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はてなキーワード: 風邪とは

2017-08-16

妊娠したらつわり病気コンボで思った以上に辛い

https://anond.hatelabo.jp/20170816125019

増田なんだけど、現状把握メンタル落ち着けるために、今日までの経緯を書き残しておきたいと思う。

まず前提として、増田統合失調症である発症した時と比べてすごく良くなっているが、再発防止のためにセロクエルを主剤としてその他いくつかの薬を飲んでいる。そして、81kgの肥満でもある。

で、妊娠した。そうしたら5wくらいかつわり結構ひどくて、水を飲んでも吐くような日もあり点滴をしてもらうなどしてきた。けれども食べることがちょっと辛くて、妊娠前81kgあった体重が13wの今は74kg台にまで減っている。いい感じにダイエット成功していると思いたい数字だけど、ちょっとばかり不安

また、メンタルを患っており肥満でもあるハイリスク自分でもわかっているので、産科精神科もある大きな総合病院産婦人科にお世話になることにした。

そして、11wの検診の血液検査血糖値が引っかかり、12wの時点で血糖値の推移の検査もしたところ、妊娠糖尿病だと診断された。糖尿の専門医による詳しい診察は二週間後。そんなに大きく基準オーバーした値ではないので、それまでは食事制限をせず、つわりでも食べられるものを食べてくれ、との話だった。

そのことをメンタルの方の主治医に話すと、困ったなあという反応。聞いてみたら、セロクエル糖尿病の人には禁忌の薬らしい。でも、セロクエルにたどり着くまで相当色々試行錯誤した経緯と、血糖値基準値をそう大きくオーバーしているわけではないと言うことで、まだしばらくセロクエルを使うことにした。

それに加えて、血糖値の推移の検査をした日辺りから喉が痛む風邪をひいた。でも産科でお世話になっている総合病院に連絡したら風邪くらいなら他で受けてくれ、と言われたので、地元内科先生に診てもらって、トラネキサム酸を処方してもらった。一時は良くなったのだけれどぶり返してしまい、それからはトラネキサム酸が効かない。風邪を引き始めてから5日経っても治らない。夜中になっても喉の痛みと咳でろくに寝られない上に、私の咳で夫も寝られず寝不足自分だけじゃなくて夫にも迷惑をかけてしまい辛い。多分風邪が長引いているのは、つわりでろくにものが食べられなくて体力が落ちてるからだと思う。

からまた内科にかかろうとしたが、今週いっぱいその内科お盆休み。仕方がないので再び総合病院に連絡し、今週の月曜日産婦人科先生風邪を見てもらえることになった。そうしたらPLなんとかという粉薬と咳止めをもらい、木曜日になっても治らなかったらまた連絡してくれ、と言われた。

が、今日になって赤い糸みたいなものが模様のように入った痰が出て、咳をしてもお腹や胸が痛むようになってきて、これはまずいのではと午前中に総合病院に連絡。そうしたらなんとか明日呼吸器内科に予約を入れてもらえたが、それでも喉が痛いままなのは当然変わらないので辛い。この時点で上の増田を書いた。

辛いので横になっていたのだけれど、午後になってから左腕がピリピリと痺れ始める。ナニコレと思いつつ様子を見てたら右腕も痺れ始め、怖いので総合病院に連絡したいが今でも相当横紙破りな診察をしてもらっているのにまた迷惑をかけるのも気が引けて、まずは#7119に連絡することにした。

電話で問診を受け、妊婦であることも統合失調症があることも妊娠糖尿病であることも話し、そうしたらなるべく早く病院にかかれ、もし足まで痺れてきたら救急車を呼んでもいい、と言われた。

なのでその結果を持って再びかかりつけの産科のある総合病院に連絡。そうしたら、産科先生に診てもらえることになり病院に向かった。向かっている途中、足まで痺れてきて本格的に不安になる。

産科先生に今までの経緯を話し、最初に痺れ始めた左腕は手首にとても違和感を感じるくらいになっているということや、足も痺れてきて、特に右足首の痺れが強いことを伝える。

だが、痺れは息のしすぎで出ているものではないだろうか?と言われ、喉については明日の呼吸器内科で詳しく診てもらってくれ、という話で、この二つの症状については処置検査特に何もなしだった。でも、お腹赤ちゃんについてはちゃんと診てくれて、心拍もはっきりしているし元気だと言われ、そして帰された。

で、今また部屋で安静にしているのだが、手足の痺れは相変わらず、今こうしてキーボードを打っていても違和感は拭えない。

夫には会社から早めに帰ってきてもらったが、夫は手足の痺れについても、医者が何もしなかったのなら大丈夫なのだろう、というように鷹揚に構えている。

でも私は大変不安である

だって喉が痛いのは変わらないし咳だって出るしなぜか手足は痺れている。病院でもあまりちゃんと診てもらえなかった。後から調べたら糖尿で手足が痺れるとあるのに産科先生はその点にすら言及しなかったし。

なので不安不安定で泣き出したりし始めているが夫は持ち帰りの仕事で忙しく話を聞いてもらいづらいので、最初にも書いたが自分を落ち着かせるためにこの増田を書いた。

書いているうちに涙は止まったが、やはり不安は尽きない。

こんな状況でも元気でいてくれる赤ちゃんに励まされるが、しかしこうやって書き連ねてみると本当に大丈夫なのか色々と心配になるレベル

しかしながら、この乱文をここまでお読みいただいた皆様に感謝します。

痛い、痛い

先週の火曜日から喉が痛くなる風邪をひいているんだけど、一週間以上経っても治らない。もちろん病院にも行っていて、お薬をもらってくるのだけど効かない。

喉が痛いのと咳がひどいので夜中眠ることも難しい。熱は7度前半ぐらいで大したことないんだけど。

でも、昨夜から咳をすると腹筋やら胸やらが痛むようになってきた。今日になってついに痰に赤いものが混じり始めた。

これはあかんと思って病院電話明日に予約を入れることになった。

と言うわけで明日病院に行ってくるのだけれど、それが決まったからといって今の喉の痛みが和らぐことはない。

なので、痛いです。本当に痛い。寝逃げしたいけど痛くて寝れないし、本当に辛い。

【追記】

上記の症状に加えて、左腕が軽く痺れてきた。

これ、明日まで放置でも大丈夫なんだろうか?

今すぐ病院電話し直したほうがいいんだろうか?

【追記2】

左腕だけじゃなくて両腕が痺れてきたので、さすがに病院に行ってくる。

子猫4は大丈夫だったみたいだ

昨夜は最初姿が見えなくてこれやばいパターンなのではと心配したが、他の猫たちの食事が一通り済んだ頃に現れてくれた

しばらく観察したがくしゃみもせず食欲も普通にあるようだった

一日寝て回復したんだろう

餌をたくさん食わせた甲斐があった

次に心配なのはダイビング子猫だな

こいつは子猫4以上に懐いてくれず、餌もなかなか食べてくれない

なので育ちも悪い

体格は瀕死子猫と同じくらい(瀕死子猫アグレッシブに餌を食うのに何故か小さかった。というかもう瀕死じゃなくなってるかも・・・)

今のところ元気そうだけど風邪に抵抗する体力はあまり無さそう

なんとか餌をたらふく食わせてやりたいが、他の猫に邪魔されるんだよな

一匹では絶対に近寄ってこないし

2017-08-15

[]

睡眠時間 6時間

やや長すぎかな?

珍しく窓を閉め切らないと

寒い

昔(30年位前)は真夏でも夜

開けっ放しにすると風邪をひいてしまうような

ことがあった

今よりは夏が涼しかった

今日は雨かな?

顔子猫たちはもう駄目かもしれない

子猫4がくしゃみを連発している

以前より元気も食欲も無い

これは風邪と見て間違いないだろう

風邪で目やにがでることは知っていたが、改めて調べると口内炎発症するらしい

瀕死子猫の口が塞がっていたのはそのせいか

冬に母野良猫くしゃみをしていたとき重症化せずに治ったようだが、子猫は厳しいだろうな

まだ完全には食欲も失われていないようなので優先的に餌をあげた

子猫4はあまり懐いてなくてろくに触らせてくれないんだよなあ

ノミ取りくらいしてあげたいんだが

の子猫たちはまだ元気だが既に罹患してるだろう

どうなることやら

2017-08-12

anond:20170812154742

毎日納豆食べたらいいかも?

風邪予防になるって聞くけど

おっさんになってからというもの風邪に痛めつけられる

  • 2〜3ヶ月に一回くらいは風邪気味になる
  • 風邪を引く前の1週間、本風邪の2〜3日間、ひきおわりの1週間、入念に痛めつけられる
  • たとえ、本風邪にならなくとも、2週間くらいは仕事を休まずにいられるギリギリラインを嫌らしくついて痛めつけられる
  • 風邪気味になった場合に、ゆっくり寝れば治るだろうって思っても、特に改善しない

[]8月11日

○朝食:なし

○昼食:夏三昧カレービールココイチ

○夕食:カップヌードル

○間食:ポテチオーザック

調子

はややー。

休み開始です。

開始なので、昼間から酒を飲み、ぐーすか寝て、寝て、寝て、寝まくった。

それこそ二十四時間ぐらいぐーたらぐーたら食っちゃ寝ゲーム、クッチャロ湖、な感じ。

そのおかげで、体力やら風邪気味っぽいのもすっかり治り元気になれた。

まずは大逆転裁判2をやるぜい!

3DS

大逆転裁判2

2話の二日目探偵パートまで進めた。

はいえ、昼にビールを飲んでからうつらうつらとしながらのプレイなので、あまり進められていない。

2017-08-11

大人手足口病は、「食べられない」ストレスとの戦いだ

大人手足口病、思った以上に大変だ。いろんな人が少しずつ記載しているけれども、書くことによって気がまぎれることもあるので、簡単な経緯を書いておく。

なお、その時に食べられたもの、便利だったもの

https://anond.hatelabo.jp/20170811041818

記載してみた。

  

  

Day1…8/6(日)

 午後から悪寒。夜発熱。ほぼ39℃。とりあえず、インフル風邪か溶連菌かとフラフラ

 友人にリモートヘルプを求める。ありがたい。

 水、スムージーなど手あたり次第口に入れる。

Day2…8/7(月)

 午後から少し解熱。37℃ぐらいまではさがる。夜になって喉が痛い。激痛。

 昨日は飲めたスムージーが飲めない…

 風邪インフルかと信じていたので、明朝医者に行くことを決意。

Day3…8/8(火)

 午前中に耳鼻咽喉科抗生物質と整腸剤。5分もかからない診療で、うーん…。

 夕方ごろ、唇の裏側に多量の口内炎ががががが…。おかしい、絶対おかしい。

 夜間診療に行くも、「手足口病かも」と言われ、マスク1枚。

 口内炎市販薬でしのぐ。

Day4…8/9(水)

 大きなイベント仕事のために出勤。

 水も飲めない、話せない、つらい。

 「いるだけでいい」と言われながら、やはりつらいので、勤務先近くの医者に駆け込む。

 「手足口病」の診断。「しばらく出勤停止」の診断書をもらってようやく帰宅

 脱水症状が怖いので、OS-1ゼリー飲料をメインに、口の中に投げ込む。

 唇の腫れがひどい。。。「たらこ唇」の倍ぐらい。口を閉じられない。

 「介護食」にもチャレンジ

 がんばるぞの意欲はまだある。しかし、まだまだこれから、だった。

Day5…8/10(木)

 どうしても塗り薬がほしくて、また、点滴もしてほしくて大手病院へ。

 高額ではあったけど、点滴はありがたい。塗り薬もありがたい。

 また、コンビニおにぎりを、ほんの少しずつ少しずつ、小鳥にあげるぐらいずつ食べて満足。

 起きている間は始終何か食べているか、飲んでいるか

 ストレスMax

Day6…8/11(金)

 折り返しになって、少し楽になった。具体的には、舌先の発疹がなくなり、食べるときの激痛が少し減ってきた。

 見た感じ、発疹も減ってきた。精神的にかなり楽。

 そのかわり、足の湿疹がひどい。かゆいのは我慢できる。

 白和え、コンビーフなど、生で食べられるものが増えてきた。

 デザートのメロンは、口内炎にしみる…。結局、細切れにして、口の奥に押し込む感じ。少々残念。

Day7…8/12(土)

 発疹は目に見えて少なくなる。

 Day4,5あたりでは、湿疹の中身なのかなんなのかよくわからないものが口の中をドロドロとしていて見るのもつらかった。

 唇の腫れはかなりひいて、あー、戦いはそろそろ終わりなんだな?的な安心感

 食べたかった、介護食ではあるけれども、カレーうどん食べる。うまい

 夜は稲荷ずし、煮物なども食べられる。うれしい!ドレッシングはさすがにしみた…

Day8…8/13(日)

 口の中の発疹は、数えられるぐらいに。しみて、あ、あったんだ、ぐらい。

 お昼はどうしても行きたくて、近くのカフェカレーに。問題なし!ちょっと口内炎出来ました、ぐらいにまで回復

 しかし、前半ほとんど食べられていないのに、体重変わらず。。。

 というわけで、置き換えダイエットもついでに開始してみる。

Day9…8/14(月)

 口の中はほぼなくなりました!!!なんでも食べられる!!!!というわけで、小市民モスバーガー行ってきました(笑)

 ただ、手足の発疹は、赤黒もしくは茶褐色。見てて気持ち悪い。サンダルで遊びに行けないな…

Day10…8/15(火)←イマココ

 同上。

 夜になって、指の皮がさっそく剥けてきた。

 明日から仕事。いやだなぁ・・・

2017-08-10

母親10秒おきに咳をしている

心配

といったら嘘になる

というか真っ赤な嘘でむしろうるせぇとしか思えない

俺は人でなしだろうか、サイコパスってやつだろうか

元は5人家族だったが2人で暮らすようになってからなぜか一切話はしなくなってしまった

から仲が悪いという記憶はない

しろ一家の三男、末っ子として甘えに甘やかされたくらいで愛情を注がれた記憶しかない

しかし、苦しんでるであろう母親の咳を聞いても一切心配ではない

騒音の類と認識してしまっている自分が怖い

まりの怖さから、一応市販のうがい薬イソジンダイニングの目につくところに置いておいた

風邪で咳が止まらなくなった時は塩うがいで直す信条を持った母のことだ

おそらくなんの疑いもなく塩うがい一択であろう

原因は分からんが咳が出るなら、塩よりイソジンがいいのは間違いない

この行動で自分にも人間性は失われていないと言い聞かせている

俺が怪物になる日は近い

抗がん剤治療中 2週間目

 初抗がん剤から、8日目

 まだ髪は抜けてない。けど、元々薄毛なので、分け目が若干広い気がする。

 

 副作用状態は、風邪みたいな感じ。目の前がもわもわしたり疲れやすかったり。あと、足の裏とか指先がピリピリする。

 吐き気は収まった、食欲はあり。食べたいものコロコロ変わる。今は肉食いたい! チョコ食べたい! だけど、食事量は少なめ。空腹感は感じやすい。飲むヨーグルト正義

 味覚が変。てか、口の中が変。苦味が強く感じる。水飲むと味がする。

 

 ここ数日は、お通じと闘っている。

 腹切ったので、力が入りにくいのか、腸の動きがちょー悪いのか。

 便の出が良くなく、無理に出したら緩くなって、便ゆるくする薬をもらって飲んでる…

 がー 効いてる感じがしないんだよなぁ。そもそも便がチャージされてないのかも。

 

 体重は手術前から比べて10kg減! やった☆

 これでも60以上あるからまだまだなんだけどね…

 いや逆に考えるんだ、こういう時のために、備えておいたって考えるんだ!

2017-08-09

先月中旬〜2週間ほど風邪引いて以来、どうも体がだるくてしょうがない。

 

冷房病なのかなー、と思って家では控えてるし会社も弱冷房なんだけど、

外出先の店とか電車とかが強いからだろうか。

さすがにもう、咳や喉の痛みや熱は無いんだけど

なんとなく肺の辺りが気になる感じ。

2017-08-08

[]8月8日

○朝食:なし

○昼食:おにぎり昆布ツナマヨ

○夕食:ハヤシライス納豆(二つ)

○間食:なし

調子

はややー。

えらい(しんどいという意味方言

仕事はいってやらないといけない作業はこなした。

だけど、どうも風邪を引いてしまったらしく、微熱気味。

今測ったら、37.0だった。

これどんどん高くなる気がするから今日はもう早く寝よう。

3DS

大逆転裁判2

しんどいの未プレイ

ポケとる

アップデートだけど、あくタイプはなにも変化がなかったので、書くことがない。

イベントは、サファリでの捕獲と、メロエッタメガスキルアップぐらいまでかなあ。

iPhone

コマスター

大型アップデートで、ゴロンダヤンチャムが追加。

ゴロンダの方はログボでガチャったら出たので、ヤンチャムマテリアルで交換するか悩み中。

しかし、僕が待ち望んでいたシナリオの追加は無し。

まじかー。

一気にやる気が失せたので、ログボのみすら書かないことにします。

情報はおうし、日記に書かないだけでログボも続けるけど、こうもシナリオを軽視されるとさすがにもう飽きた。

もともとシナリオと悪ポケのイベントに参加してただけなので、ちょうどいい頃合いでしょ。

FGO

ログボのみ。

流れてきて8年目になった

中学校の成績は中の上ぐらいで、友達受験する普通高校合格する自信が無かったから、兄弟が通っていた実業高校を選んだ。県内でも下から数えた方が早いくら偏差値が低くて、自分学力でも余裕でやっていけそうだと思った。履歴書に書けないような検定・資格試験対策がメインだったけど、ゲームクリアするような感覚で楽しかった。少し頑張れば常に成績はトップだった。卒業後の進路は先生に進められるまま、地元国公立大学受験した。もちろん正面からセンター試験突破できるような学力はなかったので、推薦を受けて合格した。

入学してしばらくは講義を真面目に受けて、分からないことは教授質問しに行って、必死に食らいついていた。学科の先輩たちとの勉強会にも頻繁に参加して、大学って楽しいと思っていた。でも1年後期には、講義を受けるだけでは追いつかなくなって、質問をしても返ってくる答えの意味理解できなくなった。基礎学力があまりにも足りないんだとようやく気づいた。でもまだ1年後期だし、今から勉強すれば遅くないと思っていた。そして学力不足を補うことができないまま大学3年になって、単位を落とすことはなかったけど評価は散々だった。

大学3年になると研究が始まって、ただ講義を受けてレポートを出せばいいってわけじゃなくなった。自分で考えて研究を進めないといけないのに、今まで受け身でしか物事を考えてこなかったから何をしたらいいのか全く思いつかなかった。ゼミに入って進捗報告を求められてもその場しのぎの報告しかできなくて、どんどん切羽詰まっていった。

大学4年になって、卒業研究中間発表の時期がきても状況は変わらなかった。その頃から文章が読めなくなったり、思考停止が著しくなってきて変だなと思った。でも自分がサボってきたツケが回ってきたのだと思うことにした。そのうち熱が下がらなくなり、身体が痛み、起きられなくなった。風邪だと思って病院に行ったら精神科受診を勧められた。うつ病だった。休学を勧められたけど、中学ぶりに自分で頑張ったと思えた院試合格内定無駄にしたくなくて、薬を飲みながら大学には通い続けた。どうにかお粗末すぎる論文を書き上げ、卒業はできたけどもう限界だった。

でも環境が変われば体調も良くなると思って、そのまま院進した。大学とは少し違った講義スタイルで、友達にも恵まれてしばらくは元気に過ごすことができた。でもやっぱり学力不足とお粗末な論文を書いた研究の続きをやらなくてはいけないという不甲斐なさは消えず、体調はだんだん悪くなった。夏休みに入る頃にはまた起きられない日も増えて、研究活動は一旦休み、履修している講義単位を取ることだけに集中した。そして、同期が就活を始めたのを知って心がぽっきり折れた。こんなボロボロ状態ではこの先やっていけないと、ようやく決心がついて後期の休学を決めた。

研究から離れると気が楽になって、体調もかなり良くなった。カウンセリングを受けて、研究に対する考えを整理したのも良かったのかもしれない。1年間の休学を終えて、復学後は研究テーマを変えて少しずつ作業ができるようになっていた。でもそれは長く続かず、最近また何も手につかないことが増えた。前みたいに体調が悪いわけではなく、ただただやる気が起きない。タスクを書き出して細分化したうちの1つも満足に終わらせられない。

そもそも僕は勉学に自信がなかったのに、いつの間にそれを自分がやりたいことだと思い込んでしまったんだろう。今研究している分野も高校でやっていたことの延長線で、本当にやりたかったとは到底思えない。院進した理由も、就活が上手くいく自信が無かったからで、研究がしたいという嘘の理由を作って不安から逃げていただけに過ぎない。僕は自分自分の首を締めることを選んできたことに向き合うまでに、あまりにも時間をかけてしまった。

またしばらく研究活動を休むことにした。自分の今後の進路について、今度こそしっかり考えようと思う。逃げや甘えだと言われるのは分かっている。全て努力不足が招いた結果だとはっきりと分かる。だからこそ、何を言われても否定せず、逃げずに自分に向き合うことが、今できる最善の手段だと思う。8年間流れるままだった自分選択を、次こそは自分で決めたと断言できるようになりたい。

2017-08-07

クーラー効いた部屋にいるのにダルい

体温測ってみたら36.9℃

体がダルい

気管支に症状は出てないか風邪じゃないと思う

つらい

高温期でもないのにナゼ?

HIV初期症状と検索する前に知っておくべきこと

数年前に出会い系で会ったの相手と性行為をした。しかも、コンドームなしの危険セックスだった。

その当時は、危険ということが妊娠してしまう、という意味危険かと思っていた。

その日から5週間ぐらい経ったあと、風邪を引いた。本当に普通風邪だった。

喉が痛くなって、少し熱が出て、三日ぐらいで治った風邪だった。

そのとき、少し熱のある頭でネットで調べてたら、HIVに初期症状というものがあるということを初めて知った。

そもそもHIVに対しての知識があまりなかった。

知っていることといえば、

このぐらいだった。調べていて初めて、コンドームなしの危険セックス=性病感染する危険セックスだということを知って、青ざめたのを覚えている。

HIV検査には危険行為の日から最低三ヶ月あけないと正しい検査結果がでない。

そして、この恐怖は時間とともに薄れていくのである

私は三ヶ月したら、検査を受けようと心に決めたが、危険行為をしたことでさえ、時間が経つにつれて忘れてしまっていた。

HIVの初期症状

"HIV 初期症状"で検索するとたくさんのページがヒットする。

よくみてみるとアフィリエイトのページが多い。HIV検査キットにリンクされていて、クリックするとページのオーナーは数パーセントリターンを得ることのできる仕組みだ。

まりは、広告的要素の強いページが多い。広告なので売れた方がいいので、初期症状について煽って検査キットを売るようなコンテンツが多い。

50~90%の人に風邪に似た初期症状がでる(かなり分散があるのはデータではあるが。。)。初期症状があった人のうち、96%の人に発熱の症状がある、とあるが、実際はHIV感染全体のうち、48~86%に発熱の症状があったとなる。96%というと全ての人みたいな感覚になるが、48~86%の確率であり、数字マジックで煽っているのがわかる。

深く調べていくと、医者からコメントは全て、検査しないとわからない。三ヶ月後に検査してください。というものである

今すぐ初期症状について調べるのは止めて、危険から三ヶ月後の日に検査を予約してしまうのがいいかもしれない。

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話が戻るが、私は検査をせずに忘れていた。そして、数年後、パートナーコンドームなしのセックス後、4週間後に風邪を引いた。インフルエンザに似た風邪だった。ここで私は思い出した。そして、血の気が引いた。もしかしたら、自分HIV感染していたのではないかと。自分の命はいいとして、他の人を巻き込むことはできない。すぐに保健所検査を受けに行った。

保健所検査

私が選んだのは一番近くて週末にやっている無料保健所だ。ここを選んだのは失敗だった。即日検査だが、結果が1週間後に出るからだ。この1週間はまさに地獄ホラーだ。何をしていても、陽性だったら、どうしようという考えがすぐに浮かぶ仕事のひと段落したあと、トイレに行ったあと、ご飯を食べたあと、寝る前。精神的に強いと思っていても相当こたえる。食欲不審になった。私はこれも罰だと考えて過ごしていた。精神が強くない人は、その日に結果がわかるところを選ぶべきである検査自体は流れ作業だった、10から10時15分ぐらいに行ったが、私の前にすでに2、3人すでに検査を済ましていたのが、前にあった試験管の数でわかった。

検査結果

私は理系ロジカル物事を考える。しかし、検査結果の前日は健康祈願できる五條天神社にお参りに行った。お守りも買った。検査結果を受け取るときは、お守りを握りしめていた。神に祈った。そして、陰性だった。神様ありがとうと心から思った。

確率の話

先の述べたように私は理系だ。なので、自分HIV感染する確率を調べていた。HIV感染する前提条件として、当然だが、相手HIV感染していなければならない。私の場合は、相手神奈川県で21歳の女子大生だったので、下記のようになる。

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これは単純に確率の話。当事者になればわかるが、気休めにはならない。宝くじに当たる人が実際にいるように自分がならないということではないからだ。検査を受けるしか気休めの方法がない。

また上記の考え方を東京同性愛の人に当てはめると、オーダが3つぐらい上がる。特に母集団が300人(特定bar等)ぐらいだとすぐに自分感染者となり、移す側にまわってしまう。

まとめ

私はたまたま運がよかった。そして、無知そもそも元凶であることを認識した。

人生が180度変わってしまリスクを考えなしに危険な性行為をすることの恐怖を知ってもらいたい。

我々は動物であるだけに、そういうこともある。ただ知って入れば避けられることもある。

そして、危険行為が会った後は、検査をすべきである

2017-08-06

年金の三号分割制度理不尽過ぎて草生える

当方、夫で主な家計収入を稼いでいた者。

からの度重なるモラハラ抑うつ神経症となり休職を余儀なくされた後、

医師からの薦めで別居、離婚協議

三号分割という年金の三号被保険者扶養者に対して厚生年金とか2階建て部分を婚姻期間に基づいて半分請求できる制度がある。

まあ、要は、扶養されている妻とか夫とかの配偶者にも年金権利を半分渡す制度

これは良い制度であると思う。

扶養されていて、且つ夫婦が納得していたならば

私の環境においては妻はパートこそしていたものの、いつまでに就職するという約束反故にされ続け

私がモラハラ原因の抑うつ神経症休職を余儀なくされた際にも妻が「金どうすんの!なんで働けないの!ふざけんな!」のように連日まくし立てた。

私は再三妻約束通り就職してくださいと伝えたが、「私はイラストを描くのとパートでいそがしいの!」というばかりであった。

ちなみにイラストはいもの別にお金になっているわけでもない。趣味のようなもの

ある日夜中魘されて汗だけてベッドがぐっちょりぬれしまうようになったときに、汗で体が冷えてしまい朝8時頃から風呂に入っていた。

そのときに「風呂の音がうるさい!私は3時まで絵を書いていて寝ていないんだ」と言われた。

私が寝る時の0時頃まではスプラトゥーンをやっていた気がしたが、きっとその後イラストを描いたのだろう

なんであれ冷えた体のままだと風邪をひくのでその旨を伝えたら

「私が起きてから良いと言うまで風呂にもトイレにも行くな、あと家事をやる時間もないから、おまえは稼いでもないんだから家事はおまえがやれ!」

と言われた。

妻にもう一度、今私が働くことはできないので、代わりにフルタイムを働いてもらえないか聞いてみた。

でもイラストが忙しいようであった。

そんな生活はやっぱり破綻するもの

今は離婚協議である

このような状況で離婚となっても妻は三号分割で年金の(2階建ての)半分を持って行くことができる。

約束通り就職をしていた場合請求ができないのだが、約束を果たさなかった上に三号分割を請求するらしい。

そしておそらく、そんな事情もしらない年金事務所はこの請求を通すであろう。

三号分割の申請が通った場合は、就職するという約束に対する債務不履行民事で争おうと思う。

タイトルは半ば釣りで、理不尽なのは妻だろう

2017-08-04

俺男だけど教室女子に下見せられたことあるよ。

https://anond.hatelabo.jp/20170803125338

2月くらいに、なんかレクレーション的な奴でみんなが外で鬼ごっことかやってるときに、当時小2か小3だった私とクラスで一番かわいい女子風邪だっため二人きりで時間つぶしてたんですよ。

なんでか、女って本当にチ◯チ◯ないのなどという話になり、向こうが見てみる?などと言ってきて見せられたのだけど、私はなんというかいたたまれなくなり、教室を飛び出し鬼ごっこに遅れて参加したという。。。殆ど見てないののだけど、今思うとちょっとくらいエロいことできたな。

2017-08-02

全身のムダ毛を剃ると必ず風邪をひく体質なんだが

いたいけな子供のころに戻りたくて半年に一度ついやってしまうんだが

2017-07-31

https://anond.hatelabo.jp/20170731002447

結論から言うと、支援しなくていい、というか、支援しても「ムダ」である

まず高校中学の時点で妊娠するという時点でレールから既に大きく外れている

ここで言うレールは、世間一般人間が歩むであろうという最小公倍数な人生のレールである

こう書くとはてなでは非常に忌み嫌われるが、

実は国の社会保障などは全てこの「レール」の思想にもとづいて制度設計されている

大多数の人間がそれなりに歩むだろうと想定されるモデルを元に、

例えばこれくらいの病気したこれくらい安い医療が受けられるようにしてこれくらいの保険料徴収しよう、

初等教育負担はこれくらい軽減して税源はここから持って来よう、

失業者数は大体これくらいだろうから失業保険はこう設計しよう、

とまあこういった具合だ

大多数の標準規格を作ることができればそれに合わせた製品サービスを廉価で提供できるというのは経済学の基本中の基本

から、みんなが大体これくらいの人生を歩むだろうと想定される人生に、

基本ラインを合わせるのは当然の生きる知恵なのだ

人間が発揮しうる個性というのも、その基本ラインベースにした上で個性を積み重ねるのがセオリー

その基本ラインのものから外れてしまったら、人生設計のものが大きく狂わざるを得ないのだ


前置きが長くなったが、

日本に限らず先進国(教育コスト一定水準以上かかるところの)の一般社会において、

中学高校の年齢で生セックス中出しキメて挙句妊娠するような人間存在は「普通とは想定しない」のである

ローティーンから労働に駆り出されたり初潮を迎えたらすぐに嫁に出されるような非先進国はこの限りではない)


まずこの前提の確認重要である

左派リベラル思想が色濃いはてなではこう言うと凄まじい否定の嵐が吹き荒れるであろうが、

まあ理想社会としてそのようなレールから外れたティーンにも普通のレールに乗った人間と同じような待遇を、

と想定するのは立派なことではあるが、

現実を踏まえずに理想ばかりがなりたててその理想にそぐわない子供現実存在している事案に対して、

理想にそぐわない子供を助けない社会が間違っていると指弾したところで現実がその子供を救うことはない

安倍晋三のようなポンコツ宰相一人放逐できず、

一人一派だのと世迷い言を抜かすリベラルフェミニズム界隈に今の現実問題と向き合うにはあまりに荷が勝ちすぎていよう

この前提を共有できないのなら、

どうぞ世の中や国や社会に対してあらん限りの呪詛を垂れ流し続けるといい

その呪詛によって妊娠した高校生が救われるのであるのならな

社会さえ呪えば弱者は救われると考える原始宗教従事者が日本左派リベラルには多すぎてな

さてこの前提が共有されるのであるのなら、次が肝要である

社会一般のレールから外れてしまった存在に対して、

高校への復学だの一時金の支給だのというのは焼け石に水であり何の意味もないのだ

問題本質は、なぜ社会のレールから外れてしまったのか?という考察である


まりここからは十把一絡げな社会制度による手当は「無効」なのである

元増田が想定する支援というのもこの部類に属する

まり

高校妊娠してしまった生徒には一律このような支援を施します、

という手当は全く効果をなさないのである

なぜなら、そもそもそうした支援が効力を発揮するのはレールに乗った人間に対してであり、

レールから外れたのならもっと個別的な深い分析をせねば何をやってもムダであるからである

はてなに居る左派リベラルはこの点が全く分かっていない

原始宗教の如く、神(政治的正しさ)に祈り、悪魔(国・社会衆愚)を憎みさえすれば人間が救われるという思想に十年一日の如く染まり続けているのだから、仕方がないと言えば仕方がない

妊娠した高校生に対する社会的処方箋もっとコスト」がかかるのだ

個別具体的な諸条件をつぶさに分析して、その子供に最も適応した対応策を施さなければならない

十把一絡げの社会的支援など効くわけがないのである

言うなれば風邪難病の違いほどのもの

流通している薬さえ投薬すれば治るとでも思ってもらっては困るのである

さてここで、避妊もせず生セックスして中出しキメて挙句中絶もせず出産してしま中学高校生は、どうして生まれてきてしまったのかを、個別具体的に考える必要がある

普通に考えればまあ教育水準所得水準も低く、レールからそもそも外れてるようないわゆるチンピラDQN系の糞ガキであろう

こんなのは一々構う必要がないのははてな界隈でも容易にコンセンサスが得られるはずである

いわゆる爆サイ民であり、タバコを吸い、酒を飲み、政治的正しさなど毛ほども顧みず、イジメ差別を平気でして人権意識は皆無、男尊女卑で、セックスにおける同意?何それ?的な態度でセーフなセックスなど全くしないようなDQNに対して支援を!などと世迷い言をほざくはてなーはよもや一人も居るまい

だがしかし、世の中が複雑化してくると、こうしたDQNばかりではないケースも、徐々にではあるが、しかし出て来るかもしれないのだ

純愛の果てに生まれたケースというのももしかしたらなくはないのかもしれない

そのような場合には、DQNと同じように支援必要なし!と断ずるのは早計ではあるだろう

冒頭「支援必要はない」とは言ったが、個別具体的なケースを分析していった場合に、こうした従来のレールでは想定し得ない特殊な例が生まれている可能性も否定できないわけなので、

今後はDQN以外の救うべき対象の見極めが重要になってくるであろう

2017-07-30

家族の思い出

 風呂掃除をしていてうっかりゾーンに入った。

タイルの目地を狂ったようにタワシで磨く行為を1時間程続けていたのだ。汗が眼に入った。脇から流れた汗がTシャツを通って腰に伝った。今日はよく晴れていて、風呂の窓からは蝉の声がシャーシャー聴こえてきた。頭の位置を変えたら酷い立ちくらみがして、大きく長い息を吐いた。

普段まったく家事をしない。必要に迫られないとしない。そして「必要に迫られている」と感じるのが人よりだいぶ遅いようで、自分でも呆れる位、家事をしない。

今日、年に何度か訪れるこのうっかりゾーン最中、あることを思い出した。

以前、同居人がいた。2年と少しくらい一緒に暮らしていた。

同居人家事全般、とりわけ料理が得意だった。事情があって一緒に暮らしはじめ、事情があって家事はあまり分担せず同居人が一手に引き受けていた。家事が好きだから、好きな方がやればいいじゃない、と同居人はよく言った。色んな事情があったので、バランスを取るために自然とそうしていたのだと今では思っている。そして実際うまく機能していたと思う。

それでもたまに、何から何まで申し訳ないなと思うことがさすがにあった。そんなとき今日のように風呂タイルの目地を磨いたりしていた。家事が苦手な人の特徴なのか、自分の特徴なのかは知らないが、いったんやり始めると今日のようにうっかりゾーンに入る。一時間や二時間、平気でタイルを磨いていた。

そんな時よく同居人背中から声をかけてきた。「お茶のみませんか」「居酒屋さんごっこしませんか(揚げ物とビールを準備しているとき)」「お蕎麦屋さんごっこしませんか(日本酒卵焼き、板わさを準備しているとき)」。

背中から鬼気迫るものを感じていたのだろう。無理にとは言いませんけど、区切りませんか、そんなニュアンスだった。そんな時はたいていハッと引き戻されて「するする」と犬のように尻尾を振ってタワシを投げ出して、いい匂いを嗅ぎながらタオルで濡れた身体を拭いた。

今日タイル磨きをやめるタイミングを掴み損ねて、立ちくらみを味わいながらそんなことを思い出した。

 かつての同居人とは、何故かあるタイミングでお互いの事情が一致して暮らし始めた。

行為は付かず離れずしていたが、恋人ではなかった。友だちとも違った。同じ家で暮らして、一緒に起きて、一緒に食べて、一緒に眠る人だった。子供ができたらいいね、と年に何度か言い合うことがあった。動物として自然の流れでそうなったらいいね、という意味だ。自分同居人も、お互いについての感情は「たまたま一緒の檻になったライオン」のような温度だった。

恋愛感情が無かったわけではなくて、持っていた頃も多分あった。お互いそうだと思う。ただいろんな事情理由があって、結婚選択肢に入らなかった。それぞれが別の異性と遊んだりすることもあった。「浮気してくる」「異性と交遊してくる」と言って出かけることもお互いあった。気をつけてね。何時に帰るの。お互い自分自身をそんなに素晴らしい人間だと思っていない同士、そんな生活に不満は無かった。一緒に暮らし続けた。

 もちろん人間感情はそんなに陶器のようにツルンとしてないようで、色んな諍いはあった。お互い思った事を口に出す人間では無かったので(悲しいことだと今では思う)、喧嘩にはならなかった。言い争いの代わりに、子どもや猫のような抗議をお互いよくした。突然夜中に居なくなったり、家に帰らなかったり、メールに返信せずに心配させたり、寝たふりをして返事をしなかったり、料理をしなかったり、料理を食べなかったり。そんな小さいギザギザは数ヶ月に一度あった。それでも同居人とは同じ檻同士、基本的に信頼しあっていた。お互い求められた通りの心配をした。夜中の公園真冬に探し回ったり、帰ったら好きなお酒料理音楽が準備されていたり、心にもない優しい言葉をかけたりした。どうせ仲直りするのはお互い分かっていた。早くしたいとお互い思っていたのだ。諍いに限らずあらゆる事が、始まり方は子どもでも終わり方は大人だったと思う。

 一緒に暮らしから色んな事が変わった。そして、これは自分にとって驚くべきことなのだが、色んな事を学んだ。

まず、健康になった。皮膚や髪の毛の質、睡眠の質が変化した。これは食事がガラッと変わったので当たり前なのかも知れないが、自分には驚くべき事だった。風邪を引いたり、一日寝て過ごす事も減った。同居人が酒好きだったので、自然自分の飲む量は減った。酔っ払いが二匹居ては収集がつかないと思ったためだ。伴って体重も減った。

趣味世界物事視野も広がった。同居人にとって当たり前のことは、初めて知る事ばかりだった。色んなモノが世の中にはあること、それぞれの用途のこと。野菜ジュース野菜代替にならないこと。直火炭火焼きの違いのこと。季節の食べ物のこと。いろんなお酒が世の中にあること。いろんな方言のこと。悲しいとき運動をするといいこと。泣きながらご飯を食べられないこと。スーパー鮮魚を買うと捌いてくれること。沖縄本州で畳のサイズが違うということ。島の暮らしのこと。革製品の手入れのこと。

そして、自分にとって当たり前のことにも興味を示された。テクノエレクトロニカのこと。色んな漫画や本のこと。映画や芝居のこと。旅行海外のこと。色んな動物のこと。身体の変化のこと。変な服のブランドのこと。仏教イスラム教ヒンズー教のこと。お互いの好きな物を教え合ううちに教えられた方が詳しくなって、それが原因で諍いになることもあった。ばかっぽい。村上龍キャンプについてはそうだった。だいたい土日の昼間に料理を作っている同居人の周りをチョロチョロしながら様々な話をした。自分がこんなに話をする人間である事や、甘えたがる人間である事、そして人間に救われる人間である事。ある業界仕事をしていた時期から人間を信頼することは自分とあまり関わりがないと思っていた自分にとって、これは大きな発見であり変化であった。アルキメデス浮力発見した事に次いで偉大な功績だった。ユリイカ

そんな暮らしの中であっても、人間は変化する生き物なのだった。自分にも、変化のスピード生活を合わせたいと思う時期が訪れた。それで、同居はやめた。自分が変化したのは同居人との暮らしのお陰だった。それはとても辛かった。それでも、時間が経った今はあの決断をした自分は偉かったと思う。偉大な功績だ。ユリイカユリイカとして、正しいか死ぬ時まで解らない。

 多分ここまで読んで、同居人との関係性について嫌悪感を示す人もいるだろうと思う。我々は少しネジの緩んだ同士だった。誰にも理解されないような、子ども同士の暮らしみたいな生活が好きだったのだ。毎日親がいない家みたいだった。ヘンゼルとグレーテルのようだった。一般的理解できないものを受け入れることが、わりあい得意な人間同士だったんだろうと思う。人間は変化するので、多分いま暮らしても同じふうにはならない。でも、かつての同居人は今でも家族のような感じがする。かつての同居人もそう思っている気がする。うまい言葉が見当たらないが、belongしあっているという感じ。今でもたまに顔を合わすと、たまに会う親戚のような顔をされる。元気にしてるの、ごはん食べてるの、ちゃんと洗濯してるの。言葉にはしないけれど眼から発信されてくる。

 先日、会社女性に「彼氏同棲しようかなって話してるんです」と言われた。相談ではなく背中を押して欲しいだけなんだと表情から伝わった。なので、「同居はいいよ」と無責任なことを言った。こいつの責任を持つ筋合いはない。「同居はいいよぉ、まいンち、楽しいことしかないよ」。

 同居はいいよ。毎日楽しいことしかないよ。

 家族になるっていいよ。

 同居をやめたのは、今日みたいな夏の暑い日だった。突然ひとりにした。突然ひとりになった。「素直に言ってくれてありがとう」という言葉。「がんばったね」。依存しあうものが無くなったあの開放感と、途方もない悲しさ。同居人が見えなくなるまで距離を取ってから階段でめちゃくちゃに泣いた。部屋に入るまでもたなかった。汗と涙と鼻水がごちゃごちゃになった。蝉の声がシャーシャー聴こえてきた。鼻の奥がずっとツーンとして、酸欠になって頭がくらくらした。一人にしないで一人にしないでと布団の中で喚いた。相手のほうが思っていただろうと思う。だから相手には言えなかった。血縁上の家族以上に大切だった。人工の家族だった。相手可哀想から、という感情共依存だと知っていた。お互いの変化を阻害すると知っていた。だから行動に移した。自分のために手放した。相手理由にするのは相手を一番傷つけると知っていた。対等な人間関係でありたいと願う、自分に残った唯一の正義だった。

何を見ても同居人連想する日々が続いた。何をしても楽しくなかった。食事の質が落ちたせいで体調も変わった。それでも不思議と、死んでしまいたいとは思わなかった。悲しい事に集中すると、他の事に集中しすぎずに済んだ。なんていうか色々捗った。ロボットのように仕事食事や人付き合いをこなした。こんな辛いことを乗り越えたのだから、何があっても生きていけるだろうと、直感理解した。悲しいとき運動をした。泣きそうになったらご飯を食べた。あれからだいぶ時間が経った。何かを見て同居人を思い出すことは、今では殆ど無くなった。

それで今日風呂場でうっかりゾーンに入って思い出した。

人間記憶はすべて熱量だと思っている。同居をやめてから、変化に対応していくなかで、たくさんの記憶熱量エネルギーに変換して生きてきた。変換したら消えていく。記録と事実は残るが、涙が出るような、胸が痛むような熱量は、失ったら二度と戻らない。

あらゆる事について、もう少し若い頃はこの「失っていく感覚」「燃えていく感覚」を怖いと思っていた。なるべく残したくて、よくテキストにしていた。いつからかそんな執着は無くなり「燃えているな」「もう二度と会えないんだな」とまっすぐに見つめるようになった。何かを決断した自分が得た変化の一つだ。燃えエネルギーを、これから別のなにかに注ぐ事。もう二度と出会えない分だけ、新しい事が入る余地が出来るんだろう。望むと望まざるに関わらずだ。

もう思い出す種火が少なくなっているのかもしれない。タワシを洗いながらそう感じた。消える前の焚き火を思い浮かべた。少しくらい残したっていいだろう。それくらい愛していた。自信をくれたのだ。自分で作った人工の家族の思い出の事。嘘は一つも書いていないが、自分同居人性別や年齢や重要なことは書かない。

同居はいいよ。毎日楽しいことしかなかったよ。

ダメだなぁ

また風邪ひいたっぽい。

昨日はたっくさん寝て、食事もしっかり摂って、マルチビタミンミネラルも飲んだのに。

P Trackerを見ると生理開始予定8日前とのことで、それが関係してるのかな。

今回は、メンタル対策として抑肝散陳皮半夏をきちんと服用しよう。

今まで「でも漢方薬ってエビデンスないんでしょう〜?」と思って、処方してもらったのに一度も服用してなかったのだ。

エビデンスなくてもプラセボでもいいから効いてくれて楽になれればそれでいいんだよ。

それくらい毎日メンタルが辛いんだから

2017-07-27

風邪が治らない

一週間経っても風邪が治らない。

週の半分は会社にも行かないで寝てたのに。

もう35歳だからかな…。

40代になったらもっと治り悪くなるの?

追記

病院には行っています

対処法などアドバイス書いてくれた方、ありがとうございます

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