅い人が言ってるとオメー実際に4年以上この状態味わってみてから発言しろや!!って思う。

ただ単に担当ユニットが出来たら持ち歌が3曲だった人と、4年間担当ユニット新曲待ちながら他のユニットがたくさん新曲を貰うのをずっとずっと羨ましいって思ってた人の「待つ」は違うと思うんですけど。

別に待ったから偉いとかじゃなくて、待ってない人は4年間待った人の気持ちはわからないんだから不用意に「待とうよ」なんて言うなって話で。

事前登録組と言わずともある程度長くやってて片手間じゃなく本ジャンルとしてちゃんゲームイベントリアルイベントも参加して課金もしてきた後発組のユニットPが言う「待とうよ」だったとしたら向き合えるけど、それ以外に言われる筋合いは無いわ。

あーあなんで当たり前にユニット曲をたくさんもらえる人がいる一方で私の担当ユニットはいまだにユニット曲3曲しかないんだろう。なんで毎回毎回毎回毎回アンケートに「ユニット曲出してください」って書かなきゃいけないんだろう。担当ユニット需要があるって運営が少しでも思ってくれるように頑張って課金して、グッズ買って、こんなに頑張らなきゃもらえないものなのユニット新曲って???

あーあ次の4thもユニット曲は3曲か。3曲のうちどれを歌うのかなあ。私だって「今回はどの曲歌うんだろう」ってたくさんの曲の中からクワクしてみたい。みたかった。

やってらんねえわ。

2019-03-22

大人の女性でも男の性機能全然分かっていない

元増田煩悶を見て欲しい

あらゆる可能性を妄想しているのに

根本的に彼氏には性欲・性機能が無い」可能性だけは全然考慮されてない

風俗とか浮気とかパートナーの魅力欠如とかそんなことより根本根本可能性なのに

性欲・性機能は年齢によってかなり減るうえに個人差も非常に激しい

なのに男性の性欲・性機能はあることを前提とする女性が多すぎる(殆ど全員そうと言ってもよくない?)

パートナーがいてそれなりにセックス経験もある大人の女性でもそのへんについては全然理解してない。

あなた達の認識する男性の性欲・性機能知識は、20代前半ぐらいまでの若い男性しか当てはまらない。

それ以降はすごく落ちつくし個人差が激しい。

ニュースや人の噂だと中年痴漢とか中年性犯罪者とか中年セクハラモンスターが出てくるけどあれはエリート個体だ。


30代以降のあんたのパートナーセックスの回数減ったら

浮気とか自分の魅力欠如とか変なこと想像するより前に

単純に「性欲が収まった」もしくは「性機能が落ちた」可能性を考えてくれ。

原因の過半数はそれだ。


メディア医療情報ですら

よく「仕事ストレス」とか「関係スレ違い」とか言うのは

男性にとっての性欲や性機能の低下をプライドに結びついた問題だと思う人が結構居るから

ぼやかしてるだけだよ。

俺は25ぐらいから性欲がかなりなくなったし肉体的にもチンチンが不用意にたったりしなくなった。

運動はしてるほうだけどこんなもんだ。


ED治療薬とか言ってチンチン立たないことを病気みたいに表現するけど

単に年齢で急速に勃起機能が衰えていくだけ。

そうはっきり書かずに「何らかの障害でEDなだけだからそれを治す薬」みたいな表現になるわけ。

レビュー見てるとわかるけど買ってる人は20代~60代まで幅広い。

anond:20190321231435

2019-03-19

anond:20190319180156

空き巣金持ちの家に入るんじゃなくて、戸締まり不用心な家に入るんだぜ

2019-03-08

乳幼児に好かれない奴

よく行く接骨院乳幼児連れの母親の客が多くて、よくスタッフ施術中面倒見てるんだけど

その中でひとりの男性がすごい乳幼児に嫌われてんのね、顔見て泣かれて逃げられる

本人も他のスタッフもなんでだろ〜とか慣れてないからだよ〜とか言われてるけど、そいつちょっと観察したらすぐ原因がわかった

後ろから急に抱きあげる

本人の許可がないのに急に抱っこする

(ここでいう本人の許可とは、乳幼児の方から抱っこしてと要求された事があるかどうか、抱っこしても良い感じかどうか)

死角から急に腕を引っ張る

(引っ張ってるんじゃなくてただ掴んでるつもりだろうけど、力量差的に引っ張られてる)

絶対視線を同じ高さにしない、しゃがまない

乳幼児との触れ合った事が今までなかったんだろうけど、とにかく乳幼児自身の事全然見てないんだよね

力加減とかも見ててハラハラしたわ、あんな掴み方したら子どもの肩抜けるぞ

別に危ない場面とかでもなかったのに急に後ろから抱き上げて抱っこしてギャーーーて泣かれてたけど、そりゃ泣くわって思った

動物とかとも触れ合った事ないんじゃないだろうか彼は…初対面の犬の頭真上から撫でそう…

乳幼児に心を開かせる手段は地味かつ超単純「ちゃんと見る、とにかく待つ」

言葉が通じないか雰囲気と圧で伝えるしかないんだが、これだけでも乳幼児には「あなたちゃんと見ている」と伝わる

乳幼児の事をちゃんと見ないし全然待たないから、あの男性スタッフは怖がられて当然なんだよな

特に「全く待たない」のと、とにかく死角から手を伸ばすのがすごい根本からわかってない感

他のスタッフは男女混合年齢もそれぞれだけど、みんな上記の事が自然にできてんのにねぇ

不用意に腕とか掴むのはマジで危ないから、誰か注意してあげた方がいいと思うけどな

2019-03-05

矢口真里「失敗することなんて良くある。何度でもやり直せるって最高」CMクズすぎて

敬称をつけたくないほどに嫌いなんだが、

矢口CMに出てて気持ち悪すぎた。

カップヌードルCMなんかより酷いわ。何考えてんだ。

録画番組とかみなおしてるんだけど、もう何度も出てきてほんとムカツク

お前に言われたくねぇんだよ!マジで

不倫して、しかもその行為を家でやり、旦那に見せるとか最低中の最低だから

不倫とかそういう行為はクソ最低だと思ってるんで、

他の例に例えると、殺人犯が「うっかり殺人ちゃうことだってある。でも何度でもやり直せるんだ」って言ってるようなもん。

お前自分ミスしたのに「お前はするなよ」って一番最低の人間じゃねぇか。お前と同類じゃねぇよ。

「あれだけ世間を騒がしておいて堂々と大手企業CMに出演していることに、

反感を持つ女性は少なくありません。

美人でもなくスタイルいいわけでもない“憧れる要素ナシの女”が成功する姿には、どうにも許せないという声も聞こえてきます

「ある番組で、元夫・中村昌也(29)との離婚を悩んだ瞬間があると言った矢口言い訳は、

結婚式を盛大に挙げたから”や“式の準備が大変だったから、二度と結婚式をしたくないと思った”と、

相手のことではなく、自分の都合ばかり並べて明らかに反省していない様子でした。

また他の番組では、騒動以後の収入テーマに、共演していた人気女芸人から引かれるほどの高給取りであることを暴露

こんな不用意な言動ばかりでは、女性からの支持が低いのは当然でしょう」

こっちには笑うわw

2019-02-28

遅刻常習犯の言い分について比較遅刻しない側目線分析

◎書いた人の背景

・待ち合わせ時間は守る方。

・周囲は遅刻癖のある人間が多いが、付き合いが長いやつに関しては諦めている。

子供の頃は3分早く友人宅に着いてもその場で待ち、申告した時間丁度にインターホンを鳴らすことに愉悦を感じていた。

とはいえ自らも時折遅刻する。結婚式でも危なかったことがある。

案件

日中Twitter遅刻常習犯からの言い分が炎上していた。

個人叩きや感情論につなげたくは無いのでリンクは貼らないが、下記のようになる。

""

遅刻して待ってる時間適当に過ごしてて欲しい

・+30分はデフォなので許してほしい

・あと何分で着くか聞かれるけどとりあえず100%到着するのは確実なので安心してほしい

・最終的には時間じゃなくて「到着したか否か」で評価してほしい

""

これを受けて私のTLでもあれこれ言われていたが、基本的感情論に根差しているように見えたのと、「遅刻常習犯は何故繰り返すのか」について冷静な分析が行われていなかったので個人の見識でここに書く。

なお、なるべく感情論を抜いて書いたつもりだが、タイトルにある通り比較遅刻しない側なので、どうしてもバイアスがかかってしまうことをお断りしたい。

また、文面から友人関係かそれに準ずるフランク関係判断したので、「じゃあ退勤時刻も守れよ」という遅刻派閥の言い分は労働問題としてよそでやっていただきたい。

遅刻そもそも悪いのか

まずこの点を押さえておきたい。

明日駅前10時に集合」という約束をしたとする。

対面でなら口頭で、LINEなどのメッセージサービスなら既読が付くかメッセージを送ることで相互了解したことになるだろう。

これは形式的には口約束だが、民法上は口約束契約に含まれる。

(参考:http://www.shinginza.com/keywords/kuchiyakusoku.htm

書面が無いと言った言わない論争になるので重大な案件に関しては書面に残すというだけの話だ。

そして、社会は大小明暗様々な契約で回っている。

定義としては「当事者合意によって結ばれる法律的行為」とのことだが、日常的には「互いの行為のやり取り」といった具合になる。

作業の分担を依頼する」「店で金銭を支払って商品を受け取る」「所定の手続きを踏んで認可や証明書を得る」など、「ある行為に対して一定行為で返す」といった営みが日々繰り返されている。

代金を支払ったのに商品が渡されない、代金を払わず商品を持っていく、というのはどちらも社会的に問題視されるが、これは当人無意識であっても契約違反からだ。

我々は意図せず、契約が履行されることを前提として行動している。

この観点からすると遅刻契約不履行ということになり、社会一般的には悪とみなされるだろう。

社会一般的には」と但し書きしたのは、互いに遅刻咎めないコミュニティに生きる分には問題いかである

ただ、本案件は異なる文明の衝突によって生じた炎上であり、広く認知された以上は社会一般的見地から分析するのが妥当だろうという話である

なお、「そもそも集合時間を了承していない」と述べる人物も想定されるが、LINE既読をつけるなどした上でこう主張する輩は真正クズなのでもうかかわらない方がいいと個人的には思う。

遅刻の原因はどこにあるのか

今回の件で個人的に最も気になったのはこの点だ。

遅刻という結果には必ず原因がある。

遅刻しない人間がいるということは、遅刻する人間には何か違う行動をしているはずだ。

私のTLや当該ツイートリプライ欄にはあまりここに言及したものが無かったので、私個人遅刻経験談を元に分析してみる。

様々な原因が挙げられたが、これを3つに大別することができると考える。

A:不注意

集合時刻を勘違いしていた、電車の到着時刻を勘違いしていた、集合場所をよく確認しないで赴いたら思いほか遠かった、などが該当する。

個人的にはこれが最も頻度として高い。

B:準備不足

着る予定だった服が見つからない、持っていくつもりのアイテムが見当たらない、財布や鍵が見つからない、などが該当する。

C:過小評価

バス停や駅まで案外時間がかかった、荷物の準備や身だしなみに予想外に時間をもっていかれた、などが該当する。

Cの過小評価だが、これには自身への過大評価が隠れている。

もう少し早く辿り着けるつもりだった、準備できるつもりだった、という想定の甘さは、「自分ならこれくらいでできるだろう」という自己評価不用意な高さと表裏一体だ。

これは後述する人物的背景の考察に深く関わってくるが一旦置く。

遅刻する際、ABCそれぞれの要因が複雑に、かつ多段階的に関与することで約束に間に合わなくなると考えた。

そこであるモデルケースを考えてみよう。

待ち合わせまでのルートも様々だが、今回は公共交通機関を利用して目的地へ至るモデルを考えたい。

具体的には「自宅⇒最寄りのバス停⇒最寄りの駅⇒電車の乗り換え1回⇒目的の駅」というルートだ。

このモデルは待ち合わせパターンの最低限な多様性を含んでいるので、目的地が遠ければ乗り換え回数を増やせば対応できる。なんなら電車の乗り換えも無くてよいくらいだ。

徒歩圏内自転車自家用車での移動はシンプルなので、上記モデル検証する問題点で対応できる。

ではこのモデルを詳細に分解してみる。煩雑になるがご容赦願いたい。一部は順不同になる。

・起きる

必要なら食事をする

・着替える

・歯を磨く、髪形を整える

・財布、鍵など普段から必要ものを用意する

・当日特に必要ものを用意する

・鞄に物品をつめる

トイレを済ませる

・家を出て鍵をかける

バス停に向かう

バスに乗り、最寄りの駅に着く

電車に乗り、乗り換え駅に着く

・乗り換えを行い、目的の駅に着く

目的地に着く

列記してみて今分かったことだが、私が想定する行動プロセス過半数が家を出るまでのものになった。

一つ一つのプロセスについて、上記ABC落とし穴を想定すると下のようになる。

・起きる

AC:前日夜更かしする、起きられるつもりで起きられない、アラームセット忘れ

・着替える

BC:服を用意していない、当日何とかなるつもりでいざ当日に悩む

・歯を磨く、髪形を整える

⇒C:もっと早く終わるつもりでいる

・財布、鍵など普段から必要ものを用意する

・当日特に必要ものを用意する

・鞄に物品をつめる

⇒B:事前に位置や有無を確認しない

トイレを済ませる

・家を出て鍵をかける

BC:思ったより便の出が悪い、トイレスマホを使っていつの間にか、持ったつもりの鍵がない

バス停に向かう

バスに乗り、最寄りの駅に着く

電車に乗り、乗り換え駅に着く

・乗り換えを行い、目的の駅に着く

目的地に着く

ABCバス停までの歩行時間過小評価する、事前に交通機関の時刻を調べない、乗り換え時間を甘く見積もる

現実にはもっと多種多様な段階を経る人がいると思われるが、段階が増えるほどリスクも増える。

そして、このシンプルモデルでも私が想定できていない落とし穴もっとあると思う。

遅刻する原因は、上記落とし穴のどれかにまり時間をとられることで発生すると考えられる。

従って、遅刻しないためにはこれらを逐一つぶしていく(もしくはすっ飛ばす)必要がある。

どのように改善するかは個人資質と、対人関係依存するので一般的に論じることは難しそうだ。

ただし、遅刻本質的契約不履行であることを考えると、契約履行のために改善コストを支払う気がないという人物像は見えてくる。

遅刻する人物共通点

ここから邪推が入る。

前述の落とし穴箇条書きを見ると、Cが多いことに気づくだろう。

このことから、かかるコスト過小評価、裏を返せば自分能力に対する過大評価をしがちな人物遅刻常習犯になりやすいのではないか、という推測が湧いてくる。

より穿った表現をすれば、「自分なら何とかなる」「自分が正しい」というやや傲慢で事項中心的な人物ではないだろうか。

ここで元のツイートを再掲する。

""

遅刻して待ってる時間適当に過ごしてて欲しい

・+30分はデフォなので許してほしい

・あと何分で着くか聞かれるけどとりあえず100%到着するのは確実なので安心してほしい

・最終的には時間じゃなくて「到着したか否か」で評価してほしい

""

何度も述べてきた通り、遅刻は厳密には契約不履行に当たる。

待ち時間適当に過ごしてくれという主張は、相手時間をロスさせているという想像力が欠如している。

実際リプライ欄を見ると、「遅刻する人は趣味など自分時間を大切にする人」というリプライいくら賛同がなされているが、相手にも「大切な自分時間」があることを忘れて「適当に過ごして」などと表現している辺りが根深い。

  1. 30分がデフォという主張に対しては、それがデフォルトにならない原因分析対策をするつもりが無いという点で相手を低く見ている。

最終的には時間じゃなくて到着云々は、そう主張するならそもそも約束する時点でそのような契約内容にして同意を得るべきだ。

ちなみにリプライ欄の他の意見としては「時間に余裕を持っても結局アレコレ始めて遅刻する。相手は待っていてくれるから大丈夫。」「時間守るくらいでマウント取れていい身分ですね」などがあった。

これらも根本的に相手尊重していない点で共通している。

邪推邪推を重ねるが、恐らく実際に何か秀でた部分があって自己評価が高かったり、一目置かれているおかげで黙認されるなど「何とかなってきた」という経験がこういった人格を醸成するのではなかろうか。

リプライ欄を見る限りでは強ち間違っていない気もするが、わざわざ炎上案件に飛び込む人物にはそういうバイアスがかかっているだろう。

◎ではどうすればいいのか?

この浮世の地獄脱出するのに最も良いのは互いに関わらないことだが、残念なことにそれは現実的ではなく、だからこそ地獄様相を呈している。

よくある案としては「1人だけ30分前を伝える」というものがあるが、これは30分前を提示した人間が30分前に現れない場合やはり契約不履行なのでお勧めしない。

「こっちが15分前に来てるんだからお前もそうしろよ!」などとキレている定刻派もいたが、それは契約内容に含まれない。重要なのは約束した時刻にその場にいるというその一点のみだ。

感情的に互いを叩くだけでは悪化するだけだ。

約束契約であり重要ということ。

遅刻相手の貴重な時間無駄にすること。

ものごとには原因があること。

これらを前提として、後はそれぞれの関係性の中で落としどころを模索するしかないだろう。

月並み結論に落ち着いてしまって大変悔しい。

とくやりてむ。

2019-02-27

anond:20190227113732

LGBTさまって、自分たちが気に入らないと何でも配慮してもらえると思ってるの?何様?

嘗てのオタクがさんざん豚みたいに書かれてた時、何か言ったか

男が臭い臭いCMで扱われてることに何か言ったか

冷戦時代にさんざん映画冷血漢として書かれたロシア人の扱いをどう思う?

スポットライト自分たちの方を見たときだけ、針小棒大に騒ぎ立てるのってどうかしてるだろ。


お前が楽しくないと思うのは勝手だが、だったらやるなよ。

俺はキャサリンが気に入ってるし、ATLUSゲームも気に入ってるし、それをお前に穢されたくない。

悪魔とか悪夢とか石田★ルウ(ミッドナイトヴィーナス)とかが出てくる世界観で、何を現実に当てはめてあーだーこーだ言ってんの?

宇宙人下りなんて自意識過剰且つ被害妄想の完全クレイジーってだけじゃん。

現実妄想区別つけろよ。





世の中他人のことを寸分たがわぬ正確さで、八方誰も傷つけずに書くなんて不可能だし、傷ついたらそれは「向いてない」だけ。

なんで他人にあーだーこーだ言う資格があると思ってるの?

現代社会で「偏見」とか「差別」とかってレッテル貼るのがどれだけ重大なことか分かってやってるの?

お前の不用意な発言がもとで、ゲーム撤回されたりATLUSが委縮してしまったらどう責任とれんの?

2019-02-18

デレマスで苦しんでいる人へ

この文章は、デレマス運営姿勢担当アイドル境遇に苦しさを覚える全ての人へ、私なりに伝えたいことがあって書いています。苦しんでいない人が読む必要は全くありません。本来こういうことは他人意見に左右されず自分で決めるべきだとも思いますし、「嫌ならやめろ」と言われて苦しんでいる人がたくさんいる中でこういった文章をあげることで誤解されるかもしれません。ただ、私自身が苦しんでいる時にこういう文章があったらよかったのかな、と思うことを書きます

目次は以下のとおりです。

1 嫌ならやめよう

2 続けるなら頑張って

3 ミリシタ等他ゲー移住時の注意点

1 嫌ならやめよう

結論はこれです。

世界で一番好きなアイドルいるから、もしかしたら奇跡が起きてこれから出番が増えるかもしれないから、だから「やめられない」「やめたら負けだ」と考えず、嫌になったら誰でもゲームをやめていいし課金なんてしなくていいのです。

好きだったはずのコンテンツについて考えるだけで嫌になっていくのは、普通の人からしたらもうやめ時なのです。

デレマスをすこっているオタクはたくさんいますし、もしかしたらそういう人を見るたびに思い出がよみがえって苦しくなるかもしれません。そんな時はミューしましょう。

ツイッタートレンドも、自分非表示にできます自分の心を守るために自衛しましょう。

もし自分がやめることで嫌なことを言ってくる人がいるなら、その人はその程度の性格というだけです。他に好きなものができた、私生活が忙しくなった、この程度の理由を用意すれば普通の人は問い詰めてきません。問い詰めてくる人ははっきり言って頭がおかしいので相手にしないでください。

安心してやめましょう。

2 続けるなら頑張って

嫌ならやめよう、と書きましたが、やめられない人がたくさんいるのも知っています

続けるなら私から応援することしかできません。不安や不満があれば正直に愚痴りつつ、楽しめる部分を楽しんでください。

ここで頑張ってと書いているのは、ダイマしろとか課金しろかいうことではありません。あなたの好きなアイドル担当Pが少なくとも1人いる、その存在は同僚の励みになります担当Pを名乗るだけでもいいのです。もちろんゲームを続けるだけでもアクティブカウントされ、担当アイドル世界を維持することにつながるので、力になっていると言えると思います

ダイマ課金意味がないとは言いませんが、それはユーザー全員に求められるべき行動ではありません。ダイマで良さを語ったところで、ほとんどの人は第一印象可愛い!以上の魅力なんて伝えられないと思います個人的には、ダイマ自分が好きなアイドルについて語るための一手段にすぎないと考えています課金については池袋晶葉Pの前例を調べた上で、それでもやりたいというならすべきではないでしょうか。総選挙に顕著なように、デレマス課金しただけ還元するコンテンツではありません)

苦しくなった時はゲームなんていつでもやめられることを思い出してください。そしてまた続けるなら、自分を大切にしながら頑張ってください。

3 ミリシタ等他ゲー移住時の注意点

デレマス関連のゲームをやめ、他のゲームに移ろうと思っている方へ。移住を止めるわけではありませんが、注意してほしいことがあります

デレマス比較しない

デレステからミリシタに入り、比較してミリシタの良さを語ったことで対立煽りとみなされツイ消しした人がいましたが、特にアイマスシリーズ内での移住については過敏に反応するユーザー層がいます不用意に比較しないようにしましょう。

また、デレマスユーザーの一部は以前、アニメ化セールスランキング等を根拠に他のアイマスシリーズ比較して貶める発言をしていました。ちひろさんが他の事務所事務員を崖へ蹴落とす絵がバズったこともありました。そうした一部ユーザー言動・行動が他マスユーザー不快感を与えており、移住時にデレマス比較されることを嫌がる人も多いです。

移住時にはデレマスのことはひとまず忘れて、新しいゲームを心から楽しみましょう。

もちろん「これがデレにあったらな……」と思うことはあるかもしれません。そんな時はデレマス側にそっと要望を送り、デレマス名前を出さずに褒めた方が移住先のゲームユーザーも喜びます。逆に「デレならこれができるのにな……」と思った時も、そのゲーム要望を送り、デレマス名前を出さずに発言した方が配慮があると言えます

移住先を桃源郷と思わない

アイマスの他シリーズにも不満を持ち苦しんでいるユーザー一定数いますアンチもいますアイマス以外のゲームでもそれは同じことです。完璧運営なんてどこにもいません。長く続いていればいるほど、様々な考えや価値観ユーザーがいます

①の注意点とかぶりますが、デレマス比較してマシだと感じたとしても、移住先のゲームユーザーからすると知ったことではありません。「デレよりこんなにいいのに文句言う人の気持ちがわからない!」などと言って、そのゲームで苦しんでいる人をさらに苦しめる人にならないよう、配慮してほしいです。

③戻りたくなったら素直に戻る

移住して初めて見えるデレマス運営の良さもあるかもしれません。戻りたくなったら戻ってみてください。離れている期間に素敵な曲が来ているかもしれません。好きなアイドルの新しいイラストを見られるかもしれません。離れている間の更新を素直に喜ばしいと思えるなら、離れることにも価値があります。次の更新を待ちわびているのに更新のたびに苦しくなるような状態よりは、後からゆっくりと、自分にとって嬉しい更新だけ楽しんだ方がいいと思います

以上、全て当たり前だと思われるようなことを書いてきましたが、少しでも気持ちの整理に役立てていただけたなら幸いです。

2019-02-16

anond:20190216023228

多角的視点から分析を試みる」とあるが、客観的データが一切なく、

「ではないか」「と思われる」「興味深い」と主観的一面的感想に終始しているため、

内容に一旦疑問を持つと、それ以上読み進めることが難しい。

関係性消費」についても下調べが不足している。

日常系が売れている理由は本当に「関係性」が要因か?

最低限、日常系以外のコンテンツとの「関係性」の比較検証をし、内容の客観的な違いや売上、言及数などのデータがないと、この仮説は成り立たない。

また、腐女子にとって「関係性」が重要だというジェンダー比較が出てくるが、なぜ現在日常系腐女子からではなく男性向けから出てきたのか。

・同じくバーチャルYouTuberの人気も「関係性消費」だけで説明できるのだろうか?

安易日常系の人気と結び付けてよいのだろうか?

前段となるニコ生UstreamYouTuberなどの動画配信、また声優ラジオなどの類似コンテンツ調査比較は少なくとも必要

また、キズナアイ登場時は、関係性よりも単体のコンテンツとして人気だった印象があるが、その変遷も調査データとして述べる必要がある。

やおい百合文化調査必要

全体的に最も信憑性に乏しい段。

ホモソーシャルな絆」がキーワードのようだが、「腐女子は扱う創作物特性セクシャルマイノリティに対する理解が深く」という文言があるが、単なるイメージしかない。

BL研究家」を名乗るものマイノリティへの差別意識吐露し、またそれに追従するBL愛好家たちが炎上した件が有名である

逆にホモソーシャル的な絆を強めるためには「攻撃対象」を用意することが有効という事例もある。

主観的意見だけで不用意に書かれているので、要調査の上で客観的データを伴って修正する必要がある。

また、旧来の男性おたく少女漫画親和性が高かったという事実も、本稿では重要ポイントになるのではないだろうか。

全体としてデータ不足が顕著。

またそれぞれに相当数の調査必要なため、内容を分けた上で調査検証継続していく方がいいと思われる。

2019-02-03

思い込み佐久間まゆ」に基づいたSSR批判の間違い

デレステガチャ1月31日更新され、新たにSSR「想いプレゼント佐久間まゆ実装された。

これについて、一部のまゆPが不満を表明している。

要するに、「佐久間まゆ左手首が露出している」ということが受け入れがたいということらしい。

その理由として、主に以下の2点を挙げている。


佐久間まゆキャラクターとして右手首を他人に見せない設定がある。

佐久間まゆ左手首は、これまで必ずリボン手袋で隠されていた。


なるほど、確かにこれが事実であれば、キャラクターの根幹にかかわる設定が

何の前触れもなく変わったという意味で大変問題である

しかし、事実はどうなのだろうか。まゆPの主張する「設定」は、正しいのだろうか。

結論を言うと、NOである

まゆに左手首を他人に見せない設定などはないし、まゆの左手首はこれまで複数回にわたって露わとなっている。

一部まゆPの批判は、シンプルに「思い込み」が原因なのであって、またその批判安易鵜呑みした周りの人間

不確かな情報不用意に拡散させていると言える。

もちろん、事実を把握した上で、どう意見を表明するかは自由である。が、その前提となる事実が誤って伝わることは好ましくない。

したがって、今回の投稿議論の前提となるトピックについて、それぞれ誤解を解く目的作成したものである


■実際の佐久間まゆについて

佐久間まゆ2012年6月に、モバゲーデレマス広島エリア追加時の新規アイドルとして登場した。

いわゆるヤンデレとしての特徴を強く持ったキャラクターであり、初カードであるR佐久間まゆフレーバーテキストを見ると

Pへの強烈な愛情女性に対するライバル心、Pから好意の渇望など、闇を感じさせる部分が多い。


マイスタジオ     「他の子との話、楽しいですかぁ」

            「まゆを置いてかないで下さいね

            「このリボンが○○さんに繋がってればいいのに…」


また、R佐久間まゆの特訓前カードイラストを見ると

両腕に赤いリボンが巻き付けられ、手首は露出していない。同じく特訓後は左手首にのみ手袋がつけられており、

やはり手首はうかがい知れない。

これらのイラストテキスト描写から典型的ヤンデレキャラの特徴としてありがちな手首への自傷行為痕を隠している、

といった推測がされることもあった。おそらく、「左手首を見せない設定」というのはそのあたりから類推され、広まったものであろう。


だが、その後の登場においてまゆが手首や手袋について言及したことは――各カードフレーバーテキストだけでなく、

アニメシンデレラマスターCDまで引っ張り出してきて確認したが――ただの一言存在しない。


一関係すると思われるのは、シンデレラガールズ劇場 第343話における、以下の会話である



凛 「まゆのリボンコーデはその頃からのこだわり?」

まゆ「この…リボンですか? 意識して取り入れるようになったのアイドルを始めてから…なんですよ」

  「ちょっとした願掛けで…子供っぽいでしょうか」

美嘉「いや~それは乙女っぽい★なんだよ~」

卯月リボンで願掛けって…どういうお願いなんでしょうか?」

まゆ「知りたい…ですか?」

  「きつく結ばれて…『絶対ほどけませんように』…って」



これを読めばわかるように、まゆがキャラクターとして重視しているのは「リボンである

実際、フレーバーテキストには「リボン」についての言及が数多くある。


※「恋愛シンドローム佐久間まゆ+ 「ふたりを繋ぐ…運命の赤いリボン

 「深紅の絆」佐久間まゆ+     「まゆの物語は◯◯さんと出会って始まったの…だから運命の赤いリボン貴方に繋がってるって信じてるんです。

                   このリリボンが絡みついて…貴方と私を強く結びつけてくれるって…」

 ぷちエピソード ステップアップ2「それに、もしトップアイドルになったとしても、まゆとプロデューサーさんのこの運命の赤いリボンは切れませんからね♪

                  まゆのココロとカラダを縛るリボンですけど……プロデューサーさんとずっと繋がったまま。ずっと、ずっと、永遠に……うふふふふ♪」

                

要するに、まゆというキャラクター尊重するのであれば重視するべきなのはリボンの有無であり、その結ぶ場所がどこかは問題でない。

実際、「ハロウィンパーティ」特訓後は左手首でなく首に、「バレンタインパーティー」特訓後は右腕から首にかけて、リボンを結んでいる。

ましてや、左手首の露出云々についてはキャラクター本質と全く無関係だ。




そもそも、「左手首が露出しているイラストがない」というのも事実でない。



例えば「深紅の絆」では両腕とも全く何も身に着けていない姿で登場し、まゆは何の忌憚もなくそれをPに見せつけている。



また、仮にこれが温泉という特殊な状況だからと除外したにしても、「CDデビュー」では、特訓前は左腕にシースルーと思われる手袋をつけ

容易に手首が確認できる状態であるし、特訓後に至ってはリボンの巻き付けが非常に緩く、完全に左手首が視認できるイラストとなっている。

(肝心な部分はマイクで隠されているようにも見えるが、右手位置比較する限り、隠れているのは手のひらであり手首ではない)


また、CD「恋が咲く季節」のジャケットにおいて、まゆは左手首にもつけていない。

速水奏の「愛くるしい」SR特訓前映り込みでも、左手首は無防備である


要するに、まゆというキャラクター左手首の露出抵抗はないし、イラストでも結構頻繁に露出させているのである

この事実を、まず皆さんに知っておいていただきたい。

2019-01-13

承認欲求がつらい

リアル承認を得られていないと、ネットでそれを求めるようになる。Twitter のファボ、あれはまずい。

なんだか自分の思うことではなく、ファボをもらうためにツイートしてしまっているような気がする。

他人はどんなことを言っても受け入れてくれる」と思い込まなければやってられない。この人はぼくを認めてくれる、というのも一種押し付けなのだろう。

そうすると、ネットで周りの人が言った否定的発言も受け取ってしまう。そういう時は、まず自分の中に確信の持てないことがあって、それに類する否定的発言フォロワーがしていた時に、自分に言っているのではないか失望させてしまったのではないかと思ってしまう。他人にどう思われるか、というあれである。「神経症性」とどうもいうらしい。

でもやはり、人間なので人から承認されなければ生きていけないと思う。そこは否定できないような気がする。

Twitter から離れるべきなのかもしれない。

特にあれだね、専門外のことは不用意に言うもんじゃない気がする。どうにも、少し面白いものを見つけると人にも知らせたくなるような、子供のような気持ちがどこかにあるみたいだ。自分の専門のことだとある程度シビアになるんだけれども、専門外のことだと修練も浅いし、何より「自分理解している」という判定が甘くなってしまっているような気がする。所詮素人なのである。なんか見識のある人からすると見苦しいことをやっている気がする。もっと勉強しないとなあ。

あと本かなあ。本を読むそれ自体は悪いことじゃないんだけれども、本から言葉を借りる時に、そこにオリジナリティーはあるのかという。自分の心にしっくりくるというか、引用するのはそういうものだけにしようと努めているつもりだけれども。まあとりあえずは「濫読」ってやつをやってみようと思う。

なんだかね、そういう自分批判されているような気がするんです。少なくとも自分はなんだかまずいことをやっているという自覚がある以上、どうにかしないとねえ。

イキるのは数理工学領分内にしといたほうがいいですねえ。

2019-01-09

anond:20190109173237

バルタン星人とかグレイ宇宙人とか、たっくさんいる割に男女の個体って見ないなって思ってたけど

あれはつまり生物としてではなく秩序ある知的生命体として、男女の分化を辞めてしまったという進化をしていたんだな

そう考えると、不用意に地球人とぶつかって殺したり、立場ある人間見得のためにウソをついて取り繕ったりするウルトラマン達って

全然そういうふうに考えてない、宇宙的に見てジェンダー感が幼稚な種族なんだな

2019-01-06

推しカプが地雷になってジャンルを降りる

どうしても受けつけない同カプの絵師がいて、自衛はしているが狭いジャンルでは名前を見る機会が何度もあり、彼女名前を見るだけで次第に創作意欲がなくなっていった。そして今日ツイの垢を消してジャンルから降りることにした。

その絵師から自分作品エアリプ批判されたこともあるので(自分に宛てた言葉という確信はある)ヘタレ自分はもうとにかく関わりたくない気持ちが大きくて筆を折ることにした次第だ。

キャラ解釈にこのうえなく自信があるようだが大前提として二次創作だ。

どれだけ絵柄が美麗だろうが読むものの心を揺さぶり感動を呼ぶ文章だろうがどいつもこいつも公式のまがい物。正しいだとかの次元で採点されるべきではないでしょうに。

二次創作であるのに自分思考こそ正義であると声高に叫ぶ滑稽な姿を見ていると気持ち悪くてしかたなくなる。

自分なりの解釈ギャグ要素強めで、その方の解釈とは方向性が違うという自覚はあったけど、けどそれを「お前なに言ってんの?」と頭ごなしに嘲笑われるのはおかしいし堪えられない。いろいろ言われたけど言葉選びひとつにしても人間性が合わない。すべてが癪にさわる存在だ。

なぜ一方的批判されなければいけなかったのか、そしてなぜそのような不用意な発言を流す人間が一部でもてはやされるのか不思議でならない。

2018-12-31

負の連鎖は断ち切れないっぽい

去年急死した、職場の同僚の話。

それも死体に鞭打つ系。

大晦日に書く話じゃないけど、まあ増田からいいやみたいな感じで。


そいつ仕事できないというか、誰がどう見てもADHDだった。

とにかく短期記憶が致命的に機能していなくて、それこそ「物を閉まったが最後、本人の努力では永久に見つからない」レベル

から本人的に紛失したくないもので、机が散らかりまくっていた。

しかも、紛失したことギリギリまで黙っている始末。

業務に慣れてくるとそれ以外が完全にだらしなくなる。それこそ寝癖を直してこないとか、靴を履き替え忘れるとか、お子様以下のレベル

その業務についても「何をどこまで仕掛っているか」を高確率で忘れる。

から上司が新しい仕事を用意しては3ヶ月と保たずに破綻社内ニート化、というパターン最期まで繰り返していた。

でも本人は根っこのところで「会社が悪い、俺に合う仕事を持ってこない上に、フォローを一切しない会社が悪い」と思っていた。

一方会社は「お前、クビにならないだけいいと思えよ。もちろん昇給は半永久的にナシな」という感じ。

まり、双方の認識がすり合わせ不可能レベルで食い違っていることに、本人は全く気づいていなかったと。

そりゃ自身タスク管理なんて他の誰かが肩代わりするものじゃない。どんな障害があろうが、絶対に本人がやらなきゃいけないものだ。

そんな基本中の基本もできていない御身分で「会社が悪い」はあり得ない主張だろう。

それだけ周りが見えておらず、自分健康も見えていなかったのか、ストレスで過食に走り、結局はそれが原因で死んだ。


いやもうマジで「認めたら負け」とか思ってる奴は救えないと心底感じさせられた。

しかも、そいつ父親もどうやら似たような経過で10年位前に早死してるんだよなあ。

おまけに、そいつ小学生くらいになる息子も葬式衝動的に不用意な発言かますとか、既にADHD兆候が出てると来ている。

いずれこの子父親祖父と同じ転帰を辿るんだろうな。

因果は断ち切れないとは、まさにこういうことだろう。

2018-12-26

怒られるうちが華

最近10:0の交通事故を起こして自己嫌悪に陥った。運転技術には自信を持っていた。まさか自分が初歩的なミスをするなんて。保険屋には誤魔化せば負担額が少なく済むことを暗に伝えられるも、「いや、当方100%悪い」とぼくはうなだれた。

30代になって怒られることが激減。天狗だった。大学卒業から培った技術知識は同業より優れている自信があって、上司から最近指導について全て反論していた。そしてそれがまかり通っていた。「このままだと老害一直線だなあ」と思いつつ。

20代に過ごした前職場ストイックのもの胃腸薬が手放せなくなるほどボコボコにやられた。その結果、上記の自信が産まれ、現職場上司を蔑み、今回の不用意な交通事故を産んだと思っている。心の隙間だ。

謙虚という言葉日本人の悪しき文化と思っていたが、どうやら違うようだ。怒られるうちが華の年代を脱したとき、人は生き方を変える必要があるのかもしれない。

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